Hatena::ブログ(Diary)

メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

20131129(Fri)

[]モンスターだって競争も試験もある!?〜『モンスターズ・ユニバーシティ』 モンスターだって競争も試験もある!?〜『モンスターズ・ユニバーシティ』を含むブックマーク モンスターだって競争も試験もある!?〜『モンスターズ・ユニバーシティ』のブックマークコメント

■モンスターズ・ユニバーシティ (監督:ダン・スキャンロン 2013年アメリカ映画)

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モンスターズ・インク』のチビの目玉とでくの坊の毛モジャが再び主人公になって登場する『モンスターズ・ユニバーシティ』である。訳すと「化け物大学」。そう、前作より時を遡り、目玉と毛モジャが大学生だった頃を描いた映画なのだ。

目玉と毛モジャが大学生?モンスターになんの学位がいるの?というと、これが「怖がらせ学部」というのがあって、子供を怖がらせるためのありとあらゆるスキルを身に付け、怖がらせのスペシャリストとして活躍する人材、というかモンスター材を育成する学部らしいのである。お化けにゃ学校も〜試験もなんにもない、というのはゲゲゲの鬼太郎の主題歌ではあるが、あちらの国ではたとえモンスターであろうと常に勉学に勤しみ試験で高得点を上げ熾烈な競争を生き延びねばならないのである。朝は寝床でグーグーグーというわけにはいかないのである。モンスターでさえ世知辛い世の中なのである。

物語は大学に入学したチビ目玉が寄宿舎で相部屋になったモンスターと仲良くなったり仲違いしたり、いわゆるブルジョアなモンスターである毛モジャに敵愾心を抱いたり、最初は対立していたその毛モジャと次第に友情を育んでみたり、スクールカーストのトップの連中に見下されて酷い目に遭ったり、学校で爪はじき者になってるナードな連中と結託したり、その爪はじき者のナードの連中と努力に努力を重ねいつしか周囲に認められたり、なんかダンスパーティーに出かけたり、まあアメリカの学園ものストーリーにひたすらありがちな定番メニューのことごとくを呆れるぐらい丁寧にトレースした物語になっている。この物語に無いものは恋愛要素ぐらいである。

この、「人間の学生の学園ライフ」を奇態な姿のモンスターがやっていることに面白味を見出させよう、というのが製作者の狙いなのだろうが、そんな狙いとは相反して観ているオレは月並みすぎる物語展開に退屈してしまったのである。それと、モンスターは子供を怖がらせるのが本分、という建前で成り立っているこのモンスターズ・インク世界だが、その恐ろしいはずのモンスターをファンシーなデザインで登場させている所がこの物語世界を楽しいものにしている部分だった。しかしこの『ユニバーシティ』ではそのファンシーな主人公モンスターが一所懸命自分を怖くさせようと悩み葛藤し、そして努力するのだけれども、基本的にもともと怖くなんかない造形のヤツがあくせくする姿が描かれているというのが、どうにもちぐはぐに感じてしまった。

あとさあ、なんかもうのべつまくなし努力!勉学!常に前向き!とやられちゃうと、興醒めしちゃうんだよなあ。さっきのゲゲゲの鬼太郎の歌じゃないけど、モンスターなんだからさあ、もっと破天荒で超自然的な存在ってことでいい筈なんじゃないのかなあ?確かに前作は『怪物会社』ってことでモンスターは"怖がらせの仕事"をしていたけど、それは"そういうシステムで怖がらせやってました"って話で、あくまでファンタジーなんだけど、この『怪物大学』はあまりに現実の学校生活に似通ったものをそのまま持ち込みすぎちゃって、なんだか夢がないっていうか、想像力の広げ方の足りなさを感じちゃったんだけどなあ?どうも最近のピクサーってイマイチな感じがするんだけど、どうしたのかな?

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20131128(Thu)

[]肉塊と鉄塊と金塊のひとびと〜『ワイルド・スピード EURO MISSION』 肉塊と鉄塊と金塊のひとびと〜『ワイルド・スピード EURO MISSION』を含むブックマーク 肉塊と鉄塊と金塊のひとびと〜『ワイルド・スピード EURO MISSION』のブックマークコメント

■ワイルド・スピード EURO MISSION (監督:ジャスティン・リン 2013年アメリカ映画)

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肉塊!それはムッキムキのマチズムとエロエロのエロ!鉄塊!それは鉛の弾丸を吐く銃器と高速で突き進む鋼鉄のマシーン!金塊!それはなにしろ金カネ金!肉塊・鉄塊・金塊!それは男の夢・男の野望!という肉塊・鉄塊・金塊の3種類お得用盛り合わせが2時間にわたりギンギラギンのギーラギラと画面一杯に踊る『ワイルド・スピード』シリーズ新作、『ワイルド・スピード EURO MISSION』であります。まあ今回は金塊部分は少なかったかな。あとエロっぽいのはあっても直球のエロはないですねこのシリーズは。

でまあ『EURO MISSION』ですが、最初に肉塊・鉄塊・金塊と書きましたがまるでそのまんま、逆に言えばそれだけの映画でもあります。お話はと言いますと、前作で大金をせしめ悠々自適の生活を送っていた主人公チームが、インターポールの要請で謎の悪党チームを追いつめる、といったもんなんですが、基本的には”こまけえことはいいんだよ!”というノリと勢いだけのストーリー展開です。マッチョが筋肉にブイブイ言わせてブルンブルン拳を振り回し、車がブルンブルン音立てながらブイブイのハイスピードで爆走する、そういう映画なわけです。

合間に家族がどうとか仲間がこうとかとか言ってますが、こいつらがまず第一に好きなのは自らのマッスルとエンジンの吼え声であることに疑いはありません。「アクションはとことん派手なんだから満足だろ満足!?」と出演者と製作者に胸ぐら掴まれて凄まれているような気分にさせられるのでこちらも細かいことは言いません。怖いので文句はあんまり言わないことにしますが、やっぱりラストの離陸寸前の飛行機でのアクションねえ、これ延々続くんですけど、いったいどんだけ長い滑走路の空港なんだ?

それにしてもどうも最近、この肉塊・鉄塊・金塊がギラギラしまくった世界を描いた物語というのがちと苦手になってきておりましてね、まあ塊でコッテリ山盛りですからねえ、そりゃまあ胸焼けも起こすだろって感じなんですが、やっぱりねえ、歳とってきたからっていうのもあるからとは思うんですが、それにしてもあちらの国の方ってこういうギラギラでコッテリってホント好きですよねえ、よく言う言葉ですがやっぱり肉食ってるからなのかなあ。

オレなんて近頃ステーキどころか唐揚げさえ食えなくなってきてるし、卵料理にすら胸焼け起こすぐらいなんですよ、ええ。そんなわけで最近劇場で映画あんまり観なくなったっていうのもあるんですが、かといってアッサリ系の邦画ならいけるんじゃないのかと言われると、あれはまた別次元であんまり観たくないものではありますけれども、その辺の事情はここでは割愛しておきましょう。

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20131127(Wed)

[]『シー・トレマーズ』は環太平洋地域にモンスターが現れる映画だけどロボットは出てこなかった! 『シー・トレマーズ』は環太平洋地域にモンスターが現れる映画だけどロボットは出てこなかった!を含むブックマーク 『シー・トレマーズ』は環太平洋地域にモンスターが現れる映画だけどロボットは出てこなかった!のブックマークコメント

■シー・トレマーズ (監督:ブライアン・ユズナ 2010年オランダ・インドネシア映画)

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海の底から怪獣がやってきて大騒ぎさ!というモンスター映画です。舞台は東スマトラ沖、ここに密漁目的で海上に建てられた掘っ立て小屋があり、いたいけな子供たちが売られてきて強制労働させられていたわけですよ。今日も幼い兄妹が酷い仕打ちを受けていたんですな。

兄「ギギギ!つらいのう!つらいのう!」妹「無賃金!長時間労働!虐待!ここはブラック企業中のブラック企業だわ!」兄「我らプロレタリアートに対するブルジョワジーの搾取だ!革命だ!革命起こしちゃる!立て万国の労働者!」妹「兄やん、でも私たち子供だからそんな力はないでしょ…」兄「くうう…ッ!こうなったら大魔神さまにお願いするしか…ッ!?」妹「兄やんそれ映画が違うわ…それに時代が古過ぎ…」兄「じゃあいったいどうすればッ!?」

…という会話があったかどうか覚えていないんですが、そこに現れたのが大怪獣!くら〜い海の底から触手(正確には尻尾なんですが)を伸ばし、悪い奴らを一人また一人と食い殺してゆく!とまあこんな映画なんですな。しかし舞台が東スマトラ沖、というまさにパシフィック・リムな場所に大怪獣が登場するにもかかわらず、残念なことに怪獣迎撃用巨人兵器とかは出てきません!きっとお休みの日だったんでしょうね!だからロボットアクションを期待してる人は見ないほうがいいと思うよ!あと邦題が『シー・トレマーズ』になってるけど、あの『トレマーズ』とは一切合財何も何一つも関係ありません!

まあ映画としては普通にショボイです。シナリオは迷走してるし役者は大根だしモンスターは冷凍マグロみたいに動かねえし、そもそも正体見せた時の「え?これ?」といったガッカリ感がハンパありません。しかしショボイなりに演出はそんなにイラつかされるものでもないし、B級C級モンスター映画だと割り切って観ればガタガタ言うほど悪いもんでもありません。

それより、面白いなあ、と思ったのは舞台がインドネシアであること、だからインドネシア人の皆さんが映画の中心となっていることがちょっぴり新鮮だったことですね。それと、殆どの場面が洋上漁場ともいうべき掘っ立て小屋で進んでゆくんですが、こんな場所で子供たちが強制労働させられている、というシチュエーションがユニークに感じましたね。だいたい沖合いの海上にどうやってこんな掘っ立て小屋が建つのかは謎なんですが、ひょっとしてあちらの国ではよくあるものなのかしらん?

物語的には、強制労働させられている兄妹の妹のほうが、モンスターとなんらかの結びつきがあるようなないような描き方をされていたんですが、この辺もうちょっとはっきり描いたほうが締まったんじゃないかなあ。まあラストで「ああなるほど」と思わされはしますが。

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20131126(Tue)

[]『アフター・アース』はウィル・スミスの息子の涙目な顔を100分間見せられる映画だった 『アフター・アース』はウィル・スミスの息子の涙目な顔を100分間見せられる映画だったを含むブックマーク 『アフター・アース』はウィル・スミスの息子の涙目な顔を100分間見せられる映画だったのブックマークコメント

アフター・アース (監督:M・ナイト・シャマラン 2013年アメリカ映画)

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父の名はウィル男、息子の名はジェイ太。ウィル男は自らの息子が男の中の男に育ってほしいがため、常日頃から厳しい教育を課していた。そんなウィル男はある日、ジェイ太とともに登山することを計画する。やっと13歳になったばかりのジェイ太には、多大なスキルの要求される危険の大きい登山計画だったが、「自分がこれまで徹底的に目を掛けてきた息子には、この登山はきっとやり遂げられる」と確信を持つウィル男は、あえてその登山に挑むことにした。しかし皮肉なことに、頂上を間近にしながらウィル男は落石により大怪我、動けなくなったウィル男は幼いジェイ太に、たった一人で下山し救助隊を連れ戻ってくるように託すのだった。だが、いくら下山とはいえ父がいたからこそ登ることの出来た山、経験の浅いジェイ太には様々な危機が待っていたのだ。

…といったような程度のお話を、わざわざ異星移住!恒星間旅行!1000年後の未来!敵対生物!変貌した地球!とかなんとかあれこれ盛り込んでSF物語にでっち上げちゃったのがこの映画『アフター・アース』なんですな!でも煎じ詰めると単なる「息子に立派になって欲しい親父のお話」でしかない、というわけです。しかも演じるのもウィル&ジェイデンのスミス親子で、1億3千万ドルも掛けた親バカ映画をわざわざお金出して観なきゃならんっていうのもどうなんだろうか…親バカウィルが息子を見るウルウルした眼差しを何故一緒になって体験しなきゃならんのだろうか…という鬱陶しさもじんわりと漂う映画でもあるんですな。

しかしまあ映画として面白ければそれでいいんです。で、どうだったかというと可もなく不可もなく…といったところでしょうか。移住した異星での人類文明とか文化のありかたとか、そこでの敵対異星人の存在とか、そういったSF的な絵造りやアイディアは悪くはありません。あんなに高い科学技術持ってるはずなのに車椅子に乗った片足の男が出て来るっていうのはよく分かんなんですが。で、たまたま遭難した場所がかつての地球だったりとか、数少ない生き残りが親子の二人だったとかいうご都合主義も、こういった映画じゃあよくある話なので目をつぶりましょう。だけど、その地球で出逢うジェイデン君の危機っていうのが、単に野生動物に追いかけられてるだけ、っていうのはなあ。しかもあれだけ駆けずり回って一番危険だったのがヒルの毒だった!っていうんじゃ全然盛り上がりません。

そのジェイデン君というのも、終始その表情というのが近所のチンピラに小銭カツアゲされて涙目になっているみたいな顔で、一方親父のウィルさんは怪我して宇宙船の中でふんぞり返っているか白目剥いてるだけ、という体たらくですから、なにをか言わんや、であります。で、お話の流れは、でっかい鷲みたいのに助けられたジェイデン君が火山のてっぺんを目指し、そこで化け物と格闘して自分に目覚めてうんちゃらかんちゃら、という訳なんですが、これってロードオブザリングのラストそっくりじゃないですか。まさかスミス親子の親バカSF映画見せられて最期がLOTRだった、なんてこれはびっくりしちゃいました。ああそういえば監督はシャマランでしたね、精神世界っぽい部分に足を踏み入れるのはシャマランっぽいとは思いましたが、まあオレ、シャマランの映画って1作も映画館で観たことないんだよなあ。

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20131125(Mon)

[]映画『スティーヴン・キングは殺せない!?』はキング・ファンもそうじゃない人も、全く観る必要なし! 映画『スティーヴン・キングは殺せない!?』はキング・ファンもそうじゃない人も、全く観る必要なし!を含むブックマーク 映画『スティーヴン・キングは殺せない!?』はキング・ファンもそうじゃない人も、全く観る必要なし!のブックマークコメント

スティーヴン・キングは殺せない!? (監督:ホルヘ・バルデス・イガ、ロニー・カリル 2013年アメリカ映画)

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スティーヴン・キングの小説が好きだ。まあ全作読破!とまではいかないけれども、だいたいの長編は読んでいるつもりだ。最近読んだ『11/22/63』も、その完成度の高さ、ホラー展開だけではない物語の豊かさに非常に感銘を受けた。

そんな、オレの大好きなスティーヴン・キングの名を冠したホラー映画があるという。タイトルは『スティーヴン・キングは殺せない!?』。…う〜む、なんだか聞いたことがない映画だ。オチャラケたタイトルからはどうにも地雷クサイ臭いがする。レヴューを読んでも切って捨てられているか口にモノを挟んだような評し方だ。観るまでも無く愚作だとオレのガイアが呟いている。

しかしだ…いくら地雷だ愚作だと分かっていても、キングの名が付いている映画だ。どんな風に地雷か愚作かこの目で確かめるのもファンの務めではないか…。ダメ映画ならダメ映画で、なにかのネタにはなるだろう、少なくともこうしてレヴューを書くことで、他のキング・ファンの皆さんに、どれだけしょうもなかったかをお伝えできるではないか…、とまあ誰に頼まれたわけでもないのに義務感に駆られ、観てみることにしたのである。

お話は6人の若者が車でどこぞの湖にバケーションに出かけるところから始まる。しかもその土地はキングの住む土地だという。ああ…キングゆかりの辺鄙な田舎でこの若者たちが次々に惨殺されるわけね…。この今更感溢れる陳腐なシチュエーションにまずしみじみと萎えさせられる。

で、その湖を見ると遠くに艀が浮かんでいる。ああ…キングの短編「浮き台」だね…そして湖に浮かぶボートの名前は「クリスティーン」…はいはい、キングですね、はいはい。さらに若者たちが寄ったダイナーのウェイトレスはキャシー・ベイツ似。はいはい、『ミザリー』ですよね、はいはい。さらに登場人物の一人でキングオタクの兄ちゃんは、自分の指に話しかけたり「レッドラーム」とか突然喚いたりする。あーはい、「シャイニング」ですね、分かってますってば。あとピエロ姿の悪夢は「IT」ですね、はいはい…。

とまあこんな具合にキング小説の小ネタをちりばめながら映画は進むというわけである。じゃあキング・ファンにとっちゃあ結構楽しいんじゃない?と思われるかもしれないが、実際の所、楽しくない。何故か?どれもこれもあざといのだ。「どう?これ観てるアンタ、キングファンでしょ?こういうの楽しいでしょ?」とニヤニヤされながら言われているようで、イラッと来るのだ。何よりもうんざりさせられたのは、これらキングネタが何のひねりも無くただ羅列されるだけ。キング作品を思わせる展開があるとか、「あーこれはキングの〇〇だったか!」みたいな考えオチ的なものは全く無し。

そして最も致命的なのは「湖畔の別荘で若者たちが次々ぶっ殺される」という退屈すぎるホラーシチュエーション自体が、そもそもキング的ではない、ということだ。さらに若者たちの殺され方がまた、呆れるほど平凡で、全然キング的じゃない、という部分だ。いや、物語では「この殺し方はキングの〇〇だな!」とかはやるのだが、何故だかわざわざ「そんなのあったっけ?」という短編タイトルばかりで、観ていて全然盛り上がらないのだ。

キングだったら「キャリー」があるだろ?「デッドゾーン」や「ファイアスターター」はどうした?「クージョ」は、「ペット・セマタリー」はどうしたんだ?だいたい殺人鬼が登場するのに「ダーク・ハーフ」が言及されないとはどういうことだ?おいおいキングの名を冠した映画撮っといて、お前ら実は全然キング読んでないんじゃないのか?キングが好きでもなんでもないんじゃないのか?そういう苛立ちがいや増す映画なのである。

まあラストは一応「なぜキングに絡んだ殺人が行われるのか?」が説明されるんだが、それもどうにもこじつけがましく、結局よくあるスラッシャーホラーに無理矢理キングを絡めてみただけのもの以上には感じなかった。う〜んこれがYouTubeの10分ぐらいのファン・ムービーなら笑ってやりすごすんだけど、これじゃあなあ…。

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20131124(Sun)

[]最近聴いたエレクトロニック・ミュージック / Peter Van Hoesen, Livity Sound, DJ Rashad, Vakula, Emptyset 最近聴いたエレクトロニック・ミュージック / Peter Van Hoesen, Livity Sound, DJ Rashad, Vakula, Emptysetを含むブックマーク 最近聴いたエレクトロニック・ミュージック / Peter Van Hoesen, Livity Sound, DJ Rashad, Vakula, Emptysetのブックマークコメント

■Life Performance / Peter Van Hoesen

LIFE PERFORMANCE (IMPORT)

LIFE PERFORMANCE (IMPORT)

ベルギーのテクノ・プロデューサーPeter Van Hoesenが、ベルリンの名門TRESORレーベルからリリースした、フロアの熱気が伝わってくるようなハードなテクノ・ライブ・アルバム。今日のイチオシ。 《試聴》

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■Livity Sound / V.A.

Livity Sound

Livity Sound

ブリストルを中心に活動するUKアンダーグラウンド・プロジェクト、Livity Soundがリリースしたエクスペリメンタルなベース・ミュージック・コンピレーション。 《試聴》

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■Double Cup / DJ Rashad

シカゴ・ゲットー・ハウス黎明期より活動を続け、ジューク/フットワーク・シーンの中心人物であるDJ Rashadが長いキャリアを経てリリースした1st。 《試聴》

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■You've Never Been to Konotop (Selected Works 2009-2012) / Vakula

ウクライナのポスト・ビートダウン/ディープハウス・プロデューサーVakulaが2009年から2012年にかけて製作した未発表音源をまとめたソロ・デビュー・アルバム。 《試聴》

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■Recur / Emptyset

Recur

Recur

EmptysetはブリストルのJames GinzburgとPaul Purgasによるノイズ/インダストリアル・ユニット。ひたすらダーク・サイドな軋んだ音響が響き渡る。 《試聴》

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20131122(Fri)

[]若きJ・キャメロンが参加したR・コーマン製作のカルトSF映画『ギャラクシー・オブ・テラー 恐怖の惑星』 若きJ・キャメロンが参加したR・コーマン製作のカルトSF映画『ギャラクシー・オブ・テラー 恐怖の惑星』を含むブックマーク 若きJ・キャメロンが参加したR・コーマン製作のカルトSF映画『ギャラクシー・オブ・テラー 恐怖の惑星』のブックマークコメント

■ギャラクシー・オブ・テラー 恐怖の惑星 (監督:B・D・クラーク 1981年アメリカ映画)

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1981年、「低予算映画の王者」「大衆映画の法王」ロジャー・コーマン製作のSF映画。タイトルは直球そのまま『ギャラクシー・オブ・テラー』。そしてそのポスターが60年代SF小説誌を思わせるノスタルジックでキッチュなSFイメージとくれば、その出来はなんとなく想像できるというものだ。低予算、チープ、グラインドハウス的なな扇情と分り易さと下世話な通俗性、そして「お代の分はしっかり楽しませますぜ」という商売人根性。それでSF映画とくれば、気軽なノリで楽しめそうだ。だからチープさを楽しむぐらいのつもりで、肩の力を抜いて映画を観始めたのだが…むむ?この映画、意外としっかり作られたSF作品じゃないか?

物語は遥か未来、主人公たちの乗る宇宙船が未知の惑星に遭難した探査船を救出しに向かう、といった所から始まる。しかしその惑星には太古の昔にうち捨てられたと思しき不気味な遺跡がそそり立ち、そこへ向かうクルーたちは謎のクリーチャーに一人また一人と嬲り殺されてゆく、というわけだ。この粗筋からは誰もが映画『エイリアン』を思い浮かべるだろう。『エイリアン』は1979年製作、1981年製作のこの『ギャラクシー・オブ・テラー』は当然その影響下にあり、大ヒット映画のエピゴーネンとして作られたことは製作者たちもインタビューの中で認めている。しかしそれだけでこの映画を即愚作だと決めつけるのは早計だ。同じプロットを拝借しながら、どのように異なるものを描こうとしたのか、がこの映画の見所ともなるからだ。

まず驚かされたのは、「低予算にしては」という但し書き付きで言うのは少々失敬かもしれないが、この『ギャラクシー・オブ・テラー』、まず低予算にしては宇宙船内のセットがしっかり作られているのだ。そして、宇宙船クルーたちの衣装デザインが悪くない。このクルーたちというのも、それぞれ絶妙にキャラが立っていていい。しかもエルム街でブレイクする以前の、あのロバート・イングランドが出演している!クロマキー合成された宇宙基地や異星の情景はきちんとSFしている。さらに物語後半での異星の異様な建造物内のセットが、「低予算の筈なのに、これって大盤振る舞いしちゃったんじゃないのか」と製作者の財布の中身を心配してしまいそうなぐらいきっちりと組んであったのだ。『エイリアン』のギーガーを意識しつつ、単なる真似ではなく独自なデザインを打ち出している部分にも実に好感が持てる。

これらのSFイメージは、付け焼刃の物ではなくSF映画の絵造りを「分かっている」人の物であるという気がする。要するに、低予算だからといって、決してハンパなものを作っていないのだ。しかも物語は、『エイリアン』で始まりながら、そのクライマックスでSF映画の名作『禁断の惑星』を踏襲しているではないか!この映画、やはりハンパなものではない。

なんだ?この低予算映画の皮を被った技アリのSF映画は何なんだ?と思いつつ付録の特典映像を見てびっくり、この映画、なんとあのジェームズ・キャメロンがプロダクション・デザイン、さらに第2監督として参加していたというではないか。キャメロンが1982年に『殺人魚フライングキラー』で長編映画デビューする以前に関わり、その若き才気をぶつけたのがこの映画だったというわけなのだ。特典映像のインタビュー集には残念ながらキャメロンの姿はないが、それでも当時のスタッフにより「いかにキャメロンが腹が立つほど頑固な野郎で鬼のように完成度にこだわっていたのか」が折に触れて語られている。もちろんこの映画はキャメロンの監督作品ではないが、彼の尽力がどのように功を奏したかは作品のそこここで伺われる。

ただしあくまでこの映画はコーマン製作の映画ということも忘れてはならず、お下劣で俗悪で悪趣味な部分もしっかり盛り込まれている。それも含めて「低予算なりにどれだけ工夫を凝らしたか、面白く見せようとしたか」という部分に目を惹かれる映画でもあるので、単純に痛快SF映画を期待して観られると不満が出る方もいらっしゃるだろうから注意が必要だ。逆に言えばすれっからしの映画ファン、SFマニアにこそ受け入れられる、愛すべきSF映画だということができるはずだ。個人的にはモンスター・デザインがもっと秀逸だったらなあ、と思えたが、ここさえクリアしていれば隠れたSF名作として殿堂入りしていたかもしれない。どちらにしても、カルトな名作であることは間違いない。

なおこの作品は通常の店頭販売並びにAmazonでの販売は行っておりません。購入はこちらで。それと、この作品はナマニクさんの提供で鑑賞することが出来ました。ナマニクさんありがとー。

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20131121(Thu)

[]異形なる群衆の仮面〜『フォリガット』(ニコラ・ド・クレシー著) 異形なる群衆の仮面〜『フォリガット』(ニコラ・ド・クレシー著)を含むブックマーク 異形なる群衆の仮面〜『フォリガット』(ニコラ・ド・クレシー著)のブックマークコメント

フォリガット

バンドデシネ『フォリガット』は『天空のビバンドム』『氷河期』などで知られる異才、ニコラ・ド・クレシーの処女作となる。

この『フォリガット』、個人的な事なのだが、ちょっとした因縁がある。20年ほど前、洋書店をぶらついていた時、海外コミックコーナーで、おそろしく個性的なグラフィックの大判コミックを見つけたのだ。フランス語の台詞で綴られたそれは、作者の名前も知らず、どんなストーリーなのかまるで分らなかったが、暗く怪しげなグラフィックと色彩の、その異様な迫力に圧倒され、ついつい購入してしまったのだ。実はそれがこの『フォリガット』であることを知ったのは、翻訳バンドデシネを読むようになったつい最近の事なのだが、その頃からニコラ・ド・クレシーの才能に魅せられていたのだろう。不思議な縁である。

閑話休題。この物語は、どことも知れぬ東欧らしき国を舞台に語られる。そこには陰鬱な石造りの街並みが連なり、醜く歪んだ相貌をした人々が住んでいた。荒廃した人心が巻き起こす騒乱に困り果てた市政は、カーニヴァルを開催し鬱屈した人々のガス抜きをしようと目論んだ。そのカーニヴァルの"王"として招聘されたのが高名なるカストラート、フォリガットだった。フォリガットの歌声は人々を魅了し、カーニヴァルは成功したかのように見えたが、開催後数日してフォリガットの身に異変が起こる。それは、彼の秘められた過去が引き起こしたものだった…というもの。

処女作とはいえ、『フォリガット』におけるニコラ・ド・クレシーのグラフィックの才は既に完成の域に達している。『天空のビバンドム』で見られた様々な画材・技法の活用、分厚く塗り込められたかのような重々しい色彩、悪意を込めてこねられた泥人形のようにいびつで醜い顔つきの登場人物、感情移入を一切拒んだ不可解で超現実的でストーリー。それはあたかもベルギーの近代画家、ジェームズ・アンソールの絵画に登場する群衆が血を求めて蠢いているかのような怪しさだ。

ここにはニコラ・ド・クレシーの全てが既に詰まっている。特にカーニヴァル・シーンの、延々と続く台詞の無いコマ割りの中で躍る群衆の姿は、それそれが丹念に描き分けられ、百鬼夜行とでも表現したくなるほどの不気味さと冷笑に満ちている。ある意味、重厚で結構な長さのある『天空のビバンドム』の謎めいた物語と比べるなら、まだ理解しやすい物語であるこの『フォリガット』は、価格・物語の短さなどから手に取りやすく、敷居が低いといった点で、ニコラ・ド・クレシー初心者にとっては非常に有用な入門編とはいえないだろうか。しかも絵画クオリティは『ビバンドム』と並べても何一つ遜色ないのだ。

そういった部分で、ニコラ・ド・クレシー、そしてバンドデシネに興味を持ちながら、まだ二の足を踏んでいるような方にこそお勧めしたい作品だといえるだろう。ただし物語は相当突き放した心胆寒からしめるものなのでご用心を。

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天空のビバンドム

天空のビバンドム

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20131120(Wed)

[]パウリーナの思い出に / アドルフォ・ビオイ=カサーレス パウリーナの思い出に / アドルフォ・ビオイ=カサーレスを含むブックマーク パウリーナの思い出に / アドルフォ・ビオイ=カサーレスのブックマークコメント

パウリーナの思い出に (短篇小説の快楽)

人生とは神々を楽しませるための見世物にすぎない――幻影の土地に生まれた真の幻想作家ビオイ=カサーレス、本邦初の短篇集。愛の幻想、もう一つの生、夢の誘い、そして影と分身をめぐる物語。

ぼくはずっとパウリーナを愛していた。二人の魂は結びついていた、そのはずだった……代表作となる表題作をはじめ、バッカス祭の夜、愛をめぐって喜劇と悲劇が交錯する「愛のからくり」、無数の時空を渡り歩き無数の自己同一性を生きる男の物語「大空の陰謀」など、ボルヘスをして「完璧な小説」と言わしめた『モレルの発明』のビオイ=カサーレスが愛と世界のからくりを解く十の短篇。本邦初のベスト・コレクション。《明晰でしかもとらえがたい曖昧さをたたえた文体、意想外の展開を見せるストーリー、巧緻をきわめたプロット、どれをとっても見事というほかはない》(木村榮一)

アルゼンチン・ブエノスアイレス生まれの作家、アドルフォ・ビオイ=カサーレス(1914〜1999)の日本独自編集短編作品集。ビオイ=カサーレスはホルヘ・ルイヘ・ボルヘスとの交友でも知られており、作品の共同執筆者、アンソロジーの共同編集者としても活躍していたらしい。しかしその作風はボルヘスの迷宮的なペダンチズムとは異なり、なによりも特徴的なのは物語の中心に"破滅的な愛"をテーマとして据えようとしている部分だろう。

例えば表題作「パウリーナの思い出に」は幻想としての愛と愛の幻想の二つを描き、「愛のからくり」は軟禁状態のホテルで愛に翻弄される人々が登場し、「影の下」は南国を舞台に暗く破滅的な愛の運命が描かれ、「偶像」では陰鬱な古城からやってきた使用人の女の虜になった男の物語だし、「雪の偽証」もまた道ならぬ恋が不気味な終焉を迎えるといったお話なのだ。

しかし、この短編集の個々の作品は、1948年から1967年にかけて本国で刊行された4つの短編集から採られているのだけれども、20年というタイムスパンの作品が並ぶと、さすがに作風とそのクオリティにばらつきがあるように感じられた。例えば「墓穴掘り」の追いはぎ旅館といったテーマは"奇妙な味"作品の定番であるがゆえの平凡な作品だし、ロバート・シェイクリ的な異次元世界が登場する「大空の陰謀」や、夢の世界への逃避にあこがれる「二人の側から」は悪くはないのだけれどもあまり深みも感じられない。

作品集では推理小説的な論理性と整合感を持ち込もうとした作品がいくつか見受けられるが、この整合感にこだわるばかりに文章がまわりくどく晦渋で躍動感を感じさせない。テーマに見合った長さなのか疑問に思えた作品も幾つかあり、全体的に悪達者で考えすぎな作品が多く、そして古臭い。う〜んこの作家、ラテンアメリカ文学ということで期待していたのだけれども、どうも自分向きではなかったようだ。

この中で一番気になった作品は「大熾天使」。保養先の温泉地で突然世界終焉の噂が立つというこの作品、ラストに近づくにつれ混沌度が増しそして唐突に物語が終わる、という、こういった説明のつかなさや解釈の多様さがあるような作品をもっと読みたかったように思う。

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20131119(Tue)

[]ハングオーバーシリーズ完結篇『ハングオーバー!!!最後の反省会』は誰も二日酔いになんかなっていなかったッ!? ハングオーバーシリーズ完結篇『ハングオーバー!!!最後の反省会』は誰も二日酔いになんかなっていなかったッ!?を含むブックマーク ハングオーバーシリーズ完結篇『ハングオーバー!!!最後の反省会』は誰も二日酔いになんかなっていなかったッ!?のブックマークコメント

ハングオーバー!!!最後の反省会 (監督:トッド・フィリップス 2013年アメリカ映画)

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飲みまくって記憶が飛んじゃい目を覚ましたらとんでもないことに!?という『ハングオーバー』シリーズの最新作、3作目にして完結篇の『ハングオーバー!!!最後の反省会』ですが、なんと今回、本筋に関わる部分では誰も二日酔い=ハングオーバーしてません。泥酔もしてないし記憶も飛んでない。タイトルに偽りありです。まあしかしそんなに何度も酒飲んで失敗ばかりしていたら(正確には薬盛られてたりもしてましたが)、人としてどうとか言う以前に「性懲りも無くまた同じネタで焼き直し映画かよ」と飽きられるとでも思ったのでしょう。

確かに1作目の『ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い』(2009年)こそハチャメチャな展開と「記憶を取り戻す」という推理要素が功を奏した傑作コメディでしたが、2作目『ハングオーバー!! 史上最悪の二日酔い、国境を越える』(2011年)は1作目を超える為により一層のドギツイ展開とサディスティックで暴力的な要素が用意され、逆にそんな部分が単なるやりすぎに思えてしまい、個人的にはまるで【笑えない】作品として全然好きじゃありませんでした。で、この3作目はどういう映画かというと、1作目で最もイラッとさせてくれたヒゲ面の不愉快なデブと、2作目で最もイラッとさせてくれた中国人の不愉快なデブが、物語の中心となっているんですね!いやーこりゃ不安だわ!

物語はマフィアの金塊を奪った中国人デブをおびき寄せるために、中国人デブのただひとりの友人と目されるヒゲ面デブと彼に関わってる友人が危険な目に遭わされる、といったお話です。まず中国人デブは単なる基地外です。そしてヒゲ面デブはボーダーライン系の人格障害者です。たった一人でさえ相手にしたくない基地外と人格障害者の二人を同時に相手にしなければならないその他のハングオーバー・メンバーのてんてこ舞い振りを笑う、というのが今回の見所ということになるのでしょう。

結論から言うと、基地外・人格障害者という1作目2作目からお馴染みの「人外」の者同士が中心となっている、ということがあらかじめ判っている分、安心して観ることが出来る作品でした。まともな人間だったらこんなことはしないだろうと期待するからイラッときますが、もはや相手は「人外」だと判っているのですから、後は「ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘」みたいな怪獣映画だと思って観ていれば楽しいのです。だからこそ逆に、人格障害者のヒゲ面デブが人間臭い感情を見せると、「ド腐れヤンキーが堅気になって立派に家庭養っている」ことが「一般の人が立派に家庭養っている」ことよりも賞賛される「落差の法則」が適応され、妙に情緒を刺激されたりもするんですね。まあ人格障害者に変わりはないし現実には一切関わりたくない類の人間ですが。

ところで1作目『ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い』、2作目『ハングオーバー!! 史上最悪の二日酔い、国境を越える』、この3作目『ハングオーバー!!! 最後の反省会』のそれぞれの邦題を見て気づくことがあります。それは「ハングオーバー」の後に付く「!」マークがそれぞれの作品のナンバリング数に対応しているということですな。いやあ実にどうでもいいことですいません。ちなみにタイのアクション映画『マッハ!!!!!!!!』は「!」マークが8つありますが「マッハ」の「ハ」の語呂合わせで8つなのでしょうか。これも判ったからといって人生に何かの活路や指針が見つかるといったことでは一切ないどうでもいいことではありますな。重ね重ねどうもすいません。

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20131118(Mon)

[]今回も相変わらずのド派手な戦闘が展開!〜ゲーム『Call Of Duty: Ghosts』 今回も相変わらずのド派手な戦闘が展開!〜ゲーム『Call Of Duty: Ghosts』を含むブックマーク 今回も相変わらずのド派手な戦闘が展開!〜ゲーム『Call Of Duty: Ghosts』のブックマークコメント

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Call Of Duty』シリーズ新作『Call Of Duty: Ghosts』で御座います。今回の『Ghosts』、いったいどんなお話かといいますと、南米諸国によって組織された「連合」が軍事衛星ODINを襲撃し、そこからの高高度爆撃で壊滅状態と化した近未来のアメリカが舞台になっております。しかし灰燼と化したアメリカから立ち上がる姿がありました。その名はアメリカ最強の都市ゲリラ戦部隊「Ghosts」。その彼らと「連合」との熾烈な戦いを描くのがこの『Call Of Duty: Ghosts』なんですな。

この「Ghosts」、例によって「Cod」シリーズらしい派手派手な物語展開を見せます。まず冒頭の宇宙空間での戦闘にびっくりさせられますな!崩壊する軍事衛星、真空の宇宙空間に放り出される兵士、といった映像は、日本公開が迫ってきた映画『ゼロ・グラビティ』そのままの緊迫感で御座いますよ。そして軍事衛星から射出される兵器(多分レールガンなんじゃないかな?)により大地まで切り裂かれてゆくアメリカ滅亡の映像はローランド・エメリッヒの世界終末映画『2012』を彷彿させましたな。

そしてこのアメリカ崩壊を手引きした謎の男ローグを追って、「Ghosts」戦士の皆さんは世界を股に掛け作戦行動を展開する、というわけなんです。しかし国家は殆ど滅んじゃってるし軍事施設なんて真っ先に叩かれただろうに、どうやってこれだけの量の、高価で最新仕様の軍事設備や物資を確保したり補給したりできるもんなの?なんて思ってはいけません。いや、ちょっと思ったけど。まあアメリカのことですからきっとあっちこっちに秘密の備蓄庫があるんだ、ってことにしておきましょう!

でまあ、キャンペーンのゲームプレイ自体はいつもの「Cod」らしいあれやこれやと急き立てられるせわしない戦闘がこれでもかと盛り込まれ、いつでもどこでもクライマックスというお腹いっぱい状態、「どやねん!これが世界で一番売れる大人気ゲームっちゅうもんや!今回も売って売って売りまくりや!(何故に関西弁)」という製作者の鼻息の荒さを首筋に感じるほどの完成度になっております。

今回の新機軸としては戦闘時に相棒として犬クンが登場するというところでしょうか。この犬クン、モニターが付いていて、敵地に潜入させて偵察したりとか、けしかけて敵を噛み殺させたりとか出来るんですよ。この犬クンのモードだけでゲーム1本作ってもいいぐらいです。犬視点犬FPS。背中にマシンガンとかロケットランチャーとか括り付けて攻撃させれば面白いんじゃないでしょうか。また、以前『Call of Duty:Black Ops』ではゾンビと戦っちゃう「ゾンビ・モード」というのがありましたが、今回の『Ghosts』ではエイリアンと戦っちゃう“Extinction”というモードがあります。

個人的には、もっともっと画像の綺麗な筈のPS4版の発売が2月に予定されていて、自分は勿論PS4は買いますから、それ待ちでもよかったんですが、PS4のローンチタイトルって他にも欲しいのがいっぱい出てて、同時進行は無理だし、ということでこのPS3版にしたんですけどね。あと『BATTLEFIELD4』もPS3とPS4どっちにしようか悩んだんですが、こっちはFrostbite3エンジンによるグラフィックの精度を確かめたいのでやっぱりPS4待ちってことになっております。

海外レビューハイスコア『Call of Duty: Ghosts』 | Game*Spark - 国内・海外ゲーム情報サイト

●宇宙でドンパチですよ!
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●アメリカは大変なことになっちゃうんだ!
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●近未来っぽい武器と装備だよ!
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●ワンちゃんが仲間なんだ!
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●ビルだって真っ二つですよ?
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●海中でも戦うらしい
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●エイリアンとも戦うんだよッ!?
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●『Call Of Duty: Ghosts』トレイラー
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20131117(Sun)

globalhead2013-11-17

[]缶ビール小説 【2007年2月10日分再録】 缶ビール小説 【2007年2月10日分再録】を含むブックマーク 缶ビール小説 【2007年2月10日分再録】のブックマークコメント

目覚ましの音で目を覚ますと取りあえず朝の缶ビールを一個飲んだ。
作業着に着替え、もう一個缶ビールを飲むと、自転車で十分ほどの場所にある職場に向かう。俺の職場は缶ビールのリングプルを作っている工場だ。
タイムカードを押し、缶ビールを飲み、リングプル製造機のスイッチを入れ、それが動き出すのを眺めた。
職場の机に戻ると、缶ビールを飲みながら発注書と請求書に目を通していた。
新しい缶ビールを開けていたら上司が来て、東南アジア向けのリングプルの受注変更の話をした。上司は俺の缶ビールを見ると、「独身者はいいよなあ、俺なんか家買ってから週一回発泡酒飲むのがやっとだよ。」と苦笑いしていた。「それはそれは。」と愛想笑いする俺。

十二時のサイレンが鳴り、工場の電気を落とし、昼飯の時間になった。
コンビニで買ってきたサンドイッチを缶ビールで流し込み、食堂の映りの悪いTVを見るとはなしに見ていた。TVは「お金を儲けなさい」と言い、「お金を使いなさい」と言い、「他人を出し抜きなさい」と言い、「愛は何より大切」と言った。オレはもう一個缶ビールを開け、「それはそれは。」と言った。
お昼が終わり、午後の缶ビールの封を切り、再びリングプル製造機のスイッチを入れ、それが動き出すのを眺めた。
二時を過ぎた頃、機械の調子がおかしくなっていることを発見、メンテナンスの人間を呼んで見てもらう。缶ビールを飲みながら修理の様子を眺めていたが、意外に簡単に済んだのを見て安心する。修理を終えたメンテナンスの人間に缶ビールを振舞う。彼は俺から渡された缶ビールを見ると、「お、僕もこの銘柄好きなんですよ。」と嬉しそうな顔を見せた。

機械修理の為多少遅れたが、七時には業務が終了した。仕事が終わった後の缶ビールはまた格別に美味い。
工場を出てアパートに帰ろうとすると妙な男に捕まる。
「私の話を聞いてください。」
「はあ。」
「世界はあと五年で終わるということを知ってますか。」
「はあ。」
「しかし真の神を信じれば救われます。」
「それはそれは。」
「かくなる上はご寄付などを頂ければ。」
オレは無言で彼の手に缶ビールを手渡すと自転車に乗り込みその場を去った。角を曲がる時に男の居た場所をちらりと見た。そこには空を仰ぐようにして缶ビールを一気飲みしているあの男の姿があった。

アパートに帰ると缶ビールを一つ開け米を炊き魚を焼き晩飯の支度をして、再び開けた缶ビールを飲みながらそれを食べた。
九時を回った頃に缶ビールを一個飲んだ後、最近メールしても返事をくれない女の子に電話してみる。

「俺だけど。」
「ああ、どうも。」
「最近どうしたのかな。」
「御免なさい、私そんなつもりじゃなかったし。」
「それはそれは。」

電話を切り、言葉が頭で形になる前に缶ビールを一個飲み、言葉が頭で形になってからもう一個飲み、それを受け入れてからもう一個飲んだ。
今日は長い一日だったな、と思った。ベランダのサボテンと石楠花とシクラメンに水をやって、ついでに自分にも缶ビールをやって、今日は寝る事にした。
寝床で暗い天井を見ながらうとうとしていたら、あることを忘れているのに気がついた。
布団から抜け出すと、冷蔵庫を開け、俺は今日最後の缶ビールを飲み干した。

(全てフィクションです。)

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20131115(Fri)

[]不毛の荒野に広がる苛烈と残酷の物語〜『シェヘラザード 千夜一夜物語不毛の荒野に広がる苛烈と残酷の物語〜『シェヘラザード 千夜一夜物語』を含むブックマーク 不毛の荒野に広がる苛烈と残酷の物語〜『シェヘラザード 千夜一夜物語』のブックマークコメント

■シェヘラザード 千夜一夜物語 / セルジオ・トッピ,古永真一

シェヘラザード ~千夜一夜物語~ (ShoPro Books)

アラビアの千一の夜

アラビアンナイト』の別称でも知られる『千夜一夜物語』は、アラジン、シンドバット、アリババなど、映画やアニメでお馴染みのキャラを生み出した、日本人にも馴染の深い物語だ。子供の頃に絵本でそれらの逸話に触れられた方も多いだろう。オレは10代の頃、筒井康隆が幼少時にこの『千夜一夜物語』を読破したという事を知り、岩波文庫版で全巻読破に挑戦したことがある。結果は3巻ほどで挫折だったが…。

中世イスラムで編纂されたこの説話集はしかし、幻想譚としての側面はあるにせよ、決してファンタジックなだけの御伽噺集という訳ではない。まずそもそも「1001夜」の物語が語られるきっかけとなる話からして残虐非道だ。最初に語られるのは妻の不貞に狂った王だ。王はその妻と間男を斬首刑に処した後、国中の娘を次々に夜伽に召し出させては朝になるとその娘の首を刎ね続けたのだ。いやあ…狂ってるなあ!

しかしその王のもとにある日、一人の女が褥を共にしたいと申し出る。女の名はシェヘラザード。王と一夜を過ごした彼女を待つのは首切り人の大刀だけだ。しかし彼女は王にこう呟く。「まだ夜明けまでは間があるのですから、それまで私の知る大昔の不思議な話をして差し上げましょう…」。王はシェヘラザードの物語に魅了され、夜が明けても彼女の首を刎ねず、また明日も語って聞かせるよう命じる。それは幾夜、幾百夜も物語られ、こうして続けられる1001夜の物語、それが「千夜一夜物語」なのだ。

苛烈と残酷の物語

イタリアのイラストレーターでありコミック・アーチストであるセルジオ・トッピの描く『シェヘラザード 千夜一夜物語』は、もちろんこの『千夜一夜物語』を元にしている。しかし「ああ、アラビアンナイトのコミック版なんだ、よく知っている話だし、今更新鮮味が無いな」などと思っていると大怪我をすることになる。このセルジオ・トッピ版『千夜一夜物語』は、我々が漠然と抱いている「アラビアンナイト」のイメージを大気圏の彼方まで軽く一蹴し、呪われた死の運命に弄ばれる古代の人々の、あまりにも苛烈で残酷な物語と、息を呑むような神秘と幻想とを、魔術的なまでに華麗な描線で目の前に表出させた作品なのだ。

まずこの『シェヘラザード 千夜一夜物語』にはアラビアンナイト物語で思い浮かぶようなセクシャルな物語・描写が一切無い。そしてそこには月の砂漠もラクダの商隊も、黄金に光り輝く王宮も、贅を尽くした衣装をまとう豪族も、ターバンを巻きゆったりとした下履きを履く町人も、薄着でベリーダンスを踊る煌びやかな娼婦も、髭面で筋肉隆々たる裸の奴隷も、一切合財登場しない。

では何が描かれるのか?『シェヘラザード 千夜一夜物語』に登場するのは、奇岩としか形容しようがないゴツゴツとした岩肌がどこまでも果てしなく続く死の荒野だ。人をあくまでも拒むその無慈悲な大地は既にして異界なのだ。そしてそこで暮らす人々は、その衣装や顔つきから、あたかもシュメールやバビロニア、ヒッタイトなど栄華を誇りながらも遠い過去に滅び去った古代文明に生きていたと思わせる人々だ。彼らはプリミティヴかつ異様な意匠の衣をまとい、風雨の刻まれた険しい顔をし、呪術と魔人と情け容赦ない死の運命だけが待つ荒野を彷徨うのだ。そしてこれが、セルジオ・トッピ版の『千夜一夜物語』の世界なのである。

この作品集に収められた11の物語は、それぞれが千夜一夜物語に題を取りながらも若干の脚色がなされているという。そしてその多くは、高慢と驕りの物語であり、(神・魔人・人との)契約と裏切りの物語であり、そして力無きものの知恵の物語なのである。それは翻れば、夜毎処女たちを弄び朝日と共にその首を刎ねる狂王の高慢と驕り、かつては誉れ高き王であった者の裏切られた運命、力こそ無いけれども命を守るため知恵を絞り物語を続けるシェヘラザードと、それぞれが繋がってはいないだろうか。シェヘラザードは、そういった暗喩に満ちた物語を紡ぐことで狂王を正気へと目覚めさせようとしていたのではないか。そう、全ては繋がっているのだ。

セルジオ・トッピの華麗なる描線

作者セルジオ・トッピはこれら暗く不気味な運命に操られる人々の物語を、エッチングを思わせる非常にソリッドな描線で描き切る。それはクリムトやシーレの如き様式化された華麗かつ優美なフォルムとレイアウトが成され、そしてそれぞれが日本のコミックと相通じる自由奔放なコマ割りと挿絵のような大コマでページに表出させられているのだ。例えばフランスのバンドデシネなどはコマひとつひとつが一枚絵のような美しさを保持するが、セルジオ・トッピのそれはコマとコマ、ページとページがまさに有機的に繋がったリズム感に溢れており、単なる「美麗な絵本」では決してなく、あくまでも「コミック」としての引き込まれるような楽しさを生み出しているのだ。ある意味、バンドデシネなどよりも日本人に受け入れられやすい作品であり、作家なのではないだろうか。しかしこのセルジオ・トッピは2012年に逝去しており、その作品も日本ではこの『シェヘラザード 千夜一夜物語』がほぼ初めての紹介なのだという。残りの作品の一刻も早い訳出を願う。

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(画像は「BD file」様から)

千夜一夜物語(全11巻セット)―バートン版 (ちくま文庫)

千夜一夜物語(全11巻セット)―バートン版 (ちくま文庫)

20131114(Thu)

[]最近聴いたエレクトロニック・ミュージック / Diamond Version, Ø[Phase], Pal Joey, Special Request, Deetron, Early Emissions 最近聴いたエレクトロニック・ミュージック / Diamond Version, Ø[Phase], Pal Joey, Special Request, Deetron, Early Emissionsを含むブックマーク 最近聴いたエレクトロニック・ミュージック / Diamond Version, Ø[Phase], Pal Joey, Special Request, Deetron, Early Emissionsのブックマークコメント

■EP 1-5 / Diamond Version

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raster-notonレーベルのAlva NotoとByetoneが結成したユニットDiamond Versionが先行してリリースしたEP5枚をまとめたアルバム。全18曲の非常にソリッドなインダストリアル・エレクトロが疾走する。ハードなテクノのお好きな方に今回のお勧め。 《試聴》

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■Early Emissions (EPS 1-4)

EARLY EMISSIONS (EPS1-4)

EARLY EMISSIONS (EPS1-4)

エジンバラ発のビートダウン系レーベルFirecracker Recordingsからリリースされた様々なアーチストのシングルをコンピレーションしたアルバム。噛めば噛むほど味の出るムーディーかつソウルフルな激渋ビートがとことん心地いい。ジャケットもいいな。レア・グルーヴ好きの方に今回のお勧め。 《試聴》

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■Frames Of Reference / Ø[Phase]

FRAMES OF REFERENCE

FRAMES OF REFERENCE

UKを拠点に活躍するプロデューサー、Ø[Phase]が13年の活動期間を経てベルギーのレーベルTokenから満を持してリリースしたデビュー・アルバムは練り上げられたミニマル・インダストリアル・アシッド。 《試聴》

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■Pal Joey presents Hot Music

HOT MUSIC (IMPORT)

HOT MUSIC (IMPORT)

ニューヨークのディープハウスプロデューサー、Pal Joeyの20数年にわたるキャリア全てをアーカイブした記念碑的アルバム。アンダーグラウンドなグルーヴが味わい深い。 《試聴》

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■Soul Music / Special Request

Soul Music

Soul Music

Paul Woolfordによるプロジェクト、Special Requestによるフル・アルバム。90年代レイヴ/ジャングルをリバイバルさせつつアップトゥデートした新型テック・ベース。 《試聴》

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■Music Over Matter / Deetron

MUSIC OVER MATTER

MUSIC OVER MATTER

スイスのハウス職人Deetronの2ndは多彩なゲストを迎え歌モノを大幅にフィーチャーしたカラフルなテクノ/ディープハウス・アルバム。 《試聴》

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20131113(Wed)

[]現実世界と自己との乖離〜『天使エスメラルダ: 9つの物語』 現実世界と自己との乖離〜『天使エスメラルダ: 9つの物語』を含むブックマーク 現実世界と自己との乖離〜『天使エスメラルダ: 9つの物語』のブックマークコメント

■天使エスメラルダ: 9つの物語 / ドン・デリーロ

天使エスメラルダ: 9つの物語

島から出られないリゾート客。スラム街の少女と修道女。第三次世界大戦に携わる宇宙飛行士。娘たちのテレビ出演を塀の中から見守る囚人。大地震の余震に脅える音楽教師―。様々な現実を生きるアメリカ人たちの姿が、私たちの生の形をも浮き彫りにする。四人の訳者によるみずみずしく鮮明な9篇。1979年から2011年まで。現代アメリカ文学の巨匠、初の短篇集。

現代アメリカを代表する作家といえば「トマス・ピンチョンフィリップ・ロスコーマック・マッカーシードン・デリーロ」なのだそうだが、どれもそれほどきちんと読んでいなくて、トマス・ピンチョンは途中で挫折したしコーマック・マッカーシーは読んだけど辛気臭くて嫌いだし、フィリップ・ロスドン・デリーロは読んですらいない。しかしこのドン・デリーロ、先ごろデヴィッド・クローネンバーグで映画化された『コズモポリス』の原作者ではないか。いやあ『コズモポリス』、能書きばかり多い上に主人公は変態という妙な映画だったなあ、でもなんだか記憶に焼き付いて離れない映画だったなあ。

確かにドン・デリーロ、存在こそ知ってはいたが、訳出されている作品が少ない上に殆ど絶版、なかなか縁遠い作家だったのだが、このたび短編集が訳出されたというのでちょっと読んで見ることにした。収録作品は1979年から2011年まで描かれた全9作。すらすら読める、なんていうのとは逆の、非常に歯応えのある文章の作品ばかりで、そして物語に最初に設定された世界や状況に対し、そこに登場する人物たちがなにか他のことばかり考え、その状況からどんどん逸脱してゆく、といった意識の流れを描く作品が多く感じた。

例えば『天地創造』はいずこかの南国で飛行機に乗れずにこの土地を離れられない男女の物語だが、この状況にもかかわらず焦燥とも諦念とも違う些末な会話ばかりが繰り広げられる。『第三次世界大戦における人間的瞬間』では宇宙ステーションに乗り込んだ二人の男が世界大戦中の地球を見下ろしながら、どうにも観念的な会話ばかりしている。『ランナー』では目の前で嬰児誘拐を目撃した男女が会話の食い違いばかり気にしていて、『バーダー・マインホフ』では美術館で赤の他人の男に作品解釈について論議を吹っ掛けられた女が、なぜかこの男にアパートに上がり込まれて困る、なんていう謎展開を見せる。『ドフトエスキーの深夜』にいたってはどんどん逸脱してゆく会話自体が主役だ。『痩骨の人』は映画館通いの男がストーカーになっちゃう、という話だけれど、その行為と描かれる思考の流れがどこかで乖離している。

目の前に存在するこの世界は、拭うことの出来ない確固たる現実だ。それは巨大な世界であり、膨大な数の人間と莫大な数のモノと絶大な量の情報を内包しており、そしてそれらが途方もないテクノロジーによって、圧倒的なパワーとスピードでダイナミックに動いている。それは止まることの無い強大なシステムであり、世界を覆うひとつの自動機械だ。にもかかわらず、その世界を目の前にしている自分は、限定された肉体と限定された思考と限定された生命の中に閉じ込められた、いわば一滴ほどの存在でしかない。この、巨大な世界と、矮小な自分との、乖離。ここにいる自分は、それとは隔絶されているという、離人症めいた感覚。もしくは、関わりたくとも、触れることもできないほど遠くにあるように思えてしまうような感覚。現実と意識との捻じれ。ドン・デリーロのこの短編集の諸作品を読んで思ったのは、この離人症的な現実乖離感覚だ。

それは『槌と鎌』において顕著だ。経済犯罪者ばかりが入所する刑務所で、主人公と入所者たちは世界の金融危機を伝えるニュースをまんじりともせずに眺める。かつて不正なマネートレーディングで巨大な世界経済のシステムそのものを意のままに動かしていた彼らが、今は刑務者としてそのシステムから疎外され、そのシステムが崩壊する様を絵空事のように眺めている。いや、かつてそのシステムに加担したものとして、それが単なる絵空事ではないにしても、今やそれは隔絶した他所の世界の出来事なのだ。つまりこの物語では「乖離」というテーマが現実世界と刑務所という具体的な形となって描かれているという訳なのだ。

そんな作品の中で表題作『天使エスメラルダ』だけは一種異色である。ブロンクスの、「あたかも中世と変わりない悲惨と貧困が覆う」貧民街の浮浪者たちのもとを、主人公である教会修道女の女が救済のために訪問し続ける。そんな中、一人の浮浪少女の暴行殺害事件が起こるのだが、ある日その少女に関する「奇跡」のニュースを主人公が耳にする。ここでデリーロは、「貧民街の浮浪者」という社会から疎外され乖離した人々に、救済という形で積極的に関わろうとする。即ち他の作品のように「乖離」そのものをスタティックに描くのではなく、ダイナミックにその状況を変質させていこうとしているのだ。だからこそここで垣間見せる人間的要素は読む者の胸を打つ。やはりひとつ抜きんでた名作であるといえるだろう。

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20131112(Tue)

[]今回も三角頭の化け物が大暴れ〜映画『サイレントヒル: リベレーション』 今回も三角頭の化け物が大暴れ〜映画『サイレントヒル: リベレーション』を含むブックマーク 今回も三角頭の化け物が大暴れ〜映画『サイレントヒル: リベレーション』のブックマークコメント

サイレントヒル: リベレーション (監督:マイケル・J・バセット 2012年アメリカ映画)

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呪いにより外界と隔絶され、クリーチャーの住み着く異次元世界と化したサイレントヒル。謎の教団によって父を拉致された少女ヘザーは、自分の出生の謎がこの町にあることを知り、危険を顧みず潜入する。ゲーム『サイレントヒル』を映画化した2006年制作の同名タイトル映画の続編、『サイレントヒル: リベレーション』である。

しかし同じホラーゲームの映画化でも、『バイオハザード』なんかは続篇がポンポン製作されているが、あれがジョボビッチとアンダーソン監督夫妻のほぼ私物と化したゲームコスプレ映画ということを考えると、『サイレントヒル』1作目はゲームの世界観をとても大事にしながら、さらにホラー映画らしい残虐さと超現実的なビジュアルが加わり、異彩を放った作品に仕上がっていたと思う。1作目監督クリストフ・ガンズが原作ゲームの大ファンらしく、そのゲーム愛が反映された、ゲーム映画化作品としても出来がいい作品だった。

そして続編であるこの『サイレントヒル:リベレーション』、前作から6年経ってからやっとの製作だが、きっと根強いファンがいるんだろうな。物語は前作に登場したワケアリの娘が成長し、父ともどもサイレントヒルの影から逃げ回っている、っていう設定なんだけど、娘自体はサイレントヒルの記憶を失っていて、そこがどんな恐ろしい場所なのか、そこでどんなことがあったのかは覚えていないんだね。しかしなにしろ6年前に観た映画の続編なので記憶が曖昧なんだけど、1作目のラストって、この娘さんは現実世界に戻ってこれたんだっけ?なにかうまく説明してあったのをオレが見落としたのかな。

この後物語はサイレントヒルに舞台を移し、この町を支配する不気味な教団と、サイレントヒルを地獄のような異界に落とした少女の霊魂が現れ、主人公少女を翻弄するんだけれども、正直この辺のゴチャゴチャした話っていうのは1作目の話を蒸し返しているだけなのでどうでもいいんだよな。それよりもこの映画の魅力っていうのは異次元世界と化した町の不吉で禍々しいビジュアルと、登場するクリーチャーの悪夢的でユニークなデザインなんじゃないかな。

今回登場するマネキンが合体した蜘蛛みたいなヤツとか、『ヘルレイザー』のゼノバイトのお仲間みたいなヤツとか、どれも楽しいデザインで、あとお馴染みの「だるまさんが転んだ」ナースの皆さんも賑々しく変な動きをしてくれているし、それとなんといっても今回もデカイ鉈持って登場するスターデストロイヤーを頭にかぶったおっさんがいい味出してるんだね。スターデストロイヤーじじい強いわ。怖いわ。なんであんなもんかぶってるのかよくわからんけど。あと主人公のお父さん役の人って、LOTRのボロミアの人だったんだね!1作目を観た時に気付いてなかったなー。この続編観て「あれ?」と思った。

まあ映画としては1作目ほどの派手さは無くて、予算も少ない分、割とこじんまりまとまったかなとは思うけど、スターデストロイヤーじじいとだるまさんナースを見られたからまあいいや!という事でありました。設定だけ生かして登場人物を刷新し、気色悪い異界で気色悪いクリーチャーがぐにゅぐにょ蠢く部分をクローズアップさせた続編とか作ってくれたらまた観たいな。

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20131111(Mon)

[]ふくしま屋が閉店した ふくしま屋が閉店したを含むブックマーク ふくしま屋が閉店したのブックマークコメント

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数十年通っていた「ふくしま屋」が店を閉めた。ふくしま屋というのは近所のモツ焼き・もしくはヤキトンの店で、飲み屋とかではなく店頭でモツを焼いて販売していたのだ。

ふくしま屋のモツ焼きは絶品だった。売っていたのは、タン・ハツ・レバ・シロ・ガツ・ナンコツ・カシラ・ツクネで、通い始めた頃は1本70円か80円だったが、最近までは100円になっていた。モツはその場で炭火で焼かれ、店頭に並べられていたが、注文によって奥の冷蔵庫から出されて焼かれることもあった。

オレはどのモツも好きだったが、特にナンコツが好きだった。ここのナンコツはぶつ切りになったチューブ状のナンコツに、脂肪や肉やゼラチン質のかけらがブリブリにくっついており、この肉その他のかけらのジューシーな味わいと、ナンコツのコリコリした歯触りとの組み合わせが堪らなかった。オレにとってナンコツとはふくしま屋のナンコツであり、ここ以外の店のナンコツはどれもふくしま屋に及ばなかった。

次に好きだったのがガツだ。固くて一度では噛み切れず、一かけら口に頬張った後は何度も咀嚼しなければ飲み込む事が出来なかったが、この「食い物と格闘している」感触が堪らなかった。

タンも美味かった。タンならではの脂肪の甘みと歯触りが噛み締めるほどに口に広がった。カシラの旨味は肉の味の王道を行く味わいだった。ただ、他のモツのモツならではの味わいと比べるなら、その王道のポピュラーさがつまらないといえるかもしれない。またハツは逆に、脂肪の無い筋肉の味わいが豊かで、他の濃厚さとは違う美味さがあった。

そもそもここのモツ焼きはどれも概して固かった。ただしガチガチに固いのはガツとナンコツで、他は「程よい固さ」をキープしていた。あのレバでさえ、少なくとも表面はガチッと固く焼け、ただし中身はレアの柔らかさだった。シロも、他の店のシロと比べると固いものだった。例外はツクネで、まあこれもふわりとしている、といったものではなかったけれども、他の固いモツ焼きを食った後では比例して柔らかい歯触りが口安めになった。

オレはいつも8本から10本、この店で注文した。基本はどれも1本ずつ、タレでだ。これは好き嫌いがあると思うが、オレは塩よりもタレこそがふくしま屋のモツの旨味を引き出していると確信していた。注文すると、まず奥の炭火で素で一度焼いてタレをくぐらせ、それを店頭の炭火でもう一度焼き、そしてまたタレをくぐらせて出来上がりだ。

ここのタレの味わいをなんと表現すればいいのだろう。甘辛いが砂糖を使っていないのか、決してベタベタした甘さではなく、すっきりしている。意地汚い話なのだが、モツ焼きを食い終わって残ったこのタレを、実は飲み干してしまうぐらい美味かったのだ。このタレの美味さもオレにとってモツ焼きの標準となっており、やはりここのタレを超えるタレはそうそう出会えていない。

店ではいっしょに生モツの販売もしていた。レバ、ハツ、ガツ、モツ。たまにここで生モツを買って、モツ煮込みやモツ鍋を家で作ってたりしていた。

お店は家族経営だった。おじいちゃんとお母さん、その息子。おじいちゃんは長年の炭火焼のせいか、両手の甲に火傷の後らしいものがいっぱいに広がっていた。このおじいちゃんは暫く前に引退したか、または他の事情で店先に出なくなり、お母さんと息子二人でお店を切り盛りしていた。オレはお店に行くといつも「旦那さん」と呼ばれて、これがなぜだか照れ臭かった。

以前は、金曜日や休みの日の夕方はここに寄ってモツ焼きを買い、家に帰ってビールを飲みながら楽しんでいた。オレは国産ビールならたいていキリンビールの一番搾りばかり飲んでいるのだが、このふくしま屋のモツ焼きの時だけはサッポロビール黒ラベルにしていた。不思議とこちらのほうが合うのだ。サッポロビールというのはしょうゆ味のもの、総じて和食系に合うビールなのかもしれない。

固い肉ばかりで咀嚼の回数が多くなるせいか、頭が覚醒する分酔いも遅くなり、逆にビールを飲む量もいつもより多くなる。たいていはビール1.5ℓ、多いときは2ℓぐらい飲んだ。モツ焼きの時は必ずほうれんそうのおひたしを作った。冷奴も忘れてはならない。時によって冷奴はあぶった厚揚げになったりした。そして、散々飲み食いした後の〆は、なぜか納豆。それもパックのままガシガシ食う。濃い肉質のものを食べた後に納豆は妙に口がさっぱりするのだ。

そんな大好きだったふくしま屋のモツ焼きだったが、ここ2、3年は食う機会が減っていた。一つは相方さんと週末を過ごすようになったからで、もう一つは固くて消化に悪く、さらに塩分の高い調理をした肉が食べられなくなってきたからだった。だから久しぶりにここのモツ焼きを食べても、味が落ちたという事ではなく、体調のせいで以前より美味く感じなくなってしまった、という理由で足が遠のいていたのだ。オレも歳を取ったのだ。

それでも、やはりあの味が忘れられず、ついこの間久しぶりにお店に行ってみたら、閉店の貼紙がしてあった。あーそうか、ふくしま屋のモツ焼きはもう食べられないのか、と思うのと同時に、この店のモツ焼きを食い続けてきたオレの長い長い年月も、もう変化の時が来たのかもしれないな、と思えてならなかった。古いものが消え、新しいものにとって代わる。そしてオレは古いものの部類に入る人間になってしまったんだろう。モツ焼きばかり食っていた毎日も先程書いたように随分前から無くなってしまったし、もとより以前ほどビールも飲めなくなった。こうしてどんどん歳を食ってゆくのだろう。

だが、ふくしま屋のモツ焼きを食いながらビールをかっ込んで、大好きな映画のビデオやらDVDやらBlu-rayを観ていた毎日は、自堕落ながら楽しい日々だった。オレの酔っぱらい人生のいくばくかは、ふくしま屋のモツ焼きと共にあったのだ。オレはふくしま屋のモツ焼きと共に過ごした日々を決して忘れはしないだろう。あのおじいちゃんも、おばちゃんも、息子さんも。注文したモツ焼きが焼きあがるまで、店先でボケっと空を仰いでいた時の、あの奇妙なまでに解放感に溢れたしあわせも。ありがとうふくしま屋、そしてさようなら、ふくしま屋。

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20131110(Sun)

globalhead2013-11-10

[]人間ドックの季節 人間ドックの季節を含むブックマーク 人間ドックの季節のブックマークコメント

  • 恒例の人間ドックの季節がやってきたのである。
  • 行ったのは金曜日。会社には休みを貰った。
  • この週は月曜日が3連休の最終日で、そして金曜休むと、3日しか仕事していない週という事になり、ちょっと儲けた気分でもあった。
  • 病院には朝9時までに来ることになっていて、8時40分ごろ到着して受付。しかし受付は実は8時ごろから始まっており、早く来たほうが早く検査が出来たのらしい。長年通っていて初めて知った。
  • まあ内容は血液検査だのレントゲンだとあれやこれやのメニュー。
  • 最後に所見を聴くことになっていたが、これが12時ごろ。血液検査やレントゲンの結果は既に出ているようだ。
  • でまあ、結論から言うと、またしてもオレはまあまあ健康なのらしい。
  • 肺も肝臓も心臓も特に問題なく、血圧も、測ってくれた看護婦さんがにっこり笑ってお墨付きをくれるぐらい正常値。
  • 一番心配していたのは糖尿病なのだが、これも血液検査委の結果、正常値なのらしい。
  • ただ一つ、中性脂肪が高いのだけは、これは数十年来のお決まり。
  • 体重は多めだけども十数年極端に変わってないまま小太りで安定している。まあこれは減らしたいんだけどもな。
  • ただしバリウム飲んで撮った胃のレントゲン検査は出てなかったような気がするから、これはちょっと保留かも。
  • それにしても、ここ最近体力が衰えまくってきていて、心臓もキツイし、仕事中は頭に血が昇っているような気分の悪さがあったから、今回こそなにかあるかなーと心配だったのに、何も出なくて逆に妙な気分だ。じゃあなぜオレはいつも気分がよくないのだ。
  • ストレスか…もしくは単に仕事が嫌いでしょうがないからか…。
  • 50過ぎて仕事が嫌いとか言ったらまともに取り合ってもらえんだろうが、まあ実際の所、結構うんざりすることが多くてのう…。
  • というかタバコ吸い過ぎなのかもなー。
  • 結果がどうあれ、健康で健康で堪んない!ってわけでも、いつでもどこでも気分爽快!ってわけでもないから、食い物や酒や睡眠は、これからも自重しながらやってくつもり。
  • このぐらいの歳になるとさ、心配なのは健康と老後ぐらいになっちゃうんですよ。他の事って、もうホントにどうでもよくなっちゃったな。世間からズレて生活していたのに、最近ではネットで見かけるあれやこれやでさえ単なる由無し事に思えて仕方ない。こうしてジジイは周囲を理解できず周りからも相手にされずネットから消えてゆく。まあいいや、そういうものなんだろう。ひっそり生きていけりゃそれでいい。
  • 人間ドックが終わったあとには食事が出される。この日はビーフシチューだったな。美味しゅうございました。

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20131109(Sat)

[]スランプ有名シェフと落ちこぼれシェフとのヒューマンなコメディ〜『シェフ!〜三ツ星レストランの舞台裏へようこそ〜』 スランプ有名シェフと落ちこぼれシェフとのヒューマンなコメディ〜『シェフ!〜三ツ星レストランの舞台裏へようこそ〜』を含むブックマーク スランプ有名シェフと落ちこぼれシェフとのヒューマンなコメディ〜『シェフ!〜三ツ星レストランの舞台裏へようこそ〜』のブックマークコメント

■シェフ!〜三ツ星レストランの舞台裏へようこそ〜 (監督:ダニエル・コーエン 2012年フランス映画)

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フランス三ツ星レストランを舞台にしたコメディです。

主人公の若手シェフ、ジャッキー(ミカエル・ユーン)は料理に対する愛情と情熱が大きすぎて、なにかと一言多いという困った性格をしており、そのせいでどこのレストランも首になります。あれですよ、「スープの味を最初に確かめねえ客はうちのラーメンを食う資格はねえ!」とか言って客を追い出すラーメン屋みたいな、料理原理主義、料理バカ一代な料理人なんですよ。実際問題こんなヤツのいるメシ屋に入ったら確かにうんざりさせられるでしょうが、映画では嫌味無く演じられていて、料理が好き過ぎた挙句の困ったチャン、といったどうにも滑稽なキャラとして登場します。

一方、パリ有数の三ツ星レストランシェフ、アレクサンドル(ジャン・レノ)は、利益第一主義の経営者にもっと客に迎合した流行のメニューを作れ、と妥協を強いられ、それができなければお前なんかクビだからね!と言い渡されます。しかしアレクサンドルは料理を極めたプロ中のプロの頑固さを持つばかりにこれが受け入れられません。そんな八方塞がりのアレクサンドルは職を失いペンキ塗りをしていたジャッキーと出会います。ジャッキーの料理の腕に光るものがあることを感じたアレクサンドルは二人で新メニューを作ろうと持ちかけるんですね。

この二人の仮想的であるレストラン経営者の嫌味っぷり、その配下の憎たらしい新シェフ、さらにジャッキーの離婚の危機やアレクサンドルの反抗期の娘などがさらにコメディを盛り上げて行きます。でも一番可笑しかったのは二人が新たに取り組もうとする新メニュー、「分子料理」の存在でしょう。この「分子料理」、料理を化学の分野から解析した「分子ガストロノミー」と呼ばれる学問分野から派生した、実際に存在する概念なんですね。

この「分子料理法」、以前に映画『エル・ブリの秘密 世界一予約のとれないレストラン』で大々的に応用されてるのを見たことがあるんですが、液体窒素などを使い、従来の料理概念を覆す非常に斬新な味覚と未来的な形状の料理が作られているんですよ。ただしこの映画『シェフ!〜』ではそれが思いっきり戯画化されていて、あたかも化学実験室で作成された宇宙食みたいなものとして登場させられます。また、この「分子料理法」を出すお店に主人公らが敵情視察しに行くシーンがあるんですが、なぜかジャン・レノがチョンマゲ姿、ミカエル・ユーンが白塗りの和服女性、という思いっきり勘違いした日本人の格好で登場し、頓珍漢の限りを尽くす、その怪しさには大いに笑わされました。

そんなこんなで二人は新メニューを作成し、高慢なレストラン経営者の鼻を明かそうとするのですが、そこでまた思わぬ危機が!?といった具合に最後まで飽きさせずに物語は展開してゆきます。まあ、お話としてみるなら、ジャッキーがそんなに才能のあるシェフだったら、その辺の町のレストランじゃなくて、それこそアレクサンドルが務めるような三ツ星レストランに最初っから務めていたんじゃないの?と思えますし、アレクサンドルにしても最初は嫌がっていた分子料理法を結構あっさり取り入れちゃって、じゃあ最初からそうしてればよかったんじゃ?なんて思わせますが、全体的に観ると新料理開発にあくせくする二人と、彼らを取り巻く人間関係の描写がとても豊かで、そして「仕事よりも愛!」と言っちゃうところなんか実にフランス映画らしくて、満足できる仕上がりの映画でしたね。

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20131108(Fri)

[]『悪魔のいけにえ レザーフェイス一家の逆襲』は『悪魔のいけにえ』の新たなる続編だった 『悪魔のいけにえ レザーフェイス一家の逆襲』は『悪魔のいけにえ』の新たなる続編だったを含むブックマーク 『悪魔のいけにえ レザーフェイス一家の逆襲』は『悪魔のいけにえ』の新たなる続編だったのブックマークコメント

悪魔のいけにえ レザーフェイス一家の逆襲 (監督:ジョン・ラッセンホップ 2013年アメリカ映画)

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歳をとるのも困ったもので、なかなかモノの名前やらタイトルやらを覚えられなかったりするのである。「えーっと「チェーンソーを振りまわすキチガイの出てくる映画」ってタイトルなんってったっけ…死霊のなんちゃら、だったっけ、悪魔のなんちゃら、だったっけ…」としばらく考え込んでしまうのである。いや、原題がテキサスチェーンソ−マサカーっていうのは覚えているのだ。だが公開当時ホラーならなんでも死霊だの悪魔だの地獄だのと適当に付けられた似たような邦題が、オレの頭の中でごっちゃになっているのである。この「悪魔のいけにえ」だって時々「死霊のえじき」とごっちゃになってしまい、「いや、「死霊のえじき」はロメロじゃなかったっけ…ってことは「死霊のはらわた」だっけ?」とさらに奥深い迷宮へと入り込んでしまうのである。歳はとりたくないものである。

というわけで『悪魔のいけにえ レザーフェイス一家の逆襲』です。映画が始まっていきなり、1974年に製作されたオリジナル1作目のラストからお話が続くもんだから正直びっくりしました。そもそもオレ、観始めるまでこの映画が、今まで散々続編だのリメイクだのをされた『悪魔のいけにえ』ワールドのどの辺に位置するものなのか全く知らずにいたんですよ。『悪魔のいけにえ』は続編として『悪魔のいけにえ2』と『悪魔のいけにえ3 レザーフェイス逆襲』が製作されていたけど(調べるまで知らなかったがさらに4作目として『悪魔のいけにえ レジェンド・オブ・レザーフェイス』って映画もあるらしいんですね。なーんか観たような観てないような…)、この2〜4作とは別の、いわゆるパラレル・ワールドとしての『悪魔のいけにえ』続編だったんですね。へー。ってことはスチールの頭をカリカリやるにーちゃんや2丁電ノコのデニス・ホッパーは存在しないことになっちゃうんだーそれはちょっと寂しい気も。

さて、この『レザーフェイス一家の逆襲』ではまず最初に、事件を知って怒り狂った町民の皆さんがレザーフェイス一家の家に焼き討ちを仕掛け、皆殺しにしちゃうところから始まっちゃうんですね。相手はキチガイだから嬲り殺していいんだ!というキチガイな理屈がとても香ばしい出だしです。しかーし皆殺しと思っていたらさにあらず、一家の小さな娘が生き残っていて、これがこっそり育てられ、成人を迎えていた…というところから本題に入るわけです。おお、レザーフェイスの血を受け継いだこの娘が電ノコ殺戮繰り広げるのか!?レディー・レザーフェイスってヤツなのか!?と期待していたらそうでもなくて、普通の娘さんに育っております。で、この娘さんがある日遺産相続で受け継いだのが怪しげな館。そこに友達と一緒に出掛けて行ったら、なんと!実はあの皮かぶり野郎が生きていた!というわけなんです。いや、皮かぶり野郎って言ってもホーケー君のことではなくあのレザーフェイスさんです。当然レザーフェイスさんが現れた以上主人公の友人たちは一人また一人とぬっ殺されていくのはお約束というものでありましょう。

しかし映画が始まって半分ぐらいで友人の皆さんはだいたいぬっ殺されていなくなります。え?ぬっ殺す奴がいなくなっちゃったらいったいこの後どう展開するの?と思ってたら、ここでこの映画ならではの新展開が持ち込まれるんですね。ほうほうなるほどそうきた訳ですね、となんとなく感心させられます。あの有名すぎる『悪魔のいけにえ』ですから、続編を作るにしてもハードルが高かっただろうし、リメイク作の『テキサス・チェーンソー』だって、嫌いじゃありませんが要するに金掛けて粉飾したゴージャス版以上でも以下でもなかったことを考えると、とりあえず今度こそきっちりした続編を作りたいという意気込みは伝わってきました。ただやはり原点があの『悪魔のいけにえ』だとどうしても荷が勝ちすぎるのは致し方ないこと、「これこそが正統な続編!」と諸手を挙げて言うのは難しいんですけどね。頑張ってはいるんですが、1作目が偉大、というか異常すぎて、これと並び比す作品を作るっていうのはやっぱり無理、しょうがないことかもしれませんねえ。

ところで以前、『悪魔のいけにえ』がらみでこんな記事を書いたことがあるのでよろしければドウゾ。ATARIで『悪魔のいけにえ』ゲームが出ていた、という記事です。

『悪魔のいけにえ』のゲームが存在した!?〜洋ゲー通信 Airport 51 / メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

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20131107(Thu)

[]水曜どうでしょうDVD第20弾『原付西日本制覇/今世紀最後の水曜どうでしょう』観た。 水曜どうでしょうDVD第20弾『原付西日本制覇/今世紀最後の水曜どうでしょう』観た。を含むブックマーク 水曜どうでしょうDVD第20弾『原付西日本制覇/今世紀最後の水曜どうでしょう』観た。のブックマークコメント

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京都へ向かう新幹線。その特別室でディレクターの企画発表を待つ大泉さん。今回の企画はお気楽に「ぶらり京都の旅」ですとディレクターは台本まで手渡すが、これはまっかなウソだった。本当は京都からカブに乗せられ鹿児島県の佐多岬まで1400劼瞭残をひたすら走らされるのが真実の企画。そうとも知らず冷房の効いた車中で本読みに余念がない大泉さんは、若旦那の扮装に着替えると、まんざらでもなかったか嵐山から金閣寺さんまで得意げにそぞろ歩く。はたして大泉さんはどこで騙されていることに気づくのか。びっくりし過ぎて、ど胆を抜かれた人間が、果たしてどんなリアクションになってしまうのか。あなたは恐るべき人体実験の結果を本作で目の当たりにするだろう。

他に、この後「対決列島」としてメイン企画にまで躍り出る「ミスターと魔神との壮絶な甘いもの早食い対決」もこの企画から誕生し、善男善女の正視に堪えないあっと驚くラストのひどさが目に余る。心してご覧ください! (嬉野D談)

「水曜どうでしょう」の第20弾DVDを観ました。今回は「原付西日本制覇」と「今世紀最後の水曜どうでしょう」の2つが収録。「原付西日本制覇」は以前チャレンジした「72時間!原付東日本縦断ラリー」の東日本版といったもの。しかし今回は京都から出発して鹿児島県の佐多岬まで1400キロを三日で走破する、しかも全然スピードの出ないカブで!というあまりにも無謀な試みなんですよ。

案の定途中で計画変更、三日間で走る所まで走った後、続きは改めてチャレンジということに。いやあ、実に「どうでしょう」らしいアバウトさだなあ。で、日を改めて再チャレンジとなるわけですが、関門トンネルに差し掛かったあたりで問題発生!あそこって50cc以下の乗り物は走れないらしいんですよ。それでどうしたかというと…これには大いに笑わされました。

今回は前半戦が裏日本を回ってゆくんですが、この風景というのがあんまり変わり映えがしなくて若干地味なんですよ。そこんところをどうでしょうスタッフも感じたのか、後半戦ではヒゲこと藤村ディレクターとミスターこと鈴井さんの「甘いもの早食い対決」が持ち込まれます。これ、勝負に勝ったら藤村ディレクターが代わりに原付に乗る、っていうもんなんですが、なにしろ甘いものが大の苦手のミスター、阿鼻叫喚の早食い対決が繰り広げられます。しまいには原付に乗るのを代ってくれとも言わないのに勝負を始める始末、さらにペナルティまで付けられたミスターの勝敗の行方は!?この勝負が今回のハイライトでしょうか。

さて今回の「貰っても困るオマケ」は【特製フィギュア(根付タイプ)「仮想の姫だるま?」】です。これ、前回の「原付東日本縦断ラリー」にならって荷台にだるまを積んで走っていたんですが、九州にはどうやら「姫ダルマ」というものがあるらしく、これとお見合いさせようという企画が持ち上がったんですね。しかし「姫ダルマ」ってどんな姿?やっぱりオメメパッチリで長い髪、さらに足がすらっと伸びてて…などと訳の分からないことを妄想してたらなぜんかこんな形になっちゃった、というものです。

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lazy-daisy5113lazy-daisy5113 2013/11/08 01:44 数あるストラップの中で、この妄想姫達磨が大好きです。これはお友達に自慢して良いでしょう。あと、「おおかにもなか」を食べてみたいです。

globalheadglobalhead 2013/11/08 14:07 おっレイジーさんもどうでしょうファンでしたか!DVDも買ってるんですね?オレはTVでは観たことは無いんですが、DVDのほうで第1集からずっと観てました。、「おおかにもなか」はあのバカデカイやつでしたっけ?あれデカすぎですよ!あれは食えない!昔はオレもミスターみたいに甘いものが苦手で気持ち悪くなるほうだったんで(今はそうでもない)、ミスターの気持ちがよく分かります。

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20131106(Wed)

[]戦慄!鮮血男爵との芋煮会戦慄!鮮血男爵との芋煮会!を含むブックマーク 戦慄!鮮血男爵との芋煮会!のブックマークコメント

それは芋煮だった

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連休最終日は知り合いの皆様と一緒に東北名物「芋煮会」なんぞをしてきたのであった。

芋煮、それはただ芋を煮るというだけのことではない。芋を中心とした山の幸を大鍋でぐつぐつ煮ることにより、今年一年の豊穣を感謝し来年の豊かな実りを祈願する、というものなのである。芋は里芋、みっちりねっとり詰まった塊茎は、粘り強さ、辛抱強さをを表し、その里芋を中心として白菜、大根、ニンジン、ゴボウ、コンニャク、などが曼荼羅の如く同心円を描いて取り囲み、そこに【芋煮宇宙】が出現するのである。そしてその【芋煮宇宙】を守護する二つの仁王が《しょうゆ味・牛肉》と《みそ味・豚肉》であり、この二つが【芋煮宇宙】の物理法則を決定し、それは陰と陽として対立しつつも大局では一つの統一した場、いわゆる統一場理論、超いも理論と呼ばれるものへと収斂してゆくのである。


戦慄の鮮血男爵邸!

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という訳で「芋煮会」である。ただし、この日の芋煮会は屋外で催される予定であったが、雨天により急遽主催者であるRAW MEAT氏こと鮮血男爵邸で行われることとなった。

鮮血男爵邸へ続く道は鬱々たる墓地を通り、既に葉を落とした寂しい樹林に分け入らねばならなかった。途中出くわした沼には、タールの様に黒く信じられないほど大きい、何かの生き物が水面に波紋を作っていた。鴉の鳴き声が不吉なほど大きく聞こえるのを意識し出した頃、鮮血男爵邸の門が見えてきた。そして古代の呪われた邪神が祀られた庭園を抜け、重々しい鉄扉を開けると、そこには鮮血男爵の妻室、フラウ・ケロが燭台を持って待ちかねていた。

「どうぞこちらに」案内されるまま長く暗い廊下を恐る恐る渡ってゆく我々。そこかしこに置かれた中世の拷問具、鈍く光る甲冑、鬼火のように燃え立つ眼をさせた代々当主たちの肖像画などを通り過ぎ、呪われた実験が行われたと思しき薄暗い部屋、異形の生き物たちがホルマリンに漬けられた瓶が所狭しと並ぶおぞましい部屋を抜け、当主・鮮血男爵の待つ大広間へ通されたのであった。

我々が辿り着いたそこには、壁一面に映画の歴史が始まって以来製作された、数千数万とも及ぶ夥しい残虐映画の映像記録がみっしりと並べられ、さらにテニスコートほどもある巨大スクリーンには、惨たらしい折檻を受ける血塗れ女子が苦痛に顔を歪ませる映像が躍り、部屋の四方に備え付けられたスピーカーからは、スクリーンの中の女子の上げるつんざかんばかりの絶叫が鳴り響いていたのであった。流石はホラーマエストロ鮮血男爵の邸宅である。

唖然とする我々を吐血の如き暗紅のマントを翻しながら鮮血男爵が出迎えた。「ようこそ我が鮮血邸へ。今宵は共に芋煮の宴を楽しむと致しましょう…」。その時、どこからともなくふっと生臭い風が吹いたかと思うと、刃の付いた銀色の球体が唸りを上げて頭上を舞い、床ではカニの足をはやした人間の頭がカサコソと横切って行った。かくして我々は鮮血邸において、呪われた夜を過ごすこととなったのである。


飛び交うナマニク!煮込まれる魔術植物!

そして魔宴は幕を切って落とされた。まず最初に供されたのは血の滴る野獣のナマニク(別名:馬刺し)。我々はこのとろける様なナマニクを悪鬼の形相を浮かべながらむしゃぶりつき、その血の臭いと血の味に舌鼓を打った。そしていよいよ古代に滅ぼされた邪教徒によって綴られた「死者の書」のレシピ通りに、大鍋でとろ〜りとろりと煮込まれた魔術植物マンドラゴラのスープ(別名:芋煮)が我々の前に出された。「おお…なんと豊潤な味わい…」禁断の味覚を法悦の表情で味わう我々に、既に理性など残されていなかった。

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小悪魔摩亞璃にサインをもらう

そこに現れたのは魔道の父・川崎電ノコ殺戮鬼とその娘、小悪魔摩亞璃だった。「いやー皇帝、今度マーリーもイラストで参加した本が出たんですよ。「イカ本」と「タコ本」。よかったら皇帝もいかがですか?」そう、伝説の魔女・御下劣蜂女氏が編集した、海の悪魔・多足軟体動物を特集した呪われた書である。

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「あ、これ、土屋さんの。欲しい欲しい。マーリーちゃんサイン書いて!」そしてこれが小悪魔摩亞璃のサインである。将来値打ちモノになることは間違いない。

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邪悪な夜は更けていった

そして邪悪な夜は更けていった。我々はおぞましい生と無残な死を夢見た。殺戮と破滅について語り合った。暗く冷たい闇に包まれるであろうこの世界を讃え合った。新たなる魔の世紀こそが我らの時代だった。血塗られた素晴らしい夜であった。しかしこの魔宴もいつかは終わらなければならない。死と血と腐敗を合言葉に、再び集うことを約束しながら我々は別れた。そしてこれがその時の記念写真である。それでは皆さんまたお会いしましょう。

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20131105(Tue)

[][]オレと食べ歩き〜泉昌之『食の軍師』 オレと食べ歩き〜泉昌之『食の軍師』を含むブックマーク オレと食べ歩き〜泉昌之『食の軍師』のブックマークコメント

■食の軍師(3) / 泉昌之

食の軍師(3) (ニチブンコミックス)

食にうるさいトレンチコートの男・本郷さんに、さらに蜀の軍師・諸葛亮孔明が取り憑いて、メシを食う戦略・戦術・ダンドリを、ウザいぐらいに展開する泉昌之の『食の軍師』3巻です。今回も相変わらずメシを食うというただそれだけのことに自意識過剰気味の本郷さんですが、そんな本郷さんのダンドリを毎回打ち崩す敵役・力石の影がチラついて、本郷さん事あるごとにアイデンティティ・クライシスに至ります。本人がそこにいないのに「力石だったらこんな時…」などとあれこれ想像して自分の被害妄想に地団太を踏む本郷さん、ちょっと精神的にヤヴァイ領域に突入しているかもしれません。力石ってダンドリと能書きばかりのメシの喰い方へのアンチテーゼ的な存在として投入されたキャラなんでしょうね。

自分も飲み食いすることは大変大好きで、このコミックで登場する何軒かのお店にも足を運んだことがありますね。若い頃はカレー屋の食べ歩きとかもやったなあ。でも食べ歩きっていうのも、わざわざ電車に乗ってピンポイントでお店に入ってメシ食って帰る、というのが段々面倒に思えてきて、それに一人ぼっちで美味しいもの食べても意外とつまらないので、やらなくなりましたね。だからこういうコミックで美味しそうなお店に興味を持っても、誰かと一緒なら考えますが一人では行くことが無いでしょう。そして一人でいるときっていうのは、ファーストフードみたいなどうでもいいものばかり食べてますね。一人で飲みに行ったりもしないんですよ。家のほうが落ち着くもの。

そんな自分ですが、相方さんと付き合い始めたころ始めたのは、焼肉の食べ歩きと地ビール・輸入ビール店の飲み歩きでしたね。焼肉は、あんまり遠くに行かないという縛りで、横浜・川崎近辺の焼肉屋マップをプリントしてあちこち行ってました。でもそれもいつか飽きて、同じジンギスカン屋ばかり通うようになった後、それまで一度も足を運んだことの無かった近所の焼肉屋に行ってみたらこれが大当たりで、結局最近はここばっかり行ってます。食べログにも載ってないようなホントに地元の人だけが来るような焼肉屋なんですが、値段と品質は申し分ないし、なにより部屋着でサンダル履いて徒歩で行って帰ってこられる、というが最大の魅力ですね。世の中にはここより美味しい焼肉屋は星の数ほどあるのかもしれませんが、こういう「来やすい」「気安い」店がどんな食べ物屋でも結局一番なんじゃないかな。

地ビール・輸入ビール店もやはりマップ片手にあちこち回りました。日本のクラフトビールの蔵元は結構多く、そしてそれぞれに個性があって面白いし、また、ドイツ・ベルギーのビールの美味さは一度知ると病みつきになるほどです。このドイツ・ベルギーあたりのビールで名の知れたものは多分殆ど飲んだでしょう(ちょっと自慢)。でもねー、実はオレ、ビールの名前覚えないんですよ。オレは楽しみたいだけで、マニアになってウンチク垂れたり分析したいわけじゃないんですよ。いろんな種類のビールがあって、その時の気分で好きなもの・珍しいものを注文できるっていうのが楽しいんです。そんな自分と相方さんは、やはり結局、「来やすい」「気安い」同じ店でばかりビール飲むようになりましたね。このベルギービールの店は何年も通っているんですが、2年おきに料理人を換えているらしく、そんなもんですから3代4代前のそこの料理人のそれぞれの料理知っているぐらい馴染みになってしまいました。この店がずーっとあってくれればいいのになあ、としみじみと思います。

食の軍師(3) (ニチブンコミックス)

食の軍師(3) (ニチブンコミックス)

食の軍師 (ニチブンコミックス) 食の軍師 2巻 (ニチブンコミックス)

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諸星大二郎特選集・第1集 男たちの風景 / 諸星大二郎

これまでさんざんっぱら傑作集が出ていた諸星大二郎の、今度は「特選集」なる短編集がまたもや出されていた。それがこれ『諸星大二郎特選集・第1集 男たちの風景』。正直諸星の短編集はほぼ全て読んでいるから、いまさら収録作だけ変えた傑作集なんていらないと思ったんだが、帯を読むとなんと描き下ろし作品収録、とあるではないか。ううむなんと卑怯な…。結局この描き下ろ作品目当てに購入したが、これがたった4ページのカラー作品と諸星作の挿絵付短編小説の2作で、そのボリューム・クオリティとも期待外れ、なんだか思いっきり肩透かしを食らってしまった。この「特選集」、全3巻でこの後のも描き下ろし作が収録されるらしいが、こんなのだったら買うかどうか微妙…。それより諸星さん、西遊妖猿伝早く完結させてください。

アイアムアヒーロー(13) / 花沢健吾

アイアムアヒーロー 13 (ビッグコミックス)

アイアムアヒーロー 13 (ビッグコミックス)

冒頭の一章にまず驚愕させられます。え?なにこの舞台?えええ!?何このXXX人間!?と腰を抜かしているうちに主人公・鈴木英雄クンが久々の登場を見せ、やっと本筋に戻って来たあ、と安心するんですね。そしてこの13巻、意外とイイ感じのドラマが進行してゆきます。いいなあ。このまま破綻無く彼らが無事でい続けてくれればいいのになあ。まあそんなわけにもいかないんだろうなあ…ううう…。それにしてもあのXXX人間、あれ、今後どのように物語に絡んでくるんでしょうか、あまりに不気味で、ゾンビ・ストーリーという部分からもさらに離れてしまっているんで、なんだか気になります。

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20131102(Sat)

[]”怒れる若者たち”を描くブリティッシュ・ニューウェーブ作品を幾つか ”怒れる若者たち”を描くブリティッシュ・ニューウェーブ作品を幾つかを含むブックマーク ”怒れる若者たち”を描くブリティッシュ・ニューウェーブ作品を幾つかのブックマークコメント

ブリティッシュ・ニューウェーブとは、50年代後半〜60年代初期の短い間に制作された、イギリスの労働者階級の若者たちを主人公とするニュー・シネマを指すのだという。「社会的リアリズム」の映像化を目指し、”怒れる若者たち”の姿を描いたこれらの作品は、イギリス映画史上非常に重要なものであった…ということらしいのだが、実は自分はこういう映画の存在を知らなかった。たまたま紀伊国屋出版リリースのDVD目録で見つけたので知ったわけなのだが、音楽のほうの「ブリティッシュ・ニューウェーブ」を知る者としてはなにか気になる。粗筋などを読むと『さらば青春の光』や『トレインスポッティング』の先駆けともいえるだろうイギリスの若者のドン詰まり感をひしひしと感じる事が出来る。しかしレンタルであるわけもないし、購入するにもちょっとした興味で手にするのにはちと高い。そういうわけでこれらの映画、実は観たわけではないのだけれども、自分の覚書用としてメモ代わりに日記に書いておきたい。

長距離ランナーの孤独 (監督:トニー・リチャードソン 1962年イギリス映画)

長距離ランナーの孤独 [DVD]

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低賃金で働かされ、あげくの果ては癌で逝った父親。男遊びにうつつをぬかす母。ノッティンガムの労働者階級の家に生まれ育ったコリン・スミスの日常は、転んでもただでは起きない。ある日、友人マイクと現金の入った手提げ金庫を盗んだかどで、少年院に入っていたコリン・スミスは、院長にその運動能力を買われ長距離走の選手に選ばれる。院長は近々行われる名門パブリック・スクールとの対校クロスカントリー・レースで相手側に一泡ふかせ、自らが統治する少年院の栄誉を得たいのだ。当初、反抗的だったコリンだが、将来はオリンピック選手にもなれると示唆され、まんざらでもない。ある日を境に一人早朝練習を重ねる。そして大会当日、トップでゴールに入ってくるが…。

怒れる若者たち"を代表する作家アラン・シリトーの原作・脚本で、『蜜の味』『トム・ジョーンズの華麗な冒険』『ホテル・ニューハンプシャー』などで知られる60年代ブリティッシュ・ニューウェーヴの鬼才トニー・リチャードソンの監督作品。

■怒りを込めて振り返れ (監督:トニー・リチャードソン 1958年イギリス映画)

怒りを込めて振り返れ [DVD]

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根強い階級社会と、戦後イギリス経済の不況に生きる若者たちのいらだちを代弁して一大センセーションを巻き起こしたジョン・オズボーンの出世作『怒りを込めて振り返れ』の映画化。

『蜜の味』『長距離ランナーの孤独』でブリティッシュ・ニューウェーヴを牽引した鬼才トニー・リチャードソン初の長編監督作品。初DVD化

"怒れる若者たち"のバイブル

イングランド中部の町、若いジミーとアリソンは屋根裏でアパート住まい。ジミーは強情で自尊心の強い男だ。一応大学は出たけれど、仕事にあぶれ今は友人クリフと露店の駄菓子売りで生計を立てている。ジミーは世の中のことすべてが気に入らない。今朝も隣に間借するクリフと新聞を読みながら中身に毒づいている。そしてその不満の矛先はいつも、中流階級出身の妻アリソンへ向かってしまう。彼女が妊娠しているとも知らずに。

ある日、そんな日常に疲れ切ったアリソンを見かねて、親友のヘレナは彼女に一度父母のもとへ帰ることを勧める…。

救いのない激しい言葉の応酬や、誰かに叩きつけずにはいられない深い孤独。時代の無気力を自らの内側に抱え込んで葛藤する鼻持ちならない時代のアンチヒーローは、そのまま「トレインスポッティング」などひとすじ縄ではいかない現代のイギリス映画にもその息吹をはっきりと感じることができる。

■蜜の味 (監督:トニー・リチャードソン 1961年イギリス映画)

蜜の味 [DVD]

蜜の味 [DVD]

18歳のシーラ・ディラニーが2週間で書き上げ、世界的な評判をとった傑作戯曲『蜜の味』の映画化。

監督トニー・リチャードソンの名を一躍世界に知らしめ、『ナック』でカンヌ国際映画祭主演女優賞を受賞した名もなきリタ・トゥシンハムの実質的な処女作。

舞台はマンチェスター近郊の労働者の町ソルフォー。ファーストシーンは平和な女子校の体育の授業。体操着を着ていない女生徒がヒロインのジョーだ。彼女にとっては女子校も授業も退屈しのぎ。

ジョーが家へ帰ると、母親は今まさに女家主と家賃の滞納で一悶着。逃げるようにしてアパートを出て、新しい住居に落ちついたのもつかの間。母親は男と一緒に家を出ていくという。毎度のことなので驚きもしない。ジョーもまた黒人水夫とつかの間の愛をかわすが、水夫もまた彼女から去っていく。靴屋の店員となって自活をはじめるが、ある日彼の子供を妊娠したことに気づく。

やがてデザイン学校の学生でホモセクシュアルなジョフリーという青年と知り合う。奇妙な同棲生活がはじまる。いつしかジョーはジョフリーの包み込むようなやさしさに触れ、穏やかな生活を始めることになるが…。

18歳のシーラ・ディラニーが2週間で書き上げた戯曲をジョーン・リトルウッド率いるシアター・ワークショップが上演して大ヒット。世界的な評判となる。本作品は同名作品の映画化で監督トニー・リチャードソンの名を世界に知らしめ、「ナック」で主演した名もなきリタ・トゥシンハムの実質的な処女作。本作品でその年の英国アカデミー賞最優秀作品賞、最優秀女優賞 、脚本賞 、最優秀新人賞を受賞。またカンヌ国際映画祭でも 主演のリタ・トゥシンハムとマレー・メルヴィンが演技賞を受賞している。

■土曜の夜と日曜の朝 (監督:カレル・ライス 1960年イギリス映画)

土曜の夜と日曜の朝 [DVD]

土曜の夜と日曜の朝 [DVD]

怒れる世代の代表的作家アラン・シリトーの処女小説で、イギリス中部の都市ノッティンガムを舞台に労働者階級の日常を描いた小説を映画化。チェコスロバキア生まれの俊英カレル・ライスが初監督し世界的に大ヒット。停滞するイギリス映画に別れを告げ、世界にブリティッシュ・ニューウェーブの台頭を決定づけた傑作。本作で最優秀新人賞をとったアルバート・フィニーは、そのふてぶてしさと不適な面構えでブリティッシュ・ニューウェーブの象徴的存在となっていく。初DVD化。HDマスター使用

「闘わないと、両親のようにいつのまにか飼いならされてしまう」。偽りの上昇志向などに踊らされず、だれにも邪魔させず自らの信ずる生活を取り戻していく若者を描いた辛口の青春映画。

21歳の主人公アーサー・シートンは英国ノッティンガムの工場で働く旋盤工だ。週給14ポンド。腕はいいが必要以上に働いて出世しようなどとは思わない。僅かな週末にはパブに通い、酒の飲み比べをしては気炎をあげる。わずかな給料を酒や女に使う。そんな享楽的なその日暮らしが性に合っている。同僚の妻ブレンダでさえ、彼にはただの女としかうつらない。

そんなある日、アーサーはパブで若い娘ドリーンと知り合う。さっそく口説いてドリーンとはデートを重ねブレンダとは情事を続けるが…。

■ブロンコ・ブルフロッグ (監督:バーニー・プラッツ=ミルズ 1969年イギリス映画)

ブロンコ・ブルフロッグ [DVD]

ブロンコ・ブルフロッグ [DVD]

怒れる若者たちを描いたブリティッシュ・ニューウェーブからほぼ10年。1969年に製作された日本未公開のバーニー・プラッツ=ミルズの長編第1作『ブロンコ・ブルフロッグ』は、ロンドンのイースト・エンド、ストラトフォート地区に住む「ナッターズ(いかれぽんち)」と呼ばれる地元の少年たちと半ば共犯的に作り上げた。

伝説の映画である。

いまだ不況の風にさらされるイースト・ロンドン。デル・クワントは好きなバイクで町を抜け出し、ある時は恋人との逃避行で憂さを晴らす。「この辺りじゃ、することがないだろう」と彼は15歳のガールフレンドにつぶやく。恋人の名はアイリーン。見習工のデルには定職も金もないが、誰にも邪魔されない自由と意気の合った仲間がいる。廃屋のアジトにたむろし、店を荒らし喧嘩をする。そんな気ままな生活もつかの間。ある日、家出したアイリーンの捜索願いから追っ手が迫る。アイリーンとジョーと3人で逃げる先には埠頭の岸壁、どん詰まり、たとえこの先が不透明でも…。

20131101(Fri)

[]異界の都市の物語、堂々完結。〜『闇の国々IV』 異界の都市の物語、堂々完結。〜『闇の国々IV』を含むブックマーク 異界の都市の物語、堂々完結。〜『闇の国々IV』のブックマークコメント

■闇の国々 IV / ブノワ・ペータース, フランソワ・スクイテン, 古永真一, 原正人

闇の国々IV

ブノワ・ペータースとフランソワ・スクイテンによるBD、『闇の国々』日本語翻訳が今回の第4巻でとりあえずの完結を迎える事になった。『闇の国々』は架空の世界の架空の都市群を舞台に、そこで巻き起こる様々な謎めいた事件や現象を描いたものだが、何よりもフランソワ・スクイテンによる精緻極まる建造物の描写が目を奪う作品だった。架空の都市に屹立し都市全てを覆う高層建築、また、荒野に突如現れる異形の遺跡群は時代を超越した数多の様式が混沌として混じり合い、それ自体が迷宮のごとく存在した。これらを描く銅板画のように硬質な描線と幻惑的なデザイン、気の遠くなるような遠大なスケール感が何より魅力的な作品だったのだ。さらに、そこで暮らし、そして怪異に出会う人々は19世紀から20初頭を思わせる文化の中で生活しつつ、未知の科学技術がその中に応用され、それは過去と未来の混合したレトロ・フューチャーなテイストを表出させていた。

「都市とそれに翻弄される人々」を描いたこの『闇の国々』だが、描かれる都市こそがこの物語の主役であるのだろう、と自分などは感じていたのだけれど、原作者インタビューを読むとそれは断じて違う、この作品はあくまで人間性についての物語なんだ、と一蹴している。

『闇の国々』は建築と都市計画の問題を扱った作品だと、とかく言われがちなんですけど、そのたびフランソワと私はちょっとイラッとするんです。(中略)身体の問題は『闇の国々』の核心的なテーマなんです。アイデンティティの危機に陥ったり、不可思議な現象に見舞われたりといった個人のキャラクターの問題は、我々にとって都市というテーマと同じぐらい重要です。(ブノワ・ペーターズ )

ペーターズ&スクイテン インタビュー (『闇の国々III』収録)

グラフィックにばかり目の行っていた自分には痛い発言だったが、これは地層のように折り重なった歴史的建造物の中で「今」を生きているヨーロッパ人である作者にとってあたりまえの感覚なのかもしれない。つまり、旧く重々しい歴史的な建築物と共に生きることは日常であり、それを架空の都市の如く幻視したこの物語でも、建築物それ自体は実はヨーロッパ人の日常感覚の延長なのだ、ということであり、むしろそこで引き起こされる物語にこそ目を向けてほしい、ということなのだ。言うなればヨーロッパ人というのは8割の過去の中で2割の未来を見ながら生きている存在である、と定義することもできるが、その8割の過去に引き摺られた2割の未来の不安と不可思議さが、この『闇の物語』の物語なのだろう。そういった部分で、『闇の国々』はヨーロッパ人的なアイデンティティが非常に匂い立つ物語であると言えるのだ。

さてこの4巻に収められた作品は大まかに分けて3作。1作目『アルミリアへの道』はある使命を帯びた飛行船が、「闇の国々」の都市が点在する大陸を横断し、そこで様々な謎めいた光景を目撃する、といった絵物語だ。これまでの巻で登場した都市群とまた相まみえることができる、といった部分もうれしい一作だ。そしてその枝篇として登場する3編が『闇の国々』第1巻収録の作品「傾いた少女」をリメイクした『傾いたメリー』、少女の夢を優しくおぼろげに描いた幻想譚『月の馬』、さらにおとぎ話の長閑さを湛えた『真珠』。この枝篇3篇はもともと絵本用に制作された作品ということで、本編『闇の国々』とは趣を異にする柔らかく穏やかな色彩と描線で描かれていて異色さを感じさせる。

続く『永遠の現在の記録』は死に絶えた都市の時間の止まったような"永遠の現在"で生きる少年を主人公とした物語。もともとこの作品はベルギーの映像作家ラウル・セルヴェの映画『タクサンドリア』のために構想されたものだったのだが、映画作品自体は様々な紆余曲折が負担となり失敗だったらしく、そこで物語シナリオをコミックとして再構成したものであるという。描かれる建造物のタッチも従来の『闇の国々』のものとはやはり異なっていて、シュルレアリスム画家ポール・デルヴォーやジョルジョ・デ・キリコの影響を濃厚に感じさせる妖しく非現実的な世界が描かれている。

最後を締めくくるのは『砂粒の理論』。都市ブリュゼルを訪れた異郷の男が遺したある品物が、この街に異様な災厄と危機を招き込む、といった作品で、成人した「傾いた少女」メアリーが主要人物として登場している。執筆年がこれまでの『闇の国々』シリーズで最も新しい2008年ということもあって、『闇の国々』の集大成的な作品として完成しており、これまでの作品に登場した様々な都市やモチーフが散りばめられ、この長大な物語を読み進めてきた者にとってはまさにご褒美のような作品だ。作品の構成も濃厚かつ緻密であり、豊潤たる『闇の国々』最期のの物語を堪能できるだろう。