2010-03-11-Thu
■[ame-comi]Superman: Red Son

Superman: Red Son (Superman (Graphic Novels))
- 作者: Mark Millar
- 出版社/メーカー: DC Comics
- 発売日: 2004/02/01
- メディア: ペーパーバック
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川の流れを変え、鉄の棒を素手で曲げられる異世界からの奇妙な訪問者が、労働者のチャンピオンとして、スターリンと社会主義のため、さらにはワルシャワ条約機構の拡張のため終わりなき戦いを戦う!! (裏表紙より)
ウォンテッドとかのライター、マーク・ミラーどん(キックアス気になりますね!)の書いたスーパーマンWhat-Ifもの。故郷の滅んでしまったクリプトン星人スーパーマンは、"Red Son"ではアメリカの片田舎ではなくソビエトで育っていくことになる。ので胸にはSマークじゃなく鎌とハンマー。
カッコいい!!
でスターリンが死んだので「鋼鉄の男」二代目となったスーパーマン*1は、科学者レックス・ルーサーやらを擁するアメリカの妨害にも負けず精力的に活動、事故からの救助活動だけでなく政治面にも手を伸ばし、「ここでは皆が傘を持っていない限り、急な雨に降られることがない」との名言を残す。
しかし彼を良く思わない部下たちやアメリカの援助によりレジスタンスが活動していた! なかでも子供のころソビエトの秘密警察に両親を殺されたある男は、蝙蝠の衣装を着てレジスタンスの精神的支柱となる*2。
ロシア帽がイカス!
またアメリカのレックス・ルーサーは墜落したUFOを調査し、そこにあったパワーリングの解析と複製に成功、打倒スーパーマンのためハル・ジョーダン大佐にグリーン・ランタン軍団を結成させる*3。
たくさんいるのでカマセ!
いろいろあって「地球人でもないくせに、俺たちを自分の自由にしようなんて何様のつもりなんだ?」「いっそ全世界を瓶詰めにしてみたらどうだ?」などとレックス・ルーサーの口攻めを受けたスーパーマンは、パートナーだったブレイニアックが突如豹変し作動させた時限爆弾を抱えて宇宙に飛び去り自爆する。めでたしめでたし。
……とはならない。最後はものすごいオチがつく(後述)。
というわけで、なんだ。「お腹がすいてどうしようもない人にごはんをあげるのが真の正義」というやなせたかしの言葉を知るはずもない作者だけれど、「皆が飢えることのない世界」をスーパーマンが実力で実現させようとしたら案外それなりにうまくいった話。単純にどちらを善悪ということもできない。
あとスーパーマンがバットマンに弱いのはいつものことだなーとか、レックス・ルーサーの言葉「彼がやってくるのがもし数時間ずれていれば、彼は我々の側にいて、私とも良い友人になれたろう」に微笑したり。いや結局ヴィランですからあんた。ヤング・スーパーマン? あぁ、うん……。
オチについて。
2009-09-07-Mon
■[book]私の一世紀(ギュンター・グラス)

気付いたら半年も放置してて赤面。さて、ついったと読書メーターで自分のアウトプット欲は満足できてるなあという感じなんだけど、140字じゃ表現できない情熱というのもこの世にはある! ので、そんな感じで使用っていきたいと改めて思ったりなかったり。前もこんな感じのことは言った気がするけど。
ちうわけでギュンター・グラスの『私の一世紀』。
- 作者: ギュンターグラス,G¨unter Grass,林睦実,岩淵達治
- 出版社/メーカー: 早稲田大学出版部
- 発売日: 2001/05
- メディア: 単行本
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コイツを読もうと思ったのは、エルンスト・ユンガーの"In Stahlgewittern."(『鋼鉄の嵐の中で』)をどうにか読めねーかといろいろ検索してるうちに、ユンガーとレマルクの仮想対談が収められてると知ったからで。この両者がどう捉えられてるかってーと、一次大戦後にユンガーは戦争賛美、レマルクはモロ反戦、『西部戦線異状なし』の主人公最後に死んじゃうし。という、まあバリ右翼とバリ左翼的な。ヘイ彼女、『西部戦線異状なし』の映画観たことある? 俺っち観たことないけど、そんなカンジ。蝶々捕まえようと塹壕から頭出して死んじゃうんだよね。
とまれ、ユンガーとレマルクは実際に対談などしていない。ケド、いわゆれ「真実は必ずしも事実によってのみ語られるものではない」わけで、作者の人がWW1を多角的にアレするため実際は行われなかったイベントを設定したのなら、読者としてはそれにガンガン乗っかってくだけですよみたいな。
そして読んでみたところ、こいつぁどえらいシミュレーション、もとい、どえらい小説、というか小説と呼んで良いのかすら分からないレベル。
この本はタイトル通り20世紀を概観したもので、1900年から1999年までの百年間、一年につき一編の短編小説が収められてるってカタチになってる(いわゆる20世紀とは一年ズレがある)。つっても明確に一年一編ではないし、回想や書簡、同窓会的な集まりなどがあるため、19xx年のイベントが19xx年に書かれるってわけでもない。先述のユンガーとレマルクの対談はもちろん第一次大戦の年々に対応しているけど、それが開かれたと仮想された年は60年代で、それをさらにインタビュアーが80年代に回想するという感じ。
百の断片が相互に有機的な絡みを作りつつ「一世紀」という長編をなしていく……この発想を実現させたことのみで大きな価値があるだろうが、加えて作者グラスでさえ登場人物として登場する枠構造的な面白さや、歴史小説的な魅力なども兼ね備えられており、短い時間で読破してしまったのが申し訳なくなってくるくらいだ。といって一年一編のスピードで読んでいたら死ぬまでに読み終わらないが。
そしてラストの1999年、すでに死んでいたグラスの母がその年まだ生きていたという設定で、老人ホームから「戦争は嫌だねえ」と語る姿。ドイツの20世紀はそれ抜きでは語れなかったゆえに、その言葉は非常に重みを持つし、読者の側から見ても、その次の次の年に何が起きたかを知っているゆえに、その言葉は深い余韻を残す。
……しかし日本でこれを書ける人っているのかな。うーむ。
追記:レマルクの"In Stahlgewittern."、『鋼鉄のあらし』で探してみたら国会図書館にはちゃんとあったし、他にも三重大とかにあった。あとは取り寄せてもらうだけですね。しかし1930刊行というのは明らかに古すぎるだろJK。岩波あたり訳せよオラ。
2009-03-03-Tue
■[movie]フェイクシティ ある男のルール

ジェイムズ・エルロイが脚本だったことを知ったので(via: エルロイ、永遠にえげつなく - 深町秋生のベテラン日記)、先週の金曜観に行った。
話の筋などは置いて、中盤「ジム・トンプスンの『おれの中の殺し屋』っぽいなー」と感じた。というのは、『おれの中の殺し屋』の主人公ルー・フォードが自分の嘘によりのっぴきならない状況に追い込まれていくのと同様、この映画の主人公トム・ラドローは自分のしたことと自分の述べた真実により、のっぴきならない状況に追い込まれていくからだ。そういえばルー・フォードとトム・ラドローは名前も似ている。いないか。
面白いのはそこからで、ルー・フォードが自分の犯罪と嘘により追い込まれ破滅したのに対し、トム・ラドローには上司の庇護により平穏が与えられる。そして彼にとっての苦闘が始まっていくことになる。
オチは予想の範囲を出ないが、甘美な敗北も許されないという点で、やはり『おれの中の殺し屋』とは対称的であるなあと思った。
- 作者: ジム・トンプスン,三川基好
- 出版社/メーカー: 扶桑社
- 発売日: 2005/05
- メディア: 文庫
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gern
2009/03/04 13:47
戸田奈津子の字幕にゲンナリしたのと、最後のガン=カタぽいシーンに「カート・ウィマー乙」と思ったのを追記しておく。
2009-02-27-Fri
■[book]汚れた7人(リチャード・スターク)

- 作者: リチャード・スターク,小菅正夫
- 出版社/メーカー: 角川グループパブリッシング
- 発売日: 2008/09/25
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ジェイムズ・ウェストレイクが死んでしまったので、彼が別名義で書いた悪党パーカーシリーズのうち最近復刊されていた七冊目を読んだ。
このシリーズは犯罪小説ものなので、大抵は「デカいヤマをどうやるか?」という話である。深夜に一つの町を丸ごと封鎖したり、テレビ説教師の収益をまるごといただいてしまったり、主人公パーカーは過去たくさんの仕事をこなしてきた。彼が本書で挑んだのは「フットボールのチャリティ試合の収益」だが、物語はその数日後、隠れ家を五分ほど空けていた彼が異変に気付くところから始まる。情婦が殺され、奪った金が全額何者かに持ち去られていたのだ。かくしてプロ犯罪者のパーカーはアマチュア探偵の真似をし出すことになる。
といってもシリーズがシリーズなのでドタバタタッチになったりすることなどなく、パーカーの探偵業務は犯罪行為を行うのと同様淡々としている。果たして変化球な構成にする必要があったのかと思うぐらいだが、このシリーズ特有の中盤での視点変更で、その感想を改めなければならなかった。ここで視点は――ネタばらしになってしまうが――パーカーの情婦を殺し金を奪った男に移る。本書のもうひとりの主人公といっても過言でない彼がこの犯罪を行った理由、そして彼のパーカーへの恐怖が語られ、悪党パーカーシリーズでありながら悪党パーカーシリーズではない別のものを読んでいるような不思議な感覚を抱いてしまう。構成を変えた意味はあったのだ。
そしてラスト、パーカーに刃向った他の人間がそうなるように、彼もまたパーカーに破滅させられる。他の周りの人間に破滅と不幸をもたらすパーカーはまさしく悪党であり、転落がノワールの条件ならば本書は裏返しにされたノワールともいえるだろう。オチはどこか見覚えもあるが、良いものを読んだ。ウェストレイク/スタークよ安らかにねむれ。
2009-02-26-Thu
■[movie]民族の祭典/美の祭典

- 出版社/メーカー: コスミック出版
- 発売日: 2008/05
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ベルリンオリンピックの記録映画。買ったのは二本合わせて千円のやつだけど、淀川長治解説付きの少し高い版もある。大体何言ってるかは予想がつくので、安いほうを買った。
現在の過剰に装飾されたスポーツイベントと比較すると、ベルリンオリンピックはいささか素朴な感じもする。ナレーションの人なんかずいぶん淡々としたもんだし、棒高跳びにクッションがなくておののくときもある。しかし競技でのドラマチックな展開や画面の中にただ映し出される肉体の美しさは単純に素晴らしいし、ジェシー・オーエンズの超人ぶりや七十年以上前の人たちの活躍などには、たとえ彼らが既に死んでいたり記録がとうの昔に破られていたりしても、やはりワクワクする。聖火リレーやエキシビジョンの様子などには、今のオリンピックの源流めいたものも感じられるだろう。
そしてこの映画のもうひとつの側面としてナチスのプロパガンダ映画であるというのがあり、画面にいきなり現われる不穏な面々には少々ビビらざるを得ないし、他にも国旗掲揚の際ナチス党旗が掲げられるのを見るときなど、それを思い出さずにはいられない。
一つ疑問に思ったこととしては、DVDのパッケージに「51か国のアスリートたちが参加し」と書かれていて実際に開会式でもそう言われているのに、今IOC公式やwikipediaなどを見てみると参加国数が49となっている。不思議なのでまた調べてみようと思う。
余談だが、ドイツのメタルバンドRammsteinはPVにこの映画の映像を用いるなどしたために、ネオナチ疑惑をかけられたという。
Einsamkeit
超おひさしぶりです。StrippedのPV見る度にいつも思うんですが、歌詞の内容と全く合っていないのにどうしてこの映像を使ったのか分からないです。どういう意図なんでしょうねこれ。
gern
超おひさです。カバー元との歌詞の違いに秘密があるような気もしますね。




