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大怪獣まんだら このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2017-02-18

ぼくの名前は

| 23:32 | ぼくの名前はを含むブックマーク ぼくの名前はのブックマークコメント

くだんの本は、まだ読めていない。そもそも幸福の科学出版は、ごく限られた書店のみと取り引きしており、いわゆる街の本屋さんに新刊が入ってくることはないのだという。*1 つまり今回も取り次ぎ業者を通すことなく、直営書店や三省堂などの一部大型書店に、とりあえず刷れたぶんだけ卸したということではないかと推測する。で、おそらく2月28日には、充分に数も揃い、全国の一般書店にも並ぶことになるんじゃないかしら。


今回、その出版があまりにも早かったため、そこに計画的なものを感じて心が離れてしまったというファンもいるようだ。まあ、本当に緊急で立ち上がった企画ではなく、教団が暴露本発売も込みで戦争を仕掛けたと考えるのが自然ではある。ただ、彼女まで炎上商法を目論んで騒ぎを起こしたとは思えないし、思いたくもない。では、そんな超スピードで本を作ることは可能なのか? 結論から述べると、できる。

教団が言うように、11日からインタビューを始めて17日に出せるかどうかは眉唾ものだが、*2 映画などの現場に来なくなった5日からの2週間弱であれば、充分に可能なことだと思う。いわゆる書き下ろしではなく、数時間のインタビューをベースに構成するということであれば、そこまで難しいことではない。実物を見ていないので断言はできないが、きっとそれほどの文字量でもないんじゃないか。その日のうちに何人かでテープ起こしをすれば、すぐに素材は揃う。あとはライターが死ぬ気で頑張れば、執筆作業そのものには1週間も掛からないだろう。章ごとに別のライターを立てれば、もっと効率がいい。ここまで極端でないにせよ、似たような修羅場は自分たちのような編集・ライターなら誰しもくぐってきているはずだ。


それはそれとして……こんなふうに考えているのだと本人に知られたら、もう二度と顔なんか見たくないと思われるかもしれないけど……どう考えても教団側のバイアスが掛かっており、普通の暴露本とは大きく毛色の異なる類の書籍ではある。実際にインタビューしているかどうかまでは疑わないが、彼らにとって都合のいい部分だけピックアップしたり、あとから一部創作に置き換えることはできるだろうし、あたかも己の意見だと錯覚させながら、インタビュアーの望む答えを本人から引き出すことだって可能だ。もちろん、それは通常のインタビューにしても同じこと。だから我々の場合は、きちんと事務所チェックなり本人チェックをしてもらってるワケです。ところが今回は、チェックする側もされる側も幸福の科学なのだ。つまり本質的な意味では、大川隆法霊言本と大差ないと言えるかもしれない。

しかし、それでも目を通さないわけにはいかないだろう。彼女に何があったのか、その一端を知ることはできる。神に助けを求めてしまうくらい追いつめられていた22歳の女の子がいた。それは厳然たる事実なのだ。


正直なところ、自分は新興宗教に対して少なからず偏見を抱いている。それは学生時代の友人の一件もあるし、自宅の最寄り駅でサリンがばら撒かれた世代という点も大きい。幸福の科学についてもカルト教団だと認識している。だから彼女にとって、自分は純然たる味方ではない。悲しいけれど、敵かもしれない。それでも何かせずにはいられなかった。彼女はとてもいい子だったから。

先日のエントリーを“優しい”と評してくれる方がいたが、自分にとって都合のいい憶測を並べ立てただけという言い方もできる。自分が好きでい続けるため、こうであって欲しいという傲慢な考えだ。まるで彼女は何も悪くないとでもいうような偏った物言いも、盲目的に過ぎるかもしれない。まあ、これも一種信仰であり、お前もまたカルトだよと言われたら返す言葉がないのだけど……それでも、だ。同じ報道を受けて、こんなふうに考えることもできるのか! という誰かの気付きに繋がれば、これに勝る喜びはない。


現在、残された人間にできるのは「なんで相談してくれなかったんだ!」だとか「君は洗脳されてるんだ!」だなんて追い込むことではないと思う。今回の発売タイミングもそうだが、彼女の居場所を奪っていく方向で事が進んでいる。これからも彼女に悪印象を抱かせるような報道は続くだろう。前後の文脈を無視して、扇情的な発言のみ抜き出した暴露本のレビュー記事も書かれるだろう。だからこそ、そういったノイズに惑わされることなく、あなたの知ってる彼女をベースに状況を見渡して欲しい。

もはやすべてが元通りになることはあり得ない。しかし今後、彼女を取り巻く環境に変化が訪れないとも限らないじゃないか。つまり彼女の帰ってこられる場所を残してあげることが、〈友人〉の務めだと考える。それはたかが〈知人〉に過ぎない、自分なんかにはできないことなのだから。


作業用PCのハードディスクに、1枚の画像データがある。自分のしょうもない話に、腹を抱えて笑っている彼女の写真だ。彼女の自然な表情が撮りたいと、ほんちゃんのロケ場所への道すがらもカメラが回されていたときに撮られたものだった。だらしない顔で笑っている自分が見切れていたため、実際には使われなかった写真だが、どうにも惜しくて削除せずに残している。あの頃も、彼女は死にたいと思っていたんだろうか。それともあの瞬間だけは、その辛い気持ちを忘れられていたんだろうか。自分には確かめる術がない。

これから先、自分が彼女と再会することはないような気がする。でも同じ時代、同じ国で生きている人間同士だ。ふとしたときに街ですれ違ったりすることも、絶対にないとも言いきれない。そんなとき、またしょうもない話ができたらいいなあ。清水さん、チャック・ノリスって知ってる?

*1:行きつけの本屋のオヤジさんから訊いた。実際のところは分かりません。

*2:ウチは1日or半日で本を作ることができる! と豪語されてる信者さんを数人見かけたけど、それだとインクが乾きません……

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