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銀幕閑話 Twitter

2016-12-05

第609回 「よみがえりの樹」のチャン・ハンイ監督に聞く

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 今年の東京フィルメックスで来日したゲストの中で筆者がインタビューしたのは、最優秀作品賞に輝いた「よみがえりの樹」のチャン・ハンイ監督一人だけ。「実は受賞を予想していました」と胸を張りたいところだが、まったくの偶然。それどころか、発表直後の率直な感想は「意外」だった。だが、上映後のQ&Aや自分のインタビューを聞き直すと、監督のユニークな体験と強い信念に裏打ちされた「輝き」を感じることができた。

 まずは物語の御紹介を。舞台は監督の故郷である中国陝西省の黄土高原地帯にある村。数年前に亡くなった女性シュウインが、反抗期を迎えた息子レイレイに憑依し、結婚記念で植樹したもののヤオトン(横穴式住居)の旧居に残されたままになっていた樹を移植してほしいと夫に頼む。

 開発の一方で廃れていく村というリアルで普遍的なテーマが背景にある一方、憑依した妻(体は息子)と夫がごく普通に会話し、さらに夫の亡くなった両親は鳥や犬に転生していて、外見は息子姿の妻を彼女本人と認識しているという、現実にはありそうもない構成の幽霊譚である。

 上映後のQ&Aで市山尚三東京フィルメックスプログラム・ディレクターに制作の経緯を聞かれ、チャン監督は「子どもの頃は冬になると大人が話してくれる怪談を聞いて過ごしました。その中には憑依や輪廻転生といった話もよく出てきました。それが本作の核になっています」と話した。また、その後の人生で出会った怪異文学の古典「聊斎志異」と重なる部分の多い物語世界に自分の想像力を盛り込んで撮ったという。

 筆者のインタビューでも幽霊譚にこだわる理由について「映画を撮るチャンスがある時に自分の世界観をキチンと表現したかった。我々が目にしている現実というものは、真実だとは限りません。映画を撮るのであれば、多くの名監督が撮ってきた世界の秘密というもの、我々の普段目に出来ないような人間の奥深さというものを映画表現として撮ってみたいと思いました。それで自分の幼年時代のことと、学校に上がってから読んだ古典を結びつけて表現しようと思い立ったのです」と説明した。

 監督を志すきっかけについては「僕は10歳まで農村で暮らし、それから近くの咸陽という都市で学校に上がりました。内向的な性格で、自分の思いを十分に表現できない孤独な少年でした。そういう時にやったのは小説を読むか、映画を見ることでした。ある時、映画は自分の表現が出来るいい芸術だと思いました。また映画というのは不思議なもので、映画館という空間にさまざまな人が集まり、一つのことに集中しているというのがとても面白いと思いました」と振り返る。

 そうなると、どんな作品を見て来たのか聞きたくなる。答えはフェリーニの「カビリアの夜」、エミール・クストリッツァの「ジプシーのとき」、溝口健二の「雨月物語」など。人生を翻弄される市井の人々、あるいは霊魂もので本作との共通性を感じる。

 そこで、「あなたは庶民の思いに寄り添う作家と思いました」とぶつけると、返ってきたのは「いろんな人から無視されたり、全く取り上げてもらえないような名も無い人たちのために撮りたいという思いがあります。映画の中でも樹がいろんな人たちのことを見ていて、知っている、というセリフがありましたが、これから撮る作品でも、同じように名もない人の事績を残していくような映画を撮りたいと思います。そうすることで、僕の人生も有意義なものになる」と生真面目に答えた。

 その考え方には敬意を表したいが、興行的には苦労しそうな予感が。その疑問を投げかけると、「そうですね。普通の人がファンタジーやハリウッド作品を見たがるというのは理解できます。でも少数かもしれないけど、真実の世界を描こうとする監督はいます。また名も無い人の物語を撮ろうとする監督もいる。僕が処女作としてこのような作品を撮り、また見てくれる人がいる限り、僕も撮り続けたいと思います」と固い信念をのぞかせた。

 では、この作品は中国で公開されたのだろうか。「系列館とか、大きな映画館では上映は無理でした。でも北京では芸術センターとか、ごく私的な上映会で上映されています。反応ですか? すごく良かったです。とくに芸術センターでは立ち見ができ、この映画は好きだ、と言ってくれる方もいました」

 本作はジャ・ジャンクー監督の制作で、彼が手がける「添翼計画」プロジェクトからは、今までフィルメックスに4作品が選ばれ、受賞作としてはソン・ファン監督の「記憶が私を見る」(第13回東京フィルメックス審査員特別賞)に続く2本目の受賞。

 ジャ監督に感銘を受け大事にしているものがあったら紹介してほしいと尋ねた。「彼はポストプロダクションのあたりから具体的にチームに入ってくれました。ミキシングとか、色調の調整や編集の上手い人を紹介してくれて、技術的な面でのサポートしてくれたし、経験したことを語ってくれて、非常に勉強になりました。大学の監督科で勉強していた時に彼は僕がそうなりたい偶像でした。その本人に貴重なアドバイスをもらったことは得難い経験だったし、僕の人生に大きな意義をもたらしたと思います」

 庶民を描くという所はジャ・ジャンクー監督と共通している。そう尋ねると、「大きな目標というのは似通ったものがあるし、私の模範でもあると思いますが、でも表現方法は個人個人でまったく違うものなので、まったく異なる作品を撮っていきたいと思います」と表情を変えずに答えた。

 中国にまた新しいタイプの才能豊かな監督が誕生した。【紀平重成】

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  1. 「よみがえりの樹」のチャン・ハンイ監督(2016年11月23日、筆者撮影)
  2. 「よみがえりの樹」の場面写真
  3. 写真提供:東京フィルメックス 撮影:吉田(白畑)留美
  4. 写真提供:東京フィルメックス 撮影:吉田(白畑)留美


【関連リンク】
第17回東京フィルメックスの公式ページ
http://filmex.net/2016/

2016-11-18

第608回 「弁護人」

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 韓国ノ・ムヒョン大統領が青年弁護士時代に手掛けた冤罪事件を通じて、人権派弁護士へと転身していく実話を基に描いた社会派ヒューマンドラマだ。

 この作品、実によくできている。論争の多い政治的なテーマを内包している上、作品のモデルである元大統領本人が親族の不正事件で聴取された後自殺しているので、普通は慎重にならざるを得ない。それを長編初挑戦のヤン・ウソク監督が、自ら手がけた脚本によるシリアスな法廷ドラマとして撮り上げた。

 高卒で判事になったソン・ウソク(ソン・ガンホ)は学歴優先の法曹界を生き抜くため、あっさり弁護士に転身。不動産登記の税務弁護士として多忙な毎日を送っていた。時は1980年代初頭の軍事政権下の韓国苦学生時代に世話になったクッパ店の息子ジヌ(イム・シワン)が公安当局に逮捕されたことを知る。容疑は国家保安法違反。ジヌの母親(キム・ヨンエ)と拘置所へ面会に行ったウソクは、やせ細り、体中アザだらけの変わり果てたジヌに衝撃を受け、畑違いの公安事件の弁護を引き受ける。

 政治的な事件を描き、見る人の立場によって評価も変わる作品にもかかわらず、観客動員1100万人の大ヒットにつながったのはなぜか。韓国を代表する演技派のソン・ガンホが元大統領の青年弁護士時代を陰影深く演じ、彼をサポートする事務長として名脇役のオ・ダルスもキャスティングされるなど、今や韓国メガヒット作品に欠かせない最強コンビが出演したことや、アイドルグループ「ZE:A」のイム・シワンが、映画初出演ながら不当逮捕されたジヌ役を好演していること、さらにスリリングな法廷劇、母の愛といったエンターテインメント作品に欠かせない要素が盛り込まれていることも理由として挙げられるだろう。

 しかし、それだけでは、まだ不十分だ。ちょうど映画の公開時期は2014年。その直後に起きた旅客船セウォル号沈没事故の処理を巡り政治不信の大きなうねりが起きたことを思い起こしてほしい。それは独裁だろうと、あるいは民主主義の下であろうと、体制に関係なく、「国民のための国家」「公平な国家」「主義主張は合わなくても、最低限、人権は尊重する国家」という基本を忘れた権力が必ず陥る混迷の政治だ。それに対する不満が、勧善懲悪のドラマに喝采を送るように、軍事政権下の横暴を批判する作品に共感を寄せたのではないだろうか。

 今、韓国パク・クネ大統領に関わる機密漏えい事件に揺れている。今世紀最大の26万人を超えるデモがソウルの中心部でおきたことの意味を政治家官僚は忘れてはいけない。

 80年の軍事クーデターや83年の「ラングーン事件」、87年の「大韓航空機爆破事件」を知らなくても、本作は国家というものが間違った愛国主義のもと、人命をいとも簡単に、大量に抹殺したり、あるいは事件をでっちあげて無実の民を監獄に送り込んでしまう暴力装置になりうることを、赤裸々に、そして世界のどこでも起こりうるものとして説得力十分に描いて見せた。

 もう一つ目を見張ったのは、撮影方法の工夫だ。どうしても平板な映像に陥りやすい法廷劇だが、カメラを弁護人に向け、その周りをカメラの方が360度回って結果的に法廷内を全て描いてしまい、さらにもう一度、今度は不動の判事の周りを回るという変化をつけてのダイナミックな撮影法で静止状態の法廷劇を生き生きと描き切ることに成功している。

 「弁護人」は11月12日より新宿シネマカリテほか全国順次公開【紀平重成】

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  1. 「弁護人」の一場面。人権派弁護士として変わっていくソン・ウソク(ソン・ガンホ) (C)2013 Next Entertainment World Inc. & Withus Film Co. Ltd. All Rights Reserved.
  2. 身に覚えのない国家保安法違反事件で「自白」を強要されたジヌ(イム・シワン) (C)2013 Next Entertainment World Inc. & Withus Film Co. Ltd. All Rights Reserved.
  3. 息子の無罪を願う母親(キム・ヨンエ) (C)2013 Next Entertainment World Inc. & Withus Film Co. Ltd. All Rights Reserved.
  4. 事務長(オ・ダルス=右)とウソクは馬が合う (C)2013 Next Entertainment World Inc. & Withus Film Co. Ltd. All Rights Reserved.
  5. 見事な弁護活動を続けるウソクに試練が迫る (C)2013 Next Entertainment World Inc. & Withus Film Co. Ltd. All Rights Reserved.

【関連リンク】
「弁護人」の公式ページ
http://www.bengonin.ayapro.ne.jp/

2016-11-12

第607回 「太陽の子」の舞台を訪ねる

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 この秋、筆者は長年の夢をようやく叶えることができた。その夢とは台湾を一周すること。「悲情城市」のホウ・シャオシェン監督にインタビューするため、1993年の夏、初めてこの地を訪れて以来、足掛け23年。最後まで残っていた花蓮以南の東海岸を時計とは逆に左回りで北上し、下膨れしたサツマイモのような形の台湾をなぞる大きな輪を完成させたのである。

 全島一周という夢を今回こそ達成したいと思っていたことは事実だが、大陸とは反対側の太平洋に面した東海岸行きにこだわったもう一つの理由は、たまたま9月に「太陽の子」(原題「太陽的孩子」)という台湾映画を東京の上映会で見て感激し、作品の舞台である花蓮県港口地区の見事な稲田を見たかった。またその集落に行けば、映画にエキストラとして出演した素敵な人たちにも会える。しかも、港口は全島一周という私が描いた夢の輪に唯一残る空白区のど真ん中にある。

 期待に胸を膨らませながら、11月3日の早朝、台湾南部の高雄駅から、台湾と台湾映画が大好きな4人の仲間と一緒に自強号に乗り込んだ。パイナップルやヤシの畑など熱帯ならではの風景を堪能しつつ、台鉄(台湾鉄路管理局)の南回り線を行くこと約3時間。駅弁で有名な池上駅で降りて、まずは腹ごしらえをする。この後、電車で一度台東まで戻り、予約していた6人乗りのタクシーに乗り込む。車に乗り替えたのは、東海岸の鉄道は内陸部を走ることが多く、海岸線に沿って勇壮に切り立つ山が地の果てまで連なる絶景を楽しむには車の方が向いているからだ。また好きな時に降りて写真を撮ったり、休憩することもできる。シェアすれば料金も安い。

 熱帯と温帯を区切る北回帰線を越え、目的地の港口に着いたのは夕暮れどき。それでも、まだまだ昼間の熱気がこもっている。国道にはほとんど車が見えず、人家もまばら。山
側をのぞけば、見渡す限りの海と風に揺れる稲穂がどこまでも広がっていた。ここが「太陽の子」の舞台だ。

 夕食は映画にも出てくる台湾の先住民族アミ族の76歳の女性、アレク(旧日本名ミエコ)さんの民宿「莎娃緑岸」(サーワーリュイアン)で、乾したイノシシ肉や魚の塩焼
き、エリンギのワサビとマヨネーズ添え、地元で採れた海稲米に赤米を混ぜカボチャを炊き込んだごはん、海藻入りスープの郷土食を美味しくいただく。伝統食を現代風にアレン
ジしたものだろう。

 この後アレクさんへのインタビューに入るのだが、映画の筋を簡単に紹介しておこう。


 アミ族で港口出身のパナイ(アロ・カリティン・パチラル)は、娘と息子を故郷の父に託し台北のテレビ局で働く記者だ。ある日、父が病に倒れ、看病のため帰省したパナイは、荒れた田んぼに胸を痛め、そこに持ち上がった大型ホテル建設計画に悩む。雇用者と観光収入が増えることを期待する開発賛成派と、先祖から受け継いできた文化と土地を失うことを心配する反対派の二つに村が割れてしまう。同じ家族でも子供たちは親が村で働いてくれることを望み、それが分かっていながら確実に収入が望める都市で働くことへの未練もある。やがてパナイは先住民族の誇りを取り戻そうと故郷に戻ることを決める。

 アミ族としての自分の名前を取り戻し、地元の「海稲米」を復活させようという実話を基にした映画は台湾社会で大きな話題を呼び、「奪われたものを取り戻す」という普遍的なテーマが共感の輪を広げている。これは港口だけの問題ではなく、台湾全土で、そして世界各地で共有されるべきテーマであろう。

 お待たせしたが、いよいよアレクさんの登場だ。

 −−映画の中で、ホテル予定地の測量を強行しようとする役所とそれをサポートする警官隊に対し、反対住民が腕を組んで測量を阻止しようとしました。それは実際にあったことでしょうか?

 「役所の人と警察官は80人、私たち村人は20人でした。偉い人には御願いせず、自分たちだけで行動しました」

 −−その時の行動を映画の中で自身で演じたということになりますが、難しくはなかったのでしょうか。

 「戸惑うことはありません。自分が体験したことですから」

 映画では、屈強な警官に向かって、アレクさんが「どこの出身の者か」と尋ねると、警官ははっとした表情を浮かべ、しゃがみ込んでしまう。同じアミ族という自身のアイデン
ティティに目覚め、それ以上、その場に立つことができなくなるという決定的場面である。彼女の真に迫る演技が素晴らしかった。

 −−結果的に土地を売らなくてすんだわけですが、それで良かったと?

 「はい、漢人たちは我々をだまして安く買い取ろうとしました。しかし子どもたちも、この土地は絶対売ってはいけないと言いました。先祖から授かった大事な土地。売ったら
、何も残らないと」

 −−開発優先か、それとも伝統や環境を大事にするかという問題は世界中で繰り返されています。でもここでは海稲米をはじめ先住民族の文化の伝承という問題も絡んでいます
ね。

 「はい、その通りだと思います」

 −−この映画を見て、この地を見てみたいという人がいそうです。私もそうでした。日本人へのメッセージがありましたらお願いします。

 「この映画が上映されてから1カ月ほどして、一人の日本人がやってきてビックリしました。映画のことを聞きたいというので、どうしようかなあと(笑)。そうしたら、今度
は8月に二人も日本人が来ました。私からもお聞きします。あなたはこの映画を見てなぜここに来たいと思ったのですか」

 −−開発か伝統かと論争が起きた時に、強制は絶対にいけないと思います。ここでは住民の思いが反映されました。その現場を見てみたいと思ったからです。

 「そうですか。では明日の朝、娘に案内するように手配します」

 −−同行のみんなも喜びます。

 「私もうれしいです。今まで悲しい思いをいっぱいしてきました。でも心がスーッとしました。そんな思いが日本まで届くのかと思うとうれしい、うれしい、うれしい」

 インタビューはすべて日本語で行った。1945年の日本の敗戦時に小学校1年生だったというアレクさん。7歳近い年上の夫から日本語を教えられたという。

 監督は「シーディンの夏」のチェン・ヨウチェと、映画の基になったドキュメンタリーの監督でもあるレカル・スミ。

 アレクさんは取材が終わると手作りの焼酎の入ったボトルを出してきた。全員のグラスに焼酎を注いでいくと、芳香が漂って来る。お湯や水で割らずストレートで飲むのだろうか。グラスを傾けて見ると、思いのほかまろやかだ。アレクさんはゆっくり味わっている。アミ族高齢女性と語り合う晩。どこまで彼らの過酷な歴史に思いをはせることができたのか分からないが、穏やかな笑顔の奥に鍛えられたシンの強さを感じた。

 いつかまた、この地を訪れてみよう。【紀平重成】

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  1. インタビューに答えるアレクさん(左)。右は筆者(2016年11月3日、池田秀男さん撮影)
  2. 元理容師のアレクさんはお洒落だ(2016年11月3、4日筆者撮影=以下同じ)
  3. アレクさんの民宿から見下ろす稲田と太平洋。中央付近の交差点でホテル予定地の測量阻止のスクラムが撮影された
  4. 海沿いにはお洒落な民宿も建っている
  5. アレクさんの民宿には魚の塩焼きやイノシシの干し肉も並んだ

【関連リンク】
「太陽の子」のフェイスブック公式ページ
https://www.facebook.com/taiyonoko.movie/

2016-10-26

第606回 「小さな園の大きな奇跡」のエイドリアン・クワン監督に聞く

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 ちょっと映画のタイトルをもじって、「小さな香港映画の大きな奇跡」とでも呼びたくなるような感動の嵐を巻き起こし、ハリウッド作品に伍して大ヒットとなったのが本作である。そのエイドリアン・クワン監督と共同脚本家のハンナ・チャンさんに聞いた。

 ミリアム・ヨンとルイス・クーの人気スターが共演する実話ベースのドラマ。エリート教育に違和感を持ち、有名幼稚園の園長を辞したルイ(ミリアム・ヨン)は、ある日、幼稚園の園長募集のニュースをテレビで見かける。園児はわずか5人。一人でも欠ければ園は閉鎖される。しかも給料はわずか4500香港ドル(約6万円)。夫(ルイス・クー)が退職するまでという条件付きで心配する夫を説得し、幼稚園に通い始めるが……。

 −−2015年の香港における興行成績で唯一トップ10入りした作品と聞いています。地味な作品なのにヒットした理由と、そのとき感じたことを聞かせてください。

 エイドリアン・クワン監督 「作る前は興行成績なんて考えもしません。心を込めて作っただけです。公開のときはドキドキしてとても怖かった。こういうタイプの映画は香港では長年作られていなかったんです。だからどう期待すべきかわかりませんでした。でも劇場が満席で入れないという話や、どれだけ涙を流したかという話が聞こえて来ました。私のところにわざわざやってきて、この映画を作ってくれてありがとうと言ってくれた人もいました。学生や年配者、5歳児も見てみんなが感動してくれました。劇場を出たときに心は愛でいっぱいになったと言ってくれました。それが私を幸福にしてくれました」

 インタビューの最初から驚いたのは、筆者の質問に涙を浮かべながら監督が答えていたことだ。長い取材経験では初めての体験。それだけ監督の感動が大きかったということであり、そういうナイーブな心の持ち主だということだろう。

 −−クリスチャンの監督としてこの作品に込めた思いとか、人々に伝えたいご自身の信仰について聞かせてください。

 「7歳頃にクリスチャンになりました。子どものときは祖父が面倒を見てくれて、よく日の出とか日の入りを一緒に見に行ったんです。そのときに天にはこの太陽を作ってくれた父なる存在がいると思いました。子どものときからウルトラマンが大好きで、映画監督になりたいと思っていました。映画の勉強をして、神様に、あなたのために映画を作りたいんだ、と祈りました。まさに今歩んできた道というのは神様が導いてくれたからだと思っています。困難な道のりですけれども、十分その価値のある苦労だったと思います」

 −−一国二制度と言われながら、香港には中国からどんどんとお金が入ったり、考え方も入ってきています。そのため香港らしさが失われているという声もあります。そんなとき、今の香港人の気持ちを反映した作品だったのでヒットしたという見方もあります。

 「必ずしもその考え方には賛同しないですね。感動してくれたのはこの時代だからではなく、どの時代であろうと、一国二制度であろうと、そうでなかろうと、この感動の普遍性は変わらないと思います。つまり困難に立ち向かう人間がいる、生まれてきた使命感を探っていく人がいる、そして自分が社会貢献をしていくことで社会を変えることができるかもしれないというメッセージにみんな感動してくれたのだと思います。もう一つは、わずか5人の子どもでも、その人生はとても重要なんだということを知ってもらう、その感動が大事だと思います」

 −−パキスタンの子どもがいましたね。他のお父さんお母さんは俳優でしたが、パキスタンのお父さん、お母さんは俳優ではないんですか?

 「お母さんは演技をしたことはないそうです。夫役の人はギャングの役だとか、銃を撃つ役、ボディガードの役をやったことがある人です。もともとはいい夫ではなかったのが、映画の中で変わる。私はパキスタン系の人と仕事をするのは初めてだったんですけれども、本当に素敵な人たちでした」

 「撮影前に彼らの伝統文化を尊重するためにも、いろいろとリサーチをして質問もしました。彼らは香港に住んでいるから広東語も流暢(ちょう)にできるけれども、いったい伝統の部分ではどのような習慣があるのか、なにを食べているのか、どのような時間帯に祈りの時間をとっているのか、ということを調べました。最終的には非常に楽しい時間を過ごすことができました」

 −−5人の子役を見つけるまでの苦労と、演技をさせるときの苦労がもしあれば。

 監督 「私にとって一番大変だったのはメイチュ役の子が涙を流すシーンです。何が一番怖いの? 想像してごらん、と言ったんです。そうしたら、空を飛ぶ蛇がいたら怖いと言うので、じゃあ空に蛇が飛んでいるところを想像してごらん、と言ったんです。手を差し伸べて雨に触れるシーンは何百回も行いました。手を差し伸べるだけではなくて、恐怖を感じているのだということを伝えました。彼女は幸福な家庭で育っているので親を失うなんて想像したこともない。私は自分の母親を10年ぐらい前に亡くしているので、自分の経験を語って聞かせました。ですからこのシークエンスを見るたびに母を亡くした話を思い出し、個人的には非常に苦しいシーンです」

 ハンナ・チャン 「私にとって一番印象的なのは最後のシーンです。唯一の卒園生の卒園式の場面ですが、監督はワンショットで全て撮ろうとしたんです。カカ役の子と時間をずいぶん費やして、スピーチの場面の段階に合わせて感情がどのように変わっていくかということを彼女と復習しながら準備を進めました。監督がこのシーンを、演技ではなくて、純粋な心からの露出・発信という風に撮りたいと言って、リハーサルでもワンテイクで終わらせたい、と。非常に大きなチャレンジをクルー全体が迎えることになりました。でもカカ役の子はとても賢い子だったので、タイミングとか感情の切り替え、流れが段階によってどう変わっていくかということを、非常に良く理解していました」

 −−子どもたち以外の主演の人たちとはどのようなやり取りがあったんでしょうか。

 監督 「涙を流し合いましたよ(笑)一緒に。ルイス・クーさんと初めて会ったとき、素敵なオフィスに行って、30分ぐらいこの映画について話をしたのですが、後に彼から聞いた話によると、最初の5分しか話が分からなかったよ、と。残りの25分は私の言っていることがちんぷんかんぷんだったと。なぜなら僕がずっと泣き続けていたから(笑)。でも監督がこれほど感動しているのならきっといい映画になるだろうと。結局、なんの質問もなくそのやりとりは終わりました。だから情熱っていうのは大事だなって思います」

 ハンナ・チャン 「クーさんからはいつも応援の言葉をいただきます。香港は今こういう映画を必要としていると。長年こういう映画が香港では作られていなかったんです。涙を流してくれる観客が非常に多かったけれども、これは感動の涙だと思います。それは人間にとってとても重要なもので、涙を流すことによって自分自身の中に、人に対する愛情や心情を持っている、共感の気持ちを持っているということを再認識させてくれる。だから涙は大事なんです」

 −−今後もこういう映画を作っていきますか?

 監督 「この映画の成功のおかげで非常に勇気を得ました。こういう映画は決して香港映画界の中ではメインストリームではないことは承知していますが、人と違うことをするのは大事です。1週間後に撮影に入る予定の新作もこのような流れのものになります」

 −−ルイス・クーはノーギャラで、なおかつ出資をしたと聞いていますが……。

 「確かに出資してくれました。報酬をいくらもらったかは私は知らないですが、想像以上、収入以上の出資をしていると思います。彼の貢献に非常に感謝しています」

 −−香港のキリスト教会と映画についてお聞かせください。

 ハンナ・チャン 「私たち2人は、いわゆるゴスペルムービーと言われる分野で10年以上仕事をしてきました。今回、商業分野に進出したのは、一般の観客の人たちにもこういう良いメッセージを感じ取ってもらいたいと考えているからです。この映画は商業映画ですけれども、中心にあるメッセージは愛、負けるな、ということでもあり、また、人と分かち合おうよ、というメッセージです」

 監督 「愛は普遍的なものだと思いますので、どの国、どの時代であっても愛というものは人間にとって重要で深いものだと思います」

 −−最後にみんなの夢がかなったシーンが出て来ますが、これはみなさんのアイデアですか? みんなが思えば夢が叶うんだということを託したかったんでしょうか。

 監督 「夢には力があるということはこの映画の全編を通してメーンメッセージとして考えてきました。夢を見るということはその人に翼をもたらしてくれます。その翼を持って飛ぶということは行き止まりの先、向こう側・外にも世界があるということを見せてくれます」

 「小さな園の大きな奇跡」は11月5日より新宿武蔵野館ほか全国順次公開【紀平重成】

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  1. 雨に手を差し出すシーンでは何百回も撮って頑張ったメイチュ役のケイラ・ワンちゃん (C)2015 Universe Entertainment Limited All Rights Reserved
  2. 世界1周の旅を計画するルイ(ミリアム・ヨン)とドン(ルイス・クー) (C)2015 Universe Entertainment Limited All Rights Reserved
  3. 5人の園児はルイ園長にすぐなつく (C)2015 Universe Entertainment Limited All Rights Reserved
  4. 期限付きのつもりで園長に就任したルイは可愛い園児たちの世話に夢中になる (C)2015 Universe Entertainment Limited All Rights Reserved
  5. エイドリアン・クワン監督(右)と共同脚本家のハンナ・チャンさん (2016年10月6日、東京・新宿で筆者写す)


【関連リンク】
「小さな園の大きな奇跡」の公式サイト
http://little-big-movie.com/

2016-10-21

第605回 「pk」

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 いま、自分はインド映画に一番ハマっているかもしれない。もちろん、インディアン・フィルム・フェスティバル・ジャパン(IFFJ)というインド映画13本を一挙に堪能できる映画祭が開催されたばかりだし、また一般公開作品にも恵まれたということもあるだろう。しかし、どの作品も観客を楽しませようという思いが詰まっている上に、テーマもサスペンスから謎解き、ラブストーリーまで実に多彩。なおかつ、たとえば女性の社会進出支援といったメッセージ性にも富んでいて、全く飽きるということがないのだ。

 その好例と断言してもいいのが、本作である。まず作品の骨格がSFコメディであり、しかも涙を流さないではいられない極上のラブストーリー。ヒューマンドラマの要素もある。さらにヒンドゥー教を冒とくしていると実際に上映禁止運動が起きるなど、宗教問題にも鋭くメスを入れている。このテンコ盛りの物語にさまざまな伏線が張り巡らされ、後半、その謎が次々に回収されて行くという快感。153分という映画の長さも全く感じさせない展開なのだ。

 日本でも大ヒットした「きっと、うまくいく」のラージクマール・ヒラニ監督と主演のアーミル・カーンが再びタッグを組んだ。その話題作のストーリーは。

 テレビ局で働くジャグー(アヌシュカ・シャルマ)は、留学先のベルギーで失恋した痛手を、仕事に没頭することで癒やしていた。ある日、地下鉄で黄色いヘルメットを被った男が、大きなラジカセを持ち、さまざまな宗教の飾りを身に付けてチラシを配っているのを見かける。「PK」という名のその男(アーミル・カーン)が、神様を探しているということを知り、そのわけを聞こうと取材を始めるが……。

 奇想天外な脚本も手掛けた監督の才能も素晴らしいが、作品の魅力を考える上で見逃せないのは、もちろんアーミル・カーンの役者としての才能だ。50歳を越えて、なお鍛え上げた見事な体。ワケありの「変人」ぶりを、スクリーンではまばたきを禁じて表現した「神技(カミワザ)級」の演技力。アーミルだから納得できる筋書きと役柄だと信じ込ませる力がある。

 ヒロインのジャグーを演じたアヌシュカ・シャルマも熱演している。シャー・ルク・カーンと共演した「命ある限り」等で注目された彼女は、今作ではキュートな女学生から、はつらつと働くキャリアウーマンまでセクシーに魅せている。個人的にはハリウッド映画の「キャバレー」で男の心を虜にする小悪魔的役柄を演じたライザ・ミネリに顔立ちが似ているかなとも思う。しかしアヌシュカの演じたジャグーは同じセクシーでも、明るくチャーミングで清潔感漂うところが根本的にライザ・ミネリ演じたダンサーとは違うかもしれない。

 逆に共通点を捜すと、2人ともショートヘアが似合うところだ。男の心を惑わせるのも、一方でバリバリと仕事をこなす爽快なイメージを持たせるのも、すっきりしたショートということになるのだろうか。気のせいかインド映画でもショートヘアの似合う女性が増えたように思う。

 さて、本コラムの第603回でも触れたように、インド映画にはラストが見逃せない作品が多い。「きっと、うまくいく」「女神は二度微笑む」「チェイス!」「チャーリー 〜Charlie〜」のいずれもが、クライマックスで予想もしない展開にぼう然とし、あるいは、歓喜の涙を流し、カタルシスを味わうことになるだろう。そして気付いてみれば、文化や宗教の違いも越えて、あるいは国境どころか地球をすら飛び越えて仲良くなれるという大きなメッセージがじわじわと効いてくるに違いない。

 「pk」は10月29日より新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMA ほか全国公開【紀平重成】

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  1. 「pk」の一場面。pkアーミル・カーン=左)とジャグー(アヌシュカ・シャルマ)(C)RAJKUMAR HIRANI FILMS PRIVATE LIMITED
  2. まばたきをしない怪演が印象的 (C)RAJKUMAR HIRANI FILMS PRIVATE LIMITED
  3. ベルギーへの留学中にジャグーは恋に陥る (C)RAJKUMAR HIRANI FILMS PRIVATE LIMITED
  4. 神様を探す旅が始まる (C)RAJKUMAR HIRANI FILMS PRIVATE LIMITED
  5. 困っているpkを助ける人も現れて (C)RAJKUMAR HIRANI FILMS PRIVATE LIMITED


【関連リンク】
pk」の公式サイト
http://pk-movie.jp/