Hatena::ブログ(Diary)

博物士

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Thursday, 2006/03/30

ユダヤ人ゲットー

[] 大澤武男 『ユダヤ人ゲットー』  大澤武男 『ユダヤ人ゲットー』を含むブックマーク

 家を出た直後に見知らぬものに襲われ,命からがら逃げ込んだ場所。それがゲットー(Ghetto)を見た最初の記憶。定かではないのだけれど,下水を通っていったりネズミに遭遇したような覚えがある。あれは“Ultima III Exodus”だったろうか。FM-77AV40EX の頃の話だけれど。今から考えてみれば,随分と「政治的に正しくない」(politically-incorrect)存在だなぁ。

 さて,映画『ヴェニスの商人』に登場した場面が引っかかっていたこともあり,大澤武男(おおさわ・たけお)『ユダヤ人ゲットー』(講談社現代新書ISBN:4061493299)を読む。著者は,本書執筆当時にはフランクフルト日本人国際学校事務局長を務めていた人物であり,他にも幾つかドイツにおけるユダヤに関する著作がある。

 1987年2月,フランクフルトにおいて工事現場からユダヤ人ゲットーの跡が発掘された。議論を経て,ゲットー博物館(Museum Jugengasse)が建設された。本書では,フランクフルトにおけるゲットーの歴史をケーススタディとして取り上げている。換言するとフランクフルトにおける出来事しか書かれていないので,横断的な理解には結びつかない。1つの個別事例を詳細に見ることで,全体像を把握する手がかりにしようという立脚点だ。

 フランクフルトでゲットーの建設が始まったのは,1460年のこと。それ以前からユダヤ人は居住していたが,強制移住が講じられた事情について触れるのが第2章「ゲットーの成立とその構造」。ドイツ史についての中でのユダヤ人について粗筋にまとめられてはいるものの,このあたりは史料の提示も少なく物足りなさを感じるところ。あくまで前置きということだろう。

 本書の中核を為すのが,第3章「ゲットーでの日常生活」。実に細かいことまで触れられている。

 第4章「過密化,そして解放の動き」では,居住者数の変化が紹介されている。成立直後の1463年には110人だったものが1556年には560人へと徐々に増えていったものが,1591年には2,200へと爆発的に増加している。地図を見ると狭く細長い土地ではあるものの,最初の11世帯を収容するには余裕があった。そこへ末期には3,000人近くが押し込められることになったわけだから,生活環境の悪化は想像するに余りある。

 ゲットーが解体されるのは1810年。フランス革命の理想を掲げたナポレオンが,北イタリアに続きドイツでも解放に着手したことについて触れるのが第5章「ゲットー後史」。外的な圧力がなければ,社会体制の自己変革は難しかったのだろうか。

 冒頭に登場した遺跡の保存をめぐり,次のような議論が提起されていたというのは興味深い。

 その時の争点の一つは,「果たしてユダヤ人ゲットーとはユダヤ人を隔離,差別するためだけのものだったのだであろうか。むしろ,ゲットーは,絶えず迫害され,虐げられているユダヤ人を保護するための避難所ではなかったか」という見方であった。

167頁

 解放後もゲットーに住み続けた者達がいたということから,差別構造を解消していくことの困難を再認識する。

 自由になったとはいえ,外部の社会に順応できず,取り残された貧しいユダヤ人達は,ゲットーを去ることの不安とむずかしさの中で,細々と昔ながらの生活を続けていた。

243頁

Tuesday, 2006/03/28

ASIN:B0002F3JM4

[] 教養としての〈恋愛シミュレーションゲーム〉  教養としての〈恋愛シミュレーションゲーム〉を含むブックマーク

そもそもアドベンチャーとシミュレーションの違いが僕にはいまいち分からない。

どちらもゲームである以上、何かしらのゲーム性が付随される事は当然なのですが、「探求」と「擬似体験」のゲーム性の違いを明確に分ける事は可能なのでしょうか。

http://d.hatena.ne.jp/terasuy/20060327/p1

に寄せて。あちらのコメント欄に投稿したのですが読みづらいので,加筆修正したうえ掲載しておきます。


 両者の相違を id:terasuy さんは現在における機能から眺めていますが,私ならば歴史的経緯から説明します。

1)

 例えば,『天使たちの午後』(1988年,JAST)を〈恋愛AVG〉と称することはあっても〈恋愛SLG〉と呼ぶことはないでしょう。初期のAVGは「ゲームブック」になぞらえて説明されることが多かったのですが,まさしく困難を乗り越えていく冒険だったのであり,次の(女の子の)絵に進むために多大な労力を要しました。つまり,初期のパソコンゲームにおいては,アドベンチャーの最終目標として美少女との出逢い(性的接触)が存在していたのです。「攻略」というジャーゴンが用いられるのは,ナンパもの期の名残ではないかと思う。

 ちなみに。8bit機時代は表示関係の処理能力が極めて低く,画像を表示させるのは贅沢なことだったことは踏まえておいてください。私がデジタルで女性の姿を見たのは『軽井沢誘拐案内』(1985年,エニックス)が初めてでしたが,肌の色が……

http://www25.tok2.com/home2/msxpv7/karuizawa.htm

2)

 進行を妨げるものとしてADV型のゲームシステムが機能していたのは「同級生2」(1995年,elf)あたりが最後でしょうか。「進路妨害としてのゲームシステム」が意味するところについては,RPGに分類されている『RanceIV 教団の遺産』(1993年,Alicesoft)を例に挙げると分かりやすいでしょう。思うにこれは,合間に挿入されていたRPG部(マップを移動してモンスターを倒す)が間延びしたものであり,AVG形式の変形であると私は理解しています。

3)

 他方,伝統的なAVGの作法で作られた作品でも,テーマ性を帯びていくという成熟の動きがありました。それが結実したものが,剣乃ゆきひろの三部作『DESIRE‐背徳の螺旋‐』『EVE burst error』『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』と言えるのではないでしょうか。これが推理小説的な性格を有しているとは言えるでしょうが,それは『殺人倶楽部』(1986年,リバーヒルソフト)等を知る者にとっては,美少女ゲームが物語性を獲得していった結果として生じた〈回帰〉です。

4)

 「恋愛シミュレーション」という言葉を私が初めて目にしたのは1992年の年末,『ときめきメモリアル』が第1次ブームを起こした時だったように記憶しています。ただ,その前史として,〈育成シミュレーション〉を確立した『プリンセスメーカー』(1991年,GAINAX)があり,さらには〈恋愛育成シミュレーション〉にまで到達していた『卒業〜Graduation〜』(1992年6月,JHV)がありました。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%92%E6%A5%AD_%28%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A0%29

 美少女SLGの系譜を辿るに当たっては,健全化されてしまった『ときメモ』を起点に考えるよりも,その母胎となった『卒業〜Graduation〜』を軸に考える方が適切な理解が得られることと思います*1

5)

 話を戻しますと,前述のようにギャルゲーにはAVG系とSLG系の大きく2つの流れがあったところ,それがRPG型のゲームシステム上でクロスオーバーを果たした特異点が『同級生』(1992年12月,elf)*2であったと言えるのではないでしょうか。

 その後,ビジュアルノベルが隆盛を極めることになりますが,「ヒロインごとに〈分岐〉した後に長めのテキストを読んでヒロインの心情を〈理解〉しフラグを立てていく」というスタイルが一般化するのは,『痕−きずあと−』以降の話です。高校教師となって5人の女子生徒を指導することを内容としていた『卒業〜Graduation〜』の頃には〈同時攻略〉というのが当たり前のように行われており,ヒロインを選ばなければならない痛みは未だ顕在化していませんでした。この〈同時攻略〉という制度は,〈泣きゲー〉ないし〈傷つける性〉と対置されるべきコントラストであると考えています。

http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BD%FD%A4%C4%A4%B1%A4%EB%C0%AD

6)

 なお,恋愛を切り出された〈育成シミュレーション〉は,いわゆる「調教もの」として独自に発展していきました。その始まりは『禁忌 〜TABOO〜』(1995年,SUCCUBUS)だったでしょうか。そこからSMへと特化していったのが『SEEK』(1996年,PIL)であり,メイドさんを極めたのが『殻の中の小鳥』(1996年,BLACK PACKAGE)&『雛鳥の囀』(1997年,STUDiO B-ROOM)です。

7)

 これらを踏まえたうえで,最初の議題に戻りましょう。現在の主流であるノベルタイプの恋愛ものに対しては,「AVGSLGか」という把握は不適当です。感情をパラメーターとして把握するというSLGの側面と,シナリオ進行をフラグで管理するというAVGの側面,それに,プレイヤーに見せかけだけとはいえ選択の自由を与えてヒロインとの出会いを演出するRPGの側面を併せ有しているから。

 『To Heart』を基本フォーマットとする葉鍵系の時代への接続については id:genesis:20050811:p2 で私見を展開しています。併せて参照してください。

*1: 引用画像は,復刻版(ASIN:B0002F3JM4

*2Wikipedia - 同級生

o-tsukao-tsuka 2006/03/29 09:39 歴史的経緯から説明するということについては賛成です。SLG,ADV,RPGについては、将棋にはじまるSLG の系譜が最も最初にあり、ダンジョンズ&ドラゴンズで成長システムを取り入れたRPG に分岐し、そこから演劇・文学との融合を経てADV の元となるゲームブック(パラグラフ・ノベル)に至るという点から、すべてはSLG の変形であるという把握の仕方もありえるのではないかと思います。このへんを
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/tg/detail/-/books/4870313103/reviews/ref=cm_rev_more_2/503-0295315-9591963
に書いたことがありますので、興味をお持ちでしたらご一読を

genesisgenesis 2006/03/30 08:12 1974年のD&D誕生にまで遡りましたか(^^;

Monday, 2006/03/27

『未来の白地図』

[] 今野緒雪未来の白地図 今野緒雪 『未来の白地図』を含むブックマーク

 今野緒雪マリア様がみてる」第22巻『未来の白地図』(ISBN:4086007045)読了。

 あらすじを要約すると「祐巳瞳子に対し××××を○○○とした。」で終わってしまう話。しかし,この展開に至るまでに長い長い道のりを経てきた。これから先も長いのだろう。主人公が卒業するまで,作中時間であと1年3か月が残っているし。この緩慢さも魅力の1つだと思うので,急かすのは野暮というもの。

 コバルト文庫におけるシリーズもの最長が何かは知らないのだが,このままゆるゆると続けていって,記録を打ち立てて欲しいところ。

Saturday, 2006/03/25

労働判例905号

[] 大学院はてな :: 代表取締役への損害賠償請求  大学院はてな :: 代表取締役への損害賠償請求を含むブックマーク

 研究会にて,ジャージー高木乳業事件(名古屋高裁金沢支判・平成17年5月18日・判例時報1898号130頁)の検討。

 被告Yは,会社Aの代表取締役。原告Xらは,A社の従業員であった者。A社は食品衛生法に違反して品質保持期限切れ牛乳を再利用し,集団食中毒を発生させた(2001年4月27日)。A社は翌日から営業を停止し,株主総会で解散を決議。すべての従業員を解雇した。そこでXらは,Yの任務懈怠によってA社が解散に追い込まれ,定年まで働くことができる期待ないし利益を侵害されたとして,商法266条の3第1項(改正前のもの)に基づき損害賠償を請求した事案。

 原審(金沢地判・平成15年10月6日・労働判例867号61頁)は,Yが保健所の指導を遵守するための方策に取り組むべき忠実義務に違反していたものとして請求を認容。慰謝料として各300万円の支払いを命じた。

 控訴審でも請求は認容されたものの,論旨が大きく変更された。損害額につき,「本件再利用とそれによる本件営業停止命令がなければ……当時の経営状況で,少なくともYの任期中である2年間は存続したものと推認することができる」として,個別に遺失利益を算定した。

 通常であれば,解雇の有効性を争おうとする労働者は会社を相手取って訴訟を起こすことになるが,本件では会社が解散しているうえに資力もない。そこで本件では,会社の業務を執行する際に故意または重大なる過失(重過失)によって第三者に損害を与えた場合にもそれを賠償する責任が生じるとする商法266条の3(第三者に対する責任)を持ちだしてきたもの。しかも請求が認められ,高額の支払いが代表取締役に命じられている。同種の事案は例がない。

 会社が消滅しているという特殊事情の故に成立した事案とはいえ,様々な点で今後の議論に大きな影響を与えそうな事件。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/genesis/20060325

Friday, 2006/03/24

『塗仏の宴』

[] 京極夏彦 『塗仏の宴』  京極夏彦 『塗仏の宴』を含むブックマーク

 一念発起して,京極夏彦(きょうごく・なつひこ)『塗仏(ぬりぼとけ)の宴(うたげ)』を読む。本棚の中に1年近く「あった」のに,そのあまりの分厚さ故に恐れをなし,意識的に「見ない」ようにしていたもの。上巻*1と下巻*2を重ね合わせると7cmにも達する。読書中,両手で支えていたのに,あまりの重量に指がつりかけた……。

 20名近くにも達する登場人物を駆使して綿密に伏線を張り巡らせ,一点へと収束させていく構成は見事。ただ,複雑すぎて把握しきれないのだが。

 長大さについてはさておき――。

 妖怪についての蘊蓄があちこちで披露される。無関係な話のように思えるのに次第に主題へと絡んでくる,という京極堂シリーズの魅力は存分に楽しんだ。

 だが,筋立てに関わるところでは,黒幕の行動原理についてが釈然としない。それほどまでのエネルギーを注ぎ込んでまで,やりたかったことなのかなぁと。

 何にも増して得心がいかなかったのは〈記憶〉の書き換えについて。この物語おいて〈記憶〉は確固たるものではない。他の作品だと〈記憶〉が信頼の置けないものであることを指摘することはネタバレになってしまいかねないが,本作の場合は〈記憶〉が差し替え可能であることを示したその後が本題。What happened? が問われているわけだけれど,Why done it? と How done it? に無理があるために,どうにもスッキリしない。

*1:「宴の支度」 新書版:ISBN:4061820028,文庫版:ISBN:4062738384

*2:「宴の始末」 新書版:ISBN:4061820338,文庫版:ISBN:4062738597

Thursday, 2006/03/23

Sakuya

[] 富士山は“妹”属性です  富士山は“妹”属性ですを含むブックマーク

 京極夏彦『塗仏の宴』「宴の支度」*1を読んでいたら,山の神様の話題が出てきた。

 「富士山は――妹なんですか?」

 何故妹なのだ? (中略)

 「富士山の祭神は先程云った通り木花咲耶姫で,その木花咲耶姫は“妹”という属性を持っていた訳です。だからそれを祭神とした段階で,富士山には便宜上“姉”が必要になってしまったんです。」

新書版571頁下段より

 いや,咲耶に必要なのは“お兄様”ではなかったか。


 もちろん原文では,その前に説明があるんですけれどね(^^; 妹の木花咲耶毘命(このはなさくやひめのみこと)は桜の如く〈死と再生〉を司り,姉の石長比売命(いわながひめのみこと)は岩の如き〈永遠〉を象徴する。これに続くのが次のエピソードであり,そこからさらに続くのが先の引用箇所。

 「こんな昔噺知りませんか? 富士山と浅間山は姉妹だったというお噺です――」

 「姉妹――なんですか」

 「はい。山の神様は女ですから,兄弟じゃないのです。姉妹です。それで,富士山が妹です。」

新書版571頁上段より

 あ,なんか“姉妹”に「スール」と読み仮名が振ってあるように見えてきた……。ふじタンの肩越しに,ツインテールが風に揺れているのも見える(ような気が)。

▼ 関連資料

*1:新書版:ISBN:4061820028,文庫版:ISBN:4062738384

hajichajic 2006/03/23 16:24 サクヤさんは火病の神さまという説があります。

Wednesday, 2006/03/22

最後の記憶

[] 綾辻行人 『最後の記憶』  綾辻行人 『最後の記憶』を含むブックマーク

 綾辻行人(あやつじ・ゆきと)『最後の記憶』(ISBN:4047881732)を読む。

 「おもに本格ミステリを書いてきた作家が書いたホラー」というのが著者の弁ですが,端的に言ってどっちつかずの失敗作。

 思うに,ホラーに含まれる成分は〈不可知性〉〈不可抗力性〉〈不気味性〉であろうか。本作では,記憶を失う未知の病「箕浦=レマート症候群」,「ショウリョウバッタ(精霊飛蝗)が飛ぶと人が死ぬ」言説,「顔のない」加害者,連続切り裂き殺人――などを絡ませている。もっとも,グロテスクな部分は文字情報であるために弱いのが救い(私はホラーが嫌いだ)。

 しかし,これを本格ミステリの手法で結びつけてしまったが故に,作品としての出来上がりは却って悪くなってしまったのではないか。謎を謎のままに放置することができなくなってしまう。「不可知性」に関わる部分を理屈づけようとすると,超常現象を持ち出してくるか,さもなくば〈認識〉を疑え,になる。特に綾辻の場合,傍点が振ってあったら認識問題だ――というのが経験知としてある。それが『人形館の殺人』のように「本格ミステリからの逸脱」として用いられるぶんには効果を上げていたと思う。『暗黒館の殺人』でも,本格ミステリと怪異の融合は果たしていた(筋立てが面白いとは思えなかったのだけれど)。

 ミステリの匂いはするけれど,その実はファンタジーっぽさを纏(まと)ってしまったホラー。『最後の記憶』における〈ミステリ〉と〈ホラー〉の同居状態は,不幸な取り合わせでしかない。何より,骨格となるべきホラー要素が「立っていない」ので,魅力を欠く。

 「『ユリイカ』の1999年12月号に、小谷真里による殊能将之へのインタビュー「本格ミステリvsファンタジー」というのがあるんですが、この中で殊能が両者の違いについて「ファンタジーや幻想文学は拡がっていく想像力」で、「本格ミステリは収束していく(想像力)」だと規定していました。結末に向けて想像力を拡散させて書かれるのがファンタジーであり、一方でミステリは予め決まった結末に向けて全てが収束していく。

http://www001.upp.so-net.ne.jp/r-sato/mystery-fantasy.htm ミステリとファンタジーをめぐる感想戦

Monday, 2006/03/20

マンガは芸術(アート)か?

[][] 美術手帖 「マンガは芸術(アート)か?」  美術手帖 「マンガは芸術(アート)か?」を含むブックマーク

 『美術手帖』2006年2月号(ISBN:B000E5KJXO)の特集「マンガは芸術(アート)か?――進化するマンガ表現のゆくえ」を開く。

 楠見清*1による巻頭言(の題名)から,早くも困惑させられる。

「manga into art マンガがアートになる日」

 ひとまず,特集の題名に沿って「芸術=アート」は疑いを差し挟まないでおこう。そして,美術がハイカルチャーを代表するものであるからして,「美術は芸術の一種である」という包含関係も認めておこう。さらに,一般的にサブカルチャーに位置づけられるであろうマンガに対して“manga is art?”という問いかけをするのもいい。

 しかし,いくらなんでも“manga into art”は……。このようなことを言い出すようなら,〈美術〉はあまりに尊大で傲慢ではないか,とも思ってしまう。まぁ,マンガとアートとが接近の度合いを強めているのは事実だろう(manga come close to art)。しかし本書の分析視座は視野があまりに狭く,そのことに無自覚。

 一通り読み通しましたが,どうやって〈マンガ〉を〈アート〉に回収するか,という切り口ばかりが鮮明に現れています。表紙に村田蓮爾を持ってきて,古屋兎丸弐瓶勉を詳しく取り上げているのが分かりやすい表象。「マンガ史を変える30人」にしても,かなり歪(いびつ)。〈アート〉として解釈が容易なものに〈アート〉の文脈で解説を付けるとこうなりました,というのは分かるのだけれど。

 「BTおすすめマンガガイド」はバランスが取れているが,こちらでは選者にヤマダトモコ女史がクレジットされている。

 何とも遣り切れない思いで閉じた。


▼ 関連

どんな狭域の趣味でも芸術でも、時間が経ち、周囲に浸透、分化することによって、それを指す特定の名前が曖昧でジャンルレスになっていくように、芸術論はあまり意味が無い。

http://d.hatena.ne.jp/natsuo0505/20060126/1138276875 夏沓の行き先

そもそも「芸術」っていう定義が曖昧過ぎて「芸術か否か」っていう議論は非常にやりづらいんだけどね。

http://d.hatena.ne.jp/tetsu23/20060126/1138238882 コトバノツドイ

*1:くすみ・きよし。肩書きは「アートストラテジスト」。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/genesis/20060320

Saturday, 2006/03/18

[] 大学院はてな :: 社会保険料と租税法律主義  大学院はてな :: 社会保険料と租税法律主義を含むブックマーク

 研究会にて,杉尾訴訟最大判・平成18年3月1日・判例集未登載)の検討。国民健康保険料が賦課されたところ,減免申請が認められなかったため,処分の取消を請求した事案。上告審では憲法84条が論点となっている。

 ちなみに,「社会保険料」は「税金」と本質的に違いを有している。医療保険についていえば,「保険給付に要した支出額をベースに,そこから患者の自己負担金や国庫負担金などを差し引いた額を保険料として徴収するというところにある」*1。すなわち,(1)実際に使われた医療費(支出)が確定してからでないと,徴収すべき保険料が定まらず,(2)医療費と保険料との対価関係は切断されていない,というところに社会保険システムの特徴がある。これが,税における「課税要件明確主義」とは異なるところ。最高裁が,本件に関して「憲法84条の趣旨に反するということもできない」との結論に至った理由には,社会保険の特質が反映されているものと思われる。

 ただ,結論は良しとしても,

 もっとも,憲法84条は,課税要件及び租税の賦課徴収の手続が法律で明確に定められるべきことを規定するものであり,直接的には,租税について法律による規律の在り方を定めるものであるが,同条は,国民に対して義務を課し又は権利を制限するには法律の根拠を要するという法原則を租税について厳格化した形で明文化したものというべきである。

 したがって,国,地方公共団体等が賦課徴収する租税以外の公課であっても,その性質に応じて,法律又は法律の範囲内で制定された条例によって適正な規律がされるべきものと解すべきであり,憲法84条に規定する租税ではないという理由だけから,そのすべてが当然に同条に現れた上記のような法原則のらち外にあると判断することは相当ではない。

 そして,租税以外の公課であっても,賦課徴収の強制の度合い等の点において租税に類似する性質を有するものについては,憲法84条の趣旨が及ぶと解すべきであるが,その場合であっても,租税以外の公課は,租税とその性質が共通する点や異なる点があり,また,賦課徴収の目的に応じて多種多様であるから,賦課要件が法律又は条例にどの程度明確に定められるべきかなどその規律の在り方については,当該公課の性質,賦課徴収の目的,その強制の度合い等を総合考慮して判断すべきものである。

このように「憲法××条の趣旨」というのは,解釈論としてはどうだろうね――というのが本日の話題でした。

*1:倉田聡「社会保険財政の法理論」北海学園大学『法学研究』35巻1号25頁より引用。

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Friday, 2006/03/17

『職場はどうなる 労働契約法制の課題

[] 『職場はどうなる 労働契約法制の課題』  『職場はどうなる 労働契約法制の課題』を含むブックマーク

 このたび,『職場はどうなる 労働契約法制の課題』という本を出します。北海道大学労働判例研究会の編集で,8人の分担執筆です(ISBN:4750322717)。

 内容は,昨年9月に出された「今後の労働契約法制の在り方に関する研究会」報告書を検討するもの。かなりの頁数になっていますが,何とか“お手頃価格”に抑えることができましたので,労働問題に関心をお持ちの方々にお買い求めいただければ幸いです。

http://hokkaido.sociallaw.info/shokuba/dounaru.html 目次と執筆者の紹介

 うち,「労働時間規制」の章は私が執筆しました。とはいえ,当該報告書においてホワイトカラー・エグゼンプションは不自然な形で登場している(最後の最後で“ふと思い出した”ように書かれている)という事情もあって*1,論文というよりは解説記事といった趣で書きました。

 文章の中では,id:roumuya(荻野勝彦)さんによる「ホワイトカラーの労働時間概念」と,hamachan(濱口桂一郎)教授による「労働時間規制と労働安全衛生政策の交錯」を話題の中心に据えています。

▼ 関連資料

 先ほど,出版社(明石書店)から連絡がありまして,早ければ3月20日(月)から店頭に並ぶ予定とのこと。大学関係の方は,図書館への購入依頼を是非ともよろしく〜。

 なお,『季刊労働法』212号(ASIN:B000EU1GJA)の特集も「労働契約法制をめぐる議論と問題点」だそうです。

*1:脱稿後の2006年1月27日に,肝心の「今後の労働時間制度に関する研究会」報告書が発表され,《自律的に働き、かつ、労働時間の長短ではなく成果や能力などにより評価されることがふさわしい労働者のための制度》が提言されました。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/genesis/20060317

Thursday, 2006/03/16

『ラテン語の世界――ローマが残した無

[] 小林標ラテン語の世界』  小林標 『ラテン語の世界』を含むブックマーク

 小林標(こばやし・こずえ)『ラテン語の世界――ローマが残した無限の遺産』(中公新書ISBN:4121018338)読了。

 ひとまずこの一冊を読んでおけば,ラテン語の果たした(そして現在も果たしている)役割が把握できる。ラテン語の文法解説は最小限にとどめながら,ラテン語の特質を見事に浮き彫りにしている。確かな筆致には,全幅の信頼を寄せられよう。

 著者が説くラテン語の〈強み〉の1つめは「増殖力」。

 「言語資源の再利用の可能性,それは生命力の強さと言ってもよいと思うが,それについてはラテン語に勝る言語はない。」(102頁)

と述べ,派生語*1を作る能力がラテン語の内部にあることでもたらされるダイナミズムを誇る。

 〈強み〉の2つめは,「形式と意味の関係の論理性」。ラテン語では名詞は名詞の,動詞は動詞に特有の形式性があり,整然としたヒエラルキーが堅持される。

 そして,次のようなセリフが飛び出す。

 「言語学においては,諸言語の価値の高低を論ずるのはルール違反である。しかし,言語の魅力の高低を論じるのは許されるはずだ。筆者はときどき思うのだが,ラテン語をよく学んだ人は,等しく近代語を〈堕落した言語〉と見てしまうのではなかろうか」。(106頁)

この,ラテン語が有する厳格さは著者にも伝播しているようで,微に入り際に入り〈堕落〉した状況をチクリチクリと批難する。この著者について学ぶのは,ちょっとご遠慮したいかも……(^^;)

 ラテン語の成立から消滅に至るまでの歴史的な経緯にも目配りが行き届いており,実にそつがない。散らばった諸言語の母胎にあたるものでありながら誰も見たことのないものを仮に〈印欧祖語〉として想定し,ラテン語の前史についてを考察する箇所(34頁以下)は,言語学者がどのような関心を持って研究をしているのかも感じ取られて面白かった。

 文学史に関わる部分(第VI章と第VII章)は関心が無かったので読み飛ばしたものの,知的興味を存分に満足させてくれる好著でした。

[] ペルソナ :: 偽春菜とか言うの禁止  ペルソナ :: 偽春菜とか言うの禁止を含むブックマーク

 id:cogni さんの提示する〈東‐伊藤モデル〉の拡張的概念図を見て,なるほどと思う。

http://d.hatena.ne.jp/cogni/20060316/p1

 「キャラ/キャラクター」を『動ポモ』と重ねあわせようとした試みた時,私は物語(story)とキャラクター(character)を二重線で結びつけておりました。説話(narrative)を関係させたうえでT字型に線を引く,というのは思い至らなかったな。このような構図で捉えれば柔軟な理解に繋げられそうですね*2

――と言ってる私は先ほどまで,ユング(Carl Gustav Jung)の心理学用語を「キャラ/キャラクター」の理解に反映できないだろうか,などと模索していたのでした。

  • アニムス(animus): 「思考の主体,精神」あるいは「精神のさまざまな働き」
  • アニマ(anima): 「魂」*3
  • ペルソナ(persona): 「他から区別される個体性」。原義は仮面。

 それと言うのも,小林標ラテン語の世界』の203頁

「アニムスなしではアニマは弱い」

と,伊藤剛テヅカ・イズ・デッド』の98頁

「『NANA』は〈キャラ〉は弱いけれど,〈キャラクター〉は立っている」

とが被って見えたのです。


▼ 追記

 上記の文章は取り留めのない思いつきだったのですが,こんな着想へと繋いでもらいました。

 アニマ、アニムスと言った「元型」は普遍的無意識の中に元々並列的に存在する概念なので、「キャラ/キャラクター」の階層的なアイデアには合わないのではないかと思います。

 むしろ「アニマ、アニムス等の元型を無数に持つ普遍的無意識」を「元型のデータベース」と見なしてしまう方が適用しやすいのではないでしょうか。

http://d.hatena.ne.jp/giolum/20060317#1142530248 キャラの無意識性はもっと考えられて良いと思います

*1:接頭辞 re-, pre-, post-, sub-, de-, con-, anti-, inter- あるいは接尾辞 -ive, -al, ity, -able, -itude などを駆使することで英語でも派生語を作るが,これもラテン語起源。

*2:ただいま,東浩紀の言わんとしているところを勉強し直しているところ。こちらの理解が追いついていないので,モデルそのものの検討は差し控えておきます。

*3http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%83%9E

Tuesday, 2006/03/14

芸術新潮「パリ――中世の美と出会う五

[] 芸術新潮「パリ――中世の美と出会う五日間」  芸術新潮「パリ――中世の美と出会う五日間」を含むブックマーク

 『芸術新潮』2006年3月号(ISBN:B000EJ9JCW)の大特集「パリ――中世の美と出会う五日間」を楽しむ。

 取材対象の選定が,実に渋い。パリを題材に取っておきながら,登場するのはロマネスク(11〜12世紀)とゴシック(12世紀中頃〜15世紀)。それでいながら,編集部の人が書いた軽妙な本文のおかげで,重すぎず軽すぎず,いい感じの特集に仕上がっている。

 まず〔1〕「シテ島ぶらぶら」ではノートル=ダム大聖堂(Cathédrale Notre-Dame)とサント=シャペル(Sainte-Chapelle)を巡る。〔2〕「しずかなルーヴルと街角のロマネスク」では,サン=ジェルマン=デ=プレ聖堂(Eglise Saint-Germain-des-Prés)など,柔らかな作風を持つロマネスク期を取り上げる。写真には,クリスマスを前にした冷たい空気までも写り込んでいる。

 〔3〕「シャルトルへ」では,パリから南東へ列車で1時間のシャルトル(Chartres)まで小旅行。ガイド役を務める木俣元一*1氏が博士論文で研究対象にしたところだそうで,パンと葡萄酒を題材に取ったステンドグラスを前に,たっぷりと蘊蓄(うんちく)を傾けてくれる。

 美しい写真と地図,そして添えられた良質の解説があれば,バーチャルな旅は此上もなく楽しい。それに何より,現地に足を運ぶよりも確実に知的好奇心を充たしてくれる。路地まで描き込まれた詳細な地図があれば,いつまでも飽きることなく眺めていられる(古地図もあれば嬉しい)。ただ,書物では《嗅覚》と《触覚》を満足させてくれないのが残念だ。美術館で飲む珈琲が旨いというのも困る。

 〔4〕「クリュニーの至宝と壁さがし」では,国立中世美術館(Musée National du Moyen Age)を訪れ,かつてパリを囲んでいたフィリップ・オーギュストの城壁(Enceinte de Philippe Auguste)を見て回る。

 〔5〕「聖王ルイが愛した小さな町」では再びパリを出る。古い面影を残す町,シャンティイ(Chantilly),ロワイヨーモン(Royaumony),サンリス(Senlis)へ。

 最後は,木俣教授による講義「中世はなぜ終ったのか」で締めくくられる。曰く,

「本質的に宗教的だった中世に,そして本質的に中世美術だった中世美術に終わりを告げたのは,ほかならぬ宗教改革だったのです。」

「これまで自分たち自身とぴったり重なっていたキリスト教という概念を,まるで初めてであった他人のように外側から見つめなくてはならなくなったのです。」

この一言のおかげで,これまで見てきた中世美術と,蓄えてあった歴史知識とが重なってくれました。


▼ 関連文献

とんぼの本 フランス ゴシックを仰ぐ旅 とんぼの本フランス ロマネスクを巡る旅 シャルトル大聖堂のステンドグラス 図説 大聖堂物語―ゴシックの建築と美術 (ふくろうの本)

*1:きまた・もとかず。名古屋大学教授。専門は中世美術史。

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Sunday, 2006/03/12

えびふらい『夢で逢えたら』

[] KemonoMix  KemonoMixを含むブックマーク

 見過ごせない話題が出てきたので,少しばかり。

 実は私,前世紀には「ケモノものファンサイト」を開いていたことがあり,98DOS時代には「ケモノものゲーム」を専門にレビューしていたのですよ*1。そんなわけで,次の件に関しては一家言あります。

でもまあ、正直な気持ちを言えば、ケモノ耳なんか飾りに過ぎないと思う。

http://d.hatena.ne.jp/trivial/20060310/1141939885 「ネコ耳、ウサ耳、ケモノ耳」

http://d.hatena.ne.jp/trivial/20060310/1141939886 「着脱自在のネコ耳」

指摘されているように、ネコミミは強い着脱可能性を持つ外見的属性ではあるのですが、ある程度の内面の規制が行われるという点で中々興味深いところであります。

http://d.hatena.ne.jp/cogni/20060312/p5 “What is it like to be with Nekomimis? ”

 ここでお二方が想定されているものは,ケモノもの愛好家の間ではまがい物扱いされる存在です。

 「ケモノもの」愛好者団体には,MGIさんが提唱された“KemonoMix 30% Over”というマニフェスト(政策綱領)があります*2。これは,完全なヒトを[0],完全なケモノを[100]として指標化したうえで,ケモノ混合率30%以上のものこそが真の「ケモノもの」として愛でるべき対象である――という,大変に教示的なものでありました。

 この“KemonoMix”指標では,「脱着可能なネコミミ」は[10%]とされます。すなわち,ヒトがフェイクとして装っているに過ぎないのです。[30%]になると,体表面が毛で覆われたり,動物鼻になります。すなわち,ケモノの持つ魅力的な外見的要素が不可分のものとして融合する状態です。炎猫さんの著したマニフェスト『正しい獣道』が参照に値するでしょう*3

http://www.shippo.com/kemono_michi/index.html

 “KemonoMix”が[50%]を超えるものを尊ぶというグループもあります。一般に獣人ものと言うのですが,日本国外の方が盛んという印象があり,このレヴェルになると〈萌え〉の概念がかなり変化してきます。獣コミュニティ『FANG』では「獣人もの」の方が主流ですので,ご覧になってみてください。

http://www.fang.or.jp/

 ところが,1998年に『デ・ジ・キャラット』が登場したことでネコ耳が大衆化してファッションに組み込まれ,『動物化するポストモダン』が指し示すようなデータベース的利用が増加しました。このような耳&尻尾の現れ方は,二次的なものであると考えた方が良いかと思います。

 結局,何が言いたいのかというと…… 脱着可能なパーツに過ぎない耳ないし尻尾を用いて考察していたのでは,〈ふさふさ〉の魅力を理解することはできないだろう,ということです。

 なお,「ケモノもの」は外的特徴のレヴェルにとどまるものではないことは指摘しておくべきでしょう。物語のレベルにおいて“KemonoMix”が活かされていた例としては,フォア・ナイン(9999)*4の『GAOGAO! 3rd. ワイルドフォース』(1994年)と『カナン 〜約束の地〜』(1997年)があります*5

http://milky.milkcafe.to/gameisan/kanan.htm

http://gaogao.s58.xrea.com/

 なお,「ネコ耳の起源とバニーガールの関連性」だとか「ヒト耳とケモノ耳は同時に存在し得るか」については長い長い論争がありますので,軽々しく触れない方がいいです。不用意に手を出すと噛みつかれるかもしれません(^^;)


▼ 関連

 「ネコミミの着脱可能性(=飾り)と不可能性(=獣人)で魅力が変わるというのは、外部の内在化とでも言うべき面白い現象だと思います。」

 「個人的に指標となると思うのは Pierce の記号論です(中略)。icon(類似), index(強い因果関係), symbol(社会的な約束)の議論を援用するならば、眼鏡や獣耳というiconは、いつのまにか性格や行動などのindexを経て、symbolへと昇華した、という捉え方も可能であると思います。」

http://d.hatena.ne.jp/cogni/20060312#c

*1:忘れたい過去も混じっているので,あまり公にしていませんが……。

*2:かなり昔のことなので,残念ながら記録が残っていません。

*3:この文書を書こうとして,炎猫さんが2002年12月に逝去されていたのを知りました。ご冥福をお祈りします。

*4:ケモノもの専業ブランド。
http://erogamescape.dyndns.org/~ap2/ero/toukei_kaiseki/brand.php?brand=422

*5:原画はわつき彩雲?さんが担当。

tanizakuratanizakura 2006/03/16 00:51 フォア・ナイン 懐かしいですね。ここの有志がやっていた草の根ネットに出入りしていました。今では古き良き時代になってしまいましたが。たしかスタッフはまだ某会社でシナリオ書いていたりしますね。

genesisgenesis 2006/03/17 01:40 たった10年ほど前のことなのに,もう「昔語り」になってしまうんですよね〜

Saturday, 2006/03/11

喪章

[] 11-M  11-Mを含むブックマーク

 「マドリード列車同時爆破テロ事件」から2年を迎えます*1

 しかし,日本で顧みられることなど無いのでしょう。米国と中国のことしか見ていない日本のマスメディアには,何も期待などしていません。

 せめて,当所を見てくれた方だけでも思い出していただければ,嬉しく思います。

http://www.el-mundo.es/documentos/2004/03/espana/atentados11m/

http://news.bbc.co.uk/hi/spanish/specials/2005/madrid_1anio/

http://www.abc.es/informacion/11m/index.asp

http://www.elpais.es/comunes/2004/11m/

[] 大学院はてな :: 説明義務と不法行為  大学院はてな :: 説明義務と不法行為を含むブックマーク

 研究会にて,東邦生命保険事件(東京地判・平成17年11月2日・労働経済判例速報1923号22頁)の検討。

 被告Y社では,営業譲渡に先立って1998年2月に希望退職を募集した。この際に配布された文書では,今後10年間は会社が存続するものとして再建計画が述べられていた。しかしそれからおよそ1年後,監査法人が不適合と判断をしたことから1999年6月4日に破たん。

 そこで原告Xらは,

「Yは,雇用契約に付随する信義則上の義務として,希望退職制度を含む退職制度を実施するに当たっては,制度内容や制度を選択した場合の利益,不利益に止まらず,制度を選択するに際してその判断の基準となる会社の業務状況や業務の具体的な見通し等についてXらに対して説明し,Xらに損害を被らせないように配慮すべき義務があった」

と主張し,本件では希望退職に応じるか否かを判断するのに必要な情報が提供されていなかったものとして,各300万円の損害賠償を請求した。

 裁判所は,請求を棄却。

 差額賃金(早期退職制度を利用できていれば受け取れたであろう上積み部分)の請求ではなく一律の損害賠償を求めていること,無効構成ではなく違法構成をとっていること,制度を利用しなかったことの帰責性が労働者側にもあること――など,かなり変わった特徴を持つ事件である。

 本件事案の下では,500名の希望退職募集に対し600名を超える応募が現にあった。Xらは同じ情報を与えられていながらこれに応募しなかったものであり,相対的にいって状況判断を「見誤った」ものと思われる。その意味では,請求を認めなかった結論は妥当だろう。

 しかし,裁判所が説明義務の内容を次のように狭く判示している部分は疑問である。

「さらに進んで,当該企業が雇用する従業員に対し,希望退職制度の実施に当たり,同制度採用当時における業務状況の詳細や再建策実施後の将来の見通しについて具体的根拠を示して説明をすべき法的義務は,特段の事情がない限り,これを肯定することはできない。」

 日本の判例法理には,「整理解雇の四要件」のように“立ち直る”ためのルールはあっても,“散りゆく”ためのルールが未整備だということが感じられた。

*111-Mは,「3月11日」のスペイン語表記(11 de marzo)を略したもの。

gogakuchugogakuchu 2006/03/11 13:53 11-Mのこと、覚えてますよ。
http://gogogogaku.blog29.fc2.com/blog-entry-867.html

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Friday, 2006/03/10

ハウルの動く城

[] ハウルの動く城  ハウルの動く城を含むブックマーク

 劇場公開時に興味を惹かれなかった『ハウルの動く城』だが,レンタルでも準新作にまで下がってきたので観ておくことにする。

ASIN:B000ARV0FW

 ……構成がダメですね。シナリオに矛盾や齟齬が多いという以前からの悪いクセが,ぶり返してしまっている。

 シーン単位では何とか辻褄を合わせて誤魔化せていても,チャプター単位ですら物語が成り立っていない。主だった登場人物ですら,行動原理が掴めない。つまるところ,キャラクター達は何がしたかったの?

 さすがに宮崎駿ともなると,「これは映像叙事詩ですから」といった逃げ口上では弁解できないだろうに。

▼ 参考

場面場面の面白さというものはあるのだが、その先に誉めたくなる部分がない。

http://movie.maeda-y.com/movie/00424.htm 超映画批評

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Thursday, 2006/03/09

関哲行『スペイン巡礼史』

[] 関哲行 『スペイン巡礼史』  関哲行 『スペイン巡礼史』を含むブックマーク

 大学生協の書籍部に出かけると,新書新刊の棚をじっくり眺めるのを楽しみにしている私ですが,ここ数か月ほどは買いたいと思わせる魅力を欠くものばかりで寂しかったのです。それが,2冊も立て続けに〈教養書〉と呼ぶのに相応しいものが登場して,喜んでいるところ。

 そのうちの1つ。関哲行(せき・てつゆき)『スペイン巡礼史――「地の果ての聖地」を辿る』(講談社現代新書ISBN:4061498207)を読了。著者は中世スペイン史学者。山川出版社から『世界歴史の旅 スペイン』という本を上梓しているのですが,こちらも良い意味で「教科書会社らしい」つくりのものでした。

スペイン (世界歴史の旅)

著者の能力については信頼が置けるので,本書は中身の検分をせず購入*1

 さて,中世キリスト教の三大聖地を御存知でしょうか。まず,エルサレムは有名ですよね。中学校で習う歴史(十字軍遠征)でも登場するくらいだから。それと,教皇のいるローマ。そして本書が扱う,サンティアゴ・デ・コンポステーラ(Santiago de Compostela)。

 十二使徒のうちで最初に殉教した聖ヤコブ(Santo Yacob)の墓は長年,所在不明とされてきた。それが814年頃,サンティアゴにて「発見」される。伝承では,パレスチナで船に乗せられた聖ヤコブの遺骸は,かつて布教に赴いた地スペインに神の意志で流れ着いたのだとされる。時の権力者カール大帝(シャルルマーニュ)と教皇レオIII世により捏造され喧伝されたものだろうと,著者も推測していますけれどね。

だが本書にとって重要なのは,さまざまな宗教で確認される奇跡の捏造ではない。捏造された奇跡がなぜ,どのようなメカニズムで人々に受容されるのか。奇跡のなかの何が人々を巡礼へと駆り立てたのか。問われなければならないのは,この点であろう。〔94頁〕

このような立場から,キリスト教世界の〈西の果て〉に位置する聖都サンティアゴへの巡礼が果たしていた機能について叙述するのが本書。中世において,聖地エルサレムはイスラム教徒によって奪われており,聖ヤコブは国土回復運動(レコンキスタ)において回教徒打倒(モーロ人殺し)の守護聖人と崇められる*2。そうした〈聖ヤコブ伝承〉が抱え込んでいる民衆信仰であるとか,習合現象(シンクレティズム)について解き明かされる【第2章】。青池保子『修道士ファルコ』(ISBN:4592886275)の中のエピソードに,懲罰としてサンティアゴ巡礼が命じられる場面がありましたが,これなどは「強制巡礼者」〔104頁〕の例ですね。

f:id:genesis:20110208202004p:image

▲ サンティアゴ巡礼路 (本書114頁より引用)

 巡礼行の実際を綴り【第3章】,巡礼路沿いに成立していた都市群(地方霊場)の成り立ちを明らかにし【第5章】,巡礼者のために用意された慈善施設と施療院について触れる【第6章】という構成は実直なもので,歴史学者が丹念に史料を当たって書いたものだと感じ入る。

 気になるところといえば,まえがきと第1章。巡礼が普遍的宗教現象であることを示そうとするのはいいのだが,イスラム教における聖者・聖遺物崇敬について触れた部分は,本体のスペイン関連に比べたとき「取って付けた」ような感がある。

 また,本書で重要なキーワードになっているものに「宗教的観光」があるが,視点の提示としては弱い。それというのも,類書の多くは「宗教的観光」の視点で書かれているからである。例えば,壇ふみほか『サンティアゴ巡礼の道(Camino de Santiago)』(ISBN:4106020920)という本があるが,女優がテレビの取材で聖地巡礼っぽいことをした様子をまとめたものだし*3

サンティアゴ巡礼の道 (とんぼの本)

 さらに,「サンティアゴ巡礼と四国巡礼」の親近性については,歴史というより観光学の視点が混ざっており「ちぐはぐ」な印象すら覚えた。もっとも,あとがきでについて再度触れられており,相違点(遠さ)についてもきちんと指摘している。牽強付会で終わらせていないところに,ほっとさせられた。小説家が歴史を書いた読み物のような躍動感は持ち合わせていないけれど,そんな堅さが嬉しく思えた一冊。

*1:最近,新書に備わっているべき最低限の信頼を欠くものがあって安心できないん。
e.g. http://d.hatena.ne.jp/genesis/20051111/p1
 付言しておくと,ISBN:4480062718が新書ではない体裁で出版されていたならば評価しますよ。論理の構築は面白かったから。

*2:なお,コロンブスが1492年にアメリカ大陸を「発見」したことで,サンティアゴは〈西の果て〉としての地位を失い,聖性が剥奪されることになる。

*3:初出は,『芸術新潮』1996年10月号。「とんぼの本」シリーズの例に漏れず,収載されている写真が美しく,添えられた文章も良い。サンティアゴ巡礼に関心を持たれた方が最初に読むにはお薦め。

Wednesday, 2006/03/08

ぱにぽに

[] ぱにぽにを克服しました。  ぱにぽにを克服しました。を含むブックマーク

 校正も終わって繁忙期が過ぎたということもあり,アニメ『ぱにぽにだっしゅ!』の未視聴分を観る。レコーダーの空き容量も心許なくなってきたので,保存作業。

 ふと,「もしかすると……」という気がしたので原作を開いてみると―― うわ,今なら読めるよ。しかも,面白いと思える。

 や,数年前のことになるのですが,氷川へきるが話題に上り始めてきた頃に『ぱにぽに』を手にとってみた時には読めなかったのです。何が面白いのか理解できなくて。アニメというストーリー・ラインのある媒体を経由したおかげで,慣れてきたのかな。

 でも,未だに『苺ましまろ』はダメなんです。頭痛がする……*1。どこか文法が違っているんだろうな。脱物語的な萌え作品を自在に読めるようになるためには,もうちょっと練習しないと。

*1:手元に置いておくのも嫌で売り払ってしまったん。マンガ評論で参照されることが多い作品なので,短気を起こしたのは失敗だったかも。

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Sunday, 2006/03/05

el Castillo en el Cielo

[] LAPUTA :: el Castillo en el Cielo  LAPUTA :: el Castillo en el Cieloを含むブックマーク

 英語版タイトルは Castle in the Sky となり、「ラピュタ」が タイトルから削られています。これは、ラピュタスペイン語の La Puta(“淫売”あるいは社会に害毒を流すもの)からきているためです。

http://www.starleaf.net/~airami/laputa.htm

 なんということであろうか。直訳すると「天空の城・淫売」になるとは!

http://d.hatena.ne.jp/another/20060304/1141443045

 スペイン語を解するおたくの第一人者(プリンチェプス)たるこの私が,このようなことにも気づかず漫然と時を過ごしていたとは,何たる不覚。

 確かに“la puta”(ラ・プータ)は,典型的な罵倒語です。現地では「オマエノカーチャンデベソ」あるいは「なんてこったぁ!」*1並に頻用されます。

ただし、劇中では「ラピュタ」という単語は使われているそうです。

http://www.starleaf.net/~airami/laputa.htm

 で,いま手元に『天空の城ラピュタスペイン語版DVDがあるので,検証してみました*2。西語版の題名は“el Castillo en el Cielo”(エル・カスティージョ・エン・エル・シエロ)ですが,英語の“Castle in the Sky”と同じです。Cielo は「空」の意味で,フランス語の Ciel (シエル)に相当します。

 それで気がついたのですが,字幕では“laputa”という文字は登場しています。パズーの家に飾られていたタペストリーにも,しっかり書き込まれていますし。

スペイン語の疑問文(冒頭に ¿ を置く)

f:id:genesis:20060305011137p:image

 しかし,音声を注意深く聞いてみると,巧妙に“laputa”を避け,「島」などのように言い回しを変えておりました。それでも流石に重要な箇所(「父さんは竜の巣の中でラピュタを見たんだ!」など)ではセリフに登場しているのですが…… 何度聞いても「ラ・プータ」ではなく「ラ・プント」と発音しているように聞こえます。

punto:

  • 1)点
  • 2)ピリオド
  • 3)場所
  • 4)論点
  • 5)得点

小学館『西和中辞典』より

 1枚のディスクに「英語」「スペイン語」「イタリア語」「日本語」が字幕・音声ともに収録されているので,英語版も聞いてみましたが,ごく聞き慣れた発音の「ラピュタ」でした。

 なお,このヨーロッパ仕様(PAL)はリージョンコードが 2 なので,コンピューターで再生する分には問題なく楽しめるうえ,20ユーロ前後とお買い得なお値段です。海外旅行のお土産にどうぞ。

 

*1:C.V. 大木民夫

*2:留学から帰ってくる時に,奨学金としてもらったユーロを使い切るために購入。

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Saturday, 2006/03/04

鷹野三四記念日

[] 大学院はてな :: 便宜供与の中止・廃止と不法行為  大学院はてな :: 便宜供与の中止・廃止と不法行為を含むブックマーク

 研究会にて,太陽自動車・北海道交運(便宜供与廃止等)事件(東京地判・平成17年8月29日・労働判例902号52頁)を題材に取り上げて報告。

 タクシー会社において賃金規定の改定をめぐって労使で対立した状況にあったところ,(1)チェックオフの廃止,(2)組合掲示板の廃止,(3)組合事務所の賃料の会社払い中止,(4)会議室および会社施設の利用中止,(5)在籍専従に対する社会保険料の肩代わり廃止といった便宜供与の廃止・中止をしたことが,労働組合法7条にいう不当労働行為に該当するものとして不法行為(民法709条)を成立させるかが争われた事件。

 結論としては労働組合が勝訴しているものの,裁判所はかなり危うい判断をしている(簡単に言うと,隙がある)。まだ係属中の事案なので,あまり使用者に智慧をつけたくないのですが―― チェック・オフ(組合費の天引き)については「ある著名な最高裁判決」を持ち出されたら判断が覆る可能性があるのではないか,とか,使用者が組合専従者の社会保険料を負担するのは労働組合法2条2号の禁止する経費援助に当たるのではないか,といったことを指摘してきました。

 もし,ここに書いたことを使用者側の弁護人が見たら「逆転裁判」になると思いますけれど…… ま,いいや。労働組合も,修羅場をくぐり抜けて強くなってもらわないといけないし。

 本件は〈司法救済の独自性〉や〈不当労働行為を理由とする不法行為〉を考えるうえでは重要な判例になりそうです。

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Wednesday, 2006/03/01

荒野の蒸気娘

[] 荒野の蒸気娘 [1]  荒野の蒸気娘 [1]を含むブックマーク

 あさりよしとお『荒野の蒸気娘〔1〕』(ISBN:4847035372)。

 自分のことを「悪い魔法使いさんに姿を変えられてしまった本当は可憐な美少女」と思いこんでいるロボットのお話。

 うわ〜,すっごく微妙……。登場人物が未揃いでストーリーが回り出さない『ワッハマン』と言いますか。これを〈読める〉作品に仕立ててしまうあさりよしとおが凄いわけですけれど。

[] 大学院はてな :: 責了  大学院はてな :: 責了を含むブックマーク

 共著で本を出すのですが,ようやく校了。今月発売の予定なのに,昨日の段階で事項索引が出来ていなかったという進行状況で(^^;)

 2月は,校正と索引づくりをしているうちに終わってしまいました。

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