God & Golem, Inc. このページをアンテナに追加 RSSフィード

2009.03.30.

[][]パーラ『無血戦争』年表ノート

 昨日やってました。

 記述はこないだのより比較的適当です。そのうち英語表記に切り替えたり、拡充したりするつもりです。

 wargaming あるいはwar game と呼ばれるだろうものを中心に、hobby, professional区別せず同一軸上に置きました。日露の動きは比較的軽視していますが、書いていたことは『失敗の本質』のミッドウェー海戦の章の方が詳しいですのでそちらをお読みください。

無血戦争

無血戦争

The Art of Wargaming: A Guide for Professionals and Hobbyists

The Art of Wargaming: A Guide for Professionals and Hobbyists

 そのうちダニガンのハンドブック三版とも照会すれば、かなり詳しくなるんじゃないかなー。今は時間の都合で、ここで打ち止めっぽいですが。

年表ノート

作品名・出来事メインデザイナー,著者,関係する人物
BCxxxx『ウェイ・ハイ』不詳
BCxxxxチャトランガ不詳
1664独ウルム『ケーニヒシュピール』*1クリストファー・ウェイクマン
17801666マスの戦争チェス*2C.L.ヘルヴィヒ
1782『海軍戦術に関する随想、システム的および歴史的』*3ジョン・クラーク
1797独シュレスヴィヒ軍学校で使用するための新しいウォーゲームの規則』*4ゲオルグ・ベンチュリーニ
1730川の底を等高線で表す方法の開発或るオランダの技師*5
1813独(プロイセンフォン・ライスヴィッツのクリークスシュピール*6フォン・ライスヴィッツ
1824独(プロイセンウォーゲームの形をした、戦闘行動の表現のための指針』ゲオルグ・ハインリッヒ・ルドルフ・ヨハン・フォン・ライスヴィッツ*7
18c中盤独(プロイセンフォン・チシュウィッツの改造版フォン・チシュウィッツ
1866独(プロイセン普墺戦争の勝利
1872ゲームの規則導入(チシュウィッツが基礎)ベアリング大尉(イギリス砲兵隊)
1876ウォーゲームに対する言及ユーレス・フォン・ベルディ・ドゥ・ベルノワ大佐(後の将軍)
1877独(プロイセン旅団のクリークスシュピール』*8ナウマン大尉
1878艦対艦ゲームの特許取得フィリップ.H.コロン
1879アメリカのクリークスシュピール』W.R.リバモ
1882アメリカのクリークスシュピール』第二版W.R.リバモ
1882『ストラテゴス――軍事原則に基づくアメリカの戦争のゲームのシリーズ』チャールズ.A.L.トッテン大尉
1883陸軍にウォーゲーミングを導入英国陸軍
1895『地図上のウォーゲーム実施のための規則』英国陸軍(影響を与えたのはスペンサーウィルキンソン
1900's『図上演習と戦術運動』アルフレッド・セイヤー・マハン
19xx海軍ゲームフレッド.T.ジェーン
1910『歴史概論』ハーバート・ジョージ・ウェルズ
1912『フロアー・ゲームズ』ハーバート・ジョージ・ウェルズ
1912砲兵と国土防衛部のための沿岸砲台ウォーゲームウィリアム・チェンバレン
1913『リトル・ウォーズ』ハーバート・ジョージ・ウェルズ
1940フレッチャー・プラットの海軍ウォーゲームフレッチャー・プラット
1942アメリカの最初のOR(ASWORG)フィリップ・M・モース
20c前『シュラクテンスピール』 (未調査)
20c前『ウェヘルシャッハ』(未調査)
1954タクテクスチャールズ・スワン・ロバーツII世*9
1956.07テレタイプ線利用によるロジスティック研究プロジェクト米国海軍大学
1958海軍電子戦闘シミュレータ『NEWS』稼働米国海軍
1966Strategy and Tactics創刊クリストファー・R・ワグナー&ライル・E・スメザース
1967『ジュットランド』ジェームズ・F・ダニガン*10
19681914年ジェームズ・F・ダニガン
1969『タック・フォース』(試作版)ダニガン&レドモンド・A・サイモンセン
1970パンツァーブリッツダニガン&レドモンド・A・サイモンセン
1972ムーヴズ』創刊ジェームズ・F・ダニガン
1973『ドランク・ナッハ・オステン』マーク・ミラー,フランク・チャドウィック,ポール・リチャード・バナー
1975オリジンズの開始アヴァロンヒル社
1976『ファイア&ムーヴメント』創刊ロジャー・マクワゴ
1977『ボード・ウォーゲーミング包括ガイド』
1977.09海軍研究所が、「部隊の計画立案のための戦域レベルのゲーミングと分析研究会」を開催アンドリュー・W・マーシャルとジェイムズ・F・ダニガンが出席*11
1979グローバル・ウォー・ゲーム(GWG)シリーズがプレイされるヒュー・ノット大佐・ジェイ・ハールバート中佐・フランシス・J・“ビング”ウエスト教授
1980's前半Worldwide Wargamer社による『ウォーゲーマー』誌創刊キース・ポルター*12
1981-2SPI社の資産TSR社に引き継がれる
1981大学に海戦研究センターを設立することを発表トーマス.B.ヘイワード大将(海軍作戦部長)
1983『シビル・ウォー』『ガルフ・ストライク』『アンブッシュ』『ヘルズ・ハイウェイビクトリー・ゲームズ社(マーク・ハーマン)
1986.7オリジンコンベンションにて『ウォーゲーマー』誌がチャールズ・ロバーツ賞を獲得

1970年代のウォーゲーム会社勢力

  1. アヴァロンヒル(『ジェネラル』誌)
  2. SPI*13(『ストラテジー&タクティクス』誌)
  3. 中小ウォーゲームデザイナー(GDW、WestEndGamesなど)
  4. TSRなど、TRPG系振興企業

アヴァロンヒルの革新

  1. CRTの発明
  2. ヘクスマップの発明
  3. テストプレイの導入
  4. 陸上戦闘への航空兵力の導入
  5. ロジスティクス上の制限の導入
  6. 分割ユニット用の駒の導入
  7. 隠匿移動と索敵の導入
  8. 1ターンにすべての駒を動かせるという発想の導入
  9. ウォーゲーム機関誌『ジェネラル』の開始(1964-,トーマス・ショウが始めた)

ダニガンの革新(不完全版)

  1. 「より精密・精巧なシミュレーションを行うこと」と「あいまいなテーマを探求し、たくさんの廉価版のゲームを進んで制作すること」の2つを同時に追求。(アヴァロンヒルの販売戦略に対するカウンター)
  2. 『S&T』17号より後の出版で提携し、新しい雑誌展開を行ったこと。
  3. 指揮官能力の等級、部隊の士気、指揮統制およびパニックの概念の導入など、定性的な要素をウォーゲームの要素として定量化したこと。
  4. ウォーゲーミングとは非線形情報伝達であると述べていること*14
  5. ウォーゲームデザインの手続き整理。
    1. 概念の開発
    2. 調査
    3. プロトタイプの中へのアイディアの統合
    4. プロトタイプの肉付け(クロムの付加)
    5. ルールの第一次考案
    6. ゲーム開発
    7. ブラインドテスト
    8. 最終規則の編集
    9. 制作
    10. フィードバック
  6. ダニガンが、自由契約デザイナーの起源に(これは議論の余地がありそう)


その他

  • フォン・ベルディ、〈厳密なクリークスシュピール〉〈自由なクリークスシュピール〉を分ける
  • 1884.10:ステファン.B.ルース准将、コースターズ・ハーパー島に海軍大学設立(一般命令323号)の許可を得る。マッカーティ・リトルが非常勤職員として入る。
  • アヴァロンヒル:少量を購入し、じっくり学習するという商品。基本システムは同じ方がよい。学ぶのが容易。8ページの長い規則と2時間以上のプレイ時間を克服するのにはよかった。
  • ダニガンはそれに対して、ゲーム一つ一つが特別なゲームシステムを持ち、たくさんの異なった潜在敵問題についてみている本のようにみていた。わずか数回、読んでプレイすることに相応した価格なら買うだろう。
  • SPIは、25000$で米国陸軍ボードゲームを売った。
  • ヘレナ・ルーベンシュタイン(前ウエスト・エンド・ゲームズ社長)は、大学論文としてゲームデザイン
  • グロニャール=フランス語で「老兵=不平を言う老害
  • クワゴンの「あなたがたがホビーである」という台詞が素晴らしい。
  • モンスターゲームとミニゲームの流れ
  • 少なくとも、TRPGの勃興があっても、米ミニチュアウォーゲームはそれほど発達しなかったようだ。

プロのウォーゲーミングにおける研究目的3つ

  1. 戦略および計画を開発または試験すること
  2. 問題を見極めること
  3. 参加者間で合意を打ち立てること

その他

 思いついたらまた書きます。まだ後半部分は十分に要約できてません。

 暫定ノートにすぎませんので、孫引きせずに原文にあたってみてくださいね。

[][][]Rogue1975年起源説?

 先日買った『ユリイカ』のRPG特集、褒めどころも突っ込みどころも両方ある中々刺激的な本になっています。

 が、褒めどころはとりあえず四月上旬に回して、取り急ぎ気づいたところを。

 は、個人名で出されている論文のなかでは、井上明人さんの〈リテラシー〉/〈コンテクスト〉の区別と並んで重要な指摘となっているのですが、一点だけ、気になるところを見つけました。

 それは、Rogue1975年に登場した、という説です。

 デジタルゲームの歴史に詳しい田中治久(id:hally)さんが、2004年に以下のようなエントリを書かれています。ほぼそのままになってしまいますが、とても重要な指摘で、今も参照されるに値するものだと思いますので、引用させていただきます。

 以前から気になっていたのですが、「ローグ」の誕生が1975年だと言い出した人は一体誰なのでしょうか? 実は私も、つい何年か前までそう信じ込んでいました。私みたいに半端な「ローグ」フリークじゃないかたならとっくにご存知だと思いますが、正確な誕生年は1980年。「ローグ」は別に、世界初のコンピュータロールプレイングゲームなどではないのです。

 「ローグ」の根幹をなす画面表示ルーチンは、1980年以前には存在していませんでした。しかもこのゲームを手がけた大学生たちは、1975年の時点ではまだ大学生になっていない…ちょっと調べれば、起源を1975年まで遡ることは、どう考えても不可能だと分かります。

 どうも1975年起源説は日本特有のものらしく、少なくとも欧米には、1975年に「ローグ」が誕生したなどと言う人は見当たりません。USENETの過去ログを当たってもそういう記述はないので、別に最近認識が改まったというわけでもないのでしょう。となると、1975年説の出所は、おそらく日本の雑誌か書籍ではないかと思われます。

 私が知る範囲内で、1975年説を紹介したもっとも古い書籍は「電視遊戯大全」(1988) なのですが、日本に「ローグ」を紹介した書籍としては、なんといっても「ローグ・ハンドブック」(1986) が代表的です。1975年説があれだけ一般的になっているところを見ると、このあたりが起源ではなかろうかと思って探してみたのですが、読んでみると成立年代には言及していませんでした (ちなみにこの本は、少し前に歴史関係の部分を除いてオンライン公開されていました)。

ですがそれにしても、一年や二年ならともかく、どこをどうすれば五年も間違えることになるのでしょうか。自然に考えれば、1975年に何か勘違いを誘発しそうなものが存在していたから、ということになりそうです。しかし1975年といえばまだコンピュータゲーム黎明期。該当しそうなものはひとつしかありません。最初のアドベンチャーゲームとして知られる「アドベンチャー」です。

オリジナル版の「アドベンチャー」は、1972年1973年頃にウイリアム・クラウザという人物がごく個人的に開発を始めたものです。ARPANet (今日のインターネットの元になった研究機関のネットワーク) で広まるようになったのは1975年からなので、開発者公認の発表年はこの年ということになっています。そして私にはこれが、「ローグ」の完成年と誤解されたまま日本に広まったのではないかと思えてなりません。

http://d.hatena.ne.jp/hally/20040201

 この1980年(or1981年説)と1975年説、どちらが正しいかは私にはうまく断定できないのですが、Rogueが配布されたというPDP-11マシンの登場年代や、UNIXによる配布が1977年以降でなければ成立しないことなどを考え合わせると、hallyさんの指摘のほうが妥当なのではないかと私には思えます。

 また、私はRoguelikeで唯一やっているのはNethack日本語版で(それでも十時間前後しかやっていませんが)、そこで最初に示されるテキストの中に、AD&D準拠の記述がいくつかあったような覚えがあります。AD&Dの発売年は1979年です。RogueクローンとしてのHackは1985年ですから、Rogueの話とは繋がりがありませんしなんの傍証にもなりませんが、クローンが参照したのがクラシック(CD&D)ではなくアドヴァンスド(AD&D)の方である、というのも、1980年説を受け入れると、わりとすんなり納得できるかなと思っています(しかし、この辺はやはり理屈ではないですね。話半分に聞いてください)。

 ところで引用した後に気づいたのですが、hallyさんはこの後、TRPGにおける「アドベンチャー/ロールプレイングゲーム」の分離についても指摘しています。そしてこれは、今回の宮さんの中村光一論とも深く関わる内容だと思います。

アドベンチャーとロールプレイングを混同? そんな馬鹿な…と、今日の視点からは見えるかもしれませんが、もともと「アドベンチャー」はテーブルトークRPGダンジョンズ&ドラゴンズ」の雰囲気をコンピュータ上に再現するべく開発されたものです。当時の視点であえてこれをカテゴライズしようと思えば、ロールプレイングゲームのほかはあり得なかったわけです。プレイヤーキャラクタは成長もしなければ、各種のパラメータを持っているわけでもありません。しかしゲームマスターたるコンピュータと言葉をやりとりすることによって探索が進展するという点で、それはまぎれもなく「ダンジョンズ&ドラゴンズ」だったわけです (ただし開発当初の段階では本家「ダンジョンズ&ドラゴンズ」がまだ登場していませんから、意識するようになったのは途中からでしょう。「アドベンチャー」の基礎は、クラウザの趣味だった洞窟探検をコンピュータ上に再現するところから始まっているようです)。実際海外には今日でも、「アドベンチャー」が最初のコンピュータRPGだと記している人がいるくらいなのです。

アドベンチャーゲームというのは、「アドベンチャー」タイプのゲームが増加していくうえで生まれた比較的新しい区分であって、少なくとも1980年代初頭までは、あまり厳密にロールプレイングゲームと区別できない関係にありました。ASCIIの本格派テキストアドベンチャー「表参道アドベンチャー」(1982) が『日本初のロールプレイングAVG』を標榜していたことにも、その辺の空気が反映されていたわけです。

「ローグ」1975年説を紹介してしまった人は、恐らく海外の書籍か何かを斜め読みしながら「世界初のコンピュータロールプレイングゲームは、1975年に誕生した」という記述を発見し、それを「ローグ」のことだと思いこんでしまったのではないでしょうか。何の根拠もない憶測ではありますが、「ウルティマ」「ウィザードリィ」ではじめてロールプレイングゲームを認識した「ごく普通の」日本人なら、テキストアドヴェンチャーゲームに同じ匂いを嗅ぎ取ることができないのも、当然ではあります。

http://d.hatena.ne.jp/hally/20040201

 ここで言及されている「アドベンチャー」とは、ウィリー・クラウザー&ドン・ウッズによる『コロッサル・ケイヴ・アドベンチャー(Advent)』のことですね。先日、ゲーム関連の年表を作った時にも言及しました。このAdventureは、当時ARPAnetで配布されました。

 今は亡き多摩豊さんが『コンピュータゲームデザイン教本』で、ADVゲームとコンピュータRPG乖離を、TRPGにおける〈謎解きゲーム性〉と〈キャラクターの成長〉のそれぞれの実現として整理したことがありますが(1990年コンピュータゲームデザイン教本』より)、チュンソフトは『弟切草』以降のサウンドノベルシリーズによって成長要素なき〈謎解きゲーム性〉の探求を、『トルネコの大冒険』以降のRoguelikeによって〈キャラクターの成長〉の純粋な楽しみを追求したのではないか、と私は考えています。

 

ユリイカ2009年4月号 特集=RPGの冒険

ユリイカ2009年4月号 特集=RPGの冒険

 さて、私も何か書こう。

*1チェスから戦争チェスへ変化したもののうち、歴史に残されている最初のもの。

*2:1.ユニット抽象化の概念,2.地形の概念,3.審判の導入。この3つのすべてが揃った戦争チェスの登場。

*3:0.初稿は1779年。ミニチュア海軍ウォーゲームの原型にあたるか。1.真剣な敵対行動がとられない(手動シミュレーション)であること。2.海軍は平らなテーブルでOKということがメリットになったこと。3.1982年、サー・ジョージ・ロドニーによって利用されたこと。4.1797年、1805年の海戦において、同様にクラークの知見を利用してネルソンが勝利を収めたこと。

*4:1.3600のスクウェアグリッド。2.1マス=1平方マイル。3.マップは抽象的なものではなく、フランスベルギー国境を模倣して作られた(重要)。4.支援部隊(橋・要塞・補給弾薬・砲・荷馬車の一団、野外パン焼き器など)コマが導入された。

*5フランスという説もあり。要調査

*6:0.彼は文民として軍事顧問をしており、当時プロイセンの王子たち(後のヴィルヘルムI世となる王子を含む)に築城術の講義を行っていた。1.1811年ごろに作っていた試作版は砂盤だったが、時の皇帝フリードリッヒ・ヴィルヘルムIII世に見せたのは石膏製(可変式)。2.最低6フィート平方の大きさの盤だったという。駒は磁器で、デバイダー、定規、奇襲用小箱などがあった。3.一般的概念orシナリオによって進められる。この時点で既に「シナリオ」の概念はあったとみていいのか?

*7:0.彼は1910年代のフォン・ライスヴィッツの息子である。1.彼は戦闘結果を、初めて審判ではなく計算によって表現した(厳密なクリークスシュピールの誕生と言ってよいか)1.縮尺は1:8000から1:12000を想定。2.運用には熟練を要する。ヴィルヘルム王子(後のヴィルヘルムI世)と、特に幕僚長フォン・マフリンクが推薦(『陸軍週刊誌』402号)。3.1827年、トルガウに転勤させられた小ライスヴィッツ自殺

*8:かけ算による戦闘結果の調整が用いられた

*9:0.メリーランド州陸軍将校。1.戦力比によるCRTコンバット・リザルト・テーブル)を導入。2.ユニットの戦闘力等級付け。3.Tactics1952年開発、1954年出版(アヴァロンゲームズ社,販売はスタックポール出版社)。4.1958年、社名をアヴァロンヒル社に変更。『タクテクスII』『ゲティズバーグ』『ディスパッチャー』『チャンセラーズヴィル』『Dデイ』。5.ランド研究所との出会い。6.1963年経営破綻、モナーク・サービス社に経営譲渡、社長エリック・ドットは救済を決意、トーマス・ショウを責任者として指定、1964年再生。7.C.ウェイド.マクラスキーが『ミッドウェイ』に寄稿した後、マクラスキーはアバロンヒルの技術顧問スタッフの創立委員になった。後に、アンソニー・マッコーリフ(バルジ)、ドナルド・ディクソン(ガダルカナル)なども加わる

*10:1.1965年、トーマス・ショウと出会う(おもちゃ事業の会計調査)。バルジの戦いのデザインについて質問責め。2.1966年までアマチュアとして専念。『カンプフ』(ヴィック・マデハの協力

*11:ここでダニガンは、「マーシャルの1/5の費用でSAS(戦略分析シミュレーション)を作る」と提案。ホビイストとしてで活躍したダニガンがプロのウォーゲーミングにおいても活躍し始めた時期?

*12:80年代後半の雑誌改変にも貢献したという。彼とマーク・ハーマンの2人が、ダニガンの精神的継承者? であるというのがパーラの見方。

*13:Simulations,publications Incorporatedの略。

*14:ポイントは2つ。1.簡潔にしておく(抽象化)。2.盗用する。(抽象化技法の借用をためらわないこと)。

2009.03.27.

[][]ユリイカRPG特集

 出たらしい。買って帰ろう。

ユリイカ2009年4月号 特集=RPGの冒険

ユリイカ2009年4月号 特集=RPGの冒険

 諸星特集も買いたいんだけど、まだ売ってるかしら。

[][]『仙窟活龍大カオスシード

 id:hiyokoya6さんが「知る人ぞ知る傑作」と褒めていたので、しばらく気になっていたのだが、先日友人の協力によりようやく入手することに成功した。

 SFCで1996年に出たが、今やっているのはリメイクされたセガサターン版(1998)。

仙窟活龍大戦カオスシード(通常版)

仙窟活龍大戦カオスシード(通常版)

カオスシード』、はじめだけ遊んでみたが、なかなか面白い。仙人の弟子である主人公が、〈仙窟〉と呼ばれる洞穴を掘って、そこで風水的なルールを活かしつつ資源管理をすることで、荒れ果てた大地に生命を取り戻すというのが、基本的なゲームシナリオの流れである(章立てになにやらSF小説的な仕掛けもあるようだが、それはまだよくわからない)。その仕組みとして、中華ファンタジー風の装いで「ダンジョン作成&ダンジョン管理」、それから「侵入者の撃退」を同時並行でやっていくことになる。

 ダンジョンそれ自体は、何階層も作るようなものではない(作るのは一階層だけ)。『トルネコの大冒険』シリーズのように、後ろに半透明マップが表示されて、それを五部屋から十数部屋好きに作っていけば事足りる。『カオスシード』の生態系(エコシステム)を表現するには、この広さ・部屋数で十分ではないかとも思う。

 もう一つ面白いのが、主人公の位置づけ。『カオスシード』の主人公は、「龍脈が乱れた大地を守るために大地を掘り進み、龍脈を整える」という儀式魔術を行っている。ところが、そこでやってくる「侵入者」というのは、実は公僕の兵士だったり、“邪悪な仙人”の賞金首目当てでやってきた山師だったりする。時にはほかの古典的RPGに出てくるようなキャラだったりもする(全然中華ファンタジーではない)。環境破壊を心配している仙人の方が、むしろ一般人や西洋ファンタジー的冒険者からは「テロリスト」として疎んじられている立場なわけで、これはけっこう皮肉が利いた背景設定である。

 登場する中華ファンタジー的な表象は、ほぼ同時代に刊行された漫画版『封神演義』(1996-2000)や『央華封神RPG』(1994)、『封仙娘娘追宝録』(1995-2009)に似ているが、実際にやっている事は、川上稔の『風水街都香港』(1998)に案外近いかもしれない。「龍脈の乱れを整える」という課題設定は、個人的に大変ツボだ(自分がShadowrun RPGの魔術ルールが好きな理由にも通じるものがある)。ちなみに荒俣宏の『シム・フースイ』シリーズ(1993)とはさすがにちょっと違う。『九龍風水傳』(1997)と比べるのは、ゲーム的にもシナリオ的にもなんだか違う気がする。同時代なのに。

 ところで、こういう風に「プレーヤー自身が、ダンジョン(的な建築物)を作成し、NPCを待ち構える」というデザインコンセプトで作られたゲームは、カオスシード以外にもいくつか存在する。

 などである。特に『ダンジョンキーパー』は西洋ファンタジーの悪側を徹底してロールプレイする(=ここでは「社会的役割を担う」という意味)ことを強調して作られたもので面白そうなのだが、最後の『クロニクルオブダンジョンメーカー』以外は、基本的に背徳的な設定をもとにプレイすることになる。

 だが、TRPGに立ち戻って考えてみれば、「ダンジョンを作る」こと自体は、そんなに背徳的な(Evilな)ものだろうか、とも思う。むしろ広い意味での防衛戦としても、善悪抜きにして、ダンジョン構築ゲームは十分楽しめるように思う。

 もう少し抽象的に言うなら、「環境をあらかじめ構築して待ち構え、その出来の良し悪しをじっくり見守る(時に調整や微調整を加える)」という、ストラテジックな楽しみもダンジョンにあるわけで、これはクラシックD&Dの頃からある“ゲームマスター側の”楽しみでもあるはずだ。

(ちなみに、『迷宮キングダム』のゲームコンセプトとは異なる。あれは「王国経営」というスケールであって、私はここではもう少しミクロな集団を想定している。それにあのゲームは、必ずしも専守防衛を想定していないはずである。)

 こうした考え方を突き詰めていくと、デジタル/アナログ問わず、以下のようなゲームコンセプトに基づくゲームは、考えてもよいように思われる。

■協調型ダンジョン管理ゲーム(仮,今回はアナログ準拠で記述)

  • このゲームは、パーティプレイ(協力型)を前提とする。
  • プレーヤーキャラクター(PC)は、諸事情により一つのダンジョン(と慣習的に呼ばれてきたそれなりの広さを持つ建築物)を協同管理している(時には、生活もそこで営んでいる)。
  • そのダンジョンには、ある特定のやり方で“介入”を受けると、不都合が起こるギミックがある。
  • このギミックが作動すると、PCたちはさまざまな理由で多大な不利益をこうむる。
  • したがって各々のPCには、“介入”を阻止するだけの動機が存在する。(プレーヤーが望むなら、PCハンドアウトや乱数表でフックを提供しても良い)
    • 背景設定における「侵入者」が残酷極まりない場合は、動機の説明は不要であることが多い(死or無残な余生を意味する等)
    • 動機(Why)の設定はGMの創意工夫、あるいはシナリオデザイナの創意工夫によるものであり、システムデザイナは想像するためのプラットフォームを提供することをまず最優先する。
    • 動機の傾向については、「定住型(侵入者からの自己防衛)」「邪悪型(善なる者を返り討ちにする)」「理念型(自己の目的が共同体の利害と衝突する)」「悲劇型(やむにやまれずその中に居る)」などを基本型とする。
  • デザインは4タイプ考える。もっとも、状況が既に限定されていることから、このゲームのデザインと相性がよいのは「第一世代」と「第三世代」である。
    • 第一世代型(別名グリーンバーグ型):マップやPCの戦略の幅を定義・サポートするようなデータを豊富に提供する。キャンペーンが持続してもよいよう、ダンジョンとPCそれぞれに〈成長〉概念を取り入れる。しかしそれ以外はあまり規定しない。
    • 第二世代型(別名スタフォード型):「ダンジョンで侵入者を待ち構える」ような世界があり得ることを最低限の前提として置いた後は、そこでのどんな動機でも許容するような背景世界・データを豊富に提供し続ける。背景世界の数は基本的には1つ(多くとも2,3)を、長期的・継続的にサポートしていく必要がある。
    • 第三世代型(別名アダムス型):「ダンジョンで侵入者を待ち構える」という状況設定を、シナリオ記法の水準まで限定するか、あるいは「PCは○○である」「PCは○○な性格である」とシステムのレベルで規定するか、ともかく「始まりと終わり」がはっきりプレーヤーにとって理解できるレベルまでシステムを具体化し、その水準においてゲームシナリオを提供する。この型でのデザインには、多様なスタイルと多くの蓄積がある。
    • 第四世代型(別名非シナリオ駆動型):ナラティヴに練りこまれたシナリオを準備する必要がないほど、システムそれ自体を抽象化あるいは自動化していくことで、「ダンジョンで侵入者を待ち構える」ような状況が自動的に記述されてしまうような、そんなメカニズムを提供する(アナログならギミックの大胆な再設計であり、デジタルならPCを取り巻く外部環境の自律的遷移をプログラミングすることである)。この分野の蓄積はまだ始まったばかりであり、この手法で目新しいゲームを作ること=ゲームの基礎設計それ自体に取り組むことであり、〈マスターリング〉の領分からはほとんど逸脱することを覚悟しなければならない。

 こんな感じ。世代論は基本的に多摩豊さん+第四世代のみ芝村裕吏さん準拠で解釈した。

 グリーンバーグ型、スタフォード型、アダムス型というのは、世代論一般の評判がたいへん悪いので、私がイメージする世代論の代表的デザイナーの名前で置き換えてみたものである(左から『ウィザードリィ』のデザイナー、『ルーンクエスト』のデザイナー、『ウルティマIV&ウィザードリィIV』のシナリオライターとなる。私の第一、第二、第三のイメージはそれぞれこれ)。

 私は、システムデザインよりはマスターリングとゲーム研究・ゲーム批評の方に興味があるので、この案のディベロップに多大なコストを掛ける余裕はないのだが、この方向で新しく誰かデザインしてくれたら絶対GMやるのになあ、と思うのだった(そして『りゅうたま』で言えば黒竜ブレスを吐きまくる)。

 デジタルゲームの話なのだかアナログゲームの話なのだかわからなくなったが、まあいいや。

*1:『ポピュラス』(1989)、『テーマパーク』(1997)、『ブラック&ホワイト』(2001)、『フェイブル』(2005)のデザイン・プロデュースで知られる。

*2:ただし、このゲームでは、ダンジョンを作った後、自分の作ったダンジョンに住み着いた敵を倒すという手続きを踏むため、「待ち受ける」とはまた異なる。

2009.03.24.

[]Pixivファンタジアシリーズ

 イラストレータに的を絞って提示される、制限のゆるいPBeM的なものでしょうか。

 イラストコミュニティサイトのPixivで、ファンタジー設定を提供して、それをもとに各々思い描いたキャラクターやオブジェクトを制作する遊びが、人気の企画として盛り上がっているようです。

PixivファンタジアIII

主要都市設定(要pixivID)

 デザインに遊びを持たせるように、あまり長大な設定文は用意されていないようですが、ファンタジー的なイラストを描くという需要は、SW全盛期ほどではないにせよまだあるんじゃないかと感じますね。

 こうした楽しみ方がPBeMの方に流れているのが現状だと思いますが、重厚なD&D系の設定資料集や、国産ファンタジーの想像力などからも何かアンサーができないかしら、と考えたりします。とはいっても、私の方は今のところno-ideaなんですけれども。

 ディティール含めて設定を面白く楽しんで貰うためには、やっぱり実際のキャンペーンセッティングを遊んで、その中で活きた設定を楽しんで貰うのが一番だと思います。

 なので、もしTRPGゲーマーからこうした動きに何か応答できるのだとすれば、「イラスト描きをTRPG的な楽しみの一つとしてフィーチャーした時のキャンペーン運営」について、もう少し技巧的に考えてみても面白いのではないかな、と思います。遊びたいのに実際はリプレイ読むか、PBeMに参加するしか選択肢がない(実際にはなかなか身近にGMを見つけられない)という全国津々浦々の絵描きさん、結構沢山いると思うんですよね。

 私自身は、地縁ないしソーシャルウェアの繋がりを利用しつつ、最終的にはRPToolsWikiの相互作用でキャンペーンを構築していくことが効果的だと思ってます。これも具体的には記述できてないんですけれども。

 RPToolsの安定化と翻訳とマニュアルの作成は、まだできてませんがそのうち作業できればいいなあ。

 

[][]ロード・ブリティッシュの伝記として――『ダンジョンズ&ドリーマーズ』(デジタルゲーム史初期年表付)

更新履歴(最終更新090331_Tue)

 まとめ人の関心に従って

 を追加した。

 なお、2003年以降のゲームについては、重要であっても登録していない。いずれ登録するかもしれないが。

本文


 RPG黎明期を語る書籍を読んでいる。

 TRPGコンピュータRPGが未分化のまま相互作用し合っていた時代の文書を読むことで、ゲーム論方面での基礎体力を付けているところ(社会学はまた別にやる)。押井守『注文の多い傭兵たち』([1995]2004),多摩豊『次世代RPGはこーなる!』(1995)同『コンピュータゲームデザイン教本』(1990)などを再読していた。

 そして今回読んだのはこれ。ずっと前から所持していて、何度か“見て”いたが、本腰入れて精読したのはこれが初めてとなる。

King, Brad and John Borland, 2003, Dungeons and Dreamers: The Rise of Computer Game Culture from Geek to Chic, Mcgraw-Hill Osborne Media.(=2003, 平松徹訳『ダンジョンズ&ドリーマーズ――ネットゲームコミュニティの誕生』ソフトバンククリエイティブ.)

 年表を作る。本書で言及されていないタイトルも補完した。(マリオ以外の国産デジタルゲームタイトルは、ほぼすべて高橋が目安として挿入したもの)

関連年表

作品主な制作者・ゲームデザイナー(特定できない場合は会社名)
1877蓄音機(フォノグラフ)の発明Thomas Alva Edison
1889硬貨作動式蓄音機=ジュークボックスの発明*1Louis T. Glass and William S. Arnold
1897陰極線管の仕組みが発見されるKarl Ferdinand Braun
1931Baffle BallDavid Gottlieb
1932BallyhooRaymond Molony
1933Contact*2Harry Williams
1934Signal*3Harry Williams
1935MonopolyCharles B. Darrow*4
1947Humpty Dumpty*5David Gottlieb(社)
1952OXO(EDSAC)A.S. Douglas
1954*6DiplomacyAllan B. Calhamer
1958Tennis for TwoWilliam Higinbotham
1961-2Space War!Steve Russel and Tech Model Railroad Club(MIT)
1971ChainmailGary Gygax and Jeff Perren(Guidon Games)
1972ChainmailにFantasyの章が追加されるGary Gygax
1971-3Star Trek(SDS Sigma 7 BASIC)Mike Mayfield
1972Odyssey(Hardware)Ralph H Baer
1972PONGAllan Alcorn(and Nolan Bushnell)
1972Blackmoor(Dungeons & Dragons prototype)*7Dave Arneson
1974Dungeons & Dragons(RPGs)Gary Gygax and Dave Arneson
1976Colossal CaveWillie Crowther
1977Adventure(revised)Don Woods (and Willie Crowther)
1977Dungeon(後のZork)Marc Blank, Dave Lebling, Bruce Daniels and Tim Anderson
1977Traveller(RPGs)Marc W. Miller
1978MUDRichard Bartle and Roy Trubshaw
1978Rune Quest(RPGs)Greg Staford
1979Akalabeth(Ultima)Richard Garriott
1980Ultima I: the First Age of DarknessRichard Garriott
1980Zork IMarc Blank, Dave Lebling, Bruce Daniels and Tim Anderson
1980RogueMichael Toy and Glenn Wichman
1980パックマン』(アーケード岩谷徹
1981WizardryRobert Woodhead and Andrew C. Greenberg
1981Call of Cthulhu(RPGs)Sandy Petersen
1981ドンキーコング』(アーケード宮本茂
1983ポートピア連続殺人事件堀井雄二
1983ゼビウス』(アーケード遠藤雅伸
1983.07.15ファミリーコンピュータ』(Hardware)任天堂
1984Raid on Bungeling BayWill Wright
1984『ザ・ブラックオニキス*8Henk B. Rogers(BPS)
1985スーパーマリオブラザーズ宮本茂
1985Ultima IV: Quest of the AvatarRichard Garriot(Scenario: Roe R. Adams III)
1985Bard's TaleMichael Cranford and Interplay Productions
1985Habitat(Online)Randy Farmer and Chip Morningstar
1985Balance of PowerChris Crowford
1985Adventure Construction SetStuart Smith
1986ドラゴンクエスト堀井雄二(メインプログラマ中村光一
1987Wizardry IV: The Return of WerdnaRobert Woodhead and Andrew C. Greenberg(Scenario: Roe R. Adams III)
1987ドラゴンクエストII 悪霊の神々堀井雄二(メインプログラマ中村光一
1987ファイナルファンタジー坂口博信河津秋敏田中弘道
1988ドラゴンクエストIII そして伝説へ』堀井雄二(メインプログラマ中村光一
1989CimCityWill Wright
1989ソードワールドRPG』(TRPG清松みゆき水野良グループSNE
1990.11.21スーパーファミコン』(Hardware)任天堂
1991ストリートファイターII』(アーケードカプコン
1991Sid Meier's CivilizationSid Meier
1992天外魔境IIMARU』(PCエンジン広井王子桝田省治プログラム岩崎啓眞
1992弟切草中村光一(脚本:長坂秀佳
1992.12.19RPGツクール Dante98』エンターブレイン
1992ドラゴンクエストV 天空の花嫁堀井雄二
1992Wolfenstein 3Did Software
1993DOOMid Software(John Romero and John Carmack)
1993トルネコの大冒険 不思議のダンジョン中村光一
1993バーチャファイター』(アーケードセガ
1994かまいたちの夜我孫子武丸・麻野一哉(・中村光一
1995クロノトリガースクウェア
1995タクティクスオウガ松野泰己
1996Quakeid Software(John Romero and John Carmack)
1996サクラ大戦広井王子(脚本:あかほりさとる
1997ファイナルファンタジーVIIスクウェア
1997beatmaniaビートマニア)』コナミ
1997Ultima OnlineRichard Garriott and Star Long
1997DiabloBlizzard North社
1998Half-LifeMike Harrington and Gabe Neuwell(Valve Software)
1998UnrealEpic Games
1998ゼノギアス高橋哲哉田中弘道加藤正人種子島貴
1998『街――運命の交差点』長坂秀佳
1998ゼルダの伝説 時のオカリナ宮本茂
1998『CardWirth』(フリーソフトGroupAsk(斉藤・倉貫・赤塚)
1999俺の屍を越えてゆけ桝田省治
1999-2000Counter-Strikeミン・レー(綴り不明)
2000The SimsWill Wright
2000高機動幻想ガンパレードマーチ芝村裕吏
2001ICO(イコ)』上田文人

キング&ボーランドRPG史観(1961-2003)についての所感

 ちょっち疲れたので箇条書きで。

  • アタリ社の家庭用ゲーム機産業とは別に、70年代後半は「プログラムへの挑戦」、すなわちスティーヴン・レビーが『ハッカーズ』で指摘していたようなハッカー精神、ギーク精神のようなものが、指輪物語D&D的な情熱と相互作用しつつ別のPCゲーム文化を駆動していた。PCでゲームを開発する、ということ自体が、ゲームオタクたちにとっての一種の“挑戦”たりえていたという側面が、どうもあったらしい。無報酬の悦び?
  • Ultimaシリーズのデザイナーであるリチャード・ギャリオットと、後のスティーブジャクソンゲームズ社長(GURPSで有名)であるスティーヴ・ジャクソンとは、オースティン(テキサス大学)のSCA(創造的アナクロニズム協会)で一時期親交を結んでいる。さらにSCAでの活動は、どうやらU4の徳の概念に影響を及ぼしている(かもしれない)。
  • ダンジョンズ&ドリーマーズ』にはWizの説明どころか、Wizardryの一単語も登場しない。オンラインゲーム、と限定した場合は必要ないのかも知れないが、これを素朴に“コンピュータRPG”の本として読んだ場合、相当の違和感があるつくりになっている。UltimaWizを同時に並べて語るのに何か困難でもあったのだろうか。
  • U4とWiz4の共通シナリオライターであるロー・アダムスIII世の記述がない。多摩豊(1990,1995)によれば、彼こそがTPRGにおける「第三世代型RPG*9の傾向を作り、堀井雄二DQRPGデザインに決定的な影響を与えた人物であると論じられているが、少なくともこの本にはロー・アダムスの紹介は一切ない。比較的重要な人物だと思っていたのだが……。
  • ロー・アダムスの言及がない理由は以下が推測される。
    • 著者がアダムスの存在を知らなかった。
    • 著者がアダムスの存在を無視したかった。
      • U4がアダムスの新機軸だ、という話にすると、話が整理できないから。
      • アダムスの話をすると、Wizの話もしなきゃいけない気がして、それは面倒だったから。
    • 他者からアダムスの話を抜きにして欲しいという要望があった(ギャリオット? まさかね)。
  • 1990年代に入ってから、ギャリオット式のRPGは飽きられ、代わりに90年代FPSの時代が欧米では幕を開ける。その代表がDOOMでありQuakeであり、LAN接続で楽しまれるオンライン対戦である。プログラマ気質のカーマックが3Dモデリングの基礎エンジンを作り、それをロメロがデザインしたということらしい(もちろん、彼ら二人だけでDOOMが出来たわけではないが)。そしてDOOM以降に成立したMODカルチャーは、1960年代から連綿と続く「ソースコードの改造」のようなハッカー的ゲーム改造の文脈と整合している。
  • FPSと、それに対する90年代アメリカゲーマーの盛り上がりを読んでいて、これはもしかして『ストリートファイターII』や『バーチャファイター』などの格闘ゲーム文化、それから『ビートマニア』などの音ゲー文化、“より速度を求められるアーケードゲーム”の文化が、日本におけるFPS的なものの代わりをしたのではないかと考えた。確かにそれは一時代を築いたが、海外におけるコンピュータRPGほどには、RPGの売り上げが廃れたわけではなかった。むしろDQFFは、ゲームソフトの王道ジャンルとして確固たる地位を築いていく。
  • 90年代後半にHalf-Lifeのヴァリエーションとしてカウンターストライクが作られ、MODカルチャーの性格はさらに強調される。(今、アメリカ型のゲーム開発が日本と比較して褒められるとき、良く出てくるエピソードではある)
  • 一方で、ギャリオットがウルティマIXの開発を犠牲にしつつ、起死回生の策として提示した『ウルティマオンライン』は、リチャード・バートルが英国エセックス大学で発達させたMUD(マルチ・ユーザー・ダンジョン)のあり方をまったく新しい受け継ぎ方で展開し、いわゆるMMORPGと呼ばれるゲームジャンルの先駆けとなった。
  • 本の著者は、この本の構成を「ロード・ブリティッシュ(ギャリオット)の伝記」してまとめようとしている(すくなくとも、ギャリオットがRPG開発史の主人公として若干ヒロイックに描かれる)。流れとしてはこんな感じ
  • しかしこのような構成は、なるほどドラマチックではあるが、先ほど述べたロー・アダムスの貢献などがすっかり捨象されており、これでデジタルRPGの開発史を一覧したとは言えない(そもそもRoguelikeの話もほとんどないし……)
  • 最後に付け加えた芝村&上田は、『ダンジョンズ&ドリーマーズ』の記述にはない。しかし、この二人は個人的にデジタルなRPGの歴史において重要な貢献をしているのではないかと考えている。しかし詳論は今回は述べる余力がない。
  • それにしてもウィル・ライトのソロプレイぶりが際だっている。彼だけほかのゲームデザインと何の関連づけも持たないように見える。
  • 21世紀の最初の十年(ゼロ年代?)において論じるべきゲームは色々あるだろうが、とりあえず以上。
  • この年表から語れることは色々あるだろうが、私としては「ハッカー文化→道具としてのTRPGの性格→コンピュータRPGのデザイン思想の固定化→90年代MODが海外では普及したが、日本のデジタルゲームシーンではあまり影響を及ぼさなかった(RPGツクールという変種はあるが)→現在のデジタルゲーム産業の状況、という流れで何か論じられそうであるとは考えている。
  • あとちょっとだけTRPGの話をすると、ギャリオットもバートルもロメロも、90年代前半に出てきたゲームデザイナーの大半は、エピソードを読む限りD&Dの薫陶を受けているようだ(DOOMの世界設定は、元はD&Dで亡びたキャンペーン世界を流用したものだそうな)。もっともDOOM以降のコンピュータゲームを遊んでいる世代はその限りではないが、そのあたりは「DQを遊んでいてもTRPGは知らない」という日本におけるRPG文化の断絶とちょうど一致しそうだ。日本のデジタルゲーム業界では輸入段階で10年速く断絶したが(サガシリーズの河津氏などは例外としても)、アメリカでも1995年前後で、デザイナーの基礎教養にパラダイムシフトが起きているような気がする。これはだいぶ憶測に過ぎないので、まあ眉に唾つけて聴いていただきたい。

 ともあれ、「デジタルゲーム産業から見たロールプレイング・ゲーム通史」としては、記述のドラマチックさを優先したためなのか資料に取りこぼしが見られるものの、教科書的な役割を過剰に期待しさえしなければ、大変有意義なゲーム史本だったと思う。

 このゲーマー側からの歴史を「裏」として、ほかの非ゲーマー的な観点からも役に立つ歴史として考えるは……やはりこの本を読まないといけないのだろうか。

ハッカーズ

ハッカーズ


文献

Kent, Stephen L., 2001, The First Quarter: A 25-Year History of Video Games, B W D Pr.

赤木真澄,2005,『それは「ポン」から始まった――アーケードTVゲームの成り立ち』 アミューズメント通信社. 

それは「ポン」から始まった-アーケードTVゲームの成り立ち

それは「ポン」から始まった-アーケードTVゲームの成り立ち

*1:ここからフォノグラフパーラー→ペニーアーケードと続き、アーケードゲームの流れが出来る

*2ピンボールに電子技術(エレメカ)を組み込んだことで歴史的に重要。

*3:Tiltの発明。

*4:その30年以上前から、非売品の原型モノポリーが出回っていたらしいが、販売したのはダロウ。

*5:初めてフリッパーがついたピンボールマシン。

*6:商業出版は1959年

*7:後、D&DでGreyhawkが提示された後の1985年にBlackmoorキャンペーン設定も復活することになったが、これはまだアーネソンが一人でミニチュアゲームのアイディアを暖めていた頃の名前として仮につけてある。

*8:事実上日本で始めて発売されたコンピュータRPGデザイナーWizのロバート・ウッドヘッドと友人だそうな。

*9:ここでは『ロールプレイング・ゲームの批評用語』で定義した世代論とはまた少し異なる。なぜなら多摩豊の世代論は、実はデジタル/アナログ両方に共通する世代論だからである。ここでは「第一世代=戦闘主体型RPG」「第二世代=(箱庭的な)世界主体型RPG」そして「第三世代=(背景世界だけでなく、特に)ストーリー主体型」という三分類で考えられる。たとえば、Wizシリーズでは、基本的に冒険者が善であるか、悪であるか、ダンジョンをどういう目的意識で攻略するかはプレーヤー自身の完全な自由に任せられていたが、Wiz4においては「キャラクター=ワードナ」であり、「目的=迷宮脱出」であった。これと同じくらい強力なシナリオ規定が、同じく彼が手がけたU4にも見出される。U4ではそれまでのウルティマシリーズとは打って変わって「善なるアヴァタールになるために八つの徳を集める」というシナリオ課題が与えられる。しかも最終的には、プレーヤーは悪人プレイが許されない(悪人として振る舞うと、クリアが困難となる)。ここにロー・アダムス的なRPG、ストーリーの傾向がデザインの段階で既に決まっているゲームの特性がある。そしてこのような「第三世代のコンピュータRPG」のデザインに対する批判は、押井守多摩豊が、それぞれ異なる作法で行っており、興味深い。

2009.03.21.

[][]のば通らじおのゲスト出演放送が公開されました

 早城菱人さんの『のば通らじお』で、2月末にゲスト出演した放送が公開されました

Connection: close