女の千年王国『まりんこゆみ』

まりんこゆみ(1) (星海社COMICS)

まりんこゆみ(1) (星海社COMICS)

キューブリックの映画フルメタル・ジャケット反戦映画として捉えた場合、みなさんは第一部の訓練編、第二部のベトナム編、どちらが反戦効果があると思われるだろうか
俺は断然、第一部だと思う。初めて『フルメタル・ジャケット』を観た時に、恐らく過半数の人間がリー・アーメイにガチでビビった筈である。
微笑みデブが無能さ故に槍玉にあげられ、遂には仲間からも「足をひっぱるんじゃねえよクズ」と真夜中にリンチを受ける。
徐々に脳味噌の歯車が狂いだしていく微笑みデブは、しかし狂いだしたが故に、軍隊に居場所をみつける。
ここで俺は「あ、海兵隊ってちょっと狂っているほうが丁度いいんだ」と妙に納得させられてしまった。
第二部のベトナム編は海兵隊というか、戦場自体がちょっと狂っている方が丁度いい場所なんだよ?今気付いたの?」と観客に実例を提示する場所以外のなにものでもない。
故に『フルメタル・ジャケット』の優れた反戦パートとは第一部である。
第二部が始まった途端、リー・アーメイが出てこなくなったのでガッカリした向きもおられよう。

リドスコ『G・I・ジェーン』は『フルメタル・ジャケット』の第一部を丸々映画一本にしちゃった作品だ。
俺は『G・I・ジェーン』に期待していた。ジェンダーにうるさいアメリカ合衆国において海兵隊が女性に対して、どういう扱いをするのか想像の範囲外だったからだ。さらにムーアが受けるのは、海軍特殊部隊である。
しかし、鬼教官と地獄の訓練は一応存在するものの、リドスコ特有の映像美とデミ・ムーアがなんだか頑張っているお陰で俺の期待はあっさり裏切られた。
家に帰ればイケメンが応援してくれる。ムーアが自らすすんで坊主になる。自室でトレーニングに励む。
実に健康的に、精神衛生上なんの問題もなく、積極的にムーアは軍隊に適応するのである。
おまけにムーアの頑張り屋さんな性格を見抜いた鬼曹長モーテンセンとの間には、友情めいたものまで芽生えてしまう。
違うだろ!俺は女性問題で厳しいアメリカのマリーンズで女性がどういう扱いを受けているか、それが観たかったんだよ!閑職に追いやられるとか、そういう紋切り型のやつはいいんだよ!
ゲスか?下衆だろうな!だけど、お前らもちょっとそういうの期待してなかった?俺だけ?じゃあ、マイノリティの俺はどうすればいいの?

それから十数年の歳月が流れた。そしていま、俺の手元には大ヒットアニメガルパンの先駆けであるセーラー服と重戦車を描いた野上武志が作画を担当、アナステーシア・モレノが原案の『まりんこゆみ』第一巻がある。
一読してこれだよ!と思った。ここにはジェンダー問題にうるさいアメリカの海兵隊では、女性はどういう扱いを受けているか」という問いに対して、真正面からのアンサーがあるのだ!

無計画だが行動力だけは人一倍あるヒロイン、南雲弓は無計画さが故に高校卒業後の進路を考えていなかった。「アメリカ大統領になる」という夢を持ち、単身アメリカへ。そこで退役軍人のジジイ共と遭遇し「大統領になるなら海兵隊にはいれよ!海兵隊からは大統領が何人もでてるからさ!永住権も得られるぜ!」と実にアメリカンドリームな思考を吹きこまれる。
かくして南雲弓は田舎暮らしに飽きた巨乳ウェイトレスのリンダと共に、バスに揺られて海兵隊の訓練所へ。
そこでリタ、ドナと知り合い、海兵隊員への訓練を開始する。

最初に言ってしまう。『まりんこゆみ』には女性版リー・アーメイがいる。
女性だろうが関係ない。海兵隊は候補生に徹底的なマインド・ファックを行う。
これが女性問題にうるさいアメリカ合衆国における海兵隊訓練所だ。
表記では「アメリカ」は「アメリゴ」になっているが、漢字表記だと米国なので、アメリカの海兵隊だと踏んで間違いない。
原案のアナステーシア・モレノは百合作品を中心に、アメリカへ日本漫画の翻訳作業及び軍事通訳を行っているが、海兵隊経験があり、過去に沖縄に配属されている。現在は横田基地。だから訓練所の描写は、ほぼ事実だと思っていいのではないか。
過酷な訓練は『フルメタル・ジャケット』そのままである。ここには萌え美少女版『フルメタル・ジャケットがある。
主人公の弓はアホ毛が特徴だが、早々に教官から「アンテナチビ」という渾名を頂戴してしまう。
前述したようにマインド・ファックガンガンである。時計を隠しての書類仕事。貧しい食事。オールドミスを連想させる旧時代的な容姿の強要。熱中症対策の水1リットル一気飲み強制水分補給。そしてリー・アーメイが候補生と共にマラソンの最中歌っていた「日が昇る前から起きあがり 走りまくるぜ一日中 1マイル 2マイル 3マイル 4!」がある。

それにしたって『まりんこゆみ』はディティールが細かい。なぜいきなり海兵隊に入隊可能なのか、頭があまりよくなさそうな弓がなぜ英語ペラペラなのか、そのへんは曖昧だけれど、一度訓練所にはいってしまうとその疑念も吹っ飛ぶ。
ディティールの積み重ねで、一見、単なる嫌がらせにしかみえない教官の行為も、強制的に叩きこむ専門用語も、軍隊における上下関係を徹底付け、過酷な戦場でサバイバルしていく為の訓練の一部だと一読して理解できる漫画になっているからだ。
ということで、この漫画もやっぱりどこか「狂っている」んである。
戦場で生きる為には、やっぱりどこか狂っていないといけないのだ。
しかしこの「狂っている」感は漫画を読んでいる間、全く苦痛に感じない。むしろ痛快である。
野上武志と原案のアナステーシア・モレノの『まりんこゆみ』はディティールの強度が高いがゆえに、読者も徐々に狂わせていくのである。
読了後に「あっ、これって戦争で生きていく上での訓練としてはすごく合理的だよね」と納得させてしまう恐ろしさをもっている。
そしてその通りなのである。軍隊訓練とはこういうものだと、ディティールの強度で納得させてしまうのだ。

登場人物もユニークである。
巨乳、金髪のリンダ・クロフォードは田舎のバーガーキングっぽい店のサエないウェイトレス。
住んでいたのは典型的なアメリカの低所得、低教育家庭。いわゆる南部や田舎に散見される貧乏白人というやつである。
リンダを唯一応援してくれる心優しい兄貴も、両腕に過剰なタトゥーとやっぱりどこかオカシイ。リンダが肌身離さず首からぶら下げている十字架は「リンダって保守系キリスト教徒?」などと変な勘繰りを読者にさせてしまう。
リンダは最下層から這い上がるために海兵隊に入隊する。
褐色の肌が健康的なショタっ娘、リタ・フェルナンデスはラテン。親父はホワイトハウス直属のエリート。リタ自身も体力頭脳共に明晰。いわゆる「祖国」に尽くすことに生きがいを見出している人種である。
黒人のドナ・キングは日常ファッションや実家の描写を目にすれば分かる通り、典型的なセレブである。
しかし親の敷いたレールに反抗し、無駄に高いプライドとニヒルな視点で世界を眺める自己中。というか、それって富裕層のオタクにありがちじゃね?と思ったら案の定、ドナはオタクである。
BL好きな腐女子であることから、保守系キリスト教とかはあんまり信じていないのではないのか。
主人公、南雲弓は脳味噌が若干足りないが、行動力と体力は並みの女子高生より遥かに高い。理解力、適応力だけは高いので、どんな状況でもそれなりに対応が可能。
これらの個性豊かなヒロインたちの目を通して、教官の言動にかくされた意味を、ある時はイヤミに、ある時は明晰に読者に分かり易く説明する。
要するに軍内部、軍外部、ニュートラル、金持ち、貧乏、中間層の視線が揃っているのだ。
これが説教臭さみたいなものを脱臭している。実際、読んでいてストレスを全く感じない。
さらにジーナ・デリンジャー二等軍曹をはじめとして、何人もの鬼教官が存在しているので、展開と展開のあいだに数えきれないくらいのスラング、マインド・ファックが飛び出すから読んでいて飽きがこない。
またレジーナをはじめとする鬼教官達は差別をしない。誰であろうが等しく、平等にいじめる。ダメな奴には暴言でなじり、デキる奴にはスラングでもって皮肉を放つ。恐らくこれが痛快に感じる要因だろう。

漫画開始直後にレジーナの口から吐き出されるのが、

「貴様らのヘタレ口から出てくる言葉は3つしか許されない!「イエス」「ノー」そして了解「アイアイ」だ!」
「そして男性には「サー」女性には「マァム」を言葉の最後につけろ。分かったかー! アァ?返事が聞えねーぞ!」

である。やった!僕らのリー・アーメイが帰ってきたよ!みたいな感じである。感涙以外のなにものでもない。レジーナがコマに現れた瞬間に「あ、どんなスラングを喋るんだろう」みたいなワクワク感で一杯になる。そして期待は裏切られない

とどのつまりがこれは「狂っている」漫画なのだ。軍隊、戦場というディストピアで行われる偏った行為を眺めて楽しむ。
フルメタル・ジャケットに興奮したやつらは絶対、この漫画を読まなくてはいけない。
ジャーヘッド』『スリー・キングスメン』で描かれたアメリ海兵隊に足りなかったのは、過剰な銃撃戦ではない。ではなにか?
それがストーンのプラトーンであり、バーホーベンのスターシップトゥルーパーズであり、キャスリン・ビグローハート・ロッカーであり、日本側からのアプローチとして漫画『まりんこゆみ』が存在しているのだ。
原案は外国人だけど。
余談だけれど、冊子のカバーを外すと、レジーナが軍隊で使われる数々のスラングを叫んでいる。
これが親切なことに原文と意訳、両方が載っているのだ。
さらに原案が日本の百合漫画作品を英訳するアナステーシア・モレノ、作画が野上武志なので場合によっては百合作品としても鑑賞可能
森永みるくの『GIRL FRIENDS』を海外でリリースする為に英訳したのはアナステーシア・モレノである。どうよ?こう聞くと百合クラスタも興味でてきたでしょ?
いやー俺のために作られた漫画のような気がしてきましたよ。

星海社 「4PAGES」では『まりんこゆみ』が無料閲覧可能です。4PAGES

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