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銀幕閑話 Twitter

2016-08-22

第597回「不思議惑星キン・ザ・ザ」

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 カルト的な人気を誇るSF作品が帰ってきた。原題も「KIN-DZA-DZA」(キン・ザ・ザ)とシンプルでいいが、邦題は内容をズバリ言い表し、しかもリズミカルで力強い。もう見る前から期待感が膨らむこと間違いなしの作品である。

 内容を紹介する前から少々入れ込んでしまったが、旧ソ連時代の1986年の完成試写会では、評論家から散々こき下ろされたというから、世の中分からないものである。変わり種すぎて理解されるのに時間がかかったのか、それとも時代の方が変わり理解され出したのか。即断はできないが、おそらく後者だろう。公開時期に注目すると見えてくるものがある。

 時はソ連崩壊5年前の1986年。市民は旧弊がはびこりモラルも腐敗している体制にウンザリし、自由を求めていたはずだ。不満のはけ口を探し、それを押しとどめようとす
障壁に少しでも弱い部分があれば、それを突き破り、たちまち奔流となって吹き出す状態だったに違いない。

 その時公開されたのが本作品だ。内容を紹介しよう。

 建築技師のマシコフは、帰宅直後に妻からマカロニを買ってきてほしいと頼まれ街に出る。街角でバイオリンを抱えた見知らぬ青年に「あそこに自分は異星人だという男がいる」と声をかけられる。面倒だと思ったマシコフは警察に任そうと提案するが、青年は「裸足で寒そうだから」と譲らない。仕方なく自称異星人の男に近づくと、男は「この星のクロスナンバーか座標を教えてくれ」と訳の分からないことを言う。それには取り合わないで、マシコフが男の手にあった空間移動装置のボタンを押した途端、マシコフと青年は地球から遠いキン・ザ・ザ星雲のプリュク星へとワープしていた。

 まず製作国が、いまは存在しないソ連と、国の名前の変わったグルジアというところが何となくSF風である。ソ連は91年末に崩壊しロシアに、一方グルジアは同国の要請を受けた日本が2015年に国名をロシア語表記から英語表記のジョージアに変えている。

 そして86年の最初の試写では途中で席を立つ人がいたり、撮影所に抗議の手紙が殺到したりと多難な出足。手紙の内容も「政府はなぜあんなクズに金を費やしたのか」「監督のやつ、人気俳優をよくもあんな駄作に使えたものだ」と手厳しいものばかりだった。しかし公開してみると反応はまったく逆で、1570万人が押しかけた。日本で言えば超大ヒット作である。

 中でも若者は映画館から出てくると、異星人たちが挨拶の際に両手を「ハ」の字状にだらんと下げながら「クー」と言うのを真似したという。とりわけパトカーを見かけようものなら、故意にポーズをとって「クー」と叫んだというから、これは挨拶というより、若者特有のからかい、あるいは体制側への反発の意思表示だったのかもしれない。

 それにしても宇宙船が釣鐘型で、地上の砂ぼこりを噴き上げることなくふわっと着陸したり、中から現れた異星人たちがマシコフら2人をほぼ身ぐるみはがして立ち去ったのに、マシコフが気を取り直してたばこを吸うためマッチを擦った瞬間、釣鐘型宇宙船が舞い戻りマッチを必死に欲しがるという展開は、まるでドタバタ喜劇を見ているかのように笑える。

 宇宙船はこうあるべきという先入観を見事に肩透かしし、マッチ1本で宇宙船のエンジンが買えるという設定も観客の常識をはぐらかす。そうかと思うと、この星には演奏する際に檻(おり)の中に入らないといけないという奇妙なルールがあり、人々はその制約に慣らされている様子が描かれる。

 見方によっては「周りの常識を疑い声を挙げろ」「我々は本来自由なんだ」とのメッセージを監督が込めた作品なのかもしれない。そして人々が社会を疑わずにこのまま行けば映画で描かれるようなぼろを身にまとい、ガラクタの金属に囲まれた暗い社会になると警告しているようにも見える。ドーピング問題に揺れる今のロシアを見ていると、風通しのいい社会を作ることの大切さを改めて思う。

 30年前の作品だが、今見ても新しく、様々な見方が可能な作品だ。

 同作品は89年に都内で開かれた「ソビエトSF映画祭」で紹介され、2001年にニュープリントで劇場公開。今回はデジタルリマスター版での公開となる。

 「不思議惑星キン・ザ・ザ」は8月20日より新宿シネマカリテほか全国順次公開【紀平重成】

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  1. 不思議惑星キン・ザ・ザ」の一場面。ぼろをまとった異星人たちは「クー」と挨拶してくるが…… (C)Mosfilm
  2. 釣鐘型の宇宙船がふわりと舞い降りてきた (C)Mosfilm
  3. プリュク星には2種類の人がいて差別があった (C)Mosfilm
  4. 地球に帰ることをあきらめない二人 (C)Mosfilm
  5. 音もなく浮き上がる宇宙船 (C)Mosfilm


【関連リンク】
不思議惑星キン・ザ・ザ」の公式サイト
http://www.kin-dza-dza-kuu.com/

2016-08-16

第596回「ミス・ワイフ」

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 美人で高給取りの独身敏腕弁護士が交通事故で意識不明の重体に陥る。だが天国の手違いで、夫と2人の子供をもつ平凡な主婦に入れ替わり、180度真逆の人生を歩み始めるというチョッピリ泣かせるラブコメディだ。

 勝訴率100%という腕利きの弁護士ヨヌ(オム・ジョンファ)は念願のニューヨーク本社勤務の辞令が下りる直前、不慮の交通事故に遭う。生死の境をさまようヨヌの前にイ
所長(キム・サンホ)が現れ、一月だけ他人の人生を生きれば、契約満了時に生き返らせてあげると提案される。その提案に飛び付き、目を覚ますと……。

 なんと反抗的な姉と幼稚園の送り迎えに手がかかる小さな弟の2人の子持ちで、炊事に洗濯、買い物に追われる主婦の戦争のような日々。さらに町内の主婦連中となんとか調子を合わせないといけない井戸端会議に、紙袋折りの内職まで。自分の信条とは真反対の生活に動揺する。

 イ所長との約束で家族に身分を明かすことを厳禁されたヨヌは気を取り直し、妻であり母でもある主婦業に専念し始めるが、敏腕弁護士の本性までは捨てきれず、たびたび夫ソンファン(ソン・スンホン)の上司をやり込めては怒らせてしまう。夫と子供たちは、なぜか分からないままヨヌの変化に振り回される。

 人が入れ替わるお話といえば、同じ韓国映画に「怪しい彼女」がある。孫もいる高齢の女性が、写真館で記念撮影をするうちに20歳の自分に入れ替わってしまい、2度目の青春を満喫するというストーリーは人気を呼び、中国やベトナム、さらには日本でもリメークされ、話題を集めた。

 「怪しい彼女」は、ヒロインが老いた本来の自分より若いいまの方が素敵だと思っていて、このまま若さを楽しもうという気になっているのに対し、本作の主人公は努力で築き上げたキャリアウーマンとしての地位に誇りを持ち、許されるものなら生き返って元の仕事を続けたいと考えている。境遇の変化に驚くという点は共通しているものの、「老いより若さを」、あるいは「たいくつな主婦より能力を生かせる仕事を」と目指す方向は違っている。

 もっとも見方を変えれば、抜け出したいと思っている現状も悪いばかりではない。老いには経験の豊かさというプラス面があるし、体が衰えたからこそ、若さの力やありがたさを理解することができる。主婦の生活は同じことの繰り返しのようで、安定性があり、やり様によっては創意工夫も可能だ。また家族の大切さを感じられることも多いかもしれない。そして確かに本作では、あれほど疎ましかった家族の一人ひとりが逆に愛おしくなっていくのだ。

 そして最後に大きな決断を下さざるを得ない所も良く似ている。それが泣かせ所でもあるので、身につまされ同情してしまう。そんな感情を最大限にくすぐることができるかどうか、それが監督の腕の見せ所と言えよう。

 ヒロインのオム・ジョンファはラブコメクイーンの異名を持つ人気女優だが、その名にふさわしい熱演で観客を笑わせ、しんみりさせることだろう。

 その彼女から「無駄にハンサムな地方公務員」と辛辣な言葉を浴びせられる相手役のソンファンをソン・スンホンは自然体で演じている。妻ヨヌの無理難題な要求に何とか折り合いをつけ、家族を守ろうと努力するひたむきな姿は、ソン・スンホンの新しい魅力としてファンの心をぐっと掴むかもしれない。

 「自分は天涯孤独の身」だからと仕事で頑張ってきた彼女が実は大いに愛されていた事を知るエピソードがラストに用意される。小さなどんでん返しと合わせ、お楽しみいただきたい。

 「ミス・ワイフ」は8月13日よりシネマート新宿ほか全国順次公開【紀平重成】

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写真(クリックすると拡大)

  1. ヨヌ(オム・ジョンファ=右)は夫のソンファン (ソン・スンホン)のためにパーティーに顔を出すが、弁護士の本性を抑えることができず…… (C)2015 Megabox Plus M All Rights Reserved
  2. 夫のソンファンはいつもとは様子の違う妻の言動に戸惑う (C)2015 Megabox Plus M All Rights Reserved
  3. 妻のご機嫌を取ろうと必死のソンファン (C)2015 Megabox Plus M All Rights Reserved
  4. 息子のママ友たちとの近所づきあいに困惑するヨヌ (C)2015 Megabox Plus M All Rights Reserved
  5. 事件を乗り越えて偽りの母と娘は心を通わせはじめる(C)2015 Megabox Plus M All Rights Reserved



【関連リンク】
「ミス・ワイフ」の公式サイト
http://misswife-movie.com/

2016-08-04

第595回「日中映画交流史」

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 戦前から現代まで、日中の映画人交流にかかわる著作を両国で発表し続けている映画史家の劉文兵さんが、その集大成ともいうべき日中映画交流の通史をまとめ上げた。高倉健やドラマ「おしん」の中国におけるブームなどよく知られた史実だけでなく、両国関係者へのインタビューや丹念に拾い集めた文字、映像の貴重な資料をもとに、100年になろうとする日中映画交流の全貌を冷静かつ映画愛に満ちた目線で描いている。

 1世紀近い日中映画交流の中でもっとも存在感を発揮しているのは2014年9月に亡くなった李香蘭こと山口淑子だろう。本の表紙のカバーにも土門拳撮影の写真が大きく扱われているほか、「はじめに」では彼女が日中戦争時に日本人であることを隠し中国人の女優、歌手として活躍したことを冒頭で取り上げている。

 面白かったのは、日本の文化庁長官に相当する元中国文化部長で作家の王蒙が90年代初頭に劇団四季の「ミュージカル 李香蘭」を見た後に書いた「人・歴史・李香蘭」というエッセーを紹介する部分だ。

 「招待券を何枚かもらったので、劇場『天地大廈』へ足を運んだ。そもそも李香蘭は私にとって馴染みのある名だ。少年時代に彼女が主演した『万世流芳』を観て同映画の挿入歌『売糖歌』をまねて歌っていた。(中略)ミュージカルの導入部に流れる『夜来香』(イェライシャン)のメロディーを聞いて、私は思わず嘆声をもらすほど驚いた。『夜来香』は彼女の持ち歌だったことを初めて知ったからだ。メロディーは大変美しく、私はいつも口ずさんでいたが、それまでにこの歌は公式の場で歌われることのないタブーだった。その歌詞は政治的、または退廃的なニュアンスもなかったにもかかわらず、なぜ駄目だったのか。李香蘭がそれを歌ったからではないだろうか」

 その王蒙の感想を引用しつつ、著者は李香蘭が「日中のあいだに横たわる歴史問題の複雑さを物語るシンボリックな人物であり、また日中文化交流の歴史を語る際に抜きにできない存在であることは確かであろう」と説明する。さらに、「戦中に彼女が上海や満州に残した足跡が、日本による侵略戦争と植民地支配と並行して始まった日中映画交流の軌跡とほぼ一致しており、そして、戦後になって、しょく罪の意識を原点とした彼女の中国とのかかわり方が、戦後の日中映画交流の特徴を示す好例であるからだ」と続ける。

 つまり、李香蘭が体現する複雑な日中文化交流の歴史には、中国側から見るとどうしても譲れない負の側面があるが、そうかといって日中映画交流による“果実”まですべて否定してはいけないのではないかというスタンスであろう。これは満映と中華電影合作の「万世流芳」に対して全部ではないにしても一部に親しみを感じたであろう王蒙の受け止め方とも重なる著者の基本的な考えといってもいいかもしれない。

 この100年、両国の間には日中戦争冷戦文化大革命等による対立や交流断絶の後、国交回復による蜜月時代は長くは続かず、首相靖国参拝や尖閣領有問題といった新たな火種が次々と生まれ、日中の緊張関係が常に映画の交流にも暗い影を落としてきたと言えるだろう。

 このような不幸な関係を振り返りつつ、著者は、戦前の上海映画や満映と日本との関わりをめぐり、「日本においては、関係者の回想録など貴重な歴史的証言が残されているとはいえ、同問題がいわば内向きのセンチメンタリズムや懐古趣味にくるまれたかたちで語られていることが多く、『外部』の視点を取り入れた批判的な眼差しが欠けている」と日本側の研究を批判する一方、「中国ではこの時代の文化的事象を『軍事的占領と植民地支配の一環』として片付け、映画史の細部を検証しないまま、過去の記憶を封印しようという傾向が目につく」と中国側の対応にも懸念を表明する。

 著者は論考を進めるにあたって自身に以下の三つの課題を課したという。‥合的な視座をもたらすこと∧顕集鯲の可能性を裏付けること新たな異文化受容の可能性を探ること。この3点に焦点を合わせた歴史記述を試みると「はじめに」で宣言している。

 これは誰にでも選択できる手法ではないだろう。おそらく著者が日本語をマスターして日本を拠点に研究する中国人研究者という立場だからこそ取りうるのではないか。異郷の様々な価値観が交錯する中にあって、常に自分の立ち位置を確認し、公平で冷静な付き合いを心がけてきたからこそ手にしたルールであり、責任感と言えないだろうか。

 こうして著者は以下のような章展開を進めていく。

第一章「日中映画前史——上海編」
第二章「満州映画の光と影」
第三章「冷戦時代の日中映画交流」
第四章「『改革開放』と日本映画」
第五章「中国映画人にとっての日本映画」
第六章「健さん旋風と山口百恵ブーム」
第七章「日本のテレビドラマと中国の高度経済成長
第八章「クールジャパン——トレンディードラマとアニメの人気」

 どの章も興味深いが、カバーを外すと現れる高倉健のすばらしい表紙写真(撮影・今津勝幸)は必見だ。その高倉健を主演に迎えた「単騎、千里を走る」を撮った張芸謀監督への著者インタビューが興味深い。

 「私は野外で上映された『君よ憤怒の河を渉れ』を観たことがありました。野外に巨大なスクリーンが張られ、正面の“一等席”に一万人が陣取ったばかりでなく、さらに八千人ほどの人々がスクリーンの裏側から裏返しの画面を観ていました。当時、高倉健がいわば中国における国民的スターだったのです」

 1976年の文化大革命終了後、娯楽に飢えた中国国民が映画館に殺到したという時代背景を抜きにしては語れないエピソードであろう。

 同じころ北京電影学院に在学し、80年代に入って次々にデビューした張芸謀ら第五世代監督は中国国内では一般公開されていない日本映画も学内の内部試写で特別に見ることができた。「君よ憤怒の河を渉れ」や「サンダカン八番娼館 望郷」「幸福の黄色いハンカチ」「砂の器」「人間の証明」といった公開作品だけでなく、黒澤明の「羅生門」を見ていた。その影響は大きく、李少紅監督は「血祭りの朝」(原題「血色清晨」)などの作品で黒澤作品の暴力性と緊張感を継承することを試みたという。

 逆に三國連太郎が「紅いコーリャン」や「芙蓉鎮」に感銘を受け、中国映画の水準に敬意を払うエピソードも紹介される。

 このような長い交流の積み重ねは、今後も政治の大きなうねりがあろうとも、友好の輪を保ち続けるに違いない。

 巻末の日中映画上映作品総覧(1926〜2015年)も手間のかかる労作。意外な日本映画が中国で上映されていたり、逆に中国映画が様々な形で日本公開・上映されているのがわかる。

 「日中映画交流史」は劉文兵著、東京大学出版会刊(本体4800円+税)【紀平重成】

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  1. 劉文兵さんの著書「日中映画交流史」の表紙カバーを飾る李香蘭山口淑子)=土門拳撮影
  2. 2015年度日本映画ペンクラブ賞奨励賞を受賞した劉文兵さん(後列左から2人目)=段躍中さん提供
  3. 劉文兵さん

   
【関連リンク】
「日中映画交流史」を紹介する東京大学出版会のサイト
http://www.utp.or.jp/bd/978-4-13-083069-0.html

2016-07-21

第594回「ヒマラヤ〜地上8,000メートルの絆〜」

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 暑い季節にはクールなお話がピッタリ。でも、それがヒマラヤの、しかも8000メートル以上の、いわゆる「デスゾーン」と呼ばれる、真夏でも零下10℃以下の氷壁地帯のお話と聞いたら寒すぎるだろうか。

 ヒマラヤの8000メートル級14峰登頂に成功した韓国登山家オム・ホンギルとその仲間たちの過酷な体験を描いた、韓国では珍しい山岳ドラマだ。

 引退した登山家オム・ホンギル(ファン・ジョンミン)は、カンチェジュンガやK2などヒマラヤ4座をともに登頂した最愛の後輩ムテク(チョンウ)が悪天候のため、エベレスト下山中に遭難死したことを知る。誰もが8750メートルでの遺体回収に尻込みする中、ホンギルはかつての仲間たちと「ヒューマン遠征隊」を結成する。それは凍りついた仲間の亡骸を探すためのチームで、登攀記録にも残らず、名誉とは無縁の過酷な遠征だった。

 ストーリーを追うだけで、吹雪、雪崩、立ちはだかるクレパスや氷壁といったシーンが次々と現れ、まるで現場に立ち会っているような臨場感を得られる作品は、それを見るだけで背筋がゾクゾクしてくることだろう。

 主演のファン・ジョンミンは「国際市場で逢いましょう」「ベテラン」などを次々とヒットさせ、今もっとも信頼されている俳優と言っていいだろう。今作でも地元韓国では記録的興行成績をあげ、彼の存在感に負うところは大きいと言える。それに加えて、仲間や夢、生と死といった普遍的なテーマを濃密に取り込んだ脚本も功を奏している。

 「パイレーツ」も手掛けたイ・ソクフン監督はこう言っている。「登頂の目的は頂上に向かうことではなく人に向かったもの。成功よりも重要な価値のある人と人との純粋な友情と義理人情を描きたかった」(同作品のプレス資料)

 この作品はホンギルの実話を基にしているが、当時、登山界のスーパースター的存在だったホンギルと後輩ムテクの最悪の出会いから説き起こし、運命の皮肉で一度は見放した男が後年、チームに入り、ホンギルの最も信頼する右腕になっていく描写はよくできている。

 このペアでカンチェジュンガ、K2、シシャパンマ、エベレストの8000メートル級の4座を制覇したムテクは、引退したホンギルに「兄貴、俺が足になります」とまで言い、体調が十分ではないホンギルの現役復帰を迫るのだ。その信頼感は、先輩後輩の間柄以上の固い絆で結ばれていたといえよう。

 もしかすると、山というのは平地では起こりえない特別な感情を生み、“奇跡”を演出する空気とでもいうものがあるのだろうか。とりわけヒマラヤでは。

 ホンギルの意思でヒューマン遠征隊が提案された時、一度は参加を断わったメンバーらが翻意していく場面は、「少林サッカー」で人生に負けた中年男たちが友情や夢を選択し再びチームに合流していく場面と重なる部分が多い。実際、人生は山あり谷ありだが、人は映画の中にもそんな共感できる場面を求めているのかもしれない。

 個人的にはホン・サンス作品の常連であるチョン・ユミが後輩のムテクの妻役で強気と健気なところをタップリ見せているのがうれしい。彼女の魅力をまた発見したような思いである。

 さあ、涼しい映画館へ、クールな作品を求めてGo!?

 「ヒマラヤ〜地上8,000メートルの絆〜」は7月30日よりヒューマントラストシネマ有楽町、シネマート新宿ほか全国順次公開【紀平重成】

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  1. 「ヒマラヤ〜地上8,000メートルの絆〜」の一場面 (C)2015 CJ E&M Corporation, All Rights Reserved.
  2. リーダーのホンギル(ファン・ジョンミン)は厳しい判断を迫られる (C)2015 CJ E&M Corporation, All Rights Reserved.
  3. ホンギル(右)は後輩のムテク(チョンウ)を信頼する (C)2015 CJ E&M Corporation, All Rights Reserved.
  4. 8000メートルを超えるヒマラヤは一歩間違えれば奈落の底だ (C)2015 CJ E&M Corporation, All Rights Reserved.
  5. 天候の回復を待つ一行 (C)2015 CJ E&M Corporation, All Rights Reserved.


【関連リンク】
「ヒマラヤ〜地上8,000メートルの絆〜」の公式サイト
http://himalayas-movie.jp/

2016-07-11

第593回「ラスト・タンゴ」


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 スラリとしたマリアと渋味を感じさせるフアン。二人は共に80歳代なのにいつも背筋をピンと伸ばし、足をすっと運ぶ。まるでダンスを踊っているかのように。そう、二人はアルゼンチンタンゴの至宝とも言うべき伝説のダンスペアだ。その名声の陰で繰り返された愛と裏切り、そして和解。彼らの実人生がインタビューを挟んで、華麗なタンゴ・ダンスと心震わす音楽に溶け込み官能的につづられて行く。

 アルゼンチンタンゴを踊るだけでなく見て鑑賞する芸術作品にまで高めた伝説的なペア、マリア・ニエベスとフアン・カルロス・コペスを描いた劇映画のようなドキュメンタリー。「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ 」のヴィム・ ヴェンダースが製作総指揮に当たり、「ミュージック・クバーナ」のヘルマン・クラルが監督と聞けば、期待は膨らむばかりだ。

 出会いはマリア14歳、フアン17歳の時。結婚してその後50年近くにわたってペアを組んだ二人は、何度となく再会と別れを繰り返しつつ、またいつか元のさやに納まる仲だった。他の相手では納得する踊りができないと分かっていながら、フアンはとうとうマリアの元を去ってしまう。マリアは家庭に憧れ、一方のフアンはステージだけでなく家でも顔を合わせる彼女にウンザリしていた。

 その愛と葛藤を互いにぶつけ合うだけでなく、芸術としてのタンゴ・ダンス作りにエネルギーを振り向けることができたのは、タンゴへの底知れぬ愛情があったからだろう。「彼を負かすのではなく彼を輝かすのよ。この時期、私はダンサーとして成長したわ」というマリアの言葉が、それを証明している。

 随所に挿入される2人の語りも味わい深いが、今が旬の若手ダンサーや実力派の振付師たちを前に2人の愛憎をマリアが自ら語り、その場面を聞き手たちが華麗にして官能的なタンゴの振り付けで再現していく姿は圧巻だ。

 たとえば初恋のダンスは天使のようにみずみずしく舞い、口論する憎しみのダンスは激しく足をからめ合う、さらに優雅で穏やかな暮らしのダンスはゆっくり上品にステップを踏む。人生の様々な局面を雄弁に語るように、文字通りタンゴ・ダンスは人生そのものと言えるだろう。

 心の一瞬の揺らめきまでもダンスで表現できる。そんなタンゴ・ダンスの特性を巧みに取り込んで、ヘルマン・クラル監督はドラマチック・ドキュメンタリーという新境地を切り開いた。

 この黄金ペアには、人気を呼んだテーブル上のタンゴがある。しかしマリアは「テーブルの上で踊るのは落ちそうで怖かった」と振り返る。昔のことを話す時の表情は今もあの時代にいるかのように若々しく可憐だ。そうかと思うと、「(あなたが)聞くのはフアン・コペスのことばかり。もう話さない」と感情を爆発させる。タンゴへの愛とプライドが交錯する。

 最後に二人はこう答える。「女ひとり(の暮らし)、それが肝心なの。……復活したの」(マリア)。「引退? あり得ない」(フアン) 。

 濃厚なタンゴ・ダンスの踊りと音楽をじっくり堪能されたい。

 「ラスト・タンゴ」は7月9日よりBunkamura ル・シネマほか全国公開【紀平重成】

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  1. 「ラスト・タンゴ」の一場面 (c)WDR / Lailaps Pictures / Schubert International Film / German Kral Filmproduktion
  2. 「女ひとり、それが肝心なの」と語るマリア(c)WDR / Lailaps Pictures / Schubert International Film / German Kral Filmproduktion
  3. 「引退? あり得ない」と話すフアン(c)WDR / Lailaps Pictures / Schubert International Film / German Kral Filmproduktion
  4. 軽快にタップを踏むマリア(c)WDR / Lailaps Pictures / Schubert International Film / German Kral Filmproduktion
  5. 若かりし頃のマリアとフアンの黄金ペア(c)WDR / Lailaps Pictures / Schubert International Film / German Kral Filmproduktion


【関連リンク】
「ラスト・タンゴ」の公式サイト
http://last-tango-movie.com/