私の夫は森の中に消えた〜『ロスト・シティ・レディオ』 ダニエル・アラルコン著

ロスト・シティ・レディオ (新潮クレスト・ブックス)

舞台は内戦状態にある架空の国の首都。行方不明者を探すラジオ番組「ロスト・シティ・レディオ」の女性パーソナリティーのもとを、ある日ひとりの少年が訪ねてくる。ジャングルの村の人々が少年に託した行方不明者リストには、彼女の夫の名前もあった。次第に明らかになる夫の過去、そして暴力に支配された国の姿―。巧みなサスペンスと鮮烈な語り。英語圏スペイン語圏の双方で高い評価を獲得してきたペルー系アメリカ人作家による初長篇。PEN/USA賞、ドイツ・国際文学賞、受賞作。

ラテンアメリカの歴史は内戦に彩られてる。ニカラグアエルサルバドルウルグアイグアテマラ…それらは数え上げていけばきりがないが、その中で夥しい血が流され、人の住むべき地は破壊され、そして気の遠くなるような数の死体が積み重ねられたことは間違いない。それら破壊と死は、生き残った者にも傷跡を残す。惨たらしい監禁と拷問を受け心と体に生涯残る傷を負った者、住む場所を追われ極貧の中に落とされた者、そして家族を隣人を、愛する者を失い、その生死すら分からず、悲嘆の中で生きなければならない者。
ペルー出身の作家、ダニエル・アラルコンの描く『ロスト・シティ・レディオ』は、こうした、「内戦による行方不明者」を探すラジオ番組の女性パーソナリティー、ノーマが主人公となる。彼女の番組はそれこそ国家レベルで人気番組となっており、街中にその声を知らない者はおらず、彼女はいわばラジオ・スターだ。そんな彼女のもとに訪れたジャングルの村に住む少年、その彼が持たされた幾人もの行方不明者のリスト。そしてその村こそは、10数年前、彼女の夫が消息を絶った村だった。ここから語られる物語は、現在と過去を交差させながら、ノーマと夫レイとの出会いと結婚生活、レイの秘められた過去、そしてジャングルから来た少年の隠された生い立ち、その村でのある事件などが描かれ、それは次第に、ノーマの夫の消えた足取りへと近づいてゆく。
ない交ぜになった時間は終局へ近づくにつれ固く結びあい、失われたピースを一つ一つ埋めてゆく。こうした時間軸が錯綜した描写はラテンアメリカ文学ならではだ。そこから浮き上がるのは暴力に満ちた国家で生きることの恐怖だ。ここで描かれる架空の国は警察国家であり、横暴な逮捕連行はもとより、密告、スパイ、強制収容所での虐待、処刑などが当たり前のように横行する。それは内戦のあった幾多のラテンアメリカ国家では日常茶飯事だったのだろう。この物語でも、内戦が終結しているにもかかわらず、その恐怖は根深く残っているのだ。
それと同時にこの物語は、内戦により運命を狂わされ、引き裂かれてゆく一組の男女の悲劇のドラマとして読む事が出来る。失踪した夫レイは、国家反逆分子と見なされ、ノーマは自らのラジオ番組でその名を呼びかける事すらできない。行方不明者を扱う番組のパーソナリティーが、自らの愛する者を探すことのできない、というのはどこまでもアイロニカルだ。そしてノーマが生死すら分からない夫への身を引き裂かれるような想いを募らせてゆく一方、夫レイは彼女に秘密を持ち続けていたことが徐々に明らかになる。ノーマの知らないレイはどんな男だったのか?レイに何があったのか?『ロスト・シティ・レディオ』は一人の女の不安と悲しみの中に、内戦の悲劇を描き出した作品なのだ。

ロスト・シティ・レディオ (新潮クレスト・ブックス)

ロスト・シティ・レディオ (新潮クレスト・ブックス)