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メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

20120229(Wed)

[]MONSTER モンスター[完全版] / エンキ・ビラル MONSTER モンスター[完全版] / エンキ・ビラルを含むブックマーク MONSTER モンスター[完全版] / エンキ・ビラルのブックマークコメント

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2026年、ナイキはその驚異的な記憶力により過去を蘇らせ、自分が生まれた1993年、戦火のサラエヴォでの出来事を思い出す。生まれて数日後に出会った同じ孤児のアミールとレイラのこと、彼らを生涯守ると誓ったこと…。さまざまな宗教が覇権を争う時代、ナイキは離ればなれになったふたりを探し出そうとするが、意図せずして世界規模の闘争に巻き込まれてしまう。この争いは謎めいた「モンスター」によって操られていた。エンキ・ビラルが、その驚異的な洞察力を駆使して描く近未来の世界。

バンド・デシネ界ではメビウスと並び巨匠の名を欲しいままにする作家、エンキ・ビラルだが、日本ではその訳出本の数は少なく、その絵の凄さだけは伝わってくるものの、彼が創り出す物語の全貌はなかなか掴めなかった。そして今回、やっと彼の「モンスター」三部作が合本完全版として邦訳され、これは読まねば、と早速飛びついたのだ。

物語は近未来のヨーロッパを舞台に、かつて戦火のサラエヴォで生まれ散り散りになっていた3人の男女が、原理主義結社「オブスキュランティス・オーダー」とそのメンバーであるテロリズム・アーティスト、オプテュス・ウォーホールが引き起こした世界規模の紛争と破壊に翻弄されながら、再び出会うまでを描いたSF作品だ。近未来のサイバーかつ退廃的な文化・風俗、まるで臓物と神経節のように入り組みとぐろを巻く街並みと機械群、火星への次元断層、誰が本物で偽者なのか容易に判別できないクローン、寄生体、そして蝿、魚類という謎のキーワードに満ちたこの物語を、エンキ・ビラルは暗く寒々しく、常に蠢いているかのような描線で描ききる。

しかしその物語は実のところ、とっつきやすいものであるとは言い難い。まず登場人物たちの顔が似通っている上に、彼らのクローンがいつの間にかそこここで物語を演ずるために、読んでいて戸惑うことがしばしばあった。ページを繰るごとに次から次に沸き上がる鮮烈なイメージには目を奪われるが、それに追いつかないストーリーテリングには時としてもどかしさすら感じた。エンキ・ビラルの繰り出すイメージには何がしかの"意味するもの"があるように思えるのだけれども、それをなかなか読み取れないことも歯痒かった。

この分かり難さは、作者エンキ・ビラルが旧ユーゴスラヴィアの生まれであり、そしてこの物語の背景に、ユーゴスラヴィア紛争とその崩壊、そして急進派の台頭による傷あとが残されているからなのではないかと感じた。ユーゴスラヴィア紛争といえば去年観て非常に感銘を受けた映画『アンダーグラウンド』を思い出すが、とても一言では説明できない複雑なファクターを持った紛争であり、当の自分もその全容を理解しているとはとてもとても言えない部分がある。

しかしユーゴ紛争というキーワードからこの物語を逆引きするなら、世界への不信、決して相容れない党派性とその闘争、クローンとして何度も体験する死、瓦礫の未来という名の記憶、そして盟友とのなけなしの愛…などといった物語の断片から、作者の垣間見たユーゴ紛争の片鱗をうかがう事が出来るかもしれない。そういった意味で、決して万人向けの内容ではないにしろ、十分挑戦し甲斐のあるコミックであると言える。そしてなによりも、絵が、素晴らしい。特筆すべきはエンキ・ビラルがグラフィックの中で使う「赤」だ。それは血のような赤ではない。それは、血そのものの赤なのだ。エンキ・ビラルの絵は、常に血を流し続けている。そしてその赤い血は、ユーゴ紛争の中で流し続けられてきた血の色なのだ。

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MONSTER モンスター完全版 (EUROMANGA COLLECTION)

MONSTER モンスター完全版 (EUROMANGA COLLECTION)

20120228(Tue)

[]風、風、風。〜映画『ニーチェの馬』 風、風、風。〜映画『ニーチェの馬』を含むブックマーク 風、風、風。〜映画『ニーチェの馬』のブックマークコメント

ニーチェの馬 (監督:タル・ベーラ 2011年ハンガリー・フランス・スイス・ドイツ映画)

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風、風、風。映画『ニーチェの馬』は全編を通して激しい風が吹きすさぶ。白黒のフィルム。吹き荒れる風といつまでもいつまでも鳴り止まないその陰鬱な唸り。雑草が風になぎはらわれているだけの荒野。その人里離れた荒野の中に建つ煉瓦作りの無骨な一軒屋。そこで暮らす初老の男とその娘。映画は、父娘の過ごす、暴風の中の6日間を描くが、しかしその6日間に取り立ててドラマがあるというわけではない。男は荷馬車仕事を、娘は家で家事をこなす。暮らしぶりは貧しい。時代は19世紀の終わりごろだろうか。朝、娘は父の身支度を整える。井戸へ水を汲みに行く。馬に荷台を付ける作業をする。しかし、父は仕事に出ようとするが、馬はびくとも動こうとしない。しかたなく、父娘は窓から風の吹き荒れる荒野を見つめ続ける。かまどの火で暖を取り、明かりはと言えばランプだけだ。そしていつもの、湯で煮た大きなジャガイモ一つのみの食事。父は薪を割り、娘は裁縫をする。たまさかの来客、そして土地への闖入者。そんな日常生活が繰り返される。毎日、毎日。そして風は、決して吹き止まない。

寡黙で無表情な父娘と、彼らが黙々と繰り返す苦役のような日常。映画はこれらをじっくりと長回しで捉え続ける。その光景は荒々しく、よそよそしく、ごつごつとして、それ自体が、そこで暮らす父娘の心の原風景のようだ。それは同時に、ニーチェの思想の根幹にあるディオニュソス的なものを示唆しているのかもしれない。

ニーチェの馬』というタイトルは、ニーチェ晩年の逸話から採られている。

1889年1月3日にニーチェの精神は崩壊した。この日、ニーチェがトリノ市の往来で騒動を引き起して二人の警察官の厄介になったということ以外の正確な事情は明らかになっていない。しばしば繰り返される逸話は、カルロ・アルベルト広場で御者に鞭打たれる馬を見て奮い立ったニーチェがそこへ駆け寄り、馬を守ろうとしてその首を抱きしめながら泣き崩れ、やがて昏倒したというものである。これについては、学生の頃移された脳梅毒が悪化して妄想や幻覚を見る様になったとの説もある。

Wikipedia-フリードリヒ・ニーチェ

映画は、この馬がその後どうなったのか、を描いたのだという。この馬、というのは映画の中で父娘が飼う馬のことなのだろう。鞭打たれ、ただただ苦役をこなす為のみに存在する愚直な馬。そして荒れ狂う風に怯え、仕事に疲弊し、一歩たりとも動くことの出来なくなってしまった馬。ニーチェが抱きしめ涙した馬。そして、ただただ同じ毎日を繰り返す父娘と、その苦役のような日常。しかしそれでも彼らは打ちひしがれること無く、ただ昨日と同じ今日を愚直に生きていく。そしてこの映画に登場する馬も、父娘も、実は同じ存在なのだといつしか気付かされる。それならば、この父娘をも、ニーチェは抱きしめ、そして涙したに違いない。ニーチェニヒリズムの思想家といわれるが、同時に、ニヒリズムの克服を唱えた思想家でもあった。全ては虚しい。全ては永劫回帰である。そしてこの絶望的な繰り返しをあえて肯定すること。映画『ニーチェの馬』は、ニーチェのこうした「ディオニュソス的な肯定」をフィルムに焼き付けた作品だったのだろう。

ニーチェの馬 予告編

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20120227(Mon)

[]コンテンポラリー・ダンスの世界〜映画『Pina / ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』 コンテンポラリー・ダンスの世界〜映画『Pina / ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』を含むブックマーク コンテンポラリー・ダンスの世界〜映画『Pina / ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』のブックマークコメント

■Pina / ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち (監督:ヴィム・ヴェンダース 2011年ドイツ・フランス・イギリス映画)

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自分はコンテンポラリー・ダンスといったジャンルには全く知識の無い門外漢であり、このドキュメンタリーで描かれているピナ・バウシュというコリオグラファー(振付師)の方の名前もまるで知りませんでした。既に故人だったのですね。それなのになぜこの映画を観ようと思ったのかというと、自分の知らない表現の世界にいったいどんな驚きがあるのか興味を抱き、それに触れてみたかったからなんですね。監督のヴィム・ヴェンダースは生前からピナと親交があり、このドキュメンタリーは在命中から企画されてたのだそうです。映画は3D上映でした。

以下ははてなキーワードから引用したピナ・バウシュの経歴です。

Pina Bausch (1940-2009):芸術家 ダンサー/コリオグラファー(振付師)

1940年ドイツのゾーリンゲンに生まれ、14歳から、ヴッパタールに近いエッセンのフォルクヴァンク芸術大学でドイツ表現主義舞踊の巨匠クルト・ヨースに師事し、ダンサーとして頭角を現した。

同校を首席で卒業後、18歳のとき国費留学生としてニューヨークに渡り、ジュリアード音楽院 舞踊科に入学。そこで心理パレエの振付家として有名なアントニー・チューダーに出会い、彼の勧めでメトロポリタン・オペラ・パレエ団やニュー・アメリカン・パレエ団に参加し、またジュリアード音楽院で同じマイムのクラスをとつたポール・テイラーらと活動して、2年間アメリカの現代舞踊の隆盛の時期を過ごした。

1962年に帰国後、フォルクヴァンク舞踊団でプリマ・パレリーナとして活躍。のちフォルクヴァンク芸術大学の教授となり、69年フォルクヴァンク舞踊団のために振付けた作品「時の風 の中で」がケルンのコンクールで1位を獲得したのを契機に、ヴッパタール市立劇場から作品の 依頼を受け、クルト・ヨースの後継者となって独自の舞踊を確立することに邁進。

1973年にピナ・バウシュはヴッパタール市立劇場パレエ団の芸術監督・振付家に就任し、 その名称を「タンツテアター・ヴッパタール」と改名。当時は一地方都市の舞踊団にすぎな かったが、彼女の個性的な創作活勤によって世界の舞踊界で注目されるようになった。ピナ・バウシュは現在に至るまでの4半世紀の間に、今世紀初頭に始まつたノイエ・タンツの様式をさら に発展させ、演劇的手法で表現するオリジナルな舞踊芸術を確立した。

2009年6月30日、ガンにて死去。

どんな表現ジャンルでもそれは過去から連綿と続いてきたものの批評と練磨から成り立っており、このピナ・バウシュのダンスにしてもそれは舞踏という芸術ジャンルの長い歴史の上に成り立っているものなのでしょう。ですから映画のスクリーンの上に見られる数々の舞踏表現のその表現されたものを理解するには、これまで存在した舞踏芸術のありかたに立脚した上で理解されるべきなのでしょうが、まあそういうのを抜きにして単なる映画好きが観た感覚としては、自分の抱いている舞踏のイメージとは結構離れたユニークなことをしているんだなあ、ということでしょうかね。

それはこの映画に登場するダンサーが喋ったり笑ったり叫んだり、というのにもあるのですが、踊り、では無く単なる動き、であったり、その動きが、優雅さとはかけ離れた痙攣的なものであったり、という部分でしょうか。しかしコンテンポラリー・ダンスというぐらいですからその表現される動き、踊りは抽象的ではあるのですが、しかしよく観ていると「これはこういうことを言っているのではないか」というのは伝わってくるんですよ。ピナ・バウシュは「言葉にならないものを踊りで表現しなさい」と言っていたそうですが、そこに込められている感情、情景は初めてこのジャンルに触れるような自分にも伝わってくるんですよ。だから先の痙攣的な動き、というのにはある種の苦痛や苦悩の様が込められているように感じたりもするんです。

面白かったのは「"月"を踊りで表現しなさい」というピナ・バウシュの言葉に従ってダンサーが"月"を演じて見せるところですね。その"月"の動きは、そのダンサーの抱く"月"のイメージであると同時に、それを見る者の、"月"のイメージに合致するべく表現された"月"でもあるんですね。全てのダンサーは、きっと超絶的なダンスの技巧を習得したダンサーであろうと思いますが、それと同時に、想像力とそれを具現化する表現力を兼ね備えているということなのでしょうね。だからダンスを見ていて、鍛錬された肉体から生み出される技巧そのものよりも、その表現のされ方の独自性が面白く思えました。

そしてそのダンスの多くは、「わたしとあなた」のその関係性を表現されているように感じました。わたしとあなたの愛情とその喜び、畏れ、わたしとあなたの断絶とその孤独、空虚。それぞれのダンスが男女お互いの役割に則って演じられており、それは見ていてとても分かりやすいんですね。しかしそこで演じられる動きはあくまで抽象化されたものであり、具体化され類型化された感情をそのまま演じているわけではありません。むしろ、具体化され類型化された感情表現のあり方から零れ落ちてしまう"何か"の思いを、ピナ・バウシュは表現しようとしているのではないかと思いました。だからこそ「言葉にならないものを表現した踊り」なのでしょう。また、映画最後に演じられている、舞台に巨大な岩石を置き、そしてそこに雨を降らせながらという美術の中での踊りは非常にパワフルであり、驚きと斬新さに溢れていました。

■Pina / ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち 予告編

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20120224(Fri)

[]天麩羅屋は天麩羅を揚げ、そしてオレはいろいろ焦っていた 天麩羅屋は天麩羅を揚げ、そしてオレはいろいろ焦っていたを含むブックマーク 天麩羅屋は天麩羅を揚げ、そしてオレはいろいろ焦っていたのブックマークコメント

その日は映画を観ようと相方さんとお昼に待ち合わせしていたのである。映画の前に昼飯食べることになっていたのだが、この日は目に付いた天麩羅屋に入ることにしたのだ。

入るときには空いていたのに、オレら2人と同時に6人の客が入ってしまう。これが後々あだになる。オレは天麩羅A定食800円、相方は天丼700円を注文。店はカウンター席のみで殺風景だが個人経営のいかにも「近所の天麩羅屋」といった庶民的な店構え。店は夫婦で切り回しているらしく、お品書きも丼物4、5種類と天麩羅セットが2つ。ビールは缶ビール、というのも実に「近所の天麩羅屋」といった風情だ。値段はどれも1000円以下だったから、そんなに高くないだろう。面白いのは営業時間が午前10時半だったか11時から午後2時まで。昼間しかやってないのだ。店主はお調子者といった喋りをするおっさんで、時々笑わせてくれる。

しかし悪い店ではなかったが、カウンターに座って、ちょっとまずかったかな、と嫌な予感が頭をよぎる。天麩羅は注文時に揚げるので少々お時間下さい、という貼り紙がしてあったが、問題は、この「少々お時間」を考慮していなかったことだ。しかもオレらカップルと合わせて一緒に入ってきた客が全部で8人。店に入ったのは1時15分頃で、映画の開始が2時。10分で飯が出て10分15分で食って出れば間に合うだろうと思っていたのだが、オレを含む殆どの客が注文した天麩羅定食は天麩羅3品に野菜揚げ4品というもので、揚げる数が多いのだ。店主の手際は別に悪いものではなく、天麩羅を揚げるに適した時間をかけているだけなのだが、なにしろ客が多く品数が多い分をそれぞれ揚げるものだから、思った以上に時間が掛かる。

1時半をまわってもまだ全部揚げきっていない。そして時間は1時40分へ。映画開始まであと20分である。そしてようやくオレと相方の分が出てくる。オレの苛々と苦悩は頂点に達していたが、まあこれは天麩羅屋のせいではない。オレの目算が甘かったのだ。とりあえず味など気にせずかっ込むつもりで天麩羅定食を食う。ところが、これが意外と美味い。オレの苛々と苦悩があっという間に氷解する。そして見た目の量と反比例して、するする食えてしまう。さらに少しも油っこくない。しかも、食い終わった後、まだまだ食えそうな、オレの想像する天麩羅とは全然違うあっさり感がある。この天麩羅が天麩羅業界でどの程度のランクなのかは、天麩羅を食い慣れないオレなどは分からないが、値段を鑑みても、「当たり」の店だったことは間違いない。

飯を食ってなんとなく時間も間に合いそうなので心に余裕が出てくる。しかし面白い店だ。なにしろ、ネタの仕込がきちんとしていない。定食にはキス、海老、イカが入るはずだったが、イカが無くなったらしく、代わりに穴子が入ってきた。こっちのほうが割高なんじゃないのか。しかも1つの筈の海老が2つ。店主ちゃんと計算してるのか。さらに定食の味噌汁が底を付き、椀の半分しか入ってない。店主は申し訳ない申し訳ないと、もう一品揚げます、と言ってくれたのだが、これ以上揚げられたら時間が無いのでこれは丁寧に断った。この仕込みの甘さはうるさい客だとギャアギャア言うのかもしれないが、なにしろ「近所の天麩羅屋」だ。このいい加減な所がなんだか和む。いい加減がいい、という訳ではなくうるさい事を言う必然性を感じさせないなんだか緩い雰囲気なのだ。

オレらと他の客が入ってきた段階でネタも尽きてきたのか、次に入ってきた客が断られる。しかしその後入ってきた客に、「ご飯がもう無いんだ!買ってきなよ!」とか言っている。暫くしてその客がどこかでご飯を買ってきてまた入ろうとしたところ、丁度味噌汁が無くなった事が発覚、今度はなんと「味噌汁が無いんだよ!買ってきてくれよ!」と追い討ちをかける。というかこの客はなんなんだ。店の常連なのか。それにしても酷い扱いだが、横で聞いていて可笑しくてしょうがない。こんなのありかよ。でも可笑しい。

5分ぐらいで天麩羅定食をかっこみ、相方さんが食べ終わるのを待って、さらに余裕あるところを見せようと茶までもう一杯頼む。店を出たのが1時50分、映画館はそんなに遠くないしチケットももうとってあるので間に合うだろう。お勘定を頼むと店主は今日はすいません、とか言って100円割り引いてくれる。ああ本当に緩くていい店だ。食い終わった後も少しももたれないのも気に入った。これはまた来てもいい。いや、時間に追われてがっついた分、次回は余裕を見てゆっくり食いたい。今度また来よう。

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deradera 2012/02/25 10:30 いつも楽しく読んでおります。分かります。私も映画の前にランチを食べるときはいつも焦ります。よろしければ、どこの天麩羅屋さんか教えていただけませんか?時間に余裕を持って行くようにします。

globalheadglobalhead 2012/02/25 15:22 こんにちは。場所は桜木町だったんですが、いつもあまり行かない通りにあった上、お店の名前も覚えておりません。悪しからず。
それにしても今日も映画観に行ってたんですが、時間を間違えて上映直前に入ることになりおおわらわでした。ホント時間に余裕持つべきですねえ。

globalheadglobalhead 2012/02/25 15:40 あ、ごめんなさい、調べました。桜木町音楽通りの「あぶら屋」というお店でした。
http://r.tabelog.com/kanagawa/A1401/A140102/14010874/

deradera 2012/02/26 12:47 どうもありがとうございました!わざわざ調べていただいて恐縮です。今度、行ってみます!

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20120222(Wed)

[]世界の終り、そして憂鬱という名の昏きトンネルの向こう〜映画『メランコリア世界の終り、そして憂鬱という名の昏きトンネルの向こう〜映画『メランコリア』を含むブックマーク 世界の終り、そして憂鬱という名の昏きトンネルの向こう〜映画『メランコリア』のブックマークコメント

メランコリア (監督:ラース・フォン・トリアー 2011年デンマーク映画)

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I.

地球との衝突が懸念される外宇宙からやって来た惑星メランコリア。この危機的な状況の中にある人々を描いた物語が映画『メランコリア』です。しかしこの作品は宇宙的な規模の破滅を描いたSF作品ではありません。メランコリア=鬱病というタイトルが意味するように、惑星メランコリアは登場人物の鬱的な状態の象徴的な存在です。日常生活と表裏一体となった破滅への不安と恐怖に怯える人々の心象が具現化したものであるということができます。まずなによりスローモーションで描かれる冒頭のイメージの数々が美しい。これは物語全体のあらましを超現実的なシチュエーションで表現したものなのですが、そのままでもアート作品として見る事が出来るような素晴らしいクオリティです。このへんからトリアーの今回の作品への意気込みが伺えるぐらいです。

物語は2章に分かれます。まず主人公ジャスティン(キルスティン・ダンスト)の結婚式と、それがジャスティンの抑鬱状態により破滅的な状況を迎える一部始終が描かれます。幸福の絶頂であるはずのジャスティンはしかし、周囲が期待するお仕着せの幸せが次第に重荷となり、遂に精神的破瓜を起こすのです。彼女の異常な行動は、幸福という名の束縛から自由になりたい、という衝動が起こしたものなのでしょう。2章目はジャスティンの姉クレア(シャルロット・ゲンズブール)と夫、子供を中心に語られます。迫り来るメランコリアと地球との衝突の恐怖に怯えるクレア。彼女には家族との幸福な日常を守らねばならない、という葛藤があります。守らねばならないものがあるからこそ彼女は苦悩します。

II.

守らねばならないものは誰しもある。しかし時としてそのしがらみに人は苦しめられる。その重荷を背負うのを止めることは、自由を得られる行為であるのと同時に現実生活における責任の放棄ともなってしまう。しかし苦しみによりその現実生活さえ継続できないのであれば、人はどうしたらいいのだろう。それを回避するのには価値観を転換させるしかありません。けれども、価値観の転換というのも実は困難な作業であるのです。一方、1章で抑鬱状態からの破滅を引き起こしたジャスティンは、2章では衝突の危機の中を奇妙に達観して生きている。かつての彼女の抑鬱は、周囲からの抑圧から生み出されたものだった。だから結婚の破滅を経験しながらも、その束縛から解放された彼女は、2章からは妙にひょうひょうとしている。

世界なんか終わってしまえばいい、そううそぶくジャスティンの世界は、実は一度終わっている。彼女にとって、メランコリアの地球衝突などは、一度終わってしまった世界の清掃行為でしかありません。ある意味、第1章がジャスティンの惨い現実を描いたものだとすると、第2章はその現実を乗り越えるためのジャスティンの夢想、妄想ととらえてもいいかもしれません。それは彼女が彼女の知るはずの無い数字を知っていた、という描写にも現れます。2部がジャスティンの内的世界を描いたものなのだとするなら、そこは彼女の恣意性が支配する世界なのであり、ならば一見不可能なことも、内的世界であればこそ、それは可能だからなのです。だからこそ、観念的な存在である惑星メランコリアは世界を終わらすために、一度チャラにするために地球にやってくるのです。この1章と2章の対比は、抑鬱とそれを乗り越えたものの達観、という形で存在しています。これはかつて鬱病で苦しんだというトリアー監督の心象が物語られているのでしょう。待ち受ける絶望的な運命に超然とし、諦観さえしていられるのは、トリアーが自らを苛む陰鬱さに対して「腹をくくった」ということなのではないでしょうか。

III.

迫り来る破滅に対してジャスティンは、どこまでも落ち着き払い、怯える姉クレアとその息子レオの為に「魔法のまじない」さえ教えます。そして映画は、陶然となるような凄まじいラストを迎えます。「魔法のまじない」は唐突に語られ、なぜそれをジャスティンが知っているのかは説明されません。それは単なる気休めかもしれませんが、しかし救いというもののある形であることは確かなんです。トリアーは、鬱病という名の昏いトンネルを抜けた終点に、心を平静にさせる"何か"を見出した。陰鬱な現実から身を守り心を平静にさせる"何か" 、即ちその「魔法」とは、トリアーにとって創造する事、物語ることだったのではないか。そして、メランコリア=憂鬱の襲来により一度チャラにした世界の後に、トリアーはもう一度自分の生きられる世界を再生しようとしたのではないか。

あらゆる毒を吐き出しまくり、暴力と死と絶望が全編を覆い尽くす暗黒の問題作『アンチクライスト』は、トリアーにとっての解毒行為であったのでしょう。そしてその創造の後に作られた『メランコリア』には達観したような美と落ち着きがあった。天空を覆う惑星メランコリアの姿を、素裸になって川辺に横たわったまま、うっとりと眺めるジャスティンの姿は、まさに憂鬱の正体と心を裸にして対峙しそれを受け入れたトリアーの姿そのものなのではないでしょうか。自らを苛むものと対峙し乗り越えた後に作られた作品であるこの『メランコリア』の美は、創造という「魔法」によって成し得られたトリアーの新しい境地が詰め込まれていると感じてなりません。トリアー監督作品を数多く見たわけではないけれども、どうも苦手な監督で、その露悪的ともいえるいやらしい物語展開には辟易させられていたのですが、この『メランコリア』はその印象を払拭するような、美しさと確信に満ちた素晴らしい作品でした。ある意味自分にとってトリアー監督のベストと言ってもいいでしょう。

メランコリア 予告編

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アンチクライスト [Blu-ray]

アンチクライスト [Blu-ray]

samejawsamejaw 2012/02/22 22:34 やっと追いつきました!
私は、2010年11月1日に、デスルームと言うどうしようもないB級映画を観てしまい、あまりのくだらなさに
「世の中の人は、この映画にどんな感想を抱いたのだろう…」と、何気なくググったところ、こちらの2009年6月19日の記事がトップに表示されたので、読ませて頂いた者です。
その記事が、デスルームのしょっぱさとどうでも良さををあまりにも的確に面白おかしく書いていたので、救われた思いでした。
それ以降、こちらのブログに興味が湧いて、その後の二年半の日記を、毎日のように少しずつ読み、一年以上かかってようやく本日の記事に追いつきました。

洋画、洋楽、洋ゲー、洋書が好きで、都内在住の私には共感する部分も多く、いつも楽しく読ませて頂いております。ありがとうございます。
これからもお身体に気をつけて下さい。
(記事と関係なくてごめんなさい)

katokitizkatokitiz 2012/02/23 02:16 ↑胸熱なコメント!じぶんのことのように嬉しい!

globalheadglobalhead 2012/02/23 12:22 >samejawさま
どうもありがとうございます!なんだか凄い嬉しいコメントです。一年以上かけて古い記事をたどってもらえるなんて、ブロガー冥利に尽きるってものですよ。まあ結構しょうもない記事ばっかりだったような気もしますが、昔の記事だからとりあえず忘れたことにしておきます。
それにしてもデスルーム本当に下らなかったですよねえ。あまりに下らなかったので突っ込むのも楽しかったですね。実は自分の日記、結構このデスルームで検索して来てくれる方が多くて、検索語ではトップだったりするんですよ。調べたら去年見に来てくれた方でデスルームの検索語では1000人弱の方が来られているんですよね(デスルーム以外に見るべきものがあまりにも少ないという事情もありますが…)。しかも古い記事あのにいまだに検索されているっていうことは、みんな「なんだったのこれ?」って疑問に思っちゃうような映画なんでしょうね。意外とこの映画、隠れたカルトムービーなのかもしれなせんね。
自分ももう結構な年なので、以前のような馬鹿な勢いの文章が書けなくなってしまいましたが、またお暇なときにでも覗いて下さると嬉しいです。本当にありがとうございました。

>カト
全くお前ってやつは…

samejawsamejaw 2012/02/23 21:26 >調べたら去年見に来てくれた方でデスルームの検索語では1000人弱の方が来られているんですよね

これには結構貢献してる自身がありますよ!
私も年間200本近く映画を観る方なので、しばしば友達から、「オススメの映画は?」とか、「逆につまらない映画は?」などと聞かれるのですが、
そんな時はデスルームの話をしながら、iPhoneであの記事を開いて、「こんな映画」と、読んでもらいます(笑)
まぁ、だいたいの人の反応は、「逆に観たい!」です(笑)

話はそれますが、映画好きにとって、どうしようもないダメ映画やB級映画を、いかにしょうもない映画だったか、を説明する時って、妙にテンションが上がるモンですよね。
それで相手に笑ってもらえれば、つまらない映画でも観て良かったと思えるものです。


こちらの日記がきっかけで、アライバルやオスカー・ワオ、アイアムアヒーローや様々な素晴らしい映画に出会うことが出来ました。
引き続き読ませて頂きますので、宜しくお願いします。
では!

globalheadglobalhead 2012/02/24 12:16 おお、やっぱり拡散していただけてましたか。いっそのこと日記のタイトルもデスルームにしてしまおうか…(しないしない

20120221(Tue)

[]ポランスキー監督の映画『おとなのけんか』は極上のコメディだった! ポランスキー監督の映画『おとなのけんか』は極上のコメディだった!を含むブックマーク ポランスキー監督の映画『おとなのけんか』は極上のコメディだった!のブックマークコメント

おとなのけんか (監督:ロマン・ポランスキー 2011年フランス・ドイツ・ポーランド・スペイン映画)

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舞台はニューヨーク。子供同士の喧嘩で片方が怪我をしてしまい、それをきっかけに集まった二組の夫婦。最初は平和的に話し合いを進めようとしていた4人だったが、ちょっとした言葉のあやがどんどんと膨らんでゆき、しまいにはてんやわんやの大騒動に…というコメディ映画です。このコメディの監督にロマン・ポランスキーが挑戦している、というのも大いに興味をそそられましたが、二組の夫婦役をジョディ・フォスターケイト・ウィンスレットクリストフ・ヴァルツジョン・C・ライリーという涎の出そうな面子で演じているのがまた見ものなんですね。この4人それぞれの個性や性格が際立っていて、その個性と性格がぶつかり合い、次第に収集が付かなくなってゆく様が見ていてこそばゆくなるほど楽しいんです。映画は基本的にたった一つの部屋が舞台であり、主演の4人しか登場しないんですが、これだけの登場人物とシチュエーションでここまで見せる監督と俳優陣に脱帽しました。

まず怪我させられた子供の側、ロングストリート夫妻。こちらがマイケル(ジョン・C・ライリー)とペネロピ(ジョディ・フォスター)。いちおう「知的リベラル」な一般市民ということらしいんですが、それが物語を経て次第に怪しくなってくる。マイケルは大雑把で自分の事ばかり言っている快楽主義者だし、ペネロピは神経質で癇癪持ちで正しいことを言っているようでよく聞いてるとポジショントークばかりだったりする。そして怪我させちゃった子供の側、カウワン夫妻。こちらがアラン(クリストフ・ヴァルツ)とナンシー(ケイト・ウィンスレット)。二人はいわゆる富裕層で、鷹揚に見えながら実は剣呑、アランは家庭を妻に任せっきりの傍観主義者だし、ナンシーはこの物語で一番普通に見えて、実はとんでもない行動を突然起こし、物語の流れをいきなり変えてしまうという突拍子の無さを持っています。

でもこの4人、コメディによく出てくるような変人や頭がちょっと緩い人たちでは全然無いんです。実のところ知的だし経済的にも恵まれてるし、一見おかしいところも外れたところもない本当に一般的な人たちではあるんです。しかし同時に、一般的で普通な、という人たちでも誰でもある、「あの人、嫌いじゃないし、悪い人でも無いんだけど、ここさえなけりゃあなあ」と思わせる、ちょっとした「個性」があるんです。人付き合いをしている上で、普段なら問題にもしないであろう、そんな人の「個性」を、ちまちまとしたところから対立させ、次第に増幅させて仕舞いには大騒ぎまで持ってゆく物語展開が、実によく出来ているなあ、と感じさせられました。言っていることもやっていることも一見はみ出していない、変なことを言ったりやったりもしていない、にもかかわらずどんどんとお話の雲行きが怪しくなってゆく、こういった非常に常識的な状況からじわじわと突拍子も無いシチュエーションへと持ってゆく手腕が凄いんですよね。

子供を巡り2組の夫婦でちょっとした意見の相違でしかなかったものが、段々と子供の問題とは何にも関係ない個人攻撃や性格否定へと膨らんでゆき、さらに夫婦同士が仲たがいし、今度は相手の夫婦と意見が合ってみたり、さらには同性同士で共闘して「男はこれだから困る!」「だから女は嫌なんだ!」とやりはじめるさまは、もう可笑しくてしょうがないのと同時に、聞いていて痛いところを突かれるような部分さえあり、なんだか自分も一緒にこの論争に巻き込まれて苦笑いしてしまうんですね。早口でまくし立てられる言葉と言葉の応酬は、観ていて一瞬たりとも気の抜けない緊張感に満ち溢れています。たったの一言が物語の流れを変え、さらにあとあとの諍いの伏線になっていたりするからなんですね。コメディの筈なのにこれほど集中力を要求されるのも珍しいし、この中身の濃さと醍醐味を味わうには劇場が一番だ、とさえ感じました。

ここまで読んでまだ劇場行こうかどうしようか迷っているあなた!この映画では部屋中にゲロをぶちまけるケイト・ウィンスレットやパンツ一枚で途方に暮れるクリストフ・ヴァルツや酒くれよう酒くれようとピョンピョン跳ねるジョディ・フォスターの姿が観られたりするんですよ!どうしてそんなシチュエーションに!?それは劇場で観て確かめましょう!誰が観ても面白さは保障できますが、結婚されている方、子供のいる方、さらに奥さん同士なんかでこの映画を観ると特に楽しめると思いますよ。お勧めです。

おとなのけんか 予告編

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20120220(Mon)

[]時は金なり、持たざるもの生きるべからず〜映画『TIME / タイム』 時は金なり、持たざるもの生きるべからず〜映画『TIME / タイム』を含むブックマーク 時は金なり、持たざるもの生きるべからず〜映画『TIME / タイム』のブックマークコメント

■TIME / タイム (監督:アンドリュー・ニコル 2011年アメリカ映画)

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いつともしれない未来、遺伝子操作により人の寿命は25歳までに限定され、それよりも生きようとするものは通貨として「時間」を得なければならなかった。全ての経済はこの「時間」によってやりとりされ、それにより、持てる者はより長命に生き、持たざるものは短い人生を送らざるを得ない。映画『TIME / タイム』はそんなグロテスクな未来を描いたSF作品です。なぜ25年で寿命が限定されたのか、というと、医療技術が発達して人が基本的に不老不死になってしまい、人口増加を抑えなければならないが為に経済状況によって寿命を変動させよう、ということになったかららしいんですね。この社会では富める者が長命で、貧しいものが短命という寿命決定が成されますが、これは現実世界において経済格差による寿命のありかたを暗にほのめかしている、いわば寓意であり寓話ということが出来るんですね。

貧しい者に生きる価値なんかない、世界にとって何の役にも立たない、だからさっさと死んで構わない、そんなシステムが当たり前になった世界、というのは、しかし人口増加で人命がインフレーションを起こしているこの世界の在り様でもあるわけで、この着想は非常に皮肉であると同時に良質なSF設定だと感じました。そして「格差社会への怒り」というテーマは実に今日的であり、それをSFのオブラートで包んで描くことで、寓話のありかたとして実に優れたものになっているんですね。

映画では貧民街と富裕層の生活する街が段階を置いて区切られており、明らかな階級社会として成り立っています。そんな社会で主人公ウィル(ジャスティン・ティンバーレイク)はひょんなことから117年もの時間を手に入れる。これは要するに大金を手にしたのと同じことです。そして主人公はその時間=大金を手に富裕層の街へと繰り出すのですが、時間監視員のレオン(キリアン・マーフィー)は非合法な「時間」の入手があったのではないかとウィルを疑い、彼を付回します。一方ウィルは時間格差=経済格差に怒りを抱き、あちこちで「時間」を奪い、「時間」を持っていない貧しいものに配分し始めます。時間=通貨であるわけですから、この辺の流れは「貧乏に嫌気が差した男が銀行強盗を起こし、奪った金を貧しいものに分け与える」といういわば義賊の物語の変奏曲となっているわけです。

しかし、中盤からラストにかけて、この「義賊の物語」を描くことに終始してしまい、「格差を生む歪んだシステムへの挑戦」といった形へ物語が進まないばかりに、当初あったはずの物語の問題意識が、単なる「大泥棒の追跡アクション」へと矮小化されてしまったことがこの作品の完成度を落としているように感じます。設定はとても魅力的なのですが、その設定を生かして物語をもっと膨らませて欲しかったんですよね。つまり、寓話であるなら、クライマックスに、このような世界を生み出した時間管理機構なり医療技術機構なりと戦って、こんな社会を引っ繰り返してしまうような所まで物語って欲しかったんですよね。だって、結局格差は格差のままなわけで、それじゃあ観ていて納得できませんよ。まあ、この映画の世界が引っ繰り返っちゃうと、最初の問題設定であった人口増加がどうなっちゃうのかはわかりませんが、その辺はなんか知恵出してお話作ってくださいよ。

そんな具合にちょっと食い足りない部分のある映画でしたが、ジャスティン・ティンバーレイクの「貧民はハングリーだぜ!」な顔つきは好きでしたし、キリアン・マーフィーの血圧低そうなクールないでたちもやっぱり好きなんですよね。それと、映画全体のSF風味も決して悪くないんですよ。この映画の監督アンドリュー・ニコルって、『ガタカ』や『シモーヌ』みたいな優れた寓話SFを撮っている人で、『トゥルーマン・ショー』もやはり着眼点の面白い寓話的作品で嫌いじゃないです。ただ、全体的に端整過ぎて食い足りないという部分も似ていて、やっぱり次の作品もこんなテイストなのかなあ。なんかのきっかけで化けて欲しいような気もするなあ。

■TIME / タイム 予告編

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20120217(Fri)

[]エデナの世界 / メビウス エデナの世界 / メビウスを含むブックマーク エデナの世界 / メビウスのブックマークコメント

エデナの世界

大友克洋・宮崎駿・寺田克也・荒木飛呂彦など、多くのクリエーターに影響を与えたメビウスが描くSFファンタジー巨編が、遂に邦訳化! 本作は元々フランスの自動車会社「シトロエン」のために1983年に出版された作品で、その後シリーズものに発展した。 主人公のステルとアタンのコンビが、宇宙船に乗って、エデンの園を想起させる緑豊かな楽園めいた惑星に辿り着く。しかし二人は、ひょんなことから離ればなれになってしまい、見知らぬ土地で互いを探し合う。果たして、二人は再び巡り会うことができるのか?

音信不通になった小惑星工場を調査しにきたアタンとステルは小惑星ごと惑星「巨人」に落下し軟着陸する。惑星をさまよう二人は膨大な数の宇宙船に取り囲まれる形になった超巨大ピラミッドを発見、そこで何事かを待ち受ける宇宙船の乗客たちと出会う。そして上昇する巨大ピラミッド、その中へ吸い寄せられてゆくアタンとステル、宇宙船の人々。ピラミッドは宇宙空間へと飛び立ち何処かへと消えてゆく。ピラミッドの中で目覚めたアタンとステルはエデンの園のような惑星に辿り着いたことを知る。ホルモン抑制剤の切れた二人はそれぞれが男性と女性であることを初めて知り、それに戸惑う二人に諍いがおき二人は離れ離れになってしまう。そしてそれぞれを待ち受ける不思議な意識体と繰り返し襲い掛かる悪夢の存在。惑星には全身をゴムスーツのようなもので覆ったクローンたちによって作られた奇妙な地下都市が存在し、生身の体を晒すアタンとステルを不浄なものとして追い掛け回す。アタンとステルは再び巡り合う事が出来るのか。二人を襲う悪夢思念体の正体は何か。――フランス・コミック界の巨匠、メビウスの描く傑作コミック『エデナの世界』はこんなふうにして物語が進んでゆく。

卓越した描線。美しい色彩。乾いた世界観。自由な発想と稚気溢れる連想から生み出される変幻自在の物語。世界のコミック・アーチストの中でもトップ・クラスの才能を持つメビウスが1983年から2001年にかけて製作し出版した『エデナの世界』は、そんなメビウスの世界を余すところ無く堪能できる極上のSFコミックである。一昨年日本でようやく邦訳の出た『アンカル』が、アレハンドロ・ホドロフスキーによる原作であり、メビウスの美しいタッチが味わえたとはいえ、物語的にはホドロフスキーの神秘主義的世界が全面に押し出された世界観だったとすると、作画ともメビウス・オリジナルである本作は、メビウスの魅力に真に迫ることができる作品だということが出来る。

この『エデナの世界』は、フランス本国では本編5巻とスピンオフ1巻で構成され、今回の日本語版では1冊本として発売されるが、構想の段階で、メビウスがこの物語の行き先を全て作り上げ、それぞれの巻を描き上げていったとは思えない。不思議な惑星で、一組の別れ別れになった男女が再び巡り合う、といった大まかな構成はあるにせよ、ここで描かれるめくるめくようなイメージの数々は、その時その時の、メビウスの軽妙洒脱な発想力と、イメージがイメージを生んでゆく、奔放な想像力が、物語を牽引する原動力になっていたのだろうと想像出来るからだ。メビウスはきっと、自らの筆が自らの意思を持ったかのようにイメージを紡いでゆくにまかせながら、この物語を完成させたのだろうと思う。だからこの物語は、堅苦しいドラマツルギーや、退屈な叙述作法などに拘泥することなく、作者メビウスの描く楽しさがダイレクトに伝わってくる作品となっているのだ。その世界は広々として、それがあたかも無限であるかのように自由に満ちている。そこには不思議があり、謎があり、危険があり、冒険がある。絵物語を読み進める愉悦に満ちた当代最高のコミック、メビウスの『エデナの世界』を、刮目して読め!

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エデナの世界

エデナの世界

L'INCAL アンカル (ShoPro Books)

L'INCAL アンカル (ShoPro Books)

20120215(Wed)

[]問題作『POSTAL3』はグラインドハウスなバカゲーだった! 問題作『POSTAL3』はグラインドハウスなバカゲーだった!を含むブックマーク 問題作『POSTAL3』はグラインドハウスなバカゲーだった!のブックマークコメント

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『POSTAL』といえばあまりに残虐過ぎてアメリカでは発禁になったいわくつきのゲームであります。どんな風に残虐かというと、このゲームの主人公は単なるキ印、通り魔、無差別殺戮野郎でありまして、ゲームはストーリーがどうたらこうたら言う以前に、平和な町に住む善良な市民の皆さんをただただひたすら理由も無く惨たらしく無差別に殺して殺して殺しまくってゆくだけ、というとっても酷いゲームなんですね!殺し方もバリエーションに富み、銃で蜂の巣にしたりマチェーテでバラバラに切り刻むのは当たり前、ガソリンかけて火をつけて、悲鳴をあげながら逃げ惑う善良な市民の皆さんの姿を愛でたり、パレードの象をけしかけて善良な市民の皆さんが踏み潰されてゆく阿鼻叫喚を楽しんだり、挙句の果てに「小便」コマンドで死体に小便かけたりもできるんですね!なんて酷いゲームでしょうか!こんなのは発禁になって当たり前ですね!

で、その『POSTAL』の3作目、『POSTAL3』が発売され、どれほどけしからんゲームなのか確認する為に買ってやってみました!いや以前『2』もやってみたんですけどね、当時持ってたPCのスペックに合わなかったのか、重すぎてゲームにならなかったんですよ。クソゲーのくせに重いなんてとんでもない話ですね!

でまあこの『3』、やる前から分かってたことですが、もう思いっきり下らないんですよね。おまけにゲームとしての作りもサイテー、まあ最悪とまでは言いませんが、操作性からシステムからホント、ショボショボで、ぶっ殺しまくることはぶっ殺しまくるんですが、なにしろただ殺しまくるだけで、一応ミッションはあるにせよ結局どれも同じ、メリハリも無いし緊張感も無いし、やっていてこれだけ時間の無駄使いをしみじみと感じさせてくれるゲームも近来珍しい、まさにクソゲー中のクソゲー、キングオブクソゲーの名をほしいままにするようなしょーもないゲームの作りなんですわ。

まあしかし、このゲームをやって怒るのって、ソープ行ってソープ嬢に「不道徳だ!」と言ったりスプラッタムービー観に行って「人間の見るものじゃない!」と怒ったりするような勘違いも甚だしい行為であって、『POSTAL』をやる以上はこれが下らないサイテーのゲームであって、それ以上のものを求めるのは野暮の中の野暮だって言われてもしかたありません。まあそれにても下らなかったですけどね。

そんな中で面白かったのは最初のミッション、ポルノショップに勤めた主人公が糞真面目な町のポルノ反対デモを撃退するやつでしょうかね。主人公は最初、ポルノショップの掃除夫として掃除機で客が床に捨てた使用済みティッシュを吸い込むことからはじめるんです!そしてデモのヒステリー連中がやってきたらその掃除機を逆流させ、使用済みティッシュをデモの連中にぶちまけるんですね!ベチャベチャに濡れたアノ臭いでいっぱいのティッシュを浴びたデモの連中はそこで思いっきりゲロ吐いて成仏するんですね!いやあキタねえなあ!エグいなあ!

その他にもどうみてもベトナム人にしか見えない日本料理屋の日本人を叩き殺して廻るミッションや、なぜかビン・ラディンアルカイダを血祭りにあげるミッションとかもあって、まあこうやって書くと楽しそうですが、やればやるほどどうでもいい感の増してくる糞つまらない出来になっています。しかしこのグダグダ感、ダラダラ感が、やっていてなんかこう和むといいますか、ボーっとしながら出来る、そんな良さが無いわけでもない…いや、やっぱねーよそんなもん!

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ポスタル3 【日本語マニュアル付英語版】

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ポスタル2 コンプリートパック・プラス 完全日本語版

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20120213(Mon)

[]パンク、異端児、スーパーハッカー。映画『ドラゴン・タトゥーの女』の魅力はひとえに主人公リスベットにある。 パンク、異端児、スーパーハッカー。映画『ドラゴン・タトゥーの女』の魅力はひとえに主人公リスベットにある。を含むブックマーク パンク、異端児、スーパーハッカー。映画『ドラゴン・タトゥーの女』の魅力はひとえに主人公リスベットにある。のブックマークコメント

ドラゴン・タトゥーの女 (監督:デヴィッド・フィンチャー 2011年アメリカ、スェーデン、イギリス、ドイツ映画)

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デヴィッド・フィンチャー監督の映画は、題材の選び方が非常にユニークであり、ある意味センセーショナルで話題性のあるものを取り上げていることが多いため、興味をそそる監督であるし、その映画も一通り観てはいるのだ。『ファイト・クラブ』や『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』などはとても好きな映画だったりするし、『セブン』や『パニック・ルーム』も、悪くない出来だろう。にも関わらず、例えば『ゾディアック』や『ソーシャルネットワーク』あたりは、どこか今ひとつ観ている自分の感情が入り込み難い作品であった。そして今回の『ドラゴン・タトゥーの女』である。レッド・ツェッペリンの「移民の歌」(のアレンジ・バージョン)をフィーチャーした予告編がとても気に入っていたので、大いに期待して観に行ったのだ。

物語の舞台はスウェーデン。ジャーナリスト、ミカエル・ブルムクヴェスト(ダニエル・クレイグ)の元に、かつてスウェーデン経済界に君臨していた大富豪、ヘンリック・ヴァンゲルから、40年前失踪し、行方の分からないままになっている、一族の娘が巻き込まれたであろう事件の真相を追って欲しいという依頼が来る。失踪した現場は、一族の住む島であったが、橋一つでのみ内陸に繋がっている島から娘が出て行った形跡は無い。犯人はその時島に集まっていた一族の誰かであり、そして誰もが疑わしい。ミカエルは、調査協力者を探すが、彼が白羽の矢を立てたのは、人を寄せ付けぬパンク・ファッションに身を包み、天才的ハッカー技術を持つ女、リスベット・サランデル(ルーニー・マーラー)だった。そのリズベットは、忌まわしい過去を持ち、周囲と相容れたがらない反社会的な側面があった。

なにしろまず第一にこの映画は、ルーニー・マーラー演じるリスベットの、キャラ萌えの映画である、と言い切ってしまっていいだろう。蒼白な顔色に沢山のピアス、パンキッシュなファッションと超然とした態度、寡黙、人嫌い、変人、にも関わらず驚くべきハッカーの腕前と頭の回転のよさと洞察力を持ち、時として暴力に見舞われるが、その暴力に対して3倍返しはする断固たる意思と実行力、エキセントリックという言葉があまりにも似合うリスベットというキャラに、自分はすっかり魅了されてしまった。今ハリウッド女性キャラで旬であり.1と言えるのはこのリスベットを他において存在しないだろう。この映画はリスベットの一挙手一投足に感嘆し賞賛し愛でる為に存在しているとさえ思う。社会的に虐げられているものであるにもかかわらず、その逆境をものともせずに打ち返す女、しかし、その身に纏ったパンク・ファションと鋭利な知性は、この過酷な現実から身を守るための鎧でしかなく、そのクールな態度とは裏腹のナイーブさがどこかに存在すると感じさせてくれる女、それがリスベットだ。リスベットというキャラクターへの共感は、内面の脆さを懸命に強さへと変換しようとする、彼女の死に物狂いの生き方そのものへのリスペクトであるのだ。

一方、そのリスベットと共に事件調査をするミカエルは、正義と公正を重んじ不正を消して許さない、伝統的なヒーローだ。彼もまた優れた知性と行動力を持ち、マッチョというものではないにせよ、男らしさと父性を兼ね備えた魅力的な人物だ。映画は、事件の真相を追うミステリ部分と共に、調査を通し、このミカエルとリスベットとに、恋人同士のような、親子のような、そしてどこか戦友のような、強い絆が生まれてゆくさまが描かれてゆく。

しかし、この物語には、ヒーローであるミカエルが既に存在しているのに、もう一人、エキセントリックな鬼っ子であるリスベットが登場しなければならない必然性がどこにあるのだろうか。逆に、ミカエルの存在しないリスベット一人の活躍の物語であってもおかしくはないわけで、これは、「なぜこの二人が主人公なのか」ということを考えなければ読み解けない部分が物語にあるということなのではないか。それは、この物語が、社会的弱者としての女性が惨たらしい犯罪の犠牲になっている、ということをメインテーマに持ってきていることがあるのだろう。ヒーローであるミカエルは、男として、男社会の作り出した陰惨な歪みを追求しようとする。そしてリスベットは、女性であるばかりに、自らも一人の社会的犠牲者となってしまった背景を持ち、その立場から、女性を餌食に掛ける忌まわしい事件を糾弾しようとする。こういった、男女それぞれの立場から、一つの事件を追い詰めてゆく、という構造の物語は、今までもあったのかもしれないが、やはり珍しくそして新鮮であり、男女が一つの社会をそれぞれに担っていることを考えるなら、非常に理想的な構造を持ったドラマだということができるのだ。

だが、そういった構造の物語だと考えるなら、フィンチャーの描くこの物語の在り様は、物語が持つ本来エモーショナルなものをスタティックに描きすぎているように感じた。キャラクターとしてのリスベットがあまりにクールに描かれ過ぎているがゆえに、リスベットが"たまたま"女性が犠牲者の事件の調査をしているようにしか見えない、つまり、リスベットのこの物語における存在理由が説得力薄弱にみえてしまうきらいがあるのだ。フィンチャーは、洗練さゆえに自らが描くものを突き放し過ぎている、客観的に描きすぎているのではないか。映画を観る時に、映画に登場する者の内面を考えるのと同じぐらい、それを描く監督の内面も考えるものだが、フィンチャーはフィンチャー節ともいえる独特の感触のある監督であることは理解できても、職業監督としてあまりにもプロフェッショナルに徹しているせいなのか、フィンチャー自身の内面自体は捉えにくい、そのことが、自分がフィンチャー映画に対してこれまで感じた微妙な肌の合わなさの原因ではないかという気がするのだ。

とはいえ、先に挙げたリスベットの魅力、そして、ダニエル・クレイグの円熟した演技力、さらに、脇を固める演技人の一癖あるキャラクターの面白さから、この映画は傑作であるといっていい。原作は3部作で、既に原作の書かれたスウェーデンでは3部作とも映画化されているらしいが、このハリウッド版も是非残り2作を映画化して欲しい。ただし、デヴィッド・フィンチャー抜きで。

ドラゴン・タトゥーの女 予告編

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ソーシャル・ネットワーク [Blu-ray]

ソーシャル・ネットワーク [Blu-ray]

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20120212(Sun)

[]休日日記 休日日記を含むブックマーク 休日日記のブックマークコメント

  • 相方さんが風邪でうんうん言ってるのにも関わらず、「もうチケットとっちゃったんだけど映画観に行かない?」と誘う鬼のようなオレ。
  • そうしたら自分も風邪ひいたっぽく、少々ダルいまま映画館に行くことに(悪いことは出来ない)。
  • しかし映画観終わったら治ってた。映画は百薬の長(んなことない)。
  • お昼はラーメン。

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  • ついでに相方さんからチョコ貰った。ありがとうありがとう。これで今年も安泰だ(そうか?)!

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  • しかし相方さんが風邪引きなので夕飯オレが作ることになってたのに、居眠りしてしまったオレに業を煮やした相方さんがさっさと作ってしまう。
  • 使えないオレ…。
  • 今晩はちゃんと作るから許してくれ…。
  • とか言いつつ今日はお昼っから大量に菓子食ってしまい、夕飯までに腹が減る気が全くしない。
  • せめて相方さんだけでも食ってくれ…。
  • というわけで酢豚作った!意外と上手く出来た!

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kk 2012/02/19 13:17 美味しそうですね。白いご飯がすすみそう。

globalheadglobalhead 2012/02/19 14:14 クックパッド見ながら酢豚ソースから作ったんですが、まさかケチャップベースで出来るなんて驚きでしたよ。
お肉は揚げずに片栗粉を付けてちょっとの油で炒めただけですがこれもうまく行きました。

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20120210(Fri)

[]『ブルーベルベット』Blu-rayにはお宝未公開映像が満載だった! 『ブルーベルベット』Blu-rayにはお宝未公開映像が満載だった!を含むブックマーク 『ブルーベルベット』Blu-rayにはお宝未公開映像が満載だった!のブックマークコメント

ブルーベルベット(オリジナル無修正版) [Blu-ray]

この間遂に『ブルーベルベット』Blu-rayが発売され、早速買ってみた。鮮明な画像とくっきりした音楽で観ることのできる『ブルーベルベット』は実に素晴らしい体験だったが、それとあわせ、今回初公開となる52分に及ぶ未公開シーンのお蔵だし映像が非常に興味深いことになっている。

ブルーベルベット』は製作側との契約で4時間のオリジナル版が2時間に短縮され、カットされたシーンは長い間行方不明になっていたという(『ブルーベルベット』DVD版からの説明)。しかしこのほどシアトルの倉庫から失われていたフィルムが奇跡的に発見され、そのうち52分がこのBlu-rayに収められている(削除された2時間全てのフィルムが見つかったのかどうかはわからない)。『ブルーベルベット』DVD版では「スチールによる未公開シーン再現」であったものが、この度やっと動画で見られるというわけだ。

しかもこのカットシーン、画質は綺麗だしきちんと音楽や効果音も入っているし、よくソフトの特典映像で入っている、編集の段階で削除された汚い映像のカットシーンとは訳が違う。このまま本編に組み込まれても全く遜色ないだろう。まあ実際のところ、削除されるのもわからないでもないようなテンポの悪いシーンも多いのだけれども、そもそもデヴィッド・リンチの映画においてテンポとはなんぞや?ということも言える訳で、これらのカットシーンがきちんと挿入された真のオリジナル版はどんな出来だったのだろうと想像が膨らむ。なおDVD版も観て確かめたのだが、DVD版の「スチールによる未公開シーン再現」に存在していて今回のBlu-ray版未公開シーン集に存在しない映像もあるようだ。

さてBlu-ray版未公開シーン集はざっとこんな感じ:

・主人公のジェフリー(カイル・マクラクラン)が大学のボイラ−室かどこかでエッチしている男女をデバガメしているという、「やっぱりこいつ覗きが大好きだったのか」と思わせるシーン。
・その大学に電話が入り、「お父さんが病院に担ぎ込まれたんで実家帰ってきなさい!」と母親に命令されるシーン。さらに大学の級友や恋人との別れのシーンも入る。
・実家に帰ってうんざりしているジェフリー。母と叔母との間で退屈そうに食事。大学の恋人に電話するも、シーンを追うごとに段々疎遠になってゆくジェフリーが哀れ。
・刑事の家を訪ね、そこでコーヒーとケーキをご馳走になるシーンが2回。しかも妙に長い。この辺『ツインピークス』っぽい!
・女子高生サンディ(ローラ・ダーン)の恋人・マイクの登場シーンも多い。そしてこれがまたとても退屈なヤツ!
・ドロシー・ヴァレンズ(イザベラ・ロッセリーニ)の舞台を観にジェフリーとサンディが酒場に入る。何故か舞台では犬が延々ドッグフードを食っている、というだけの出し物をしている。さらに次の出し物は恐ろしくつまらないコメディアンのトーク。これがまた妙に長い。舞台の背景もバンドもコメディアンのうしろで踊っている女も変。ここのシーンよかったなあ。
・ドロシーの部屋を訪れるジェフリー。フランクの手下がやってきて慌てて隠れるジェフリー。フランクの手下はドロシーに「俺にも一発やらせろ」と詰め寄るが追い出される。ドロシーはジェフリーの手を引いて屋上に上がる。そこでドロシーは自らの赤い靴を屋上から投げ、さらに自分も身を乗り出す。しかしジェフリーに引き止められ、そこで二人は抱擁、キス。ここは映画に入れてもおかしくないほど情感的でいいシーンだった。
・フランク(デニス・ホッパー)がジェフリーとドロシーを連れてトップレス・バーに訪れる。そこでフランクは一人の男をいたぶりはじめる。なぜか後ろにいる女が自分の乳首に火を点け、そして2つの乳首が豆電球のように輝き始める。…リンチらしいわけの分からないシーン。

特典映像には他に「ドキュメンタリー:「ミステリー・オブ・ラブ」(110分)」「NGシーン(1分30秒)」「映画評論番組"SISKEL&EBERT"(1分30秒)」「秘蔵映像集(4分程度)」「予告編集」が収録されている。「ドキュメンタリー:「ミステリー・オブ・ラブ」」はDVD版に収録されているのと同じものだが、ここでのイザベラ・ロッセリーニデニス・ホッパーの初顔合わせの話が凄い。一番最初の撮影がフランクがドロシーをレイプするシーン。デニス・ホッパー演ずるフランクの前で、イザベラ・ロッセリーニは足を開くのだが(「マミー!やりてえよ!」)、このとき、イザベラ・ロッセリーニは、下着のラインが出ないようにするため、下着をつけていなかったという。そんなことなど知らず、目の前に現れたものにびっくりするデニス・ホッパーにイザベラが謝ると、デニス・ホッパーは「見慣れてる」とぶっきらぼうに言ったのだそうだ。いい話だなあ!あとBlu-rayで観て初めて気付いたんだが、ジェフリーってピアスしてたんだね?

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jkjk 2012/02/10 12:29 リンチ作品は苦手な部類なんで一番好きなのは『砂の惑星』と『ワイルド・アット・ハート』だったりします。 『ブルー・ベルベット』の題名とは異なり赤が印象に残る作品なのでブルーレイの発色がどんな加減に調整されているのか気になります。デビット・リンチって意外と自分の作品ソフトには無頓着な印象ですが。

globalheadglobalhead 2012/02/10 12:37 実はリンチ映画って毎回観る度に「どうなってんだよこれ!」と腹が立つんですが、にもかかわらず後からもう一回見直したくなるんですよねえ。逆に「ブルーベルベット」だけは劇場で面白く観られた映画なんですよ。特典映像のインタビューで言っていましたが、ドロシーの部屋の赤は、その色彩と場所を観客に強く印象付けるために映画の他の場面では一切使っていない赤なんだそうですよ。

jkjk 2012/02/10 15:45 ってな話を訊くとやっぱり観直したくなっちゃいますねー 。 話は変わりますが『マルホランド・ドライブ』ってLA周辺のクルマやバイクの走り屋が集まる有名な峠道なんで題名だけ見て『ワイルド・スピード』みたいな系統と勘違いしてレンタルしてしまった人が身の回りに結構います。

globalheadglobalhead 2012/02/10 21:22 『ブルーベルベット』って見るからに変態さんな人ばかり出てきたので笑って観れるのが好きなんですね。
『マルホランド・ドライブ』を男臭い走り屋のお話だと思って観てしまったみなさんは観終わった後「なんじゃあこりゃあああ」とか言って暴れたりしなかったでしょうか!?

jkjk 2012/02/12 14:05 駄菓子だと思って食べたら昆虫料理だったようなもんですからねー。 ご想像通りの反応です!

globalheadglobalhead 2012/02/12 15:31 昆虫料理だと知ってても昆虫料理食べるのは根性要りますからねえ。ご愁傷様です…。

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20120209(Thu)

[]最近ダラ観したBlu-rayとかDVDとか 最近ダラ観したBlu-rayとかDVDとかを含むブックマーク 最近ダラ観したBlu-rayとかDVDとかのブックマークコメント

■4デイズ (監督:グレゴール・ジョーダン 2009年アメリカ映画)

4デイズ [Blu-ray]

4デイズ [Blu-ray]

時限核爆弾を仕掛けたテロリストを拷問しまくって尋問するっていう映画なんだけど、核テロっていうテーマだけならもはや『CoDMW』あたりのFPSゲームの世界から完全に置き去りにされてるよね。で、主人公である残虐な尋問官っていうのが冷酷無比かと思ったら段々グダグダになってくるし、拷問の方法も手ぬるいし、こういうブレのある性格のヤツを主人公に据えたのが敗因で、もう一人の主人公であるFBI捜査官がブレない尋問官を突き崩すという役回りだったほうが面白かったんじゃない?

■ウソツキは結婚のはじまり (監督:デニス・デューガン 2011年アメリカ映画)

アダム・サンドラー主演、サンドラー映画御用達監督デニス・デューガンによるユルユルお馬鹿コメディ。でもこういう映画って週末に500円ぐらいの料金のあんまり混んでない劇場でビール片手にボケッとして観るなら最高なんだよね。そういう劇場が日本には無いからDVDで家で観るのが一番適しているといえるんだけども、こういうグダグダユルユルの何の栄養分も無い映画って気楽に見れるからこそ貴重なんですよ。日本は映画料金高いから「愛と感動!」とか「緊張と興奮!」とかいったお腹いっぱいになれる映画が尊重されちゃうけど、映画観る楽しみはそれだけじゃないと思うんだよな。ニコール・キッドマンがバカ女役を好演してるからお気楽映画好きの人は是非観てよ!

■ホール・パス/帰ってきた夢の独身生活<1週間限定> (監督:ボビー・ファレリー、ピーター・ファレリー 2011年アメリカ映画)

メリーに首ったけ』『愛しのローズマリー』のファレリー兄弟による新作映画だが、前作『ライラにお手あげ』同様、日本ではDVDスルー。上で紹介した『ウソツキは結婚のはじまり』同様のお気楽コメディなんだけど、物語が直線的で脚本を説明することで手一杯になっちゃって、遊びがないというかどうでもいい可笑しさが足りない分コメディとして物足りなさを感じるんだよなあ。あとこれまでのファレリー兄弟と比べて華が無いのはちょっとした有名俳優の配役が無いからか。ファレリー兄弟独特の毒も今回は空回り。

グリーン・ランタン (監督:マーティン・キャンベル 2011年アメリカ映画)

世間一般では評判の悪かったアメコミヒーロー映画だけど、言われてるほど悪い出来ではなかった。確かに展開が緩いしだらだら長いし、CGIはお金は掛かってたんだろうけどドラマのほうはTV番組並みの薄っぺらさ、配役の華の無さをを感じはしたが、逆にTVドラマの総集編と思って(実際はそうじゃないけど)観るならそんなに酷いもんでもない。特にCGI部分は「グリーン・ランタン」っていうぐらいだから緑中心のエグイ配色がチープさをなおさら加速させ、実にB級SF臭くて楽しめた。これ、人間ドラマ部分全部無くしてCGI中心のケバイい映画にしたほうがもっと面白かったかも。

インシディアス (監督:ジェームズ・ワン 2010年アメリカ映画)

インシディアス [Blu-ray]

インシディアス [Blu-ray]

なんだか既存のホラーのパッチワークみたいな映画で、この作品ならではっていう個性が全然感じられないんだよな。お化け屋敷みたいなコケ脅かしはそれなりに挟まれていたが、みんな想定内でたいした驚かず。『パラノーマル・アクティビティ』臭が相当するのだが、かなりつまらなかった『パラノーマル〜』よりもある意味退屈だったな。わかりやすいカジュアルさが受けたのか?

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20120208(Wed)

[][]大友克洋のイラスト集『KABA2』を買ってきた 大友克洋のイラスト集『KABA2』を買ってきたを含むブックマーク 大友克洋のイラスト集『KABA2』を買ってきたのブックマークコメント

■OTOMO KATSUHIRO ARTWORK KABA2

OTOMO KATSUHIRO ARTWORK KABA2

大友克洋のイラスト集『OTOMO KATSUHIRO ARTWORK KABA2』を買ってきました。

第1集である『KABA』の出版が1989年ということですから、20数年ぶりの第2集ということになります。第1集が1971年から1989年の19年分の作品を収めたものであり、この第2集では1990年前後から2011年までの作品が集められています。1990年は『AKIRA』の雑誌連載が終了した時期であり、ある意味、『KABA』と『KABA2』は、『AKIRA』前『AKIRA』後、ということも出来るんですね。

そして『AKIRA』終了後は、大友克洋が漫画の世界よりはアニメなどの映像の世界に近づいていった時期でもあり、この『KABA2』では、大友のそういったアニメ・映像関係の仕事が多めに収録されています。ですから『AKIRA』終了後に製作されたアニメである『老人Z』、『MEMORIES』、『スチームボーイ』の様々な設定画を見ることができます。特に『MEMORIES』の中の一編「大砲の町」を題材にした、オールカラーの『絵本 大砲の町』が目を引くでしょう。

さらに大友版『ガンダム』や『バットマン』など、こんな仕事もしてたのか!というイラストにもびっくりさせられますよ。大友デザインの『ガンダム』なんて三葉虫みたいだった!『バットマン』はアメコミ『バットマン:ブラック&ホワイト』に収録されたものを彩色しています。

一世を風靡した大友克洋ですが、今見ると絵的には20世紀だなあ、と感じる部分があって、決して往時の勢いを感じることはないのですが、既に漫画史にその名を残す氏の仕事の数々を堪能できるといった意味で、貴重なイラスト集であることは間違いないでしょう。あとこれで美少女描けたらなあ…。

ちなみに4月9日から5月30日まで《大友克洋GENGA展》というのも開催されます。これ、完全予約制なので行きたい方は要注意。自分も予約とか得意じゃないので行けるのかどうか…。詳しくはHPをチェックされてください。

OTOMO KATSUHIRO ARTWORK KABA2

OTOMO KATSUHIRO ARTWORK KABA2

大友克洋アートワーク KABA (OTOMO KATSUHIRO ART WORK)

大友克洋アートワーク KABA (OTOMO KATSUHIRO ART WORK)

■ヒピラくん / 大友克洋、木村真二

ヒピラくん

ヒピラくん

朝がこない吸血鬼の町、サルタ。いたずらが大好きなヒピラくんがともだちのソウルくんと一緒に、今日も冒険を繰り広げるよ!世界から注目されるふたりのクリエイターが織りなすコミック・アートブック!一話分が追加書き下ろしされた新バージョンで登場!

一方こちらは大友克洋原作、木村真二絵による絵本。主人公ヒピラくんは吸血鬼の町に住むちびっこ吸血鬼、今日もいたずら三昧でみんなを困らせます。そんなヒピラくんの不思議な冒険を描いたこの絵本、木村真二氏の実に美しく丁寧に描かれたグラフィックと、「大友さんこんな物語も書くんだ?」と思わせる愉快な展開で、大人の自分も十分楽しめました。

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アニメにもなっているようですね。

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とびだすアニメ!! ヒピラくん Blu-ray 3D

とびだすアニメ!! ヒピラくん Blu-ray 3D

じゅーしーじゅーしー 2012/02/08 13:58 KABA、友人に借りて延々見てました。
河の底から伺っているカバの目が美しくて驚いたのを覚えています。
NHKの「YOU」イラストとかが好きですね。

globalheadglobalhead 2012/02/08 15:32 「AKIRA」連載前後の大友は本当に神がかっていましたからね。
一挙手一投足が全て注目の的でした。
そんな中でリリースされた第1画集「KABA」は自分も舐めるように見ていましたよ。
最近はアニメ等の活躍が多くなってしまいましたが、また大友の新作SF漫画が読みたいです。

RASRAS 2012/02/18 09:54 高校生の頃、教師から職員室に呼び出しをくらいました。ビクビクしながら出向くと先生は鞄の中からKABAを取り出して「大友ファンのお前に見せびらかそうと思ってな!w大友は矢張り凄いよな!」と自慢されました。

globalheadglobalhead 2012/02/18 18:25 実はいい先生だったんではないですかね。今回の自分のエントリも実は「買ったんだぜ!」の自慢だったりして。しかしKABA発売の時が高校生!自分はなにやってたっけかなあ。

20120207(Tue)

[]『21世紀のための吾妻ひでお』の表紙が結構凄かった件 『21世紀のための吾妻ひでお』の表紙が結構凄かった件を含むブックマーク 『21世紀のための吾妻ひでお』の表紙が結構凄かった件のブックマークコメント

エロ系を得意とする漫画家の山本直樹氏監修による吾妻ひでおベストセレクション『21世紀のための吾妻ひでお』が発売されたんですが、表紙がエライことになっていて書店でレジに出すのを一瞬ためらってしまった小心者のオレであります。これが表紙!

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そしてこれが裏表紙!

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モデルは知る人はよく知っているコスプレイヤーのうしじまいい肉さん。撮影はまんだらけの中野店で行われたようですね。うしじまさん、知らない方のためにちょっと紹介するとこんな写真こんな写真をやっておられます。エロ!ロリ!オタク!というコンセプトなのでしょうか、確かにエロ!ロリ!オタク!の吾妻さんの漫画の表紙を飾るのも間違いではないかもしれません。

しかし、うしじまさんの活動もエロさにも何も言うことはありませんが、エロ!ロリ!オタク!の吾妻さんはもう一つ、2次元!でもあると思うのですよ。だからこのうしじまさんのエロエロな肢体は、決して悪くない、個人的には一人でネットでじっとりと眺めまくっていたい、と思わせるものはあるにせよ、生身の人間の方であるがゆえ、当然ながら"生臭い"んですよね。反対に、吾妻さんの漫画に登場する美少女たちは、エロくてロリではありますが、血の通っていないセルロイド人形のような、つやつやとした非人間性がある、そしてこの非人間性は、吾妻さんのSF趣味とも通じるところがあると思うんですよ。SF好きなんてね、現実の生臭さが嫌いでSF読んでたりしますから。まあ少なくともオレがそうですから、このうしじまいい肉さんの表紙は、大変ソソりますし、吾妻的なものの片鱗をうかがわせるものはあるにせよ、"生臭い"というその一点でもって吾妻的なものから乖離しているのではないかと、まあ、そう思ったのでありますね。ともあれ、吾妻漫画の基本はエロだよ!それも思いっきりいかがわしいやつだよ!ときちんと表明しているという意味において、これもひとつの方向性であるということはできるでありましょう。

さてその内容ですが、これがもう、監修の山本直樹氏、わかってるじゃん!と言いたくなるほどに、いいツボついてます。帯にも「膨大なきらめく作品群の中から絞り込んで200ページにまとめるなんて、とても無理だ」書いているぐらいですから、セレクトするのには相当のご苦労があったのは伺えますし、それと同時に、有名作といえども切る所はばっさり切っている部分にも、山本氏のしっかりした方針が見受けられます。ここに収められている作品の殆どは読んだことがあるのですが、こうして一冊にまとめられてみると、山本氏のセレクトの良さが光っているがために、物凄く新鮮に読め、さらに発見があったりするんですよね。

それは吾妻さんの漫画にある、不条理感と、それが連発されるドライブ感なんですよね。吾妻さんの漫画には、ある種文学的と言っていい暗くシュールな大傑作が数あるのですが、ドライブ感という観点からそれをばっさり切った部分に、山本氏の編集方針の潔さが見受けられますね。しかし、ということはですよ、今度はそんな鬱展開のドロドロ漫画ばかり集めた『21世紀のための吾妻ひでお PART2』が編集されてもいいということにもなりますよね。というわけで、監修の山本氏には、ぜひ第2段もやっていただきたいですよね。そのときは表紙がうしじまさんでも文句は言いません!

しかし、不気味君とかなははとか、本当に懐かしかったなあ!「暗い青春の会」なんて、これを読んでたコーコーセーのころ、友人と実際に結成してたよ!ああそうさ、オレの青春も暗かったよ!「ぼくなりに絶望を表現しました」踊りとか十八番だったよ!なはははははは!なっはー!なははははははははは!

21世紀のための吾妻ひでお Azuma Hideo Best Selection

21世紀のための吾妻ひでお Azuma Hideo Best Selection

じゅーしーじゅーしー 2012/02/07 12:21 表紙のお嬢さんをメイクした娘はダチです…

globalheadglobalhead 2012/02/07 12:24 おおおうなんと…

beefbeef 2012/02/07 23:51 はじめまして。
この作品集、たまたま書店で見かけましたんで、購入しました。

「疲れた馬」とか「坊主の生首」とか「大泉のセブンイレブン」とか・・・
もの凄い勢いで飛び出してくるギャグが良いですね。
ぼくも『PART2』を期待したいです。

ところで、山本氏の解説に「(つげネタは)本書ではここ(眠れや)ぐらい」って書いてあったけど、「コレってたしか、つげ・・・」ってのが他にもありました。
『恍惚都市』で死体と踊るのは義春の『通夜』。
『ロボット連れて』の「私のことを悪くかいているのでしょう」「あ、やっぱりそうだ」って、たしか忠男の作品にあるセリフ。
『不気味が走る』は全体的に忠男のオマージュ。

関係ないけど、「つげ好き」つながりで「不気味君」って、R田中一郎(ゆうきまさみ『究極超人あ〜る』)みたい。

今回の編集でひとつだけ期待はずれだったのが、失踪〜発見時に警察署で書いた「パールライス4コマ」が入っていないこと。
『失踪日記』では「失踪」=「取材」という設定(?)で書いていたので、「民家に侵入して米を盗んだ」マンガを載せると設定(??)が狂うのはわかりますが、今回は載せて良かった気がします。

ギャグでもなんでもない4コマだけど、下書きなしでキレイに書いてみせたあの作品(?)には、当時、驚愕したものです。
新聞、切り取って取っとけば良かった・・・。

globalheadglobalhead 2012/02/08 01:21 こんにちは。
吾妻さんの漫画は「ふたりと5人」(1972〜76年)あたりから読んでいたのを覚えていますから、
ひょっとしたらもうかれこれ40年近く吾妻さんの漫画を読んでいることになるんではないか、と今調べて気付き、驚愕しているところです。
もちろん「SFな吾妻」として大ブームになった80年代前後の作品が一番好きでしたし、おそろしくハマリましたけどね。
当時の吾妻さんの面白さはまさに神がかりと言ってもいいぐらいでしたね。
今回のセレクションを本当に久々に読まされ、あーこんなのあったなあととても懐かしい気持ちでした。
そして懐かしいとはいえ、決して色褪せないそのSF&ギャグセンスに時を越えて再度大爆笑してしまいましたよ。
当時から自分もSF小説はとても好きでよく読んでいましたので、
吾妻さんのSF小説・漫画に関する細かいくすぐりと、SFファンとしての自虐ネタがとても好きだったんですね。
ただなにしろそんな前なんでいろいろ覚えていない部分もあり、beefさんの細かな指摘をなるほどなあ、と思いながら読んでしまいました。
beefさんがどのような年代の方かはわかりませんが、もしお若い方なのでしたら、大昔自分が大好きだった吾妻の漫画を、
こうしてまた評価してくれたことが自分のことのように嬉しくてたまりません。

CUSCUSCUSCUS 2012/02/08 06:28 お、お、お、おじさんは・・・・、ふ・・・ふじょうりにっき、おもいだすぞお。

globalheadglobalhead 2012/02/08 07:14 ふ、ふじょうりにっき、さいこうでしたよねえ…。しっぽがないしっぽがない!

jkjk 2012/02/08 07:44 こーこーせーの時に普段マンガなんか手に取らない母親がたまたまオイラの本棚から『陽射し』をチョイス → 家庭内裁判で吊し上げ。 『魔女狩り』って言葉が頭の中でリフレインしました。

globalheadglobalhead 2012/02/08 08:43 いやあみんな吾妻さんの漫画が好きだったんだなあ!
やっぱりここはみんなで「暗い青春の会」を開催して…。
自分のこーこーせーの頃は吾妻さんのコミックって意外と人気があって、クラスみんなで回し読みしていましたね。しかも女子の子が女子寮に持ち込んで女子寮みんなで読んでいたという…。

CUSCUSCUSCUS 2012/02/08 21:43 じょ、じょ、じょ、じょ、じょしりょお?! なんですか、それは? こーこーせーは、おじさんがのうのしゅじゅつしたんだぞお、

globalheadglobalhead 2012/02/09 08:31 うちの田舎、僻地なうえに近くに離島まであったので、そういう場所に住んでる学生が通学しやすいように、学校に寮があったんですよ。

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20120206(Mon)

[]大富豪に騙し取られた金を奪い返せ!〜映画『ペントハウス』 大富豪に騙し取られた金を奪い返せ!〜映画『ペントハウス』を含むブックマーク 大富豪に騙し取られた金を奪い返せ!〜映画『ペントハウス』のブックマークコメント

■ペントハウス (監督:ブレット・ラトナー 2011年アメリカ映画)

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  • ニューヨークの高級マンションを舞台に、ここで暮らす大富豪からお金を巻き上げられちゃった人々が、そのお金を奪い返すために大作戦を敢行する、というお話です。
  • 主人公は超高級マンション「ザ・タワー」の管理マネージャーであるジョシュ(ベン・スティラー)。彼はこのマンションに住む大富豪アーサー(アラン・アルダ)に全幅の信頼を置いて最高級のサービスを提供していましたが、ある日このアーサーが、ジョシュをはじめとするマンションの使用人たちから年金運用を口実に預け入れたお金を全て着服し、それを取り返すことも出来ない事態になっていることを知ります。
  • 裏切られ、怒り心頭となったジョシュはアーサーの部屋へ出向いて暴れまわってしまい、彼の仲間たちと共に今度はマンション管理業務から解雇されてしまう始末。
  • どうにかして奪われたお金を取り返したい。そう考えたジョシュは、解雇された仲間たちと、さらに近所に住む幼馴染のコソ泥スライド(エディ・マーフィ)を仲間に加え、アーサーの部屋に忍び込み、金庫を襲う計画を立てるのです。しかしスライド以外は泥棒なんてやったことのない平凡な人間ばかり。さらにマンションには様々なセキュリティが仕掛けられています。ジョシュは見事お金を取り返すことが出来るのか?
  • ベン・スティラーエディ・マーフィーという有名コメディアンが主人公のこの映画、映画のほうもコメディタッチなのかな、と思って見ていたら、意外と正面から描かれた「泥棒大作戦」映画でした。しかしこの映画の主人公は騙されて奪われたものを奪い返す、いわばやむにやまれぬ動機から泥棒を行います。それは、搾取されたものが搾取した側に反撃する、という、格差社会の下克上を描いた物語ともいえ、いけすかない大金持ちの鼻を明かす展開は、市井の貧乏人の一人として、見ていて胸のすくものがありましたね。
  • この「泥棒大作戦」といった展開は、原案・脚本が『オーシャンズ11』の人だから、というのもあるようですね。
  • ただ、このテの「泥棒大作戦」モノとしては、知力を尽くした綿密な作戦、というほどの物ではなく、結構運任せだったり、物語のノリ、というかギャグ的な展開として作戦が構成されていたり、あちこち無理とか穴があって、緻密に立てられた作戦の知的な興奮を求めるような方には、ちょっといただけないかもしれません。
  • しかし、そんな作戦のアラを、力技のアクションの連発で少しも気にさせない部分で、この映画の好感度は大いに高かったです。
  • なにしろ、苦労して押し入った大富豪の部屋では、あんなことがこんなことになっているどんでん返しが相次ぎ、それをなんとかしようと、ジョシュたちにわか大泥棒たちは思いもよらない奇想天外な賭けに出るんですね!
  • そして『ミッションインポッシブル:ゴーストプロトコル』を髣髴させる、まさかの高層ビルアクションまで飛び出すありさま!
  • いやもうこれ以上書けませんが、クライマックスのアクション展開は、この映画でここまでやるとは思っていなかったので、ある意味嬉しい誤算、軽いコメディだと思って観に行ったのに、正直こんなにハラハラドキドキさせてくれる映画だとは思いませんでした。
  • 細かいことにあれこれ突っ込みをいれずに、虐げられた人間たちがいけすかない金持ちをギャフン!といわせる痛快娯楽映画として楽しんでくれればいいと思います。

■ペントハウス 予告編

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20120205(Sun)

globalhead2012-02-05

[]「怪しいはてダ隊」再び 「怪しいはてダ隊」再びを含むブックマーク 「怪しいはてダ隊」再びのブックマークコメント

昨日ははてなダイアリー界隈でお知り合いになった方たちで結成され、思いついたときに集まっては単にダラダラとお酒を飲むという「怪しいはてダ隊」の遅い新年会が催されました。

この「怪しいはてダ隊」、結成されたのが2007年頃ですから、足掛け5年ほど続いているのですが、年に1、2度集まるだけで、そんなに頻繁にやっているわけではありません。しかも去年なんかまるで開催されていなかったので、昨日お会いした方たちとはみんな久しぶりでありました。

はてダ隊のメンバーはその時によって変わっていきましたが、最近は昨日集まった6人(オレ含め)で固定されていて、まあ何年もダラダラ会ってきた連中なので気を使うことなどまるでなく、近況などを話しながらわいわいと酒を飲んでおりました。

職業も生活環境も年齢もみんなバラバラ、さらに趣味が同じということもまるで無く、なにかの同好の集まりでさえない、考えてみれば不思議な集まりなんですが、しかしそれぞれの話題は面白く聞けて、いつも気兼ね無く気楽にしていられる、和んでいられる、というのがこの会の良いところですね。多分集まってくれている方たちも、単に和むから、とただそれだけで集まって来てくれているのでしょう。和み過ぎちゃって散々飲んでしまい、一夜明けた今日は二日酔いでまだ調子が悪いオレではありますが。

皆さん昨日はありがとうございました、またそのうちどこかでお会いしましょう。

lazy-daisy5113lazy-daisy5113 2012/02/06 01:59 二日酔い気味でしたか。私は記憶の曖昧な部分がややあるものの、今日は朝から元気です。それもこれもひとえに、皆様の忍耐と優しさと諦めおかげで楽しいひとときを過ごせたからだと不肖レイジーは思っております。これからも小さな迷惑をおかけしていく予定でおりますが、何卒、ご容赦下さいますよう、この場をお借りしてお願い申し上げる次第でございます。

フモさん。眼鏡がとても似合っていました。あんなにピッタリなデザインを良く見つけましたね。

parfum30parfum30 2012/02/06 02:08 とても楽しかったです、ありがとう。ところで「蒲鉾板を黒く塗った」話が気になって仕方がないのですが、モノ……なんでしたっけ?検索キーワードを教えていただけるとありがたくm(__)m

globalheadglobalhead 2012/02/06 09:25 >レイジーさん
日本酒が効きすぎました。でも楽しい会でしたね。本当に久しぶりでしたがレイジーさんの猛威は勢いを失うことなく参加した全員を圧倒しておりましたよ!いろんな意味で安心しました。眼鏡はねー、これといった趣味もなかったので店員さんに勧められたのをそのまま買っただけなんですよー。また飲みましょう!

>姫さん
お会いするのは久しぶりでしたが、姫さんとてもお元気そうでなによりでした。またほとぼりが冷めたころにどこかで飲みましょう。ちなみに「蒲鉾板」のエントリはこれです。
http://d.hatena.ne.jp/globalhead/20101022#p1

20120203(Fri)

[]アダムス・ファミリー全集 / チャールズ アダムス、H・ケヴィン・ミゼロッキ アダムス・ファミリー全集 / チャールズ アダムス、H・ケヴィン・ミゼロッキを含むブックマーク アダムス・ファミリー全集 / チャールズ アダムス、H・ケヴィン・ミゼロッキのブックマークコメント

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朽ち果てた屋敷に住む、謎の美女モーティシアたちアダムス・ファミリー。ドラマ化・映画化もされ世界中で愛されるその原典が本邦初出版! 未発表作を含む全作品とともに、詳細な解説付き。 本書は、アダムス・ファミリーのキャラクターの誕生と変遷を網羅的にたどった初の作品集であり、発表作はもちろん、これまで1度も発表されたことのない作品200点以上を収録。

『アダムス・ファミリー』というと映画好きの方などはラウル・ジュリアアンジェリカ・ヒューストンクリスティーナ・リッチが出演した映画を思い出されるかもしれませんが、もともとはアメリカのコミック・アーティスト、チャールズ・アダムスが1933年から「ニューヨーカー」で描き始めた1コマ漫画の名もないキャラクターのひとつだったのだそうです。真ん中分けのヘアスタイルにちょび髭の伊達男ゴメス、妖艶なその妻モーティシア、二人のゴスな子供ウェンズデーとパグズリー、フランケンシュタインの怪物そっくりな執事のラーチ、いかにも魔女みたいなフランプおばさん、そして坊主頭に蒼白な顔、太ったノスフェラトゥといった風情のフェスターおじさん、これら怪奇映画から抜け出してきたようなキャラがブラックな笑いに満ちた一コマを演じる、それがもともとの『アダムス・ファミリー』だったのだとか。

この本『アダムス・ファミリー全集』は、チャールズ・アダムスが創造したこれらのキャラのハイライト・シーンともいえる厳選された一コマ漫画をキャラごとに分けて紹介し、漫画版でありオリジンである『アダムス・ファミリー』がどのように魅力に溢れた作品だったのかを紹介してゆきます。収録された1コママンガ作品はほとんどがモノクロですが、逆にこのモノトーンさが『アダムス・ファミリー』ぽくていいんですね。そしてなにより、チャールズ・アダムスの描くグラフィックは今でも十分通用する親しみやすさを持ち、ちょっぴり残酷な黒い笑いに満ちた作品内容も少しも色褪せていません。正直、ここまで楽しめるとは思っていませんでした。

『アダムス・ファミリー』って、アメリカの東欧移民だと思うんですよね。他のアメリカ人から見たら相当風変わりな生活習慣しているから奇異に見られるけれども、本人たちはそんなこと気にしていないし、風変わりなりに、楽しく幸せに暮らしている。この、「風変わりだけど楽しく幸せ」というのが、『アダムス・ファミリー』の最大の魅力なのではないでしょうか。この『アダムス・ファミリー全集』でアダムスの愛すべきゴスな家族たちに触れて、そんなことをちょっと思いました。

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20120202(Thu)

[]酒はのうめいのうめい 酒はのうめいのうめいを含むブックマーク 酒はのうめいのうめいのブックマークコメント

まずはこの曲をBGMに読んでみよう!

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という訳で一週間の禁酒禁煙生活を終えたオレは喪が明けたかのごとく酒へ酒へと突進して行ったのであった。「制御しがたいものを順に挙げると、酒と女と歌だ。byフランクリン・アダムス」。「酒と女と歌を愛さぬ者は一生阿呆で過ごすのだ。byマルチン・ルター」。オレは愛して止まない素敵な相方さん(美人過ぎるので時々悪い虫がつかないか不安になるほどだ)以外の女には毛ほども興味がない(すまんハリウッド女優にうっとりするのだけは許してくれ)ので、残るは酒と歌、つまりは音楽がオレを解き放つのである。

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「酒がなければ、愛もなく、人々を魅了する何物もない。byエウリピデス」。そうだ酒だ。酒を持ってくるのだ。「酒を一切飲まぬ男、煙草をのまぬ男と結婚してはいけない。byスチーヴンソン」。でも一週間の禁煙のあとの煙草は酷く不味く、まあ1、2本吸ってはいるのだが、ひょっとしたらこのまま止めてしまうかもしれない。「酒は度を超さなければ、人にとってほとんど生命そのものに等しい。by旧約聖書」。ほら、世界人類最大のベストセラー聖書でさえ酒はのうめいのうめいと言ってるではないか。

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「私は機会があれば飲む。時には機会がなくても飲む。byセルバンテス」。オレは夕方相方さんにメールして「飲みに行くぞ!飲みに行くぞ!」と強烈に誘いまくり、相方さんと待ち合わせてオレのお気に入りであるベルギービール屋へと繰り込んだのだ。「酒を飲む瞬間は、生き続けたその人の到達したある一点である。by武田泰淳」。そうさ生き続けたさ!今日のオレに乾杯だ!「酒に感謝せねばな。酒が罪を着てくれるおかげで、人間が救われる。by銀英 ウルリッヒ・ケスラー」。

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この日のベルギービール屋では欧風鍋をやっており、痛飲しつつ堪能した。要するに美味かった。この一週間の酒の無い食事のなんと味気なかったことか。「酒の害は酒が毒だからでなく、すばらしいが故につい飲み過ぎるからだ。byリンカーン」。欧風鍋は具を食い尽くした後、残ったスープでパスタを煮込んだのを食べ、さらに残ったスープでおじやにして食べ、という徹底的な炭水化物攻めを敢行した!そして素敵な相方さんとたらふく飲み食い、幸せな気分でこの日は帰ったのだ。酒よ今夜もありがとう。「酒の中に真理あり。byエラスムス」。

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ところで店の近所に「フォーク喫茶」というのがあったけど…これ、需要があるの?

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(酒語録の出展:お酒と恋の名言集【 ガールズバーウォーカー 全国ガールズバー情報・求人情報サイト 】

じゅーしーじゅーしー 2012/02/02 19:33 なんでガールズバーウォーカーなんですか(笑)

globalheadglobalhead 2012/02/02 19:35 さんざん引用した後にふと見たらそうだったので変えようがなかった!

20120201(Wed)

globalhead2012-02-01

[]忌まわしく疎ましく呪わしい 忌まわしく疎ましく呪わしいを含むブックマーク 忌まわしく疎ましく呪わしいのブックマークコメント

以前ここで書いたのですが、胃のピロリ菌退治の為、抗生剤を一週間服用することになり、それに伴って酒煙草が一週間禁止されてしまったんですよね。禁酒禁煙の一週間。それは成人してからこのかた、一度も体験したことのない未体験ゾーン。実際どんだけ毎日酒飲んでたんだよ、ということではありますけどね。ただ、煙草の吸い始めは遅くて、成人してからもしばらく吸ってなかったんです。吸い始めたのは30歳近くになってからだったなあ。そしてどちらも、この歳になるまで止める気全然ないまま過ごしていたんですよね。お酒に関しては2、3週間に一遍ぐらい抜いたりしてたけど、煙草はのべつまくなしで、止めることすら考えたことがなかったんですね。

まあね、一週間止めるんじゃなくて、数を減らす、とかで誤魔化してもよかったんだけど、でもなんだかね、たった一週間なんだから、ここは一遍我慢してみようか?と思ったんですよ。健康のため、薬剤の効果のため、というよりは、そういうゲームとして自分を試してみたかった。なにより話のネタになるし!それに今後永久に酒も煙草も止める、というのではない気軽さがあるから案外出来ると思ってたんですよ。勿論一週間経ったら酒も煙草も思う存分やるつもりだったし!あと、去年からずっと胃の調子が悪かったのは、案外煙草のせいもあるんだろうなあ、とも思ってたんですよ。吸ったら即胃がキリキリ痛んでたもん。これで暫く煙草吸うの休んだら、ピロリ菌除去とは別に胃の為にもいい筈じゃないですか。

で、先週の火曜から始めてみたんですが…酒のほうは止めててもあんまり支障がない、我慢していても苦にならなかったんですがね。そもそもあれは普段だって夜しか飲まないし。…しかし煙草のほうが!これが想像以上にキツかった!もう禁断症状出まくりですよ!もう苛々のしっぱなし!なにしろ止めた初日は仕事中ちょっとしたことでプチッと切れてばかりで、職務にならない!なんかあるごとにいちいち頭に血が上る!もう狂犬みたいなありさまでしたよ!「テメコラ!」「ナンダコラ!」とコピー機やパソコンに当り散らしまくり(人には当たらなかった…つもり)!もうその日は逃げるように家に帰りましたね!ただし一日目なのに既に体が軽かったのにはびっくりしましたが!

そしてそれから2日後3日後、流石に初日ほどの荒くれ者にはなりませんでしたが、やっぱり煙草がないと全然落ち着かない。ガムやらお菓子やら大量に買い込みましたが、お菓子はすぐに食べつくしちゃうし、ガムは噛み始めると今度は止まんなくなり、しかも次々とガムを取り替えながら延々噛むから今度は顎のあたりが筋肉痛になるありさま。それにもともと飴やらガムやらって嫌いであんまり食べないし食べたくないんですよね。そんなことも言ってらんないから食べてましたが。禁煙パイポも買ってきました。吸い口ガジガジ噛みまくっちゃうんです。なんかもう、すぐ口寂しくなってしまうんです。だから夜は夜で、帰ってから寝るまでガムも含めずっと何か食べてるんです。これはずっと変わらず続きましたね。もうホント、凄い異常な感じでしたね。しかしね、休みの日、一回映画館へ映画観に行ったんですが、このときは全然変な苛々に悩まされることなく、ガムすら噛まず、むしろそんなことなどすっかり忘れ去って映画に没頭してましたね。

それでしみじみと思ったんですが、ホントにオレにとって自分の現実やらというのは忌まわしく疎ましく呪わしく無味乾燥なものである、煎じ詰めると糞みたいなもんだなあということを再発見した気分でしたね。普通にしていたら耐えがたい毎日を煙草のニコチンで神経も頭の働きも鈍磨させ、何も感じず考えられなくして、やっとなんとか耐えられ生きていけるようにしていたんですね。今回の事で実によく分かりましたよ。オレはこの自分の現実とやらを徹底的に嫌悪し否定しそして無視を決め込もうとしていたんですね。そしてそんな陰鬱な人生をやり過ごすため大量の目くらましと誰も入り込めない避難所といびつな思考回路を用意したわけなんですよ。それは煙草に限らず自分が逃れこんでいた膨大な趣味やらなんやらの時間つぶしも含まれているんですよ。それらはRPGで言うなら防具と魔法のアイテムと呪文ってところですが、ただし武器は無いんですよ。あったとしてもなまくらなダガーナイフだけでね、要するに決して戦ったりせずにひたすら逃走しまくることを決め込んでいたんですね。だから自分は煙草吸ってたんだろうなァ、さらにいろんな趣味を自分に塗していたんだろうなァ、とそう思ったわけなんですよ。なにしろ今年の抱負が「今年も逃げ切る」だったぐらいでしたからね!まあ中毒患者が禁断症状おこしながら妄想した大袈裟な戯言ですけどね!

というわけで一週間の禁酒禁煙をやり遂げ、さあ解禁だ!とばかりに煙草一服したんですよ。そしたらもう足元がおぼつかなるぐらいに頭がクラクラ、吸い終わった後も暫く頭痛が続いて気持ち悪いッたらありゃしない。いやあ久々に吸うといかに煙草が体に悪いかしみじみと分かりますね!今までこんなろくでもないものを摂取していたのか、と怖気立ち、それまでの厭世観やらはどこへやら、これはこの調子でまたしばらく煙草止めとこうか…とちょっと思ってしまいました。思っただけだけどね!あ、ちなみに胃の調子は普通です。抗生剤の副作用も言われるほどなかったな。ただ、ガム噛みすぎて逆に胃が荒れたような気もしないでもないですがね。

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