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フィアット500大作戦!!

2012-12-12

Musée automobile de la Sarthe  1952 SOCEMA Gregoire Prototype Turbine

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 1952年10月に開催されたパリ・サロン。会場を訪れた人々を、あっと驚かせたのが未来からやってきたシェイプのこのクルマであった。しかもエンジンはガスタービンであったのである。
 当時の航空機産業はターボジェットターボプロップ・エンジンの開発を推し進めていた。 SOCEMAは航空機と関連部品のメーカーであり、1949年のパリ航空ショーでは複数のジェットエンジンを展示していた。タービンの開発技術者は、これをクルマのエンジンとして利用することに興味を持っていた。とてもコンパクトなタービンを開発すると、クルマに搭載するというアイデアが生まれた。このアイデアを実現するにあたり、前輪駆動の等速Uジョイント発明で有名な技術者 Jean Albert Gregoireにその設計は委ねられることとなる。


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 ボディはアルミニウム製である。製造は今はなき自動車メーカーHotchkiss社が担当した。ミッションは Cotal製電磁式ギアボックスを採用している。搭載されたタービン・エンジンは 130kgで、理論上は車重 1300kgのこのプロトタイプを最高速度 200km/hまで加速できるようになっていた。最終的な生産決定はテスト終了後となったが、技術的な問題が山積していた。すなわち、高熱の温度、劣悪な燃費などが、自動車搭載用タービンエンジンを設計するに当たり克服しなければならなかったのだ。そしてその開発には莫大な費用がかかることが懸念された。そしてもう一つの問題が、この高度な加速性能に耐えうる高性能ブレーキの開発である。
 まもなく、公式なテストがジャーナリストを招待して行われたが、すぐに SOCEMA Gregoireの開発は中止が決定された。


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2012-08-28

1952 Hotchkiss Grégoire berline

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2188 cc Flat-4. Max 151km/h


 Hotchkissは1904年から1954年まで武器・兵器、自動車を製造したフランスのメーカー。フランスに移住したアメリカ出身の技術者 Benjamin B. Hotchkissが1867年に設立した。
 自動車の生産は 1903年に開始。1937年には Amilcarと合併する。Amilcarに携わっていた前輪駆動車設計のエキスパートである Jean-Albert Grégoireがデザイナーとして参加している。
 Hotchkiss Grégoireは 1950年1953年に生産されたが、総生産台数は僅か240台でしかなく、 Hotchkiss社最後のクルマとなっている。
 30年以上にわたり Hotchkissは保守的な設計のクルマであった。その Hotchkissが革新的なクルマを世に出すことで起死回生を企んだのが Hotchkiss Grégoireであった。その名が示すように、設計者は Jean-Albert Grégoireである。
彼は 1926年に Tracta車に発明した等速ジョイントを搭載した前輪駆動車のパイオニアであり、今日、前輪を駆動するクルマは、すべてがその恩恵に浴しているのだ。Citroen Traction avantにも彼の等速ジョイントが採用されており、もちろん4WDもそうである。ジープも含めて大戦中の軍用車のほとんどが彼の等速ジョイントのお世話になっているのだ。


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クルマだけではなく、機関銃の宣伝もしていることに注意。


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前輪駆動車の先駆者 Jean-Albert Grégoire (7 July 1899 in Paris – 19 August 1992)


 Hotchkiss Grégoireには先進的な技術が惜しみなく注がれている。フロント・アクスルの前には水冷 OHV 水平対向4気筒 2188cc エンジン(70〜75hp)を搭載して前輪を駆動する。これは同じレイアウトをもつスバル1000よりも14年も先駆けている。シャシーはより革新的で、サイドシルからスカットル、ウィンドウ・フレームまでアルミの鋳物製であったのだ。これにより2リッターの中型車としては異例の950kgという車重を実現している。
 サスペンションは4輪独立という高級なもので、特に前輪はWウィッシュボーンにコイルを水平に近い状態で取り付けられ、左右関連懸架となっているのが特徴。ギアボックスは4段で2速以上はシンクロ、4速はオーバードライブであった。
 しかしながら、この革新的なクルマは30年以上も保守的なサルーンを販売していた Hotchkissに暗い影を落とすこととなる。高い開発費を回収するためには台数が売れなければならないが、高い製造コストにより同じ6気筒の Citroën Traction 15CVの2倍の価格が設定された。それがまた売れないという悪循環を繰り返すこととなってしまった。それにフランス政府による高級車への重課税という方針が Hotchkissに重くのしかかった。1952年のパリ・サロンでは、Hotchkissは会場にてカラー刷りのカタログを配布できないほどに衰退してしまった。翌53年に僅か40台が生産されて Hotchkiss Grégoireは製造中止となる。総生産台数240台のうち180台がサルーンであった。残りは Henri Chapronによって架装されたクーペカブリオレとなっている。


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Bピラーの部分が一番車幅があるようにデザインされている。

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Chapron製クーペ

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Hotchkiss社製軽戦車 H38/39。