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メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

20100128(Thu)

[]バットマンと宿敵ジョーカーとの熾烈な戦い!コミック『バットマン:キリング・ジョークバットマンと宿敵ジョーカーとの熾烈な戦い!コミック『バットマン:キリング・ジョーク』を含むブックマーク バットマンと宿敵ジョーカーとの熾烈な戦い!コミック『バットマン:キリング・ジョーク』のブックマークコメント

バットマン キリング・ジョーク / アラン・ムーア(作), ブライアン・ボランド(画), 秋友克也

アラン・ムーアの手で蘇るバットマンと宿敵ジョーカーとの戦い。今回のバットマンはいいぞ。これまで『ダークナイト』『ロング・ハロウィーン』『イヤーワン/イヤーツー』などバットマン・コミックの"名作"と謳われる作品が数々復刊されてきたが、その作品のどれもが練り上げられた複雑で重厚なストーリーを持つと同時に、大部であり高価であり一見さんにはちょっと取っ付きにくい作品だった。しかし今作『キリング・ジョーク』はストレートでスピード感があり、そしてなにより本が薄くて安い!さらにこれまで刊行された作品が主人公であるバットマンを中心とし、バットマンの内面や"正義"というものの本質、というちょっとややこしいストーリーを取り上げていたのに比べ、この作品の主役はあくまでヴィランであるジョーカーであり、その狂気と暴力が中心に描かれる。

そう、オレがバットマンに求めていたのは、ウダウダしたトラウマ物語なんかじゃなくて、このどこまでも暗い狂気だったんだ。哄笑をあげながら凶行を重ねるジョーカーの狂気はどこまでも歪み、これまで読んだバットマン物語の中でもピカイチの残虐さと悪辣さを披露する。ゴードン警部の姪が裸にひん剥かれて写真撮られるなんていう展開は今までなかったもんな!そしてなによりエッジの立ったグラフィックが素晴らしい!コミックはやっぱ絵だろ!そしてあの余韻のあるラスト!シビレるぜ!実はアラン・ムーアは今回発案というよりも雇われ仕事でこのコミックを担当したらしいが、その力の抜け方が逆に功を奏したんじゃないのか。どこまでも暗く歪んだ最高のバットマン・ストーリー、これまでバットマン・コミック購入に躊躇していた人にも是非オススメだ!

[]"生きている"ことの本質〜『東京怪童』第2巻 "生きている"ことの本質〜『東京怪童』第2巻を含むブックマーク "生きている"ことの本質〜『東京怪童』第2巻のブックマークコメント

■東京怪童(2) / 望月ミネタロウ

東京怪童(2) (モーニング KC)

東京怪童(2) (モーニング KC)

脳神経科医院クリスチャニア。ここで治療を受ける少年少女たちがこの物語の主人公となる。何でも思ったことを全て口に出してしまう少年ハシ。所構わず突然オーガズムの訪れる少女ハナ。人間の姿が認識できない少女マリ。自分を超人だと思い込んでいる少年英雄。そして彼らを取り巻く奇妙な人々。望月ミネタロウ作『東京怪童』の1巻目は彼ら登場人物たちの紹介に終始したが、この2巻目で少しづつ物語が動き始める。

彼らはいわゆる"人とは違う脳の命令によって動いている"者達であり、それと同時に"人とは違う風景を見て生きている"者達でもある。健常者とそうでない者の違いとはどこにあるのか、ここでそれをひねくり回して書くつもりは無いが、ひとつの創作物としてこの作品を捉えるならば、彼らは、"人とは違う風景を見て生きている"がゆえに、健常者と呼ばれている者たちが現実の光景から取りこぼしている"何か"を、もしかしたら"物事の本質"と呼ばれるものの片鱗を、より克明に、体験しているのではないのか。

そう考えるなら、この作品のテーマとなるものは、まさしく"生"そのものなのではないのか。…そういったことまで考えてしまいそうな、どこまでも傑作の胎芽を感じさせる作品の序章である。痛々しく、弱々しい登場人物たちではあるけれども、痛みと、弱さは、"生"そのものを、より鮮明に意識させ、浮き上がらせてゆく。

[]ゼビウスで泣いた〜『大東京トイボックス』第5巻 ゼビウスで泣いた〜『大東京トイボックス』第5巻を含むブックマーク ゼビウスで泣いた〜『大東京トイボックス』第5巻のブックマークコメント

大東京トイボックス(5) / うめ

大東京トイボックス(5) (バーズコミックス)

大東京トイボックス(5) (バーズコミックス)

ゲーム業界で生きる人々を描く『大東京トイボックス』第5巻。もちろんフィクションとしての装飾は多々あるのだろうが、業界の裏事情やパワーゲームの様子が垣間見える下世話なリアリズムが面白い。しかし本当の面白さはゲーム製作に賭ける主人公・太陽の熱い情熱の有様にある。熱血型のある意味古臭くベタなキャラを持つ主人公ではあるけれど、踏みしだかれ踏みしだかれ血反吐を吐きながらも最後の一発逆転を狙うそのキャラは、やはりこういったドラマには欠かせないだろう。現実にこういう人間がいたら企業の厄介者になるかもしれないが、ゲーム業界のようなクリエティヴな業種なら案外実際にこういう人がいたりするのかな。

それにしても今回の第5巻で最も胸を熱くさせたのは、社内でも社外でも四面楚歌となりすっかり煮詰まった主人公が、"自分にとってゲームとはなんなのか"をもう一度考える為にふらりとゲーセンに立ち寄り、ゲーム黎明期の名作ゲーム『ゼビウス』のカンストを狙うシーンである。そしてこのシーンが、なんと泣けるのだ!徹底的な集中力と反射神経を要求されるシューティング・ゲームをプレイしながら、主人公の精神は、次第に自らの裡へと没入してゆき、そこで自分自身との対話が始まるのだ。ゲームが自己を語るアイテムの一つとなる時代になってきていることを感じさせる1シーンだった。

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