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博物士

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Monday, 2008/03/31

牧野宣彦 『ゲーテ「イタリア紀行」を

[] 牧野宣彦 『ゲーテ「イタリア紀行」を旅する』  牧野宣彦 『ゲーテ「イタリア紀行」を旅する』を含むブックマーク

 ここしばらく,コートのポケットに入れておいて移動中に少しずつ読んでいたのが牧野宣彦(まきの・のぶひこ)『ゲーテ「イタリア紀行」を旅する』(集英社新書ヴィジュアル版,ISBN:4087204324)。

 書名にあるとおり,かのゲーテが1786年にワイマールを出奔し,1年10か月に渡ってイタリアを周遊して書き残した『イタリア紀行』の足跡を辿るもの。まぁ,舞台探訪というやつです。ゲーテが何故イタリアへ旅だったのかについては,試し読みで読めるのでそちらを参照。

 本書の特徴は,作中に登場する名所旧跡などを撮影してまわった写真がふんだんに収載されていること。図像で示すことで固有名詞を認識しやすくなるだろうという本書の意図は達成されていると思う。

 ただ,いかんせん半端な出来。

 著者の経歴をみると,旅行会社に勤務して各種のツアーを企画したとある。本書を作ろうと思い立ったところにプロデュース能力が発揮されていると思うが,内容を記述する構成力が少々不足気味。こういったタネ本がある場合,手法としては(1)岩波文庫のように,原文はそのままにして注釈を書き加えていく方法と,(2)司馬なり塩野なりのように,いったん咀嚼して再構成する方法とが両極にある。本書では無難にその中間を採ったわけだが,原作のうち該当箇所を引用して「××とは△△のことです(写真)。」というパッチワーク構成を基本文体としている。通読すると,切り貼りして仕立てましたという感が強い。

 ところどころに著者なりの見解を加えているものの,専門家でもない人物が講釈を垂れてみたところで当てにならない(補足しておくと,肩書きだけで評価するつもりはない。しかし私の見るところ,この著者にとって文学作品に注釈を付ける作業は荷が重いだろう)。

 ならば,旅行ガイドとしての蘊蓄(うんちく)を添えてみてはと思うが,残念ながらそういった要素は抑えられている。しかも困ったことに,著者の「つぶやき」が何らかの興味を掻き立てるものではなかった。これは,原作の興を削ぐことのないようにとの配慮と受け止めるとしよう。

 とすれば本書の役割は,原作を読む必要に迫られた人があらかじめ概要を掴んでおくために,あるいは,本書を読んだ後に原作を手に取る橋渡しをするためのものと位置づけられる。本書に掲載された写真を揃えるだけでも結構な手間がかかるので,ゲーテの『イタリア紀行』に関心があるという向きには副読本として機能しよう。

 ただ,ちょっと気になったのが,風景はすべて現在の写真が添えられている点。ゲーテが旅した当時,例えばフォロ・ロマーノは荒廃して放牧場だったはず……。〈現代〉において追体験を目指すということであれば構わないところだが,〈当時〉の光景に対する配慮は込められていないので学術的な読みには参考資料としても耐えられないことは念頭に置いておくべき。

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Tuesday, 2008/03/25

杉山登志郎 『発達障害の子どもたち』

[] 杉山登志郎 『発達障害の子どもたち』  杉山登志郎 『発達障害の子どもたち』を含むブックマーク

 日帰りで東京出張。差別法理を議論する研究会だったので,行きの機内で杉山登志郎(すぎやま・としろう)『発達障害の子どもたち』(講談社現代新書ISBN:4062800403)を読む。

 著者は1951年生まれの医師で,児童青年期精神医学が専門。

 実にすぐれた啓蒙書amazon.co.jpでは冒頭の5頁がお試しで読める。

読者のみなさんは,おのおのについての是非をどのように思われるだろうか。〈以下,引用者による抜粋〉

  • 発達障害児も普通の教育を受けるほうが幸福であり,また発達にも良い影響がある
  • 通常学級の中で周りの子どもたちから助けられながら生活をすることは,本人にも良い影響がある
  • 養護学校卒業というキャリアは,就労に際しては著しく不利に働く
http://www.amazon.co.jp/gp/reader/4062800403/ref=sib_dp_pt#reader-link

これらの問題設定に対し,著者は

「これらはすべて,私から見たときに誤った見解か,あるいは条件付きでのみ正しい見解であって一般的にはとても正しいとはいえない。」

と答えている。この先は,実際に本文に当たって欲しい。いみじくも《児童》,《教育》,《福祉》の分野に携わる者ならば読んでおくべき書。近年,新書という形態を採る出版物に期待されていた〈教養の提供〉という機能が低下したように思えるところだが,本書には救われた思いがする。

▼ おとなりレビュー

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Thursday, 2008/03/20

上月雨音 『SHI-NO 夢の最果て』

[] 上月雨音 『SHI-NO 夢の最果て』  上月雨音 『SHI-NO 夢の最果て』を含むブックマーク

 上月雨音(こうづき・あまね)『SHI-NO ―シノ― 夢の最果て』(ISBN:9784829164099)を読みました。

 シリーズの第7巻。パーティが開かれている中,トイレで女性が射殺された。監視カメラの分析から容疑者として割り出されたのは5人。手がかりは,被害者がベルトの裏側に残された「犯人は夢路ハナ」というメッセージ。

 ――なのだが,この巻に限っていえば事件の顛末はどうでもいい。――というのは富士ミスを読んだ後に毎度言っているような気もするが,SHI-NOシリーズ内部の比較でもミステリとしての要素は弱い。見返しの作品紹介には事件のことなど一行も書かれていないところが潔い。

 少なくとも〈本格〉とは評価しがたく,〈社会派〉寄りのホワイダニット。結末はかなり強引というか卑怯というか。

 前巻『支倉志乃の敗北』から話の流れが変わり,それまでの不思議少女を受動的に描写するという態度から,キミとボクの有り様へと焦点が移ってきていますけれど,どういう方向に持っていくのか先が読めません。すでに志乃ちゃんが一歩を踏み出している時点で「なりたい自分に向かって,進んでいける」とか自問しているヘタレっぷりですからねぇ。

 何より,真白ちゃんによるヘタレ主人公もてあそびが弱かったのが残念でした。

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Saturday, 2008/03/15

[] ウルビーノのヴィーナス  ウルビーノのヴィーナスを含むブックマーク

 昨日,研究会へ参加するため東京に出てきたのですが,その後は自費で宿泊。そして,開館直後の09時40分に国立西洋美術館へ赴いて『ウルビーノのヴィーナス』展を見てきました。

http://www.venus2008.jp/

 が,ちょっと……。

 主たる作品と言えばティツィアーノの《ヴィーナス》でしょうが,これはウフィツィ美術館で見ているので「またお会いしましたね」で済ませました。土曜日にしては混んでいなかったのですが,さすがに大作の前には人だかりが出来ていて近寄れない。

 あまり印象が良くなかったのは,脇を固める作品群が弱かったからではないかと思います。ウフィツィから出品された3枚の配置された第III展示室を中心に考えた場合,展示の全体構成に無理があって。

 副題は「古代からルネサンス,美の女神の系譜」なわけですが,第I展示室は古代ギリシア・ローマ,第II展示室は15世紀イタリア,第IV展示室は《アドニス》《パリスの審判》というふうになっておりました。どうも部屋ごとの段差が大きくて……。

 お気に入りを一つ挙げると,第V展示室のアンニバレ・カラッチ《ヴィーナスとキューピッド》でしょうか。狭い画面に全身像をどのように配置するかの工夫がなされていて,「16色,640×400ドット」時代を彷彿とさせます。

f:id:genesis:20080315094327j:image

[][] 少女マンガ パワー!  少女マンガ パワー!を含むブックマーク

 上野から銀座線に乗って渋谷へ行き,東急東横線に乗り換えて武蔵小杉へ。川崎市市民ミュージアムで開催されている『少女マンガ パワー!――つよく・やさしく・うつくしく』へ。

http://shojomangapowerfan.blogspot.com/

 これは実に良かった。

 少女マンガ史を代表すると言える23人*1について,さらにそれぞれの代表作数点を選んで解説を付け,それらの原画等を展示するという趣向。作家・作品を選ぶバランスが絶妙であるところに加え,集められたカラー原稿等の質も高い。

 この元になったのは北米を巡回した“Shojo Manga! Girl Power!”展であるとのこと。前提知識を持たない人に存在を伝えるという目的が基底にあるおかげで,分かりやすいものになっています。希少価値のある品々も集められてはいましたけれども,この企画はプレゼンテーションの巧みさを評価したい。大変に満足のゆくものでした。

 多少なりとも少女マンガに関心を持っている人であれば,足を運んでみるべきものでしょう。2008年3月30日まで。

 ちなみに客層ですが,ざっと見たところ,当該作品の発表当時に少女だった淑女の皆様方が半分でございました。

f:id:genesis:20080315122006j:image

 帰りはミュージアム前からバスに乗って川崎駅まで,府中街道を進んでいったわけなのですが,街並みの乱雑さが痛々しく思えました……。

*1CLAMPが入っているので,延べ人数では26〜27人。

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Thursday, 2008/03/13

紅玉いづき 『MAMA』

[] 紅玉いづき 『MAMA』  紅玉いづき 『MAMA』を含むブックマーク

 紅玉いづき(こうぎょく・いづき)『MAMA(ママ)』(ISBN:9784840241595,2008年2月)を読了。

 きっかけは,とあるレビュー。

「この物語を読んでいると夜の雫が集まって細波のように頭の中に押し寄せる。」

http://d.hatena.ne.jp/hobo_king/20080208/1202468840

 普段とは違う文体の感想を書かせるほどの作品とはどのようなものなのか,興味をひかれて買い求めました。読み,そして,嘆息。

 ストーリーの要約を記してもあまり意味は無いと思う。この作品の魅力は,連ねられた言葉の美しさ。形容するなら端麗な。温度は無いのに,読む者を確かに射抜く。白色LEDから放たれた光線のように,冷たく,柔らかい。

「手を繋いで。『おやすみなさい』と言って。そして,目が覚めたら――『おはよう』と,言って」

 魔術師と魔物との間で取り交わされる契約が,何故に斯くもたおやかなのか。

 まるでプラネタリウムのような魅力をたたえた作品でした。


▼ おとなりレビュー

「この雰囲気はちょっと他の人が簡単に真似できないだろうなぁ。」

http://d.hatena.ne.jp/shamrock4/20080212/1202823539

「ああ、やっぱり、紅玉さんが作り上げる世界の雰囲気は、素敵だ。」

http://www.booklines.net/archives/4840241597.php

「生きること、人と人の絆、受け継がれる想い、そして、愛すること。単語で表現してしまえば安っぽくなってしまいそうな事が、言葉の中にぎゅっと籠められて、機微豊かに表現されているのはもう凄いとしか。」

http://d.hatena.ne.jp/KeiKomori/20080220/p2
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Saturday, 2008/03/08

[] 大学院はてな :: 「部活の顧問を引き受けてください。自主的に。」  大学院はてな :: 「部活の顧問を引き受けてください。自主的に。」を含むブックマーク

 頭に「北海道」が付く語の省略規則は面倒ですよね――と言語学の教授と話をしたのを思い出しました。

  • 北海道電力 → 北電(ほくでん)
  • 北海道新聞 → 道新(どうしん)
  • 北海道ガス → 北ガス(きたがす)
  • 北海道教育委員会 → 道教委(どうきょうい)
  • 海道職員合 → 北教組(ほっきょうそ)

 さて,本日の研究会で討論の題材になったのは,北教組に所属する者らが,時間外勤務手当等の支払いを求めた事案。

 公立学校の教職員については,昭和46年5月に「給特法」が制定されたことに伴い,(1)俸給の4%にあたる教職調整額を支払う,(2)労働基準法37条は適用除外とし,割増賃金は支払わない,(3)公務のために必要がある場合には時間外・休日労働を命じうる,という制度になっている。そして,昭和46年7月5日文部省訓令28号により,「原則として時間外労働は命じない」としつつ,「臨時又は緊急にやむを得ない必要があるとき」に当たる場合(いわゆる限定4項目)に限って時間外勤務を命じうるものとされている。

  1. 生徒の実習に関する業務
  2. 学校行事に関する業務
  3. 学生の教育実習の指導に関する業務
  4. 教職員会議に関する業務
  5. 非常災害等やむを得ない場合に必要な業務

 ところが実態としては,休日において部活動の指導などに当たったとしても時間外勤務手当は支払われていないわけです。本件第一審(札幌地裁判決 平成16年7月29日)は請求を棄却。そして控訴審(札幌高裁判決 平成19年9月27日 判例集未登載)も控訴棄却しました。

 まずその一般論。

 「以上のような給特法,給特条例制定の趣旨からすると,教育職員がプロフェッションの一員であるとの自覚のもと,自主的に正規の勤務時間を超えて勤務した場合には,その勤務時間が長時間に及ぶとしても時間外勤務等手当は支給されないと解するのが相当である。しかし,時間外勤務等を行うに至った事情,従事した職務の内容,勤務の実情等に照らし,時間外勤務等を命じられたと同視できるほど当該教育職員の自由意思を極めて強く拘束するような形態で時間外勤務等がなされ,そのような時間外勤務等が常態化しているなど,給特法,給特条例が時間外勤務等を命じ得る場合を限定した趣旨を没却するような事情が認められる場合には,給与条例14条,15条,労働基準法37条の適用除外を定めた趣旨も没却しているとして,その適用を認めるのが相当である。」

 この枠組みについては,法制度の存在を前提にすれば肯けるところかと思います。しかし,それに続く箇所は,もう悪い冗談としか思えません。

 「前記認定のとおり,控訴人ら教育職員の担任するクラス,担当する校務分掌や部活動,年間教育計画などは,予め各教育職員の希望を徴したうえ,プロフェッションの集団である校長以下の全教育職員が出席する教職員会議で決定されるのであるが,各教育職員の割り当てられた職務を全て勤務時間内に処理してしまうことは極めて困難である。

 してみると,各教育職員は,必然的に時間外勤務等を行うことになることを前提として,教職員会議で職務分担等を決定しているというべきであるから,各教育職員が教職員会議の決定で割り振られた職務を行う必要上時間外勤務等に及んだとしても,そのような時間外勤務等は,教育職員が自らの意思に基づいて決定したところに基づくもの,すなわち自主的に行ったものと評価するのが相当である

 なお,校長が教育職員にひたすらお願いしてクラス担任や部活動の担当を引き受けてもらうことがあるが,このような場合も,教育職員がプロフェッションの一員であるとの自覚のもとにやむを得ず引き受けたものと考えることができるから,引き受けた教育職員の自主的な決定というべきである。」

Thursday, 2008/03/06

谷川流 『絶望系 閉じられた世界』

[] 谷川流 『絶望系』  谷川流 『絶望系』を含むブックマーク

 谷川流(たにがわ・ながる)『絶望系 閉じられた世界』(ISBN:4840230218,2005年4月)を読みました。

 杵築(キヅキ)のところへクラスメイトの建御(タケミ)から電話がかかってきた。彼の部屋に天使と悪魔と死神と幽霊がいるらしい。

――本文5頁目にして超展開。読者として,これをファンタジーとして読むべきものなのかどうか判断を付けたいところですが,浴衣をまとった美女とはいてない幼女の掛け合いがこちらの意向などまるで無視して繰り出されます。しかも,読者からしてみれば作品内での取っ掛かりとなりそうな杵築は,この事態を平然と受け容れているようで……

 実験作と銘打っているだけあって,滅茶苦茶です。面白いとは思えない。しかし,谷川流の作品の中では『絶望系』が最も読んでみる価値のあるものだと思う。そして,本作に込められた不条理に惹かれるようでは人としてどこか壊れているのだろう,とも。

 設定の中に放り込まれたキャラクターが足掻く様をメタ的キャラ達と共にただ見下ろしているだけの悪趣味な話。そこには偽善の欠片すら無い。現実感覚から遊離しているのでケッチャムのような凄惨さなどは伝わってこないのだが,それだけにかえって人の生が何とも薄っぺらなものであることを意識させる。

 『絶望系』をツマラナイと言えるようなら,未だ大丈夫だろう。*1


▼ おとなりレビュー

「非常に面白かった。ただし、萌えとかライトノベル的設定に対する身も蓋も無い書き方をしているので小説としてはどうしようもない気もする。」

http://kiicho.txt-nifty.com/tundoku/2005/04/__3ad2.html

*1:余談。絶望した!と叫べるのはヴァイタルに溢れている人だと羨ましく思う今日この頃。

sahiro316sahiro316 2008/03/07 07:13 『絶望系』を”おもしろい”と感じたわたしは、もはや末期……?
いや、ライトノベルそのものにたいしてメタというか皮肉っているあたりが笑えてしまいまして……すみませんorz

trivialtrivial 2008/03/07 08:10 あまり言及されることはないのですが、『絶望系』はSFのあるテーマの系譜に属する作品です。ライトノベルとしては実験作かもしれませんが、そっち方面の系譜に即して読めば、むしろ正統的な流れに位置するものといえるかもしれません。
「あるテーマ」というのをここで書いてしまうと具合が悪いので、グーグルの検索結果(残念ながら、ざっと見た限りでは『絶望系』への言及はないようですが)を示しておきます。
http://www.google.com/search?num=50&hl=ja&lr=lang_ja&q=%E4%BA%BA%E9%A1%9E%E5%AE%B6%E7%95%9C%E3%83%86%E3%83%BC%E3%83%9E

genesisgenesis 2008/03/07 13:34 sahiro316: 本作は pleasant ではないけれど interesting だと思います。でも,ざっと見たところライトノベル読者層の中でも評価が二分されているようで。

genesisgenesis 2008/03/07 21:50 trivial:ご紹介いただいた固有名詞は寡聞にして知りませんでしたが,箱庭的世界観をモチーフにしたものであるという《構造》がSFの文脈では正統にあるであろうというのは納得できる話です。◆ あと,見返しで宣言されている「実験作」というラベルを認容したのは,叙述という《過程》の唐突さを正当化するための留保ではないかと受け止めました。

genesisgenesis 2008/03/07 22:01 あっ,思い出しました。SF読みでもないのに《人類家畜》プロットに馴染みがあったのは,『ELLE』(エルフ,1991年)があったからだよ。うん。

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Saturday, 2008/03/01

[] 大学院はてな :: 組合脱退と会社退職の《きょうはく》  大学院はてな :: 組合脱退と会社退職の《きょうはく》を含むブックマーク

 弁護士さんからJR東労組(浦和電車区)事件(東京地裁判決・平成19年8月31日・判例集未登載)の判決文をいただいて読んだのですが――

 まず最初に確認しておくと,四半世紀前にあった分割民営化のために労働組合法関連では多数の事例を提供してくれている某社が舞台であるものの,この事件に使用者は絡んでいないようです。それ故に,なぜ事件になったのかの構図が不可解だったりするのですが……

 訴えられたのは運転士7名で,会社内で最大多数を占めるE労組に所属していた(当該事業場では3/4近い勢力)。この事業場には他に少数派組合であるK労組(1/4の勢力)もあるが,今回登場するのは弱小勢力のGユニオン。

 Gユニオンでは組織拡大のためキャンプをするなどしてシンパを募っていたところ,H労組に所属していたYなる人物(当時29歳)がこれに参加した。このことがバレでH労組のメンバーから反感を買ったため,平成13年2月28日にYはH労組を脱退,同年7月31日には会社も辞めている。

 もし,組合集会でつるし上げを食らったり,職場内で疎外されたりということがあったのであれば,精神損害に対する慰謝を求めて訴訟を起こしたのだと言われても理解できます。が,今回は労働刑事事件。しかも7名全員に対し,懲役1〜2年,執行猶予3〜4年の有罪判決が出されています。

 罪状は,刑法223条の脅迫罪。だとすれば《害悪の告知》のあったことが構成要件となるわけですが,判決文を読み込んでもそれが見当たりません。「ずいぶんふざけたことしてくれるな」「やめちまえ,バカヤロー」などの罵詈雑言は見受けられますが,H労組のメンバーはYの行動によって憤っていたわけですから,売り言葉に対する買い言葉としてはテンプレートのようなもの。これが民事事件として,組合脱退の《強迫》があった(民法96条)という主張であれば分からなくもないですが……。

 しかも,組合脱退問題から会社退職まで5か月の開きがあります。この間,H労組からの接触は殆どありません。退職する直接の契機となったのは,6月末に被告人の一人とYがトイレで遭遇したときに,

「お前が乗務するとまた組織が混乱するだろう。いい加減身の振り方を真剣に考えろ。お前は病気にまでなったんだろう。」

という発言であると裁判所は認定しているのですが,これは孤立状況に陥った同僚を心配しての言動ととることもできるものであって,脅迫であると評価することに躊躇します。

 暴力が行使されているわけでないことはもとより,生命・身体に危害を与えられることを予感させる言動もありません。裁判所が認定した事実関係を前提とするにしても,これで《脅迫罪》が成立するとした司法判断には疑問を呈したいところです。

 訴訟上の問題としては,被告人らが344日間に渡って勾留されていました。標準的な21日間の取り調べについても問題があると考えますが,この異常なまでに長期な拘留は問題視すべきところでしょう。

 現在,控訴審で審理中とのことですが,どのような判断が示されるか注視したいところです。

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