2016年3月5日放送 『新井英一の世界vol.348』

 3月に入りました。春の到来に心浮き立つ月ですね。いつもなら手放しで喜んでいる私ですが、今は少し感傷的です。…まだ2月だった先週末、旬ももう終わりと、木屋町も五条にほど近いふぐ専門のお店に案内されました。この日は寒気がちょうどぶり返した時で、寒さもご馳走の内と歓迎です。行き着いたのは、鴨川沿いに佇む、いかにも京都らしく奥に細長い、歴史を感じる割烹でした。昭和24年創業だそうです。お腹も膨らみ、酔いもいい感じに回った頃、席に来られた女将さんがおっしゃいました。「こんなに賑やかなのは今週までで、来週からはぐっと寂しくなるんですよ」。確かにふすまで仕切られた四方から賑やかな笑い声がずっと聞こえていましたが、急にそれが季節送りの宴に思えてきました。…私、冬を楽しんだかな?…。遠ざかろうとする季節を 今更ながら引きとめたい心境です。

 話は変わって、『さくらんぼの実る頃』という有名なシャンソンがあります。もう100年以上昔の古い歌です。さくらんぼの季節はフランスも日本も初夏なのに、毎年3月になると、この歌を口ずさむ習慣がいつしか私にはついてしまいました。歩きながらはもちろん、料理しながら口ずさみ、気づいたら手を止めて歌に没頭している時もあるほどです(笑)。素敵な想い出をひとつお話ししましょう。パリの4区にその名もズバリ、「さくらんぼの実る頃」という名前のカフェがあります。名付けのきっかけはおそらく、この可愛い住所でしょうね、さくらんぼ畑通31番地。その昔、モンマルトルにぶどう畑があった話は聞いたことがありますが、さくらんぼ畑もパリにあったのでしょうか。

 カフェ「さくらんぼの実る頃」は、地元の人に愛されている昔ながらの店です。界隈には楽器修理の工房がいくつかあって、休憩や仕事帰りに、職人達も一杯引っかけにやって来るようです。給仕する店のマダムとも、もうどれほど長い付き合いなんでしょう、空気も親近感に満ちています。通常ザンクと呼ばれるカフェのカウンターを挟んで、今日も男たちとマダムが、いつも通り、お喋りを始めます。会話がノッたらみんなで歌い出す陽気さ。その笑顔の沢山の細いシワに、彼らの誇りや涙が刻み込まれているようで、「人生万歳!」、たまたま居合わせた私も、心の中で祝福のグラスを掲げました。

 では音楽です。本日は古くも愛されている歌を2曲選びました。前置き不要、早速お聴きいただきましょうね、唄・新井英一。『さくらんぼの実る頃』、続いて、『リリーマルレーン』をどうぞ。

今週の曲紹介
さくらんぼの実る頃』
リリーマルレーン』 (アルバム「ライブイズベスト」より)

放送時間17分

『新井英一の世界vol.348』の再放送は、3月7日(月)午後3時〜、3月8日(火)夕方6時15分〜です。