Hatena::ブログ(Diary)

銀幕閑話 Twitter

2016-06-22

第591回「シアター・プノンペン」

f:id:ginmaku-kanwa:20160622175257j:image:w360:right
 カンボジアと聞けば、筆者は二つのイメージがすぐ浮かぶ。一つは世界文化遺産の壮麗なアンコール・ワット。そしてもう一つは1975年から3年8カ月にわたり国民の4人に1人の命が奪われたと言われるクメール・ルージュ政権による大量虐殺だ。その陰惨な負のイメージを払拭するのに外国から見ても40年では足りない。ましてや当のカンボジア人自身にとっては……。

 この映画は悲惨な歴史を背景に、あるラブストーリー作品の欠けた最終巻を撮り直そうと決意する若い女性の愛と哀しみの物語だ。

 テーマが重いだけに見る方にもパワーが求められる。しかし、新鋭のソト・クォーリーカー監督は主人公の女子大生に自身を投影させるかのように困難に立ち向かう若い女性を生き生きと描く。「遺されたフィルム」のタイトルで2014年の東京国際映画祭「アジアの未来」部門で上映された同作品は国際交流基金アジアセンター特別賞を受賞した。

 カンボジアの首都プノンペンで厳格な父に反発し遊びに明け暮れる女子大生ソポン(マー・リネット)は、ある日、廃墟のような映画館で1970年代のクメール・ルージュ政権樹立前に作られた古い映画があることを知る。「長い家路」と題されたその作品には若き日の母(マー・リネットの一人二役)が出演していた。病気がちで家から出ようともしない母(ディ・サヴェット)は自分が女優であったことも娘に話さない。どうしてもその映画を見たいソポンは映画のフィルムを探し始め、やがてクメール・ルージュ時代に厳しい弾圧を受けた自国の映画史を知ることになる。

 映画の中で親の世代は、圧政下の恐怖の体験を子供たちに語ろうとはしない。それは監督自身の体験でもあったという。なぜ語らないのか。そんな疑問から自国の歴史を調べ始めたソト・クォーリーカー監督は、かつての被害者だけでなく加害者にも会いに行く。命の保証はないとまで言われるほど調べ歩いてつかんだ事実は大量虐殺だけでなく、その後も苦しみ続ける加害者と被害者双方の簡単には消すことのできないトラウマの数々だった。

 「歴史は繰り返される」とはよく言われる言葉だが、独裁政権の下、あるいはクーデター事件に端を発して世界各地で自国民への弾圧が起きている。デマが飛び交い恐怖が恐怖を呼ぶという形で繰り返されるのだ。ただ、カンボジアの場合は規模が大き過ぎて、本当の被害者数は今に至るまで分からないというのが実態なのだろう。

 カンボジアには「辛い過去は埋めてしまいましょう」「辛い過去は蒸し返さないで葬りましょう」という教訓があるという。それは優しさに満ちた言葉であると同時に、生きていくためにはあえて目をつぶるという現実優先の考え方でもある。一概に優劣はつけられないが、結果として家族同士や社会の中でコミュニケーションが取れないとなれば放置はできない問題だ。

 そこに弊害を感じた監督は、記憶の断絶という社会のほころびをつくろっていく手段として映画の力に期待する。本作品でも導入部分は家族のコミュニケーション問題を取り上げ、やがて過去の歴史に真正面から向き合うという構成だ。しかもメロドラマ風であったり、サスペンスの要素も交えるなど映画としての楽しませ方にも工夫を凝らしている。

 新人ながらソト・クォーリーカー監督は映画の中に映画を取り入れるという映画監督なら一度はやってみたい手法に第一作目からチャレンジした。また本当の主人公は実は古びた映画館ではないかと思わせる“映画愛”ぶりも披露している。

 その映画の力で、たとえ時間はかかっても、いつか人々がトラウマから脱する社会づくりに貢献したいという夢を託しているのだろう。アンコール・ワットの様に力強いプラスのイメージを残してほしい。

 「シアター・プノンペン」は7月2日より岩波ホールで公開【紀平重成】


f:id:ginmaku-kanwa:20160622175256j:image:medium:left
f:id:ginmaku-kanwa:20160622175255j:image:medium:left
f:id:ginmaku-kanwa:20160622175254j:image:medium:left
f:id:ginmaku-kanwa:20160622175253j:image:medium:left





写真(クリックすると拡大)

  1. 「シアター・プノンペン」の一場面 (C)2014 HANUMAN CO.LTD
  2. 女子大生ソポン(マー・リネット=左)は映画技師のソカ(ソク・ソトゥン)が元の映画監督ではないかと思う (C)2014 HANUMAN CO.LTD
  3. ボーイフレンドと映画に出演するソポン (C)2014 HANUMAN CO.LTD
  4. 母を励ますソポンだが…… (C)2014 HANUMAN CO.LTD
  5. 映画館に通い紛失したフィルムに思いをはせるソポン (C)2014 HANUMAN CO.LTD


【関連リンク】
「シアター・プノンペン」の公式サイト
http://www.t-phnompenh.com/

Warning: openssl_encrypt(): Using an empty Initialization Vector (iv) is potentially insecure and not recommended in /var/www/html/base/common/new_mailsend.phtml on line 35

2016-06-04

第590回「海よりもまだ深く」

f:id:ginmaku-kanwa:20160604225514j:image:w360:right
 こんなはずではなかった、と人は誰しも思う時がある。見果てぬ夢を追い続け、あがいたであろうかつての自身を投影しつつ、是枝裕和監督が団地を舞台に市井の人々の哀感を優しい目線で描いた最新作だ。

 ヒーローが活躍するわけでもなく、お洒落な場所が出てくるのでもない。それでも2時間近い上映時間にスクリーンに目が釘付けになるのは、登場人物のせりふや仕草が効いているからである。しかもそれは映画館を出た後、ふつふつと鮮やかに蘇ってくる。つまりは作品に力があるということだろう。

 「誰も知らない」空気人形」「そして父になる」「海街diary」などの作品で、いまやカンヌ国際映画祭の常連となった是枝監督だが、今作に主演する阿部寛とタッグを組むのは「歩いても 歩いても」「奇跡」に続いて3度目だ。

 15年前に文学賞を一度とっただけの売れない作家、良多(阿部寛)。探偵事務所で働いているものの、世間には「小説を書くための取材」と言い訳し、書けない自分自身をもごまかそうとしている。妻の響子(真木よう子)には愛想を尽かされて離婚し、ギャンブルにのめり込んで11歳の息子真悟(吉澤太陽)の養育費も払えない自堕落な生活だ。

 それでも別れた妻への未練はまだあり、ストーカーさながらに彼女を張り込んで、新しい恋人と並ぶ様子に衝撃を受ける。

 ある日、団地で気楽な一人暮らしをしている母の淑子(樹木希林)の家に集まった良多と響子、真悟の元家族3人は台風のため帰れなくなり、狭い空間に閉じ込められて、どこか祝祭のようでもあり、切なくもある一夜を共に過ごすことになる。

 感心するのは監督自ら書いた脚本だ。監督は映画にも出てくる東京・清瀬市の旭が丘団地に約20年、両親ら家族と住んだ記憶があり、その姿をいつかちゃんと映画の中に残しておきたいと考えていたという。

 かつては高度経済成長下の新しい住まい方のシンボルでもあった団地が、建築後50年近くを経て老朽化し、単身高齢化も進んでいる。主人公の良多が夢見た未来とは違う人生にもがいている姿と、一戸建てや新しいマンションに移るまでの仮の住まいと位置付けられた団地の思わぬイメージの変わり様を重ねあわせた脚本が、妙にしっくり感じられるのである。

 監督は作品を撮る動機について、プログラムの中でこう語っている。「最初に浮かんだのは、台風の日の翌朝、芝生が綺麗になった団地を歩く風景です。小さい頃から、なぜ台風明けの団地は美しいのか、ずっと気になっていたんです。何も変わっていないのに、一晩たって何かが大きく変わって見える。その瞬間を描きたいという思いがありました」

 映画の後半は、まさにその台風の最中でいくつかのエピソードがあり、翌朝、台風一過の団地を後にして、清瀬の駅前で妻と息子を見送るシーンへと続く。何も変わってないのに団地がまばゆいほどきれいに見え、2人を見送る良多も心なしか吹っ切れたように見える。

 映画はそこで終わっているので、3人のその後は見る人がそれぞれ想像するしかない。一方、くすんで見えた団地は変わらないのだろうか。最寄りの駅からほどほどの距離で交通は便利。「羊羹型」と揶揄されながらも南面3室の間取りは、むしろ恵まれている方に属する。しかも低層で棟と棟の間の余裕ある空間は人間の感性にも合う。もちろん耐震化への備えは欠かせない。後は住人同士の交流によってそれぞれの物語を紡ぎ出していくことができれば、「こんなはずではなかった」という思いはしなくて済むかもしれない。いや、どんな道を歩もうとも、「これはこれでいい」と楽しむことができるならば、何も問題はないのだが……。

 映画館を出た後、何度も蘇ってくるシーンの一つに、母親がつぶやいた名言を息子の良多が小説に使うかもしれない材料としてメモに書いて壁に貼る姿がある。監督も同じことをやったのではと思わせるリアル感があった。同様に嵐のよる、母親が布団を敷き、元家族の3人に狭い部屋で寝かせようとする場面。離婚しているのだから、それはまずいよと言う良多に、母親は「いいじゃないの。3人川の字に寝れば」と押し切る。妙に現実感があって監督の脚本の冴えを感じる。

 テレサ・テンの「別れの予感」が劇中に使われ効果を上げている。映画のタイトルは、その歌詞の中から使われたものだ。

 「海よりもまだ深く 空よりもまだ青く あなたをこれ以上愛するなんて わたしには出来ない」

 息子を愛する母親なら、良多の場合のように「出来の悪い子ほど可愛い」と笑って済ませるが、男女の仲だと、そんな軽口をたたく余地はないのかもしれない。

 「海よりもまだ深く」は全国公開中【紀平重成】


f:id:ginmaku-kanwa:20160604225515j:image:medium:left
f:id:ginmaku-kanwa:20160604225516j:image:medium:left
f:id:ginmaku-kanwa:20160604225517j:image:medium:left
f:id:ginmaku-kanwa:20160604225518j:image:medium:left






写真(クリックすると拡大)

  1. 「海よりもまだ深く」の舞台になった東京・清瀬市の旭が丘団地 (C)2016 フジテレビジョン バンダイビジュアル AOI Pro. ギャガ
  2. 弟の良多を心配する姉の千奈津(小林聡美=右)と母の淑子(樹木希林) (C)2016 フジテレビジョン バンダイビジュアル AOI Pro. ギャガ
  3. 良多(阿部寛)には狭すぎる団地の浴槽 (C)2016 フジテレビジョン バンダイビジュアル AOI Pro. ギャガ
  4. 響子(真木よう子=左)に恋人のことを聞き出そうとする良多 (C)2016 フジテレビジョン バンダイビジュアル AOI Pro. ギャガ
  5. 父親らしさを見せようとする良多に顔をほころばせる息子の真悟(吉澤太陽) (C)2016 フジテレビジョン バンダイビジュアル AOI Pro. ギャガ



【関連リンク】
「海よりもまだ深く」の公式サイト
http://gaga.ne.jp/umiyorimo/

2016-05-22

第589回「わたしの自由について」

f:id:ginmaku-kanwa:20160522133009j:image:w360:right
 2015年の夏に、戦争の匂いを嗅いで国会前を抗議の波で埋め尽くした学生団体「SEALDs」。半年に及ぶ活動は安全保障関連法案の可決とともに終わったかに見える。しかし、彼らは今さまざまな方法で自身の体験してきたことを伝えようとしている。このドキュメンタリーもその一つだ。声をからしてコールし、ひたすら歩き、ビラを配った。運動は一時の勝ち負けではない。伝え続けることが大事だというメッセージが映像からも迫ってくる。

 監督は初長編作品「青の光線」が2011年の大阪アジアン映画祭に招待され14年に劇場公開された西原孝至監督。ネットで彼らがデモをしている動画を見て、そこにかつての自分や未来の子どもたちを思い浮かべたという。「自分の友人が声を挙げている」と。

 彼らと接しているうちに監督は1人1人の魅力に引きつけられカメラを向けたいと思った。監督自身も今ここで伝えることの大切さにこだわった1人と言えるだろう。

 映像はデモの当日、マイクや看板、ちらしに至るまで、いわゆるデモグッズを準備するところから、雨にぬれそびれながらもマイクを握りしめてコールする様子や、打ち合わせなど毎日の様子が描かれていく。その過程ではいろいろなことを学び、考える。たとえば中心メンバーの一人である奥田愛基さんは「自分だけでなく相手自由も認める、それが本当の自由じゃないかな」と自由についての考えを深めていく。

 大事なデモの日に挿入されるメンバーのスピーチには、彼らが自分で考え抜いた切ないほどにひたむきなものが多い。本間信和さんはこう訴える。

 「自分が過去からある大きな啓発を享受していることに気が付かされました。それは何か。『平和』ですよ。お金でもなく、武力でもなく、この国のいちばんの宝は平和です。もちろんそれは、沖縄の多大な犠牲の上に成り立ったものでもあります。けれど曲がりなりにもこの国は戦争に参戦してはこなかった。それを支えていたのは、間違いなくこの国の憲法の文言と理念です」

 そして、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する」と憲法の前文を読み上げながら「これは、おれの言葉なんだよ(中略)戦後日本の平和と民主主義の歩みを支えた、この言葉と意思、そして理念は、脈々と子から子へと受け継がれていたんですよ。そしてそれは、間違いなく、自分自身の中にも息づいている」と強調する。

 もちろん運動は安保法案阻止に向けたものだが、半年に及ぶ活動の最中で、彼らがどんどん成長している様子も描く。

 たとえばメンバーの芝田万奈さんが大きな集会に代表を送るよう政党事務所に電話するシーン。手紙を送ったのに返事がないため確認の電話を入れると、資料が見当たらないという。画面では「えーっ」という表情を一瞬浮かべながらも、「それでは改めて資料を送らせていただきます」とにこやかに応対するのだ。言葉づかいも応対のさばき方も即戦力で使えるスキルだ。

 若者たちが考え行動する姿を見て感動するシーンは多いが、中でも終戦記念日前日の集会で長棟はなみさんが行った人生で初めてというスピーチは、映画のクライマックスを見ているかのように胸に迫った。

 広島に近い山口県出身で、8月6日の原爆投下の日にサイレンの音とともに母親と手を合わせた思い出から説き起こしながら、憲法と平和の関係を語る。

 「私が受けた教育は間違っていなかった。今ここで声を挙げる私を作りました」

 「70年間、戦争をしなかった。他の国の人に対し、直接銃口を向けなかった。一人も殺さなかったという事実が、この国を守っている。そのことを誇りに思うべきです」

 「他国から日本が直接攻撃されていないにもかかわらず、武力行使ができるというのは違うんじゃないでしょうか。なぜ他国の戦争に日本が参加するのでしょうか」

 「何より、70年前の戦争で、多くの命が失われたことを忘れてはなりません。抑止力は機能しないでしょう。憎しみが憎しみを呼び、報復が報復を呼び、取り返しのつかない大きな事態になることを、忘れてはならないのです」

 「どうか、誰かの言う、『綺麗ごと』『理想』をここで叫ばせてほしい。戦争はしたくない。人を殺したくない。殺されたくない。武力ではなく対話を。この言葉が綺麗ごとであってたまるか」

 「明日は終戦から70年目の日です。終戦の前に亡くなったたくさんの命。終戦を迎えたにもかかわらず失われたたくさんの命。戦争を生きぬいて私たちに命を受け継いでくれた命。そして私たちの命があります」

 「先の戦争は間違っていました。私は日本人として、何より人間として、戦争を繰り返してはならないという意思と責任を、たくさんの命から受け継いだのです」

 「二度と繰り返してはならない。このために私は行動するのだ。嘘っぱちの言葉なんていりません。どうか国民ひとりひとりの命を心から考えてください。いや、一緒に考えてください」

 「私は私の言葉を語ります。言葉が足らずとも、若くとも。私は、現政権と安全保障関連法案に、断固反対します」

 オシャレで音楽のノリが良く、明るいSEALDsのメンバーだが、考え、訴える中身は火のように熱い自身の心の叫びだ。

 奥田さんたちはSEALDsが参院選後に解散と言っている。ということは参院選に照準を合わせ大きな行動をとるということだろう。

 運動は一時の勝ち負けではなく、どこまでも伝え続けることが大事だ。それでも選挙運動の行方は気になる。一度“共振”した思いは、またうねりとなって動き出すに違いない。

 「わたし自由について」は、アップリンクほか全国順次公開中。また7月上旬まで各地で自主上映会も開催中【紀平重成】

f:id:ginmaku-kanwa:20160522133050j:image:medium:left
f:id:ginmaku-kanwa:20160522133049j:image:medium:left
f:id:ginmaku-kanwa:20160522133048j:image:medium:left
f:id:ginmaku-kanwa:20160522133047j:image:medium:left





写真(クリックすると拡大)

  1. 昨年の夏にかけて毎週金曜日に開催された抗議集会(C)2016 sky?key factory, Takashi NISHIHARA
  2. 雨の中、コールする奥田愛基さん(C)2016 sky?key factory, Takashi NISHIHARA
  3. 中心メンバーの一人の芝田万奈さん(C)2016 sky?key factory, Takashi NISHIHARA
  4. 奥田さんと話し合う牛田悦正さん(C)2016 sky?key factory, Takashi NISHIHARA
  5. 応援スピーチに駆け付けた坂本龍一さん(C)2016 sky?key factory, Takashi NISHIHARA

   

【関連リンク】
わたし自由について〜SEALDs 2015〜」の公式サイト
http://www.about-my-liberty.com/

2016-05-09

第588回「ファブリックの女王」

f:id:ginmaku-kanwa:20160509162431j:image:w360:right
 北欧のフィンランドで生まれた「マリメッコ」は新しいファッションを世に送り出しただけでなく、新しい女性の生き方を提案する一つの運動体でもあった。本作はその生みの親であるアルミ・ラティアの波乱に満ちた実人生を描いている。

 一人の人間の素顔を映画でとらえようと思えば、二つの方法がある。一つはドキュメンタリー、もう一つはフィクションだ。だがヨールン・ドンネル監督は、意表をつく手法でそれを実現した。アルミを演じる女優が一歩引いて映画の進行を俯瞰するかのように演じ分けていく劇中劇。引いては返す波のように、アルミの思いに寄り添い思い悩む姿を次々と映し出すことで、アルミの人生を立体的に浮き上がらせていく。

 こんな手の込む手法にこだわったのには、もちろん理由がある。実は監督は1951年に創業したマリメッコの初期の役員(67年〜74年)だ。ヨールン・ドンネル監督は、アルミが女性をコルセットから解放し、新しいライフスタイルを推進しただけでなく、男性中心のビジネス界に乗り込んだ女性企業家としての手腕、さらに仲間を大切にする考え方などに共鳴し、彼女の映画を作ることを自身の使命と考えていた。それだけに彼女の実像を余すところなく伝える脚本作りには50年という長い準備が必要だったのだろう。

 戦後間もなく、夫が買収した業務用オイルプリントの会社で働き始めたアルミ(ミンナ・ハープキュラ)は、個人向けに綿のファブリック(織物)にプリントすることを思いつき、51年に新たな会社「マリメッコ」を創業する。才能はすぐ開花し、払下げの生地を一けた多く入手するため担当の窓口と脅しに近い押し問答の末に手に入れたり、ファブリックを売るために、使い方を示すドレスのファッションショーを全財産をかけて成功させる。才能豊かなデザイナーも集め、自由にデザインさせた作品には作者と作品の名前をそれぞれ記すようにした。事業は順調に伸び、60年代にはジャクリーン・ケネディが愛用するなど話題も集めた。

 一方、アルミにとって従業員は“家族”そのものだった。大事な家族のために職住が一体となった自然豊かな理想郷マリメッコ村”の建設も計画された。しかし出費を惜しまないアルミの手法銀行団からは評判が悪く、事実、再三の倒産危機にも襲われた。さらに理想を求め事業にのめり込むアルミのやり方は家族からも理解されなかった。その孤独感を癒すには酒や男が必要だった。そんな葛藤を映画は舞台劇のように観客の目の前に見せていく。

 映画の中で彼女の言葉として繰り返し発せられるのが「男は金ばかり計算し、人間を忘れている」「仲間の女性を支えたい」だった。これをフェミニズム的発想ととらえるよりは、むしろ人間性を重視する博愛主義と考えたほうが理解しやすいだろう。そう考えれば映画のラスト、行き詰った会社を救うために従業員の解雇を自ら通告しなければいけない事態に追い込まれたアルミが取った結論と行動はより一層胸にしみるだろう。

 マリメッコは現在、先に被災した熊本店をはじめ日本国内の32店を含め世界には140店以上あり、グループ全体の従業員は約500人。そのうち女性は90%という。

 「ファブリックの女王」は5月14日よりヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開。【紀平重成】

f:id:ginmaku-kanwa:20160509163657j:image:medium:left
f:id:ginmaku-kanwa:20160509163658j:image:medium:left
f:id:ginmaku-kanwa:20160509163659j:image:medium:left
f:id:ginmaku-kanwa:20160509163700j:image:medium:left





写真(クリックすると拡大)

  1. 「ファブリックの女王」の一場面 (C)Bufo Ltd 2015
  2. マリメッコ創業者のアルミは事業を拡大していく (C)Bufo Ltd 2015
  3. 斬新なデザインが評判を呼び、販路は世界に広がっていく (C)Bufo Ltd 2015
  4. デザインは購入者からは支持されたが、事業はたびたび危機に見舞われた (C)Bufo Ltd 2015
  5. シンプルでユニセックスなデザインは革新的 (C)Bufo Ltd 2015


【関連リンク】
「ファブリックの女王」の公式サイト
http://q-fabric.com/

2016-05-02

第587回「花、香る歌」

f:id:ginmaku-kanwa:20160502093109j:image:w360:right
 朝鮮の民俗芸能であるパンソリは、太鼓の伴奏に合わせ1人の歌い手が歌と語り、仕草の三つで物語を口演していく姿から「独りオペラ」とも言われる。日本の浄瑠璃ともどこか重なるような、その哀調を帯びた節回しが創作意欲をくすぐるのか、これまでも好んで映画の中に取り込まれてきた。「桃李花歌」(トリファガ)という美しい原題を持つ本作も、まさに映画の展開と歌詞が絶妙に溶け合うパンソリを描いた作品と言えるだろう。

 パンソリを主題にした映画と言えば、すぐに思い浮かぶのがイム・グォンテク監督の「風の丘を越えて/西便制(ソピョンジェ)」や「春香伝」(チュニャンジョン)だろう。前者はヒロインが歌うパンソリの哀切な声音が聴く者の心を激しく揺さぶる力強さを持ち、後者は若い男女の身分を越えた恋愛物語と並行して、観客が舞台上のパンソリ「春香歌」に聴き入るという二重構造の大胆な演出が効果を挙げている作品。

 それに対し本作は女性がパンソリを歌うことを禁じられていた朝鮮王朝末期の19世紀後半、初めて歌い手となった女性チン・チェソンの波乱に満ちた人生を描く実話だ。

 母を亡くした少女チン・チェソン(スジ)は、母が亡くなる前、預けられた遊郭で育つ。ある日、パンソリを耳にしたチェソンはその物語の主人公に自らの人生を重ねて大泣き
する。そんな彼女を偶然見かけた男が「涙のあとは笑顔になれる。それがパンソリだ」と優しく教えてくれる。この男こそ、後年、チェソンの人生を大きく変えることになるパン
ソリの大家シン・ジェヒョ(リュ・スンリョン)だった。

 彼の一言にチェソンはパンソリの歌い手になることを決意するが、当時は女性が歌うことを固く禁じられていた時代。チェソンは、ジェヒョに弟子入りして修業を始め、彼とは旧知の間柄の時の権力者、興宣大院君(キム・ナムギル)が1867年に主催した景福宮の再建を祝う落成宴に、危険を顧みず乗り込むのだが……。

 映画を面白くするのは、次々と押し寄せる困難を潜り抜けて主人公が夢を果たすという展開の中で、どれだけハードルを高く厚く積み上げることができるかだろう。若手のイ・ジョンピル監督は、最後の最後に夢をかなえるというのに、ヒロインのチェソンと師匠のジェヒョに、さらにこれ以上はないという新たな難題を突き付けるのだ。これは厳しい。観客は思わず2人に感情移入してしまうに違いない。

 もともとチェソンは不遇な環境で育ち、ジェヒョも家柄が悪いため立身出世はかなわぬという虐げられた者同士の組み合わせ。そこから生まれる反骨のエネルギーが互いを高め絆を強めてきたといえるだろう。逆境の2人が惹かれ合い共感するという関係は、そこに悲劇の予兆があればあるほど美しさを増すのも当然である。

 その2人が修行中のある夜、こんな会話をする。先輩たちから、「人を愛したことがなければパンソリで愛する心など歌えない」と言われていたチェソンが師匠に向かって「愛
を抱くとは花を抱くようなもの。桃李花のような美しい花を。お師匠様の桃李花になりたい」と秘めた思いを告白する。だが、師匠は「歌とはいわば香りだ。香らぬ花など欲しいとは思わぬ」と突き放す。

 まだ修行が足らず人を共感させる芸域には達してないという師匠としての厳しい回答だが、弟子を愛する本心を隠したとも言えるかもしれない。この2人の愛が、ラストの展開に微妙な綾を与えることになる。

 主演のスジはK−POP のmiss Aのメインボーカルで、「建築学概論」で注目された若手女優。同じパンソリを描いた「風の丘を越えて/西便制」で主演のオ・ジョンヘが小学校時代からパンソリを学びプロとしての発声をものにしていたのと比べるのは可哀そうだが、ジャンルの違いを越え歌手としての意地は見せていたと思う。

 「花、香る歌」は4月23日よりシネマート新宿、シネマート心斎橋ほか全国順次公開。

【紀平重成】

【関連リンク】
「花、香る歌」の公式サイト
http://hanauta-movie.jp/

f:id:ginmaku-kanwa:20160502093110j:image:medium:left
f:id:ginmaku-kanwa:20160502093111j:image:medium:left
f:id:ginmaku-kanwa:20160502093112j:image:medium:left
f:id:ginmaku-kanwa:20160502093113j:image:medium:left





  1. チェソン(スジ)は女性として初めてパンソリの歌い手になることを決意する (C)2015 CJ E&M CORPORATION, ALL RIGHTS RESERVED
  2. 堂々とした演技で観客の心をとらえるチェソン (C)2015 CJ E&M CORPORATION, ALL RIGHTS RESERVED
  3. 先輩からは厳しい注文が寄せられる (C)2015 CJ E&M CORPORATION, ALL RIGHTS RESERVED
  4. 師弟の前に立ちはだかる時の権力者、興宣大院君(キム・ナムギル) (C)2015 CJ E&M CORPORATION, ALL RIGHTS RESERVED
  5. 落成宴で見事なパンソリを歌い上げるチェソンと師匠のジェヒョ(リュ・スンリョン=右) (C)2015 CJ E&M CORPORATION, ALL RIGHTS RESERVED