栗本薫 『絃の聖域』

 『ぼくらの時代』が肌に合わなかったのはナウでヤングだったせいなのかと思い,栗本薫による《伊集院大介》シリーズの第1作『絃(いと)の聖域』を読む。古書店で探してきたので上巻は講談社文庫版(ISBN:4061362526),下巻は角川文庫版(ISBN:4041500494)とちぐはぐなことになりましたが差し支えはなし。
 1978年から『幻影城』への連載が開始された作品。長唄,とりわけ三味線に秀でた家元という〈旧家〉を舞台にした奇怪な殺人事件。うん,探偵小説はかくあるべしだよね。年老いた家元は妾と離れに引きこもっていて,実娘は入り婿と折り合いが悪く,夫は敷地内に妾を囲っているし,妻は外に愛人がいるようだし,息子は冒頭からやおい展開まっしぐら。唯一,常識人かと思われた娘も中途からヤンデレ化……。人間関係を記述すると愛憎入り乱れているのに,下巻に入ったあたりまで読み進めると各々が事情を抱えている様が説かれ,そのいずれもが愛おしくなってくるほどに人間味あり。この味わいは不朽。