Hatena::ブログ(Diary)

メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

20120731(Tue)

[]むさ苦しい連中が乱戦を繰り広げる格闘ゲーム『MAX ANARCHY』をやってみた むさ苦しい連中が乱戦を繰り広げる格闘ゲーム『MAX ANARCHY』をやってみたを含むブックマーク むさ苦しい連中が乱戦を繰り広げる格闘ゲーム『MAX ANARCHY』をやってみたのブックマークコメント

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SEGAから発売された"乱戦格闘ゲーム"『MAX ANARCHY』をプレイしました。発売前は「なんかやたら濃いいキャラばっかり並んでいて胸焼けしそう」「どことなく大雑把そう」だったのと、「結局これなんのゲーム?」というゲーム内容の分かり難さから買うかどうか迷ってたんですけどね、『ベヨネッタ』や『ヴァンキッシュ』のプラチナゲームズが開発ということでとりあえずやってみっか、と結局買ってしまいました。

オープニングから派手っぽく見えて実のところ野暮ったいデザインのゲームキャラを見せられ一抹の不安を感じさせます。で、とりあえずザコ敵ガシガシ倒してやっぱりみましたが大雑把そうだったのでちょっと萎えます。ゲームストーリーやキャラの台詞も野暮ったく、テクスチャもくすんだ色合いで、全体的にイケテナイ雰囲気が濃厚です。

しかしちょっと我慢して先を続けてみると、これがなんと段々面白くなってきた。物語設定は遠い未来の荒廃した地球を舞台に、肉体改造を施したパンクな連中が特殊能力を駆使した肉弾戦を繰り広げるというもの。ジャンル的にはいわゆるTPSの格闘技版といった内容で、基本的にはオンライン向けのようなんですが、これが結構評判が悪くて、実のところオフのストーリーモードとCPU相手に戦うスポーツタイプのトレーニングモードしかやってないんですけど(というかそもそも自分はオンラインやらないんですが)これが意外と悪くない。

確かに操作系は若干大雑把で、コマンドやレベルアップで魅力的な技が出る訳でもなく、その辺単調だったりはするんですが、ワラワラと沸いて出る敵を大雑把ながらも派手なアクションでガシガシ倒してゆくのは結構気持ちイイ。最初は野暮ったく感じていたゲームキャラの皆さんも次第にカッコ良く見えてくる。ストーリーモードはミッションをこなしポイントを貯め、要所要所でボスキャラを倒すことでストーリーが進んでゆきますが、これがバラエティに富んでいて、さらにサクサク進み、やっていて飽きない。マッチョな登場人物や馬鹿馬鹿しい世界観も慣れてくるとこれはこれで楽しい。

決して100点満点のゲームではないし、ひょっとしたら及第点ギリの完成度かもしれないけれども、惜しい部分、練り込み不足の部分は感じても、ストレスが貯まるほどバランスが悪いことが無い。という訳で気軽にチャチャッとやる分には悪くないゲームなんですよねコレ。オレとしては十分満足ですよ。それにしても主人公の一人ジャックはギアーズオブウォーのマーカスそっくりなんだが。もう一人の主人公レオンハルトは「ポジトロンブレード」という武器で敵をガシガシぶった切りますが、この辺実はプラチナゲームズで現在開発中の「メタルギア」シリーズ新作「メタルギアライジング リベンジェンス」と通じているところがあったりするかもしれませんね。

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MAX ANARCHY - Xbox360

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MAX ANARCHY - PS3

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20120730(Mon)

[]バットマン・サーガの掉尾を飾る傑作映画『ダークナイト・ライジング』 バットマン・サーガの掉尾を飾る傑作映画『ダークナイト・ライジング』を含むブックマーク バットマン・サーガの掉尾を飾る傑作映画『ダークナイト・ライジング』のブックマークコメント

■ダークナイト・ライジング (監督:クリストファー・ノーラン 2012年アメリカ映画)

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クリストファー・ノーランバットマン3部作完結篇、『ダークナイト・ライジング』を観て来ました。以下、多分ネタバレ無しで書いています。

実をいうとクリストファー・ノーランという監督には、「斬新で良質な映画は撮るけれど」という言葉のあとに「どうも頭でっかちなばかりに今ひとつすっきりしない部分を残しちゃう映画監督」「あれもこれも盛り込んじゃって視点が定まらずさらにそれを畳み掛けちゃうからクドくて途中でイラッとくる映画監督」と言いたくなる部分があって、それは『ダークナイト』『インセプション』で感じたことなんですが、今回の『ダークナイト・ライジング』も確かにそういう部分も感じたけれども、バットマン3部作の終焉という意味ではいい仕事していた、総じて楽しめる映画だったと思いました。

ノーランのバットマン3部作のはじまりである『バットマン・ビギンズ』は「僕はこうしてバットマンになった」というバットマンの"過去"を描いていたんですね。そこでは幼少時の暗く苦痛に満ちた過去があって、そしてそのために悪を憎み悪を倒そうという、動機と必然性を描いたわけです。そして『ダークナイト』では「僕は今バットマンとしてこういうことをしている」というバットマンの"現在"を描いていたんです。でもその現在のバットマンは、「ヒーローであることってなんなんだろう?そもそもヒーローってなんなんだろう?善とか悪とかってどういうことなんだろう?」という現在進行形の葛藤もあって、それがそのまま描かれていたわけです。つまり自らの動機と必然性に揺さぶりが掛けられていたんですね。映画にはその分深みはありましたが、煮え切らない部分もあって、個人的にはそこがどうもひっかかていた。

そしてこの『ダークナイト・ライジング』では、そういった葛藤の先にある、「バットマンでもありブルース・ウェインでもある僕は、これからどうやって生きてゆくべきなのだろう?」というバットマンの"未来"を描いていた。そこでは、バットマンではあるけれども一人の人間でもあるブルース・ウェインの、人としての未来はどこにあるんだろう?ということを描こうとしていた。つまり、『ダークナイト』における「バットマンであること、あり続けることの動機と必然性への揺さぶり」に回答を見出そうとしていた。"3部作"のそのラストにおいて、そういった、一人のヒーローの"過去""現在""未来"をきちんと描き出そうとしていたところに、自分としてはとても好感が持てた。

この『ダークナイト・ライジング』は、『ダークナイト』における非情と虚無に満ちた世界を、もう一歩推し進めてもよかったのだろうし、さらにいってしまえば、この『ダークナイト・ライジング』という映画へのファンの期待は、『ダークナイト』における非情と虚無に満ちた世界をさらに推し進めた、いわば『ダークナイトpart2』とでもいった作品として完成していることに対しての期待だったのだと思うんです。しかしこの『ダークナイト・ライジング』は、決して『ダークナイトpart2』ではなく、あくまでも1作目を含めてのバットマン3部作の完結篇として成立しているんですよ。そういった部分で賛否両論に分かれるところはあるのでしょうが、自分は、「伝説が、終わる」という惹句通りに、一つのサーガの終わり方として、綺麗にまとめたな、と思うんですよ。

なぜなら、これが『ダークナイトpart2』では、バットマン・サーガは終わらず、たぶん苦悩も苦痛も引き継いだままの、本当に虚無的な終わり方をするしかない(すなわち引き継いだままで終わっていない)、まあそれはそれで壮絶な作品として完成していたかもしれないし、「綺麗にまとまればそれでいいのか」ということもあるかもしれないのですが、ひとつの方向性の選択として、バットマン3部作の終章としての『ダークナイト・ライジング』の終わり方は、3部作のまとまりという意味でよかった。だから作品的には『ダークナイトpart2』ではなく、『バットマン・ビギンズ』と『ダークナイト』の折衷的な内容、というかこの2作を踏まえた上で、その先にあるものを描こうとした作品、と観たほうが正解なんだと思うんですね。

確かに描写として余計で中途半端なシークエンスも多々あり、テーマとして持っていこうとしていたのだろうけれども全く生かしきれていない部分もあり、唐突過ぎて説得力に欠ける部分があり、勢いよく進んでいた物語をつまらない描写で失速させている部分があり、時空列がインチキな部分があるのも感じたのですが(このへんのシナリオの混乱は、映画の尺が長すぎてカットしちゃったからということも考えられ、ソフト発売の際はそれらが収録された「エクステンデッド完全版」が出てくれたら嬉しいですよね!)、以前のノーラン作品なら納得できない部分としてこれ見よがしにあげつらっていたそういう部分は、今回はなんだか「まあいんでね」で忘れたことに出来る、胸を熱くさせる描写もまた、実にたくさんあったんですよ。

それは、「善ってナニ?悪ってナニ?」とウダウダしてるバットマンではなく、「自分はヒーローとして、できることをやるんだ」という、腹をくくったバットマンがそこにいたからなんですね。それはつまり、「動機と必然性への揺さぶり」に対する、バットマンが最終的に見出した回答だったからなんですよ。それはある意味ベタな展開で、クールとは呼べないものだったとしても、逆にベタだったからこそ、今回の『ダークナイト・ライジング』は熱い映画だった。やっぱりね、男はやるときは腹くくってやらなきゃダメ、そういうことですね。

それと、なにしろアン・ハサウェイ演じるキャットウーマンがよかった。ここまで活躍して物語に大きく関わるとは思わなかったし、なによりもあの腰のくびれ、あれ、たまりませんでしたね。今回バットマンが男を見せたのも、このキャットウーマンのくびれのせいだったんではないのか、とさえ思わせてくれますね。男は女に立てられると頑張りますから。まあ、実はそういう物語でもあったんじゃないですかね。

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ダークナイト・ライジング オリジナル・サウンドトラック

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20120727(Fri)

[]過酷なアラブ世界の中で愛と真理を求めて彷徨う一組の男女の物語〜『Habibi』 過酷なアラブ世界の中で愛と真理を求めて彷徨う一組の男女の物語〜『Habibi』を含むブックマーク 過酷なアラブ世界の中で愛と真理を求めて彷徨う一組の男女の物語〜『Habibi』のブックマークコメント

■Habibi I、II / クレイグ・トンプソン

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クレイグ・トンプソンの描くグラフィック・ノベル『Habibi』は一人の少女がある少年と出会い、次に離れ離れになり、そしてまた出会う、という物語である。こんなふうにシンプルに紹介するのなら、それはよくあるボーイ・ミーツ・ガールの物語に過ぎないのだけれども、この『Habibi』は、そのシンプルな出会い-別れ-出会いの中に、凄まじいまでの展開と、恐るべき分量の寓意が、ふんだんに、そして濃厚に盛り込まれているのだ。

いつともしれない時代、中東の架空の国。貧しさから身売りされ、中年男に無理矢理嫁がされた9歳の少女ドドラ。しかしある日中年男は盗賊に殺害され、ドドラは奴隷市場に売られる。そこでドドラは同じ境遇にある3歳の黒人少年ザムと出会い、ドドラはザムを連れて奴隷市場を逃亡する。二人は荒涼たる砂漠の真ん中になぜか遺棄されていた船を見つけ、そこで共に暮らし始める。時が経ち、ドドラは豊かな肉体の女性へ、そしてザムはそんなドドラを一人の"女"として意識する少年へと成長した。だが、ザムはある日、ドドラが今までどうやって二人の食料を手に入れていたのかを知る。それは、ドドラが砂漠をゆく商隊の男たちに春を売っていたからだった。さらにそのドドラは誘拐され、宮殿のハーレムに妾として幽閉されてしまう。ドドラを捜し求め旅に出るザム。そして身も心もボロボロとなったザムを拾ったのは、去勢された男たちの集団、ヒジュラ階級のコミュニティだった。果たしてザムはドドラと再び出会うことが出来るのか。

物語はあたかもアラビアン・ナイトの時代であるかのように始まる。人身売買。奴隷。人は容易く殺められ、瀕死の貧しい者がいるのと同時に世界中の富を集めたかのような貴族階級があった。太古の昔からそのまま存在し続けている遺跡のような町並みがあり、我々の知っているようなテクノロジーは見当たらない。しかし、この物語の舞台は大昔なのかと思っていると、二人の暮らす船にはエンジンが搭載され、砂漠にはパイプラインが走り、その果てには突然ダムが姿を見せる。文化や習俗にしても中東だと思っているとインド風であったりしている。そう、この物語は、時代も、場所も、混沌とした、「いつか、どこか」の世界なのだ。即ち、『Habibi』は、人権だの平等だの、我々の知ることわりの通用しない、しかし、世界にいつも、どこにでも必ずあった、無慈悲な社会環境の中からまず語られるのだ。

その無慈悲な環境の中で、主人公であるドドラとザムは、どのようにしてでも生き延びる、という、ギリギリのサバイバルの中で細々と生を繋ぐ。そんな彼らを支えたのは何か。それは、神話と教義がないまぜになったイスラムの教えであり、そして数秘術と神秘学が教える世界と宇宙の成り立ちだったのだ。

二人が生きざるを得ない残酷で過酷な現実の描写を凌駕するほどに、この『Habibi』には膨大な量のイスラムの教えが挿入され、あらゆる描写に数秘術と神秘学の図説が絡められる。イスラムの教えは人の人生をどのように理由付け、そこにはどのような意味があるのかを教え、数秘術と神秘学はそれと同じように、自らの生きる世界にはどのような意味と理由があるのかを説明するのだ。この『Habibi』で物語られる幾多のイスラム教の逸話は決して教訓主義的な説話ではなく、キリスト教のそれと対比させながら、「ひとつの原初の物語」を紡ぐ。さらに数秘術と神秘学とは事あるごとに数字と文字と文様に秘められた真理を解説する。それらが描かれるページはどれも細微な意匠を施された恐ろしくサイケデリックなグラフィックが踊り、さみだれる雨の一滴一滴、建物を彩るアラベスク模様、砂漠をはい回る蛇の残した跡、それら全ての文様に、アラビア文字の神秘と真理が隠されているさまを説明する。

それらを通して描かれるのは、例えどんなに悲惨で過酷なものであろうとも、人であること、人として生きることには、全て意味があり、そしてこの世界に存在すること、この世界が存在することには、全て意味があり、そして、だからこそ、その悲惨さも、過酷さも、きっと乗り越えられる、なぜなら、全ての【真理】は、【愛】ゆえに、存在しているからなのだ、ということなのだ。あらゆる悲嘆と絶望を乗り越えた果てにある、このあまりにも眩いアレゴリー。物語は、生と死、聖と俗、善と悪、清浄と汚濁、それらあらゆる対立概念を孕み、それらが混沌のスープの中で混ぜ合わされ、そして終局に、男と女という対立項へと辿り着く。人は人であると同時に男と女であり、それは陰と陽であり、二つで一つの和合を生むものだ。そしてその和合を成し得るものこそが、愛なのである。人と世界の神秘と真理を巡る冒険の中で、『Habibi』が見出すもの、それはあまりにもありふれていて、しかし尊い、そんな”想い”なのだ。

Habibi I [日本語版]

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Habibi II [日本語版]

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20120726(Thu)

[]一人の少年になぞらえたアメリカの喪失と克服の物語〜映画『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い一人の少年になぞらえたアメリカの喪失と克服の物語〜映画『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』を含むブックマーク 一人の少年になぞらえたアメリカの喪失と克服の物語〜映画『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』のブックマークコメント

ものすごくうるさくて、ありえないほど近い (監督:スティーヴン・ダルドリー 2011年アメリカ映画)

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この『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』は9.11の悲劇の鎮魂歌ともいえる物語だ。物語の主人公はアメリカ同時多発テロで大好きだった父を亡くした少年オスカー。彼はある日父の遺品の中から、"ブラック"と書かれた封筒の中に入った一本の鍵を見つける。オスカーは生前の父が残したこの鍵の秘密を探るため、ニューヨーク中のブラック姓の住民を、かたっぱしから訪ね歩くのだ。

まずこのオスカー少年役のトーマス・ホーンが実に素晴らしい。父の死、そして9.11の惨禍がトラウマとなり、いまにもバラバラになりそうな心の不安定さを抱えながらも、持ち前の頭の回転の早さと瑞々しい感受性でそれを乗り越えようとする主人公の姿を、新人とは思えない演技力で演じきる。しかもこのトーマス・ホーン君、女の子みたいな可愛い顔しているのね。オレはこの映画のポスターもずっと女の子なんだと思っていた。その彼の亡くなった父親役をトム・ハンクス、母親役をサンドラ・ブロック、謎の老人をマックス・フォン・シドーが演じていて、これがまたそれぞれにいい演技を見せている。物語のほうはというと、もともとがベストセラーとなったジョナサン・サフラン・フォアの同名小説である、という部分で、これが実に現代アメリカ文学らしい細かな"くすぐり"と饒舌さに満ちた話法を持った構成となっており、単なる"9.11文学"、"父を亡くした子の物語"に留まらない、実に想像力に溢れるふくらみを映画に持たせている。

さてこの物語で注意しなければならないのは、これが何故「9.11」を題材としたものでなければならないのか、その必然性はどこにあるのか、ということだ。"父を亡くした子の物語"として成立させるだけなら、父親の死の原因は別に病気でも交通事故でもこの物語は十分成立してしまうことになってしまうのである。しかしこの物語を決してそれだけのものに留めなかったのは、主人公オスカーが父の遺品の謎を解く為にニューヨーク中を歩き、そのなかで様々な人々と出会う部分に隠されているのだと思う。

オスカーは訪ねていった人々に対し「9.11で亡くした父の遺品の鍵が合う鍵穴を探している」と告げるが、そのとき多くの人々はオスカーを暖かく迎える。そしてその心情は「父親を亡くした子供」への同情のみを現したものではない。オスカーの出会う、大勢のニューヨークの人々は、それはオスカーの探すブラック姓の人々に限らず、オスカーのように父親こそ亡くしてはいないだろうけれども、9.11の惨禍により、同じように心の中の"何か"を無くし、そして傷ついた人々であることは間違い無い。即ち彼らは、"父親を亡くした"オスカーの姿に、自分自身の"喪失"を重ね合わせているのであり、それは、この原作を読み、或いは映画を観た多くのアメリカ人たちの"喪失"とも重ねあわされているのだろう。そして、「9.11で亡くした父の遺品の鍵が合う鍵穴を探している」オスカーと同様、「9.11で無くしてしまったものを取り戻してくれる何か」をどこかに求めているのだ。つまりこの『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』は、一人の少年の喪失と克服の物語になぞらえたアメリカの喪失と克服の物語なのだ。

今、日本の多くの人々は"3.11"東日本大震災の惨禍による喪失とトラウマを心の中のどこかに抱えているだろう。その喪失とトラウマの苦しみが、この映画のように克服の物語として物語られる日がいつかやってくるのだろうか、そんなことを考えながら映画を観ていた。

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ものすごくうるさくて、ありえないほど近い

ものすごくうるさくて、ありえないほど近い

20120725(Wed)

[]『ゾンビヘッズ 死にぞこないの青い春』はちょっといただけないゾンビ映画だった 『ゾンビヘッズ 死にぞこないの青い春』はちょっといただけないゾンビ映画だったを含むブックマーク 『ゾンビヘッズ 死にぞこないの青い春』はちょっといただけないゾンビ映画だったのブックマークコメント

■ゾンビヘッズ 死にぞこないの青い春 (監督:ブレッド・ビアス/ドルー・T・ビアス 2011年アメリカ映画)

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3年間も眠っていた挙句、なんとゾンビになっていた!せめて大好きだったあの娘に会いたい!というわけでゾンビ野郎どもが珍道中を繰り広げるというこの映画、なんだか設定が中途半端でオレは観ている間中納得出来なくて楽しめませんでした。まず主人公とその相棒、ゾンビとはいえ普通に人間の時の意識があり、人間の肉を食うのも我慢することが出来る。映画ではゾンビの発生が化学薬品による汚染ということになっていて、いわゆる普通のゾンビも発生し、人間を襲ったりしているんですが、主人公たちだけがなんで意識があり人間襲わなくていい「半ゾンビ」なのかずっと説明されない。やっと途中で、汚染した化学薬品の種類によってゾンビと半ゾンビに種類が違ってくる、ということは明かされるんだけど、それが随分さらっと流される。でもそこあんまり流すべきところじゃないと思うんだよな。死んでいて、でも意識があって、人を襲わない、それを半ゾンビということにします、ということにされても、ちょっと待て、肉体は死んでいるけど意識があるってことだよね?でも死んでいる肉体は、腐ってたり腐りかけたりしているけど、一応自由に動くわけだから、つまり活動できたりしているわけだから、それで精神があり意識があるっていうのは、それは実は形は違うにしろ生きてるってことにならない?なんて思うのだよね。そもそもさ、「死」ってなんだろう、ということなんだよ。例えば全身麻痺しているけど意識がしっかりあれば、それは生きている、ととれるけど、肉体は生きている、しかし生命維持装置で持たせている、だけど脳は死んでいる、という時に、これは生きているといえるのか、これなんかは脳死と断定された段階で生命維持装置を外されてしまう、即ち生きていると判断されない、ということではあるんだよね。で、ゾンビというのは何かというと、肉体も脳も死んでいる、しかし何故か動き回って人の肉を食らう、医学的には不可解だけど、不可解な存在だからこそ恐ろしい、要するに、それは超自然的なもの、人智を超えたバケモノ、ということなんではないですか。でも半ゾンビの連中は、見た目的に単なる「気の毒な皮膚病の人」以上の存在に見えず、「自分は既に死んでいる存在」という悲壮感が皆無なんだ。つまり死んでもいない・生きてもいない・ゾンビでもない・そのココロは半ゾンビどぇ〜っす、っちゅうなんか物凄い適当で中途半端でご都合主義な設定なんだよなあ。それでさらにラストは彼女と会えましたメデタシメデタシって、いったいなんなんだよ。生き死にのはっきりしない半ゾンビになってどこがメデタイんだよ。オメデタイのは監督の頭なんじゃないのでしょうかどうでしょうかそこん所どうなのでしょうか、とオレは首を捻るばかりなのであった。グキ。

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20120724(Tue)

[]広大なアフリカの大地をひた走る恐怖の脱出劇〜映画『ゾンビ大陸 アフリカン広大なアフリカの大地をひた走る恐怖の脱出劇〜映画『ゾンビ大陸 アフリカン』を含むブックマーク 広大なアフリカの大地をひた走る恐怖の脱出劇〜映画『ゾンビ大陸 アフリカン』のブックマークコメント

ゾンビ大陸 アフリカン (監督:フォード・ブラザーズ(ハワード・J・フォード&ジョン・フォード) 2010年イギリス映画)

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ゾンビが大発生したアフリカ大陸から逃げ出そうとしたアメリカ軍機が墜落、そのただ一人の生き残りの男と、ゾンビに襲われた村で散り散りになった息子を探すアフリカ軍兵士が出会い、手に入れた車で生き残りを賭けアフリカ大陸を横断しようとする物語である。主要登場人物となるのは殆どこの二人の男だけで、物語はこの二人がその道々で立ち寄る様々な場所を描きながら、淡々と進んでゆく。そしてこの、淡々とした物語運びがいい。それと同時に、ゾンビ・ホラーの舞台としての”暗黒大陸”アフリカがいい。灼熱の太陽がじりじりと照り付け二人の生命を磨り減らす。走行する車の前には瓦礫、泥濘、生い茂る草木、砂漠地帯などまともに車も走れない悪路が果てしなく続く。ガソリンの給油場所も飲み水となる水源も乏しい。そしてゾンビどもは後から後から湧いて出て、二人の男に襲いかかる。己の生命にしがみつきながらひた走る二人の道行きは、地獄の耐久レースを強いられているかのようだ。そしてゴールとなるべき場所は、本当にそこがゴールなのかどうかすら定かではない。即ち、ゴールの見えない脱出行を、文字通り暗中模索のなかで繰り広げなければならないのだ。この茫漠たる脱出ドラマを可能にしているのが、果てしなく、あまりに広大であり、そしてどこに死が待つか分からない、アフリカの大地なのだ。アフリカは同時に、未だ呪術の生きる土地だ。"ゾンビ"という言葉の元となった秘儀を施すブードゥー教は西アフリカ起源なのらしく、そう考えるなら、アフリカン・ゾンビはまさにゾンビの源流と言う事も出来るのだ。だからこの『ゾンビ大陸 アフリカン』に登場するゾンビは、欧米白人諸国を舞台にしたゾンビ・ドラマの、"人間の成れの果て"のようなゾンビとは違い、ひどく呪術的で、どことなく悪霊めいたものとして見えてしまう。微妙に怖さが違うのだ。そんなゾンビから逃げ回りながら、あるいは戦いながら旅を続ける男二人は、もともとが軍人であることから不屈の意思と機敏な機動力を持ち、その立ち回りに無駄が無いのがまたいい。泣き言や弱音を言わず黙々と脱出行を続ける。だから淡々としているのだ。そして生き残った二人はアフリカの大地の上ではあまりにもちっぽけで孤独だ。それは砂漠の砂に飲み込まれようとしてもがきあがく蟻のようだ。この孤独さ、生のありかたのあまりの矮小さ。『ゾンビ大陸 アフリカン』は、ある種、"地獄の詩情"とも呼ぶべき不思議な情感を湛えた、ゾンビ映画の佳作といえるだろう。

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20120723(Mon)

[]近未来のサイバーパンクな企業間闘争を描くFPSゲーム『Syndicate』 近未来のサイバーパンクな企業間闘争を描くFPSゲーム『Syndicate』を含むブックマーク 近未来のサイバーパンクな企業間闘争を描くFPSゲーム『Syndicate』のブックマークコメント

■Syndicate (XBOX360、PS3、PC)

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2069年、企業間の闘争は熾烈を極め、互いの開発したテクノロジーを奪うため重火器を操る武装警備隊とバイオテクノロジーで身体機能をパワーアップさせた”エージェント”が血で血で洗う戦いを繰り広げていた…というのがSFタイプのFPSゲーム、『Syndicate』。

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○ストーリー

2017年、世界各地における企業買収が『ユーロコープ』を誕生させた。ユーロコープは他の企業に先駆け、世界で一番最初にバイオデジタルインプラント、DART(ダート)チップの開発に成功。アドレナリンを動力源として脳内から補い、使用者はデータバースとの信じられないほどの接続性を体験する。 もはや、デジタルデバイスを持ち歩く必要はなくなった。国家はもはや意味を失い、世界はこれらの巨大企業群によって支配されていた。世界人口は150億人にまで膨張。そのうち、57%の人口がチップを埋めこまれており、彼らの属する企業と文字通り「リンク」していた。残りの人口は締め出され誰からも気にかけられることがなくなった。企業間の防諜活動はかつて無いまでに活発化した。エージェントたちは企業における利益を守るために、無作為に選ばれる。貴方はそのエージェントとして選ばれた。

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実はこのゲームに興味を持ったのは「2月に発売されて全世界で15万本しか売れなかったFPS」というゲーム記事を読んだからで、「そりゃいったいどんな酷いゲームなんだろ」と興味半分で調べたところ、少なくともビジュアルは酷くない、というよりもむしろカッコイイ。「ブレードランナー」や「マイノリティ・リポート」みたいなサイバーパンク(例によってこればっかりですが好きなんですスイマセン)な世界観を持つゲームなんですね。評価も実際のところ好意的なものが多く、どうも考えるに、作品内容が酷くて売れなかった、ということではないらしい。きっと宣伝の仕方が地味だったり同時期に発売されたゲームの陰に隠れてしまったのが売れなかった原因なんでしょう。というわけで、折角興味を持ったのと、もともとSFタイプのFPSが好きだったのと、さらにPC版が格安の値段で売っていたのでプレイすることにしてみたんですよ。

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近未来の都市群やビーグルなどSF的なビジュアルは十分雰囲気がありますが、それに加えて主人公の視界に入る様々なガジェットにそのガジェットの名称がAR=拡張現実でタグ付けされているのが見える、というのが面白いんですね。これ、主人公が脳内にバイオデジタルインプラントされているから、現実の光景にARの映像が重ねあわされている、ということなんですね。さらに銃の残弾数や敵と一般人の区別、その他通常のFPSゲームではHUDとして表示されるいろんな事柄がARタグで可視化されている、という設定になっていて、この辺のビジュアルが実にサイバー感覚が溢れていていいんですよ。

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このゲームの特色は「ブリーチング」と呼ばれるシステム。いわゆるデジタルハッキングツールみたいなものなのですが、これを使って鍵を開錠したりセキュリティバイパスができるだけではなく、敵の脳内インプラントに侵入して自殺させたり同士討ちさせたり、銃を暴発させたり出来るんです。この「ブリーチング」は敵を倒すごとにゲージが溜まって行き、それぞれの効果を使用することが出来るんですね。単に銃をバリバリ撃つだけではなく、「ブリーチング」を使用することで効果的に敵を殲滅することが可能で、特に銃だけでは撃破の困難な固い敵を倒すときに有利になるんです。さらにゲーム後半ではこの「ブリーチング」を無効にするジャミング機能を持った敵が現れ、このジャミング機能を解除しつつ敵を倒す、という攻略方法が必要になってきます。ゲームの要所要所には特殊能力を持った敵エージェントも登場し、様々な攻略方法を試さなければならないのも楽しい。敵のインプラントを奪うことによるパワーアップ要素もあり、また、通常なら体力がゼロになることでゲームオーバーになりますが、このゲームではトラウマの超過によるインプラントへの負荷、という形でゲームオーバーという形を取っているのも独特。「世界で15万本しか売れなかった」なんていうのが全く信じられないユニークなゲームなのでサイバーパンクなSF・FPSに興味のある方は是非プレイしてみてください(国内版の発売はいまのところ無いようです)。

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Syndicate (輸入版) - Xbox360

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Syndicate (輸入版) - PS3

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20120722(Sun)

[]休日日記 休日日記を含むブックマーク 休日日記のブックマークコメント

■某月某日

休日は仲間と集まってビアガーデンでビールかっくらいの肉食いのしておりました。鶏&豚&牛のバーベQという肉肉肉の肉三昧。その後ベルギービール屋に流れてさらにグダグダに呑みまくり。みなさんお疲れ様でした。

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■某月某日

散々酒呑んだ次の日はすっかり二日酔いで、重い頭を抱えながら布団の上を這いずり回っていたオレは「これはアツアツの汁物を食うしかあるまい!しかもピリピリに辛いヤツをな!」と心に決め、そそくさと身づくろいしてラーメン屋に直行、そこでアツアツ&ピリカラの坦々麺をズズズイイッと啜りまくり一気に生き返ったのでありました。

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■某月某日

すっかり元気になったオレは相方さんと二人上野に電車でガタコンと向かい、国立西洋美術館でやってる「ベルリン国立美術館展」を鑑賞。肖像画などを見るにつけ「こいつらホント、しみじみとゲルマンな面構えだなあ」と感心しておりました。巨大タペストリーがよかったかな。

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■某月某日

ところで、密林社さん経由でAmazonに出品している同人誌【yARn】、「売れ行き好調につき追加納品お願いします」と密林社さんから納品の案内が来て、「1回目の納品分もう売り切れなのか!?」と喜んでいたのだけれども(まあ実際はそんなに納品冊数はなかったんだけどね)、折角追加の注文をされても既に在庫が数十部しか残っておらず、結局それを全部納品することにした(まあ実際はそんなに在庫冊数はなかったんだけどね)。で、売り切れだったため暫く「現在お取り扱いができません」となっていたAmazonの商品ページが、追加納品でやっと「通常1〜3週間以内に発送」に戻ったと思ったらたった一日でまたもや「現在お取り扱いができません」に戻ってしまった。まさかあの冊数も全部売れてしまったのか!?ええと手に入らなかった方、どうもすいません…。

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20120720(Fri)

[]神風特攻隊、出撃。〜『雲の彼方 オドゥラ・デ・ニュアージュ』 神風特攻隊、出撃。〜『雲の彼方 オドゥラ・デ・ニュアージュ』を含むブックマーク 神風特攻隊、出撃。〜『雲の彼方 オドゥラ・デ・ニュアージュ』のブックマークコメント

■雲の彼方 オドゥラ・デ・ニュアージュ / レジ・オーティエール、ロマン・ユゴー

雲の彼方 オドゥラ・デ・ニュアージュ

『ル・グラン・デューク』で第2次世界大戦における戦闘機乗りたちの姿を描き、その精緻な戦闘機の描写で読むものを唸らせたレジ・オーティエール/ロマン・ユゴーによるバンドデシネ作品第2弾である。

『ル・グラン・デューク』は1冊の長編だったが、この『雲の彼方』は連作短編の形を取る。連作短編の中心となる物語はフランス人パイロットのピエールとアメリカ人パイロット・アランとの、友情と対立、その確執を描くものだ。まず冒頭、アンデス山脈で遭難した航空機を、着陸する場所さえないのに主人公が自らの飛行機で救出に向かう、というエピソードに驚かされる。熱い意思を持った命知らずの飛行機乗りたち、彼らのキャラクターを存分に説明する素晴らしいエピソードだ。物語の始まりは第2次大戦前夜の1933年、そこから物語は大戦の暗い影の中に包まれ、主人公たちを翻弄することとなるのだが、この20世紀中葉のレトロ感覚溢れる文化の描写がこれまた魅力的で、その画力の高さにページに魅入ってしまった。

しかし、このBD『雲の彼方』で最も衝撃的であり、臓腑を抉られるような悲劇を描くのは、メインストーリーから外れたところで語られる、日本の神風特攻隊員の物語なのである。まさかBDを読んでいて神風特攻隊の物語に行き当たるとは思わなかったので、まさに度肝を抜かれる思いだった。この短編作品『最後の飛翔』は、一人の特攻隊員がその決して帰れない死の軍務に出征する様に重ね合わせ、残してきた父と家族への手紙の内容が切々と語られる、という作品なのだ。

しかもこの手紙は、特攻隊員として痛ましい死を遂げた実在の人物のものだというではないか。表面上は国家への忠誠と戦争の大義を謳いながらも、しかしその文書の端々には、不条理極まりない自らの運命への慟哭と無念が満ち溢れ、そして愛して止まない家族への思いと、不和だった父との関係への悔恨が書き連ねられているのだ。そんな手紙の内容と平行しながら、描かれるコマの中のグラフィックは主人公の乗るゼロ戦が雲の只中を飛翔し、対空砲火を続ける洋上の敵艦へと次第に近付いて行く…という構成がとられている。

戦慄だった。これには号泣させられた。そして、この作品を可能にしたのは、作者であるレジ・オーティエールとロマン・ユゴーの、戦闘機乗りというものへの、深い愛と同情があったからこそなのだろう。BD恐るべし。

雲の彼方 オドゥラ・デ・ニュアージュ

雲の彼方 オドゥラ・デ・ニュアージュ

ル・グラン・デューク

ル・グラン・デューク

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20120719(Thu)

[]最近読んだ本あれこれ 最近読んだ本あれこれを含むブックマーク 最近読んだ本あれこれのブックマークコメント

以前Twitterで「お勧め本」を各々呟いてみる、というのがあり、それを読んでめぼしい何冊かの本を購入してみた。全部古本購入で、そういった値段的な敷居の低さもあったから気軽に手にすることができた。

■死霊たちの宴(上)(下) / J・スキップ&C・ベクスター編

1968年、ひとつの恐怖が世界を襲った。ロメロ監督はゾンビ映画の傑作『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』公開の年―このカルト・ホラーに魅せられた数多の作家たちが創りあげたアンソロジー、それが本書である。生者が滅び、死者が蘇った世界の終わりに、それでもなお新たな生命に執着する女を描くキングの名品「ホーム・デリヴァリー」など、上巻には全九編を収録した。

生ける死者。生者の肉を喰らう亡者の群れ。それがゾンビ―「そこで別の死体と鉢合わせした。…相手をふと見やった。そして出会ったのが、彼女だった」死してなお、究極の愛を求める男と女。その姿が鮮烈なマキャモンの逸品「わたしを食べて」をはじめ、下巻には全七編を収録した。生と死のあわいを極彩色に映しだし、恐怖と哄笑、聖と汚辱のはざまをたゆたう待望の傑作集。

上下合せて全16作のゾンビ・ストーリーが堪能できるゾンビ・アンソロジー。作者にはS・キングやロバート・R・マキャモンなど有名作家の名もあるが、略歴を読むと普通に無名だったりアマチュア作家がいたりして、クオリティ的にも玉石混交と言えるかもしれない。しかし「ゾンビ」という一つのテーマでどれだけバリエーションのある物語を創出できるのか、といった点から見るとそれぞれの作品があれこれ工夫を凝らしており、これはこれでなかなか面白い。このバリエーションのあり方は、例えば自分でゾンビ・ストーリーを書いてみたい、という方には参考になるのではないか。それと、読んでいて無性に『WORLD WAR Z』を読み返したくなった。大部の著作なので個々の作品をいちいち紹介できないが、最も特筆すべき作品はジョー・R・ランズデールの「キャデラック砂漠の奥地にて、死者たちと戯るの記」だろう。このゾンビ作品の強烈な幻想性と異様な設定は、もはやある種の神話にまで昇華されている。もともとランズデール作品は好きなのだが、彼の作品の中でもベストの部類だろう。

■燃える季節 / ウェイン・D・ダンディー

賞金稼ぎを副業とする私立探偵のジョー・ハニバル、イリノイ州ロックフォードという田舎町を本拠とするだけあって、泥臭さむきだしのタフガイだ。保釈中の逃亡者を追いつめたはいいが、不審火で焼死したオフクロのかたきを見つけてくれと逆に頼まれ、48時間の男の休戦とあいなった。中西部の秋をバックの真正ハードボイルド。

非常にオーソドクスな骨子を持った、実にハードボイルドらしいハードボイルド作品。主人公は頭を使うより先に手が出るヤンチャなタフガイだし、さらに田舎の有力者が出てきてちょっと怪しい、なんていうのはハメットぽいし、作者自身がハードボイルドが好きで溜まんないんだろうなあ、と思わせる。主人公、割と単細胞なくせになんだかしらないけどちゃっかり美人とデキちゃうところとか全然外さないなあ。描かれる事件がちょっと小ぶりでその展開もそれほど意外性がないのだけれども、のどかにハードボイルドを楽しめました。

■有り金をぶちこめ / ピーター・ドイル

朝っぱらから死体に出くわすとはツイてない。おれが欲しいのはデカく稼げるうまい話なのに…。50年代のシドニー。暗黒街の顔役に睨まれ、謎の亡命者と渡り合い、悪徳刑事に恐喝されつつも、悪党ビリーはめげずに一発勝負を狙う。ロックンロールにリズムに乗って、悪党どもがスウィングする。軽快至極、抱腹絶倒の痛快犯罪小説。

戦前のオーストラリアを舞台にしているというのが珍しい小悪党小説。物語は3部の中篇に分かれており、いつも素寒貧のノミ屋である主人公が厄介事に巻き込まれるというもの。当時のオーストラリア都市の風俗が描かれているのがちょっと珍しかったかな。主人公らが音楽プロモーターになり、実名のロック・スターが登場してドタバタを演じる部分もユニーク。描かれる時代が時代だけに、ドンパチはあるけど全体的にオーストラリアっぽいおおらかな作風だった。


■シャークに気をつけろ! / コンスタンティン・フィップス

盗聴器開発の専門家ハーマン・ニュートンはドジで風采のあがらぬ男。画期的盗聴器を発明したが、人間不信からそのことを秘密にしている。そんなある日、英国情報部のシャーク少佐が彼の盗聴の腕を見込んで極秘任務を依頼してきた。バラセロナにあるセックス研究所に潜入した、そこで開発中と思われる媚薬の秘密を探り出せというのだ。昔からスパイに憧れていたハーマンは勇躍、研究所に乗り込むが、そこには怪しげな男女が出入りし、武器密輸の陰謀が囁かれていた!しろうとスパイが繰り広げる珍冒険をブラックな笑いで描く異色のスパイ小説。

今回はこれが一番面白かった。主人公は秀才ではあるが思い込みが激しくどことなく抜けていて、そんな彼が政府諜報部の手伝いをすることになったのだけれども勝手に暴走、さらに彼に指令を出す少佐と呼ばれる男の娘に熱を上げてしまい、物語は実はこの娘をモノにする為に悪戦苦闘する主人公の頓珍漢な行動がメインなのだ。ミスリードを促す描写があると、それに最初に引っ掛かるのが主人公、というのも情けなくて面白い。しかしそういったスラップスティック・ストーリーなのにも関わらず、小説の描写力は並外れたものであり、一見物語とは関係の無いエピソードの積み重ねが物語全体をリアリティのあるものへと肉付けしている。要するに非常に読ませるエンターティメント作品なのだ。作者コンスタンティン・フィップスは検索してもこの作品しかあがってこず、訳者あとがきでも情報が殆ど無く、ひょっとしたら著名作家が覆面の別名義で書いたものなのではないかとさえ勘繰っている。

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20120718(Wed)

[]最近読んだコミックなどなどなど〜『 I 【アイ】 第2集』とか『羊の木(2)』とか 最近読んだコミックなどなどなど〜『 I 【アイ】 第2集』とか『羊の木(2)』とかを含むブックマーク 最近読んだコミックなどなどなど〜『 I 【アイ】 第2集』とか『羊の木(2)』とかのブックマークコメント

■ I 【アイ】 第2集 / いがらし みきお

I 2 (IKKI COMIX)

I 2 (IKKI COMIX)

神は存在するのか、生きること・死ぬこととは何か、という巨大なテーマを、貧しい東北の町や村を舞台に、奇妙な能力を持った少年と、現実に嫌気のさした優等生の少年を中心にして描くいがらしみきおの「I【アイ】」は、ホラータッチでありながらその背景に非常に哲学的な命題を横たわらせていた。この第2集では、舞台を「にんげん農場」なるカルト・コミニュティを中心にして描かれるが、"一回人間社会の決まりごとをリセットして独自の論理でもう一度新たな社会を構築する"という思想であるらしいこのコミュニティ、一言で言うならなにしろキモイ。そして屍累々だった第1集よりもさらに死体がゴロゴロと転がる展開となっている。それによりホラーテイストは第1集にも増して加速して、その分哲学的なテーマは後退することとなる。しかし、いがらしでなければ描けなかったであろうこのキモさ、その生々しさは、ある意味人の生のグロテスクさを描いたものなのだといえるのかもしれない。第1集が「煉獄篇」だとすると、これは「地獄篇」なのだ。すると次巻では「天上篇」ということになるのか。益々もって楽しみな『I【アイ】』である。(『 I 【アイ】第1集』 レビューはこちら

■羊の木(2) / いがらし みきお、山上 たつひこ

羊の木(2) (イブニングKC)

羊の木(2) (イブニングKC)

刑期を終えた重犯罪者たちを秘密裏に街に住まわせて更生させる、というプロジェクトを描く『羊の木』、この物語は、既に刑期を終えた犯罪者は一般人であり、それを偏見無く受け入れるべきだ、という理性論と、いくら刑期を終えたとはいえ前科のある者はどこかしら薄気味悪い、という感情論が一つのところでせめぎ合い、その理性と感情の危ういバランス感覚が、読む者の倫理観まで抉り出すさまが面白かったのだが、この第2巻では、元受刑者のみなさんはやっぱりおかしな人たちでしたあ、ということになり、危ういバランスだったものは一気に崩れ、当初の倫理的な問いかけは反故にされ、ただひたすらアクシデントが雪崩のように襲い掛かるカオスを描く展開となっている。う〜んこっちに持ってちゃったのか。それと元受刑者の数が多過ぎて物語がとっちらかっている印象を受ける。しかしこっちに持ってちゃったのなら持ってちゃったで、最後にどういう落とし所を見つけるのか、このカオティックな状況がきちんと終息するのか、それはそれで楽しみではある。(『羊の木(1)』のレヴューはこちら

■五大湖フルバースト 大相撲SF超伝奇(上)(下) / 西野 マルタ

五大湖フルバースト 大相撲SF超伝奇 上 (シリウスKC)

五大湖フルバースト 大相撲SF超伝奇 上 (シリウスKC)

五大湖フルバースト 大相撲SF超伝奇 下 (シリウスKC)

五大湖フルバースト 大相撲SF超伝奇 下 (シリウスKC)

アメリカでロボットで、でも何故か大相撲、という大いなるミスマッチ感を、真面目なのかふざけているのか怒涛のハイテンションで描ききる、というあまりにも馬鹿馬鹿しい大技を駆使したコミック。そしてお話自体は父と子のなんちゃらかんちゃらというベタなケレンで、これもまた真面目なのかふざけてるのかよくわからない。いわゆる大真面目な顔して言うくだらない冗談、というやつなんだろうが、それを長編で貫き通したのが勝因かも。

■改訂版 デビルマン(4) / 永井豪

改訂版デビルマン(4) <完> (KCデラックス)

改訂版デビルマン(4) <完> (KCデラックス)

"改訂版"のデビルマンもいよいよ最終章。とはいえ、イメージ画みたいなページが若干数書き足されているだけで、物語それ自体を深化させたとか、『デビルマン』という物語に新たな展開が補足された、というわけでもない。まあこの"改訂版"は永井豪の自己満足なんで、ファンとしてはそれと知っててつきあうみたいなものだったから、それほど文句も無いんだが。というわけでこれで永井さんは満足してくれたのかな。

ハカイジュウ(7) / 本田真吾

ハカイジュウ 7 (少年チャンピオン・コミックス)

ハカイジュウ 7 (少年チャンピオン・コミックス)

ああ…立川篇と全然同じ、襲い掛かるハカイジュウと逃げ惑う人間、ただそれが延々繰り返されてるだけなんだよなあ。もう飽きてきた…。

20120717(Tue)

[]普通に素直に屈託の無い人たちのヒーロー・ストーリー〜映画『アメイジング・スパイダーマン普通に素直に屈託の無い人たちのヒーロー・ストーリー〜映画『アメイジング・スパイダーマン』を含むブックマーク 普通に素直に屈託の無い人たちのヒーロー・ストーリー〜映画『アメイジング・スパイダーマン』のブックマークコメント

■アメイジング・スパイダーマン (監督:マーク・ウェブ 2012年アメリカ映画)

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サム・ライミが4作目『スパイダーマン』を降板したことから監督をマーク・ウェブに変え「んじゃリブート版でよろしく」と新たに1から話をやり直している『アメイジング・スパイダーマン』です。世間では賛否両論のようですが自分はとても面白く観れました。

ライミ版『スパイダーマン』は、これまでカルト・ホラーや良作ながら地味な作品を撮り続けていたサム・ライミがブロックバスター映画の監督に大抜擢、オレを含めライミ・ファンが「だ、大丈夫なんっすかライミさん!?」と不安と恐怖に恐れ戦いていたところ、蓋を開けてみればこれが大ヒット、ライミ・ファンも今までライミなんか知らなかったお客さんも大満足という、「大抜擢・大ヒット・大満足」の3つの"大"が揃ったライミの代表作となりましたね。その後シリーズは2作3作と製作されましたがこれも次々に大ヒット、あんまりヒットばかり飛ばすものだからかつてライミの『死霊のはらわた』や『キャプテン・スーパーマーケット』みたいなB級ホラーをゲラゲラ笑いながら観ていたファンの一人として逆にちょっと寂しくなってしまったぐらいです。

ライミ版『スパイダーマン』がよかったのはそのサービス精神旺盛なストーリー展開もさることながら、トビー・マグワイア演じる主人公ピーター・パーカーのどことなくナードでひ弱そうな部分にライミのルサンチマンを感じられたことなんですよね。観ていて「きっとこれ、ライミの青春時代がどこかしら投影されているんだろうなあ」と思えたものです。さて、新作である『アメイジング・スパイダーマン』はどうかというと、新たな主人公を演じるアンドリュー・ガーフィールド、これが普通にイケメンです。ナードでひ弱な雰囲気なんか微塵も感じません。繊細そうではありますが、きちんと明朗快活な男の子してます。そしてヒロイン。ライミ版のキルスティン・ダンストは「ちょっとブスくないか…」と各所で呟かれていたし自分も「もうちょっと美人ちゃんじゃないと盛り上がりに欠ける…」と陰口を叩いていたものですが、マーク・ウェブ版のヒロインを演じるエマ・ストーンは普通に美人ちゃんです。要するにこの『アメイジング・スパイダーマン』、「イケメン・美人の若手俳優が演じるSFとかホラー要素の青春ストーリー」という昨今ではよくあるハリウッド映画として成り立っているんですね。

ところが、観ていてエマ・ストーンの普通な美人さがなんだか面白くないんです。あれだけ陰口叩いたキルスティン・ダンストが何故だか恋しいんです。顔つきのはっきりした美人のエマ・ストーンの内面なんて別にどうでもいいと思えてしまうのですが、キルスティン・ダンストには、何か心に秘めたような表情があったんです。別れた恋人の本当の良さを関係が破局してから気付くようなものです。つまりキルスティン・ダンストの持つある種の複雑さというのは、トビー・マグワイアのひ弱なナードさと対になっており、そしてそれがライミ版『スパイダーマン』のひとつのテイストになっていたんです。そしてそれの無いマーク・ウェブ版『スパイダーマン』は、普通に素直に屈託の無い人たちしか出てこない青春ストーリーになっているんです。

じゃあこれが面白くないのかというと実はそうではなくて、こういった「普通に素直に屈託の無い人たち」の演じる青春ストーリーというのも、それはそれで爽やかで観ていて楽しいんです。こういう眩しい人たち、というのもオレは好きなんです。アメコミ・ヒーローには屈折が必要、なんて金科玉条のように言う必要なんかないんです。というか、屈折とかルサンチマンについての物語、というのが自分には段々どうでもよくなってきているんですよ。それはつまり、自分自身のかつての屈折やルサンチマンがもうどうでもいいものになっているのと通じてもいます。明るく生きられるなら明るく生きたほうがいいだろうし、真っ直ぐ生きられるなら真っ直ぐ生きればいいのだと思うんです。そういった意味で、このリブート版は大いに賛成です。正確には、ライミ版と違ってるからって、それがどうしたんだ?ということです。

そしてなにより、この『アメイジング・スパイダーマン』の最大の魅力は、3D上映であるという点です。昨今ではなんでもかんでも3Dで、逆に3D映画を敬遠している映画ファンもいるし、確かに3Dである必要がない、もしくは3Dで撮る事の利点をまるで生かしていない映画はとても多いのですが、高層ビルから高層ビルへと目もくらむような跳躍を繰り返すスパイダーマンの映画は、非常に3D向きであり、そしてこの『アメイジング・スパイダーマン 』は3D上映の醍醐味をたっぷり堪能できる作品に仕上がっているんですね。だから「リブートの理由は3Dでやりたかったから」ということでいいんじゃないかと思いますよ。そういう訳でこれから『アメイジング・スパイダーマン』を観に行かれる方は是非3Dで、出来るならIMAXシアターで観てもらいたいです。もうね、クライマックスでの跳躍に次ぐ跳躍の連続シーンは、3D感が物凄くて、ただそれだけでオレなんかは感激で目がウルウルしちゃいましたよ!それと後半のクレーンのオヤジ連中!この映画で一番格好よかったのはこのオヤジ連中だよ!オヤジ!あんたら漢だよッ!!

■アメイジング・スパイダーマン 予告編

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The Amazing Spider-Man (輸入版) - PS3

The Amazing Spider-Man (輸入版) - PS3

Acperience33Acperience33 2012/07/18 21:45 個人的には東映版スパイダーマンをリメイクしたようなこれぞって戦闘アクション満載でライミ版よりアメイジングの方が好感持てました。死霊のはらわたとかが好きな身としてはやっぱり前作のスパイダーマンがヒット飛ばすたびに寂しい気持ちになりますよねw

globalheadglobalhead 2012/07/19 08:07 ライミってどこか過剰な部分があって、そういった部分で楽しめた前作シリーズでしたが、今作はスマートにまとまっている部分が逆に好きでした。蜘蛛糸発射装置とか蜘蛛の糸を張り巡らしての策敵とかよかったですね。蜥蜴化した兵士がスパイダーマンと戦うのかと思ったらそれはなくて、そこだけ物足りなかったかな。でもそれやると話がとっちらかるからやらなかったんでしょうね。そこもまた監督のバランス感覚なんでしょう。

20120716(Mon)

[]渡る市場は鬼ばかり 渡る市場は鬼ばかりを含むブックマーク 渡る市場は鬼ばかりのブックマークコメント

オレの通勤途中の道には大きな倉庫があり、いつも朝から沢山のトラックが止まっている。そのトラックの中には後ろの扉にペインティングしてあるものも多くて、面白いから見つけたら写真に撮っていた。ある程度貯まったのでここに載せてみたい。

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20120715(Sun)

[]T.S.T. T.S.T.を含むブックマーク T.S.T.のブックマークコメント

東京駅から電車で品川方面に行く筈だったのに逆に乗ってしまい、
ふと気が付くと錦糸町だったので慌てて降りた。
この、逆方向に乗ってしまう、というのは実はたまにやってしまう。
東京に30年以上住んでいてもこれだ。
いや、住んだ長さではなく、多分、外界への認識の仕方が、どこか足りないのだ。

錦糸町の駅のホームからは、
この間完成したばかりの東京スカイツリーがよく見えた。
こうして見ると圧巻なものだ。
しかもどこか、生物っぽくないか。
なんだか海綿とかその辺の海の生き物のようにも見えるじゃないか。
あと4、5年後、人気が落ち着いたぐらいの頃に、相方と二人、
「観光とかではなくたまたま近くに寄ったらあったので
時間が余ってたからたいした興味は無いんだけどふらっと入った」
ようなふりをして上ってみよう。

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lazy-daisy5113lazy-daisy5113 2012/07/16 01:56 「観光とかではなくたまたま近くに寄ったらあったので
時間が余ってたからたいした興味は無いんだけどふらっと入った」ようなふりをして←同じ事を考えていました(笑)

私は東京に帰る東海道新幹線の逆走をした事があります。富士山が右の車窓に見えて、違和感満々で気が付いたの。

globalheadglobalhead 2012/07/16 08:21 お互いミーハーぽく見られるのが嫌なミーハーというタチの悪いミーハーということですな。
それにしても新幹線でやったとは…いつもいつも思うんだけど最後は全部レイジーに持ってかれちまう…。

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20120713(Fri)

[]「スター・ウォーズ」という名の信仰〜映画『ピープルVSジョージ・ルーカス「スター・ウォーズ」という名の信仰〜映画『ピープルVSジョージ・ルーカス』を含むブックマーク 「スター・ウォーズ」という名の信仰〜映画『ピープルVSジョージ・ルーカス』のブックマークコメント

■ピープルVSジョージ・ルーカス (監督:アレクサンドレ・オー・フィリップ 2010年アメリカ・イギリス映画)

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日記でも何度か書いたがオレは結構なジジイなので『スター・ウォーズ(以下SW)』は1作目(エピソード4ね)初公開時から全て劇場で観ている。もともとSF小説もSF映画も好きだから『SW』にはまらないわけが無かった。だから勿論『SW』は好きだしビデオで買いDVDで買いさらにBlu-rayで買ったぐらいのファンだと言える。それと、オレは新3部作(EP1〜3)も旧3部作(EP4〜6)も両方好きだ。どちらもそれぞれのカラーがあり、甲乙付け難く、「新3部作は旧3部作より劣る」みたいな"旧3部作原理主義"ではない。ジャージャーってそんなに酷くないと思うよ?

『ピープルVSジョージ・ルーカス』は『SW』第1世代とも呼ぶべき"旧3部作原理主義"ファンが新3部作以降のジョージ・ルーカスに苦言を呈する、というドキュメンタリーとして始まる。しかし観ている自分自身はそういった"旧3部作原理主義"ではないから、最初は「新しいものだって受け入れるべきじゃないかなあ」などと思って観ていた。しかし映画は次第に「映画は誰のものなのか?」という命題を提示し始める。いや、実際のところ、映画は監督のものでいいと思う。しかし、『SW』レベルに巨大化したものになってしまうと、「監督のものでいい」とは、あながち言い切れなくなってしまう部分も出てきてしまうものなのかもしれない。確かに『SW』の巨大さ、というのは、既に【映画】の枠組みさえ越えてしまった、いわゆる【現象】として存在してしまっているからだ。

即ちこれは、より正確に言うのなら、「映画は誰のものなのか?」というの命題ではなくて、「【映画】の枠組みを超えて【現象】にまでなってしまったものは、製作した映画監督個人だけのものではないのではないのか」ということになるのだ。その時、当初映画を製作した監督は、その【現象】に奉仕するべきなのだろうか。実際のところ、オレはそうは思えなくて、なぜならやはり、新3部作は新3部作で、そのビジュアルという面においては、ルーカスでなければ作れなかった凄まじい完成度だと思っているし、少なくとも新3部作完結まで、ルーカスには第一級の映画監督としての想像力は残っていたと感じるからだ。そうするとやはり、このドキュメンタリーが描こうとしたものとは反し、"旧3部作原理主義"ファンの「今までのものを今まで通りに、なにひとつ変えて欲しくない」という奇妙な意固地さ、頑固さが問題なのではないかと思えてしまう。

では"旧3部作原理主義"ファンは単なる頑迷な石頭でしかないのか、というと、そう言い切れない部分があるのだ。このドキュメンタリーで描かれる監督ジョージ・ルーカスとSWファンの齟齬はどこにあるのか。作品をどんどん純化し、自らがその脳内で想像した世界がひとつも欠けることなく映像として焼き付けられるべきであるとしてその目指す完璧な映像のためにヴァージョン・アップを繰り返す作品主義のジョージ・ルーカス。ルーカスの創出したファースト・ヴァージョン『SW』に衝撃を受け(そうそれは、脳天をぶん殴られるような凄まじい衝撃だったはずだ)、そのあまりの愛ゆえに聖書を諳んじるが如く聖典として諳んじてしまう、そしてそれを聖典であるがゆえに唯一絶対のものとして同定してしてしまう『SW』ファン。ルーカスと『SW』ファンの齟齬の根源とは、この、それぞれの"作品"というものに対する態度の差なのではないのか。そして煎じ詰めるなら、お互いの動機は、実は作品への愛、という意味では全く一緒ではあるのだ。しかしその両者には埋まらない溝がある。これはまるで、それぞれが愛と調和を訴えながら、お互いは反目しあう、宗教闘争じみた世界ではないか。そう、『ピープルVSジョージ・ルーカス』は実は、『スター・ウォーズ』という作品世界への、【信仰のありかた】を巡るドキュメンタリーだったのだ。

なお、DVDには207分、Blu-rayには272分もの特典映像が収められており、これには、映画でちらりと登場するだけだったファンの2次創作映像も含まれている。玉石混交ではあるが、観ていて楽しい作品も多い。劇場で観られた方もこの特典のためにセルあるいはレンタルでもう一度観られるのもいいかもしれない。

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ピープルVSジョージ・ルーカス [DVD]

ピープルVSジョージ・ルーカス [DVD]

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20120712(Thu)

[]アダム・サンドラー映画を二本観た〜『ジャックとジル』『素敵な人生の終わり方』 アダム・サンドラー映画を二本観た〜『ジャックとジル』『素敵な人生の終わり方』を含むブックマーク アダム・サンドラー映画を二本観た〜『ジャックとジル』『素敵な人生の終わり方』のブックマークコメント

■ジャックとジル (監督:デニス・デューガン 2011年アメリカ映画)

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気のいいあんちゃん風コメディアン、アダム・サンドラーの映画って結構好きで、本国じゃあ大人気だけど日本ではDVDスルーされがちなこのサンドラー映画、どうやらオレ殆ど観ているみたいなんですね。サンドラーの何が好きってその気取らないところですかね。下ネタばっかり言ってるし、ぬぼっとしてるけど実は気の優しい大男、アダム・サンドラーってなんだかそういうキャラが多いような気がしますが実際も案外そういう人なのかもしれません。あといつもGAPあたりの適当な服着てたりとか、あんまりシェイプアップしてなさそな寸胴ボディとか、この適度なユルさがいいんですよね。映画のほうもユルユルになる一歩手前の適度にユルい作品が多くて、劇場よりも自宅でビール飲みながらこっちもユルユルになって観るがいいんですよ。だから実の所、DVDスルーでもよかったりするんですよね。そんな中この『ジャックとジル』は珍しく劇場公開されたサンドラー映画です。監督はサンドラー映画ばっかり撮っているといっても過言ではないデニス・デューガン、きっとサンドラーとは息もぴったりなんでしょうね。お話はアダム・サンドラーが双子の兄妹を一人二役で演じたコメディーなんですが、女装姿のサンドラーがなかなか汚い上に下品で、楽しい作品に仕上がっています。やり手ビジネスマンの兄はお騒がせキャラの妹にほとほと手を焼いており、なるべくなら関わり合いになりたくない、と思っています。このしょうもない妹のキャラに最初は笑わせられますが、実は彼女、家族と過ごしたいと願っている寂しがり屋だったりするんです。そんな彼女に観ているうち段々と同情してきてしまうんですね。さらにこの映画を盛り上げているのがアル・パチーノの本人役での出演!なんとアル・パチーノ、下品で汚い女サンドラーに一目惚れ、あの手この手でアタックをしかけてくるんですね。パチーノ、女の趣味悪い…。パチーノが出るのは知ってましたがカメオ出演程度だと思ってたら出ずっぱり、彼の怪演でなおさらお話がしっちゃかめっちゃかになってしまうんですね。そんなドタバタですが最後はサンドラー映画らしく「家族っていいな!」とばかりにしっかり締める、やはり安心のサンドラー印映画でした。

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■素敵な人生の終わり方 (監督:ジャド・アパトー 2009年アメリカ映画)

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一方同じサンドラー映画で『素敵な人生の終わり方』ですが、こちらはDVDスルー作品になってしまいました。監督はジャド・アパトー、『40歳の童貞男』あたりが有名かもしれませんが、アダム・サンドラーをはじめウィル・フェレルセス・ローゲン主演のコメディ映画を数多く撮っているアメリカンコメディの有名監督ということが出来るでしょう。お話は難病で余命幾ばくも無いこと知らされた大物コメディアンのジョージ(アダム・サンドラー)が自分のコメディアン人生を振り返りながら、若手コメディアンを発掘して桧舞台に立たせようとしたり、別れたかつての恋人に再び会って自分がどれだけ愛していたか、別れたことを悔やんでいたか告げようとする物語なんですね。いうなれば好き勝手やってきた自分自身の人生への罪滅ぼしということなんですが、このお話って、難病こそ患ってないものの、すっかり有名コメディ俳優になってしまったアダム・サンドラーそのものなんですよね。そして映画の主人公と同じように「俺って今までなにをやってきたんだろうなあ」とちょっとおセンチに自分の人生を振り返ってみた、それがこの映画だということができるでしょう。だからお話の感触は従来のサンドラー映画と比べると若干ブルーだしシリアスなんですが、難病ものだからといって決してお涙頂戴にはならず、むしろ自分の死を達観しつつ、自分の仕事や自分の人生にけじめをつけることを決めた男のお話になっているんですよ。この映画、脇を固める俳優がなかなかよくて、ジョージが見込んだ若手コメディアンにセス・ローゲン、他にも『マネーボール』のジョナ・ヒル、『スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団』のジェイソン・シュワルツマン、『ハンナ』のエリック・バナなど錚々たる面々なんですね。お笑いの第一人者であるジョージが普段の生活では孤独で不機嫌な性格で、そんな彼が若手コメディアンの面倒を見ようとする場面はオレの中ではなぜかビートたけしが被さってしまいました。そんなジョージのドラマと平行して、お笑いの世界で生きていこうとする若手コメディアンたちの友情や裏切りのドラマも描かれ、そういった部分で物語に膨らみがあってなかなか見せるんですね。そして後半はかつての恋人とよりをもどそうとするジョージの悪戦苦闘の様子が描かれてゆきます。ただこの映画、上映時間が2時間30分と結構な長さなんですよ。ジャンルがコメディのみにしぼられているわけではないし、そういった部分で日本の劇場じゃちょっとかけられないものになってしまったんでしょうね。確かにじっくり描かれた物語は決して悪くはないんですが、観ていてちょっと長いよなーとやっぱり感じてしまうのが残念でしたね。

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20120711(Wed)

[]人喰猪は公民館以外も襲撃していたッ!?〜映画『人喰猪、公民館襲撃す!』 人喰猪は公民館以外も襲撃していたッ!?〜映画『人喰猪、公民館襲撃す!』を含むブックマーク 人喰猪は公民館以外も襲撃していたッ!?〜映画『人喰猪、公民館襲撃す!』のブックマークコメント

■人喰猪、公民館襲撃す! (監督:シン・ジョンウォン 2009年韓国映画)

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お〜いみんな、この映画の内容を説明するとですね、ええとなんと人喰猪が公民館襲撃する映画なんですよ!というタイトルで映画の内容を全部紹介してしまった「そのまんま感」溢れる動物パニック映画でございましてですね、まあ実際は公民館を襲撃した後も舞台を変えて物語は続くので全部紹介してしまっている、とは正確には言い難いといえば言い難いのですが、「公民館」というどことなくローカルな響きを持ち込むことでこの映画の舞台である韓国の辺鄙な田舎町の田舎町特有の特殊性も暗に想像させている、そう言った意味でですね、単なる「人喰猪、大襲撃!」みたいなタイトルとは違うサムシングをこのタイトルは観るものに与えているわけなんですよ、まあお話のほうは冒頭から「ああ、要するに猪でジョーズやりたかったのね」と誰でも簡単に分かっちゃうような筋運びなんだけど、その「ああ俺簡単に分かっちゃった」と鼻高々な気分をですね、その後の物語がベキッとへし折ってくれるんですよ、それというのは、出てくる登場人物が基本的になんか変な連中ばっかりでね、なんか変どころかかなり変なヤツも結構いるし、監督は真面目に描いたかもしれないけど観ているこっちには変としか思えない、といういわゆる製作者想定外の変さ、もありましてですね、そういうのがゾロゾロゾロゾロ現れるもんですからおいおいこりゃあジョーズとは似て非なるものじゃないか、というかこの人たちメインストーリーになんか関係あんの?変な雰囲気出したいだけで出てきてるんじゃないの?それとも監督真面目に撮ってるの?と観ていて訳が分からなくなってくるんですけどね、この変さ、というのがこの世に1万本ぐらい存在する単なる動物パニック映画とは異なったスメルを醸し出しているんですね、そこは韓国だけにキムチ的なスメルということができるかもしれませんがね、しかしこの変な人たちに押しやられて人喰猪はというとなんかしょぼい、単に育ち過ぎの猪にしか見えないので全然怖くない、むしろこいつぶっ殺して猪鍋作ったら何人前出来るんだろうなあと映画を観ている最中ずっと思わせてしまう程度に恐怖感皆無、そもそも猪だけに猪突猛進してしまい簡単に逃げることが出来そう、そう思わせてしまうぐらい動物パニック映画の主役としては徹底的に役不足、ここはやはり工場の汚水や原発から漏れた放射能で変異したミュータント猪とかそういうはったりをかましてもらいたかった、だから猪追跡が中心となる中盤からはちょっと退屈だった、まあしかしそれ以外は変な人が観られて面白かった。

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20120710(Tue)

[]『エイリアン・ビキニの侵略』のエイリアンはビキニは着てなかったけど結構エロかったのでそれはそれで許せるんじゃないかと思ったッ!? 『エイリアン・ビキニの侵略』のエイリアンはビキニは着てなかったけど結構エロかったのでそれはそれで許せるんじゃないかと思ったッ!?を含むブックマーク 『エイリアン・ビキニの侵略』のエイリアンはビキニは着てなかったけど結構エロかったのでそれはそれで許せるんじゃないかと思ったッ!?のブックマークコメント

■エイリアン・ビキニの侵略 (監督:オ・ヨンドゥ 2011年韓国映画)

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ダサくてキモくて非モテだがテコンドーだけは初段の腕前の30歳の童貞男が誰も頼んでないのに都市警備員とか勝手にぬかして町を警備している最中に、あろうことか悪漢らしき男たちに追われる美女を発見、コイツの人生で唯一つ自慢出来るテコンドーで悪漢たちを撃滅、ついでになりゆきで美女をアパートに連れて行ったらなんだか変な雰囲気になってモヤモヤドキドキ、すっかり相手はその気だしそのままやっちゃえばいいのにこのバカ野郎ときた日にゃあ「ボクの30年間守り通してきた童貞が奪われちゃう!これじゃいけないボクにはそんなことできましぇん!」とか言い出したら相手の美女は本当の正体を現したんだけどなんとそれは男の精子を奪って地球侵略を企むエイリアンだったッ!?…という荒唐無稽なお話、まあメチャクチャといえばメチャクチャなんですがオレはとても楽しく観る事が出来ました、不細工なくせに少女のように恥らう童貞青年がなにしろ可笑しい、ドギマギして訳の分かんないこと言ったりやったりしちゃうところがまた可笑しい、しかしそんな童貞青年をその気にさせようと積極的なエイリアン美女の色っぽさがこれまたいい、映画観ていてなんだか自分がエイリアン美女に口説かれているような気にさせられてドギマギドギマギモヤモヤドキドキしてしまう演出がとってもいい、そういう「独身アパートどくだみ荘」的な展開が、主人公青年の奥手でグズな人物造形も含めて実に面白い、しかし映画はその後暴力が吹き荒れる大スプラッタ大会になるんだけど、最初青春コメディだった筈のものが血まみれの狂った世界に行ってしまう、この展開は確かに異様だが逆にこの異様さ、アンビバレンツの在り方がこの映画を興味深いものにしている、確かに性のエクスタシーと暴力のエクスタシーはどこかで繋がっているとも言える、さらにコメディと暴力はやはりどこかで繋がっているとも言える、これらを一つの映画でやってしまったこの作品の監督は決まり事に囚われない自由な発想がその根底にあるのだと思う、そういった意味でメチャクチャでチグハグではあるけど人間の精神のレイヤーに存在する矛盾しつつも統合された行動を映像にしたとも言える、まあ監督はそんなこと考えてないとは思うが、総じてきっちりサービスしながら自分の作りたいものも作っているインディ映画の良作だと思いました。

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20120709(Mon)

[][]美しくて不思議な影絵の御伽噺〜映画『夜のとばりの物語美しくて不思議な影絵の御伽噺〜映画『夜のとばりの物語』を含むブックマーク 美しくて不思議な影絵の御伽噺〜映画『夜のとばりの物語』のブックマークコメント

夜のとばりの物語 (監督:ミッシェル・オスロ 2010年フランス映画)

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フレンチ・アニメーションの巨匠、ミッシェル・オスロ監督の最新アニメ、『夜のとばりの物語』を観て来ました。

ミッシェル・オスロはとても好きな監督で、これまで製作され日本でも上映されている『キリクと魔女*1』『プリンス&プリンセス*2』『アズールとアズマール*3』は、どれも美しい映像と寓意に満ちた物語の展開する傑作ばかりです。今回のこの『夜のとばりの物語』は、オスロ監督の前々作『プリンス&プリンセス』のスタイルを踏襲した、"影絵のような映像で綴られる御伽噺のオムニバス"といった形で進んでゆきます。影絵とは言っても実際はCG処理したもので、極彩色の背景の上で黒抜きした人物が物語を演じる、という形になっているんですね。背景の美しさもさることながら、黒抜きした人物像はそのフォルムが実に端整で美しく、こういった形で人物造形が抽象化されている為に"御伽噺"というファンタジー世界にすっと入っていけるんですね。そしてその物語も、御伽噺とは言っても決して子供向けに作っておらず、むしろ大人にこそ伝わるような苦さや残酷さが作品の中に見え隠れします。しかし勿論、御伽噺の楽しさも十二分に備えているんですよ。

この『夜のとばりの物語』は以下の6編の物語によって構成されています。

「狼男」…ヨーロッパ中世。満月の晩に狼男と化す騎士とある姉妹の物語。

「ティ・ジャンと瓜ふたつ姫」…カリブ海の島。死者の国に迷い込んだ青年が出くわす様々な難題。

「黄金の都と選ばれし者」…古代アステカ。生贄の少女を恐ろしい守り神から救おうと決意した青年。

「タムタム少年」…アフリカ。太鼓好きの少年が授かった魔法の太鼓を巡る騒動。

「嘘をつかなかった若者」…チベット。言葉を話す馬と決して嘘をつかない青年を騙そうと近づく他国の王女。

「鹿になった娘と建築家の息子」…ヨーロッパ中世。暴虐な魔術師に動物に姿を変えられた娘を救うため妖精の館へ旅立つ青年。

お話は基本的に、一組の男女が中心となり、主人公である青年がなにがしかの試練を受け、そしてもう一人の主人公である少女がなにがしかの形で青年に絡んでゆく、という構成になっています。「一人の若者と貴い生まれの少女との出会い」、というある種のボーイ・ミーツ・ガールの物語として観ることも出来ますが、そこには御伽噺らしい様々な寓意が込められているんですね。即ち、「その後二人は幸せに暮らしましたとさ、おしまい」というだけの物語なのではなく、主人公の青年が降りかかる試練にどう対処し、そこからどう自分の生き方を見つけてゆくのか?というのが全ての物語の中心となるテーマなのだと感じました。つまり、これらは一つの成長物語なんですね。

簡単に物語を紹介すると、「狼男」での献身的な愛、「ティ・ジャンと瓜ふたつ姫」の次々と難題を解決してゆく軽妙さ、「黄金の都と選ばれし者」の豊かさと生命の貴さのどちらをとるかという命題、「タムタム少年」のドラムで踊り出す人々の楽しさ、「嘘をつかなかった若者」のあまりにも重たい二者択一、「鹿になった娘と建築家の息子」の王道とも言えるファンタジー物語、それぞれがバラエティに富み、どの作品も見所が一杯です。そしてその舞台も、世界の様々な国が登場し、それらの国ごとの美しい美術が用意され、そういったエキゾチズムも作品の魅力の一つとなっていますね。

それぞれの物語には1,2分程度のイントロダクションが用意されています。それは現代?のどこかの劇場らしきところで、一組の若い男女と一人の中年男性が「これからどんなお話を物語ろうか?」と相談するところから始まります。彼らはお話の内容と一緒に自分の演じる役柄や衣装を決め、そして本編の物語へと暗転してゆくんですね。つまりこの映画の6編の短編は、全て同じ"役者"に演じられたお話、ということになっているんです。この3人が何者なのかは分からないし、彼らがどんな目的で物語を演じているのかも説明されませんが、関連性の無い幾つもの物語の繋ぎの役目として存在しているのでしょう。

『アズールとアズマール』の鮮やかに踊る色彩美や緻密極まりない構成と比べると、『夜のとばりの物語』は"影絵のような映像”ということもありとてもシンプルでライトな作りになっており、ある意味"カジュアル"な、いわば小編といった作品にはなっています。もともとこの『夜のとばりの物語』は『プリンス&プリンセス』と同じくTVのアニメ・シリーズから派生した新作アニメなのですが、つまりはTVシリーズのような簡易で低予算で、その分時間を掛けずに製作できる、といった強みから作られた作品なんですね。ですから『アズールとアズマール』の重厚な物語を期待すると若干物足りなく感じるかもしれませんが、ミッシェル・オセロをまだ知らない方には、その素晴らしいアニメ世界に触れる入門篇として絶好の作品ではないかと思います。作品は全部で84分なのですが、全ての物語が終わってエンドロールが流れたときに、自分はもっと観たい、もっとずっとこの素晴らしい作品世界に浸っていたい、と思えてなりませんでした。とにかくいろんな方にご覧になって頂きたいアニメ作品でしたね。

ところで自分は3Dで観たのですが、もともと"影絵"という平面的な画像構成の素材をあえて3Dで表現する、そのこと自体が面白く観る事が出来ました。確かに2Dで充分と言えない事も無いのですが、"影絵"の人物の背景が何層かのレイヤーで奥行きを持たされて立体化され、従来の3D・CGアニメとはまた別の味わいがあるんですよね。つまり限りなくリアルに近づくための3Dというよりも、絵本のような画像を、今度は飛び出す絵本のような画像に変換した、そういった面白さのある3Dでしたね。

夜のとばりの物語 予告編

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映画とは関係ないですが、ミッシェル・オスロが製作したビョークのPVなんていうのもあります。

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20120706(Fri)

[]可愛ら憎たらしい犬くんが主人公のロード・コミック〜『サルヴァトール』 可愛ら憎たらしい犬くんが主人公のロード・コミック〜『サルヴァトール』を含むブックマーク 可愛ら憎たらしい犬くんが主人公のロード・コミック〜『サルヴァトール』のブックマークコメント

■サルヴァトール / ニコラ・ド・クレシー

サルヴァトール (ShoPro Books)

『天空のビバンドム』のその恐るべき画力と異様な世界観でコミック・ファンを驚嘆させたバンドデシネ作家ニコラ・ド・クレシー、『氷河期』に続く日本邦訳最新作がこの『サルヴァトール』です。

重苦しい『天空のビバンドム』のイメージが強いクレシー作品ですが、この『サルヴァトール』はさにあらず、ゲオルク・ハレンスレーベンの『リサとガスパール』を思わせるような可愛らしい犬くんが主人公となり、人間のように暮らす動物物語なんですね。絵柄も「ビバンドム」のような重層に塗り固められた陰鬱さを感じさせるものではなく、軽やかな描線と明るい色彩で描かれた見やすい絵になっています。しかし安心して読んでいるとそこはニコラ・ド・クレシー、作品のあちこちに不条理感や黒いユーモア、無慈悲な運命の有様が垣間見られ、実はやっぱり一筋縄にはいかない作品に仕上がっているんです。

物語の主人公は犬でありチーズ・フォンデュに一家言持ち自動車整備工でもあるサルヴァトール。彼はかつてマルチーズのジェリーに恋していましたが、ジェリーはある日遠い南米へと旅立ってしまうんです。ジェリーのことが忘れられないサルヴァトールは苦労に苦労を重ねて南米まで行くことのできる水陸両用車を自らの手で組み立てますが、ジェリーの待つ南米への道のりは決して楽なものではなく、道中様々な出来事がサルヴァトールを悩ませ、苦しませるんですね。

しかしこの『サルヴァトール』はもう一つ別の物語が同時に進行します。それはド近眼の雌豚アマンディーヌの、行方不明の我が子探しの物語です。ぶくぶくの肥満体で見た目がちょっとナニな豚のアマンディーヌは、お腹を空かせた12匹の子豚を抱えながら、一匹だけどこかへ行ってしまった娘豚フランソワの行方を捜し続けるんです。サルヴァトールとアマンディーヌは冒頭だけの絡みでその後物語りは別々に進行して行きます。そしてサルヴァトールにしろアマンディーヌにしろ、どこかすっとぼけた小狡さと傲慢さを併せ持ち、この辺のちょっと癖の強い性格の登場人物である部分が、『サルヴァトール』を動物が主人公の単なる可愛らしいだけの物語にしていないんですね。

サルヴァトールやアマンディーヌの脇を固める登場動物たちも個性的で面白い。サルヴァトールに自動車部品をなかなか売ろうとしない牛女や、道中サルヴァトールが横恋慕してしまう美猫とその彼氏のグレートデン、迷子になった子豚フランソワを拾い上げペットとして飼う上流階級猫とその剣呑な資産家の父、さらのその父が雇う蜥蜴の密偵、誰もが主人公に負けず劣らず個性が強い。そしてとても人間的だ。読んでいれば気付くでしょうが、この物語の動物たちは、動物の格好をしているけれどもその行動は人間そのものなんですね。

その中で、サルヴァトールのペットとして相棒として登場するキャラクターがとてつもなく異彩を放っています。これ、なんと「人間」なんですね。そしてこの「人間」、背広を着たチビ・ハゲ・メガネのオッサン姿で、いつもパソコンを弄り、サルヴァトールにはひどく冷淡に扱われ、きつい仕事ばかりさせられますが、愚直にサルヴァトールにくっついてゆくんですね。擬人化された動物たちが闊歩するこの物語ですが、この「人間」は逆に人間の姿をした動物、ということなんでしょうね。この「人間」が実にいい味を出していて、サルヴァトールとの道中を可笑しく盛り上げてゆくんですね。

それと最後に、実はこの物語、まだ未完なんです。本国でもまだ続きは描かれていないようですが、ニコラ・ド・クレシーのもうひとつの魅力を垣間見せたこの物語、ぜひ続きが読みたいものです。

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天空のビバンドム

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20120703(Tue)

[]同人誌『yARn』Amazonにて発売中! 同人誌『yARn』Amazonにて発売中!を含むブックマーク 同人誌『yARn』Amazonにて発売中!のブックマークコメント

お待たせいたしました、「第14回文学フリマ」にも出品した同人誌『yARn』がいよいよAmazonで購入できるようになりました。

○作品紹介

"蟲"を題材に、コミック、SF、ホラー、ファンタジー、パロディ、純文学、伝奇、BL、など様々なジャンルで描かれたアンソロジー。

蛹の中に宿る生と死の境界についての対話「ソロモン・グランディ」。

新米司書と図書館の不思議な住人が登場するハートウォーミング・コメディ「HOW TO CARE FOR SILVERFISH」。

昭和中期、地方のある村で養蚕を志した男とその家族を描く文学小説「天の繭」。

年老いた養蜂家とその養女を巡る哀歓に満ちたSFコミック「養蜂家」。

虫をテーマに描かれたSF・ホラーなど25のショート・ショート「虫25」。

姉妹の間にある狂おしい情念を詩に託した「悪ノ姉妹」。

耳の中に虫がいる、と呟く男の仄暗い怪奇譚「凶音」。

蟻への言及が次第に文章を蝕んでゆき全てが崩壊してゆく「蟻が」。

未知の惑星に棲む知能を持った虫たちを幻想的に描く「拾い屋」。

禁断のボーイズ・ラブ・蟲・SF「ハチゼロイチ式」。

函の中の蟲をテーマにした恐るべき五つの掌編「函」。

あるタトゥーを依頼されたタトゥー屋の呟き「Wizard of Ink and Needles」。

以上、12の"蟲"を巡る物語が本の中に詰まっています。

○執筆者

ソロモン・グランディ / 珠

HOW TO CARE FOR SILVERFISH / ギルマン高家あさひ

天の繭 / ぱせよ

養蜂家 / coco

虫25 / FUMO a.k.a. 暗黒皇帝

悪ノ姉妹 / 珠

凶音 / 柿村イサナ

蟻が / objectO

拾い屋 / 比佐村奈々子

ハチゼロイチ式 / woino

函 / 芹沢文書

Wizard of Ink and Needles / 雪狼

Amazon商品紹介ページに行きますと「一時的に在庫切れ」もしくは「○週間以内に発送」という表記になっていますが、これは注文数に基づきAmazonから発注が出され、それにより在庫補充される形になっているため、「一時的に在庫切れ」「○週間以内に発送」という表記になっていても予約注文ができます。

皆様是非御予約くださいませ。

なお、Amazon出品に関しては「密林社」様にお世話になりました。同人誌等のAmazon出品をお考えの方は便利な密林社様をどうぞご利用ください。

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20120702(Mon)

[]不良少年VSエイリアン!〜映画『アタック・ザ・ブロック不良少年VSエイリアン!〜映画『アタック・ザ・ブロック』を含むブックマーク 不良少年VSエイリアン!〜映画『アタック・ザ・ブロック』のブックマークコメント

アタック・ザ・ブロック (監督:ジョー・コーニッシュ 2011年イギリス映画)

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サウスロンドンの団地(ブロック)に住む不良少年たちが地球にやってきたエイリアン集団と戦っちゃう、というお話です。不良少年たちはカツアゲとかやっちゃってる悪ガキどもです。最初はクソ憎らしい連中として登場します。カツアゲはいくない!この不良少年たちと絡むのが看護師の女性サム。最初にカツアゲくらうのが彼女なんですが、その後ある種の腐れ縁で少年たちと行動を共にしてしまいます。

少年たちがサムをカツアゲした後に空から燃えるように輝く物体が落ちてくる。こりゃなんじゃい、と見に行くとそこには醜いエイリアンの姿が!しかしなんと悪ガキどもはこのエイリアンをボコにしてぶっ殺しちゃうんですね!わざわざ遠い宇宙からやってきてすぐさまバカガキにシメられるエイリアンがあまりにも不憫!しかしエイリアンの襲来はそれに留まらなかった!あとからあとからエイリアンが襲来して不良少年どもを追い回します!逃げ惑う少年たちは彼らの住む団地に逃げ込み、そしてこの団地を舞台にして不良少年VSエイリアンの血で血を洗う抗争が始まっちゃうんですね。はるばる地球にやってきて暴れまわるのは貧乏人ばかり住む団地だけって、随分小規模過ぎる侵略じゃないかエイリアンの諸君!?と思うんですがこれにはちゃんと訳があり、それは観てのお楽しみということで。このきちんとした理由付けがこの映画をその辺の宇宙人侵略SFにしていないですね。

少年たちは自分らの住む団地というローカルな場所でのみ戦いを繰り広げますが、これは団地という名の自分らの住むコミニュティを死守したい、ということであり、つまりはサウスロンドンのロウアークラスのコミニュティに住む者たちの地元愛のあり方を描いているともいえるんじゃないかと思います。警察も余所者もあてにならねえ、俺たちのコミュニティを守るのは俺たちだけだ!ということであり、同時に他者なんか信用できない、信用できるのは仲間だけだ、というロウアークラスの中での強固な結束感、これがこの映画のテーマとも言えるんじゃないでしょうか。

面白いのはイギリス映画らしく、銃が殆ど登場しない、ということですね。本当のチンピラは持ってたりするんですが、不良少年たちはナイフやバットや花火(!)でエイリアンと戦うんですよ。この辺、銃社会のアメリカとまるで違う戦いのあり方は、同じくゾンビと戦うのに殆ど銃の登場しなかったイギリス映画『ショーン・オブ・ザ・デッド』を思い出しました。それと同時に、エイリアンの襲来を描きながらたった一つのコンドミニアムだけで住人たちの存亡が描かれる『スカイライン』との対比も面白いですね。『スカイライン』では社会的成功者というか成り上がりやメディアの上澄みみたいな連中が登場人物で、この辺も実にアメリカらしかったですが、貧乏人ばかり登場するこの映画とは大きな隔たりを感じますよね。

つまり"エイリアンの襲来"を描きながらアメリカとイギリスではこういうふうに物語展開が変わってくる、その国民性の違いを思い描くのが面白い映画でもありましたね。そもそもこの映画では警察があてにならないばかりか軍隊すら登場しないんですよ。そしてアメリカだと『スーパー8』のような少年が主人公の物語はその少年性がクローズアップされたジュブナイルに近い物語になるところを、この映画だと決して青春モノでもジュブナイルでもない作品に仕上がっているんですよね。少年たちが懐古趣味の対象ではなく、リアルに生きる大人の一員として描かれている、その辺の違いも面白かったですね。そして世界の存亡が掛かってるかもしれない事態に元気ばかりはたっぷりある健康優良不良少年たちばかりが得体の知れない敵と戦う、というシチュエーションは大友克洋の『AKIRA』すら思い出しました。

SF作品で描かれる"侵略者"や"モンスター"は、現実の何がしかの社会不安の象徴的な存在として描かれますが、アメリカが現在テロリズムへの漠然とした不安がその象徴として現れていることとは逆に、この作品ではもっと身近な社会格差がその象徴として描かれているのでしょう。そしてこの作品の登場人物である少年たちはそれと果敢に戦ってゆきます。このタフさ、そして若々しさは、そのままこの映画の魅力と繋がっていると思いますね。

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