Hatena::ブログ(Diary)

博物士

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Friday, 2006/09/29

牛肉麺

[] 台北  台北を含むブックマーク

 06時40分,定刻にTPEタイペイ着。

 待合室で本を読もうとするが,どうも集中力が無い。空港内の売店を歩き回っているうちに,食堂から漂ってくる香りに誘われて牛肉麺(ニューローメン)を注文(NTD180*1)。見た目は醤油のような色合いなのに適度な辛さ。体が温まって汗が出てくる。

 10時20分,エバー航空BR116便に搭乗。機内食に台湾料理が出てきたのですが,これを食べ終わって気がついたこと。周りの台湾人たちが,しきりに「チュッチュッ」「シーハー」と口音を立てて,歯に挟まった食べ物を取り除こうとしているのですが…… 何だか自分もやりたくなってくる(^^;) ヨーロッパ料理を食べていた時には起こらなかったのですが,アジア風の料理は繊維質と澱粉質が多いせいか,食後の珈琲を飲んでも未だ口内に食物が残るん。

 15時00分,定刻にCTS新千歳空港着。機内では国籍の見分けがつかなかったが,入国審査の列を見ると台湾人の団体客が本当に多い。北海道観光に来てくれるのは,ありがたいことです。

 税関を通ろうとして引っかかる。

 係官 「どちらにお出かけでしたか?」

 私 「え〜っと,オランダ,デンマーク,スウェーデン,それからイタリア,フランスです」

 係官 「――あのぉ,お仕事は何でしょうか?」

まぁ,聞きたくなって当然ですよね。一見したところでは学生じゃないし,商用ならば台湾経由の便で札幌に来ないだろうし(笑)

*1:NTD1(台湾ドル)は,3.6円です。

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Thursday, 2006/09/28

ヒマラヤ山脈に沿って飛行中

[] パリ (2/2)  パリ (2/2)を含むブックマーク

 朝食が07時15分からだというのでサロンに降りてみると…… 誰もいない。しばら〜く待つと,フランス人客×2も降りてくる。さらにしばら〜く待つと,ようやくおじいちゃんがやってきてパンを出してくれた。しかし飲み物が出てこない。キッチンを覗いてみると珈琲が落としてあったので,勝手に注いで飲む。このままだとチェックアウト出来ないなぁ,と思っていると,「あらあらまぁまぁ」とおばぁちゃんがやってきた。見るからに手元がおぼつかないので,クレジットカード払いなど頼んだら何が起きるか分からないので,現金で支払って出る。

 そんなことがあって,モンパルナス駅を08時00分に出る空港バスには間に合いそうもなくなった。そこで地下鉄を乗り継いでレ・アール(Las Halles)まで行き,RERのB線を使って空港へ向かうことにする。

 さて,CDGシャルル・ド・ゴール空港には3つのターミナルがあるけれど,一体どれだろうと考える。T3は格安航空が事実上占有しているから,これは除外。AFエールフランス(とスカイチーム)が新しい方のターミナル2を使用しており,スターアライアンスがターミナル1。では,航空連合に属していないEVAエバー航空はどっち? 電話で問い合わせようとしたけれど,フランスの国番号が分からなくて掛けられない(私の携帯電話はスペインのものなので,パリからフランスに掛ける場合でも国際電話になる)。まぁ,たぶん弱小エアラインは空港の端っこの方だろうと思ってターミナル1に行ってみると,やはり思った通り。大過なくチェックインを済ませる。

 土産を買わないことにしているのだけれど,さすがに家族には何かをと多い,フォション(Fauchon)のジャムセットを買い求める。

 13時間の飛行中,文庫本を読み,うつらうつらして過ごす。

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Wednesday, 2006/09/27

ルーヴル美術館

[] ミラノ(3/3)  ミラノ(3/3)を含むブックマーク

 ホテルでコンチネンタル・ブレックファスト(というと聞こえはいいが,要はパン+珈琲だけ)のカプチーノを飲み終えたところで時計を見る。空港行きのバスが出るまで90分ある…… 

 というわけで,散歩と称して舞台探訪の追加取材に出かける。地下鉄でドゥオーモに乗り付け,聖堂左手のコマを撮影。急ぎ足でガッレリアを抜けてスカラ座に向かい,昨夕は逆光になってしまったコマを朝の光の下で撮り直す。地下鉄に乗ろうと駅に向かったところで,ふと思いつき,横断歩道を渡ってから右(スフォツェスコ城の方)を向いてみる。すると,思った通り,第16話の扉絵と同じ構図が得られた。市電の新型車両が通りがかるのを待ちかまえて手早く撮影をすませる。

 あわただしいチェックアウトになったけれど,後悔はしていない。

 LINリナーテ空港でチェックインを済ませた後,ピッツァ+ビール(EUR4.9)で早めの昼食にする。ここは店内のオルノ(窯)で焼き上げていて,マルペンサ空港の出来合い品より遙かに美味しい。

 定刻より15分遅れでミラノ発。格安航空大手のイージー・ジェット(easyJet)で,使用機材はエアバスA319。エンジンの性能が良いのか,騒音が少なく,加速も滑らか。

[] パリ (1/2)  パリ (1/2)を含むブックマーク

 14時40分,ORYオルリー空港着。モンパルナス駅でバスを降り,地下鉄13号線のプレザンス(Plaisance)駅下車。徒歩2分ほどのFred'Hotelにチェックイン。出かける時は部屋の鍵を持って行き,帰ってきたら教えてもらった暗証番号を入力して玄関を出入りするという仕組み。「ホテル」という名前になってはいるけれど,家族経営のオスタル(Hostal)という感じ。カーペットが擦り切れているものの,壁は最近塗り替えられたらしく綺麗だし,1泊EUR54の安宿にしては快適(しかもトリプルのシングルユースにしてもらったので広々)。

 再び地下鉄に乗り,“Hotel de Ville”駅の近くにある“C&A”へ。私の体型は「襟周り39,袖86」でして,日本の標準的なLサイズだと袖長が4cmほど足りない。おかげで肩が凝るん。ヨーロッパで仕立てられたものだと丁度良いので,普段着用にシャツを2枚買い求める。

 歩いてルーヴル美術館(Louvre)へ。毎週水曜日,ルーヴルは夜間開館をしているので,17時を過ぎてから入場しても楽しめる(EUR8.5)。入場待ちの列も無く,すぐに館内へ。最初にデゥノン翼(Denon)を覗いてみるが,この時間でも大通路は人でいっぱい。そこでリシュリュウ翼(Richelieu)のフランドル/オランダ絵画を見に行くことにする。こちらは団体客のルートになっていないので,落ち着いて眺めることができる。そのままシュリー翼(Sully)へと渡ってフランス絵画を見る。最後に,だいぶ減ったとはいえ写真撮影に明け暮れる人の多いデゥノン翼を足早に通り抜け,突き当たりにあるスペイン絵画に再会を果たしておく。

 ルーヴルの絵画部門だけを掻い摘んで見ただけで3時間が経つ。閉館(21時30分)まで未だ時間はあるけれど,十分に満足したので20時に退出。地下の連絡通路にあるレストランで夕食にする。ここには10軒ほど各国料理の店が並んでいて,「前菜+メインディッシュ+飲み物」のプレートがEUR11.8で食べられる。今回はフランス風の店で「サラダ+鶏肉の煮込み+赤ワイン」を注文し,美味しくいただく。

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Tuesday, 2006/09/26

ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガ

[] ミラノ(2/3)  ミラノ(2/3)を含むブックマーク

 ミラノ(Milano)を訪問したのは実に6年ぶり。飛行機のトランジットでマルペンサ空港を経由したり,フィレンツェからの帰り道に中央駅で乗り換えたりと,通り過ぎてはいたのですけれど。

 まずはブレラ絵画館(Pinacoteca di Brera)へ。観光名所だけあって久しぶりに日本人と接近遭遇する。4人組の女の子は,祭壇画を見ている私の後ろを駆け抜けて「名画」に向かって突進していった……。新婚っぽいカップルは,展示室に備えつけてある案内パネルを土産に持ち帰りそうな振る舞いをして,見ているこちらがハラハラする。実は,ブレラには前も来たことがあるのだけれど,その時は旅行中に祖母が他界して緊急帰国するかどうかを検討しながらの観覧だったので,ほとんど記憶に残っていなかったのです。ようやく,まともに見ることが出来ました。

 次はポルディ・ペッツォーリ美術館(Museo Poldi-Pezzoli)に向かったのだけれど,手前にあるカフェテリーアに見覚えがある。店の突き当たりに螺旋階段があったはず――と思ったら,その通りだった。前は,ここでジェラートを食べたん(風景に関することばかり記憶力が良いのは困ったものです)。美術館の展示内容は「大階段」しか記憶に残っていなかったので,新鮮な気持ちで見ました。個人のコレクションで,家具や時計などが充実している。貴重品を収納するための引き出しには象牙に諸都市の地図を彫り込んだものがはめ込まれていて興味深かった。

 続いてサンタ・マリア・プレッソ・サン・サティロ教会(Santa Maria Presso San Satiro)を訪問するも,昼休みの時間帯に入ってしまっていて,門は閉ざされていた。ここには,わずか50cmほどの奥行きしかないのに数mもあるように錯覚する「だまし絵」を用いた祭壇画がある。建物を拡張しようにも道路にぶつかってしまって長さが確保できないため,遠近法を駆使して描かれることになったのだと美術書で読んだ。外観を見て,その意味するところを納得する。

 アンブロジアーナ絵画館(Pinacoteca Ambrosiana)の前まで向かったものの,昼時になったので,近くにあった地元客の多いカフェに入ってバゲットを食べる(注文した後で,彩り鮮やかな野菜をプレートに盛りつけた定食が美味しそうなことに気づく。次にミラノへ来ることがあれば,試してみよう)。

 さて,アンブロジアーナですが,ここはよほどの物好きでなければ来ないようなところなので人の数も少なく,落ち着いて回ることができる。収集された作品は,気品を備えたものが揃っており良質。特別展では,レオナルド・ダ・ヴィンチの「アトランティ手稿」を取り上げていた。レオナルドの死後,散逸してしまった着想ノートを集めたうえで,大きな紙に凹みを作って填め込み整理したというもの。レオナルドが画家であり彫刻家であり建築家であり発明家であったことは聞き知っていたものの,そのアイデアの数々を目の当たりにすると驚く。手稿をスキャンして取り込み,さらに3Dモデルにして動かしてみせるWindowsのプログラム(しかも日本語版)が実演されていて,思わず熱中してしまう。そういえば此処はミラノだったということを思い出し,館内の見学を続ける。特別展としてもう一つ,ティツィアーノの「晩餐」も来ていたのだが,これは実に素晴らしいものだった。

 アンブロジアーナを出て大通りに達したところで左を向くと,正面にどっしりと構えるスフォルツァ(スフォツェスコ城とも。Castello Sforzesco)がある。この中にも美術館(Pinacoteca)があるので足を運んでみる。案内図をもらって眺めてみると,12のユニットから構成されていることが分かる。しかし,わざわざミラノで「古代エジプト博物館」を見たいとは思わない。チケットを買う際に「ピナコテカに行きたい」と述べると,通常の入口ではなく専用階段を教えてくれた。ところが,これが混乱のもとに。すべての展示を見ることを前提に順路が組まれているところに途中で割り込んだものだから,進む方向が分からなくなっておかしなことに。結局,出口を探して放浪しているうちに「装飾芸術美術館」と「楽器博物館」と「家具博物館」も回る羽目になってしまいました(それはそれで面白かったのですけれどね)。で,お目当ての絵画館ですが,これがとてつもなく数が多い。ところが施設の造りがぞんざい。窓から強めの光が入ってくるところに,いい加減な向きで取り付けられた白熱灯も混ざるものだから,瞳のホワイトバランスが滅茶苦茶になってしまう。加えて,最初にパーティションを区切ってから適当に絵を置いていったようなところがあって,大きな絵なのに全体を見渡すのに必要な距離が取れなかったり。せっかくの絵が台無しでした。勿体ない。

 帰りがけ,いつものようにブックショップへ立ち寄る。すると,各国語で幟(のぼり)が立っている。伊語《Libreria del Castello》,英語《Castele Bookshop》,日本語《城の本屋》―― え〜っと,間違ってはいないですけれど,何かおかしいような気がします。


 ヘンリエッタを置いてきたことに気づき,一旦ホテルに戻る。ミラノ中央駅まで行き,いつも使う右手の階段ではなく,正面の側にある地下鉄入口から駅を見上げると,見覚えのある風景が。スクラップ帳と照合してみると,「『シンフォニック=レイン』でアル・フィーネが降り立つピオーヴァ駅」でした。街頭の形まで同じという,久しぶりに適合率の高い風景。

 急ぎドゥオーモ(Duomo)に向かってみるものの,すでに屋上への登り口は閉じられていた(イタリアでは,終了時刻の45分くらい前には入場受付を終了してしまうところが多い)。まぁ,昇ってみたところで「立ち入り禁止」の看板を撮るだけなので,かける労力に比して無駄が多いのですが……。ペトラが倒立していた足場は,外側から望遠で。あ,第7巻22頁右上にあるコマ(作業用出入口)を撮ってくるの忘れた。大聖堂を正面から見て左側にあるのは分かっているのに,うっかりしてたよ(泣) 18頁左下のコマでは修復工事のためファサードがすべて覆われていますが,現在は半分くらいの位置にまで下がっていました(工事が完了していなくて良かった)。

 ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガッレリア(Galleria Vittorio Emanuele II)では,「『シンフォニック=レイン』でカルツォーネの屋台が立っている天蓋」を撮影。背中を預けているのはPRADAのショーウィンドウ。

 ガッレリアを通り抜けてスカラ座(Teatro alla Sala)に出る。「『シンフォニック=レイン』のコンサートホール」だ。スカラ座は有名なので場所の割り出しは何も問題ないはずだったのだが,どうも印象と違う。どうしてだろうと思い,近くの土産物屋で絵葉書を手に取ってみると,色が違う……。先頃改修工事が行われた際に,白っぽく塗り替えたらしい。

 そこで少し立ち位置を変えてみると,『ガンスリンガー・ガール』第7巻23頁上のコマもスカラ座であることが判明。場所は分かっても,撮影は難航。5分おきくらいに走る市電がやってくるたびに,ちょうど中央のアーチに車両の左端がかかるような瞬間にシャッターを押そうと,数十分試行錯誤を繰り返す。

 そういえばアンジェリカの出てきた話でも「スカラ座」が出てきたことがあったよなぁ――と思い,スクラップ帳を手にして振り返ってみると,広場の中央にそれらしい像がありました。レオナルド・ダ・ヴィンチ像の斜め後ろに回って歩き回り,屋根の形まで同じに写るポイントを発見。

 日没を迎えたところで手近な軽食店に入り,ピッツァ&サラダで夕食にする。南欧ではセットの飲み物が,水/ジュース/ビールから選べて同料金なが嬉しい。

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Monday, 2006/09/25

マドンナ・ディ・サン・ルカのポルティ

[] ボローニャ(3/3)  ボローニャ(3/3)を含むブックマーク

 10時にホテルをチェックアウト。中央駅の有人手荷物預かり所に預け(最初の5時間EUR3.8)市街を見て回る。

 サン・ペトロニオ聖堂(S. Petroni)は,天井がバニラ色で,柱がココア色。まるでティラミスのよう。

 今回の旅で最も残念だったのは,モランディ美術館(Museo Morandi)に立ち寄る時間が取れなかったことでしょうか。全世界的に月曜日はミュージアムが閉まってしまうので…… ボローニャ大学の前を通り過ぎた時に“Musei di Palazzo Poggi”という掲示があったので寄ってみることにする。入ってみると,まずはカメの標本。隣の部屋には,「帝王切開をされている女体」とか「逆子だった時に子宮に手をどう差し入れるか」といった模型が。どうも,ここは大学付設の博物館らしい。

 サント・ステーファノ教会(Santo Stefano)は閉まっていて入れず。

 法学で知られる旧ボローニャ大学(Palazzo della Archiginnasio)は,ここに学んだ人たちの紋章が通路いっぱいに飾られている。

 エンツォ広場から20番のバスに乗り,停留所にして11先で降りる。バス停から先,標高約290mのグアルダの丘にあるマドンナ・ディ・サン・ルカ聖堂(Satuario della Madonna di S. Luca)まで,ボローニャ名物の柱廊(ポルティコ)が延々繋がっている。全長3.5kmあまり。伝承に寄れば,1433年,大雨が降り続いて凶作になったため,聖堂に祀られていた聖母を町まで連れ出したところ,雨が降り止んだのだとか。それ以来,毎年5月に聖母を運ぶことが行事になり,後世には聖母を濡らさぬようポルティコが造られたという。連絡バスがあるはずなので乗り場を探しているうちに,坂道が始まってしまった。これも縁だろうと思い,そのまま頂上まで歩くことにする。降り出した雨は激しくなり,早速ポルティコの恩恵に与る。時間にして45分。ミネラルウォーターを1本,空にしたところで,ようやく正面に十字架が見えてくる。眼下には,雲に煙る丘が広がる。市街とは逆方向に向かって開いているので,レンガ色の屋根を持つ町並みは少しばかり覗いて見えるだけ。

 なお,聖堂には飲食施設がありません。洗い清めのための水道があるだけです。ご注意を。

 帰りはバスに乗ろうと時刻表を見たら,次の便は4時間後でした(ぉぃぉぃ)。仕方なく,再び歩いて下りる。激しかった雨も,だいぶ小降りに……って,ここはピオーヴァですか?*1

 バス停前のバールで飲み物を頼み,しばし休息。中央駅まで戻って荷物を回収し,ミラノへ向かう。自動券売機で16時34分発の切符を買うと,“CIS”という見慣れぬ表示が出てきた。取りあえず買い求めてから時刻表と照合すると,アルプス山脈を越えてチューリッヒ(スイス)まで向かう“CISALPINO”という列車でした。

[] ミラノ(1/2)  ミラノ(1/2)を含むブックマーク

 予定より30分ほど遅れて,19時にミラノ中央駅に到着。ここでの宿はVirgilio Hotel Milan。駅の裏手の方へ向かって歩いて5分ほど。辺りは低所得者層の住まう住宅街といった趣。場末の安宿を思い描いて行ったら,思った通りの古びたところで,かえって嬉しくなる(1泊EUR40)。フロントには気の良いシッニョーレ(おじちゃん),なかなか来ないエレベーター,重たいキーホルダー,照明は白熱球,お湯を浴びるには人間の方が動かなくてはいけない壁固定のシャワー,簡素な机と衣装棚――。こういうところに泊まると,最初にヨーロッパを歩いて回った若かりし頃を思い出すなぁ(注:感傷に浸れるような人でなければ勧められないホテルです)。

 荷物を開いたところで,惨事に気づく。id:hajic さんから土産にパルメザン・チーズの固まりをもらったのですが,真空パックが破れて油分が浸みだし始めている。仕方が無いので,夕食はチーズにする。がぶ。がぶ。がぶ。でも,いくらチーズ好きでも,パルメザンを大量には食べられません〜。大部分を破棄せざるを得なくなってしまい,もったいないことをしました。

 中央駅に戻り,構内のスーパーで缶ビールを買って飲む。水も買おうとしたところ,随分と高い。ホームの自動販売機ではEUR0.8で売られているものが,EUR1.2もする。特殊な銘柄というわけでもないし,ボトルに工夫が凝らしてあるわけでもない。わずか数十mの距離なのに値段が違っているうえにスーパーの方が割高,っていうあたりがイタリア的。

*1:Piova。工画堂スタジオシンフォニック=レインSymphonic Rain)』の舞台。雨の降り止まぬ町で,柱廊(ポルティコ)のある風景が登場する。。

hajichajic 2006/10/01 10:01 ああ、残念。三年物が…(;ω;) でもご迷惑をおかけしました。

genesisgenesis 2006/10/01 10:40 お心遣いいただいたのに申し訳ないです。でも,限界までは味わいましたから。

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Sunday, 2006/09/24

マントヴァのドゥカーレ宮殿

[] マントヴァ  マントヴァを含むブックマーク

 少しばかり遠出して(と言っても片道2時間)ロンバルディア州の南東にあるマントヴァ(Mantova)へ。アンドレア・マンテーニャ(Andrea Mantegna, 1431-1506)が没して500年になるのを記念した展覧会が,彼の活動した地で開かれているというので出かけた次第。

会場はテ宮殿(Palazzo Te)。会場の前に,かなりの人が列を作って並んでいる。ようやく入場券を手に入れて中に入ったが,まるで日本の展覧会のよう。有名な絵の前に人が群がっている。懸命に背伸びをして何が飾られているのかを見ると…… あれ?見覚えがある。(ルーヴル美術館蔵の『美徳の勝利』でした。去年,パリで見たよ)。他には,ブレラ美術館蔵『死せるキリスト』も来ていました。

 しかし,いかんせん見物客が多すぎる。いくら良い絵でも,窒息しそうになりがら観るものではありません。残念でしたが,そそくさと退場。あとは宮殿内を見て回る。

 併設してマントヴァ市立美術館(Museo Civico)があるのですが,それとは分からない狭い階段を登っていった先。ぞんざいな扱いですが,常設展に並べられている作品も酷かった。

 テ宮殿はフェデリーコII世の別荘で,ジュリオ・ロマーノらが手がけた「だまし絵」のフレスコ画で飾られている。しかし,保存状態が極めて悪い。歴史を紐解くと,1526年,神聖ローマ帝国によってマントヴァが占領され,放置されていた時期が長くあったらしい。褪色が著しく,絵の善し悪し以前に朽ち果てた感じが先立ってしまう。

 テ宮殿前からバスに乗り,ドゥカーレ宮殿のあるソルデッロ広場へ。ところが,入口におばちゃんが立ちはだかって入れてくれない。そこで指さす方向に向かい,城門をくぐり抜けてみるとサン・ジョルジョ城(Cast. di S.Giorgio)の見学コースがあった。中では,羊皮紙に美しく着色され金箔が押された手書き写本を見る。

 でも,本当に見たいのは写本じゃないんだよなぁ,と思いつつ戻ってくると,おばちゃんが居ない。ようやくドゥカーレ宮殿(Palazzo

Ducale)の方へ。ここは「宮殿」ではあるけれど,その中を絵画で埋め尽くしている。テ宮殿と同様,壁は「だまし絵」が描かれ褪色しているけれども,絵画館として見るならば,そのさびれ具合が丁度良い。建物自体にしても損傷さえ少なければ豪華なのであって,星座たちを濃紺の背景に散りばめた天井画の描かれた「宇宙の間」などは往時をしのばせる。

 活気のあるエルベ広場を抜け,サンタンドレア教会(Sant' Andrea)は,パイプを縦に半分に割って横にしたような天井を持つ。15〜16世紀に建てられたルネサンス建築ならではの柔らかさを有する。

 アルコ宮殿(Palazzo d'Arco)も,美術館と呼んで差し支えないようなところ。貴族の館として1784年に建てられた屋敷の中に,調度品や収集品を所狭しと並べ,壁面には隙間無く絵画を飾り,さらに床面にイーゼルを置いて残る絵画を展示している。楽器や楽譜もあるなどクセがあり,持ち主の人柄が忍ばれる。こういうところは,それぞれの品が一級でなくとも,組み合わせを見るのが面白い。

 マントヴァの町を堪能したところで駅に向かう。次の列車は1時間後だというので,ホームのベンチに腰掛けて待つ。9月のイタリアは,修復作業中だったり短縮営業だったりと美術作品を見て回るには不便なところもあるけれど,気候は最適。心地よい陽気。バールで買ってきたアイスクリーム(クッキーに挟んであるもの)をかじりつつ,先ほど入手したマンテーニャの日本語ガイド(ISBN:4487763673)を広げて読む。

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Saturday, 2006/09/23

ラヴェンナの洗礼堂

[] ラヴェンナ  ラヴェンナを含むブックマーク

 列車を乗り継いで東へ向かい,アドリア海に面する世界遺産ラヴェンナ(Ravenna)へ。ゲルマン人の襲来を受けた西ローマ帝国が,404年にミラノからラヴェンナへ首都を移す。西ローマが滅んで後は東ゴート王国の首都となり,540年には東ローマ帝国(ビサンチン帝国)が征服し総督府が置かれた。しかし,その後には歴史上の重要な位置を占めなかったことが幸いして5〜6世紀の遺物が保存されている。

 まずはサン・ヴィターレ教会(Basilica di San Vitale)に詣でる。建物は空から見た時には八角形をしており,後の時代の聖堂では主流になる十字の形をしていない。

その正面を飾るのは,実に見事なモザイク画。ここラヴェンナは初期キリスト教芸術にみられるビザンチン様式の至宝が集まっている古都。金色の光をまばゆく放ちながらも,緑と紅が引き締め役を担っている。ただただ圧倒されるばかり。隣接するガッラ・プラッチーディアの廟(Mausoleo di Galla Placidia)は,密やかさを備えた墓所の中へ,アラバスターで造られた小窓から仄かな光が差し込む。

 ネオニアーノ洗礼堂(Battistero Neoniano)もまたモザイクの殿堂。「キリストの洗礼と十二使徒」はラピスラズリ・ブルーが実に鮮やかに映える。

 バスに乗って町外れの草原にそびえるサンタポッリナーレ・イン・クラッセ聖堂(Basilica di Sant'Apollinare in Crase)へ。今でこそ干上がってしなっているが,かつてこの周囲にはカエサルが開いた軍港があったのだという。初期キリスト教時代には最大の教会だったというが,堂内に立ってまず思うのは明るさである。ゴシック期の大聖堂では,石造りで壁面の多く背の高い堂内に小さな窓から薄明かりが差し込んでいる――というのが定番である。それが,この建物は明るい。ロマネスク的な光の具合とも違う。まるで,公民館のような造りなのだ。教会建築が一つの様式を確立する前の,原初の時代を垣間見た思い。

 市街に戻ってきて,駅の近くにあるサンタポッリナーレ・ヌオーヴォ聖堂(S. Apollinare Nuovo)に向かう。ガイドブックでは大きく取り上げられていないものの,私の一押しはここだ(二番手が洗礼堂)。左右の壁面には殉教者の列。身にまとった白い衣装と,背景に散りばめられた淡緑が印象に残る。

 教会内では写真撮影ができないためにお目にかけることはできないのが残念である。興味を持たれたら,中村好文=芸術新潮編集部編『イタリアの歓び 美の巡礼 北部編』(ISBN:4106021005)を手に取ってみることをお勧めする。ラヴェンナについて詳しく取り上げていることはもちろんであるが,このシリーズの特質である写真の豊富さが良い。

 また,今回のイタリア滞在ではエミリア=ロマーニャ州(Emilia-Romagna)を中心に歩いて回ったが,エミリア街道に沿った町を徹底して取り上げている本は,旅名人ブックス『ボローニャ/パルマ/ポー川流域 イタリアとイタリア史の縮図』(ISBN:4822222152)をおいて他には無い。必携書と言って良いと思う。

イタリアの歓び―美の巡礼 北部編 (とんぼの本) 旅名人ブックス57 ボローニャ/パルマ/ポー川流域

 最後に詩聖ダンテの墓に詣でて,ラヴェンナを後にする。

[] ボローニャ(2/3)  ボローニャ(2/3)を含むブックマーク

 16時30分,中央駅に到着。急ぎ,国立絵画館(Pinacoteca Nazionale Bologna)へ向かう。改修工事のため一部のみの展示になるが,13世紀の祭壇画と,14〜17世紀のイタリア絵画を見る。

 悪くはないのに,どうも印象が弱い。粒が揃っているのだけれど,アクも無く,強く語りかけてくるものが少なかったように感じる。建物が近代的に整備されすぎていたことも,平坦に思わせた理由かもしれない。

 とはいえ,ラヴェンナのモザイクを見た後では,並大抵の絵画は霞んでしまうだろう。申し訳ないことをした。

 その後 id:hajic さんと待ち合わせて会食。“Pino”というピッツェリーア(Via Goito, 2)で,包みパスタのトマトソース(Toreelloni Burro e Oro),カルボナーラ,ボロネーゼ・カツレツ(Cotoretta Bologna)などをいただくが,どれも絶品で,しかもお手頃価格。

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Friday, 2006/09/22

フェッラーラ市役所

[] フェッラーラ  フェッラーラを含むブックマーク

 パルマのホテルをチェックアウトし,ボローニャへ移動。次のホテルに荷物を預けて再び駅へ戻る。乗り込んだのはヴェネツィア行きの列車。このまま目的地を乗り過ごしたことにして『ARIA』の舞台探訪に行こうか――と本気で迷う。ボローニャはミラノとローマの中間点であり,フィレンツェ*1とヴェネツィアの中間点でもある。どこへ出かけるにしても便利な場所だ。

 訪ねたのは,フェッラーラ(Ferrara)。塩野七生チェーザレ・ボルジア あるいは優雅なる冷酷』(ISBN:4101181020)あるいは川原泉『バビロンまで何マイル』(ISBN:4592883187)に登場するルクレツィア・ボルジア(Lucrezia Borgia, 1480-1519)の眠る町。

 駅を出て感覚を頼りに進むうち,旧市街の北の外れにある墓地へと辿り着いた。半円形の柱廊を持つそこは,霊園と知らなければピクニックに来たくなるような気持ちの良い場所。

 あとは,情緒あふれるエルコレI世通り(Corso Ercole 1 d'Este)を南へ下って歩く。国立絵画館として利用されているディアマンティ館に立ち寄ってみたものの,残念ながら夏季の時間短縮のため立ち入ることはできなかった。堀に囲まれてそびえるエステ家の居城サヴォナローラの像が立つ市庁舎,立派な構えの大聖堂などを見て歩く。

[] ボローニャ(1/3)  ボローニャ(1/3)を含むブックマーク

 日没まであと1時間あったので,距離感を掴むべく中心部を歩いてみる。これまでずっと田舎町ばかりを巡ってきたこともあって,あまりの人の多さに辟易する。久しぶりの雑踏に精神がまいってしまう。決して嫌いではないのだが,地方中核都市の出身者にとっては居心地が悪い街のように感じる。

 本日からの3泊は SavHotelに宿泊。駅から北東へ15分ほど歩いた場所にある。市街化調整区域のような妙な場所に建っているのだが,そのせいか割安。室内の調度はガラスと金属を多用したモダンなデザイン。客室に情報コンセントが整備されているのも助かる。隣接してスーパーマーケットがあり,身軽な旅には重宝する。

*1:もちろん,帰りの列車では『BITTERSWEET FOOLS』の舞台探訪をしないように努力したことは言うまでもない。念のため,資料は持ち歩いていたのだけれど。

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Thursday, 2006/09/21

モデナのグランデ広場

[] パルマ(3/3)  パルマ(3/3)を含むブックマーク

 朝一番に,国立パルマ美術館(Galleria Nazionale Parma)を訪れる。なぜか入口がファルネーゼ劇場(Tetro Farnese)の袖にあって,料金を払ってもいないのに劇場の見学も出来てしまった。木製のベンチがしつらえられたこぢんまりとしたところで,ここでオペラを観たらさぞかし臨場感があると思う。

 美術館の方ですが,これがめがっさ良かった。広い館内でありながら3組しか入場者がいなかったということもあり,絵との対話をじっくり楽しみながら見て回る。フレスコ画,歴史画,寓意画,祭壇画など,12世紀から18世紀に至るまでを満遍なく取り扱っている。全体として質が高く,絵画好きなら見逃せない。陳列も変わっていて,歴史的建造物を活かすべく,パイプで中空の上階を造っている。最初は手早く見て回るつもりだったけれど,1時間40分ほどかけて楽しむ。

 次は洗礼堂(Battistero)の内部へ。外観はバラ大理石で仕上げられた柔らかな眺めだが,内部は説話を描いた荘厳な仕上がり。

 コレッジョの部屋も訪ねてみたが,こちらは冴えない。

[] モデナ  モデナを含むブックマーク

 午後はマントヴァを訪ねてみようと列車に乗ってはみたものの,車中で時刻表を見てみると片道3時間ほどの場所にあり,現地での滞在時間を長く取れないことがわかった。そこで代わりに,乗換駅のモデナ(Modena)を目的地に変更。

 駅を出てしばらく進むと,光を受けて輝くドゥカーレ宮殿を回り込むように道が続く。かつての町の支配者エステ家の繁栄振りが忍ばれる構え。

 柱廊を抜けてさらに歩を進めると,世界遺産になっているグランデ広場(P.za Grande)に出る。右手には時計塔を備えた市庁舎,左前方に大聖堂,正面には緩やかに張り出した半円柱形のテラス,そして正面に鐘楼と均整の取れた美しさ。大聖堂は修復工事中であったために正面のファサードを目にすることは出来なかった。

 総合博物館も修復工事中だったので,市内を一巡して立ち去ることにする。

[] ピアチェンツァ  ピアチェンツァを含むブックマーク

 特急列車ICに乗り,パルマを通り過ぎて,エミリア=ロマーニャ州の北端にあたるピアチェンツァ(Pacenza)に向かう。まずは,かつての為政者の居城を博物館として利用しているファルネーゼ宮殿(Palazzo Farnese)に向かうが,9月中は夏季短縮営業中ということで入場は出来なかった。そこで,首都が移転したために途中まで造って放置されてしまうことになったという建物だけを見ていくことにする。

 名刹サン・シスト教会に寄ってから,ゴディコ(旧市庁舎),サン・フランチェスコ教会を通ってドゥオ−モ(Duomo)へ。高くそびえる鐘楼を持つ優雅なファサードは,夕陽を受けてとても美しい(その割には,内部は簡素でしたが)。

 サン・アントニオ教会(Bascilica di S.Antonio)もまた,夕陽が似合う。正面から見るとそこそこ立派なだけなのだけれど,右手にある広場の方から眺めると実に堂々たる構え。

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Wednesday, 2006/09/20

馬肉のミンチ定食

[] パルマ(2/3)  パルマ(2/3)を含むブックマーク

 午前中は,学校を休んだ id:hajic さんの案内でパルマ(Parma)市内を見て回る。薔薇大理石が美しい洗礼堂を横目に見ながら,ドゥオーモ(Duomo)の中へ。第一印象は華麗だ,だったのですが,だんだん薄暗い光に目が慣れてくると,身廊をフレスコ画が目に飛び込んでくる。これまでフレスコ画は多数見てきましたが,これほどまでに色鮮やかなものはヴァチカンのシスティーナ礼拝堂しか覚えがない。このフレスコ画を見るためだけにパルマを訪れたとしても惜しくはない。それほどまでに素晴らしい。左右6枚ずつ描かれたコレッジョ(Corregio)の手になるそれは,「受胎告知」に始まり「キリストの復活」に至るまでの言行録を題材にしたもの。ただ単に明るい色調を用いているのみではなく,濃色を適度に配して色合いを引き締めて,躍動的な図案で以て見る者に訴えかけてくるのが素晴らしい。

 ドゥオーモの背後にあるサン・ジョヴァンニ教会(Monsterep San Giovannni Evangelista)を訪れ,その左手にある「福音史家聖ヨハネの薬局」の中を通って静けさが辺りを包む修道院の回廊を歩く。

 教会のすぐ南側にある“K2”というジェラート屋で花びらの形に綺麗に盛りつけられた午前のおやつを買い求め,溶ける速度と争いながら甘味を楽しむ。マドンナ・デッラ・ステッカータ教会(Santa Maria Della Steccata)に立ち寄ってから,緑が爽やかなドゥカーレ公園へ。園内のバールで発泡ワインを頼み,適度な暖かさの中で冷たく冷えた飲み物を味わう。

[] クレモナ  クレモナを含むブックマーク

 午後は,列車に乗って1時間ほどの場所にある,ポー川流域の街クレモナ(Cremona)を訪れる(パルマから片道EUR3.35)。

 最初に足を運んだのは,クレモナ市立博物館(Museo Civico ala Ponzone)。ここは,前ルネサンス期に発達したクレモナ派の絵画が充実している。この地域にまつわる作品が中心であり,遠近法が完成する前の時期ということもあって一級品は少ないものの,見応えのある作品は多い。絵画愛好者なら満足できるだけの質は備えている。併設して楽器の模型を展示するストラディヴァリ博物館(Museo Stradeivariano)もあるが,こちらはどうでもいいような代物。

 博物館の中にあるバールで,ちょっと遅めの昼食を摂る。

 ドゥオーモ(Duomo)は,南西方向に取り付けられた大きなバラ窓から差し込む光で明るい。

 共通入場券(EUR8)を買ってあったこともあって,現在は市庁舎として用いられているコムーネ宮(Palazzo del Comune)の奥に設けられたヴァイオリン・コレクション(Salletta del Violono)を見る。ストラディヴァリウスやアマーティが十数本,ガラスケースの中に収まっている。確かに工芸品としても美しいのだけれど,楽器は演奏家が手に持ってこそだと思うので,ちょっと可哀想な気がする。

[] フィデンツァ  フィデンツァを含むブックマーク

 クレモナは小さな町なので,2時間ほどで主だった場所は見終わる。さて,パルマに帰ろう――としたところで鉄道事故に遭遇。断片的な情報によると,踏切にトラックが突っ込んだらしく,上下線とも100分以上の遅延。

 それならば,ということで急遽,乗換駅フィデンツァ(Fidenza)を見てまわることにする。ドゥオーモは内部の壁が積み上げたレンガによって組まれており,純朴な印象を与える。サン・ミケーレ教会(San Michele Areangela)は,外観の荘厳な雰囲気とは裏腹に,モダンな内装。市庁舎のある広場は,快適な都市空間に仕上がっている。途中,商店街で見るからに美味しそうな食べ物が置かれていたので買い求める。アランチーノ(Arancino)というそれは,もともと南部の携帯食らしいのだけれど,米とハムと卵を絡めたチャーハンのような素材を直径5cmほどの球体に固めたもの。日本で売り出したら,「イタリア風おにぎり」として評判になると思う。

 小さな町のため,他に見るものも無く,駅まで戻ってくる。未だ鉄道のダイヤは回復していなかったが,運良く臨時のバスを捕まえることができ(時間はかかったものの)無事パルマに帰還。

 19時を回ったところだったので,夕食を食べにいくことにする。ドゥオーモから少しばかり南に下ったところにある「ラッザーロ」というトラッットリアで,店の名前を冠した定食をいただく。タルタルソースを添えた桜肉のミンチは絶品。軽く発泡した赤のランブルスコも爽やかに食事を盛り立ててくれる。ワインを各自ハーフボトルほど空けて家路につく。

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Tuesday, 2006/09/19

国立パルマ美術館

[] パルマ(1/3)  パルマ(1/3)を含むブックマーク

 今日は移動日。平素は美術館や博物館が閉まる月曜日に長距離移動を組むようにしているのだけれど,今回は人に会うことも目的の1つなので,いつもと違った日程。

 CPHコベンハーゲンからMXPミラノ(マルペンサ空港)までは,シュテーリング航空を利用。北欧から南欧まで飛んで,わずかDKK462*1

 イタリアに降り立つと,強烈な陽光。これまで押さえていた食欲が鎌首をもたげてきたので,ピッツア1/4+フライドポテト+飲み物のセットで昼食(EUR6.5)。おいしものを食べて気分が向上してきたところで,ミラノ中央駅行きのシャトルバスに乗る(EUR5)。気持ちの良い日射しにうとうとしながら50分ほど揺られているうちに到着。ここからは特急に乗り,本日の目的地パルマ(Parma)を目指す(EUR12.47)。

 18時20分,ほぼ定刻通りに到着。ホテルの地図が不正確でどうなることかと思っていたところ,予約してあった Astoria Executive Hotel は駅のすぐ左手にあって,事なきを得る。パルマはホテルの数が少ないらしく,全般的にみて宿泊コストが割高。今回の旅程の中で最も高い1泊EUR80なのだが,ほぼ同じ金額を払って酷い思いをしたコペンハーゲンに比べると雲泥の差。居心地の良い居住空間は大事だと思う。

 シャワーを浴びたところで id:hajic さんから携帯電話に連絡が入る。彼と会って積もり積もる話をするのが今回の後半の目的。ホテルの前まで迎えに来てもらい,連れだって夜のパルマに繰り出す。穏やかな雰囲気を持つ街。発泡ワインを食前酒にしたあと,夕食を共にする。生ハム,包みパスタ,馬肉のミンチ,パルミジャーナと美味しいものを腹一杯になるまで堪能する。でも,会話は美少女ゲーム論だったり,ライトノベル論だったり(笑)

 ちなみに,日本から運ぶように頼まれたのは,07th Expansionひぐらしのなく頃に』&『ひぐらしのなく頃に解』でした。

*1:DKK1(デンマーク・クローネ)は約20円です。

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Monday, 2006/09/18

フレデリクスボー城

[] ロスキレ  ロスキレを含むブックマーク

 首都圏内の交通機関に24時間乗り放題のチケット(DKK105*1)を買い,コペンハーゲンの西にある古都ロスキレ(Roskilde)へ向かう。

 駅を出ると,正面に白いツインタワーがある。雰囲気にそぐわないものがあるな,と思いながら近づいてみると,ユネスコ世界遺産にもなっている大聖堂(Roskilde Domikirke)の正面にそびえる2本の尖塔を足場で覆っての修復工事中でした。1170年代に建立された建物で,内部には歴代国王の石棺が安置されているという話だったのに,内部を見ることはできず。

 公園を抜けて町の北端に出ると,そこはロスキレ・フィヨルドの終端。フィヨルドの実物は初めて見たよ。その昔,この細い入り江には舟の航行可能な航路が3本あったところ,ヴァイキング達は防衛のために舟を自沈させて道筋を1本だけにしたのだとか。ヴァイキング船博物館(Vikingskibsmuseum)では,海底から引き上げられた舟の残骸を陳列している(DKK80)。展示の内容は「もう少しがんばりましょう」。あるのは木片と,外国人には不親切なパネルだけだし。

 博物館から,ヴァイキング船の復元工房を抜けて聖ヨルゲンスベリ教会(Skt. Jorgensbjerg Kirke)の方へと回る。教会の周囲にはカラフルに塗られた伝統的家屋が建ち並んでおり,楽しませてくれる。

 マグレの泉(Maglekilde)を通り過ぎたところで,再び大聖堂へ。西側からだと背の高い大聖堂を正面から捉えることができる。修復工事が行われていなければ,さぞ美しいことと思う。

[] コペンハーゲン  コペンハーゲンを含むブックマーク

 ロスキレから中央駅まで戻り,そこから徒歩で10分ほどの所にあるコペンハーゲン市立博物館(Kobenhavns Bymuseum)へ(DKK20)。

 ここは気に入りました(はぁと)

 街が発展してきた歴史を紹介する施設。昔の町並みを復元したジオラマ,街角の風景をていねいに描いた銅販細密画,古地図など私好みの資料が大量に用意されている。特に1800年代が充実しており,産業化が進んでいった時代をセピア色の写真で見せてくれるのは嬉しい。

[] フレデリクスボー  フレデリクスボーを含むブックマーク

 近郊列車エストー(S-tog)のA線に乗って40分。終点のヒレロズ(Hillerod)へ。駅を出て左手にある小道をず〜っと歩いていくと,湖の向こうにたたずむフレデリクスボー城(Flederiksborg Slot)を見渡せる場所に出る。整った姿が美しい。さらに湖岸を半周して城内へ。

 これまでにも王城を訪ねたことは何度かありますが,あまり良い思いをしたことはありません。大抵は,フラッシュを焚くために来ているのだろうかと思わざるを得ない団体客に占領されて,這々の体で逃げ出す羽目になるから。それが,ここは静かで人も少なく,じっくり瀟洒な空間を満喫できました(15時という遅い時間に来たのが幸いしたのかも)。

 1859年の大火で主要部分を消失し,ビール会社カールスバーグの出資で再建されたものの王は居城とせず,国史博物館(Det Nationalhistoriske Museum)として利用されている(DKK60)。

 付設の教会堂はベージュ色にまとめられており,明るく爽やか。謁見の間とそれへ続く渡り廊下は白の大理石を基調としたバロック調で華麗。このあたりは火災の被害を受けておらず,建物そのものに見応えがある。

 各室には調度品と絵画が並べられているが,王侯貴族の肖像画が多い。絵画の質が全般的に高くないのは,致し方ないかと思う。その中に1枚,群を抜いて出来の良い絵画があったのだけれど,描かれているテーマが不似合いなので作者を見たらヴェネツィア絵画だった,という始末(カナレットの絵だったん)。

 日本語のリーフレット(DKK40)があったので記念に買い求めた後,小高くなっている庭園の側から城の姿を眺めたり,バズスチューン(Badsturn)という小城を見てから,湖の反対側を回って駅に戻る。

 再建の功をたたえるべく,駅の売店でカールスベアのビールを購入。

*1:DKK1(デンマーク・クローネ)は,約20円。

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Sunday, 2006/09/17

オーデンセ

[] コペンハーゲン(2/3)  コペンハーゲン(2/3)を含むブックマーク

 マルメ(スウェーデン)のホテルをチェックアウトし,コペンハーゲンへ向かう(SEK93*1)。ここでの宿は Absalon Hotel Annex で,中央駅の裏口を出てすぐ。

コペンハーゲンの宿泊コストは概して高い。探した中で最も安いところだったのだが…… アウト・バス(No Facilities Room,トイレとシャワーは共用)なのに,シングル1泊がDKK511もする*2。旧館なので電気設備は漏電が心配されるほどに古いし,寝具は薄汚れているし,壁を通して音は聞こえてくるし,シャワーにしても蛇口からの切り替えがコツを要する。1つ星とはいえ,1万2,000円近くも払ってこの程度のサービスでは不満も言いたくなる。

 ともかく美術館に行って気張らししようとしたのですが,これがいずれも外れ続き。

 まず向かったのが,デンマーク国立博物館(Nationalmuseet)。なんだか郷土資料館と民俗学研究所と児童教育施設が混じり合ったようなところ。ヴァイキング時代の遺物は,朽ちた木片と錆び付いた金属片。「昔の人々の暮らし」に置いてあるのはコップや鍋だし。「世界の民族」コーナーでは,イヌイットのカヌーやら韓国の家がある。古代史の展示では,エジプトのミイラとギリシアの壺―― わざわざコペンハーゲンに来てまで見たいものではない。12世紀から16世紀にかけてのキリスト教美術は(相対的に)見所がある方でしたが,あまり質は高くない。デンマークを代表する画家が不在であることも併せ考えると,ここの風土は芸術に不向きなのかもしれない。

 次に向かったのは,ニュー・カールスベア美術館(Ny Carlsberg Glyptotek)。ガイドブックの記述を読んで,たぶん自分とは相性が悪いだろうと思ったら,予感が的中。1888年にビール会社カールスバーグの社長が開いたものだそうだけれど,並んでいるのはエジプトの石棺に,ローマの胸像…… 成金趣味の俗悪さが鼻につく。できるだけ視界に入れないようにして,まっしぐらに出口を目指す。レヴェル3に掲げられている19世紀絵画で,ようやく一息つく。しかし,絵画にしても収集品の質は悪い。美術館に置くには相応しくない程度のものの混在率が高すぎる。

[] オーデンセ  オーデンセを含むブックマーク

 海底トンネルを走る列車に乗って,隣の島フュン島の中央にある街オーデンセ(Odense)へ。片道1時間30分(往復料金DKK428)。アンデルセン(Hans Christian Andersen)生誕の地に建つアンデルセン博物館(H.C.Andersens Hus)へ(DKK55)。

 これまでにも作家を記念する施設を訪問したことは何度もあるのですが…… 端的に言って,ここはつまらない。童話作家に個人的な思い入れでも無い限り,作家の着ていた服や直筆の手紙を見ても感慨は沸いてこない。実は,彼は歯痛に悩まされていたのです,と聞かされても何とも思わないし。作品そのものに関する展示が皆無といっても良いような状況(あるのは作家の逸話ばかり)なので,アンデルセンという人物を個人崇拝しているわけではない者にとっては面白くないです。文学はテクストで価値が決まると思っているので,初版本であっても感動はしないしね(古い本の質感は好きですけれど)。朗読を聞かせてくれる設備があるにはあるけれど,ここで外国語の聞き取り練習をするつもりもない。加えて日本人の比率が高く,オバサン方の無遠慮な会話が耳に飛び込んできて,どんどん不快になる。

 逃げ出すように博物館を出て,市内を散策。尖塔のそびえ方が美しい聖アルバニ教会(Sct. Albani Kirke)や,気持ちの良い公園に隣接する聖クヌート教会(Sct. Knuds Kirke)を見ているうちに,少しずつ気持ちが晴れてくる。

 ところが,帰りの特急列車(InterCityLyn)は25分遅れ(デンマークの鉄道は,遅延が異常に多い)。座席は満席で座れないし,デッキは換気が悪くて息苦しい。往復の交通費に8,600円も払ったのに…… わざわざ嫌いになるためにオーデンセへ行ったような格好になってしまいました。

 コペンハーゲンに戻ってきたのが19時。こんな気分の時にはハンバーガーとコーラでも食らってやろうかと思いましたが,ますます追い打ちをかけることになりそうなので思いとどまる(反米主義者にとっては,アメリカを象徴する軽薄な飲食物は忌み嫌うべきものであると考えます)。とにかく何か暖かいものを食べて落ち着きたかったので,ホテルの近くにあったセブンイレブンで,ピッツアを1切れとビールを買って夕食にする。

*1:SEK1(スウェーデン・クローナ)は,約16.5円。

*2:DKK1(デンマーク・クローネ)は約20円です。

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Saturday, 2006/09/16

ルンド大学図書館

[] マルメ  マルメを含むブックマーク

 昨晩からの2泊は,スウェーデンの南端にあるマルメ(Malmö)に宿泊。もともとの予定ではコペンハーゲンに4泊するつもりだったのに,どこも満室で予約がとれなかったん。旅の準備を始めるまで知らなかったのだけれど,コペンハーゲン(デンマーク)とマルメ(デンマーク)を結ぶオーレスン大橋が2000年7月に開通しており,両国の間は鉄道で移動することができる。

 デンマークの国土の東端にあるカストラップ空港から列車に乗ると,海底トンネルへ入る。少しほど人工島の上を走ると橋の上を渡り,あっという間に対岸へ。海峡を過ぎるのに10分前後で済んでしまう。あまりにあっけないほどスウェーデンに到着。空港から所要20分ほどでマルメ着(片道DKK72*1)。

 ホテル“Teater Hotellet”は,駅から南へ徒歩15分ほどの場所。近隣でもっとも安い場所を探したのに,それでシングル1泊12,000円ほどする。しかしながら,格が高いだけあって部屋は広いし,綺麗だし,室内調度品は品格がある。何よりワイヤレスインターネットが利用できるのが嬉しい。立地が悪いので薦められはしないが,くつろげる良い宿です。

 すぐ隣に日曜でも20時まで開いているスーパーがあって,ビールを買えるというのも便利。カールスバーグ(Carlberg)の500ml缶がSEK11.9*2

 マルメは,人口27万人でスウェーデン第三の街――にしては,こぢんまりとしている。観光名所といえるのはマルメヒュース(城)くらいで,それにしても見栄えがしない。

[] ルンド  ルンドを含むブックマーク

 この旅の前半の目的地。ルンド(Lund)大学に学会関係の知人であるTさん(某N大学助教授)が留学しているところを訪ねる。ちなみに,訪問の予定を告げたところ,真っ先にTさんから反ってきたのは「『ニルスのふしぎな旅』の舞台探訪ですか?」でした(違います)。

 11時に駅前で待ち合わせ,市内を案内してもらう。といっても「大学の町」なので,いわゆる観光名所はほとんど無い。

 まずは大学図書館や研究室の内部を見学させてもらう。法学部の建物は最近改修されたとかで,快適な環境。

 続いて訪れたのは大聖堂。1103年頃にローマ教会直属の大司教座が置かれ,かつては北欧全体を統括していたという由緒あるもの。現在はプロテスタントのはずなのに,聖堂の正面にはビザンチン様式のモザイク画でキリストの御姿が描かれている。外観は黒く薄汚れているが,内部は壮麗で柔らかな空間。入り口を入って左手には,14世紀に作られたという天文時計。聖母子の周囲を三賢人(Magi)が練り歩く(簡単な)絡繰りが用意されている。聖堂の地下には,伝説の巨人“Finn”の像が柱に彫り込まれている。この地にキリスト教が伝わってきたとき,土着信仰を取り込んでいった名残だと思うのだけれど……。石にされてしまったフィン一家の方が可哀想だよ(なぜか夫のみならず妻子まで石になっていた)。

 それからTさんお勧めのレストランで会食。アムステルダム滞在中はパンとビールと缶詰の果物(とビタミン剤)で過ごしていたので,暖かい食事は久しぶり。鱈と鮭のトマトスープ煮込み(SEK65)をいただく。食後は喫茶店で珈琲を飲みながら,近況を語り合う。

 ちなみに,おみやげのリクエストを聞いたら「カレールゥとホワイトシチューの素」でした。この気持ちは良く分かる。こういう何気ないものが,長期滞在中には恋しくなるんだよね。

 たまたま同じ日に別な来客があるというのでTさんとは早めに別れ,夕方は一人で市内を散策してきました。

*1:DKK1(デンマーク・クローネ)は,約20円。

*2:SEK1(スウェーデン・クローナ)は,約16.5円。

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Friday, 2006/09/15

デンマーク国立美術館

[] コペンハーゲン(1/3)  コペンハーゲン(1/3)を含むブックマーク

 シュターリング航空にて,AMSアムステルダム(スキポール空港)からCPHコペンハーゲン(カストラップ空港)へ移動。飛行時間は70分ほど。早割運賃で,わずかEUR76。

 http://www.sterling.dk/

 空港の手荷物預かり所にスーツケースを預け(各DKK30*1)市内までの往復切符(DKK54)を購入し,Norreport駅へ。ローゼンボー離宮(Rosenborg Slot)の庭園を抜けて,デンマーク国立美術館(Statens Museum for Kunst)へ。

 着いてみたら,常設展は改修工事のため閉鎖しているという悲しい知らせが。ラウリッツ・アンデルセン・リング(Laurits Andersen Ring, 1854-1933)の特別展示(DKK70)だけを見たのだが,労働者階級の情景を描いた素朴な作品がなかなか良かった。

http://www.smk.dk/

 次に足を運んだのは,隣接する敷地に建つヒヤシュプルング・コレクション(Den Hirschsprungske Samling)。タバコで財をなした富豪の蒐集作品を展示するもの。19世紀後半,同時代に活躍した地元作家のものを買い集めたと思われるコレクションは,品の良いものが集まっており落ち着いた感じにまとまっている。ここでのお気に入りは Carlo Dalgas (1821-51) と Christian Dalsgaard (1824-1907)。小粒な美術館で思いもかけない出会いがあると,本当に嬉しい。

http://www.hirschsprung.dk/

 対ナチス戦を記念する自由博物館(Frihedsmuseet)は,文字による解説が主で,ほとんど分からなかった。

http://www.frihedsmuseet.dk/

 緑の美しいカステレット要塞(Kastellet)の散策をもって,本日の行程の終わりとする。

*1:1デンマーク・クローネ(DKK)は,約20円。

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Thursday, 2006/09/14

ハーレムの聖バフォ教会

[] ハーレム  ハーレムを含むブックマーク

 アムステルダムから列車で20分ほどのところにあるハーレム(Haarlem)へ。ニューヨークにある「ハーレム」の起源になった街。なお,後宮を意味するハレム(harem)はトルコ語(およびアラビア語)起源なので別物。

 まず街を北から南へ向かって縦断し,街の造りを見る。うねうねと緩く曲がりながら続く道に沿って商店が建ち並び,賑わいがある。パン屋さんで足を止めて珈琲を飲み,それから東側を流れるスパールネ川(Spaarne)に出る。

 白く映える跳ね橋の上から川沿いの風景を見た後,向かった先はテイラー美術館(Teylers Museum)。1778年に開館したという堂々とした構えの建物。入り口から順に化石,鉱物,電気実験装置と自然科学関連の展示が続く。突き当たりにあるカプセルの形をした展示室は吹き抜けになっており,室内空間そのものが芸術としての風格を持っている。そこから建物は,右手へL字型に続き,絵画の展示を行っている。掲げられているのは18世紀ネーデルラント派の作品。民衆画(王侯貴族ではなく市民の暮らしを描いたもの)や風景画(従来は人物画の背景でしかなかったものが独立したテーマとして成立したもの)あるいは静物画が並ぶ。なかなか趣のある作品が多い。他に誰もいないのを幸い,1枚1枚じっくり堪能する。

http://www.teylersmuseum.nl/

 次に向かったのはフランス・ハルス美術館(Frans Hals Museum)。17世紀の画家フランス・ハルスの作品を中心に展示する。市民からの注文を受けて描かれた集団肖像画が多い。この時期の作風は私の好みなのだけれど,この作者はどうも好きじゃないなぁ。高い場所に掲げた場合には良いのだろうけれど,細部の仕上げをていねいにやっていないので,近くで見ると印象が良くない。

http://franshalsmuseum.nl/

 中心部の旧肉市場(Vleeshal)へ向かってみると……燃えてました。煙が立ち昇っており,消火作業中(^^; 市役所(Stadhuis)も結婚式が行われて入れませんでした。そんなわけで内部を見ることはできませんでしたが,もう十分に満ち足りた気分。

[] ライデン  ライデンを含むブックマーク

 午後は,ハーレムから少しばかり南下したところにあるライデン(Leiden)へ。ライデン市立博物館(Stedelijk Molenmuseum De Lakenhal)は,かつて織物ギルドだったところ。建物自体も見所がある。納められている絵画も上々。

http://www.lakenhal.nl/

 シーボルトハウス(Siebolshuis)は,幕末に来日したフィリップ・フランツ・フォン・シーボルト(Philipp Franz von Siebold, 1796-1866)が持ち帰った品々を展示している。動植物,鉱石,玩具など蒐集品は多方面に渡るが,圧巻なのは地図。引き出しの中に丁重に納められているものを取り出して眺めることができる。蝦夷地からアリューシャンにかけては不正確なところが多く,当時の認識がどの程度のものだったかうかがい知れて面白かった。

http://www.sieboldhuis.org/

[][] アムステルダム(1/3)  アムステルダム(1/3)を含むブックマーク

 20時15分から,コンセルトヘボウ(Concertgebouw)でのコンサートを聴く。Grote Zaal の指揮によるバラケ(Jean-Henri-Alphonse Barraqué, 1928-73)“Le temps restitue”と,メシアン(Olivier Messiaen, 1908-22)『われ死者の復活を待ち望む』(Et expecto resurrectionem mortuorum)。

 楽団員の腕はすこぶる良い。ホールの音響もすばらしい。生の楽器の音って,こんなに良いものなのだと再認識する。ところが……どちらも旋律を持たない現代曲。聞いていて,とにかく不快になる音の組み合わせ。聞いているのが辛かったよ。

http://www.concertgebouw.nl/

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Wednesday, 2006/09/13

[] ロッテルダム  ロッテルダムを含むブックマーク

 列車に1時間ほど乗ってオランダ第二の都市ロッテルダム(Rotterdam)へ。ボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館(Museum Boijmans van Beuningen)を訪ねる。開場が11時と遅いので,裏の庭園を散策して待つ。いよいよ足を踏み入れてみての印象は,あまり良くない。現代芸術のための大きな空間が中央にあり,その手前にサルバドール・ダリの作品が集められている。そして回廊にあたる部分に中世絵画や近代絵画を並べている。つまり,陳列の配置が唐突なのです。絵画はなかなか充実しているのだけれど,空間が引き立て役になっていない。ピーター・ブリューゲル『バベルの塔』も,狭い壁面の中に置かれてしまうと映えない。

http://www.boijmans.nl/

 続いて,デルフスハーフェン(Delfshaven)へ。第二次世界大戦で破壊された街を復興した場所――ということだったのだが,イミテーション感があまりに強い。商店は建ち並んでいて活気はあるが,移民の開いている店が多い。建物の見せかけは17世紀でも,中身がそぐわない。裏通りを歩いてみたものの,最近になって建てられたとおぼしい低所得者階級向け住宅ばかり。興味をそがれたので,ケバブ定食(EUR9)で昼食にした後,歴史博物館(Historicj Museum)を見て帰る。悪くはないのですが,物足りない。子ども達に向けた歴史教育の施設という性格が強いのか,オランダ全体の風土に関する展示物が中心で,ロッテルダムならではというものが少ない。戦災で町が失われたという話がすっぽりと抜け落ちていたことからすると,19世紀初頭の出来事は無かったことにしてしまいたいのかもしれない,と思う。

[] デルフト  デルフトを含むブックマーク

デルフト

 帰りの列車に乗ったら,次の停車駅はデルフト(Delft)だった。窓から見える町並みに興味を引かれて降りてみる。

 町並みが整っていて,実に美しい。

 プリンセスホフ博物館(Stedelijk Museum Het Prinsenhof)は,オランダ独立戦争の記念館。解説文を読みこなせないのが残念だが,1584年前後の資料が集められていて興味深い。隣の民族博物館(Nusantara Museum)は,オランダ東インド会社が統治していたこととの関連で,インドネシアに関する展示が行われている。

http://www.gemeentemusea-delft.nl/

 旧教会から,市庁舎,マルクト広場,新教会へと散策。運河が張り巡らされた町は,情緒がある。古い町並みの中をそぞろ歩きして楽しんだ。

[] ハーグ  ハーグを含むブックマーク

 デルフトと首都ハーグ(Den Haag)は列車で10分ほどの距離。ちょっと立ち寄って,『GUNSLINGER GIRL』でハルトマン(後のヒルシャー)がラシェルとデートをしていたレストランを探す(が見つからず)。

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Tuesday, 2006/09/12

オランダ国立ミュージアム

[] アムステルダム(1/3)  アムステルダム(1/3)を含むブックマーク

 朝食に出されたオムレツを食べて,うとうとしているうちにアムステルダム着。搭乗時間は長かったけれど眠っていられた時間が長かったので,気分は良好。スキポール空港からは鉄道(EUR4.1)で市内へ向かう。アムスの市内に降り立つのは,かれこれ8年ぶりになるだろうか。

 駅前の案内所でストリッペンカールト(Strippenkaart,回数券。EUR6.7)を購入してからホテルに向かう。今回の宿は,ダム広場の近くにある“Gerste Korrel”。飲食店が建ち並ぶ目抜き通り沿い。夜まで人通りが多くにぎやかなところにあるので少々騒音が気になるのが難点だが,他は申し分なし。

http://www.bookings.nl/hotel/nl/gerstekorrel?aid=303998

 ホテルに荷物を預けたのが11時。スーパーマーケットでサンドイッチを購入して早めの昼食をすませ,国立ミュージアム(Rijksmuseum)へ(EUR10)。現在,本館は改修工事中のため,フィリップス・ウィングでの展示。ガイドブックと日本語音声ガイド(EUR7)を入手して,中へ。ここはネーデルラント絵画が充実している。地上階の「前座」を見終わったところで,とてつもなく眠くなってくる。歩いているうちは何ともなかったが,やはり機内での眠りが浅かったらしい。絵と対話するのに必要な集中力が出てこない。応急措置として,椅子に腰掛けて仮眠。数十分ほど休んで気力を蓄えてから,レンブラントフェルメールに会う。

http://www.rijksmuseum.nl/

 絵画を楽しんだ後,広場の反対側にあるコンセルトヘボウへ行き,翌々日のチケットを購入(EUR23)。

 トラムで中心部へ戻り,アムステルダム歴史博物館(Amsterdam Historich Museum)へ。失敗した。閉館まで1時間あるから大丈夫だと思ったのに,思いの外に好みの展示物が多くて,見終わらない。中世から近代に至るまでの街の歴史を紹介しているところなのだが,名画ではないが見所のある絵画が多い。ここは,また機会を得て来ることにしよう。

http://www.ahm.nl/

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Monday, 2006/09/11

[] NL/DK/SE/IT/FR  NL/DK/SE/IT/FRを含むブックマーク

 オランダデンマークスウェーデンイタリアフランスを旅してきます。絵画と歴史遺産を見てまわるつもり。

 今回はエバー航空(EVA, BR)利用です。札幌発着でもヨーロッパ往復運賃が JPY109,320 と安かったので。

 帰国は9月29日を予定しています。それではごきげんよう

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[] BR115 CTS/TPE  BR115 CTS/TPEを含むブックマーク

エバー航空の機内食

 BR115便。空港でチェックインをすませると,留学生の夫婦にあった。たまたま同じ便で台湾に帰省するのだという。奇遇だ。

 エコノミーはほぼ満席。判然としがたいのだが,台湾人の方が多数を占めているような気がする。客室乗務員にしても,こちらが本を開くなどして日本人であることを殊更に強調していないと,中国語で話しかけられてしまう。

 飲み物に「台湾ビール」をもらう。ところが食前酒として過剰に作用してしまい,空腹感が強調されてしまった。福岡上空で待望の機内食をいただく。いつもの質問“Beaf of Fish?”では,肉料理を頼む。

 えっと…… これは「はんばーぐ」? 機内食で出てきたのは初めてだなぁ。

 出されたものはおいしくいただく,が信条ですが,メニューの構成については言わせて欲しい。パンと米飯とソバが同時に出てくるのは,バランスが良くないと思う。

[] BR75 TPE/AMS  BR75 TPE/AMSを含むブックマーク

 台北(中正空港)にて乗り継ぎ。トランジット・カウンターは分かりやすい場所にあった。乗り継ぎ客は他に1組しかおらず,問題なく手続が済む。空港内の店舗を眺めてみるが,そもそも客が少なくて閑散としている上に,店舗が散らばっていており,寂れた感じになっている。まったく興味を引かれなかったので,ロビーで本を読んで過ごす。

 搭乗口に行ってみると,乗るはずのアムステルダム行きBR75便は「曼谷」になっている…… ここで,台北発アムス行きはバンコク経由であることを知る。どうりで片道16時間もかかるわけだ。

 機内食の選択は“Chicken or Poak?” もう「お肉,嫌いだもの」なんて言わせません。チキンにしたら「鶏のカレー風煮込みかけ麺」でした。食後,うとうとしていたら叩き起こされて降ろされる。寝ぼけてアナウンスを良く聞いていなかったのだが,40分後に搭乗口まで戻ってこいということらしい。到着階を出て1つ上の出発階に向かってみると,深夜の01時40分とは思えない人の数。そして客を待ち受ける店舗がずら〜っと。50数件はあったと思うけれど,店を閉めているものの方が少ない。航空政策の成功と人件費の安さとのおかげだと思うけれど,タイの国力を推し量る体験でした。

 バンコクで客が半分ほど入れ替わる。新たに乗ってきたのは,ヨーロッパ系の人がほとんど。機内食はどうするのだろう? と思ったら,全員に配られました(汗) 出されたものは食べますけれど,さすがにパンはトレイに乗せられる前にお断りしました。「ビーフシチュー(マッシュポテトと温野菜添え)」は,味付けと茹で加減がヨーロッパ風でおいしかったです(注:私の場合は褒める意味で使っていますが,一般的ではないかもしれません)。

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Saturday, 2006/09/09

労働判例913号

[] 大学院はてな :: 人勧に準拠した賃金引き下げ  大学院はてな :: 人勧に準拠した賃金引き下げを含むブックマーク

 研究会にて社会福祉法人八雲会事件(函館地判・平成18年3月24日・労働判例913号13頁)の検討。

 被告Yは民営の事業所であるが,平成10年度までは職員の給与は国家公務員に準拠し,人事院勧告に沿って増額改定されていた。ところが平成13〜15年度の人勧ではマイナス改定となったことを受け期末手当を減額するなどした事案。

 裁判所は,次のように述べて主たる請求を斥けた。

 「これまで国家公務員に準じて増額改定の利益を享受してきた被告の職員が,官民格差の是正の趣旨でなされた人事院勧告に準拠した平成13年度改定ないし平成15年度改定による賃金減額の不利益を甘受することについては,それ自体十分な合理性を有するものというべきであり,上記各改定の内容には,社会的な相当性があるというべきである。」

 就業規則の不利益変更については幾つかの最高裁判例があり,「不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合」に限って認められるという法理が形成されている。ところが,本件では必要性や合理性の判断が極めて緩い。人勧準拠なのだから――というのが,その判断の根拠になっていると思われる。しかし,賃金の上昇について適用されていたルールを賃下げの場合にも同様に適用する,というのは問題がある。使用者に独自の賃金決定力が無いために「人勧準拠」で済ませてきたツケを,既得権を奪う形で労働者の責めに帰すべきではない。最も減額幅の大きかった者の不利益について「22万2751円の減額にすぎ」ないと言ってのける裁判所には猛省を促したい。

 加えて,労使交渉の経緯につき「組合との間の労使交渉が十分なものであったとはいい難い」と認めつつも,請求を認めていない判断には大いに疑問がある。

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Thursday, 2006/09/07

別冊太陽 『オルセー美術館』

[] 別冊太陽 『オルセー美術館 別冊太陽 『オルセー美術館』を含むブックマーク

 別冊太陽のムック『パリ オルセー美術館』(ISBN:4582945007)を購入。オルセーの開館20周年記念企画出版。OSの再インストール作業の合間,細切れの時間に画集をめくって楽しむ。

 オルセー美術館(Musée d'Orsay)といえば,芸術の宝庫であるパリの中でも代表格の美術館。19世紀中葉(二月革命の起こった1848年)から20世紀初頭(1914年)までを扱い,印象派バルビゾン派,さらにアール・ヌーヴォーを含む。ゴッホセザンヌ,ドガ,ルノワール,マネ,モネなどが様々な取り組みをした芳醇な時代。

 ところが,意外なことに,オルセー美術館の収蔵品を解説する書物は多くない。日本語で書かれた日本国内で入手可能なもので,写真入りであり,しかもお手頃価格のものとなると皆無であったと言って良いと思う。それだけに本書は貴重だ。代表的な作品を網羅しており,解説は過不足なく,カラーページの出来も良い。まったくもって申し分なし。好著。

 同じシリーズの『ルーヴル美術館』(ISBN:4582944825)も良かった。是非,この高品質を保ちながら,諸外国の美術館をシリーズ化してもらいたいもの。

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Wednesday, 2006/09/06

新城カズマ 『サマー/タイム/トラベラ

[] 新城カズマサマー/タイム/トラベラー 新城カズマ 『サマー/タイム/トラベラー』を含むブックマーク

 新城(しんじょう)カズマ『サマー/タイム/トラベラー』読了。

  1. ISBN:4150307458
  2. ISBN:4150308039

 時間旅行(タイムトラベル)もの。最初の頁で時を駆けていくのは女の子であることが示され,3頁目にしてその娘の名が悠有(ゆう)だということが伝えられる。そうなると,いったい彼女が跳ぶのはいつだろう,彼女は跳んで何をするのだろう――と気に掛かるというもの。それなのに,衒学(げんがく)的な会話が繰り広げられ,気怠い夏休みの情景が描写される。

 これはこれで面白かった(やきもきさせられるのも悪くはない)。しかしながら,下巻に入ってからのストーリー展開で置いてきぼりにされてしまった。作中の登場人物がやるせなさを感じているのはともかく,読者までも虚脱感にさいなまれるっていうのは……

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Monday, 2006/09/04

鬼魔あづさ『夜の燈火と日向のにおい』

[] 〈空気系〉試論  〈空気系〉試論を含むブックマーク

よつばと!』、『あずまんが大王』、『ARIA』、『苺ましまろ』、そして『ヨコハマ買い出し紀行』。

僕はこの辺りの作品群に、とても近いものを感じるのです。それは、物語全体を通した主題、テーマというものに起承転結を持たない点です。違う言い方で言うならば、1話だけでも、その主題がきちんと描写されている、ということになりますか。

http://blog.livedoor.jp/m_s_r/archives/50629525.html (高橋理化)

今回は空気系の特徴を考えてみたいと思います。

  1. 着地点の予想ができない点
  2. 世界がしっかりと構築されている
  3. キャラクターは世界を離れない

http://blog.livedoor.jp/m_s_r/archives/50632371.html (高橋理化)

構造の面からのコメント

 作品群から共通点を見出そうとするにあたっては,性格がずれる『あずまんが大王』をひとまず除外した方がいいのでないかと,感じました。

 その理由は,4コマまんがという形式に関係があります。いわゆる〈ストーリー4コマ〉の場合,此処の作品を連続させると背景からストーリーが浮かび上がってくる,という構造を取ります。〈ストーリー4コマ〉の例としては後藤羽矢子『どきどき姉弟ライフ』,海藍トリコロ』『特ダネ三面キャプターズ』,蒼樹うめひだまりスケッチ』の作品などを挙げることができるわけですが,これらと『あずまんが大王』を比較してみると,オチの弱さが(起伏の無さ)が特徴です。

 この視点で見てみると,考察対象に浮上してくるのは『ぼのぼの』です。『あずまんが大王』と『ぼのぼの』の関連性については,伊藤剛が『テヅカ・イズ・デッド』(ISBN:4757141297)の第2章で議論を提起しているので,そちらを参照してください。伊藤は,いしいひさいち以降に「起承転結というセオリーからの離脱」が起こり,いがらしみきおにおいて「ドラマティックな出来事を語ることからの徹底した脱却」が生じたことから,副次的な効果として「ゆるやかに連続したエピソードを語るという形式」の導入が可能となったことを指摘しています(同書51頁)。換言すれば,「〈物語〉のもたらす快楽から,キャラたちが戯れるさまを眺め,寄り添うことの快楽へのシフト」(同書53頁)。前掲のエントリーにおいて《空気系》と定義された作品群は,『ぼのぼの』から『あずまんが大王』を結ぶ線上で明確に意識されるようになったパラダイム・シフトを色濃く反映したもの,と見ることもできるでしょう*1

 そうしてみると,後から物語を獲得した「4コマまんが」と,手塚治虫地底国の怪人』にはじまる「ストーリーまんが」とは,いったん分けて考察した方がいいように思うのです。考察の結果,「エピソードとエピソードをつなぐ物語」の弱さにおいては類似性が見出せるにしても*2

モチーフの面からのコメント

 前掲エントリーでは「着地点の予想ができない」ということをメルクマールに立てておられますが,これは物語の駆動力に帰着させることができます。《空気系》に定義される作品群は〈物語〉の駆動力が弱いがゆえに「結末が描かれなくても構わない」ということではないでしょうか。

 そこで,考察対象に加えておきたいものとして,鬼魔あづさ夜の燈火と日向のにおい』(1997-2003年)を挙げておきます。幽霊と女子高生と猫と青年のハートフルな同居生活を,8年間に渡って連載し続けた作品。

 作品に充満する空気が心地よいということは,エピソードの中に悪意が潜んでいないと捉えることができるかもしれません。ビジュアルノベルにおける〈仲良し空間*3とも共通する要素ですね。いわゆる「日常パート」では,解決すべき大きな困難を存在させていない。克服すべき試練が無いから登場人物の成長も起こらない。しかし,心地良さが溢れる空間は現出する。

 そこから考えると,「閉じた空間である」ということは必ずしも独立したメルクマールではないように思います。人間関係が広がれば広がるほど,害意を持つ人との接触が生じやすくなるということなのかもしれない。

 以上,何か参考になれば。

追補

▼ 2006年9月5日13時43分

 同じ「考察」という表現を使っていたので混乱が起きていたようです。

 『ぼのぼの』は,『あずまんが大王』の位置づけを確かめるうえでの補助線として考察に値するだろう,の意です。比較対象とした方が良かったかな。グループの中に入れてしまうと違和を生じると思いますが,型を崩した点に於いては先駆的な意味があると思います。

 『夜の燈火(あかり)と日向(ひなた)のにおい』は,何も起こらない〈日常〉描写が連ねられているという点で,中核的な位置づけを与えても良いかと思うので,まさしく作品群の内部に置かれる考察対象だと考えました。

▼ 2006年9月5日15時29分

 id:cogni さんから,柄谷行人の「日本近代文学の起源」にある

周囲の外的なものに無関心であるような「内的人間」inner man において、はじめて風景が見出される。風景は、むしろ「外」をみない人間によって見出されたのである。

を引用した〈風景〉に関する指摘を受けて思ったこと。考えようとしている〈空気〉には2つの意味がありそう。どうも「登場人間たちを包む外的環境としての空気」と「キャラクターたちの内面の集合体として醸し出される空気」というのがあって,区別が必要なのではないか。後者は〈なごみ系〉とでも称すべき別カテゴリーになる。

バカ背景イズム(『ARIA』『BLAME!』)と低回趣味(『苺ましまろ』『あずまんが大王』)は似て非なるものなんじゃないかしらね。

http://d.hatena.ne.jp/K_NATSUBA/20060905#1157433156 (夏葉薫)

この指摘でも,背景に着目しています。

 そうすると,先ほど否定した「キャラクターは世界を離れない」の部分ですが,これは場所性(キャラクターが配置される空間に対する作品内での叙述)という観点から捉えなおした方が良いかもしれません。『北へ。』における北海道,『BITTERSWEET FOOLS』におけるフィレンツェといった〈風景〉が果たす役割として。


▼ 関連

以下,定義に関する考察を中心にしているもの。

*1:ただ,ここで出現時期について言及しておくと,『ヨコハマ〜』や『夜の燈火〜』の方が『あずまんが大王』よりも先行しています。確かに『あずまんが大王』はマンガの潮流を大きく変えた存在ですが,このグループの中で牽引力を持つ存在ではない。先導者を探すのであれば,藤島康介ああっ女神さまっ』に着目すべきでしょう。『女神さまっ』には,物語が疾走する話(非日常)と駆動しない話(日常)とが混在しています。

*2:思うに,「エピソードとエピソードをつなぐ物語」の有無だけでは当該グループの特徴を表せない。吾妻ひでおの不条理ギャグにも共通する要素だからである。それ故に,エピソードで取り上げられているテーマ(モチーフ)の性質について考慮すべきだと思うところ。

*3http://www.tinami.com/x/interview/04/page5.html

Saturday, 2006/09/02

判例タイムズ1198号

[] 大学院はてな :: 時機に遅れた年休の時季変更  大学院はてな :: 時機に遅れた年休の時季変更を含むブックマーク

 研究会にて広島県ほか(教員・時季変更権)事件(広島高判・平成17年2月16日・判例タイムズ1198号171頁,広島地判・平成15年12月24日・労働判例913号75頁)を報告しました。

 原告労働者(公立小学校の教諭)は教職員組合の支部長であり,かつ,教務主任であった人物。同じ日に組合の定期大会と県教委主催の主任研修がぶつかったため,年休の申請をしてみたところ研修前日の朝に校長から「受理します」との返答があった。そこで組合大会の会場に赴いたところ,校長から電話がかかってきて「時季変更権を行使するので,年休の日を変えてもらえないか」と言われた。これを労働者が拒否したところ,県教委の上の方から圧力がかかって教務主任を降ろされた――という事案。

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