岐阜県ユネスコ協会−活動日記

2018-12-12 12会報2

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11月10、11日、ユネスコ中部西ブロック研究会が南砺市・福野文化創造センターヘリオスにて開催、岐阜県ユ協からは、2名(平井、箕浦)が参加しました。南砺市には、白川郷合掌造りと同じ五箇山の合掌造り集落があり、共に世界遺産になっていながら、この南砺市訪問は、初めてでした。

1日目は日本ユネスコ国内委員会報告や青年評議委員からの報告に続いての基調講演は、ESD//SDGsについてでした。(ESDとかSDGsについてですが、理解するまで、時間がかかる私ですので、まだ、表面的にしか理解できていません。よく分かって、納得できたら、改めてお話しいたします)どうやら、新しい指導要領の前文、ユネスコ憲章の前文「心の中に平和の砦を」と同様に、ESD・SDGsが明記されました・・ので、ちょっと気合を入れねばと思っています。後半は、富山のユネスコスクール・小中高、3校の発表があり、さすが、ほとんどの学校が、ユネスコスクールである・・と、いう数の多さ、層の厚さも相まって、素晴らしい発表で、いつものことながら、小中高生達から大いに刺激を受けることができました(ちょっと、羨ましかった)。  文責・平井、箕浦

閑話休題 この数日後には、高山市へ行きました・・高山市も、全小中学校は、ユネスコスクールになっているので、その調査の為です。市内の小5年生全員参加で、「高山市全小中学校・ユネスコスクール認証記念事業」と銘打っていました。子供達の発表は、素晴らしいと思いましたが・・富山でもそうですが、大人達が、「子供から学んでやろう!」とする気持ちの希薄さを感じてしまいました。ユネスコらしく世代間、国際間を超えて、相互に学び合わねばと思いました。もう1つ、気になったのは、ユネスコスクールの学びが、『ふるさと学習』に重点を置きすぎになっていないかが、大変、気になりました。もちろんコミュニティスクールの考え方は、大切です。しかし、今の時代、子ども達の気持ちが、身近に、足元に・・と、向かい易くなるのは、ちょっと心配です。片方の目では、広く世界を見て欲しいと思います。そのあたりのバランス感覚は、ユネスコスクール、ESDに関わる際には、忘れてはいけないな〜と思いました。(平井)

 

     西ブロ続き

 2日目はパワーアップセミナーとして日本ユネスコ協会連盟 事業部部長関口氏による、「寺子屋運動ってなに?寺子屋運動語り部講座」、及び,富山ユネスコ協会会長 高木氏による「ユネスコスキルアップ講座」が行われました。

閉会式で来年の中部西ブロック活動研究会は石川県金沢にて11月9、10日に開催されと,発表されました。

午後は、南砺ユ協の規格から外れて、我々だけのエクスカーションとして福光美術館へ棟方志功の作品を見に行きました。

 棟方志功は青森県の出身でしたが、戦争のため6年余りこの福光に家族全員で疎開して暮らしていたことを初めて知りました。

 作品も昭和30年頃の今まで見たことがない花などの版画があり、ゴッホに憧れていた棟方志功さんに親しみを感じました。

 その後棟方志功が住んでいた家などを訪ねました。こじんまりした家の厠には志功による天女などの絵が描かれていて、何て贅沢な空間だと思いました。

 行って見なくてはわからないということは被災地に行っても、カンボジアに行っても同じだとつくづく思いました。   (箕浦有見子)

2018-12-11 12月会報1

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岐阜県ユネスコ協会 会報       

2018年 12月11日「半分 青い」号

12月お誕生おめでとうございます(月日をお知らせくださいby事務局)

小川和江 12月15日 鵜飼武彦 12月23日 山本悦子 12月23日

硲重樹 12月26日

誕生日に一言

一人だけ祝われるのは照れますね。昨年からはじめた「落語de腹話術」も3作目を練習中です。「寿限無」「初天神」「ん廻し」の中から、クリスマス忘年例会では「初天神」を披露したいと思います。横山 訓之

今月の例会 クリスマス忘年例会 テーマ『半分 青い』 

ドレスコードも、「半分 青い」

服部朝子、横山訓之、山本悦子・・3名の会員による何か??その他、いろいろ青で。

これからの例会 1月・・浅井 彰子さん 「絵本は素敵なパートナー」

         2月・・柳井 妙子さん FMわっち「岐阜の未来」パーソナリティ

         3月・・竹中 裕行さん 「藻思 藻愛」(藻の話)

        4月・・藤間 金扇会員  

        6月・・井上 英治さん(ハリウッドスター)

先月の例会

講師は、岐阜市長・柴橋正直氏でした。

「岐阜市が取り組む政策」

「今年の夏は、大雨、台風に祟られ、42日間、鵜飼中止。

鵜飼をするかしないかの最終決定は、市長判断ということで、

日々、苦慮しました」と、心の内を明かされたところから、話が始まり、聞いている者は、誰もが、「我らの市長だ!」と、思い、一気にその話に引き込まれました。

 ? 中心市街地活性化

・ 柳ヶ瀬ロイヤルビル出店続々、地域に活気

サンディ・マーケットで、柳ヶ瀬が活況

・岐阜高島屋と県・市・商工会議所で連携協定

 ? 本物志向の観光まちづくり

  ・光秀ゆかり8市町連携「麒麟がくる」協議会設立NHK大河ドラマにちなんで・・

  ・岐阜城石垣発掘の開始・・金華山全山が、歴史を物語っている。

 ? “オール岐阜”のまちづくり・・市民共働であるべき。「市民の皆さんの力が発揮できるよう」

南部東事務所 事務手続きを拡充

市長さんが卓話の講師ということで、日頃は、お忙しくて出席されない会員さん達が、お顔を見せてくださいました。

委員会報告

 *世界・未来遺産委員会

  12月現在は、岐阜信用金庫本店  1月15日から、メディアコスモスにて展示

 *青少年活動委員会

  「 ESDパスポート発表報告会」開催  

岐阜大学サテライトJR岐阜駅前)において 2月24日(日)午後に開催・決定。

  ただいま準備中 「世代を超えて、大いに語り合いましょう!」

* 青少年活動委員会

 11月21日 精華中学校の若山旬君が事務局へ研修に来てくれました。→

* 青年部『結』担当委員会 12月22日(土) 於 南部コミセン

  クリスマス会  カンボジアST参加者合同パーティ 

2018-12-01 12月会報3

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【 東日本大震災の被災地岐阜ハロウィン柿で繋ぐ スマイルハロウィンプロジェクト 】

                                2018.10.31三浦寛

ハロウィン柿で東日本大震災の被災地の子供たちに笑顔を届けたい。

そんな想いで、岐阜県瑞穂市で柿農園「せっきーファーム」をやっている関谷英樹さんと始めた「スマイルハロウィンプロジェクト」。今年で3年目となります。

今年もSNSを通じて全国の方々がハロウィン柿を買ってくれ、その売上金の一部で450個のハロウィン柿が集まりました。

10/31のハロウィンの日に、「釜石の奇跡」と呼ばれている岩手県釜石市立釜石東中学校、鵜住居小学校、大船渡市立吉浜こども園にハロウィン柿を届けてきました。

ハロウィンの日を前に10/29には、富有柿発祥の地である、瑞穂市の清流みずほこども園の園児たちが、東北のお友達のことを想いながらシール貼りに取り組んでくれました。

瑞穂市のかきりんも来てくれて、子どもたちとっても喜んでくれました。

 東日本大震災から7年半ともなると、被災地ではイベントは減り、訪れるNPOボランティアも激減し、子供たちは寂しい思いをしています。

 そんな中、私たちがハロウィンの仮装をして登場すると、“あっ、かっきーまんだ!カメラマンさんだ!”と歓迎してくれました。

3度目ともなるとすっかりお馴染みとなりました。

“岐阜のお友達がシールを貼ってくれたよ”とハロウィン柿を1個1個手渡すと、顔のシールが貼ってある柿を手にしてにっこり。

私たちのためにハロウィンの仮装をして、歌やダンスを披露してくれました。この日のために練習したんだと思うと感激で目頭が熱くなりました。元気になってもらえたらと行ったのにこちらが元気を貰いました。

鵜住居小学校ではハロウィン柿を届けた時の様子を「復興釜石新聞」に取り上げて頂きました。

東北には甘い柿がないから、そのまま食べれる富有柿に興味津々、柿についていろいろな質問をしてくれました。最後に私たちのために子どもたちが合唱を披露してくれました。いや〜感動しました

“来年も来てね〜 カッキーマ〜ン

って笑顔いっぱいの子どもたちからお願いされたら、断る理由なんてありません。

楽しみに待っている人がいるからまたきっと来年もやります!

  ハロウィン柿を通じて

ハロウィン柿を購入してくれた皆さんもスマイルシールを貼ってくれた岐阜の子供たちもスマイル

東北の子供たちもスマイル

みんながスマイルになれば未来は明るいはず

「スマイルハロウィンプロジェクト」は皆さんの優しいお気持ちとご協力があって実現出来ました。

心より感謝申し上げます。

小さなことでも皆さんの「私にできること」が集まれば大きな力になる。

自分たちにもできる応援の方法があります。想うことから始まる応援があります。

今、自分たちにできることを続けていくことが大切だと思います。

 ボランティアとか、支援とかいう枠じゃなくて、ご縁あって出会った人たちと、復興するまでとかではなく、ずっと繋がっていきたいと思います。友達だから。

2018-09-20 89月会報2P

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* 委員会報告

世界遺産・未来遺産委員会

世界・未来遺産委員会 絵で伝えよう「わたしの町のたからもの」 9 月 18 日審査会・10 月 5 日(金)~18 日(木)ハートフルスクエアーG 展示10 月 13 日〈土〉表彰式 12 時よりハートフルスクエアーG・交流サロンにて行います。 皆さんのご出席をお待ちしています。 

青年担当委員会 『結』が、恒例の青年キャンプを、9月8日〜9日、岐阜市少年自然の家において開催しました。今回のテーマは、「どう生きるか?」

キャンプファイヤーは、部長とさおちゃんのリード、ばーやん夫妻の応援、こうくんのギター、そして夢プロジェクトからの中3と高校生の姉妹、それにカトリーナの赤ちゃん(史上最年少)が、参加し、楽しく火を囲んでゲームをしたり歌ったりしました。(箕浦、平井)


会員の近況 

野田聖子先生 『みらいを つかめ』 を出版されました。  


今年の夏    自然の家なのに、自然とふれあえない!?       

    この夏の暑さの影響で、自然の家でも、子どもたちが楽しみにしていた野外炊事やキャンプファイヤー、テント泊が軒並み中止となり、やれば冷たくってとっても気持ちいい川遊びなんかもできなくなってしまいました。ちょっと残念かもしれませんが、昔なら夏休みはプールへ!山へ!の時代から、この世の中は何より安全が最優先。でも安全ばかり優先していると、いざという時の「生きる力」が育まれないんじゃないかな!?とも思ったりもします。                 でも、何といっても、ものすごく暑い!子どもたちに寄り添う大人の身になってみると、やっぱり中止の方が良かったのかも知れませんネ。   戸田宗威(岐阜市少年自然の家) 

         

災害列島                              

    猛暑は、いかがでしたか?日常の気温40度越えなんて、到底信じられない夏でした。それに、二つの台風。21号が、去った次の日でした。いつものように、ぼんやり歩いて、店に着いたら、TVドラマの殺人現場に貼ってある黄色いテープが、我が店を取り囲んでいました。エッ!何が起きた?事件か?路地には、大量の瓦礫。事件ではないなと思い、指差されて、見上げると、3階のほとんどの壁が崩落し、路地は、脚の踏み場も無い。それに、落ちたのが重い壁、1階のテントを突き破った。テントの破れから、見える空。美しく青い空でも、哀しい感じがします。その二日後の北海道での地震。次々と起きる災害に悲嘆にくれ、おまけに修理して下さる職人さんの絶対数も、乏しいと聞く今の日本。涼しくて穏やかな日々が、早く来ますように。そんな災難時、「人情が、励ましエネルギーを持っている」ことを知りました。(平井) 

2018-09-11 8,9月会報1

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2018年 8・9月合併 9月11日お月見 号

 

お誕生おめでとうございます(生年月日をお知らせください)

8月 風岡初代 8月15日 小木曽純子 8月21日 安田多賀

9月 野田聖子 9月3日 田口典子 9月9日 ?橋和江 9月17日 梶浦充子 9月17日

   石原典子 9月18日 川本卓男 9月29日

誕生日を迎えて一言・・・7月8月

今年も元気に誕生日を迎えることができました。感謝!感謝!です。

 先日、テレビでプロテニスプレーヤーの松岡 修三氏が語っておられた次のセリフが心に残りました。『私がやってきて、今も続けていることに次の3つのことがあります。

①苦しい時ほど笑う

②イラッとしたら自分実況する。

体幹づくり(姿勢がすべて)』

 こんなことのマネゴトをしながら歯科医師のおすすめ8020を意識しながら次の誕生日まで毎日を楽しみたいと思っております。    (小林 有郎)

 

7月の卓話を受けて・・狂俳を作ってみました。

   出されたお題は、「城(岐阜城)」と「鵜飼」でした。

   この際、どっちで創作したかを考えて貰うため、お題で分けませんでした。

                                      


辰典

・ 来る日も 来る日も 石積む       

・ 人魚 篝火に 寄る

        

卓男

・ 欲張って 満月に 観る        

・ 天空に 涼しきを 買う

・ 鬼瓦 雷神を睨む

         

有郎

・ 花火とともに川面映ゆ          

・ 歴史ある岩苔むして

          

遊眠

・ 豪雨に流され尾瀬に行く        

・ 長良の花火陰映える

        

せつこ

・ 山の上から今も見守る 

・          

純子

・ 山の上から 何思う       

・ 街を見下し 何思う       

・ 石垣苔むしせみがなく       

・ かがり火ゆらぎ鮎おどる    

・ かがり火照りて鵜がもぐる

    

花画

・ 「やがて」芭蕉に なってみる   

・ 満月背負って 立ち上がる      

・ 岐阜市の空に 滞空し   


                                                                                                                                                                                                                                                                                           

2018-05-14 カンボジア報告5

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スタディーツアーINカンボジア2018に参加して

名古屋ユネスコ協会  安達 勝

 

岐阜ユネスコ協会のご好意により、今回のツアーに名古屋ユネスコ協会から2名参加させて頂き有難うございました。

 二日目早速アンコールワットを見に早朝出かけました。世界遺産であるアンコール遺跡の一つで、大伽藍と美しい彫刻を特徴とするクメール建築の傑作とされており、その荘厳さに圧倒されました。聖池の水面に映る全景は実に美しかった。

 ただ建築から長い歳月の経過により修復の必要に迫られて日本政府の指導により日本ユネスコ協会連盟は「アンコール遺跡群バイヨン寺院ナーガ・シンハ彫像修復プロジェクト」を設定し支援しています。第2期支援者銘板に私の名前がありました。

 二日目午後はシェムリアップ州ロンダス村のスレ・クバーブ寺子屋を訪問しました。20人余りの子供達は我々の持ち歌「カエルの歌」に聞き入り、お土産をあげると両手を合わせ感謝し一様に人懐っこい笑顔でした。一部の子供達に「ソクサバイ?(元気かい?)」と話しかけると「ソクサバイ(元気です)」と応えました。クメール語の意思疎通は望外の喜びでした。教室内を裸足で歩き回る子供達は識字率向上クラスと思われますが、将来カンボジアを背負って立つ立派な大人に成長して欲しいと願うばかりです。

 その他ソチェット君の結婚式参列、JMAS事務所と地雷撤去作業現場の見学、プノンペンのトゥールスレン博物館ポルポト政権下の収容所跡などを見学しました。

 6泊7日のツアーでしたが、一番心に残ったのは、書き損じハガキ回収などが財源となる世界寺子屋運動は、あの人懐っこい笑顔の子供達の為に誠心誠意心を込めて取り組むべきプロジェクトであると再認識しました。

2018-05-12 カンボジア報告3

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2018年最後のカンボジアST

                  大塚 節子

今年のSTは再び「最後のカンボジアST」で、Socheatさんの結婚式に出席する約束を果たすためでしたが、何より岐阜子どもたちがカンボジアの子らのために集めてくれた学用品などの支援物資募金を学校や寺子屋に届けることでした。今年の参加者は常連組を含めユネスコ精神に溢れた人生の達人たちと中学生親子、大学生、1日遅れの参加者も含め11名で私にとってはいつもながら期待と不安(体力)を抱えながらの出発でした。カンボジアでも近代化が進み、シェムリアップでは幹線道路は見違えるほど舗装され、バイクと車が道路に混在し、いたるところで警察官が検問していました。 地雷に代わって交通事故が大きな社会問題となっていました。支援物資のヘルメットが役に立ちそうでした。 プノンペンでは更に交通渋滞が激しく5、6年前には想像できない街中事情でした。 寺子屋や学校の訪問先ではSTメンバーがロールピアノの伴奏つきで蛙の歌を合唱し、その後子どもたちと一緒に輪唱して交流を図りました。 

このSTで、日ごろ会話する機会が少ない会員の方と6日間行動を共にし、年齢に関係なくその前向に生きる自然な姿に改めて学ぶことが多くありました。そして何より皆が元気で日本に帰ることができ、 同行していただいた方々、支援していただいた会員の方々に感謝したいと思います。

2018-05-11 カンボジア報告2

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ユネスコ カンボジア スタディツアー

鵜飼 武彦

3月4日から10日までユネスコスタディツアーに参加した。3月5日の黎明、アンコール・ワットの日の出が絶景であるということで、4時に起きて見に行くも、曇りで見えず、3回目も振られた。その時はゲートの隣林に桜の木(南洋桜)を植樹し、記念の石碑を立てた。今はアンコール・トムも大分整理されてきたが、前回の時はまだ石造建築物に木の根がまとわりついて石造りの祠堂などが崩れていた。上智大学石澤良昭先生はカンボジア人に修理・修復を教えながら、復旧に人生のすべてをかけ今日に至っている。グループは歴史に忠実に同じ石で同じように石を積んで当時の状態を復元し、修復していた。別のところの中国の修復部隊は早くて容易にコンクリートを使い、見た目は元通りのように見えるが歴史を全く無視した修復をしていた。フランスがアンコール・ワットを発見した時には、王の命令により鞭で働かされていた捕虜によって造られたと思われていた。ところが9世紀以降550年間26名の王たちによって都城が造られ、アンコール・ワットは9000人から15000人が35年にかけ造られた。西バライには縦横2㎞×8kmの大貯水池が整備され、三毛作による豊かな食糧生産と経済力の中、40万人から60万人が生活していた。衣食は充実していたが後に来るのは來世への思いで、自ら進んで寺院、祠堂、貯水池、橋の建設に奉仕した。この時に作ったアンコール・トムの都城の中心寺院バイヨンの四面尊顔塔の観世音菩薩バンテアイ・スレイ」は東洋のモナ・リザと言われている。日本政府のODAの支援と民間の寄付により支援が行われているのは教授の努力であるのに、ここに来る殆どの外国人は日本が修理していることを知らない。

6日、寺子屋に生徒と交流し、文具、飴、風船、ヘルメットを寄付した。その後、岐阜ユネスコで卓話したソチェット君の300人の大パーティの結婚式に参列した。女性は着物で参加し花を添えた。

7日、タイ国境50㎞に近いマライに移動した。地雷除去の現場を視察し、爆破も見学した。地雷は500万発あると言われ、対人地雷中国製が多く、対戦車地雷はロシア(ソ連)製が多いという。現在、地雷除去を行っているのは日本のみで、戦車を作っているブルドーザーで有名なコマツが地雷を処理していた。SVCは日本の外務省ODAとライオンズクラブなどのボランテイアの資金で運営され活動している。

8日、ソチェット君が100m四方(1ha)を1600ドル(16万円)で入手した土地を見に行く。バスを小型に乗り換え、でこぼこ道を走る。もう一度乗り換え、耕運機につないだ荷車で30分移動した。ソチェット君の土地はただ畑だけであった。田舎は土地の登記制度が確立されておらず、村長がサインするだけ。将来問題が起こることは確実だ。持ち主が分からない土地を戦争、内乱で占有したもの勝ちが今日につながっている。ポルポト時代に知識人が殺され、現在も裁判官・検察・弁護士などの法律の知識を持った人はほとんどいない。民法は2011年から摘要されるようになった。今不動産に投資できるのはごく一部の人だけである。

9日、プノンペンの市内を観光した。プノンペンではポルポト時代の拷問の収容場所となった小学校の校舎を見学した。当時被害者になった人の写真がたくさんあった。JMASの本部も表敬訪問した。

10日セントレア着。 前日の暴風雨で名鉄が架線切断により不通。常滑までのバスのピストン運転により帰宅。思い出深い旅だった。

2018-05-10 カンボジア報告1

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 第12回(最終)スタディツアin カンボジア

                             平井 花画

 11回で最後にしようと考えていたカンボジア行きが、ひょんなことから12回目を行うことになった。結婚しない可能性が高いと勝手に思い込んでいたソチェット君が、「3月に結婚する」と、突然知らせて来たからだ。ソチェット君は、かつて、ユースセミナー来日し、私達の例会で話をしてくれた当時、大学生。それからずーっと交流が続いていた。長年、カンボジアへのツアをしていると、多くの人に出会い、感じるものだ。その十年間、ソチェット君は、常に真摯で心豊かだったし、控え目なところもあり、信頼に値する人物だった。そういう存在は、実は、珍しい。それは、どこの国の人との間でも同じだと思う。もちろん、カンボジア事務所のVutha 所長を初め、職員さん達は、いつもきめ細やかで本当に暖かい心遣いをして下さるし、寺子屋運動のカウンターパートとしてのみならず、個人としても尊敬している。

さて、ソチェット君の結婚式。事前に「日本の伝統衣装を」との要請があり、女性陣は、浴衣で出席。会場前でバスを降り、大音響の会場の中を、着物姿の女性達が、会場の約300人近い人々の間を最前列の来賓席へしずしずと、にこやかに。会場全ての視線を集め、緊張し、興奮し、思った・・日本の着物の威力・・すご〜〜い!                  久しぶりのThom君と↑

数日後、ソチェット君の農場へ向かうバスの中、「あの後、父が僕を『誇りに思う』と、言ってくれました。日本から来て下さった皆さんのおかげです」と言った。

     二つのキョトン

①今回、ロールピアノを持って行き、伴奏付で歌を唱った・・去年と同じ、蛙の歌の輪唱。「カンボジアの蛙は、何と啼くの?日本の蛙は、ゲロゲロよ」で、始めて、私達が唱ってみせて、こども達にも、参加してもらい、2回程の練習で、大輪唱!

ここで、こども達が、カンボジア国家を歌ってくれた。青谷先生が、「楽譜が在ったら、伴奏しますよ」と、おっしゃったので、先生に訊いたら、キョトン。楽譜は無いって。歌は、口うつしで、教えるんだって。

②この時期、3月は、マンゴーの時期。でも、もう少し経たないと甘くはならない。けれど、青マンゴーでサラダを作る、丁度その時期。私は、クメール料理中、大好きだ・・ので、食べつつ、同席していたカンボジアの人に英語で訊いた。「この酸味は、どのようなビネガーを使ってますか?」と。キョトン。「ビネガー」が分からないのか。「じゃ、この酸味は、何ですか?」「ライムとかレモンとかタマリンドとか・・」との答。

なるほど〜〜ビネガーなんて、わざわざ作らなくたって買わなくたって良いのだ。黒酢やら米酢やらとありがたがらなくたって・・生の果物の酸味がすぐ手に入る暮らし。考えてみたら、どっちが豊かか、よく分からないもんだな〜〜

2018-05-08 会報5月

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2018年5月8日 薫風号

 

お誕生おめでとうございます(生年月日をお知らせください)

?橋春代 5月3日 青木宏達 5月8日 安部悌子 5月22日

誕生日に一言

どう生きるか たった一度の人生

 73歳の誕生日を迎えた。おかげさまで元気で1日1善、1笑、1万歩、20人との対話日課として毎日忙しく送っている。活動の源泉は、健康である。しかし、これから先を考えると、元気でいつまで生きられるだろうか。ふと不安が頭をよぎる。健康の維持が今後の大きな課題である。“人生の今日は二度とない”自分の寿命はわからないが、健康に留意して、たった一度しかない人生をどう生きるかを考えて、一日一日を大切に、母親が生きた101歳越を目標に生きていきたいと思います(服部 勝弘)

世界寺子屋運動ご協力ありがとうございました

丹羽凌子、棚橋耳鼻咽喉科病院、岩田芳子、平井花画

今月の例会 総会  平成29年度事業報告及び決算報告、平成30年事業計画案及び予算案

      講師   服部 朝子会員  「歌と・・・・」弾き語りなど

6月の例会  卓話講師・三浦 寛行氏(防災士)「あの震災から7年〜被災地の現実」

        「自分の命を守るため、南海トラフ地震が来ても、助かるためにしておくこと」

委員会報告

*国内委員会 ただ今、国内研修旅行は、秋に。詳細を検討中。 

青少年活動委員会 第2回ESD パスポート体験発表会 日程、場所決定。

         2019年2月24日(日) 岐阜大学サテライトにて

*世界・未来遺産委員会・・・・絵で伝えよう『私の町のたからもの』

      展示・・10月5日〜18日ハートフルスクエアG 表彰式・・10月13日(土)

     未来遺産推薦活動・・良い候補が在りましたら、是非、ご提案下さい。

*世界寺子屋運動・国際委員会 5月24日 不破ロータリークラブ訪問

*総合的学習委員会  5月30日 星和中学校

「ユネスコ世界記憶(記録)遺産の舞鶴引揚記念館」へ「アンネのバラ」を            縁あって「記念館」を訪問し、舞鶴ユ協の会員さんとお目にか

かる事が出来た。「シベリア抑留」「引揚」は、長年、気になっていた。そこへ、同じように世界記憶遺産になっている「アンネの日記」縁のバラを届ける機会を得、ユネスコ憲章前文「心の中に平和の砦を築く」を感じた。展示されている資料の詳細を読み、「シベリア抑留」とは言うものの、ソ連と日本の関係だけではなく、このような苦難や悲惨さは、単純に「どこそこの国」がもたらしたのではなく、『戦争』というものがもたらすものだとヒシと感じた。舞鶴の人達は、自分達でさえ日々の食料調達が困難だったにもかかわらず、引き揚げてこられた人に、ふかし芋等を振る舞われたとか。市は、その思いを受け、直営にした。それでも、戦争の記憶が薄れていく中、ここの引揚に関する資料こそまさに「ユネスコ世界記憶遺産」、記録として登録されて、後世の人々に受け継がれることになって、本当の良かったと思った。

←ペンを自作し、剥いだ白樺の皮に日記、歌等を書き残し、密かに持ち込まれた(記録遺産のひとつ)。そう言えば、昔、ラジオに「尋ね人の時間(?)」があっような、アナウンサーがただ名前を読み上げていたような・。引き揚げて来た人達の家族を探して、呼びかけていたの?先輩!教えて下さい!あれは、何だったの?(平井)