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博物士

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Tuesday, 2007/02/27

『ユリイカ』2004年9月増刊「総特集 西

[] ユリイカ総特集「西尾維新 ユリイカ総特集「西尾維新」を含むブックマーク

 先週の土曜日,大学院での討論を終えて帰宅したところ突如として倒れる。丈夫ではないけれど低空飛行(cf.菱沼さん)というのが特質だったのですが……。前に倒れたのは,留学中に水あたりを起こした時だから4年ぶりか。それからの4日間は,水分補給のために立ち上がったのを除いて横になって過ごす。

 火曜日の夕方,だいぶ復調してきたので外出。文学研究科の院生が近く発表する予定の西尾維新論を聞きに行く。その内容は口外できないので伏せますが…… 代わりに,参考文献として読んだ『ユリイカ』2004年9月増刊「総特集 西尾維新」号(ISBN:4791701240)の話題を。

 時期的には〈戯言シリーズ〉全6作がまもなく完結するだろう,という時期に編まれたもの(裏表紙の広告では『ネコソギラジカル』が3か月連続で発売予定であると告知されている)。すでに同年2月には〈戯言シリーズ〉の外伝として位置づけられる『零崎双識の人間試験』(ISBN:4061823590)が上梓されているほか,同年7月には『新本格魔法少女りすか』(ISBN:4061823817)が,そして前年11月には『きみとぼくの壊れた世界』(ISBN:4061823426)が上梓されている。1つのシリーズが終幕を迎えようとする時期であると同時に,新たなシリーズが次々と幕開けを迎える時期でもあったわけで,並みいる執筆陣の間からは熱気が立ち上がっている。西尾維新の作家論(初期編)を語るには,これ以上の時期はなかったろう。

 笠井潔が〈ジャンルX〉という側面から取り上げているのは当然としても,ミステリー作家としての西尾維新について論じているところが面白い。笠井は西尾の作風を評して「探偵小説形式は複数ある抽斗のひとつ,作家として使いこなさなければならないスペックの一項目に過ぎないようだ」と見る。そして,同じようなスタンスをとる作家として清涼院流水の名を挙げ,「清涼院流水の継承者としては唯一,西尾維新が形式からの逸脱を目指しているようだ」という。

 これを2006年1月に発表された「限界小説書評」と照らし合わせ,『ネコソギラジカル』以前/以後としてみると温度の低下が感じ取れる。それでも『ネコソギ〜』を探偵小説の問題として捉え論じてしまうあたり,笠井の剛胆さを再認識する。

 その点,同じ探偵小説研究会のメンバーであっても,西尾を「あえて」推理小説という枠組みに当てはめてみようとしていた蔓葉信博の叙述には,終始一歩引いた感がある。

 全体を通じて,西尾維新をミステリーの文脈で読むことに注力しているのが本書の特徴だろう。2007年にならば,このような企画は立てないと思う。

  1. 巽昌章 西尾維新vs新本格
  2. 野崎六助 西尾維新vs京極夏彦
  3. スズキトモユ 西尾維新vs麻耶雄嵩
  4. 佐々木敦 西尾維新vs舞城王太郎
  5. 山田和正 西尾維新vs佐藤友哉

このうち,山田の文章はそもそも読むに値しない出来。佐々木は〈セカイ系〉をふりかざして流されて話が咬み合っていないけれど,まぁ仕事はしている。野崎による京極論とスズキの麻耶論は,いずれも西尾のルーツという位置づけで論じているので手堅い。だが,西尾のその後を知っている2007年の目から読んでみると賞味期限は切れているように思う。この点,西尾維新〈まっとうな通俗性〉を備えた物語作家として捉えている巽の論考は汎用性があるために古びてはいない(池波正太郎江戸川乱歩にまで通底するような話題なので古びようがない,と言うべきか)。ただ,その巽にしても,西尾維新の作品が有する特質を表現しきれていないのは否めない*1

 今日的状況から遡って言及する強みからすると,ミステリー作家として西尾維新を把握しようと努めた企画それ自体が位置づけを読み誤っていた感がある。もっとも,本書のおかげで歴史的小括(ならびに2004年時点における捉えられ方の記録)はできているわけで,西尾維新の作家論としては重要な文献であることに間違いはない。

 執筆者の顔ぶれを見て懐かしいと思ってしまうのは佐藤心。しかし……西尾維新と対比されるべき作品として『カードキャプターさくら』『GUNSLINGER GIRL』『シスタープリンセス』『ご近所物語』『少年少女ロマンス』の5作を挙げているのは如何なものか(それでこそ佐藤心だ,とも)。

*1:余談ですが,先日,巽昌章さんからはコメントを頂戴いたしました(id:genesis:20070131:p1)。感心をお持ちの方は,この機会にご一読ください。

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Wednesday, 2007/02/21

高橋しん 『世界の果てには君と二人で

[] 高橋しん 『世界の果てには君と二人で』  高橋しん 『世界の果てには君と二人で』を含むブックマーク

 高橋しん『世界の果てには君と二人で――最終兵器彼女外伝集』(ISBN:4091807461)を読む。

 これでも外伝なの? と思うが,外伝としか表現しようがない。巻頭カラー4コマ「わたしたちは散歩する」で,ちょっぴりバカップルぶりを見せているものの,基本的にはちせが登場しない。

 実質的な収録作は3本。

 第1に,空を往く光を見た中学生の男女を視点に戦争の始まりを描く「世界の果てには君と二人で。あの光が消えるまでに願いを。せめて僕らが生き延びるために。この星で。」。これは「作品は題名が9割」という標語が脳裏をかすめます。

 第2に,戦争の最中に戦場でまみえた少女と兵士を“おまもり”の視点で描く「LOVE STORY, KILLED.」。あぁ,これは良い。ちせとシュウジのラヴ・ストーリーに収束しきれないメッセージが『最終兵器彼女』には込められていたことを認識させてくれる。極限状況の中で壊れていきながらも未だ滅びずにいる猥雑なセカイの姿は,確かに『サイカノ』のそれだ。そして作者は,乾いた筆致で終末を辿る。血飛沫が舞い銃声が耳をつんざいているはずの白く明るいコマ。彼女――この物語では少女に名前など与えられていないのか――が発する「何するんですかぁ?」の間延びした言葉や表情。人の命が2つ消えゆくというのに,何故か晴れ晴れとした印象を与えて幕が下りる。

 第3は,セカイが滅びた後の「せかい」を舞台とする『スター☆チャイルド』。これは…… 好意的な評価をしている前田久に委ねよう。

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Sunday, 2007/02/18

大井昌和 『流星たちに伝えてよ』

[] 大井昌和流星たちに伝えてよ 大井昌和 『流星たちに伝えてよ』を含むブックマーク

 一般論を言えば,《作品》を通して得られる《作家》の姿は虚像である。《作品》という虚構空間を構築する〈神〉としての作者と,現実世界に身を置く《作家》という〈人間〉は別な存在だ。自伝的作品に作者が登場しても,それは作者という名のキャラでしかない。例えば,1980年代の白泉社系少女まんが(すなわち,大コマでは背景に花を背負えるヒロイン)の描き手である岡野史佳であるが,その実態は野球とプロレスが趣味であったりする。《作品》から得られるイメージを《作家》に照射することには消極的でなければならないと思い知った例である。

 ところが大井昌和(おおい・まさかず,id:ooimasakazu)の『流星たちに伝えてよ』(ISBN:434480886X)の場合,困ったことに〈神〉としての作者と〈人間〉としての作家がだぶって見えてしまう。

 『流星たちに伝えてよ』は,人類が宇宙空間にまで生活圏を広げた近未来を舞台にしたオムニバスである。十年前に起こった月航船の事故を縦糸として,5つの物語が紡がれる。会社の責任を押しつけられた男,内戦で肉親を亡くした少年と片足を失った少女,そして事故の犠牲となった父――。この空間は,理不尽さや失望に充ち満ちている。そこで,ある者は生き続けようとし,ある者は罪を犯し,ある者は心を閉ざす。『ひまわり幼稚園物語あいこでしょ!』に始まり『風華のいる風景』『おとなの生徒手帳』に至る大井昌和のストーリー作品は,生きることに不得手な人物が少しだけ上を向いて歩き出す姿をモチーフにすることが多い。本作は,現時点における大井テイストの真骨頂と位置づけてもいいだろう。ところが各編とも闇があまりにも強く,結末において差し込む光明はまさしく流星の如きか細さでしかない。そんな登場人物達のために救いを探すべく必死にペンを走らせる《作者》の姿が《作品》から立ち上ってくる。

 しかし,作家として努力したことと作品として評価できるかは別物である。端的に言ってしまえば,このマンガの出来は良くない。その原因はストーリーの流れの悪さであったり,整理し切れていないエピソードであったり,あるいは成人女性のデッサンがまずいことであったり。でもそれ以上に気にかかるのは,《作家》が《作品》を突き放せていないこと。《作家》の内面的営みが,そのままに《作品》へと反映されているように感じられてならない。以前の作品にしても作者の性向は現れていたけれども,それでもメッキ処理はされていた。それが本作では,ありのままの“地金”のよう。たぶん,作家としての技術力がついてきたので粗っぽい素材もマンガに仕立てられるようになったことがあるのだと思うけれど,それでもやっぱりモチーフの選択段階で生じた痛々しさ泥臭さは立ち上ってしまう。伝えたいのであろうメッセージが先走ってしまい,表現が追いついていないのではないだろうか。

星は流れる。それぞれの想いをのせて,きらめきながら――。

少しでも…… 大切な人に 言葉が近づくように……

初版の帯より

 よぎるのは,作者が心の裡に重苦しさを仕舞い込んだまま将来にわたって作家活動を続けていけるのだろうか,という過剰な不安だ。『愛人[AI-REN]』を描いた田中ユタカは,《作品》に込めた苦悩が為に《作家》という心身を病んでしまった。そんな前例があるだけに心配でならない。秘かに作者の安息を願う。

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Wednesday, 2007/02/14

TYPE-MOON 『Fate/hollow ataraxia』

[] TYPE-MOONFate/hollow ataraxia TYPE-MOON 『Fate/hollow ataraxia』を含むブックマーク

 少しばかりまとまった時間がとれたので,TYPE-MOONFate/hollow ataraxia』をプレイする。2005年10月28日の発売直後に買ったもの。これくらい熟成させてからだと気をつかわなくて済む。

以下,ネタバレがあります。

Fate/hollow ataraxia 初回版(DVD-ROM)

 『Fate/stay night』のファンディスク……というには躊躇するほどの圧倒的なボリューム。まず第1に聖杯戦争の半年後における「四日間」,第2に本編では描き得なかった登場キャラクター達の暮らしぶり,そして第3に壁紙やらミニゲームといった娯楽要素の詰め合わせ。

 新キャラの「ネコさん」などは作品世界の後背地を潤沢にしている,旧キャラにしても「キャス子」の耳ピコ等はとても愛くるしい。間桐桜の見せ場が少なかったのは心残りではありますが,この娘は〈日常〉描写の中では幼馴染み系の好感度イベントを発揮してくれたので良しとしましょうか。

 何より,ゲームシステムにおけるスクリプト演出が素晴らしかったですねぇ。昨今ではFlash技術が進歩してくるなどして“画面が動く”ことは当然のようになってきましたけれども,それでもビジュアルノベルゲームの伝統的技術に乗っかったうえで“画面が動いている”というのは嘆息すべきものがあります。立ち絵の水平移動は『Fate/stay night』でも効果的に使用されていましたけれど,本作では拡大率を変えることで近/中/遠といった〈距離〉感を出していたことが強く印象に残ります。あと,動きが曲線的であるというのも見逃せませんね。前作では付録『タイガー道場』においてSDキャラを用いて実験的に行われていた表現が,本作ではふんだんに採り入れられている。画面の中を「立ち絵」が動き回る様は,それを見ているだけでも十分に楽しい。

 エロゲの演出技術は、ようやく映画でいうエイゼンシュテインモンタージュ理論の段階に到達したように思う。「Fate/stay night」が切り開き、「この青空に約束を」などが上手に踏襲しているスクリプト演出の流れだ。

http://d.hatena.ne.jp/NaokiTakahashi/20060914#p2

――ん,良かった探しはこれくらいでいいかな。以下,率直に。

Fate/hollow ataraxia 通常版(DVD-ROM)

 かったるいです。あと,つまんない

 さすがに「所要時間:31時間42分」は長すぎます。全体を引っ張る要素に魅力があれば苦にならないのですけれど…… 本編であれば各サーヴァントごとに存在した謎解き要素が,今回は1つだけですからねぇ。緊迫感が持続しないので,途中から苦痛に。所要時間にして10時間を過ぎたあたりで全体の見通しが立ったのですけれども,それがひっくり返されることなく結末まで進みました。

 英霊達の生い立ちについての挿話――例えば「ツインテールゴスロリアイドルデュオ」なんかは楽しかったのですが,こうした挿話(エピソード)と物語(ストーリー)のバランスをとることに失敗した作品として『hollow ataraxia』があるように感じられてなりません。

 いっそのこと,〈幹〉にあたる「四日間」と〈根〉にあたる反復的日常の描写とを分けて,別な章にした方が間延びすることを防げたような気がします。これは『歌月十夜』の基本構造を踏襲したことに原因があるでしょう。『歌月』の場合には〈不条理さ〉が先ずあり,そこにファンの手になるSS(サイドストーリー)すらも原作者の作品と同列のシミュラークルとして扱われるという〈非一体感〉も加わって,勢いで押し切るというのが効果的に機能していたのですけれど。

 ストーリーを駆動させる役目としてカレン・オルテンシアバセット・フラガ・マクレミッツが投入されていましたけれど,機能不全を起こしていたような。教会も協会も,どちらも謎キャラなんですもの。両名とも〈日常〉からは同じくらい離れた位置に置かれたが為,どちらも印象深いエピソードを付与することができませんでした。取って付けたような性描写に対しては「えっちなのはいらないと思います」という感じすらあり。

 叙述トリックについてですが,今回はちょっとルール違反が過ぎたかなぁ。使い処を誤ったと言うべきか。奈須きのこの場合,『月姫』で意識の混濁というのを使ってしまっているので,「またか」という気になってしまう。

 そんなに不満があるなら中断すればいいのに――となりそうですが,桜たんの仕草は見ておきたかったんですよぅ。

 『hollow』が1/3くらいの分量であったならば,骨格が同じでもかなり印象の異なるものになりそうなのですが。

▼ おとなりレビュー

Saturday, 2007/02/10

労働判例923号

[] 大学院はてな :: 18時30分からの「早出」残業  大学院はてな :: 18時30分からの「早出」残業を含むブックマーク

 研究会にて千代田ビル管財事件(東京地裁判決・平成18年7月26日・労働判例923号25頁)を報告。

 被告Yは不動産管理会社で,原告XはYの従業員であった者。X‐Y間には2本の労働契約が締結されていた。

  契約A 契約B
種別 清掃夜勤(パート)  清掃日勤(正社員) 
締結日 平成13年7月3日 平成13年8月1日
勤務時間  18:00〜20:30 22:00〜翌06:00
休憩 なし 1時間
賃金 時給1200円 日給7500円

なお,いずれの契約とも就労場所は同じホテルである。また,契約Aでは交通費や皆勤手当(月額2000円)を支払うことが約定されていたが,契約Bが締結されて以降,契約Bに基づく皆勤手当・交通費の支払いはあるものの,契約Aに基づく支払いは行われていない。

 Xは,【1】契約A(2.5時間)と契約B(7時間)を通算すると1日の労働時間が8時間を超えることから時間外割増賃金が支払われるべきでる,【2】契約Bについては深夜割増賃金が支払われるべきである――と主張した。裁判所(裁判官:難波孝一)は,【1】につきXの主張を認容したが,【2】については請求を棄却した。

【1】

 両契約は,当事者が同一,就労場所が同一(略)であること,両契約は勤務時間が違うだけであるという側面があること,清掃夜勤に続いて清掃日勤(深夜)の業務に従事することは事実上時間外労働をしているのと変わりがないこと,本件契約Bが正社員契約であり,本件契約Aがパートタイマー契約であることなどが認められ,これらの諸事実に照らすと,Xは,Yの正社員として22:00から6:00までの間就労義務を負っており,これに加えて,清掃夜勤として18:00から20:30までの間働くのは,本件契約Bの時間外労働,換言すれば早出残業をしていると位置づけるのが相当である。以上のように解するのが,労基法38条第1項の法の趣旨にも合致すると考える。」

【2】

 証拠によれば,Xは22:00から6:00までの間の就労の対価として7500円が支払われることを理解したうえで契約Bを締結したことが認められる。そうだとすると,特段の事情がない限り,前記7500円の中に深夜割増賃金は含まれていると解するのが相当である。なぜなら,契約の当事者の認識として,使用者側としては,7500円に加え深夜割増賃金を支払う意思はないであろうし,労働者側にしても,7500円に加え深夜割増賃金がもらえるものと思って契約することは通常はないからである。」「本件全証拠を検討するも,前記7500円の中に深夜割増賃金は含まれていないことを窺わせる特段の事情は認められない。」

 「以上によれば,契約Bの1日の賃金である7500円の中に22:00から5:00までの間の労働についての深夜割増賃金が入っていると解するのが相当である。

 以下,私見を展開する。

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Friday, 2007/02/09

ジャック・ケッチャム(Jack Ketchum)

[] J.ケッチャム 『地下室の箱』  J.ケッチャム 『地下室の箱』を含むブックマーク

 締切の直前に読む小説は楽しい。ドキドキする*1

 休憩しようとジャック・ケッチャム(Jack Ketchum)『地下室の箱(Right to Life)』(邦訳:ISBN:4594031463)を開いたところ,そのまま読了。

 妊婦がさらわれて,箱の中に詰め込まれて,磔にされて,猫にすり寄られて,鞭で打たれて,ツナサラダを食べて,焼き印を押されて,それでもって胎児が育ったところで…… というお話。原作の表紙(ISBN:1887368566)は艶っぽいですが,ポルノ性は極小です。

 率直に言って,凄味(すごみ)はありませんでした。被害者のツンツン度が高すぎるために精神的圧迫の描写に至らず,悲壮感に薄いせいだろう。『ひぐらしのなく頃に』の北条沙都子シナリオや鷹野三四の過去編との比較でいうなら,本作『地下室の箱』は霞んでしまう程度の強度しか持たない。加えて,いつの間にか加害者の方がヘタレてしまうのは如何なものか。

*1:一種の「吊り橋効果」であると解釈されます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%8A%E3%82%8A%E6%A9%8B%E7%90%86%E8%AB%96

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Saturday, 2007/02/03

労働判例923号13頁

[] 大学院はてな :: 三セクには整理解雇法理を適用しない  大学院はてな :: 三セクには整理解雇法理を適用しないを含むブックマーク

 研究会にて新宿区勤労者福祉サービスセンター事件(東京地裁・平成18年8月25日判決・労働判例923号13頁)の検討。

 被告Yは,新宿区が100%出資する財団法人。原告Xは,新宿区を定年退職した元公務員。どうやら前の事務局長の時期に揉め事があったらしいことが窺える。2005年2月1日,Yに新事務局長が就任したが,その月の末にXが解雇された。

 裁判所(裁判官:福島政幸)は請求を一部認容。しかし,その理由として以下のように述べる。

 そもそも整理解雇という概念は,法律上のものではなく,主として民間の営利法人が経営上やむなく人員整理をするほかないといった経営事情下における集団的な解雇を規律する法理として判例・学説上形成されてきた講学上の概念であり,後記の四つの要件なり要素とされて議論されるところも,独立した法人でありリスク負担による経営責任を負った企業経営者が経営合理化等に関する使用者としてのある程度の自由な裁量がある中で,労働者との利益考量のための検討基準として収斂されてきたものであり,経営危機下にある企業の再建のため人員整理による他に方法がないのかどうかを解雇の合理性の中身として検討しているものである。

 本件では,被告が営利法人ではなく多額の財源を新宿区ひいては国の補助金に負っている公益法人であり,その人員規模も10人以下の小規模であり,結局のところ,法人格上は新宿区とは別個であるものの,事実上は新宿区の監督・指導のもとに運営されている団体であることからすると,本件解雇を整理解雇とりわけ解雇の合理性,解雇回避努力,適正な手続,人選の合理性といった事柄に定型的に当てはめて考えることの妥当性には疑問がある。

――いや,それ,変です。

 この裁判官は随分と思考不経済なことをしています。

 第3セクターであっても法形式上は私法上の関係にある。いわゆる整理解雇の4要件(人員削減の必要性,解雇回避努力義務,人選の妥当性,手続の相当性)の適用が排除されるいわれはない。法人の性格は,第1要件である《必要性》の判断において斟酌すれば足りる。

  •  日欧産業協力センター事件 (東京高判・平成17年1月26日・労判890号18頁)
  •  知多南部卸売市場事件 (名古屋地判・平成12年7月26日・労判794号58頁)
  •  長門市社会福祉協議会事件 (山口地決・平成11年4月7日・労働経済判例速報1718号3頁)
  •  社団法人大阪市産業経営協会事件 (大阪地判・平成10年11月16日・労判757号74頁)

 また,会社の規模が小さいということも法理の適用を妨げる事情とはならない。これは,第2要件《解雇回避》の審査(配転先はあるかどうか)で考慮したり,第3要件である《人選》の箇所でチェックを緩やかにみる事情として勘案すればよい。

  •  塚本庄太郎(本訴)事件 (大阪地判・平成14年3月20日・労判829号79頁)
  •  コーブル・ファーイースト事件 (大阪地決・平成13年9月18日・労働経済判例速報1791号13頁)

 本件の場合,小規模な第三セクターの事案だからと大上段に構えて議論を始めていますが,そのせいで上記説示の後の文章はすっきりしない論旨になっています。整理解雇法理というフレームの枠内で処理した方がエレガントな解法が得られた事案でしょう。

naka64naka64 2007/02/04 20:14 被告反論に対する原告再反論漏れの自白擬制をもてあましたらこうなるかな、という気がしますね。

genesisgenesis 2007/02/05 02:31 う〜ん。当事者主張に引っ張られたせいなのか,それとも,裁判官が独自の世界観を持っているせいなのか……

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