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2007.08.20.

[][]多摩豊の「RPG世代論」を正しく把握する

多摩豊 1995 『次世代RPGはこーなる!』メディアワークス.】

 を読みながら、「RPG世代論」の定義を再確認しました。

次世代RPGはこーなる! (電撃ゲーム文庫)

次世代RPGはこーなる! (電撃ゲーム文庫)

 RPG世代論は人によって違い、その都度「TRPG世代論ってなんやねん」と混乱が見られるようです。たぶん、馬場秀和さんの(すこぶる評判の悪い)「RP」とか「P」とかとごっちゃになっているのでしょうね。*1。それは今回話す多摩豊氏の世代論とは全然違いますので、ご注意ください。

 私が世代論を話すときは、通常この多摩豊さんの「世代論」に準拠し、多摩さんの使ったとおりに使おうと考えています。今回のエントリは、今後そういった話をする際の踏み台のようなものですね。

 ちなみにこの本は、単にテーブルトークのRPGだけでなく、当時既に一大産業として成立していたコンピュータRPGのデザイン思想も絡めて、自由にRPGのあるべき未来について論じた名著ですので、もし、読まれたことのない方は入手されることをおすすめします。

 「職業としてのRPG批評家」というものがもし存在し得るのだとすれば、その国内でもっとも影響を与えた例が、おそらく多摩豊さんなのではないかと私は思います。*2本当に惜しい方をなくしました。

 まず、第一世代RPGからいってみましょう。


 ダンジョンズ&ドラゴンズは、あくまでも戦闘ルールを主体としたゲームの域を出ることはなかった。なにしろ、元々戦闘ルールから作られたゲームだった*3ため、周辺のルールは“いろいろなお話を作る作り方”にしかならなかったのである。そこには固定した一つの世界観はなく、お話の背景のようなものも存在していなかった。

 この、戦闘を主体とし、周辺を補助的な要素として扱うゲーム、これが第一世代のロールプレイングゲームと呼ばれている。

 第一世代のロールプレイングゲームの代表作は、もちろんダンジョンズ&ドラゴンズであり、そののちに登場したトンネルズ&トロールズなどもこの第一世代に分類される。

(多摩1995:18)

 したがって、第一世代は以下のように定義することができるでしょう。

  • 第一世代RPGの定義:「戦闘シミュレーションのデザイン技法から派生した戦闘ルールの運用を主体とし、その周辺の状況描写を補助的な要素として扱うRPGのこと」

 次、第二世代。

 ファンタジー・ロールプレイングの隆盛に目を付け、ロールプレイングゲームという新しい遊びに手を出してきたのがGDW社である。

 GDW社は、ロールプレイングゲームのストーリー構築という面に注目し、これをより強調したゲームシステム、トラベラーを考案した。

 トラベラーはSFという設定を用い、その設定をいかにして具体的に表現するかに的を絞ったゲームシステムをとった。ここでは戦闘システムは、あくまでストーリー構築全体の一部であり、実際にプレイを行った場合でも、戦闘の起きる頻度はダンジョンズ&ドラゴンズよりも遥かに低くなる。そして、舞台となる世界設定をルールで強固に固めることで、広大なキャンペーン世界の創出を可能にしている。

 第一世代のロールプレイングゲームでは、

「戦闘をする個人には、戦闘以外にも個人としての生活がある」

 という観点からルールが構築された。“まず戦闘ありき”だったわけである。

 ところが、トラベラーは、

「個人には生活があり、その中には戦闘もあるだろう」

 という観点、すなわち“まず生活〈世界〉ありき”という発想を取ったわけである。

(中略)

 第一世代のロールプレイングゲームでは、プレイヤーのキャラクターはただやみくもに冒険に出かけたものだったが、トラベラーではキャラクターはまず第一にその世界の住人となることを要求される。ストーリーはそうなってはじめて構築されるわけである。プレイヤーのキャラクターが探偵紛いの活動を行い、大きな陰謀を未然に防ぐシナリオなど、いわゆる第一世代のロールプレイングゲームとはまったく異なる発想のゲームと言わざるを得ない。

 こういったストーリー指向、キャンペーン指向のルールシステム、これが第二世代のロールプレイングゲームの特徴である。

(多摩1995:18-22)

 上記から、第二世代RPGの定義は次のようになるでしょう。

  • 第二世代RPGの定義:「戦闘ルールよりも、むしろキャラクターの生活世界に関する事象を中心にルールで記述し、“その世界の住人”として生きることを楽しむことを主題とした、ストーリー指向・キャンペーン指向のRPGのこと」

 次、第三世代RPG

 この第一世代、第二世代の発展型として登場するのが第三世代のロールプレイングゲームである。

 第三世代のロールプレイングゲームは、キャラクター、ストーリーというものがより重点的に扱われている。すなわち、第二世代が、

「世界があって、キャラクターがいて、ストーリーが存在する」

 と考えるのに対して、第三世代は、

「ストーリーが存在するために、キャラクターがいて、世界が存在する」

 と考えるわけである。これは具体的にいうと、ある一つのお話を構築するために、それに必要となるキャラクターや世界を作ろうとするということになる。

 ルールの違いから見てみると、たとえば他のロールプレイングゲームがプレイヤーの自由に様々なキャラクターを作れたのと異なり、第三世代のロールプレイングゲームはある程度キャラクターの役割を規定してしまう。すでに存在するキャラクターをプレイヤーに与える場合もあるし、ある程度の自由度はあるものの、基本的な部分はルール(またはシナリオ)が規定したラインに沿わなければならない場合もあるが、とにかくプレイヤーのキャラクターは“お話”の一要素として期待される役割を持っているのである。

 もちろん、シナリオのプロットもかなり強制的に定められてくる。大枠のストーリーラインだけがあり、あとはどうなるか自由に決めていい第二世代と違って、第三世代ではキャラクターを作る時点でストーリーの終着点もある程度明示されているのである。

(中略)

 プレイする場合でも、プレイヤーには決められた役割が割り振られる。シナリオの進行やストーリーの流れはある程度決まっており、プレイヤーもそのラインにしたがって“エンディング”を迎えられるようにプレイを行うことが期待される。

 もちろん、そういった期待に反したプレイを行っていけないわけではないが、それではプレイの面白みが全うされない、それが第三世代のロールプレイングゲームである。

(多摩1995:22-4)

 ここの説明はけっこう長かったんですよね。代表作として『スターウォーズRPG』や『007RPG』、『ストームブリンガーRPG』などがとりあげられています。

  • 第三世代RPGの定義:第二世代よりもさらにストーリーを中心に置き、キャラクターのプレイ中における役割や、ストーリー全体の筋道をある程度決めた後、プレイヤーのそれぞれがゲーム中に期待される役割にふさわしいプレイを行うRPGのこと」

 こう整理した後、多摩さんは以下のように総括します。

 最初に説明した通り、ロールプレイングゲームはその誕生の時点で“こうあるべきもの”という姿が決められていたものではない。正しいプレイの方法が決まっていたわけではなく、様々なプレイヤーやマスター、そしてデザイナーの手によって徐々に園遊び方が開発されていったものなのである。その結果として、現在では第一世代から第三世代までのシステム的、遊び方的な違いが生じてきた。

 重要なのは、このどれかが“正しい”とか“優れている”という評価は行えないということである。

 (中略)

 こう考えた場合、ここで一つのことが言えるのではないかと思う。すなわち、

ロールプレイングゲームには、いくつかの遊び方がある」

 ということである。

(多摩1995:26-7)

 私もその通りだと思います。

 ですから、特定の世代のRPGシステムだけを至上と考えてしまった場合、RPGシステム製品全体を公正に判断することは、とても難しくなってしまうのですよね。

 RPGシステムに批評の軸を与えようとする場合、この多摩さんの世代論を参考にしつつ、

「自分はこの世代論に対してどれだけ自覚的であるか」

「自分が好きな世代論に固執して、他世代のRPGを不用意に誹謗していないか」

「その上で、自分が取り組み甲斐があると考える特定世代のシステムをいかに有効活用すべきか」

 という風に自己点検しつつ、システムに取り組んでいけばよいのではないかと思いますね。

 それに、このごろでは「第3.5世代RPG」とか「第四世代RPG*4もありますので、そろそろ次のTRPGシーンを考えておく意味でも、元ネタを押さえておいて損のない術語だと思います。

 もう一度、整理しておきましょう。多摩(1995)によるRPG世代論の要約は以下の通りです。

  • 第一世代RPGの定義:「戦闘シミュレーションのデザイン技法から派生した戦闘ルールの運用を主体とし、その周辺の状況描写を補助的な要素として扱うRPGのこと」
  • 第二世代RPGの定義:「戦闘ルールよりも、むしろキャラクターの生活世界に関する事象を中心にルールで記述し、“その世界の住人”として生きることを楽しむことを主題とした、ストーリー指向・キャンペーン指向のRPGのこと」
  • 第三世代RPGの定義:第二世代よりもさらにストーリーを中心に置き、キャラクターのプレイ中における役割や、ストーリー全体の筋道をある程度決めた後、プレイヤーのそれぞれがゲーム中に期待される役割にふさわしいプレイを行うRPGのこと」

 ちなみに、氷川霧霞さんによれば、第四世代も含めた世代論は、システムの構成要素をそれぞれ〈物理法則〉〈背景世界〉〈物語〉に区分けした上で、整理しているようです。

  • 第1世代…D&D(物理法則に関する共通認識をシステムで提供)
  • 第2世代…Rune Quest(物理法則と背景設定に関する共通認識をシステムで提供)
  • 第3世代…FEAR系(物理法則と背景設定と物語に関する共通認識をシステムで提供)
  • 第4世代(?)…Aの魔法陣(システムでは共通認識を提供しない)

(氷川霧霞,2006.05.14「Aの魔法陣の楽しさはどこにあるか」*5

 第四世代を自ら名乗る『Aの魔法陣』も含まれているようです。

 これに対して、氷川さんのエントリの下で、芝村さんの定義も書いてありますので、それも乗っけておきましょう。

  • 第1世代 …MAPとその付属データだけでシナリオが成立するTRPGのこと。例:クラシックD&Dなど
  • 第2世代 …結局ダンジョンもぐりに終始する第1世代に対して膨大な世界設定とその付属データだけで成立するTRPGのこと。所謂シナリオはない。例:ルーンクエストなど 豊富な世界観情報などを用いて全方位の自由度を持とうとした。
  • 第3世代 …第2世代で肥大した情報量に対して、限定的な情報で対応しようとしたTRPGのこと。MAPとその付属データだけではなく、シナリオがないとゲームとして成立しえない。近代のTRPGのほとんどがこれで、シナリオ抜きにはゲームが存在しえない。
  • 第4世代 …第3世代の窮屈さに対して第2世代の理想を簡単かつ現実的な手間で実現しようとしたもの。シナリオ作成の手間は限りなく低い。

芝村裕吏2006.05.16,氷川TRPG研究室Blogへのコメント)*6

 なお多摩豊つながりで言ってしまいますと、デザイナー芝村裕吏さんは、『Aの魔法陣』の昔のサイトでも何度も取り上げるほど、多摩豊さんの提示した「宿題」に意識的に取り組んでいる方でもあります。私が関心を持っているのは、多摩さんが『コンピュータゲームデザイン教本』において取り上げた〈ゲームスケール〉の問題*7を芝村さんが〈特異点問題〉と名づけ、それについてこだわりぬいた末に『Aの魔法陣』が出来たという話です。*8

 

コンピュータゲームデザイン教本 (Login Books)

コンピュータゲームデザイン教本 (Login Books)

 以上に語った認識を基礎として、今後もTRPG世代論を有効に使っていきたいと思います。

*1馬場秀和1998『RPG世代論 −あるいは盛年の主張−』http://www.scoopsrpg.com/contents/baba/baba_19980725.html

*2:後はデザイナーないし業界の重鎮による評論がありますが、単独の例では、最近ではRPG専門誌のライターさんが雑誌記事を書くこと以外、ほとんど見かけませんね。多方面で活躍していらっしゃるはずのRPGライター陣によるまとまった評論が出ないのは、売れないと見込まれているにせよ、いささか残念なことです。また、文章によるものよりはむしろ、漫画による評論のほうが、TRPG業界内ではキャッチーな力を持ってきたような印象があります。

*3:デイブ・アーンソンがデザインしたウォーシミュレーションゲーム『チェインメイル』から派生したルールがD&Dである。

*4:『Aの魔法陣デザイナーである芝村裕吏氏は、この多摩豊の世代論におおむね準拠した上で、自作のシステムを「第四世代RPG」と定義している。

*5http://www.trpg-labo.com/modules/wordpress/index.php?p=480

*6:引用元は同上。

*7:多摩1990:185-94

*8:この辺の話はhttp://www.alfasystem.net/A/playerguide03.htmlなどに詳しい。ここで芝村は以下のように述べている。「Aの魔法陣は、今は亡き多摩豊さんが生前おっしゃってたこの問題に、今現在において唯一まじめに答えを出そうとしている(バカ)システムのため、この問題を完全とは言えないまでも、無矛盾に解決することに成功しています。これはそれまでファクターに入ってない概念というファクターを含んでゲームシステムが設計されているために成立しています。」

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