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メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

20090316(Mon)

[]アルジェリア植民地独立戦争を描く熾烈な戦争ドラマ〜映画『いのちの戦場 -アルジェリア1959-』 アルジェリア植民地独立戦争を描く熾烈な戦争ドラマ〜映画『いのちの戦場 -アルジェリア1959-』を含むブックマーク アルジェリア植民地独立戦争を描く熾烈な戦争ドラマ〜映画『いのちの戦場 -アルジェリア1959-』のブックマークコメント

■いのちの戦場 -アルジェリア1959- (監督:フローラン・シリ 2007年フランス映画)

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アルジェリアは北アフリカに位置する国であるが、1830年フランスにより植民地支配を受け、以来フランス領として存続するという憂き目を見ることになった。しかし民族独立の悲願は1954年のアルジェリア植民地独立戦争として爆発し、30万〜60万人に及ぶ死者を出した末、1962年、130年間に渡るフランス支配を脱しアルジェリア民主人民共和国として独立したのである。この映画『いのちの戦場 -アルジェリア1959-』は、1959年、泥沼化するアルジェリア戦争の最中、新たに戦地に赴任してきた一人のフランス人中尉の目を通し、アルジェリア戦争の地獄を描いた作品である。ちなみにフランスでは1999年までこの戦争は教科書にすら載らないタブーとして隠匿され、"戦争"として認めることは決してなかった。いわゆるフランスの黒歴史的な戦争であったのだ。

日本語タイトルは『いのちの戦場』となっているが、原題を訳すと『内なる敵』という意味であるらしい。これは、理想主義的な考えを持ったフランス人中尉が、道理も倫理もない悪夢のような戦場の現実を目の当たりにすることにより、次第に暗い狂気を心に孕んで行く様子を表しているのと同時に、当時"フランス人"として生きることを余儀なくされていたアルジェリア人たちが、この戦争によりフランス軍側と独立解放軍側に分かれ、同属同士の血腥い殺戮を繰り広げることとなったという経緯をも表しているのだろう。劇中でも、フランス軍在籍アルジェリア人の裏切り、敵になった身内の死を目の当たりにする光景、裏切りとみなして同属アルジェリア人村民らを皆殺しにする解放軍、かつて共に第2次世界大戦、インドネシア戦争を戦ったアルジェリア人戦友との敵対・処刑など、当時のアルジェリア人が抱えたアンビバレンツが大きく浮き彫りにされ描かれている。

フランス軍の軍事的テクノロジー・レベルとしては、映画や書籍などで我々が見知っているであろうベトナム戦争が1959年〜1975年であったことを考えると、同等か若干古い程度のものだと思えばいいだろう。無線機は弁当箱のような大きさで自家発電型のウォーキートーキーであるが、空爆の要請、ナパーム弾による絨毯爆撃、ヘリコプターによる負傷者搬送なども映画の中で行われていた。ただやはり、当時のフランス軍の装備が馴染みの無いものであること、また、北アフリカの国という異質なロケーション、そして、敵対するアルジェリア人武装開放軍の出で立ちなどが、戦争映画のビジュアルとして物珍しく、効果を上げている。さらに実際にあったのかどうかは別としても、この映画で描かれる捕虜の拷問、密殺、さらに非戦闘員である村人たちへのジェノサイド行為は、戦争倫理といった面でハーグ陸戦条約、ジュネーブ諸条約に容易く抵触しているのみならず、この戦争の陰惨さをなおさら引き立てる。

映画としてみるならば、理想主義的なフランス人中尉が戦争の地獄に次第に正気を奪われ、最後に自らも地獄の鬼と化してしまう、というプロットが、判りやすいとはいえ多少造り過ぎかな、という印象を受けた。観客の目線に合わせたノーマルなキャラクター、それに対する非道の死が支配する無情の戦地とのコントラスト、ということなのだろうが、戦争をそこまで奇麗事のように捉えていた青二才的な若者の心情には多少鼻白む。むしろ汚れ仕事は自らのものと拷問を進んで引き受けるフランス軍軍曹の虚無や、自分はフランス軍以外の何者にも加担しないと豪語するアルジェリア人兵士の葛藤の中にこそこの戦争の痛ましさを見た。戦争映画としては小品ではあるが、ヨーロッパ現代史の馴染みの薄い一端を垣間見ることが出来るという意味で、興味を引く一作であった。

■いのちの戦場/L'ennemi intime トレイラー

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