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2008.09.16.

[][]すごく良い話――玄兎さん、TRPGを学校の先生に説明する

 高橋志臣@低速週間です。

 昨日UPした『仮象論のパラドックス』は、ちょっとわかりにくいかもしれませんが、「どうして高橋が〈仮象論の罠〉に囚われていたのか(そしてそこから抜け出るための新しい考え方をいかにVampire.Sさんや哲学・論理学・美学から学んだのか)」ということを、なるべく厳密に書いたつもりです。

 どうしてこんなにややこしい、長文エントリを立ち上げたのかと言うと、この〈仮象論の罠〉が、TRPGゲーマーだけじゃなく、古今東西の「遊び論」「美学」「芸術論」そして「ゲーム論」に関わる人たちの多くがハマってしまいがちなことだからです。西村清和さんのように、徹底して「遊び独特の存在様態」としてゲームや遊びを論じている人は、プラトンの時代から現代に至るまで、むしろマイノリティと言ってよいくらいなのです。みんな、ホントかウソか、現実か虚構か、真面目か不真面目か、労働か現実逃避か、ベタかメタかという二元論に落ち込んでしまうのが、遊び論で何度も執拗に繰り返された喜劇*1だったわけなんですね。

 そのような陥穽を、私は西村さんの言葉を借りて〈仮象論の罠〉と呼んでいるわけです。

 そんな学説史があることをとりあえず踏まえた上で、いまのところは繰り返し読んでいただきたい。そのようなわけで、ほかのエントリを立ち上げないほうがいいかな、という判断を昨日したわけです。

 もちろん、この説明のしかたが完璧だとは思っていません。質問は受け付けます。ただ、私だけでは答えきれないところもあるかもしれませんので、そのあたりはご容赦ください。

■高橋志臣,2008.09.16「仮象論のパラドックス――〈ゲームシステム〉と〈テーブルの合意〉を区別する」

http://d.hatena.ne.jp/gginc/20080915/1221483369

 また、「意味」と「指示」の区別については、筑波批評社のsakstyle君がとてもよい要約を書いてくれていますので、ここに紹介しておきます。

■シノハラユウキ,2007.09.14「フレーゲ『意味と意義について』(現代哲学)」

http://d.hatena.ne.jp/sakstyle/20070914/1189774290

 まあそんなわけで、濃度の高い情報は差し控えているのですが。

 でも、ちょっとさっき感動したので、紹介文だけ書いちゃうのです。

 TRPG論でお世話になっている玄兎さんが、なんと!「学校の先生にTRPGを説明した」そうなんです。

TRPG とは何ぞや?」

 ……という話を、色んなところで「説明するのは難しい」って話を見るわけですが、そういう人たちも意外と「実際に説明を求められる」状況になったことは少ないかもしれません。

 ですが今回、

 求められました。

しかも子供の学校の先生にorz

■玄兎,2008.09.16「ペテン師の戯言(笑)」

http://blog.talerpg.net/rpg/archives/1113

 なんと(笑)。これは親として責任重大ですね。

「子供たちが放課後に残って遊んでたんですよ」

 アー。

 部活休みの日にか。

 あのアホウ(笑)

 父親ゆずりなんですね(笑)。楽しそうだ。私も中学校の頃によくやっていました。

 まあでも別にクレーム云々ではなさそうなんで、一安心。

「サイコロとか振ってたんで、ギャンブルかとも思ったんですが」

(同上)

 あー、なるほど。一般化できるかどうかわかりませんが、やはり「サイコロを振る」=「賭博」という考え方が根強くあるのかもしれないですね。サイコロを使ったボードゲーム麻雀以外あまり一般的でない日本なら、特に。

 ところが玄兎さんはその指摘にひるまず、

  • T:「対話(を通じて)」
  • RP:「想像上のキャラクターをロールプレイする」
  • G:「ゲームの一形式」

 という3区分でTRPGを分析した上で、ちゃんと先生に説明している。

 エライッ! 独身24歳の私なんかよりよっぽどTRPG文化の発展に貢献してますよ! いや本当に。

と、大体こんな感じで

煙に巻いたわけですが(笑)

(同上)

 ところがどうして、「先生」という具体的な「話し相手」に合わせて、ひとまず「対話、ゲーム、想像力」に的を絞って説明する。日頃から「TRPGって何だろう?」と考えてないと、ここまでスッと出てくるものじゃないですね。

 TRPG は、一方で〈対話〉によって目的達成を目指し、もう一方では『人生ゲーム』のマス目のように、サイコロの出目に結果を左右されます。

 でも、その『人生ゲーム』のスゴロク盤が、TRPG には無い。

 それに〈対話〉で目的達成と言っても、何を目的にするのかも分からないですね。

 そのため、TRPG には「ゲームマスター」って役割と、「シナリオ」というものがあります。

 ものすごい大雑把に説明すると、シナリオがスゴロク盤です。

 で、ゲームマスターが、ゲームマスターでない参加者――プレイヤー」と呼びます――がどのマスに止まったのかを判断して、マスの説明をする役割だと思ってくれると、いくらか伝わるでしょうか。

(同上)

 この説明はすごくよいと思います。いきなり「そもそもTRPGとは……」と説明するのではなく、誰でも知っていそうな「スゴロク」からの比喩から出発して、それがTRPGとどう違うか、と言う方向で話を持っていっている。参考になります。

 で、そうした理路整然とした玄兎さんの説明に対する、先生の反応がまた面白い。

「なんだか制御工学みたいですね」

 ホワイ?

「制御工学っていうのは……あるシステムが入力と出力のやりとりをするとき、出力結果をコントロールする方法を工学的に捉えるもの……だったかな。友人に研究してるやつがいまして」

 なるほど。

 それでいくと、ゲームマスターって人間をシステムに見立てて、目的達成の出力が得られるまで入力をコントロールするのが、TRPG の遊び方、と考えてくれるといいと思います。

(同上)

 たぶん、制御工学とか、情報工学とか、そうした方面“でも”説明可能だと思いますね。

 こうした説明にとって大事なのは、「説明する側が知っている説明体系を押し付ける」のではなくて、「説明される側が知っている説明体系と良く似ている、と思わせる」のが秘訣ですからね。*2

 しかし、TRPGは突き詰めれば“ことば遊び”であり、コマやフィギュアといった具体的な対象だけでなく、「ヒトが認知できることばの意味そのもの」を「イメージできるな対象」とむすびつけることも含めて管理する遊びだと言うことはできます。そうした説明から考えると、制御工学という喩えは、かなり有力な喩えの一つだと言えるでしょう。制御工学でTRPGを語りきる人なんかが出てきても、面白いですね。TPRGを語るやりかたは色々あると思います。

 TRPGは1970年代前半に生まれて30数年の浅い歴史とはいえ、いろいろなバリエーションを持った遊びだと思います。なにせ安田さんが1980年代にゲームを分類しただけで、ずいぶんと多くの楽しみ方が考案されていた。これからどんな風にTRPGが発展していくかわかりませんし、「いま、TRPGを知っている人向けの説明」を用意するのもよいですが、その一方でやはり、TRPGを楽しく遊ぶ姿をどう受け止めてよいかわからない学校の先生に向けても、「TRPGとは何か」をわかりやすく説明する言葉は、あったほうがいいですよね(私はこうした具体的な「ことば」も、「外に向かう言葉」だと思っています)。

 もしかしたら、そうした社会的認知が得られれば、小中学校のゲーム部でTRPGを指導できる先生すら出てくるかもしれない(指導できなくても、「危険な遊びではない」と理解してくれたうえで、顧問の名前貸しをしてくれるかもしれない)。そういう好影響も出てくるかもしれませんね。

 ともあれ、

  • 玄兎さんという子を持つ一人のゲーマーが
  • ゲームを楽しみたい! と思う子どものために、先生に対して「TRPGとは何か」を説明し、一応納得してもらえた

 こうしたひとつの試みが無事成功したことを、一人のTRPG文化圏に(も)住まうものとして、喜ばしく思います。

 本当に、お疲れ様です。……なんて正直に言うと、玄兎さん恥ずかしがってレスしてくれないのですが、別にそれでよいです(笑)。紹介文と言うものは、往々にしてそういうものですからね。

 子をもつTRPGゲーマーな方々は、ぜひこの玄兎さんの挑戦を読んで、今後の「保護者としてTRPGを語るソロアドベンチャー」に備えていただきたいと思います(笑)。

 そして私も、こうした一人一人の「具体的な他者への説得」をする材料を(つまりTRPG批評)を、少しずつ積み上げてゆければなあと思います。

*1:誤植ではない。

*2:もちろん、ただ似ていればいいというのではなく、それにはそれ自体のしっかりした説明体系が必要ですが。何もない状態では、「〜〜と似ている」という言葉が(説得的な意味をともなうかたちでは)成立しません。似ている対象そのものが名指せないからです。

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