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2014-01-15

はてなブログに移行しました

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 はてなダイアリーからはてなブログに移行しました。過去記事もすべて移行しましたので、近いうちにこのダイアリーは削除いたします。

新しいブログ → http://ginyu.hatenablog.com/

2014-01-05

ルートヴィヒ

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 かのヴィスコンティの胃もたれ映画「ルートヴィヒ 神々の黄昏」を再現しようとするなんて。かつて、重厚感という言葉でごまかせないほど鬱陶しく重苦しい、長い長い三時間を拷問のように耐えたことを思い出しながら、しかしよく考えたらあの映画も後半はほとんど寝ていたな、と気づいた頃には、この新作にすっかりはまっていた。

 ヨーロッパ一の美貌と言われた若きバイエルン王もヘルムート・バーガーが演じたら説得力があるが、新人のザビン・タンブレアだと「誰この猿顔」と言われかねない危険をあえて冒した製作陣の目論見は成功したといえるかもしれない。

 主演タンブレアはルートヴィヒ二世の繊細なキャラクターを存分に演じて、見事な出来栄えを見せてくれた。巻頭しばらく感じていた違和感も物語が進むうちにすっかり消え、寵愛する作曲家ワーグナーのいいなりになりながらも平和主義者としての自説を通そうとする王の姿が神々しくすら見えてくるではないか。

 芸術や文化に何の理解もないどこかの首長と違って、芸術こそが世界を平和に導くと信じた若き王は時代をあまりにも先走っていたのかもしれない。彼が生きた19世紀後半は、ドイツ統一をめぐる戦争が続けざまに起こっていた時だった。

 王をめぐる悲劇は、芸術を愛するあまりに国家財政を破綻させてまで贅沢三昧な城を次々と建造したり、オペラハウスを作ったりといった、児戯のような純粋さがもたらしたものだったのだろう。心酔するワーグナーを宮廷に引き入れ、古参の重臣たちの意見を聞き入れずに対立を深め、やがて狂王として廃位されてしまう。四一歳で亡くなった時にはかつての美貌は面影もなく、太って歯の抜けた姿になっていたという。

 自分の理想に拘泥するあまりに理解者を失い、また同性愛者であることに罪悪感を抱く王は、常に精神的抑圧にさらされ、自らの殻の中に閉じこもってしまう。王であること、そのことが彼にとって最大の悲劇だったのだろう。王制は王自身を蝕む。不適格な職業について精神を病む、その悲劇は現在の日本でも見られることだ。

 本作はワーグナー生誕200年を記念して作られたドイツ映画であり、主役を食うほどの存在感を見せるのがワーグナーその人だ。彼は作曲家であっただけではなく、革命家であり、激烈な個性を持つ思想家であった。本作の見せ場はルートヴィヒとワーグナーという二大変人の愛憎のからみ。夢見る若者を食い物にしたワーグナーという老獪な人物の造形も興味深い。

 そして、お楽しみはなんといっても華麗なるロケ、荘厳なる城の数々である。浪費家ルートヴィヒのおかげで、今やドイツは美しい城という観光資源に事欠かない。時代の荒波に抗して平和を訴え続けた王の孤高の叫びが、今ならリアルに響く。銃よりも音楽。まさに。

※本稿は機関紙編集者クラブhttp://club2010.sakura.ne.jp/の「編集サービス」誌のために書いたものを元にしています。

LUDWIG II

140分、ドイツ、2012年

監督・脚本: マリー・ノエル、ピーター・ゼアー、製作: ロナルド・ミュールフェルナー、音楽: ブリュノ・クーレ

出演: ザビン・タンブレア、 ゼバスチャン・シッパー、ハンナー・ヘルツシュプルンク、 エトガー・ゼルゲ、トム・シリング、ポーラ・ビール

2014-01-01

2013年のマイ・ベスト

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 謹賀新年

 とうとう2013年はブログを更新できませんでした。あまりにも忙しすぎて、ブログを書く時間も心の余裕もなかったのが原因。それと、Facebookでの交流のほうに力点が移ったので、日常雑記その他はFacebookに書いているため、ブログがおろそかになった。今後もここを続けるかどうかは決めていないけれど、せっかく続けてきたベストなので、今年も発表します。

 2013年もやはり見逃した映画が多くて悔しい思いをした。帰宅して夕食を摂った時刻が24時30分、なんていうことが何度もあるような状態ではとてもじゃないが映画を見る余裕がない。今年は総数133本。映画館で75本(試写会含む)、DVD等自宅で58本を鑑賞した。たった133本の中からベスト10というのもおこがましいが、以下の通り。

 毎年言ってますが、あくまでも個人的な好みですので、これについてとやかく言われても一切関知しませんし、参考になる人にはなるしならない人にはまったくならないのですが、その点はご了解ください。

1位は ゼロ・グラビティ

これぞ映画。映画でなければ、劇場で見なければ、体験できないものを見せてもらえて大満足。ラストシーンの爽快感、いやむしろ身体の重さをずっしりと感じる、いかにも「身体が重い! この重さが快感」という、サンドラ・ブロックの笑いがよかった。

2位は以下の4作が甲乙つけがたく。

ザ・コール 緊急通報指令室 

ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日

LAギャング・ストーリー

ニューヨーク、恋人たちの2日間

6位は2作 ハンナ・アーレント  かぞくのくに(DVD鑑賞)

8位 ペコロスの母に会いに行く

9位 裏切りのサーカス(DVD鑑賞)

10位は3作 黒いスーツを着た男  熱波  愛、アムール

以下、順不同で面白かった作品、印象に残った作品を。「殺人の告白」は見終わったときには高得点と思ったが、今となっては結末すら覚えていないのでベスト10から脱落。

 上記作品の感想についてはできるだけこのブログに掲載したいと思います。一年前から積み残しの分もあるので、少しずつアップしたいと思いますが、時間があるか心もとない思いです。今年の目標は「労働時間短縮」!

 以下、2013年に見たその他の作品名を列記。

ルートヴィヒ/127時間/31年目の夫婦げんか/GODZILLA ゴジラ/RED リターンズ/SHAME -シェイム- /Xーメン/アイアン・フィストアイアンマン 3/アルバート氏の人生ウェイバック-脱出6500km-エリジウムエル・シドオブリビオンキック・アスキャプテン・フィリップスクラウド・アトラス/ゲーマー/さくら隊散る/サルトルボーヴォワール 哲学と愛/ジャッキー・コーガンシュガー・ラッシュ/ショウほど素敵な商売はない/スタートレック/そして父になる/ソレイユのこどもたち/ダイ・ハード ラスト・デイ/テッド/デンジャラス・ラントゥ・ザ・ワンダー/トガニ 幼き瞳の告発/バッファロー’66/ハンガリアン/ブッダ・マウンテン/フライト/ブランカニエベス/ボクと空と麦畑/ホビット/ポルトガル、ここに誕生す ギマランイス歴史地区まほろ駅前多田便利軒マーサ、あるいはマーシー・メイ/ミラル/ラスト・スタンド/リンカーンルノワール 陽だまりの裸婦/ルビー・スパークスローマ法王の休日愛について、ある土曜日の面会室/悪の法則悪人に平穏なし/王になった男/王子と踊り子/屋根裏部屋のマリアたち/夏の終り/危険なプロット/凶悪/君と歩く世界/言の葉の庭/孤独な天使たち/紅いコーリャン/高地戦/砂漠でサーモンフィッシング/最初の人間/三重スパイ/終戦のエンペラー真夏の方程式/人類資金/図書館戦争/星の旅人たち/清須会議赤ちゃん泥棒大いなる幻影探偵はBARにいる/長崎の歌は忘れじ/八月の鯨風立ちぬ/妖怪人間ベム/裏切りの戦場 葬られた誓い/恋のマノン/恋のロンドン狂騒曲/バック・トゥ・ザ・フューチャーPART2

2013-01-02

2012年のベスト作品

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 12月6日から30日の日付で書いた映画評はすべて実際には12月31日に書いたもの。大晦日の連続6本アップで疲れ果てたので、今年の出足が一日遅れてしまった。

 で、新年のご挨拶がわりに2012年のベストを発表します。あくまでも個人的な好みですので、これについてとやかく言われても一切関知しませんし、参考になる人にはなるしならない人にはまったくならないのですが、その点ご寛恕のほど。

 集計してみたら、映画館で100本、DVDを加えても154本しか見ていないのにベスト10を決めるというのもおこがましい気がする。

上位6作品までは甲乙つけがたいと思う。それぞれテーマも違い、映画手法も違い…。「おおかみこども」はとにかく母目線で見て感涙につぐ感涙だったから、これが1位で決まりかな。映画は好きで見ているわけだから、見て損したとか思う作品はほとんどない。ほとんどすべての映画について、楽しんでみているし、見てよかったと思っている。ただ、一番悔しいのは寝てしまうこと。これは作品の責任というよりわたしの体調のせいなので、今年こそ映画館で寝ないようにしたいもの。

 以下、ベスト10。18作品もあるけどベスト10(~_~;)。上位作品のうちレビューを掲載していないものは近いうちに書きます。

1. おおかみこどもの雨と雪

2. アルゴ 、 ケドマ(DVD)、 ライク・サムワン・イン・ラブ、 別離 、 彼女が消えた浜辺(DVD)

7. ぼくたちのムッシュ・ラザール(DVD)、 キリマンジャロの雪、ものすごくうるさくて、ありえないほど近い

8. ヒューゴの不思議な発明

9. アーティスト、 メアリー&マックス(DVD)

10. マリリン 7日間の恋、 ルイーサ(DVD)、 わが母の記、 少年と自転車白いリボン(DVD)、 プロメテウス

 次点

★作品の出来不出来とか関係なしに、とにかく好きなのは

★番外編

  • 魔法少女リリカルなのは The MOVIE 2nd A’s

 これがなぜ番外なのかは近いうちに書きます。

★心に残った、感動した、見て損は無い、という映画は。

11:14(DVD)、J・エドガー、アメイジング・スパイダーマン、エッセンシャル・キリング(DVD)、おとなのけんかコンテイジョン(DVD)、スーパー・チューズデーセラフィーヌの庭(DVD)、聯合艦隊司令長官 山本五十六 -太平洋戦争70年目の真実、無言歌ダークナイト ライジング、ポエトリー アグネスの詩(うた)、ドライヴ、トータル・リコールバトルシップ、道 〜白磁の人〜、ハワーズ・エンド(DVD)、ニーチェの馬(DVD)、捜査官X、ピアノマニア、フェア・ゲーム(DVD)、ライムライトラブ・アゲイン(DVD)、ファミリー・ツリー、ロボジー愛おしき隣人(DVD)、ル・コルビュジエの家、最強のふたり、喝采(DVD)、戦火の馬ボーン・レガシーミッドナイト・イン・パリ、思秋期、孤島の王、リンカーン弁護士

 その他、2012年中に見た作品一覧

TIME/タイム、アートスクール・コンフィデンシャル(DVD)、アイアン・スカイアベンジャーズアンナと過ごした4日間(DVD)、アンネの追憶ヴァンパイアウィンターズ・ボーン(DVD)、オレンジと太陽、きみに読む物語(DVD)、ギリギリの女たち、クレイジーホース★パリ 夜の宝石たち、この愛のために撃て(DVD)、サンザシの樹の下で(DVD)、ジェーン・エア(DVD)、シャーロック・ホームズ シャドウ ゲーム、ジョン・カータースター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス 3D 日本語版、ストレイドッグス〜家なき子供たち〜(DVD)、スノー・ホワイト、セルピコ(DVD)、ダーク・シャドウ、ディーバ(DVD)、テイク・ディス・ワルツディクテーター、テトロ 過去を殺した男(DVD)、テルマエロマエ、ドラゴン・タトゥーの女ドリームハウス、トロッコ(DVD)、ナンネル・モーツァルト 哀しみの旅路(DVD)、ニューヨーク1997(DVD)、ネイビーシールズのぼうの城、ノン子36歳(家事手伝い)(DVD)、ハサミを持って突っ走る(DVD)、ハリーの災難(DVD)、ハルク(DVD)、バンド・ワゴン、ハンナ(DVD)、ひかりのおと、ヒミズ(DVD)、ファウストブラック・スネーク・モーン(DVD)、フラメンコ・フラメンコ、ブリューゲルの動く絵、マーガレット・サッチャー、マイウェイ 12,000キロの真実、メリダとおそろしの森(DVD)、メン・イン・ブラック3、モバイルハウスのつくりかた、ヤング≒アダルトラム・ダイアリーリメンバー・ミー(DVD)、ル・アーヴルの靴みがき、レ・ミゼラブル、愛のそよ風(DVD)、引き裂かれた女(DVD)、永遠の僕たち(DVD)、夏至(DVD)、崖っぷちの男、顔のないスパイ、危険なメソッド汽車はふたたび故郷へ、苦役列車鍵泥棒のメソッド幸せの教室、最終目的地、灼熱の肌、召使(DVD)、少年は残酷な弓を射る真夜中のカーボーイ、人情紙風船(DVD)、人生の特等席、推理作家ポー 最期の5日間、声をかくす人、青木ケ原、善き人、素晴らしき哉、人生!、第九軍団のワシ、昼下がり、ローマの恋、昼間から呑む(DVD)、天地明察東京家族東京物語(DVD)、道、内なる傷痕(DVD)、秘密の花園(DVD)、旅芸人の記録歴史は女で作られる

パープルローズパープルローズ 2013/01/05 13:58 ベスト10、ありがとうございます!!
154本が吟遊さんにしては少ない感じがしますが、公私ともにお忙しかったということですよね。
吟遊さんのベスト10の中で観てないものもあるので、これから私も観たいと思います。
今年はとにかく「映画館で寝ない!!」ことを目標に頑張りましょう!!(毎年そういってる気がしますが。)

ginyuginyu 2013/01/06 08:29 パープルローズさんの足元にも及ばない本数しか見られず残念です。仕事と介護で時間がなくなりました。

そうそう、今年こそ映画館で寝ないようにしたいです! (実は既にちょっと寝てしまった、、、、「最初の人間」)

2012-12-30

ginyu2012-12-30

少年は残酷な弓を射る

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 年末年始怒涛の映画評マラソン何本書けるかシリーズ第6弾。もうこれが限界。既に年が明けてしまった。

 さて、本作は決して気持ちのいい映画ではない。むしろ、どんよりとした絶望感が残る後味の悪い作品だが、事件の加害者の親という立場に立たされた女性の絶望と悔恨、恐怖と戸惑いを独特のタッチで描いていて、作風は凝っている。

 冒頭、トマト祭で真っ赤に染まるティルダ・スウィントンの不吉な姿が描かれると、それは彼女の夢であることがわかる。そして、その禍々しい夢を見た原因は観客には知らされない。回想シーンを重ねていくことで徐々に彼女の息子が何をしたのかが分かってくる。息子と母との生まれた時からの葛藤・憎悪が徐々に露わになり、母親の現在の過酷な立場も明らかになる。事実がすべて観客に知らされるのはラスト近くになってからなので、映画全体はキリキリとした痛みと緊張を持続させ、サスペンスタッチで展開する。

 子どもが親を選べないのと同じく親だって子どもを選べない。手のかかる子ども、反抗的な子ども、オムツがなかなか取れない子ども、泣き止まない子ども、どれもこれもうちのYと同じではないか。見ているうちに他人事とは思えず胸がキリキリと痛んでくる。子どもは親を束縛するモンスターだ。その思いがティルダ・スウィントンの病的に神経質な表情からありありと伺える。親に愛されていないと直感したのか、息子ケヴィンは母親を困らせることだけを生きがいのようにして成長した。それは自分を望まぬ子として生んだ母への復讐なのか?

 裕福な家庭で何不自由なく暮らし、母親の庇護と養育を受けたにもかかわらず、ケヴィンは不気味な子どもになっていく。だが、不気味なのは母親にとってだけであり、父親には愛らしい笑顔を向けるのだ。やがてその美しい顔とは裏腹に不敵な笑みを浮かべながら彼は弓を引く…。

 ティルダ・スウィントンの演技が絶賛されたようだが、わたしはそれ以上に子役達がすごいと思った。不機嫌な表情を見せる子役たち、どうやって演技させたのかと思うほど上手かった。

 映画はスタイリッシュでとても見せ方がうまいのだが、技に凝ったわりにはテーマはそれほど深くない。衝撃的な内容なのだが、知性を刺激されるような深みがない。撮り方がソダーバーグに似ていると思ったら、製作総指揮に彼の名前が。(レンタルDVD)

WE NEED TO TALK ABOUT KEVIN

112分、イギリス、2011

監督: リン・ラムジー、製作: リュック・ローグ、ジェニファー・フォックス、ロバート・サレルノ、製作総指揮: スティーヴン・ソダーバーグほか、原作: ライオネル・シュライバー、脚本: リン・ラムジー、ローリー・スチュワート・キニア、音楽: ジョニー・グリーンウッド

出演: ティルダ・スウィントン、ジョン・C・ライリー、エズラ・ミラー、ジャスパー・ニューウェル、ロック・ドゥアー

2012-12-15

ginyu2012-12-15

ニーチェの馬

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 年末年始怒涛の映画評マラソン何本書けるかシリーズ第5弾。あーしんど、大晦日一日で5本アップしたぞよ。


 うちの長男Yが今年のナンバー1映画だと言っていたが、同時に「家のテレビで見ても良さがわからないので意味が無い」とも言っていた。まさにその通りと思う。

 ほとんど台詞もなく、ただモノクロの画面の中は砂埃が舞い、冷たい風が吹き荒れるだけ。その代わりに音楽はとても印象的だ。緊張感と切迫感に満ちた悲しい曲。絶望が背中から追い立ててくるような音楽。


 隔絶された荒地に住む老農夫とその娘、二人の貧しい生活は悲惨を極める。食事は茹でたジャガイモが一つ。二人は一つずつの熱々のジャガイモの皮を剥いて黙って手づかみで食べる。納屋から連れ出した馬は鞭を当てても動かず、彼らの生活は追い詰められていく。ただ淡々と同じことを繰り返していくだけの、なんの楽しみもない生活。二人の変わることの無い6日間の生活が描かれていく。ただそれだけの映画なのだ。見ていても何も楽しくなければ何を思うでもない。しかし、生きることの辛さが胸に沁みて、人生とはこのようなものであっても生きるに値するのだろうか、と深い思いに貫かれていく。

 何も変わらない毎日といえども、二人の生活は逼迫していく。とうとうランプも消えた。彼らにはもう何もない。この後どうやって暮らしていくのか。

 これほど絶望感に満ちた映像は見たことがないのではなかろうか。ゴッホの「馬鈴薯を食べる人々」の農民達よりもなお深い貧しさと絶望。

 彼らが飼う馬はニーチェの馬ではなかろうが、しかしニーチェが馬を抱いて泣いたというエピソードから始まるこの映画では、ニーチェが語った「神の死」がそのまま映像となった世界を描く。片手が不自由な父親に服を着せてやる娘の姿といい、生きることの悲哀しか漂ってこない生活といい、これまた他人事とは思えず身につまされすぎて、観ているのが辛かった。


 同じタル・ベーラのモノクロ作品でも、「倫敦(ロンドン)から来た男」よりは遥かに印象に残る作品だ。(レンタルDVD)

A TORINOI LO

154分、ハンガリー/フランス/スイス/ドイツ、2011

監督: タル・ベーラ、共同監督: フラニツキー・アーグネシュ、製作: テーニ・ガーボル、脚本: タル・ベーラ、クラスナホルカイ・ラースロー、撮影: フレッド・ケレメン、音楽: ヴィーグ・ミハーイ

出演: ボーク・エリカ、デルジ・ヤーノシュ

fripp-mfripp-m 2013/01/01 23:48 あけましておめでとうございます! 本年もよろしくお願いします。
本作をご家庭でDVD視聴なさったというのは、ものすごい意志力だと感服します。
私、劇場でなかったら途中で(退屈+いたたまれないの二重苦で)逃げていたと思います。
映像はもちろんのこと、音声そのものも非常に印象的な作品で、劇場の大音響であの風の音をずっと聞かされていると、本当に世界の終わりが来たような気分になりました。

ginyuginyu 2013/01/02 16:23 フリップさん、あけましておめでとうございます。
いやいや、これ、途中で挫折を繰り返して観た一本でございます。3回ぐらい何度も見直しながら見たので最後は時間がなくなって一部早回し部分あり(笑)。家の中でもあの風の音はすさまじかったです。あれを劇場の大音響で見たらほんとに恐ろしかったでしょうねぇ。いつかどこかでまたスクリーンにかかることがあれば、そのときは世界の終わりを見届けたいと思います。

今年もよろしくお願いいたします。ところで、フリップさんのレミゼのレビューを読んでいたく納得したので後ほどそちらにご挨拶に参ります。

2012-12-09

ginyu2012-12-09

メリダとおそろしの森

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 年末年始怒涛の映画評マラソン何本書けるかシリーズ第4弾は、アニメ。

北欧神話のような雰囲気を持っているのは図柄が「ヒックとドラゴン」にそっくりだからか。舞台はスコットランドのとある王国。ここの男勝り(って差別語?)の王女が政略結婚を両親に迫られ、自分の運命は自分で切り開くと宣言して親に楯突くのだが…というお話。

 ストーリーにあまり惹かれるものがない。最初のうちは「親に反抗すること」そのものが生きがいみたいな王女様を見て、自分の若いころを思い出して懐かしかったが、だんだん、どう決着をつけるのかというあたりで眠くなった。

 魔女によって母王妃にかけられた魔法をどうやって解いたのか、肝心の場面がよくわからない。DVDを見直してみたがわからなかった。謎解き的な面白さや魔法解きの面白さが全然ない。カタルシスに欠ける映画だなぁ…。

 何を教訓にしたいのかいまいちよくわからない映画だった。脚本に大勢がよってたかって手を入れすぎた結果、ストーリーが破綻したのではないか?

 で、なんでこの映画を見ようと思ったのか思い出した。特典映像についている短編2作品を見たかったのだ。トイ・ストーリーの後日譚がついているというパープルローズさんからの情報をキャッチしたのだが、映画館では上映されたはずのその作品がDVDにはついていなかった。残念。

 これをちゃんと映画館で3Dで見ればもっと違う感想を持ったかもしれないが、2Dだとストーリーの粗さが目立ってしまう。

 エンドクレジットの最後に「この映画を故スティーブ・ジョブズ氏に捧げる」と文字が出ると、思わず「ああ、そうだった、彼は死んだのだ」としみじみしてしまった。スティーブ・ジョブズの伝記を読みたい。

 それから、ピクサー映画のお約束みたいに、最後の最後にワンカットあり。実はわたくし、このアニメを日本語吹き替えで見たのだった。日本語で見てるって最後まで気がつかなかった。よっぽどボケてる?(レンタルDVD)

BRAVE

94分、アメリカ、2012

監督:マーク・アンドリュース、ブレンダ・チャップマン、製作:キャサリン・サラフィアン、製作総指揮:ジョン・ラセター、原案:ブレンダ・チャップマン、脚本:マーク・アンドリュース、スティーヴ・パーセル、ブレンダ・チャップマン、アイリーン・メッキ、音楽:パトリック・ドイル

声の出演ケリー・マクドナルド、ビリー・コノリー、エマ・トンプソン、ケヴィン・マクキッド

声の出演(日本語吹替版): 大島優子

2012-12-08

ginyu2012-12-08

最終目的地

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 年末年始怒涛の映画評マラソン何本書けるかシリーズ第3弾は、文芸作品。

 わたしは見始めてすぐに原作は小説に違いない、それも心理描写をこと細かく描いたものに相違なかろうと想像した。残念ながら、この手の作品は小説世界であるならば饒舌に登場人物の心理の襞を描き、彼らの葛藤と内面の変化を読者に示してくれるのだが、映像ではその描写が独りよがりであったり上滑りであったりする。真剣な場面のはずがなぜか失笑を誘うような恥ずかしいシーンであったりするのはどうしたものか。

 物語は、小説を一作だけ発表して自殺した作家の伝記を書きたいと、その作家の遺族たちが住むウルグアイへやってくるイラン系アメリカ人を主人公とする。作家の遺族たちは彼が遺した広大な屋敷に妻と愛人とその娘が一緒に住んでおり、近くには作家の兄とその同性愛のパートナーがいる。奇妙な人間関係を形成している彼らのもとにやってきたイラン系アメリカ人は若き文学研究者のオマー・メトワリー。

 作家の両親はナチスの迫害を逃れて南米へ亡命したドイツ人。作家の妻はイギリス人で、愛人はフランス人、作家の兄のパートナーは日本人という国際色豊かな一家の中に飛び込んでくる伝記作家たる主人公がイラン系のアメリカ人という多文化共生主義の見本市みたいな設定。しかしその設定がうまく噛み合ってカオスな世界の捩れを描くのかと思いきや、脚本が悪いのか、いちいち噛み合わない台詞が続くばかりで、映画内リアリティを感じることができない。そもそも恋人がいるオマーが、亡き作家の愛人で子持ちの女性に強く惹かれるという展開に説得力が無い。だって愛人がシャルロット・ゲンズブールなんですもの。あんな女のどこがいいのか、と思ってしまう。これは楚々として清清しい女性であったり、可愛らしく明るい女性であったりと、強く男心を揺さぶるであろう存在でなければ映画的には説得力がない。ミスキャストである。

 この映画で唯一強く印象に残ったのはローラ・リニーの凛とした美しさ。作家とその妻である彼女との絆は不思議なものがある。愛人を家に入れて妻妾同衾するのみならず、作家が自殺した後も8年間も妻妾が一緒に暮らし続けるという理解しがたい関係が、映画の中でもうまく消化しきれていなかった。作家の死後、彼らの人間関係には変化がなく、時が止まったかのように誰もが南米のジャングルの中に囚われて生きていた、その静かな停滞が何のメタファーであるのか、この映画からは読み取れない。これは映画の責任なのか、わたしに読み取る力がないだけなのかよくわからない。 

 人間関係が沈殿したままの家族のなかに闖入してきたオマーが彼らの止まった時計を動かす。その醍醐味があまり感じられない残念な作品であった。

THE CITY OF YOUR FINAL DESTINATION

117分,アメリカ,2009

監督: ジェームズ・アイヴォリー、製作: ポール・ブラッドリー、ピエール・プロネル、製作総指揮: アショク・アムリトラジ、原作: ピーター・キャメロン、脚本: ルース・プラワー・ジャブヴァーラ、撮影: ハビエル・アギーレサロベ、音楽: ホルヘ・ドレクスレル

出演: アンソニー・ホプキンス、ローラ・リニー、シャルロット・ゲンズブール、ノルマ・アレアンドロ、アレクサンドラ・マリア・ララ、オマー・メトワリー、真田広之

2012-12-07

ginyu2012-12-07

アルゴ

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<2013.2.25追記>

 速報! アカデミー賞作品賞を受賞しました!

 年末年始怒涛の映画評マラソン何本書けるかシリーズ第2弾は、ベン・アフレックの手腕が見事に発揮された本作。わたしは先日の女子会で「来春のアカデミー賞受賞間違いなし!」と叫んだら、「いや、この作品は既に昨年度のアカデミー賞で無冠であり…」とのA記者の指摘に「なんでぇ〜」と無念の涙を呑んだのでありました。(→2013.2.25追記、どうやら昨年度のアカデミー賞の対象作ではなかったようですね。見事、今年のアカデミー賞を受賞しました。監督賞をベン・アフレックにあげてほしいが、それはダメだったようで、ノミネートすらされていないなんてちょっとおかしいと思うのだが) ベン・アフレックには劇場未公開の「ゴーン・ベイビー・ゴーン」という素晴らしい監督作品もあるので、ぜひDVDでご覧いただきたい。

 この映画は先月、長男Y太郎と一緒に映画館で鑑賞したのだが、見終わって、Yが「あー、疲れた。こんなしんどい映画はもうええわ。休憩したい。もっとのんびり見られるフランス映画がええわ〜」と言っていた。ほんとにその通り、最後まで緊張が途切れず、ぐいぐい引っ張るベン・アフレックの演出が素晴らしい。結末がわかっているのにこれほど手に汗握った映画は「アポロ13」以来ではないか。


CIAはこれまで数々の珍作戦を考案実行したことが暴露されているが、これはその中でももっともばかばかしくも真面目に遂行され、かつ成功した稀有な例ではなかろうか。それはイラン大使館の人質を救出するために偽の映画製作をでっち上げる、というものだ。題して「ハリウッド作戦」。タイトルの「アルゴ」は架空の映画のタイトルである。宇宙人が攻めてくる、というSFものらしいがその内容たるや実にばかげている。にもかかわらず、一流のプロデューサーが作戦参謀になり、「猿の惑星」のオスカー受賞美術担当者を巻き込んで大作戦を展開するのである。

 時は1979年11月14日。イラン革命直後のテヘランでは、アメリカ亡命したパーレビ国王の引渡しを求めて民衆がアメリカ大使館にデモをかけていた。ついにこの日、大使館は占拠され、大使館員52名が人質となった。この当時の記録フィルムを矢継ぎ早やに見せる演出がスピーディで見事だ。その記録映画の延長のまま、映画内の物語が始まる。どこまでが実写フィルムでどこからが創作フィルムなのかの閾もあやふやなほどにリアリティにあふれた映像が展開する。そうだ、この当時、イラン革命というニュースが世界中をかけめぐり、わたしも興奮してそのニュースを見ていたのを思い出す。テヘランの100万人デモの圧巻の様子が懐かしい。この人質事件のことはすっかり忘れていた。解決のために1年以上かかったことなどさらに記憶の隅にも残っていなかった。だから、人質の中から6人がこっそり逃げ出してカナダ大使館に匿われていたことなど初耳といってもいい。

 本作は、その6人をカナダ大使館から救出するCIAの作戦を再現した実録ものである。

 予告編ではかなりコミカルな映画のように宣伝されていたが、どうしてどうして、真面目なサスペンスではないか。お笑いはハリウッドのシーンのみ。さすがは映画人らしく、映画に対する愛と自虐ネタが笑わせてくれる。

 

 実話なのだから、それほど面白くできるはずがないと思うのが素人の浅はかさ。そもそも作戦そのものが荒唐無稽でアンビリーバブルなんだから、それだけでも十分面白い。しかもベン・アフレックは緩急自在で小道具にも凝った演出で見事にこれを娯楽作に仕上げてしまった。しかもこっそり社会派的な批判精神を潜り込ませている。最後の最後までハラハラさせて、観客の心拍数を上げまくった腕前に脱帽。役者としてはいささか凡庸だが、監督としては一流のベン、これからはずっと監督やっててほしい。

 

ARGO

120分、アメリカ、2012

製作・監督:ベン・アフレック、共同製作:グラント・ヘスロヴジョージ・クルーニー、製作総指揮:デヴィッド・クローワンズほか、脚本:クリス・テリオ、音楽:アレクサンドル・デスプラ

出演: ベン・アフレック、ブライアン・クランストンアラン・アーキンジョン・グッドマン、ヴィクター・ガーバー、テイト・ドノヴァン

2012-12-06

ginyu2012-12-06

レ・ミゼラブル

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 この日記を書いている時点は実際には12月31日である。大晦日を迎えて、今年見た映画のかなりの本数の感想をアップしていないことに気づいた。別に宿題じゃないんだからいつ書いても書かなくても全然誰にも迷惑をかけていないとは思うのだが、なんとなく書いてしまわないと気持ちが悪い。時間が経つほど書くのに難儀するし。実を言うと、もうこのはてなダイアリーはやめようかとも考えていて、ひょっとしたら今年が最後になる可能性もある。

 そんなこんなで、とにかく積み残した荷物をせっせと片付けるため、年があけても暫くは2012年に見た映画の感想を書き続けることとしよう。

 で、年末年始怒涛の映画評マラソン何本書けるかシリーズ、まずは現在上映中の本作を。今年の正月は映画館で見たい作品がほとんどなくて、これほど不作なのは珍しいと嘆いている。いずれにしても老親介護のために年末年始はほぼ自由な時間がないので、どうせ映画館へは行けないから、まあいいか。

 前置きはこのぐらいで。本作はマスコミ試写にて鑑賞、以下は機関紙編集者クラブの「編集サービス」誌のために書いた原稿を転載。



 原作は言わずとしれた文豪ビクトル・ユゴーの大河小説。わたしは小学生の頃、『ああ無情』というタイトルの少年少女向け文庫を読んで、いたく感動したものだ。今回の映画化の原作はイギリスの大ヒットミュージカルである。

 ミュージカルとはいえ、すべての台詞が歌になっているのには面食らった。いきなり歌い出して、そのまま最後まで突っ走る。この手のものにはいくつか成功例があるが、一方で違和感を感じる人も多そうだ。それに、ミュージカルなのに踊りが一切ないのも寂しいところ。

 舞台は19世紀フランスだが、演じる役者はイギリス人やオーストラリア人であり、台詞も全編英語。見ているうちに何の違和感もなくこれはイギリスを舞台とするイギリス映画だと思い込んでいる自分を発見した。味わいもまたイギリス映画のそれなのだ。生真面目な演出、文字通り「ミゼラブル」(哀れな、悲惨な)境遇に陥れられる貧しい人々への同情と共感を込めたストーリーは、イギリスの労働者映画の香りに満ちている。

 してそのあらすじは。パン一切れを盗んだ罪で19年間服役したジャン・バルジャンは、仮釈放の身となってもなお貧しさのドン底にあることには変わりなく、空腹に耐えかねて教会の銀食器を盗む。恩義を裏切ったバルジャンを赦し、さらに燭台までも与える司祭の寛容。教科書にも載ったかの有名なエピソードである。ジャン・バルジャンはこの後改心して企業家となり市長にまで出世するという波瀾万丈の人生を送るわけだが、10年などあっという間に過ぎてしまうので、どうやって事業に成功したのか不明。「私はこうして大金持ちになった」成功譚を知りたいという自己啓発書レベルの下世話な好奇心は満たされない。

 本作の魅力は、原作が舞台劇とは思えないほどの映画的スケール感に満ちていて、しかも描写がリアルなこと。ラスト近くの下水道の場面、ジャン・バルジャンが汚水まみれになるところは思わず目を背けたくなるような細密な演出が施されていて、画面から臭ってきそうなほどである。それに引き続くジャン・バルジャンの病気の場面は、きっとあの下水道を彷徨ったことによる感染症が原因に違いないと勝手に短絡したくなる。

 ラストの合唱シーンは戦慄を覚えるほどの迫力と感動に満ちていた。パリの街を俯瞰する、歓喜に満ちたこういう迫力はやはり劇場の大画面で堪能したいもの。1830年代パリの町並みがCGではなく壮大なセットであることも驚きだ。「なにこれ、いきなり歌うの」という非現実的なオープニングであったにもかかわらず、終わってみれば「最後は歌やね、やっぱり!」と音楽の力に圧倒される。この感動を味わい方はぜひ映画館でご覧あれ。




 以上は公的見解(笑)。ほんまのことを言うと……(以下自粛)

 

 で、自粛した部分を追記。

 

 試写会では退屈して寝ている人が何人もいたので、映画の入りが心配。あとは、台詞全部が歌ならオペラ並みに歌えないと聴いているのがつらいのに、役者たちの歌が下手、とか。それでも最後の民衆の歌はほんとうによかったです、あの場面で「ああ、映画館で見る醍醐味があるなぁ」と感動しました。


LES MISERABLES

158分、イギリス、2012

監督: トム・フーパー、製作: ティム・ビーヴァンほか、製作総指揮: ライザ・チェイシンほか、原作: ヴィクトル・ユゴー、アラン・ブーブリル、クロード=ミシェル・シェーンベルク、脚本: ウィリアム・ニコルソンほか、作曲: クロード=ミシェル・シェーンベルク

出演: ヒュー・ジャックマンラッセル・クロウアン・ハサウェイアマンダ・セイフライドエディ・レッドメイン、ヘレナ・ボナム=カーター、サシャ・バロン・コーエンサマンサ・バークス

2012-12-05

ginyu2012-12-05

ル・コルビュジエの家

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有名な建築家ル・コルビュジエが設計した、ブエノスアイレス近郊の都市ラプラタの住宅をロケして作られた映画。住宅は本物である。内と外との境目がない、開放的な空間設計がコンセプトのユニークな住宅だ。わずか50坪ほどなので邸宅というほどのことでもないが、その一見なんということのない家が一歩中に入ると驚くべき開放感を持っていることがわかる。ただし、実際に居住者がいるからだろう、映画の中で室内のすべてを見せてくれるわけではない。

 本作では、その家の主は世界的に有名な椅子デザイナーのレオナルドという男、という設定。その家の隣人として引っ越してくることになったのが、一見ヤクザ風、ドスの聞いた声でしゃべるビクトル。

 ある日突然、大きな打撃音で目が覚めたレオナルドは、隣家の壁に穴があけられようとしている現場を目撃して仰天する。自分の家に向かって穴が開けられ、窓が作られようとしているのだ。ガラス張りだらけのル・コルビュジエの家に向かって窓を作るということはプライバシーの侵害であり、法律上も許されない。レオナルドは、隣人として引っ越してくる予定のビクトル相手に抗議と交渉を繰り返すが、相手は「この部屋は暗い。俺はただ、光がほしいだけなんだ」と言い張り、埒が明かない。それどころか、やたらレオナルドになれなれしい態度で接近し、妙な手作りオブジェをプレゼントしたり、レオナルドの妻を説得しようとしたり、あれこれとレオナルドの生活に「侵入」してくるのだ。イライラが昂じたビクトルは仕事にも身が入らないし、妻や娘との関係もギクシャクし……。

 独特のテンポを持ったコメディであり、まったりのんびりしているところで若干だれてしまうので、眠気を催す。一緒に映画を見た、うちの長男Y太郎はかなり爆睡していた。何度もつついて起こしたけれど、そのたびまた寝ていた。しかし、少々寝てもあまり本筋を見失うことがないという映画でもある。

 前衛音楽を鑑賞するデザイナーたちの「知ったかぶりのインテリ」を嘲笑する場面や、ビクトルの芸達者な指人形、彼の”お茶目な強面”ぶりなど、随所に笑える場面があるが、そのタイミングが観客の意表をつくので、わたしは何度も笑ってしまった。 

 「隣人は選べない」という宣伝惹句の意味が本当に分かるのはラストシーン。そこに至って初めて観客は、いったい誰が悪い隣人だったのか、と愕然とするだろう。誰が「被害者」なのか、そもそも「被害者」なるものが存在していたのかどうかさえ判然としなくなる。この、最後の逆転が見事だった。全世界に向かって開かれているような家に住む人間たちが実は殻に閉じこもり、外界を遮断している。遮断しているのは外だけではなく、自分たちの家族に対してもである。そのことが徐々に明らかになり、最後に至ってル・コルビュジエの家の皮肉が露呈する。ラストシーンまでたどり着いたらもういちど巻きなおして見直したくなるような映画だ。つまり、いろんなところに結末に至る伏線があったということに後から気づく。なかなかの佳作。


EL HOMBRE DE AL LADO

103分、アルゼンチン、2009

監督: ガストン・ドゥプラット、マリアノ・コーン、脚本:アンドレス・ドゥプラット、音楽:セルヒオ・パンガロ

出演: ラファエル・スプレゲルブルド、ダニエル・アラオス、エウヘニア・アロンソ

2012-11-28

ginyu2012-11-28

最強のふたり

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いつものように長男Y太郎と一緒に鑑賞。Y太郎が大笑いして喜んでいたが、けっしてコメディではない。いや、単なるコメディではない。

 ハリウッド映画だと思い込んでいたが、フランス語でしゃべり始めたのでびっくり。巻頭のスピーディな展開やカット割りはハリウッド映画の真似ではないのか。いきなり高級スポーツカーを猛スピードでハンドルさばきも鮮やかに乗りこなす黒人青年。助手席に乗っている初老の男は怖くないのか、それどころかそのスピード感を存分に楽しんでいる。だがそこにやってきたパトカー。という展開はまさに観客をぐぐっと映画の世界につかみこんでくる魅力に満ちている。音楽の使い方もまたうまい。懐かしいポップスやクラシックが全編を彩る。

 

 巻頭の黒人はドリス。スラムで生活していて、失業手当をもらうためだけに富豪の介護人に応募して面接にやってきた。富豪の名はフィリップ。事故で首から下が麻痺しているため、介護人を雇うのであるが、気難しいフィリップの相手は誰もが長続きしない。そんなとき、失礼な態度であけすけにフィリップに接するドリスがなぜか雇われることになる。

 映画はドリスの天真爛漫な姿とフィリップの貴族趣味をことごとく対比させていく。それはあまりにもわかりやすくステレオタイプともいえるわけだが、その描写が軽快で音楽の使い方もおしゃれなので、まったく気にならない。そして、音楽だけではなく、フィリップが買い付ける絵やドリスの描く絵の素晴らしさにも目を奪われる。まことに細部の描写が面白く、ぐいぐいと引き込まれていく作品だ。フランス本国で大ヒットというのも頷ける。


 とはいえ、ものすごく面白かったのにもかかわらず、最後のほうでうっかり寝てしまった。きー、悔しい。Yに「あれからどうなったの、どうなったの」と何度もしつこく食い下がったが、「今見たばかりの映画の結末を事細かにしゃべらされるほど消耗することはない」と一蹴された。

 最初からフィリップは大金持ちで、最後まで大金持ち。ドリスは最初から最後までスラムの住人。この構造は何も変わらないのに、二人が垣根を越えて友情を築く様子は爽快だ。要するにこの映画は社会構造には手を出さない。社会構造への批判(=貧富の格差批判)はまったく眼中にないのだろう。主役二人が階級を超えて仲良くなればそれでハッピー。とりあえず、目の前の二人が幸せに暮らしていればそれでいいのさ。そういう映画です。


 と書いて「いや待てよ」と思った。社会的格差にこの映画が無批判なわけがない。スラムに住む青年の厳しい生活はほんのわずかなカットでも十分に観客に伝わる。要は、慎重にこの映画が避けた部分を観客がいかに受け止められるか、という問題だ。哲学の授業が必須であるようなフランス社会での受け止め方と、人文系の授業には冷たい日本で育った観客とはおのずと受け止め方が変わるだろう。

INTOUCHABLES

113分、フランス、2011

監督・脚本:エリック・トレダノ、オリヴィエ・ナカシュ、製作:ニコラ・デュヴァル=アダソフスキ、音楽:ルドヴィコ・エイナウディ

出演:フランソワ・クリュゼ、オマール・シー、アンヌ・ル・ニ、オドレイ・フルーロ、クロティルド・モレ、アルバ・ガイア・クラゲード・ベルージ

2012-11-23

ginyu2012-11-23

ヴァンパイア

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 いかにも岩井俊二。脚本も監督も編集も音楽も全部自分でやっているのだから、それはもう岩井俊二ワールドに満ち満ちています。劇場から出てくる人たちを眺めて長男Y太郎が「いかにも岩井俊二を好きそうな人ばっかりやな」と言う。岩井俊二のファンって見た目でわかるのかしら?

 そのいかにも、というのはつまりは少女漫画のようなフワフワとして不定形な映像の甘ったるさと美しさだ。ほんとうにフワフワしているおばさんまで登場するから驚きです。全身に風船をつけているのですよね、これが。

 少女漫画のよう、と書いたが、そこに残酷な場面を平然と挿入するところがまた岩井俊二らしいといえようか。

 ちなみに、この映画の上映開始を待ちながらY太郎の顔を撮った写真をFacebookにアップしたら、史上最多の「いいね」クリックされたので、複雑な心境であります(笑)。


 物語の舞台はカナダ。全編英語で語られるカナダで映画である。日本人は岩井のミューズたる蒼井優が一人だけ登場するが、この配役には疑問がある。なぜ蒼井優を起用したのか、必然性が感じられなかった。蒼井の演技がよくないとかそういう意味ではなく、なんとなく無駄遣いのように感じるのだ。


 この物語の主人公であるヴァンパイアは高校の生物学教師。この映画が「こんな吸血鬼映画、今までなかった」と惹句されているのも当然で、彼は人間のまま「吸血」する若者だから。自殺願望者が集まるWeb掲示板で「一緒に死のう」と呼びかけ、若い女を集めては彼女らから血を抜き取り安楽死させてやる。その代わりに彼は抜いた血を飲むのだ。その行為は互いの欲望を満たす、ギブアンドテイクの関係といえるだろう。やがて彼は自殺願望をもつ一人の若い女と出会い、彼女に自分の正体を告白する…。

 あまりにも地味で淡々とした作品なので、つい途中で居眠りしてしまった。その寝ている間に何かしら重大な展開があったようだが、気がついたら若い男が殺人鬼になっている場面だったので、驚いて目が覚めた。後はいちおう最後まで起きていたが、結局のところ何がいいのたいのか、訴えてくるものがない映画だったので、見終わって1週間後には既にストーリーの細部はもちろん結末も忘れている、という有様。ただ、雰囲気だけが伝わってくる、そんな映画。そういう意味でも岩井作品らしい。孤独という共通点だけで惹かれあう若者達の淡々と物悲しく、うら寂しい物語。

 主人公の認知症の母親が弾くピアノ曲が美しい。サティの曲に似ているが岩井俊二のオリジナルなのか?

VAMPIRE

119分、日本/カナダ、2011

製作・監督・脚本・撮影・編集・音楽: 岩井俊二

出演:ケヴィン・ゼガーズ、ケイシャ・キャッスル=ヒューズ、蒼井優、アデレイド・クレメンス

2012-11-20

ginyu2012-11-20

アベンジャーズ

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10月8日の「ハルク」の記事で、「アベンジャーズ」については言及しないと書いたのだけれど、その後『キネマ旬報』の特集号を読んであまりに面白かったので、やっぱりちょっと記憶を手繰り寄せて書いてみよう。


 この映画を観たのは8月のとある休日出勤の帰り道。落雷と豪雨で交通網が乱れまくっているなか、南海電鉄の高野線は全列車各駅停車になって大変な混雑。そんな時に長男Yが「車で駅まで迎えに行くから一緒に映画見よう」と誘いのメールを。ホイホイ乗ってしまうところがバカなのか、とにかく二人でレイトショーへ。それにしてもYは実によく食べる。やっぱり若いからなのか、二人で一緒に入ったうどん屋で定食を平らげてわたしの分も半分食べてその上、夏のキャンペーン中につき無料でゲットしたポップコーン(でかい)を全部平らげ、さらにはわたしが翌日の朝食用に持ち歩いていたサンドイッチもペロリと食べて、そのうえ、映画がはねた後は「腹減った〜」とな。


 まあ、若者の食欲はともかくとして、映画は思ったとおりに単純。前半はYが爆睡、後半はわたしが爆睡していたので、おたがいにつつきあって起こしてどうにか鑑賞。最後は二人揃ってちゃんと起きておりました(~_~;)。

この映画の予習のために「ハルク」をわざわざ見たというのに、元ネタはわたしが見た「ハルク」ではなく、「インクレディブル・ハルク」らしいと知って衝撃。他のキャラクターは、ソーとかキャプテンアメリカとか見ていないのでよくわからない。わからなくもあまり困らないように作ってあるのでますます単純さが目に付く映画。一番いい目をしているのはアイアンマンですな。彼がかっこいいところを一人占め。

 なんだかよくわらないけど、地球を侵略にやってきた神様がいて、それと戦うアベンジャーズが召集されて、というお話だったと思うが、単純な話なのにすっかり記憶から抜けてしまった。何も頭に残らない。それよりも、『キネマ旬報』8月上旬号掲載の座談会を読むほうがずっと面白い。この記事を読んでから見に行けばよかったよ。この座談会では、映画クリエイターたちのマーベルコミックへの熱い思いがほとばしっていて、暑苦しいぐらいの突っ込みぶりに笑わせてもらった。お奨めの記事です。て、映画より記事がお奨めってどうよ。


THE AVENGERS

144分、アメリカ、2012

監督・脚本:ジョス・ウェドン、製作:ケヴィン・フェイグ、製作総指揮:アラン・ファインほか、音楽: アラン・シルヴェストリ

出演:ロバート・ダウニー・Jr、クリス・エヴァンスマーク・ラファロクリス・ヘムズワーススカーレット・ヨハンソンジェレミー・レナートム・ヒドルストンクラーク・グレッグステラン・スカルスガルドコビー・スマルダーズグウィネス・パルトロー

2012-11-19

ginyu2012-11-19

ディクテーター

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 「アイアン・スカイ」に続いてオバカ映画連発。あまりにも下品な下ネタが多いので、良識あるインテリは決してこんな映画は見ないでしょう。まさかこれを見て笑ったりはしないよねぇ。そのうえ、うぷぷ、とか言って帰りの電車の中で反芻して笑ったりなんて決して決してしたりしませんとも、ええ!

 「キム・ジョンイルを偲んで」って、ええ? いきなりそんな献辞から始まるんですか。


 地上の最後の独裁者、最後の将軍様ですか。北アフリカからニューヨークにやってきて行方不明って、そんな映画は過去にもあったような。んでフェミニズム原理主義者みたいな女性と出会うって、そんな嫌がらせみたいな設定。おまけに彼女はエコロジストで左翼なんですね。ここまで嫌味をするんですか、サシャ・バロン・コーエンさん。

 前作「ボラット」はあまりにも下品なドキュメンタリーコメディだったのでわたしは眉をひそめて見ていたけど、本作は一応全部フィクションなのでそれなりに安心して(?)見ることができるだけ、マシかも。その分、馬鹿馬鹿しさはレベルアップしても毒とスリルが減ったという評価もありえよう。

 

 「アラブのテロリスト」丸出しの将軍様が911をネタに観光客を震え上がらせる場面なんて笑えそうで笑えないが、アメリカ人の「アラブのテロ」恐怖の病的な現状を皮肉る珍場面だ。食料品店で商品にいたずらする子どもを蹴り倒すといった胸がスカッとする場面があったりするのも、そんなことやりたくてもできない良心的な大人の密かな願望を体現してくれる、実によい映画である。

 

 かつて「独裁者」というチャプリンの名作があったが、あれを100倍下品にしているところに観客の賛否が分かれる。というか、最初からこんなこんな映画、賛否を超えて好事家しか見に来ません。わたしはシネマイレージカードの鑑賞ポイントを使って観たからタダだけど、お金出して観る人いるのかなぁ。

 ただし、最後のアメリカ民主主義批判演説だけはさすがにコーエン監督の頭の良さの片鱗が伺えるものだった。ここまで下品に落としておいて最後に真面目に演説させたっていうのは、コーエンの「転向」かもしれない。と思うでしょ、ところがどっこい。やっぱりコーエン作品ですね、主人公はやっぱり偏見と差別意識に満ち溢れた独裁者です、というオチで終わります。


 というわけで、よい子は決して見てはいけません。もちろん、良識ある大人も決して見てはいけません。よくもまあ、ここまですごい下ネタを考えつくものだと感動してしまう。いろいろありすぎてここで例示するのも躊躇われる、ふつうの大人はこんなこと思いつきませんよ。……うぷぷ。

 カメオ出演するハリウッドの有名俳優たちの許可はちゃんと取ったのかしら。心配。

THE DICTATOR

上映時間 83分、アメリカ、2012

監督:ラリー・チャールズ、製作:サシャ・バロン・コーエンほか、脚本:サシャ・バロン・コーエンほか、音楽:エラン・バロン・コーエン

出演:サシャ・バロン・コーエン、アンナ・ファリスベン・キングズレーミーガン・フォックスエドワード・ノートン、ジョン・C・ライリー