パリの朝
「生活珍事」
筆者は新しいパソコンを置くためのデスクを探して、ひところパリ中のデパートや家具屋さんを歩き回りました。
そして、パリの某ある大手家具屋さんで、なんとも言えない理想の家具らしきもの?を発見!
一般にはコンソールと言われている、壁に作りつけにする小卓です。通常は彫刻物を置いたり、花を生けた大きな花瓶を置くためのもので、パソコン専門の台ではありません。
ガラスの小卓で、Sの字型のメタルの足がついたものであることがほとんどです。
近くにいた従業員のおじさんに声をかけました。
「すみません。このコンソールに興味があるんですけど、これの上に、例えば重いパソコンを置いても大丈夫ですよね?」
おじさんの目がキラリと光りました。お客さんがほとんどいない店内だったので、退屈だったのでしょうか。
非常に愛想よく答えてくれました。
「パソコンだって何だって乗るさ。しかし、君はなんでパソコンをコンソールに乗せるのかね?花瓶なんかを乗せたほうがいいぞ!」
「パソコンって、冷たい感じの外見でしょう。コンソールなら優雅な感じで見栄えがするし、重いパソコンでも問題がないんじゃないかしらと思って。それに、乗せるのはデスクトップ本体じゃないの。重いのはパソコンの画面なんです。20キロ近いのよ!」
おじさんは、「重いものならコンソールが適しているよ」というのですが、筆者は元来しつこい性質なので、さらにたずねました。
「このコンソールって、正確には何キロまで耐えられるの?」
おじさんは、「60キロ、90キロ・・・、知らんけど、100キロくらいは軽いね。足と胴体がメタルで出来ているだろう!しかしパソコンなんて100キロもしないだろう!」と言ってコンソールのガラスの部分を撫でました。
それから、「僕がコレに乗って確認してあげても良い!僕はおそらく70キロ以上はあるよ!見なさい!」と言って売り物のコンソールの上に座って、足をブラブラさせてみました。
筆者は元来しつこい性質なので、さらにたずねました。
「何日間かそこに座っていてくれないと、本当に70キロ以上のものに長いこと耐えられるのか、分からないじゃない?もし良ければあと数日間はコンソールの上に座っていてくれない?」
すでにテンションの高かった機嫌のよい店員は爆笑し、筆者は冗談を飛ばしたものの、メタルの足やアール・デコ調の優雅なデザインとなかなか安い価格に満足して、コンソールを買いました。
ところが、そのコンソールの配達で、多くの珍事が待っていようとは思いませんでした。
配達の予定日を決め、家に帰った筆者。しかし1週間ほどして届けられたコンソールの足が、なぜかグラグラするので確認すると、片方の足のメタルの一部が曲がってしまっているのです。
「不良品だわ!ったく!フランスは見栄えばかりで平気でこういうモノを送ってくるのよねえ。トヨタやソニーとは違ってガックリでしょ?」と、見ていた親日派のフランス人も憤慨。
お客様センターに電話をすると、すぐに取り替えてくれるとの事。
ところが1週間たってやってきたメタルの足は、右足であるはずが左足です。
電話でしつこく「右足ですよ」と確認したにも関わらず・・・。
筆者は、フランス人のチンタラした仕事振りに腹を立てることが多くなるにつれ、我慢強くもなってきています。
右のコンソールの足を頼むと、静かにまた1週間待ちました。
ところが、配達が来ない!
近所の友人に愚痴をこぼすと、「サービスセンターに自分で足を運んだほうが早い」との事。
サービスセンターはどこか分からなかったので、お店に鉄の足を持ったまま入っていくと、いつもは探しても探しても従業員が見当た
らないくせに、ネクタイをした良い格好の男性が、ものすごい勢いでぶっ飛んで来ました。
「お客様、なにか?」
筆者が持っている、生の?コンソールの足を神経質そうに見ています。筆者が「不良品を取替えに来た」というと、そわそわとしながら入り口まで送ってくれて、「お客さまサービスセンターは、向こうの通りにあります。ここから3分ですよ」とこれまた神経質そうにニコニコしています・・・。
指定された事務所は、感じの悪い無愛想な従業員二人が無言でパソコンを打っている殺風景な場所です。
入っていっても「ボンジュール!」の挨拶もありません。
「すみません。このコンソールの足なんですけど・・・」
説明する筆者の顔を、青い目のおじさんがつめたい感じで見ています。感じの悪いことに、彼は一言も発しません。
説明しながら、おじさんの冷たい視線をこちらからも観察。
「ははあ、ここはお客さまサービスセンターじゃなくて、客の苦情を撃退する、お客さま撃退センターなんだぁ・・・」
筆者は頭の中で、ぼんやりそう思わずにはいられませんでした。
説明の終わった筆者におじさんは大きな声で一言。
「足が曲がっているなら、かなづちで叩いたら良いだろう?こんな事で苦情とはいわないよ。ここは日本じゃないんだ、お客さん!」
筆者も負けません。
「コンソールの足は高さ調節ができるようになっているんでしょ?かなづちで叩いて壊したら、高さの調節が出来ないじゃないの!いくらバーゲン品でも、壊れたモノを売るのって、まずいんじゃないの?かなづちで叩いて壊したら、あなたに責任とってもらいます!」
おじさんは、「かなづち!」と怒鳴ると、部下の持ってきたかなづちで遠慮なくコンソールの足を叩きました。
コンソールの足は、遠慮なく素直に曲がってしまいました。
それから、素直に曲がった足を見ておじさんが舌打ちをすると、紙を取り出して新しいコンソールの足の注文をしました。
ところが、配達日になってもコンソールの足は来ない!
「そうだ!お店に並んでいるコンソールの足と、取り替えてしまえばいいんだ!この間は追い返されたけど、今度は上手く店に入って、スキャンダルをおこしてでも新しい足を獲得しよう!」
筆者は生の足を紙袋でくるむと、今度は誰にも注目をあびることなく、コンソール売り場にたどり着きました。
しかし!
そこにあったはずの売り物のコンソールは忽然と姿を消していて、鉄のイスなどが置かれています。
売り場の従業員に聞きました。「ここにあったコンソールは?」すると、従業員が裏口のほうを指したので、裏口の手前にあるコンソールにめぐり合うことが出来ました。
「すみません、この不良品の足とここにあるコンソールの足を取りかえて頂きたいんですけど。お客さまサービスセンターでは応対が悪いので、今日は直接こっちに来ました」
誰かが連絡したのでしょう。お客さまサービスセンターから、例のおじさんがぶっ飛んできました。
「お客さん、それは不良品じゃありませんよ。足の高さは他のと全く一緒ですよ。実験してみても良い!」
おじさんは、しゃあしゃあと言い切り、展示してあるコンソールの足のわきにあいまいに筆者のコンソールの足をあてがって見せて、他の従業員にも「ね!?」と言うように笑顔を向けました。
「へええ、本当に全く同じ足だというなら、取りかえてくれたって何の問題もないんじゃないですか? 何しろ、全く同じものなんでしょ? ここにいる皆さんはきちんとしたネクタイをしていますが、みなさん良い学校でお勉強してきた頭の良い人たちで、こんな立派な会社にお勤めですよね? で、頭の良いみなさんは、論理性とは何か、もちろんご存知ですよね?」
勢いが良くてしつこそうな筆者の発言に、数人の男性従業員は何も言わず、立ったままです。
お客さま撃退センター、いや、お客さまサービスセンターのおじさんは苦々しく笑って、「いいですか、店の商品には触っちゃけいないんですよ! それに私たちには新品の商品と壊れたものを取りかえる権利はないんですよ」と言って墓穴をほりました。
「へええ、やっぱり私のコンソールの足は壊れているんですね」と言って筆者がふと足元を見ると、なぜか同じコンソールの足が、何十本も床中に散らばっているのです!
それも剥き出しで包装もされていない足と、ビニールできちんと包装された足が、ゴチャゴチャと一緒になって!
ヒステリカルなフランスのおば様たちの真似をして、すっとんきょうに筆者は叫んで、床から手近な生の足を1本とりあげました。
「あっら〜!ここに足があるじゃない!そうよ、これでいいわ!」
店の裏口近くにころがっている、何十本ものコンソールの足。
その足を握って妙な外人アクセントで叫ぶ、日本の女性。
水色の冴えない制服に身を包んだ運送業者のおじさんたちが、トラックの周りを離れて裏口から店内を覗き込み、好奇心一杯に筆者と周りの従業員を眺めだしました。
お客さまサービスセンターのおじさんが、うんざりしたように顔色を緑にして、筆者の手からコンソールの足を取り返し、かなり大きな声で威圧的に言いました。
「いいですか、この足に触る権利は私たちにはないんです。触らないで下さい!」
すると、どこかから渋いしわがれ声が聞こえました。
「そうさあ!不良品には手をふれちゃいけねえんだ!そいつに触るんじゃねえぞ!」
誰もがギョッとして声のほうを向くと、運送業者のおじさんの一人がこっちを見て腰に手をかけています。どろんとしたシルベスタ・スタローンのような大きな目でこっちを見ながら、おじさんは続けました。
「そのコンソールの足は、みんなひん曲がっているんだ。床にころがっているそいつらは、間違いなく不良品だ。俺が今朝運んできたんだから、間違いねえ!」
店内にお勤めの、高価なネクタイをした高学歴?の店員たちは肩をすくめ、お客さまサービスセンターのおじさんは、運送業者のおじさんに、妙にへこへこ笑顔を向けはじめました。
普段は運送業者のおじさんを怒鳴りちらしたり急がせたりしているはずの人たちが、お客の筆者を前に、へこへこぺこぺこの珍事を繰り広げているのでしょうか・・・。
筆者が勝手な憶測をして黙っている間に、お客さまサービスセンターのおじさんは、急に丁寧な態度になって筆者の肩に手をかけると、小声で言いました。
「さあさあ、商品のお取りかえの手続きをしましょうね。こちらへどうぞ!」
そして、事務所でなにやらぐちゃぐちゃにサインされた紙をもらい、筆者は帰宅しました。今度は、お客さまサービスセンターに直接足を運んで、新しいコンソールの足をもらう手はずです。
しかし指定された水曜日に行っても次の木曜日に行っても、筆者のコンソールの足は届いていません。
堪忍袋の緒が切れた筆者は、センターの窓口で、お客さまサービスセンターのおじさんよりもドスの効いた冷たい声を出してみました。
「あのねえ、届いていないということは、注文に失敗したか、ミスで別のモノが届いたりしているんじゃないの?毎回、明日おいでください、で済むのは、他の客の場合よ!わたしは数週間もコンソール騒動で悩まされているんですよ!我慢も限界!今すぐ調べて!」
従業員は、舌打ちしながらパソコンを叩いたり、奥の倉庫を見たりしていたのですが、舞い戻ってきて不安そうに言います。
「そんなに大きいものではないですよね?大きなものは、こちらの
部屋に届くことになっているのですが・・・」
従業員と指示された左の部屋に入ると、筆者のコンソールと同じシリーズの名前の、しかし巨大なガラステーブルが梱包されて壁に立てかけられています。
アルミー、と書かれた同じシリーズの巨大なテーブル・・・。
それを見て爆笑した筆者に、従業員がぎょっとして、再びパソコンを夢中で叩き始めました。
筆者は笑いが止まらなくなり、部屋の中でいつまでも爆笑してしまいました。
なぜならそのテーブルは、幅1.5メートルの長さ3メートル半はあるか、というような本当に巨大なテーブルだったのです!
たとえ客が注文したところで、こんなに大きなものを、どうやって配達ではなくて自宅に自分で運べっていうの!?
映画の中のイタリアの大富豪の家族が飲み食いするためのような、実に豪華で大きなテーブルを前に、苦情センターに、いや、お客さまサービスセンターに顔を出していた他のお客さんたちも、笑いはじめました。
もっと驚くのは、「お客様、同じシリーズですので、このテーブルの足はコンソールの足と同じ可能性があります!」と従業員が絶叫してくれたことです。
止める筆者をふりはらって、若い従業員はダンボールを破り、そのテーブルの足を1本取り出しました。
案の定、というか当然と言うべきか、テーブルの足は似たようなアール・デコ調ですが、形も大きさも微妙に違うものです。
それなのに、「これでは駄目ですか?ほとんど同じですが!ほとんど変わりませんが!?」と必死の従業員に手をふって、筆者はひとまず家にかえりました。
「あんないい加減な小僧のいる時間帯では駄目だ。明日は午後にもう一度行って、あの家具屋に再び喝をいれよう!」
友人は「そんなの、全部返品しなさいよ!面倒なことに関わらないほうがいいわよ!」と言うのですが、筆者は気に入ったものを見つけて、買い物をしたのです。
欲しいと思うものが手に入るまでは粘り強く戦うぞ!と決心も新たに意気込んで、翌日の午後、ほとんど「筆者の庭か?」というほど頻繁に足を運んでいる、お客さまサービスセンターに入りました。
黒髪で背の高い、たいへんハンサムな男性が、カウンターにいて紙の整理をしています。
無愛想なお客さまサービスセンターの雰囲気に慣れてしまい、仏頂面で入っていった筆者に、どうにも優雅に「ボンジュール!マドモワゼル!」と笑顔さえも向けてくる男性。
「そんな応対には騙されないぞ」とばかりに、一人でハッタリをかまして、わりに冷たい声で「ボンジュール。ムッシュー」と挨拶した筆者に、男性は「ご用件は何でしょうか?」とにこにこ。
筆者は、黙ってそれまでの大量の紙をテーブルに並べ始めました。配達日を指定した紙だけでも4枚。その他に、最初の領収書、商品お取替えに関する報告書などなど半端ではない量の紙が、横に長い
カウンターの左から右へずらり!と並べられると、男性の顔から笑顔が消えました。
「5月12日!」「5月21日!」「6月2日!」と日付をいちいち読み上げながら、「配達がきませんでした」などの事実だけを報告した筆者は、「そして昨日は、コンソールの足のかわりに巨大なテーブルがここに届いていたんですよ!」とトドメをさしました。
男性は、淡々と事実を語るだけで叫び出したりしない筆者に、内心ほっとしたようですが、「いいですか、昨日の巨大なテーブルはあなたの一件には関係ありませんよ。うちの従業員が間違えたんです」と言い張ります。
どうやら筆者と筆者のコンソール騒動は、よく知られている物語のようです。
「何でもいいですが、コンソールの足を、ぜひぜひ手にしたいですね。あなたはこれまでの人と違って、大変まじめそうですね。今日のわたしは、もしかして運が良いのかもしれない。あなたのようにきっちりとした従業員さんにお会いできて、ついにコンソールのスキャンダルに決着をつけることが出来そうですから」とお世辞とも嫌味とも分からない喋り方をしていると、男性が再び笑顔をみせて、「ご心配なく。わたしはここのチーフです。すみません、いい加減な応対をしていたのは、黒人の背の高い男性でしたか?それとも金髪の太った男性でしたか?」というので、筆者は素直に驚きました。ついに、コンソールの足が手に入りそうなのです!
「ご心配はいりません。内部に知り合いがいます。個人的に連絡が出来ますから、1週間とはいわず3日でお手元にお届けします!」
男性は電話を手にすると、ほかの何ちゃらチーフと会話をはじめました。しかし、その会話は「バカンスはどうでしたか?」「あなたの奥さんの病気はどうですか?」など、フランス人お得意のご機嫌伺いの長いフレーズで始まり、用事が終わるまでに筆者はカウンターで、のんびり15分は待たされました。
しかし長い電話が終わると、配達日の指定を出来る瞬間がきちんと来ました。
「コンソールは右足ですか?左足ですか?」
「私には左右がはっきり分かるんですが、おたくの従業員には左右の判断は難しいかもしれません。左右一緒に届けてもらって、片方をその場で返すのが良いと思います」
「そ、そうですか」
男性は、舌打ちをするとコンソールの足、と書いたところを消して、なにかをごちゃごちゃと熱心に書き込みはじめました。
書類にサインをして、すべては終了。
ほっとした筆者に、男性が相変わらずの笑顔で言いました。
「ところで、すみません、あなたはモノノケ(物の怪)ですか?」
も、もののけ〜!?
なんで、そんな変な日本語の単語をこの人に聞かされるの〜?
びっくりした筆者に、男性は続けます。
「あなたは、ひょっとしてモノノケヒメですか? 日本人ですか?」
もののけって、あなた、私が化け物だっていうの!?と早合点した筆者に、男性は「やっぱり、日本人ですね。フランス語がお上手ですね。実はわたしは日本映画が大好きなのです。でも、モノノケの映画を見逃して、くやしく思っているところです。日本人女性のお相手が出来て光栄です!僕はモノノケヒメのファンです!」と一人でどんどん喋りつづけ、筆者と握手をしようとして、手を差し出してきました。
な、なんだ、この人は、モノノケがお姫様の代名詞であるとだけ思っているのか。もののけ、って、あなたねえ・・・。
人騒がせな男性ですが、「日本人女性は世界中で人気があるんですよ」とお世辞を言いながら筆者をドアまで丁寧に送ってくれました。
そして、その男性の配達指定した日に家にいた筆者は、ドアがノックされた瞬間、「足が来た!足だ!」と小躍り!玄関へ出ました。
一瞬目を疑ったのですが、ドアの前に立っている男性が抱えていたのはコンソールの足ではなく、巨大なコンソールのトータルパック!
「サインしてください」と重いコンソールに疲れ果てたように言う青年にサインをしてから、「足1本でいいんです。ちょっと待って」と筆者がダンボールを開けようとしたら、男性は階段をおり始めるではありませんか!
「ちょっと、ムッシュウ!」と叫ぶ筆者に、青年はずるそうに笑いながら手をふりました。
「誰も文句なんかいいませんよ、プレゼントですよ。全部もらっちゃいなさい!さようなら、マドモワゼル!」
青年は階段を駆け下りて行ってしまいました。
数回の配達と、新品のコンソール2台。いい加減な従業員に、モノノケヒメのファンと言うフランス人男性。重いコンソールを持って階段をおりるのが嫌な配達人・・・。
モノノケヒメこと筆者の所有するコンソールのメタルの足が、たった20キロのパソコンを支えきれずにバッキリと折れたとしても、筆者はもう驚かないかもしれません。
TS