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玄海原発対策住民会議

 

2014-03-22 九州電力交渉のお知らせ

玄海原発 再稼動NO!

九州電力交渉のお知らせ

 日時 2014年3月28日(金) 10時〜12時

場所 玄海原発エネルギーパーク正面玄関

     集合 9時30分

 内容 これまでの要求書の回答を中心に

 

 ○誘い合ってぜひご参加ください。

 ○九電原発再稼動をどう考えているか。

  連絡先/0655-52-2772(藤浦)   

2014-03-10 「原発ゼロ」3・11行動(アクション)への参加を!

原発ゼロ」3・11行動(アクション)への参加を!

                       主催/ 3・11行動(アクション)連絡会

 九州電力玄海原発の再稼動を全国に先がけて行うとしていますが、福島原発の事故の原因究明がいまだ出来ていません。安全確保ができない原発は止めましょう。孫や何万年先の子孫に大きなツケを残すことはできません。

 玄海原発の地元、唐松で反対行動(アクション)を起こします。誰でも参加できます。多くの人を誘いあってご参加ください。

 原発事故は再び起こさないように、また忘れないように「3・11行動」を毎月行います。

                記

 日時 2014年3月11日(火)11:00〜(40分程度)

 場所 唐津駅南口(九州電力唐津営業所前付近)

 目的 広範な人たちに原発の危険性をアピールします。

    (ブラスターや手製のプラカードまたハンドマイクなどご持参ください)

2013-08-21 原発再稼動反対8・25アクション

    原発再稼動反対

    8・25アクション

 原発なくせは国民の声です。

・2013年8月25日(日)10:30〜

・外津大橋の玄海町側に集合

 おさそいあって参加ください。

   玄海原発対策住民会議

   佐賀県原発問題対策協議会

2013-05-31 第30回定期総会・原発学習会

玄海原発対策住民会議の第30回定期総会及び原発学習会を下記の日程で開きます。

日時 2013年6月2日(日)13時30分〜

場所 唐津市二タ子3丁目 高齢者ふれあい会館りふれ

 史上最悪の東京電力福島第一原発震災から2年いまも事故は続いています。被災者の苦難も続いています。また事故の収束の道筋も見えません。事故原因の究明もできない状況で安倍内閣原発再稼動と原発輸出を進めています。また九州電力玄海原発川内原発の再稼動を前提に電気料金の値上げをおこないました。国民の多くが原発からの速やかな撤退を望んでいます。原発学習会と総会を開きます。誘い合っておいでください。

原発学習会 13:30〜14:40

会長挨拶

 講話 「原発なくそう!九州玄海原発訴訟

 講師 稲村蓉子弁護士(佐賀中央法律事務所) 資料300円

玄海原発対策住民会議第30回定期総会 14:50〜16:00

 

2012-06-29 原発なくそう!九州玄海訴訟で意見陳述

原発なくそう!九州玄海訴訟」で玄海原発対策住民会議副会長の仲秋喜道氏の意見陳述書の全文

平成24年(ワ)第49号・第133号

意見陳述書

2012年6月15日

佐賀地方裁判所 民事部 御中

原告 仲秋喜道

 原告の仲秋喜道と申します。玄海町生まれ、現在も玄海町で生活し、職業は僧侶で、曹洞宗東光寺の住職を勤め、かたわら地元の中学校で教鞭を執っていました。

 私は、これまでの半生をかけて玄海原子力発電所(以下、「玄海原発」といいます。)問題と闘ってきました。私が、原発とどう関わってきたか、主に三つの角度から意見を述べます。

 第一は、私がこれまで何故玄海原発に反対してきたのか。第二は、玄海原発は地元住民に何ももたらしたか。第三に、福島第一原発事故は何を明らかにし、そして「フクシマ」を経験した現在、玄海原発についてどう考えるべきか。以上の三点であります。

 私が最初に原発に関心を持ったのは、1965年、九州電力原発建設の候補地とし私の住む郷土・玄海町をとりあげたときです。玄海町が最有力候補地に目されていることを新聞で知り、私たち住民は、その年の10月、現地で野外集会を開き、原発誘致反対の決議をあげました。今から47年前のことです。

 1965年当時、原発と言えば時代の籠児扱いで、原子力の「平和利用」として「新しい時代の夜明け」だとか「人類の英知を集めた科学技術の最先端」と、もて囃されていたのを憶えています。

 しかし、昭和4年生まれの私は、戦争のまっただ中で育ち、中学4年生の時、学徒動員令で駆りだされていた工場の中で敗戦を迎えました。終戦直前の広島長崎への原爆投下は幼い私にとっても強烈な衝撃でした。原子力発電に疑問と抵抗を感じるのは当然だったと思います。

 当時、アメリカ原子力委員会の初代委員長であったD.リリエンタール氏ですら「原子力発電はまだ研究段階で危険性は非常に高い」と言っており。またアメリカ連邦最高裁判所も、原発は多量の放射能を製造し、その放射能たるや「人類がかつて造りだしたものの中で、最も恐ろしく、最も危険な作用をもつもの」であると述べていました。

 もしそのような原発玄海町に誘致されるとなれば、私のかけがえのない故郷が放射能で汚染されるかもしれません。故郷とは、朝起きるといつも眺める山々であり、緑輝く森や木々であり、家の前を流れる小川であり、田圃や畑であり、美しい棚田であり、そして仮屋湾の、玄界灘の青い海や空であり、そこに暮らす人々であり、幼な友達であります。それらすべての具体的なもの、人間だけではない、そこに生きる虫も鳥もみんな住めなくなる、それは許されないことです。

 玄海原発がそびえる値賀崎の岬には、幾つもの古墳が遺されていました。私たちは現地保存を九電教育委員会にお願いしましたが、取り合ってもらえませんでした。遂にその古墳が破壊されることになり、教師だった私は値賀中学・全校生徒を引率して、「これが見おさめだよ」と現地見学の最後の授業をしました。玄海原発古墳時代から受け継がれた玄海町の歴史を文字通り破壊しました。そのときの悔しさは今でも忘れません。

 自分の生命だけでなく郷土の自然、土地は先祖から受け継がれたものであり、未来の子々孫々に引き継ぐもの、いわば預かりものです。原発にきてほしくない思いはこれに尽きるのではないかと思います。

 第二の角度に移ります。玄海原発誘致が決まりかけると、原発用地の買収交渉が始まりました。生産性が低く九州チベットとまで呼ばれた玄海町に莫大な金が流れ込みました。1971年3月に玄海1号機の起工式が始まる直前の1月31日に、玄海町役場で、2000万円近い公金の横領事件が発覚し、大騒ぎになりました。事件は公金使い込みにとどまらず、役場幹部の花札賭博、競艇通い、土地買収費ピンはね、買収工作にかかわる遊興・不正乱脈・腐敗など、原発汚職につながっていきました。

 原発がもたらすものは、放射能の危険性だけでなく、人間を狂わせ、人間関係を破壊するところを目の当たりに見ました。原発の危険の代償として巨額の交付金、補償金、固定資産税など、様々な名目の金が玄海町に入りましたが、一部の業者を喜ばせはしても、町民の貧しい生活に変わりはありません。玄海町に住むある知人は「原発は人も町も破壊する」と吐き捨てるようにいいました。ひと頃、9300人いた人口も現在6000人台に減少しました。原発の金は人も町も堕落させ、民主主義そのものを破壊します。私は、民主主義を破壊しなければ原発はできないとつくづく実感してきました。あるジャーナリストも次のようにのべています。「原発は金に始まって金に終わる。原発民主主義の対極にある」と、全く同感です。原発がもたらした負の遺産は現在も玄海町を支配しています。物言わぬ、言いにくい原発立地町内に住む複雑な住民の気持ちを、私たちのように自由にものを言える立場の人間が汲み取って代弁していかなければなりません。民主主義の戦いは決して避けることのできない、今も大きな、重い私たちの課題です。

 最後に第三の角度について

 東日本を襲った地震津波により福島第一原発の電源が切れ、冷却装置が動かなくなったとの一方を知り、身の毛がよだちました。とっさに炉心溶融を予測したからです。次の1号機爆発で「ついにきたか・・」と、全身が凍りつく緊張感をおぼえました。自分では冷静のつもりでしたが強い衝撃でした。私は長年、原発の危険性を訴えてきましたが、心から耳を傾けてくれる人は少なく、厭な思いや、挫折を繰り返してきました。福島第一原発報道は、私に、妙な確信と、うしろめたい感じが入り混じった複雑な思いを抱かせました。「日本では過酷事故は起こらない」とされていた原発安全神話」が、爆発で吹っ飛び、原発が本質的に未完成で欠陥技術への危険性をもっているとの自説を改めて証明したからです。

 しかし、事故による証明は、やはり最悪で不遜な悪魔の考えです。福島の現実はもっと残酷で、あってはならない厳しいものでした。自分がいかに甘く、無知であったことに気づき、自責の念に駆られます。

 玄海原発をどうするか。福島原発事故がもし玄海原発で起きていたら、と考えると結論は明らかです。自分のところに限って、まさか、と考えること自体、現実的ではないし、原発を知らなすぎます。福島の事故は十数万人の避難者をつくり、放射能が広大な山々や田畑を汚染し、故郷を奪いました。子どもたちの将来に不安と恐怖を齎しました。もう二度と「フクシマ」を繰り返すことは許されません。

 私は、一日も早く、一刻も早く原発を廃止する以外はないと確信するものです。このことを心から訴えて意見陳述をおわります。

 ありがとうございました。

以上

 
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