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フィアット500大作戦!!

2012-11-20

Le Mans Classic 2012 Espace Clubs  Iso Rivolta & Grifo

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Iso Rivolta (1962-1971)

 1955年にマイクロ大衆車の Isettaが失敗に終わったあと、1962年Isoが突如送り出した高性能グランツーリスモ。Isettaが自動車としての最下限に位置していたものであったのに対し、贅沢の限りを尽くした高級スポーツカーであった。性能やデザインは勿論のこと、価格までもが Ferrariや Maseratiに肉薄するものであった。
 しかしながら、そのボンネット下に納められていたのは、コンペティション・モデルをベースにしたものではなく、大量に生産されていたアメリカンV8エンジンだったのである。CHEVROLET製 5359ccのエンジンに見るべきところはないが、Giotto Bizzarriniの設計によるシャシーは、リア・アクスルがド・ディオン方式で、インボード・ディスクのリアブレーキなど、高度な設計であった。フロントエンドにアメリカ車の影響も感じられる堅実なデザインは Bertone時代の Giugiaroによるもの。ホイールベースは 2700mmとかなりゆったりとした室内を誇る4シーター・クーペだ。


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Iso Grifo A3L (1963-1974)

 1963年のトリノ・ショー Bertoneのブースにて、Grifo A3/Lの名で発表された2シーター・クーペ。Rivoltaのホイールベースを 2500mmに短縮している。デザインは Bertone時代の Giugiaro。
 2年後の 1965年のフランクフルト・ショーにて Iso Grifo A3Lの名で正式発表された。CHEVROLET製 5359cc V8エンジンで最高速度は 270km/hとなっていた。

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Iso Grifo IR8
1971年以降は、ヘッドライトに目蓋がつき、ホイールは Leleと同様の 2700mmに延長されており、 72年からは Ford Boss 351(330馬力)エンジンが搭載されるようになった。

2012-11-19

Le Mans Classic 2012 Espace Clubs  Iso Rivolta Lele

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1969年のロンドン・ショーにて発表されて話題となったモデル。CHEVROLET製V8エンジンを搭載した Rivoltaをベースにした4シーター・クーペ。デザインは Bertoneによるもの。2700mmのホイールベースはそのままに、全長は 150mmも短くなっている。車重 1640kg。エンジンは Carter製4バレル・キャブレター 5733ccの CHEVROLET製V8で、圧縮比10.25の 304hp/4800rpmと11.0の355hp/5600rpmの2種。最高速度はそれぞれ 220km/hと 230km/h。1973年には 5769cc 圧縮比8.6、Motorcraft製4バレル・キャブレターの Ford製V8となり、5段ZFまたは Ford製3段ATが搭載されて、最高速度 245km/hとなっている。


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2012-11-17

Le Mans Classic 2012 Espace Clubs Iso Grifo Rivolta A3/C

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 1963年のトリノ・ショーにて Rivolta A3/C (Cは Competizione or Corsaの意)の名で発表されたのだが、このプロトティーポは実際には元 Ferrariのエンジニア Giotto Bizzarriniの第1号車であった。シャシーは鋼管フレーム、足回りは前がWウィッシュボーンのコイル、後ろがWトレーリングアームのコイルでド・ディオン・アクスルなのは A3Lと同じものだが、ボディはアルミニウムを無数のリベットで組み上げたモノコックである。ボディ・デザインは Bertone時代の Giugiaro。車重は 1170kgと軽く、5354ccの CHEVROLET V8エンジンは 405馬力を発生。公称最高速度は 305km/hとなった。


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エンジンは、可能な限り後方にマウントされている。重量配分の向上を狙ったもの。


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 Isoは Bizzarriniのレース活動を全面的に支援。1964年にデビュー戦の Sebring 12 Hoursで 39位、同年 Nürburgring 1000kmで 19位と不本意な結果に終わる。
 翌1965年、CHEVROLET V8エンジンは4個の Weber45DCOEに強化されて 420hp/5400rpmを絞り出していたが、前年に続き結果はふるわず、 Sebring 12 Hoursで 39位、Nürburgring 1000kmではリタイアとなった。スポーツカー・レースの最高峰のル・マンでは Mulsanne straightで最高速度を記録、9位と善戦したが、 Bizzarriniは Isoの期待に応えることはできず、同年秋に両者の関係は決裂することとなる。


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主要なメーターが助手席前に配置されていることに注意。


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2011-01-12

The World's Worst Cars Part5

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DeLorean DMC-12(1981-1982)
ジウジアーロのデザインによる失敗作。とても彼の作品とは思えない凡庸な出来だ。最低地上高が異様に高く、向こう側が透けて見えてしまうほど。これだけでもスポーツカーとは言えない。フロントマスクは当時の三菱製セダンのよう。おまけに肝心のエンジンは、丈夫だけが自慢のルノーV6エンジン、パワーが無く重いだけだった。シャシー開発はロータスが担当したようだが、ハンドリングも悪く、パットしない走りだったらしい。
それでも、一部の人にとっては素晴らしいデザインのクルマというのだから……。
http://www.jigowatt.org/dmc/top.html


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FRPボディに無塗装のステンレスパネルを被せたボディは軽く触っただけでも指紋が残り、なかなか消えなかった。自慢のガルウィングも作りが悪く開かなくなるトラブルが多発。そのような品質の低さに起因する大量のキャンセルが発生し、初年度で会社が傾く原因ともなった。
DeLorean社を立ち上げたジョン・ザッカリー・デロリアンは元GMの副社長であり、わざわざこんな駄馬を作るために6年もの歳月をかけ、その地位を投げ捨てた大馬鹿者だ。
北アイルランドで製造することを条件に英国政府を騙して8000万ポンドを引っぱり、挙句の果てにデロリアンが麻薬で逮捕され、会社は82年に倒産、英国民の血税は無駄になったというお話。


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ISO FIDIA(1967-1974)
もともとは工業用冷蔵設備のメーカーで、日本なら日立が自動車業界に乗り込んだようだったISO。1962年に高級スポーツカーに名乗りをあげる。
1967年に搭乗した“FIDIA”。エンジンは初期はシボレー製、後にフォード製V8エンジンを搭載、ギア在籍時のジウジアーロによるデザインは悪くは無いが、問題は予想外に掛かった開発費だった。そのため価格はロールスロイスよりも高額なものに。
その反面、作りは酷く、サビにも弱かった。最終的にたった200台しか売れなかったというのも納得できる。
ちなみにジョン・レノンも購入していたとか。成金は金の使い道知らないねぇ(苦笑)。


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LANCIA BETA Berlina(1972-1984)
良く言えば、古いフランス車の少し格好の悪い雰囲気を醸し出したデザイン。日本のイタリア車好きには踏み絵のようなクルマ(Berlinaが日本に現存しているのだろうか?)と言うのは言い過ぎだろうか。ちなみに自分には厳しいかも。
現在、イギリスではランチアが売られていないが、そのきっかけとなったクルマと言われている。
そもそもランチアはいつの時代も先進的な技術を惜しげもなく注ぎ込み、コストを度外視した品質が自慢のメーカーであった。しかし、フィアット・グループとなったランチアはその高コスト体質を指摘され、安い鋼板を使用することにした。そのため、ありとあらゆる場所がサビに侵されるボロボロのクルマになり、酷いものは納車時に既にサビている始末。
イギリスの大衆紙 The Daily Mirror が大量の LANCIA BETA が納車前に溶接し直されていると報じ、売り上げはガタ落ちとなった。
あるイギリスのディーラーは大量の在庫車の莫大な維持費を知るや、大量廃車にしたとのことだ。


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LANCIA GAMMA(1976-1984)
これは素晴らしい。だれが見ても華麗なデザインとゴージャスな内装、見事なハンドリングと、ヒット作間違えなしのはずだったのだが……。
信頼性が低く、サビに弱いのが致命的で、市場では奮わず、ランチアは莫大な損害を被った。
特に水平対向4気筒ボクサー・エンジンが最悪で、2.5リッターの排気量は4気筒には大きすぎ、作りも酷いものだった。カムベルトが外れやすく(後のイタリア車に多かったベルト切れではない)、そのせいでヘッドとバルブが壊れるという欠陥エンジンだった。もちろん修理費は高くつき、ランチアの信頼性は地に落ちるのだった。


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Morgan Plus 4 Plus(1962-1964)
自動車史上、最も意味のないクルマの1台。グラスファイバー製ボディに、シャシーは相変わらず木骨。エンジンはトライアンフ製水冷直列4気筒2138ccを搭載、最高速度169/h。ハンドリングは悪く、乗り心地は最悪、室内は狭い、とにかく酷いクルマだが、問題はその価格にあった。
当時、一世を風靡したジャガーEタイプの2倍の値段が付けられていたのだから恐れ入る。3年間で売れたのはたった26台。26人も買った人がいたという事実の方が驚きか(苦笑)。