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博物士

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Saturday, 2007/03/31

労働判例923号68頁

[] 大学院はてな :: チェック・オフの中止  大学院はてな :: チェック・オフの中止を含むブックマーク

 研究会にて,東急バス事件(東京地裁判決・平成18年6月14日・労働判例923号68頁)を報告する。

 被告Y社の運転士が原告。Xらは従前,Y社の従業員のうち大多数を組織するZ労組に加盟していたところ,これを脱退し,χ労組を立ち上げた。χ組合はY社に対して『組合結成通知』を送付し,その中で原告ら4名はZ労組を脱退したのでZ労組へのチェック・オフ(組合費の天引き)を中止するよう求めたがこれに応じなかった――というもの。

 なお,その後もZ労組を脱退してχ労組に加入した者が相次いでいるため,個人原告は総数で11名。そのいずれもが,最初の4名と同様にチェック・オフ中止の申し出をしているが,その様式は異なっている。原告は加入通告の時期によって第1次から第6次にまで別れている。第3次加入者である原告Fならびに原告Hは,平成13年2月5日付けの文書『労働組合加入者通知』を送付した後,平成13年4月21日付けで内容証明郵便を送ってチェック・オフの中止要請をしている。

 東京地裁(裁判長:三代川三千代)は請求の一部を認容した。

 「使用者が有効なチェック・オフを行うためには,労働基準法24条1項ただし書きの要件を具備することはもとより,使用者が個々の組合員から,賃金から控除した組合費相当分を労働組合に支払うことにつき委任を受けることが必要であると解される。したがって,使用者がチェック・オフを開始した後においても,組合員は使用者に対し,いつでもチェック・オフの中止を申入れることができ,この中止の申入れがされたときは,使用者はその組合員に対するチェック・オフを中止すべきである。」

 第1次加入者らにつき,「それまで,明示又は黙示に,Yに対し,Z労組の組合費を毎月の給与から控除して支払うことを委任していたと認められるから,この委任を終了させるには,Yに対し,その旨の本人の意思表示がされることが必要である。」「上記原告らは,平成12年10月6日付け『労働組合結成通知ならびに団体交渉申入書』及び平成12年10月16日付け『団体交渉再申入れ書ならびにZ組合脱退に伴う,組合費天引き中止の要求』と題する書面によりチェック・オフの中止を申し入れたと主張するところ,これら書面は,冒頭に,原告組合名及び同執行委員長名に次いで,分会名及び上記原告らの氏名(原告Dには分会長の肩書がある)が標記されているものの,名下には原告組合の角印と同執行委員長の代表印が押捺されているのみで,上記原告らの署名や押印はなく,文面も,原告組合(及び分会)から被告に対する通知ないし申入れの体裁をとっており,客観的には,原告組合(及び分会)が作成した文書と理解されるものであって,そこに上記原告らの個人的意思が表明されているとはいい難い。また,原告組合が上記原告らからの授権により同文書により前記委任を終了させる意思表示を行う旨も明示されていない。

 そうすると,原告らの上記主張は採用できず,その他,上記原告らがYに対し,平成12年11月25日(11月分賃金支給日)以前にチェック・オフの中止を申し入れたことの主張立証はないから,Yがしたチェック・オフは委任に基づく正当なものというべきである。」

 第3次加入者らについては,Z労組を脱退したことが平成13年4月21日付けの内容証明郵便によって通知されており,「この通知には,同原告らが同年2月5日にZ労組を脱退しているので同組合費の給与からの天引きを直ちに中止するよう申し入れる旨が記載されている。そうすると,この通知がYに到達した後に支給日が到来した同年4月分及び5月分の給与からZ労組の組合費を天引きすることは許されず,天引きした二か月分の組合費相当額は賃金の未払いとなる。」

 私見は判旨反対

 チェック・オフに関するリーディング・ケースとしてはエッソ石油事件最高裁判決(最一小判・平成5年3月25日・集民168号下127頁)がある。同最判では,組合員個人からチェック・オフ中止の申し入れがあった時には,使用者はこれに応じなければならないと述べており,今回の事件の一般論もこれに沿うものであろう。

 しかし,チェック・オフ中止の意思表示は労働者個人から使用者に対して示されなければならない,として請求を斥けているのは杓子定規に過ぎるだろう。第3次加入者のように,内容証明郵便を用いて明確に意思を表明した方が好ましいのは確かである。しかし,第1次加入者のように,新規に加入した組合を通じて集団的に旧加入組合へのチェック・オフ中止を求めることでも意思表示としては充足されているのではなかろうか。

 チェック・オフの中止が問題となるのは組合分裂が生じた状態であることも多く,対立する組合の縄張り争いによって組合員の所属関係が不明瞭になることはあるだろう。だからといって,チェック・オフ中止を求める文書の差出人が必ず個々人である必要はない。もし,組合を通じて提出された意向では労働者個々人の真意が反映されていないのではないかと使用者が疑うのであれば,使用者が当該労働者に対して聞き取りをすればよいのであって,かかる意思表示の有効性を否定する理由にはならないだろう。

 従って,請求は認容すべきであると考える。

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Monday, 2007/03/26

横溝正史 『犬神家の一族』

[] 横溝正史犬神家の一族 横溝正史 『犬神家の一族』を含むブックマーク

 文学研究科の読書会へ参加。今回はミステリの古典を読んでみようということで,横溝正史(よこみぞ・せいし)の『犬神家の一族』がお題。

 市川崑監督による『犬神家〜』のイメージが強く刻まれていたが,原作を読んでみると冒頭からして雰囲気が異なる。だって,あの奇怪な遺言を残した犬神翁は,かつて衆道で寵愛を受けた美少年だった,とか出てくる(で,このことが原作ではかなり重要な意味を持っていたりする)。

 シナリオの運びに関しても,1950年から翌51年にかけて雑誌連載されたという成り立ちからくる〈次回への引き〉がアクションシーン(冒険活劇)として現れているなどして,比べてみると色々面白い。特に1976年の映画作品との比較では,1970年代中葉に到来していたオカルトブームを背景として原作の改変に繋がっているのだという指摘が参考になった。

オカルトの帝国―1970年代の日本を読む 犬神家の一族 [DVD]
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Friday, 2007/03/23

東浩紀 『ゲーム的リアリズムの誕生』

[] 東浩紀ゲーム的リアリズムの誕生』 第1章  東浩紀 『ゲーム的リアリズムの誕生』 第1章を含むブックマーク

 東浩紀(あずま・ひろき)『ゲーム的リアリズムの誕生――動物化するポストモダン2』(ISBN:9784061498839) を開く。

 なんか,随分と沸点が低いです。

 大塚英志の著作を読んでいると,《まんが・アニメ的リアリズム》という概念が登場してきます*1。で,岡田斗司夫のオタク世代論では第一世代(昭和30年代生まれ)が「特撮世代」,第二世代(昭和40年代生まれ)が「アニメ世代」であるのに,第三世代(昭和50年代生まれ)の興味対象は「アニメキャラ・ガレージキット・ゲーム・声優」であるとされています*2。そこから発展していけば,「アニメ的リアリズムというのがあるなら当然《ゲーム的リアリズム》も存在するよね」というのは1秒で了承。*3

 ですから,概念の提示に関しては新味に欠けます(そもそもの大塚が既に方向性を指し示しているわけですし)。『ファウスト』初出の際に「メタリアル・フィクションの誕生」であったものが改題されて本書に至ったことで,大塚に反駁する東という構図が強まったような感があります。

 本書において,《ゲーム的リアリズム》の定義が登場するのは140頁。主たる問題は《ゲーム的リアリズム》とは何か――のはずなのに,概念が出されたところで第1章〈理論〉は終わり。痛烈な肩すかしです。題名で「誕生 〜Debut〜」の話だと宣言されているので,発展についてもで触れられていなくても欺罔には当たらないのですが……。

 一応,「メタ物語的な想像力から生まれるリアリズム」の項(140-142頁)に考察が記されているのですが,何度読んでみても腑に落ちません。東は「作品の分析を通して答えたい」と述べています(142頁)が,つまりは《ゲーム的リアリズム》という概念のフレームワーク構築を演繹することはせず,作品群から帰納的に叙述しようとしているわけです。第1章を読む限りでは,《ゲーム的リアリズム》概念は抽象レヴェルでの錬成が不足している段階でしょう*4

 大塚英志を骨格に置いて,柄谷行人新城カズマ伊藤剛稲葉振一郎笠井潔を接いでいっているので,ちょっとした負荷で崩れてしまいそうな危うさを感じます。〈セカイ系〉をめぐる「半透明性」を論じる箇所(96〜102頁)は東が独自に考えた部分が多いためか文章に気迫がこもっているのですけれども,これは《まんが・アニメ的リアリズム》の話だし……。

 第2章〈作品論〉は,日を改めて読むことにします。


▼ 関連資料

*1:厳密な事を言うと,大塚による表記は違うのですけれど,此処では東の表記で記述します。

*2:『オタク学入門』36頁以下を参照。

*3:これを敷衍すれば,オタク第四世代からは《ネット的リアリズム》が登場するというのも予測の範囲内でしょう。思うに,143頁以下「コミュニケーション」の項は本書では浮いた存在ですけれども,これは《ネット的リアリズム》のようなものの話なのではないでしょうか。

*4:『よつばと!』と『ARIA』と『ヨコハマ買い出し紀行』は《空気系》だよね――とキャッチコピーを作ってみても,その特質を整理しなければフレームワークとしては機能しませんでした。

giolumgiolum 2007/03/24 20:02 >《ゲーム的リアリズム》概念は抽象レヴェルでの錬成が不足している
「ゲーム的リアリズムとは○○である!」と分かりやすく書いてあるところがないのですよね。私もはてなキーワードを作るときに困ってしまいました。いや、私の読解力が低いのがまず問題ですが。(汗)

genesisgenesis 2007/03/24 20:49  本書の最大の難点は,giolumさんが指摘しておられる点だと思います。読解力の問題ではないと思うですよ。
 第2章で取り上げる作品α,β...ωに見られるようなものに《ゲーム的リアリズム》である――というようなスタンスで書かれているので,読者を困惑させる構造になっていると思います。

osamuohosamuoh 2007/03/25 23:07 http://d.hatena.ne.jp
堀本 修

勝手な書き込み申し訳ありません。

東氏の仰る、”プレイヤーの視点の文学”という点が、非常に気になってしょうがないのですが、大塚氏が仰っておられた、”キャラクターの視点の文学”を、また一歩押し進めた、かなり新しい、感覚のように感じられたのですが、実際、”ゲームをプレイしている人の視点”とは、いったいどのような感覚なのでしょうか?

何分、ゲーム関連に非常に疎いので、なかなか感じをイメージすることができません。

単なる想像ですが、まさに、”手に汗にぎる”ような、かなり焦った感じであるとか、まるで、”王者のように”自由自在な感じであるとか、どんなものなのでしょうか?

訳の解らない疑問で申し訳ありません。
ほんの少し、アドバイスのような事を、お教えいただければ、気持ちが楽になるのですが・・・・

スイマセン!

genesisgenesis 2007/03/27 00:55 osamuohさん,はじめまして。
 ご質問を拝読いたしましたが,おそらく混乱の原因は,東浩紀が《ゲーム的リアリズム》と言っていることの趣旨を誤読しておられることに由来するのだと思われます。
 話を一段階戻して《まんが・アニメ的リアリズム》から考えてみましょう。この場合,作品の中には〈キャラクター〉がいますが,キャラクターが生きている物語は1つです。
 それがゲームの場合,画面の中には〈キャラクター〉がいますが,もしキャラが死んだとしても同じゲーム空間の中で別の〈キャラ’〉が登場し別の物語を歩むことになるでしょう。〈キャラ達〉の育む物語達を統合するのは,メタの位置に立つ〈プレイヤー〉です。
 このような物語のメタ構造を指して,本書の138頁において「死を複数化し,物語を複数化する」と述べているわけです。このような複数構造を持つコンテンツの例として《ゲーム》を挙げているのです。同書の第2章(作品論)では美少女ゲームに限らず小説・ミステリも取り上げられているということは,《ゲーム的リアリズム》はゲームに固有のものではないことの現れでありまして,いわゆる狭義のゲームに触れていなくても《ゲーム的リアリズム》を感じ取ることは可能な話のはずです。
 osamuohさんが想像で述べておられる「感じ」の例は,個々の物語(シナリオ)のテクストに何が記述されているのかの話なので,考えている位相がずれているわけです。
 ただ,東浩紀の述べているところを把握するには,その前段階にあたる《まんが・アニメ的リアリズム》について捉えておく必要があります。もし関心を深めようとお考えでしたら,大塚英志『アトムの命題』などを先に読んでおかれた方がよろしいかと存じます。

osamuohosamuoh 2007/03/27 05:50 博物士さん有難うございました。

”画面の中のキャラが死んでも、ゲーム空間の中に別のキャラが登場し、別の物語を歩むことになる。キャラ達の育む物語を統合する、メタの位置に立つプレイヤー”

なんか、非常に象徴的ですね。

しかし、それでも、狭義の意味での古い文壇しか知らない僕のような者には、非常に驚異的な事でありまして、考えてみると、よけいに、気持ちが苦しくなってしましました。(笑)

Wednesday, 2007/03/21

新井輝 『ROOM NO.1301 #1 おとなりさ

[] 新井輝ROOM NO.1301 #1 おとなりさんはアーティスティック!?』  新井輝 『ROOM NO.1301 #1 おとなりさんはアーティスティック!?』を含むブックマーク

 シミュレーターだなあと思います。とことん物語がなくて、「作者の手を離れてキャラクターが勝手に動き出す」という状態をひたすら描写している感じ。(中略)

 これも小説作品のひとつのありかただと思いますけど、物語とかテーマとかを重視する人にとっては耐え難い作品なのかもしれません。

http://d.hatena.ne.jp/Erlkonig/20070318/1174197785

 id:Erlkonigさんが期待する〈近代の遺物〉だったら,此処にいるですよ〜。

 もっとも“耐え難い”というのは 舞城王太郎煙か土か食い物』に対する印象(→id:genesis:20060829:p1)でして,そこまでの忌避ではありません。岩田洋季護くんに女神の祝福を!』も“どうにも受け付けない”作品でした(→id:genesis:20050329:p1)が,『1301』はシリーズ続作が特価で売りに出ていたら読んでもいいかな――というくらいには評価している。私にとって『ROOM NO.1301』は“どーでもいい”という位置づけで,お菓子に例えて言うならば素甘(すあま)。出されたら頂戴するけれど,自分から買って食べようとは思わない。

 物語(tale)よりも語り(narration)を楽しむための作品,なのでしょう。

 他にも「キャラが戯れている」作品というのはありますが,先に挙げた『護くん』の他『ぱにぽに』『苺ましまろ』等と比べても『1301』には〈えぐみ〉が全くありません。文体にしても,撥音・濁音や改行が取り立てて多いわけでもなく,極めて素直。評価をマイナス方向に揺らす成分を持たないのですね。ですから,この種の作品群を苦手とする私でも読了はできます。

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Sunday, 2007/03/18

チューリヒ工科大学版画素描館の所蔵作

[] 国立西洋美術館  国立西洋美術館を含むブックマーク

 帰りの飛行機を夕方にして時間を作り,上野の国立西洋美術館を訪ねる。

 ヨーロッパの絵画美術館は幾つか巡っているが,母国の首都にある美術館へ足を運んだことはなかった。学会参加のために東京へ出かけることは多いものの,これまで休館日の都合で出かける機会を得られなかったので。

 企画展では「チューリヒ工科大学版画素描館の所蔵作品によるイタリア・ルネサンスの版画」を見る。版画は多くの美術館にあるが,色彩豊かな油彩画を楽しむ合間の“箸休め”という感覚でいた。今回,マンテーニャなどの手になるエングレーヴィングなどをまとめて見ることにより,かなり認識を改めました。絵画の最新技術を伝達するメディアとして版画を位置づけての解説も興味深かった。

 西暦1500年に作られた「ヴェネツィア鳥瞰図」は,紙を横6枚×縦2枚に並べたところに実に細かいところまで描き込まれており圧巻。古地図を愛好する者にとっては,まさに至福。しかも,これが新潟県立近代美術館・万代島美術館の所蔵だというのに驚く。

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Friday, 2007/03/16

池上俊一『シエナ――夢見るゴシック都

[] 池上俊一 『シエナ』  池上俊一 『シエナ』を含むブックマーク

 結婚式に出るため東京へ向かう。移動中の航空機では,池上俊一(いけがみ・しゅんいち)『シエナ――夢見るゴシック都市』(ISBN:4121016149)を読む。

 端的に言って,ダメな本です。学者が書いた本の悪いところばかりが目に付く。

 イタリア中北部,トスカーナ地方にあってフィレンツェと派を競い合った中世都市を題材に取り上げたもの。素材としては間違いなく面白いはず。ところが,西洋史の研究者である著者が「わたしだけの凝った作品」を目指してしまったため,何が楽しいのかつかみかねるような話題を延々と繰り出すものが出来てしまった。独りよがりも甚だしい。

 テクストはあれどコンテクストを持たないため,事典のような叙述になっているのが欠点。もしコントラーダ(街区)について知りたいと思い立ったような場合には参照すると助けになるだろうが,ひとまとまりの読み物としては評価できない。

はてな年間100冊読書クラブ II 〔#072〕
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Thursday, 2007/03/15

ivory 『わんことくらそう』

[] ivory 『わんことくらそう』 総評 ―― すべての生に祝福を  ivory 『わんことくらそう』 総評 ―― すべての生に祝福をを含むブックマーク

 ivory『わんことくらそう』(ASIN:B000E8BV4W)を完了。

 大変に興味深い作品でありました。この物語を前にして私は何を語ろうか――と,存分に思考を刺激してくれる作品。

 導入は「犬雨」(たかしたたかし)で、途中から「我が名は狼」(たがみよしひさ)なシリアスが入って、中盤からは「ミノタウロスの皿」(藤子・F・不二雄)な違和感が漂い始めた「わんことくらそう」(ivory)。

http://d.hatena.ne.jp/bullet/20060415#p1

 幾本の線と線の交わりあいで作られている『わんこ』の、彼らが暮らす場は、もはやそれは「作られた」世界であるということを感じさせない。

http://d.hatena.ne.jp/rahanosu/20060418/p1
わんことくらそう

 誰も悪党はいない。だけど、悪が行われている以外の何物でもない世界。悪が悪として、認識されない世界。悪が悪ではない世界。それが、凄くほのぼのと描かれてる。

 良く出来ていると思う。全く別の世界というのを良く描けてると思う。しかも、こんな恐ろしい、ブラックな世界をほのぼのと描く才能には心底戦慄した。

http://d.hatena.ne.jp/kagami/20060418#p1

 本作は表面上はパターナリズムを肯定して賛美(萌え化)しているように見えながら、実質は表面上の物語とは別に、凄くドラスティックにパターナリズムを批判している感じですね...(中略)

 本作はエロゲとしてより、パターナリズム(萌え)批判の思弁的なSFとしてよくできている作品だと思います。

http://d.hatena.ne.jp/kagami/20060418#p2

 ひとかどの萌えやプレイヤーの妄想を全くチグハグにし、恋愛物語の既定的骨組みを打ち壊し、何事もいっさい確定しない、本当に「わんことくらそう」というタイトル〈意思・推奨〉を忠実になぞっただけのこの作品に、いったい何が描かれているのかといえば、恋とか愛とか人間性といった、人が人であるゆえんといわれる"高尚な" 事柄をいちいち冒涜し、むきだしになった「生きる」ということを、ふきっさらしとなった「生きる」ということを、肩肘張らずに語りつくす、とても真摯で穏やかな人間論でした。

http://d.hatena.ne.jp/tsukimori/20070223/p1

 ああ、こんなヘンな作品が転がってるから18禁ゲームは止められない のだった。

http://d.hatena.ne.jp/Su-37/20070311
Leaf Piano Collection VOL.1

 本作は物語を推進する構造が単一ではなく,大まかに言って3つのフレームで出来ている。

 まず第1には,表題通りに《人が動物と暮らす》ことの意義を問いかけるものであり,冒頭部の「みかん」シナリオで展開される。ここでは実に暖かな博愛(humanity)が描き出されている。『To Heart』のマルチ(HMX-12)を想起した私は,ほろほろと感涙にむせいだのでした。

 第2に《愛情の形》を映し出すのが「桜海里沙」シナリオ。ジュヴナイルよりは“ちょっぴり大人”な男女の結びつきを主人公が提示する。

GUNSLINGER GIRL 2 (電撃コミックス)

 そして第3に,脇役達によって作り上げられていく1対多の社会関係。高貴な血統の「カイエ」と飼い主のお嬢様「星華」や,おしゃまな「かな」と優雅な飼い猫「クゥ」らによって醸し出される環境は,柔らかで暖かいのに,やっぱり奇妙。建前としての倫理観を削ぎ落としたところで展開される群像劇は,相田裕が『GUNSLINGER GIRL』の第一期で展開していた姿に,どことなく似ている。

 それぞれが手頃な分量で綴られており,実所要時間3日ほどで楽しめるのも嬉しい。

 もっとも,欠点が無いわけではない。里沙シナリオの最後に起こる事件は取って付けたようなところがあって蛇足という感が否めない。サブヒロインであるはずの「撫子」シナリオだが,作品全体のテーマに殉じる終わり方になっているがために盛り上がりに欠けてしまっており,釈然としないところはある(たびたび『To Heart』を引き合いに出して恐縮だが,脱臼の様子は長岡志保シナリオのようだ)。あと,〈おまけ〉とはいえカイエ×星華についての描写に不整合があったのは残念。

 後半に行くと粗が見えてきてしまうのだが,それを差し引いてもなお,本作は賛辞を捧げるに値する。『わんことくらそう』の前半部だけでも,心を揺さぶられるメッセージがある。優しいのにラジカル(radical)な『わんこ』達が暮らす世界。此方から彼岸を見やる私の人生観を心地よく打ち砕いてくれました。

キミと一緒に,歩いてゆこう。

Monday, 2007/03/12

ivory 『わんことくらそう』 桜海里沙

[] ivory 『わんことくらそう』 #2 互恵的な利己関係  ivory 『わんことくらそう』 #2 互恵的な利己関係を含むブックマーク

 ivory『わんことくらそう』(ASIN:B000E8BV4W)の桜海里沙編を終了。

 え〜ん。みかん(わんこ娘)がメインヒロインだと思っていたのに,シナリオが分岐したら人間が主役になってしまいました。しくしく。

この先,ネタバレを含みます。

 里沙は「みかん」の元の飼い主の妹。アホ毛装着。主人公の家に転がり込んできて,まかない役を引き受ける。

 奇妙な共同生活の行く末を追うシナリオなのですが,その面白さは一般受けはしない恋愛観を貫き通してみせたところでしょうか。主人公「祐一」は,共同生活を続ける“証文”としての恋愛を否定します。その代わりに提示するのが結婚。

 里沙の作るメシをこれからもずっと食い続けたい,だから結婚しよう―― 

 「愛している」「好きだよ」そんな言葉は登場してきません。古典的な美少女ゲームが目指していた「目的としての和合」の姿はありません*1。作中では「恋愛は夢,結婚は現実」という標語でまとめられます。

 2人と2匹で営まれる共同生活には,おいしい食事を作る役がいて,暖かい部屋を用意する役とがいて,発情したら発散しあう。家族とは愛情によって結合されるべきものであるという幻想を打ち破ってみせたうえで,互恵的な利己関係としての家庭の姿を『わんことくらそう』は提示します。それは,《乙女ちっく少女まんが》の思い描いていたガール・ミーツ・ボーイを通り抜けた先にある,とてもラジカルな認識。

 恋愛シミュレーションによって表現された恋愛/結婚観としては,1つの到達点を得たように感じます。《家族》をめぐる別解として山田一の『家族計画』,麻枝准の『CLANNAD』,瀬戸口廉也の『SWAN SONG』とを比較対照すれば興味深いことになるだろうか(考察としてはベタだけれど)。

*1:本作を企画した都築真紀は,『とらいあんぐるハート』においてヒロインらと結ばれた後に再び交渉を持つシナリオを書いたことでも知られています。

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Saturday, 2007/03/10

判例時報1945号

[] 大学院はてな :: 郵便関係職員の労働関係  大学院はてな :: 郵便関係職員の労働関係を含むブックマーク

 研究会にて,日本郵政公社(深夜勤等)事件(東京地裁判決・平成18年5月29日・判例時報1945号143頁)の検討。

 原告・郵政公社職員が,被告・郵政公社を相手取り,就業規則の改定が不利益変更であるとして訴えたもの。判決文では,まず最初に訴えの確認の利益について説示する。

 被告職員は一般職の国家公務員であるとされ(日本郵政公社法50条),被告は職員の給与についての支給基準,職員の勤務時間,休憩,休日及び休暇についての規定を定め,総務大臣へ届け出ることとされているが(同法55条),他方,被告職員の勤務時間に関する事項については,国会公務員法106条,勤務時間法,同法の実施に関して必要な事項を定めた人事院規則15‐14の適用がいずれも除外されるとともに(日本郵政公社法57条1項2号,8号),被告職員には特労法(注:特定独立行政法人等の労働関係に関する法律)により労組法,労基法等が適用されている(特労法2条3号,4号,37条1項1号)。

 以上の被告の事業内容,被告と職員との間の関係等に照らすと,被告とその職員との間の労働関係は,私法上の行為たる性格を有するものと解するのが相当である。

 こんな大事な判断なのに,こんなにもあっさりと片が付いてしまって良いのだろうか,という不安が……。しかも,この一般論,その後に出てくる就業規則の変更に関する議論と必ずしもリンクしているわけではない。

 判決では,郵政職員の処遇の変更については民間のルールが適用されると述べている。でも,郵政職員の身分については公務員とすることを国会が決議していたわけです。国会決議の意義が,判決では非常に薄い。郵政職員に公務員としての身分を残したことについては《政治》が絡んでくるわけですが,特定独立行政法人は郵政公社の他にも色々とあるわけで。そうした組織から争いが上がってきた時には,本件が参照されるリーディング・ケースとなりえます。それだけに,“身分は公務員だけれど処遇は民間”という本件の処理は,ちょっとていねいに点検しておく必要がありそう。

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Wednesday, 2007/03/07

ivory 『わんことくらそう』 [序章]

[] ivory 『わんことくらそう』 #1 人にあらずとも  ivory 『わんことくらそう』 #1 人にあらずともを含むブックマーク

 なごみ成分への飢えにさいなまれたので,“ほのぼのADV”を謳うivory『わんことくらそう』(ASIN:B000E8BV4W)を買い求めてくる。MKで2,900円にて。

 ヒトの形をした愛玩動物がヒトと一緒に暮らす世界。動物たちの知能は高くて会話もできる。キャラ造形にしても行動パターンにしても,人型動物たちが動物であることを意識させることはない。散歩の時になって首輪が出てきて思い出すくらい。

 オープニングが始まる前の序章に長い時間が充てられており,主人公とヒロイン(=わんこ娘)の出会いを通してこの世界における価値観が伝達される。本編に入ったところで同居人を迎えるなどしてキャラクターの配置が仕切り直され,日常生活編が幕を開ける。人型動物たちの《春》,すなわち発情期の存在が提示されたところ(ゲーム内時間では4月13日)まで読み進めたところで一旦閉じる。

 全体構成からすれば未だ序盤でしかないが,掲げられている主題(テーマ)を整理してみると―― これは『To Heart』におけるマルチ(HMX-12)シナリオと同じ構造だ。ただ,本作では世界に“悪意”が潜んでいる。人型動物たちを性的対象として扱う見方があることも示されている。序章が長めなのは,ヒロインの「みかん」が前の飼い主と別離する経験を描くことに費やしているからであり,わんこ娘の成長譚になっている。

 人が人ではないものを愛せるのかという命題に対し,葉鍵系ギャルゲーの文脈にあっては,これを肯定する結論しかありえないだろう。社会的弱者に対する態度につき,それが偽善であるとしても善意でありたいと願うのが『ToHeart』と『ONE〜輝く季節へ〜』とを繋ぐ思想だったと思うのだけれど。

 では,本作においてはどう扱われているのだろうか。続きを読み進めていくことにしよう。

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Tuesday, 2007/03/06

鬼魔あづさ 『アレお祓いします?』

[] 鬼魔あづさ 『アレお祓いします?』  鬼魔あづさ 『アレお祓いします?』を含むブックマーク

 鬼魔あづさ(きま・あづさ)の新刊『アレお祓いします?』(ISBN:9784862521231)を買う。

 前半を占める「学園七ふしぎ」は,巫女さん(但し能力は低い)が憑き物落としをして返り討ち――という黄金パターン。他にも短編5本を収録するが,いずれも粘性のある蒸気がま゛ったり゛とまとわりつくような作風。良く言えば「独特な立ち位置」で「玄人好み」。なんだか掘骨砕三ほりほねさいぞう)が醸す淫靡な雰囲気と似てきたような気がする……

 

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Thursday, 2007/03/01

乙一 『きみにしか聞こえない』

[] 乙一 『きみにしか聞こえない』  乙一 『きみにしか聞こえない』を含むブックマーク

 乙一(おついち)の山を消化しようと思い,手持ちの文庫本のうち最も刊行時期の古い『きみにしか聞こえない』(ISBN:4044253021)に収められている3つの短編を,毎晩1つずつ読んだ。

 まず表題作「Calling You」。脳内に携帯電話を手に入れた少女が,青年と通話する話。ところがこのケータイ,どうやら別な時間にいる人と結んでいるらしい。やがて二人は,互いの実在を確かめることに―― あれ,そうすると時間が××しているのに××するという問題が生じるけれど……と思ったら,それが結末でした。初期の乙一を評するに際して“せつなさ”という表現が用いられているのを目にすることがあったが,なるほど。

 2本目「傷 ―KIZ/KIDS―」。オレは,他人の身体のキズを移動させることのできるアサトに出会った――。設定が突飛なところは似たり寄ったりなはずなのに,どうもこの短編の世界観には上手く入り込めなかった。導入部では二人のであった場所として“特殊学級”という空間が用意されていたのだけれど,これが有意義に感じられなかったせいだろうか。あるいは,アサトという人間の行動原理に共感できなかったせいだろうか。

 3本目「華歌」。これまで,小説のところどころにイラストが差し挟まれていても,それは《挿絵》であって付加価値に過ぎないと思っていた。しかし,この短編は絵のために文章がある。わずか4枚であるけれどもイラストが起承転結の如く配されており,羽住都(はすみ・みやこ)の描いた絵の引き立たせるために文章が編まれている。これ以上は望むべくない相乗効果だ。

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