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博物士

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Wednesday, 2007/01/31

巽昌章 『論理の蜘蛛の巣の中で』

[] 巽昌章 『論理の蜘蛛の巣の中で』  巽昌章 『論理の蜘蛛の巣の中で』を含むブックマーク

 文学研究科で催された読書会に参加。今回のお題は,巽昌章(たつみ・まさあき)『論理の蜘蛛の巣の中で』(ISBN:4062135213)。著者の巽は1957年生まれで京大ミス研の出身。本書が初の単著となる。1998年から2006年まで『メフィスト』に連載された23本の時評を収めている。各回ごとに,その時々の新作ミステリーを数本取り上げ,それらをめぐって論を進めていくというスタイル。

 以下は,口火を切るために用意していった問題提起のための文章。

 読み進めているうちに,二律背反した感想が浮かんでくる。

 まず第一は,蜘蛛の糸で編まれたように緻密な批評である,というもの。

 そして第二は,蜘蛛の巣のように脆弱で吸引力の弱い評論である,というもの。

 まるで司法試験の答案を読んでいるような感じがする。司法試験受験生の書く答案は精緻に組まれているけれども,得てして議論としてはつまらないです。これはどういうことかと言うと,《内部》でのみ通じる言葉と論理を用いて《内側》に向けて書かれたものである,ということである。彼らを包んでいる枠組構造(フレームワーク)を崩すようなことはしないから小さくまとまってしまう傾向にあり,フレームの置かれている環境を所与の前提としてしまうことがある。

 本書はまさしくそれ。

 ミステリーの《内側》にいる立場から本書を読むと緻密で素晴らしい出来なのですが,これを《外部》から眺めると恐ろしく退屈でつまらない。各回ごとに数本の新作を取り上げて,その連関性を説いていくというスタイルになっているのですが,挙げられている作品を読みこなしているような人には,その選択に妙味を感じ,考察に舌を巻くと思う。ところが……本書を読んだだけでは,そこに紹介されている作品が面白いようには思えないん。

 ブックガイドとして手元に置いておくなら有用だろう(索引が欲しかったと講談社に対しては強く訴えたい)。しかし文芸評論としては,まったくもって躍動感を欠く。

 本書を好著と思うか駄作と感じるかによって,現在のミステリ批評との距離を測れる指標として機能しそうな一冊。

 なお,これを書き上げた後で,内情を知る人から「巽は弁護士をやってるよ」と教えてもらった。

 ……。

▼ おとなりレビュー

sohtyusohtyu 2007/02/19 17:46 はじめまして。巽です。全面否定のご意見だと思いますが、大変面白く拝見しました。そこで、もう少しご意見をお聞かせ頂きたいのです。前書きと後書きで示唆しているように、私の目標は、内側の語彙や発想で語りながら、なおかつ、その外側を手探りするような、いいかえれば、内側から「内側」そのものの解体につながるような文章を書くことでした。それが全くできていないというご指摘だと思うのですが…

genesisgenesis 2007/02/20 11:06 はじめまして。ご気分を害しておられたら申し訳ないです。否定的な物言いを強く感じ取られたかもしれませんが,「全面否定」しているわけではございません。上述の文章は,ミステリーの内部の人(すなわち,本書を肯定的に捉えるであろう人)を相手にして揺さぶりをかけることを目的にしたものなので……。
 失礼を詫びたうえで補遺いたします。本書の場合,時評という性格の故に,解体後の再構築までは企図しておられなかったことと思います。それが為,本書によってミステリーを内側から切り開くという目論見には成功したものの,結果として残されたものは,ミステリーという伽藍が切り崩された姿なのではないでしょうか。それはあたかも,おたくカルチャーを相手取って大塚英志が仕掛けている一連の論説に類似する行為であるかのように思いながら読み進めていたところ,図らずも「あとがき」において著者自身が大塚に触れていたのを見て得心するところがあった次第です。
 「文芸評論」に対しては様々な理解があろうかと思いますが,こと上記の文脈で申し上げるならば,《外部》の者を《内部》へと導き入れる道標としての役割としての期待を指しております。それが本書にあっては,著者自身も解体後の荒涼とした廃墟の中で彷徨っているところがあるように感じます。《内部》から蜘蛛の巣の張力を明快にしたとしても,そもそも糸を支えている柱や土台の構造は見えません。《外部》からしてみれば何故そこに蜘蛛がいるのかといったようなメタ・レヴェルの疑問は残るでしょう。上述の文章は,読者の視点がどこにあるかによって見方が変わる書物である,ということを示唆しようとしたものであります。
 もし本書の執筆意図がミステリーを内的に解体し模索することに留まるというならば勿体ない話でありましょう。前掲の文章を披露した後に申し添えたのは,巽昌章にあっては新たなフレームワークの構築に繋がるような大きな評論を是非とも手がけてもらいたい――ということでありました。「はじめに」で述べられている本書の態度は,フレームワーク構築に対する消極的な姿勢であると同時に,積極的関心の抑圧であるようにお見受けしましたが如何でしょうか。』

sohtyusohtyu 2007/02/20 19:00 さっそくお答え頂きありがとうございました。思いきってお尋ねして良かった。
「全面否定」と書いたのは、ご指摘の筋道からはそうなるだろう(仮にこの本がミステリファンに受けたとしても、それで積極的に評価なさるおつもりではないだろう)と判断したからです。玉虫色の評価よりは、論旨が明確な方が良いわけですので、「否定的な物言い」自体はどんどんしていただいた方が書き手にはありがたい。
 積極的なフレームの提示を避けているというご指摘はそのとおりだと思います。ただ、ではそれを提示していくべきか、しなければならないのか、提示が可能なのか、可能ならいかにして、といったところはまだ自分でも良く分からないのです。それらの疑問に向き合っていかなければならないことだけは確かですが。なんだか大げさな言い方になってしまいましたが、今後も忌憚のないご意見をお願い致します。

genesisgenesis 2007/02/21 21:28 ミステリーの熱心な読者ではありませんが,ミステリー評論の動向については感心を持って眺めております。議論の更なる展開を期待しております。

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Tuesday, 2007/01/30

桜庭一樹 『荒野の恋 第二部』

[] 桜庭一樹荒野の恋 第二部』  桜庭一樹 『荒野の恋 第二部』を含むブックマーク

 桜庭一樹(さくらば・かずき)『荒野(こうや)の恋 第二部 bump of love』(ISBN:475772604X)読了。

 ただただ,上手いなぁ,と思う。

「十五歳かぁ。おとなだねぇ」

「おとなだよぅ」

 説明しすぎない地の文。それでいて,文体には個性がある。やや多めに打たれた読点(、)でリズムが作られる。視点は主体に置かれていながら,ちょっと醒めた大人の目線で物語を眺める。通奏低音として横たわるのはセブンスターの匂い。ところが,時折挟み込まれる小書きの拗音(ぁぃぅぇぉ)から子供っぽさが漂ってくる。とにかくバランスが良い。

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Sunday, 2007/01/28

竹本泉 『さくらの境』

[] 竹本泉さくらの境 竹本泉 『さくらの境』を含むブックマーク

 ここしばらく考えあぐねていた原稿に,ようやく目途がつく。すごく短い文章なのだけれど,最高裁(と世論)にケンカを売るとなると,色々ね……。しかし,3か月かけて8,000字という「生産力」の低さは何とかしないとなぁ*1

 きりきりする胃にやさしく効くものを――ということで,竹本泉(たけもと・いずみ)の『さくらの境(きわ)』第3巻(ISBN:9784840116572)を開く。

 『さくらの境』は「ちゅー」「にゃー」「ぼーっ」で出来ている。

 や,それ以外には何とも説明のしようがないんですけれど,これ。でも楽しい。

追記

 昨秋,〈空気系〉という風が局所的に吹き抜けましたけれど,どうしてあの時(id:genesis:20060904:p1)に竹本の名前が出てこなかったんだろう? まぁ,マンガ家は多数いれど,竹本泉は《竹本泉》という絶対的に独立したジャンルなので比較対象としては不適当なのですが。

 未だに〈空気系〉のことを気にしているのは地球上に3人くらいでしょうけれど(g:rosebud:id:cogni:20070114:p3),今でも時折考えてはいるんですよ。前回の考察は,私の関心が《場所性》にあることを表明したところで終わっていて(それからヨーロッパ旅行に出かけた),やり残した感はずっとまとわりついているん。

 ともに共通して《イタリア》という成分を含む天野こずえARIA』と相田裕GUNSLINGER GIRL』,それに舞台探訪(g:legwork)というムーヴメントを起こす原動力となった『おねがい☆ティーチャー』が同時期(2001-02年)に発生していることに関連性を見いだせるのではないだろうか,と思うので。夏葉さんが指摘するところの「バカ背景イズム」(id:K_NATSUBA:20060905)を,もうちょっと咀嚼しないといけない。

 これまた古い話を持ち出しますと,「現代学園異能」という話が盛り上がっていた時に語られていた《学校》という空間の機能と,〈空気系〉の思い描いている場所というものに何か関連がありそうな気が,するようなしないような。うじゃうじゃ。

*1:過日,遅まきながら『げんしけん』を読んで,荻上ちんに対しては感じ入るところがあったらしい。

Saturday, 2007/01/27

判例時報1931号

[] 大学院はてな :: カニューレ装着児の保育園入園  大学院はてな :: カニューレ装着児の保育園入園を含むブックマーク

 研究会にて,保育園入園承諾義務付け等確認事件(東京地裁判決・平成18年10月25日・判例集未登載)を検討*1

 喉に穴を開けてカニューレと呼ばれる装置を常時装着することで空気の通り道を確保しなければならない女児が保育園への入園を希望したところ,被告(東大和市)がこれを拒否したため,児童福祉法24条1項ただし書きにいう「やむを得ない事由」の存否が争われた事案。

 結論から言うと,請求が認められました。新聞報道によると,市の側が控訴しないことを決断したため,訴訟は終了している模様。国会で代議士が質問するなど運動が展開されていた。

 本件は《社会福祉政策》の観点からみれば喜ばしい判決――なのですが,《法律解釈論》からするとかなり問題がある。

 いったい何が本件で問題になっていたかというと,気管が詰まって呼吸できなくなってしまわないように数時間に一度,吸引器を用いて痰(たん)や唾液を除去しなければならない。このような除去作業(医療的ケア)は法律上は「医行為」と評価されるものなので,保育士などが行えば医師法違反になる。ところが東大和市にはたまたま,ゼロ歳児向け特別事業のために看護師が配置されている保育園があった。加えて,たんの吸引については医療事故の発生する確率が低いとの実態がある。さらに,本件の当事者になっている児童の障害は中程度(6段階のうちの4等級)と評価されており,自分でも吸引ができるまでに成長していた。

 こうした事情から,裁判所は次のように判示している。

 以上の事実関係によれば,原告Bは,平成15年当時は,種々の機能障害等を有していたものの,成長につれてこれが改善され,本件各処分当時は,呼吸の点を除いては,知的及び精神的機能,運動機能等に特段の障害はなく,近い将来,カニューレの不要な児童として生活する可能性もあり,医師の多くも,原告Bについて障害のない児童との集団保育を望ましいとしているものであって,たん等の吸引については,医師の適切な指導を受けた看護師が行えば,吸引に伴う危険は回避することができ,カニューレの脱落等についても,十分防止することができたということができる。

 したがって,本件各処分当時,原告Bについては,たん等の吸引と誤えんへの注意の点について格別の配慮を要するものではあったが,保育所に通う障害のない児童と,身体的,精神的状態及び発達の点で同視することができるものであって,保育所での保育が可能であったと認めるべきである。

 そうであるとすると,原告Bの保育所での保育が困難であって,児童福祉法24条1項ただし書にいう「やむを得ない事由」があると判断した処分行政庁の判断は,上記事情を考慮すべきであるにもかかわらず考慮しなかったという点において,裁量の範囲を超え,又はその裁量権を濫用したものというべきである。したがって,原告Bの保育所入所を承諾しなかった本件各処分は,違法であるといわざるを得ない。

一見すると妥当に思われるかもしれないが,これでは何が決め手であったのが判然としないため,法律論としては不備が多すぎる。この女児は障害を持たないのと同視できるから普通保育園に通わせられるの? それとも,保育園に看護師がいるから受け入れるべきなの? あと,判決にいう看護師「等」って誰のこと? もし事故が起こってしまった場合の責任の所在は?

 さらに私見を展開しておく。

 私だってノーマライゼーションの理念には賛同します。本件事情の下であれば,この女の子を普通保育園に通わせてあげたいとは思う。しかし,そのためには政治の問題――要するに,カネの配分と人員の配置を伴う政策問題を解決しなくてはならない。普通児童だけで構成されることを前提として組まれている保育園に受け入れを命じると,福祉実施施設と福祉労働者が負担に耐えきれなくなるという歪みを生じてしまいます。本件の場合,この児童の受け入れが可能であるかどうかは行政裁量に委ねられる範囲ぎりぎりのところだったのではないか,と思います。受け入れが「可能である」ということは,受け入れ「なければならない」ことを意味しない。この判決が拡大解釈され,もともと看護師が配置されていない保育園であっても軽度な障害を持つ児童が受け入れを希望してきた場合に行政裁量が収縮するという方向に進むのは好ましいことではありません。

 結局のところ,判決でも引用されている雇用均等・児童家庭局長(厚生労働省)の国会答弁に課題が集約されています。

 たんの吸引ということが,これが医療行為とされておりますことから,保育所に看護師が配置をされておるかどうかということが決め手になるわけでございます。

 現在,全国に2万カ所ございます保育所のうち,看護師が配置されておるのが四千四百カ所程度でございます。これは,必ずしもこういったたんの吸引とか障害児のためということではなくて,乳児保育,最近,低年齢児保育等が進められておりますが,乳児保育の一環で,保育士の配置にかえて看護師を配置しておる,その結果が,この四千四百カ所において看護師が配置をされておるという状況でございまして,こういったところでは状況によっては受け入れが可能ではないかと思いますが,どこの地域でも受け入れるというような状況になっていないことは御指摘のとおりでございまして,このあたりを,保育所で一般的に受け入れる体制にすべきなのかどうか,可能かどうかといったようなことも含めて,総合的に考えていくべきことではないかなというふうに思っております。

 なお,伝え聞いたところによれば,東大和市ではその後に看護師を増員することで受け入れ態勢を整えたそうです。この対応は褒められるべきものであって,本件については一件落着かもしれません。しかしそこから翻って,児童福祉制度全体の設計についてもきちんと考え直しておいた方がいい*2。本件のような「なし崩し」判決には反対です。

*1:この事件には「仮の義務付け申し立て事件」もある(東京地裁決定・平成18年1月25日・判例時報1931号10頁)

*2:地方から産科・小児科が消えつつあることが社会問題になっていますが,その背景には医療訴訟の頻発があると言われています。個々の事例を見ていると被害者を救済すべきに思うのですが,それが積み重なると制度全体に無理がかかって崩れてしまいます。これを教訓とすべきでしょう。

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Wednesday, 2007/01/24

城繁幸 『若者はなぜ3年で辞めるのか?

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 城繁幸(じょう・しげゆき)『若者はなぜ3年で辞めるのか? 年功序列が奪う日本の未来』(ISBN:4334033709)。

 読み物としては面白い。20代から30代にかけての若手労働者が持つ《閉塞感》を集めてこぶしを振り上げてみました――という趣なので,読めば清涼剤として機能する。

 でも,この本,「昭和的価値観」という仮想敵を作り出してジャーナリスティックに扇動しているところが目に付くんだよなぁ……。知人との会話が大抵のところで論拠になっており,データに基づくものではないし。

▼ おとなりレビュー

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Sunday, 2007/01/21

森博嗣 『ηなのに夢のよう』

[] 森博嗣ηなのに夢のよう 森博嗣 『ηなのに夢のよう』を含むブックマーク

 森博嗣(もり・ひろし)の『η(イータ)なのに夢のよう』(ISBN:9784061825147)を読む。Gシリーズ第6作。

 前シリーズの人物が登場したことで喜べるようなら楽しめるのかもしれないが,あざとさに付いていけない。η(イータ)事件に関してははぐらかされてしまい,釈然としない。

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Tuesday, 2007/01/16

麻耶雄嵩 『翼ある闇』

[] 麻耶雄嵩 『翼ある闇』  麻耶雄嵩 『翼ある闇』を含むブックマーク

 麻耶雄嵩(まや・ゆたか)『翼ある闇 メルカトル鮎最後の事件』*1読了。

 とてつもなくエグい。描写が,ではなく,作品の狙いが。

 探偵・木更津のところへ依頼状と脅迫状が届く。ヘイスティングスを自認する「私」を伴って館へ赴くと,すでに惨劇は始まっていた。そして次々に提示される首無し死体。探偵が関係者を集めて推理を披露するも――

 そこで名探偵・メルカトル鮎が登場。って,なんですか,これは。探偵役が二人?

 そして結末では,あまりの展開にツッコミを入れる気など失せてしまいう。

 探偵小説の《お約束》を取り込み,本格ミステリの《作法》を逆手にとる。解説において野崎六助が本作を評し,

 作者が一つ一つ謎解き小説のエッセンスを無心に積み重ねていった頂上に,いきなり奈落があくように,アンチミステリが出現してきたようにも思える

と述べているのは的を射た指摘。読者としては途方に暮れるのが関の山。

 本作は1991年の作品で摩耶のデビュー作。1980年代後半の《新本格》と1990年代後半の《ファウスト系》の合間に位置するものだということを知れば,なるほど,と思う(が,感心はしない)。

▼ おとなりレビュー

 この本を読んだ後の、すがすがしい脱力感はなんだろうか。

http://d.hatena.ne.jp/mutronix/20050218/tsubasa

*1:単行本:ISBN:4062053438,新書版:ISBN:4061816934,文庫版:ISBN:4062632977

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Saturday, 2007/01/13

労働判例922号

[] 大学院はてな :: 月給制から日給制・時給制への変更  大学院はてな :: 月給制から日給制・時給制への変更を含むブックマーク

 研究会にてアサヒ急配事件(大阪地裁判決・平成18年5月25日・労働判例922号55頁)を検討。

 トラック運送業を営む会社において月給制で就労していた労働者が,一方的に時給制ないし日給制とされたうえ賃金を引き下げられたため,差額賃金を請求したという事案。

  • 原告X1: 月額23万円 → 時給750円(=月平均所定労働時間の就労だと月額13万0,500円)
  • 原告X2: 月額26万3000円 → 日給9700円(同上20万8,000円)

 裁判所は請求認容。

 当然の結論だと思われる。月給制から日給制/時給制へと変更することは(メリットがあるかどうかはさておき)労働法上の問題はないが,時間単価を切り下げるためには〔1〕労働協約による改訂か〔2〕就業規則の不利益変更でもない限り,〔3〕本人の同意が無ければ行うことはできない。本件においては,そのいずれも存在が認められていない。

 契約の変更には,新たな契約が必要。契約論の基本から外れたことを言う会社側の主張は「苦し紛れ」としか見えない。*1

*1:なお,上記の結論には影響を与えていないが,会社の対応には不当労働行為(労働組合に加入している労働者の嫌悪)をうかがわせるものがあった。実際の問題状況とはズレたところで本件紛争が生じているのだろう。

pekoraikoiupekoraikoiu 2007/01/15 12:18 参考までにhttp://blog.livedoor.jp/sjun/archives/50298450.html

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Thursday, 2007/01/11

桜庭一樹 『荒野の恋 第一部』

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 桜庭一樹(さくらば・かずき)『荒野の恋 第一部 Catch the tail』(ISBN:4757722893)読了。

 年甲斐もなく胸が高鳴る。

 主人公は12歳の少女,山之内荒野(やまのうち・こうや)。中学入学式の日,彼女は,電車の中で少年と出会う。そして,少年は,家族になった――

 ガール・ミーツ・ボーイものの見慣れた構成要素で出来ているはずなのに,ぐいぐいと引き込まれるのは文体が醸し出す魅力だろうか。恋に対して奥手な少女の身体を有しながらも,成熟した女性の視線も併せ持つ思春期。少女の内面を垣間見たようで,心がときめく

 いや,べつに,ふくらみかけにブラジャー,みたいな見え見えの誘導に引っかかったりはしてないですよ。あははーっ。

 でも,〈匂い〉のフェチシズムを描写できるところはジュブナイルの一歩先,ですね。ドキドキ。

 破天荒な父親というキャラクターの存在が普遍化を邪魔しているきらいはありますけれども,それでも心底「上手い」と思うような小説でした。

 

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Tuesday, 2007/01/09

朽木ゆり子 『フェルメール全点踏破の

[] 朽木ゆり子 『フェルメール全点踏破の旅』  朽木ゆり子 『フェルメール全点踏破の旅』を含むブックマーク

 朽木ゆり子(くちき・ゆりこ)『フェルメール全点踏破の旅』(集英社新書ISBN:4087203581)。映画公開後の人気上昇を当て込んだ便乗本と言えなくもないのだが,長年に渡ってフェルメール(Johannes Vermeer, 1632-1675)を追いかけてきたジャーナリストであるお陰で,良くできた《入門書》に仕上がっている。

 本書の特徴は以下の通り。

 まず第一に,来歴――すなわち,どのような経緯を辿って収蔵されるに至ったのかという観点から,作品を美術館ごとに分類していること。これにより,「絵を訪ねて歩く旅」という主題が明確になっている。とはいえ,来歴「にも触れてみました」という程度のものであるし,ごく浅い触れられ方でしかない。美術館を擁する都市の成り立ちといったところにまで踏み込んでいるわけではないので,来歴紹介は表層的なレヴェルに留まる。また,作品論を展開する叙述の部分では,この手法が欠点として作用していることは否めない。制作された順に並べてみないと《読み解き》は難しいと感じざるを得ない。

 第二に,寓意――すなわち,西洋美術とは切り離しがたいキリスト教との関連性を,無視はしないまでも重視はしていないこと。この企図自体は悪くないのだけれど,その代償として,ジャーナリズムにありがちな論拠に乏しい持論の展開になっている箇所が多々ある。このあたりが,本書を《美術書》や《研究書》に分類するわけにはいかないところ。

 映画を観てしまったがために生じてしまったであろう思いこみを修正すべく,フェルメールを見る視座としてトローニーという概念を強調していることも特徴といえるだろうか。これは,歴史画を描くための人物の習作画から発展したもので,市民の日常生活を描いてはいるが,特定の人物をモデルにしたものではない,というもの。つまり,「あの絵に描かれていたのは,実は……」といった探偵行為の無意味さを戒めている。

 悪く言えば本書は「旅行の自慢話」集なのだけれど,絵の印刷は悪くないし,一人の画家の作品がコンパクトにまとまっているのは魅力。

 しかし,真に全点を網羅した本になっていないズルを犯していることは許し難い。本書で2作品を取り上げていない理由につき,作者自身は「別な機会に見ているから」という抗弁をしているが,少なくとも単行本化にあたって補完しておくのが筋だろう。著者の誠実さ(の欠如)が疑われる。

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Monday, 2007/01/08

Mebius PC-MW50DS

Mebius PC-MW50DS  Mebius PC-MW50DSを含むブックマーク

 SHARPのノートパソコン「メビウス」PC-MW50DSが安く売られていたので購入。増設メモリー1GBも付けて 98,720円。

http://www.pc-daiwabo.co.jp/products/sharp/mebius/index.html

 2005年9月に発売された Xp Pro 仕様の企業納入用モデルで,Windows Vista Capable “ではない”ため在庫処分にかかったものらしい。キーボードのしっかりした造りが気に入った。A4サイズで重量1.6kgならば持ち歩くこともできるだろう。

 スペインにも連れて行った VAIO SR も未だ稼働中なのですが,AC電源に接続して数十分ほど暖めてやらないと立ち上がらないという瀕死の状態。濃紺と薄紫を基調とした配色が同じだという理由でまほろさん》と名付けたのが原因だろうか……。

 今回は《香津美》と呼ぶことにする*1。末永く健常であって欲しい。

 性能面で不満は見当たらないのだけれど,使い始めてから気がついた意外な難点が。金属光沢を残したパームレストに照明が反射すると,かなり眩しい(^^;)

*1:思いついた候補は「サイレント****」の他,「スタジオ****」と『****ロイド』でした。

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Saturday, 2007/01/06

労働判例920号

[] 大学院はてな :: 事業場,休日振替,付加金  大学院はてな :: 事業場,休日振替,付加金を含むブックマーク

 研究会にて,ドワンゴ事件(京都地裁判決・平成18年5月29日・労働判例920号57頁)の検討。

 被告Y社は,ソフトウェア製品の企画・開発を行う会社。原告Xは,Yの従業員であった者。Xは2003年9月に雇用契約を締結し,Yの「大阪開発部」で就労を開始した。契約書では専門業務型裁量労働制(労働基準法38条の3)の適用を受けるものとして月額22万4000円が支給されていた。しかるに,専門裁量労働制を導入するには協定を締結していなければならないところ,Yは東京本社を対象として同協定を締結してはいたものの大阪開発部を対象とした協定は作成されていなかった。そこでXは,時間外労働や休日労働に対する時間外賃金等を請求して訴えを提起した,という事案。

 裁判所は,請求一部認容。

■ 論点1: 裁量労働制にいう「事業場」の単位について

 専門型裁量労働制について,労基法38条の3第1項は事業場の過半数組織労働組合ないし過半数代表者の同意協定)を必要とすることで当該専門型裁量労働制の内容の妥当性を担保しているところ,当事者間で定めた専門型裁量労働制に係る合意が効力を有するためには,同協定が要件とされた趣旨からして少なくとも,使用者が当該事業場の過半数組織労働組合ないし過半数代表者との間での専門型裁量労働制に係る書面による協定を締結しなければならないと解するのが相当である。また,それを行政官庁に届けなければならない。

 同条項の規定からすると,同適用の単位は事業場毎とされていることは明らかである。そこで,ここでいう事業場とは「工場,事務所,店舗等のように一定の場所において,相関連する組織の基で業として継続的に行われる作業の一体が行われている場」と解するのが相当である。

 Yの大阪開発部は……その組織,場所からすると,Yの本社(本件裁量労働協定及び同協定を届出た労働基準監督署に対応する事業場)とは別個の事業所というべきであるところ,本件裁量労働協定は被告の本社の労働者の過半数の代表者と締結されたもので,また,その届出も本社に対応する中央労働基準監督署に届けられたものであって,大阪開発部を単位として専門型裁量労働制に関する協定された労働協定はなく,また,同開発部に対応する労働基準監督署に同協定が届出られたこともない。そうすると,本件裁量労働協定は効力を有しないとするのが相当であって,それに相反する被告の主張は理由がない。

この点については,まぁ,その通りですね,としか言いようがないところ。会社が裁量労働制の導入に必要な手続を充足していない以上,Xに対しては裁量労働制の適用はないと考えるのが妥当なところ。

■ 論点2: 休日振替について

 労働基準法が定める休日についての原則は「4週4日」である。すなわち,「四週間を通じ四日以上の休日を与える」ことが使用者の義務。ところが後に週休二日制が広まっても当該ルールは変更されなかったため,週5日労働をしている場合,35%の割増賃金を支払う必要の生じるのは依然として「4週4日」の法定休日ということになっている。

 かかる法定休日を別な日に移動させる休日振替について,裁判所は次のように説く。

 仮に,休日(労働義務のない日)の振替がなされれば,当該休日であった日は所定労働日と同様の取扱いを受けることになることからすると,それが認められるためには〔1〕就業規則に休日の振替に関する定めがなされていること,〔2〕所定休日が到来する前に振り替えるべき日を特定して振替手続が行われること,〔3〕休日振替によっても,4週4日の休日(労基法35条2項)が確保されていることが必要であると解するのが相当である。

そして,本件においては要件を満たしていないから休日の振り替えは行われていなかったと結論づけた。

 本件の処理については妥当と思われるところであるが,休日振替の三要件については今日的課題がありそう。リーディング・ケースとしては三菱重工横浜造船所事件(横浜地判・昭和55年3月28日・判例時報971号120頁)があるが,その由来となったのは,かなり古い行政解釈である。

 業務等の都合によりあらかじめ休日と定められた日を労働日とし,その代わりに他の労働日を休日とするいわゆる休日の振替を行う場合には,就業規則等においてできる限り,休日振替の具体的事由と振り替えるべき日を規定することが望ましいこと。なお,振り返るべき日については,振り返られた日以降できる限り近接している日が望ましい。

昭和23年7月5日・基発968号,昭和63年3月14日・基発150号

この三要件を前提とした休日振替制度の問題点は,労働者の意向を反映できるようになっていないことである。労働者の健康を確保するために休息日を確保させる,という観点から上述の行政解釈が出てきたものと思われるが,ワーク・ライフ・バランスへの配慮に欠けるものとなっていることは否めない。予定されていた休日に旅行を計画していたり,子供の運動会に行くつもりがあったりすることもあるでしょう。週休二日制に合わせた休日振替ルールを策定する必要を感じさせる事案。

■ 論点3: 付加金

 この事件の特徴は,付加金の支払いを認めていること。

 原告は,時間外労働などに係る未払の賃金額に相当する付加金の支払いを求めるところ,被告の上記認定説示した専門型裁量労働制に対する対応(本件裁量労働協定の締結,その届出),原告との間のそれに関する合意,それが原告に適応されないことによる賃金未払の経過,その金額などを踏まえると未払額62万4428円の50%に相当する31万2214円について,付加金としての支払を命じるのが相当である。

未払い賃金が支払われるべきことは当然であるが,これに加え「同一額の付加金の支払いを命ずることができる」(労働基準法114条)ということになっている。つまり,ペナルティを加えて二倍の金額を請求できることになっている。しかし付加金の支払いを命じた例は少なく,本件の特徴の一つ。

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Wednesday, 2007/01/03

ひぐらしのなく頃に礼 賽殺し編

[] ひぐらしのなく頃に礼 賽殺し編  ひぐらしのなく頃に礼 賽殺し編を含むブックマーク

 MKへ行き,予約してあった『ひぐらしのなく頃に礼』を受け取ってくる。

 夜も更けたところで「賽殺し編」を読み始め,3時間ほどで読了。

 “あの出来事”の後に見る,“あの出来事”が起こりようもない雛見沢村――。ファンディスクという位置づけでありながら,取り上げているテーマの重厚さは本編に匹敵する。第7話から第8話にかけての主題の1つが〈友情〉であったのに対し,こちらは〈情愛〉を取り上げている。まったくもって青臭い話題だし,陳腐で手垢が付いているような主題だったのだけれども,一連の物語の中ではストンと落ちる内容。本編において省みる余裕のなかったカケラが綺麗に収まってくれたようで,清々しい気分になる。

 フィクションの度が強いとはいえ,読む者に活力を与えてくれる出来。本編を見届けたプレイヤーがこれを「後日談」ないし「番外編」として触れずに済ませるようなことがあれば勿体ないような代物であり,「第9話」として楽しみたいところ。

 まぁ,率直に言えば,終幕に至るための道筋で歪(ひず)みを押さえきれず超越を起こしてしまったところのあることが悔やまれますけれど,主題との絡みでは差し支えないし。

 それより問題は,〈選択〉をめぐる話。

 『ひぐらしのなく頃に解』の後半で多世界解釈が表出してきましたけれど,それでも本編の「皆殺し編」から「祭囃し編」にかけてパラレル・ワールドは舞台装置という道具でした。それが「賽殺し編」では〈神の視点〉からの叙述に留まらず,多重世界を俯瞰する者による世界の〈選択〉というのが主題にしているのが一歩進んだところ。〈神のサイコロ〉を振る大いなる存在でありながら,盤上の駒に過ぎないという二重性を有する古手梨花。これまで綿々と布石を打つことで築かれた『ひぐらし』という物語空間を,視点人物の成長という主題のために上手く活かしており,面白く読みました。

 「選択肢を持たないゲーム」であるが故に「美少女ゲームのゲーム性とは何か」につき(一部で)物議を醸す原因となった『ひぐらしのなく頃に』が,自ら「選択することの価値」を主題に取り上げちゃうんだもんなぁ……。竜騎士07さんは恐ろしい人だよ。

 『ひぐらし』に《メタリアル・フィクション》とか《傷つける性》とかを結合させたら簡単にそれっぽい文章が書けてしまうので,取り扱い要注意。

Monday, 2007/01/01

谷原秋桜子 『天使が開けた密室』

[] 谷原秋桜子天使が開けた密室 谷原秋桜子 『天使が開けた密室』を含むブックマーク

 昨秋,浅木原(id:asagihara)さんと会った時に「富士ミスでは最もお薦めですよ〜」と紹介されたのが『激アルバイター美波の事件簿 天使が開けた密室』(ISBN:4829161108)。もっとも,あれは推薦というよりも,入手困難なアイテムを持っていることの自慢だったような気がしなくもない……

 ともあれ,興味を引かれたのは事実。その場では(名前が読めなかったので)ひとまず「コスモス子さん」と記憶し,購入予定にしておいた。

 で,その話題になっていた作品が創元推理文庫から出直し刊行されたので,谷原秋桜子(たにはら・しょうこ)『天使が開けた密室 MINAMI and the room unlocked by an angel』(ISBN:448846601X)を買い求めて読んでみる。

以下,ネタバレにならないよう留意していますが,勘の鋭い方はご注意ください。

 主人公は女子高生・美波(みなみ)。スペインに行ったきり消息を絶ってしまった父を探しに行くため,アルバイトに精を出す。経緯は〈中略〉しますけれど,夜に病院へ行く仕事を請け負った美波は,密室殺人に出くわしてしまう。タイムチャートで容疑者を絞り込んでいくと,あろうことか,事件を起こせたのは彼女だけだった―― というミステリー。

 本作がデビュー作ということなのですが,そのせいか全体にぎこちなさがあります。まず,ギャルゲー用語で言うところの「日常パート」が長め。登場人物を構成するにあたり,キャラクターの行動から推し量らせるのではなく,説明でキャラ造形しているところがあって気にかかる。富士見書房のレーベルであれば「そんなもの」で済んでいたのでしょうが,東京創元社の造本だと,ね。

 「本格ミステリ」として読むには,論理を詰めるために必要な記述が不足していると感じました。ん〜とですね,作中には密室状況であったことに関与するけれども固有名の出てこない人が3人いるのですが,彼らについての叙述に信憑性が薄いのです。ミステリーの掟からすればそれらの人が犯人であってはいけないのですけれど,殺人&密室をめぐる描写が手薄になっているために犯行可能性を排除できない。あと,どうして気づかれることなく犯行を成し遂げられたのかという説明も無いんです(犠牲者が出したかもしれない音は?)。

 他には,推理を披露する前の〈矯め〉が弱い,というか,怪しさを疑わせる直接的描写を地の文に混ぜすぎかも。

――と,難点はありますけれど,主題(テーマ)をしっかり書こうという意気込みは十分に伝わってくる作品です。先に挙げた難癖も,作者に初心(ウブ)なところがあって微笑ましい,と感じられるようなものですし。動機(Whydunit)を社会派ちっくに切り込んでいこうというのもなかなか。

 並録作「たった、二十九分の誘拐」は《青春ミステリ》との称号を得るにふさわしい出来。短編の方が全体構成のバランスは良いと思えるのですが,表題作の方に「シリーズにするための伏線」というデコレーションが多すぎるせい。装飾を削いで全体構成を整えたら――例えば,「天使が〜」をドラマの原作にして映像化などしてみたら面白い作品になりそうです。

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