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メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

20131115(Fri)

[]不毛の荒野に広がる苛烈と残酷の物語〜『シェヘラザード 千夜一夜物語不毛の荒野に広がる苛烈と残酷の物語〜『シェヘラザード 千夜一夜物語』を含むブックマーク 不毛の荒野に広がる苛烈と残酷の物語〜『シェヘラザード 千夜一夜物語』のブックマークコメント

■シェヘラザード 千夜一夜物語 / セルジオ・トッピ,古永真一

シェヘラザード ~千夜一夜物語~ (ShoPro Books)

アラビアの千一の夜

アラビアンナイト』の別称でも知られる『千夜一夜物語』は、アラジン、シンドバット、アリババなど、映画やアニメでお馴染みのキャラを生み出した、日本人にも馴染の深い物語だ。子供の頃に絵本でそれらの逸話に触れられた方も多いだろう。オレは10代の頃、筒井康隆が幼少時にこの『千夜一夜物語』を読破したという事を知り、岩波文庫版で全巻読破に挑戦したことがある。結果は3巻ほどで挫折だったが…。

中世イスラムで編纂されたこの説話集はしかし、幻想譚としての側面はあるにせよ、決してファンタジックなだけの御伽噺集という訳ではない。まずそもそも「1001夜」の物語が語られるきっかけとなる話からして残虐非道だ。最初に語られるのは妻の不貞に狂った王だ。王はその妻と間男を斬首刑に処した後、国中の娘を次々に夜伽に召し出させては朝になるとその娘の首を刎ね続けたのだ。いやあ…狂ってるなあ!

しかしその王のもとにある日、一人の女が褥を共にしたいと申し出る。女の名はシェヘラザード。王と一夜を過ごした彼女を待つのは首切り人の大刀だけだ。しかし彼女は王にこう呟く。「まだ夜明けまでは間があるのですから、それまで私の知る大昔の不思議な話をして差し上げましょう…」。王はシェヘラザードの物語に魅了され、夜が明けても彼女の首を刎ねず、また明日も語って聞かせるよう命じる。それは幾夜、幾百夜も物語られ、こうして続けられる1001夜の物語、それが「千夜一夜物語」なのだ。

苛烈と残酷の物語

イタリアのイラストレーターでありコミック・アーチストであるセルジオ・トッピの描く『シェヘラザード 千夜一夜物語』は、もちろんこの『千夜一夜物語』を元にしている。しかし「ああ、アラビアンナイトのコミック版なんだ、よく知っている話だし、今更新鮮味が無いな」などと思っていると大怪我をすることになる。このセルジオ・トッピ版『千夜一夜物語』は、我々が漠然と抱いている「アラビアンナイト」のイメージを大気圏の彼方まで軽く一蹴し、呪われた死の運命に弄ばれる古代の人々の、あまりにも苛烈で残酷な物語と、息を呑むような神秘と幻想とを、魔術的なまでに華麗な描線で目の前に表出させた作品なのだ。

まずこの『シェヘラザード 千夜一夜物語』にはアラビアンナイト物語で思い浮かぶようなセクシャルな物語・描写が一切無い。そしてそこには月の砂漠もラクダの商隊も、黄金に光り輝く王宮も、贅を尽くした衣装をまとう豪族も、ターバンを巻きゆったりとした下履きを履く町人も、薄着でベリーダンスを踊る煌びやかな娼婦も、髭面で筋肉隆々たる裸の奴隷も、一切合財登場しない。

では何が描かれるのか?『シェヘラザード 千夜一夜物語』に登場するのは、奇岩としか形容しようがないゴツゴツとした岩肌がどこまでも果てしなく続く死の荒野だ。人をあくまでも拒むその無慈悲な大地は既にして異界なのだ。そしてそこで暮らす人々は、その衣装や顔つきから、あたかもシュメールやバビロニア、ヒッタイトなど栄華を誇りながらも遠い過去に滅び去った古代文明に生きていたと思わせる人々だ。彼らはプリミティヴかつ異様な意匠の衣をまとい、風雨の刻まれた険しい顔をし、呪術と魔人と情け容赦ない死の運命だけが待つ荒野を彷徨うのだ。そしてこれが、セルジオ・トッピ版の『千夜一夜物語』の世界なのである。

この作品集に収められた11の物語は、それぞれが千夜一夜物語に題を取りながらも若干の脚色がなされているという。そしてその多くは、高慢と驕りの物語であり、(神・魔人・人との)契約と裏切りの物語であり、そして力無きものの知恵の物語なのである。それは翻れば、夜毎処女たちを弄び朝日と共にその首を刎ねる狂王の高慢と驕り、かつては誉れ高き王であった者の裏切られた運命、力こそ無いけれども命を守るため知恵を絞り物語を続けるシェヘラザードと、それぞれが繋がってはいないだろうか。シェヘラザードは、そういった暗喩に満ちた物語を紡ぐことで狂王を正気へと目覚めさせようとしていたのではないか。そう、全ては繋がっているのだ。

セルジオ・トッピの華麗なる描線

作者セルジオ・トッピはこれら暗く不気味な運命に操られる人々の物語を、エッチングを思わせる非常にソリッドな描線で描き切る。それはクリムトやシーレの如き様式化された華麗かつ優美なフォルムとレイアウトが成され、そしてそれぞれが日本のコミックと相通じる自由奔放なコマ割りと挿絵のような大コマでページに表出させられているのだ。例えばフランスのバンドデシネなどはコマひとつひとつが一枚絵のような美しさを保持するが、セルジオ・トッピのそれはコマとコマ、ページとページがまさに有機的に繋がったリズム感に溢れており、単なる「美麗な絵本」では決してなく、あくまでも「コミック」としての引き込まれるような楽しさを生み出しているのだ。ある意味、バンドデシネなどよりも日本人に受け入れられやすい作品であり、作家なのではないだろうか。しかしこのセルジオ・トッピは2012年に逝去しており、その作品も日本ではこの『シェヘラザード 千夜一夜物語』がほぼ初めての紹介なのだという。残りの作品の一刻も早い訳出を願う。

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(画像は「BD file」様から)

千夜一夜物語(全11巻セット)―バートン版 (ちくま文庫)

千夜一夜物語(全11巻セット)―バートン版 (ちくま文庫)