Hatena::ブログ(Diary)

メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

20130930(Mon)

[]クローネンバーグ初期傑作選その1 / 寄生虫に取り付かれてみんなエロエロになっちゃうんですね。〜映画『シーバースクローネンバーグ初期傑作選その1 / 寄生虫に取り付かれてみんなエロエロになっちゃうんですね。〜映画『シーバース』を含むブックマーク クローネンバーグ初期傑作選その1 / 寄生虫に取り付かれてみんなエロエロになっちゃうんですね。〜映画『シーバース』のブックマークコメント

シーバース (監督:デヴィッド・クローネンバーグ 1975年カナダ映画)

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シーバース』である。ウィスキー。それはシーバス・リーガル。「次は市役所前です〜お降りの方はブザーでお知らせ下さい〜」。それは市バス。そうではない。シーバース(Shivers)とは寒気とか戦慄とかの意味である。デヴィッド・クローネンバーグが1975年に撮った劇場初監督作品、それがこの『シーバース』なのである。

冒頭からむさ苦しいオッサンがいたいけな少女を絞め殺し、裸にひん剥く、なんてシーンから始まってびっくりさせられますね。さてこれからどんなエロイことが!?とダークな妄想にわくわくして観ていたら、なんとこのオッサン、メスを取り出し少女の腹を裂いちゃうんですよ!あらまあ猟奇!さらに裂かれた腹に硫酸らしきものを注いだ挙句今度は自分の喉を�惜き切って自殺しちゃいます!映画『シーバース』はこんなショッキングかつ隠微なシーンから始まるんですね。

実はこのオッサンというのは生物学者で、人間の臓器の代わりとして機能する寄生虫を研究してたんですが、この寄生虫を体に取り込むとエロエロになってしまうという副作用が発覚、そのため人体実験に使ったらエロエロになっちゃった教え子少女を殺して自分も死んだってことなんですね。いやあ若くてピチピチの教え子がエロエロになって毎日お楽しみだったら別に構わないんじゃないかと思いますけどね。しかもこの寄生虫というのが色といい形といいウンコそっくりなのが泣かせます!

で、お話はこの寄生虫がマンションで大繁殖して住人たちに取り憑き、みんなエロエロになって大騒ぎ!って内容なんですね!しかしこうやって書くと普通にポルノじゃねえかよ!そもそも取り憑かれると凶暴になるとかマタンゴやら物体Xみたいのに変身しちゃうとかじゃなくて、エロエロになるっていったいどこがホラーだ!?

…とは言いつつ、別にデカパイデカ尻のムチムチ美女が大挙して登場し、寄生虫で頭をすっかりクルクルパーにさせてあられもない姿でところ構わずくんずほぐれつハァハァしまくる背徳の館!というものでは全然なく、単に頭のおかしくなった住人の皆さんがアヘ顏しながらワアワアと襲ってくる、というものなんですね。しかもこの連中、相手構わずなので小汚いジジイや気色悪いババアまでが涎垂らして掴みかかってくるわけですから、考えようによっちゃ確かにホラーですよね!あとこの映画、郊外のリゾート・マンションが舞台ってことになってるんですが、リゾートっていうか普通にその辺のしょぼいホテルで撮った風にしか見えないところが低予算風味を存分に醸し出していますね。

で、寄生虫に取り憑かれてエロエロのクルクルパーになった暴徒の皆さんが健常者に襲いかかってくる、というビジュアルは、実はまんまゾンビなんですね。死体になったわけでもないし食いついてきたりとかもしないんですが、見た目はやっぱりゾンビが襲いかかってきているみたいなんですよ。ゾンビ映画の走りともいえるロメロの『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』が1968年、それに続く『ゾンビ』が1978年製作、ということを考えると、1975年カナダで製作されたこの映画は、意外と早い時期にゾンビ的なものを映画化したホラーだ、ということも出来るんですね。にもかかわらず、「エロエロゾンビ」にしちゃった所が、まさにクローネンバーグらしい変態さ加減だと思いますが!

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シーバース [DVD]

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20130929(Sun)

[]【日本公開記念再録】超能力を持ってしまった若者たちの友情と破滅の物語〜映画『クロニクル』 【日本公開記念再録】超能力を持ってしまった若者たちの友情と破滅の物語〜映画『クロニクル』を含むブックマーク 【日本公開記念再録】超能力を持ってしまった若者たちの友情と破滅の物語〜映画『クロニクル』のブックマークコメント

(映画『クロニクル』がやっと日本公開されたようですね。このエントリはなかなか公開されないこの映画の輸入盤Blu-rayを観て2012年12月5日に更新したものですが、公開記念ということで一部だけ内容を変えて再録しておきます)

■クロニクル (監督:ジョシュ・トランク 2012年アメリカ映画)

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  • あることがきっかけで超能力を手に入れた3人の高校生。最初は面白がり悪戯に使って遊ぶ彼らでしたが、次第に強力になってゆくその力はどんどん危険なものと化してゆき、やがて3人は…という物語をP.O.V.視点で描いた日本未公開SFムービーです。
  • 主人公はイケてない学校生活と破綻した家庭生活の狭間で鬱屈した日々を送るアンドリュー、そしてそんなアンドリューを励まそうと何かと世話を焼く従兄マット、そんな二人と何故か意気投合した学校の人気者スティーヴ。彼らはある日森の中の空き地に突然現れた穴を発見し、好奇心からその穴の奥への探検を決行する。そしてそこで見つけた不気味に輝く"何か"に触れてしまった3人は、念じるだけで物を動かしたり、自らを空に飛ばすことができるといった、超常能力を身に着けてしまったことを知る。意気揚々と超能力で遊ぶ3人の高校生。しかし、その力で父を傷つけてしまったアンドリューは塞ぎがちになり、その超能力を凶暴な方向へと暴走させ始める…。
  • 超能力を持った若者たちの青春を描いた映画といえば、最近では例えば『ジャンパー』や『アイアム・ナンバー4』などが挙げられますが、これらが"超能力者vsそれを狩る者"との戦いの物語といった、ある種のアクション映画として成立していたのと比べ、この『クロニクル』は、強大過ぎる自らの能力に苦悩し押しつぶされ、最後に破滅してゆくという、悲劇の物語として語られているといった点で、クローネンバーグの『デッド・ゾーン』により近い感触を持った作品として完成しているんです。
  • そしてまた、P.O.V.視点の導入は、この物語の主人公たちの行動と心情を、異様なほどに生々しく、より臨場感たっぷりに画面に焼き付け、P.O.V.視点の傑作ディザスター・ムービー『クローバー・フィールド』と同じく、このスタイルの非常に成功した例として評価することができるでしょう。
  • 自らの思ったままに自由に物体を動かし、そして空を縦横無尽に飛び交い、さらにはその強大なパワーであらゆるものを破壊し、あたかも神の如く全ての上に君臨する。こういった全能感、高揚感を、主人公たちと共に共有し、その能力の恐ろしさを、主人公たちと共に感じる。『クロニクル』が成功しているのは、そういった主人公との一体感、ヴァーチャルな共有感を、映画を観る側がダイレクトに手に入れることができる、そういった部分があるからなんですね。
  • そしてもう一つ、この物語で特筆すべきなのは、"ホモ・ソーシャル"と表現していいほどの、主人公たち高校生3人の、濃密で親密な関係性でしょう。
  • "超能力"という秘密を共有した3人は、その秘密ゆえに、まるで恋人同士でもあるかのような、強烈な親密性の輪の中にお互いの身を寄せ合います。その友情のありかたは、その愛の強さゆえに、容易く憎しみへと変わってしまうのです。そしてこの強烈な親密性それ自体が、P.O.V.視点の導入があることで、またしても観るものに、自らもまたその輪の中にいるかのような錯覚を覚えさせるのです。
  • 高揚感と恐怖に満ちた超能力の描写、その能力を持った者同士の強力な親密性、これら、ビジュアルと内面性の両方で、P.O.V.視点が恐るべき表現力と説得力を発揮しているといった点で、映画『クロニクル』は稀有な完成度を誇る映画として観ることができるのです。傑作です。
  • 超能力というテーマを選んだことについて、この映画の監督ジョシュ・トランク大友克洋の『アキラ』『童夢』の影響を言及していますが、自分はむしろスティーブン・キングの諸作品、特に『トミー・ノッカーズ』あたりの感触に近いものを感じました。たぶんそれは、この映画に存在する"絶望"と"破滅"の臭いからなのだと思うんです。
  • そしてこの映画の存在はカトキチ君の運営するブログ『くりごはんが嫌い』のエントリ「POVが持つ弱点を克服した大傑作!『Chronicle』」 で知る事が出来ました。こちらのブログも併せてご覧になってくださいね。

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20130927(Fri)

[]御大フリードキンの『キラー・スナイパー』は奇っ怪な可笑しさに満ちた秀作ノワールだった!! 御大フリードキンの『キラー・スナイパー』は奇っ怪な可笑しさに満ちた秀作ノワールだった!!を含むブックマーク 御大フリードキンの『キラー・スナイパー』は奇っ怪な可笑しさに満ちた秀作ノワールだった!!のブックマークコメント

キラー・スナイパー (監督:ウィリアム・フリードキン 2011年アメリカ映画)

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ウィリアム・フリードキン監督と言えば『フレンチ・コネクション』や『エクソシスト』で名を馳せた大御所なんでしょうが、最近はあんまり名前を聞かないし、何やってるのかなあ?と思ったら目についたのが 2011年作のこの『キラー・スナイパー』。タイトルからしてなんだか安っぽいアクション映画を想像してしまったんですが、映画好きの人からは妙に評判がいい。いったいどのへんがどう面白いのかなあ、と興味半分で観てみたところ…これがなんと、シュールとさえ言える様な不思議な可笑しさとブラックな味わいに満ちた傑作だったんですよ!

確かに物語の骨子はよくあるクライム・サスペンスをなぞっています。しかし、この物語に登場する連中が、揃いも揃ってどこか変なんです。そのお話はというと、貧乏こじらせ過ぎたバカ一家が、保険金殺人を企てる所から始まります。しかしバカでヘタレのこの一家、自分らじゃ手を下せないから殺し屋を雇うことに。しかも現れた殺し屋に、殺しの料金を後払いにしてくれとかセコイことを言いだすんですね。そりゃあ貧乏こじらせまくってる連中ですから、そんなお金なんかあるわきゃ無い。

殺し屋は最初ふざけんじゃねぇ、と断るんですが、一家の12歳の末娘を見たとたん態度を豹変。「あの娘を担保代わりに差し出すんなら考えてもいい」とか言いだすんですよ。おいおいこの殺し屋ロリコンだったのかよ!?しかも娘は娘で「えへへ〜いいかも〜」と殺し屋の言うことを承諾、かくして殺しが成功し報酬を得るまで、このバカ一家と殺し屋が一つ屋根の下で共同生活を始めちゃうんですね!いったいどうなってんだこのお話!?

まず殺しを依頼するホワイト・トラッシュ一家がどいつもこいつも下品で低能で馬鹿という香ばしいまでのクズ揃い。お母ちゃんはマ〇コ丸出しで部屋をウロチョロしているし、お父ちゃんはなんだかぼんやりしていて状況をまるで把握していないし、息子は借金取りに追われてボコられまくってるし、娘はちょいと頭が弱かったりする。そしてこいつらと絡む殺し屋はなにしろロリコン、さらに後半では大変態大会までおっぱじめてくれるので興味の湧いた方はお楽しみに!このロリコン野郎、マシュー・マコノヒーが演じていて、無表情な顔しながら訳の分かんないことをやりまくってくれます。

もともとの原作が舞台劇だったらしく、そのせいか構成がきっちりしていて、バカとクズと変態しか登場しないのに奇妙な知性を感じさせます。登場人物のどこかネジが一本二本外れた様なみょうちきりんな言動と行動は、スラップスティック映画のものというよりも、どこかデヴィッド・リンチ映画を思わすようなシュールささえ醸し出しているんですよ。そして、何考えてるんだか分かんない連中が唐突に「…は?」と観ている者の虚を突く様な行動に出る、さらに奇妙なセンスに裏打ちされた奇妙なノワールである、といった点ではニコラス・ウィンディング・レフン監督の出世作『ドライヴ』を思い出しました。それと全体の微妙に狂った雰囲気はヴェルナー・ヘルツォークの『バッド・ルーテナント』を髣髴させていましたね。

しかしヘルツォークはともかく、リンチにしろレフンにしろ、今年78歳になるというベテラン監督ウィリアム・フリードキンから見りゃあ全然ひよっこ、嘴の青い若輩者ですよね。まあ意識なんか全然してないでしょうが、フリードキンにしてみたら、「リンチ?レフン?あんなの、こんなふうにちょちょいのちょいでやれちまうぜ?」なーんて余裕で言い切っちゃうだろう、そんな奇っ怪な快作として仕上がっていましたね。それにしてもあの狂乱のクライマックスと「…え?」と唖然とさせられるラスト、いやこれ、日本未公開DVDスルーにしておくには絶対もったいない作品だと思いました!

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20130926(Thu)

[]凸凹親子のほんわかコメディ〜『人生はノー・リターン〜僕とオカン、涙の3000マイル』 凸凹親子のほんわかコメディ〜『人生はノー・リターン〜僕とオカン、涙の3000マイル』を含むブックマーク 凸凹親子のほんわかコメディ〜『人生はノー・リターン〜僕とオカン、涙の3000マイル』のブックマークコメント

■人生はノー・リターン〜僕とオカン、涙の3000マイル (監督:アン・フレッチャー 2012年アメリカ映画)

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愛情ってぇのは多すぎても鬱陶しくなるし少なすぎると寂しいもんだし、程々がイイっちゃあイイのだろうけれども、そんな程々が簡単に分かるんなら誰も苦労しない。こんなに大切に思ってるんだから、っていうのは伝えたいけど、自分は大切に思われてる、っていうのは分かるんだけど、押しつけがましくなってしまうとなんだかそっぽを向かれてしまうし、そっぽを向きたくなる。特に親子関係は感情の加減が親子でちぐはぐで、愛情関係のはずがいつのまにか愛憎関係になってしまっちゃう。でもお互い、ホントは好んで仲悪くしたいと思ってるわけでもないのでムズカシイ。

『人生はノー・リターン』は、そんな微妙な親子のやりとりを描いたコメディ映画だ。主人公アンディ(セス・ローゲン)は母子家庭で育った青年で、四六時中メール攻勢してくる心配性の母親を持ってうんざりしている。しかもアンディ、自ら発明した洗剤をあちこちにプレゼンするんだけど、まるで相手にしてもらえずしょんぼりな毎日。しかしそんな母の大昔の恋人がまだ独身で、3000マイル先の土地で生活していると知ったアンディは、こっそりその元恋人と引き合わせるため、母親と3000マイルの旅に出る、といった物語だ。

愛情過多でなにかと世話を焼きたがり、始終ぺちゃくちゃとどうでもいいことばかり喋りまくり、そしてしょっちゅう大ボケかましてくる、そんなどこにでもいそうな母親ジョイスを演じるのが、なんとあのバーブラ・ストライザント。最初セス・ローゲンの名前だけしか知らずにこの映画を見始めて、「このお母ちゃん…、まさかバーブラ・ストライザント!?」と分かった時はびっくりした。実際の年齢は今や70近くになるらしいのだが、美人過ぎず適度に体の線が緩んでるところ(失礼!)が実に適役で、小うるさいけどなんだか憎めないお母ちゃんを好演している。

このセス・ローゲンとバーブラ・ストライザント演じる親子の掛け合いがとても自然で「あーこういうことってあるかも」と思わせてくれることばかりで、観ていて本当の親子のように見える所がとてもいい。大爆笑といったコメディではないし、いかにも作ったようなアクシデントが起こるといったこともないので、地味目かもしれないのだけれども、終始ひどく和まされる映画に仕上がっているのだ。なにしろ親子同士、オバチャン同士のだらだらぐだぐだしたお喋りがなんだか楽しい。こういったひどく日常的な情景や会話を非常に暖かな視線で描いているところがこの映画の魅力だろう。

なにより今回お笑い要素控えめのセス・ローゲンが、あの風体なのにもかかわらずこの映画では妙にチャーミングに見えるのは、母親の前でなんだかもじもじもやもやしている演技がいじらしいからだろうし、そしてバーブラ・ストライザントはオバチャン街道まっしぐらの鉄板演技で、外国人有名俳優なのにもかかわらず、観ている自分自身の母親像をいつのまにか重ね合わせさせられてしまう所が素晴らしい。映画はこうして最後までほんわかしたムードで進行してゆくのだけれど、ラストに用意されたエピソードでちょっぴりびっくりした上にキュンとさせられる。なんだか自分の母親は元気でやってるかなあ、と思わされてしまう映画だった。

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20130925(Wed)

[][]リリースアルバムごとにつづれらたボウイの写真集〜『David Bowie Album by Album』 リリースアルバムごとにつづれらたボウイの写真集〜『David Bowie Album by Album』を含むブックマーク リリースアルバムごとにつづれらたボウイの写真集〜『David Bowie Album by Album』のブックマークコメント

Bowie: Album by Album

つい先ごろ出版されたデヴィッド・ボウイ大回顧展のカタログ『デヴィッド・ボウイ・イズ』に続き、またもやボウイの写真集が発売された。タイトルは『David Bowie Album by Album』、デビュー作『デヴィッド・ボウイ』から最新作『ザ・ネクスト・デイ』まで全27作、これまでリリースしたすべてのアルバムごとに、その折々のボウイの姿がまとめられた写真集だ(ティン・マシーンの頃もきちんと掲載されていますよ)。

もともとこの写真集は『ジギースターダスト』『アラディン・セイン』の発売40周年として2012年に発売されたものだが、今回の2013年再発売バージョンに最新作『ザ・ネクスト・デイ』の写真も収められているということは、これを追補した形での再発売なのではないかと思われる(だから購入したい人は2013年版を買ったほうがよいのではないだろうか)。

収められた写真はアルバム発表時のフォトセッションのみならず、ライブや楽屋の風景、スナップショットなど様々で、これまで未発表だった秘蔵写真も見ることが出来て実に嬉しい。プールサイドで海パン姿のボウイなんて初めて見たような気が…。既に発売されている『デヴィッド・ボウイ・イズ』と写真がほとんど被っていないのもいい。

なにしろボウイの写真は今までも沢山眺めてきたが、こうしてアルバム時期ごとにそれぞれまとめた形で見ると、また違った味わいがある。デビューアルバムが1967年でニューアルバムが2013年、なんと50年近くロック・シーンの先頭に立ってきた男の、その全ての歴史を眺め渡せるのだ。デビューしたて20代の若々しいボウイがあっという間に『ジギースターダスト』時の先鋭化したスタイルを取り入れ、それが次第に円熟味を増しながらゆっくり年輪を重ねてゆく。そういったボウイの成長と老成を眺めていくのが感慨深かった。

個人的には『ダイアモンドの犬』『ステイション・トゥ・ステイデョン』のあたりからボウイを聴き始めたのだが、その時期からの写真には「このアルバムを聴いていた頃の自分」まであれこれ思いださせてくれるような写真集だった。

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Bowie: Album by Album

Bowie: Album by Album

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20130924(Tue)

[]質問です。低所得層をなぜ助けなければならないんですか?〜映画『エリジウム質問です。低所得層をなぜ助けなければならないんですか?〜映画『エリジウム』を含むブックマーク 質問です。低所得層をなぜ助けなければならないんですか?〜映画『エリジウム』のブックマークコメント

エリジウム (監督:ニール・ブロムカンプ 2013年アメリカ映画)

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《トピ》 低所得層をなぜ助けなければならないんですか?

政府関係の責任者を務める50代女です。

最近貧民地区の低所得者層の人間たちが私の管理する地区に不法侵入して特別医療を受けさせろ、と言ってききません。

しかし特別医療は私の管理する地区に住まわれている資産家の皆さんの貴重な投資によって成り立っており、低所得者が使うためのものでは断じてありません。

そもそも不衛生極まりない貧民地区に住みつき、毎日たいした努力もせずに低所得に甘んじ、それで健康を害したからって、そんなもの自己責任ですよね?

自分の生き方がだらしないから、いざとなったときに自分を助けられない、それって自業自得じゃありませんか?

自己責任でしかない、自業自得の病気に罹った低所得者を、資産を維持するため日々努力を惜しまない私たちが、なぜわざわざ助ける必要があるというのでしょう?

ちなみに私はスペースコロニーに住んでいます。


ユーザーID:Elysium

《レス》ヒャッハーーッ!!

待ってな、ババア。


ユーザーID:District9

ニール・《第9地区》・ブロムカンプの新作映画『エリジウム』です。貧乏人しか住まないゴミ溜めみたいな地球と、優雅なお金持ちが住む清潔で豊かなスペースコロニー「エリジウム」という、あまりにはっきりした格差社会と化した未来の地球が舞台です。主人公は工場で放射線浴びて余命5日と宣告されたマックスさん(マット・デイモン)。彼はエリジウムにある、ドラえもんに出てきそうな【なんでも病気を治しちゃう機械】を頼りに、エリジウムへの危険な旅に出ようとするんですね。

最初この『エリジウム』、背景として貧富の差が極端に激しい格差社会が描かれるので、アパルトヘイトをSFストーリーとして描いた前作『第9地区』と同じアナロジーを持つ映画だと思っていたんですよ。しかし背景こそ格差社会ではあっても、物語の流れそれ自体は【なんでも病気を治しちゃう機械】を巡る紆余曲折がメインとなっているんですね。これって、「イスカンダルまでコスモクリーナーD取りに来い」っていう『宇宙戦艦ヤマト』みたいじゃん?

そんなことをツイートしたら、大神源太80キロさんという方からこんなレスが。

た、確かに…エリジウム』、松本零士ネタだったのか。

まあこの辺は冗談なんですが、要するにこの『エリジウム』、金持ちが憎い!とか貧乏人は死ね!という話じゃなくて、「ちょっとそっちのお医者さん使わせてください」という話だった、という部分で、ちょっと食い足りなく感じたんですよ。地球の貧民の皆さんは、金持ち許すまじ!というよりは「空には夢の国があって、そこにいけたらいいのにねえ…」なんて呑気なこと言ってるだけだし、一方金持ちの皆さんの貧乏人死ね!という描写はあることはあっても、ジョディ・フォスター演じる強硬的な防衛庁長官と、あと工場の社長ぐらいなもんで、意外とエリジウムの皆さんは貧乏人には興味が無さそうな描かれ方なんですね。この辺もうちょっと高慢で鼻持ちならないヤツばかりって描かれ方だったら、マット・デイモンやったれ!エリジウムの連中皆殺しにしたれ!」なんて熱くなれたんですが。で、ラストはエリジウムが火の海と化し、阿鼻叫喚となって逃げ惑う金持ちたちが次々とくたばり、脱出したマット・デイモンが青い地球を眺めながら「いや、勝ったのはあの貧民たちだ…儂たちではない…」 とか言うともっとよかったんですけどね。

そういったテーマに関わる部分よりも、この映画の見所はやっぱりニール・ブロムカンプお得意の奇っ怪かつババっちいメカと、破壊力抜群でババッちい武器、熾烈かつババッちい戦闘と、そして情け容赦なくてババッちい肉体破損、これに尽きるんですよ。やっぱりニール・ブロムカンプ、テクノロジーをビンボ臭くて衛生観念劣悪なものに描く手腕はさすがですね。それと同時に、映画の中でスタンフォード・トーラス型のスペースコロニーをきちんと描いた珍しい作品としても評価できるんじゃないでしょうか。個人的にはこのスペースコロニーでの生活をもっと見たかったし、ここでのアクションをもっと増やしてほしかったな、と思いました。

作品的には評価の高かった前作『第9地区』に続く作品として期待値が高かった分、否定的な意見も多いようですが、アナロジーとして後退していても、ブロムカンプらしいババっちいセンスは相変わらずだし、たっぷりの予算と豪華配役を得て出来上がった映画、という部分では遜色の無い作品として仕上がっていると思いますが。

それにしても主人公の体に埋め込まれる大リーグボール養成ギブス】みたいなアレ

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例によってメチャクチャ非衛生的なんだけど、放射能障害よりも、先に黴菌でやられちゃうんじゃねえか?と心配になりました。

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エリジウム

エリジウム

HK15HK15 2013/10/03 23:25 個人的には、エリジウムの住民たちの下界への関心のなさが「リアル」に感じられたりしましたね。そもそも同じ人間として見ていない、意識すらしていないというような。ある意味侮蔑を向けるよりもむごい心理ではないかと。

globalheadglobalhead 2013/10/04 01:44 やっぱねえ、エリジウムに住んでる皆さん全員で「うふふ!ご覧、地球にいる奴らがゴミのようだよ!」「おほほ!そうね地球に住んでる連中はゴミのようね!」
とかレプカごっこしてくれたら最高に叩き潰し甲斐があったんですが、今回結局防衛局のジョディフォスターが単独暴走したみたいな描かれ方してるじゃないですか、
で、周りは「ちみちみぃ、それはちと強硬すぎないかねえ」とかなんとか日和見な事言ってるわけですよ、
で、結局物語は暴走したジョディフォスターの下のさらに暴走した傭兵連中が主人公と戦うわけですよね、
これは結局裏ではどうだか分かりませんが、エリジウムVS主人公じゃなくてジョディフォスターと愉快な仲間たちVS主人公の構図になっちゃってるんですね。
その部分で闘争の矛先が矮小化されてるんやないか、と思う訳ですよ。
あと格差社会の対義語は平等社会とか機会均等社会なのか?医療機械がみんなで使われたからそれで目出度しなのか?とラストで思う訳ですよ。
まあみんな病気治ったからハッピーじゃん?とは思う訳ですが、それはなんというか、小奇麗なところで落としたな、と思えて、
やはりここは映画的にメチャクチャやって欲しかった、格差社会の対義語にアナーキズムを持ってきてほしかった、
要するにあんなクソうぜえスペースコロニーなんか火の海にして取り澄ました連中をみんなフライドチキンにしてくれればよかった、
そういったもっとベタで直情的で煽情的なストーリー展開でもよかったのではないか、復讐の物語にしてくれてもよかったのではないか、
そしてそのためにもっとエリジウムの連中を紋切型でもいいから憎々しく描いてくれてもよかったのではないか、
そういった部分で、オレは煮え切らないな、と思ったのですよ。

20130922(Sun)

[]40過ぎるといろいろタイヘンだ!?〜映画『40歳からの家族ケーカク』 40過ぎるといろいろタイヘンだ!?〜映画『40歳からの家族ケーカク』を含むブックマーク 40過ぎるといろいろタイヘンだ!?〜映画『40歳からの家族ケーカク』のブックマークコメント

■40歳からの家族ケーカク (監督:ジャド・アパトー 2012年アメリカ映画)

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ジャド・アパトー監督が製作・脚本も手掛けた最新作『40歳からの家族ケーカク』。これ、2007年の作品『無ケーカクの命中男/ノックトアップ』のスピンオフ作品だそうなんですね。なんでも『無ケーカク〜』に登場した主人公の姉夫婦が今回の主役なんだとか。…う〜ん『無ケーカク〜』観てるんだけど覚えていない…というか筋自体がもうろ覚え…。

さてお話はというと40歳の節目を迎えた夫婦が様々な難題にぶつかってシッチャカメッチャカ、というものなんですね。夫婦の倦怠期に始まり、健康、子供の教育、それぞれの仕事、それぞれの親、そしてお金、まあ結婚生活をしているを人なら誰もがぶつかるような問題を、ジャド・アパトーらしいカラッとしたユーモアと、ちょっぴりドギツイ視点で描いた作品になっています。

まあしかし、そういった身につまされるような内容ではありますが、逆にちょっとありがちで平凡なエピソードに終始しているんですよね。それを飽きさせない様に、あからさま過ぎるような描写を入れたりしてはいるんですが、これが単に下品にしか見えないんですよ。いや、最初っから下品さ全開の下品なコメディなら、それはそれで大いに楽しめるんだけど、日常的な光景が続いた中で唐突に描かれちゃうと、なんだか引くんだよなあ。これってハズシてるってことなんじゃないのかなあ。

また、主人公夫婦が「自分たちの生活や習慣を見直そう」とあれこれやるんですが、言っていることはそれぞれ間違いはないんだけど、なんだか頭でっかちと言いましょうか、お題目だけ並べてるようにしか見えないんですよね。まあそういったことの滑稽さを描こうとしたのかもしれませんが、映画を観てるほうはとしてはなんだかイラッとする夫婦だな、と思えてしまう。ついでに言っちゃうと旦那にも嫁にも共感する部分が無い上にあんまり好きにもなれなかったなあ。一番なんじゃこりゃ?と思ったのが、長年の不義理を詫びてわざわざバースデーパーティーにやってきた嫁方の父を、息子に無心ばかりしている旦那方の父がなじるシーン。そもそも非難する立場じゃないだろうし、お前何様だよ、と思っちゃったな。

そんなこんなでゴタゴタありながら、ラストはとりあえずいろんな問題が収まったように一見描かれてはいるんですが、しかしよく考えると実はなんにも解決されてなくて、単にうやむやにしただけなんじゃ?って気がしてしまうんですけど。ところでこの映画、主人公夫婦の二人の娘として出てくる子供たち、アパトー姓なんですけど監督の娘さんだったりするのかな?

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20130921(Sat)

[]最近聴いたエレクトロニック・ミュージックその他 / Max Loderbauer、Beroshima、Ian o'Brien、Los Hermanos、Peter Hook & The Light 最近聴いたエレクトロニック・ミュージックその他 / Max Loderbauer、Beroshima、Ian o'Brien、Los Hermanos、Peter Hook & The Lightを含むブックマーク 最近聴いたエレクトロニック・ミュージックその他 / Max Loderbauer、Beroshima、Ian o'Brien、Los Hermanos、Peter Hook & The Lightのブックマークコメント

■Tranzparenz / Max Loderbauer

Tranzparenz

Tranzparenz

Moritz Von Oswald TrioのメンバーでありRicardo Villalobosとの共作でも知られるドイツのエレクトロニック・ミュージックのベテランMax Loderbauerのソロ・アルバム。厳選された音のみで奏でられる磨きこまれたミニマル・トラックは静謐と清浄さに満ち溢れている。名作。 《試聴》

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■Real To Reel / Beroshima

Real 2 Reel

Real 2 Reel

ベルリンでテクノ/エレクトロ・プロデューサーとして活躍するFrank Mullerのプロジェクト・Beroshimaのニュー・アルバム。躍動感と透明感を兼ね備えた傑作サウンド。 《試聴》

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■I Was There 1995-2000 / Ian o'Brien

I Was There 1995-2000

I Was There 1995-2000

イギリスのデトロイト・テクノ・フォロワーIan o'Brienが90年代に製作した未発表・別バージョンを集めたレア音源集。デトロイト・テクノ好きには堪らない名曲揃い。 《試聴》

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■Understanding Is Everything / Ian o'Brien

Understanding is Everything

Understanding is Everything

そしてそのIan o'Brienの12年ぶりとなる4thアルバム。生音を中心に奏でられる美しいメロディに彩られたハイテック・ジャズ・サウンド。割とフュージョンっぽい音で、ピッキピキの電子音が流れるテクノ・ミュージックを期待するとちょっと肩透かしかも。 《試聴》

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■Descendants Of The Resistance / Los Hermanos

Descendants Of The Resistance

Descendants Of The Resistance

URでの活躍でも知られるデトロイト・テクノの代表的ユニットLos Hermanosのニュー・アルバム。ラテン・フレーバー全開の実に開放感に満ちた作品で、ソウルフルなヴォーカル曲も大幅にフィーチャーされ、それでいてテクノ・テイストは決して無くなっていないという、非常にパワフルで完成度の高い名アルバム。お勧め。 《試聴》

■Unknown Pleasures (Live in Oz) / Peter Hook & The Light

unknown pleasures

unknown pleasures

New Orderのライブアルバム「Live At Bestival 2012」がとてもよかったので、New Orderにそっぽを向いたPeter Hookのほうはどうなんじゃろ?と思って聴いてみたんだが、これが懐メロ化したJoy Divisionをそのまま演奏しているだけで少しも新鮮味が無い。こりゃダメだあ。 《試聴》

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20130920(Fri)

[]ミスター・ビン=ラーディンを探して〜映画『ゼロ・ダーク・サーティミスター・ビン=ラーディンを探して〜映画『ゼロ・ダーク・サーティ』を含むブックマーク ミスター・ビン=ラーディンを探して〜映画『ゼロ・ダーク・サーティ』のブックマークコメント

ゼロ・ダーク・サーティ (監督:キャスリン・ビグロー 2012年アメリカ映画)

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CIAによるアルカイーダ指導者ウサーマ・ビン=ラーディン捜索とその処刑までを描く『ゼロ・ダーク・サーティ』は、観ていて居心地の悪い映画だ。

藁山の中から針を探すような乏しい手がかり、一向に成果の出ない焦燥、拷問、賄賂、CIA本部の鈍重な対応と官僚主義、アルカイーダのだまし討ちにより命を落とす仲間たち、定かではない一縷の望みに賭けて決行される作戦。これらは監督キャスリン・ビグローによりひと時も目を離せない緊張感溢れる構成でもって描かれ、決して退屈はしないどころか、映画として実に面白くできている。しかし、政治的な背景を考えると、やはり手放しで傑作と呼んでしまうのがどうにも居心地が悪い。

アルカイーダが実はアフガニスタン戦争の際、ソ連を撹乱するためCIAが資金援助して訓練し武装化した組織であることは誰もが知る事実だろう。そのいきさつの一部は映画『チャーリー・ウィルソンズ・ウォー』でも知ることができる。そのアルカイーダがアメリカに反旗を翻しテロを起こしたわけだけれども、確かに痛ましい事件ではあるが、冷めた目で見るならアメリカ覇権主義の歪さが自らにしっぺ返しを食らわせただけのように思えてしまう。そういった視点で見るならばビン=ラーディン殺害はアメリカが自分の粗相に落とし前をつけただけの話ではないか。アメリカ国民にとってはそれは正義の行使であり当然報復でもあろうが、911事件が日本とは無関係だとは言わないにしても、ひとりの日本人としてはどうも突き放して見てしまうのだ。だから映画としては楽しめても、見終わって居心地が悪いのだ。

この映画を観て思いついた冗談が、これって白人マフィアにたてついた日本人ヤクザが最期全員殺される、北野武のヤクザ映画『BROTHER』を、白人マフィア側から見て作ったらこうなったって映画だよね?というものだ。『BROTHER』は日本からアメリカに渡り、アメリカでシノギを得ていた日本人ヤクザが、現地の白人ヤクザとの抗争に破れ皆殺しされるという映画だ。殺すほうも殺されるほうもヤクザという仁義なき戦い。まるでアメリカとアルカイーダみたいじゃないか。

しかしこの作品では、一人のCIA女性分析官がビン=ラーディンを追い詰めたという、いわばセミ・ドキュメンタリーのような描かれ方をしているが、このCIA分析官マヤという女性は実は存在しないのではないのか、と勝手に想像している。この映画で描かれたマヤは、実際には名前はもちろん、年齢も性別も経歴も(「高卒のCIA職員」として描かれている部分も)全く違う、さらに言えば複数かもしれない人物で、それをあたかも一人の個人のように描いているだけなのではないか。また、個々の作戦は実際にあったとして、作戦指揮、作戦実行場所、それらは実際には違うものであったかもしれない。そしてもちろんそれらの齟齬は、報復を警戒して、ということだ。

もちろんこれらはオレ個人の勝手な推測なので、正しいと主張するつもりは一切無いし、ある意味、こう考えると面白い、といった程度のものだ。だがそうやって勝手に思い込んでこの映画を観ると、「一人の分析官の執念が生み出したアメリカの正義の勝利」というある種のヒロイズムを描いたこの映画が、単に巨大な機構が生み出した政治バランスの一端、という機械的で寒々しいものに見えてきて、この映画の寒々しさに一層マッチするように思えるのだ。

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BROTHER [DVD]

BROTHER [DVD]

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20130919(Thu)

[]最近聴いたエレクトロニック・ミュージック / Radio Slave、Ilario Alicante and Alejandro Moss、Loco Dice、DJ Hell、Machinedrum 、Psyche 最近聴いたエレクトロニック・ミュージック / Radio Slave、Ilario Alicante and Alejandro Moss、Loco Dice、DJ Hell、Machinedrum 、Psycheを含むブックマーク 最近聴いたエレクトロニック・ミュージック / Radio Slave、Ilario Alicante and Alejandro Moss、Loco Dice、DJ Hell、Machinedrum 、Psycheのブックマークコメント

■Balance 023 / Radio Slave

Balance 023 Mixed By Radio Slave

Balance 023 Mixed By Radio Slave

オーストラリア発のMixCDシリーズ、BalanceよりUKミニマル・テクノ・プロデューサーRADIO SLAVEの2枚組Mix。1枚目はフロア向け、RADIO SLAVEらしいタイトなMix。2枚目はダウンテンポなリスニング向けだがこっちも味わい深い。 《試聴》

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■Cocoon Ibiza (Mixed By Ilario Alicante and Alejandro Moss)

Cocoon Ibiza (Mixed By Ilario Alicante & Alejandro Mosso)

Cocoon Ibiza (Mixed By Ilario Alicante & Alejandro Mosso)

CocoonからリリースされたIbiza仕様のDJ-Mix2枚組。CD1がIlario Alicanteのディープ・ハウス/テクノ、CD2がAlejandro Mossが自身の曲のみで構成したテックハウス/ミニマル。 《試聴》

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■Loco Dice In The House

Loco Dice In The House

Loco Dice In The House

Defectedの人気DJ-Mixシリーズ、今回はジャーマンテクノシーンで活躍するLoco Dice。テクノからディープ・ハウスまで網羅したフロアー仕立てのカタい選曲。D/L販売だとMix、Non-Mix両方の曲が手に入ります。 《試聴》

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■Kern Vol. 2 mixed by DJ Hell

KERN 2-MIXED BY DJ HEL

KERN 2-MIXED BY DJ HEL

TRESORの新たなMixシリーズ「KERN」第二弾はDJ HELL。HELLらしいダークでヘヴィーなトラックがどろどろと攻めてきます! 《試聴》

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■Room(s) Extended / Machinedrum

Room(s) Extended

Room(s) Extended

ベース・ミュージック・プロデューサー、Machinedrumが2011年にリリースし、高い評価を得たアルバム「Room(s)」のエクステンデッド2枚組。CD1は「Room(s)」と同内容だが、CD2ではアルバム未収録曲、未発表曲、リミックス曲などが収められ、これがまた非常にクオリティの高いベース・ミュージック音群。 《試聴》

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■ELEMENTS 1989-1990 (2013 REMASTERED VERSION) / Psyche

ELEMENTS 1989-1990 (2013 REMASTERED VERSION)

ELEMENTS 1989-1990 (2013 REMASTERED VERSION)

Carl Craigがデビューしたての90年代、BFCやPSYCHEの名義でリリースしていたテクノ・クラシックともいえる叙情的な名曲群をリマスターした編集版。 《試聴》

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20130918(Wed)

[]凸凹タフガイが大活躍する『ヒットマン』にはちょっとだけ「犬溶接マン」が出ていた! 凸凹タフガイが大活躍する『ヒットマン』にはちょっとだけ「犬溶接マン」が出ていた!を含むブックマーク 凸凹タフガイが大活躍する『ヒットマン』にはちょっとだけ「犬溶接マン」が出ていた!のブックマークコメント

■ヒットマン (1) / ガース・エニス

ヒットマン1

はいはい、ワタクシめも「犬溶接マン」が目当てで買ったクチです、この『ヒットマン』。

『ヒットマン』はとある理由から読心能力を持つ事になった、ヒットマンことトミーが主人公のアメコミです。ヒットマンっていうぐらいだから殺し屋なんですが、彼は悪人しか殺さないことを心に誓ってるんですな。容貌はといいますとA・シュワルツェネッガーをちょい小柄でスマートにし、無精ヒゲをふんだんに生えらかせ、グラサンに咥えタバコ、ダサめのグリーンのコートにアーミーブーツを履かせ、さらに10日ぐらい風呂に入ってないような小汚さをふんだんにあしらったようなキャラということが出来るでしょうか。性格はタフガイ、クール、皮肉な冗談好き、さらにかつて湾岸戦争で戦っていた、という過去を持っています。

この彼がバットマンでお馴染みのゴッサムシティで様々なトラブルに巻き込まれる、というお話で、この第1巻には7話収録されておりますが、そのうちの2話にはそのバットマンも登場し、ヒットマンとやりあいます。このバットマンの登場する第1話「レイジ・イン・アーカム」は、なんと「ジョーカー暗殺を依頼されたヒットマン」というお話なんですが、ここでのジョーカーの扱いの酷さはジョーカー・ファンを悲嘆の涙に暮れさすこと必至でありましょう。

全体的に申しましてこのコミックの特徴は、なんといいますか不細工で不恰好で、さらに主人公と同じく10日ぐらい風呂に入ってないかのような小汚い連中が大挙して登場する、むせかえるような生活感と体臭とゴミの臭いが漂ってきそうな物語ばかりなんですな。なにしろ主人公がすっとぼけた野郎なんで、どうにもコミカルな物語展開なんですが、殺し屋として闇の世界で生きることのペーソスもそこここに盛り込まれており、単なるオチャラケ野郎のドタバタギャグだけを描いたものでは決して無いんですな。つまりハードボイルドしているんですよ。どちらかというとハードボイドドだと!って感じですが。

そして対する敵役も気色悪い上にババッチそうな連中ばかり。ナチスのSS将校5名が地獄に落ちて合体した6本腕の幽鬼とか、シャム双生児で頭の二つあるマフィアのボス(しかも片方が既に死んでいて腐ってきている)とか、化学実験で生み出された早撃ちガンマンとか、ヘヴィメタルを勘違いしたようなルックスの宇宙暴走族とかなんとか。この敵役とヒットマンが銃弾乱れ飛ぶ激しいアクションでぶつかり合うんです。

そして例の「犬溶接マン」と3流ヒーロー・セクション8の連中が大集合するのが「ヒットマン・ロボ』の回。実はちょっとしか活躍しないので残念なんですが、この回の奇天烈な面白さは後日訳出される予定の第2巻に持ち越されることになっているようです。で、この第2巻の発売が2014年冬!?遅い!遅すぎる!早く第2巻を出してくれッ!

ヒットマン1

ヒットマン1

20130917(Tue)

[]おもしろニッポン大炸裂!〜映画『ウルヴァリン:SAMURAIおもしろニッポン大炸裂!〜映画『ウルヴァリン:SAMURAI』を含むブックマーク おもしろニッポン大炸裂!〜映画『ウルヴァリン:SAMURAI』のブックマークコメント

ウルヴァリン:SAMURAI (監督:ジェームズ・マンゴールド 2013年アメリカ映画)

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変なニッポンの登場する映画が好きだ。ありえないニッポンの、誤解されたニッポンの、適当なニッポンの、嘘まみれのニッポンの、登場する映画が好きだ。フジヤマ、ゲイシャ、サムライ、ニンジャ。ガイジンがうろ覚えのキーワードだけで作った外国映画が好きだ。というわけで、そんなおもしろニッポン大炸裂映画『ウルヴァリン:SAMURAI』です。

この『ウルヴァリン:SAMURAI』、ウルヴァリンを主人公に据え『X-MEN』シリーズの外伝として作られた『ウルヴァリン:X-MEN ZERO』の続編なんですが、実はオレ、『X-MEN』シリーズってそれほど好きじゃなくて、それってキャラが多すぎてガチャガチャしてるからなんですが、だからなのか逆に『ウルヴァリン:X-MEN ZERO』のほうが全然好きだったりするんですよね。大風呂敷過ぎないスケール感と適度なB級感が気楽に観られてよかったんですよ。だからその続編の『ウルヴァリン:SAMURAI』も、予告編からしてじわじわと変なニッポンの描かれ方が見え隠れするB級感が満載で、とても楽しみにしていたんですよ。

いやーそれにしても実際観てみると、予想をはるかに上回る変さ具合、これがもう、突っ込み所満載過ぎて、それを並べてると映画の内容全て説明しなきゃ気がすまなくなるぐらい変なシーンだらけで、いちいち書く気にならないぐらいです。だけど、変なニッポンの現実味の無さに突っ込む以前に、拳から刃が生える不死身の男ウルヴァリンだって、考えようによっちゃあ有り得ない存在ですけど!

でも、ホントはこの映画の製作者だって、ホントのニッポンの姿なんざ重々承知しているんでしょう。だからただ単に、あちらの国で「こういうふうなニッポンを見たい」と思われているニッポンを描いているだけなんでしょう。それに変だ変だとは書きましたが、実のところまるで勘違いというわけではなくて、スーパーヒーローの活躍する荒唐無稽なアクション映画として面白く作るんだったらこれぐらい盛り込まないとなあ、といったトゥーマッチ感で盛り上げてるだけなんです。ロケーションの位置や距離のおかしさだって、映画的な方便といった程度のものでしょう。

だからこんな変なニッポンのことばかり気になって、シナリオの滅茶苦茶さ加減を忘れてしまうそうになります!なにしろこの映画のシナリオ、登場人物がなにがやりたいのか、どこを目指しているのか、そもそも自分がなにやってるか判ってんのか、チンプンカンプンのちぐはぐさです!とってつけたような動機、容易く行われる趣旨変え、さらにその存在理由さえも怪しくなってきて、まともに観ようとすると拳からアダマンチウムの刃が出てきてスクリーンを引き裂きたくなること必至です!でも描かれるニッポンが変すぎて、それどころではないんです!

それと併せ、真っ赤な髪の毛をしたヒラメ顔の日本人ヒロインが出てきて観る者の見当識をさらに混乱させるんですね。このヒラメ顔ヒロイン、クリス・カニンガムのソニーのPVに出てなかったっけ…と思ってたらさにあらず、世界的なモデルとして活躍されているそうで、映画のほうも観てるとだんだん愛嬌を感じてくるから不思議です。しかしなにもかもトゥーマッチ且つちぐはぐで気の休まらないこの映画、社長令嬢役で出ているもう一人の日本人ヒロインがとっても美形ちゃんで、このコを眺めていたらなんだか全てを許す気になりました!それとクライマックスに出てくるアレを元にしてコヨーテ・タンゴが製作されるんですね、わかります。

というわけで褒めてるんだか貶してるんだが訳の分からない文章になってしまいましたが、実際のところ大変面白く観ることができました!ただひとつ惜しいところはゲイシャが出てこないことだけです!

◎参考:『ウルヴァリン: SAMURAI』/ すきなものだけでいいです (ネタバレしてますがこの映画のニッポンがいかにヒドイか楽しく説明してあります)

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Wolverine

Wolverine

20130916(Mon)

[]手塚先生は『ウルトラQ』にも嫉妬していた!〜『ブラックジャック創作秘話〜手塚治虫の仕事場から(4)』 手塚先生は『ウルトラQ』にも嫉妬していた!〜『ブラックジャック創作秘話〜手塚治虫の仕事場から(4)』を含むブックマーク 手塚先生は『ウルトラQ』にも嫉妬していた!〜『ブラックジャック創作秘話〜手塚治虫の仕事場から(4)』のブックマークコメント

■ブラックジャック創作秘話〜手塚治虫の仕事場から(4) / 宮崎克(原作):吉本浩二(漫画)

『ブラック・ジャック創作秘話』4巻を(オレも)買って読んだッス。まあ見所などはワッシュさんのブログ記事で読んでもらえばだいたい把握できると思いますんであれこれ書きませんが、今回読んでびっくりした、というか呆れたのは、手塚治虫先生があの『ウルトラQ』にまで嫉妬していた、ということですかねえ…。

円谷プロが『ウルトラマン』に先駆けて製作した特撮ドラマ『ウルトラQ』、実はたいへんオッサンであるオレはリアルタイムで見ていたんですが、確かにミステリアス極まりないアンバランスゾーンっぷりがガキンチョだったオレのハートを鷲掴みでしたよ。しかしこれの裏番組が、手塚先生原作のアニメ『W3(ワンダースリー)』だったんですね。裏番組だったことは覚えてない…というかそもそも観ていなかったからか。

この『W3(ワンダースリー)』、『ウルトラQ』に視聴率を奪われて非常に苦戦したらしく、そりゃまあ手塚先生が面白くなかったのもわかるが、それよりも放送当時、自分の息子である手塚眞君が『W3(ワンダースリー)』よりも『ウルトラQ』を観たがって、それに対して手塚先生の奥さんは「お父さんのアニメ見なさい!」と眞君に言ったら、手塚先生は「子供の観たいものを観せてあげなさい!」と大激怒したらしいんですね。

で、おお!手塚先生かっこいい!と思ってたら、その後息子の眞君が『ウルトラQ』に熱中する姿を見て、結局やっぱり『ウルトラQ』に嫉妬しまくったという。ああ、ここでも嫉妬なんだ…。マンガ界では神と言われベテラン中のベテランだった最盛期の手塚先生でも、絵の巧い新人が登場すると嫉妬しまくっていた、というのはよく聞くんですが、『ウルトラQ』にまで嫉妬か…。先生、ホントに生涯嫉妬の塊だったんだなあ、としみじみと心の温まる名エピソードでした。

まあ手塚先生はその嫉妬を原動力に様々な傑作を生み出したりも出来ますけど、一般人は嫉妬したからって何か生み出せるという訳ではありませんからね。そのへんは誤解しちゃダメですよね。

[]この3連休は この3連休はを含むブックマーク この3連休はのブックマークコメント

映画1本観て(ウルヴァリン侍)、WIRE13行って、台風が来て、金曜に書いた記事にブクマが50個ついて(単なる勢い)、ついったーの呟きが100個リツイートされて(単なるさらし上げ)、あとずっと日記書いてたなあ。そのうち2本更新して、さらに下書きが8本、要するに3日で10本分日記書いたのかオレ!?アホなのか!?他にやること無いのか!?

でも忙しい相方さんのために掃除と洗濯もしたよ!今日はミネストローネ作ったよ!相方さん早く帰ってこないかな!

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20130915(Sun)

[][]『WIRE13』に行ってきた 『WIRE13』に行ってきたを含むブックマーク 『WIRE13』に行ってきたのブックマークコメント

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■クラブなどで見かけるこんな人たち

横浜アリーナで開催された『WIRE13』に、一人で行ってきた。

唐突だが以前からクラブなどで見かけるこんな人たちについてあれこれ疑問がある。

◎こんなクラバーはいったいどうなっているのか

・真っ暗なクラブでわざわざサングラスをかけている人は何かの限界に挑戦しているのであろうか。

・蒸し暑いクラブでわざわざニット帽をかぶっている人は何か宗教的な戒律のせいでそうせざるを得ないのであろうか。

・わざわざピンヒールを履いて踊っている女子は意地悪な仲間たちに罰ゲームをさせられているのであろうか。

・ファッショナブルというよりも単なる面白コスプレとしか見えない人たちは実は別の惑星からこの地球に降り立った人たちなのであろうか。

疑問は尽きない。

■『WIRE』に行くときの心得

さて『WIRE13』である。遂にこの間齢51歳となったオレなのだが、この歳でオールでダンス、は既に危険なものがある。同じ理由で、もともとたいして行ってもいなかったが、クラブにはもう数年行ってはいない。しかしクラブ・ミュージック好きとしては、せめて『WIRE』だけは外したくない。今回『WIRE』は15周年というが、皆勤賞とまでは行かなくとも、殆どの年は行っていた。オレにとって『WIRE』は、行かねばならぬイベントとなっているのである。という訳で、危険を顧みずの『WIRE13』なのである。いわばこれは挑戦なのである。

前回もそうだったのだが、『WIRE』にいる時にはアルコールは飲まない。すぐ眠たくなる上に、足に来るからである。そして今回もうひとつ注意事項として挙げざるを得なくなったのは、タバコはあまり吸わないことである。これは心臓に来るのである。ジジイにはオールのダンスは様々な危険が付きまとっているのである。

しかし今回、夜10時半に会場入りし、そして6時で帰るまで、床座りや床寝りはもちろん、休憩も殆ど取らず貫徹することとなった。当然だが殆ど踊っておった。我ながら見上げた持久力である。まあ実のところ、踊ってたというよりは、身体を微妙に揺らしていただけなのではあるが。既にオレにとって『WIRE』は、音楽を楽しむ以上に、熾烈な耐久レースを成し遂げることが目的となっているのだ。

『WIRE』に行く前に何をするか、というのはいつも決まっている。まず体力をつけておくためにガッツリ肉を食い、眠気を誘うために酒を飲み、しかるのちに仮眠するのである。肉はポークソテー2枚と決まっている。これらは『WIRE』に行くための儀式なのである。一回飲みすぎて、二日酔いの頭で会場入りし酷い目に遭ったが。

ジョルジオ・モロダー見参!

そんなこんなで今回も『WIRE』会場に到着。まずはなんと言っても23時10分から開始されるジョルジオ・モロダーを見ねばならない。そしてこれが、かつてモロダーさんが製作したディスコ・ヒット、サントラ・ヒットが立て続けに奏でられる懐かしの大ディスコ・ポップス大会だった!まさかこのオレが『WIRE』で「ネバーエンディング・ストーリー」や「フラッシュ・ダンス」、「トップガン」の主題歌「愛は吐息のように」で踊ることになろうとはゆめゆめ思わなかった!!しかもなんとモロダーさん、後半では音楽を止め、『WIRE』史上稀に見る、長々とした自分語りを始めるではないか!?恐るべしは世界に名だたるディスコ神・ジョルジオ・モロダーさんである。いやーそれにしても「アイ・フィール・ラヴ」はやはり最高でした!

その後はSLAMを全編眺め、腹ごしらえをした後にHELLをちょい見し、2000 AND ONEとLEN FAKIを半々見て、BEROSHIMAをちょい見、JOSH WINKを後半見た。トリはSVAN VATH、これも6時で帰るまで2時間ずっと見ておった。今回はハウス寄りのDJ選出だったので、選曲もそっちかな?と思ってたがちゃんとテクノしておった。

このテのクラブ・ミュージックは夜半3時を過ぎたあたりからが勝負時である。肉体疲労と精神疲労が蓄積し、音量と音圧で頭がボーッとしたあたりから気持ちよくなってくるのである。かく言うオレも3時を過ぎてからヘラヘラ笑いながら思う存分踊っておった。それにしてもこうやって大音量でクラブ・ミュージックを聴くのは本当に気持ちいい。音圧で腕の毛がびりびり震えるのが判るぐらいがいい。

帰りは台風上陸で大雨。横浜アリーナの出口では大勢のお客さんが雨雲を見上げながら途方に暮れいていた。しかしこのオレは台風を見越して折り畳み傘をクラブ行く時用のおしゃれポシェットに忍ばせていたのである。そういったわけで足止めを食っている人々を尻目に、華麗に傘を広げて帰ったオレだった。まあ、雨が凄すぎて、結局ずぶ濡れになって帰ることとなったが。

来年も行くぜ『WIRE』!身体がまだもったらな!

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kk 2013/09/15 22:32 WIRE おつかれしたー!
八時間も起き続け、躍り続けたんですね!凄い。楽しいラインナップだったんですね。LENFAKI 見たかったなぁ。どんな感じでした?
出来れば来年参加希望です。

奥多摩から夕方帰ってきました。雲取山の頂上を諦め、大雨の中下山しましたよ。ビックルするほどカエルに遭遇しました。
たまには自然もよいものです。
では、

globalheadglobalhead 2013/09/15 23:10 今回はSLAMが一番良かったかな。LEN FAKIもパキパキしたテクノやってて良かったですよ。SVAN VATHはイビザ仕込みのトランス帝王だけあって外れなかったな。
奥多摩行ってましたか。台風来てたけど無事で何より。よかったら来年のWIRE行きましょう。オレの体がまだもってたら!

globalheadglobalhead 2013/09/15 23:13 あと6時までは頑張ったけど5時半ぐらいで電池切れてたねー次回は休み休みかも。

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20130913(Fri)

[]グロテスクに歪められた「家族」という名の肖像〜映画『籠の中の乙女グロテスクに歪められた「家族」という名の肖像〜映画『籠の中の乙女』を含むブックマーク グロテスクに歪められた「家族」という名の肖像〜映画『籠の中の乙女』のブックマークコメント

籠の中の乙女 (監督:ヨルゴス・ランティモス 2009年ギリシャ映画)

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ギリシャのある裕福な家庭を舞台にした倒錯的な物語です。

この家の家族構成は父親と母親、そして成人近くまで成長した男1人女2人の3人の子供なんですね。しかし一見平和そうなその家庭では、実は異様なシチュエーションが進行しているんです。その家はプールや広大な庭があるのと同時に、なぜか高い塀が家を囲っており、外の世界が見えないようになってるんですね。

そしてこの3人の子供というのが、実は厳格な父親によって、生まれてから一度も外の世界に出ることも外の世界を見ることもなく、それらから一切遮断されて育てられた子供たちだったんですよ。さらに家の中では外の世界がどうなっているのか知る術となる物が一切置かれていません。そして父親はこの子供たちに、外の世界についても、言葉の意味すらも全く違うことを教育しているんですよ。

しかもこれが何かの狂信的な教え、というのではなく、ただ単に、無意味でしかない戯言を教えているだけなんですね。気取った言葉でいうとシニフェとシニフィアンの意図的な倒錯が成された、ある意味ポスト構造主義的なシナリオの物語、と言えるんですね。要するにここでは現実を隠蔽し虚偽を流布させることで意味論的な倒錯が進行している、ということができるわけです。そしてそれと呼応して性的な倒錯をもここでは行われているんです。

父親がなぜ子供たちを外界から隔絶し、このようないびつな教育を行っているのかという理由は描かれません。そのいびつさゆえに、少なくとも子供たちの純粋性を守る為などということは考えられないでしょう。ではなぜか?と考えると、それは単に父親が狂っているから、としか考え付きません。しかしこの父親は一歩外の世界に出るとごく普通のビジネスマンであり、さらにこの裕福さを考えると有能であり一般的な社会性を持った人物だということもいえるのです。つまり彼は全き狂気の中にいる人物というよりは、そのパーソナリティーが有する複数のレイヤーの中で、子供の育て方という部分のみが壊れた人物だということなのです。

しかしこれは一個人の特異な狂気の物語なのか?というとそうではないでしょう。確かにこの物語は異様であり、倒錯的ですが、それは現実のある局面をグロテスクなまでに極端に歪めて見せた情景なのだと言えるでしょう。そしてその歪めて見せた現実のある局面とは、「家族」の在り方であり「家庭」 の在り方なのです。

我々は「家族」にしても「家庭」にしても「それはこういったものである」という漠然とした認識を持っていますが、もちろんそれは個々の「家族」の場ではそれぞれが異なり、場合によっては大きく異なります。地方や国が違えば見る人によってはカルチャーショックを起こすような家庭なり家族の在り方もあるでしょう。この映画ではその差異を極端化し、非常にうすら寒く、理解不能の物として描くことで、我々が「家庭」なり「家族」なりについて認識し、そしてそれが「常識」だと思っているような事柄は、実は大なり小なりいびつで醜くて偏っていて、他者から見るなら滑稽で薄気味悪い認識でしかないのだ、ということを底意地の悪い視点で語っているのです。

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籠の中の乙女 [DVD]

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20130912(Thu)

[]テロリズムの行き着く先に〜映画『バーダー・マインホフ 理想の果てに』 テロリズムの行き着く先に〜映画『バーダー・マインホフ 理想の果てに』を含むブックマーク テロリズムの行き着く先に〜映画『バーダー・マインホフ 理想の果てに』のブックマークコメント

■バーダー・マインホフ 理想の果てに (監督:ウーリ・エーデル 2008年ドイツ・フランス・チェコ映画)

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「バーダー・マインホフ・グルッペ」、通称「ドイツ赤軍」。それは1970年代から90年代にかけて、ドイツのみならず世界を震撼させた極左テロ組織の名称である。西側資本主義の打倒とマルクス主義による世界革命を標榜しながら、誘拐・謀殺・破壊活動など数々の過激で冷酷なテロ行為を繰り返し、1977年10月にはパレスチナ解放戦線と共にルフトハンザ機ハイジャック事件をも引き起こしている。

映画『バーダー・マインホフ 理想の果てに』は、このドイツ赤軍の結成と、彼らの次第に激化するテロ活動、司法当局との息詰まる攻防、そして主要メンバーの逮捕と、その終焉までを描くドキュメンタリータッチの作品だ。

そもそもの始まりは政府の政治的偏向、暴力的な警察国家体質への憤りだった。間違ったことは決して許せない、正しさの為に声を上げたい、そういった”真っ当さ”を貫き行使しようとする彼らの言動や行動は、最初ひどく青臭いものにしか見えなかったりする。メンバーのそれぞれは成人し家庭を持った者までいるのに、まるで学生のようだ。

しかしこれは当時の時代の趨勢だったのかもしれない。70年代初頭といえばベトナム戦争が泥沼化し、それと併せアメリカ帝国主義とそれに与する体制への疑問が噴出した時期であった。さらに共産主義の理想に未だ甘い夢を見ることが出来た時期でもあったのだ。それはアメリカでは反戦運動、日本では安保闘争となり、そしてテロの舞台となったドイツでも同じような機運が高まっていたのだということができるかもしれない。

ドイツ赤軍の活動は次第に先鋭化・過激化し、暴力的な無政府主義の道を辿ることになる。かつて正義と公正さを標榜した青年たちの理念は硬直化した妄執へと変質し、制御不能な怒りと憎しみが破壊と死を撒き散らすだけのものとなってしまう。彼らは怪物と化してしまったのだ。それに対し司法も追撃の手を緩めない。遂に主要メンバー全員逮捕となるがしかし、それでもドイツ赤軍へのシンパは増加し、新たなテロを繰り返し始めるのだ。一方投獄された主要メンバーたちは焦燥と不安から次第に狂気の虜となってゆく。

映画はこれらを、中立的かつ非常に冷徹な視点で描いてゆく。ドイツ赤軍は確かに破壊と死と混乱を呼んだが、当時の西ドイツ政府もまた強権的な政策(ドイツ大連立)により国民に多大なる不満と反発を招いていた。これら国民の不満を弾圧と暴力という形で押しとどめようとした国家に、ドイツ赤軍はやはり暴力という形で対抗しようとした。これは善悪という問題ではなく、暴力に対して暴力で応えるどこまでも不毛な力の応酬があるだけなのだ。それは譲歩無き殲滅戦だ。

だがもちろん国家とテロ集団の力が拮抗することはありえない。テロ集団は追いつめられ次第に自棄的で絶望的な戦いへとなだれ込む。映画後半での冷徹極まりない凄まじい闘争は、息を呑むような非情さを持って観る者に迫り、その非情さが、異様な映画的興奮を生み出しているのだ。思いっきり不遜な言い方をするなら、実録マフィア映画やクライムサスペンスを見せられているような興奮だ。政治的テーマの作品ではあるが、そういった部分でも密かな面白さのある作品だった。

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バーダー・マインホフ 理想の果てに [DVD]

バーダー・マインホフ 理想の果てに [DVD]

kechidakechida 2013/10/13 13:35 こんにちは。ドイツ赤軍と言うとこの絵の事を真っ先に思い浮かべます。ぜひとも映画見てみます。
http://tokyo75.exblog.jp/12347291/

globalheadglobalhead 2013/10/13 19:00 実はこの映画を観ようと思ったきっかけがこの絵だったんですよ。正確にはドン・デリーロという作家の『天使エスメラルダ: 9つの物語』という短編集があり、その中の一篇『バーダー・マインホフ』で、この絵を観に来た男女が描かれており、「そもそもバーダー・マインホフとはなんなのだろう?」という興味からこの映画を観たわけなんです。ただ、その時検索してもこの絵自体は発見できなかったので、紹介していただいて嬉しかったです。

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20130911(Wed)

[]チェルノブイリ原発事故で故郷を失った人々〜映画『故郷よ』 チェルノブイリ原発事故で故郷を失った人々〜映画『故郷よ』を含むブックマーク チェルノブイリ原発事故で故郷を失った人々〜映画『故郷よ』のブックマークコメント

■故郷よ (監督:ミハル・ボガニム 2011年フランス/ウクライナ/ポーランド映画)

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1986年4月26日、雨のプリピャチ。消防士のピョートルとアーニャは結婚式を挙げていた。しかし式が真っ盛りの最中、突然の連絡により、ピョートルは火災現場に急行しなければならなくなる。そしてアーニャにとって、それがピョートルを見る最後となった。ピョートルは、まさにこの日、チェルノブイリ原子力発電所の事故現場に赴き、大量の放射線を浴びて帰らぬ人となったのだ…。それから10年。プリピャチを追われたさまざまな人々が、帰ることの出来ない自らの故郷に思いを馳せる。

ウクライナ北部にあるプリピャチは、チェルノブイリ原子力発電所従業員用の居住地として創建された、当時約5万人近くの住民が住んでいた街だ。発電所から4キロ南にあったこの街は、事故により全ての住民が避難し、現在ゴーストタウンと化しており、一般人立ち入り制限区域指定となっている。ただし見学ツアーは行われており、映画の主人公であるアーニャもこのツアーのガイドという役柄で物語に登場する。

映画ではこのアーニャも含め、原発技師アレクセイ、その息子ヴァレリーの3つの視点で物語が進行する。事故被害の甚大さに茫然自失となり、家族のもとから失踪して放浪の旅を続けるアレクセイ、その父がきっと生きていると信じてプリピャチへの侵入を試みる息子ヴァレリー。3人に共通するのはプリピャチという目の前にありながら失われてしまった故郷だ。そしてその故郷での失われた生活と思い出だ。今は新しい生活が各々にあったとしても、彼らは故郷を決して忘れる事が出来ない。そして忘れられないからこそ、故郷の呪縛にはまったまま、そこから一歩も抜け出せなかったりもする。

映画では事故前のプリピャチが再現され、さらに事故後のプリピャチは実際に現地で撮影されているという。プリピャチというと、自分はゲーム『S.T.A.L.K.E.R.』や、ここを舞台にしたホラー作品『チェルノブイリ・ダイアリーズ』などでその街並みには覚えがあったりするのだが、あのモニュメンタルな観覧車は、実は原発事故直前に完成し、一度も稼働することなく破棄されることになったものであったのだという。

監督はこれが処女作となるイスラエル人女性監督ミハル・ボガニム。自らもレバノン戦争により移住を余儀なくされ故郷喪失者の悲しみをこの映画に二重映しにしているのかもしれない。撮影はテオ・アンゲロプロス監督作品で多く活躍するヨルゴス・アルバニティス。無人となったプリピャチ、そしてロシアの自然を美しい映像で切り出し、「帰ることの出来ない土地」への切なさを盛り上げる。そして主演は『007 慰めの報酬』『オブリビオン』のオルガ・キュリレンコ。ハリウッド大作とは違う等身大の女性を演じる彼女だが、等身大であるからこそ逆に艶めかしいまでの美しさが際立っている。

しかし映画としてみると、これが申し訳ないのだが退屈なのだ。チェルノブイリ原発事故、そして故郷喪失者という非常に大きく、重いテーマではあるのだが、初監督作品としてその技量を持て余してしまったのか、ドラマ性が薄く、演出もこじんまりと小さくまとまってしまっており、登場人物たちのそれぞれの物語がまるで生きていないのだ。またチェルノブイリ事故から避難までの時間配分が長いばかりに、後半のドラマがどうにも短く駆け足で描かれてしまっており、彼らに感情移入している暇が無かったりするのである。

登場人物たちの身の上は、どれも同情できるものであるし、悲劇的な背景を背負っていることを理解できるものではあるけれども、ドキュメンタリーではなくフィクションとして描くのであれば、同情や理解だけでは無い、観るものをねじ伏せる様な感情への訴えかけを生み出すドラマや、その演出が必要だったのではないか。テーマがテーマだけに、同じ災厄を抱える日本の一個人としても見所を探したかったのではあるが、少々残念だった。

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故郷よ [DVD]

故郷よ [DVD]

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20130910(Tue)

[]ジョンの肉体とトントの精神〜映画『ローン・レンジャージョンの肉体とトントの精神〜映画『ローン・レンジャー』を含むブックマーク ジョンの肉体とトントの精神〜映画『ローン・レンジャー』のブックマークコメント

ローン・レンジャー (監督:ゴア・ヴァービンスキー 2013年アメリカ映画)

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ゴア・ヴァービンスキーのスピリチュアル体質

パイレーツ・オブ・カリビアン』というブロック・バスター映画シリーズをヒットさせ、ディズニー映画の功労者ともいえる監督なのにも関わらず、ゴア・ヴァービンスキーは妙な癖がある人だ。最初に「あれ?」と思ったのは『パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド』の冒頭だ。"世界の果て"に囚われたジャック・スパロウの精神世界の描写が大作映画らしからぬ奇天烈さだったのだ。派手な冒険活劇を期待して観に行ったオレは、「なんでこんなことしちゃうの?」と思えてしまったのである。ところが、続いて監督したアニメーション『ランゴ』では、その精神世界の描写が秀逸だった。今度は逆に、「よくあるような夢と冒険のお気楽アニメ」といった予想を大きく覆した傑作だった。ゴア・ヴァービンスキー、意外とスピリチュアル体質なのだな、と思えた作品だ。

さてこの『ローン・レンジャー』、『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズのスタッフが再結集ということで、「またあのセンでいくんだろうなあ、嫌いじゃないけど」程度に思って観に行ったら、これがまたもや、いい意味で予想を裏切る快作に仕上がっていたのである。予告編で観る限りでは、単細胞的なマッチョ・キャラ"ローン・レンジャー"と、コミックリリーフ的な役回りのインディアン"トント"が絡む、冒険!アクション!爆発!湯水のように金の掛かったCGI!そしてブラッカイマー印の大雑把さ!が画面に踊る映画だと思っていた。まあそれはだいたい間違いはなかったのだけれども、ファミリームービー的なマイルドさはあるにせよ、アメリカ建国史の暗部であるアメリカ先住民大量虐殺にも、やんわりと目配せしていたのだ。

■アメリカ先住民

まあそれは当然のことかもしれない。原典となるラジオ・ドラマやコミックのことはまるで知らないのだが、オリジナルが1933年作ということを考えると、そこで登場するインディアンキャラ・トントは、当時のアメリカ白人が無思慮に造形したステレオタイプなインディアン像であったであろう事は想像に難くない。しかしそれを今現在そのままの形で登場させるのは、まあ、なにかとアレだろう。

この『ローン・レンジャー』で登場するアメリカ先住民が正確な描写であるかどうかを判断できる知識は自分には無いし、また、それのみを描く映画ではないから、そこだけを突っ込む必要も感じない。ただ、この映画では、トントの悲劇的な生い立ち、そしてアメリカ白人たちの先住民への搾取の在り方が、エンターティメント映画なりに、きちんと描写されていると感じた。当然、そこを避けて通ったら現代的な映画としても成り立たなかっただろう。もちろん、社会的背景があるからこの映画は正しいと言いたい訳ではない。それよりも、その部分をきちんと描くことで、作品に奥行きと陰影を与えていることが、映画それ自体を面白くしていることが素晴らしいと思ったのだ。要は作品を面白くするために何を盛り込もうとしたかだ。

■肉体と精神

さて物語は、最初から正義のヒーロー、ローン・レンジャーが大活躍!といったものではない。ある意味この作品は「ローン・レンジャーはいかにしてローン・レンジャーになったのか」という、アメリカのヒーロー映画ではよくあるコンセプトの上で作られている。だから中盤までは、弱弱しくて紋切り型の正義しか唱えない主人公に若干じれったい思いをさせられるのは否めない。だがその軟弱なヒーロー未満をサポートするのがトントなのだ。この中盤までは「単なる役立たずのデカブツ」でしかないローン・レンジャー/ジョン・リードを牽引し、「戦いとはなんなのか?なぜ戦うのか?」をジョンに理解させるのがトントの役目なのだ。いわば、図体だけのジョンに心を宿させたのがトントというわけだ。ローン・レンジャーとは、ジョンの肉体とトントの精神が合致することによって初めて出現できたヒーローだったのだ。

そしてクライマックス、いよいよローン・レンジャーが活躍する時がきた!白馬に乗ったローン・レンジャーが登場し、ウィリアム・テル序曲」が高らかに鳴り響いたとき、オレは歓喜で鳥肌が立ちました。

ここからは一気呵成、細かいことは書かないけど、疾風怒濤の血湧き肉踊るアクションの連打連打に、思わず拍手喝采であります!いやあ、ええもん見せて頂きました!

アメリカ先住民=スピリチュアルいうのも単にステレオタイプなのかもしれないけれども、しかしこの『ローン・レンジャー』では少なくとも敬意、は感じた。そしてこれだけアクションで盛り上がる作品なのに、観終わった後になぜか物悲しさを感じるのは、その後のアメリカ先住民たちの運命を誰もが知っているからなのだろう。映画は年老いたトントが語る、という形式をとられているのも、これが実は失われた自らの種族を語る物語である、ということだからなのだろう。そしてそんなアメリカ先住民に寄り添う形で物語を紡いだのは、監督ゴア・ヴァービンスキーがそもそも持つ、スピリチュアルなものに対する憧憬があったからなのではないだろうか。

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ローン・レンジャー オリジナル・サウンドトラック

ローン・レンジャー オリジナル・サウンドトラック

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20130909(Mon)

[]エリア51突入 エリア51突入を含むブックマーク エリア51突入のブックマークコメント

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今日オレは51番目のエリア、エリア51に突入したのである。

エリア51といえばロズウェル、そしてリトルグレイ。さらにいうと『X-File』であり、「モルダー!」「スカリー!」であり【真実はそこにある】なのである。しかしオレのエリア51には真実はあんまりなく、どちらかというと【眼精疲労がそこにある】といった塩梅なのである。

例によってどうでもいい事ばかり書いているが、まあ何が言いたいかというと今日はオレの51歳の誕生日なのである。

51かあ。50歳まではオレも年の割にはまだまだイケる、と思っていた。50になった時は半世紀生きたぜ、なんて思っていた。だが51。なんにも面白くない数字だ。単にジジイがより強固にジジイになり、そしてこれからさらになし崩しにジジイになる、というだけの数字だ。

なにより50を過ぎてから体のあちこちにガタが来始めた。それまでまるで病院に行ったことの無かったオレが50過ぎた途端にあれやこれやと病院のお世話になるようになってきた。面白くない。

それとこれは以前から徐々にだったが、食欲は普通にあるが、食べられないものが増えてきた。別に歯が悪くなったから、という意味ではなくて、今まで散々好きで食っていたものが、あんまり美味いものだと思えなくなってきたのだ。あと、今まで普通に食べていたはずのものが塩っ辛く感じるようになってきた。要するに、体の老化に応じて、体自身が「もうこういうの食べないほうがいいですよ」と教えてくれているのだ。

さらに酒が弱くなってきた。今まで毎日ビール1.5Lは欠かせなかったが、最近は1Lでも多い。まあそれでも結構飲んでいるんだろうが。そしてあんなに大好きだったピザがあまり食べられなくなってきたのがとても哀しい。ピザと言えばオレ、オレと言えばピザだった筈ではないのか。まあ、確かにありゃあカロリー高すぎだからな…。あと糖尿のケも出てるんだよな。オレん所、糖尿の家系だからなあ。やっぱりピザ喰えなくなってきて正解か…。

昔みたいに夜更かしも出来なくなった。朝は今でもきっちり目が覚めるほうだが、ちょっと辛い日が週に1度ぐらいはあるようになってきた。しかしこれは今までが不健康だったんだから、夜になったら眠くなり、そしてちゃんと寝れるのはいいことなんだろう。

辛気臭い事ばかり書いてすまん。しかし辛気臭い事しか思いつかん。ここに書いていないだけで辛気臭いことなら他にもいっぱいある。でもあんまりあからさまに書き過ぎると心が折れそうなのでもう書かん。

もうちょっと希望のあることを書こう。とりあえず立って歩けている。先はわからないがまあまあ大病もしていない。とりあえず仕事はある。今すぐ路頭に迷わない程度のささやか過ぎる貯金もくどいようだがささやかにある(何度もくどいですがホントにささやか)。ああ、安普請だが雨風しのげる部屋もある。さっきも書いたがまあまあ食欲もある。量は減ったが酒だって美味しく飲める。…ううん、希望のレベル低すぎないかオレ…。まあ昔からこんなもんだったけどな…(やっぱりしょんぼりしてきた)。

あとはあれだな、仕事がもうちっと楽になってくれればなあ。残業やだなあ。…いかん、やっぱりボヤキはじめてるよ…まあこんなことを書くのは誕生日の時ぐらいなんで許してやってください。

この日記も、既に単なる義務的なものになってきて、書きたいとか書きたくないではなく、なんだかそういう日課だから、いやおうなしに続けている、といった感じだ。昔はたくさんの人に読まれると嬉しかったが、最近は誰が読んでいるとかいうよりも書かなければならないから書いているだけだ。いつ止めてもいいやあ、と思っていた時期もあったが、ここまで書いていると、もう止めたいとか続けたいとかいう意志とは別の所で書いている。まあ半年後には止めてるかもしれないが。だいたいアナタ、あと半年ほどでこの日記10年になるんですよ。

まあしかし、オレといてくれる相方さんがいるだけでも、オレは果報者なのだと思う。人生の殆どを孤独をこじらせすぎて生きてきた身としては、彼女がいてくれることでほとんどの不幸はクリアされてしまった。相方さんには感謝の念が絶えない。少なくとも、彼女と二人、長く楽しく生きていたい。オレに希望があるとしたら、そのぐらいである。

というわけで、誕生日おめでとうオレ!(と無理矢理締めくくる)

20130907(Sat)

globalhead2013-09-07

[]そこ僕らの席なんですけど? そこ僕らの席なんですけど?を含むブックマーク そこ僕らの席なんですけど?のブックマークコメント

今日映画観に行ったんだけどそのときの話。

映画がまだ始まる前で、お客さんが三々五々席に着き始めていた時間帯だったんだけど、オレのひとつふたつ斜め後ろの席で何かガヤガヤやっている。最近のシネコンはどこも座席指定なんだけど、どうも既に座っているお客さんの席にまた別の二人連れが来て、ここは自分らの席番号じゃないのか、とか言っている。

よくある席番号間違いなのかな、と思ってなんとなく聞いてたら様子が違う。「いや、この席は僕らの席番号で間違いないですよ?」「あれ?でも私たちの番号もここになっているんだけど?」なんて言っている。

席番号がかち合うなんて有り得ないから、どっちかのお客さんがシネコンの別の映画館に入っちゃったんじゃないのか?とオレは聞いていて思ったんだけど、後から来た二人連れ、「まあいいや、別の席に座るか」なーんて言って、本当に別の席に座ってしまった。おいおい!

その二人連れはちょいお年を召した爺さんと若い娘さんで、どういう関係かはわかんないんだけど、その若い娘のほうが「座った席にまた別のお客さんが来たらどうするの?」と、まあ普通なら当然思いつくことを爺さんに言うんだけど、爺さんは「そん時はまた別の席に座ればいいんだよ」などと暢気な事を言っちゃってる。

この日の映画館は満席ってほどでもないけど割りとお客さんが入っていて、この二人連れの座った席にもそのうち別のお客さんが来るんじゃ?と思ってオレはなんとなく興味半分でその二人を気にしていた。

そうしたらやっぱりその席のお客さんらしき二人連れが来る。で、その席に爺さんと連れが座っているのを見て、もう一度自分たちのチケットの席番号を確かめて、ちょっと首をかしげたあと、何も言わずに劇場を出てしまった。

あれ?と思ってたら今度は劇場を出て行った二人連れが係員を連れて戻ってきた。係員は席に座っていた爺さんにあれこれ問い正すが、座っていた爺さんは「だって席番号がだぶっていたから自分の席に座れなかったんだよ」とか説明している。そこで係員はその爺さんにチケットを確認させてください、と言って爺さんのチケットを確認した。

そしてわかったことは、この爺さんのほうの二人連れ、実は明日の日付のチケットでこの映画を見にきていた、ということだった。なんで明日の日付なんだよ・・・。券売機で間違って買ったのか?

まあしかし、せっかく来ているからしょうがない、ということで、係員は空いている席を見つけて爺さんとその連れをそこに座らせた。そこの席番号は係員がなにかうまくやったんだろう。

しかし「明日のチケットで来る」というは思いつかなかったな!まあ最後はみんな座れてよかった!ちなみに映画のほうは大変面白かったでした!

masamasa 2013/09/09 10:33 私は使ったことが無いのですが、最近のシネコンではネットで希望の日時のチケットが予約できるようですね。それで予約はしたけど、予約した日を一日間違えて来場してしまったのでしょうか。自動チケット発券機で窓口に行かなくても発見できるところもあるようですので、それで発券できてしまったんでしょうか。当日券以外も発券できるとしたら同じようなミスが起きるかもしれないですね。

globalheadglobalhead 2013/09/09 10:48 ネット予約しそうにないお爺ちゃんだったから、当日券売機で買って間違ったか、窓口で買って係員が操作ミス起こしたか、ですかねえ。あとチケットもぎる(もぎるって不思議な言葉ですねぇ)時に発見できなかったかとは思いますが、時間は見るけど日付までは想定外だったんじゃないでしょうかね。

b 2013/09/10 18:29 その暢気なおじいさんからして、「1日ずれてるけどまあいいか、明日用事あるし」くらいの感覚で来られたのでは。
昔は映画なんて1回払えば入り浸って見放題だったし、今のような全席指定、毎回入替になじみの無い方だったのかも知れない。

globalheadglobalhead 2013/09/10 22:31 やはり「どうしたらこうなるのだろう?」といろいろ想像しちゃうんですよね。
自分もあの時はあれこれありそうなことを考えて、でも明日のチケットだった、というのは思いつかなかったのがなんだか面白くて、軽い気持ちでこんなエントリを書いたのですが、寄せていただいたブコメや取り上げていただいたブログを読ませていただくと、皆さんそれぞれに反応や見かたが違っていて、それがまた奇妙に面白く思えてしまいました。

20130906(Fri)

[]映画『ジャックと天空の巨人』は醜い巨人族がとっても怖いアクション・ファンタジーだった 映画『ジャックと天空の巨人』は醜い巨人族がとっても怖いアクション・ファンタジーだったを含むブックマーク 映画『ジャックと天空の巨人』は醜い巨人族がとっても怖いアクション・ファンタジーだったのブックマークコメント

ジャックと天空の巨人 (監督:ブライアン・シンガー 2013年アメリカ映画)

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「『ジャックと天空の巨人』?「ジャックと豆の木」なんだろ?今さら誰でも知ってるような子供向けのおとぎ話を、たいそうな金掛けて映画化してどうしたいっていうの?それにブライアン・シンガー監督映画って、今まであんまり面白いと思ったことないんだよなあ」と、最初は相当ナメてたオレなのである。まあしかしお話が子供向けでも、たっぷり使われたCGIの映像を眺めるだけなら、暇つぶしにはいいかもしれない、そう思ってレンタルしてみたのだが…これがなんと、おもいのほか面白かった。いやあ、ブライアン・シンガーさんには深く深く平伏しなければならない。

物語はなにしろ「ジャックと豆の木」である。しかしそれに野心に溢れた伯爵の陰謀、王女との恋、巨人族と王国軍の大規模戦闘、というアレンジを加え、決して子供向けの物語にとどまらない非常にスペクタクルに満ちたエンターティメント作品へと昇華しているのだ。

まず冒頭の、主人公と王女のそれぞれの来歴を交互に描いてゆく描写がいい。全く身分の違う二人ではあるけれども、それぞれが胸の内に感じる喜びの在りかや、自らの境遇に感じる遣る瀬無さが、実は共通のものであり、二人が全く同じキーワードのもとに生きていることを、巧みな演出で見せているのだ。まずこの部分でこの映画が非凡なものであることを感じさせてくれる。

そしてその二人の背後で進行する伯爵の陰謀だ。ここで「天空に存在する巨人国の伝説」が絵空事ではなく実は隠蔽された事実であり、伯爵がこの巨人族を使って国家転覆を図っていることが描かれる。これにより物語は「幼稚なおとぎ話」から、現実と異世界を行き来するダーク・ファンタジーの系譜へと格上げされるのだ。

そしていよいよ天空に浮かぶ大地で巨人族とのご対面、と相成るわけだが、巨人なんてでっかいだけでドン臭い連中だろ、と思ってたら大間違い、現われた巨人族は十分に醜くおぞましい姿で、人間達を次々と貪り食い、その巨躯と怪力と凶暴さで、たっぷりと恐怖を煽ってくれるのがまたいい!そしてこの巨人族、遂には地上に大軍を成して降り立ち、主人公の住む王国の軍団と、熾烈かつ息を呑むような戦闘を開始するのである。

すなわちこの『ジャックと天空の巨人』、巨人族による恐怖!食人!が描かれ、彼らとの戦闘による破壊!殺戮!死!がふんだんに盛り込まれているのだ。レーティングの関係からかどぎつい描写はないにしろ、まさかここまでやってくれるとは思わなかった。映画『ロード・オブ・ザ・リング』ほどではないが、ここでは巨人軍と王国軍との激しい攻防が繰り広げられる攻城戦が描かれ、一進一退のその戦いはまさに息を呑むものであった。

そしてその戦いを、貧しい農民である主人公と王女との共闘と、巨人族族長との追跡・逃走劇に収束させながら、物語はファンタジーらしい華々しいクライマックスを迎えるのである。ラストのあのオチまでにやりとさせられ、充実したエンターティメント作として完成した作品であった。

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20130905(Thu)

[]『オズ はじまりの戦い』は3人の魔女がオズを取りっこする戦いだったッ!? 『オズ はじまりの戦い』は3人の魔女がオズを取りっこする戦いだったッ!?を含むブックマーク 『オズ はじまりの戦い』は3人の魔女がオズを取りっこする戦いだったッ!?のブックマークコメント

オズ はじまりの戦い (監督:サム・ライミ 2013年アメリカ映画)

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だいたい「オズの魔法使い」と聞くと原典よりもジョン・ブアマン監督のディストピアSF『未来惑星ザルドス』のほうを思い出し戦慄するオレである(理由はウィキペディアとかで調べるがよろし)。

あと誰も知らないと思うけど大昔、日本テレビでやってたテレビドラマな。シェリーっていうハーフの子がドロシー演じてたんだけど可愛かったなあ。しかも一部3Dだったんだぜ?それとこれは小説なんだけど、「オズの魔法使い」のドロシーには実はモデルがいた、というジェフ・ライマン作のフィクション『夢の終わりに…』とかね、もう臓腑を抉られるような悲しいお話で、絶版になってるみたいだけどこれはお勧めだから気になった人は探して読んでみるがいいわ。

…でまあ何をグダグダ書いているのかというと実は『オズの魔法使』、一番有名であろうヴィクター・フレミング監督の映画をきちんと観たことがないのである。そもそもあの映画が公開された1930年代当時の有名MGMミュージカルって、タイトルだけは知ってるけどまるで観たことないんだよなあ。

というわけでサム・ライミ監督のほうの『オズ』ですが、ライミ監督らしいカメラワークとか実に楽しかったりするんですが、なにしろ基本ファミリー・ムービーです。だから原色飛び交うカラフルな映像と、夢と勇気と冒険のシンプルなお話を楽しめばいい映画なわけで、それ以上でもそれ以下でもありません。

ただしそういう映画ではありますが、これよく観ると主人公であるオズが、魔法の国の魔女たち3人をドンファンよろしく次々とたらしこんでゆく物語としても見られるんですわな。最初に出会ったタヌキ顔魔女をあれだけのぼせ上らせておきながら、次に会ったキツネ顏魔女にも微妙な色目使っていたようにオレには見えましたね!

だからキツネ顏がタヌキ顔を醜く変えたのは「こうしておけばあの男は私のモノになるだろう」という策略かもしれないではないですか。結局主人公オズは3番目に会った金髪魔女とねんごろになっちゃうわけですが、それを知ったタヌキ顔とキツネ顏は嫉妬に狂うわけですよ。で、共闘して大戦争ですよ。まあ確かにこれ以前から陰謀は進行しておりましたが、オズが関わらなければこれほどまでに苛烈にならなかったかもしれないですしね。それにしてもオズってモテモテだなあ!オズの国には今まで男がいなかったのかなあ!

結局オズは善い魔女である金髪魔女と結託して勝利しますが、実際の所、オズは正義とかなんとかよりも、金髪が一番好みだったから協力したんではないのか、とオレは勝手に決めつけております。しかし鑑みるにライミ映画の女優って相変わらず微妙なセンを狙った女優ばかりで、もしもオレだったらキツネ顏魔女のほうが全然いいけどなあ。財産も持ってるみたいだし。善悪なんて勝ったほうのものなんだからどうにでもなりますしね。いや、汚い大人の戯言です、本当にどうもすいません。

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kk 2013/09/11 00:46 きつねって、レイチェル・ワイズですか。あの三人のなかだったら一番美人ですよねー。でも、持てるのは金髪ではなかろうか。

途中まで見て、やめてしまった。。

私はあの陶器の人形ちゃんがいいな。

globalheadglobalhead 2013/09/11 01:14 そうそうレイチェル・ワイズ。サム・ライミは『スパイダーマン』の時のヒロイン(キルスティン・ダンスト)がどうも「???」だったので、こいつとは趣味が合わん、ということになっております。
陶器の人形ちゃんはなんだか昔のロシアアニメを観ているようなレトロな雰囲気がして面白かったな。

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20130904(Wed)

[]ニンジャ・スパイに不可能はない!〜映画『ニンジャ:インポッシブル』 ニンジャ・スパイに不可能はない!〜映画『ニンジャ:インポッシブル』を含むブックマーク ニンジャ・スパイに不可能はない!〜映画『ニンジャ:インポッシブル』のブックマークコメント

■ニンジャ:インポッシブル (監督:トーマス・キャぺラン・マリング 2010年ノルウェー映画)

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マイク・マイヤーズ主演『オースティン・パワーズ』、スティーヴ・カレル主演『ゲット・スマート』。これらお馬鹿なスパイ映画に一石を投じた(投じなくてもいいけど)アホアホなスパイ映画が存在した。その名は『ニンジャ:インポッシブル』。ああもう「ニンジャ」と「ミッション:インポッシブル」が合体した時点で胡散臭い臭いがプンプンだ!しかもなんとノルウェー産だ!ノルウェーってフィヨルドとか連続テロばっかりじゃなくてアホアホもOKだったとは。北欧のアホはどんなことをやらかしてくれるのか確認するためにオレは早速DVDをレンタルしたわけだな。

お話はというと、冷戦下の世界を舞台に、この映画の主役であるノルウェー国王直属の隠密ニンジャ部隊の皆様が、CIA指揮下にあるSBとかいう秘密諜報機関と対立し、虚虚実実の諜報戦を繰り返しながら、最終的にお互いを潰しあう殲滅戦へと発展してゆくというものなんですな。しかしこうやって書くと物凄くシリアスな物語みたいなんですが、実際はというとなんだかひたすら妙な描写が次々と展開し、そのハズシ方がオカシイと言う脱力系のギャグ映画なんですよ。そのギャグのセンスもドタバタや下ネタを一切廃し、キザっぽかったりクールぶったりニヒルを気取る「所謂スパイ映画」の構造を裏返し、そこに「ニンジャ」という訳の分からない東洋の神秘を挿入することで微妙な可笑しさを醸し出そうとしているんですな。

例えば妙にセコイ「忍者秘密基地」とか、基地の遠景が妙に可愛らしい手作りジオラマセットだったりとか、描写が長い割には殆ど無意味に見える忍者選抜訓練とか、訓練のあとなぜかキャンプファイヤーだったりとか、急に悟り開いちゃったりとか、唐突に敵のアジトに火遁の術で進入したりとか、確かにそういう時代設定とはいえ電子機器がどれもハイテクどころか異様に古臭いものばかりとか、誰も彼も70年代風のもっさりしたファッションだったりとか、どこまでもアナクロでレトロなテイストで突き進んでゆくんですよね。しかしチャチさだけで行くのかと思ったら海上油田プラットフォームの戦いがあったりラストに派手な決戦があったり、決して安普請な映画というわけでもないんですよ。

いうなれば眉間に皺を寄せ大真面目な顔で馬鹿な事を言う、そういった笑いのセンスの映画でもあるんですよ。こんな微妙なくすぐりが連続で、始終ニヤニヤさせてくれるアホアホスパイ映画でありましたね。(なおレンタル専門でセルの予定はないようです)

〇参考:ニンジャ:インポッシブル/【SAMPLE】ビデオながら見日記


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20130903(Tue)

[]『俺たち喧嘩スケーター』はキュートで熱いスポ根ムービーだった! 『俺たち喧嘩スケーター』はキュートで熱いスポ根ムービーだった!を含むブックマーク 『俺たち喧嘩スケーター』はキュートで熱いスポ根ムービーだった!のブックマークコメント

■俺たち喧嘩スケーター (監督:マイケル・ドース 2012年カナダ映画)

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アイスホッケーを題材にしたキュートでユニークなカナダ産映画です。日本版タイトルから『俺たちフィギュアスケーター』みたいなコメディ映画だと思わされてしまいますが、確かに笑える要素もあるにせよ、同時にアイスホッケーに賭ける青春模様を描いた熱いドラマとして仕上がっているんですよ。

ドラマ自体も単純なスポ根モノに終わっていません。主人公は喧嘩が強いこと以外は何のとりえもない青年ダグ(ショーン・ウィリアム・スコット)。彼はその腕っぷしを買われてアイスホッケーの乱闘専門要員としてスカウトされてしまうんです。試合中暴力的なガードやアタックをかましてくる相手選手を牽制したり、最初からブチのめして潰しておき、試合の流れを優位に持っていく、そのための人員なんですね。

当然暴力振るうと退場させられるんですが、時間が来ればまた復活できる、そういったルールを上手く利用した裏ワザなんですね。つまりこの映画、スポーツ競技そのものというよりも、そこで乱闘しまくる主人公にスポットライトを当てているというわけなんですよ。で、この乱闘がね、盛り上がるんですよ!観ていて血が騒ぐんですよ!拳と拳のガチファイトなんですよ!いやあアイスホッケーって野蛮だなあ!

主人公のダグはあんまりオツムは良くないんだけれど、気は優しくて力持ち、むさ苦しい髭面ながらいつもチワワみたいに瞳をキラキラさせていて、なんだか非常にキュートなキャラなんですよ。そのダグの活躍が弱小チームを牽引し、白けきっていた仲間チームの結束を再び固くし、自信を失っていた花形選手を甦らせていくんです。さらにダグの、見ていてこっちが照れくさくなるような不器用で純情な恋愛模様がまたいいんですね!そんな頑張り屋のダグを全く認めない親との葛藤も泣かせます。

そしてそんなダグとチームメンバーがスポーツ・ドラマのお約束、頂上対決でクライマックスを迎えるんですが、この相手チームにもダグと同じ「喧嘩屋」がおり、しかもホッケー界で最も悪名高い伝説の喧嘩男だったりするんですよ。この新旧喧嘩屋の運命の戦いと、ダグの恋の行方が交差しながら、物語はいやがうえにも盛り上がりまくってゆくんですよ!いやあオレ、DVD観ながら一人で部屋で「うおおおおお!」とか雄叫び上げてたもんなあ。日本未公開DVDスルー映画(しかもセル無し)にも関わらず非常に優れた、そして愛すべき映画として観ることが出来ました。

〇参考:俺たち喧嘩スケーター/【SAMPLE】ビデオながら見日記


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20130902(Mon)

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■マン・オブ・スティール (監督:ザック・スナイダー 2013年アメリカ映画)

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■絨毯爆撃の如き破壊力

ヤヴァイ。『マン・オブ・スティール』が最高にヤヴァイ。『マン・オブ・スティール』は、オレがこれまで観てきたヒーロー映画全てを叩き潰す勢いの、あたかも絨毯爆撃の如き破壊力を持った映画だった。『マン・オブ・スティール』は、ヒーロー映画であると同時に、異世界を描くSF映画であり、家族愛についての映画であり 、分裂したアイデンティティの物語であり、地球侵略SFであり、戦争映画であり、そして凄まじい格闘を描く映画でもあり、そしてそれらの要素が濃縮され、ハイスピードで描写される、恐るべきジェットコースター・ムービーとして完成していたのだ。

■圧倒的な異世界の情景、そして家族愛の物語

冒頭に描かれる、破滅に瀕したクリプトン星の描写にまず息を呑まされる。そこは科学が高度に発達した、光り輝くユートピアのような世界ではなく、荒廃した大地に、奇怪なテクノロジーが蠢く、グロテスクな異世界だったのだ。この冒頭の異世界だけで1本の映画が撮れそうなほどのイマジネーションがここでは炸裂する。そしてそこで生きるクリプトン人は、神の如き能力を持つ神の如き人々としてではなく、怒り、悩み、愛する、人間と何も変わらない人々として登場する。ここで『マン・オブ・スティール』は、リチャード・ドナーによる1978年版の映画『スーパーマン』に敬意を表しつつも、全く違う切り口でスーパーマン物語を紡ごうとする態度を高らかに表明する。

そして地球に到達した幼いスーパーマン/カル=エルを拾い、クラークと名付けて育ててきたケント夫妻との家族愛。このケント夫妻を演じるのが、なんとケビン・コスナーダイアン・レイン。映画の予備情報を全く仕入れずに観に行ったものだから、この豪華な顔合わせにまずびっくりした。アメリカ・カンザスの片田舎で、特殊な能力を持つがゆえに孤独な少年時代を過ごすクラーク、そして自らのアイデンティティに悩み、アメリカを放浪する青年クラーク。そんなクラークに、本当の親ではないのにもかかわらず、愛情を注ぐことを忘れない両親。クラークがその能力のせいで周囲から疎外されないよう、身を挺して守り抜こうとする父ケントのエピソードは、この物語前半で最も感情を揺さぶられるものと言えるだろう。

■自分とは誰なのか?

若きクラークの孤独と漂泊は、自分が何に属し、自分が何を愛し、誰を愛するのか、それを見つけ出すための長く苦しい思索期間だった。そしてそれは、自分とは何なのか?自分はどう生きるべきなのか?という答えを見つけ出すための期間でもあった。そう、この『マン・オブ・スティール』は、孤独と漂泊の果てに、【自分とは何者であるのか?】を見つけ出す男の物語でもあったのだ。それはつまり、【自分=スーパーマンは、なぜこの世界を守るのか?】というその基本を確固とする為の作業だったのだ。

このクラークにからんでくるのがエイミー・アダムス演じるロイス・レイン。背後に「アメリカとは何か?」というテーマを孕むスーパーマンの物語だが(異星人でさえ移民として受け入れ、そしてアメリカの独自性の為に奉仕する、というのが実はこの物語の根底にある物なのだろう)、そのアメリカ女らしい十分なはねっかえりぶりが微笑ましい。ロイスが務めるデイリー・プラネット社の編集長ペリー・ホワイトがローレンス・フィッシュバーン。彼の登板も知らなかったので、この登場にも驚いた。それにしても凄い配役だなあ。

■最凶の敵役ゾッド将軍

そこに登場するのがクリプトン星の謀反者、ゾッド将軍とそのコマンドたちだ。彼らの黒く悪辣な出で立ち、そのコスチュームがまずいい。彼らの駆るスペースシップと小型移動機の、やはり漆黒の禍々しいデザインがいい。このゾッド将軍を演じるのがマイケル・シャノン。今一番狂気を宿した目つきをした俳優の一人だろう。個人的には『テイク・シェルター』や『プレミアム・ラッシュ』のブチキレ演技が記憶に新しい。その相方を務める女兵士ファオラ=ウルにアンチュ・トラウェ。誰かと思ったら傑作SF映画『パンドラム』に出演していた女優さんだった。このファオラ=ウルの氷のような冷徹さ、残虐さ、そして強さは敵ながら痺れた!

ゾッド将軍以下コマンドたちは電光石火の動きで疾風怒濤の戦闘をスーパーマンに繰り出してゆく。あたかも瞬間移動をしているかのようにさえ見えるその戦闘方法は、スーパーマンでさえ手こずり、敵役としてほぼ互角の強力さを兼ね備えているのだ。その彼らがいよいよ地球を破滅させるための最終兵器を稼働させようとするのだが、これがよくあるようなビームやミサイルなどの単純な大量破壊兵器ではなく、最終的な使用目的の存在するSF兵器であるという点が斬新で素晴らしい。そして一度稼働し始めたこの装置の破壊力と、じわじわと確実に破壊が拡大してゆく都市の崩壊ぶりが、圧倒的なCGIで恐怖を生み出してゆく。この『マン・オブ・スティール』、地球侵略SFとしても画期的な描写を見せているのだ。それに相対するのはスーパーマンだけではない。アメリカ軍が結集しゾッド軍団と応戦する様は戦争映画の様相さえ呈している。

■史上最大・地球最速の格闘!

そしていよいよゾッド対クラークの一騎打ちとなるわけだが、地球最強の男と、その最強の男と互角の力を持つ敵との勝負、これがただで済むわけがない。天を駆け、宙を舞い、地を滑り、この地球上では有り得ないような強大な力と力が衝突し、有り得ないようなスピードとスピードの応酬が繰り出され、その結果有り得ないような大破壊が次々と巻き起こる。それは史上最大・地球最速の格闘だ。なんとたった一回の拳のぶつかり合いで、ビルが一個崩壊する!そんな戦いが延々と展開されるのだ。

このクライマックスの戦いの凄まじさ、そのパワーとスピードと破壊を圧倒的なまでに視覚化した物凄さと言ったら、映画館で観ていたオレの両隣のお客さんは、ムンクの叫びみたいなポーズで座席に固まっており、そんなオレはというと「あわわ、あわわ」と口を「∞」の形に大開きにしてやっぱり座席に固まっていた!こ、こんなの観たことない…うおおお、ザック・スナイダーちょっと本気出し過ぎだよ!?ここまでやっちゃうのかよ!?既に映画を観た方の多くは「これこそがドラゴンボールの実写!」と言われていたが、オレなんかは「これAKIRAだよ、っていうかAKIRAの映画化もう必要ないよ…」と思えてしまったぐらいだ。

■ヒーロー映画の新たなるマイルストーン

この夏は某や某や某などの名作、傑作の誉れ高い作品が目白押しだったが、実はどれもオレは乗ることが出来ず、これは映画の出来とか好み以前に、もうオレもすっかりジジイだし、感受性自体が枯れ果ててしまったからなのかな…などと若干寂しくがっかりな気分だったのだ。しかしこの『マン・オブ・スティール』は違った。オレはもう、猛烈に興奮してしまったのだ。この夏はオレにとって、『マン・オブ・スティール』を観る為に存在していたのではないかと言っても過言はないぐらいだ。

『マン・オブ・スティール』にはヒーローのルサンチマンも人格的欠損もない。オチャラケもなく若気の至りもない。さらにはもったいぶった悲壮さもなく、かつて葛藤はあったとしても今は苦悩さえもない。ただ守るべきものがあり、守る人がいるだけだ。これはなんとストレートで、潔いヒーローなのだろう。確かにその反面、スーパーマンの物語はキャラクターの陰影に欠けた聖人君子的なつまらなさも存在するのだけれども、エクスキューズのないヒーローを正面から描ききった『マン・オブ・スティール』は堂々として見事であり、そして格別な爽快感に満ち溢れている。だからこそ、『マン・オブ・スティール』はヒーローとは何か、という原点に還った素晴らしい作品として完成しており、そしてそのマイルストーンとなるべき映画として、長く語り継がれることになるのは間違いないだろう。

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