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フィアット500大作戦!!

2013-01-09

軽4輪トラックのススメ

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4輪驅動のご意見番によるSUZUKIのCARRYもとい、 MARIAH CARRYである。色は現NATO獨逸國防軍色を調合してもらひ塗つてゐる。荷臺は高架作業臺にも成るし、ダンプのやうにリフトする。

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電源コンセントは、荷臺を架裝したメーカーによる標準裝備。此處にリモコンをつなげてオペレートする。

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スウェーデン軍のタンク。王冠マークがイイ。

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米軍の工具箱は、リアフェンダーの長さとぴつたり。

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ドアロックのノブは藥莢だ! 高級さうに見える^^

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エンジンヘッドはピンク!!

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輕トラの助手席側の鍵穴は無いのがデフォ。よつて手書きしてます。

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昨年は仕事で輕トラを久しぶりに運轉した。車重700キロない輕いボディにSOHC4バルブの良く囘るエンジン。おまけにフロントミドシップ。下手なスポーツカーよりも氣持ち良く樂しい運轉が出來る。こんな日本車一寸ないですね。

2012-10-21

2012-10-16

茂原ツインサーキットにて。。。Part 1

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TOYOTA SPRINTER TORENO GT
レアですねぇ。カローラの若者向けヴァージョンがスプリンターでした。リフト・バックが売り物でしたね。


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SUZUKI FRONTE DELUX
どことなく Fiat 850の影響が見受けられる雰囲気。デラックスというグレードが時代ですなぁ♪


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Nissan Silvia
嗚呼、早すぎたグランド・ツーリング。。。


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Honda S 800 Coupe

2012-03-25

1967 4th NIPPON GRAND PRIX 公式プログラム 自動車の広告から

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SUZUKI FRONTE 800
ミケロッティ風のボディは社内デザイン。サイドウィンドウに曲面ガラスを採用したのも日本車初のことだった。
エンジンは水冷2ストローク直列3気筒785cc、これで前輪を駆動する日本初の小型FF乗用車であったのだ。しかしながら63年の東京モーターショー発表から発売されたのが遅れに遅れて2年後の65年。遅れた理由が興味深い。そもそもスズキは「フロンテ800」を売って儲けようなどという気はなかったという。60年代初頭、貿易自由化対策として既存の自動車メーカーの合併・整理統合を進め、小型車への新規参入を制限しようとする旧通産省の動きに対し、小型車市場進出の意思を示すアドバルーンとして造られたという経緯がある。そのために小型車ではあるがほとんど手作りの少量生産で、その総生産台数は約3年半の間にわずか2717台と、小型乗用車としてはフェラーリ並みの異例な生産数となっている。


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HONDA N360
若者に大人気となった軽自動車。67年の春に発売されたが、その3ヶ月後には10年の長きにわたって軽自動車のベストセラーだったスバル360をトップの座から引きずり下ろしたのである。


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DAIHATSU Compagno Spider
800ccのエンジンは 1000ccに、ソレックスのツインキャブとパワーアップされたが、如何せん価格が高すぎた。ライバルのトヨタ・スポーツ800やホンダS600と比べて10万円も高かったのだ。


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SUBARU 1000
フランス車の味わいをもつデザイン、そして技術者の理想が投入されたメカニック。


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MAZDA FAMILIA COUPE
日本では小型乗用車初の SOHCエンジンを搭載している。


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MITSUBISHI COLT 1500
日本初のチルト・ステアリングを装備。他に見るべきところは???

2012-03-21

1970 3rd TOKYO RACING CAR SHOW ガイドブック

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ショーのイベント、ピットクルー・コンテストから。


3回目となると、無名プライベートが仕立てたマシンが一般に相当な人気を持つようになった。RQ(Racing Quarterly)やEVA*1といった振興メーカーが日産VSトヨタのような火花を散らす人気となっていた。それに林みのる氏の MACRANSAが絡む様相。益々、プライベートに目が離せない状況となっていたのだ。


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MACRANSA KUSABI
林みのる氏の自伝「童夢へ」によれば、くさび形にした理由が面白い。安く手間ヒマ掛けずに綺麗なボディができるというのが理由だったようだ。ところがいろんなトラブルが起こり、突貫工事で見た目だけを完成させてショーに持ち込んだとのこと。決定的な遅れた理由は資金不足であった。ガイドではテストが終了していることになっていたのだが、とんでもない嘘だったのである。またレースには、コンレロ・チューンのアルファ・ロメオGTA用エンジンを搭載予定であったが、資金難により売却してしまい、手持ちのホンダ S800用エンジンが搭載されてデビューしている。くさびのボディに対しS800のエンジンは明らかにパワー不足であった。林みのる氏はこの時24才! 「くさび」による借金は1000万円と莫大なものであった。40年前の1000万円である。


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SUZUKI BANKIN 72C
いすゞ自動車の板金下請けメーカーと知られていた鈴木板金が“69年日本グランプリ”挑戦のため開発したマシン。エンジンはスカイライン2000GTRのものが搭載された。ところが残念なことにテスト中にクラッシュして参戦することは出来なかった。
 社長の鈴木義雄氏は渡米してシェルビー・レーシングスクールに入校した経験がある。デイトナ500マイルでシェルビー・アメリカンのピットで観戦していた鈴木氏は、タイニー・ランドのフェンダーがクラッシュしたコブラを飛び入りでハンマーで叩き直し、その時の功績が認められて最優秀メカニック賞も受賞している強者である。


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1950年、鈴木板金がCIA特務将校の求めに応じて制作した“イーグル号”。シャシーはクロムモリブデン綱によるチューブラー・フレーム。最高速度220km/h。


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いまはトラック・メーカーだが、いすゞのレースへの挑戦は素晴らしいものがあった。カロッツェリア・ギアと組んだ綺麗なデザインのエキゾチック・カーも市販されなかった。


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ファントム HONDA
都内のスピードショップ・ファントムの出展。HONDA N360のエンジンを搭載。ダンボール細工のようなFRPボディだが、財布の軽かった若者には現実的なものだったのであろう。


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SUZUKI FRONTE RP
1969年、スズキが当時の軽自動車クラスのミニカー・レースにデビューさせたマシン。なかなか良くまとまっている。


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HONDA KAMUI
現在10億円の企業脱税で服役中の本田博俊氏が、初めて制作したマシン。流石に御曹司だけあって、全てにお金と時間がかけられて美しいマシンに仕上がっている。ホイールも特注であった。名前のカムイは、当時人気を誇っていた白土三平の漫画「カムイ伝」から名づけたと言う。


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CARMAN Apache
オーナーの林將一氏は林みのる氏の従兄弟である。なかなか綺麗な仕上がりであったようだ。



最後に、ガイドブックに掲載されていた広告から。
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当時は大ピラに聞けなかったので、クルマの中で堂々と聞いていたそうです。需要があったのね。


以上、資料提供は亀有スロットカー仲間のUさんでした。有難うございます。

*1:実は林みのる氏が69年のショーカーには関わっていた。