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メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

20111002(Sun)

[]【海外アニメを観よう・その3】宮崎駿に影響を与えたアニメ2作『王と鳥』,『雪の女王』 【海外アニメを観よう・その3】宮崎駿に影響を与えたアニメ2作『王と鳥』,『雪の女王』を含むブックマーク 【海外アニメを観よう・その3】宮崎駿に影響を与えたアニメ2作『王と鳥』,『雪の女王』のブックマークコメント

王と鳥 (監督:ポール・グリモー 1980年フランス映画)

フランス初の長編アニメーション映画として1947年より製作開始され、52年に公開された『やぶにらみの暴君』。しかしそれは製作資金難に陥ったプロデューサーが、ポール・グリモー監督らスタッフの意に沿わない形で無理やり完成させ、勝手に公開したものであった。その後グリモー監督は作品の権利とネガ・フィルムを買い取り、当初の企画とその後の時代情勢まで組み入れたものへと作り直し、79年にようやく完成させたという執念の作品、それが『王と鳥』である。そもそも『やぶにらみの暴君』自体が55年に日本公開されて宮崎駿や高畑勲などに多大な影響を与えた名作であり、その完全版ということで彼らが所属するスタジオジブリ提供によって、2006年には日本での劇場公開も実現している。ストーリーはアンデルセン童話の『羊飼い娘と煙突掃除人』を元に、孤独な暴君と自由の象徴である鳥との戦いを描いていくもので、戦後間もない時期に製作開始されたものだけに、王のキャラクターにはヒトラーの影響も濃いようだが、単にそれだけではない社会に対する普遍的なアンチテーゼがダイナミックな描写の数々で盛り込まれている。宮崎アニメの原点的なショットも散在しており、時代を超えて幅広く楽しめる名作ともいえよう。

巨大な迷宮のようなお城が舞台なのだが、登場人物が変わっている。絵の中の羊飼い娘と煙突掃除人が恋をして絵の中から逃げ出すのだが、それを見た城の暴君である王の肖像画が嫉妬し、彼もまた絵から抜け出して二人を追う、という物語なのだ。追う者も追われる者も非現実の存在だが、舞台となる城もどこか非現実感が漂う。あたかもその様はシュールレアリズム画家キリコの絵に登場する朽ち果てた古代の城のようにさえ見える。そして彼らの追いつ追われつのアクションがこのアニメのキモとなるが、これがよく見ると宮崎駿が手掛けた『カリオストロの城』でのアクションに恐ろしくよく似ている!城のデザインやギミックまでもが『カリオストロ』を思わせるのだ。さらにラストで登場するあの巨大ロボットは巨○兵か!?宮崎がいかにこの映画に心酔し影響を受けたかがうかがえるというものだろう。紆余曲折の末1980年に完成のアニメという事で若干絵柄が古臭く感じるかもしれないが、それは映画を観始めるとあっという間に吹っ飛んでしまい、映画のアクションと物語の展開に目を奪われることだろう。

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■雪の女王 (監督:レフ・アタマーノフ 1957年ソ連映画)

雪の女王 ≪新訳版≫ [DVD]

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北の国にある古い小さな街で、少年カイと少女ゲルダは仲良く屋上の庭で過ごしていました。2人は幼なじみで、お互いを思いやり、バラの花を贈りあう仲でした。ある冬の晩のこと、暖炉の前でゲルダのおばあさんから雪の女王の話を聞いていると、窓の外で雪の女王の気配がしました。怖がっているゲルダに向かってカイは「雪の女王が部屋に入ってきたら、熱い暖炉に座らせるよ」と笑って言いました。それを聞いた雪の女王は怒り、氷のかけらでカイの目と心に呪いをかけてしまいます。愚かなものだけを目にし、心が意地悪になるような恐ろしい呪いを。その日からカイは人が変わったように意地悪になってしまいました。そして、ある寒い冬の日、カイは雪の女王に連れ去られてしまいます。愛もなく、喜びもなく、痛みもない平安と孤独の氷の宮殿に。雪の女王は、この場所こそすばらしい王国であり、幸福であるとカイに教えます。冬が過ぎても戻ってこないカイを探しに、ゲルダは旅立つことを決めました。カイを助けたいというゲルダのひたむきで一途な想いが、行く先々で出会う自然や動物、人間たちの心を動かしていきます。

50年以上も昔のアニメなのにもかかわらず少しも古びていないばかりか、観ていて驚かされる部分が多かったという事がまず凄い。現在製作されているアニーメーションのいったいどれだけがこの作品を超えられているというのか。そういったことを考えると「アニメとは何か」といったことにまで思いが及んでしまう。原作はアンデルセン童話であり、物語それ自体はあくまでも童話・御伽噺ではあるけれども、デンマーク産のファンタジックな物語をロシアが手掛けると途端に力強く奥深い物語になるから面白い。この物語ではなにしろ少女ゲルダのヒロイン像が傑出している。幼なじみのカイを雪の女王から取り戻す為、雪嵐吹きすさぶ凍てついた雪原を、自らの命さえ顧みることなくなり振り構わず突き進むゲルダの姿は、強烈な意思の力を感じさせると同時に鬼気迫るものすらある。ディズニー映画に出てくる温室咲きのお姫様とは訳が違うのだ。若き日の宮崎駿を魅了したというが、確かに宮崎アニメに頻繁に登場する自ら運命を切り開く少女像と直結していると言える。そしてこの『雪の女王』を真に優れたアニメにしているのはキャラたちの生き生きとした流麗な動きそのものにあるだろう。アニメの動きというのは現実の人間の動きを完璧にトレースしたから優れたものになるわけではない。そこにアニメ的な誇張を足すことで「何の動きであるか」を指し示さなければならない。『雪の女王』はその"動き"に説得力があり、さらに動きとして美しいのだ。宮崎のインタビューによるとこれはロシアバレエの動きを生かしたものではないかという。"動き”こそがアニメの命だとするならこの『雪の女王』はまさに命あるアニメだという事が出来るだろう。

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