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メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

20131213(Fri)

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というわけで前回の勿体ぶった前置きに続き、やっとワッシュさん提供:「SF映画ベストテン!」に行ってみたいと思います。

1位:地球に落ちてきた男

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『地球に落ちてきた男』は、滅亡に瀕した故郷の惑星を救うために、たった一人で地球に訪れた異星人の孤独と漂泊の物語だ。この映画は、「自分の居場所はここではなく、どこか他の場所にあるのかもしれない」ということ、そして「でもだからといって、そこにはもう帰れないのかもしれない、自分は、場違いな場所で生き続けるしかないのかもしれない」というテーマを描いていた。「愛してくれている人は本当は君の事なんて何も理解してなくて、そして、本当に愛していた人達は、もうとっくに死んでしまっているのかもしれない。」、そして、「つまり、君は一人ぼっちで、孤独で、理解不能な有象無象の中で、一人で生きなくちゃならない」という《孤独》についての物語であり、「音楽を作ってみた。死んでしまったかもしれない家族が、ひょっとして聞いてくれるかもしれないから。」という、《表現とは何か》という物語であり、ラスト、「ニュートンさん、飲みすぎですよ」のコメントで終わるこの映画は、《飲酒》についての映画でもあるのだった。これほど鮮やかに《孤独》について描いた映画をオレは知らない。映画を観終わり、劇場から出たときに、現実の光景がどこまでも白々として見えるほどに、オレは映画に衝撃を受けていた。
【レヴュー:デビッド・ボウイ・リバイバル(番外編) 映画「地球に落ちてきた男」】

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2位:アナザープラネット

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「ここではないどこか」で、私の夢は叶えられる。「ここではないどこか」で、私は幸せになれる。しかし逆に言えばそれは、今いる、今生きているこの場所では、私は、決して、絶対に、夢を叶えることも、幸せになることも、出来ないということなのではないのか。そして、「ここではないどこか」というのは、他ならぬ「空に浮かぶもう一つの地球」なのだ。悲嘆に満ちた現実と、いつまでも癒されることのない未来しか存在しない世界、しかしその世界の空の上に、あり得ない筈の、【救済】が、ぽっかりと浮かんでいる。そしてその【救済】は、この現実世界に生きる者には、本当なら決して手の届かない、「ここではないどこか」にしか存在しない。それならばそれは、果たして【救済】と呼べるのか。しかし、それでも人は夢想してしまう、こうでなかった自分と、こうでなかった人生を。【救済】へと、いつか手の届く日を。だからこそ映画『アナザープラネット』は、どこまでも切なさに満ちた作品なのだ。
【レヴュー:贖罪の惑星〜映画『アナザープラネット』】

3位:コンタクト

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理論的には、この宇宙に地球以外の知的生命体がいるのはほぼ確実だ。そしてその異星知的生命体の幾つかは、地球人よりも進んだ、優れた科学力を持っているだろうことも想像できる。そしてその進んだ科学でもって、宇宙を旅し、さらに他の惑星の知的生命体にコンタクトを取ろうとすることも、きっとありえるだろう。そして我々が、そんな異星人たちとコンタクトできる日が、いつかきっとあるはずなのだ。それがいつになるのか、明日なのか、10年後なのか、100年後なのか、決して分からないのだが…。この『コンタクト』には、原作者カール・セーガンの、「地球外知的生命と出会いたい!」という、張り裂けんばかりの思いが詰まっている。セーガンは科学者だったからこそ、その思いはなおのこと強く、そしてその思いが漠として成就しないことの焦燥と悔しさも、同じように強いものだったろう。宇宙に憧れを持つ者の、この遥かなる思いは、SF者ならば、同じように抱く感情なのではないのか。そしてセーガンは、その思いの成就するときを、フィクションとしてしたためた。現実にそれが、成就しないからこそ。その切なさが、この物語には横溢しているのだ。個人的にはジョディ・フォスターの代表作だと思っている。

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4位:ストーカー

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タルコフスキー監督のこの作品は、絵画のように美しい映像と形而上的なテーマが評価の中心となるのだろうが、実はここで語られる哲学めいた台詞や思わせぶりなカットは、単なる雰囲気付作りなのであまり難しく捉える必要は無い。それよりもこの映画で目を惹くのは、「何も無い所に何かがあると思わせる、そしてその何かが非常に危険なものであると思い込ませる」、その表現の仕方だろう。一見ただの草むらだったり、水溜りだったり、荒れ果てた廃墟だったりする場所を、タルコフスキーは「ここは人を死に至らしめる危険な力の働く場所なのだ」と登場人物に語らせ、そしてそれを映画を観る者に納得させてしまう、その描写力、表現方法が優れているのだ。そういった恐怖や不安を観る者の想像力にゆだね、最後まで「何かがある」と思い込ませながらその「何か」が最後まで分からない、それにより観る者の想像が映画が終わった後でさえ終わることがない、それが深い余韻となってこの作品を形作っているのだ。

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5位:メランコリア

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地球との衝突が懸念される外宇宙からやって来た惑星メランコリア。この危機的な状況の中にある人々を描いた物語が映画『メランコリア』です。しかしこの作品は宇宙的な規模の破滅を描いたSF作品ではありません。メランコリア=鬱病というタイトルが意味するように、惑星メランコリアは登場人物の鬱的な状態の象徴的な存在です。日常生活と表裏一体となった破滅への不安と恐怖に怯える人々の心象が具現化したものであるということができます。その中心となる人物が主人公であるジャスティンです。世界なんか終わってしまえばいい、そううそぶくジャスティンの世界は、実は破綻した結婚生活という形で一度終わっている。その彼女にとって、メランコリアの地球衝突は、内的な破滅を外的な破滅に投影したものだといえる。即ち、この映画は惑星衝突による世界の終わりという形で一個人の絶望と虚無を物語化した作品だと言えるのです。これは外宇宙よりも内宇宙を目指した60年代ニューウェーヴSF運動と繋がり、そして鬱的な内的世界を外界に反映さ出た物語は、伝説のSF作家アンナ・カヴァンを思い起こさせます。SF小説ファンにも是非一度観てほしい映画だと言えるでしょう。
【レヴュー:世界の終り、そして憂鬱という名の昏きトンネルの向こう〜映画『メランコリア』 】

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6位:不思議惑星キン・ザ・ザ

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全てというわけではないが、SFはアレゴリカルなテーマを得意とするジャンルでもある。乱暴に言うなら「原水爆の恐怖=怪獣ゴジラ」のような感じだ。個人・社会に関わらず現実的に存在する不安や恐怖を何らかの形に受肉させ、架空の"物語"として成立させる、ということだ。『不思議惑星キン・ザ・ザ』は、どことも知れぬ砂漠の惑星に理由もわからず送り込まれ、不可思議な人々や不可解な出来事に遭遇する、というどこか不条理ドラマめいたSF映画だ。この映画に横溢する不可思議さ、奇妙さは、製作国である1986年当時のソヴィエト連邦の、その社会の在り方をアレゴリカルに描いたものなのだろう、ということは予想できる。しかし、当時の共産主義国家体制における言論統制から、巧みにすり抜ける形の表現のあり方が、そのアレゴリーの指し示すものを不透明にしているがため、それらが具体的に何に根差し、何を言い表そうとしているのかが、漠然としか想像できないのだ。その理解の困難さが、逆にミステリアスなエキゾチズムと、情報の極端に少ない異邦に取り残されたようなむずむずとした不安感を醸し出す。そしてそれがはからずもSF作品としての圧倒的な異世界感を生み出しているのだ。

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7位:ブラザー・フロム・アナザー・プラネット

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この映画の魅力は低予算でありながら豊かなイマジネーションで作品世界の構築に成功しているという事だろう。SF映画といえば金の掛かったセットやVFXなどを思い浮かべるが、それらが一切無くとも想像力さえあればここまで素晴らしい作品を作る事ができる、といういい例だと思う。手造り感溢れる特殊メイクやVFXが極稀に現れるけれども、逆にそれらが全く無かったとしてもこの映画はなんら遜色なく成立してしまう。追うものと追われるもの、そしてそれに絡む様々な人々、といった、シンプルなストーリーも功を奏しているだろう。単なる黒人俳優をこれは宇宙人なのだ、と説明し、黒服の怪しげな白人を、これは悪い宇宙人だ、と説明されれば、あとは観客の想像力の中で物語はどこまでも広がって行くのだ。観る者の想像力に物語を委ねる事、ここが優れているのだ。
【レヴュー:ブラザー・フロム・アナザー・プラネット】

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8位:マリリンとアインシュタイン

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もしもマリリン・モンローとアルバート・アインシュタインが出会っていたら?という歴史のifを描いた作品です。彼らの他にもジョー・ディマジオ、ジョセフ・マッカーシーが登場し、この4人がそれぞれにドラマを繰り広げるんですね。アインシュタイン、モンロー、ディマジオ、マッカーシー、類稀なる知性、類稀なる美貌、類稀なるスポーツ能力、そして反共・資本主義礼賛という類稀なる"狂信"。これら、当時の世界で類稀なる豊かさを誇っていた栄光の50年代アメリカを代表し象徴する者たちの、その喪失と虚無、それは、続く60年代におけるアメリカの、挫折と失墜を予期し、または用意した巨大なる"空洞"だったのではないでしょうか。この映画『マリリンとアインシュタイン』の原題は「インシグニフィカンス」(=無意味なこと)、全ての栄光がやがて無意味なものと化してゆくこと、映画は、それを描こうとしていたのかもしれません。モンローが解説する相対性理論のシーンは必見でしょう。
【レヴュー:もしもマリリン・モンローとアインシュタインが出会っていたら〜映画『マリリンとアインシュタイン』】

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9位:スローターハウス5

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一人の男が体験する第2次世界大戦で起こったドレスデン絨毯爆撃の惨禍と、平凡な生活を営みそして死んでゆく地球の生活と、宇宙人に拉致され異星の動物園に入れられる人生とをシャッフルさせながら描いた異色作。物語は、細切れにされた人生の断片を、その幸福と不幸を、主人公の"時間を行き来する能力"でもって、まるで"時間が痙攣を起こしたかのように"ランダムに描いてゆく。細切れにされ、並列に描かれる幸福と不幸には、何一つドラマは無い。そこには、幸福にも、不幸にも、一歩引いて接することしかできなくなってしまった人間の、巨大な【虚無感】があるだけだ。けれども、この物語は、そういった人生への諦観を描きながらも、陰鬱な絶望に堕することを、決して善しとしないのだ。人生とは【虚無】だ。しかし、生きるということのニヒリズムの果てに、物語はその先を描こうとする。例え人生が空しいものであろうとも、それでも人生の良い面だけを見て生きていこうじゃないかと、それでも人生を肯定して生きていこう、と。『スローターハウス5』とは、そういう物語なのだとオレは思う。
【レヴュー:生きることのニヒリズムを超えて〜映画『スローターハウス5』】

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10位:渚にて

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遂に第三次世界大戦が勃発し、核攻撃と放射能汚染により北半球の人類は全滅、僅かに南半球に位置するオーストラリアの人々だけが生き残っていた。しかしその地にも汚染物質の降下は避けられず、そこで生きる人々の人生はあと数十日しか残されていなかった…という米ソ冷戦下に製作された人類滅亡映画。この映画には熾烈な戦闘も恐ろしい破壊もおぞましい死体も暴徒と化す人々も、スペクタクルとなるような衝撃映像は一切描かれない。ただ淡々と静かに、人生最後の日々を生きる人々の毎日とその哀歓を、そしてその絶望とを、はかなく美しく描いた作品なのだ。今、核戦争による人類滅亡という事態はあり得ないかもしれない。しかし、間近に迫りくる自らの死を知りながら、その不条理と恐怖に打ちひしがれながら、それでも毎日をごく普通に生き続ける、という情景は、理由は違っていても現実的に存在しうることだ。そして、それは自分だけではなく、自分の周りの、愛する人々全ての運命なのだとしたら。数ある人類滅亡映画の中でも、「静かな世界の終末」を描いた作品としてこの『渚にて』は白眉と言えるだろう。グレゴリー・ペックエヴァ・ガードナーフレッド・アステアアンソニー・パーキンスのハリウッド豪華出演陣の出演も見逃せない。

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《選外》:第3の選択/米ソ宇宙開発の陰謀〜火星移住計画の謎

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この『第3の選択』はTVドキュメンタリーとして始まる。そこで語られるのは、相次ぐ科学者や技術者の不可解な死亡、そして彼らが米ソのある秘密計画に関与していたのではないかという疑惑。死亡した科学者の残した謎のビデオテープ、そしてアポロ宇宙飛行士が月面で目撃したという奇怪な人工施設。そこから浮かび上がってくるのは米ソが秘密裏に進める「第三の選択」という計画であった。そしてその計画は、近い将来居住不能となる地球を捨て、選ばれた者だけが火星へ移住する、というものだったのだ。番組製作者はこの陰謀を取材と証言、極秘に入手した物的証拠から暴きだす。そして番組のラスト、あまりにも衝撃的なある事実を観る者に突きつける。…とまあ、実際はフェイク・ドキュメンタリー番組だったのだが、そういったことを全く知らず、TVでたまたまやっているのを「本当にあったこと」と思って観た時には、あまりの内容に怖気だった覚えがある。イギリスで製作されたTV番組ということで選からは外したが、これは是非観てもらいたい怪作。『X-FILE』とかが好きな方は盛り上がりますよ!

f:id:globalhead:20131209115511j:image 第3の選択 米ソ宇宙開発の陰謀〜火星移住計画の謎〜 [VHS]

というわけで以上がオレの『SF映画ベストテン』となります。

1位:地球に落ちてきた男 (監督:ニコラス・ローグ 1976年イギリス映画)

2位:アナザー・プラネット (監督:マイク・ケイヒル 2011年アメリカ映画)

3位:コンタクト (監督:ロバート・ゼメキス 1997年アメリカ映画)

4位:ストーカー (監督:アンドレイ・タルコフスキー 1979年ソ連映画)

5位:メランコリア (監督:ラース・フォン・トリアー 2011年デンマーク/スウェーデン/フランス/ドイツ映画)

6位:不思議惑星キン・ザ・ザ (監督:ゲオルギー・ダネリア 1986年ソ連映画)

7位:ブラザー・フロム・アナザー・プラネット (監督:ジョン・セイルズ 1984年アメリカ映画)

8位:マリリンとアインシュタイン (監督:ニコラス・ローグ 1985年イギリス映画)

9位:スローターハウス5 (監督:ジョージ・ロイ・ヒル 1972年アメリカ映画)

10位:渚にて (監督:スタンリー・クレイマー 1959年アメリカ映画)

選外:第3の選択/米ソ宇宙開発の陰謀〜火星移住計画の謎 (監督:クリストファー・マイルズ 1977年イギリス製作番組)

活劇に頼らず、SF映画でなければ成し得ない表現、SF映画という形でしか成立しないイマジネーション、それと同時に、SFというジャンルにとらわれないエクストリームな自由さと文学性を持った作品、そしてもちろん、オレの個人的な心情にどこまでもフィットした作品を中心に選んでみました。

ではワッシュさんよろしく!

mutsugimutsugi 2013/12/16 13:51 「月に囚われた男」も是非

globalheadglobalhead 2013/12/17 08:05 おおっと漏れていた!