Hatena::ブログ(Diary)

メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

20131031(Thu)

[]驚異の2部構成インド・ムービー『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』 驚異の2部構成インド・ムービー『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』を含むブックマーク 驚異の2部構成インド・ムービー『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』のブックマークコメント

■恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム (監督:ファラー・カーン 2007年インド映画)

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"キング・オブ・ボリウッド"ことシャー・ルク・カーンと、"最高に美しいボリウッド女優"ことディーピカー・パードゥコーンが主演、2007年インドでナンバーワンのヒットを飛ばしたというミュージカル・エンターテインメント、『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』です。

お話は70年代のボリウッド・スタジオから始まります。主人公の名はオーム・プラカージュ(シャー・ルク・カーン)、彼は「将来は絶対大スターになる!」と夢ばかりは大きな、しかし今はしがない脇役俳優です。そんな彼は人気絶頂の映画女優、シャンティプリヤ(ディーピカー・パードゥコーン)に恋焦がれて止みません。「ああ…あんな素敵な女性をヒロインにして、そして俺が主役を張って、すんごいイカス映画に出られたらなあ…」オームの妄想は膨らむばかり。そしてなんと、ひょんなことからその憧れのシャンティプリヤに近づくことが出来たオーム!「おお!これはイケイケで行くしかない!」血気はやるオームの、明日はどっちだ!?

…とまあこんな按配のお話が、インド映画ならではの歌と踊りを交えながら楽しく煌びやかに進んでゆくんですね、最初は。冴えない売れない万年脇役青年が、高嶺の花の大女優に恋をして、ズッコケまくりの大騒動!果たして脇役青年の恋の行方は!?というユーモアたっぷりの物語は、なんだか実にお気楽で、微笑ましいながらも随分と軽いんです。でもまあ、こういう王道なシンプルさ、わかりやすさも、インド映画らしくていいんじゃない?とこっちもお気楽に観ていたんですよ。しかーし!!この後物語は、とんでもない展開をむかえるんです!

169分という上映時間の映画なんですが、まさに中盤、映画が始まって70分80分ぐらいでしょうか。このあたりで、「えええええ嘘だろうおおお!?」という事件が起こり、お話は思いもよらない方向へと向かうんです。ある意味この中盤を境に物語が二つのパートに分かれる、と言ってもいいかもしれません。実は自分、この映画がどんなお話なのかまるで知らず、「インド映画だから普通に楽しいに決まってるだろ?」程度の気持ちで見始めたので、この展開にはびっくりしました。まあ公開から暫く経っている映画なので、それがどんな事なのかネットで調べりゃすぐわかりますが、あえて書きませんので、もしも興味を持たれた方がいらっしゃったら白紙の状態で観られることをお勧めします。しかしインド映画はとかく上映時間が長いのですが、この『恋する輪廻〜』は前後編2部作の映画を一気観したようなお得感と満足感がありましたね。それだけ前半と後半では全くトーンが違うんですよ。

そしてこの映画は主演俳優の魅力もたっぷりです。自分はまるでインド映画は詳しくはないのですが、シャー・ルク・カーンはインドのサイバーSF映画『ラ・ワン』を観たことがありましたね。2枚目半と言いますか、愛嬌のある男前ぶりが素敵な男優です。そしてなんといってもこの映画の注目すべき点は、ヒロインを演じるディーピカー・パードゥコーンのヤヴァイぐらいの美しさでしょう!!!彼女の美しさは『チャンドニー・チョーク・トゥ・チャイナ』でも既に注目しまくっていましたが、これ以外の主演作は今まで日本では観られなかったので、今回の再会はもう感激至極!しかもこの『恋する輪廻〜』は『チャンドニー〜』を遡る彼女のデビュー作だったということも知り、気のせいか初々しくさえも見えてさらにメロメロ度がアップです。

そしてこれがとっても美しいディーピカー・パードゥコーンさんの御姿。

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ああなんて美しい…。

このディーピカーさんの御姿を拝む事が出来るだけでも最高に価値のある映画だとオレは思いましたね!

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チャンドニー・チョーク・トゥ・チャイナ [DVD]

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20131030(Wed)

[]最近聴いたエレクトロニック・ミュージック / Oneohtrix Point Never, Machinedrum, Au Revoir Simone, Daniel Avery, Deepchord, Cassy 最近聴いたエレクトロニック・ミュージック / Oneohtrix Point Never, Machinedrum, Au Revoir Simone, Daniel Avery, Deepchord, Cassy を含むブックマーク 最近聴いたエレクトロニック・ミュージック / Oneohtrix Point Never, Machinedrum, Au Revoir Simone, Daniel Avery, Deepchord, Cassy のブックマークコメント

■R Plus Seven / Oneohtrix Point Never

前作までダークなドローン系ミュージック・コンクレートで全オレを恐怖に陥れていたOneohtrix Point Neverの新作は、なんと曇天の空から一気に光が差し込んだような、美しく肯定的なメロディと硬質なリズムの踊る快作だ。独特なミュージック・コラージュ手法はそのままに、構成される音がどんどん乱調してゆく茶目っ気溢れる曲の連続。教会音楽風のメロディの後に痙攣的なリズムが刻まれたかと思うと三味線のような音が響く始末。最近ではソフィア・コッポラ監督の新作映画『The Bling Ring』のスコアまで手がけているとは、いったい何をトチ狂ったのだ。全曲驚くべき完成度で、今年のベストアルバムとなるやもしれぬただただ圧倒されてしまう好アルバムだ。 《試聴》

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■Vapor City / Machinedrum

ベース・ミュージックの鬼才Travis Stewartのユニット、Machinedrumのニュー・アルバム。ポスト・ダブステップであると同時にジューク以降のジャングル再発見までを見据えた音作りは、不穏でありながらもどこか心休まるような不思議な響きに満ち溢れている。 《試聴》

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■Move In Spectrums / Au Revoir Simone

ブルックリン生まれのキュートな女の子3人組によるキーボード・バンド、Au Revoir Simoneのニュー・アルバムです。女性らしいたおやかさとポップさ、落ち着いた音色の美しさ、今回も非常に安定したクオリティの作品です。しかも3人とも美人ちゃんでいや実はオレ、結構ファンなんです。 《試聴》

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■Drone Logic / Daniel Avery

Drone Logic

Drone Logic

UKの新鋭プロデューサーであり、FabricのレジデントDJも務めるDaniel Averyのニュー・アルバム。ハウス、テクノ、エレクトロの境界で行き来する洗練されたダンス・ミュージック。 《試聴》

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■20 Electrostatic Soundfields / Deepchord

20 Electrostatic Soundfields

20 Electrostatic Soundfields

ダブテクノ/ミニマルダブ・シーンにおいて孤高ともいえるアンビエント・ダブをリリースし続けるDeepchordのアルバム。深く静かに潜行するメディテーション・サウンド。 《試聴》

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■Fabric 71 / Cassy

Fabric 71

Fabric 71

人気DJ-MixシリーズFabricの71番目はUKで活躍する女性DJ、CASSYによる手堅いMix。 《試聴》

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20131029(Tue)

[]京極夏彦による現代語版遠野物語〜『遠野物語Remix』 京極夏彦による現代語版遠野物語〜『遠野物語Remix』を含むブックマーク 京極夏彦による現代語版遠野物語〜『遠野物語Remix』のブックマークコメント

遠野物語Remix / 京極夏彦,柳田國男

遠野物語remix

人の住まぬ荒地には、夜どこからともなく現れた女のけたたましい笑い声が響き渡るという。川岸の砂地では、河童の足跡を見ることは決して珍しいことではない。遠野の河童の面は真っ赤である。ある家では、天井に見知らぬ男がぴたりと張り付いていたそうだ。家人に触れんばかりに近づいてきたという。遠野の郷に、いにしえより伝えられし怪異の数々。民俗学の父・柳田國男が著した『遠野物語』を京極夏彦が深く読み解き、新たに結ぶ―いまだかつてない新釈“遠野物語”。

そういえば京極夏彦って昔よく読んでいたけど最近新刊出してるのかなあ?今いったいどうしてるんだ?と思ってたら見つけたのがこの『遠野物語Remix』。柳田國男が著した民俗学書籍の至宝「遠野物語」を、京極夏彦が読みやすい言葉で現代的に蘇らせた作品であるらしい。「遠野物語」がどんなものなのかはなんとなーく知ってはいたものの、実は読んだことがないオレは、京極の新刊と「遠野物語」を併せて読んだ気にさせるお得感を感じて読んでみることにした。

読んだことも無いくせに知った顔で書いてみると、「遠野物語」は岩手県遠野町(現・遠野市)に古くから伝わる民間伝承を柳田國男が集め編纂したものだ。実は以前にも『水木しげる遠野物語』というコミックを読んだことがあるが、その時のオレの感想文では、

"遠野"とは「トー」、即ち「湖」を指すアイヌ語に由来しているという。盆地である遠野が太古、湖だと信じられていたかららしい。北海道のみならず東北にはアイヌ語由来の地名が多数存在していることからもわかるように、古代、東北には"蝦夷"と呼ばれる人々が居住していた。この「遠野物語」で描かれる妖しく不思議な物語の数々にも、彼ら"まつろわぬ民"の姿がうっすらと透けて見え、当時遠野に住んでいた人々が、彼らの存在、または伝説にどのような恐れと畏敬の念を抱いて接していたのかを窺い知ることができる。

なーんていうことをやっぱり知った顔で書いている。

しかしこれら"妖し"の伝承が集められた遠野という土地は、なんとなく人里離れた相当の山奥の過疎地みたいな場所、というイメージを持っていたのだが、この『遠野物語Remix 』で読んでみると、実は昔からそれなりの人口を抱えた結構栄えた町だったのだそうだ。正確に言うと「江戸時代に陸奧国代遠野南部氏1万2千石の城下町」であり、「内陸部と沿岸部を結ぶ交易の拠点として多くの物資や人々が集まり、様々な商家が軒を連ねて賑わっていた」町であったのだという(何にも知らなすぎて岩手の人に怒られそうだなオレ)。そうしてみると、「遠野物語」って田舎で語られるおとぎ話みたいなものではなくて、当時のある種の「都市伝説」だったということもできるのだろうか?

収録された口碑は河童や座敷童、天狗や山人など、いわゆる"妖怪"が登場するものではあるが、これら"妖怪"は、当時の人々が不可思議な自然への畏敬、人の生き死にの不条理さに「名前」を与え「形」としたものなのだろう。掴み所のない畏れに「形」を与え、「物語」として昇華することで、自然や生への不安を対象化しようとした、それがこれらの物語なのだろう。しかし全ての物に「名前」があり「形」が存在する現代に生きて、逆にこれら確固として名付け得ぬ曖昧模糊とした原初の衝撃に、ささやかな憧れを抱くこともまた確かだ。それは「名前」以前の生々しく荒々しい「本質」に身を晒してみたいという動物的な感覚なのかもしれない。Remixではあったけど、遠野の物語を読んでそんなことを思った。

遠野物語remix

遠野物語remix

遠野物語―付・遠野物語拾遺 (角川ソフィア文庫)

遠野物語―付・遠野物語拾遺 (角川ソフィア文庫)

水木しげるの遠野物語 (ビッグコミックススペシャル)

水木しげるの遠野物語 (ビッグコミックススペシャル)

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20131028(Mon)

[]エレン・ペイジウィレム・デフォー主演のサイキック・スリラー〜『BEYOND:Two Souls』 エレン・ペイジ、ウィレム・デフォー主演のサイキック・スリラー〜『BEYOND:Two Souls』を含むブックマーク エレン・ペイジ、ウィレム・デフォー主演のサイキック・スリラー〜『BEYOND:Two Souls』のブックマークコメント

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エレン・ペイジウィレム・デフォー主演、音楽をハンス・ジマー、ローン・バルフェが担当したサイキック・スリラー作品、『BEYOND:Two Souls』です。…こうやって書くとなんだかハリウッド大作映画みたいなんですけど、実はこれ、れっきとしたゲームなんですね。

主人公はエレン・ペイジ演じるジョディ・ホームズ。彼女には子供の頃から「エイデン」という名の霊体が取り憑いており、物事を透視したり物体を動かしたりが出来るんです。彼女は政府の特殊研究施設「D.P.A.」においてその能力を調査されますが、そこでネイサン・ドーキンズ教授(ウィレム・デフォー)と出会います。ドーキンズ教授はその後も影となり日向となりジョディをサポートしてゆきます。しかしジョディは意に染まぬ特殊能力を持っていることで様々な障害に出会い、葛藤しながら成長してゆきます。成人したジョディはその特殊能力をかわれてC.I.A.の職員となりますが、そこでもまた新たな試練が待っていたのです。

このゲームでのエレン・ペイジウィレム・デフォーらは実写で出ているわけではなく、彼らをスキャンしたCG映像としての登場になりますが、CGの動きは実際に彼らの演技したものをモーション・キャプチャーで処理しており、また、その表情までがキャプチャーされているものですから、CGではあっても彼らそのものがそこに再現されているんですね。もちろん声も彼らのものを使用していますが、日本語吹き替えに設定するとそれが聞けないのでちょっと迷うところですね。

ゲームではこのジョディの人生を、時間軸をシャッフルさせながら描いてゆきます。10代のジョディ、成人したジョディ、幼年期のジョディ、といった具合ですね。ゲームのジャンルとしてはアドベンチャーということになるでしょう。物語の進行に合わせて主人公の細かな行動を指示してゆく、その操作によってまた物語が進行してゆく、いわばアクションよりも物語性を重視したインタラクティヴ・ムービーに近いゲームなんですね。格闘などの激しいアクションもありますが、これも要所要所でキーを入れるQTE(クイックタイムイベント)でこなしていくことになります。また、ジョディに憑依した霊体エイデンに操作を切り替えることもでき、この時には物体移動、憑依、チャネリング、ヒーリング、暗殺までもが行うことができるんですね。

ハリウッドスター起用!最新技術を駆使したリアルで美しい映像!ストーリーに重点を置いた胸を打つアドベンチャー!と鳴り物入りで製作されたこのゲーム、プレイしてみた感想としては、最初は確かに凄いなあ、と思ってやってるんですが、慣れてくると、まあ物語的には普通かなあ、と思えてきてしまうんですよ。霊体が憑依した少女の数奇な運命、なんていうのは、それを15年という長いタイムスパンで、そしてプレイ時間15時間程度の長さで没入して体験させられる、といったところがゲームらしいところなんですが、物語だけ取り出してみると結構平凡な気がするんですよ。

純粋にゲームとしてみても、アドベンチャーならではの表現や操作の仕方に好き嫌いが出ると思いました。ゲームは基本的には会話や移動で費やされていて、いわばまったりしているんですよね。ゲーム世界を移動するときは殆どが「歩き」で、走れないために、さっさとゲームを進めたいと思っていると、だんだんまどろっこしくなるんですよね。だからプレイしていて時々「『アンチャーテッド』みたいにガシガシコントローラーのボタン押しながらド派手なアクションしたいなあ!」と思えてきちゃうんですよ。それに個人的にQTEってどうも好きじゃなくて。霊体のエイデンにしても、自由にあっちこっち動き回れるわけではなく、画面に表示されたポイントのみを移動したり動かしたりできるだけで、なんだか「やらされてる」感が強いです。

あとこのゲーム、マルチシナリオ、マルチエンディングになっていて、あるアクションで失敗してもゲームオーバーにならず別の展開へと分岐していくんですが、そうするとそこでセーブされてしまい、もう一度挑戦!ということにならないんですよ。個々のシナリオをもう一度やり直せばそれで済むことなんですが、それも意外とかったるいんだよねえ。あとグラフィックの美しさで注目を集めているゲームですが、基本的にはキャラクターの造形には力を注いでいるけど、それ以外のグラフィックは、まあ、普通なレベルなんですよねえ。そういった部分で、自分的にはこのゲーム、残念ながら手放しでお勧めってわけでもないんですよ。

しかしゲームとはいえ、映画でお馴染みのエレン・ペイジを操作するのって変な気分ですね!エレン・ペイジの子供時代を操作することがあるんですが、これなんて幼女になってゲームをプレイするってことじゃないですか!?幼女操作ゲーム!一方、いつもウィレム・デフォーが傍にいて見守っている、というのもそれ以上に変な気分です!だいたいウィレム・デフォーって、映画ではクセがあったり裏表が激しかったりするキャラが多いようなイメージなんですが、このゲームではとってもいい人なんです。ウィレム・デフォーってこんないい人じゃないだろ!?あとで絶対身の毛もよだつような掌返しするんだろ!?と変な邪推してしまい、ゲームをやっていても居心地悪いんです!むしろ、ウィレム・デフォー、邪悪な人になって欲しい!とさえ思えてしまいました!

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20131027(Sun)

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■イノサン(2) / 坂本眞一

イノサン 2 (ヤングジャンプコミックス)

イノサン 2 (ヤングジャンプコミックス)

16世紀フランスに実在し、あのマリー・アントワネットの首も刎ねたという死刑執行人、シャルル‐アンリ・サンソンの壮絶な生涯を描いたコミック第2巻(第1巻の感想はこの辺に書きました)。前回まで「こんな仕事イヤだああ〜〜ッ!!」とモラトリアム爆走しまくっていたサンソン君、やっと腹が据わったのか死刑執行人としての自分を受け入れ始めます。それと同時に、惨たらしい死刑のあり方を自分なりに変えようとしてゆくんですね。ただ読んでみて、若干構成に難があるな、と感じました。エモな描写は非常に流麗に描かれていて、そこは盛り上がるんですが、細かな描写の積み重ねが苦手なのか、心の移り変わりのあり方が判りにくい部分があります。描写の瞬発力は相当なんですが、じっくり描く、といったタイプの作者ではないのかもしれません。ただし、そういった部分の瑕疵を差し引いても、華麗なグラフィックとモンタージュ技法を多用した表現の仕方には並々ならぬ力量を感じさせます。そして今回は前回にも増してグロとエロがひしめき合い、非常にデカダンな雰囲気を醸し出しているんですね。さらに「自分と関わった者を死刑にする苦悩」はさらにいや増していくんです。この作者のクセはなんとなく判って来たので今後は気にせず読めるような気がします。

イノサン 1 (ヤングジャンプコミックス)

■羊の木(4) / いがらしみきお山上たつひこ

羊の木(4) (イブニングKC)

羊の木(4) (イブニングKC)

いがらしみきお画、山上たつひこ原作による、出所した重犯罪者たちを秘密裏に町に受け入れる更正プロジェクトを描いたコミックです。最初は大人しくしていた元受刑者たちは次第に暴走し、プロジェクトは破綻の兆しを見せ、前巻あたりから町はパニックに至ってゆくんですが、今巻も引き続きその状況が続きます。このパニックはもっと大規模になってゆくんでしょうか。でもそろそろ同じことの繰り返しが目立ってきたので締め所を見せてもらってもいいような気がします。元受刑者の数が多いのでそれを個々に描いてゆくとどうしても長くなってしまうんでしょうが、次回あたりでおしまいでもいいんじゃないかなあ。

羊の木(1) (イブニングKC) 羊の木(2) (イブニングKC) 羊の木(3) (イブニングKC)

西原理恵子人生画力対決(6) / 西原理恵子

今回も毒吐きまくり、さらにゲロまで吐きまくりの人生画力対決です。ただし悪名が漫画会に広まりすぎたのか、出席してくれる人がどんどん減ってきているようです。だから今回なんか後半からボブ・サップが出てきたりとか高須院長が画力対決で絵を描いてみたりとかなんだか迷走しています。迷走もネタにする所はさすが西原だと言えないことも無いですが、そろそろ企画自体がおしまいなのかもしれませんね。西原の露悪ぶりは嫌いじゃないんですが、どうも最近は無理して露悪ぶっているような気さえします。あの西原もそろそろ落ち着き時なんですかね。

西原理恵子の人生画力対決 1 (コミックス単行本) 西原理恵子の人生画力対決 2 (コミックス単行本) 西原理恵子の人生画力対決 3 (コミックス単行本) 西原理恵子の人生画力対決 4 (コミックス単行本) 西原理恵子の人生画力対決〈5〉

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20131026(Sat)

[][]『タイム・トンネルDVD COLLECTOR'S BOX』が出るだと…? 『タイム・トンネルDVD COLLECTOR'S BOX』が出るだと…?を含むブックマーク 『タイム・トンネルDVD COLLECTOR'S BOX』が出るだと…?のブックマークコメント

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うおおこれは懐かしい!

Amazonでたまたま見つけたんだがアメリカのSF・TVドラマシリーズ『タイム・トンネル』がDVD BOXで出るらしい。

(タイムトンネルとは)

TVの普及が80%を超えた1967年。アメリカ発連続SFドラマに全国が釘付けになった。製作総指揮「宇宙家族ロビンソン」のアーウィン・アレン。特撮は後にアレンと映画「タワーリング・インフェルノ」などで組むL・B・アボット。地下の秘密施設は「スター・ウォーズ」のダークスター内部を先取りしているような見事さ。

<ストーリー>

時間航行プロジェクト「チックタック計画」はタイム・トンネルの完成が遅れ計画打ち切りの危機に。計画存続を願い、自らタイム・トンネルで旅立った科学者トニー・ニューマンが降り立ったのは「タイタニック号」の船上だった。同僚のダグ・フィリップスも後を追い果て無き時間旅行のドラマが始まる・・・。

ハレー彗星、トロイの木馬、マルコ・ポーロの冒険など歴史上有名な事件が毎回登場し、危機に陥りながら活躍する姿が史実やその裏話的エピソードを交えて描かれる。

資料を読んだらアメリカでは1966年から1967年まで、全30話が放送されたのらしい。製作はアーウィン・アレン。TVドラマ『宇宙家族ロビンソン』や『原子力潜水艦シービュー号』のプロデューサーを務め、後に映画『ポセイドン・アドベンチャー』や『タワーリング・インフェルノ』の製作にも携わっていた人だ。

日本での放送はNHKで67年からだったというが、この頃のオレは5歳位なので、多分実際観たのはどこかの局での再放送だったのだろう。それでもかなり小さい時に観たのは確かだ。『タイム・トンネル』っていうぐらいだからトンネル型のタイムマシーンでいろんな時代に行っちゃう、という話なんだが、これが未完成の機械なものだから、あちこちの時代へタイムトラベルしてそこで事件を解決しながらも、決して現代には戻って来ることができず、ラストで必ず別の時代へと飛ばされてしまう、という苦難に満ちた運命がこの物語のポイントだったと記憶している。なにしろ当時子供だったので、物語をあんまり理解していなかったと思うが、タイム・トンネルの造形が未来的で凄くカッコよく思ってた。プラモデルとかも買った覚えあるなあ。

今回発売されるDVD-BOXはVol.1、Vol.2の2つのBOXで完結なのだが、まあお値段も張るし何分時代の古いドラマなので今観て楽しめるかどうかわかんないから、多分買うことはないとは思うだけど、なんだか凄く懐かしく感じてついつい記事を書いてみた。

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20131025(Fri)

[]変態さんいらっしゃい〜映画『アンチヴァイラル変態さんいらっしゃい〜映画『アンチヴァイラル』を含むブックマーク 変態さんいらっしゃい〜映画『アンチヴァイラル』のブックマークコメント

アンチヴァイラル (監督:ブランドン・クローネンバーグ 2012年カナダ・アメリカ映画)

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変態にもいろいろありますけれども、そのひとつのフェティシズムっちゅうのもこれがまた奥の深いものでありましてな。異性の下着が大好きだああ!とかいうのはまだまだ分り易いほう、ハイヒールが好き!とかボンテージ堪らん!っちゅうのから始まりまして、ナース服ハァハァ!とか体操着ハァハァ!とか、異性の使った身の回りの物とか、挙句の果てには異性の髪の毛とか切った爪とか鼻かんだちり紙、とかが堪らん!となっちゃうわけです。オレがスゲエなあと思ったのは「六法全書を読む女」っていうビデオのことですかね。エロもなんもなくただ単に地味目の女子がタイトル通り六法全書を延々朗読するだけのものらしいんですよ。こういうのって下品な方向よりも観念的な方向に針が振り切ってるほうがわけ分かんなくて外野としては面白いですね。

そういった点でいうと「セレブと同じ病気になりたい!」という人たちが当たり前になった社会が登場するこの『アンチヴァイラル』、なかなかおかしな変態さんたちが描かれていて香ばしかったですね。お話はセレブの罹った病原菌が商品として取り扱われ、マニアな皆さんがそれを買い、一緒の病気に罹ってウヒョヒョヒョヒョと喜ぶというド変態な近未来が舞台です。主人公のそばかす青年はそのウィルスを売買する会社の技師なんですが、こっそりナンバーワン・セレブの病原菌を自分に注射したら、その後そのセレブが病死したことを知り、「え?僕も死んじゃうの?」と腰抜かしちゃうんですね。しかし調べてみると、セレブの病死には何らかの陰謀が隠されていたことを知り、このそばかす青年はその陰謀を追求してゆくんです。

病気が売買される世界なんて有り得なさそうではありますが、昔読んだギャグ漫画で、好きな女の子の風邪がうつって「ああ…彼女の罹っていた風邪菌が今俺の中を巡っている…」などと言いながら法悦の表情を浮かべるおバカさんが出てくるのを読んだことがあるんですよ(そしてそのオチが女の子の風邪じゃなくてむさ苦しいオッサンの風邪だったという)。だからまあ発想としては珍しいということもないんですが、それを大真面目に撮っているところがこの映画のポイントですね。いうなれば異性の爪だの髪の毛だのハナクソだのを有難がってコレクションする変態さんの延長なんでしょうね。しかしこの映画のいいところはそんな変態テーマを気色悪くではなく綺麗に撮っているということですね。まあ綺麗と言っても「綺麗なジャイアン」的には気色悪いんですが。

しょうもない変態さんの世界を描きつつ、この映画では白を基調とした美術がとても美しく効果的に使われているんですね。この白さって、言ってみれば病院や白衣、無菌室のクリーンさを表す白ってことなんでしょうね。あとこの物語ではセレブの体から培養した肉を食肉として売買している、なんて描写もあり、なかなかに変態度をアップさせていますが、これもカニバリズムというよりもセレブ=現人神と見なすことによる聖体拝領という具合にも取れるんですね。教会でキリストの血と肉であるところのワインとパンを受け入れる、というアレですね。そう考えるとセレブの病原菌を受け入れる、という行為もセレブ=現人神=キリストの受難を追体験する、といったふうにも取れるんですよ。つまり崇拝の対象である者の血と肉とその受難を受け入れるという意味では、この作品は一つの宗教体験の物語であり、セレブへの偏愛を異常で熱狂的な信仰として描いたものだといえるんですね。

監督ブランドン・クローネンバーグはかのデヴィッド・クローネンバーグの息子さんということなんですが、有名監督の二世という贔屓目ということではなく、監督第1作にしてなかなかのセンスを感じさせました。ホラータッチの作品であるとはいえ、親父と息子ではアプローチの在り方がやはり違っており、例えば同じ変態テーマを撮ってても親父はドロドロだけれども息子は奇妙に清潔だし、親父は禍々しい機械やアイテムを登場させますが息子はあんまりそれは興味無いらしくて登場する機械は無骨だったりするんですね。でも、それはそれで息子らしい個性と言えるんですね。そういった点で、両者の過不足を比べてどうとかいう見方をなるべくせず、あくまで新鮮な才能を持った新人監督の作品として接したほうがいいと思いましたね。

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20131024(Thu)

[]汁の粘度が低い分映画の粘度も低かった〜映画『死霊のはらわた汁の粘度が低い分映画の粘度も低かった〜映画『死霊のはらわた』を含むブックマーク 汁の粘度が低い分映画の粘度も低かった〜映画『死霊のはらわた』のブックマークコメント

死霊のはらわた (監督:フェデ・アルバレス 2013年アメリカ映画)

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1985年に日本公開されたオリジナルのライミ版『死霊のはらわた』を観たのは忘れもしない、有楽町の今は無き有楽シネマだった。この有楽シネマ、普段はATG系の邦画とか珍しいヨーロッパ映画なんかを公開していた変わった劇場で、大森一樹監督の村上春樹原作映画『風の歌を聴け』やアラン・レネ監督の『去年マリエンバートで』を観たのもこの劇場だったのだ(レネの映画は爆睡したが)。確か立ち食いソバ屋だかが1階にあるビルの2階で、古くて小さい昔ながらの名画座の、ロードショー映画館とはまた違った雰囲気が好きだった。

当時ライミは全くの無名だったし、なぜこの映画(オリジナル『死霊のはらわた』)を観ようとしたのは覚えてないが、多分そのゲロ気色悪い映画ポスターの毒気に当てられて、フラフラと劇場に足を運んでしまったのかもしれない。

なにしろオリジナル『死霊のはらわた』は凄かった。ショッキングなシーンでは、びっくりした観客全員が椅子からボンッ!と飛び上がったのだ。あまりのシンクロぶりに気付いた観客たちは、映画の内容とは関係なくクスクス笑っていた。その後も観客全員が画面の光景から避けるわのけぞるわで、なんだかジェットコースターに乗っているみたいだった。映画の内容も、「よくここまでやったもんだなあ」と驚くやら呆れるやらのものだった。確かに気色悪いし心臓にも悪いし、なにより小汚い映画だったが、あまりのやりすぎ感に観ていて途中からハイになってしまい、ヘラヘラ笑いながら観ていたぐらいだった。その後ライミがどれだけ華々しくハリウッドに迎えられたかは今では誰もが知ることだろう。

人里離れた不気味な別荘に遊びにやってきた能天気そうな若者たちが、次々と悪霊に惨殺される。いわゆるサマーバケーショントーチャー(今オレが思い付きで作った言葉なので突っ込まないように)の変形の一つだが、ライミ版のこの設定が既に一つのホラー・フォーマットになったぐらいなのではないだろうか(まあホラー映画も奥深いから以前からあったものなのかもしれない)。この設定は先ごろ公開されたメタ・ホラー映画『キャビン』で踏襲される。ホラー映画それ自体への批評ともいえる総決算的な映画だった『キャビン』が『死霊のはらわた』を舞台設定に選んだのは必然だったかもしれない。

という訳でやっとリメイク版の話になるが、実はあまり言うべきことも無い。低予算作品だった1981年作のオリジナルを、50倍近くともいえる予算をつぎ込み、最新形のVFXでリメイクした本作は、オリジナルの手作り感を離れ、よりリアルで残虐な極悪ホラー描写を見せている。そういえば『悪魔のいけにえ』のリメイクもこんな雰囲気だったなあ、と観ながらなんとなく思っていた。よりリアル、より残虐、より極悪、より暗黒、よりゴージャス。でも、それでは作品はより面白くなったのか?というとそんな訳でもないのだ。

別に駄作でも凡作でもないとは思うが、しかしもうこのフォーマット自体が退屈なのだ。いや、若い新しいお客さんが観れば、これはこれで刺激がたっぷりのスマッシュヒット作品に観られるかもしれない。もとより、そういった部分を狙って作られた作品なのだろう。ただ、無駄に年を取ったオッサンのオレには、もうこういうのは飽きてしまったのだ。思えば、『キャビン』が『死霊のはらわた』リスペクトをやった時点で、このテのフォーマットの作品は打ち止めになったような気がするのだ。オレはホラー映画の専門家ではないから、ホラーの"今"がどんなもんなのかはきちんと認識していないが、もはやこのジャンルはどこまでも過激を競うか、お笑いでお茶を濁すか、あとはマニア向けにするかぐらいしか差異性を導き出せないのだろうか。

しかしまあ、こういうのはホラー映画だけに限ったことではなく、どんなジャンルのものでも感じていて、ミニマルなマイナーチェンジを取り出してそこをもてはやしているだけのように思えてしまう。うーん、しかしこれは作品のせいでも時代のせいでもない。きっとオレが年寄になったせいなのだろう。だから今まで書いたことは全部年寄の冷や水だ。若い皆さんは鼻で笑って読み流してくれ。

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20131023(Wed)

[]ボンクラ系アメコミヒーロー『デッドプール』参上! ボンクラ系アメコミヒーロー『デッドプール』参上!を含むブックマーク ボンクラ系アメコミヒーロー『デッドプール』参上!のブックマークコメント

■デッドプール マーク・ウィズ・ア・マウス / ヴィクター・ギシュラー(作)ボン・ダゾ(画)高木亮 (訳)

デッドプール:マーク・ウィズ・ア・マウス (ShoPro Books)

不死身のヒーロー!金髪ヒロイン!二刀流!宇宙船!ゾンビ!恐竜!蛮族!パラレルワールド!…とボンクラな中学生があらんかぎりの妄想と劣情を徹夜でキャンパスノートに書き殴ったようなコミック、それがこの『デッドプール マーク・ウィズ・ア・マウス』でございます。一応アメコミのハシクレであるようで、アイアンマンやらスパイダーマンやらX-メンやらを擁するマーベル・コミックのヒーローなんですな。これらのマーベル・ヒーローと比べると新しめのヒーローなんですが、なんでもあちらの国では先輩ヒーローに匹敵するぐらいの人気があるそうなんですな。

このデッドプール、一言でいうなら「滅法強いオチャラケヒーロー」という事が出来るでありましょうか。もともと傭兵だった主人公がウルヴァリンを生み出した「ウェポンX計画」と同じ超人兵士計画の実験により、ウルヴァリンと同等の超回復能力を持つことになったんですが、紆余曲折経てオチャラケなスーパーヒーローと化したということらしいんですな。この『マーク・ウィズ・ア・マウス』しか読んでいませんが、言うなればマーベルのお笑い担当ということでしょうか。まあここに至るまでにはシリアスで凄惨な物語もあったのだろうとは想像しますが、少なくともこの『マーク・ウィズ・ア・マウス』ではぺちゃくちゃと軽口ばっかり叩いているお調子者として登場してるんですな。

で、今回のコミックでこのデッドプールの相棒となるのが「ヘッドプール」と呼ばれるゾンビの首なんですな!首だけなんですがゾンビだから生きている!いやゾンビだから死んでいるんですが、ええと要するに「首だけゾンビ」として登場しているわけですよ。しかも、このゾンビの首は、主人公デッドプールがゾンビ化した首なんですよ。え?ちょっと待って?デッドプールはゾンビじゃなくて普通に生きているのに、そのデッドプールのゾンビの首ってどういうこと?それって豊臣秀吉の14歳の時の骸骨って言ってるみたいな話じゃん?と思われるかもしれませんがちょいと説明を。

つい最近日本でも翻訳された『マーベル・ゾンビ―ズ』というコミックがありましてですね、これはアイアンマンやらキャプテンアメリカやらハルクやらのマーベル・ヒーローがゾンビになって人類に襲い掛かる!という大変楽しい滅茶苦茶なお話なんですが、このゾンビ・ヒーローたちが並行宇宙を転移してうんちゃらかんちゃらしていた挙句に、ゾンビじゃないデッドプールのいる宇宙に首だけゾンビのヘッドプールが紛れ込んだ、ということなんですな。で、お話は、このヘッドプールの持つゾンビ菌(?)の軍事利用を狙うある組織が、ヘッドプール回収の為にデッドプールを蛮族はびこる未開の惑星に派遣する、というところから始まるわけなんでありますな。ああなんかややこしい。

しかしそこはぼんくらオチャラケヒーロー、お話がすんなり進むわけがない。未開の惑星で出会った金髪ムチムチのメガネ美女に劣情をたぎらせ、彼女と共にヘッドプールを回収するものの、次から次へと無茶な戦いに巻き込まれ、さらには平行宇宙を転々とし、マーベル・ヒーロー同士が戦っているシビル・ウォーの宇宙(ここではちょこっとキャプテン・アメリカが登場します)、そしてヒーローたちがゾンビと化したゾンビバースの宇宙へと舞台を移していくというわけです。そしてこの熾烈な戦いの連続の中でも、デッドプール+ヘッドプールのコンビは相変わらず軽口ばっかり叩いてオチャラケており、オチャラケているくせに滅法強かったりするんですな。もちろん成人女子を見つけると鼻の下を伸ばすことはしっかり忘れていません。

というわけでハチャメチャヒーローの戦いの行方は!?といった感じでお話は続くのですがこのデッドプール、確かに他のマーベルヒーローたちと違って歴史が浅い分背負いこむものも無くて、その性格と同じくノリもお話も軽く軽快なのが人気を掴んだ秘密なのだろうな、と思いました。ちなみにこのデッドプール、実は映画『ウルヴァリン: X-MEN ZERO』でも登場してるんですが、あまりにも原作キャラとかけ離れているんで相当不評だったようです。再度スクリーン登場の噂もちらほらあるようですがどうなんでしょうね〜。

20131022(Tue)

[]変な日本で刀を振り回せ!?〜ニンジャFPSゲーム『Shadow Warrior』(Windows) 変な日本で刀を振り回せ!?〜ニンジャFPSゲーム『Shadow Warrior』(Windows)を含むブックマーク 変な日本で刀を振り回せ!?〜ニンジャFPSゲーム『Shadow Warrior』(Windows)のブックマークコメント

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ついこの間公開された『ウルヴァリン:SAMIRAI』は勘違いしたオリエンタルジャッパーン!でウルヴァリンが戦う!という香ばしい映画でしたが、同じく勘違いしまくったオリエンタルジャパンを舞台にした、しかもFPSタイプのPCゲームがリリースされています。タイトルは『Shadow Warrior』、これ、変な日本でニンジャ風の主人公が日本刀を振り回しながら魔界からやってきた鬼をバッサバッサと切りまくる!というもう聞いただけでいろんな意味でわくわくさせられるゲームなんですね!

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主人公はコーポレートアサシン、ロー・ワン。彼は自らが務める大企業ジラ・エンタープライズのショウグン、マスター・ジラの陰謀に巻き込まれ、伝説の宝刀カゲ・ノブツラを探しだす血塗れの戦いへと駆り出されるのですね。しかしジラ・エンタープライズのジラってやっぱりゴジラのジラなんですかねえ…。オープニングから富士山をバックに鳥居だの日本庭園だのが登場し、「おおお日本!」と思わせといて出てきた建物がいきなり中華風で既にここから異世界への扉が開くんですね!その後も石灯篭の並ぶ青青しい竹林で戦ったりとか、『ブレードランナー』みたいに間違った漢字の看板が並ぶ日本家屋の城下町で戦ったりとか、兎に角オリエンタルジャッパーンしまくっているのですよ。

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で、戦闘で使う武器はなんといっても日本刀です!FPSゲームで日本刀!素晴らしいですな!いや、実際は拳銃やマシンガンも持てるし使えるんですが、やっぱりこのゲームは刀振り回してナンボでしょう!操作は別に面倒臭くなく、敵との間合いを取ってマウスのボタンをガシガシするだけです。これで相手をザックザク切り刻めるんですな。部位破損描写もきちんとしていて、スパッ!と首を跳ね飛ばしたりもできるんですよ。さらに刀や銃以外にも【気】を使った様々な超能力を使用できます。これはスキルポイントを貯めてレベルアップするといった仕様になっており、敵を粉砕したりヒットポイントを回復したりができるんですな。

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対する敵はまずヤクザです!ヤクザ相手に日本刀バッサバサです!さらに日本の「鬼」をモチーフとしたと思われるクリーチャーや甲冑を着たバケモノ、能面を被った幽鬼などもガンガン登場します。もう徹底的に(どこか間違ってはいますが)オリエンタルジャッパーン!なんですな。

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このゲーム、もともとは『Duke Nukem』シリーズで有名な3D Realmsスタジオが1997年にリリースしたFPSタイトル『Shadow Warrior』を、現代的にリメイクした作品となっています。オリジナルも一緒に再リリースされていて、ちょっとやってみましたが、これもキョーレツな勘違いジャパンぶりが素敵なFPSです。さてこのリメイク版『Shadow Warrior』、現在DVD-ROM以外にもSteamとGoG.comおよび公式サイトにてDL販売されており、価格も40ドル前後とお安くなっております。気分爽快バッサリ系勘違いジャパンゲーム『Shadow Warrior』、気になった方は是非プレイされてみてください。

●『Shadow Warrior』公式サイト

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20131021(Mon)

[]ゴーストの弱点はインド料理だったッ!?〜映画『ゴースト・エージェント/R.I.P.D.』 ゴーストの弱点はインド料理だったッ!?〜映画『ゴースト・エージェント/R.I.P.D.』を含むブックマーク ゴーストの弱点はインド料理だったッ!?〜映画『ゴースト・エージェント/R.I.P.D.』のブックマークコメント

■ゴースト・エージェント/R.I.P.D. (監督:ロベルト・シュヴェンケ 2013年アメリカ映画)

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メン・イン・ブラック』が『ゴースト・バスターズ』する映画ですね、わかります。

…と書いてしまってはあまりにも身も蓋もないが実際そのまんまの映画『ゴースト・エージェント/R.I.P.D.』であります。この世界には実は悪霊たちが人間の姿を借りて社会に入り込み悪さをしていた!それを取り締まるのが霊界警察R.I.P.D.なんだッ!!というお話です。ね、そのまんまでしょ?ちょっと違うのは取り締まる側のR.I.P.D.も、一度死んじゃった警察官が生身の人間の姿をして現れる、というところ。でも一度死んじゃってるのでたいがいのダメージにはヘイチャラ、ビルの上から落っこちてもかすり傷一つありません。ただし、霊を消滅させる銃弾というのがあって、これは悪霊を倒す時には有効だけれども、その弾丸で撃たれると自らも消滅してしまう。決して無敵ってわけじゃないんですね。

主人公は仲間の裏切りで殉職し、天界でR.I.P.D.にリクルートされたニック・ウォーカー(ライアン・レイノルズ)。彼は生前は保安官だったというロイシーファス(ジェフ・ブリッジス)と組まされますが、これが煮ても焼いても喰えないクソジジイ。とりあえず悪霊逮捕に現世に戻るものの、ニックは現世に残してきた妻に未練たらたら、でもこの世では顔が違ってるので妻には分かってもらえない。さらに逮捕しに行った悪霊にはケチョンケチョンにやっつけられ、停職処分まで受ける羽目に。しかし悪霊たちが密かに金塊を集めていることに疑問を持ったニックとロイシーファスは、独自に捜査を継続、それが世界を滅ぼす恐ろしい陰謀に繋がっていることに気付く、というわけです。

う〜ん、観てみましたが、世界の危機!という割にはありきたりな展開な上に物語が小振りにまとまっていて、悪霊とか霊界警察とかいくらでもビジュアルを凝ることも出来たろうに見るべきところが無く、細かいクスグリもあるわけでもなく、まあ凡作といったところかもしれません。一番よくなかったのは主人公が現世に残してきた妻への未練を描くことでエモーショナルに盛り上げたかったのでしょうが、それが物語のテンポとスピード感を殺いでしまっていることなんですね。吹っ切れ方が足りないんですよ。死んだ自分と生きている妻、というのはクライマックスのシークエンスに関わってくるので削るわけにはいかなかったのかもしれませんが、主人公の妻への未練は初盤から中盤まで結構だらだら描かれちゃってるので、この部分を短縮するべきでしたね。その分、R.I.P.D.としての活躍とアクションをもっとヒロイックにたっぷり描くべきだったんじゃないでしょうか。

よかったのはジェフ・ブリッジスのクソジジイなキャラクターですね。西部開拓時代に生きていた頑固なマッチョ野郎ってことなんですが、このキャラクター造形がよくできており、他のキャラクターを全部食ってしまう勢いで、畢竟このキャラが主人公といってもいいぐらい。このロイシーファス役を演じていたジェフ・ブリッジスには功労賞を上げたいぐらいです。ケビン・ベーコンジェフ・ブリッジスに負けずに怪演していて、これも安定の存在感でしたね。それとか、現世での仮の姿はニックが中国系の爺さんなのに、ロイシーファスはときたらゴージャスな金髪美人。この落差も楽しめました。悪霊の弱点がインド料理、っていうのも訳が分かんなくて面白い。やっぱりカレーを食うと霊を追い払えるんでしょうか。でもラストのボスはもっと特殊メイクやVFX使ったバケモノにしてしまってもよかったと思うんだけどなあ。

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メン・イン・ブラック トリロジー Blu-ray BOX

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20131020(Sun)

[]購入コミック覚書 購入コミック覚書を含むブックマーク 購入コミック覚書のブックマークコメント

失踪日記2 アル中病棟 / 吾妻ひでお

失踪日記2 アル中病棟

失踪日記2 アル中病棟

吾妻さんのアル中病棟日記。コミック内の吾妻さんがいつもの3頭身から4頭身ぐらいになっていて、妙にスマートだ。内容が濃そうなのでじっくり読もう。

毎日かあさん(10)わんこギャル編 / 西原理恵子

毎日かあさん10 わんこギャル編

毎日かあさん10 わんこギャル編

西原さんの子供たちも大きくなったな。以前のドタバタは鳴りを潜め、子供の育ってゆく喜びと一抹の寂しさが描かれる。歳を経て素直に幸福を感じる西原さんが感慨深い。

狼の口 ヴォルフスムント(5) / 久慈光久

ハプスブルク家が設けた地獄の関所「狼の口」の戦いが熾烈さを増しているよう。封建主義の世界で支配者と草の根の市民が戦う様子はどこか白戸三平を思わせる。

楳図かずおの恐怖劇場 怪獣ギョー / 楳図かずお

魚の怪獣だから「ギョー」!。これは読んだことあるけど不気味でいい話だったな。残りの作品はかなり古い時代の作品みたいだけれど、楳図氏の黒々とした画面はそれだけで怖くていいね。

水木しげるの不思議草子 / 水木しげる

水木しげるの不思議草子 (怪BOOKS)

水木しげるの不思議草子 (怪BOOKS)

室町時代から江戸時代初期に掛けて庶民に親しまれていた「御伽草子」を水木さんが漫画化。水木さんの古典文学漫画化作品はどれも好きだな。

■荒野の少年イサム(1)(2) / 山川惣治(原作)、川崎のぼる(画)

これは書店で見つけて「おおおお懐かしい!」と小躍りしてしまった。1971年から少年ジャンプ連載で、自分はこの漫画は途中から読み始めたな。コミックも持ってた。西部開拓時代のアメリカに、日本の侍とインディアン女性との子供、イサムが生まれる。その彼の成長と戦いを描く和製ウェスタンなんだけれど、今読んでも描き込まれた絵としっかり作られた物語に引き込まれる。全5巻で順次刊行らしいから、完結を楽しみにして読み続けよう。

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20131019(Sat)

[]ヴァン・ダムがほんのちょっとしか出てねえッ!?〜地雷映画『UFO−侵略−』 ヴァン・ダムがほんのちょっとしか出てねえッ!?〜地雷映画『UFO−侵略−』を含むブックマーク ヴァン・ダムがほんのちょっとしか出てねえッ!?〜地雷映画『UFO−侵略−』のブックマークコメント

■UFO−侵略− (監督:ドミニク・バーンズ 2011年イギリス映画)

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助手「博士、何を肩落として見事なOrzポーズになってるんですか」
博士「やられた…やられたんじゃよ」
助手「食中毒ですか。さては冷蔵庫の奥底に眠っていた謎物体でも口に入れちゃったんでしょ。博士意地汚いからなあ」
博士「ちゃうわアホ。豪快なまでの地雷映画踏んじゃったのじゃよ」
助手「ほうそれは」
博士「タイトルは『UFO−侵略−』、まあアルバトロス映画を思わせる(実際の配給はちゃう)投げ遣りなタイトルから推して知るべし、ってえことなんじゃが、実はこの映画、一応あのジャン=クロード・ヴァン・ダムが出演してるんじゃよ。というか最初主演張ってるとばっかり思ってたんじゃがな。だから「うーん、地雷臭いがヴァン・ダムだし、そうそう間違いはないと思うんじゃがのう」とうっかりレンタルしたのが運の尽き」
助手「え、ヴァン・ダムがチョイ役なんですか」
博士「うむ。映画開始早々、主演者たちがクラブで踊り呆ける情景に、どうやら物語の後半らしい緊迫気味のカットバックが入るんじゃが、この構成がどうにもこうにも素人臭い。この段階で既に「これって後半まで全然盛り上がらないからあえて後半の映像入れたんだろうなあ」と勘付く。このカットバックにはヴァン・ダムの顏がちらちら出るものの、本編では待てど暮らせどヴァン・ダムが物語に出てこない!その代り華の無い主演者たちが華の無い物語をダラダラ繰り広げているだけなんじゃ。おーいどうなってんだー!?」
助手「博士の日常のように華が無くてダラダラなわけですね」
博士「やかましいわ。まあお話はタイトル通り「UFOが侵略しにきちゃうんだよ!きちゃうんだよ!」というものなんじゃが、いかにも低予算ってぇのは目をつぶるとしても、ひねりも工夫もなーんにもない、どっかで見たことあるようなシークエンスを「どうどう?結構スリリングでしょ?イケてるでしょ?」とばかりに得意げに披露してくれちゃって、観ているこっちはひたすらあきれ果てるばかりなんじゃよ」
助手「このブログのブログ主も半可通な知識披露して「どうどう?結構知ってるでしょ?イケてるでしょ?」とやってるところがイタイですね」
博士「それについてはノーコメントとさせとくれ…。しかもこの映画、何だか知らないけどお話を室内でばかり展開させようとするんじゃ。みんな家から出たがらないんじゃよ!そんなシナリオでいったいどうやって宇宙人の地球侵略描こうと思ったんだよ製作者…。そういえば同じ侵略映画『スカイライン』も実は物語が部屋の中とかアパートの周辺でしか展開しない映画だったなー、とか思ったが、まさかそこだけ参考にしたのかい、この映画…」
助手「登場人物全員自宅警備員だったというわけなんですか」
博士「ただ一応この映画、ヴァン・ダムの実の娘であるビアンカ・ブリーさんと、ピアース・ブロスナンの息子ショーン・ブロスナンさんが出ておられるのが唯一の注目部分じゃな。ヴァン・ダムとビアンカ・ブリーさんとの格闘シーンも見られて、この辺はとりあえずの見所といったところかもしれん。まああとはな〜んも見るところ無いんじゃがな…。決して興味沸いて観てみようとは思わない様に!」
助手「いやーこんな映画わざわざ好き好んでレンタルするのは博士ぐらいですってば!」
博士「ほっとけ!」

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UFO -侵略- (Blu-ray)

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20131018(Fri)

[]君だけが、いない。〜映画『華麗なるギャツビー君だけが、いない。〜映画『華麗なるギャツビー』を含むブックマーク 君だけが、いない。〜映画『華麗なるギャツビー』のブックマークコメント

華麗なるギャツビー (監督:バズ・ラーマン 2013年アメリカ映画)

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I.

エブリシング・バット・ザ・ガールというイギリスのバンドがある。バンドの名前は直訳すると「少女以外の全て」ということになるが、これは「女だけは手に入らなかった」という意味なのらしい。映画『華麗なるギャツビー』はこんな、全てを手に入れながら、しかし女の愛だけは手に入れることが出来なかった一人の男の、悲劇の物語である。

1920年代アメリカ。物語の語り手ニックは、ニューヨークの郊外に家を借りるが、その近隣の大邸宅では夜毎、ニューヨーク中の客が集まる豪華極まりないパーティーが催されていた。いぶかしげに思っていたニックに、ある日、大邸宅の主から招待状が届く。主の名はギャツビー。しかし訪れたパーティーに集まる客たちは皆、ギャツビーの姿を見た事もなく、彼がなぜ大富豪なのかも知らない。そしてやっとギャツビー本人に出会えたニックだったが、「人が生涯に1、2度しか出会えないであろう極上の笑顔」を浮かべるギャツビーは、それと裏腹の、寂しげな顔も見せる男だった。後日、ニックはギャツビーの寂しげな表情の理由を知る。ギャツビーは、5年前愛を交わしながら、従軍により別れ別れとなり、今は人の妻となってしまった女、デイジーの愛を再び取り戻そうとしていたのだ。しかしギャツビーのこの想いが、悲劇への扉を開いてしまうのだ。

どこまでもグラマラスで狂騒に満ちた音楽と映像。20年代アメリカの、爛熟を極めた文化とファッションと、贅を尽くした生活を、徹底的に再現した美術。さらにそれらを懐古趣味ではなく、現代的にアレンジして眼前に表出させるセンス。喧騒の果ての虚無と、虚飾の中の虚構と、避けられない運命に翻弄される者たちの物語。映画『華麗なるギャツビー』は、監督バズ・ラーマンの才能が物語世界の細部まで息づく渾身の傑作だ。そしてこの物語は20世紀アメリカ文学の最高峰のひとつとして知られるF・スコット・フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』を原作として製作されており、目を奪うようなけたたましい映像を描くのと同時に、登場人物たちの心の襞とその移り行く感情を、繊細で、そして時には胸の張り裂けそうな圧倒的なエモーショナルで表現しているのだ。

II.

絶大な自信に満ち溢れ、自らの恋心に忠実で、そして可愛らしいぐらい初心なギャツビーは、その反面、その過剰な自信により、相手の気持ちを考えない強引さを併せ持っている。この物語の悲劇は、この彼の、過剰な自信による性急さによって引き起こされたのだろう。同様に、この物語の登場人物たちはどれも、最初に感じさせる印象とは異なった二面性を後に見せてゆく。ギャツビーの恋するデイジーは、可憐で無邪気な、人を惹き付けて止まない女性だが、ギャツビーへの愛に応えながらも、有力者の夫につき従う自分を捨てられないでいる。デイジーの夫でありギャツビーの恋敵であるトム・ブキャナンは、上流階級であることに胡坐をかく、傲慢で鼻持ちならない男だが、その彼とて、彼なりのモラルに則って生きている。ギャツビーのただ一人の友であり、物語の語り手でもあるニック・キャラウェイは、語り手であることからニュートラルな視点で物事を眺めてゆくが、その繊細さから世界に馴染めず、どこか優柔不断に思える部分すらある。これら登場人物の在り様の"揺らぎ"が、物語に陰影と深みをもたらすが、それは同時に、それぞれを演じる俳優たちが、非常に卓越した演技力で持ってこれらの登場人物を演じきったからこそだといえる。

この物語は、主人公ギャツビーの、実らなかった恋とその行方を描いている。大富豪となったギャツビーは、いうなれば世界の全てを手に入れた男だ。あたかも彼は世界の「王」の如く君臨していた。しかし、その世界には、愛する君が含まれていないのだ。彼にとって、世界は、「君と共に生きる」ことで、初めて成り立つものであった筈なのに、君はいないのだ。君のいない、君以外は全てがある世界、結局それは「全て」ではない以上、「無」と変わりない。君がいない世界は、それは、世界ですらない。それは「虚無」だ。なぜなら、彼にとって、「君」こそが世界と等価であり、「君」こそが、真に世界そのものであったからだ。そして彼は、虚無の中で、愛する君という輝きに満ちた光明を請い求める。虚しい世界を、君に振り向いてもらうために飾り立てる。虚しい飾り、まさに虚飾だ。あらん限りの世界の富で飾りたてられながら、飾り立てれば飾り立てるほど、それが巨大な虚無にしか見えないのは、その全てが、彼の「孤独」の裏返しでしかないからだ。ああ、この物語は、なんと寂しく悲しい世界を描いたものだったのだろう。

III.

ギャツビーはデイジーの心を取り戻し、春の陽だまりのような明るく暖かかな日々を過ごす。それはギャツビーにとって、最後の一ピースがはまった完璧な世界の完成だった。世界は完璧だ。全ての望みは成就されたのだ。ギャツビーは全き幸福を謳歌し、それはいつまでも永遠に続くもののようにさえ見えた。だがしかし、それは束の間のことだったのだ。抗うことのできない残酷な運命が、二人にひたひたと、しかし確実に忍び寄っていた。

それにしても、ギャツビーの"偉大さ"とはなんだったか。それは野心に満ち溢れ、確固たる目標を持ち、その目的の為に惜しげもなく自らを捧げ、決して停滞せず、常に前向きに物事を遣り遂げてゆき、そして確実に夢を掴んでゆく、そのたゆまない意思と不屈の精神の謂いなのだろう。それは一言で言うなら、【希望】ということなのだろう。あの恐ろしい事故の後でさえ、ギャツビーは決してうなだれる事無く、希望を捨てず、きっと全てを上手く遣り遂げる、きっと上手くいく、といった表情を浮かべてはいなかったか。そしてギャツビーのこの"偉大さ"は、そのままアメリカの"偉大さ"を表していたのだろう。物語の舞台である1920年代、アメリカは第一次世界大戦の特需により、空前の好景気に沸いていた。大量生産・大量消費の生活様式が定着し、数々の文化が花開き、アメリカは世界一豊かな国と化した。それはたゆまない意思と不屈の精神、すなわちアメリカン・スピリッツに裏打ちされた、"偉大なる"アメリカの【黄金の20年代】だった。物語冒頭のあの狂騒こそが、アメリカの姿だった。だが、その成熟は爛熟となり、華燭は虚飾と化し、過飽和となった経済は、1929年の世界大恐慌を待つことになる。偉大なるギャツビーの悲劇、それは偉大なるアメリカの挽歌であり、鎮魂歌であったのに違いない。

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グレート・ギャツビー (新潮文庫)

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グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー)

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20131017(Thu)

[]全てを失った男の死に場所を求める物語〜映画『ローリング・サンダー』 全てを失った男の死に場所を求める物語〜映画『ローリング・サンダー』を含むブックマーク 全てを失った男の死に場所を求める物語〜映画『ローリング・サンダー』のブックマークコメント

■ローリング・サンダー (監督:ジョン・フリン 1977年アメリカ映画)

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映画『タクシー・ドライバー』を観たのは確か16歳の時だったと思う。ベトナム戦争帰りの孤独な男の狂気と暴走を描くこの映画は、長く心に残る映画だった。その『タクシー・ドライバー』の脚本家であるポール・シュレイダーが、同じく脚本を担当した映画が完成した、と聞いたのはその翌年だっただろうか。なんでも『タクシー・ドライバー』と同じ、ベトナム戦争帰りの男を主人公にしたバイオレンス映画であるという。

映画のタイトルは『ローリング・サンダー』。しかし興味は沸いたものの、いかんせんオレの住む田舎では公開されず、結局観ることも無く長い間忘れたままだった。それがちょっと前、HDニューマスターのDVDで発売されていたらしく、やっとレンタルで観ることが出来たわけだが、最初はいくらポール・シュレイダー脚本とはいえ、30年以上前に興味を抱いたっきり忘れていた作品を今観て面白いものなのかなあ、と若干の危惧があった。しかし実際観てみると、これがすこぶる面白い作品だったのだ。

物語はベトナムで7年間の捕虜生活を強いられた男が故郷のアメリカへ帰ってくるところから始まる。男の名はチャールズ。過酷な体験を強いられきた彼は、歓迎のレセプションの中でも表情は固いまま、妻子との再会すらもどこか上の空だ。しかもその妻の口から、彼のいない間に不倫をしていたことを聞かされる。さらに捕虜生活中の拷問の記憶がフラッシュバックし、チャールズは鬱々たる日々を送る。そんなある日、暴漢が家に侵入、妻と子供は殺され、彼も暴行の末、手首を失う。そして病床から立ち直ったチャールズは、復讐を胸に、暴漢の逃げ去ったメキシコへと向かうのだ。

いや、確かに今「復讐を胸に」と書いたけれど、実の所この物語は、アクション映画によくあるようなシンプルな復讐譚と、微妙に風向きが違う。復讐譚に欠かせない強烈な憤怒やどす黒い憎悪、失ったものへのウェットな哀惜などが奇妙に欠けているのだ。主人公はそういったことがらを一切言葉にも表情にもあらわさない。ただ無表情に、淡々と敵を追いつめてゆくのだ。この映画で主人公が感情を見せるのは、拷問のフラッシュバックがよみがえった時の苦痛の表情と、家族が目の前で嬲り殺され、絶望の叫びをあげた時ぐらいではないのか。それ以外の場面で主人公は、いつも何かに困惑したような、曖昧な表情を浮かべているだけなのだ。

戦争体験は主人公の心をロードローラーをかけたかのようにひき潰した。ぼろぼろに疲弊した彼の精神に残ったのは苦痛の記憶だけだった。戦争神経症に苛まれる彼が妻の不倫という家庭の崩壊に直面しても、不倫相手の男を紹介されても、彼の精神はそれに対応する余力さえ残されていなかった。彼は妻も相手の男も責めることが出来ず、ただ居心地が悪そうにしているだけだ。それは単に既に存在する苦痛の延長でしかなかったからだ。そこに新たに加えられた苦痛は家族の惨殺だった。彼はそれら恐ろしいまでに膨れ上がった苦痛に耐える為、精神を無感覚にした。精神を殺したのだ。

精神の死んだ彼に、苦痛も、憤怒も、憎悪も、哀惜も存在しない。しかしそれと同時に、生きているという実感も、生きているという意味すらも、彼には存在しなくなったのだ。彼は家族を殺した悪党どもを追いつめる、しかしそれは復讐だったのか。それは復讐という名目の、生ける虚無となった自分自身を終わらすための、きっかけでしかなかったのではないか。主人公は「死に場所」を求めていたのではないのか。そして、「死に場所」を求めることだけが、「死」へと限りなく近づいてゆくことだけが、逆説的に、彼自身の、最後の生きる希望であり、証だったのではないのか。

終盤、悪党の本拠地を見つけた主人公は、共にベトナムで戦い、故郷に戻ってきた友のもとを訪れ、一緒に悪党を叩き潰そうと持ちかける。それを承諾した友の顔に浮かぶ笑みは、これもまた、「死に場所」を探す男の暗い輝きに満ちたものだった。「ここ」にはもう居場所は無い。ただ「死」に限りなく近い場所にだけ自分たちの居場所は在る。映画『ローリング・サンダー』は、全てが失われた虚無の中で生き、それを終わらすため死を請い求める男たちの、凄惨なハードボイルドだったのである。

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ローリング・サンダー HDニューマスター [DVD]

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タクシードライバー [Blu-ray]

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20131016(Wed)

[]スティーヴン・キングの新作『11/22/63』は残酷なまでの切なさに満ちた傑作時間改変SFだった! スティーヴン・キングの新作『11/22/63』は残酷なまでの切なさに満ちた傑作時間改変SFだった!を含むブックマーク スティーヴン・キングの新作『11/22/63』は残酷なまでの切なさに満ちた傑作時間改変SFだった!のブックマークコメント

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スティーヴン・キングの新作長編のタイトル『11/22/63(イチイチ・ニイニイ・ロクサン)』とは、1963年11月22日に起こった或る出来事を指している。それは、第35代アメリカ合衆国大統領ジョン・F・ケネディが、ダラスで遊説中暗殺された、あの歴史的事件の事である。この物語は、ふとしたことから過去への扉を発見してしまった男が、このジョン・F・ケネディ暗殺を阻止するために、恐るべき時間旅行の旅に出る、といったストーリーなのだ。

ここで現れる"過去への扉"のルールがまず面白い。まず、この扉は1958年9月9日のアメリカのある決まった土地にしか繋がっていない。そして、時間旅行をした後もう一度過去へ戻ると、それ以前の時間旅行で行ったことはリセットされ、やはり1958年9月9日に戻ることしかできないのだ。だから1963年のケネディ暗殺を阻止するためには、過去の世界で5年間過ごさなければならない。当然この間、過去に訪れた者は5年、歳を取る。だからもし暗殺阻止に失敗して再挑戦、となっても、もう一度数年間を過去の世界で過ごさなければならないのだ。つまり、やり直せばやり直すほど時間旅行者は歳を取り気力を失ってしまう。何度もやり直せるといったものではないのだ(過去へ旅してどれだけの時間を過ごし、現代に戻ってきても、現代の時間は2分しか進んでいない)。そしてもう一つ、「過去を変えようとすると、"時間"がそれを阻止するためにありとあらゆる邪魔をしてくる」ということだ。それは、変えようとする歴史の大きさに比例して、より過酷な困難を時間旅行者に用意する。ケネディ暗殺阻止という巨大な歴史変革ともなると、"時間"は強大な威力でもって阻止しようとしてくるのだ。

このケネディ暗殺阻止を困難にする条件がもう一つある。ケネディ暗殺事件は、公式にはリー・ハーヴェイ・オズワルドの単独犯ということになっている。しかし、この暗殺事件には、膨大な量の陰謀論が渦巻いており、複数の人間や組織が絡んでいる、とする見方もある。だから、ただオズワルド一人を阻止すれば暗殺を食い止められるのか、主人公には分からないのだ。つまり、過去に戻って、まだケネディ暗殺をしていないオズワルドを見つけ、こっそり殺してそれで現代に帰っておしまい、という簡単なことにはならないのだ。結局は別の人間や組織が、ケネディを暗殺するかもしれないからだ。だから、主人公は暗殺実行ぎりぎりまでオズワルドの周囲を調査し、主人公の本当のターゲットを見極めなければならなくなる。過去への扉は、これを発見した男と、主人公しか知らない。そしてこの扉のある土地は、もうじき自由に入る事が出来なくなる。主人公はケネディ暗殺を阻止できるのか?

…と、ここまで書いたのは、実は物語の骨子でしかない。この物語は、ケネディ暗殺阻止を描いたSFサスペンス、というだけの物語では決してないのだ。

この物語のもう一つの魅力は、主人公が旅する過去のアメリカの、その郷愁に満ちた情景を、キングの精緻な筆致でもって、あたかも眼前にあるかのように描写しつくしている部分だ。輝きと豊かさに満ち、活力と大らかさに溢れた夢の国アメリカがそこにはある。それはどこまでも甘やかな光景だ。ただし、これらは"古き善き"アメリカの光景ではあるが、キングは決して単なるノスタルジーに目の眩んだ美化された過去の情景を描いているわけではない。人種差別は未だ確固として存在し、モラルの在り方は不条理で、女性の社会的立場はいまひとつであり、やはり現代と同じように貧しく荒んだ生活を送る者、そして荒んだ心を持つ者の存在もきちんと描かれる。"古き"ではあっても手放しで"善き"ではない。しかしだからこそ、ノスタルジーだけではない過去の情景が美しく輝くのだ。

そして、この物語の最大の魅力は、この物語が途方もなくロマンチックで、そして途方もなく切ないラブ・ストーリーだった、という部分だ。なんと『11/22/63』は、ケネディ暗殺阻止を題材にしながら、実はキングがこれまで描いた中でも最も胸を熱くさせるラブ・ストーリーだったのだ。

主人公はオズワルドの極秘身辺調査の最中、一人の女性と恋に落ちる。この二人が出会い、お互いを見初め、そして素晴らしい時を過ごす数々の描写は、幸福と輝きに満ち、この二人の恋人たちが思うように、読んでいるこちらまでもが、この幸福と輝きが永遠に続けばいいのにとさえ思えてしまう。しかし主人公は、暗殺阻止という、自らの使命を恋人に伝えることはできない。自分が時間旅行者である、ということも教えるわけにはいかない。主人公は、二重の秘密を抱えながら、愛する人と向き合わねばならないのだ。さらに、もし使命が終わったら、この世界を去るべきなのか、それとも恋人の為にここに残るべきなのか、という葛藤が主人公を苛むのだ。

そして読者にはもう一つ、恐ろしい予感が付き付けられる。「過去を変えようとすると、"時間"がそれを阻止するためにありとあらゆる邪魔をしてくる」。このルールに則るなら、主人公の時間改変を阻止するために"時間"が成す最大の妨害、それは幸福の只中にいる主人公の愛を奪い去ることなのではないのか?ということだ。だから、主人公とその恋人が幸福の中にいても、次にめくったページではカーペットを引っ張り上げるようになにもかもが崩壊してしまうような、恐ろしい悲劇が待ち構えてるのではないのか、と思えてしまい、じわじわと不安と無常さが読むものを縛り付けてくるのだ。

キングの小説では、あらゆる出来事が、始まったその時に既に、終わりの予兆に満ちている。その終わりは、旅立ちだったり別離だったり、そして破滅であったり死であったりするのだ。それが穏やかで平穏な日であっても、喜びや楽しみや、温かな愛情であっても、今この時に生きている、という感覚を謳歌できない、うっすらとして確固たる確信、棘のように皮膚の下で疼く不安感、そのような遣る瀬無さ、無常さ、それがキングの小説には常に仄暗い鬼火のように輝いているのだ。ケネディ暗殺阻止の為、過去という「本来自分が属するべきでない世界」で生きることを余儀無くされた男が、孤独と漂泊の末に見出した愛。このささやかでかけがえのない愛さえも、自分は失わなければならないのか?時間旅行とラブ・ストーリー、この二つが絡むと、切なさはもう残酷さの域まで達する。そう、キングの『11/22/63』は、残酷なまでの切なさに満ちた時間旅行SFだったのだ。感涙必至。クライマックスが待ち受ける下巻は涙涙でページがびしょ濡れ、本がふやけてただでさえ分厚いキングの本が2倍の厚さになってしまった。ハンカチは必ず用意するべし。

11/22/63 上

11/22/63 上

11/22/63 下

11/22/63 下

s12-planets12-planet 2013/10/16 16:25 スティーブン・キングですか…
たしかもうすぐ『キャリー』のリメイク?が上映されますよね。
昨日本屋さんにキャリーの小説が売られてましたが手持ち金足りず買えませんでした。

globalheadglobalhead 2013/10/16 19:02 『キャリー』はキングの処女作ですね。キングの作品の中では多分一番薄い長編作なので入門編として読んでみるのもいいかもですね。キング小説の映画化作品ということであれば『ザ・ミスト』や『シャイニング』あたりが怖くてお勧めですよ。

s12-planets12-planet 2013/10/16 23:18 ミストとシャイニングは映画なら観ました、面白いですよね。ミストの宗教女にはイライラさせられるし、後味悪いエンディングですがなかなかのお気に入りの映画です。
小説『呪われた街』は購入したものの読破できてません(笑)
キャリー買ってみますね♪

あつしあつし 2017/11/15 01:21 ずいぶん以前に読んだので、うっすらとしか記憶にないのですが… たしかに、切ない恋物語でしたね。再会した主人公と初対面の老齢の女性という感じでしたか(本を読んでない人にすると何を言ってるんだかですね)。
いちばん気になったのは、たしか誰か(家族?)を救い、感謝されるというエピソードも無効になった事です。まあ、こちらの方がキングっぽくはありますが。
キングの長編は実のところ退屈ですが、この作品は良かった。

20131015(Tue)

[]自らの頭髪のように寒々しいアラスカの大地で連続殺人犯を追うニコラス君!〜映画『フローズン・グラウンド』 自らの頭髪のように寒々しいアラスカの大地で連続殺人犯を追うニコラス君!〜映画『フローズン・グラウンド』を含むブックマーク 自らの頭髪のように寒々しいアラスカの大地で連続殺人犯を追うニコラス君!〜映画『フローズン・グラウンド』のブックマークコメント

■フローズン・グラウンド (監督:スコット・ウォーカー 2013年アメリカ映画)

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■ニコラス君とオレ

いつの頃からか、ニコラス・ケイジのことが奇妙に気になってしょうがないのである。好きな俳優か?と聞かれても「あーうーんえーっと」とお茶を濁すような答え方しか出来ないし、優れた俳優か?と聞かれてもよくわからない、と答えるしかない。名優か?とか、かっこいいのか?と聞かれたら「それはないね」と即答する自信だけはある。しかし、そんなニコラス君が出ている映画を、全部とはいわないが、結構よく観ている自分がいるのである。例えば、ハリウッド人気俳優の話題作、ということであるなら、トム・クルーズやジョニー・ディップやブラッド・ピットの映画は、よく観ているかもしれない。しかしニコラス君の出演する映画の多くは、まあちょっとニコラス君には悪いけどハリウッド人気俳優の話題作、というほどのものでもないのだ。にもかかわらず、どんな興味の無いテーマの映画でも、ニコラス君主演、と聞いただけで興味を示してしまう自分がいるのだ。

そんなニコラス君主演の新作映画『フローズン・グラウンド』が公開される、と聞いて、当然のことながらオレは「うっ…どうしよう…」と一瞬悩んだのである。ニコラス君の映画は、大抵、「これは面白そう!絶対観に行こう!」では無いのである。いつもだいたい、「うっ…どうしよう…」なのである。映画の内容を調べると、「実話を元にした、米アラスカ州アンカレッジ連続殺人事件を追う刑事の話」なのだそうである。「実話」がどうとか「連続殺人」がこうとかいうお話は、実のところ興味が湧かない。これがデヴィッド・フィンチャー監督でブラッド・ピット主演、というなら「お、面白そう」となるかもしれない。しかしニコラス君主演の犯罪映画、という段階で、既に「ああ…」となってしまうんである。

この「ああ…」はいわばひとつの葛藤の「ああ…」である。テーマには今更感を感じる。それほど話題にもなっていない。映画評を見てもいまひとつの事しか書いていない。しかも主演はニコラス君。ニコラス君が出ているから面白い、という保障はどこにもない。されどニコラス君。いつも奇妙に気になってしょうがないあのニコラス君なのだ。気にはなるが、わざわざ映画館まで…DVD出てからでもいいのかもしれない…。だが、その時オレは、一所懸命「見なくてもいい理由」を探している自分に気づいたのだ。それは「見たい」の裏返しではないのか?オレは、あれこれ難癖を付けながら、自分の本心を、偽っているだけなのではないかのか?オレはいったい何を偽っているのだろう?それは…実はニコラス君が大好きで堪らない、という気持ちなのではないのか?

■ニコラス君の頭頂の様に寒々しいアラスカの大地

先ほども書いたが、映画『フローズン・グラウンド』は、アメリカアラスカ州で12年前実際に起こった、連続殺人事件の物語である。ニコラス君は冷酷な犯人を追う刑事役だ。対する連続殺人犯をジョン・キューザックが演じている。おおジョン・キューザック…。これで不安材料がひとつ消えた…。タイトルが『フローズン・グラウンド』というだけあって、アラスカの凍てついた大地と雪の降る寒々しい町並みが、実に陰鬱に描かれている。その寒々しさと来たら、まるでニコラス君の頭髪そのものののようだ。そしてここでおぞましく陰鬱な事件が起き、それを陰鬱な音楽がまた盛り上げてゆくのだ。

映画は実に正攻法で事件を追って行く。少女娼婦シンディが暴漢から逃げ出すところから物語が始まる。シンディは「客は私を殺そうとした」と訴えるが、警察は単なる客とのトラブルとして取り合わない。それとは別に、身元不明少女の惨殺死体が凍った大地から次々と見つかるのだが、警察上層部はシンディの事件との関連性は無い、と判断する。しかしニコラス君演じる刑事はこれはクロではないのか、と独断で捜査を継続、シンディ暴行犯ハンセンと連続殺人事件との関わりを追ってゆくのだ。

映画では最初からこのハンセンが連続殺人犯である、ということを、彼の殺人シーンを挿入することで観客にあからさまにしている。だから物語は、犯罪が決して露呈しないと自信満々なハンセンと、彼を逮捕すべく証拠を集めるニコラス君刑事との執拗な応酬が繰り返されるサスペンスとして進行してゆく。

そしてこの犯人役ジョン・キューザックが、性犯罪者独特の気色悪さを絶妙な演技で見せてくれていて、なかなか悪くない。それに対しニコラス君も、眉間に皺をよせまくって大見得を切るいつもの演技ながら、過去に不幸を持ち、現在も家族と揉めている男のぶきっちょなナイーブさを演じ切り、あろうことか結構かっこいい。現実でも借金で揉めている苦悩や毛髪の悩みを、こういう所で演技に昇華しているに違いない。さすがだ。10代の少女娼婦シンディを演じるのがヴァネッサ・ハジェンズ。過去の性的虐待から家を出、娼婦に身を落とした少女シンディの悲哀を、これも巧みに演じていた。『タクシー・ドライバー』好きのオレとしては10代の少女娼婦役と聞いただけでジョディ・フォスターを思い出しビククンとしていた。

全体的に見ると、オーソドクスな描写のあり方は人によって古臭く見えることもあるだろうし、当然、フィンチャー的な犯罪映画の切り口などは望むべくも無いのだけれども、逆に手堅い安定感があり、没入して作品を観る事が出来た。そして全編を通して陰鬱なロケーションと演出が非常に効果的であったと思うし、俳優それぞれの存在感も確かであり、作品に垣間見える登場人物たちの情動にも共感できるものがあった。シンディとニコラス君刑事が、過去に負った心の傷から世代を超えて共感しあい、ニコラス君が少女に精一杯救いの手を差し伸べようとするシーンなどは実にエモーショナルな演出であったと思う。こういうウェットな描写にニコラス君は強い。要するに面白く見られたわけだよ。そんなわけでこの『フローズン・グラウンド』、オレは結構満足だったな。

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20131014(Mon)

[]最近聴いたエレクトロニック・ミュージック その2 / Clark、The Field、The Exaltics、Kirk Degiorgio、Mathias Kaden、DJ EZ 最近聴いたエレクトロニック・ミュージック その2 / Clark、The Field、The Exaltics、Kirk Degiorgio、Mathias Kaden、DJ EZを含むブックマーク 最近聴いたエレクトロニック・ミュージック その2 / Clark、The Field、The Exaltics、Kirk Degiorgio、Mathias Kaden、DJ EZのブックマークコメント

■Feast/Beast / Clark

最近では映画『エリジウム』のサントラにも楽曲が抜擢されたWARPレーベルの鬼才、Clarkのニュー・アルバムはCD2枚組、全30曲に渡るRemixワークス集。Amon Tobin、Nathan FakeMassive AttackDepeche ModeらのRemixに加え、自身の未発表音源も含まれる。多数のアーチストのRemix集にも関わらず、徹底してClarkのカラーで染められ、アルバムを通して聴くと寄せ集めどころかまるで彼のオリジナルのように聞こえてしまう所が凄い。非常にアグレッシブかつ実験精神旺盛に組み立てられたこれらの音源は、あたかもコンセプト・アルバムのようにすら聴こえてくる。 《試聴》

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■Cupid's Head / The Field

CUPID'S HEAD +1

CUPID'S HEAD +1

The Fieldの1stは、どこまでもループしながら天の高みを目指していくような法悦感に満ち、まさに名盤と言っていい作品だった。その後The Fieldは1stの手法を捨て様々な実験を試したアルバムを作り続けてきたが、この「Cupid's Head」ではもう一度1stの手法を取り入れた法悦のループを再現する。しかしこのアルバムではさらに最近流行のインダストリアル/ドローン系のダークさも取り入れ、決して1stの再演にとどまらないオリジナリティを獲得している。1st好きの自分にとっては「あのThe Fieldが帰ってきた!」と思えた1枚だ。 《試聴》

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■Das Heise Experiment / The Exaltics

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Robert WitschakowskiによるプロジェクトThe Exalticのニュー・アルバム。陰鬱なアシッド・サウンドの踊るアンダーグラウンド・ジャーマン・エレクトロ。CDは限定100枚。あしぃーーーっど!! 《試聴》

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■Sambatek / Kirk Degiorgio

KIRK DEGIORGIO PRESENTS SAMBATEK

KIRK DEGIORGIO PRESENTS SAMBATEK

UKのデトロイトテクノ・フォロワーKirk Degiorgioの新たなプロジェクトはサンバとテクノの融合を目指したSambatek。ブラジリアン・パーカッションの響きを云々する以前にKirk Degiorgioらしい完成度の高いテクノ・アルバムとして聴ける。これもいいなあ。 《試聴》

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■Watergate 14 / Mathias Kaden

WATERGATE 14

WATERGATE 14

ベルリンのクラブWatergateからリリースされているMixCDシリーズの14番はミニマルハウス/テクノ・アーチストMathias Kadenによるもの。ソフトに開幕するMixは徐々にハードなプレイへと変わってゆく。 《試聴》

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■Fabriclive 71 / DJ EZ

Fabriclive 71: DJ Ez

Fabriclive 71: DJ Ez

Fabricliveの71番はロンドンのKISS.FMでレジデントDJを務めるUKガラージ・プロデューサー、DJ EZ。弾むパキパキのリズムとキラキラのメロディ、あーたまにはこういうのもいいなあ! 《試聴》

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20131013(Sun)

[]最近聴いたエレクトロニック・ミュージック その1 / Heathered Pearls、Claude Vonstroke、After Dark II(V.A.)、Glass Candy、Desire 最近聴いたエレクトロニック・ミュージック その1 / Heathered Pearls、Claude Vonstroke、After Dark II(V.A.)、Glass Candy、Desireを含むブックマーク 最近聴いたエレクトロニック・ミュージック その1 / Heathered Pearls、Claude Vonstroke、After Dark II(V.A.)、Glass Candy、Desireのブックマークコメント

■Loyal / Heathered Pearls

Loyal

Loyal

ポーランド出身のアーティストJakub Alexanderによるプロジェクト、Heathered Pearlsの1st。脈動と血流の響きを思わせる電子音が、体を包むかのように鳴り響く胎内回帰アンビエント。これはお勧め。 《試聴》

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■Loyal Reworks / Heathered Pearls

Loyal Reworks

Loyal Reworks

そのHeathered Pearlsの『Loyal』を数々のプロデューサーがリミックス。こちらも素晴らしい。 《試聴》

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■Urban Animal / Claude Vonstroke

Urban Animal

Urban Animal

もとはハードなドラムンベースDJだったというカルフォルニア出身のプロデューサー、Claude Vonstrokeのアルバムはグネグネとしたファンキーなテクノサウンド。 《試聴》

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■After Dark II / V.A.

After Dark II

After Dark II

Mike Simonetti率いるUSインディー・レーベル、Italians Do It Betterのショウイケイス・コンピレーション。これがもう80年代ディスコを思いっきりやる気無くしたようなヘコヘコのペナペナのユルユルなデカダンス・アンニュイ・エレクトロ。 《試聴》

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■Beat Box / Glass Candy

Beatbox

Beatbox

で、そのItalians Do It Betterの名物プロデューサー、Johnny Jewelが参加したユニットGlass Candyが2007年にリリースしたアルバム。ミドルテンポのコールド・ウェーヴ/ミニマル・シンセ・ミュージック。まあ要するにヘコヘコのペナペナのユルユルなデカダンス・アンニュイ・エレクトロ。 《試聴》

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■II / Desire

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で、さらにJohnny Jewelが参加したユニットDesireのアルバム。シルキーなスロウ・ディスコ。まあ要するにヘコヘコのペナペナのユルユルな(ry 《試聴》

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20131011(Fri)

[]記憶は錯誤する。〜映画『トランス』 記憶は錯誤する。〜映画『トランス』を含むブックマーク 記憶は錯誤する。〜映画『トランス』のブックマークコメント

■トランス (監督:ダニー・ボイル 2013年イギリス映画)

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"コンゲーム"というのは「信用詐欺」の意味だが、物語のジャンルで使われるときは「詐欺や騙し合いをテーマにした犯罪サスペンス」ということになる。映画だと『スティング』や『「ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』あたりが有名どころだろう。ダニー・ボイル監督の最新作『トランス』は詐欺や騙し合いが直接的に描かれる作品ではないが、【主人公の記憶】に主人公を含む登場人物たちが騙されてゆく、といった意味ではある種のコンゲーム映画といえるのかもしれない。

物語は40億ともいわれる絵画がオークション会場から強奪されるところから始まる。しかしこの物語は単純な強盗モノのサスペンスと思わせておいて、次第に【記憶の錯誤】を巡るサイコロジカルなストーリーへと逸脱してゆくのだ。

主人公の名はサイモン(ジェームズ・マカヴォイ)。彼はオークションの競売師だが、ギャングたちと結託してオークション絵画を強奪する計画に手を染める。しかし成功と思われた計画はサイモンが奪われた絵画を隠す、という突然の裏切りにより暗礁に乗り上げる。しかも、乱闘により頭を強打したサイモンは部分的記憶喪失に至り、絵画の隠し場所の記憶を失ってしまう。業を煮やしたギャングのリーダー、フランク(ヴァンサン・カッセル)は、催眠療法によってサイモンの記憶を呼び戻すことを思いつき、催眠医療士エリザベス(ロザリオ・ドーソン)とサイモンを引き合わせる。ところが平凡な町医者の筈のエリザベスが、ギャングたちに積極的に関わってサイモンの記憶を呼び戻すことに協力しようとするのだ。

この物語は冒頭から様々な謎が張り巡らされている。なぜサイモンは突然裏切ったのか?絵画をどこに隠したのか?エリザベスが積極的に関わる理由は何か?断片的に蘇るサイモンの奇妙な記憶は何を意味しているのか?そして物語が進み真実が明らかになるにつれ、サイモン、フランク、エリザベスへの観客の第一印象が次々塗り替えられてゆくのだ。

策略によって登場人物たちが騙し騙され、といった物語は多々あろうが、この『トランス』では、【主人公の記憶】に、まず主人公自身が騙され、主人公を取り巻く登場人物たちが騙され、さらにこの映画を観ている観客自体が騙されてゆく。それは、【記憶】の断片自体は間違いなく主人公のものだけれど、前後の脈歴が喪失し、さらにそこに「思い込み」が加わることによって、パーツの組み立てが誤った【記憶の再現】が成されてゆくからなのだが、この物語に関わる者は、それが誤ったパーツの組み立てなのか正しいものなのか、認識する術が全くないのだ。

さらに催眠療法の施術法の一つである【強烈な暗示】による相手の誘導が描かれることにより、どこかで誰かが暗示によって行動しているのではないのか?という疑惑が観ている者の中に芽生えることになる。こういった【記憶の錯誤】【暗示による行動への疑惑】がない交ぜとなり、どこまでが真実でどこまでが錯誤なのか、そもそもここで起こっていること自体が夢オチにでもなってしまうのではないか、そういった混乱と不安を膨らませながら、物語は思いもよらぬ結末へとなだれ込んでゆくのだ。

作品的には手堅くまとまった小品で、強烈な印象を残すというほどのものではないのだが、主演3人の癖のあるキャラクター演技は楽しく、アンダーワールドのリック・スミスの音楽がボイル監督らしいニヤリとさせられるスタイリッシュさで、実にイギリス映画らしい出来栄えの作品という事が出来るだろう。

ちなみにこの映画で強奪されたゴヤの「魔女たちの飛翔」は、不気味で超現実的な絵画だが、宙に浮かぶ三角帽子の3人が若者をかき抱く様子は【理性】への飛翔を、地上で蠢く人間たちは【理性の拒否】をあらわしているのだという。【真実の記憶】の狭間で引き裂かれてゆく主人公を描くこの物語にとっては、まさに暗示的な作品だといえるだろう。

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20131010(Thu)

[]神は存在したのか?〜『 I 【アイ】 (3)』 / いがらしみきお 神は存在したのか?〜『 I 【アイ】 (3)』 / いがらしみきおを含むブックマーク 神は存在したのか?〜『 I 【アイ】 (3)』 / いがらしみきおのブックマークコメント

I【アイ】 3 (IKKI COMIX)

■神は存在するか

いがらしみきおの長編コミック『 I 【アイ】』が完結した。神は存在するのか?人はなぜ生き、そして死ぬのか?人はいつか救われるのか?そもそも「救い」とはなんなのか?そして人はなぜ、「ここ」に存在するのか?コミック『 I 【アイ】』は、そういったメタフィジカルな命題を掲げながら、既存の宗教や安易なスピリチュアル思想とは一線を画し、あくまでいがらし独自の観点と想像力から、それらを見極めようとした作品だったが、それがようやく終極を迎えたという訳だ。

物語は、現実というものがうまく捉えられない少年・雅彦と、奇妙な能力を持った異様な風体の少年・イサオとが主人公となる。放浪の旅に出た二人は、夥しいほどの死と生々しく接してゆくが、その死には、常にイサオが関わっていた。しかし死の寸前に、彼らはイサオによって「救われて」いたのだ。そしてイサオが時折呟く謎の言葉。それらは、世界と人との接点と、その世界を認識する人の意識の在り方と、その中から導き出される、概念としての【神】を暗にほのめかしていたのである。イサオはいったい何者なのか?そして雅彦の放浪の果てに待つものは何か?コミック『 I 【アイ】』はこうした物語である。

■煉獄篇

世界、人間、神、存在、そして認識。これらのアレゴリーは既に第1巻で集約されている。

いがらしは主人公の二人を通して死と生を描く。いがらしの描く死は決して忌むべきものではなく、逆に生は、あえてすがりつくべきものでもない、と言っている様だ。しかしこれは死を肯定し生を否定してるわけではない。単に、人は生き、死ぬだけのものだ、と言っているに過ぎない。人は、死ぬときは、死ぬものだ。しかし、それでは、この生とはなんなのか。【自分】という存在の殻の中だけで始まり、そして終わるだけの孤独な存在なのか。人は孤独なのか。救いはないのか。孤独な我々は、【この世界】と何ら繋がっていないのか。そしてもし繋ぐものがあるとすればそれはなんなのか。いがらしはここで、【この世界】と【自分】が繋がる瞬間を、ひとつの【神性】、まさしく【神】の顕現であることとして描く。


いがらしは物語の言外に「意識」と「無意識」を描き(「人の見ねえどごって?」「誰も見でねえどごさ」P267)、「存在」と「空間」を描き(「なあ。全部つながってっぺよ」P117)、そして「意識」が「存在」を【決定】する様を描く(「見ればそうなる」P219他)。そしていがらしは、【神】の「存在」を、【決定】されていない「無意識」の「空間」の中にあると説く。しかし物語は決して堅苦しく辛気臭いものではなく、逆にいがらしらしいホラーテイストなエンターティメントとして進行してゆく。そして東北の汚濁のような貧しさや野卑な人間関係を交えながら、実に泥臭く物語られるのだ。しかし、そのように見せかけにもかかわらず、その本質には、こういった非常に哲学的な命題を孕んでいるのだ。


◎「神は存在するか。〜 I【アイ】 (1) / いがらしみきお」メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

■地獄篇

こういった【神探し】の旅は第2巻で乱調する。物語はホラータッチのバイオレンス・ドラマとして進行してゆくのだ。

この第2集では、舞台を「にんげん農場」なるカルト・コミニュティを中心にして描かれるが、"一回人間社会の決まりごとをリセットして独自の論理でもう一度新たな社会を構築する"という思想であるらしいこのコミュニティ、一言で言うならなにしろキモイ。そして屍累々だった第1集よりもさらに死体がゴロゴロと転がる展開となっている。それによりホラーテイストは第1集にも増して加速して、その分哲学的なテーマは後退することとなる。しかし、いがらしでなければ描けなかったであろうこのキモさ、その生々しさは、ある意味人の生のグロテスクさを描いたものなのだといえるのかもしれない。第1集が「煉獄篇」だとすると、これは「地獄篇」なのだ。すると次巻では「天上篇」ということになるのか。


◎「I【アイ】 第2集 / いがらし みきお」メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

そしてこの時の予想通り、第3巻は「天上篇」として完結することになる。遂にここでいがらしは真なる救済、真なる真理へと辿り着くことになるが、しかしここで描かれるのは、これまで以上に苛烈な茨の道であり、真なる地獄の情景だったのだ。なぜなら完結編であるこの第3巻のクライマックスには、あの東日本大震災が持ち込まれるからである。

■神秘主義者

この第3巻の中盤までは、これまでの夥しい死にまみれた物語展開とは裏腹に、成長した主人公・雅彦を中心として語られ、彼の精神的変容へと深く潜航する形を取られている。そしてこれまで物語の舵取り手として存在していたイサオはここでは姿を現さない。雅彦は、自傷によって視力を失い、疾患によって聴力もまた失い、さらに脳疾患を患うことで、意識・認識そのものをも失おうとしていた。雅彦は、生きながら【無】へと還ろうとしていたのだ。

感覚を遮断し【無】へと限りなく近づくことで悟性を獲得するという行為は、従来的な宗教の行として見受けられることであり、これまでの物語の流れから見ると若干陳腐に感じてしまう。荒行の如き過酷な体験を経ねば【真理】に辿り着けない、というのも、「神性の遍在」を描く筈だったこの物語が、いつの間にか一人の男の神秘体験へと個別に特殊化されてしまっているように読めてしまった。逆に言うならこの物語は、望むと望まざるをかかわらず、神秘主義者として生きてしまった一人の男の、その漂泊の遍歴に肉薄したドラマとして完結しているということができるだろう。

しかしそう考えても、この『 I 【アイ】』はそれぞれの巻で微妙にトーンが違う。「神・認識・存在」ということであれば実は第1巻の段階で既にその回答のありかたの予想はつき、その回答をどうドラマに落とし込むかが焦点だった。しかし第2巻はバイオレンス・ホラーで、第3巻は神秘主義者の荒行の物語だ。いがらしらしくもないこのブレ方はなんなのだろう?その原因となるのが第3巻中盤に持ち込まれる、東日本大震災の描写だったのではないのか。

東日本大震災

自傷や疾患を描きながら、この3巻での流れは趣旨変えでもしたかのように淡々として奇妙な静けさに覆われ、そして物語内での時間の流れが不思議なぐらい早くなる。作者が何か「語り急いでいる」印象さえあったぐらいだ。そしてその「語り急いでいる」理由は、東日本大震災と、数々の神秘体験の果てに特殊な"予感"を感じるようになった雅彦との、遭遇を描くことだったのだ。雅彦は、大震災の到来を"予感”する。その恐ろしい災禍の後も、瓦礫の下に横たわる行方不明者たちの場所を"予感”し、次々と亡骸を発見してゆく。言ってしまえばオカルトなのだが、現実に起こった災厄なだけに、強烈に生々しい。それにしても、そもそもいがらしは、なぜ「神・認識・存在」といった観念的なテーマで始まったこの物語を、生々しい恐怖が未だに残る東日本大震災に絡め、そこを終着点としようとしたのだろう?

いがらしみきおの『 I 【アイ】』は、2010年6月25日発売の月刊IKKI8月号から連載された。そして東日本大震災の発生は2011年3月11日。当然の事だが、連載開始の時点でコミック『 I 【アイ】』の構想の中に東日本大震災が含まれているわけは無く、まだ起こっていないこの災厄抜きで、物語の着地点をある程度固めていたであろうことは想像できる。東日本大震災が起こったのは第1巻の後半頃。この時、いがらしは仙台で被災している。その後いがらしは6月7日の朝日新聞朝刊で『許して前を向く日本人 大震災で見た「神様のない宗教」』というコラムを書いている。詳しい内容はこのあたりを読んで貰うとして、ここでいがらしは、大震災の「神様などいない無情な光景」を目の当たりにしつつ、その災害を乗り超えるためには「その神さえも許すことでしか前を向けない」と気付くのだ。

■天上篇、あるいは神を許すということ

ここで冒頭で挙げた『 I 【アイ】』のテーマを思い起こしてみよう。

「神は存在するのか?人はなぜ生き、そして死ぬのか?人はいつか救われるのか?そもそも「救い」とはなんなのか?そして人はなぜ、「ここ」に存在するのか?」

そしてこれを、大震災を絡めて、もう一度読み替えてみよう。

「この未曾有の大災害を目の当たりにしながら、神は存在するといえるのか?この無慈悲な災厄の中で、人はなぜ生き、そして死ぬのか?その無慈悲さの中で、どうして人は救われるというのか?そもそも「救い」とはなんなのか?そして人はなぜ、無情たる「ここ」に存在しなければならないのか?」

当初『 I 【アイ】』は、「神などいない」というエンディングを迎えるはずだったという。しかし「その神さえも許すことでしか前を向けない」ことを思い知ったいがらしは、やはりその「神性の遍在」を、物語のエンディングに持ってくるのだ。途方もない大震災に直面することにより、創作者いがらしは、自らの描く物語のテーマを変えざるを得なかった。それがこの物語のブレであったが、それは創作者であると同時に、一人の人間であるいがらしの、人間であるがゆえの悲嘆と絶望と、そして生きることへの希求が、この物語をもう一度「神性の遍在」へと向かわせた。それが、この物語のラストだったのだ。

そしてここで『 I 【アイ】』のテーマを、「神さえも許す」視点から、さらにもう一度読み替えてみよう。

「神は、いるとしてもそれは無慈悲なものでしかない。そして人は生き、そして死ぬ。人はいつか救われるのか?そもそも「救い」とはなんなのか?そして人はなぜ、「ここ」に存在するのか?それは分からない。なぜなら神はあてにならないからだ。しかし我々は、その神さえも許すことでしか前を向けないのだ」。

I【アイ】 第1集 (IKKI COMIX)

I【アイ】 第1集 (IKKI COMIX)

I 2 (IKKI COMIX)

I 2 (IKKI COMIX)

I【アイ】 3 (IKKI COMIX)

I【アイ】 3 (IKKI COMIX)

20131009(Wed)

[]オレの80年代アルバム オレの80年代アルバムを含むブックマーク オレの80年代アルバムのブックマークコメント

マソ山様のブログ「MUSCLENOTE」「ecrn award 80s」に参加してみるよ。

2012年1月12日のオレの日記「オレの45曲」とほとんど被っちゃうんだが、なにしろ80年代はウジウジしまくっていたなあ。まあ90年代も00年代も、要するにずっとウジウジしていたけど。そういうわけでウジウジしたアルバムとウジウジばっかりじゃやってらんねえ!とブチキレ気味のアルバムが並んでおります。

1.Signing Off / UB40 (1980)

SIGNING OFF 30TH ANNIVERSARY SPECIAL EDITION (LIMITED) 2CD /DVD (NTSC)

SIGNING OFF 30TH ANNIVERSARY SPECIAL EDITION (LIMITED) 2CD /DVD (NTSC)

80年代はこれを聴きながら鬱々として始まりました。

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2.イマジネイション通信 / 原マスミ(1982)

イマジネイション通信 +2 (紙ジャケット仕様)

イマジネイション通信 +2 (紙ジャケット仕様)

非常にシュールかつ内省的な歌詞と不思議なエレクトリックさを持った日本人アーチストの1st。

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3.North Marine Drive / Ben Watt (1983)

NORTH MARINE DRIVE

NORTH MARINE DRIVE

いやあ、しみじみたそがれてたなあ。

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4.Purple Rain / Prince (1984)

たそがれ過ぎてイライラしてきて暴発的にプリンス聴いて暴れてました(脳内で)。

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5.Queen Is Dead / The Smiths(1986)

Queen Is Dead

Queen Is Dead

この鬱屈しまくったアルバム聴いて「ロック聴き続けるのは正直しんどい」とロック見限りました。

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6.Disco / Pet Shop Boys (1986)

Disco

Disco

80年代と言えばペット・ショップ・ボーイズ。鬱々としながらディスコ。

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7.Substance / New Order (1987)

Substance

Substance

たそがれ鬱々症候群にはデジタルビートが効くらしい、とこれ聴いて発見しました。

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8.裸の王様 / JAGATARA (1987)

裸の王様(紙ジャケット仕様)

裸の王様(紙ジャケット仕様)

もうあとは踊れ―!っと。

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9.To The Batmobile Let's Go / Todd Terry Project (1988)

To the Batmobile Let's Go

To the Batmobile Let's Go

「世間ではハウスだかエスビーだかが流行っているらしい」というのでこれ聴いたらもう戻れなくなりました。

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10.Techno! The New Dance Sound Of Detroit (1988)

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そしてこのアルバムをきっかけに、輝けるテクノの90年代へとなだれ込んだオレだったわけです。

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スペシャルな一曲:Two Tribes / Frankie Goes To Hollywood

Two Tribes

Two Tribes

80年代と言えばディスコ。これ聴いて「オレはディスコに行って踊らなければならん」と六本木ディスコデビューを飾りました。

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20131007(Mon)

[]あの時、僕らは幸福だった。〜映画『ムード・インディゴ〜うたかたの日々』 あの時、僕らは幸福だった。〜映画『ムード・インディゴ〜うたかたの日々』を含むブックマーク あの時、僕らは幸福だった。〜映画『ムード・インディゴ〜うたかたの日々』のブックマークコメント

■ムード・インディゴ〜うたかたの日々 (監督:ミシェル・ゴンドリー 2013年フランス映画)

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I.

自分がボリス・ヴィアンを耽読していたのは10代後半から20代にかけてだろうか。最初に読んだのは『赤い草』だったが、これが衝撃的だったのだ。その後、読破こそできなかったが、ハヤカワの全集を買い求め、幾つかの長編と短編を、時に驚嘆しながら、時に首を傾げながら読んでいた(時々ワケがわからなかったのだ)。その中で読んだ『うたかたの日々』は、「20世紀で最も悲痛な恋愛小説」という評価とは裏腹に、異様なほどの狂騒とアイロニーに満ちた作品だったと記憶している。

今回ミシェル・ゴンドリーにより映画化された『ムード・インディゴ〜うたかたの日々』の原作『うたかたの日々(「日々の泡」というタイトルの訳本もあり)』は、ロマンチックなファンタジーであると同時に、アバンギャルドでアナーキーな描写がふんだんに盛りこまれ、さらにそこにシニカルでニヒリスティックなスパイスがたっぷり振り掛けられている作品だったのだ。そんな一言では言い表せない破天荒さに満ちたこの原作を、フランス製のお洒落なラブロマンスと期待して読むと痛い目に遭うだろう。それは例えばルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』がファンタジックな児童文学の体裁をとりながら、実はメタフィジカルな言語遊戯の塊であるのと似ている。

II.

ボリス・ヴィアンの殆どの著作にも共通するが、『うたかたの日々』の驚嘆すべき点は、そこで描かれるモノ=物質が、あたかも命を宿し意思を持っているかのように、うねうねと形を変容させ動き回るということだろう。それはアニミスティックなものというよりは、「世界」を見る者の主観と連想と無意識が、そのまま現実の出来事のように描写されているということなのだ。

そしてこの映画では、ミシェル・ゴンドリーの定評ある映像マジックにより、それをほぼ忠実に再現し、ファンタジックでシュールな原作描写を完璧といっていいほど見事に映像化することに成功している。その描写が時として「ワケが判らない」ものだとしても、それは物語主人公の主観であり連想であり無意識であると認識してみると、意外とすんなりと腑に落ちるのだ。

例えば刺すような日差しは本当に刺さってくるし、スケート場の放送係が鳥の顔をしているのは、いつもピーチクパーチクさえずっているかのようにアナウンスしているからなのだろうし、結婚式場で主人公とクロエが水中を歩くのは、宙を舞っている、水中の中のような濃厚な空間にいる、というふうにとれるし、病床のクロエの部屋がどんどん縮んでゆくのは、病の息苦しさや陰鬱さを表しているのだろう。もちろん、原作も含めこれらの描写に全て解法を求めるのもまた野暮であり、シュルレアリスム手法であるオートマティスムやデペイズマンをそこに見出し自由さを楽しむ、といった観方もまた出来るのだ。

III.

物語だけ取り出してしまうとこの作品は「難病悲恋モノ」でしかない。一組の男女が出会い、幸福の絶頂の中で結婚するが、妻は難病に倒れ、夫は看病に尽力するが、病状はどんどん悪化して行き…というものだからだ。しかしこの物語が「難病悲恋モノ」のテンプレ通りの物語であるにもかかわらず、実際描かれているものは全く違うものであることは観た方なら誰もが判るだろう。いわばこの物語は「難病悲恋モノ」をベースとしながら、その状況の中で立ち現れる主人公の情動を、どれだけアバンギャルドでアナーキーな描写でもって描くことが出来るか、といった挑戦めいた物語であり、ある意味メタな恋愛ドラマとして捉えることも出来るのだ。そしてこのようなベタでしかない骨組みの物語を、唯一無二の透徹したユニークさで描くことにより、凡百の悲恋モノを遥かに凌駕した、天にも昇るような幸福と、海の底に沈むような悲痛さを描写しつくしたものとして、この映画は完成しているのだ。

そして表向きファンタジックなラブストーリーといった体裁であるこの物語の裏側には、全ての夢想が厳粛たる現実によって完膚なきまで叩き潰される、といったモチーフが隠されいる。冒頭での主人公は悠々自適の資産家として愉快で楽しい毎日を過ごしている。しかしここでの金持ちのボンボンとは単に記号であり、これは文学と音楽とそして恋することを心から愛した、作者自身を含む当時のフランス人アーティストたちが謳歌したボヘミアニズムのアナロジーであるような気がしてならない。物語後半では資産を失った主人公が、妻の医療費を工面するために異様な労働を強いられる場面が描かれる。これもニートが初めて仕事して涙目でした、ということではなく、夢や才能を持ち、自由さや変化への希望に溢れた若者たちが、冷徹な現実の壁に立ち塞がれ、その夢を次々に失ってゆく、という悲痛さが描かれていたのではないか。そして物語では、愛さえもまた困難な暗い道を辿る。ある意味この『ムード・インディゴ〜うたかたの日々』は、ボヘミアンたちの悲しきルサンチマンについての作品だということもできるのだ。

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うたかたの日々

うたかたの日々

うたかたの日々 (光文社古典新訳文庫 Aウ 5-1)

うたかたの日々 (光文社古典新訳文庫 Aウ 5-1)

日々の泡 (新潮文庫)

日々の泡 (新潮文庫)

20131006(Sun)

[]最近読んだコミック 最近読んだコミックを含むブックマーク 最近読んだコミックのブックマークコメント

読んだコミックの自分用メモということで簡単に。こうして日記につけておくと、後で書店で見かけたときに、「あれ、これ新刊だっけ?それとももう読んだヤツだっけ?」ということが調べられて便利なんですよ。

ノブナガン(3) / 久正人

ノブナガン(3) (アース・スターコミックス)

ノブナガン(3) (アース・スターコミックス)

祝・アニメ化決定。まあ自分はアニメ見ないけど。これで久正人がもっと注目され、いっぱい売れて儲けてくれると嬉しい。そしてもっと沢山作品書いてくれると嬉しい。

いとしのムーコ(4) / みずしな孝之

いとしのムーコ(4) (イブニングKC)

いとしのムーコ(4) (イブニングKC)

ピーッとしてツヤツヤ。しかしこういうの読むとワンちゃん飼いたくなってくるよね。これもアニメ化されたそうだが、舞台となったガラス工房の方の所に人いっぱい押しかけたりはしないのか。まあ自分はアニメ見ないけど。

謝男(シャーマン)(3) / 板垣恵介

謝男 2巻 (ニチブンコミックス)

謝男 2巻 (ニチブンコミックス)

「絶対謝らないババア」との全面戦争希望。関係ないがアンサイクロペディアに「エクストリーム・謝罪」という項目を見つけた。

[]最近とても気に入ったgifアニメ 最近とても気に入ったgifアニメを含むブックマーク 最近とても気に入ったgifアニメのブックマークコメント

「ぐヴぉわぁ〜〜ッ!」とかいううめき声が入るともっとよし。

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[]オレと相方 オレと相方を含むブックマーク オレと相方のブックマークコメント

にゃー。(実はマッチョなほうが相方)

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20131004(Fri)

[]クローネンバーグ映画の写真で一言 クローネンバーグ映画の写真で一言を含むブックマーク クローネンバーグ映画の写真で一言のブックマークコメント

『シーバーズ』の写真で一言

サンバでルンバ!

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『ラビッド』の写真で一言

くっさーッ!!

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『ブルード』の写真で一言

もうちょっと下掻いて!

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スキャナーズ』の写真で一言

ちびったぁ〜〜ッ!!

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20131003(Thu)

[]クローネンバーグ初期傑作選その4 / この映画を一言で言いますとですね、「脳みそどっかーん!!」なわけですよ。〜映画『スキャナーズクローネンバーグ初期傑作選その4 / この映画を一言で言いますとですね、「脳みそどっかーん!!」なわけですよ。〜映画『スキャナーズ』を含むブックマーク クローネンバーグ初期傑作選その4 / この映画を一言で言いますとですね、「脳みそどっかーん!!」なわけですよ。〜映画『スキャナーズ』のブックマークコメント

スキャナーズ (監督:デヴィッド・クローネンバーグ 1981年カナダ映画)

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スキャナーズ』である。小腹が空いたら。それはスニッカーズテイタム・オニールの子供野球映画。それは「がんばれベアーズ」。愛しあうその時にこの世は止まるの。それは「夜明けのスキャット」by由紀さおり。P・K・ディックのジャンキーSF。それは「暗闇のスキャナー」。今回は苦しいのでこのぐらいにさせてくれ。ええとそういうわけでデヴィッド・クローネンバーグの出世作ともいえるグヂャドロ超能力映画、それがこの『スキャナーズ』なのである。

この映画を一言で言い表しますと「脳みそどっかーん!!」、これに尽きますね。映画冒頭で悪モンの超能力者が念力で相手の頭を爆発させるというグロ凄まじいシーンがあり、それがそのままこの映画のトーンとなって物語そのものを牽引してゆくんですな。お話はと言いますとまあ要するに良い超能力者と悪い超能力者の超能力合戦です。それをクローネンバーグならではのえげつない特殊効果でドロドロのグヂャグヂャに描いているというわけです。

実は超能力を主題としたサスペンス/ホラー映画はこの『スキャナーズ』が最初ってわけでもないんです。『スキャナーズ』は1981年作ですが、デ・パルマの撮った超能力少女ホラー『キャリー』は1976年作だし、同じくデ・パルマの超能力スパイ・スリラー『フューリー』も1978年作、特にこの『フューリー』では既に念力による人体爆破シーンが描かれていたりするんですな。だから『フューリー』のほうを先に観ていたオレなんかは『スキャナーズ』の存在を知った時も「二番煎じだろ?」ぐらいにしか思ってなかったんですよ。しかし実際観てみると『スキャナーズ』のほうが格段に悪意と陰湿さがこもっている上に胸糞悪くなるぐらいお話が暗く、そういった部分でカルト的に人気を得たのも頷けるものがありました。

しかし個人的には『スキャナーズ』のその暗さに相当辟易した覚えがあるんですよ。その時観たレンタルVHSのつぶれてぼやけた画質のせいもあるんでしょうが、とにかく不快で不愉快な映画でしたねぇ。ホラー映画が不快で不愉快ってぇのは褒め言葉になっちゃいますが、ショッキングな映像が次々に飛び出すホラーならまだしも、この『スキャナーズ』ってひたすらどんよりしているんですよ。始めて観た時は風邪でも引いたみたいに頭重くてぐったりしたなあ。ただし今回Blu-rayになったんで久しぶりに観てみたんですが、始めて観たときよりも面白く観られましたね。陰謀渦巻くストーリーとか味方の超能力者が次々と倒れていく展開とか、よく出来てるじゃないですか。決して「脳みそどっかーん!!」だけのホラーじゃなかったんですね。

ところでこの映画の完成度とは何の関係も無く思ったんですが、超能力テーマの映画って、意外とお金かけず簡単に出来たりするんじゃないでしょうか。ゾンビみたいな特殊メイクや切り株や爆発みたいな特撮使わなくとも、超能力者が「う〜〜ん!」と念じる演技と念力かけられた相手が「うああああ!」と悶絶する演技があればそれっぽく見えるし、あと適当にモノを投げたり動かしたりして念動力が使われているように見せればいいんですよ。真面目に撮ろうとすると駄目でしょうが、あくまでパロディということなら、結構手軽に作れそうな気がしてきたな。一週間ぐらい有給貰えたら作ってもいいけど、しかしその前に有給が貰えそうもない…。

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20131002(Wed)

[]クローネンバーグ初期傑作選その3 / 人間の形をしたデキモノが襲って来やがるんですよ。〜映画『ザ・ブルード 怒りのメタファー』 クローネンバーグ初期傑作選その3 / 人間の形をしたデキモノが襲って来やがるんですよ。〜映画『ザ・ブルード 怒りのメタファー』を含むブックマーク クローネンバーグ初期傑作選その3 / 人間の形をしたデキモノが襲って来やがるんですよ。〜映画『ザ・ブルード 怒りのメタファー』のブックマークコメント

■ザ・ブルード 怒りのメタファー (監督:デヴィッド・クローネンバーグ 1979年カナダ映画)

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『ザ・ブルード』である。プルート。それはこの間惑星の呼び名から外されランク下扱いされている不憫な星、冥王星である。ブルーザー・ブロディ。それはプロレスラーである。ちなみに得意技はキングコング・ニー・ドロップ。そうではない。ブルードとは「獣腹の子」、みたいな意味なのである。沢山の子豚が親豚のおっぱいにブヒブヒ言って群れてるみたいな感じ、あれね。というわけでデヴィッド・クローネンバーグが1979年に撮った劇場長編、それがこの『ザ・ブルード 怒りのメタファー』なのである。

お話はと言いますと、サイコなんちゃらとかいうインチキ臭いセーシン治療がまず描かれるんです。この治療法、心の中の恨みやら怒りなんぞといったドロドロした感情をデキモノの形にして外に出しちゃえ、という治療法らしいんですが、この物語の主人公の別れたヨメがこの治療法受けてるんです。で、物語の進行と共に主人公や元ヨメのトーチャンやカーチャン、さらに娘の先生までが次々と惨殺されてゆくんですよ。それもコビトの姿をした不気味な連中に鈍器でボコ殴りにされてぬっ殺されるんですな!

で、ネタバレするとこの不気味な子供連中というのが元ヨメの生みだしたモノ、つまり「ザ・ブルード」というわけなんですな。元ヨメの恨みつらみがセーシン治療の作用によりコビトの形をしたでっかいデキモノとなってヨメの腹の下から生えてきたんです!それも何個もですよ!?いやあ因業の深いヨメですな!花環和一の漫画に出てきそうなヨメですよ!

人の形をしたデキモノと言えば人面瘡なんていう奇病がありますな。日本の中世から伝わる怪談話のネタなんですが、漫画「ブラックジャック」にも登場してたりします。こちらは人の顏の形のデキモノが体のどこかにできて、それが喋ったりモノを食べたりするそうなんですよ。肘とか膝にできたグチャグチャの人の顏したデキモノが夜中に「ヴヴヴ」とか呻いたり「腹減ったぁ」とか言うんです。で、煮干しとか食わせるとパクパク食う。いやあ気色悪いですね。食ったもんどうやって消化するんだ?とかは言わない約束ということでお願いします。

で、この人面蒼がさらに発展していわゆる「人体蒼」になっちゃった、というのがこのお話なんですが、そもそも人の形をしたデキモノが独立して生きててさらにそれが人を襲う、という発想が既に異常(褒め言葉)ですわな。しかもそのブルードが何人もいて宿舎みたいなところで寝泊まりしている、という段階で相当シュールです。そのうちブルードの皆さんは労働組合作ったり積立預金を始めたりお互い恋が芽生えて結婚したりするのかもしれませんな。映画ではこの「ブルード」を不気味なメイクをしたちっちゃい子供たちが演じているんですが、これがそれぞれ色違いのヤッケを着ていて、フードを被ると普通の子供にしか見えないんです。それが人々を恐怖に陥れるんですが、「ヤッケ姿の子供が怖い」というのも、この映画の変で面白い所だったりするんですな。

「映画をつなげて観るブログ」さんの「メタファーじゃない?『ザ・ブルード 怒りのメタファー』」という記事によると、この『ザ・ブルード』、前妻との親権争いに疲れ果て、その怒りと怨念から作られた映画なのらしいですな。子育てに精も根も尽き果てたデヴィッド・リンチがその悪夢のような日々をあの処女作『イレイザーヘッド』へと昇華したのと似ているかもしれないですな。

まあしかしこのなんたらいう精神療法、心が平穏になるのはいいとして、かわりに体のあちこちが気色悪い腫瘍だらけになっちゃうというのはどうなんでしょうな!体中デキモノだらけになってしまったら逆に心の平穏もなにも無いと思いますけどね!

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20131001(Tue)

[]クローネンバーグ初期傑作選その2 / XXXからXXXが出てきてね、血ィ吸っちゃうんですよ。〜映画『ラビッド』 クローネンバーグ初期傑作選その2 / XXXからXXXが出てきてね、血ィ吸っちゃうんですよ。〜映画『ラビッド』を含むブックマーク クローネンバーグ初期傑作選その2 / XXXからXXXが出てきてね、血ィ吸っちゃうんですよ。〜映画『ラビッド』のブックマークコメント

■ラビッド (監督:デヴィッド・クローネンバーグ 1977年カナダ映画)

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『ラビッド』である。兎がぴょん。それはラビットである。ファミコン。それは16ビットである。そうではない。ラビッドとは凶暴な、とか狂犬病の意味なのである。デヴィッド・クローネンバーグが1977年に撮った映画長編第2作、それがこの『ラビッド』なのである。

お話はですね、えーっと、バイクで事故った女子が特殊治療の皮膚移植受けたら何故だか吸血鬼になっちゃう、という訳の判んないもので、さらに血を吸うのが口ではなくて、脇の下から肉の突起が出てそこから血を吸っちゃう!私吸っちゃうの!というなおさら訳の判んないものなんですよね。

だいたいですね、皮膚移植で吸血鬼、ここまでは許しましょう、なんか科学が暴走で医学が狂気で文明が警鐘な感じじゃないですか。ロメロのゾンビは資本主義社会への痛烈な批判なのだッ(キリッ)!って言ってるみたいなね、リベラルかつ嘘くさい理屈と膏薬を貼りまくることは幾らでも可能なわけなんですが、そんなことより「実はアタシ…脇の下から血を吸っちゃうイケナイ娘なんです…」ってェのは、いったいなんなんですか、これは。そもそも最初粗筋読んでね、「脇の下から血を吸う」って、ホラーとして怖いのか?と、ブラインドの隙間から差し込む夕日に目をそばめながら(もちろんテーマソングは「太陽にほえろ愛のテーマ」)、思ったものですよ。

そんなことを思いつつビデオレンタルで観たのが遥か昔。実際観てみると、単なるヴァンパイア・ストーリーの枠に止まらない薄ら寒い気色悪いお話だったのを覚えています。この「○○の枠に止まらない」というのと、「薄ら寒い気色悪さ」というのが、実はクローネンバーグの基本なんですね。

「○○の枠に止まらない」っていうのは、クローネンバーグって、発想が変、ってことなんですね。要するに変態なんですねこいつ。「薄ら寒い気色悪さ」っていうのは、いつもカナダのバンクーバーで撮ってるからそりゃ寒そうだろ、ってことですね。まあ随分単純化してしまいましたがそれでいいんじゃないかと思いますね。クローネンバーグは難しく語ったら負けだと思ってますから。

で、この間、『デヴィッド・クローネンバーグ DVD-BOX』というのが出たので買っちゃったんですよ。収録されているのはこの『ラビッド』と『シーバーズ』の2枚で、たった2枚なのにDVD-BOXというのはどうなんだ?とは思いますが、2作とも観たのが随分昔だからまあいいだろうと。

そういう訳で久々に『ラビッド』再見しましたがやっぱり面白かったですね。で、いまさら気付いたんですが、脇の下の吸血部分、これが体の中に収納されている時は肉の裂け目になってるんですが、これどう見ても「オ○コ」なんですね。さらにその「オ○コ」から飛び出す吸血突起、これもどう見ても「チ○ポ」なんですね。要するに『ラビッド』って、「オ○コからチ○ポが出て人の血を吸う」という、頭のクラクラしそうな発想で作られたホラー映画というわけなんですね!いやあやっぱ変態の考えることは違うなあクローネンバーグ兄ィ!

それとあとですね、この映画の主演であるハードコアポルノの女王マリリン・チェンバースさん、いやあ今見てもそそられますねえ。なんかこう、冷たい感じがいいですねえ。映画でも、最初は出し惜しみしてますが、徐々に上着から乳首透け→オッパイポロリ→全裸、という具合に見せてくれております!素晴らしいなあ!もうこのマリリン・チェンバースさんが気に入ってしまい、彼女の出世作であるハードコアポルノ『グリーンドア』のソフトをどうにかして入手できないものかと深夜だというのに小一時間ほど掛けてじっとりした目つきをさせながらネットを彷徨っていた事はナイショだよ!

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ラビッド [DVD]

ラビッド [DVD]

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