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フィアット500大作戦!!

2014-04-13

COPPA DI KOUMI 2014

1990年から開催されているイベント、コッパディ小海。
本日、初めて見学に行きました。

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RENE BONNET Missile 1963

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CISITALIA 204 1948

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LOTUS Elite Sr.2 1962

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PORSCHE 911 1966

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FIAT ABARTH 850 Record Monza 1960

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MATRA BONNET Djet5

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PANHARD DYNA X

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LANCIA Flaminia Sport 1963

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ALFA ROMEO Giulia TZ 1964

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SIATA 750 S MM 1950

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ALFA ROMEO Giulietta Spider 1960

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BUGATTI T57 1936

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ALFA ROMEO Giulia SS 1964

2013-01-31

Road & Track 1955 July

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このイタリアンなボディーは、アメリカはロングアイランドの Bill Frick Motorsが制作したスペシャル。エンジンは CadillacのV8で、ボディはカロッツェリア Vignaleによるもの。

2012-08-12

Le Mans Classic 2012  1GRID 1923 - 1939+ Entrants Part 8

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1925 Bugatti Type 35
Bugatti 1991cc 8cyl.

 古くからのCGTVのファンなら知らない人がいないであろう。
 1926年から 1931年までの5年間で、68もの主要レースで優勝。ル・マンはないが、Targa Florioの5勝、 Grand Prix de France4勝、European Grand Prix*13勝、Gran Premio De San Sebastian3勝、Monaco Grand Prix2勝、Gran Premio d'Italiaと German Grand Prix各1勝という金字塔を打ち立てている。
 このクルマの素晴らしさは、欧州初の市販型グランプリ・カーであったことである。よって驚くべき高出力とか高速性能を持っていたわけではない。特殊な訓練を受けていない素人でも整備できることを設計段階から配慮してあった。しかしながら、扱いやすいパワーとトルクの特性を持つエンジンとなっており、ライバルよりも優れた操縦性とロード・ホールディング性能によって着実に勝利を勝ち取るというプロの仕事であった。
 当初は95馬力という、スーパーチャージャーによって武装されたライバルと比べて明らかに非力であったが、その767kgという軽量ボディは、それを補って余りある加速性能とコーナーリングをもたらしていたのだ。それには、軽合金を多用したシャシーと足回り、そしてブレーキ・ドラムと一体構造の Bugattiのイコンでもあるアロイ・ホイールがバネ下重量を大幅に軽減、それによって走りの良さで勝つ傑作となったのだ。
 それまでは大馬力で勝つという思想が支配していたが、それを跳ね返す画期的なマシンとしてこれからも語り続けられるであろう。



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1926 Bugatti Type 35 T
Bugatti 2262cc 8cyl.
 Targa Florioのために仕立てられたスペシャル。ストロークを 100mm伸ばして排気量を 2262ccとした。僅か13台が製造された。



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1928 Bugatti Type 43
Bugatti 2261cc 8cyl.

 1927年の初頭に発表された Type 43は最高速度 160km/hを誇る唯一のロード・ゴーイング・カーであった。そのためにエンジンはグランプリ・カー Type 35Bのものをデチューンして搭載した。実際には最高速度 177km/hが可能であった。
 1931年のル・マンに於いてフランスの Antoione Schumannチームの#19が Pierre Louis-Dreyfus / Mariette Delangle組により 22位でリタイアとなっている。



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1929 Bugatti Type 40
Bugatti 1500cc 4cyl.

 Type 40は Type 13, 22と 23の代わりとして開発されたクルマ。Bugattiの入門編としてスペックは控えめなものに落ち着いている。シンプルなボディと構造は製造コストを引き下げることにも貢献することとなった。エンジンは保守的に3バルブで5ベアリングの直列4気筒。標準ボディは4シーターの torpedo型(魚雷)であったが、多くはカスタム・ボディが架装されている。グランプリ・カーとは違って手頃な価格で提供された Type 40は新たな顧客を開拓することとなった。
 1930年のル・マンに於いて フランスの Mme. Marguerite Mareuseチームの#25 Type 40が Marguerite Mareuse / Odette Siko組によって総合7位でフィニッシュしている。



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1930 Bugatti Type 44
Bugatti 3000cc 8cyl.
 1927年のパリ・サロンで Bugattiは Type 44 ツーリング・モデルを発表する。1930年代を通して合計1095台が生産される。エンジンはSOHC、3バルブの直列8気筒で約80馬力であった。クランクシャフトには振動を抑えるダンパーが備えられ、非常に滑らかな回転を誇るものとなった。これにより真のツーリングカーとして称されることとなった。
 1935のル・マンに於いて、"M. Rekip"チームの#9René Kippeurt / Edmont Nebout組が参戦したが64周でリタイアしている。



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1931 Bugatti Type 50 T
Bugatti 4972cc 8cyl.
 1931年、Type 50を発表する。Type 46の設計を流用して制作された派生系であり、スポーツ・クーペであった。Type 46と大きく違うのは搭載されたエンジンである。保守的なOHC3バルブから、DOHCエンジンとなり、Bugatti設計による最もパワフルなエンジンとなったのだ。Type 46と比較してボアとストロークは縮小されたが、ルーツ型スーパーチャージャーと2基の Zenith製キャブレターによって225馬力のパワーを絞り出した。これにより最高速度 170km/h、0〜100km/hまで8秒という1930年代としては素晴らしい性能のクルマとなった。
 Type 50は日常の乗用車として使うことができるクルマとして設計され、古典的な鋼鉄製ラダー・シャシーにはロングとショートの2タイプが用意された。Type 50 Tの‘T’は Tourisme または Touringを表しており、一番長いホイールベースのシャシーと扱いやすい200馬力にデチューンされたエンジンが搭載された。3段ギアボックスが備えられ、グランド・ツーリングに適した仕様となっている。当時の慣習に則り、Bugattiは完成シャシーでコーチ・ビルダーに提供、顧客のオーダーに合わせ、数々のボディが架装された。
 1931年、Jean Bugattiは父親 Ettoreを説得して3台の Type 50をワークス・チームでル・マンに投入。1台が20ラップでタイア・トラブルでリタイアするや、残りの2台も早急にリタイアとなっている。
 総生産台数は1933年までに65台のみが生産され、いまでも希少なクルマとしてコレクションの対象となっている。



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1932 Bugatti Type 51
Bugatti 2300cc Supercharged 8cyl.
Bugatti Type 51は 1931年〜1935年を通し T-51と T-51Aの両方合わせて総生産 40台のクルマである。 Ettore Bugattiが古くなって戦闘力を失った Type 35の代わりとなるクルマとして計画した。Ettoreは、当時アメリカで成功していた最速の前輪駆動 Millerレーシングカーに注目し、Type 43を3台に対し、 Miller 91を2台交換して手に入れ、そのエンジンを徹底的に分解調査研究した。これにより、そのヘッドとブロックをほぼコピーしたエンジンを完成させ Type 35に搭載した。それが Type 51である。Type 51は2〜2.3リッターで、Type 51Aは1.5リッターのスーパーチャージャー。DOHC2.3リッターはルーツ型スーパーチャージャーを備えて 160馬力を搾り出し、750kgの軽量シャシーと相まって最高速度 230km/hとなった。
 しかしながら、ライバルのドイツとイタリア勢は国家予算の援助を元に Bugattiを遥かに超えた怪物となっていた。1931年の French Grand Prixを数少ないハイライトとして Bugattiの時代は終りを告げることとなる。
 

*1:当初は他地域で開催するはずのレースがキャンセルされた時、緊急の代価開催としてヨーロッパ内のサーキットを利用して行われるグランプリであり、その開催は不定期であった。

2012-05-12

The Legend of Tazio Nuvolari Part 5

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Bugatti 35B


 1927年、Nuvolariは、同じイタリア出身の若きドライバー、Achill Varziと組んで、Bugatti 35Bを2台買い、レーシング・チームを設立した。 Varziも、モーターサイクル・レーサーであり、無鉄砲な Nuvolariとは正反対に、冷静なレース運びで知られていた。
 2人は長年にわたり、友人として、また良きライバルとして優勝を争うようになった。このチームには Decimo Compagnoniという名メカニックが参加した。Compagnoniは、Nuvolariにとって終生の友であり、協力者となった。
 一方、Nuvolariの家庭では、次男坊の Albertoが誕生した。長男の Giorgioは9歳となっていた。
 Nuvolariは2人の息子を可愛がったが、レースで各地を転々とするため、家に落ち着くことが少なく、出先から愛情のこもった手紙を息子たちに書いていた。
 Nuvolariと Varziのチームは、数々のレースで優勝した。Nuvolariが勝てば、次は Varziというように、2人はつばぜり合いをしながら、優勝回数を増やした。そのような2人だったからチームが数年で解散したのも仕方の無いことだった。Varziから解散話が切り出されたが、Nuvolariはあっさりとそれを受け入れたのである。


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 1930年の春、Enzo Ferrariに口説かれた Nuvolariは、Alfa Romeoのレースを請け負っていた Scuderia Ferrariと契約、Alfa Romeo 6C 1750 Gran Sportにて Mille Migliaに出場することとなった。
 スタートの順番はくじ引きで決められていたが、Nuvolariのスタートは夜明けとなった。しかも、ライバルの Varziの後だったのである。Varziも Alfa Romeoでレースに参戦することになっていたのだ。スポーツ新聞の記者達は、この2人に注目した。
 2人は、スタート・ラインで、にこやかに握手したが、相手を見つめるお互いの目には闘志の火花が飛び散っているようだった。
 まもなく、Varziがスタートした。1分後に、Nuvolariもスタート、後を追いかけた。Nuvolariの同乗者は Battista Guidottiである。
 Mille Migliaは公道レースなので、他のクルマや馬車等を避けながら走らなければならない。しかし、Nuvolariがスピードを緩めることはなかった。100km/h+で、クルマや馬車を巧みにかわしながら、次々と追い抜いた。そのステアリングさばきは、まるで、軽業のように鮮やかなものであった。コーナーや障害物が多ければ多いほど、Nuvolariの運転は冴えるのであった。


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Alfa Romeo 6C 1750 Gran Sport


 Romaに到着した時、Nuvolariはトップを走っていた。しかし、Varziも負けてはいない。直線コースで、Nuvolariを抜き返し、トップに立った。他の車はかなり遅れて、レースは Nuvolariと Varziの一騎打ちとなった。
 ゴールまで後 200kmの町で、Nuvolariは、コース・マーシャルからサインを受け取った。
「トップとの差は、2分」
 これを見て、Nuvolariは同乗者の Guidottiに言った。
「Varziの奴は、もう勝ったと思っているにちがいない。そこが奴の弱みさ」
 Nuvolariのクルマは、1分遅れてスタートしているから、あと1分以上差を詰めれば優勝できることになる。だが、2台のクルマは性能が同じ Alfa Romeo。差をつける手段は、操縦技術だけである。
 Nuvolariの操縦は、さらに凄まじくなった。カーブに侵入してもアクセルは踏みっぱなしでドリフトを繰り返していた。
「これでは、目的地はゴールではなくて、天国だよ」
 助手席の Guidottiがそう思うのも無理はなかった。当時のクルマに安全性など微塵もない。ロールバーは勿論、シートベルトもない状況で、彼は冷や汗をかき通しであった。
 ゴールまであと 50kmに迫った時、辺りが暗くなっていた。ヘッドライトを点灯すると、遥か前方に小さく赤いテールライトが見えた。
「 Varziだ。差は 20秒ぐらいだろう。つまり、40秒こちらがリードしているってわけだ」
 Guidottiは優勝を確信して、Nuvolariにスピードを落とせと忠告した。
「いや、Varziにとどめを刺してやろう」
 Nuvolariがとった行動は驚くべきものであった。スピードを落とす代わりにヘッドライトを消してしまったのだ。それから Varziの小さく光るテールライトを目標に、闇の中を疾走したのである。危険極まりないことであった。
(皆の言うとおり、やはり Nuvolariは狂っている……)
 もはや助手席の Guidottiは、生きた心地がしなかった。
 一方、Varziの視界からは Nuvolariが消えていた。彼のクルマがトラブルを起こした。そう感じた Varziのペースは落ちていった。
 ゴールまで3kmの地点で、Nuvolariはガス・ペダルを床まで踏み込んだ。スーパー・チャージャーが悲鳴を上げ、直列6気筒エンジンの回転数を示すタコメーターは振り切れんばかりとなった。次の瞬間、Varziを抜き去ったのである。それから、またヘッドライトを点灯して、一気にゴールを目指した。
「 Nuvolariの奴、いったい、いつの間に……」
 Varziは呆然とした。その間に Nuvolariはゴールに飛び込んでいた。


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Alfa Romeo 6C 1750 Gran Sport

2011-07-19

Goodwood Festival of Speed 2011 PRE - WAR GRAND PRIX CAR

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1930 BUGATTI TYPE 45
U型16気筒 SOHC 3Valve 3801cc ツイン・スーパーチャージャー 250ps/5000rpm
よりパワーも求めたブガッティは、同社の35Cグランプリエンジンを並列にしてギアでジョイントするという驚愕エンジンを搭載。しかし戦績は芳しくなく、1930年の Klausen と Bernina のヒルクライムで優勝したにとどまる。


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1930 BUGATTI TYPE 53
直列8気筒 DOHC 2Valve 4972cc ツイン・スーパーチャージャー 300ps/4000rpm
世界初の4輪駆動グランプリカー。前輪は独立懸架。同じく戦績は振るわず、むしろヒルクライムに活躍した。


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1931 BUGATTI TYPE 54
直列8気筒 DOHC 2Valve 4972cc ツイン・スーパーチャージャー 300ps/4000rpm
モンツァでのグランプリに間に合わせるために、わずか13日間で仕立てられたと言われている。Archille Varzi が Avus グランプリに於いて最高速度256/hで優勝している。2週間でまともなマシンが造れるわけはなく、操縦性は劣悪で恐ろしいものだったらしい。


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1934 Alfa Romeo Tipo B
直列8気筒 2905cc ツイン・スーパーチャージャー 215ps/5400rpm
 俗称P3でも有名なこのマシンは、初の本格的な単座レーサーである(それまでは規定でメカニックの同乗が定められていた)。4気筒ずつの2ブロックには、それぞれ小型スーパー・チャージャーとキャブレターが備わっている。名技術者ヴィットリオ・ヤーノによる設計の最大の特徴は、ツイン・プロペラシャフトで、それはトルクチューブに内蔵され、シングル・デファレンシャルからギアボックスの後端へ30度の角度で直接に連結していた。これによりドライバー・シートを低い位置で固定することができ、短いハーフシャフト、鋼管製リア・アクスル、スプリング式ディファレンシャルなどにより重心を低く軽くすることができた(中央に鎮座するシフトノブに注意)。ブガッティよりもパワーはないが、コナーリング性能は抜群で、スクーデリア・フェラーリにより1934年度のグランプリで9回の優勝という圧倒的な力を見せつけている。
 Tipo B は昨年のアルファ・ロメオ博物館訪問時には不在だったので、今回観ることができたのは嬉しいことであった。参加車は塗装のハゲも個体の歴史を感じさせるもので好感が持てた。

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