Hatena::ブログ(Diary)

博物士

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Sunday, 2005/02/27

フィレンツェ

[] 聖地巡礼  聖地巡礼を含むブックマーク

 3月の新刊、柿崎俊道聖地巡礼 アニメ・マンガ12ヶ所めぐり』(ISBN:486032143X)。

――良かった、私の舞台探訪ネタとかぶっていなくて(^^;

 この他に、新作として“GSG”&“BSF”で記事を書き進めているところだったのです。DVD-BOX(ASIN:B00078RR0G)の発売に合わせて発表ようと準備していたところだっただけに、ちょっと慌てました。

OTAKU : persona=space=city  OTAKU : persona=space=cityを含むブックマーク

 NHK教育テレビ『新日曜美術館』。「ベネチア・ビエンナーレ日本館の衝撃」。

http://www3.nhk.or.jp/omoban/main0227.html#05

 内容は、アートという側面を強調して構成。「なぜ建築展で“OTAKU”がテーマなのか?」という疑念を払拭すべく努力しているのが伝わってきた。

 ゲストには、コミッショナーを務めた森川嘉一郎。そのため、著書『趣都の誕生 萌える都市アキハバラ』*1 の論旨をなぞるようにして進行。ところがこの著作は実態分析という面が強く、全体を貫く論理が弱かった。そこで、東浩紀動物化するポストモダン*2 の論旨を用いて補強したのではないかと思われる。その結果、「明るい夢の未来」を表象する大阪万博(1970年)と『鉄腕アトム』を起点に置き、それがヴェトナム戦争などによって崩れ去ったのだとして、現実から虚構へという流れを組み立てる。

 で、この辺りについての細かい論説は吹っ飛ばし、大嶋優木の美少女フィギュア『新横浜ありな』を見せながら《萌え》の解説へ。ここで森川は、《侘びわび》《寂びさび》に見られる見立てないし屈折という美意識*3 には、《萌え》との共通性があるとする。そして、オタクの性格は国際的で普遍性を持つが、文化としては日本独特であると解釈している。う〜ん、日本の伝統文化(茶道)と関連づけるのは、かなり無理のあるアプローチのような気がする。その後に続く、《やおい》における「既成のマンガに飽き足らないからパロディへ」という解説も腑に落ちないところ。

http://www.jpf.go.jp/venezia-biennale/otaku/j/aethetics.html (展示パネル)

http://www.dnp.co.jp/artscape/exhibition/focus/0404_01.html (暮沢剛巳)

 後半部は、斎藤環と開発好明による「個室内個室」。レンタルショーケースについては森川の著作でも触れられていた。それをヴェネチア・ビエンナーレでは、実在する18人の「オタクの個室」をミニチュアで再現するという手の込んだ試みに広げている。これにより、趣味や嗜好による空間(=内面の投影)が集合して、アキハバラという都市空間(景観)を変容させたという森川の仮説を立証しようとする。ここで斎藤の発言を注意深く聞いていたのだが、内面が空間に投影されるという森川の視点に乗っかっていることはわかったけれども、『趣都の誕生』の全体をどう評価しているのかは分からなかった*4。今後発表されるであろう著作を待たねばなるまい。

http://blog.livedoor.jp/doesburg_the_2nd/archives/15193763.html

 番組としては、かなり良くできていた。しかし、山根基世アナウンサーが、不慣れな用語につまずく様が何とも痛々しくて見ていられない。あと背景音楽に、ひたすら“KOMM, susser Tod*5 を用いていたのは……。


▼ 追補(2005/03/07)

http://d.hatena.ne.jp/./goito-mineral/20050307#p2伊藤剛氏)

アートではなく、アーキテクチャーとして。ラカンは羅漢へ。

*1ISBN:4344002873、2003年

*2ISBN:4061495755、2001年

*3:森川は、この例として、欠けた茶碗を愛でる様を例に挙げていた。

*4:何故ならば、私は森川の着眼点は面白いと思うのだけれど、理論面が弱いと感じている。「街に人が集まる」と「人が街を変容させていく」の関係は、鶏が先か卵が先かと同じようなものだろうから。森川が説いているのは事象の説明にとどまる。そんなわけで、今回の顔ぶれでは、斎藤に内的批判者としての役割を期待している。

*5新世紀エヴァンゲリオン劇場版“THE END OF EVANGELION”より。邦題は「甘き死よ、来たれ」。

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Saturday, 2005/02/26

[] 大学院はてな :: 女子の深夜労働  大学院はてな :: 女子の深夜労働を含むブックマーク

 労働法の研究会。本日のお題は、マンナ運輸事件(神戸地裁平成16年2月27日判決・労働判例874号40頁)。女性従業員を深夜業務に配置転換したが拒否されたため、懲戒解雇したという事案。裁判所は、請求を認容(解雇は無効)。

http://www.hm.h555.net/~minpokyo/news/432.htm(兵庫民法協:原告側担当弁護士の見解)

 事案の概要を読むと嫌がらせとして行ったことが認められる事案であり、結論は支持されよう。議論では、1999年の労働基準法改正(改悪)で撤廃された女性の深夜業禁止に関する部分に話題が集中。本件についていえば、就業規則よって使用者に委ねられる権限の幅(=時間帯)が広げられたに過ぎず、個別の同意が無ければ変更はされないという解釈が妥当と思われる。

 ただ、判決の理論構成について興味深い指摘があった。従来、なかなか認められてこなかった配置転換における判断基準「業務上の必要性が無く、不当な動機、目的でなされ、かつ原告に社会通念上甘受すべき程度を著しく超える不利益を課するもの」が、あっさり認められていること。今までの判例*1 が厳しすぎるということは言えるのですが、独身で病気に罹患していない女性についてこの法理の適用を認める余地があるとしたのは珍しい。

http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S22/S22HO049.html(労基法)

http://www.jil.go.jp/jil/kikaku-qa/jirei/02-Q03B2.htm労働政策研究・研修機構

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/05/s0524-2b.html(厚生労働省の資料)

*1:労働者敗訴例として、東亜ペイント事件(最高裁第二小法廷・昭和61年7月14日判決・判例時報1198号149頁)、ケンウッド事件(最高裁第三小法廷・平成12年1月28日判決・労働判例774号7頁)、帝国臓器製薬事件(最高裁第二小法廷・平成11年9月17日判決・労判768号16頁)。労働者側勝訴例としては、明治図書出版事件(東京地裁・平成14年12月27日・労働判例861号69頁)。

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Friday, 2005/02/25

旅行者の朝食

[] 旅行者の朝食  旅行者の朝食を含むブックマーク

 米原万里旅行者の朝食』(ISBN:4167671026)読了。

 著者は元ロシア語通訳者で、少女期をプラハで過ごしている。そして何より健啖家。そんな筆者が綴った「食」にまつわるエッセイ集。

 海外在留邦人に手渡してはならないもの、それは東海林さだおの“丸かじりシリーズ”である(三つの教訓と一つの予想)。復讐の名の下に味噌仕立てで煮込まれた彼は冤罪だった(『かちかち山』の狸汁)。舞台はアフリカではなくって、あの料理の真実の姿は……(サンボは虎のバター入りホットケーキをほんとに食べられたのか)。

 思わず肯く蘊蓄(うんちく)がいっぱい。

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Wednesday, 2005/02/23

マンガ産業論

[] マンガ産業論  マンガ産業論を含むブックマーク

 中野晴行マンガ産業論』(ISBN:4480873465)読了。

 漫画を文化ではなく「産業」の1つと捉えて経済的側面から眺め、その成り立ちから構造を紐解いて、反射的に現状を分析しようとするもの。

 本書は「1959年」に起こった現象が、マンガ産業の始まりであり、市場規模が拡大した要因であり、現状が抱える問題点でもあるという説を立てる。では「1959年」に何があったのかというと、少年週刊誌の誕生である。第1次ベビーブーム世代が『たのしい○年生』『小学○年生』といった学年誌を卒業するのに合わせ、受け皿(引き留め策)として創刊されたのだ。彼らが大学生になった1968年は、マンガが産業へと成熟した年。ベビーブーマー達が年を重ねていくのと同時に漫画を読む年齢層の上限が引き上げられていくことで、市場の拡大を成し遂げたのだとする。そして、それ故に、この世代が職業生活から離脱する年齢に到達する2007年を重要な転換期として意識する。

 この立場がはっきりと示されるのが、第1部。まず少年週刊誌が登場し定着する1960年代を論じ(第1章)、それから遡って「ストーリーマンガ」と「戯画」が誕生する1950年代を考察している(第2章)。時系列を外れた組み立ては、産業史としては冒険的。もし小心者の私が類書を書くなら、怖くて躊躇する*1

 明快な《仮説》が本書を支配していることが本書の魅力であり、また危うさでもある。1967年以降については出版科学研究所『出版指標年報』を用い、数値として販売実績データを示しながら論じているので、信憑性は高い。しかし、それ以前の成立期については相対的に立証が弱いので、中野説を批判するなら此処を攻撃することになるだろう(私はしないけれどね)。ともかく、1つ筋の通った《仮説》が体系的に示されたことは大いに喜ばしい。あとは、これを補強していくなり、反証するなりすればいいのだから。

 通読して、著者・中野氏が備える3つの属性が巧妙に作用しているように感じた。(1)1954年生まれであること。歴史を論ずる場合、その時代を生きていたかどうかというのは決定的な差異になる。18年ほど人生で後れを取っている私は、どうやっても埋められない較差。(2)和歌山県出身であること。手塚治虫の全国進出という現象を、「大阪を基盤としていた雑貨屋向け赤本=サブ市場」と「東京に基盤を置く雑誌=メイン市場」という二重の構造から把握している。この絶妙の距離感覚は筆者の育ちにあると私は見ているのだが、うがち過ぎだろうか? (3)7年間の大和銀行勤務。これは説明するまでもない。主観に依拠するのではなく、データから眺めるという視点。

 しかしながら、未来の統計データは存在していない。よって、過去のデータから現在を解明しようとする部分(第7章まで)に比べると、将来展望を論じる部分には異論を差し挟む余地が増えるのは致し方あるまい。特に本書の《仮説》が依って立つところについては、著者が擁護論にまわっているために叩きやすい。

 これまで市場が拡大してきたのは、漫画雑誌が1次的に存在し、その2次利用として各種コンテンツを制作するという構造が背景にあったということはわかる。しかし、それを将来にわたっても継続するものとして考えるのは危険だろう。雑誌へのテコ入れによってマンガ産業を支えるというのは、1つの選択肢に過ぎない。雑誌に対する思い入れが抜けきれないように感じられるところだ(第10章)*2

 同様の指摘は、形態についても言える。これまで紙という媒体を用いてマンガが普及してきたことは、歴史的事実である。マンガが紙面という制約をもとに様々な文法と手法を編み出してきたことも確か。そのことと、漫画がデジタル著作物として流通する可能性とは分けて考えておいた方が良い。筆者は、デジタル時代のコミックとして『ほしのこえ』のようなものを念頭に置いている。そのことが、既存のマンガがデジタル情報としてアーカイブ化されることにより、流通形態が根本から変わっていくことから目を背けさせる要因になっているのではないだろうか*3。どうも筆者には、既存の書店(ないしコンビニ)を通じた物質の流通を所与の前提としている節がある。

 少々難癖をつけてはみたが、本書が好著であることは間違いない。中野氏には敬意を表したい。


▼ 書評

*1:「だから、お前の文章はインパクトが弱い」と怒られるのだけれど(^^;

*2:労働法の分野でも似たような議論がある。18世紀から19世紀にかけて、まず労働組合運動が発生し、それに支えられて労働法の理論が発展してきた。それが、労働組合が停滞することによって集団的労使関係法までもが弱るということに繋がってしまった。そこで学界では、労働組合を支えて奮起・再興させるべきか、それとも組合ではない存在に将来を託すかということを議論しあっている。マンガ論でも、これまでは雑誌によって支えられてきたということは事実認識に留め、将来像は切り離して考えたらどうかということである。

*3:コンテンツの流通をハード面とソフト面に分離させれば、mp3のダウンロード販売のような在り方は、近く起こる変化として現実味がある。蔵書に室内空間を圧迫されている身としては、物質として所持するか電子として保有するかという存在の有り様は切実な問題なのです。

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Monday, 2005/02/21

One Hit Wonder

[] A Day In The Life  A Day In The Lifeを含むブックマーク

 長月みそか『あ でい いんざ らいふ』(ISBN:4871827070)。著者初の単行本。

 本作の主人公達は、中学2年生(って書いてあるんですが、いいのかな)。前半は、1人の男の子に仄かな想いを寄せる少女3人の交錯劇。後半は、部屋まで起こしにきてくれる幼馴染みのお話(但し、迎えに来るのは男の子)。どちらも、この年頃の不安定な情景と、異性への好奇心がうまく描かれています。甘ったるく小恥ずかしい。無理をしていないだけに、ストーリー展開によどみがない。

 読みたい本を掘り当てた時の嬉しさは、何事にも代え難い喜び。表紙の絵柄が好みにあう人であれば、きっと想像以上に満足を与えてくれる作品。

――って、実は以前にも出逢ってました。昨年の春先に手に入れた同人誌、こどもちゃれんじ『しゅくだいがおわらない』に書いていた作家だったん。

 白い丸襟シャツって、胸きゅん。

http://ohw.coma.aisnet.jp/onehit/(One Hit Wonder)

http://ohw.coma.aisnet.jp/kc/(こどもちゃれんじ)

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Sunday, 2005/02/20

ISBN:4344008979

La Biennale di Venezia  La Biennale di Veneziaを含むブックマーク

 最近は、テレビを見ない。単位時間当たりに得られる情報量が活字媒体に比べると少ないので、効率が悪い。

 それが今朝は珍しく観たい番組があった。NHK教育『新日曜美術館』でイタリア特集を組んでいて、今回はシチリア島。ひとしきり楽しみ、消そうとしたところで次回予告が――

「都市のモダンアート“OTAKU”」 〜ヴェネチア・ビエンナーレ日本館の衝撃〜

http://www3.nhk.or.jp/omoban/main0227.html#05

 確かに衝撃。心の準備が出来ていなかった。だって、海底から引き上げられたブロンズ像『踊るサテュロス』の後に出てきたのが、萌え萌えなフィギュアだったんですよ。たしかに“繋がり”はありますけれど(笑)

 事前に展示内容を知っていても、これを動画で(しかもNHK特有の語り口で)流されると、改めて興味が湧くと言いますか、不安になるというか。


http://www.jpf.go.jp/venezia-biennale/otaku/j/(JPFヴァーチャルツアー)

ISBN:4344008979(カタログ)

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Saturday, 2005/02/19

[] 大学院はてな :: 介護事故  大学院はてな :: 介護事故を含むブックマーク

 社会保障法研究会にて判例報告。題は、「介護事故の損害賠償と過失相殺」。素材として、福岡地裁・平成15年8月27日判決(判例時報1843号133頁)と、福岡地裁白河支部・平成15年6月3日判決(判例時報1838号116頁)を取り上げる。高齢者に対して介護サービスを提供していた際に発生した転倒事故につき、過失相殺の可否を論じた。

http://sowhat.magical.gr.jp/thesis/20050219.pdf

 2件とも施設の設備面に問題があったといえる事案であり、民法717条(土地の工作物の設置または保存の瑕疵)による請求は認められるものと思われるというのが報告者の立場。しかしながら、和室の入口にある段差は通常の家屋にも見られる構造であり、必ずしも危険とは限らないとの意見もあった。

 相当因果関係を肯定したあとに生じる過失相殺の議論では、95歳の高齢者であれば転倒して負傷するのは日常的に起こりうる危険であり、それが「たまたま」施設内で発生した場合について高額(360〜470万円)の損害賠償を負わせるのは酷ではないかとの反論が強かった。

 転倒事故を防ぐことを最優先にしてしまうと、「抑制」と称して老人を縛り付けて動けなくしてしまうのが最も好ましいということになってしまう。体を動かすことが運動能力を維持・向上させるために必要であるから、骨折程度の軽いケガについては当然に生じるリスクとして、施設側には危険を負担させないとするのが解決策の1つだろうか。あるいは保険制度を充実させることで、無過失責任として発生してしまった事故は金銭的に賠償することにしてしまうのも手であろう。

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Monday, 2005/02/14

[] KONNO Kita  KONNO Kitaを含むブックマーク

 紺野キタ知る辺の道』(ISBN:4344804821)読了。

知る辺の道 (バーズコミックス ガールズコレクション)

 書影を見た時、随分と寒々しく陰鬱な色合いだったので、「この少女は死者の案内人だったりして」と思ったのです。あはは……。

しるべ 【知辺】
知り合いの人。ゆかりの人。「――をたよって上京する」
しるべ 【道標】
知方(しるべ)の意。(1)道案内。先導。(2)知るたより。みちびき。てびき。

広辞苑』第4版より引用

 いや、もう題名からして、上手く出来ています。

 表題作の主人公・真央(まお)には、時折《何か》が落ちてくる。《何か》が真央の中に入り込んで、重なってしまう。その彼女は、取り引きをして見習いに――

 他の収録作「天女」は天女が見える男の子の話で、「きつねの火」は狐の嫁入り(?)の話。などなど、今回はストレートに主題を追っていく、実力勝負、本領発揮の作品ばかり。

 紺野の代表作『ひみつの階段』は、昨今の状況に合わせて「ソフト百合」の面が読み手の側で強調されておりましたが、「この世ならざるもの」を描いた名作でもありました。焼け落ちて今は存在しない旧校舎が、ふと時空を超えて現世(うつしよ)と重なり、迷い込んだ少女の前に道標を見せてくれる悪戯めいた瞬間。その描写は、他に類を見ないもの。

 そんな『ひみつの階段』の不思議要素を主に据え、微笑ましくも感じられるほどに淡い死生観で香り付けをして、ていねいに練り上げた短編集。

 ようこそ、ワンダーランドへ。

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Sunday, 2005/02/13

[] Olivier Latry  Olivier Latryを含むブックマーク

 オリヴィエ・ラトリーのオルガンリサイタル@札幌コンサートホールKitara

 1曲目に、J.S.バッハ前奏曲とフーガ 変ホ長調 BWV552』。はわわ〜 すごく良い…… 軽やかに音が重なる。Kitaraのオルガン、音が柔らかめなのだけれど、ラトリーの演奏法が合っていて丁度いい具合。楽しかった。

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Friday, 2005/02/11

Card Captor SAKURA, 1

[] MANGA en el mundo  MANGA en el mundoを含むブックマーク

id:tanizakura:20050208#p6 に関連して。

北米で少女マンガ誌創刊 小学館集英社白泉社

北米での市場拡大を狙い、「NANA」など日本で人気の少女マンガ6作を集めた月刊誌「SHOJO BEAT」が、6月に創刊される。集英社小学館が出資し、海外でのマンガ出版を手がけているビズ(本社サンフランシスコ)が、8日発表した。

http://www.asahi.com/culture/update/0208/010.html

この asahi.comによる記事は私も目にしていたのですが、どうも意図が掴めませんでした。どこがかというと、すでに海外でも日本製マンガは広く親しまれているのに今さら何を? と思ったん。

 最初は、現地支局がいい加減なエンターテイメント記事を送ってきたのかと思ったのですが、良く見ると日本からの報道になっている。調べてみると、もう少し詳しいものが日経プレスリリースにありました。

 VIZは、すでに報道発表している通り、今春、小プロ・エンターテインメントと合併し新しい総合エンターテインメント企業となります。この新会社にとって最初の重要な事業となる『SHOJO BEAT』の創刊は、親会社である集英社小学館白泉社を加えた、日本の代表的マンガ雑誌を出版する3社から選りすぐりの作品を混載してよりインパクトのある雑誌を提供することで、更なるマンガ市場の拡大を目指します。

 新しい少女マンガ雑誌の創刊に至る市場背景としては、VIZが3年前に創刊した北米版『SHONEN JUMP』が、現在その発行部数を30万部に伸ばすなど、今、日本のマンガは海外の若者の間で読み親しまれていること、また、少女マンガ自体も大変人気の高いジャンルとして注目されており、女性読者からの支持も高まっていることなどがあげられます。

http://release.nikkei.co.jp/detail.cfm?relID=92825&lindID=5

 つまり、日本の投資家に向けて発表された文書なので、日本の視点で書かれていたというわけです。それが違和感の原因でした。私の手元に、amazon.comを通じて輸入した英語版『カードキャプターさくら』(ISBN:1892213362)がありますが、初版は2000年5月。すでに前世紀の終わり頃には少女マンガは北米でも普及していたことが実証できます。

http://www.tokyopop.com/(訳書の出版社)

 少女マンガそのものが珍しいわけではないとなると、このビジネスの新規性は「月刊誌で少女漫画を提供する」ところにあると言えます。冒頭にある合併の話は、こちらに発表がありました。

http://www.viz.com/newcompany/index_j.html

 念のため補足しておくと、日本側出版3社は元々繋がりがあります。小学館から別れて出来たのが集英社で、その子会社が白泉社。俗に一ツ橋系と呼ばれるグループを構成しています。連合を組むのは、べつに今に始まったことではありません*1

 現在VIZ社の社長をしている堀淵清治氏についてのインタビュー記事があったので、参考資料に掲げておきます。

http://www.topics.or.jp/rensai/hito/2002/0927.html

http://www.alloe.jp/ew/iiboshi/index2.html


 さて、此処までが前置き。以下、元スペイン在住者として現地報告を織り交ぜての回想。

 前提知識として知っておいてもらいたいのは、欧米では「本屋さん」が明確に2種類に分かれるということです。「書籍屋さん」は格調高い文献を揃えているのに対し、軽い読み物は「雑誌屋さん」に置かれているのです。これが、日本の常識に照らすと分かりにくいところ。先ほど例に挙げた『CCさくら』ですが、ミラノでは地下鉄駅のキオスク(=雑誌屋さん)に置かれておりました。ペーパーバックで、6,000リラ(最初にイタリアを訪問したのは2000年12月でして、ユーロ導入前でした)。ISBNが付いていないので、書籍ではなく雑誌として扱われていることが見て取れます。それが、ここ数年でISBNが付いているマンガが増えてきたように感じます。これを、従前「読み捨てる娯楽」であった日本製マンガが徐々に地位向上を遂げてきた証、としたら言い過ぎでしょうか。アメコミとは違うものと認識され、別の棚に置かれるようになりました。少なくとも“MANGA”や“ANIME”といった単語が、日本的な意味と同一のものを指し示すスペイン語として通用していることは事実です。

http://www.mangaes.com/(スペイン*2 のオタク系ニュースサイト)

 では何故、単行本が先行して日本国外に輸出され、ようやくここに至って漫画雑誌が登場したのか。それは、欧米に「連載作品を掲載する《雑誌》という文化的基盤が無かったから」という説明が相応しいかと思います。寡聞にして日本漫画の創生期を上手く語ることが出来ないのですが、昭和初期を代表する田河水泡「のらくろ」の成り立ちをみると昭和6年から雑誌『少年倶楽部』への掲載が始まったとあります。先に定期刊行誌が存在しており、そのコンテンツとして漫画が加わったということでしょう*3

 定期的・継続的に供給されるものを受け入れる消費者の存在は特異なものなのかもしれません。スペインやドイツにも漫画情報誌はあるのですが、『ぱふ』の作品紹介に『××メージュ』の読者投稿を混ぜたようなものでして、漫画雑誌と呼べるようなものは見たことがありません。しかもレヴェルは高くない。ひどいものになると、ファンアートの引用(まず間違いなく違法)だけで出来ているものまであったりして…… その誌名が“Hentai”だったりすると、もう居たたまれません。

▼ ドイツの情報誌“Koneko”

f:id:genesis:20040308192504:image

 思いつきだけ披露しておくと、「連続テレビ小説」や「大河ドラマ」の在り方と漫画雑誌を絡めて文化論に出来るかもしれない。テレビドラマを例に取ると、アメリカン・コメディは1話完結が基本。見逃したところで何の問題もありません。『スヌーピー』『タンタン』にしても同様。新聞だって、配達制度がある日本が異常なのであって、欧米では欲しいときに街角のスタンドまで買いに行くのが一般的。――って、なんか随分と大仰な文化論になってしまって私も驚いています(笑)

 要は、コンテンツを受け入れてくれる消費者が居て、そこに対して適切な供給が行われるならば、単行本であろうと雑誌であろうと(映像作品だろうと)媒体には関係なく普及するだろうということなのですが。

http://d.hatena.ne.jp/./genesis/20040608/p1(拙稿:あずまんが大王スペイン語版の紹介記事)

 でね。締めくくりに言っておきたいのは、現状は未だ「適切な供給」が行われていないということ。スペインでも(日本製の)ANIMEやMANGAは入手できたのだけれど、「どうしてこれが翻訳されたの?」という作品も少なからず存在していた。彼らは、そもそも他の存在を知らないから、与えられたもので満足しているのだと思う。そこそこな作品でも、それしか選びようが無いなら摂取されていきます。

 ファンサイトを開いている人に呼びかけたい。日本語で紹介記事を書くにしても、固有名詞をアルファベット表記で書き添えたりして、日本語を母語としない人達への気配りをしてあげられないだろうか。そうすれば、「声優つながり」とか「作者つながり」で興味を持ってくれた外国人にも、良い作品(とそれを愛好するファン)の存在を伝えられるのに。

*1:例えば、共通のオンラインショップを構えている。
http://www.s-book.com/

*2:es は、スペインを表す地域コード。

*3:この辺りは門外漢が想像で述べているところなので、信用しないでください。

tanizakuratanizakura 2005/02/11 03:10 ありがとうございます。
知りたかったことがばっちりわかりました。
そういえば、たまたま、今日、壁(月光茸を含むページ)のアクセスログを解析していたら、海外のサーチエンジンから訪ねてこられる方が結構いらっしゃるんですね。少なくとも、わかつきめぐみさんの紹介を英語で書いた方がよさそうですね。

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Wednesday, 2005/02/09

AIR

[] A I R  A I Rを含むブックマーク

 劇場版AIRを観てきました。

 うぐぅ。これって、本当に“A I R”?

――というくらい、ゲーム(ASIN:B00005ON3V)とは別な作品。この先ネタバレになるので、ご注意を。

ゲーム版
http://key.visualarts.gr.jp/(以下、麻枝准AIRとする)
劇場版
http://www.air2004.com/(以下、出崎統AIRとする)

続きを読む

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Monday, 2005/02/07

[] The Ordinary and Hesitation of Dr.Mizukaki  The Ordinary and Hesitation of Dr.Mizukakiを含むブックマーク

 森博嗣ミステリィに《あとがき》を書かない作家である。それが理論から作品を構築する作者「らしさ」を演出するのに一役買っているだろう。

 しかし、こぼれ話をするのが嫌いというわけでもないようだ。『工学部・水柿助教授の日常』(ISBN:4344009088)と続作『工学部・水柿助教授の逡巡』(ISBN:4344007247)は、自伝的小説である。工学部の助教授だった水柿君は、ミステリィ好きな奥さんのために推理小説を書く。ところがウケがよろしくなかったため、出版社の編集者に読んでもらったところベストセラーになって――

 まるっきり、作者本人の話じゃないですか(笑) もっとも、読者が断片的な情報をつなぎ合わせて勝手に構築し脚色した「作者」像ですが。ここまで開き直ってやられた日には、こちらも騙されて差し上げましょう。どうあがいたって、所詮、小説世界は虚構で出来ているんです。真実性の多寡など関係ないこと。

 水柿君が小説を書き始めるのは2冊目の冒頭から。物語づくりを自覚的に行っていることが明確に示されている。手の内をさらされたのでは、下手な書評など書けないなぁ……

 読者サービスで出来ているシリーズ。全編が《あとがき》な読み物。中途半端な森ファンなどに、決して読ませてはならない。心酔するか拒絶するかの選択しかないのだから。手に取るなら、覚悟召されよ。

工学部・水柿助教授の日常 (幻冬舎文庫) 工学部・水柿助教授の逡巡 

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Friday, 2005/02/04

icenotes, suite

[] The Art of Otohiko TAKANO  The Art of Otohiko TAKANOを含むブックマーク

 瞬間的に視線を合わせただけなのに、脳裏に焼き付いて離れないことがある。

 かといって、ひとめ惚れした相手すべてに交際を申し込んでいたのでは、身が持たない。ひとまず思いを心の内に留めておく。

 もし再び出逢った時に、再び心ときめくようであれば、運命に身を委ねることにする。

――書店に行くと毎度、一時的な熱病にかかるんですよね(^^;

 さて、昨秋のこと。平台に積まれていた1冊の画集に惚れてしまいました。表紙に小さく、上品にあしらわれた絵が美しくて。ただ、画集は「費用対効果」がおそろしく低い。手持ち資金に余裕が無かったので、その時は見送った。

 ところが、未だに忘れられない。観念して、高野音彦“river's end”(ISBN:4840227667)を購入。

The Art of OTOHIKO TAKANO 高野音彦画集 river’s end

 淡く透明で、萌葱(もえぎ)色に輝く色遣い。

 華奢でありながら、しっかりとした線。

 瀟洒(しょうしゃ)な空間構成。

 どこを開いても、感嘆の溜め息が漏れ出でてゆく。もともとは『リバーズエンド』という小説の挿画だったようだが、背景を知らずにイラストだけを眺めてみても十分に愉しめる。

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