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フィアット500大作戦!!

2012-03-08

1957 Sebring 12 Hour Endurance Race Part 11 FINISH

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 レース半ばを過ぎた時点で(午後4時)、Fangioは依然リードを続けていた。しかしレースを失う可能性が Maseratiチームに忍び寄っていた。Fangioと Carroll Shelbyの燃料が残り少なくなっていたのだ。Shelbyは #21 Maserati 250 Sをピットインさせて給油を始めたのだが、その時にトップを走る Fangioが燃料補給にピットインしてきたので、給油途中で彼に譲りコースに戻った。Fangioの給油が完了するや Shelbyは再給油でピットインしたが、その時点で失格となってしまった。FIAのルールによれば再給油するまでに少なくとも20周する必要がある。この事を Maseratiチームは忘れてしまっていたのだ。 Maseratiはリタイアを余儀なくされた。


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 午後4時〜6時の間、Fangio / Behra組はトップを維持していた。Hill / von Tripps組の Ferrariは定時ピットインをしたがバッテリーが死んで再起動ならず、不本意なリタイアとなった。日没間近の日差しはドライバーの視界を遮った。Mossはヘアピン・カーブに入りながら片手を離して目にかざしながら走っていた。観客はその姿に驚いていた。

 この年の Sebringに参加したドライバーは口々に Fangioのドライビング技術の高さを褒め称えた。多くのドライバーがステアリングをしっかり握ってコーナーを回っていたが Fangioは違った。彼は軽くステアリングを保持してほんの少し動かして、大きな 4.5リッター Maseratiをほとんどパワースライドさせていたのだ。その姿はまるで日曜日のドライブに出かけているようであった。「彼がレースをしているようには決して見えなかった」とLotusのドライバー Joe Sheppardは語っている。

 午後8時、Fangioは依然トップで、Hawthorn, Portagoと Schellが後に続いていた。ドライバーは交代されることはなかった。Portagoは燃料ポンプの故障でピットインとなった。修理のために30分が失われた。Mossは Fangioを追い続けた。

 午後9時、Fangioは4周リードしており交代する気配もなかった。Mossは2位を維持、Hawthornが3位、Masten Gregoryが4位、Walt Hansgenが5位となっていた。Peter Collinsはブレーキの不調で1周4分とペースが落ちていた。小さいながらも信頼性の高い Porscheは8〜10位の位置を占めた。彼らは the Index of Performance賞を手にすることとなる。

 午後9時半、Maseratiのピットで小騒動が起こった。それは予定されていた最終ピットインの最中にメカニックが大量のガソリンを Fangioのシートに撒きこぼしてしまったのだ。ドライバーが給油中にクルマから降りるのは、このような火災につながる事故から身を守るためである。

 Maseratiのピットでは典型的なイタリアン・ファッションの人間が大げさなジェスチャーで大騒ぎしていた。チーム・マネージャーは代わりのシートを探し始めた。代わりのシートが据え付けられ、Fangioは4周リードを維持したままコースに復帰した。

 午後10時にはレースを彩る花火が打ち上げられた。それはレースの終了と Maseratiによる勝利を祝うものとなった。トップでゴールしたのは Fangio / Behra組の Maserati 450 S、Moss / Schell組の Maserati 300 Sが2位でゴールした。Mike Hawthorn / Ivor Bueb組の Jaguar D-Typeが3位となった。Masten Gregory / Lou Brero組の Ferrari 290 Sが4位、Walt Hansgen / Russ Boss組の Cunningham D-Type Jaguarが5位、Peter Collins / Maurice Trintignant がワークスの Ferrari 315 Sで6位、Alfonso de Portago / Luigi Musso組のワークス Ferrari 315 Sが7位、Art Bunker / Charles Wallace組の Porsche 550 RSが8位、Jean Pierre Kunstle / Ken Miles組の Porsche 550 RSが9位、Howard Hively / Richie Ginther の Ferrari 500 TRCが10位、Bunker / Wallace組はクルマの熱効率を競う Index of Performance賞を受賞した。


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 Fangioが優勝者でピットインすると、たちまち大勢のファンや報道陣に囲まれた。記録映画撮影の明るい照明に照らされながら、彼は相棒の Jean Behraを呼んで勝利を祝った。カメラのフラッシュは一度に12回。新聞ではフラッシュの関係で Fangioが写らずに Behraだけが写っている写真が紙面を飾った。数日も経たないうちに、Fangioは右側の腰から膝にかけての痛みに苦しむこととなる。医師の診断によれば熱傷水疱とされた。それは Maserati 450 Sのドライバー側に配置されたエクゾーストの断熱材が摩耗していたことにより、彼の下半身は高温に晒されていたと思われる。このことは優勝を祝う場では公にされていなかった。

 最後の3時間半、彼は高温にさらされながら痛みに耐えてレースを続けていたのだ。まさに偉大なる Fangio。El Maestro“The Master.”という呼び名に相応しいものであった。

 このレースで Fangio / Behra組は既存の Sebrigの記録を数々と打ち破った。1,024.4マイルの走行距離記録。平均速度新記録 136.72km/h、そして Behraが打ち立てたラップタイム新記録 3分24.5秒。

 この年、彼はF1GPの5回目の世界チャンピオンを勝ち取った。この記録は46年もの長い間打ち破られることはなかった。そしてこれが Sebringでの彼の最後のレースとなった。


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Maserati 450 S

2012-03-06

1957 Sebring 12 Hour Endurance Race Part 10

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Ferrari 500 Testa Rossa C  Ed Lunken/Charles R.Hassan/Karl Brocken


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 午後3時までに、公式発表では15台がリタイアし、その内の1台は Corvette SSであった。フロリダに燦々と降り注ぐ太陽の光は Corvette SSオーバーヒートを巻き起こし、ドライバーにも体力的なダメージを与えていた。公式発表ではリタイアの原因はサスペンション・トラブルとなっている。Fangioは未だ Mossに対しリードし続けていたが、コ・ドライバーの Harry Schellに交代することを決断した。もう5時間立たなければ、自分の出番が回ってこないと考えていた Schellにとっては驚きであった。Lou Breroが #15 Ferrari 290 Sをピットインさせた。彼は暑さでグロッキーとなっていた。Masten Gregoryが後を引き継いだが、後に Breroが体調を取り戻して再びレースに復帰した。


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Alfa Romeo Giulietta SV Louis Comito/Bruce Kessler/Bob Rubin


 燃える太陽と容赦ない日差しが観客を照らしていた。皆、日陰を求めて移動したりしていた。文字通り、何百ものドリンクカップが地面に散乱し、ゴミ箱として使われていた55ガロンのドラム缶はゴミで溢れかえっていた。

 午後3時19分、Portagoの #12 Ferrari 315 Sは深刻なブレーキ・トラブルに見舞われた。メカニックが点検しても原因は分からず、Luigi Mussoに交代することとなった。Portagoはブレーキが効かないと訴えていた。午後4時、Hawthornが Jaguar D-Typeをピットインさせた。僅か6分でブレーキ・パッドを交換してレースに復帰した。それは驚異的な速さであった。

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2012-03-05

1957 Sebring 12 Hour Endurance Race Part 9

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#56 Stanguellini Bialbero Harry Behm/Carl Haas/Sandy McArthur
#58 Cooper-Climax T39 Tom Hollock/Max Goldman

 レース開始後、2時間目に突入すると、マシンもドライバーも熱に悩まされることとなる。Maserati 150 Sの Jo Bonnier / Giorgio Scarlatti組はヘッド・ガスケットを吹いてリタイアとなった。Jean Behraは2位の Collinsに対し1分以上の差をつけて1位の座を守っていた。Portago, Moss,そして Gregoryがそれに続き、上位5位を形成していた。


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Maserati 150 S


 Phil Hillは電気系トラブルを抱える #14 Ferrari 290 MMと格闘し、最終的にはバッテリーが死んでリタイアとなった。彼は後で Riversideレースにおける記録保持者の Bill Grauerに対し、 Ferrariのブレーキに対する不満として、強い踏力が必要であることを訴えていた。しかし彼は100ポンドで膝屈曲を鍛えていたので、Ferrariのブレーキには何も問題はないと一蹴した。


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Arnolt Bristol

 レース3時間目に悲劇は起きた。シカゴ出身の Bob Goldichがオーバー・スピードでコーナーに侵入、#39 Arnolt Bristolはコースアウトして数回横転してしまったのだ。彼は頭蓋骨を骨折し、首の骨を折って即死した。これは Sebringのレースの歴史の中で初の死亡事故となった。チーム・オーナーの Stanley H. “Wacky” Arnoltは亡くなった Goldichへ弔慰を表して、全車をレースから撤退させた。ピットの関係者は、Goldichはコース上に並べられた55ガロンのドラム缶が彼を直撃した可能性があり、それが死亡原因だと噂していた。

 午後1時15分、Behraはピットインして Fangioと交代した。Behraが操縦した3時間の間にコース・レコードを数回塗り替え、その時点で大きなリードを保っていた。
 Mossが2位、Collinsが3位、Portagoが4位、そして Carroll Shelbyの 2.5リッター Maseratiが5位となっていた。

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2012-03-03

1957 Sebring 12 Hour Endurance Race Part 8 START !

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 午前10時のスタート30秒前に、主任スターターの Joe Laneがカウントを始めた。カウント・ゼロで旗が振り下ろされ、ドライバーたちはマシンに向かって走りだした。


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 Peter Collinsの #11 Ferrariは Mossとそう離れてはいない後方に位置していたが、Mossの #20 Maserati 300 Sは3リッター・エンジンの始動に手間取り、Collinsのリードを許してしまう。最後にスタートしたのは最小排気量の小さな Renault Dauphinである。最初の1周目が終わる頃には、Collinsは Mossに対し10秒の差をつけ、#19 Maserati 450Sに乗る Behraの直後に続いていた。

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 事前のテストが足りなかった Corvette SSは明らかに熟成不足で、レース開始1時間後にはブレーキトラブルに見舞われピットインするはめとなった。2位につけていたCunninghamチームのJaguar D-Typeに乗る Bill Lloydはエンジントラブルで脱落。これにより Collinsは2秒遅れでトップの Behraにつづく2位となった。 3リッター Maseratiに乗る Stirling Mossが3位、Ferrari 315 Sの Portagoが4位、5位は Ferrari 290 Sの Masten Gregory、6位が Phil Hillの Ferrari 290 MMである。


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 #19 Maserati 450SのBehraは執拗に食い下がる Collinsのおかげで、3:24.5というコース記録を樹立。19ラップまでトップの座を維持続けた。John Fitchが操る Corvette SSは調子が悪く、既に2回ものピットインを余儀なくされていたあげくに、コイルの故障によりコース上で立ち往生してしまった。30分もの奮闘により彼自身で修理を完了し、20周遅れでレースに復帰した。

2012-03-02

1957 Sebring 12 Hour Endurance Race Part 7 レース直前に明かされたフェラーリの不正

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 レース当日の1957年3月23日は快晴で夜が明けた。凍てつくアメリカ北東部からわざわざやって来るスポーツカー・フリークにはフロリダは天国のように思えたことだろう。トラックでやって来て野営する者達は、用意周到にトイレットペーパーを持ち込んでいた。

 午前10時のスタートに間に合うよう、見晴らしの良い場所を求めていた彼らは、ゲート前に長い行列を作っていた。

 午前8時には関係者が入場し、レースに参加するチームのメカニックはエンジンやサスペンションの最終チェックに取り掛かっていた。

 午前8時半、ドライバーはピットの前を行ったり来たりして気が落ち着かない様子。

 午前9時には関係者がピット・エリアを歩き回り、不正な侵入者が居ないか確認し始めた。

 Ferrariと Maseratiのメカニックがエンジンを始動。短いクランキングの後に両車は会場に響く雄叫びを上げた。Fangioはエンジンの轟音が鳴り響く中、最初のステアリングは自分が握ることを相棒の Behraに伝えているようだった。メカニックたちは、ル・マン・スタイルのスタート方法を採るこのレースのために、所定の位置にマシンを並び始めた。この当時のレーサーは、観客のような陽気なムードには支配されてはいなかった。モーター・スポーツは未だ紳士のスポーツであり、多くの場合、友達ではなく良きライバルとしてお互いを尊重していた。 観客の盛り上がりは最高潮で、手に負えなくなりそうな様子だった。前年のレースでは開会式のマーチング・バンドが演奏を投げ出して、ドライバーを取り囲むという事態が発生していた。

 Renault Dauphineの周りには小さな人だかりができていた。3台の 845cc(レース最小の排気量)Renault Dauphineの傍で女性ドライバーがプレス向けにポーズをとっていたからだ。Fangioよりも明らかに魅力的な被写体であったことは事実である。


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 Renault Dauphineの隣には Colin Chapmanによって持ち込まれた、4台のワークス Lotus 11が並べられていた。商才逞しい Chapmanは革新的なレース資金調達方法を考えて Sebringに参加していた。参加した4台は事前にアメリカの顧客に販売されていたのだった。購入した顧客は57年の Sebringまでクルマを取りに行かねばならなかった。しかもレースが終わるまでクルマは引き渡されることはない。レース開催中はあくまでも“Factory Lotus”の所有であり、レース後にお客の所有車となるのであった。

 レース開催まで残り数分で、主催者の Alec Ulmannはドライバーズ・ミーティングを行った。「あなた達は経験豊富なドライバーであり、説明の必要はないでしょう」と前置きしたあと、彼は初心者を見つけてレース事前の注意を説明した。少々の笑いの後、彼は #11と #12 の Ferrari 315 Sが排気量を誤って申告していることを指摘した。2台のマシンの実際の排気量は 3800ccであり、3442ccではなかったのだ。この不正な申告を事前に知り、その事を恥じていたドライバーの Collins, Trintignant, de Portago と Mussoからは歓迎のブーイングと口笛が吹き荒れたのだった。

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