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博物士

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Tuesday, 2006/05/30

「コマ」から「フィルム」へ

[] 秋田孝宏「コマ」から「フィルム」へ 秋田孝宏 『「コマ」から「フィルム」へ』を含むブックマーク

 映像・表象文化論講座*1の院生と読書会。秋田孝宏(あきた・たかひろ)『「コマ」から「フィルム」へ――マンガとマンガ映画』(ISBN:4757101325)について討議する。2005年にはマンガ論についての著作が相次いで上梓されたが,そのうちの1冊。著者は,漫画や映画の企画展を繰り広げている川崎市市民ミュージアムの職員であり,日本マンガ学会の理事を勤める人物。

ところが本書への注目度は驚くほど低い。書評を調べてみたのだが,きちんと読み込んだうえで言及しているものが中々見当たらない。

あらすじ紹介については宮本紹介が詳しいので,そちらを参照するのが良いだろう。両者とも好意的な評価を加えているのだが,本書は理論的な問題点を幾つか含んでいるように思われる。そこで,ここでは批判的な検討を行い,そのうえで本書の意義を論じてみることにする。


 本書は全11章で構成されているが,大まかに3つのパートに区分することが出来るだろう。

  • 【第一部】 欧米のマンガ史&マンガ映画史 〔第1〜4章〕
  • 【第二部】 日本のマンガ映画史 〔第5章,第8章〕
  • 【第三部】 マンガ理論 〔第6〜7章,第9〜11章〕

 第一部については,丹念に史料分析しており素晴らしいの一言に尽きる。特に,ヨーロッパとの比較においてアメリカの状況を浮き彫りにしているところは興味深い。コミック・ストリップ(comic strip)についての研究は,本邦初の偉業と讃えられて然るべきものだろう。このパートについては参加者一同が絶賛。

 第二部については,やや難ありというところ。欧米についての歴史研究を展開する第一部に比べると,日本についての分析は目が粗っぽいのだ。惜しまれるところではあるが,理論的な不備ではないのでひとまず措く。

 問題は第三部に集中する。それは

  • (1) 竹内オサムというレンズによる偏光 
  • (2) 小津映画をめぐる捩れ 
  • (3) 日本文化特殊論

である。

 まず(1)だが,マンガにおける「映画的手法」につき,164頁以下では竹内オサムが先行研究として著していた「同一化技法」を用いて説明し,

同一化技法を可能にする構造上の特徴を両者が根底のところで共有していることになる

との結論に至っている。しかし,ここで参照されている竹内の理論は,伊藤剛id:goito-mineral)が『テヅカ・イズ・デッド』(ISBN:4757141297)の第4章(161頁以下および208頁以下)で批判している部分である。伊藤の場合には「竹内憎し」という感情が先立ってしまって(笑)文章が荒れているため混迷を来していたのだが,竹内理論を使って沈着に論を進める秋田の文章を読むと《同一化技法》論は何かがおかしい。腑に落ちない。おそらく,映画とマンガとは共に《同一化技法》というツールで分析できるのは正しいのだとしても,「竹内オサムが説く同一化技法」に不備があるように思われる。

 マンガ論が捉えている「映画」像が歪んでいるということは『ユリイカ』2006年1月号(ISBN:4791701429)を契機に生じた対話で図らずも明らかになった事であったが,これと同種の問題系であろう。

  1. http://d.hatena.ne.jp/hanak53/20051228/1135704808鷲谷花
  2. http://d.hatena.ne.jp/izumino/20060103/p1イズミノウユキ
  3. http://d.hatena.ne.jp/hanak53/20060105/1136454336鷲谷花
  4. http://d.hatena.ne.jp/izumino/20060106/p1イズミノウユキ

これまで映画とマンガの接点に位置していたのは竹内オサムだけだった,というのが本書での問題状況を生じさせた原因であるのかもしれない。現時点で必要な理論化作業は,映画・映像を専門とする側から見て竹内理論を点検することではないだろうか――と,院生のK君を焚きつけてきた(その気になっていたので,近いうちに論文を書いてくれるかもしれません)。

 (2)は,第9章において齟齬が生じていること。映画のショットとマンガのコマを比較するにあたり小津安二郎作品を用い,小津映画をもとに「映画的手法」を論じている(174頁)。しかし,果たして小津安二郎に映画全体を代表させて良いものなのだろうか? 秋田にしても小津映画に「もどかしさ」があるとしているが(161頁),それは「マンガから映画を見た」ために喚起された印象なのではなく,「映画の中でも特異な輝きを放つオヅ」のせいではないだろうか。特殊なものから普遍を論じようとしている危険性を指摘しておかねばなるまい。

 (3)は第11章での論旨(235頁以下)。「動きを犠牲にしたアニメ」が受け入れられたのは「日本文化に潜むもの」が影響を与えているとし,その背景的要因として歌舞伎や能の存在を指摘している。いや,それだと,日本で育った日本人しかアニメを楽しめないことになってしまいます。そんな大層なことではなく,僕らは『鉄腕アトム』にリミテッド・アニメの楽しみ方を教えてもらった――というだけのことではないでしょうか。これについては手塚治虫の功罪を論じる中で触れられている,稲増龍夫の回想からうかがえることです(153頁)。


 とまぁ,『「コマ」から「フィルム」へ』のマンガ論に関する部分については難点があります。しかし本書は非常に重要な示唆を与えており,十分に参照すべき価値があります。それは映画からマンガを眺めることで明らかになる《時間》の流れです。

 伊藤剛が提示した分析ツールに「フレームの不確定性」があります。しかし伊藤は〈紙に描かれたもの〉を出発点にコマ構造の理解を進めていったため,『テヅカ・イズ・デッド』に言う「フレームの不確定性」とは《空間》把握のための概念になっています。すなわち紙の縦横,X軸とY軸という意味でのフレーム。伊藤は「時間継起性」という別の概念を用いてマンガの中の《時間》を見ています。

 それに対して秋田は,映画を出発点にマンガを見ているので《時間》からコマに着目します。加藤幹郎の提唱する「愛の時間」を援用し,「漫画の静止した一コマにどれだけ視線を持続させるか」という点からコマの関係を見ているわけです。

マンガの原稿用紙の二次元は,空間でもあり時間でもある。 

秋田・203頁 

 してみると,「フレームの不確定性」で論じうる領域は,発案者の伊藤が示したものに留まらないのではないでしょうか。秋田の理解を組み込んで拡張された「フレームの不確定性」概念によれば,マンガにおける《空間》と《時間》を同時に把握することができそうです。

 とはいえ,いくら分析ツールを組み上げてみても「漫画とは何か」を根源的に問うた四方田犬彦『漫画原論』*2の境地には辿り着けないよね……というのが本日の締めの言葉でした。

テヅカ・イズ・デッド ひらかれたマンガ表現論へ 漫画原論 

goito-mineralgoito-mineral 2006/05/31 10:55 こんにちは。
>伊藤の場合には「竹内憎し」という感情が先立ってしまって(笑)文章が荒れているため混迷を来していた
てのはひどいなあ(笑)。
竹内オサム氏が書いたものは、もっともっと混迷しているので、それをなんとか力技で整理するとああなるという感じです。院生の方に検証をたきつけたそうですが、竹内オサム氏の、あの真面目に読もうとすると何をいっているのかがどんどんつかめなくなる迷宮のような文章と格闘する人がまた一人出てくるのか……と思いました。

genesisgenesis 2006/06/01 00:15 コメントありがとうございます&暴言ぶちかましてゴメンなさい。▼ 竹内氏の原文を対照しつつ読み直してみたのですが…… これは,伊藤さんのように細切れの引用で処理するか,秋田氏のように枠組みだけを借りて使うか,さもなくば自分で再解釈するか,もしくは無かったことにするか,ですね。▼ 『テヅカ・イズ・デッド』では分析視座として「コマ構造」を打ち出しているので,これによって上書されることになる過去の言説は必要以上に参照しないでおいた方が整理のためには良かったのではないかと思うところでした。それでも敢えて竹内論の打破(173〜198頁)を残したのは怨念のためなのかなぁ,と感じたのです(^^;

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Saturday, 2006/05/27

労働判例895号

[] 大学院はてな :: 出向先での配置転換  大学院はてな :: 出向先での配置転換を含むブックマーク

 研究会にて,太平洋セメント・クレオ事件(東京地裁判決・平成17年2月25日・労働判例895号76頁)の検討。

 原告Xは,親会社Y1から子会社Y2に出向していた労働者。出向元(Y1)では部下を持たないマネージャー職にあった。出向先(Y2)ではコンクリートの強度試験に従事していたが,Y2内部で配転がなされ,教育事業部(通信教育担当)へと異動になった。

 Xは,本件配転は嫌がらせであるとして訴えを提起。当該配転命令の無効確認と慰謝料300万円の請求を求めた事案。

 裁判所は請求を棄却。

 理論的には面白い論点を含む。出向先での人員配置が争点となった,おそらく初めての事例。(A)出向してきた労働者と(B)元々その会社にいた労働者とでは,配置転換をするにあたって考慮すべき要素が異なるかどうかだが,議論してみたところ,出向命令の目的(余剰人員として体よく追い出されたのか,教育訓練のために修行に出されたのか等)によって,出向先で従事させることのできる業務に制約が加わりそうな感触があった。

 ただ,本件の場合には,Y2へ出向した目的というのが明らかではないため,出向目的の観点から制約をかけるのは無理だろう。そうなると,東亜ペイント事件最判(最高裁第二小法廷判決・昭和61年7月14日・判例時報1198号149頁)の法理により,使用者に幅広い裁量が認められるということになる。裏の事情では「不当な動機・目的」があったのかもしれないが,訴訟資料からは明らかではないため,結論としては請求を認めなかった裁判所の判断が支持されることになろう*1

*1:理論構成がおかしなところがあったのだが,それはさておき。

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Friday, 2006/05/26

田中メカ 『7時間目ラプソディー』

[] 田中メカ7時間目ラプソディー 田中メカ 『7時間目ラプソディー』を含むブックマーク

 「ラブコメ」がブームとして現れたのは1980年代前半,少年まんがの分野においてだという。ササキバラ・ゴウは『〈美少女〉の現代史』(ISBN:4061497189)の83頁以下においてあだち充「タッチ」や高橋留美子うる星やつら」などの作品を挙げ,(1)少女まんがやアニメから影響を受けた可愛く魅力的なキャラクター,(2)成就することが強く禁止された恋愛感情――といった構造を説いています。

 現在,ラブコメを描くことに最も自覚的な作家として赤松健を挙げることができるでしょう。私は少年マンガの経験値が低いため苦手としているのですが,『ラブひな』『魔法先生ネギま!』を読んでみたところ「上手い」と思いました。でも,どんなに技巧的に上手くても,赤松健の作るものは《少年マンガ》なのです。ヒロインの内面を伝える努力をしているのはわかりますが,それは美少女ゲームに倣ったものに留まるものでしょう。

 では,少女まんがでラブコメを描くとどうなるのか――。その模範解答たり得るのが田中メカ7時間目ラプソディー』(ISBN:459218839X)。田中は『お迎えです。』でもラブコメ色を強く出していましたが,恋愛成就を妨げるものが「あの世」「この世」という深遠な障害であったため,最後の方ではテーマが重苦しくなってしまいました(それでもキッチリ描ききってみせたのが『お迎えです。』の良さなのですが)。

 このたび『7時間目ラプソディー』で待ち受ける障害は〈教師と生徒〉という社会的身分。学園ラブコメの基本パターンを仕掛けてきます*1

生まれて初めて

意識した男性は

私の「せんせい」でした

第2話 冒頭のモノローグより

主人公は,おさげ髪で委員長体質な読書好き藤堂倫子(とうどう・りんこ)。恋のお相手は,担任の現国教師佐久先生。ちょっかいをかけてきながらも「教師」という一線から踏み越えてこない先生,そして,うぶな恋心を少しずつ育てていく「生徒」。少女まんがでラブコメを展開されると,ていねいな心理描写に胸がときめいて悶絶しそう。

f:id:genesis:20060527003035p:image

 しかも,田中メカが描くヒロインの艶(つや)っぽさときたら! これほど上品に色香を漂わせることができる作家は他に居ません。

それでいて,コミカルな場面での「はじけ具合」もまた秀逸。二人の微妙な関係を,秋の文化祭,夏の合宿,そして卒業という3つのエピソードで綴る『7時間目ラプソディー』。さらに描き下ろしの後日談「そして春は過ぎ」という止めの一撃まで用意されている。

 誰もが楽しめる少女まんがちっくなラブコメ。

7時間目ラプソディー (花とゆめCOMICS)

*1:あ,嫌なことを思い出した。くりた陸北極星ポラリス)に投げキッス』〔4〕(ISBN:4061764209)のせいで,〈教師と生徒〉型にはトラウマがあるんですよ。あれのどこが「感動のクライマックス」なんだ……

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Thursday, 2006/05/25

『εに誓って』

[] 森博嗣εに誓って 森博嗣 『εに誓って』を含むブックマーク

 森博嗣(もり・ひろし)のGシリーズ第4作『ε(イプシロン)に誓って ―― SWEARING ON SLOMEMN ε』(ISBN:4061824856)が届いたので読む。

 なんか,こう,言いしれぬモヤモヤがわだかまる読後感。北海道弁で表現するところの「あずましくない」感じ。

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Tuesday, 2006/05/23

『迷宮百年の睡魔』

[] 森博嗣迷宮百年の睡魔 森博嗣 『迷宮百年の睡魔』を含むブックマーク

 森博嗣(もり・ひろし)『迷宮百年の睡魔*1読了。

 前作『女王の百年密室』もそうだったが,何とも奇妙な話。〈近未来〉を描いた作品は,〈現在〉の価値観なり技術的限界を踏まえて作られたものでないとリアリティが感じられなくなってしまうのだなぁと思う*2。このシリーズは,近未来を近未来の視点で書いている。良く言えば,執筆時における人間の認識能力を乗り越えたところで生まれる浮遊感がある(悪く言えば,リアリティの取っ掛かりが乏しい)。

*1:新書判:ISBN:4104610011幻冬舎文庫版:ISBN:4344009177,新町文庫版:ISBN:4101394334

*2:例えば2015年を舞台とする1995年製作の作品『新世紀エヴァンゲリオン』においては,入退管理システムは磁気カードを利用していた。10年が経った今ならば,ICカードを用いた非接触型の認証システムが当たり前のように普及している。新しさを伝えるには虹彩などを用いた生体認証あたりを登場させるだろう。でも,1990年代の中葉にバイオメトリクス認証を描いてみても,当時はリアリティに結びつかなかっただろうと思う。

o-tsukao-tsuka 2006/05/24 00:21 エウ゛ァの四年前、ガンダム0083の一話で網膜認証を使ってましたよ。ややおおげさなシステムではありましたが

genesisgenesis 2006/05/24 19:35 今回のテーマは,アニメにおける個人認証システムの歴史的変遷――ではないので,この点に関するツッコミはご遠慮ください(^^;

reds_akakireds_akaki 2006/05/25 00:48 宇宙世紀で、生体認証!。テラワロス!!

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Sunday, 2006/05/21

岩根圀和 『物語 スペインの歴史』

[] 岩根圀和 『物語 スペインの歴史』  岩根圀和 『物語 スペインの歴史』を含むブックマーク

 移動中の機内で,岩根圀和*1『物語 スペインの歴史――海洋帝国の黄金時代』(ISBN:4121016351)を読む。

 いかにも「スペイン文学」の好きでたまらない「文学者」の書いたもの。良く言えばテーマを絞っている,悪く言えば著者が関心を抱くことにしか触れていない。題名と中身の食い違いがひどい。さらに,異様なまでに振り仮名の添えられている箇所が多く,言い回しが古くさい。

 スペインを研究対象にしている身で言うのも何なのですが,スペイン文学で有名なものは唯1つ,セルバンテスドン・キホーテ』だけとしても過言ではないしょう。だからといって,セルバンテスからみた「太陽の沈まぬ帝国」の叙述に全300頁のうちの6割を当てるのはやりすぎ。無敵艦隊の敗走(1588年)の次は,いきなりガルシア・ロルカとスペイン内戦(1936年)に飛ぶだなんて…… 著者曰く,「興味深い大きな事件の幾つかを取り上げて物語」ったということだが,取捨選択で捨てる部分が多すぎます(笑) この歪(いびつ)な構成の本を読んで,スペイン文学の底の浅さを知ることは多分にありそうですが,興味を持つようになるとはとても思えないなぁ。

 イベリア半島がイスラム支配下にあった時代を通史的に述べている第1章や,国土回復運動(レコンキスタ)が契機となって生じた異端審問のことなどを取り上げている第2章などは,教科書的な解説とは異なる切り口を見せていた。先に期待を持てる内容だっただけに,第3章以降で受けた落胆の度合いは大きい。

 すでにテーマを持っている読者が資料として読むには価値があるかもしれないが,1冊の本としては褒められた作りではない。

*1:いわね・くにかず。神奈川大学人文学部教授。専門はスペイン古典文学。

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Saturday, 2006/05/20

[] 大学院はてな :: スペイン法研究会  大学院はてな :: スペイン法研究会を含むブックマーク

 研究会参加のため,南山大学法科大学院へお出かけです。久しぶりの遠出なのに,セントレアから会場へ直接向かうので,名古屋市内を散策する時間が取れないのが心残り。さらに,日曜日には公務員試験予備校の講義を引き受けてしまったもので,翌朝の早い便で札幌に戻ってきて,そのまま勤務先に直行です。

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Friday, 2006/05/19

『くもりガラスの向こう側』

[] 今野緒雪くもりガラスの向こう側 今野緒雪 『くもりガラスの向こう側』を含むブックマーク

 今野緒雪(こんの・おゆき)『くもりガラスの向こう側』(ISBN:4086007436)読了。「マリア様がみてる」の第23巻。

 全体に関わるシナリオが進行するのは冒頭の7頁と,末尾の9頁だけ――なんですが,そういう〈ゆるゆる〉な作品だもんね。

 

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Thursday, 2006/05/18

米澤穂信 『氷菓』

[] 米澤穂信 『氷菓』  米澤穂信 『氷菓』を含むブックマーク

 先日,乙一『GOTH』を読んだことで〈ライトノベルとミステリーの境界〉に位置する作品群に興味が湧いた。そこで周辺的な位置づけを持つものとして名前の挙げられていた作品*1米澤穂信(よねざわ・ほのぶ)の『氷菓』(ISBN:4044271011)を読んでみる。

 とても面白かった。読み終わってすぐシリーズ続作を注文し,他の米澤作品の物色を始めたくらいに。

f:id:genesis:20060518221417p:image *2

 高校に入学した折木少年は,姉がかつて部長を務めていたという古典部へ命じるまま入部する。ところが,いないはずの部員が部室に居て――

 登場する〈謎〉の数々は,ちょっとした不思議。いつの間にか閉じられた教室,毎週決まって借り出される図書室の蔵書。そして部員達は,33年前の出来事へと引き込まれていく。舞台設定に組み込まれた日常性が,まず第一の特徴だろう。

 そして登場人物の造形がいい。特に,ヒロイン千反田(ちたんだ)えるは抜き出でた趣がある。

合理的な人間は概して頭がいい。だが,それは合理的でない人間が愚かだということを示しはしない。千反田は愚かな人間ではないだろう。だが,決して合理的ではない。 

46‐47頁 

このように表現される思考のスタイルが,彼女の発言と行動とに反映され,シリーズの端緒から物語をぐいぐいと引っ張っていく。思考の明晰さと聡明さに惚れた。

 端正に組み立てられた物語とキャラクター指向の同居。これが,境界的な作風とされる所以(ゆえん)なのだろう。

はてな年間100冊読書クラブ II 〔#016〕

[] 老いたジャンル〈新本格〉から見えてくるもの  老いたジャンル〈新本格〉から見えてくるものを含むブックマーク

 夕方より,文学研でのミステリ研究会に参加。諸岡卓真氏が近く発表する論文「本格のなかの本格について」の草稿を読ませてもらう。内容は,メタ・ミステリ評論(評論の評論)で,『週刊書評』に投稿された批評「本格ミステリ批評に地殻変動は起きているか?」を発展させたもの。笠井潔の著書『探偵小説と二〇世紀精神』(ISBN:4488015190)を足がかりとしている。

 未発表の論考なので詳しく触れるわけにはいかないのだが,差し支えないと思われる範囲で紹介しておく。かつて,笠井潔は次のような批評を著した。

 清涼院から西尾にいたる「本格読者に物議をかもすタイプの作品」を,いずれも本格形式を前提としつつ,形式から逸脱する傾向が共通していることから ここでは便宜的に「脱本格」,略して「脱格」系と呼んでおくことにしよう。

笠井潔本格ミステリに地殻変動は起きているか?」 探偵小説研究会編『本格ミステリ・クロニクル300』(ISBN:456203548X)所収(2002年)

ここで〈脱格〉系に該当するものとして挙がっているのは,舞城王太郎佐藤友哉西尾維新らである。この[本格‐脱格]という二項対立,換言するならば[新本格ファウスト系]という対立の構図が持つ意義について問うのが諸岡論文の主旨。

 京極夏彦森博嗣西澤保彦らが登場した1990年代後半,彼らの出現は〈構築なき脱構築〉であると笠井は把握し,本格ミステリが〈キャラ萌え〉にさらされているとした。この時期,分水嶺は京極にあったのだ。ところが〈京極以後〉から〈清涼院以後〉へとパラダイム・チェンジが起こったことにより,新たな系譜の始まりは清涼院へとシフトする。それに伴い,かつては新本格から排斥されていた京極らが,今度は新本格へと取り込まれることになる。

 具体的にいえば、京極に代わって、清涼院が「本格読者に物議をかもすタイプ」の「起源」として「発見」されているのだ。そして「起源」の変更に伴って、1990年代後半に「本格」の仮想敵とされていた「京極以後」の作品、作家たちは「本格」の内側にあるもの(すなわち、それ以前の「本格」と何かしらの連続性、同質性を持つもの)として再配置されている。

前掲・諸岡書評

このシフトを考察するのが諸岡論文。その先の紹介は論文が公刊されるのを待つことにして(探偵小説研究会が出す本に載る予定とのこと),代わりに討論の中で出てきた雑談を披露しましょう。

 ジャンル分けというのは,文学における形而上的な問題なのではなく,市場における差異化ではないのか。周辺領域と越境交配することに生まれた新種を,どの分野の市場が囲い込むのかがカテゴライズの正体なのではないか―― そんな話が出てきました。

 つまり,既存の作品とは持ち味が異なるものを書く20代の青年作家が出てきたところで世代間格差が認識され,40代の年輩者達が「こっちにおいでよ」と手招き競争をしているだけなのではないのか*3。「新本格ミステリ」と呼ばれているものは,1960年代生まれのオジサンたちが書き,読み,楽しんでいる〈ジャンル〉だという現実的状況がある。

 結局のところ「本格であるか否か」というのは,サッカーに例えればオフサイドラインの細かな線引きしているに過ぎない。これでは1980年代,SFが衰退していったのと同じではないか。一方,有力選手はフィールドの外側,タッチライン間際にいる。そんな若手作家を新本格は競技場の外に追い出してしまっているのに対し,取り込むのに成功しているのは純文学グループでしょうね。

 美少女ゲームでも「××はノベルゲームではない」といった排斥的カテゴライズが行われるようになりましたが,老いを迎えたジャンルを待ち受ける宿命(fate)なのかもしれません。ライトノベルもそろそろ?

*1http://d.hatena.ne.jp/REV/20060508#p6

*2http://d.hatena.ne.jp/kazenotori/20060518/1147903887

*3:ここでもまた,1970年代生まれの30代は疎外されているわけなのですが……

Tuesday, 2006/05/16

予知夢

[] 東野圭吾 『予知夢』  東野圭吾 『予知夢』を含むブックマーク

 東野圭吾(ひがしの・けいご)の『予知夢』(ISBN:4167110083)を読む。ガリレオ・シリーズ第2作。

 5つの短編はいずれも機知に富んでいたが,中でも「霊視(みえ)る」がシナリオとしてはお気に入り(ただ,ステレオの××については余分だったような気もするが)。

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Saturday, 2006/05/13

社会福祉法入門

[] 大学院はてな :: 障害者更正施設での寄付強要  大学院はてな :: 障害者更正施設での寄付強要を含むブックマーク

 研究会にて,札幌育成園事件の検討。社会福祉法人Yの運営する知的障害者施設Aに入所していたXが,入所期間中に受給していた障害基礎年金を不法に領得されたと主張し,相当分を損害賠償として請求した事案。

 第一審*1は請求を棄却したのに対し,控訴審*2では請求一部認容と判断が変わっている。

 悪徳経営者が障害者を食い物にしていた!と週刊誌的に糾弾するのは簡単だが,問題はそう単純ではない。この事件を考えるうえでは,前提として次の点を踏まえておく必要がある。

 まず第1に,金銭管理を障害者本人には行わせず父兄互助会に委ねていたことであるが,これは当該施設に特有の事情ではない。日常的な金銭の支出を管理するに足りる能力に欠けている知的障害者の場合,金銭の浪費や紛失はもちろん,悪徳商法(押し売りなど)の犠牲になってしまうこともある。そこで,周囲の者が代わって金銭管理を行うことは一般的に行われていることである。

 第2に,社会福祉施設が寄付を募るのはシステム的に必要とされていたこと。もともと社会福祉は篤志家によって慈善事業として営まれることを想定し*3,制度が設計されていたため,施設を運営していくのに必要な経費を利用者(障害者)から徴収していない。すなわち,利用者からの利用料は月々のフロー(食費・光熱費等の実費と職員の人件費)に相当する分のみに当てられ,ストック(施設建物)には充当されていない。従って,建物の減価償却にかかる費用を利用料とは別建てで確保することが,現行の社会福祉制度ではシステムとして要求されているのだ。これが,障害者施設と寄付行為とを切り離せない事情である。なお医療の場合には,医療機関に支払われる診療報酬の中にハードウェアにかかる分も含められており,制度設計がまったく異なる。

 第3に,寄付と言っても寄付した当人が受益者であるという点。理事長が寄付金を懐に入れていたのならば論外だ。しかし,寄付金が施設の修繕・改築などに当てられていた場合,障害者自身が受益者となる。現状では知的障害者を受け入れる施設は数が少ないので施設を移動することはあまり無く,かつては知的障害者が社会共同体へ「復帰」することは稀であったた。そのため,本件のような退所時における紛争が表面化してこなかったのである。

 そして第4に,Xが受給していた障害基礎年金(月々65,000円ほど)の使途。先に述べたように,施設入所者の場合,月々の生活にかかるコストは国庫負担によって賄われている。2003年4月に社会福祉サービス利用関係の法体系が変わり,措置制度から支援費支給制度に移行したが,利用者が負担しているわけではないことについては変わりはない*4。そうすると,障害者の「おこづかい」として年額80万円が支給されているとは考えがたい。一旦は障害者本人に年金を渡すが,そこから寄付という形で障害者施設のハードウェア更新に回付してもらうことがシステムにビルトインされていたと考えるのが筋だろう。確かに名義上は障害者のものだが,障害者本人が個人的な目的のために使い切ることを望まれていない性格の金なのだ(そのような体系を採っていることの是非は,また別な問題である)。

 上記のような事情を踏まえてようやく,判決の読み取りが可能になる。

 地裁では,このような社会福祉制度に理解を示し,障害基礎年金の全額を寄付させていても横領ではない――として,請求を棄却したのである。それに対して高裁が判断を変更したのは,入所時に取り交わされた「承諾書」が争点として浮上し,文言に不備があったことを認めたためである。

「障害福祉年金及び生活保護日用品費の使途については園において互助会費として積立し 園生の日用品等の必要な物品購入,または園生のためになると園が認めた諸経費に使用することを承諾します。」

これが書面の内容であるが,この文書から〈贈与〉の意思を読み取ることはできないとして,当該金員の返還を拒んだYの行為は横領であると評価したものである。換言すれば,承諾書の文言をきっちりさせ,障害者から施設への〈贈与〉が真意によるものであると認められるのであれば良い――ということだ。

 本件紛争の舞台になった施設のやり口は汚かった,と言えるかもしれない。ただ,そのことと,社会福祉施設が制度的に寄付金を必要としていたこととは,分けて論じられなければなるまい。

*1:札幌地裁 平成16年3月31日 「賃金と社会保障」1411号50頁 〔→裁判所

*2:札幌高判 平成17年10月25日 「賃金と社会保障」1411号43頁

*3:憲法第89条には「公金その他の公の財産は,宗教上の組織若しくは団体の使用,便益若しくは維持のため,又は公の支配に属しない慈善,教育若しくは博愛の事業に対し,これを支出し,又はその利用に供してはならない。」とあるが,これは「社会福祉は篤志家がやるもの」だった時代の名残。この憲法89条に慈善・博愛事業が入っているのは何故かというと,明治憲法の時代,日本最大手の篤志家は天皇であった(天皇が恩賜として貧民を救済していた)ことに由来する。政府が社会保障を担うことが確立された今日では意味を成さなくなった規定の代表例。私学助成の妨げにもなっている条文であり,憲法改正論議のポイントとなっている。

*4:但し,支援費支給制度の下では利用料を高めに設定し,ハードウェア(建物)の維持管理にかかる費用の負担を利用者に求めることが理論上は可能となった。

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Thursday, 2006/05/11

塩野七生 『ロードス島攻防記』

[] 塩野七生 『ロードス島攻防記』  塩野七生 『ロードス島攻防記』を含むブックマーク

 ロードスという島がある。

――以上,お約束*1

 塩野七生(しおの・ななみ)『ロードス島攻防記』(ISBN:4101181047)読了。イタリアの商人が聖地巡礼者のためエルサレムに建てた病院兼宿泊所が,やがて起こった第1回十字軍(1096年〜)を機に宗教団体として認可された。これが「聖ヨハネ騎士団」の興り。中東に獲得した領土を維持するため,騎士団は軍事目的化する。1291年,イスラム勢力に追われてパレスチナを離れ,ロードス島に本拠地を構えることとなった。以後,イスラム船に対して海賊行為を働くようになる。

 1453年にビザンティン帝国を滅ぼしたオスマン=トルコは,ついに東地中海からのキリスト教勢力一掃を目論む。この本は,1522年に起こったロードス島攻防戦を扱う。ヴェネツィアの外交資料を紐解いて外側の状況を説き,宗教改革への対応に追われていて動き出そうとしない西欧諸国の構図を描く。内側は,若き騎士のカップリング(仏×伊)によるやおい展開。

 社会構造が大きな変革期を迎えた時,旧世代に属する者は自らの存在意義を問われ,やがて歴史の舞台から退場していく。諸行無常,盛者必衰の理-the low-*2

――のはずなのに,今でも「聖ヨハネ騎士団」はローマに現存し,日本は承認していないものの「マルタ騎士団」という国家的組織として存続している。乙なものだ。

*1:cf. 水野良ロードス島戦記』(ISBN:4044604010

*2IME に組み込んであった『A I R』辞典がこんなところで発動。面白いから,そのままにしておこう。

Wednesday, 2006/05/10

水原賢治 『あふたーすくーる』

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 水原賢治(みずはら・けんじ)『あふたーすくーる 〜after school〜』(ISBN:4903471047)。寡作な作家であり,単行本が出るのはおよそ4年振り。マイナー誌やアンソロジー集に掲載された作品に,同人誌発表作も加えた珠玉作品集。青くみずみずしい性を綴った短編9本を収録(年齢制限は付されていないが性表現を扱っている)。

  1. 「真夏のひるさがり」 わずか5頁しかない小品だが,水原賢治の感性が良く現れている。清涼感あふれる淡い色調の巻頭カラー作品。性に目覚めた少女と少年が睦みあう情景を上手く切り出しており,強く印象に残る。「紺ブレザー×プリーツスカート×純白シャツ×ツインテール×上目づかい」に胸がときめく*1
  2. 「道場で候。」 ちょっぴり勝ち気な剣道少女が,道着の裾をつまんで……。
  3. 「夏の海辺で。」 台詞を交えないピンナップ集。
  4. 「青の時間」 彼が追い抜きざまにかける一言,ただその一瞬を心待ちにして坂道を登る少女。暮れなずむ風景をふんだんに折り込んでの心象描写が秀逸。
  5. 「meio 〜メイオ〜」 彼が見ているのは私? それとも私の中の君? 意識の在処を扱う。『はるかな風と空ののぞみ』(ISBN:4898293875)に連なる意欲的な取り組み。収録作の中で最も少女まんがチックなテイストの作品で,流星ひかるボクらがここにいる不思議」(ISBN:4847033973)を彷彿とさせる。
  6. 「holy night」 現れない彼に涙をこぼす少女,雪道を駆けバイクで乗り付ける青年――。かつて谷川史子が描いていたような模範的な恋の光景。時代が数十年ほど巻戻ったような感じすら起こさせる,芳醇なノスタルジー。少女まんがの正統なる末裔『コミックハイ!』編集部は,時宜を得て水原賢治に執筆を依頼すべきだ。
  7. 「お医者さんごっこ」 お兄ちゃんが,妹の,タンポンを(以下略)
  8. 「恋愛の条件」 女性教師が教え子の男子生徒と淫行に及んだという,実在の事件を範に取ったドキュメンタリー作品。
  9. 「兄と従姉と妹と」 従姉が,妹が,お兄ちゃんに(以下略)

 別々に書き連ねられたものが集められたものだが,それが幸いして著者の持ち味がバランス良く配合されている。水原賢治という作家を知るために好適な作品集。

*1

f:id:genesis:20060510234720j:image

reds_akakireds_akaki 2006/05/17 01:39 http://d.hatena.ne.jp/mushimori/20060513#c1147715552
で紡木たくの80年代と桜庭一樹を対照していたので、この人や町田ひらくを薦めました

kagamikagami 2006/05/17 21:26 『…これは感動しました。私も水原賢治大好きなんですが、周囲は誰も知らなくて…。18禁漫画家の中で最良の叙情性を持った作家さんだと思います。18禁コミックの中で宮沢賢治の詩を綺麗に映像化していたりしたのには感動しましたね…。

genesisgenesis 2006/05/18 15:39 kagamiさんへ。宮沢賢治の詩というと,「春と修羅」へオマージュを捧げた初単行本『空穂幻燈(うつほげんとう)』(1995年)のことですね。私が最初に読んだのは『日曜日に彼女は』(1996年)だったのですが,その頃にはすでに店頭から姿を消しており入手するのに苦労しました。既刊をすべて収集するまで数年かかったことを覚えています。

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Tuesday, 2006/05/09

GUNSLINGER GIRL

[][] ライスの国のガンスリ  ライスの国のガンスリを含むブックマーク

 米国出張してきたたてにょんから,おみやげに『GUNSLINGER GIRL』の英語版をもらいました(id:lapis:20060213)。しかも嬉しいことに,送られてきたのは第2巻(ISBN:1413902332)。Grazie! 

Gunslinger Girl Vol.2 (Gunslinger Girl)

 あれ?と思ったのは裏表紙の説明書き。

Graphic Novel/Manga

Sci-Fi

RATED 16+

 Sci-Fiは,サイエンスフィクションのことですね。そっか,世界基準に当てはめると『ガンスリ』って SF なんだ。

 グラフィック・ノベルについては Wikipedia に解説があって,「通常は長く複雑なストーリーを備えた、しばしば大人の読者が対象とされる、厚い形式のアメリカン・コミックを指す用語」と定義されていました。

 日本語版と英語版を隅々まで見比べてみましたが,翻訳は順当なもので,驚くような箇所は見当たりませんでした。GIUSEPPEという単語があって何だろうと首を傾げ,人名の「ジョゼ(ッフォ)」だと気づくまで数秒かかるようなことはありましたが……。

 ベートーヴェンの交響曲第9番は,ドイツ語ではなく英語の歌詞。〈描き文字〉は日本語のままで,横に英語が書き足してあるタイプ。第7話は副題が微妙に変更されており,

和) Ice cream in the Spanish open space

英) Ice Cream in the Piazza di Spagna

となっています。“Piazza di Spagna”はイタリア語で「スペイン広場」ですね。

 あらすじ紹介が,気になると言えば気になる。

The Social Welfare Agency lies hidden in Italy's ancient ruins, where an elite group of yong children trains to kill on command. Claes and Angelica are two such operatives for the Agency. Claes's unflagging façade, reminding him of the man he once was, even while Angelica's indoctrination into the Agency will cause her own humanity to slip away...

この下線を引いた部分なのだけれど,どうして「古代遺跡」が出てくるんだろう?

 さて,気になる専門用語ですが,次のようになっていました。

和) 「条件付けって恐いね」

英) “This conditioning is frightening...”

159頁

和) 「義体にしておくのがもったいない」

英) “It's too bad they have to be CYBORGS, huh?”

77頁

うわ,サイボーグですって。日本語では久しくお目に掛かっていないなぁ。なお〈義体〉については,学術的な表現も併用されている。

和) 「義体って本当にすごいんだね」」

英) “Those prosthetics are something else.”

157頁

和) 「あの子らの担当官になっても同じ事が言えるのか?」

英) “How would you feel if you were a HANDLER?”

132頁

辞書を引くと handler は「調教師」「飼育係」でした。ぁぅ(^^;

 なるほど,と思った言い回しには,こんなものがありました。

和) 「なんだあの先生…… 千里眼か?」

英) “What, the doctor's PSYCHIC now?”

119頁

和) プリシッラ 「力は可能性なの 良いことにも悪いことにも使える可能性……」

英) Priscilla “Power gives you OPTIONS. Options that can be used for good or bad...”

159頁

【補論】

 現在のところ『ガンスリンガー・ガール』は第6巻まで刊行されていますが,最も interesting なのは第2巻だと思うんです。

 私が美少女ゲームを論じると〈ギャルゲー評論〉であっても〈エロゲー評論〉にはならないのですが,その理由は,葉鍵系にありがちな「えっちなのはいらないと思います!」的思考のせい。ポルノグラフィとしては男女が肉体的に接触を始めてからが山場なのに対し,恋愛シミュレーションとしては和合に至るまでの関係性構築過程の方が重要。

 他のコンテンツを眺める時も,同じような視点で考えてしまうん。表現論の視点からすれば戦闘シーンのコマ構造も考察対象になるのでしょうが,ことシナリオ展開に関する限りガン・アクションなどは面白い対象ではない。そんなわけで,登場人物の関係性の描写に力を注いでいる序盤の方に GSG の意義を見ています。しかも,メインヒロインで(ヘンリエッタ,リコ,トリエラ)が主軸になる第1巻(ISBN:4840222371)よりも,物語世界の環境を構成するサブヒロイン(クラエス,アンジェリカ)を扱う第2巻(ISBN:4840224218)の方に見どころがある(思考がまとまっていない状態で書き散らしたものだが id:genesis:20050426:p1 は上述のような関心を背景にしている)。

【追記】

 脱稿後,「なぜ泣きゲーヲタは性描写を嫌うのか」に接した。一見したところでは本稿とは無関係なように思われるだろうが,私の意識の中では結びついた話題であり,下記コメントにも関わるので参照先に掲げておくことにする。

kagamikagami 2006/05/09 14:39 肉体的な繋がり(SEX)を持つことで人間的な関係性が深まっていくようなタイプの作品が昨今はエロゲ和姦ゲーのスタンダートかなと思うのですが…。昨今の和姦ゲーは、エッチして終わりじゃなくて、エッチしてからのことをエッチと絡めて書く作品が多数派ですね。また、葉鍵系もその流れに乗っておりますね。麻枝さんが作られたKEYの新作「智代アフター」とか完全にそういったタイプですし。現状、多数の作品がでておりますが、元祖的な古典としてはF&Cの「ナチュラル」、現在に繋がる発展的完成形としては「下級生」シリーズが該当すると思います。こちらのサイトさん↓が流れを分かり易く纏めています。現在は統合〜探求期かなと。
http://www2u.biglobe.ne.jp/~siren/sub/es05.htm

genesisgenesis 2006/05/09 18:20 何か特定の時点に転換点を求めるとすると,2001年が着目すべき時期でしょうね。上述の私の補論は,それ以前(1996〜1999年頃)の状況を念頭に置いているとお考えください。『君が望む永遠』と『はじめてのおるすばん』は,作品の性質としては両極端ですが,閉塞的な状況に向かいつつある状況を打破しようとした点では同一の地平に立っていたと言えるでしょう。▼ 実は,ここで『Natural 身も心も』(1998年)を出されると,すごく困るんです。http://d.hatena.ne.jp/genesis/20060406/p1 を書いた者としては。あの史観の脆弱性は F&C にあるので(^^;

kagamikagami 2006/05/10 11:54 bmpさんのエントリのコメント欄で泣きゲとマゾヒズムの過程構造分析をやって欲しいとのことでしたので、僭越ながら取り組んでみました。こちらのエントリになります。「エロゲとNTRマゾヒズム」
http://d.hatena.ne.jp/kagami/20060510
拙い分析ですが、参考になれば幸いです。

genesisgenesis 2006/05/10 21:07 kagami さん,ありがとうございます。当該エントリーは拝読いたしましたが,コメントできるほどに思考がまとまっていない段階なので,検討は留保させてくださいm(_ _)m

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Saturday, 2006/05/06

涼宮ハルヒの憤慨

[] 谷川流涼宮ハルヒの憤慨 谷川流 『涼宮ハルヒの憤慨』を含むブックマーク

 谷川流(たにがわ・ながる)『涼宮ハルヒの憤慨』(ISBN:4044292086)読了。ハルヒシリーズ第8作。

 第2作『溜息』から前作『陰謀』まで〈楽しい〉読み物だとは思いましたが,〈面白い〉とは思いませんでした。ところが今回収録の中編「編集長★一直線!」は良く出来た話だと思う。

 この評価の違いは何だろうと考えてみたのですが,物語の駆動力が他の巻と違っているからでしょう。未来人・宇宙人・超能力者であるという属性が直接的な影響力を持っておらず,経験のみが展開に反映されている。通常人でも保有しうる能力に立脚した学園ドラマとして組み立てられているために,安心して作品に寄りかかれるのです。相対的なものではありますけれどね。

 収録されている2編の中編はともに読んだ5秒後には内容を忘れてしまいそうな、極めてどうということのない代物である。とはいえハルヒシリーズ自体が元よりそういうものなので、一瞬で忘れてしまったからといっていちいち気に病む必要はないだろう。(中略)

 話なんかどうでもいいんだ。そんなものは枝葉にすぎない。

http://d.hatena.ne.jp/p17n/20060503#p1

――と仰るのはもっともで,私もシリーズを全体として評価するなら「キャラクターが戯れている様子」から捉えます。ただ,こと今回に関しては,話の構造を好評価の要因にしておきましょう。


 この場を使って,ちょっとご挨拶。

 今週の後半,「舞台探訪アーカイブ」(http://legwork.g.hatena.ne.jp/)に収録したハルヒ関連記事がニュースサイトで集中的に紹介されたおかげで,多数のアクセスをいただきました*1。今後ともお引き立ての程,どうぞよろしく。

*1アクセスレポートはどなたでもご覧いただけます。保有する情報は,差し支えの無い限りにおいて,パブリックな場で活用できるよう提供したいと考えておりますので。これを調査活動などに利用していただいても一向に差し支えありません。

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Friday, 2006/05/05

ミッシング・セイント

[] 神坂一 『ミッシング・セイント』  神坂一 『ミッシング・セイント』を含むブックマーク

 神坂一(かんざか・はじめ)「スレイヤーズすぺしゃる」第26巻『ミッシング・セイント』(ISBN:4829118113)を読了。

 今回も良いマンネリズムでした。

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Thursday, 2006/05/04

お湯屋へようこそ

[] 湖西晶お湯屋へようこそ 湖西晶 『お湯屋へようこそ』を含むブックマーク

 湖西晶(こにし・あき)『お湯屋へようこそ』(ISBN:4832275720)は,流行らない温泉旅館に嫁いできた酒乱の若女将「ゆや」ちゃんを主人公にした4コマ漫画。番頭として節約に執念を燃やす夫「トージ」,凶暴な大女将「ナガユ」,苦労を引き受ける「板長」,それにライバル温泉を経営する「ユザメ」で主要登場人物を構成。

 『かみさまのいうとおり!』では下ネタ満載だったが,本作はうってかわって健全。それでいてコミカルな展開は全体を通して繰り広げられており,安定した実力を見せている。際だった特徴は無いが欠点というものもなく,読む人を選ばない模範的な作品。

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Wednesday, 2006/05/03

探偵ガリレオ

[] 大学院はてな :: \234,850  大学院はてな :: \234,850を含むブックマーク

 昨日,学費を払い込んできた。半年分で234,850円。留学等のために3年間の休学(=学籍はあるけれど学費納入義務は無い期間)を挟んだりしたけれど,今期は留年という扱い。すでに博士課程の標準修習年限を超過したので,今期以降の学費は本来であれば必要がない出費。単位が必要なわけでもなく,ただ「学生」という身分を確保しておくための支出。それだけに堪える。普段,弱気なところは人に見せないようにしているけれど,花粉症で体調不良(北海道なのでシラカバとポプラのせいらしい)だと精神的抵抗力まで落ちてしまっていけない。

 講師業で稼いでいるとはいえ,昨年の年収は106万円。書籍代や学会参加費として年間に20〜30万円ほど使っているから,バランスシートに占める〈教育費〉は60%を軽く超えているだろう。キャッシュフローの不足は,残しておいた育英会奨学金を取り崩して工面しているのだが,財政が破綻を来していないのが我ながら不思議。

 学問の道が険しいのは理解していたつもり。でも,就職の当てが無いほど厳しいとはねぇ。最低生活費が確保できず「パンのための学問」にすらなっていないことが悲しいやら,悔しいら……。

[] 東野圭吾探偵ガリレオ 東野圭吾 『探偵ガリレオ』を含むブックマーク

 やさぐれた気分だったのでケッチャムを読もうかとも思ったが,考え直して東野圭吾(ひがしの・けいご)『探偵ガリレオ』(ISBN:4167110075)を開く。『容疑者Xの献身』にも登場する物理学者・湯川学の登場するシリーズ第一作。

 5つの短編により成っているが,どれも面白い。謎めいた事件が,科学的思考のもとに見事な収束を見せる。感嘆。

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Tuesday, 2006/05/02

コンスタンティノープルの陥落

[] 塩野七生 『コンスタンティノープルの陥落』  塩野七生 『コンスタンティノープルの陥落』を含むブックマーク

 塩野七生(しおの・ななみ)『コンスタンティノープルの陥落』(ISBN:4101181039)を読む。近年,公務員試験ではイスラム世界に関する設問が増加傾向にある。先日,世界史の講義で過去問を取り上げて解説していたところ,説明が流暢に組み立てられなかったので弱点補強。

 1453年5月29日,オスマン・トルコの攻撃を受けてビザンチン帝国が滅ぶ。本書は,およそ7週間におよぶ攻防戦を,間近に見聞きした人物達の回想録をもとに叙述するもの。「現場証人」として登場するのは,ヴェネツィアの船医ニコロ,黒海貿易に携わっていたフィレンツェ証人テダルディ,ジェノヴァ居留区の代官ロメリーノ,トルコの支配下にあったセルビアの騎兵として戦役に参加したミハイロヴィッチ,東西教会の合同に取り組んだイシドロス枢機卿,そしてギリシア正教の独自性を強く訴える修道士ゲオルギウスに師事する留学生ウベルティーノ,さらにトルコのスルタンに使える小姓トルサン。

 後の歴史へ間接的に影響を与えたものとして,黒海での通商に全力を投じてきたジェノヴァが制海権を失ったことで大西洋へ目を転じるきっかけとなったことや,大砲が実戦で使用されるようになったことで騎士階級の没落が始まったことを仕込む。

 本書は1983年に刊行された初期作品なので〈塩野節〉は抑えられており,素直に読める。攻城戦に関する箇所を読んでいる最中,城門の位置関係が図示されていればいいのに――と思っていたところ,巻末に図が織り込んであったのを読了後に見つけた(泣)

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