Hatena::ブログ(Diary)

ぼくは死にかけてるの、だんなさん?

2017-09-20

硝子の雨は今もまだ


薄茶色のベールを纏った集団がしずしずと歩を進めている。すれ違いに「そちらにはなにもありませんよ」と声をかけようと思ったが、集団のそれぞれの顔がかたく引き締まっていることに気付き、何も云わず俯いた。自分のつまらない一声が彼らの行進を遮る事になるかもしれないと思うと恐ろしかった。さく、さく、と砂を踏む無数の足音。私は友人に貰った夜色の布を頭に巻き直し、彼らが来た方向へと歩いていく。あちらにはなにかあるだろうか。

兄の部屋におしこんでいた机を自室に戻し、窓掛けの寸法をなおし、読書灯やなんかを入れる籠を壁に取り付けた。のが昨日。で、今日は書きかけのまま放置していた夢日記の絵(何年前のものかも判らない)を発見して唸ったり不要となった書付けを処分しながらむかしを懐かしんだりした。あと無性にクッキーが食べたくなったので焼いた。夕飯は挽肉を使ったスパゲティ。少量ずつ残っていた野菜やきのこも纏めて使ったのでスパゲティのソースというよりホットサンドの中身のような感じになった。あ、ホットサンドにすればよかった…


丁寧に灰汁を掬うように生きる人を知っている。いや、知っていた。
その人が今どんなふうに暮らしているのか、全く気にならないと云ったら嘘になるけど、待っていた十年の間に私の身の回りでも様々な事が起こり、今の自分はもう十年前の「硝子屋」とは違った「硝子屋」になっていると自覚しているから、もしどこかで再び相見えることがあったとしてもきっと私はあの頃と同じ笑みを彼に向けることはできないし、できたとしてもしてはならないのだと思う。それは嘘になる。
願うことはむかしもいまも変わらない。だから、今を知らなくてもいい。知っていても知らなくても、どうせ私は願うことをやめないのだから。


今朝はなんだか愉快な夢をみていた。目覚めた瞬間に全て忘れてしまったけれど、確かに愉快だった。珍しいことである。
市場からの帰りにコンビニに寄って先日兄におすすめされたアイスクリームを買ってみた。小さいのにいい値段するもんだな、と呆れつつ昼食代わりに食べる。それはいつかどこかのファミリーレストランで食べたデザートの味に似ていた。私にとっては懐かしい味。十分ほど休んでから頼まれていた用事に取り掛かる。十五分で済む。ナットに合うスパナが見当たらなかったため今回はやっとこで間に合わせたけど結構無理があったのでいい加減倉庫に寝かせたままの工具箱を出そうと思った。夕飯は胸肉とキャベツのカレー炒め。と、しらす、南瓜の煮もの。久々の押し麦ご飯に破顔。「愛いやつ、愛いやつ、おにぎりにしてやろうか!」と云いながら頬張る。晩に親友と兄から電話。みんな疲れている。

2017-09-14

でたらめに鳴らす


花魁の本を読み返している最中にふっと意識が途切れた。
あれ、何処だここ。見慣れぬ風景に首を傾げていると、背後からとん、と肩を叩かれた。振り向くと、やはり見慣れぬ人物が親しげな笑みを向けていて、「何処へ行っていたの? パンが焼けたよ」 何処もなにもここがどこだか判らない。そして見知らぬひとにパンが焼けたと云われてどう反応すればいいのかもわからない。困惑のあまり失語状態に陥った私に、しかしパンのひとはやさしく語りかけるように云った。「ねえさんが待ってるの。僕も待ってた、起きたら隣にいなかったからびっくりしたんだよ」 ねえさん? 起きたら隣にいなかった?
私にねえさんはいないし君のことも知らない。そう云いかけて、口を噤んだ。目の前にいたはずの青年は霧散していた。

第二幕は二十五時を回った頃だったと思う。そのときもやはり花魁の本を読んでいたけれど、先のような乱暴な落ちかたではなく、ひとりの遊女が髪結いに恋情を抱いていると自覚したあたりでうとうととし始め、気づいたら眠っていた。
無数の汚れたシーツがたなびく屋上で、ふかふかとやわらかそうな髪を腰に垂らした少女と並んで煙草を喫んでいた。少女は皺ひとつないきれいな制服を着ていて、ぴかぴかに磨かれた革靴を履いていた。私はいつもの格好(洗いざらしのシャツに穿き慣らしたジーンズ、襤褸一歩手前のスニーカー)で隣の少女をそれとなしに観察している。こういう砂糖菓子みたいな女のこが煙草を喫んでいるのを見ると、何か自分が間違った世界に、何らかの手違いで紛れこんでしまったような気分になるな。少女の綿菓子めいた髪を眺めながらそんなことを思っていると、不意に少女がこちらを向いて、「間違ってなんかないわ」どこか怒りを含んだ声で私(の埒もない思考のこれ以上の展開)を牽制した。「これは紛れもない現実よ」

2017-09-13

紙のお告げ

明け方、激しい雨音で目を覚ます。なんだ急に、あ、雷鳴まで、などと寝惚けた頭で思っていると、不意に鋭い痛みが下腹を襲った。さては雷さま、臍を取りにいらしたかと足元でよじれていたふとんをみぞおちまで引っ張りあげたが時すでに遅く、無残にも臍はすっかり摘み取られてしまっていた。

なんて面白い展開になるはずもなく、実際にはただ数時間硬直していただけだった。身じろぎすらできないほどの痛みに驚き戦きはしたものの二日ほど大人しくしていたらだいぶよくなったのでこれは単に季節の変わり目が齎すいつもの不具合だろうという結論に至った。違う、至らせた。
うごくたびに下腹がビキリと引き攣る、その感覚が嫌でこの二日はあまりうごかず本やゲームをやって過ごした。怠惰、という言葉が始終頭のなかで切れかけたネオンサインみたいに明滅していた。怠惰、怠惰。二日目の晩にはとうとう懶惰になり、懶惰、懶惰、らん…と口遊んでいたら最後には「だらん」になった。だらん。

注文していた古本が昨日届いた。十五冊のうち二冊の漫画はその日の夜に読み終わり、あとの十三冊の書籍はどれから手をつけようか、いま真剣に悩んでいる。

2017-09-10

境界の目印

取り留めのない一日。食材と煙草を買いに出て、帰ってソファの布を縫って、割引券を使い古本を注文した。晩ごはんは母の提案でスーパーマーケットのお弁当。こんなに楽をしていていいんだろうかと思うほど楽をしている。あ、でも久々に牛肉がグラム98円(!)で手に入ったので来週はなにかおいしい肉料理をつくろうと思う。冷凍庫には黒豚と挽肉と手羽元、それに鮭殿もいらっしゃる。血肉となってもらうのだからせめて無礼のないように、とはいつも思うのだけれど如何せん気分屋なのでその時の気分で調理してしまう。それはほとんど絵を書いたり写真を撮ったりするのと同じ感覚で、同じ括りにしてはならないんだろうなあと頭では思いつつ結局は気分が先行する。「頭の使いかたがなってねえんだ」と隣人は云う。まったくもってその通りだと思う。

晩は人間として最低限守らねばならぬ礼儀について友人が語ったことを反芻していた。
彼女は云った、「あたしもわりと失礼なことしちゃう事多いけど、でもさあ、何か悪いことしたと思ったら謝るし、どんだけひどいこと云われても相手の話に筋が通ってたら腹立っても納得はするし、何か贈ってもらったらすぐにお礼のラインするし、逆に自分が何か渡すって相手に云ったらすぐに渡すし、話聞いてってお願いされたら理解できるかどうかは別として一応ちゃんと聞こうとはするし、ねえ、これって人付き合いするための最低限のマナーじゃないの? あたしなんか間違ってる?」。私はそうだね、どこも間違っていないね、としか云えなかった。云いようがなかった。それを日常的に守れる人間というのはおそらくそう多くはない。特に日々仕事に忙殺されていたり、精神の均衡を崩しがちなひとにとって、そうした一種の約束事を守りつつ生活するのは相当に厳しいことなのではないだろうか。そして、日々仕事に忙殺され精神の均衡も崩しがちであるにも拘わらずその「最低限のマナー」を頑なに守ろうとする彼女のような人はある意味とても珍しい存在なのではないだろうか。


十一日、今日は可もなく不可もなく。夕飯は挽肉をこねて焼いたもの(とてもハンバーグとは呼べない、が、香辛料をたくさん使うのでこれはこれでおいしい)。夜にちょこっとゲームをしました。マッドマックス。マックス曰く「錯乱気味」の期間限定の相棒・チャムバケットになんとなく元気をもらう。このゲームに出てくる人たちはみんなどっかいかれていて面白い。

2017-09-09

むしばむ

頭が治っている。ヒュプさんどうもありがとう。
敷布から身を剥がすと半裸になっていた。どうも睡眠中に暴れ回ったらしい。そういえば虫関連の夢をみていたように思う。家のなかを這い回る巨大な節足動物を退治せんとする、といった筋の。実生活の悪夢が夢を侵食し始めている。そのうち長髪ロングコートの不審者の影がちらついたりして。私の部屋はママじゃないよ、ウォルター!
だらしない格好のまま珈琲を淹れていると背後から腰をつかまれナ゛アッとなる。つかんだのはもちろん不審者ではなく母で、適当に結わえていた腰紐が見た感じゆるんでいたため結び目の具合を確認したのだそう。ウォルターのことを考えていたので一瞬手が出そうになり危なかった。母は「あんたすごい格好やで、ハン」と捨て台詞を吐いて和室へと消えていった。私は毛虫の絵を書くことにした(彼女は毛虫やそれに類する形の虫が大嫌いなのだ)。
かわいい復讐を遂げたあと、洋服に着替え昼まで読書。時々うなじのあたりに敵意のこもった視線の刺さるのを感じたが気にしない。だいぶ前に古本屋さんで手に入れた日本の神々について書かれた本をいい加減読もうと思うのだけど、いまはどちらかというとギリシア神話に出てくる神のほうに関心が向いているからまだ読まないほうがいいのかもしれない。神といえばサイレントヒルの… ああ頭が。

昼食は焼きそばのナポリタン。さくっと食べて買い物へ。日用品と食材、そして菊を手に入れさくっと帰宅。今日は九月九日、かたちだけでも菊酒をやろうと思って。器にうつした鬼ころしに菊を浮かべ置いておく(なんとなく鬼ころしは間違っている気がしたけどこれも気にしない)。なんだかんだとやっているうちに陽が落ち、夕飯は冷凍の担々麺と餃子。とことん手抜きの一日。昨日もか。でも担々麺思いのほかおいしかったのでまた百円のときに買おう。最近ちょっとずつからいものが食べられるようになってきてうれしい。尖りまくっていた私の舌もとうとう丸くなってきたということか。この調子で食べられないものがひとつずつなくなっていくといい。ゆくゆくは肉の脂身や皮も…いやそれは難しい。

とうとう丸くなってなどと調子こいた罰があたったのか入浴中に胃痛を起こし意識が朦朧となる。これはまずい、まずいぞと必死で湯船から這い出しなんとか事なきを得たが、もうあとちょっと痛みが強かったらあるいは洒落にならない事になっていたかもしれない。胃薬を飲んで一時間ほどじっとしていたらよくなった。オータイサンは効くなあ、オータイサンは調停者なのだなあ、と世話になったオータイサンの働きぶりを褒めていたらオータイサン連呼し過ぎてゲシュタルト崩壊した。太田井さん、巨田遺産、オー退散… ああ頭が。

鬼をも殺す菊酒をちびりと舐め、みなの息災を静かに祈っているとまたもや御器被りが出現。うんうん、あの人たちにはおまえみたいにしぶとく生きてほしいよね、と云いながら御器の背にそうっと台所用洗剤を垂らした。鬼は私かもしれないなと思った。

2017-09-08

或いは九滴の雨水のこと

「こんな毛羽立つ空気のなかでどうしろと云うんだ」と云って目を覚ます。毛羽立つ空気…毛羽立つ…とぶつぶつ反芻しながら水を飲みに真っ暗な台所へ下りていくとなにか小さなものが足元を横切った。乳白色の空気のかたまり、そう、冬に吐く白い息のような。ぎょっとして電灯をつけるもそこにはなにもない。暫し呆然として、なんだかわからないけど水素(むかし同居していたねずみ)のようだった、と思い、それでいいか、と納得する。まあ雨上がりの真夜中だし、と。

毛羽立つ空気の夢をみたのは頭の電源が落ちる直前まで隣人たちと話していたためだろう。今日は珍しく三人揃っていた。此の世の人間は泳ぐひとと潜るひとに大別できるんじゃないか、という議題で半時間。知人や友人の名をあげて「彼女は完全に泳ぐ人だな」「彼は浅く潜る人だよね」「いやあの人は溺れる人だ」などと好き勝手云いあう。私は潜る人だな、と自己分析をしたら雨屋に「てめえはたまに溺れんだろ」と嘲笑された。「そんなだからおまえには友達がいないんだ」「てめえもたいしていねえだろうが」。殺気立つ我々を見兼ねた眠りの神が私を半ば強制的に夢の世界へと連れこみ、息子たちに「何かソフトなものをみせてやりなさい」とかなんとか云った結果、殺気が毛羽に落ち着いたのかもしれない。

ひと眠りして起きたらまた随分と涼しくなっている。体がどうにかなりそうだ。昼食は母のねぎ天うどん。ざく切りにした東京ねぎに衣をまぶして揚げたものをうどんにのっけただけの豪快かつお手軽なごはんなのだけど、これがとてもおいしい。一人前五十円くらいでつくれるのがまたよい、と母と厳かに頷き合いながら食す。腹ごなしに水回りの掃除をし、ついでに自室の掃除もする。書き殴りの紙がソファの上ではたはたと踊るのを若干ヒき気味に眺めたのち、まとめて屑籠にポイ(判読不可だった)。洗濯機に様々な布類を任せている間ぼんやりとねずみたちのことを思う。庭の松の下には金魚とねずみと墜落した鳥と、その他いろいろの生きものが眠っている。生きものでないものも眠っている。私のなかでお墓とは、だから、うちの松の木の下のその一か所を指す。これが桜ならまたちょっと違った意味合いになってくるのだろうけど、松の木だからいいのだ。あれにあやしさを孕む余地はない。

夕食の主な食材が豚ばら肉と知りあわわ、となる。好んで食べない、というか積極的に避けている食材だと献立が思いつかないので(肉の脂身や皮がどうしてもだめ)クックパッドのお世話になり、簡単で失敗のなさそうなものをひとつ選んだ。豚ばらで水菜を巻いて揚げる、というもの。昼も揚げものだったな…と思いつつじゅうじゅう揚げる。それに水菜のサラダと出汁巻き(これは私の好物)、しらすを出してすみやかに食べた。豚ばらのやつは母が平らげてくれたのでほっとした。何度挑んでも食べる苦痛を克服できない食材というのはある。

夜にすこし具合が悪くなり椅子にダラリのびていると旧友から着信が。私以上に具合悪そうで気の毒になる。なにもできないので私付きの睡魔に今夜は彼女のところへ行って跡部くんの夢をみせてやってくれないか、と頼む。睡魔は真顔で「夢をみせるのは俺の仕事じゃないから」と云った。「できることなら叶えてやりたいけどね」普段好き勝手しているようにみえる睡魔にも一応の制約はあるらしい。すごすごと寝台に移り、痛み始めた頭を枕におしつけすばやく寝る。
が、しばらくして目が覚める。頭痛がひどくなっている。ふと横を見ると九鵺がソファにのびていて、「この本、ひょっとしてあんまり面白くないのではないかな」と開いた文庫で自分の顔を扇いでいる。それは扇子じゃないぞ、と云うと、「装丁が派手だから扇子にするのにうってつけと思うのだけど」顔はみえないが余程不機嫌とみえる。仕方がないのでギンズバーグバロウズの麻薬書簡を出してやったら満足げに頷き静かになった。私の頭もやや静かになった。

2017-09-07

借りもの狂騒曲

扇風機の風がぼんやりとぬるい。雨降りで湿度が上がり気温も上がる。やはりまだ残暑の内か、とがっかりする。
昨日の煮こみの残りと手抜きホワイトソースをマカロニにかけたもの、紫蘇のせトマトが今日の昼食。そろそろ和食が食べたい、という訳で夕食はとろろ蕎麦に決定。しばらく梅干しを食べていないのでいくつか潰してとろろにのせてみようと思う。たぶん合う。

本に没入していたため味はほとんどわからなかった、が、母曰く「めっちゃおいしかった」そうなので合っていたのだろう。とろろの他にはサラダをつくった。半端に余っていたキャベツを茹でて、その上に大蒜で香りづけした茄子とベーコンをのっけて、かいわれみたいな野菜を散らしてチョギ…チョレギ?サラダドレッシングをかけただけの簡単なもの。キャベツは焼いても煮ても茹でてもおいしいから好いですね。一度ロールキャベツをつくってみたい。

夜に「コードネーム U.N.C.L.E」を観る。おそらくそれほどたのしめないだろうな、と思っていたのがあらやだびっくり予想外におもしろく、鑑賞後には続編もきっと観ようという気になっていた。
そうそう、続編といえば「ジョン・ウィック」。劇場で観た親友が云うことには「中二心をくすぐられる」出来だったそうで、レンタル商品のリリースはまだ先でしょうが、いまから観るのがたのしみ。