Hatena::ブログ(Diary)

メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

20120425(Wed)

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■『水曜どうでしょう』の新しいヤツ観てました

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『水曜どうでしょう』のDVD全集第17弾は「ヨーロッパ・リベンジ」、なんでも番組史上最高視聴率をマークした企画タイトルなんだそうです。リベンジと謳われてるのは以前企画された「ヨーロッパ21ヵ国完全制覇」で行き損ねた国を巡る、というものなんですね。そして例によって大泉さんは騙されまくって短パンのままヨーロッパに向かってしまいます。フランス、ドイツを経て北欧へと向かう一行ですが、北極圏に近づきながらも大泉さん短パンのまま、いやー、それって体張りすぎなんじゃないでしょうか、下手したら死ぬで。それにしてもドイツあたりでも外れとなると民家は勿論宿屋も無くて、「ここをキャンプ地とする」と藤村ディレクターの号令一下、道端でキャンプを張るどうでしょう班が哀れです。その後のデンマーク、ノルウェー、スウェーデンの北欧巡りの映像は実に美しくて、鬱蒼とした森、フィヨルド、そしてミスターとムンク(の叫び)さんとのどうでもいい大人の恋の行方、2枚組280分、どこも見ごたえたっぷりでありました。北欧行ってみたいなあ。

↓これはDVD特典の「車のドアのストラップ」。相変わらずどうしていいかわからない特典です。購入はこちらで。

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■インナーイヤーなヘッドフォン買った

頭の上に乗っけるからヘッドホンで、耳だけに装着するのはイヤホンだと思ってたんですが、このイヤホンは名称的にはインナーイヤーヘッドフォンということみたいです。本当は「イヤホン買った。イヤッホーッ!」と言いたかったんですがボツネタになってしまい悲しいです。とか言いながらやっぱり言ってしまいましたが。で、このインナーイヤーヘッドフォンなんですが、この間まで使っていたインナーイヤーヘッドフォンの音質にどうにも納得行かないものをふつふつと感じておりまして、「これはもうちょっぴり高級なものを買うしかないのではないか?そうなのではないか?ああそうさそうなんだよッ!」とばかりにエイヤッ!とばかりに1万円越えのブツを購入してみたというわけなのですよ。1万円越えのインナーイヤーヘッドフォンはドキドキするなあ。いや音がいいのはいいんだけど、基本アウトドアで使うものだから消耗品みたいなもんで、1年ぐらいで断線とかしちゃうんだよなあ。こういう(オレ的には)高級品は「いい音だなあ!」とうっとりしつつも常に断線の恐怖に怯えながら使わなければならないという、貧乏人が調子に乗ったばっかりに逆に余計な肩身の狭さを感じて毎日生きてしまうなにかと似ていますね。

iPod壊れた

Apple iPod classic 160GB シルバー MC293J/A

Apple iPod classic 160GB シルバー MC293J/A

で、そんなインナーイヤーなヘッドフォン買ってウキウキしてたら今度は愛用のiPod Classic 160GBがぶっ壊れてしまったじゃないですか。2年前に買ったものなので保証期間終わってるし、これも買い替えですかねえ。いや、iPhoneで聴くのもいいんですが、やっぱり大量に音楽データぶっこんだガジェット持ち歩きたいんですよ。まあ大量にぶっこんであったからってそれいっぺんに聴けるわけじゃないんですが。しかしちょっぴり高級なインナーイヤーなヘッドフォンも買っちゃったし今度旅行だし、出費がイタイ…。

■文フリ参加します

ところで来る5月6日(日)東京流通センターで開催される「第十四回文学フリマ」に、なんとこのオレが参加いたします。

サークル名・出展冊子名は【yARn(ヤーン)】、主催は今日の早川さん』でお馴染みのcocoさんです。

オレは「Fumo a.k.a.暗黒皇帝」という中途半端なペンネームでホラーのようなファンタジーのようなSFのようなやっぱりギャグのような小説を書いたりしております。詳細は追って紹介いたしますのでお楽しみに。

○第十四回文学フリマ開催情報

今日の早川さん 今日の早川さん 2 今日の早川さん3 異形たちによると世界は…

lazy-daisy5113lazy-daisy5113 2012/04/26 07:35 フリマの詳細楽しみにしています。えっと、行かないと入手できないのですか? あと「す」じゃなくて「つ」に点々です。

globalheadglobalhead 2012/04/26 12:30 当日来れない方や遠方の方には郵送等による販売も考えております。いずれにしてもフリマ終了後にお知らせすることになると思いますのでしばしお待ちを。まあレイジーさんの分はちゃんととっておきますからご心配なく。あんまり冊数刷ってないし、未来の巨匠であるオレの小説が載ってるぐらいだからプレミア必至、今のうちに手に入れておくのが賢い方法だね!
あと徒然にしてはちょっとずれてるのでつれずれ、ということになっているわけなのですよきっと!

EpimorphaEpimorpha 2012/04/30 00:08 こんばんは、お久しぶりです。お元気でしょうか皇帝様。
文学フリマに参加されてるのですか。やっぱり凄いですね。
早く皇帝様メジャーデビューしないかなー。私はすると思ってますので、
さっさとどこかの出版社に持ち込んでちゃちゃっと能書きしか書けない若造の
小説家どもを蹴散らしてやって下さい。それと、お身体お大事に。また映画評
読みに来ます。

globalheadglobalhead 2012/04/30 20:39 いやあ文フリなんて参加したけりゃ出来るもんですし、そんなに凄いもんでもないですよ。
一応きちんと書くことは書きましたが、「まあオレ、プロじゃないから!」という言い訳を自分に散々言い聞かせながら書いたのも確かであります…。
逆に意外と書けるもんだな、と驚いたぐらいです。
しかしお陰で最近あんまり映画観てる暇無くて、書くほどの映画評も無いんですよー。
文フリの用意もまだあるし仕事もかなり忙しくなって来ているんで日記の更新は暫く少なくなると思います。どうもすみませぬ。

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20120423(Mon)

[] ゾンビ・コミック2作読んだ〜『ウォーキング・デッド』『マーベルゾンビーズ』  ゾンビ・コミック2作読んだ〜『ウォーキング・デッド』『マーベルゾンビーズ』を含むブックマーク  ゾンビ・コミック2作読んだ〜『ウォーキング・デッド』『マーベルゾンビーズ』のブックマークコメント

■ウォーキング・デッド(1)(2) / ロバート・カークマン

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TVドラマ『ウォーキング・デッド』の原作コミックスです。存在は知ってたんですが、TV版のほうを先に観てしまっていたので、「わざわざ3000円も出して同じ内容の物語読む必要も無いかな」と思ってスルーしてたんですけどね。でもTV版のシーズン1を観たきりで、シーズン2はまだ未見だったし、うだうだしているうちに2巻も出てしまって、で、この2巻の表紙というのがTV版では見た事のないキャラじゃないですか。いったいどういう展開になってるんだろう、と思って遂に2巻合わせて買ってしまいましたよ。トータル6000円はイタかったですけど…。しかし読んでみると、設定等はTV版とだいたい同じなんですが、それでも登場人物など若干の違いがある。展開も最初のほうは一緒なんだけれども、1巻後半の生き残り農場や刑務所占拠の物語はTV版には無いもので、要するにどんどん違う展開になっている。特に、本来受刑者を外界から隔絶させるために作られた刑務所の立地性を巧く利用して、そこをゾンビの立ち入ることの出来ない人間たちの居留区とした設定は、ゾンビ物ドラマとして実に新鮮だった(まあ数あるゾンビ映画探せばどこかにあるのかもしれませんが)。この刑務所でようやく生き残った人々は安心して暮らせるのか…と思いきや、またも様々な事件が起こり、悲劇が繰り返す、という絶望に絶望を重ねてゆく展開が実に美味しいですねえ。

ゾンビ物の物語でいつも思っていたのは、ゾンビの登場で人々が食物連鎖の下層へと追いやられ、狩られる側となって、どんどんと屠られて行く、そして文明は崩壊し、社会は消滅してゆく、という物語がゾンビ物の基本ではあるけれども、その状況がどんどん推し進められてゆくと、生き残った人間はどうなるのか?ということについては、90分程度の映画ではなかなか語られない、ということだったんですね。まあ自分もそんなに沢山ゾンビ映画観ているわけではないのですが、そういった「その後の人類」をきちんと描いたのがロメロの『ランド・オブ・ザ・デッド』だったのではないかと思うんですよ。『ランド・オブ・ザ・デッド』では、ゾンビ出現によって崩壊した社会が、おそろしく歪な形で再編成されている、というのが見所でしたが、そういった、社会も文明も崩壊したあとに、人々はどう生活してゆくのか?どのようにもう一度社会を構成してゆくのか?という部分が、この『ウォーキング・デッド』では描かれていて、その辺が、長編ドラマとしての面白さだと思いますね。

我々はいわゆる「国家」の庇護の下に生きていて、そして国家の庇護の下で生きるということは、その中で「法」や「倫理」などの様々な決まりごとの中で生きるということでもあるんですが、国家が崩壊した後には、その国家を成り立たせていた法も倫理も同時に崩壊し、そして国家社会を成立させていた人間単位も存在しなくなる、するとどうなるのか?というと、人間は、原始的な部族社会に逆戻りする、そして法や倫理は個々の部族社会単位のものに縮小されてしまう、そういったことが、実はこの『ウォーキング・デッド』で描かれていることなんだと思うんですよ。生き残った人々はそれぞれのコミュニティ単位でのみ社会を構成し(部族社会の発生)、それ以外のコミュニティとは、共闘を目指しながらも結局離反してしまう、それはそれぞれのコミュニティの「生き残るための方法」が食い違ってくるからで、そしてその食い違いとは、かつて存在した法と倫理の不在にあるからなんですよね。この『ウォーキング・デッド』では、後半どんどん人間同士の諍いが中心となってゆく、それは、社会が崩壊したからだけなのではなく、人類全てが部族社会へと還ってしまったからでもあるんですね。つまりこの『ウォーキング・デッド』は、人類史をもう一度1からやり直さなければならなくなった人間たちの物語でもあるんですね。

ウォーキング・デッド

ウォーキング・デッド

ウォーキング・デッド2

ウォーキング・デッド2

ウォーキング・デッド Blu-ray BOX

ウォーキング・デッド Blu-ray BOX

■マーベルゾンビーズ / ロバート・カークマン

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あのスパイダーマンが!アイアンマンが!キャプテン・アメリカが!マイティ・ソーが!ウルヴァリンが!ハルクが!その他諸々のアメコミ・ヒーローたちが!ゾンビになって「肉クワセロ!」と暴れまわるというとんでもないキワモノ・コミック、それがこの『マーベルゾンビーズ』であります。初っ端からゾンビとなったヒーローたちに「齧ラセロ!」とばかりに取り囲まれるマグニートとか、肉食いたさに醜い仲間割ればかり起こしてるヒーローとか、展開がもう狂ってます!キャプテン・アメリカなんて頭半分無いし、スパイダーマンはお腹に穴開いてるし、アイアンマンなんて胴体真っ二つにされたまま動き回ってるし、ページを繰るごとにどんどんグチャグチャになってゆくヒーローの哀れな姿に爆笑必至、「ここまでやっていいのか?…いやもっとやれ!」と思わせるやりたい放題のメチャクチャさ、馬鹿馬鹿しさ、頭の悪さ、ヒーローへ陵辱ぶり、ヒーロー物コミックとしてもゾンビ物コミックとしても最高でしょう。しかもこのコミック、原作がなんと『ウォーキング・デッド』のロバート・カークマンなんですよ。こういう世界になってしまった発端の物語も読んでみたい気がしました。

ゾンビになったスパイダーマンのフィギュアも出ています。これいいなあ。

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Marvel - Milestone Statue: Marvel Zombies Spider-Man & Mary Jane

Marvel - Milestone Statue: Marvel Zombies Spider-Man & Mary Jane

20120420(Fri)

[]潜れ!ダンジョンを潜りまくれ!〜ゲーム『Legend of Grimrock』 潜れ!ダンジョンを潜りまくれ!〜ゲーム『Legend of Grimrock』を含むブックマーク 潜れ!ダンジョンを潜りまくれ!〜ゲーム『Legend of Grimrock』のブックマークコメント

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今オレが猿の如くやりにやりまくっているゲームがこの『Legend of Grimrock』であります。なに?前回ゲームのエントリで「ゲームやる暇が無い」「集中できない」とかぼやいていたばかりじゃないかって?ノンノン!このゲーム『Legend of Grimrock』は違う!「まさにこんなゲームを待っていた」と断言してもいいほどの凄まじい没入感と「オレはこんなゲームが大好きだったんだ」と思い起こさせてくれるような懐かしさに満ちたゲームなんですよ!もう会社にいても早く帰ってこのゲームをプレイすることばかり考えているありさま、こうしてエントリなんぞチマチマ書いていること自体もどかしい!オレを!オレを早くあのダンジョンに帰らせてくれ…ッ!?

"懐かしい"と書きましたがこの『Legend of Grimrock』、実はあの往年の超名作RPG『ダンジョンマスター』のクローン・ゲームなんですよ。正確に書くと『Legend of Grimrock』は「ダンマス」の新作ではなく独立系ゲーム会社によって製作された「ダンマス」のシステムを踏襲した新作ゲームということになるのですが、まあプレイしているほうとしてはやはり「あのダンマスが帰ってきた!」と思っちゃいますね。

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ああああああ大好きだった『ダンジョンマスター』!この『ダンジョンマスター』とオレとの付き合いはとても濃いものでした。もともとはパソコンゲームだったものを日本でSFCに移植、そのSFC版を買ってプレイしたもののバグが出てデータがすっ飛び怒り狂って売り飛ばしたものの、それでも気になって気になってしょうがなくて再購入&プレイ、今度は見事にクリアした後、ああなんて楽しいゲームなんだろうと2周目のプレイまでやったぐらいです。実はゲーム好きとは言いながら、ゲームで2周やってあまつさえ2回クリアしたのはこの『ダンジョンマスター』だけです。それだけ好きだったんです。そしてその後出たPCエンジン版『ダンジョンマスター セロンズクエスト』、さらにメガドライブメガCDというとんでもないレアマシンで出た『ダンジョンマスターII スカルキープ』、セガサターンで出た『ダンジョンマスター ネクサス』と、続編が出るたびにやりまくってましたよ…。

『ダンジョンマスター』の何が好きって、その世界でずっと生きていける、というのがよかったんですね。このゲーム、敵を倒して経験値を貯めるだけではなく、水汲んで飲んだり食料集めて食べたりしなきゃいけないんですが、そういう「ダンジョンの中で生活している感」がハンパ無くリアルで、一つの世界がそこにあるということで言えば最近流行っているオープンワールドゲームの走りだったともいえるんじゃないのかと思うんですよ。

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例によって前置きが長くなりましたが、なにしろこの『Legend of Grimrock』、『ダンジョンマスター』そのものと言ってもいい世界観・システム・操作性を持ったゲームなんですが、それを現在的なグラフィックで甦らせた、という部分が新しいと言えば新しいでしょうか。実の所、新しい「ダンマス」が出来るならグラフィックの進化など関係ないとも言えますが、自キャラや敵モンスターの動きがスムースになっているのは嬉しい事ですね。それと合わせて、ゲームが軽い、というのも魅力の一つですね。昨今の美麗になりすぎたゲームのロード時間と比べると起動からセーブデータロードまで実に早くて軽快です。

「ダンマス」そのまんまのいかにもレトロゲームしたキャラの操作方法が残されているのも楽しいです。自キャラは4人の冒険者なんですが、これが正方形の隊列を組んでいる。そして彼らが冒険するマップはこの正方形を繋いだ形をしていて、移動視点は基本的に前後左右のみ、つまり斜めの方向を向くということが無い。敵も同じように、前後左右からやってきて、斜めから襲ってくることが無い。この辺の昔風の移動方法が逆に実にゲームゲームして面白い。そしてこの『Legend of Grimrock』、戦闘よりも実はダンジョンの様々なトラップや封印を解いてゆく、パズル要素が非常に高いゲームなんです。戦闘は力押しでもなんとかなる部分がありますが、パズルとなるとそうはいかない。中にはかなり理不尽なパズルもあるんですが、これを解いてゆくのがたまらなく楽しい!このパズル自体も移動視点が前後左右のみ、という部分から生まれるパズルであり、だからこそレトロゲームした視点移動が逆に生きてくるんですね。

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「ダンマス」と違って不満なのは、このダンジョン世界で半永久的にプレイできるわけじゃないらしい、ということですね。このゲームには食料の概念があることは先に書きましたが、これが「ダンマス」と違って無限ではないらしいんですね。実は「ダンマス」もこのゲームも、食料というのは基本的に倒した敵の肉を食べる、というものなのですが、その食料となる敵が無限増殖してくれないらしい。そして食料が無くなってしまったら多分ゲーム続行は不可能なのでしょう(Wikiで読んだだけなので実際は確認してないんですが)。それと「ダンマス」の細かい"厭らしさ"が削ってあって、スマートでプレイし易くなった分、あの独特の歯応えが若干足りないんですね。その代わり、パズルの難易度はしっかり高いので不満は無いんですが。まあ今後MODやDLCが沢山出ると思いますのでそちらを期待しながらプレイするのが吉かと思います。

さてこのゲーム、今のところPC版ダウンロードのみの発売で、公式サイトかGOG.com、Steamでの購入となります。英語版だけですが、ネットの日本語Wikiを頼れば問題なくプレイできるでしょう。オレのような20代30代に爛れたゲームライフを送って人生棒に振った覚えのある40代後半のおっさんゲーマーなら涙流しながらプレイすることの出来るゲームだと確信しています。なにしろこのゲーム、インディペンデント系の製作なのに、海外ではあのDiablo新作やSkyrimと同じぐらいフォーラムが立ちまくっているというじゃありませんか。ある意味オレがゲームに求めるものは何か?ということまで考えさせてくれるゲームですよね。

Legend of Grimrock 公式サイト

Steamストア Legend of Grimrock

海外レビューハイスコア 『Legend of Grimrock』Game*Speak

Legend of Grimrock 日本語wiki

■Legend of Grimrock Release Trailer

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20120419(Thu)

[]ジャック・タチの『ぼくの伯父さん』シリーズを観た ジャック・タチの『ぼくの伯父さん』シリーズを観たを含むブックマーク ジャック・タチの『ぼくの伯父さん』シリーズを観たのブックマークコメント

このあいだシルヴァン・ショメのアニメ『イリュージョニスト』を観たんですが、その脚本を書いたというジャック・タチに興味を覚え、実は全然知らない人だったので彼の映画をちょっと観てみることにしました。1907年フランスに生まれたジャック・タチはハリウッドのサイレントコメディ映画に影響されて自らもコメディアンと映画監督をめざし、1949年に長編映画デビューを果たします。

■ぼくの伯父さんの休暇 (監督:ジャック・タチ 1953年フランス映画)

ぼくの伯父さんの休暇 [DVD]

ぼくの伯父さんの休暇 [DVD]

彼の代表作と呼ばれるのは長編第2作『ぼくの伯父さんの休暇』と第3作『ぼくの伯父さん』。『ぼくの伯父さんの休暇』はまだ白黒映画であり(カラーで撮られたのだが当時カラー上映設備の整った映画館が少なかったために白黒に落とされたらしい)、既にトーキーでしたが彼の敬愛するサイレントコメディにならって台詞はほとんどなく、ジャック・タチ演ずる中年男性ユロ氏のとぼけた味わいと、ジャック・タチが長年得意としていたパントマイムの生む絶妙な動きが可笑しみを生むコメディとして完成しています。

『ぼくの伯父さんの休暇』は海辺の避暑地へバカンスにやってきた主人公ユロ氏が周りの旅行客やホテル従業員を巻き込んで大騒動を起こすというもの。物語らしい物語はなく、細かなコメディ・シーンが積み重なって一本の映画になっています。さて初めて観たジャック・タチのコメディなんですが、これが実に品があるんですよ。自分はこの時代のコメディを多く知っているわけではありませんが、例えばアメリカのマルクス・ブラザースなどと比べると、クレイジーさやハチャメチャさ、といった躁的で攻撃的な笑いではなく、そういったものから一歩引いた、小粋でセンスのある笑いを生み出しており、それはある意味優雅とさえ言えるんですね。ですから強烈な笑いを期待すると物足りないかも知れませんが、実にフランスらしいエスプリに満ちた笑いを堪能できるんですね。それとあわせ、半世紀前のフランスの避暑地の光景が、実に美しいんですよ。吹く風の爽やかさや日差しの温もりまで伝わってくるような、伸び伸びとした素晴らしい空気感を醸し出しているんですね。さらに登場人物たちの洋服が粋で見ていて楽しかったりするんです。『ぼくの伯父さんの休暇』はまさに古き善きフランスならではのコメディと言えるのではないでしょうか。

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■ぼくの伯父さん (監督:ジャック・タチ 1958年フランス映画)

ぼくの伯父さん [DVD]

ぼくの伯父さん [DVD]

タイトルは似ていますが上で紹介した『ぼくの伯父さんの休暇』とは直接関係の無い物語です。ちなみにこちらはカラー。物語はパリの下町に住むユロ氏が、お金持ちの住む全自動住宅に呼ばれて大騒動を起こしたり、プラスチック工場に就職して滅茶苦茶にしたり、といったコメディです。このお金持ちの全自動住宅というのがおそろしくモダンで、一昔前の未来SF映画を見せられているようなレトロフューチャー感覚に溢れているんですね。しかしユロ氏は頓珍漢なことばかりやらかして全自動住宅に呼ばれたハイソな客たちを困らせます。オートメーション化されたプラスチック工場での騒ぎでもそうなんですが、この映画では一貫して機械化されているものを笑いものにします。つまりこれ、ジャック・タチ流の『チャップリンのモダンタイムス』なんですね。かと言って声高な文明批判や金持ちへの皮肉を描いているわけではありません。ユロ氏が全自動住宅や工場で散々な目に遭って帰るのは昔ながらのパリの古臭いけどとても落ち着く住宅街と、そこに住む気の置けない町の人たちのもとなんです。まるでユロ氏が「僕は、昔ながらのフランスが好きなんだよ」と言っているようなんですね。きっと監督タチは、昔からあるものをずっと大切にしたくて、こんな映画を撮ったのかもしれませんね。

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jkjk 2012/04/19 12:46 20年ほど前のブルータス誌での映画特集で渡辺満里奈がジャック・タチ作品を推してたのがキッカケでレンタルビデオ探して観たんですワー。当時は上映してる映画館も無くて鑑賞するのも一苦労でした。 『流行りモノ 全てマリナが 先回り』なんて一句も出てましたね。 ぃゃ 好きだったんですけど 渡辺満里奈・・・

globalheadglobalhead 2012/04/19 13:27 よもやオレの日記で渡辺満里奈の名前を見ることがあるとは…。いやそれにしても渡辺満理奈…。

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20120418(Wed)

[]最近聴いたCD (その2) / Kevin Saunderson、Jesse Rose、Delano Smith、The Nu Groove Records、Vince Watson 最近聴いたCD (その2) / Kevin Saunderson、Jesse Rose、Delano Smith、The Nu Groove Records、Vince Watsonを含むブックマーク 最近聴いたCD (その2) / Kevin Saunderson、Jesse Rose、Delano Smith、The Nu Groove Records、Vince Watsonのブックマークコメント

Kevin Saunderson In The House / Kevin Saunderson

In the House

In the House

デトロイト・テクノDJ、Kevin Saundersonが老舗ハウス・レーベルDefectedのIn The Houseシリーズに参戦とは驚きだけど、彼の大ヒット曲「Good Life」がハウステイストだったことを考えると合ってるのかな。とはいえそこはKevin Saunderson、ずっしり重いミックスを聴かせてくれてたっぷり満足の2枚組です。 《試聴》

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■Made For The Night / Jesse Rose

Made for the Night-Mixed By Jesse Rose

Made for the Night-Mixed By Jesse Rose

ブラジル生まれでロンドン在住のDJ、Jesse RoseのDJMix。1曲目がHenrik Schwarzと共作の「Stop, Look & Listen」という部分からこのMixアルバムのインテリジェントな音の構成が伺われるというもの。アルバムはJesse Roseのドキュメンタリー・ショート・フィルムのサウンドトラックでもあるらしい。 《試聴》

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■An Odyssey / Delano Smith

AN ODYSSEY

AN ODYSSEY

Derrick Mayにも影響を与えたという70年代後半から活動するデトロイト・ハウスの大ベテランDelano Smithが満を持してリリースした1stアルバム。静けさの中にゆったりとしたグルーブを感じさせてくれる。 《試聴》

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■The Nu Groove Years 1988-1992 (The Burrell Brothers Present)

NU GROOVE YEARS 1988-1992

NU GROOVE YEARS 1988-1992

90年代に数々の傑作トラックを送り出したNYの伝説のハウス・レーベルNU GROOVE RECORDSから厳選したハウス・トラックをコンピレーション。リバイバルとはいえ今聴いても新鮮。 《試聴》

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■Every Soul Needs a Guide / Vince Watson

Every Soul Needs a Guide

Every Soul Needs a Guide

デトロイト・テクノ・フォロワーであるVince Watsonのニュー・アルバム。楽しみにしていたんだけど今回はちょっとメロウ過ぎたかな。 《試聴》

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20120417(Tue)

[]最近聴いたCD (その1)/ DJ Gregory、Maetrk、Petar Dundov、Ramon Tapia 最近聴いたCD (その1)/ DJ Gregory、Maetrk、Petar Dundov、Ramon Tapiaを含むブックマーク 最近聴いたCD (その1)/ DJ Gregory、Maetrk、Petar Dundov、Ramon Tapiaのブックマークコメント

■Defected Presents Faya Combo Sessions: Mixed by DJ Gregory

Defected Presents Faya Combo Sessions: Mixed by DJ Gregory

Defected Presents Faya Combo Sessions: Mixed by DJ Gregory

フランス・パリを中心に活躍するプロデューサー、DJ GregoryによるMix、UnMix、Remixの3枚組。 《試聴》

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■Live At Cocoon Ibiza / Maetrk

Live At Cocoon Ibiza

Live At Cocoon Ibiza

CocoonからリリースされたMaetrkのライブ・アルバム。ジャケット同様イケイケなテックハウス。 《試聴》

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■Ideas From The Pond / Petar Dundov

IDEAS FROM THE POND

IDEAS FROM THE POND

クロアチアのテクノアーティスト、Petar Dundovのニュー。アンビエントなミニマルサウンド。ちょっと静か過ぎるかも。 《試聴》

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■Strictly Rhythms, Vol. 6 / Ramon Tapia

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パキパキなハウスが聴きたかったのでNYの老舗ハウスレーベルStrictly RhythmsのMixをあれこれざっくり試聴して購入したアルバム。 《試聴》

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20120416(Mon)

[]絵本美術家、ロベルト・インノチェンティの世界 絵本美術家、ロベルト・インノチェンティの世界を含むブックマーク 絵本美術家、ロベルト・インノチェンティの世界のブックマークコメント

ネットでとても綺麗な絵柄のイラストを見かけて、調べてみるとそれがイタリアの絵本画家・ロベルト・インノチェンティという方の作品だと知り、彼のグラフィックの使われた絵本を幾つか購入してみました。

ロベルト・インノチェンティ(Roberto Innocenti, 1940年 - )は、イタリアの画家。

フィレンツェ近郊に生まれ、独学で絵を学ぶ。2008年国際アンデルセン賞画家賞受賞。ほかにBIB金のりんご賞(1985年『ローズ・ブランシュ』、1991年『クリスマス・キャロル』に対して)、ボストングローブ・ホーンブック賞(1986年『ローズ・ブランシュ』)、ケイト・グリーナウェイ賞特別推薦作品(1988年『ピノキオの冒険』)、銀の絵筆賞(1989年『ピノキオの冒険』)、ボローニャ・ラガッツィ賞フィクション部門特別賞(2003年『ラストリゾート』)など多数受賞。

Wikipedia-ロベルト・インノチェンティ

■ピノキオの冒険 / カルロ・コルローディ、ロベルト・インノチェンティ

お馴染みのピノキオの物語ですが、インノチェンティの手に掛かるとファンタジックさの中にどことなくヨーロッパ調の翳りのある絵に仕上がっていて、ただ綺麗なだけではない奥深さを感じます。緻密に描かれた街並みや室内の描写も実に見せますね。

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■百年の家 / J.パトリック・ルイス、ロベルト・インノチェンティ

百年の家 (講談社の翻訳絵本)

百年の家 (講談社の翻訳絵本)

1656年にヨーロッパのどこかの山奥に立てられ、そのまま廃屋となったまま忘れ去られていた家が1900年に再び発見され、修理されて人が住み始める。この『百年の家』は、この家を中心に、その1900年からさらに100年の月日の移り変わりを、そこに住み、そこを訪れる人々の姿を交えながら、全く同じ構図で描き続けた作品です。季節や天候、時代の移り変わり、人々の生活ぶりの変化、それらを描きながら、100年という歳月の流れを1冊の絵本の中に再現しています。

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■ラスト・リゾ−ト / J.パトリックルイス、ロベルト・インノチェンティ

ラストリゾート

ラストリゾート

想像力を失った画家があてもなく彷徨った先で見つけたホテル「ラスト・リゾート」で出会った不思議な人々との出来事を綴った絵本。ここで画家が出会う人々とは、実は様々な物語の登場人物だったりするのです。ただ、自分にはちょっと物語がメロウに過ぎるように感じましたね。

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くるみ割り人形 / E.T.A.ホフマン、ロベルト・インノチェンティ

七つの頭を持つ鼠の魔王率いるハツカネズミ軍団とくるみ割り人形との戦い、御伽噺の物語ではありますが、絵にしてみるとファンタジックであると同時にホラーなテイストもあって楽しめました。「くるみ割り人形」ってチャイコフスキーのバレエ組曲のタイトルでしか知らなかったのですが、実はこんなお話だったんですね。

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20120412(Thu)

[]贖罪の惑星〜映画『アナザープラネット』 贖罪の惑星〜映画『アナザープラネット』を含むブックマーク 贖罪の惑星〜映画『アナザープラネット』のブックマークコメント

■アナザープラネット (監督:マイク・ケイヒル 2011年アメリカ映画)

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ある日突然、空にもうひとつの地球が現れる。夜空に月よりも明るく、煌々と輝くその姿に、運転中にも拘らず見とれていた主人公ローダは、追突事故を起こしてしまう。相手の車に乗っていた家族は、父親を残したまま、妊娠中の妻、そしてその子供が死亡。そして4年間の服役から出所したローダは、事故で生き残った男ジョンに謝罪すべく彼を訪ねるが、自分の正体を告げられず、クリーニング・サービス会社と偽りながら、ジョンの生活に次第に関わっていくようになる。そんなある日、ローダは空に浮かぶもうひとつの地球が、自分たちの生活する地球のパラレルワールドであることを知り、そのもうひとつの地球への探査旅行に志願する。もうひとつの地球に、事故を起こしていない自分と、今も家族と幸せに暮らすジョンの姿を見るために。

「たられば」という言い回しがある。あの時、こうしていたら、こうしていれば、今のこの状況は、決してこうはならなかったのに。未来は、もっとずっと、明るく、豊かで、幸福なものだったのに。こうしていたら、こうしていれば、という言い方は、ひとつの後悔であると同時に、本当は、こうじゃなかった筈なのに、という、ある種の現実否定にも繋がってしまう。自分は、自分の生き方に、決して、「たられば」を持ち込まないように生きてこようとしたつもりだ。「たられば」を言い始めた途端に、人の生き方は、惨めなものになる。こうじゃなかった筈の、今よりも十分ましな自分がいて、そしてその自分は、こうしていたら、こうしていれば、絶対なれた筈の自分なのだ。今、こうして生きている自分は、そうしなかった、失敗した自分なのだ。そしてその現実の自分は、こうしていたら、こうしていれば、絶対こうなっていなかった筈の、自分なのだ。…そうして、過去への言い訳ばかりが積もりに積もり、本当の自分は、本当はこうじゃない、これは本当の自分なんかじゃない、という、本当はどこにも存在しない、「本当の自分」を主張し始める。しかし繰り返すが、「本当の自分」なんて存在しない。今ある自分だけが、今現実に、うなだれ、悲嘆し、怒り狂い、虐げられ、間違い、嘘をつき、嫉妬深く、強欲で、怠惰で、間抜け面で、惨めに生きている自分だけが、真に"本当の"自分でしかないのだ。それが、自分で、それ以上でも、それ以下でもない。そしてもしも、こうしていれば、こうしていたら、と思うのであるなら、それらの現実を変えるのは、未来においてでしか在り得ない。過去など変えられない。変えられるものではない。人が変えられるのは、今の自分と、そこから導き出される、未来の自分だけだ。そして、今の自分も、未来の自分も、変えられも、変える気も無いのなら、人は、黙って現実の自分を引き受けたまま、人にも、自分にも、決して文句など言わずに、生きるしかないのだ。人生とは、そう言うものだと思うのだ。

だが、他人を傷つけ、その人生を破壊し、そして同時に、自分の人生も、傷つき破壊してしまった人間は、いったいどうしたら良いのだろう。そういった人たちに、現実を見ろだの、未来を考えろだといった言葉が、いったい何の役に立つというのだろう。後悔なんて意味は無いなどといったところで、なんの励ましになるだろう。どのように償ったところで、その償いが十分になることなど無く、どのように償われたところで、心の傷が綺麗に癒えることなど在り得ないのではないのか。

この映画『アナザープラネット』は、SF映画の体裁をとっているとはいえ、「空に浮かぶもう一つの地球」という映像以外、SFらしい展開は殆ど無いと言っていい。物語は、事故の加害者である主人公が正体を偽って被害者と会い、贖罪の日々を送りながら、いつしか心が通い合ってゆく様を描く。しかし、いくら慰めあおうとも、お互いの生活が元に戻ることなど決して在り得る筈は無く、そして偽った正体をいつまでも偽り続けることもできない。ここには、悲嘆に満ちた現実と、いつまでも癒されることのない未来しか存在しない。

そしてここで「空に浮かぶもう一つの地球」が重要な役割を帯びてくる。そのもう一つの地球では、自分は事故を起こしていなかっただろう。自分の人生は、明るく希望に満ちたものであっただろう。被害者の家族は生きていて、彼らは幸せに生きているだろう。本来なら「たられば」でしかないものが、現実に、自らが見上げる空の向こうの、青く浮かぶもひとつの地球の上で、【実在する】。それを目の当たりすることの、なんと狂おしいことであろうか。そして主人公は、最後のなけなしの希望にすがって、「空に浮かぶもう一つの地球」に行こうとする。その主人公の行動は、ラストに、なにがしかの結果として描かれるのではあるが、その、ある種の"ハッピーエンド"は、本当に"ハッピーエンド"なのだったろうか。

「ここではないどこか」で、私の夢は叶えられる。「ここではないどこか」で、私は幸せになれる。しかし逆に言えばそれは、今いる、今生きているこの場所では、私は、決して、絶対に、夢を叶えることも、幸せになることも、出来ないということなのではないのか。そして、「ここではないどこか」というのは、他ならぬ「空に浮かぶもう一つの地球」なのだ。悲嘆に満ちた現実と、いつまでも癒されることのない未来しか存在しない世界、しかしその世界の空の上に、あり得ない筈の、【救済】が、ぽっかりと浮かんでいる。そしてその【救済】は、この現実世界に生きる者には、本当なら決して手の届かない、「ここではないどこか」にしか存在しない。それならばそれは、果たして【救済】と呼べるのか。しかし、それでも人は夢想してしまう、こうでなかった自分と、こうでなかった人生を。【救済】へと、いつか手の届く日を。だからこそ映画『アナザープラネット』は、どこまでも切なさに満ちた作品なのだ。

■アナザープラネット 予告編

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20120411(Wed)

[]ゲーム反省日記 ゲーム反省日記を含むブックマーク ゲーム反省日記のブックマークコメント

もうね、ここ最近ずっと残業続きの忙しさで、満足に日記も書いてないし、映画も観てないし、ゲームもやってないですよ。なんかもう悲しいですよ。俺の日記生命もそろそろお仕舞いですよ。いやまあ今まで散々日記終わりだ終わりだと「終わり終わり詐欺」みたいなことばっかり言ってましたが、今度こそホントにね、ヤヴァイわ、こりゃヤヴァイわ。まあ実際は時間無いわけじゃないんですが、もう帰ってくると酒ばっかり飲んじゃって、なんにも手につかないだけなんですけどね。

ゲームもね、やってないとか言いながら、買ってはいるんですよ、買うのは出来るんです、お金が無いわけじゃないから、無いのは時間だから。でもなにしろやってる余裕が無い、ちょっとは弄るんですけど、集中できない。でもまた欲しいソフト出るから買っちゃう、そしてやってない、と、まあ悪循環ですわ。今日はそんな、「買ったことは買ったけどあんまりやってない、または殆どやってないゲーム」をつらつら並べてみます。

新・光神話 パルテナの鏡 (Nintendo3DS)

新・光神話 パルテナの鏡 - 3DS

新・光神話 パルテナの鏡 - 3DS

せっかくNintendo3DSも買ったことだし、話題のソフトであるこの「パルテナ」も買ってやってみたんですけどね、なにしろ操作方法に癖があってとっつき難い、まあ設定変更とか慣れとかが必要なんでしょうが、オレが年寄りだっていうことと、左利きな上にタッチペン使ってやりたくない、という我儘なせいで、なんかこうプレイしていても釈然としない部分がいつもモヤモヤと燻っているんですね。きっと製作者はNintendo3DSで出来ることを全部盛り込もう、という意気込みで作ったんでしょうが、盛り込み過ぎて付いていけないんですよ、まあきっと若い方は付いていけるんでしょうけど、オレにはちょっと無理、だいたい携帯ゲームのくせに据え置きスタンドが付いている、というのがなんだか解せない、こんなの絶対使わない。あ、ゲームは良く出来ています、グラフィックも凄いと思います。ただゲーム中の主人公とNPCとの会話が子供臭くて好きになれない、これ全部いらないとさえ思った。難易度調整が細かく設定できるのでクリアは出来ると思いますけどね。

■The Darknes II (Windows)

The Darkness(TM) II (日本語版) [ダウンロード] ダークネス2 - Xbox360 ダークネス2 - PS3

悪魔が憑依した主人公を操る変り種FPSですけどね、またぞろレーティングが厳しくてゴア・シーンがカットとか聞いたんで、レーティング五月蝿く無さそうなPC版をとりあえずダウンロード購入してみたんですよ。いや、PC版のレーティングが緩いなんて情報はどこにも無いんですけどね、勝手にそう思って買っただけなんですよね。実はこの「ザ・ダークネス2」、前作もプレイしていたんですが、バグが酷くてギブしちゃったんですよね。だからこの「2」もいい印象がなくて最初はスルーしてたんですが、なんか無性にFPSがやりたくなって発作的に購入しちゃったんですね。プレイヤーは肩から2本の蛇みたいな形のダークパワーを伸ばしていて、これを使うのがユニークなゲームなんですが、暗いところじゃないとダークパワー発揮できないとか、ダークパワーで敵をなぎ倒したり敵の心臓食って体力回復したりとか、いろいろ面白く出来てますね、グラフィックはカートゥーン処理で、もとがアメコミだからなんでしょうが、ディテールが潰れちゃうからリアル好きには物足りないグラフィックかも。あと主人公がやたら死んだ恋人を思い出してメソメソするのがこのゲームの特徴ですね。

■風の旅ビト (PS3ダウンロードコンテンツ

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とても評判が良いのでDLしてみたんですがね…プレイしようとするたびに寝ちゃうんですよ。なんにもない砂漠を旅するグラフィックが心地よいんでしょうねえ。あと音楽とか風の音とかね…。きっと退屈なゲームじゃないとは思うんですが、なんだか寝てしまうんです…。

■その他やりそこねたゲーム

The Saboteur (輸入版:アジア) - Xbox360 デウスエクス【CEROレーティング「Z」】 - Xbox360 Dragon Age:Origins Xbox 360 プラチナコレクション(ダウンロードコード同梱) The Elder Scrolls V : Skyrim 【CEROレーティング「Z」】 - PS3

『The Saboteur』は日本未発売オープンワールドゲームなんですが「英語だけどなんとかなるだろ」と思ってやってみたらやっぱりなんとかなりませんでした…。『デウスエクス』は「オレはステルスってェヤツが心の底から嫌いなんだなァ」としみじみ思い起こさせてくれたゲームでしたよ。いやPC版の1作目は面白くプレイしてたんですけどね。大体そんなにステルス嫌いなら最初っから買わなきゃいいのにねェ…。『ドラゴンエイジ:オリジンズ』はテキストの量がハンパなくてギブしました…。『スカイリム』はやってて広所恐怖症に…。せめて『スカイリム』ぐらいはいつかきちんとやりたいなあ。

■そして結局

で、実は未だに『デッドアイランド』をプレイしてるんですけどね!

DEAD ISLAND 【CEROレーティング「Z」】 - Xbox360 DEAD ISLAND 【CEROレーティング「Z」】 - PS3 Dead Island [日本語版] [ダウンロード]

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20120409(Mon)

[]最近読んだ本〜『銃・病原菌・鉄』『夜と霧』『マダム・エドワルダ/目玉の話』『食糧棚』『奇跡なす者たち』 最近読んだ本〜『銃・病原菌・鉄』『夜と霧』『マダム・エドワルダ/目玉の話』『食糧棚』『奇跡なす者たち』を含むブックマーク 最近読んだ本〜『銃・病原菌・鉄』『夜と霧』『マダム・エドワルダ/目玉の話』『食糧棚』『奇跡なす者たち』のブックマークコメント

■銃・病原菌・鉄−1万3000年にわたる人類史の謎(上)(下) / ジャレド・ダイヤモンド

人類社会には何故富と権力の格差があるのか。欧米白人と一部の有色人種、少数民族の豊かさがこれだけかけ離れているのは何故なのか。それは遺伝的・人種的優位・劣勢のせいなのか?アメリカの進化生物学・生理学・生物地理学者でありノンフィクション作家のジャレド・ダイヤモンドは、フィールド・ワーク中のニューギニアにおいて、あるニューギニア人政治家の「何故我々ニューギニア人は"持たざる者"なのか?」という問い掛けから、この膨大な著作を生み出した。作者は人類1万3000年の歴史を遡り、考古学のみならず、地理、資源、環境変動、植物学、動物学、言語学、遺伝子学、人類学、その他諸々の学術的情報と推論から、「何故現代社会における格差は成り立ってしまったか」を導き出す。その広範で博大な知識と情報量、それを演繹する確固たる知性と洞察力は息を呑むものがあり、読んでいて初めて知るような事柄が本当に多くて、テーマとは別の部分でも大変勉強になってしまった。文章は学者らしく実に厳密さを前提としたもので、別の章で記述があったことでも必要なら何度でも同じ記述を登場させ、論旨を徹底的に説得力のあるものにしようとしているところが、いつもはフィクションばかり読んでいる自分には新鮮だった。この著作の訴えるところは、白人と有色人種とでは文明を生み出す為の知性はなんら変わるものは無い、現在生み出されている富と権力の格差は、遺伝的・人種的な能力・差異のせいでは決して無い、にも拘らず富と権力の格差、そして文明の差異が生まれてしまったのは、それは"たまたま"それらの人種が生まれた土地の資源や生態系や地形・自然環境のせいでしかない、ということだ。この著作は、1万3000年の人類史を遡りながら、実は強烈な人種的平等を訴える書でもあるのだ。また、文明がどのように興り、どのように発展し、どのように消え去ってゆくのか、を様々な諸原因で説明する本書は、例えばフィクションを書く上でのネタ本としても使えると思う。SF小説なんかを書いている方は一度読まれてみるといいかもしれない。

■夜と霧 / ヴィクトール・E・フランクル

夜と霧 新版

夜と霧 新版

世界的な名著として名高い、ナチスによる絶滅収容所に送り込まれた一人の心理学者の体験記である。読んでいる間中、自分の周りを取り囲む現実の表皮が引き剥がされ、冷たい暗黒の宇宙をどこまでも漂っているかのような非現実感に襲われていた。人が人に対してどれだけ非道になれるのか、そしてその非道な仕打ちの中で人がどこまで正気と人格を保って耐えて行けるのか、その残酷なテストケースを見せられているようだった。この著作はナチスへの糾弾や戦争告発や平和への願いを謡ったものではないだろう。むしろ著者が心理学者として非人道的な環境における自分という人間の行動と心理を克明に綴ったものだと受け取った。この収容所体験と比べられるものでは決して無いとはいえ、この千分の一か万分の一にでも、人は非人道的な環境に生きることは十分に有り得、そしてそれは自分の生きる環境においても存在し得るもので、その中で、どう生き、どう行動し、どう考えるのか、何を希望とし自らを支えうるものなのか、それを知る一つの指標として自分は読んだ。

■マダム・エドワルダ/目玉の話 / ジョルジュ・バタイユ

マダム・エドワルダ/目玉の話 (光文社古典新訳文庫)

マダム・エドワルダ/目玉の話 (光文社古典新訳文庫)

生田耕作訳で有名なバタイユ眼球譚』を中条省平氏が『マダム・エドワルダ/目玉の話』とタイトルを変え大胆に新約したもの。「エロティシズムの深淵」みたいに語られるこの物語、自分は初めて読んだのだが、いわゆるフロイト的な性的発達途上における未完成・未分化な快楽衝動をあからさまに描いたと言う部分で、発表当時の既に性的に成熟した成人が読むと衝撃的だったということだったのじゃないのかなあ、と思った。しかしバタイユのこういった描写は現代では模倣・消費されてしまっているから、自分としてはそれほどショッキングなものとは思えなかった。あえて真意を汲もうとするなら、この作品におけるバタイユのエロティシズムとサディズムは、暗澹として悲痛である生の諸相を破壊するためのアナーキーな越境行為であったのかもしれない。

■食糧棚 / ジム・クレイス

食糧棚

食糧棚

英国作家ジム・クレイスによる"食べ物"にまつわる64の小編集。実は今度同人誌を出すことになり、この自分が一つのテーマで幾つかの短編小説を書かなくてはならなくなったので、本職の作家というのはどうやってテーマのバリエーションを展開してゆくものなのだろうか、と勉強がてら読んでみた。いや、勉強どころか「本職はやっぱりスゲエ…」と感嘆しただけで終わりましたが…。この短編集、装丁や紹介のされ方から、結構エグイ話やコワイ話が並んでいるのかと思ったらさにあらず。そう言う話もあることはあるけれど大半は、食べ物をキーワードに人間生活の情景や感情のある一片を切り取った、意外と含蓄のある話が多かった。無理にオチなど設けずに、情感の余韻で終わる、こういった作品集もいい。

■奇跡なす者たち / ジャック・ヴァンス

奇跡なす者たち (未来の文学)

奇跡なす者たち (未来の文学)

ジャック・ヴァンス、1945年にデビューし、アメリカでは絶大な人気と尊敬を集めるSF作家ということなのだが、邦訳作品もあるとはいえ、日本では今ひとつ知名度・人気度の低い作家だったようだ。確かになんとなくSF作品は多く読んでいたつもりの自分のような人間でさえ、彼の作品を読むのは実はこれが初めてである。しかし読んでみたところ、これが、無類に素晴らしい。ジャック・ヴァンス作品はそのむせ返るようなきらびやかな異世界描写を高く評価されているようだが、確かにこの作品集に収められた幾つかのSFファンタジー作品は、素晴らしいエキゾチズムに溢れた紅蓮たる異世界を創出している。自分などはシルヴァーバーグ作品などを思い出してしまったが、実は逆に、シルヴァーバーグ自体がヴァンスの強い影響を受けていた、という話を読んで、こりゃ一本取られたな、という気分になってしまった。ダン・シモンズ、J・R・R・マーティンなどもその影響を受けた作家として挙げられているが、それも頷けるものがあると同時に、要するに幾多のSF作家に影響を与えるほどに、ヴァンス作品の異世界描写はめくるめくような魅力に溢れているということなのだ。この『奇跡なす者たち』を発刊した国書刊行会は今後もヴァンス・コレクションを刊行してゆくというから、これは大いに楽しみだ。

20120408(Sun)

[]飲み食い日記 飲み食い日記を含むブックマーク 飲み食い日記のブックマークコメント

先日は新宿で集まりがあったので用事を済ませた後、皆さんとトルコレストラン・ウスキュダルで食事。エビサラダ、ピタパン、エジプト豆のペースト、ナスのペースト、トルコ風白チーズ、ケバブの盛り合わせをいただきました。飲み物はトルコ・ビールのエフェスとエフェス・ダーク。さすが世界3大料理と呼ばれるトルコ料理、ビールも合わせて大変美味しかったです。特にエジプト豆やナスのペーストは、ピタパンと合わせて食べるとビールの進むこと進むこと!ペーストだからって侮ってはいけません。これ、前から好きなメニューだったんですが、一度食べると癖になりますよ。料理は「資格を持ったイスラム信者が祈りを捧げたハラルミート(Halal Meat)を使用しています」ということですから、イスラムな方も安心!また行きたいなあ。土曜日は8時半からベリーダンスも披露しているそうですよ。

○トルコ・レストラン ウスキュダル

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皆さんと別れてから相方さんと二人で今度はビール屋さんへ。場所は同じく新宿のベルギービール専門店・フリゴ。地階を降りていった、穴倉のような秘密基地っぽいお店です。内装は木をメインにしており、注文はキャッシュ・オン・デリバリー、冷蔵庫のガラスケースに入ったビールを選んで注文します。この日は軽くビール2杯とフィッシュアンドチップス。ただしこのお店のフィッシュアンドチップスは魚がメインで大きく、フレンチフライのほうはちょっと少なめ。

○ベルギービール専門店 新宿フリゴ

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20120406(Fri)

[]『ひとりっ子』『TAP』 / グレッグ・イーガン 【再録】 『ひとりっ子』『TAP』 / グレッグ・イーガン 【再録】を含むブックマーク 『ひとりっ子』『TAP』 / グレッグ・イーガン 【再録】のブックマークコメント

グレッグ・イーガン短編集特集、今日のエントリは以前書いたものの再録。単にリンク貼っておけばいいものではありますが、4日間イーガンで並べてみる、というのをちょっとやってみたかったのでこんな形にしました)

◆ひとりっ子 / グレッグ・イーガン

ひとりっ子 (ハヤカワ文庫SF)

ひとりっ子 (ハヤカワ文庫SF)

グレッグ・イーガンの第三短編集

グレッグ・イーガン、早川書房からの第三短編集。イーガンSFを誰でも楽しめるエンターテイメント作品として推す事は難しいが、彼のSF作品は現代SF小説のなかでも際立ってスリリングな世界を描いているものだということは保証できる。イーガンは最新テクノロジーと最新数学・物理学理論を駆使したハードSF作家のように思われがちだが、彼の小説が”理系の皮を被った文系”と言われるように、作者が真に目を向けているのは”人間存在とは何か”というところにあるとオレは思う。一見難解な科学理論や目くるめく様な未来テクノロジーは、それを扱いそしてそれに翻弄される人間達の本質を浮き上がらせる為の方便なのである。

例えば冒頭の《行動原理》《真心》では脳内にインプラントされたナノマシンによる意識改変と人間性改造が描かれるが、物語の根幹となるテーマは悔恨や逡巡、愛の不確定性や愛の不在への恐怖なのだ。人は誰しも思い惑い不安に心を奪われ、自己存在がアンバランスになる経験などあるだろう。そのとき何らかの行為や酒や薬物へ依存することで心のバランスを保とうとすることなど現実でも在り得ることだ。しかしイーガンはそこでテクノロジーを外挿する。登場人物たちは皆、未来テクノロジーが生んだハードウェアという異質な”外部”を肉体に取り込むことでしか自らを見出せない。そしてそれは自己疎外以外の何者でもないのだと思う。このテクノロジーと人間性の対比が悲しみと哀れさをなお一層顕わにするのだ。

《ルミナス》の冒頭は『MJ』として映画化されたギブソン作品《運び屋ジョニー》を思わせる非合法データ・クーリエと武装化された巨大コングロマリットとの戦いを髣髴させてサイバーパンクファンをにんまりさせる。作中、イーガンの長編作品タイトルと同じ《万物理論》という言葉が使われるが直接は関係ないようだ。物語は”数学スリラー”とでも呼ぶようなイーガンお得意の架空理論を駆使した作品だが、これがちょっと難解。要するに「この宇宙には我々の知っている数学の解法とは全く違う解を導き出すもう一つの数学的宇宙が存在する」ということなのだろうか。まあイーガン一流の大法螺なので突き詰めて考えることは無いが、凄いのはそのクライマックスだ。《以下ネタバレ》情景的には世界最速のスーパーコンピューターの前で主人公らが議論しているだけなのだが、そのスーパーコンピューターは計算のみによって一つの宇宙を消滅させる作業をしているのである。まさにイーガンらしい大風呂敷の生きる一作!

《決断者》も少し難解。主人公が装着した”アイ・パッド”なるハードウェアが見せる異様な情景が物語の中心だが、これは「意識の流れが生む蓋然性を抽象化されたヴィジョンとして視覚できる装置」という見方で正しいだろうか。そもそもそんなものが何の役に立つのかオレの想像力では思いつかないが、「決定されない全ての情景を視覚体験する」というのは確かに地獄のようなものであろう。これはちょっとした実験作かな。

《ふたりの距離》は脳髄が既にハードウェアと置換された未来で、”あなたと私の距離を出来るだけ埋めたい”という男女がテクノロジーによって実際に距離を埋めて行ってしまう、という皮肉に満ちた作品。恋人達は肉体の交換から始まり、クローンを使った同人物として過ごし、そして精神の融合まで手を染めようとする。体験を共有しなければ気が済まない、といった恋愛感情に対するグロテスクなジョークといったところだろう。

《オラクル》は人工知能研究の第一人者でありコンピュータ工学の父と呼ばれたアラン・チューリングと、『ナルニア国ものがたり』の作者であると同時に神学者でもあったC・S・ルイスが出会っていたら、という歴史の”if”を扱った作品。彼等は歴史的に同年代ではあったが、実際に出会うことは無かったであろう。平行宇宙間の跳躍や歴史改変、アンドロイドなどSF的アイディアが盛り込まれ、科学と宗教の拮抗が描かれるこの作品はしかし、その本質的なテーマとするところは”魂とは何か”ということなのではないだろうか。将来的には自ら意思決定する人工知能の開発は有り得るだろう。そしてそれが人と変わりない存在になることも。これを禁忌とする神学は不合理で時代遅れのものなのかもしれない。しかしその科学が魂の存在を証明できないのなら、我々の移ろいやすい心の寄る辺とするものはいったいどこにあるというのだろうか。それはイーガンさえこの作品の中で結論を出していない。若干消化不良気味の部分もあるがイーガンには珍しい歴史ものであり、意欲作と見るべきだろう。なお冒頭のチューリングが暴力的な監禁を受けている描写は、彼が当時違法であったゲイだった為に当局によって成されたものということなのだろう。別の平行宇宙での出来事ということで実際には監禁の事実は無いが、しかし現実では保護観察処分となりホルモン注射を強要され、その後彼は自殺している。

○《ひとりっ子》の構造

タイトル作である《ひとりっ子》は大雑把に言うならば所謂”ピノキオ”テーマということができるだろうか。即ち”アンドロイドに心はあるのか?”ということだ。ただこの物語はそれのみに留まらない複雑に交錯したテーマを孕んでおり、それだけに作品集中最も味わいの深い物語になっていることは確かだ。
少しこの物語の持つテーマを整理してみよう。
・最初に挙げた”ピノキオ”テーマ。アンドロイドの人間性について。
量子コンピュータによる多次元宇宙解釈。一般の読者にはこの記述が最も難解で取っ付き難いと思われる。
・さらに量子コンピュータを思考回路として持つアンドロイドの生きる決定論的宇宙の存在。
・もっと人間的な、親と子の愛情、関係の在り方について。親は子に何を託すべきか?子を持つ、というのはどういうことか?について描かれる。
これらについてちょっとづつ解題してみよう。

(1)ピノキオ・テーマ
ピノキオテーマについて。これは鉄腕アトムから石ノ森章太郎のヒーロー物、P・K・ディックの描く”シュミラクラ”ないし”レプリカント”、さらにはスピルバーグの映画《A.I.》に至るまで、SFではお馴染のテーマだろう。これらの物語は先験的にアンドロイドに心は”在る”ものとして描かれるけれど、現実的なテクノロジーから考えれば、人間と全く同じように思考するだけではなく、さらには個性と感情、即ちアイデンティティを備えた”自我”というものを創り得るのか?ということだろう。イーガンはここで量子コンピュータを持ち出すことで物語的に解決しているが、しかしそもそも”心”とはなんなのだろうか。もしもこれを数値的に解析し如何様にも再現可能なのならば、”人間と同じ自我”を創り出すことなどよりも、我々の持つ”人間的であるが故の問題”が全て数値的な誤差の修正によってテクノロジカルに解決できることになってしまうのはないか。脳の持つ機能のマッピングを100%遣り遂げる事が可能だとしても、それは”魂の地図”では決して有り得ないのではないか。いや、オレ自身現在のこの辺の理論について明るいわけでは決してないので、感傷的で”ナイーブな”物の言い方になっているかもしれない。ただ、これはイーガンの物語を否定しているわけではなく、最新テクノロジーによって肉薄してきた”魂の複製”の可否を、フィクションの上だとはいえこうして見せられると、なにかいろんな意味で考えさせられたのだ。

(2)量子コンピュータと平行宇宙
量子コンピュータによる多次元宇宙解釈。これがなにしろ手強い。原理を別とするなら量子コンピュータは単純に言えば古典的なコンピュータの持つ”0”と”1”の2進法による計算方法を遥かに越えた超並列的な計算を行うことの出来るコンピュータ、つまりは古典的なコンピュータが数億台でもって行わなければ実行できない計算を一度の計算でもって行われるコンピュータであると言えばいいのだろうか。これは現実に開発中のものであり、決して絵空事のものではない。で、それがどうして多次元宇宙という考えが関わってくるのかというと量子力学の話をしなければならないだが、量子的系の状態を例えた「シュレディンガーの猫」のお話では”猫は死んでもいるし生きてもいる”という確率論的な”観測のパラドックス”を生むが(コペンハーゲン派)、この考えに対し、

結局、宇宙を「ひとつの宇宙とその確率的ゆらぎ」として見るのではなく、確率的な「それぞれの場合」をすべて実在化して、それぞれ「宇宙」とすることで、ヒュー・エヴェレットは「多元宇宙」を作り上げる。
平行宇宙論 ヒュー・エヴェレットの量子力学解釈(1957)

という解釈(エヴェレット解釈)を導入することで不確定で確立論的な(ひとつの)宇宙を決定論的な宇宙の無限次元のうちの一つとして考えようとしたわけである。これが平行宇宙論である。そして量子コンピュータはその決定の際に無数に分岐する平行宇宙を生み出しているということなのだろう。

(3)デヴィッド・ドイッチュの多世界解釈
量子コンピュータを思考回路として持つアンドロイドの生きる決定論的宇宙の存在」を考える時に参考になると思われるのは「デヴィッド・ドイッチュの多世界解釈」である。

意識を多宇宙にまたがる複雑性と理解すれば、結論はだせないが、意識と物理的過程を両立することができるようになった。
自由意志と物理学の折り合いが悪いのは、決定論にあやまりがあるのではなく、古典的時空にある。例え、非決定的(ランダムな)法則に置き換えても、自由意志の問題は解決がつかない。自由はランダムさとは関係がない。肝心なのは、我々が何者であるか意識し、何をしようと考え、決定される行動だ。
万物の理論 デヴィッド・ドイッチュ

理論物理学のデイヴィッド・ドイッチュは量子コンピュータの実現性を初めて証明した人物であるが、書評などを読むとこの「デヴィッド・ドイッチュの多世界解釈」では量子コンピュータのみならず、平行宇宙、仮想現実、コンピュータサイエンス、認識論、数学的真理、進化論など広汎な項目を網羅し、科学の新たなパラダイムシフトを提唱しているものとなっているようだ。その項目の中ではそのものずばり「万物の理論」と呼ばれるものもあり、どうやらこのデイヴィッド・ドイッチュがグレッグ・イーガンのネタ本になっているのではないかと思わせる問題提起を数多くしている。オレが読解出来るような類の書籍だとは思わないが、興味の在る方は触れられてみるといい。物理学のフィールドでは賛否両論あるようだが、ひとつの思弁を導き出す実験として非常に優れた切り口を見せているように思う。

さてここでドイッチェは、”自由意志こそが量子論的/多世界的宇宙を反映したもの”と説いている。そこからイーガンは量子コンピュータを頭脳に持つ人工知能が限りなく人間に近い思考をするものであると(あくまでフィクショナブルに)導き出したのだろう。しかし物語内の実験の描写では触れられているが、実際の所、量子コンピュータ知性が物事を意識的に”決定”してゆく過程というのはイメージし難いものがある。また、人間の知性を電脳で再現するには量子コンピュータよりもカオスコンピュータのほうが適しているのではないか、という記述もどこかで読んだ事がある。

(4)物語としての《ひとりっ子》
物語はある科学者の男女が出会い結婚するが、子供に恵まれない為にまだ研究途上の量子コンピュータを頭脳に持つアンドロイドを子供として迎え入れることを決意することから始まる。この人工生命を子供として受け入れる、という感覚は、小動物や人形を我が子のように扱うようないわば代償行為に近いものに見え、最初どこか歪なものに感じてしまった。成長過程に合わせた大小のアンドロイド擬体が並べられる描写もあるが、やはりグロテスクなのだ。

しかし量子コンピュータ知性の少女が”成長”し、主人公夫婦と対話し生活を共にする姿はやはり愛くるしい。それは人間とは変わりの無い情景だ。だがここで描かれる関係は親子のものだけれども、その底流には「しかし人工物には変わりは無い」というイロニーが常に付きまとう。人工知性の少女も自分が人工物だということを知っている。そして少女は言う、「何故私を作ったの?」と。だがこれは現実の親子の中でも交わされているであろう会話だ。子供であった頃なら親に問うたかもしれず、親であったなら子供に問われたことが在るかもしれない。何故自分は存在し、自分はここで何をするべきなのか。親であったならそれをどう伝えるべきなのか。生きる為に無くてはならない自己存在の確立と自己肯定の過程は、我々も体験したことがあるだろうし、時としてそれが困難を伴うものであることもご存知だろう。

またこの物語は”人はその生の中で何を選択して生きてゆくのか”というメッセージを量子的多世界解釈に託して描いている。例え無数の決定が多世界に渡って行われるのだとしても、我々がこの世界で決定できる事はたった一つしかない。人はその過程で「もし〜をしていたら、していなかったら」という逡巡や後悔を胸の中に抱く。成されなかった事、成すべきだった事の狭間で人の心は揺れ動く。だが我々は、現実に唯一つ決定した事の責任を背負って生き続けなければならない。その中でまた、明日を選択していかなければならない。それが苦渋に満ちたものであろうと、ただ一つ出来る行為はよりよい明日と自分の為に選択し続けることだけだからである。そしてイーガンはテクノロジーと生命がせめぎ合う中で人間存在とは何かを問おうとする。これが、グレッグ・イーガンのSFなのである。

◆TAP / グレッグ・イーガン

TAP (奇想コレクション)

TAP (奇想コレクション)

河出書房奇想コレクションの新刊はグレッグ・イーガンの日本オリジナル短編集『TAP』。先端テクノロジーや最新の科学知識を盛り込んだサイバーでイマジネイティヴな作品を次々に世に送り出し、現代最高のSF作家の一人なんて言われ方をしているイーガンだが、ここに収められている作品はブレイク以前の習作といった趣の作品が多く、どちらかというとファン向けの落ち穂拾い的短編集と思ったほうがよさそうだ。逆に言えばバラエティ重視のセレクトになっており、ファンにはイーガンの別の面を見ることが出来る短編集であるということもできる。

作品内容もまさにイーガンと思わせるようなハードSFというよりも、ホラーや奇妙な味といった作風のものが多い。そしてそれらの世界観も読後感もどことなく陰鬱、曖昧で所謂考え落ち的な歯切れの悪い結末を迎えるものが殆どだ。イーガンって実は…暗いヤツだったのか!?その為短篇としての完成度を目指したというよりも一つのアイディアをどのように展開できるのかという作家としての試作品的な作品が並ぶ結果となってしまったような気がする。

さて、ここに収められた作品全体を貫くテーマは「現実世界と自己との乖離」という言い方が出来るかもしれない。短篇「視覚」は事故を起こし脳手術を受けた男があたかも幽体離脱したかのような視覚を得る物語だし、「ユージーン」「要塞」は遺伝子操作による現代と未来との相克を描き、遺伝子エリートが常体の人類を凌駕した未来を予見する物語であり、「悪魔の移住」は研究室に閉じ込められた脳腫瘍の呟きであり、「散骨」は犯罪現場を追うばかりに現実から遊離する男の物語であり、「銀炎」はニュー・スピリチュアル・カルチャー思想に傾倒した者達が疫病による世界の新秩序を目論む物語であり、「自警団」は地下に幽閉され隔絶された”夢の中の悪魔”の物語であり、「森の奥」はナノマシンによる現実認識の変容を描いたものであり、そして表題作「TAP」は脳内インプラント"TAP"による独自の言語プロトコルを得た新人類と旧人類との確執を描いた作品なのだ。

このどれもが外挿された要因により変容した自己認識=アイデンティティが現実世界から浮き上がり、時に新現実を獲得するという物語なのではないか。イーガンは数々の既訳作品でも「アイデンティティの揺らぎ・変容」といったテーマにこだわり続けてきたが、この短編集でもそのスタンスは貫かれている。そしてこれらはどこか離人症と呼ばれる乖離性障害を連想させもする。しかしイーガンの描く自己認識の変容は、我々の持つアプリオリな知識を凌駕する圧倒的なテクノロジーの進化とそれに伴う世界の大規模なパラダイム・シフトを予兆したものに他ならない。未完成な作品の目立った『TAP』であったが、イーガンの持つテーマにブレは無かったと思う。

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20120405(Thu)

[]祈りの海 / グレッグ・イーガン 祈りの海 / グレッグ・イーガンを含むブックマーク 祈りの海 / グレッグ・イーガンのブックマークコメント

祈りの海 (ハヤカワ文庫SF)

祈りの海 (ハヤカワ文庫SF)

グレッグ・イーガンの日本における初期短編集。若干荒削りでありテーマが未消化な部分もあるが、自らの作風を模索する若き日の(?)イーガンの苦闘がうかがえ微笑ましい。では作品を紹介。

「貸金庫」はイーガンお得意の「アイデンティティとは何か」SF。生まれた時から常に他人の肉体に意識を転移させ続けられながら生きてきてしまった男の物語だが、相当突飛な粗筋なのにも関わらず、イーガンはその原因にきちんと脳科学的を基にしたオチをもってこようとするところがまた凄い。
「キューティ」は「自分で妊娠して子供を育ててみたい男性用の亜人間育成キット」を購入した男の話。これもイーガンが好む医療+グロSF。
「ぼくになることを」は人類が子供の頃から脳内に思考バックアップ装置「宝石」を取り付けらている、という『しあわせの理由』収録「移相夢」と同じ世界観の物語。そして本人が望んだときに脳は取り除かれ老化・劣化しない「宝石」が新たな脳となるのだ。思考バックアップ、データ移送による人格のコピーならびに不老不死というのはSFでは昔からあるシチュエーションだが、イーガンはそれがどのような医療技術によって行われ、そしてその"先進"医療が人々にどんな波紋をもたらすのかを描こうとする。医療の合理性に対する身体性の忌避、といった問題は現在の医療現場でもありえることで、そういった意味では現代的なテーマでもありうるのだ。
「繭」はあるバイオテク研究所爆破の調査を請け負った男が辿り着いた衝撃的な真実を描く。これなどは社会的ダーウィニズム主義者の空恐ろしい優生学的差別思想をテクノロジカルに現実化できることを暗示しており、これもまた『しあわせの理由』収録の「道徳的ウィルス学者」「チェルノブイリの聖母」に通じるイーガンの歪んだカルト蔓延への警鐘となっている。
「百光年ダイアリー」は人類全てが「未来の自分が書いた日記を読むことで未来を知ることになってしまった世界」を描く、イーガンには珍しい時間テーマSFだが、いつしかテーマは「記述されない現実は現実なのか」という哲学的な命題へと変わって行くのが面白い。
「誘拐」はバーチャルリアルに再現された映像を"誘拐"される、という一風変わったお話。しかしこれなどは「AIに人権はあるか」という後のテーマとも結びつきはしないか。
「放浪者の軌道」も変わったお話。何らかの理由で全人類の個々が持つイデオロギーがメルトダウンを起こし、土地土地の"力場"によりそこに住む人々のイデオロギーが個人の意思を無視して確定させられてしまう、というややこしいお話。主人公たちは"力場"に感化されないように放浪を繰り返すが…という展開だが、これなどは「個人の意思」というものが実は集団的な無意識に左右される幻想に過ぎないのではないか、という暗喩にも取れる。
ミトコンドリア・イヴ」は人類の祖先を辿る事により己の系譜を探ろうという運動が度を越した熱狂へと繋がって行くというスラップスティックなブラック・コメディ。これなどは、ある種の疑似科学への冷笑ともとれるだろう。
「無限の暗殺者」は並行宇宙を無限に横断することにより現実に破滅的な"渦"を巻き起こす"ドリーマー"を抹殺する為にやはり無限の平行宇宙を追跡する"ハンター"の物語。起こりうる全ての事が起こっている平行宇宙を横断しながらも、にもかかわらずその中で自らが「決定」するということは何か、と問いかけるのがまたイーガンのアイデンティティ小説らしい。
「イェユーカ」はまたしても医療SF。指輪型万能医療装置により完全な健康を維持することが可能になった未来、その恩恵に与れない貧困国に赴く医師の物語。これも「血をわけた姉妹」に通じる医療産業の暗部と途上国の医療格差を描くが、医療に従事していた頃のイーガンが目の当たりにしたなにがしかのリアリティがここに存在するようにも思え、決してフィクションの枠だけに収まらない思いが込められているようにすら感じた。
「祈りの海」は遠未来の銀河のどこかに存在する人類殖民星が舞台だ。殖民星のテラフォーミングの歴史やそこに適応すべく改変された人類の身体機能、その身体性による不思議な習俗と文化、宗教など、あらゆるSF的奇想がてんこ盛りになった小説で、ヒューゴー/ローカス賞受賞作品でもあるが、自分にはエキゾチズムが強烈すぎてぴんとこなかったな。主題となるのは宗教的熱狂であり、SF的な光景を取り去るなら、そこに現れるのはやはり「人は何をよりどころにして生きるのか」というテーマなのだろう。

mokkei1978mokkei1978 2012/04/24 12:38 こんにちは。自分は「放浪者の軌道」が印象深かったです。
カオス理論のストレンジ・アトラクタをこんな風にSFの題材にするとは!とビックリしました。

globalheadglobalhead 2012/04/25 00:42 ストレンジ・アトラクターといえば非整数次元のアトラクターやカオス理論でしか振る舞いを説明できない力学系のアトラクターのことですよね。
…って今Wikipediaからコピペしてきましたが実はなんのことやらさっぱり分かりません。
こんなレベルで調子乗ってレビュー書いている自分であります。

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20120404(Wed)

[]しあわせの理由 / グレッグ・イーガン しあわせの理由 / グレッグ・イーガンを含むブックマーク しあわせの理由 / グレッグ・イーガンのブックマークコメント

しあわせの理由 (ハヤカワ文庫SF)

しあわせの理由 (ハヤカワ文庫SF)

2003年に出版されたグレッグ・イーガンの日本版短編集。全体的に医療SFと呼べるような作品が並ぶが、これはイーガンがかつて医療プログラマーをしていたというキャリアがあるからなのかもしれない。イーガンのSF作品において、最新科学情報を駆使した視点とは別に、人間に対する限りない同情(そしてそういった自分の感情を突き放したかのような皮肉さ)があるのは、彼のこういった側面があるからだということも考えられないだろうか。また、全般に特異な展開と問題提起はあるが物語としてのオチが弱い作品が散見したけれども、逆に言うならイーガンにとってテーマ性が主なのであり、オチ云々は作家として度外視している部分があるのかもしれない。

作品を紹介。
「適切な愛」初っ端から医療SF。事故で体を失った夫の脳を、クローン・ボディが出来るまで腹の中に入れる羽目になった妻の話。グロテスクな話ではあるが、生命や愛情という側面から見れば、これをグロと言い切ってしまえない部分がある。テクノロジーとそれに相対する人の感情、といったテーマだ。
「闇の中へ」は地球上にワームホールがランダムに出現しては消えてゆく、という原因不明の事件が多発し、その中に取り残された人々を救助しに行くレスキュー隊員の話。主人公は限られた時間に救えるものと救えないものを振り分けなければならないが、これは現実の緊急医療でもありえることであり、そういった医療の現場について書かれた物語だといえる。
「愛撫」は地下室から発見されたスフィンクスに似たキメラ生物の謎を追う話。後半出てくる人体改造に取りつかれた基地外の富豪は整形手術マニアへの皮肉だろうか。
「道徳的ウィルス学者」は狂信的な倫理観を持った学者が不貞をはたらいたものが死に至るウィルスを開発するというブラックジョーク・ネタ。しかしこれが政治信条とか人種などから選別的に攻撃するウィルスだとしたら空恐ろしいものがある。ある意味倫理を否定するものはまた別の狂った倫理であるともいえるのだ。
「移相夢」は脳をデータ化しアンドロイドにコピーして延命するのがありふれたものになった未来、その手術を恐れる老人の話。思考データコピーそれ自体が延命と言えるのか?というイーガンお得意のアイデンティティを巡る話だが、さんざんこのテーマでやってるので少々飽きてくるか。
チェルノブイリの聖母」は東欧を舞台に私立探偵が奪われた聖母のイコンを追うハードボイルドタッチのサスペンス。サイバーパンクなガジェットの扱いと非常にスリリングかつスピーディーな物語展開が素晴らしかった。「道徳的ウィルス学者」や『TAP』収録の「銀炎」と同じく、そのテーマはカルトであり狂信ということになるのだろうが、イーガンがこれらカルトを反科学・反知性と位置づけ、前近代的なものとして忌避していることの表れなのかもしれない。
「ボーダー・ガード」は不老不死は可能になったが、人口過剰を抑えるため、様々な人工宇宙へ転移し続けなければならない人々の悲しみを描く物語。決して死は訪れない代わりに、終生の別れはやはり存在する。生きる、ということはただ生命があることなのではなく、あなたとわたしがここに共にいることなのではないのか、という問いかけは、SFの枠を超えて人間存在のありかたを考えさせる。
「血をわけた姉妹」は双子の姉妹が同じウィルス病にかかり、同じ処方を受けたにも関わらず、片方は生き、片方は死亡する。それが納得のできない姉はその謎を追う、という物語。医療サスペンスだが、世界を覆う巨大製薬会社の陰謀という物語は、ジョン・ル・カレの国際陰謀小説『ナイロビの蜂』を思わすポリティカル・スリラーであり、さらにグローバル経済の暗部さえ描く。しかし物語の本当の主題は、残されたものの悲しみであり理不尽な死への怒りなのだ。
そしてタイトル作「しあわせの理由」が実に素晴らしい。疾病により脳内麻薬様物質の分泌が極端に低下し、重度の鬱病になった青年が主人公。彼は治療として脳内麻薬様物質を自由にコントロールできるいわゆる”幸福の合成装置”を得るが、それによりどのような幸福感であっても「それを幸福と感じるようにコントロールされた幸福」でしかなくなってしまうのだ。この着想はしびれた。煎じ詰めるなら幸福とは、愛でも、お金でも、社会的立場でもなく、脳内麻薬様物質が分泌されている状態に過ぎないとも言える。人が生きる意志や価値とする物事は、実は微量な脳内ホルモンの分泌に左右されているだけの問題であり、人はそれに振り回され操られることで一生を費やすとも言えるではないか。しかし、だからと言って人の生は虚しいものなのか。幸福とは、それだけのものなのか。イーガンはそういった人の生きる根源である問題提起の中で、本当の「しあわせの理由」を描こうとする。これは大傑作といっていいだろう。

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20120403(Tue)

[]プランク・ダイヴ / グレッグ・イーガン プランク・ダイヴ / グレッグ・イーガンを含むブックマーク プランク・ダイヴ / グレッグ・イーガンのブックマークコメント

プランク・ダイヴ (ハヤカワ文庫SF)

プランク・ダイヴ (ハヤカワ文庫SF)

ちょっと前になるがイーガンの最新日本編集版短編集『プランク・ダイヴ』を読んだ。イーガン作品はこれまで長編全作と短編集『ひとりっ子』『TAP』を読んでいたが、そういえば短編集『しあわせの理由』と『祈りの海』をまだ読んでいないことを思い出し、ついでだからとイーガン作品コンプリートを目指すことにし、この間見事に(?)読了するところとなった。というわけで『プランク・ダイヴ』も含めたこれら2作のざっくりした感想を3回に分けて書いてみようかと思う。今回は『プランク・ダイヴ』。

イーガンと言えば「理系の皮をかぶった文系SF作家」というイメージがあった。それはハードなSFテーマをを駆使しながら、そこで語られていることは「人間とは何か」「“自分”とは何か」ということだったからだ。しかしこの最新日本編集版短編集『プランク・ダイヴ』はそんなイーガンのイメージとはちょっと違い、恐ろしくハードなSF短編が並んでいる。実はモノによっては、理数系の文章が羅列されているばかりに何を言っているのかさっぱりわからない作品まであった…まあこれは自分の理科系のセンスの無さのせいともいえるのだが。

作品を紹介。
「クリスタルの夜」は電脳的な「フェッセンデン宇宙」を創る話。AIの人権というテーマは以前読んだSF短編集『フィーバー・ドリーム』でも他の作家が取り上げており、ちょっと流行ってるのかな?と思った。
「エキストラ」は臓器移植の献体として自らのクローンを飼育する男のグロテスクな顛末。医療+グロというのはイーガンの初期作品に多かった。
「暗黒整数」は短編集『ひとりっ子』収録の「ルミナス」の続編で、数学SF。数学解法の異なる宇宙とのコンピュータ計算による戦争、というアイディアが凄いが、なにしろ数学専門用語の飛び交う内容に苦労させられた…。
「グローリー」はなにしろ冒頭のナノマシン搭載極小亜光速ロケットによる恒星間飛行というアイディアにしびれた。ロケットの到着した惑星ではナノマシンが人工ボディを作成し、そこに恒星間を超えて中性子ビームによる人格データを射出、そのデータをダウンロードしたボディが一個の人格としてその惑星の知的種族と交渉を行うというもので、要するに相対性理論に抵触することなく遠い恒星間の航行を可能にしてしまっているのだ。物語のほうは訪れた惑星で失われた数学的遺跡を発掘するというものだが、それ自体が「必ずあるはずの究極の科学的真理」へのSF作家イーガンの強烈な熱望を感じる。
「ワンの絨毯」は長編『ディアスポラ』にアイディアを流用さした元の作品。宇宙探査船がある惑星の海にタンパク質で出来た巨大構造体を発見し、これは知的生物なのか?と調査するというイーガン版「惑星ソラリス」。で、この構造体が実は惑星規模の生体コンピュータであることが分かり、そして…というお話。これは冒頭の短編「クリスタルの夜」のようなAIは生命か?という命題とも結びつく。
「プランク・ダイヴ」はデータ化された人格がブラックホールを探索するというもの。この短編も相当ハードで中盤ちんぷんかんぷんだった…。質量が限りなく小さければブラックホールの重力圏の影響も少ない…という理解でいいのか?物語のテーマは「グローリー」同様、「必ずあるはずの究極の科学的真理」ということだろうか。科学的真理は、探究の果てに到達することはあるのだろうけれども、現在の科学技術では非常に困難であり、しかしそれを、せめてフィクションの中で体験したい、というイーガンの渇望が伝わる。
「伝播」は「グローリー」同様、ナノマシン恒星間飛行を使用し、外惑星探査プロジェクトを遂行する人類の物語。しかしナノマシンの到着した惑星には後発のさらにテクノロジー進歩した探査船が既に調査を終えていて…という物語展開だが、それでもなお「必ずあるはずの究極の科学的真理」をあきらめない強烈な探究心そのものがこの物語のテーマとなっている。

[]暴風雨 暴風雨を含むブックマーク 暴風雨のブックマークコメント

今日の関東地方は午後から台風並みの暴風雨だった。荒天の予報は知っていたのだが、自分の仕事は天気に左右されやすい職種なので、朝から「今日の仕事はろくでもないものになりそうだな」という気はしていた。ただ、覚悟していたせいなのか単に開き直ったせいなのか、アドレリンが沸きまくって異様なテンションで仕事をしていた。もう来るなら来い完膚無きまでに叩き潰してやるみたいな雰囲気でしたね。何を叩き潰すのかはわかんないですけど。ウンコとかだったら嫌ですね。まあウンコと変わんない、という話もありますが。しかしそんなだったにも拘らずやっぱり今日の仕事は8割がた残ってしまいましたがね。1日の仕事8割残したのにあんなに忙しかったのはずーっと荒天の中今日の予定が消化できるかどうかの問い合わせの電話を取りまくってたからですね。なんでしょうか、仕事まだですか仕事早くしてくださいという電話に応対をすればするほど必然的に仕事が遅くなるというこのジレンマといいますかパラドクスといいますかアンビバレンツといいますかアンチョビスパゲティーといいますか、アンチョビはピザも美味いですよね。そんなわけで今日はヘロヘロに疲れましたが、8割がた仕事を残している明日はさらに夢がモリモリウンコモリモリと忙しいであろうことは必至、どうなっちゃうんだろうとも思いますがまあ今日は考えないでおこう。しかしウンコネタ多いですね。いいじゃないですかアホなことぐらい言わせてくださいよ。まあ明日は死なない程度に仕事しときます。勿論頑張ったりなんかしませんよ。仕事を頑張るなんて若造の言うことですよ。仕事は頑張るものじゃなくて終わらすもんですよ。ちなみに暴風雨は8時までがピークで、帰りには雨もやみ風も収まり、交通の乱れも何のそのできちんと帰れましたよ。

20120402(Mon)

[]ビール日記 ビール日記を含むブックマーク ビール日記のブックマークコメント

例によってビールを求めて飲み歩き続けているオレと相方さん、先日は目黒にある『Beer & Wine Cafe 65(ロクゴ)』に行って参りました。6時開店なんですが早く来過ぎてしまい、近所の喫茶店で時間潰したりしてました。そして時間が来たので行ってみると既にお客さんが3組、自分らが飲み始めて1時間ちょっとで店もほぼ満席になり、結構な人気店のようでした。お店は名前通りビールとワイン中心の店なんですが、オレと相方さんの目的は当然ビール。樽生こそ少なかったですが、ボトルビールが充実していて、お店にある冷蔵庫のガラスケースに並んだビールを選んでお店の人に注文します。種類は100種ぐらいあったかな。モノによっては下手なビール店よりも価格設定の安いビールもあって選び甲斐があるかも。この日は最近のオレの好みでドイツビールを中心に飲んでました。お店の作りはどちらかというとアメリカンな感じで料理はイタリア家庭料理風といった感じだろうかなあ。この日はナスのパテとかトリッパとかチキンとかポテトとか食べましたよ。全体的に気取らない雰囲気で店員さんはとっても気さくだしいい店でしたね。店員さんのお任せでチーズを盛り合わせてもらいましたが、セレクトが凄くよかったので店員さんを褒めちぎりまくっておりました。また目黒に用事があったら寄りたい店ですね。

『Beer & Wine Cafe 65(ロクゴ)』

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