観念と変態〜デビッド・クローネンバーグ

映画「ザ・フライ」。今ならDVDが¥999である。『今だけお買い徳!あなただけのハリウッド・シネマ!』なのである。素晴らしい世の中である。クローネンバーグの大傑作ホラーが格安で手に入るチャンスである。
ザ・フライ」。電送実験に失敗したハカセがおぞましいハエ男に変身しちゃう、というホラーである。一応言っておくと、「電送」っていうのは人間やその他の物体をFAXするみたいに他所の場所へ送っちゃう、という物凄い科学技術である。100円ショップの事じゃないのである。(あれはダイソーだ!)スタートレックの「ビーム」なんかもこれにあたる。しかし一見似たように見えるドラえもんの「どこでもドア」は技術の基本思想は違うと思う。「電送」は物質を粒子(何の粒子だ!)の段階まで分解し、再構成するのである。
しかし思ったんだが、物体の構成物質をそこまで解析でき、さらに再構成できると言うのなら、わざわざ分解なんかしなくても、「複製」という手があるじゃないか!などと言ってはいけないのである。さらにハエが1匹いただけでこんなに“混ざっちゃう”(いい言葉だなあ。なんか日常でも使いたいなあ。「今夜君と混ざっちゃいたい」とか)とか言うんなら、空気中・体表・体内の微生物はどうしてくれるんだよ!と思うんである。
しかしそんなケチは付けてはいけないのだ。この映画は科学技術の進歩と未来についての映画じゃないからである。「なんだか虫と混ざっちゃったボク。マンガで言うと日野日出志(これだ!http://hino.mac-time.ne.jp/index.html)って感じ!いやだああああいやだよおおおおおお」という、ひたすらグジョグジョと崩壊してゆく精神と肉体の有様を楽しむための鬼畜映画なのだからである。
あ、なんか悲劇っぽい男女の恋愛も描かれるけど真に受けちゃ駄目だよ。あれって単にハナシ膨らましす為のネタなんだから。なぜなら監督・デビッド・クローネンバーグの興味があるのは人間性だの人間らしさだのではないからだ。
そして彼の諸作品のテーマは「観念の肉体化」である。(この辺参照http://d.hatena.ne.jp/globalhead/20041004
そして観念は変態を目指すのである。なぜなら観念は具体性と身体性に仮託しないからである。にも係わらず言語化・表象化された観念は仮の容器=肉体を求めるのである。そしてそれは大概いびつ・ないし過剰な物だ。観念を完璧に表象化する術など無いからだ。それらは現実世界では変態と呼ばれるのである。
クローネンバーグは、この観念の肉体化、妄想に侵食される現実、というテーマに物凄くこだわった変態映画監督だと思う。言うなれば、『不安』『恐怖』に具体的な肉体性を持たせる事に全精力を傾けている作家だとも言える。
シーバース」(’75年)では狂気が寄生虫の形に。「ラビッド」(’77年)伝染病が肉体的変異に。「ザ・ブルード」(’79年)では怒りが畸形生物に。「スキャナーズ」(’81年)は超能力の物語なのでこれはモロ。超能力なので想念だけで物理的な破壊を行える、ということ。「ビデオドローム」(’82年)では映像世界が現実を侵食し、「裸のランチ」(’91年)ではポン中の作家が自分の妄想に取り込まれ、「イグジステンス」(’99年)ではゲーム世界と現実の区別が付かなくなり、最新作「スパイダー」(’01年)では現実と妄想の区別の付かない精神病者が主人公だ。
彼の拘るのは現実がどのように、どんな具体的な形で、妄想に侵されるか、を映像化することだ。そしてそれらは大抵内臓の形をしているのである。何故内臓なのか?は掘り下げがいのあるテーマかもしれないが、しかしここは、単に「変態だから」と言ってしまったほうがすっきりするような気がする。
D・クローネンバーグ。彼はハラワタ状の妄想が現実を埋め尽くす映像が大好きな変態監督だったのである。

ザ・フライ <特別編> [DVD]

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