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2008.05.27.

[][][]読書録

 に関する読書録。


思想のドラマトゥルギー (平凡社ライブラリー)

思想のドラマトゥルギー (平凡社ライブラリー)

 林達夫久野収、博覧強記の知識人同士が、半世紀前に広がっていた日本の〈教養人〉の風景を、対話を通じて見事に立ち上げています。

 竹内洋(2003)*1が指摘するように、わたしたちはすでに〈教養主義〉の効力をほとんどアテにできない時代を生きていますが、それでも鶴見俊輔羽仁五郎清水幾太郎といった、当時の知識人を代表する一流の名前が、彼らのやりとりの中で英雄列伝のごとく登場するさまは、ほんとうに〈教養〉が価値あるものとして認められていた時代の薫風を感じ、圧倒されてしまいます。こういう時代が確かにあったのだと。

 こういった本を紹介した時によくりがちなのが「教養の復古を!」といった懐古趣味ですが、私はそういうのに関しては、ブッチャケアリエネエ、と思います(それを簡単に口にする人は、〈文化的資本〉とは何かをよく理解していない)。しかしその代わりに、彼らの実力に一歩でも近づけるような知者でありたいと、私的な感慨を抱くことくらいは、許されてもよいのではないかと思いました。

 〈教養〉については、もう他者に押し付ける気にはなれないですね。武道やらスポーツやらと同じで、やりたい人がやればいい、というのが私の意見です。やれば必ず見返りがあるってものでもないですしね。

はじまりのレーニン (岩波現代文庫)

はじまりのレーニン (岩波現代文庫)

 共産主義者としてのレーニン像を、

 の3題話によって組み代えるという一大奇書。

 ごめん、正気度下がっちゃったよ。でも、読み物としては非常に面白かった。少なくともレーニンの「笑い」について活写した中沢新一先生は、なるほど優れた文筆家だな、と思いました。最後まで一気に読ませる筆致。「ΩΩΩ」が何度アタマをよぎったか数えきれませんが。*2

 グノーシスキリスト教神秘主義に興味がある方は読んでみてもよいかもしれません。参考文献も意外と充実しています。

 これは最近、ホビージャパンから新訳が出ています。*3

 しかし、友人のおかげで、名訳と評判のよい、安田均&笠井道子の旧訳版を手に入れることができました。その後、新版とも比較しましたが、以下の点で違いがあるのかな、と。

  • 内容について:これは新旧両方で十分保証できる。内容について心配している人は、安心して新訳を買っていただきたい。
  • 文体について:文章の流麗さに関しては、(訳者グループ間での合意が取れていたのか)旧訳の角川文庫版の方が若干上のように思われる。これは名翻訳者安田均の手腕によるものか。(しかし、新訳のグループの翻訳が実力で劣っているわけではないと思われる。詳しくは直下「訳語について」を参照。)また、新訳は濁点が多く、できる限り逐語的に訳している感じだが、旧訳はむしろ正確な意味を犠牲にしてでも濁点を減らすようなコンセプトのもとで記述しているように見受けられる。これも方針の違いと見ることができるかもしれない。
  • 訳語について:旧訳と新訳を比較すると、どうも旧訳の方には訳語に問題があったものが若干あるように思われる(原著に当たっていないので定かではないが)。少なくとも、旧訳で意味が通らなかったところが、新訳ではうまく解消されていると感じられる点をいくつか見つけることができた*4。この点は新版の面目躍如と言ってよいかもしれない。しかしこの評価もやはり、原典にあたらないと断言はできない。
  • 表紙について:旧版の表紙イラストは山田章博が担当していたが、新版は他のものも合わせてクリステル・スヴェーン。
  • 固有名詞について:近年の『ウォーハンマーFRP第2版』発売に合わせて、新版の訳語が統一されている。たとえば地名「ミッドンへイム」が「ミドンへイム」に変わっている、など。また、主要人物の一部、「オストバルト」や「ガグリールモ」などの呼称が「オストヴァルト」や「グリエルモ」などと一部変更が加えられている。
  • 冒頭の地図は、旧版の方が詳しい。(特に、南部はボーダープリンスまで表示されている。)
  • 新版には2ページほど『ウォーハンマー』シリーズについての解説がついている。ゲーマー読者向けの配慮と思われる。*5
  • 旧版では太字・大カッコ[]で強調されていたところが、新版ではイタリック体で表記されている。これは好みの分かれるところかもしれない。

 内容は文句なしで面白いです。ファンタジーで、なおかつこれほどの汚濁を扱ったものは、国内ではまだまだ手に入りにくい状況なのではないでしょうか。漫画で言えば『ベルセルク*6のような要素をファンタジー小説で読むのは比較的難しいですね。そのような意味でも、中世ファンタジーの汚い部分や混沌とした部分を織り交ぜながら、それでいて胸のすくような英雄譚を見せてくれる内容になっています。劇作家デトレフ・ジールックをめぐるエピソードは、ウォーハンマー吸血鬼に詳しくないファンタジー小説愛好家にも納得の行く出来になっているのではないでしょうか。

 個人的には、リリ・ニッセンやエルツベト、マクシミリアン大公などの、ややあちらの世界に踏み込んでいる人々の描写がとてもイってしまって好みです。わたくし、イっちゃってる架空の登場人物に目がありません。ヤンデルとか。

 精神病理学登場以前の*7、混沌とした中世人の精神世界をファンタジーに持ち込むとすれば、その一つのスタイルとしてジャック・ヨーヴィルのようなものがあるかもしれませんね。もちろんほかにも国内外で多数の先行例があるのでしょうけれど、娯楽小説としてとても手にとりやすい『ドラッケンフェルズ』は、その入り口としてうってつけではないかと思います。再販されるほど内容に定評があるシリーズ、どうぞ手に取ってみてください。

*1竹内洋,2003『教養主義の没落─変わり行くエリート学生文化』中央公論新社

*2:つまり「な、なんだってー」。虚仮にしているのではなく、私程度の哲学宗教学知識では検証しようがない領域にダイブしているのですね。だから鵜呑みにするわけにいかないのですが、魅力的な説ではあります。共産主義者として視るよりは、ロシアドイツヨーロッパ思想からレーニン脱構築するという態度には感銘を受けました。思想家としてのヘーゲルに改めて興味をもてたのが、今回の読書における最大の利得です。

*3

*4:たとえば、エピローグで「エルフの細工が詰まった鞄」についての描写が出るが、これは新訳の方が意味が通る

*5:しかし、Amazonの評でも見かけたが、「ルーサー・フス(笑)」と記述したくだりは、古参のファンがどう思われるか疑問である。少なくとも私は、『ウォーハンマー』世界がそのようなパロディ的性格を根源に備えていて、それが『指輪物語』などとは異なる志向のファンタジーを描きうる根源的な条件となっていることを示した方が、より説得的であったと思っている。そもそもイギリス人の作った架空世界で、イギリスにあたるところが「エルフの故郷」となっていること自体とても風刺的である。

*6

ベルセルク (13) (Jets comics (647))

ベルセルク (13) (Jets comics (647))

*7:と、ここで私が唐突に精神病理学を持ち出すのは、近代以前のヨーロッパでは正気と狂気を分けないことによる独特の文化が生きていたことを、文化人類学や西洋史学、フランス現代思想フーコーなど)などが明らかにしたからです。たとえば〈道化〉という概念がその代表例です。これは山口昌男『道化の民俗学』などがわかりやすく伝えてくれています。

道化の民俗学 (岩波現代文庫)

道化の民俗学 (岩波現代文庫)