Hatena::ブログ(Diary)

メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

20130731(Wed)

[]最近ダラダラ読んだコミックとか〜『マンガ古典文学 方丈記』『激マン!(6)』 最近ダラダラ読んだコミックとか〜『マンガ古典文学 方丈記』『激マン!(6)』を含むブックマーク 最近ダラダラ読んだコミックとか〜『マンガ古典文学 方丈記』『激マン!(6)』のブックマークコメント

■マンガ古典文学 方丈記 / 水木しげる

方丈記: 創業90周年企画 (マンガ古典文学シリーズ)

方丈記: 創業90周年企画 (マンガ古典文学シリーズ)

コミック界の最長老・水木しげるが、日本三随筆のひとつで若い頃から愛読してきた中世の天変地異ドキュメント『方丈記』を活写! 平家興亡・源平争乱の平安時代末期を生きた無常の歌人・鴨長明の生涯を交えながら完全にコミック化しました! 名門・下鴨神社禰宜の子として生まれながら、跡目争いに敗れ、長年住んできた邸を追われるなか、10年足らずの間に若き長明は多くの災厄を体験。「安元の大火」「治承の辻風」「福原遷都」「養和の大飢饉」「元暦の大地震」という天災と人災を、戦争という一番の人災を生き抜いてきた水木サンが描ききる、現代にも通じる無常観! そして、その天変地異を経た無常の先にある方丈の草庵生活とは? けっして忘れてはならない戦争の記憶や災害の悲惨さを描いた、迫力の水木しげる版『方丈記~鴨長明伝~』です。

平安時代末期〜鎌倉時代に生きた歌人・随筆家である鴨長明の「方丈記」を水木しげるが漫画化したもの。そういう自分は「方丈記」って読んだことがないので、この作品でもって読んだことにしようと決定。作品的には「方丈記」そのものと併せて鴨長明の半生と彼の生きた時代を描いたものとなっている。平安時代末期〜鎌倉時代って天変地異やら大飢饉やら遷都やらさらには平家の滅亡やらがあって本当に動乱の時代だったらしい。その中で無情を唱え厭世と達観へと到達した鴨長明。ええとこのボンだからアンニュイになっちゃったんだね。歴史に暗い自分には大いに勉強になりました。

■激マン!(6) / 永井豪

激マン! 6 (ニチブンコミックス)

激マン! 6 (ニチブンコミックス)

永井豪による『デビルマン』完成秘話『激マン!』最終巻。去年出ていたらしいのだがすっかり忘れてしまっていてつい最近読んだ。『デビルマン』後半の展開は作品打ち切り決定による相当なストーリーの端折りがあった、というびっくりするような話が描かれているのだが、しかし物語を端折り強烈なイメージのみをこれでもかとばかりに畳み掛けたからこそ、『デビルマン』はあれほどまでに神ががり的なクライマックスを迎えたのだということも出来るかもしれない。永井豪氏はそれが悔しかったのかもしれないが、後にリライトされ世に出された「改訂版デビルマン」が全くオリジナルを越えていないことを思うと(まあ時期も相当経ってるし作者の画力もパッションも激烈に落ちていることを考えても)、結果的にあのクライマックスこそが唯一最上のものだったということができる。それに、やっぱり「勢い」ってものがあるからね、あの時の勢いで描かれたものがやっぱり一番なんだろうな。

[]最近ダラダラ読んだSF小説とか〜『第四の館』『巨獣目覚める』 最近ダラダラ読んだSF小説とか〜『第四の館』『巨獣目覚める』を含むブックマーク 最近ダラダラ読んだSF小説とか〜『第四の館』『巨獣目覚める』のブックマークコメント

■第四の館 / R・A・ラファティ

とってもいい目をしているが、おつむが足りない若き新聞記者フレッド・フォーリー。彼はテレパシーでつながって人間を越えた存在になろうとする七人組の“収穫者”にそそのかされ、さる政界の大物が五百年前に実在した政治家と同一人物ではないかと思いつく。この記事を調べるうちに、フォーリーはいくつもの超自然的友愛会が世界に陰謀をめぐらしていることを知り、熾烈な争いの中に巻きこまれていく…世界最高のSF作家、ラファティによる初期傑作長篇がついに登場。善と悪、現実と幻想、正気と狂気が入り乱れ、奇天烈な登場人物が大暴れする唯一無二のラファティ・ワールド。

古の時代より歴史の裏で進行していた超能力者たちの派閥争いにまきこまれた青年のお話。読んでいてラファティ版『幻魔対戦』かと思ってしまった。いわゆる象徴主義的なキーワードを配することにより深読み必至の物語構造になっていて、それが一般に難解な作品と言われている理由のようなのだが、実のところ「カッコイイとこ見せたかったからちょっともったいぶって難解っぽくしてみましたー」というのが真実なのではないのか。なんかエヴァみたい。そのもったいぶり方が鼻についてなんだかあんまり面白く読めなかったなあ。

■巨獣目覚める / ジェイムズ・S・A・コーリイ

月や火星、小惑星帯に人類が進出した未来。土星から小惑星帯に帰還中の氷運搬船が何者かの攻撃を受け、破壊される。独立の機運高まる小惑星帯への火星の宣戦布告か? かろうじて生き延びた副長のホールデンらは、復讐を心に秘め、謎を追うが……。一方、その襲撃の知らせで戦争の危機に揺れる小惑星ケレスでは、刑事ミラーが失踪した富豪の娘ジュリーの捜索任務を引き受けることになるが……。

まあ要するにあれだ、映画『エイリアン』とグレッグ・ベアSF小説『ブラッド・ミュージック』を合体させたかったわけだ。で、結局読んでいる間中この両作品と似てるなあ似てるなあと思いながら読んでしまう羽目になった。しかもテンポが悪く、一定のテンションを持続させられていないため物語の興奮がぶつ切り。そして作品世界を詳細に描こうとしたかっただろうが、描写が冗漫。っていうか最近のSFは冗漫なのが流行ってるのか?

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20130730(Tue)

[]フランス革命期を生きた死刑執行人の生涯〜『イノサン』 フランス革命期を生きた死刑執行人の生涯〜『イノサン』を含むブックマーク フランス革命期を生きた死刑執行人の生涯〜『イノサン』のブックマークコメント

■イノサン(1) / 坂本 眞一

イノサン 1 (ヤングジャンプコミックス)

18世紀、「自由と平等」を望み、現代社会の出発点となったフランス革命。その闇に生きたもう一人の主人公シャルルアンリ・サンソン。彼は、パリで死刑執行人を務めるサンソン家四代目の当主。その過酷な運命に気高く立ち向かった“純真"を描く、歴史大河の開幕──!!

フランス革命期に死刑執行人として生きた実在の男、シャルル=アンリ・サンソンの生涯を描くコミック第1巻。タイトル「イノサン」とは「イノセンス=無垢」のことで、主人公の名前が伊野さんであるとか旨み成分のイノシン酸の仲間だとかいうことでは決してない。底本として安達正勝氏の『死刑執行人サンソン―国王ルイ十六世の首を刎ねた男』が参考とされているらしい。

シャルル=アンリ・サンソンをちょっくらWikipediaしてみたらやはり面白い人物で、ルイ16世マリー・アントワネットの死刑執行を行った男であり、しかし死刑執行人でありながら信心深く、職業と信心のその葛藤が常にあったらしいことはコミックの中でも描かれている。彼が死刑執行人になったのは父の職業を受け継いだからなのだが、彼の兄弟もまた皆死刑執行人として生き、または死刑執行人のもとへと嫁いでいる。もう筋金入りの死刑執行人一家なのだ。しかも死刑廃止論者だったのらしく、にもかかわらず史上2番目に死刑執行をした男としてその生涯を生きてしまったのらしい。

このコミックではそのアンビバレンツな魂をどう描くかが見所となるようだが、序盤からビジュアル系女顔の主人公が常にメソメソしていて多少鼻白んでしまった。しかしこれはあくまで前振りであって、このナヨナヨ男がどのようにしてマッチョな死刑執行人(?)になってゆくかがこれから描かれてゆくのだろう。

それにしても坂本眞一氏のコミックは初めて読むのだが、絵上手過ぎ。ビジュアル系の登場人物たちも含め、フランス近世の建造物、衣装、風俗を鬼のような画力で活写している。正直ここまで描き込まなくてもいいだろ、というほどの描き込み振り。背景に写真変換ソフトも使っているような気もするが、その背景に負けない流麗な描線のキャラクターたちの美しさはこの漫画家の力量を余すところなく伝えている。そして美しく繊細な画力があればこそ、当時のフランスの空気感をここまで再現できているのだろう。

さらに死刑執行人の物語だけあってただ美しいだけでは決して終わっていない。作中では死刑執行人になるがイヤだとグズるビジュアル系主人公を、同じく死刑執行人である父親が折檻と称して本格的かつえげつない拷問にかけるシーン(失禁もあり!)が盛り込まれ、それがまた詳細に描かれているもんだから、ただならぬ変態的雰囲気も存分に楽しむことが出来る。

イノサン 1 (ヤングジャンプコミックス)

イノサン 1 (ヤングジャンプコミックス)

死刑執行人サンソン ―国王ルイ十六世の首を刎ねた男 (集英社新書)

死刑執行人サンソン ―国王ルイ十六世の首を刎ねた男 (集英社新書)

20130729(Mon)

[]『ドラゴンズクラウン』(オレも)始めました 『ドラゴンズクラウン』(オレも)始めましたを含むブックマーク 『ドラゴンズクラウン』(オレも)始めましたのブックマークコメント

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ドラゴンズクラウン』(オレも)始めました。『ドラゴンズクラウン』(オレも)始めました。大事なことなので3回言いました。

日頃洋ゲーばっかりやっているオレですが久々に和ゲーに手をつけてみました。このゲーム『ドラゴンズクラウン』は、前々からその独特のフォルムを持つ美麗なグラフィックに目を惹かれ、発売を楽しみにしていたんですよ。開発元であるヴァニラウェアのディレクター神谷盛治氏はこれまで『プリンセスクラウン』『オーディンスフィア』や『朧村正』などのキャラクターデザイン、ディレクターを務めており、どのゲームのグラフィックも実に美しくて注目していたんですよ。リアル路線を徹底的に突き進む人気洋ゲーとは別のアプローチで和ゲーの進化発展系ともいえるゲームを作り続ける神谷盛治氏は貴重な存在だと思います。

それにしても発売日を前後して自分のTwitter方面やブログ方面でもいろんな方が買ってプレイしており、ちょっぴり盛り上がっててびっくりしました。結構購入者の層が広いようで、やっぱりみんな注目してたのかな。

さてこの『ドラゴンズクラウン』、中世風世界が舞台のスラッシュ&ハックを主体としたファンタジー系アクションRPGです。アクションゲームのタイプとしてはベルトスクロールアクションゲームと呼ばれるもので、要するに2Dな世界をキャラが横移動しながら敵を倒してゆくといったものなんですね。オレなんかだと『ファイナルファイト』を思い出しちゃいましたが、これにスラッシュ&ハック系RPG要素が加わってるんです。いうなれば『ディアブロ』を2DアクションRPGにしたらこうなった、といったゲームでしょうか。プレイしたことはないんですが、ディレクター神谷盛治氏はベルトスクロールアクションゲーム『ダンジョンズ&ドラゴンズ タワーオブドゥーム』の発展系を目指して製作されたようですね。

おそろしくディフォルメされながらもどこかキュートで親しみやすい味付けのあるキャラクターデザインがまずこのゲームの魅力でしょう。背景となるグラフィックもダークファンタジー世界を基調としながら決してリアルさにこだわらない「御伽噺」とでも呼びたくなるような美しさに溢れています。色彩も油絵を思わせる重量感がありますが、決して暗いだけなわけではなくヴィヴィッドで色彩豊かです。かつての和ゲーのドット絵を思わせるノスタルジックさも非常にいい味を出していますね。

さてこのゲーム、プレイヤーがプレイするキャラクターは5つのクラスがあり、これをまず選択しなきゃならないところが悩みどころですね。オレもいろいろ試してみましたが、決定するまでは以下のような葛藤が…。

ファイター…アクション苦手なオレにはこれが一番いいかと思ったが…「初心者向け」とか言われるとちょっとへそを曲げてしまう…(初心者並みの腕じゃないかよオレ)。

アマゾン…地面に斧を刺す攻撃のボタンをついつい押してしまう…その斧をなかなか取り戻すことが出来ない…イライラ(ホントにアクション下手なんです)。

ドワーフ…悪くなさそうなんだが…このラインナップの中ではちと地味すぎないか…。

エルフ…プレイしてみたら…キャラボイスがオレには甲高すぎて…。

ソーサレス…チチ揺れすぎだろ!気になってゲームにならないだろ!

ウィザード…上級者向け?無理。無理無理。

で、結局どれでプレイしているかというと最初は一番選ぶつもりのなかったウィザードなんですね!っていうか一番普通のルックスしているもんですから…。あとプレイするまで知らなかったんですが、このゲーム、パーティ制になっており、自キャラといっしょにコンピューターのキャラが一緒に戦ってくれるんですね。だから前衛に戦士キャラ立たせて敵と戦わせ、オレは後ろからコソコソ魔法使って美味しい所を持っていく、そしてMPが切れたら血みどろになって戦っている仲間を放っておいて隅っこに後退してチマチマMPのチャージをする、この「コソコソ」「チマチマ」という姑息でズボラでマイペース過ぎる戦法がオレの性格にぴったりだったんですね!まああんまりマイペース過ぎて仲間全滅とかしょっちゅうですけどね!リアルでもマイペース過ぎて周囲から不興を買っているオレですから!いいのかそれ!?といわけで今日も楽しく戦っております〜(酒飲んでるとき以外)。

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ドラゴンズクラウン - PS3

ドラゴンズクラウン - PS3

ドラゴンズクラウン - PS Vita

ドラゴンズクラウン - PS Vita

プリンセスクラウン アトラスベストコレクション - PSP

プリンセスクラウン アトラスベストコレクション - PSP

オーディンスフィア PlayStation2 the Best

オーディンスフィア PlayStation2 the Best

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20130726(Fri)

[]異色短編集3冊読んだ〜「厭な物語」「澁澤龍彦訳 幻想怪奇短編集」「短編小説日和 英国異色傑作選」 異色短編集3冊読んだ〜「厭な物語」「澁澤龍彦訳 幻想怪奇短編集」「短編小説日和 英国異色傑作選」を含むブックマーク 異色短編集3冊読んだ〜「厭な物語」「澁澤龍彦訳 幻想怪奇短編集」「短編小説日和 英国異色傑作選」のブックマークコメント

いわゆる「奇妙な味」と呼ばれる短編集が結構好きで、たまにぽつぽつと読んでいる。早川の異色作家短編集や河出の奇想コレクションなどの作家別の短編集も好きだが、様々な作家の集められたアンソロジーというのも一種幕の内弁当的なお得感というか、福袋的な「何が入っているかお楽しみ」感があってこれはこれで楽しい。こういったアンソロジーはアンソロジストの知識とセンスのお手並み拝見ともいうべきもので、収録された個々の作品を楽しむのと併せてアンソロジストのその趣味性を味わうといった部分がある。膨大な作品を読み込んだアンソロジストの紹介する作品だからそれぞれは評価に値する作品なのだろうけれども、読む側の趣味と合わなければ読む側にとってはつまらない作品集となる場合だってある。そういったわけで今回3冊の異色短編アンソロジーを読んでみたのだが、結果は如何だろう。

■厭な物語

タイトル通り「読後感の悪い作品」を集めた作品集である。作家はアガサ・クリスティー、ジョー・R・ランズデール、シャーリイ・ジャクスン、パトリシア・ハイスミス、ウラジミール・ソローキン、フランツ・カフカフレドリック・ブラウンと、文学、ミステリ、SFという多岐のジャンルの古今東西の作家にまたがり、もうこれだけでお得感が一杯になっている。逆にこの「お得感」を醸すためにコンセプトである「読後感の悪い作品アンソロジー」といった印象は若干希薄で、結局作家のネーム・バリュー主体のアンソロジーになってしまっており、多岐に渡る作家選択も逆に雑駁に感じる部分があるのがちと残念。しかし異色短編の古典中の古典「くじ」や「うしろをみるな」が収録されており、ある意味異色作家短編集ビギナー向けとしてはなかなかいい仕上がりともいえるかもしれない。

澁澤龍彦訳 幻想怪奇短編集

澁澤龍彦訳 幻想怪奇短篇集 (河出文庫)

澁澤龍彦訳 幻想怪奇短篇集 (河出文庫)

言わずと知れた澁澤龍彦・訳によるフランス古典幻想短編集。澁澤龍彦にはそれほど思い入れはないのであるが、それでもその訳文の香り立つような味わいとペダンチズムは十分伝わってくる。そしてなによりも興味深かったのは「幽霊や死者たちが紡ぐ神秘と恐怖と破滅の」作品集ではあるけれども、単なる煽情的な恐怖物語なのではない、という部分だろう。例えばマルキ・ド・サドの「呪縛の塔」は狂王が足を踏み入れた地獄を思わせる異様な世界を描いたものであるが、善悪についての宗教的倫理を元とする説話的な物語であり、またシャルル・ノディエによる「ギスモンド城の幽霊」では幽霊城と呼ばれる城に足を踏み入れた騎士が、目の当たりにした怪異をあくまで合理的に見極めようと推論する物語なのだ。宗教的倫理と合理的精神という一見水と油のように見える態度の在り方はしかし、ある意味実にヨーロッパ的な知性の在り方ということも出来、そういった部分が立ち上がって見えてくるのが面白い短編集だった。また、「解剖学者ドン・ベサリウス」や「恋愛の科学」はその科学的精神が恐怖を生むという部分でやはりヨーロッパ的なものを感じた。後半の小作集「共同墓地」はユーモアも加味された怪談が並ぶ。

■短編小説日和 英国異色傑作選

短篇小説日和―英国異色傑作選 (ちくま文庫)

短篇小説日和―英国異色傑作選 (ちくま文庫)

英国作家限定の異色短編集。編・訳を務めた西崎憲氏の相当のこだわりが伝わってくるアンソロジーになっており、巻末にはその西崎氏による意外と長めな短編小説論考までもが収録されている。有名作というよりも西崎氏によって"発掘"された一般読者には馴染み薄い英国作家の作品が多く、作者の紹介も詳細で、並々ならぬ力がこもったものとなっている。ただしこれは個人的な見解なのだけれども英国小説には稀に晦渋であったり展開の鈍重さを感じさせる物語もあり、このアンソロジーでも今一つ明快な面白さが伝わってき難い作品も散見されたが、何度も言うがあくまで個人的趣味の問題ということで受け取ってほしい。しかしもちろん特筆すべき佳作も多い。その中で目を惹いたのは、サーカスの見世物となっている畸形たちが無人島に難破した物語、ジェラルド・カーシュの「豚の島の女王」がその異様さにおいてまず息を呑まされる。また、とある田園を舞台にしたエリザベス・グージの「羊飼いとその恋人」はまさか自分がこんな心温まる物語に心動かされるとは!と思ってしまうほどに幸福感を感じさせるものだった。他にもマージョリー・ボウエンの煌めく様な幻想譚「看板描きと水晶の魚」、古代ファンタジーとも呼ぶべきヴァーノン・リーの「聖エウダイモンとオレンジの樹」、人を食ったようなモダン・ファンタジーであるF・アンスティーによる「小さな吹雪の国の冒険」などが気に入った。そしてラストはアンナ・カヴァンによる陰鬱なる心の平和を悪夢のような情景描写で描く「輝く草地」で、これも必読だろう。

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20130725(Thu)

[]最近ダラ観したBlu-rayだのDVDだの〜『デッド寿司』『イップ・マン 誕生』『モンスター・ホテル』 最近ダラ観したBlu-rayだのDVDだの〜『デッド寿司』『イップ・マン 誕生』『モンスター・ホテル』を含むブックマーク 最近ダラ観したBlu-rayだのDVDだの〜『デッド寿司』『イップ・マン 誕生』『モンスター・ホテル』のブックマークコメント

デッド寿司 (監督:井口昇 2013年日本映画)

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片腕マシンガール』を撮った井口監督の「握り寿司が人間を襲う!」という限りなくナンセンスなバカホラーなんですけどね、いくらナンセンスったってセンスはいるだろっていうぐらい観ていてあれこれツライ、とてもとてもツラくなる映画でございましたよ。

一応武田梨奈ちゃんが主演で彼女はきちんと頑張っておりましたし、共演の松崎しげるもいい味出してました、なんですけれどもそれ以外の登場人物があまりに類型的で魅力の無いキャラばかりで、バカで下らないテーマであること以前にそういった部分で全然面白くなかった、そしてバカで下らないからこそ想像力次第でいくらでも面白くなりそうな題材を発展させられてないというのが残念でありました。

あとね、ゴアシーンは別に何とも思わないオレですけど口からシャリをゲロるシーンとか汚くて全然駄目だった。やっぱねえ、命はナンボでも粗末にしてもいいが食べ物を粗末にするのはイカンですよ!


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■イップ・マン 誕生 (監督:ハーマン・ヤオ 2010年香港映画)

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ブルース・リーのお師匠、イップ・マンの半生を描いたドニーさん主演の『イップ・マン 序章』『イップ・マン 葉問』本当に面白かったですねえ、いやあれ最高だったわ。で、この『イップ・マン 誕生』なんですが、タイトル通り若かりしイップさんが詠春拳を極めるまでの描いているんですけど、ドニーさんは出ていなくて、代わりにデニス・トーという人がイップさんを演じております。まあルックスもアクションもドニーさんほどでは無いにしろ、小ざっぱりした顔つきのイイ男でありますね。

ただ、修行を積み友情や信頼を育むイップさん一門の伸び伸びとした幸せそうな雰囲気がなんだか牧歌的過ぎて中国共産党の大躍進計画のビデオでも見せられているみたいでつまんないんですよねえ、やっぱりドラマはこうした幸せがギタギタにされてナンボなんですよねえ、とか思ってたらやってきました、極悪民族大日本帝国の血も涙もない悪党どもが!戦争映画の悪役にナチスが欠かせないようにやはり大陸のほうの悪役として大日本帝国は欠かせないですよねえ、でもこの大日本帝国の皆さんただ暴れてるだけで何がやりたいんだかよく分かんないんです、悪党でいうとチンピラクラスばっかりで、鬼のような冷血無比さを感じさせないんです、これじゃあまだガキンチョでしかないイップさんに蹴散らされてもしょうがないです。これ、意外と日本に気を使ってたんじゃないでしょうか?

それと最初にサモハンが出てくるんですが、「あ、イップ・マンに出てたサモハン演じる悪役師範は昔はいい人だったんだ?」とか勘違いしちゃいました。


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イップ・マン 誕生 [Blu-ray]

イップ・マン 誕生 [Blu-ray]

■モンスター・ホテル (監督:ゲンディ・タルタコフスキー 2012年アメリカ映画)

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モンスターといえば人を恐がらせるもんだと思っていたら、実はモンスターたちのほうが人間を恐がっていて、そんなモンスターたちの避難所として経営されているホテルが舞台のコメディ・アニメなんですな。一応製作総指揮と声優をアダム・サンドラ―がやっております。

で、このホテルのオーナーというのが吸血鬼なんですが、今まで外の世界に出たことの無い娘の吸血鬼が外の世界に興味を持ちはじめ、これをあれこれ策を弄して押し留まらせようとしていたところ、ホテルに人間の若者がやってきて、二人が恋愛モードに入っちゃったのでお父さんさあ大変、というお話です。

まあ親バカ物語をモンスターに当てはめただけの他愛のない物語なんですが、あれこれ設定に引っ掛かってノレませんでしたね。まず娘の吸血鬼とか言っているけど吸血鬼って生殖しないと思うし、娘の誕生日とか言っているけど吸血鬼は成長しないと思うし、そもそも「人間の血は吸わない」て、それなんなの?無害で人間的なモンスターに仕立てたいがためにモンスターとしてのアイデンティティ失ってるよなあ、これって「腐ったヒューマニズム」だよなあ、と斯様に思ってしまいました。トリッキーな動きをするモンスターたちの造形は面白かったけどね。


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20130724(Wed)

[]最近聴いたエレクトロニック・ミュージック〜Not Waving、Masse/OST、Anton Zap 、Lee Scratch Perry featuring The Orb、Holden、Gold Panda 、Juan Atkins & Moritz von Oswald 、Radio Slave、Apollonia 最近聴いたエレクトロニック・ミュージック〜Not Waving、Masse/OST、Anton Zap 、Lee Scratch Perry featuring The Orb、Holden、Gold Panda 、Juan Atkins & Moritz von Oswald 、Radio Slave、Apolloniaを含むブックマーク 最近聴いたエレクトロニック・ミュージック〜Not Waving、Masse/OST、Anton Zap 、Lee Scratch Perry featuring The Orb、Holden、Gold Panda 、Juan Atkins & Moritz von Oswald 、Radio Slave、Apolloniaのブックマークコメント

■Umwelt / Not Waving

Umwelt

Umwelt

Kompaktの人気ユニットWallsの片割れによる趣味全開な新ユニットNot Wavingの1st。おおこれはなんとローファイ&ドリーミーで楽しい音。80〜90年代ディスコ+トラウトロック+ポストパンクな音が入り混じりアナログ機材で作り上げられた不思議音世界。 Kompaktの新たなレーベルEcstaticより。 《試聴》

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■Masse / Henrik Schwarz,Dettmann & Wiedemann,DIN

MASSE

MASSE

ドイツの人気クラブBerghainで開催されたベルリン国立バレエ団によるコンテンポラリー・ダンス・パフォーマンス"Masse"のOST、ostgut tonよりリリース。Henrik Schwarz,Dettmann & Wiedemann,DINが参加しているが、DINが一番お気に入りかな。バレエとはいえきちんとテクノしてます。 《試聴》

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■Water / Anton Zap

Water

Water

モスクワを中心に活躍するプロデューサーAnton ZapがR&S傘下のApolloからリリースしたディープ・ハウスもの。タイトル「Water=水」のように流れ、たゆたい、せせらいでゆく美しく落ち着いた音群。 《試聴》

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■More Tales From The Orbservatory / Lee Scratch Perry featuring The Orb

また出たッ!Lee Scratch PerryとThe Orbのダブ・コラボ・アルバム。1stとは趣が異なり前半Lee Scratch Perryのヴォーカル入り曲、後半そのダブ・ミックス。役割分担がしっかり出来てて1stよりも聴きやすいかも。 《試聴》

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■The Inheritors / Holden

Inheritors

Inheritors

レーベルBorder Community主宰、James Holden久々の2nd。モジュラーシンセを主体に使ったアナログな電子音がブワブワと不安定でミステリアスに揺らいでゆくエクスペリメンタル・ミュージック。ロック的なテイストも感じるな。 《試聴》

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■Half Of Where You Live / Gold Panda

Half of Where You Live

Half of Where You Live

ロンドンを拠点に活躍するDJ、Gold Pandaの2nd。世界の都市からインスパイアされたというカラフルでポップ、リリカルかつエモーショナル、そして心安らぐようなポジティブさに満ちたエレクトロニック・ミュージック。完成度高し。 《試聴》

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■Borderland / Juan Atkins & Moritz von Oswald

Borderland

Borderland

デトロイトテクノの重鎮Juan Atkinsとミニマルダブの鬼Moritz von Oswaldによるコラボ・アルバム。この二人でどんな化学反応が!?と期待したが音的には穏やかでアブストラクトなテクノ/ハウス・アルバムに仕上がっていた。 《試聴》

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■Balance 023 / Radio Slave

オーストラリア発のMIXシリーズ「Balance」の23番はテックハウス系DJ、Radio Slave。2枚組でCD1ではフロア向けの多彩なMIXを、CD2ではミディアム〜ダウンテンポなトラックをMIX。 《試聴》

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■Fabric 70 / Apollonia

Fabric 70: Apollonia

Fabric 70: Apollonia

Fabricの70番目はイビザで回しているディープ・ハウス/テック・ハウス系3人組DJユニットApollonia。しかし3人組DJってどんなプレイするんだ。 《試聴》

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20130722(Mon)

[]ジブリアニメ『風立ちぬ』は宮崎駿版「浪花恋しぐれ」だった…ッ!? ジブリアニメ『風立ちぬ』は宮崎駿版「浪花恋しぐれ」だった…ッ!? を含むブックマーク ジブリアニメ『風立ちぬ』は宮崎駿版「浪花恋しぐれ」だった…ッ!? のブックマークコメント

■風立ちぬ (監督:宮崎駿 2013年日本映画)

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■風立ちぬ、今は秋。…いやまだ夏だろ?

宮崎アニメ『風立ちぬ』の公開が近づくにつれ、あちこちのメディア(と言ってもオレなんかパソコンしか見ないんだが)でその広告が目につくようになった。しかしその広告を見るたびに、全盛期でさえ別に好きでもなんでもなかった松田聖子の「風立ちぬ」のフレーズ(しかもうろ覚え)が何度も頭の中でリフレインされ、ある意味いい迷惑だったのである。しかも松田聖子の「風立ちぬ」の歌詞の一部「スミレひまわりフリージア」をずっと「スミレひまわり栗一夜」と思い込んでおり、栗一夜とは一体どんな一夜なのだろう、子供にはわからない何か栗にまつわる妖しく艶めかしくめくるめくような夜がそこでは待っているのであろうか、と密かに悶々とした夜を過ごしていた思い出があるのである。

…というのは勿論冗談だが、天下の宮崎駿の新作アニメが久々に公開、ということで、とりあえず観に行くことにしたオレだったのだ。実は大して期待して観たわけでもない『風立ちぬ」だったわけだが、観てみるとこれがぬぁんとあろうことか難病悲恋モノなうえに宮崎駿版「浪花恋しぐれ」だったもんだから「おお…宮崎駿が斜め上を飛んでおる…メーヴェで…」と絶句してしまったオレだったのでありますよ。

■宮崎駿版「浪花恋しぐれ」(替え歌)

ヒコーキのためなら女房も泣かす

それがどうした 文句があるか

雨の飛行場 設計事務所

航空力学 戦闘機

今日も呼んでる 今日も呼んでる

ど阿呆堀越二郎


(セリフ)「そりゃわいはアホや ド近眼やし セリフも棒読み

せやかせ それもこれも みんな ヒコーキのためや

今にみてみい! わいは日本一になったるんや

日本一やで わかってるやろ 菜穂子

なんやそのしんき臭い顔は

計算尺や! 計算尺や! 計算尺買うてこい!」


そばに私が ついてなければ

なにも出来ない この人やから

泣きはしません つらくとも

いつかヒコーキ界の華になる

惚れた男の 惚れた男の

でっかい夢がある


(セリフ)「好きおうて一緒になった仲やない

あなた設計しなはれ ヒコーキ飛ばしなはれ

あんたが日本一のヒコーキ屋になるためやったら

うちはどんな結核にも耐えてみせます」


凍りつくよな 浮世の裏で

耐えて花咲く 夫婦花

これが俺らの 恋女房

あなたわたしの 生き甲斐と

笑うふたりに 笑うふたりに

飛行場の春がくる

…いやあ、我ながら意外と間違ってないなあこれ。

■お仕事大好きヒコーキバカ一代な男の物語

表現のあり方として観るならば、例えば戦前の日本の情景や人々の暮らし振りなんていったものがあたかも黄金期のイタリア映画(とか言ってたいして観たことないんですが)でも観ているかのように豊かな色彩と情緒でもって描き切られているんですよ。現実と妄想が渾然一体となって交じり合いながら進んでゆく展開は巧みだし、その現実自体もどこか幻想的で夢幻めいた瞬間を生み出していて、そこで差し挟まれる効果音の在り方も独特の使い方をされ、この辺の表現力や描写力といったものの確かさ、そしてそれを生み出すことの出来る力量、そういったものは宮崎だからこそと言っていい程の素晴らしい効果をあげているんですよ。

でもそこで描かれている物語っていうのは平たく言えばお仕事大好きヒコーキバカ一代な男の物語なわけで、まあなにかにとことん打ち込む男ってぇのは確かに素晴らしいかもしれませんが、それに結核で病弱の女子巻き込んで「ボクチンはお仕事辞めるつもりはないけど君は病気をおしてボクチンの側にいてね」っちゅうのはいったいどういう神経なんだろ、と斯様に思ったわけなんですよ。

それが男の仕事だとか仕事が男の本分だとかって言われてもねえ、両立難しいんだったらパキッと割り切ってどっちか取れよ!女捨てて仕事取るか仕事捨てて女取るかしろよ!んな煮え切らねえザマで何が男だよ!などとオレなんかは思うわけですよ。そもそも嫁さん愛してるんだったら嫁さんの幸せとか長生きとかまず第一に考えろよ!結局嫁さん愛してるとか言ってたけどそれは「…ヒコーキの次に」ってことなんだろ!と映画観ている間中なんだか微妙にイライラしてたんですよ。

■ヒコーキって綺麗だなあ(棒読み)

結局この映画は宮崎さんのヒコーキへの偏愛振りに無理矢理お話をくっつけただけのものであって、要するに日本アニメ界最高峰の技術力をブチ込んで制作された宮崎駿ただ一人の為の極私的な(悪く言えばオナヌー)映画ってことだったんじゃないですかね。なんかこう映画スクリーンの向こうに宮崎さんがアヘ顔浮かべなら身をくねくねさせて「このリベットの部分が好きッ!」とか言いつつ悶絶する姿が透けて見える様なお話だったでありますよ。ヒコーキが好きで好きで堪らないのはいいんですがなんかここまでやられるとイヤオレはヒコーキそんなに興味ねーし勘弁してくれもう押し付けるのはやめてくれって思っちゃいましたね。

ある意味この『風立ちぬ』は宮崎駿版「プロジェクトX 挑戦者たち」ってことも言えますね。主題歌が中島みゆきじゃなくて荒井由実ですけどね。どちらも気色悪い歌い方をする歌手だってのは一緒ですが。「プロジェクトX」は高い技術力と涙ぐましい努力で完成した高度経済成長期の男の夢!ってやつを描いたドキュメンタリーですが、泣かせと美談にもっていきたいばかりに事実の一面しか描いていないという批判があったように、この『風立ちぬ」でも最新鋭ヒコーキの完成に打ち込む主人公の夢と努力とその成功をクローズアップさせながら不憫な嫁の最期と完成したゼロ戦戦闘機が最終的に至った惨禍はムニャムニャっと描かれるだけで、そのくせこの映画のコピーが「生きねば」だっていうからそのちぐはぐさになんだか笑っちゃうんですけどね。で、そこまでしといて結局最後は「ヒコーキって綺麗だなあ」って、いやあ、ええっとあの、なんつーか、ホントにおみそれしました!

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風立ちぬ スタジオジブリ絵コンテ全集19

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風立ちぬビジュアルガイド

風立ちぬビジュアルガイド

絶対読むべき名作 風立ちぬ

絶対読むべき名作 風立ちぬ

20130719(Fri)

[]復讐!陰謀!愛欲!殺戮!成人指定TVドラマ『スパルタカス』がヤヴァいッ!ヤヴァ過ぎるッ!! 復讐!陰謀!愛欲!殺戮!成人指定TVドラマ『スパルタカス』がヤヴァいッ!ヤヴァ過ぎるッ!!を含むブックマーク 復讐!陰謀!愛欲!殺戮!成人指定TVドラマ『スパルタカス』がヤヴァいッ!ヤヴァ過ぎるッ!!のブックマークコメント

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■全てを奪われた男:剣闘奴隷スパルタカス

ローマ軍の裏切りにより俘虜にされ剣闘奴隷として売り飛ばされた男、その名はスパルタカス。既に彼の生まれた村は焼かれ、同胞たちは惨たらしい死を遂げ、最愛の妻も奴隷として何処かへと連れ去られてしまった。全てを奪われ、明日をも知れぬ剣闘士として生きざるを得なくなったスパルタカスの胸にあるのは、妻の安否、そしてにっくきローマ人への復讐。憎悪と憤怒に身を焦がすスパルタカスの、壮絶なドラマが今始まる…ッ!!「ローマ人は皆殺しだァアァァッ!!」

■ドラマ『スパルタカス』の「ここがヤヴァい!」

1.残虐描写がヤヴァい!

アメリカのケーブルテレビドラマ、『スパルタカス』が凄い!熱い!ヤヴァすぎる!「全米で最も過激なドラマ」と呼ばれるこの作品まずその残虐描写がヤヴァい。剣闘シーンでは肉体がキャベツみたいにザクザク切り刻まれ、ありとあらゆる殺し方殺され方が描かれ、バケツでぶち撒いたかのように血が飛び散り、手足も首もポンポン宙を舞い、はらわたまでも大盤振る舞い、その残酷さは凡百のホラー映画を遥かに凌駕する過激さだ。

2.エロ描写がヤヴァい!

次にエロ描写がヤヴァい。ことあるごとに全裸の男女が画面を闊歩し、とにかくお約束のようにセックスシーンが乱舞する。売春、乱交、同性愛、奴隷に命じる強制セックス、見世物としてのセックスショー、とにかくやりたい放題のエロシーンが次から次へと画面に躍る。ヘアなんてまだ普通、なんと男性器まで当たり前のように画面に写されるのだ。そしてこれらの描写によりアメリカではTVMA(17歳以上の大人向き)といういわば成人指定のレーティングを受けているドラマでもあるのだ。

3.ドロドロの人間関係がヤヴァい!

そして陰謀・策略・謀殺渦巻くドロドロの人間関係描写がヤヴァい。こっちのほうはスパルタカスを買った剣闘興行師、バティアトゥスという男を中心にして描かれてゆくのだが、このバティアトゥスというのが恐ろしく嫉妬深い男であると同時に凄まじい上昇志向を持つ男なのだ。まず同業者を次々と蹴落としてゆく、それも二枚舌を使った騙まし討ちから暴漢を装った暗殺までありとあらゆる汚い手を使う。さらにローマのお偉いさんに取り入って権力を手に入れようと、奴隷たちの性や命を家畜のように差し出す、にもかかわらず相手にしてくれないお偉いさんに激高し、拉致監禁した挙句に虐殺までしてしまうのだ。

そのバティアトゥスの妻、ルクレティアの毒婦ぶりはバティアトゥスに輪をかけて陰惨で、夫や奴隷を手玉に取り自らの飽くなき暗い欲望を満たそうとする。この夫婦の極悪非道な行動がドラマ『スパルタカス』のもうひとつの見所となる。しかもこの夫婦、心底ラブラブだというのが始末に悪い。さらにスパルタカスの仇的でもあるローマ軍副将グラベルの妻、イリティアは美しい容貌とは裏腹に信用ならない女狐であり、スパルタカスのみならずバティアトゥス夫妻でさえ窮地に追い込もうとするのだ。このドラマでは奴隷たち以外はまともな人間が殆ど出てこないぐらいだ。

■自由への渇望に彩られた極上のエンターティメント

このようにドラマ『スパルタカス』は過激な残虐描写やセックス描写、えげつない人間関係を描くことで大いに目を惹く物語であることは確かだ。しかしこの物語がこういったあざといセンセーショナリズムだけで成り立っている安易な見世物映画だと思われるのは大間違いだ。

このドラマの残虐さ、それはこの時代において、人の命など虫けら程度のものであった、ということだ。このドラマの淫猥さ、それはこの時代の人々が、我々の知るようなモラルの中で生きているわけでは決してない、ということだ。虫けらのような生、モラル無き社会、即ちこの『スパルタカス』で描かれるのは、我々の知る道理が全く通用しない、常闇の如き無情の世界だ、ということなのだ。その最低最悪の世界の中で、生き延びたいと願い愛したいと願うそのことが、闇の中で煌めく閃光のように、観る者に強烈な印象を与え、感情を大きく揺さぶるのだ。

おぞましい陰謀の張り巡らされた地獄のような闘技場で、奴隷戦士スパルタカスは、命を賭け、妻の奪還と、自由と、復讐を胸に誓い、血に塗れた戦いを繰り広げ続ける。殺戮とエロティシズムの徹底的な扇情の彼方に、何もかもを失った男の自由への渇望がマグマのように噴き上がる。その中で仲間の奴隷剣士たちとの反目、友情、結託、そしてその仲間たちの死、さらに彼らが織り成す様々な愛と別れのドラマもが描かれ、物語を盛り上げてゆく。その彼らの熱く暗く強烈な思いが、このドラマを一時たりとも目の離せない極上のエンターティメントとして完成させている。数々の「ヤヴァい」映像とストーリー、予想をことごとく裏切る展開が「TVでここまで出来るのか!?」と驚愕するほどの過激さとクオリティで観るものに迫ってくる。それをドラマという長丁場で描ききったこの物語は、ある意味映画すら越えた映像体験となっていることは間違いない。この『スパルタカス』の前ではリドリー・スコットの『グラディエーター』もキューブリック映画『スパルタカス』ももはや霞んで見えるほどなのだ。

■第三時奴隷戦争の物語

ドラマの元となっているのは紀元前73年に共和政ローマのイタリア半島で起きたスパルタカスの反乱、「第三時奴隷戦争」と名づけられた史実である。脚色はもちろんあるだろうが、史実にあるキャラクターと展開が盛り込まれている。スパルタカス率いる反乱軍は最終的に9万とも12万とも言われる軍勢に膨れ上がり、その最後の戦いにおいて6万のローマ軍兵士と激突したのだという。史実においてスパルタカスの軍は全滅したが、その戦いがまだ見ぬ『スパルタカスIII』でどのように再現されているのかが楽しみでしょうがない。

このドラマは『スパイダーマン』シリーズのサム・ライミが製作総指揮を務め、2010年に第1シーズン『スパルタカス(Spartacus: Blood & Sand)』、2011年に前日譚『スパルタカス序章 ゴッド・オブ・アリーナ(Spartacus: Gods Of The Arena)』、2012年に第2シーズン『スパルタカスII(Spartacus:Vengeance)』、2013年に第3シーズンであり最終章である『スパルタカスIII(Spartacus: War of the Damned)』が放送されている。そのうち日本では第2シーズンまでがDVD・Blu-rayでリリースされている。途中スパルタカス役であるアンディ・ホイットフィールドの急死により主役俳優の交代があったが、暴力と死と愛欲にまみれたドラマは少しの翳りも見せない。なおご覧になるときは放送公開順に「I」「序章」「II」とご覧になっていただきたい。「序章」は「I」の背景説明とネタバレが含まれ、さらに「II」の伏線となっているからだ。

○『スパルタカス(Spartacus: Blood & Sand)』予告編

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○『スパルタカス序章 ゴッド・オブ・アリーナ(Spartacus: Gods Of The Arena)』予告編

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○『スパルタカスII(Spartacus:Vengeance)』予告編

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○『スパルタカスIII(Spartacus: War of the Damned)』予告編

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20130718(Thu)

[]祝・花輪和一の新作作品集2冊同時刊行!! 祝・花輪和一の新作作品集2冊同時刊行!!を含むブックマーク 祝・花輪和一の新作作品集2冊同時刊行!!のブックマークコメント

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花輪和一の新作作品集がなんと2冊同時に発売され、ファンとしてはびっくりしたのと同時に2冊も新作が読めて嬉しい事この上ない。

花輪は日本の中世〜近代を舞台にした怪奇幻想譚を得意とするが、その作品のテーマは単に怪異のみを描くものではなく、その怪異を通して人の持つ"業"の深さを浮かび上がらせようとする。そこで描かれるのは人の残酷さ、人の運命の残酷さ、その救いようの無さだ。ただし花輪は同時に、その救済も描こうとする。しかしその救済は、子供のように無私であることだったり、現世利益を期待せず全ての願望も欲望も捨て去ることだったり、動物のようにただ生きている実感だけを信じる事だったり、非常に宗教的である分、おそろしくストイックでギリギリのものだったりする。即ち花輪世界における救済は、非常に難易度の高い救済なのだ。しかし難易度が高いからこそ、よじれまくった【因業】を断つ最終兵器と成り得るのだ。

■風童(かぜわらし)/ 花輪和一

日本の戦国時代を舞台にしたと思われる連作短編集。主人公は農家の使用人で祖母と暮らす幼い少女。いつもの花輪作品に登場する平べったい顔の不細工なあの少女だ。主人公少女は花輪世界の【純粋さ】の象徴として描かれるが、その彼女の目に映る村の人間たちの生活はどこまでも貧しくあたかも煉獄の如き過酷で救いようのない世界に生きている。幼さゆえに人の生の無慈悲さを困惑しながら受け止める少女だが、そんな彼女のもとに不思議な精霊が現れ、彼女を導く。この精霊が「風童(かぜわらし)」と呼ばれるものなのだろう。そして彼女に自然の不思議に触れさせ自然の美しさを目の当たりに見せる。実の所自然の不思議さも美しさも、人の不幸を消し去ることなど決してできはしない。しかしその不思議と美しさにふと心を奪われた時だけでも、人は無私になれる。ただそれだけのことであり、それ以上のものでもない、ただ、自分はこの自然の中で生き、そして死んでゆくだけの存在でしかない、そんなことが、作品を通してじわじわと伝わってくる。ただ生きているだけの自然が、不思議さと美しさに満ちているのなら、ただ生きているだけの人の生でさえ、不思議さと美しさに満ちているのではないか。そんなことをこの作品は語りかけてくるのだ。

■みずほ草子(1) / 花輪和一

みずほ草紙 1 (ビッグコミックススペシャル)

みずほ草紙 1 (ビッグコミックススペシャル)

日本の明治初期の農村を舞台にしたと思われる連作短編集。ここでもやはり花輪作品でお馴染みの不細工少女が主人公だが、「風童(かぜわらし)」と違い狂言回し的な存在である。彼女の村で暮らす人々は牛馬のように働き、そして誰もが貧しい。貧しく、食うや食わずで、何がしかの疾病に容易く罹り、いつか動物のように野垂れ死ぬ。そんな社会の中で憎しみや悲しみや恨みや高慢さがいつもどこかで渦を巻き、その【因業】はヘドロのようにドロドロと塊を無し、それがこの物語では【怪異】となって形を成す。そしてこの作品集の救いようのない話の多くは農村の不条理で暴力的な因襲によるものであり、その息が詰まるような閉塞感が悲劇を生み出す。特に姥捨てをテーマにした「山女」の残酷さと遣り切れなさは花輪作品の真骨頂だろう。しかしそんな因襲への「因果応報」とも呼ぶべき復讐をスカッと描いた作品、その因習からの逃走を描いた作品も見られ花輪作品の肯定的な部分もきちんと読む事が出来る。

20130717(Wed)

[]ヘヴィメタルでミュージカル!トロマの珍作映画『ヘヴィメタル・ミュージカル』 ヘヴィメタルでミュージカル!トロマの珍作映画『ヘヴィメタル・ミュージカル』を含むブックマーク ヘヴィメタルでミュージカル!トロマの珍作映画『ヘヴィメタル・ミュージカル』のブックマークコメント

ヘヴィメタル・ミュージカル (監督:トラヴィス・キャンベル 2011年アメリカ映画)

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「バイオレンス!ブラッド!ヘヴィメタル!」という掛け声も勇ましいトロマ映画『ヘヴィメタル・ミュージカル』であります。ヘヴィメタルでミュージカルって面白そうじゃないかとちょっと思ったわけであります。実際の所オレはヘヴィメタルは聴かないんですが、あのメタル的な世界って一周回ってカッコいいもんなんじゃないかと思うとるんですよ。なんかこうオシャレなもんとかセンスいいもんとかスマートなもんとかから遥かにかけ離れている世界ではありますが、逆にオシャレとかセンスとかスマートとかクソみてえなもんだよな!どいつもこいつも皮のかぶったチンコみてえな服着て喜んでんじゃねえよ!みんなまとめて浄化槽に行けや!なーんて思うことも多々ありまして、そういった心象にヘヴィメタルはがっちりフィットするものがあるのでございます。やっぱこう、メタルって、ズルムケな感じじゃん?

しかしこの映画、問題はトロマ作品であるということなんでございます。悪魔の毒々モンスターのトロマなんでございます。カルトとかZ級とか呼ばれる低予算まっしぐらのあのトロマなのでございます。トロマ映画を評するのは難しい。どんなに貶してもそれは褒め言葉に代わってしまうし、逆に褒め過ぎてもチープなもんならなんでもマンセーなスノッブ気取りと思われるからなのであります。

この『ヘヴィメタル・ミュージカル』も感心したくなるぐらい低予算なのが観ただけでもわかります。画質が汚くて観ていて頭が痛くなります。バストショットのアングルばっかりなので観ていて息苦しくなってきます。俳優がどれもマンマ素人なので観ていて不憫になってきます。お話がわけわかんなくて観ていてうんざりしてきます。全体的にビンボ臭くて観ていて悲しくなります。でもこいつら楽しんで撮ってんだろうなあ、打ち上げとかワイワイ盛り上がるんだろうなあ、くそう羨ましいなあ、なんていう仲間内な気楽さも感じます。要するに良くも悪くもトロマなんですね。

お話は、まああってないようなもんなんですが、説明すると、まず主人公が頭と顔に真っ黒な刺青しているミスター・ブリッグスというマッチョ男です。これをティム・ダックスさんという方が演じておられますが、これはこんな方です。

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いやあ怖いですねえ。狂犬のようですね。何やってる方なのかは存じ上げませんが、刺青もモノホンのようです。つるっぱけも含めてメタルでプロレスなズルムケ感がひしひしと伝わってくるナイスなキャラです。で、このダックスさん演じるブリッグス、この人も何やってる方なのかよくわかんないんですが、とりあえず美人警官に岡惚れし、彼女を拉致監禁強姦しちゃうんですよ。まあ怖い。美人警官は救助され、その時ブリッグスは頭に銃弾を受けますがなんと助かっちゃうんです。銃弾が頭の骨の所で止まっちゃってるんですね。さすがバカキャラなだけに頭が固いんですね。で、このバカのブリッグス、拉致監禁したくせして美人警官と自分の間には愛がある!とか訳の分かんないこと言って美人警官を探し回るんですね。そこでまたあちこちで殺戮の嵐が吹きすさぶという訳なんですね。いやしかしひでえ話だなあ。

で、ヘヴィメタル・ミュージカルというぐらいですから所々にメタルなミュージカル・シーンが入ります。これがメタルらしく地獄だ!呪いだ!血だ!とかなんとか言ってるわけです。メタルなブリッグスがメタルを歌い上げるシーンはメタルのことをよく分からないオレでもそこそこかっこよく観られるんです。しかしね、それ以外のキャラがメタルを歌い出すと、どうも堂に入ってないっていうか、歌も下手糞でね、観ていてあんまり面白くないばかりか、なんか笑っちゃうんですよ。物語とか映像とか以前に、音楽さえもうちょっとかっこよく撮ってくれたらよかったのになあ。その辺が惜しいっちゃあ惜しい。まあなにしろトロマなので難易度の高い映画であることも確かで、気軽な気持ちで手を出すと時間無駄にした気分になりますので要注意でもあります。

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20130716(Tue)

[]このクソみたいな世界に悪党どもの銃弾を〜『ウォンテッド』 マーク・ミラー、J・G・ジョーンズ このクソみたいな世界に悪党どもの銃弾を〜『ウォンテッド』 マーク・ミラー、J・G・ジョーンズを含むブックマーク このクソみたいな世界に悪党どもの銃弾を〜『ウォンテッド』 マーク・ミラー、J・G・ジョーンズのブックマークコメント

ウォンテッド (ShoPro Books)

『ウォンテッド』といえば映画好きな方なら2008年に公開されたアンジェリーナ・ジョリー主演のアクション映画を思い出す方もおられるだろう。派手で荒唐無稽なアクションの飛び出すこの映画は、大味な部分もあったにせよ、アンジェリーナ・ジョリーの魅力も含め個人的にはとても楽しめた映画だった。

そして今回紹介する『ウォンテッド』は『キック・アス』原作でも知られるマーク・ミラーによる原作コミックとなる。しかしコミック版『ウォンテッド』は映画版とその骨子さえ同じにしつつも、世界観と展開が大いに違う。それは映画版の展開に疑問があった方、あの映画が気に入らなかった方ですら驚く様な違いであり、映画版とは趣を異にする興奮が待っているのだ。

主人公はうだつの上がらない毎日を送る青年ウェスリー・ギブソン。クソみたいな恋人と、クソみたいな仕事と、クソみたいなインターネットポルノ鑑賞だけが彼の日常。そんな彼がいつものサンドイッチ屋を訪れた時、謎の女が現れ店の客や店員を銃で皆殺しにしてからこう告げる、私はあなたが自分のクソつまらない人生とはもうおさらばなんだって伝えに来た、と。

彼女の名前はフォックス、そしてフォックスがウェスリーを連れて行ったアジトは、世界を牛耳るヴィランたちの秘密結社だった。そう、この世界にはかつてスーパーヒーローというものが存在していた。しかし、彼らはヴィランたちの一斉蜂起により、根絶やしにされていたのだ。かくしてヴィランたちは大陸ごとに世界を割拠し、思う存分悪事を働いていた。そして死んだウェスリーの父も実はキラーと呼ばれた凄腕のスーパーヴィランであり、フォックスはその跡を継がせるためにウェスリーをここに連れてきたのだ。

過酷な訓練を経たウェスリーは文字通り筋金入りの冷酷な殺し屋と化し、かつて彼の人生で彼をコケにしたことのある全てのクソどもを鼻で笑いながら皆殺しにし、かくしてウェスリーの新しい人生が始まったのだ。

物語はこの後ヴィランたちの仲間割れによる仁義なき戦いへとなだれ込んでゆくのだが、それにしてもこのコミック版『ウォンテッド』に横溢するのは、徹底的なアンモラルであり、シニカルな英雄否定であり、そして高らかに歌い上げられるピカレスクの凱歌なのだ。クソみたいな日常を飛び出し新たな自己を得て胸躍るヒロイックな活躍を演じてゆく、という物語は多々あれど、この『ウォンテッド』はクソみたいな日常から飛び出し飛び切りのクソ野郎になって、この世界全てをとっておきのクソ溜めの底に叩き落し、そのクソ溜めの蓋の上で札束と美女を両手に抱えて高笑い、いやあ今日もご苦労さんメデタシメデタシ、というとんでもない物語なのである。

映画版『ウォンテッド』で主人公たちは超自然的な"お告げ"により世界を股に掛けた殺しを演じる超人的な殺し屋集団、という設定だったが、その殺しには世界を平和に保つとかなんとかいうもっともらしいお題目があった。ただ、そんなに超人的なパワーを持った連中がこんなにいるのに実際世界なんかたいしたよくなってないよねえ、こいつら何やってんの?という疑問もあった。

しかし原作『ウォンテッド』は違う。世界はもともとクソ溜めで、これからもずっとクソ溜めだ。殺しは私利私欲の為に行われ、そしてバカとクソは殺される運命だ。そんな食物連鎖の頂点にいる主人公は世界の全てを手に入れた勝利者であり、この物語をマヌケ面して読んでいるお前はただ搾取されるだけの負け犬に過ぎない

この世界に(もう)ヒーローなんかいない。いるのはお前のケツをファックしている悪党だけだ。コミック『ウォンテッド』は、耳障りな哄笑を響かせながら幾多のヒーローストーリーを逆転させ、ヒーローそれ自体に鉄槌を打ち込んだ物語だったのだ。

ウォンテッド 【Blu-ray ベスト・ライブラリー100】

ウォンテッド 【Blu-ray ベスト・ライブラリー100】

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20130712(Fri)

[]悲しくて醜くて受け入れがたいもの 〜アメリカ・オルタナティブ・コミックの傑作 『ブラックホール』 悲しくて醜くて受け入れがたいもの 〜アメリカ・オルタナティブ・コミックの傑作 『ブラックホール』 を含むブックマーク 悲しくて醜くて受け入れがたいもの 〜アメリカ・オルタナティブ・コミックの傑作 『ブラックホール』 のブックマークコメント

■ブラックホール チャールズ・バーンズ著

ブラック・ホール (ShoPro Books)

1970年代、アメリカ、シアトル郊外の小さな町。ここで、10代の若者だけが感染する伝染病が発生する。感染原因は性的接触。感染した者は肉体におぞましい病変が生じる。病変の出現の仕方は一定しない。顔に痘痕の出来る者、顔が醜く変形する者、老人のような容姿になってしまう者、体中の皮が剥がれる者、尻尾の生えだした者、そして、喉に小さな口が現れる者。人に明かせぬ怪物のような病変を持った若者たちは、これまで属していた社会から逃げ出し、町外れの森の奥に小さなコミュニティを形作る。しかしそのコミニュティにも次第に軋みが生じ始めていた…。

アメリカ・オルタナティブ・コミック界の帝王と呼ばれるチャールズ・バーンズのコミック『ブラックホール』は、醜い肉体を持ってしまった若者たちを中心に描かれるホラータッチの青春群像劇である。白と黒のコントラストが激しいグラフィックはいつもそこが漆黒の闇の中のように感じさせる。舞台である70年代の風俗描写や若者たちのファッションはその時代のアメリカの混乱を思い出させずにはいられない。日常的なことのように描かれるドラッグ摂取描写は若者たちの行き場の無い鬱屈を感じさせ、それと呼応して悪夢的な怪物と汚物と瓦礫と化した終末のイメージが執拗にページを覆い尽くす。

なんとかここから抜け出さなければ。

今抜け出さなければ永遠にここをさまようことになる


(p173)

未知の伝染病、肉体の怪物化、繰り返し繰り返し描かれる悪夢。しかし一見ホラー・ストーリーのように描かれるこの物語は、実は恐怖や怪奇をテーマとした物語では決してない。肉体の変化による不安、それによる孤独と疎外感。醜い姿と化した自分への嫌悪。馴染むことの出来ない社会からのドロップアウト。孤独な者たちが集まって形作るささやかでいびつなコミュニティ。それと同時に描かれる、ぎこちのない、不器用な恋愛。孤独ゆえの愛への逃亡。その愛の不確かさ、不器用だからこその愛の喪失とその悲しみ。そんな、青春期の若者たちが一度は通る、「悲しくて醜くて受け入れがたい」暗い道を、卓越した描写力で描き切ったのがこのコミックなのだ。

こんなバカじゃなきゃ…そうだ、生まれた日からおまえはずっとバカだったよ

こうしなきゃいけない。これしかないんだ

バカだな やるんだ


やれ


(p303)

彼らは皆性的接触によって体のどこかに醜い 「烙印」を受ける事になる。その醜さとは即ち「大人になること」であり同時に「子供であり続けることの終焉」を意味するのだろう。決して消えることのないその醜い烙印に、ある者は絶望し、あるものはそれを受け入れなんとか生きて行こうとする。その烙印はそれ自体がイニシエーションであり、生涯背負わねばならぬ「業」なのだ。それは痛みに満ち、苦悩に溢れている。その痛みと苦悩がいつか消えるのだろうという保証はどこにもない。そして一度足を踏み入れてしまったこの暗い道に、出口があるとはどうしても思えないのだ。希望なんかない。しかしだからこそ、血塗れになりながらでも希望を見つけなければならない。

キース、怖いの

何かステキなことを話して。

何もかもうまくいくって言って


(p333)

チャールズ・バーンズの『ブラックホール』は、こうした青春期の暗黒が無慈悲なほどに徹底的に描かれてゆく。この物語はそれ自体が血を流し、毒の吐息を吐き、苦痛の悲鳴をあげてさえいるように思えて仕方なかった。おぞましく、暗く、孤独で、惨めな青春の墓標。自らの青春期に、なにがしかの躓きを覚えたことのあるものならば、この物語の終焉に待つものに、静かな衝撃と深い共感を受けることは間違いないはずだ。個人的には2013年上半期に刊行された海外コミックの中でも最大の問題作であり最高の傑作であると確信した。興味の湧いた方は是非手にとって読んでいただきたい。その素晴らしさは保障する。

○『ブラック・ホール』PV

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20130711(Thu)

[]鋼鉄と蒸気の幻想譚〜『ラ・ドゥース』 フランソワ・スクイテン 鋼鉄と蒸気の幻想譚〜『ラ・ドゥース』 フランソワ・スクイテンを含むブックマーク 鋼鉄と蒸気の幻想譚〜『ラ・ドゥース』 フランソワ・スクイテンのブックマークコメント

ラ・ドゥース (ShoPro Books)

蒸気機関車12.004号。コバルト・グリーンの塗装にオレンジ色のライン。砲弾の如き流線型のその車体は重々しくもまた優美であり、SF映画にでも登場しそうな未来的な美しさに満ち溢れている。バンドデシネ『ラ・ドゥース』(機関車の車種「12号」を意味する)は実在したベルギーの蒸気機関車であり、「未来的な蒸気機関車」というアンビバレントな存在であるこの12.004号を中心に物語られる鋼鉄と蒸気の幻想譚だ。

作者は日本でも絶賛で迎え入れられた『闇の国々』のアーチスト、フランソワ・スクイテン。『闇の国々』ではブノワ・ペーターズの原作付きであったが、この『ラ・ドゥース』は作画ともスクイテンのオリジナルであり、『闇の国々』の不条理さは若干押さえられている代わり、夢幻めいたファンタジーが展開している。しかしそのファンタジーは、妖精や魔法が登場するようなものでは決して無く、科学と都市の発展がこの世界とはどこかで別の方向へ枝分かれしたパラレルワールドを舞台にした物語なのだ。

主人公は老年に差し掛かった機関士レオン・ファン・ベル。蒸気機関車12.004号を長年走らせてきた彼だったが、新型ロープウェイの発達により蒸気機関車路線はのきなみ廃線となり、12.004号も彼と共にお払い箱となってしまった。しかしレオンは愛する12.004号を忘れる事が出来ず、謎の聾唖の少女エリアと共に「機関車の墓場」を目指すのだ。旅の途中で出会う奇妙な都市群と彼を襲う幻覚。果たしてレオンは12.004号を探し出す事が出来るのか…という物語。

いうなれば一人の老人の幻想に彩られた物語だということもできる『ラ・ドゥース』だが、女性的な優美さを持つ12.004号を追い求めるその様は、あたかもファム・ファタールとも呼ぶべき女を追い続ける恋に狂った男のようにすら見える。そして彼と共に旅する謎に満ちた少女エリアは、レオンのアニマがこの世に受肉した存在であり、レオンが12.004号へ密かに感じていたエロスを、人間の女性の形で具現化したものなのだろう。だからこそこの物語のラストは、性的合一感とその歓喜を暗示しているのだ。

『闇の国々』では息詰まるような不条理世界を描写していたフランソワ・スクイテンだったが、この『ラ・ドゥース』ではもっと伸び伸びと個人的な幻想を謳っているように感じた。

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20130710(Wed)

[]神様出てきてコンニチワ。〜『神様降臨』 マルク=アントワーヌ・マチュー 神様出てきてコンニチワ。〜『神様降臨』 マルク=アントワーヌ・マチューを含むブックマーク 神様出てきてコンニチワ。〜『神様降臨』 マルク=アントワーヌ・マチューのブックマークコメント

神様降臨

ある日突然「私は神なんです」と名乗る男が現れて、最初は「ああ、アホの人なんだ…」と思われてたのも束の間、あれこれ検証を重ねた結果、ホンマモンの神様と分かって世界中が大騒ぎ、というバンドデシネであります。

最初は「神様スゲエ!」と喜んでいた世界の皆様ではありますが、次第に「神様が怠慢こくから世の中がこんなに乱れてるんだ!責任とれ責任!」と被害者意識に凝り固まり、なんと遂には「最後の審判」ならぬ「神様の裁判」が開かれることになってしまうんです。前代未聞の大裁判には前代未聞の数の裁判官と前代未聞の数の弁護人が付き、「神の道義的責任」について喧々囂々やり合います。

そしてそれは「神に責任はあるか?」から「そもそも神とはなにか?」「人は神を裁けるのか?」へと議論は広がってゆき、収まるところを知りません。その間にもこの神様騒動にあやかって神様劇だの神様本だの神様アートだの神様テーマパークで儲けようと奔走する人たちまで現れる始末。そしてそこに導入された「神にも等しい知性」を持つ量子コンピューターは事態を治める事が出来るのか?…というお話。

作者のマルク=アントワーヌ・マチューは『レヴォリュ美術館の地下』『3秒』が既に日本でも発売されているバンドデシネ作家。そういえばこの間、ロン・カリー・ジュニアの『神は死んだ』という小説を読んだばかりなのですが、あの辺の一神教の宗教を持つ人たちは神様が一人だけだから大変なのねえ、とちょっと思ってしまいました。

日本なんかやおろずの神なもんですから、あっちこっちに神様がいて、一個や二個神様が現れたからってそんな大騒ぎにゃならないと思うんですが、あちらの国だと唯一絶対神だから、周りから集まる期待やら願望が極大まで膨らむんでしょう。それと同時に、失望もまた極大まで至ってしまうのでしょう。たった一人の神様だと、あれやこれや、言ってしまえば宇宙の全てにおいて責任を負っちゃっているもんですから、そりゃもう大変です。神様はつらいよ!

神という存在、という形而上的な問題を描いた物語というよりも、偉大なる神の、その掌の中から一歩も出られない人々の狂騒する様を描いた物語ということができるんじゃないですかね。お話的にはテーマがちょっと客観的過ぎて(別に神様が現れたからって関係無いしなあ)、まあ普通にサラッと読むぐらいの興味しか抱けないお話だったのが残念。こんなのだったら星新一あたりが同じようなテーマでもっと面白いお話を書いていそうな気がするし。

3秒

3秒

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20130709(Tue)

[]最近聴いたエレクトロニック・ミュージック / Octo Octa、Kode9、Fake Blood、Tricky、Dalhous、KMFH、Dj Sprinkles、DJ 3000、Kenya Special 最近聴いたエレクトロニック・ミュージック / Octo Octa、Kode9、Fake Blood、Tricky、Dalhous、KMFH、Dj Sprinkles、DJ 3000、Kenya Specialを含むブックマーク 最近聴いたエレクトロニック・ミュージック / Octo Octa、Kode9、Fake Blood、Tricky、Dalhous、KMFH、Dj Sprinkles、DJ 3000、Kenya Specialのブックマークコメント

■Between Two Selves / Octo Octa

Between Two Selves

Between Two Selves

アーリー90'sハウスを現代的に蘇らせる100%SILKレーベルのトラックメイカーOcto Octaのサウンドは、ディスコティークな香りのするレーベルの中でも実にドリーミーかつメランコリックなダンス・チューンを展開する。 《試聴》

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■Rinse:22 / Kode9

Rinse 22 : Kode9

Rinse 22 : Kode9

Hyper Dub主宰のダブステキングKODE 9によるDJMIX、UKベース・シーンの今をハイスピードで繋ぐ全37曲。ダブステそんなに聴かないけどこれはなかなかイイ。 《試聴》

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■Fabriclive 69 / Fake Blood

Fabriclive 69: Fake Blood

Fabriclive 69: Fake Blood

Fabricliveの69番目はフィジェット・ハウス・シーンを盛り上げたMACHINES DON'T CAREの中の人の一人、Fake Blood。 《試聴》

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■False Idols / Tricky

FALSE IDOLS

FALSE IDOLS

Massive Attackと共にブリストル・トリップ・ホップを牽引したTrickyのニューアルバム。相変わらずどんよりだが結構POPになっている。実はTrickyってそんなに好きじゃなかったのだが、このアルバムは毒気が抜けていいね。 《試聴》

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■An Ambassador for Laing / Dalhous

An Ambassador For Laing

An Ambassador For Laing

クラブ・ミュージック界の真っ黒黒助暗黒レーベルBLACKEST EVER BLACKからリリースされたエジンバラのユニットDALHOUSのファースト・アルバム。メランコリックなインダストリアル・ドローン。 《試聴》

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■The Boat Party / KMFH (Kyle Hall)

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OMAR Sに見出されたデトロイトハウス・ニュージェネレーションKyle Hallのデビューアルバム。シンプルで粒子の粗い剥き出しのドラムマシーン音を鳴り響かせながら、その音には極上のエレクトリック・ソウルが宿っている。このDJは要注目。 《試聴》

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■Queerifications & Ruins -collected Remixes By Dj Sprinkles

Queerifications & Ruins

Queerifications & Ruins

現在神奈川県在住というディープハウス・プロデューサー、Dj SprinklesのRemix集2枚組。美しいメロディが中心となったこの人のディープハウスは外れが無くていい。 《試聴》

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■Salis / DJ 3000

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デトロイトテクノ・ニュージェネレーションDJ 3000の2年ぶりのアルバム。東欧風のメロディが混在する独特なエレクトロニカ

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■Kenya Special / Various Artists

Kenya Special

Kenya Special

これはエレクトロニカじゃないんですが、ちょっと気に入って買ってしまったアフリカ音楽集。アフリカ音楽複刻の老舗と呼ばれるUKサウンドウェイからのリリースで、これはケニアのアフロファンクやベンガビートを集めたもの。開放感が溢れていて和みます。 《試聴》

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20130708(Mon)

[]New Orderのライブアルバム「Live At Bestival 2012」が熱い!凄い! New Orderのライブアルバム「Live At Bestival 2012」が熱い!凄い!を含むブックマーク New Orderのライブアルバム「Live At Bestival 2012」が熱い!凄い!のブックマークコメント

Live at Bestival 2012 [帯解説 / 国内盤] (BRC385)

ニュー・オーダーのライブ・アルバムが発売された。これがもう、ジョイ・ディビジョンからのファンにとっては歓喜感涙の出来で、というのもニュー・オーダーのヒット曲のみならずジョイ・ディビジョン時代の名曲も3曲プレイされているからだ。

このライブは2012年9月8日に行われたUKの大型フェス【BESTIVAL 2012】で5万人の聴衆の前でプレイした様子を収めたもの(ちなみにこのフェスにはジョン・フォックスゲイリー・ニューマンらかつてのニューウェーブ・エレクトリック世代も出演していたという!嗚呼!)。ニュー・オーダーのメンツはバーナード・サムナー、スティーブ・モリス、ジリアン・ギルバートのオリジナルメンバーにバッド・ルーテナントのトム・チャップマンが参加。残念ながらピーター・フックの名前はない。収録曲は全13曲、内容はプレイリストを見てもらうとして、この中でジョイ・ディビジョン時代のカヴァー「Isolation」「Transmission」「Love Will Tear Us Apart」が演奏されている。

オープニングはダークな雰囲気のインスト「Elegia」が重々しく流れるが、その暗さが2曲目、「Regret」で一気に雰囲気を変わる。「君の名前も住所も忘れてしまった」と歌われるこの曲は、切なさと諦観がない交ぜになったままきらめくように明るく疾走する曲で、個人的にはニュー・オーダーで最も愛する曲であり、もうこの2曲目でオレは滂沱の涙。

そして3曲目にいきなりジョイ・ディビジョン・カヴァー「Isolation」!ジョイ・ディビジョン2作目にしてイアン・カーティスの死によりラストアルバムとなった「Closer」に収録されていたダークなこの曲が、新たなアレンジにより力強くダンサンブルな曲に生まれ変わっている!このアレンジ変更を聴くだけでもこのアルバムは必聴だろう。

そして高らかなストリングス音で始まる「Krafty」、シリアスなギターが唸る「Here to Stay」、美しいダンサンブル曲「Bizarre Love Triangle」、アグレッシブな「586」、デジタルビートの煌めく「The Perfect Kiss」、メランコリックでありながらハードな「True Faith」と、ニュー・オーダーの輝くべき名曲が続けざまに演じられて、いやおうなしに盛り上がってゆく。どの曲もライブならではのアレンジが施され別バージョンを聴かされているかのようだ。そして演奏はどれもパーフェクト、バーナードの歌声が相変わらず不安定なのは既に"仕様"だということもできる。

アルバムのクライマックスは10曲目、ニュー・オーダーの代名詞とも呼ぶべき名曲「Blue Monday」。今更書くまでもないことだがバンドメンバーであり友でもあったジョイ・ディビジョンのヴォーカル、イアン・カーティスの突然の死の衝撃を歌ったこの曲は、リリースから30年も経った今でも昏く甘い危険な死の匂いに満ち、「僕は今、どう感じたらいいんだろう?」と繰り返される歌詞と悲しく美しいメロディは感情が麻痺したような機械的なデジタルビートにぶった切りにされながら虚無の穴の中に吸い込まれてゆく。この曲では観客が一体になって大合唱した。

ダークサイドの極北だった「Blue Monday」の闇を払拭するかのように次に引き継がれる曲は歓喜と恍惚に満ちたノンストップ・ダンスナンバー「Temptation」。ジョイ・ディビジョン解散後、新生ニュー・オーダーとして生まれ変わった時にバンドの方向性を確立した確固たる意志に満ちた曲でもある。それはデジタルビートの導入によりジョイ・ディビジョンの闇から限りなく逃走し続けよう、と決意したメンバーたちの意志の表れなのだと思う。

そしてその後、ジョイ・ディビジョン時代の最も疾走感あふれるロックナンバー「Transmission」が流れ出す。陰鬱さと強迫観念が壊れた自動機械のように天の高みを目指すかのような、虚無と狂気が紙一重となった名曲で、個人的にはジョイ・ディビジョンで最も愛する曲だ。今でも一月に一回ぐらいは最大ボリュームで聴きたくなるし、大声で歌いたくなる、そんな曲なんだ。

ラストを飾るのはジョイ・ディビジョンの最も有名なナンバーであろう「Love Will Tear Us Apart」!「愛はまたも僕らを引く裂くのだろう」と逆説的な歌詞の歌われるこの曲は、自殺したイアン・カーティスの苦悩がダイヤモンドのように結晶化したナンバーであり、悲哀と絶望について歌われながらも、そのメロディはどこまでも美しく、そのリズムは性急かつ強固であり、あたかもそれは絶望そのものを肯定したかのような確信に満ちている。そして絶望について歌われたこの曲を会場一体となって大合唱しているその様は、レディオヘッドの負け犬についての曲「クリープ」を観客が大合唱する様と似てどこか倒錯的にすら感じさせるが、その強力な絶望こそが、逆に聴く者の心を浄化させる働きを持つのだろう。

ニュー・オーダーのライブというのは、正直に言ってその演奏力の拙さからこれまでもあまり積極的に接していなかったし、このアルバムも実はそれほど期待してはいなかったのだが、この「Live At Bestival 2012」ではいい意味で裏切られたどころか、自分のニュー・オーダー愛を再び確信させる非常に素晴らしいアルバムとして完成していた。ファンなら絶対、そしてロックファンの方にも是非聴いてもらいたいアルバムだ。

Tracklisting

01. Elegia

02. Regret

03. Isolation (Joy Division cover)

04. Krafty

05. Here to Stay

06. Bizarre Love Triangle

07. 586

08. The Perfect Kiss

09. True Faith

10. Blue Monday

11. Temptation

12. Transmission (Joy Division cover)

13. Love Will Tear Us Apart (Joy Division cover)

〇全曲試聴:http://www.iloud.jp/hotnews/new_orderlive_at_bestival_2012.php

New Order / Blue Monday / Bestival 2012

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New Order / Love Will Tear Us Apart / Bestival 2012

(※クライマックスにステージスクリーンに映し出されるイアン・カーティスの雄姿、そして「FOREVER JOY DIVISION」の文字。かつて危険なぐらい心酔していたオレはもう、涙涙の涙のバーゲンセール状態)

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20130706(Sat)

[]『クリーチャーズ 異次元からの侵略者』が面白かったのでドン・コスカレリ作品のレビューを再録してみた 『クリーチャーズ 異次元からの侵略者』が面白かったのでドン・コスカレリ作品のレビューを再録してみたを含むブックマーク 『クリーチャーズ 異次元からの侵略者』が面白かったのでドン・コスカレリ作品のレビューを再録してみたのブックマークコメント

昨日書いた『クリーチャーズ 異次元からの侵略者』がとても面白かったので、以前オレの日記で書いたドン・コスカレリ作品のレビューを再録してみました。今読むと「その論理の展開はどうよ?」という文章もありますが、とりあえずそのままで載せておきます。ドン・コスカレリ・ファンの方、お暇な方はドウゾ。

[MOVIE]【2007年1月3日分再録】プレスリーvsミイラ男 (監督:ドン・コスカレリ 2002年 アメリカ映画)

プレスリーVSミイラ男 [DVD]

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多分日本でも世界でも誰も言わないと思うからオレが書くが、この映画はホラーでもコメディでもバカ映画でもなく、実に文学的なテーマを描いている映画なんだと思う。キワモノの臭いこそプンプンすれど、物語の主題は実に人間的なものだと思うからだ。そして現代文学というのは、この映画のように奇矯で周辺的なシチュエーションをあえて選びながら人間的なるものを描こうとする流れがあったのではないか。表層で描かれるのは生きているかもしれないプレスリーやミイラ男かもしれない。しかしこの映画が本当に描いているのは人が老いる事、老いてなお人生の理由を考えるということだ。それは人として生きるなら誰もが直面する問題であり、そしてドラマではないだろうか。

この映画に登場する自称プレスリーの老人が本当にプレスリーかどうかは問題ではない。同じように自称JFKの老人が出てくるが、彼が黒人であることからもわかるように、有り得ないことであっても物語には少しも支障は無い。この老人がプレスリーであること、それは、かつて彼が青春を謳歌し自分の人生というものを持っていたこと、そして輝くような生のきらめきを体験していたことを表徴するための方便だと思っていい。

つまり”プレスリー”というのは輝ける生の記号であり代名詞であり、そしてその生のきらめきが、年老い体を病み、老人ホームで死を待つだけの身となったその時、いったい何がしかの意味があったのだろうか、と問いかけることがこの映画のテーマなのだと思う。映画の中で老人は思う、「所詮人生というのはメシとクソとセックスなのだろうか」と。例えそれがスーパースターであろうとどこにでもいる詰まらない男であろうと、生の根源というものがそこにしかないのだと気付いた時、感じる虚しさは一緒なのではないか。そしてどのような生を受けたものであろうとやはり共通して思うのではないのだろうか、人生とはなんだったのだろう、と。

そしてこの老人ホームに突如として現われ老人達から魂を奪ってゆく”ミイラ男”というのは当然のことながら”死”の象徴ということになる。現実かどうかは別として、プレスリー老人もJFK老人も年老いる事によりかつての栄光は費え去ってしまった。今は誰からも省みられず老人ホームに打ち捨てられ忘れ去られるしかない老人達は、ただ”死を待つ”だけの存在でしかなかった。しかし。彼らは、その”死”の顕された姿と対面した時、これと戦う事を決意するのだ。勿論死から逃れられる術など一つもないのだけれど、それでも彼らは戦おうとする。何故なら、それが、人間的な行為であり、ただ死ぬためにのみ生きていたわけではないという己の存在への誇りを彼らが思い出したからだ。

エンターティンメントとして見れば貧相だったり中ダレする部分もあり、誰もが楽しめるとは言い難いけれど、映画の持つテーマは決して陳腐ではない。歩行器を使わなければ歩けなくなったプレスリーがかつての派手な衣装に身を包みミイラ男との最後に戦いに馳せ参じる姿は滑稽ではあるけれどもどこか切ない。そしてそれが老いるということなんだと思う。しかしどのように滑稽であろうと我々は生きようとしなければならない。その悪あがきの中に我々はドラマを見、人間の姿を見るのだ。だからこそ、このプレスリーの姿は、切ないのである。

■プレスリーvsミイラ男(原題:Bubba Ho-tep)トレイラー

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[MOVIE]【2008年5月9日分再録】生と死のドン・コスカレリ〜『ファンタズム』と『プレスリーVSミイラ男』〜

プレスリーVSミイラ男 [DVD]

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ドン・コスカレリの『ファンタズム』と『プレスリーVSミイラ男』のDVDを続けて観たんですよ。

■映画『ファンタズム』

『ファンタズム』は1979年製作の映画で、少年が葬儀屋のオヤジや、空飛ぶ殺人球や、スター・ウォーズに出てくるジャワズみたいな謎の小人に追い掛け回され、終いには異次元世界まで垣間見てしまう、という映画なんですが、ホラーというよりもどこか悪夢っぽいダーク・ファンタジー的な作品に仕上がっております。殺人銀球や死体の詰められた樽や、異次元世界への扉などのヴィジュアルが、どことなくサイバーな雰囲気で、よくあるようなホラー映画とは違ったテイストを醸し出しているんですな。異次元世界などはどこか遠い惑星の地のようにさえ見えました。

主人公が少年で、葬儀屋が怖い!怪しい!という所から物語が始まるわけですから、これは子供が持つ《死への恐怖》をイメージ化した映画だといってもいいでしょう。ただ面白いのは、この映画で描かれる”死後の世界”が、欧米では当たり前なキリスト教的な死生観と奇妙に断絶している所なんですな。死んだら小さな小人にされて、見知らぬ惑星で奴隷として使われる、なんて、キリスト教信者にとっては、日本人が考えるよりも不気味だし、訳が分からないものなんではないですか。

■ホラー映画とキリスト教

例えば同じホラーでも、『ゾンビ』という映画では、”死者の蘇り”というキリスト教的なモチーフを裏返しにして、それを”この世の地獄”にしてしまったという部分で、逆にキリスト教的な映画であるんですよ。その他のホラー映画でも、魂や霊の存在、埋葬や墓地などの扱いにやはり宗教観が見え隠れしますよね。スラッシャーホラーという、単にぶっ殺しているだけの映画にも、”神との契約”という概念が存在してるんです。キリスト教的に言うならば人は神と契約しますが、それはつまり神を介さずして人は人と契約しないということなんですよ。海外の法廷ドラマで証人が証言前に聖書に誓うのはこれだし、欧米が契約社会だと言われるのはそこに彼らの宗教観があるからなんです。これが欧米における個人主義の源流となるものなんだと思います。

そして、スラッシャー・ホラーにおけるジェイソンなりレザーフェイスは、なんだか分からない超越的な神/破壊者と契約したその代弁者、あるいは顕現として振舞う、というわけです。超越的なものと結びついている自己は、それ以外を排除しても毛ほども痒くないんです。だからあれほど無慈悲なんですね。即ちスラッシャー・ホラーの無慈悲さは個人主義社会のなれの果て、と言うことも出来るんです。ところがこの『ファンタズム』では死んだらSFになっちゃうんです。変なんですよ発想が。逆に言えばそこが受けた理由なんでしょう。

そして少年やその家族はその《死そのもの》と戦うのですが、当然《死》に勝てるものなどいないんです。だから物語はクライマックスで葬儀屋を負かせたように見えて、でもラストで少年は暗い穴ぐらへと引きずり込まれてしまうんです。そして勝てないからこそ延々戦っちゃうということが、その後も何作も続編が作られる理由の一つであるのでしょう。

■映画『プレスリーVSミイラ男』

さて『プレスリーVSミイラ男』は同じコスカレリ監督の2002年の作品です。自分がプレスリーだと思い込んでいる主人公と、ケネディ大統領だと思い込んでいる黒人が、老人ホームでエジプトミイラと戦う、という荒唐無稽な物語です。しかしこれは実は”老いる”ということの無情さと悲哀を巧みに描いた名作なんです。オレの日記のここらへんで大絶賛の記事が書かれているのであなたは読むがいいんです。

ここでも描かれるのは《死そのもの》との戦いです。エジプトミイラは他でもない《死そのもの》を体現しているものなんです。そしてこのエジプトミイラは人の魂を食べて、それをウンコとして排泄してしまうんです!ここでもキリスト教的な死生観を逸脱しているのがお分かりでしょうか。なにしろ相手はエジプトですからねえ。魂がウンコになる。こんな怖いことは欧米人には無いでしょう。

さて、《死そのもの》との戦いには、この映画でもやはり勝てはしないんです。エジプトミイラを退散させたプレスリーとJFKですが、最後はやっぱり死んでしまうんです。エジプトミイラに魂は食べられなかったとはいえ、それにより彼らの魂がキリスト教的な意味で守られたとはいえ、やはり《死そのもの》に打ち勝つ方法なんて何処にも無いんです。ではこの映画は『ファンタズム』と同じペシミスティックな映画なのでしょうか。

■《生》と《死》

プレスリー(と思い込んでいる男)とJFK(と思い込んでいる男)は、エジプトミイラ=《死》との最後の戦いに赴く時に、プレスリーは彼がかつてステージで活躍していた時代のキンキラキンの衣装を、そしてJFKは大統領らしいカチッとしたスーツに身を包んで出かけます。エジプトミイラと戦うキンキラキンのエルビスとスーツ姿のJFK。画面だけ観るならこれはどこもまでも滑稽なシーンです。しかしこういう見方もできます。彼らは、《死》に相対する時に、彼らが(それが妄想であろうとなかろうと)その人生で最も誇り高かった時代のコスチュームで臨んだのです。つまりそれは《生》の《尊厳》ということです。

《死》には決して勝てはしない。しかし、人であるならば、それに《尊厳》でもって臨みたい。『ファンタズム』が闇雲に《死》は怖い、《死》はイヤだ、と言っていたのはそれが少年が主人公だったからです。翻って『プレスリーVSミイラ男』の主人公達は老人です。《死》は必ずやってくることを彼らは知っている。そしてそのとき、《尊厳》でもって《死》と対峙したい。勝ち負けではなく、その《尊厳》こそが、《生》というものの証なのだ。映画『プレスリーVSミイラ男』は、《死》の恐怖を描く『ファンタズム』から一歩踏み出し、《生》の《尊厳》のあり方を描いた映画だったのだと思います。

[MOVIE]【2006年11月9日分再録】《マスターズ・オブ・ホラー!》ラリー・コーエン、ドン・コスカレリ篇

マスターズ・オブ・ホラー DVD-BOX Vol.1

マスターズ・オブ・ホラー DVD-BOX Vol.1

『マスターズ・オブ・ホラー』、世界のホラー映画の巨匠13人を集め、それぞれの個性で独自のホラー映画を撮らせたアメリカのテレビ・オムニバス・シリーズです。

3回目です。みんな付いて来てくれているだろうか…。

■ムーンフェイス 監督:ドン・コスカレリ (ファンタズムシリーズ)

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おおおっといきなりこれは傑作です。やはり”アメリカど田舎スラッシャーホラー”ではあるのですが、決定的に違うのは命を付け狙われるヒロインがかつてサバイバル訓練を受けていて、格闘やトラップ作成に秀でているというところですね。かといって無敵というわけではなく、殺人者と力が拮抗しているところに面白さがある。そういった殺人者との力比べ知恵比べが従来のスラッシャームービーと質を異にしている。さらに監督ドン・コスカレリの映像への拘りが実に素晴らしい。出し惜しみのない大判振る舞いのスプラッタ描写は痛快だし、サバイバル訓練を受けていた回想シーンと現実とのメリハリも生きている。何といっても所々に覗く独特の幻想的な描写がいい。月明かりがしゃれこうべの頭部から眼窩を透かして光線を投げかけているビジュアルなど、センスあるなあ、と思った。ドン・コスカレリがかつて監督したホラー映画『ファンタズム』もやはりファンタジックな味わいのあるホラーだったよね。さらに思いもよらない驚愕のラストシーンが実に秀逸!そうか、伏線は張ってあったのか!?展開もスピーディーでこのまま90分の映画にしても持つかなあ、と思ったが、監督は原作からあくまで40分前後の作品として想定して温めていた作品だったらしい。こういうプロフェッショナルな潔さもいい。なんだよ、ドン・コスカレリ、最近なんか新作撮ってないの!?と思ったら『プレスリーVSミイラ男』の日本公開が控えており、もうこの徹底的にナメ切ったタイトルから傑作の匂いがプンプンしており、今から楽しみであります。

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20130705(Fri)

[]ジョンとデイブの異次元大作戦!?〜映画『クリーチャーズ 異次元からの侵略者』 ジョンとデイブの異次元大作戦!?〜映画『クリーチャーズ 異次元からの侵略者』を含むブックマーク ジョンとデイブの異次元大作戦!?〜映画『クリーチャーズ 異次元からの侵略者』のブックマークコメント

クリーチャーズ 異次元からの侵略者 (監督:ドン・コスカレリ 2012年アメリカ映画)

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ヤヴァいドラッグで超感覚を身に着けてしまったお兄ちゃん、ジョンとデイブが、異世界のクリーチャーによる地球侵略を阻止するためにてんやわんやの大活躍を繰り広げる、というコミカルなSFストーリーです。監督はドン・コスカレリ、知る人ぞ知るホラー映画『ファンタズム』の監督ですが、個人的には超名作『プレスリーVSミイラ男』の監督として非常に心服する人でもあります。

お話は主人公であるジョンとデイブが、ドラッグの作用で見る事が出来るようになってしまった不気味なクリーチャーたちを退治してゆくさまが描かれます。このクリーチャー、並行世界の地球を支配するコロックなる超知性が送り込んだ刺客らしいんですが、どれもB級テイスト溢れるグロ馬鹿馬鹿しさ溢れる造形でなかなか楽しい。フリーザーの中の食肉が寄せ集まって出来上がったミートマン(オレ命名。なんと頭が丸鶏)なんか一見の価値ありでしょう。

そしてこれもドラッグによる超感覚のせいでしょうか、起こる事件のどれも幻覚めいた物体の変身・変容、本来そこにある筈の無い物が存在する異物感、または見えている物が実は別の物であった錯視感、そういった異様な感覚による時空の捻じれ感が演出されているんですね。要するに世界がいつもグチャグチャとトロケまくっているような奇妙さがこの作品全体を覆っているんですね。この辺の夢かうつつか、といった雰囲気は監督の『ファンタズム』でも見られますが、この映画を観た多くの方が言及されているように『裸のランチ』あたりにも通じるものがありますね。

そしてそういったドラッギーな展開とは別に、主演の若者二人の呑気かつ能天気な活躍ぶりが新鮮でいいんですね。若者二人による化け物退治、といった設定は、ディーンとサムのウィンチェスター兄弟がアメリカ合衆国各地を旅しながらクリーチャーと闘うCATVドラマ『スーパーナチュラル』を彷彿させますし、若かりし頃のキアヌ・リーブスとアレックス・ウィンターが主演した『ビルとテッドの大冒険』『ビルとテッドの地獄旅行』あたりのロケンロールで奇天烈なノリとも大変近いものを感じました。

惜しむらくは予算のせいなのか後半息切れして、折角「異次元からの侵略!」と大風呂敷広げたのにスケール感が乏しかったこと、それと映画全体の演出にむらが多かったことが残念に感じました。しかしSFともホラーともコメディとも特定し難いヘンな映画でありながら、奇妙に愛着の湧く映画であることは間違いなく、またコスカレリ独特の幻惑的な作家性が非常に発揮された作品として評価するべき映画でもありましたね。やっぱりドアノブが突然チンコに変わるシーンは超名場面と言えるでしょう!

●参考:【SAMPLE】ビデオながら見日記 / クリーチャーズ 異次元からの侵略者

Tinker,Tailor,Soldier,Zombie : John Dies At The End(2012)

映画|John Dies at the End :: ホラーSHOX 【呪】

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プレスリーVSミイラ男 [DVD]

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裸のランチ 【Blu-ray】

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20130703(Wed)

[]中年男と少女との地獄の道行き〜ゲーム『The Last Of Us中年男と少女との地獄の道行き〜ゲーム『The Last Of Us』を含むブックマーク 中年男と少女との地獄の道行き〜ゲーム『The Last Of Us』のブックマークコメント

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近頃話題になったサバイバルホラーアクションアドベンチャーゲーム(長いな)『The Last Of Us』であります。このゲーム、謎の寄生菌の大流行により絶滅の危機に瀕したアメリカを舞台に、とある中年男といたいけな少女が危険に満ちた旅を続ける、といった内容なんですな。

冒頭の、平和なはずの街が一転、寄生菌発生によりパニックに至る様子がまず恐ろしい。この寄生菌に冒された人間は正気を失って人を襲い、挙句の果てには映画『マタンゴ』みたいな気色悪い姿へと変身するんですが、この感染者に襲われた人間もまた、恐ろしい姿へと変身して人を襲いだすんですな。まあザックリ言ってゾンビみたいなもんなんです。要するに数多あるゾンビ映画の冒頭の、恐怖に駆られた人々が逃げ場さえない状況で次々とゾンビに屠られてゆく様子がこのゲームでも再現されているんですよ。

そしてそれから20年が経ちます。人々は瓦礫となった街で細々と生きながらえていますが、寄生菌の恐怖は決して去ったわけではありません。街は軍隊が支配し、恐怖政治を敷いています。国家は存在しているのかどうかはわかりません。主人公は闇市場の運び屋をしながら糊口をしのいでいますが、とある理由から一人の年端もいかぬ少女をある場所に届けることを依頼されます。そして嫌々ながら仕事を引き受けた主人公は、少女を連れ、危険な略奪者や恐ろしい感染者たちの待つ街を乗り越え、目的地へ向かうという訳です。

まあ最近の洋ゲーでは当たり前のことなんですが、まずなにしろグラフィックが美しいです。廃墟になった街、そこに生い茂るジャングルとなった木々の描写が目を惹きます。あと、登場人物の造形も非常に細かく作り込まれています。ゲームの基本はまずステルス、次にスニーキング、そして隠密行動、と、とにかく物陰に隠れまくって行動することになります。銃などの武器はありますが、ガシガシ撃って正面突破、といった使い方はまずできないです。

あとは道端や廃屋でゴミ拾ってそれを組み合わせて武器や医療品を作ります。でもどっかのゾンビゲームみたいに火炎放射器だの電撃棒だのを作ったりなんかはできません。ナイフなんか一回使う毎に刃こぼれ起こしていちいちメンテしなきゃならんのでウザいです。あとどっかのアクションゲームみたいに壁よじ登ったり大ジャンプしたりもできません。主人公運動神経鈍いんです。というか、全体的になにしろひたすらリアル路線を貫いているんです。

このゲームがリアル路線を貫いているのは、プレイヤーにリアルなサバイバル体験とリアルな恐怖感を味あわせたいからなのでしょう。主人公は平凡な中年男であり、決してヒーローでもスーパーマンでもありません。出来ることは限られており、その限られた中から自らの命を守るすべを探していかねばなりません。そこがこのゲームの狙いなのでしょう。プレイの合間合間にはしょっちゅうイベントムービーが挟まれストーリーが語られてゆくんですが、その辺、非常に物語性を重視したインタラクティブ・ムービーっぽいゲームだとも言えます。

ただねー、これはゲームの完成度とは全く関係ないのですが、オレ、ステルスゲームって基本的に苦手なんですよ!やっててじれったくなるんですよ!なにしろせっかちなんですよ!堪え性がないんですよ!取り敢えず相手に突っ込んで無双したくなるんですよ!殆どの場合無双どころか玉砕ですが!オレのステルス嫌いは今まで散々この日記のゲーム記事に書いてきたんですが、しかし同時にステルス嫌いのくせに話題のゲームだとそれが基本ステルスでもついつい手を出しちゃうんですよねー。で、買ってプレイしてまた涙目になってるんですよねー。アホですねー。

だからまあ、個人的な趣味としてはこのゲームよりは『トゥームレイダー』のほうがずっと面白いんですが、このゲームに決して魅力が無いということではありません。やっぱりしょぼくれた中年男がいたいけな少女伴って危険な旅っちゅうシチュエーションは、なんといいますか一人のしょぼくれた中年男として悪い気がしないしねえ!そういえばこの間やった『バイオショック インフィニティ』もやっぱり同じシチュエーションだったけどよかったなあ!いやあオレ不純だなあ!

あとなんか、この辺の「成熟した大人と未成熟の子供との終末世界での道行き」って、コーマック・マッカーシーの終末小説『ザ・ロード』あたりを如実に思い出すんだよなあ。これってキリスト教的になんかあるのかしらん。指導者とそのしもべ、みたいな感じで。よく分かんないですけど、そういった意味合いもこの物語には隠されているのかもですね。

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デッド ライジング Xbox360 プラチナコレクション【CEROレーティング「Z」】

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ザ・ロード (ハヤカワepi文庫)

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20130701(Mon)

[]ロンドンの下町は俺たちが守る!〜映画『ロンドンゾンビ紀行ロンドンの下町は俺たちが守る!〜映画『ロンドンゾンビ紀行』を含むブックマーク ロンドンの下町は俺たちが守る!〜映画『ロンドンゾンビ紀行』のブックマークコメント

ロンドンゾンビ紀行 (監督:マティアス・ハーネー 2012年イギリス映画)

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コックニーといやあロンドンの下町っ子とかそこに住む労働者階級の言葉のことを指すんですが、日本の下町っ子のようなヤンチャな連中がたむろし、「べらんめえあたぼうよ」みたいな訛りのある言葉を喋ってるそうなんですな。どこでも下町は一緒なんでしょうな。今回観た映画『ロンドンゾンビ紀行』の原題は『Cockneys vs Zombies』、いわば『下町連合vsゾンビ』みたいな意味になるんでしょうか、ロンドンに大発生したゾンビと、下町のヤンチャな悪ガキ&ヤンチャなジジババが、お互い歯を剥き出しあって戦っちゃう!というゾンビ・コメディなんですな。

イギリスのゾンビ・コメディというと『ショーン・オブ・ザ・デッド』を思い出しますが、そこからオタク風味を抜いて『ゾンビランド』的なライトさと高齢者アクション映画『レッド』の加齢臭を加えた様な映画、と言えばよいでしょうか。しかしまあこれらの映画と比べると若干と言いますか結構と言いますか乱雑に作られているのも確かで、シナリオの未整理さや編集のアバウトさ、テンポの悪さが散見するのがちと残念でしたな。例えば「ゾンビに噛まれた人間はゾンビ化する」という大前提を登場人物が理解しているように見えているにもかかわらず、ゾンビに噛まれたその辺の人を助けてみたりとか、ゾンビに噛まれた仲間を放っておいたりとか、無くした車のキーを探す一連のサスペンスの後、キーが見つかったにもかかわらず登場人物の一人が配線直結させて車を始動させたりとか、なーんかやってることがチグハグなんですね。

そもそもお話というのが「爺ちゃんの入っている老人ホームを地上げ屋から救うために銀行強盗する!」というどうにも浅はかなもので、ここでゾンビに遭遇した御一行様が今度は「爺ちゃんの入っている老人ホームをゾンビから救うために立ち上がる!」へと路線変更、お前らいったいどんだけ爺ちゃん好きなんだよ!と思えてしまいましたよ。まあこの頓珍漢さも下町の悪ガキ連中だからこその、アホなりの家族愛ということなのでしょうな。

で、悪ガキどもの向かった老人ホームもゾンビに襲われているんですが、ここに住む悪ガキの爺ちゃんというのが第2次大戦でナチをぶち殺しまくったという猛者という設定で、この爺さんが八面六臂の大活躍で他の足腰立たないヨイヨイの爺さん婆さんを守ってた、というのが面白いんですね。足腰立たないヨイヨイの爺さん婆さんも意外とゾンビと好戦してましたしね。ってかその辺の一般人より生存率高いジジババって一体…。

クライマックスは下町の悪ガキ&ジジイが揃い踏みで鬼神の如くマシンガンをぶっ放しまくりゾンビの群れをハチの巣に変える、というシーンが存分にカタルシスを与えてくれます。ここで大量の銃が必要だったから最初で(銃が必要な)銀行強盗をしたってことだったんでしょうが、だったら冒頭はマフィアの金を狙うとかでもよかったんじゃないのか、と思うんですね。理由は理由とはいえ強盗は犯罪でしょう。しかし奪った銀行の金は老人ホームを地上げする悪徳不動産会社の給料、ということになっているんですね。そしてこの悪徳不動産会社から老人ホームを守るという行動はいつの間にかゾンビから老人ホームを守る、という行動へとすり替えられますが、これはつまりこの物語が労働者階級と資本家との階級闘争の物語だ、ということなんですね。物語のラストに登場人物が「ゾンビからロンドンを守るのは俺たちだ!」と吠えたりしてますが、これは「資本家からロンドンの下町を守るのは下町っ子の俺たちだ!」ということを言ってるんですね。即ち「コックニーVS資本家=ゾンビ」ということなんだと思うんですよこの物語は。

それにしても老い先短い年寄ばっかあんなに救ってもしょうがねえだろ、とちょっと思ってしまったオレはやっぱり人非人なんでしょうか。ああそうですか。

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