GOD AND GOLEM, Inc. (はてなダイアリー倉庫版)

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Aの魔法陣ガンパレ篇の“前衛的な”内容構成――重なりあうデザイン思想

 夜中に『Aの魔法陣ルールブック――ガンパレード・マーチ篇』〔以下『ガンパレ篇』〕を読んだ感想の中で、一番大きかったこと(肯定的なこと)を取り上げます。

 このルールブック、読む前は芝村裕吏氏一人によるものかと思っていましたが、実は4人の執筆陣によって作られていました。

 彼ら4名に加えて、編集で責任を負っている是空とおる氏も入れれば、「あとがき」でクレジットされた5名が中心となって『ガンパレ篇』という一個の書籍を作ったことになるようです。

 『Aの魔法陣』というゲームは、『高機動幻想ガンパレードマーチ』や『絢爛舞踏祭』『新世紀エヴァンゲリオン2』などのデジタルゲームのデザイナーとして知られる芝村裕吏氏が作ったTRPGシステムです。ですから今回のルールブックはその補遺〔サプリメント〕という位置づけになるのですが、どうも今回は事情が異なるようです。
 国産TRPGにあまり詳しくない方向けに説明しますと、小太刀右京三輪清宗の両氏は、有限会社ファー・イースト・アミューズメント・リサーチ(F.E.A.R.)が主宰している「第五回ゲーム・フィールド大賞」を受賞し、受賞作『異界戦記カオスフレア』(2005年,新紀元社)でデビュー。F.E.A.R.社が刊行するルールブックの思想や記述形式をかなり忠実に踏襲した上で、版元を一カ所に固定せず、さまざまな場所でゲーム関係の執筆活動をしている、TRPG業界の若手コンビです。*2最近では芝村氏がデザインを手がけたNintendoDSのソフト『エンブレム・オブ・ガンダム』のシナリオライティングの仕事などもしており、芝村氏とはデジタル/アナログ双方で仕事仲間の関係にあります。
 そして今回の『ガンパレ篇』は、基幹システムを芝村氏のシステムに置きながら、基本的には彼らが執筆作業を手がけているということになります。*3

 それがよく分かるのが、ルールブックの記述内容に籠められたゲームの思想。
 TRPGとは何かといった基本コンセプトにはじまり、キャラクター作成、基本ルール解説、各種データ、背景世界設定、サンプルシナリオ、そして本書の約3割近くを占めるリプレイまで、かなりのところに小太刀右京三輪清宗のこれまでの仕事の成果が盛り込まれていることが、はっきりとわかります。

 戦闘まわりのルール設計を中心とした芝村氏のデザインとはまた別に、彼ら二人が別場所で培ってきた「TRPGとは何か」という事に関する思想が臆面もなく出されてて、それが『ガンパレ篇』を遊ぶときの基幹部分となるように書かれている。そのことが、私には衝撃的であると同時に、「うわあ、小太刀&三輪コンビ、よくぞアウェイでここまでやってくれた」と思ったところでした。ここまで「TRPGライター(執筆担当)」と「メインデザイナー」の仕事がはっきり分担されているという事実が、ルールブック内であまりにもわかりやすく表われているのは凄い。

褒めるにせよ批判するにせよ、もっと戦略的な考え方が必要だ

 私がなんでそんなほめ方をするのかも含めて、順を追って説明しましょう。

 TRPGを語る言葉には、しばしば企業名*4かメインデザイナーのクレジット*5に対する言及ばかりが強調されることがとても多いですよね。今でも、TRPGに関する言説は主流でしょう。その企業やデザイナーが好きな人にとっては、理屈に沿わない「非難」と見なされる場合が多いし、たまたまそうした観点から離れて批評したい人も、そうした浅い「非難」と十把一絡げにされてまとめて煙たがられるのが、今ゲーマー自身に認知されているところの「TRPG批評」なるものの現実です(非常に残念なことです)。

 確かに「TRPG企業批評」あるいは「TRPGデザイナー批評」というものは、やるだけなら非常にかんたんです。最悪でもカバー表を見ればできてしまうし、じっくり遊んだ結果持ち出しても、なんだかんだで企業や作者が重要だろうという思いはみんなの中になんとはなしに埋め込まれているからです。
 しかし、それぞれのTRPGプレイ環境の多様性を埋めにくいこともあって、しばしば十分な検証を行う前に、いらだちが先立って不充分な論証しか行われないことが多い。また、直観がまともなことばに育つ前に、企業信者やデザイナー信者同士の泥の投げ合いに横滑りして、それっきり不毛な争いに終始することもしょっちゅうです。
 そんなわけで、TRPGは、商業誌でも同人誌でも、あるいはTRPGを遊ぶ現場でも、まっとうな、役に立つようなレベルの〈批評〉がなかなか成立しにくいし、そもそも何かTRPGについての価値基準を論じること自体が、害悪・不謹慎とされがちな風潮が確かにあります。それより「黙って買って黙って遊べ」というのが、消去法的な正義としてまかり通っている。*6

 ところが、この『ガンパレ篇』は、そうした安易な「TRPG企業批評」やら「TRPGデザイナー批評」を受け付けない、ものすごく複雑なつくりをしている。
 ルールブックの内容が「難解」というのではありません。*7。そうではなく、先に述べた4-5名のスタッフたちの「TRPGシステムを制作しようとする意図」が一枚岩ではなく、結果的にその出所を探ることが難しくなってしまっている、ということなのです。

 ともあれもう、この『ガンパレ篇』に関しては、

とか

 といった、安易な感想(といってしまいますが)が通用しない。べつに言ってもよいのですが、それではこのシステムの「良さ」も「悪さ」もうまく捉えられないようなルールブックなんですよ。色んな企業、いろんなTRPG思想を抱えた人間同士が、混ざりあったままなんとか作ってしまったもの、それが『ガンパレ篇』であると私には読めました。

 ルールブックの記述は、三版ルールブックとはまるで違う。まるでF.E.A.R.社の良くできた最新版ルールブックのよう。なのに、戦闘ルールまわりはまるで旧FASA社を彷彿とさせる。ウォーゲーム好き、修正表好きの芝村氏のこだわりがそのまま残っている。そして背景世界に関する、そのままファンブックでも通用するのではないかというくらいの細かい字でタイプされた細かい記述は、*8もう誰の望みが入交じっているのかも定かではない(少なくともリプレイ参加者全員が、そのための膨大な知識を持っていることは間違いない)。

 いずれにせよ、このルールブックは、おそらく芝村氏だけでは作る事ができなかったでしょうし、また彼ら二人のコンビだけでも作る事ができなかったと思います。海法氏や是空氏、はたまた他のクレジットされたスタッフの影響も考えれば、なんというかもうどうやって出来たものか、想像もつかない。
 今回の話は、ゲームシステムの面白さについて何も触れていません。当然です。私はAマホをそれなりにマスターしたことはあれど、実際に『ガンパレ篇』を運用してもいないのですから、責任を持って「面白い」など言えるはずもない(言っていたらそれはそれで無責任というものでしょう。面白さについては、分かり次第またお伝えします)。
 ですが、このルールブックの内容は、ただルールブックとして読むだけでも、今まで企業ごと、あるいはデザイナーブランドごとで管理され受容されてきたTRPG消費のありかたを大きく変えるような、そうした気分を味わわせてくれるものが確かにあります。こうしたTRPG業界内の外交戦略がうまくいった先行例としては、柳田真坂樹(D16)氏が連載したキャンペーンリプレイ『若獅子の戦賦』シリーズ*9がありましたが、あれはまだリプレイであって、ルールブックそのものにまでは踏み込むことができませんでした。
 そこのところをとうとう、踏み越えてしまった感がある。なんというか、芝村氏を初めとするこの『ガンパレ篇』開発チームは、期せずして国産TRPG業界に風穴を開けてしまったんじゃないか、という気分がします。

納得いかない部分も含めて、激賞したい

 最後に付け加えておくと、私は正直言って『ガンパレ篇』の冒頭で書かれた、このゲームを運用するための思想を全面的には受け入れることはできません(これは100%受け入れることはできない、ということ)。これは芝村氏が中心になって執筆した『Aの魔法陣』基本ルールブックにも同様に言えることですが、それでもゲーマーとしての私自身の心構えとしては、『Aの魔法陣』で書かれたことの方がしっくり来やすいようです。
 ところで、『Aの魔法陣』界隈のジャーゴンでは、そうしたルール外のゲームマスター(SD)の心構えや、定量化しにくいけれど重要なノウハウのことを「運用教則」といいます。そして、ルールとはべつの「運用教則」の部分をどう評価するかという点については、きっと『ガンパレ篇』を買った方の間でも意見が割れることでしょう。しかもその意見の割れ方は、「それまでどんなTRPGをやってきたか」という経験がダイレクトに反映されるはずです。
 しかし、小太刀&三輪コンビも、このようなことはある程度想定の範囲内でやっているはずです。『Aの魔法陣』の基本ルールブックに書かれた芝村氏独特のデザイン論、マスター論の先鋭さを彼らがまったく理解せずに、ナチュラルにF.E.A.R.フォーマットの焼き直しをしているなどということは考えにくい。むしろ、今回『ガンパレ篇』でも述べ直したような思想こそ、TRPGを楽しく遊ぶためにもっとも優れた思想(のうちの一つ)であると、F.E.A.R.という企業のブランドを超えて彼ら自身が納得し支持しているからこそ、今回のようなものが書けたのだと思います。
 そして、私たちTRPGユーザーは、肯定的であれ否定的であれ「F.E.A.R.だから○○だ」という言いぐさで逃げてきた〈ゴールデンルール〉や〈ハンドアウト〉や〈シーン制〉や……、その他もろもろの問題のうち、かなり重要な部分が、企業ブランドに回収されるようなものとしてではなく、国産の若手TRPGデザイナーが個人の文責のもと胸を張って主張する「TRPGの基礎的な考え方」として提示していることを、もっと真剣に考え直した方がいいように思われます。

TRPGの価値基準を論じる場がユーザー間ではほとんど為されない(拒否すらされている)にもかかわらず、若手のプロデザイナーが提供するルールブックの記述の一部で「ルールブックの名を借りたゲーム批評」が、真剣に、切々と書かれている。このことが果たしてどういうことを意味するのか。どんな意見でも、拙くても、口汚くてもいいですから、もっとみんなに考えて欲しいのです。このことを言いたいがために、私はわざわざこのようなエントリを立ち上げました。
 そんなわけで、ゲームを遊び始める前からかなり突っ込んだ批評をやってしまったわけですが、これだけ面白いことをやってくれた『ガンパレ篇』には、きっと基本ルールブックだけでは出せない面白さがあるんじゃないかと期待しています。
 まずは、買って読んでみてください。そして、その内容の、いい意味で醸成されたイビツさに、もしかしたら魅了されてしまうかもしれません。少なくとも、私は魅了されつつあるところです。作者の誰がどの程度貢献したからどうこう、といった話では説明のつかない爆発力を、このゲームは持っていると私は感じています。*10
 既存のルールブックのあり方や、ルールブックに書かれるTRPGそもそも論に特に一家言ある方は特に、読んで(そしてできれば遊んで)みることをお薦めします。というより、アルファシステムブランドに、芝村裕吏ブランドに、F.E.A.R.ブランドに、F.E.A.R.の若手デザイナー二人に、それぞれまったく興味がない人にこそ、感想を聞いてみたい。このルールブックが一体どんな風に見えるのか、とても興味深いです。
 まあいつか、ちゃんとしたセッション報告なんかも書きますよ。

*1:奥付を見ると、小太刀・三輪両氏のあとに1行ぶん空白がおかれて書かれているが、これはあとがきで本人の言をみたところ、前者二人の仕事量のほうがかなり多いことを考慮して空けられたものと推測する。あくまで推測に過ぎないが

*2:高齢化の進むTRPG業界では、30歳前後の彼らは圧倒的に若手。

*3:ガンパレ篇』購入時にほぼ同時期に発売されている『異界戦記カオスフレア The Second Chapter』も彼らの著作ですが、そういえば数ヶ月前に発売された『メタルヘッド・エクストリーム』もルールとデータの基本的な部分の執筆は彼らが手がけたはずです。そう考えると、実際にクレジットされる著者名を省いたときに、彼らが今年手がけたTRPGシステムの数は最低でも3つ以上に上るわけで、これは色んな条件を考慮して引き算したとしても、膨大な仕事量だと考えていいように思います。

*4:SNE,F.E.A.R.,冒険企画局,WotCなどなど

*5:水野良,井上純弌,河嶋陶一朗,小林正親などなど

*6:それはそれで居心地がいいという意見もありますが、私はそんなにいいものだとは思っていません。デザイナーの功績、地元のゲームマスターやプレーヤーの功績一つロジカルに褒められる基準もない趣味文化なんて退屈です。

*7:いや、人によっては難解かもしれない。しかし、たんに晦渋というのではないことは確か。データや修正表を多用する名作海外TRPGのような、具体的に言えばBattletechのような感触が、読んでいる限りでは強くします。まだ遊んでいないので何とも言えませんが、たとえば近作では『エムブリオマシン』の出来と比較すると面白いかもしれません。

*8:背景設定のある部分は本当に小さい。近視では読めない人もいるだろうが、D&DフルカラーやSW2.0ですら文字いっぱいでけっこう読みにくいこのご時世、これはもう業界全体の傾向と言っていいだろう。単価を下げるための努力なのかもしれない。

*9:

D&Dリプレイ 若獅子の戦賦 (HJ文庫G)

D&Dリプレイ 若獅子の戦賦 (HJ文庫G)

D&Dリプレイ2若獅子の戦賦-監獄島編 (HJ文庫G)

D&Dリプレイ2若獅子の戦賦-監獄島編 (HJ文庫G)

D&Dリプレイ3若獅子の戦賦-雷鳴山編 (HJ文庫G)

D&Dリプレイ3若獅子の戦賦-雷鳴山編 (HJ文庫G)

*10:私も、そういう話には持って行っていないはずです。