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フィアット500大作戦!!

2012-08-08

Le Mans Classic 2012  1GRID 1923 - 1939+ Entrants Part 4

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1927 O.M. 665 Superba
O.M. 1991cc 6cyl.

 O.M.( Officine Meccaniche=機械製作 )は 1918年にイタリアはミラノに設立された自動車メーカー。元々は鉄道機材を製造していた2社が合併して1899年に設立された会社である。イタリア自動車創成記のメーカー Brixia-Zust社工場を1918年に傘下に収めて自動車メーカーとしてスタートした。1938年に FIATに乗っ取られ、乗用車の製造は止めざるを得なくなり商用車や鉄道機材メーカーとして存続することとなる。1975年に IVECOに吸収されたが、フォークリフトの製造メーカーとして現在も存在している。
 1923年、665 Superbaの製造を開始。このクルマは当時の自動車レースで Lancia Lambdaと共に目覚しい戦績を残し、欧州各地で評判となる。しかしながら、ツーリングカーとして設計されたにもかかわらず進歩的な Lancia Lambdaと比較すると、 O.M. 665 Superbaは当初からスポーツ・カーとして設計されながら著しく保守的なものとなっている。クルマ自体は 1922年の直列4気筒搭載 O.M. 469がベースとなっており、新開発の55馬力 サイド‐バルブ直列6気筒エンジンの冷却方式は熱サイフォン水冷装置であった。ホイールベースが 2800mmのSと 3100mmのNの2タイプがあり、排気量も当初は1991ccであったが、後に2200ccに拡大されている。軽快なボディはCarrozzeria Touringによるもの。
 1925年のル・マンに於いてワークス・チームの#29と#30が4〜5位でフィニッシュしている。翌1926年のル・マンでもワークス・チームの#17と#18が前年同様の4〜5位となっている。
 その26年のル・マンで4位となった 665 Superbaを操った Ferdinando Minoiaは、1927年の記念すべき第1回 Mille Migliaで見事に優勝。O.M.ワークス・チームは Lancia Lambdaを抑えて1〜3位を独占した。

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Minoia Morandi's O.M. winner of the 1927 Mille Miglia.


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1935 Alfa Romeo 8C 2300
Alfa Romeo 2300cc Supercharged 8cyl.

 Vittorio Janoによる傑作。1931年1934年、4年連続でル・マン優勝という栄光のマシン。
 1935年のル・マンでは、Pierre-Louis Dreyfusチームの#12が Pierre-Louis Dreyfus / Henri Stoffel組が惜しくも総合2位3リッター・クラス1位となっている。これには落ち度があった。アルファ・ロメオの計測係が周回数の計算を間違えてトップを走っていると勘違いしてしまったのだ。これに気づくのがあまりにも遅く、優勝したLagondaとの差である約4マイルを縮めることはできなかったという。
なお、同レースにはあの Luigi Chinettiもプライベート・チームを率いて、自ら 8C 2300のステアリングを握っていたのだが、他車とクラッシュして36位でリタイアとなっている。


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1938 HRG 1500
Singer 1500cc 4cyl.

 HRG ( HRG Engineering Company )は、1936年設立された英国の自動車メーカー。 3人の共同設立者、Major Edward Halford, Guy Robins , Henry Ronald Godfreyの頭文字から HRGと名付けられた。
 1935年、Ron Godfreyは Brooklandsでのレース仲間 Major Edward Halfordに、スポーツカーの開発を持ちかける。翌1936年、英国自動車メーカーの Trojanに在籍していた Guy Robinsを3人目のパートナーとして HRGがスタートした。
 第1号車は Meadow社製エンジンを搭載したもので£395となった。これは Aston Martinの半値以下で、車重も450kg以下とポテンシャルは高かった。
 1938年にはOHVの Meadow社製エンジンから、OHCの Singer社製に乗せ替えられた。同年のル・マンに於いて、Ecurie Lapin Blancチームの#31がPeter Clark /
Marcus Chambers組によって10位でフィニッシュ。英国車としてはトップの成績であった。



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1934 Austin 75 S
Austin 746cc 4cyl.

こんな小さいのもル・マンに出ていたとは。1934年のル・マンで H. Bridgman Metchimチームの#54が H. Bridgman Metchim / C.H. Masters組によって27位でリタイアとなっております。