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博物士

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Tuesday, 2006/08/29

舞城王太郎 『煙か土か食い物』

[] 舞城王太郎煙か土か食い物 舞城王太郎 『煙か土か食い物』を含むブックマーク

 舞城王太郎(まいじょう・おうたろう)『煙か土か食い物 Smoke, Soil or Sacrifices』*1読了。

 とてつもなくクセのある文体。勢いで突っ走る。読点(、)を削ぎ落とし改行も極限まで切りつめる。ストーリーは……あまり記憶に残っていないし,それを述べたところでさしたる意味は無いだろう。

 面白いとは思わなかったし,次作に手を伸ばす気は起きない。だが読んでみる価値は十分にあった。不思議な小説。

*1ISBN:4061821725(新書版),isbn:406274936X(文庫版)

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Sunday, 2006/08/27

乙一 『死にぞこないの青』

[] 乙一 『死にぞこないの青』  乙一 『死にぞこないの青』を含むブックマーク

 乙一 『死にぞこないの青』(ISBN:4344401638)を読む。

 小学五年生に進級したマサオの担任になったのは,新卒の羽田先生。マサオが引っ込み思案なせいで,飼育係を決めるときにちょっとしたトラブルが起こる。ほんの些細なことだったのに,マサオは“問題児”として扱われるようになり――

 主人公の受ける理不尽な仕打ち。劇的なものではないが,じわじわと圧迫される。読み進めるうち,どんどん不快な気分になる。静かに湧き起こるドス黒い負の感情を巧妙に喚起してみせる作品だ。

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Saturday, 2006/08/26

[] 大学院はてな :: 配転と家庭生活上の不利益  大学院はてな :: 配転と家庭生活上の不利益を含むブックマーク

 研究会にて,ネスレ日本事件(大阪高判・平成18年4月14日・労働経済判例速報1935号12頁)の検討。以前,取り上げたことのある事件(id:genesis:20051008:p1)の控訴審。

 配置転換については労働者にとって不利な判断になる傾向が強いが,本件は第一審に引き続き控訴審においても労働者側が勝訴しているという点で注目に値する。中でも,同居している母親(当時79歳,要介護2,痴呆症状あり)と,非定型精神病に罹患している妻の存在を理由に,当該配転は「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益」を労働者に負わせる者であると判断したところが特徴。

 裁判所は,改正育児休業法26条

(労働者の配置に関する配慮)

 事業主は、その雇用する労働者の配置の変更で就業の場所の変更を伴うものをしようとする場合において、その就業の場所の変更により就業しつつその子の養育又は家族の介護を行うことが困難となることとなる労働者がいるときは、当該労働者の子の養育又は家族の介護の状況に配慮しなければならない。

を示し,会社の振る舞いは失当であると結論づけた。労働者の被る不利益を,労働契約の当事者だけを対象に限ることなく,妻や老親といった家族にまで広げて考慮し,かつ,これを認めているのは画期的な判断と言ってもよいだろう。

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Wednesday, 2006/08/23

森見明日 『この醜くも美しい世界』

[] 森見明日この醜くも美しい世界 森見明日 『この醜くも美しい世界』を含むブックマーク

 森見明日(もりみ・あした)『この醜くも美しい世界』全3巻。2004年4月期に放映されていた同名アニメ(製作はGAINAX)との連携作品。

 アニメの方は知らない(留学中で日本に居なかった)のでマンガ単独で判断することになるのだが…… 褒め方が見つからなくて困る。

 世界の破滅を引き起こす少女(アカリ)と,少女の命運を左右するチカラを手にする少年(タケル)――というプロットなのだが,開始時点で生じる現実認識とのズレ(そんなことあるわけないよ!という拒絶)が解消されず,結末まで持ち込まれてしまった。フィクションにリアリティを付与するための作業が足りない。

 中盤で《日常》の描写を手厚くし,主人公への感情移入を促していれば,結末で涙を誘うことが出来たかもしれない。しかしながら,登場人物が多くて処理に手間取りヒロインの描写が薄れてしまったこと,外部から事態を語る科学者(ポートマン)がいて半端に客観化されてしまったこと等が原因だろう。その結果,ストーリーに含まれている不自然さが強調されてしまい,荒唐無稽との印象を与えてしまう。

 森見さんが真面目に描き込んでいくうちに,与えられた原作設定から過剰に取り込みすぎてしまったような感がある。詰め込まれてしまっていて,少々息苦しい。コミックならでは,を志すのであれば,テーマ/キャラクター/エピソード選択といったレヴェルで絞り込みをかけ,森見明日が得意とする叙情感とコミカルさの表現で挑んで欲しかったところ。

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Monday, 2006/08/21

塩野七生 『ルネサンスとは何であった

[] 塩野七生ルネサンスとは何であったのか』  塩野七生 『ルネサンスとは何であったのか』を含むブックマーク

 塩野七生(しおの・ななみ)『ルネサンスとは何であったのか』(ISBN:4106465019)読了。

 塩野の著作は色々読んだけれど,これが今のところ最高傑作だと思う。

 以前,学習塾に勤めていたときのこと。面談で勉強方法について話をする(で,何とかウチの塾に入会させようとする)わけですが,自宅学習で何を使ってるの?と聞くと,いちばん多い(お断りの)回答は「進†ゼミをやってるから……」でした。そこですかさず,そんなのより僕の講座においでよ――と誘うわけです。通信添削で満足できるような子はそもそも講習会に来ないから,かなりの確率で翌月から私のお客さんになってくれたものです。

 そんなある日のこと,『教科書が教えない歴史』で勉強しているという子がいたのです。あの時は会社の業績など抜きにして,本気で生徒の将来を心配しましたね……。親としては良かれと思って“進歩的”な教材を渡したのだと思いますが,あれは『教科書』の教える歴史(=文科省史観)を理解したうえでなければ《差》を感じ取れません。対抗(カウンター)は,本流(メイン)が無くては成り立たないものです。

 さて本書について。冒頭のカラー口絵に「ルネサンス人一覧」という図が載っています。通説的な歴史観に染まっていると,この表を見た瞬間に驚愕します。なんと,ダンテが登場するのは6番目。すなわち「ダンテが『神曲』を著したことでルネサンスの始まりが告げられた」という価値観から自由なのです。かかる位置づけに驚ける人にとっては,実に興味深い本でしょう(言い換えると,伝統的な歴史観を持っていなければ凡百の書物に過ぎないと感じられるであろうもの)。

 で,代わりにルネサンスの始祖として置かれるのは聖フランチェスコFrancesco d'Assisi, 1181?-1226),そして,フリードリッヒ2世Friedrich II, 1194-1250)。ここでまたびっくり。だって宗教家と政治家ですよ! どうして!?

――という疑問に答えるのが第1章「フィレンツェで考える」。見事に塩野の企みに(心地よく)嵌められました。その後の章は,時代を下って中心地が移動するのに合わせ「ローマで考える」「キアンティ地方のグレーヴェにて」「ヴェネツィアで考える」と進んでいく。もう面白かったのなんの。

kuroyagisantarakuroyagisantara 2006/08/22 02:15 エウジェーニオ・ガレン編『ルネサンス人』(ISBN:4000024639)も政治から始まります。第1章は「ルネサンスの君主」、続いて「傭兵隊長」「枢機卿」「宮廷人」です。20年近く前の本ですが、機会があれば是非。

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Friday, 2006/08/18

映画版 『笑う大天使』

[] 映画版 『笑う大天使 映画版 『笑う大天使』を含むブックマーク

 シアターキノにて,川原泉原作の映画『笑う大天使(ミカエル)』を観る。

http://www.michael-movie.com/

以下,ネタバレを含みます。

 失敗作。

 ものすごく「嘘っぽい」造りです。でも,それが悪いわけじゃない。開始早々,いかにも合成しました〜という学園の全景が出てくるのですが,「嘘っぽい」ことを堂々と主張しているので嫌みにならない。

 脇役陣の演技はひどかったけれど,怒り出すほどではない。メインの3人は「猫をかぶったお嬢様」なので除外しますが,同級生達の立ち居振る舞いは何とかして欲しいと思いましたけれど(あのね,本当に所作の美しい人ならば歩いている時に上半身は揺れないの。ガニマタ歩きで足音を立てる「お嬢様」の群れは,観ていて悲しかった。)。

 問題なのはプロット。張っておくべき伏線がない。エピソードとして「殿下のお見合い」というのが出てくるのだけれど,これが何の描写もなく唐突に会話に出てくる。原作で他にも色々あったエピソードのうち,この話を中心に据えたのは適切な選択だと思う。原作のエピソードを改変し,殿下の職業と「家族の発見」を結びつけたのも賢明。しかし,盛り上げに必要な描写すら省かれてしまっているので,最後での強引さが目立ってしまう。誘拐事件の前振りとなるはずの写真も,観客に見えているのは裏面だけ。伏線になっていませんでしたね。他にも「麦チョコ」の扱いなどは浮いてしまっていたし。

 そのくせ,無駄なところに労力を注いでいるんですよ。本筋とは関係ない戦闘シーンを長々と見せつけられるのだけれど,そんなものはマンガちっくなコマをちょっと挟んでおくだけで良かったのに。それが,海の向こうから連れてきた悪役がイタリア語で大熱演。「Signorita Signorina! これはB級映画なんですから,もうちょっと嘘っぽくやってくれないと……」と思う(伊語も少しは聞き取れるので声に注意していたのですが,主演の女優らより真剣に演じているのが分かって,申し訳なくなった)。さらにはVFXをこれでもか!と多用。バカバカしくあるべきカンフー・アクションの場面を真面目に造られると困る。こうなると,もはや痛々しい。

 監督の小田一夫氏はVFXのスペシャリストだそうですが,それ故の失敗でしょうね。特殊技術を見せることがメインになるようでは本末転倒です。

[] 『ローズ・イン・タイドランド 『ローズ・イン・タイドランド』を含むブックマーク

Rose in Tideland

 同じ映画館で上映されていた,テリー・ギリアム(Terry Gilliam)監督の『ローズ・イン・タイドランド(Rose in Tideland)』を続けて観ました。

http://www.rosein.jp/

 もう,「すごい」の一言。なんか言語中枢をヤラれてしまって,どう表現したらいいのやら……

 ファンタジーでも,グロテスクでもない。シュールではあるけれど,それもちょっと違う。ルナティックなイメージを,よくぞここまで映像に出来るものです。

hissahissa 2006/08/19 00:33 テリーギリアムの方は見に行きます。もう公開してたんですね。「グリム」が微妙だっただけに、ちょっと腰が引け気味ですがw

hajichajic 2006/08/19 18:13 イタリアではSignorinaですお(^ω^)

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Wednesday, 2006/08/16

青池保子 『修道士ファルコ』

[] 青池保子 『修道士ファルコ』  青池保子 『修道士ファルコ』を含むブックマーク

 青池保子(あおいけ・やすこ)『修道士ファルコ』*1。雑誌連載時に幾つかのエピソードを目にしていたのだが,文庫版を買ってきて通し読みした。

 時は14世紀後半。スペイン北西部ナバーラの王家に繋がる男が主人公。彼は剣を捨て,シトー派の修道士となる。そして,父祖の地ドイツの修道院に身を寄せる――という筋書き。歴史ものだが背景事情が程よく説かれており,展開は見事としか言いようがない。舞台設定からして読者の好奇心を刺激しつつ,さらに躍動感あるストーリー展開も用意され,ぐいぐいと引き込んでいく。

 初出を見るまで気がつかなかったのだけれど,掲載時期が2つに分かれている。第二期は2001〜02年だが,第一期は1991年から翌92年にかけて。十年ほどの空白期間があるのにスムーズに接続しているのは,作者の安定した力の為せる技だろう。

*1:文庫版:ISBN:4592886275。単行本は〔1〕ISBN:4592134338,〔2〕ISBN:4592131541

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Monday, 2006/08/14

祭囃し編

[] 07th Expansionひぐらしのなく頃に 07th Expansion 『ひぐらしのなく頃に』 を含むブックマーク

 『ひぐらしのなく頃に解』第8話「祭囃し編」。およそ13時間をかけて読み終える。シリーズ完結。

 ファンタジーとしては,あまりに無邪気で。*1

 フィクションとしては,あまりに無防備で。

 エンターテイメントとしては,あまりに無辜(むこ)で。

 それは,無垢な人間賛美(anthem)。

■ ユリウス・カエサル

 「どれほど悪い事例とされていることでも,そもそもの動機は善意によるものであった。」

塩野七生「動機,について」『ローマの街角から』(ISBN:4103096268)74頁より

 竜騎士07さん。あなたは本当に,〈人間〉を,そして〈社会〉を愛しているのですね。「みんながいて,みんなが信じ合う」。そんな理想の在処はそらのむこう,起こりえぬ〈奇跡〉の果てにあるものだと分かっているのに――


▼ おとなりレビュー

milkyhorsemilkyhorse 2006/08/27 22:06 6月にはウチの中の者がお世話になりました。実は彼から抜き刷りを送るよう指示を受けていまして、競馬サブカル論の新作を2本上げましたので、よろしければご査収ください。

genesisgenesis 2006/08/27 22:28 わざわざのご連絡,どうもありがとうございます。今回も快調に真面目な「馬」鹿ですね(笑)

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Sunday, 2006/08/13

祭囃し編

[] 『ひぐらしのなく頃に』〔8〕  『ひぐらしのなく頃に』〔8〕を含むブックマーク

 07th Expansionひぐらしのなく頃に解』第8話「祭囃し編」。

  • 18:05 MKにて購入。
  • 20:00 インストール作業。まず NSDEC で展開し,分量を調べる。第1〜4話が 3,434kb だったのに対し,第5〜8話は 4,732kb(制御コードを含んだ状態。ベタテキストにすると,この2/3くらいだと思う)。*1
ひぐらしのなく頃に解4,732kb
 うち5. 目明し編 748kb
 うち6. 罪滅し編 874kb
 うち7. 皆殺し編1,035kb
 うち8. 祭囃し編1,384kb
 ほか「おまけ」など 
  • 20:30 開始。
  • 21時台 研究者魂を揺さぶられる。
  • 22:26 題字に到達。
  • 23時台 小難しいことを言われたのでフローチャートを書きつつ進めるが,実は素直な造りだった。
  • 26:31 昭和58年6月。そして,始まり。
  • 29:10 サ変 動詞 名詞「あうあう」「あぅあぅ」「ぁぅぁぅ」。ここで休息。

以下,進行に関するネタバレがあります。

続きを読む

kuroyagisantarakuroyagisantara 2006/08/14 11:01 「あうあう」「あぅあぅ」「ぁぅぁぅ」のどこにもサ行がない件について。

genesisgenesis 2006/08/14 17:24 ついだよ! わざとだよ!

hajichajic 2006/08/16 02:01 どっちだよ

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Friday, 2006/08/11

相田裕 『GUNSLINGER GIRL』〔7〕

[] 〈脱セカイ系〉の諸相 ―― 相田裕GUNSLINGER GIRL』〔7〕  〈脱セカイ系〉の諸相 ―― 相田裕 『GUNSLINGER GIRL』〔7〕を含むブックマーク

 相田裕(あいだ・ゆう)『GUNSLINGER GIRL』第7巻(ISBN:4840235325)を読む。

 前巻において義体の〈二期生〉として登場したペトルーシュカ(とその担当官アレッサンドロ)。この新たなフラテッロによって,作品の方向性が変化を起こしてきています。第6巻の段階では,ずらすにしても「フラテッロの順列組み合わせ」に対し「これまで無かったフラテッロの関係」を加えることでの多様化を試みていくのかと思っていたのですが…… 

 テーマ設定(とその追い掛け方)についても大きな転回を図ろうとするのが第7巻。物語を動かす駆動力(ドラマツルギー)という基層レヴェルにおいての位相転換を試みているように看て取れる。従前繰り広げられてきた〈戦闘〉に対し,初めて明確な動機が作中の当事者から示されます。これまで仄めかされるだけであった「クローチェ事件」が,物語の基底として説明づけられる。

 このように,物語を動かすものとして〈社会性〉がはっきりと打ち出されてくると,改めてガンスリのテーマとは何かを考え直さざるを得ない。第4巻あたりの時点では,セカイ系の枠組みを踏まえながらも型を崩していく作品として『ガンスリンガー・ガール』はあるのかな,と思っていたのです。それはあたかもミステリの分野において,〈新本格〉を前提としつつも形式を逸脱した〈脱格系〉が登場したかのように。

ところが第7巻に収録されている第35話“Lingering Hope”は,『ガンスリ』という物語が〈セカイ系〉の枠組みに属することを拒否した転回点ですね。第5巻の時点までなら「敵味方に分かれたヘンリエッタとトリエラが始めた撃ち合いは全面抗争に発展し,関係者はみんな死にました。完」という結末もありえたと思うのですが。あるいは古我望と組んで製作した『BITTERSWEET FOOLS』のように,物語の中核に位置していたはずの謎を残したまま終幕を迎える――とか。

BITTERSWEET FOOLS

 それが今,『ガンスリンガー・ガール』は「伝統的な普通の物語」になろうとしているように感じられます。作者の相田裕は,同人誌版『GUN SLINGER GIRL collection 2』(2002年夏)において次のようなコメントを残していました。

もともとこの話のコンセプトは「二人組がそれぞれ会話する」だった 

私は自分の作品を振り返って「大人になる前に死んじゃう運命の短命系が多い」ってことに気づきました。

結局 相田は《少女群像モノ》が好きらしい

これが,商業誌連載開始時における〈作者から見た作品の姿〉でした。第5巻までの〈第一期〉で相田裕は,当初の意図に沿って目的を達成したと言って良いでしょう。ピノッキオをめぐる一つのエピソードが終結したところで物語を引き継いだペトルーシュカですが,ともすれば彼女は作者の思惑を超えて動きだし,作品が依って立っていた構造そのものを突き崩してしまうのかもしれません。

f:id:genesis:20060812000850j:image

ストラヴィンスキーのバレエ音楽「ペトルーシュカ

 人形使いが3つの人形(ペトルーシュカムーア人、バレリーナ)に命を吹き込むと、それぞれが生き物となって、動きだします。そのうちにペトルーシュカムーア人は、バレリーナに恋をします。2つの人形はバレリーナを取り合いますが、最後にはムーア人ペトルーシュカが殺されてしまいます。(中略)このバレエのストーリーは、思いがかなわず惨めに死んでいく、というその時代のロシア農民の姿を暗に表現したものだとも言われています。

http://www.yamaha.co.jp/himekuri/view.php?ymd=19990613

 そういえば,相田裕とはお友達であるところの高野真之が描く『BLOOD ALONE』も,第3巻(ISBN:484023499X)で同じようにセカイ系的な枠組みを途中から崩しにかかっていました。

BLOOD ALONE 3 (電撃コミックス)

涼宮ハルヒの憂鬱

■ 涼宮ハルヒの憂鬱

 ジャンルとしてはヒロインであるハルヒの気分次第で世界が変わるので流行のセカイ系と言えなくも無いが、「退屈な日常」(であるが故に変容させたがっていた)をハルヒがいかに受け入れていくかというのがシリーズ的な話の大筋なので、むしろ脱セカイ系(或いはごくありがちなビルドゥングスロマン)と呼ぶべきかも知れない。

http://d.hatena.ne.jp/yao/20060716

 そろそろ《脱セカイ系》を論じるための素材が出揃ってきたところなので,評論の題材としては旬なのではないでしょうか。


▼ おとなりレビュー

▼ 関連資料

▼ 追記

id:cogni さんからもらったコメント。

 そもそもセカイ系って、「美少女との恋愛」+「とりあえずスケールでかくしとけ」という単純な思考に起源があるんではないですかね、と。(中略)

 しかしこのラインで考えてみれば、社会性のなさというのは単に説明下手な技巧の問題(*)とかに還元できるのではないでしょうか。世代論も面白いと思いますが、発生論も面白いと思います、ということで。

  (*) 説明を避けるために裏の世界を用意して「凄いんだよ!」に正統性(legitimacy)を与えるというか。

id:REV さんからの間接的コメント。

セカイの中のある種の閉鎖系では、ある種セカイ系的な状況は発生します。しかし、その外側をキャラクター、そして読者が認識していれば、それはセカイ系とは私は考えません。ピーターパンも、舞シナリオもこれですね。

http://grev.g.hatena.ne.jp/REV/20060816/p1

hajichajic 2006/08/12 00:35 いまだもって僕にはよくわからないのですが、「セカイ系」が排除する「社会」というのは、一種「現実味」に属する小細工と認識してよいのでしょうか。エロゲにおける両親との別居とか、あるいは「学園」とか。

genesisgenesis 2006/08/12 00:49 たぶん,〈学園〉は此処でいう〈社会〉では無いです。「現代学園異能」として論じていた話を想起していただければいいと思うのですが,〈学園〉という装置はセカイ系のロジックでは抑止装置になりません。例えば『イリヤの空、UFOの夏』は学園ものですからね。セカイ系の排除している〈社会〉というのは,言い換えると「大人の論理が通用し,軋轢の生じる空間」ということではないかと思います。

hajichajic 2006/08/12 01:00 ふむふむ、そうすると『ピーター・パン』は{セカイ系}なのでしょうか。あるいは『シンフォニック=レイン』はどう区分されるのでしょうか。

genesisgenesis 2006/08/12 01:09 ノヴェルゲームの方は,話が難しいですね。ライトノベルは,曲がりなりにも小説の一類型であることから「主人公の成長」という命題を継授していると思います。さて,美少女ゲームにおける〈セカイ系〉的な作品っていうと…… Key『Kanon』とかになるのかなぁ。でも,父親の不在といった事情は,物語構造のうえで意図的に排除されたわけではないのではないでしょうか。そこに親や大人がいると,「えっちな絵を見る」という当初の目的を阻害してしまいます。そこにあえて,家族というテーマを組み込んでしまうと『CLANNAD』という風変わりなものになってしまうのが,美少女ゲームの基層構造なのでは?

genesisgenesis 2006/08/12 01:18 『ピーター・パン』は恋愛という内面関係(小状況)を欠くから,『シンフォニック=レイン』は妄想的な外部世界(大状況)を持たないから,いずれも〈セカイ系〉の枠組みには乗らない作品でしょう。

hajichajic 2006/08/12 01:18 あとはよく言われるONEとか? そうすると逆説的に、大人の都合上両親を排除してみたら、どういうわけけか{セカイ系}になっちゃった、ということも考えられるわけですね。

genesisgenesis 2006/08/12 01:33 私の理解では,tactics『ONE〜輝く季節へ〜』は〈セカイ系〉には当てはまりません。それよりはTYPE-MOON『Fate/stay night』の方が構造論としては参照できるかな。何故かというと,主人公を含む「キミとボク」の行動が物語世界の存立そのものを脅かしているか,というのが〈セカイ系〉のメルクマールだろうから。『Kanon』の場合,そのすべてではなく,川澄舞シナリオのことを考えていると思ってください。

hajichajic 2006/08/12 01:51 ふむふむ、いくら自我が肥大していようとも{社会}から隔絶されていようとも、主人公が勝手に消えてしまうこと自体には問題はない。そうすると、『智代アフター』とかは{セカイ系}からははじき出されるわけですねえ。

genesisgenesis 2006/08/12 02:03 cf.: http://d.hatena.ne.jp/REV/20060121#p9

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Wednesday, 2006/08/09

神坂一 『スタンプ・トゥ・キル』

[] 神坂一 『スタンプ・トゥ・キル』  神坂一 『スタンプ・トゥ・キル』を含むブックマーク

 神坂一(かんざか・はじめ)「スレイヤーズすぺしゃる」第27巻『スタンプ・トゥ・キル』(ISBN:4829118393)。

 口絵に違和感。なんで,今さら人物紹介?

 読了したところで,なんか足りないような気がするので,ちょっと思案。

――そっか,今回は「ほーっほっほっほっほ」成分が含まれていないんだ。代わりに,口絵(と表紙と帯)で補完してるのね。

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Monday, 2006/08/07

内田洋子 『イタリアン・カップチーノ

[] 内田洋子 『イタリアン・カップチーノをどうぞ』  内田洋子 『イタリアン・カップチーノをどうぞ』を含むブックマーク

 法学部の建物が先月末をもって閉鎖された。耐震補強工事をやるとかで,教授から院生に至るまで全員が研究棟から荷物をまとめて退去。それで自宅に荷物を持ち帰ってきたわけだが…… 本が多すぎる。従前「悪くないもの」は取っておいたのだけれど,基準を上げて「繰り返し読む価値のあるもの」だけを手元に残すことにした。

 かといって名残惜しい気持ちはあるので,内田洋子(うちだ・ようこ)『イタリアン・カップチーノをどうぞ 幸せが天から降ってくる国』(単行本:ISBN:4569546188,文庫版:ISBN:4569571689)を読み返してみる。

 インテリア情報誌『室内』(工作社)に連載されたエッセイ。客層にぴったりあった軽い文体で,食やファッションなど洒落た話題を取り上げている。ただ,口当たりはいいのだけれど,歯ごたえもない。筆者は徹底して感情表現を排除しており,観光パンフレットに載っている文のように,どことなくよそよそしい。イタリアの都市に例えるなら「ミラノっぽい」。

 珈琲を飲みながらめくる読み物としてみるならば,当たり障り無く好奇心を刺激してくれる本。今の私には,もう物足りなくなっていた。

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Sunday, 2006/08/06

大塚英志 『更新期の文学』

[] 大塚英志更新期の文学 大塚英志 『更新期の文学』を含むブックマーク

 すさまじく荒れてます。内容も,文章も。エッセイ仕立てでブンガクを論じているというか,わめき散らしているという体たらく。しかも怒りをぶつける相手が不明瞭で,何に対して怒っているのか,問題認識が伝わってこない(書かれてはいるのだけれど)。時折出てくる固有名詞も「本人は見たこともない触ったこともないシナリオ生成支援ツールDramatica」「田山花袋」「樋口一葉」「舞城王太郎」などに限られており,視野狭窄。

 まぁ,大塚英志も間もなく五十歳ですし,『更年期の文学』を書きたくなるお年頃でしょう。

――という揶揄の登場を大塚自身が「あとがき」で予想しているのたが,未だ誰も挑んでいないようなので書いておく。ネタからベタへ!

 さて,論壇に向かって様々な攻撃を行っている本書『更新期の文学』(ISBN:4393444132)。そこから段落単位で取りだしてみると,興味深い問題提起として捉えることはできます。しかし,個々の論証は詰めが甘いので,説得力は弱い。そのぶん,オオツカお得意の高慢・傲慢・欺瞞に満ちたポーズの方が先導してしまい,鼻につく。全体を通じては「現在は近代のやり直しだ」と主張したいのでしょうが,何だかなぁというのが率直な意見。大塚英志にとって,昭和という時代が生み出したものは「柳田国男」と「村上春樹」だけなのだろうか。

 第4章「サブカルチャー主義のファシズム的リスク」は,比較的に整っていて読解しやすい。

「アニメやコミックはまさに〈構造〉しかない表現だ」

という柄谷行人の引用にはじまり,「〈属性〉を関係づける所与の〈構造〉がそこには明瞭になければならない」と論を進め,そして,

「ギャルゲーや『ファウスト』系文学は,〈属性〉の組み合わせからなるキャラクター造形の順列組み合わせ的な差異の中にオリジナリティを発生させようと腐心するが,しかし,その結果,しばしば〈属性〉の要素に過度な刺激を代入する傾向にある。」

という着眼の提示を行う。ところがこの章にしても,キャッチフレーズ「機能性(サプリメント)小説」が出てくるあたりから論旨が崩れてしまっていけない。もっとも,本書に「まとまり」を要求している段階で誤読なのだが。

Friday, 2006/08/04

http://kamakura.cool.ne.jp/chaccu/

[] 奈須きのこ空の境界 奈須きのこ 『空の境界』を含むブックマーク

 公務員試験予備校から夏期講座での出講依頼があり,昨夕から一泊で札幌から釧路へ出張。距離にして348.5km(熱海〜米原を東海道本線に乗るのと同じくらい)。特急列車に片道4時間も乗っていなければならないのは,でっかい苦痛です(これでも北海道内を少し動いただけ)。しかも保線が悪いのか小刻みに不快な揺れが来るし,大雨のために遅延まで起こる。

 ともかく,まとまった時間があったので,読めずに放ってあった奈須きのこ『空(から)の境界 the Garden of sinners』を持って行き,往路[札幌1734‐2113釧路]で上巻(ISBN:4061823612)を,帰路[釧路1842‐2249札幌]に下巻(ISBN:4061823620)を読む。

空の境界 上 (講談社ノベルス) 空の境界 下 (講談社ノベルス)

 端的に言って,つまらなかった。

 文体にクセがあるうえに随所で概念提示をしているせいで,視線がなかなか流れていかない。作中の視点人物が激しく転換するので,乗り物酔いしたような目眩を起こす。これらについては,しばらくすると慣れましたけれど。何より決定的なことに,ストーリーが面白くない。

 個々の場面は,そこそこ楽しめます。蒼崎橙子による魔術論の長台詞とか,黒桐鮮花のキャラクター造形などは魅力がある。しかし,総体としての物語は悲惨な出来としか思えない。

 この作品においては〈魔術〉の使い方が下手です。登場人物達がどんな危機に陥っても,最後は〈魔術〉で片付けてしまうんだろうなぁ(だから何が起こってもどうでもいいや)――という虚脱感を読者に与えてしまう。映画版『風の谷のナウシカ』だって,中盤の段階で観客が「どうせ死んでも王蟲がいるもの」と思ってしまうような展開だったら,しらけますよ。

 文体の話に戻ると,ただ単に長いだけ,なんですよね。「言葉を重ねる」のではなく「文字数が多い」という質の。京極夏彦であれば,苦行の先にカタルシスが待っていると期待できるから耐えられます。『空の境界』の場合,さしたる目的もなく文量を増やした(というか,長文であることこそが目的)という嫌いがある。

 いちばん分からないのは,巻末解説で過度に持ちあげている笠井潔でしたが。

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Tuesday, 2006/08/01

塩野七生 『ローマの街角から』

[] 塩野七生 『ローマの街角から』  塩野七生 『ローマの街角から』を含むブックマーク

 塩野七生(しおの・ななみ)『ローマの街角から』(ISBN:4103096268)読了。1994年から1999年にかけて雑誌『フォーサイト』に掲載されたコラムの集成。掲載誌の性格からか,政策提言的な発言が多い。そして後書きでは,「どれ一つとして聴き容れられていない」と愕然としている。

 それは当然だろう。塩野は現状を打破するための強者の論理は説いているが,敗者や弱者の存在など気にかけていない。それが最も色濃く表れているのが,司馬遼太郎の死に接して書かれた文章。

 「日本人はもはや,坂の上に登ってきてしまっている。(中略)

 それで残るのは,霧であたり一面が埋まっている頂上から,どう抜け出すかである。私は,もう一つの頂上につづいている尾根道を,見つけるしかないと思う。ただし狭いのが普通の尾根道だから,全員が一丸となって突進するわけにはいかない。遅れる人が出てもしかたないし,尾根道を踏み外して落下する人がいてもしかたない。」

102-103頁

――あんまりだ,というのが率直な感想。小平の「先富論」が抱えているのと同じ残酷さを孕んでいる。〈平等〉であることは難しいにしても,〈平等〉を志向する価値観までもが否定されるのは耐え難い。人間は〈社会的生き物〉であり,自尊心を失っては生きていけない。

 強い貴女が先に進んでいく姿は美しい。しかし,それが個人の生き様を超え,国家を導く指導原理になることを希求されるようでは怖い。

はてな年間100冊読書クラブ II 〔#038〕
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