『蚊遣り』

『蚊遣り』
 夏の夜の短い逢瀬を無粋な蚊共め。どんなに風情を求めても、蚊は執拗に迫り来るので、蚊遣りを焚いて追うしかない。
 その蚊遣り、なぜか多くがブタ型だ。線香を入れるのだから、ぽっこりしたものが良いことは分かるが、「ブタでなくても…」と当時は思った。代替案を探ってみるに、タヌキでは口がおちょぼで具合良くない。カバでは暑苦しくて夕涼みに向かない。フグが陸にいるのも変だし…と、名案に至らなかった。
 ところが、この柴さんの絵を見て「なるほどね」と、ブタであることに納得した。夕涼みは円満がいい。空には丸い月がいい。手には丸い団扇がいい。蚊遣りは丸いブタがいい。
 夏の夜は、昼間と世界を異にしている。演出物にも事欠かない。七夕、花火、送り火十五夜…。そっと肩を寄せ合えば、見て見ぬふりのブタくんが、「ここは静かにしておきなよ」と、やんわり蚊群れを追い遣ってくれる。
 夢よりもはかなきものは夏の夜のあかつきがたの別れなりけり(壬生忠岑
 なるほどね。やはり蚊遣りは、何食わぬ顔のブタで良かった。