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銀幕閑話 Twitter

2017-01-15

第614回「16年私のアジア映画ベストワン」(2)

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 注目のベスト5をご紹介する前に、ベストテンに入らなかった作品について、推奨者のこだわりの弁を続けます。

 「『映画ファンのための』韓国映画読本」(ソニーマガジンズ)の編集経験がある千葉一郎さんの一押しは「シン・ゴジラ」。

 「ありがちな感情ドラマをスッパリと切り捨てて、ゴジラという巨大生物が現実世界に登場したら、というシミュレーションでひたすら推し進めていくソリッドな語り口にとにかくシビレた。ゴジラは何も考えておらず、ただ移動していくだけ(決して破壊が目的というわけではない)の存在だが、完全に制御不能、かつ恐るべきエネルギーと暴走の危険性を抱え込んでいる。メタファーの出発点は明白だが、説教臭さは皆無。徹底的な取材で世界観を緻密に(誠実に)構築していく態度には、『この世界の片隅に』に通じるものを感じる」

 暴走の危険性をはらんでいる「シン・ゴジラ」の登場が、制御不能の政治や社会の幕開けとならないよう見守らなければいけないですね。

 続いて大阪アジアン映画祭プログラミングディレクターの暉峻創三さんは、毎年、この欄で発表するベストワンが映画祭出品作に入るかどうかが注目されます。今年はフィリピンの「パティンテロ」でした。

 「フィリピンの子供にとってのドッジボールや鬼ごっこ的な遊び"パティンテロ"を通じて、負け組少女が威厳を持って立ち上がる姿を描いたもの。『シェルブールの雨傘』のジャック・ドゥミも真っ青な色彩設計、周星馳監督もビックリのケレン味など、見たことのない斬新なセンスに溢れたフィリピン映画」

 大阪はもちろん、現地にも行って見たい作品ですね。

 その大阪アジアン映画祭でイラン映画の「アトミック・ハート」に心を射抜かれたのは、海外を含む映画祭を回り歩き、監督、スターの写真やサイン、作品ごとの感想文も閉じこんだファイル作りを愛好する杉山照夫さんです。

 「大阪アジアンで久しぶりに上映されたイラン映画であり、一番の衝撃作だった。中上流社会に位置する2人の女性(アリネとノバ)はパーティを抜け出し車で家路を急ぐのだが、小さな交通事故をおこしてしまう。そこへ突然現れた紳士風の男がなぜか賠償金を用立て、執拗につきまとう。2人はこの男から逃げようとするが、なかなか逃れられない。男は別次元からきたのか、それとも悪魔の化身魔王”なのか。ラストは、男がノバを連れて異次元の世界に連れて行こうとして、ビルの屋上の縁に立つ。アリネが必死に抵抗し、じゃんけんに勝てば、男はノバをあきらめること、負ければ自分もビルから飛び降りることを約束する。アリネと魔王は5回戦のじゃんけんを行う。そして衝撃の結果は……。
ラストのじゃんけんが凄かった、まるで『第七の封印』の騎士と悪魔のチェス・シーンを想起させるほど壮絶である。アリネを演じるタラネ・アリシュスティが素晴らしい。彼女は『私は15歳』(02年)でロカルノ国際映画祭主演女優賞を受賞し、その後のアスガー・ファルファーディ監督初期作品のミューズを務めている。彼女の演技は、親族、友人の危機を救うために立ち向かい、その困難な背景に陥ったときの奮闘ぶりが感動的。次回、また彼女の奮闘ぶりを描いた映画に出会えることを楽しみにしている」

 3月の大阪でもサインを求める彼の姿が見られることでしょう。

 昨年の話題作「オマールの壁」を推すのは柴沼さんです。「多くの映画で迫害の対象となるユダヤ人が、パレスチナ問題では迫害する方に回る。歴史的な経緯は複雑で、門外漢が口を挟むことではないのだけど、結局、いつ、どんなのときでも人間の悪意というのがむきだしになっていることを明らかにしています。一人の平凡な青年の恋愛を通じて、権力に翻弄される庶民の哀しさというものを描いた傑作でした」

 抗争を単純化して描きがちなのも映画なら、複眼で見つめようとするのも映画です。同作品は間違いなく後者でしょう。

 さあ、いよいよベスト5の発表です。mikikoclaraさんは「侠女」を恋人へのラブレターのように語ります。

 「昨年より『楽日』や『黒衣の刺客』から遡り、胡金銓監督の作品を見始めたのですが、イギリスから『侠女』と『龍門客桟』のDVDを取り寄せて、すっかりのめり込みました。東京フィルメックスのスクリーンで見ることが出来たのは幸運でした。驚いたのは3時間という長丁場のドラマツルギーの維持の仕方です。宮廷の陰謀や伝奇物語を使ったストーリーの紡ぎ方と、カメラの位置や撮り方に無駄がなく、説明的な台詞なしにドラマツルギーを維持している。しかも、それが観客にとって素っ気ない作品になるのではなく、次は何が起こるんだろうとワクワクする気持ちを持たせてくれる。音楽や効果音も最小限で好感をもちました。その代わり、役者の目をアップにするなどフィジカルな言語を多用し、アクションもそういった身体表現の流れのひとつとして自然に馴染んでいます。ワイヤーもCGもある今のアクションに比べても、敵を倒すと息が上がる、など等身大の表現があることで、逆にアクションがリアルに感じられるのです。夜の場面や最後の光と音を通じての自然の描写と、POVの映像を組み合わせためまいがしそうな映像はスクリーンで見ることが出来て良かったです。胡金銓監督は、映画とは映像である、という一見自明なことを強く信じていたのだと思います。人間の生身の身体を使い、その生身感を損なわず、いかにフィルムランゲージを紡ぎだすか。そのことに全力を注ぎ、集大成がこの『侠女』ではないかと思います」

 そして4位は昨年もベストワンに挙げる人がいた「pk」。インド映画がベスト5に入りましたね。

 「実は前評判の高さに『ちょっと盛ってるんじゃない?』と危惧も抱いておりました」という勝又さん。「前作の『きっと、うまくいく』が素晴らしかったので、そうそう傑作が次から次へと 生まれるかしらと。しかしそれは杞憂でした。ラブストーリーあり、SFあり、人情あり、笑いあり。テンポがよく、音楽も素敵で見心地が良い。楽しく見ていく中で『神様は人間を守ってくれるもので、人間が守るものじゃない』という言葉にハッとさせられます。神の名のもとに様々な戒律を作り、それに従わない者を排除しようとするのは、他ならぬ人間がやっていることなのだ、と。この視点があるので、見終わった後も時々心のポケットから取り出して、宗教って何?と考えるときのヒントをもらった気がします。このチケット代に値するかな?と思う映画も多いけれど、これは間違いなくお値段以上の作品です」

 さあ、3位です。香港映画「小さな園の大きな奇跡」です。本コラムの第606回でエイドリアン・クワン監督にインタビューしました。香港で記録的なヒットになった理由を尋ねると「観客がわざわざ私のところにやってきて、劇場を出たときに心は愛でいっぱいになったと言ってくれました。その言葉が私を幸福にしてくれました」と涙を浮かべながら監督が答えてくれたことに驚かされました。信仰心に篤く、また涙もろい人柄は有名なようです。優しい心を持つだけでなく、5人の子役と丁寧に接し、涙を流すあの名演技を引き出した監督の粘りにも感心します。「この映画の成功のおかげで非常に勇気を得ました。こういう映画は決して香港映画界の中ではメインストリームではないことは承知していますが、人と違うことをするのは大事です。1週間後に撮影に入る予定の新作もこのような流れのものになります」と言っていた監督の次回作も楽しみです。

 そして2位は「山河ノスタルジア」です。昨年、日本映画ペンクラブ賞奨励賞を受賞した劉文兵さんは「ジャ・ジャンクー映画の品格を保ちながら、多くの観客の琴線に触れるメロドラマの傑作」と高い評価を与えます。東京フィルメックスの岡崎匡さんも「中国映画を観たことがないけど、いまの中国のことを知りたいという方に最初におすすめしたい1本です」とコメントします。

 とうとう1位を残すだけとなりました。2016年私のアジア映画ベストワンの中から選ばれたのは……「ゴッドスピード」でした。サイト「東亜電影速報」を主宰する坂口英明さんの力強い推奨の言葉を聞いてください。「もう一度観てみたい作品ということで、東京国際映画祭で観たこの作品を選びました。犯罪映画らしい描写とユーモラスなシーンの塩梅が絶妙でした。久しぶりのマイケル・ホイ、ラストに流れる『昴』もよかったです。劇場公開されたるといいなと思います」

 筆者も、登場人物を突き放したようにクールな筋書の中に放り込みながら、途方に暮れる彼らを愛情深く見つめる濃密な空間にしびれました。

 さあ、皆さん。今年もどこかでお会いし映画を熱く語り合いましょう【紀平重成】
 
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  1. 「侠女」 =5位
  2. pk」 =4位
  3. 「小さな園の大きな奇跡」 =3位
  4. 「山河ノスタルジア」 =2位
  5. ゴッドスピード」 =1位

2017-01-14

第613回「16年私のアジア映画ベストワン」(1)

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 「銀幕閑話」恒例の新春企画「私のアジア映画ベストワン」を2回に分けて発表します。前回は初めて1位作品からご紹介しましたが、今回は元に戻って10位からの発表です。その栄誉を担う第10位は……東京国際映画祭でチケットの入手が困難を極めた「シェッド・スキン・パパ」です。

 「もとが舞台劇とは思えない奇想天外な設定のインパクトに驚きました」と話すのはブログ「こ〜んなまいにち」のgraceさんだ。「撃ちも撃たれも&殺しも殺されもしない呉鎮宇と古天樂という貴重な組み合わせ。最初は、親子役?と戸惑いますが2人の演技に笑わされたり泣かされたり。とても心に響く演技をされていて、思い出すたびに、ふと涙することがあります。突拍子も無いSF設定を借りながらも、父親と息子の軋轢や葛藤、そして親子愛…というところで、大好きな『月夜の願い』を思い出しました。世界的に今、老いをテーマに描く映画が増えている気がしますが『桃さんのしあわせ』につづく感動作として一般公開されればいいなと期待します。『小さな園の大きな奇跡』もそうでしたが、香港映画は、アクションやノワール、ラブコメもいいけれど、家族愛をテーマにした優しい映画だってまだまだ作られている、と安心した一作でした。その意味では飛行機で拝見した『幸運我是』もとても良かったでので日本で見られることを期待します。大阪アジアン映画祭さん、各地の映画祭さん、是非お願いします!」

 9位は韓国映画「弁護人」。映画評論家の中川洋吉さんが強く推しています。モデルは亡くなったノ・ムヒョン韓国大統領と言われますが、このような作品を今の日本は作れるのでしょうか。

 続いて8位は吉井さんらが挙げる台湾映画「太陽の子」が入りました。彼の弁を伺いましょう。「いわゆる少数者が自己を表象していくのは、簡単に見えてなかなか難しいことだと思うのですが、この映画ではそれがバランス良く作られていて、みずみずしい映像や印象的な出演者が作品を上手く支え、観ていて嫌みのない素敵な映画だなと思いました。私は中国の原住民先住民)について何か語れるほど知識もないし、そうした立場でもないわけですが、ここ数年中国四川省の彝(イ)族の取材をしていて、少数民族としての自分たちをどう位置づけ表現していくのかというような問題にも触れてきたので、『太陽の子』はそのあたり上手いなという印象も受けましたし、考えさせられもしました」

 そして7位は是枝裕和監督の「海よりもまだ深く」です。文筆家の宋莉淑(ソン・リスク)さんは「台風の夜に、偶然ひとつ屋根の下に集まった元家族が複雑な思いを抱えながら一夜を過ごすヒューマンドラマ。これまでに上映された是枝作品の中でも、脚本、演出、展開、映像、音楽、役者の演技とバランス良く、高質な作品に仕上がっていた。様々な視点から映画の魅力を浮かび上がらせ、監督のセンスを感じさせた作品」と熱く語ります。

 さらに6位は、まつもとようこさんらが挙げる「あなた、その川を渡らないで」がランクイン。「歳をとっても美しい韓服でおしゃれをして一緒に出かけたり、ふざけあって笑いころげる子どものような仲良しのおじいさんとおばあさんの表情が心に残っています。だから、おじいさんが亡くなったときの、残されたおばあさんの悲しみにくれる姿に胸を打たれました。ドキュメンタリーだと聞いて、あのおばあさんは立ち直れたのかしらと心配しています」と松本さんは気遣います。

 ここでランキング紹介を一旦離れ、ベストテンには入らなかった作品を推奨者のこだわりの弁と共にご紹介します。

 昨年は「激戦 ハート・オブ・ファイト」を選んだLucaさんが今回挙げたのは、東京国際映画祭で上映された香港・中国合作の「メコン大作戦」です。「最初から最後まで圧倒と怒濤のアクションてんこ盛り、時間を忘れさせ夢中になって観た最高の映画でした! 加えて、中国政府の規制や内容へのお約束があっても、ここまで面白く作れるんだと教えてくれた作品でもあります」

 続いて、えどがわわたるさんは、バンコクのシネコンで見たというインド映画「バージラオ・マスターニ」を選びました。「ゲリラ戦の実践者と語られている1700年代のインド・マラータ王国の宰相バージラーオ・バッラールを題材にした作品。何といっても、マサラ・ムービーの醍醐味といえるダンス・シーンの素晴らしさ、そして、衣装の豪華さは、まさに大きな銀幕で見るべき作品。第二夫人となるマスターニ役のディーピカー・パードゥコーンの美しさ、正妻役のプリヤンカ・チョープラー存在感も見所な作品でした」と2年連続でインド映画を選択。

 せんきちさんが挙げたのもIFFJ2016で上映されたインド映画「ボンベイ・ベルベット」。「本国インドでは評価が芳しくなく、興行成績も不振で、 いわゆる“ずっこけ超大作”になってしまった感のある本作ですが、どうしてどうして、登場人物の感情が 幾重にも複雑に絡み合う、男同士の愛憎映画でした。 なにより、カラン・ジョーハルにあの役を与えたのが すごすぎます。 いつか本国でも再評価される日が来ることを願いつつ、この作品を私のベストワンとしたいと思います」とインド映画愛を語ります。

 一方、インド暮らしが長くなったxiaogangさんはタミル映画「Visaranai」(尋問)を推す。「実話に基づく警察の横暴や腐敗が描かれていて、社会派的な視点から語られがちな映画ですが、政治と癒着した警官たちの駆け引きが東映実録映画のようにおもしろく、室内や夜のシーンの映像もすばらしく印象的。派手な人気スターは出ていませんが、南インドの渋いオジサマの魅力も堪能できます。日本でも映画祭などで上映されて然るべき作品ですが、Netflixで日本語字幕つきで観ることができます」

 いち早く現地に行くか、映画祭まで待つべきか、それともスマホやタブレットで動画配信サービスを楽しむか。映画を取り巻く環境の変化には驚かされます。

 ここで第1部が終了。“インターミッション”をはさみ、インド映画が上位に入るかどうかなど、注目のベスト5は「16年私のアジア映画ベストワン」の第2部(銀幕閑話 第614回)をご覧ください【紀平重成】

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  1. 「シェッド・スキン・パパ」=10位
  2. 「弁護人」=9位
  3. 「太陽の子」に出演した女性にインタビュー=8位
  4. 「海よりもまだ深く」=7位
  5. 「あなた、その川を渡らないで」=6位

2017-01-07

第612回 「人魚姫」

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 「少林サッカー」「カンフーハッスル」の大ヒット作を連発したチャウ・シンチー監督が「西遊記〜はじまりのはじまり〜」の次に放つ話題作だ。

 シンチー作品とくれば、これでもかとギャグをマジメに、ゆるーく繰り返し、涙と笑いを誘いつつ、作品全体は奇想天外な作りというのが基本パターンである。今回もそれを踏襲し、「ありえねー」と叫びたいファンの期待を裏切らない。

 青年実業家のリウ(ダン・チャオ)は香港のリゾート開発のため、自然保護区域を買収し、埋め立て許可を取り付ける。同じ先祖から枝分かれした人間と人魚族だったが、人間による環境破壊で絶滅寸前に追い込まれた人魚族は、平穏な日常を取り戻すため、美しいシャンシャン(リン・ユン)を人間に化けさせ、リウ暗殺を試みる。しかし心優しいシャンシャンは暗殺に成功するどころか、逆にリウと惹かれ合う仲となり、募る思いとは裏腹に種の存亡をかけた総力戦に巻き込まれていく。

 環境破壊を続ける人間たちと自然を守ろうとする人魚族との戦いというと、どうしても人魚族の方を肩入れする人の方が多くなりそうだが、人魚族が追い込まれてモリを撃ち込まれたり、こん棒やナタを振り下ろされて海を赤い血で染めるシーンには、日本のイルカ漁を連想してしまう人もいるだろう。ギャグに笑い、リウとシャンシャンのロマンスに胸焦がすだけでなく、結構シリアスな場面も多いのである。

 とはいえ、ヒロインのシャンシャンが初めて登場するシーンは、不細工も極まれりというほどにハチャメチャなメイクで、一目見れば避けて通りたくなること請け合いだ。ところが不思議なことに、物語の進行と共に彼女はキュートで素敵になっていく。このシンチー流の演出では誰でも彼女を好きになり、応援したくなる。さすがである。

 このヒロインを演じたリン・ユンをはじめ、リウ役のダン・チャオ、さらに人魚族のリーダーでタコ兄ことショウ・ルオ、さらにシャンシャンに嫉妬する女性投資家ルオランを演じたキティ・チャンに至るまで、味のある好演が印象的。俳優出身の監督ゆえの適切な演技指導がなされたに違いない。

 監督のうまさは、真の悪党は描かないという姿勢にあるのでないか。成金の品性下劣な実業家が、自分とは最も対照的な無邪気で可憐な女性に心を奪われるという意外性。あるいは嫉妬のあまり邪悪な心をむき出しにするルオランには魅力的なボディーを惜しみなく披露させる。綺麗なだけに、憎悪に燃える顔は妖しいほどに怖さを増すといえるだろう。

 一方、純真な善人にはブサイク顏をさせるか、または裏切りや迷いなど心の弱さを出させて観客を安堵させる。バランスをとるというか、人間みんな同じ、差がつくとすれば、どれだけ相手の心を理解し、歩み寄ることができるかという彼の人間観を表しているのかもしれない。

 馬鹿馬鹿しさに笑い、思わぬ展開に汗握るだけではなく、人間の本心をきっちり描きこまないといけないという彼一流の矜持が伺える。ただその人間模様が多少類型化しているきらいはある。だからダメとは言わず、ここはシンチーの娯楽作品として多いに楽しむに限る。

 「人魚姫」は1月7日よりシネマート新宿ほか全国順次公開【紀平重成】

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  1. シャンシャン(リン・ユン=右)は人魚族のリーダー(ショウ・ルオ)からリウの暗殺を命じられる (C) 2016 The Star Overseas Limited
  2. しかしシャンシャンはリウ(ダン・チャオ)を前にして、指令を実行できない (C) 2016 The Star Overseas Limited
  3. 「人魚姫」のチラシ (C) 2016 The Star Overseas Limited


【関連リンク】
「人魚姫」の公式ページ
http://www.ningyohime-movie.com/

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 「私のアジア映画ベストワン」を今年も募集中です。その作品を選んだ理由も一緒にお寄せください。ペンネームも可。匿名希望はその旨をお書きください。2016年の公開作品なら海外で見た映画も対象です。また映画祭や特集イベントの作品も歓迎します。応募の締め切りは、いよいよ明日8日。あて先は「16年私のアジア映画ベストワン」係(nari.nari@jcom.home.ne.jp)まで。

2016-12-26

第611回 「The NET 網に囚われた男」

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 「南北分断」という極めて重いテーマで「プンサンケ」(2011年)、「レッド・ファミリー」(13年)の2作品を若手監督に託したキム・ギドク監督が、制作、脚本、撮影の三つに加え自ら監督も手掛けたのが、第17回東京フィルメックスのオープニングを飾った本作だ。

 北朝鮮で妻子と平穏な毎日を送っていた漁師が、誤って国境を越えてしまったために遭遇するあまりにも理不尽な運命。タイトルにある「網」は国家を、そして「囚われた男」は個人を指す。つまり南北分断という「イデオロギー論争の舞台」に上がってしまった個人が、本人の意思に関係なく網の中の魚のようにもがき続けるしかない姿を寓話的に描いた作品と言えるだろう。

 南北分断というテーマに強い関心を持つキム・ギドク監督は、これまで若手監督に自分の脚本を提供し、制作を引きうけて話題作を世に送り出してきた。国境を飛び越えて南北の首都を行き来し、3時間以内に人間まで配達するという男に降りかかった悲劇を描く「プンサンケ」や、仲睦まじい家族のフリをして任務に忠実であろうとする北朝鮮スパイ4人の葛藤に涙を禁じ得ない「レッド・ファミリー」だ。共に奇想天外な設定が笑いを引き出し、常識を激しく揺さぶリ、考えさせられてしまう。

 しかし本作ではシリアスな面が際立ち、分断の存在が弱い立場の住民を追い込んでいく様を鮮明にあぶり出し、むしろオーソドックスな手法に驚かされる。南北分断の長期固定化や最近の政治情勢をめぐる危機感が、このテーマに監督を駆り立てたのかもしれない。

 北朝鮮の漁師ナム・チョル(リュ・スンボム)は、ある日モーターボートで漁に出るが、魚網がエンジンに絡まり、ボートが故障したまま韓国側に流されてしまう。韓国の警察に身柄を拘束されたチョルは、スパイ容疑で執拗な拷問を受ける。厳しい取り調べに耐え妻子の元に帰りたい一心の彼に、今度は韓国への亡命が強要される。それにも抵抗したチョルだったが、彼の存在がマスコミに露見し、念願の北に戻されることに。だが、彼を待ち受けていたのは、さらに苛酷な運命だった。

 チョルを監視する警護官(イ・ウォングン)は彼に同情し、やがてスパイではないと確信していくが、対照的に取調官(キム・ヨンミン)は彼をスパイに仕立てるためにありとあらゆる卑劣な行為を繰り返す。やがて北朝鮮への過剰な憎悪の源が明らかにされていくが……。

 映画は確かに国家の暴力を明るみにしていくが、それだけではなく、善人、悪人という紋切り型の見方だけではとらえられない人間の心の闇や可笑しさをもあぶり出していく。さらに体制の違いを越えて、双方の良い面や矛盾を公平に写し取っていると言えるだろう。

 作品ではキム・ギドク監督ならではのシリアスな場面が、これでもかという風に続くが、試練に耐えるチョルの姿からは、それゆえに、どこかユーモラスな一面を感じるのは、悲惨さの一本槍ではやりきれないと監督自身が感じているからだ。あるいは分断がいつか終わるという将来への希望を見る人すべてに持ってほしいとの監督の強い思いがこめられているとも言えるだろう。

 作品では厳しい描写にも手加減しないキム・ギドク監督だが、フィルメックスの上映前後の舞台挨拶とQ&Aでは観客にこれ以上はないという満面の笑みを見せた。質問を希望する手が多数上がった際には、まだもう一人あそこにいるよと司会の林加奈子さんにアピールしたり、セレモニーの始まる前に花束を渡してくれた熱烈なファンを覚えていて、舞台から去る際にも会釈するなど優しさが際立っていた。

 「The NET 網に囚われた男」は1月7日よりシネマカリテほか全国順次公開【紀平重成】

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  1. 「網に囚われた男」の一場面 (C)2016 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.
  2. ナム・チョル(リュ・スンボム=左)に執拗な取り調べを行う取調官(キム・ヨンミン) (C)2016 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.
  3. 警護官(イ・ウォングン=右)はナム・チョルに優しい言葉をかける (C)2016 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.
  4. 危機が迫る (C)2016 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.
  5. 舞台あいさつに応じるキム・ギドク監督 (2016年11月19日、東京フィルメックスのオープニング会場で筆者写す)


【関連リンク】
「The NET 網に囚われた男」の公式ページ
http://www.thenet-ami.com/

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 「私のアジア映画ベストワン」を連載12年目の今年も募集します。その作品を選んだ理由も一緒にお寄せください。ペンネームも可。匿名希望はその旨をお書きください。2016年の公開作品なら海外で見た映画も対象です。また映画祭や特集イベントの作品も歓迎します。応募の締め切りは17年1月8日。あて先は「16年私のアジア映画ベストワン」係(nari.nari@jcom.home.ne.jp)まで。

2016-12-17

第610回 「映画作家 黒木和雄 非戦と自由への想い」

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 どこか違和感を覚えながら、歴史的な会談や行事が相次ぐ2016年の暮れを行きつ戻りつ考えている。それぞれの行事は役者も内容も申し分がないはずなのに、一向にワクワク感がないのだ。筆者がひねくれているか、あるいはキャストや行事そのものに何かが欠けているのだろう。誤解を恐れずに言えば、それは当事者が言葉や形にばかり目を配り、心に響く想いがないからだと思う。

 2006年に亡くなった黒木和雄監督は、戦争は突然始まるのではなく、一見平和な社会に忍び寄り、気付いた時にはもう後戻りできなくなるということを、戦争に無自覚だった少年時代の体験をもとに繰り返し語っている。その反省からであろう。黒木監督は高度経済成長に沸く戦後社会を見つめながら、日常生活の中に戦争の気配を感じ取り、作品を通じてその危険性に警鐘を慣らし続けてきた。「戦争4部作」と言われる「TOMORROW 明日」「美しい夏キリシマ」「父と暮せば」「紙屋悦子の青春」は戦争の悲惨さや戦争の本質を描いている。

 その黒木監督の平和への想いをつづったドキュメンタリーが本作である。黒木作品で助監督を務めた後藤幸一監督が、黒木監督の生前の貴重な肉声や、田原総一朗、黒田征太郎らの著名人、さらに10代の学生へのインタビューも交え、黒木監督が抱いていた危機感や戦争を知らない若い世代が今の時代をどう見ているかを追っていく。

 全編を通じて浮かび上がって来るのは、戦争が教科書等で学ぶ過去の出来事では決してなく、常に平和な日常とつながっていること、それを若い人にどう伝えるかが問われているという重い事実である。そこで、監督や脚本家は被爆シーンなど悲惨な描写は極力避け、生き残った人たちがその後の世界とどう向き合ったかを大事にしていこうと話し合ったという。

 イラストレーターの黒田征太郎は少年時代、軍需物資を低空飛行で落としていく米軍の姿が美しいと思ったとマイクに向かって語っている。だが、すぐその考えを改めた。アメリカから打ち込まれたクサビの大きさを強く意識したのだ。「1945年8月以降、日本はアメリカからいいようにされ続けている。強姦され続けている。彼(黒木)は映画だったが僕は自分のやり方でやっていく」と。

 黒田は「9.11」のアメリカ同時多発テロを広島と長崎の原爆投下に重ねてみた。世界貿易センターの跡地を「グラウンドゼロ」と呼んだブッシュ元大統領の発言に反発し、「われわれにもグラウンドゼロがある。それはキノコ雲だ」と、ニューヨークでその絵ばかりを描いた。通りかかったアメリカ人が「そんな絵は見たくない」と言うので、絵を逆さまにし、その中に命の種を描いた。すると、それはまるでフラスコの中で命が芽吹く種のようであり、全く新しい解釈が可能な絵になった。こうすれば理解しあえると強く感じた黒田は同じ絵を3000枚描いたという。

 その一方、劇作家の井上ひさしは生前「日本人が世界に発信するものがあるとすれば被爆体験」と語っていた。これに憲法9条を加える人も多いだろう。

 黒木監督は、高校生のグループが取材に来た際に、戦争で級友15人を失ったことを挙げ、2度と同じ過ちを繰り返さないためには「憲法9条を守らないといけない」と強調。その憲法を変えようという動きが力を得て、隊員25万人という「現実」に憲法の方を合わせようとしていることを強く批判する。

 評論家の田原総一朗は「戦争はダメ。国家は国民をだます」と語り、「それをストレートに描く存在だった」黒木監督を評価する。

 鹿児島県出水市の海軍航空隊出水基地は特攻機が飛び立ったことで知られる。当時を知る女性がカメラに向かって「見送る女性が手を振っていたなんてウソです。下を向いて泣いていました」と証言する。

 国政を預かる人たちは、どれだけ庶民の想いに寄り添うことができるのだろうか。心に響く想いを見せてほしい。

 「映画作家 黒木和雄 非戦と自由への想い」は東京、愛知は終了し、大阪のシネ・ヌーヴォで1月2日〜20日に開催の「黒木和雄映画祭」の中でほぼ毎日上映【紀平重成】

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  1. 撮影に臨む黒木和雄監督 (C)2016 パル企画/コピーライツファクトリー
  2. 黒木監督の横顔 (C)2016 パル企画/コピーライツファクトリー
  3. 黒木監督について語る田原総一朗 (C)2016 パル企画/コピーライツファクトリー
  4. キノコ雲について語る黒田征太郎 (C)2016 パル企画/コピーライツファクトリー
  5. 今でも川底から見つかる原爆瓦 (C)2016 パル企画/コピーライツファクトリー


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