大学院はてな :: 事業場,休日振替,付加金

 研究会にて,ドワンゴ事件京都地裁判決・平成18年5月29日・労働判例920号57頁)の検討。
 被告Y社は,ソフトウェア製品の企画・開発を行う会社。原告Xは,Yの従業員であった者。Xは2003年9月に雇用契約を締結し,Yの「大阪開発部」で就労を開始した。契約書では専門業務型裁量労働制労働基準法38条の3)の適用を受けるものとして月額22万4000円が支給されていた。しかるに,専門裁量労働制を導入するには協定を締結していなければならないところ,Yは東京本社を対象として同協定を締結してはいたものの大阪開発部を対象とした協定は作成されていなかった。そこでXは,時間外労働や休日労働に対する時間外賃金等を請求して訴えを提起した,という事案。
 裁判所は,請求一部認容。
■ 論点1: 裁量労働制にいう「事業場」の単位について

 専門型裁量労働制について,労基法38条の3第1項は事業場の過半数組織労働組合ないし過半数代表者の同意協定)を必要とすることで当該専門型裁量労働制の内容の妥当性を担保しているところ,当事者間で定めた専門型裁量労働制に係る合意が効力を有するためには,同協定が要件とされた趣旨からして少なくとも,使用者が当該事業場の過半数組織労働組合ないし過半数代表者との間での専門型裁量労働制に係る書面による協定を締結しなければならないと解するのが相当である。また,それを行政官庁に届けなければならない。
 同条項の規定からすると,同適用の単位は事業場毎とされていることは明らかである。そこで,ここでいう事業場とは「工場,事務所,店舗等のように一定の場所において,相関連する組織の基で業として継続的に行われる作業の一体が行われている場」と解するのが相当である。
 Yの大阪開発部は……その組織,場所からすると,Yの本社(本件裁量労働協定及び同協定を届出た労働基準監督署に対応する事業場)とは別個の事業所というべきであるところ,本件裁量労働協定は被告の本社の労働者の過半数の代表者と締結されたもので,また,その届出も本社に対応する中央労働基準監督署に届けられたものであって,大阪開発部を単位として専門型裁量労働制に関する協定された労働協定はなく,また,同開発部に対応する労働基準監督署に同協定が届出られたこともない。そうすると,本件裁量労働協定は効力を有しないとするのが相当であって,それに相反する被告の主張は理由がない。

この点については,まぁ,その通りですね,としか言いようがないところ。会社が裁量労働制の導入に必要な手続を充足していない以上,Xに対しては裁量労働制の適用はないと考えるのが妥当なところ。

■ 論点2: 休日振替について
 労働基準法が定める休日についての原則は「4週4日」である。すなわち,「四週間を通じ四日以上の休日を与える」ことが使用者の義務。ところが後に週休二日制が広まっても当該ルールは変更されなかったため,週5日労働をしている場合,35%の割増賃金を支払う必要の生じるのは依然として「4週4日」の法定休日ということになっている。
 かかる法定休日を別な日に移動させる休日振替について,裁判所は次のように説く。

 仮に,休日(労働義務のない日)の振替がなされれば,当該休日であった日は所定労働日と同様の取扱いを受けることになることからすると,それが認められるためには〔1〕就業規則に休日の振替に関する定めがなされていること,〔2〕所定休日が到来する前に振り替えるべき日を特定して振替手続が行われること,〔3〕休日振替によっても,4週4日の休日(労基法35条2項)が確保されていることが必要であると解するのが相当である。

そして,本件においては要件を満たしていないから休日の振り替えは行われていなかったと結論づけた。
 本件の処理については妥当と思われるところであるが,休日振替の三要件については今日的課題がありそう。リーディング・ケースとしては三菱重工横浜造船所事件(横浜地判・昭和55年3月28日・判例時報971号120頁)があるが,その由来となったのは,かなり古い行政解釈である。

 業務等の都合によりあらかじめ休日と定められた日を労働日とし,その代わりに他の労働日を休日とするいわゆる休日の振替を行う場合には,就業規則等においてできる限り,休日振替の具体的事由と振り替えるべき日を規定することが望ましいこと。なお,振り返るべき日については,振り返られた日以降できる限り近接している日が望ましい。
昭和23年7月5日・基発968号,昭和63年3月14日・基発150号

この三要件を前提とした休日振替制度の問題点は,労働者の意向を反映できるようになっていないことである。労働者の健康を確保するために休息日を確保させる,という観点から上述の行政解釈が出てきたものと思われるが,ワーク・ライフ・バランスへの配慮に欠けるものとなっていることは否めない。予定されていた休日に旅行を計画していたり,子供の運動会に行くつもりがあったりすることもあるでしょう。週休二日制に合わせた休日振替ルールを策定する必要を感じさせる事案。

■ 論点3: 付加金
 この事件の特徴は,付加金の支払いを認めていること。

 原告は,時間外労働などに係る未払の賃金額に相当する付加金の支払いを求めるところ,被告の上記認定説示した専門型裁量労働制に対する対応(本件裁量労働協定の締結,その届出),原告との間のそれに関する合意,それが原告に適応されないことによる賃金未払の経過,その金額などを踏まえると未払額62万4428円の50%に相当する31万2214円について,付加金としての支払を命じるのが相当である。

未払い賃金が支払われるべきことは当然であるが,これに加え「同一額の付加金の支払いを命ずることができる」(労働基準法114条)ということになっている。つまり,ペナルティを加えて二倍の金額を請求できることになっている。しかし付加金の支払いを命じた例は少なく,本件の特徴の一つ。