Hatena::ブログ(Diary)

メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

20140430(Wed)

[]全ての悲嘆を乗り越えて〜映画『アメイジング・スパイダーマン2』 全ての悲嘆を乗り越えて〜映画『アメイジング・スパイダーマン2』を含むブックマーク 全ての悲嘆を乗り越えて〜映画『アメイジング・スパイダーマン2』のブックマークコメント

■アメイジング・スパイダーマン2 (監督:マーク・ウェブ 2014年アメリカ映画)

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サム・ライミ版から新たにリブートされたスパイダーマン・シリーズ『アメイジング・スパイダーマン』の第2弾。ライミ版『スパイダーマン』の主人公が持つナードさや鬱屈に比べると、主人公ピーター・パーカー/スパイダーマンアンドリュー・ガーフィールド、ヒロイン・グウェン・ステイシーにエマ・ストーンを配したリブート版第1作は、ヤング・アダルトをターゲットにしたと思われるフレッシュさに満ち溢れており、「普通に素直に屈託の無い人たちのヒーロー・ストーリー」(レビュー)として面白く観る事ができた。

この2作目でもそれは変わらない。なにより印象深いのはピーター・パーカー/スパイダーマンのヤンチャで茶目っ気に溢れたヒーロー振りであり、始終ペチャクチャとよく喋りながら飄々と危機を乗り越えてゆく様はキュートですらある。『アメイジング・スパイダーマン2』の魅力はこの若々しさにあるのだと思う。若さゆえの未熟さ、若さゆえの葛藤を抱えながらも、若さゆえのひたむきさ、若さゆえの明朗さで困難を乗り越えてゆくのだ。この性格付けこそが、他のスーパーヒーロー映画がリアリズムを得んが為に孕んでしまったシリアスな重苦しさと、自由な明るさに満ちた『アメイジング・スパイダーマン2』とを分かつ決定的なポイントなのだ。

『アメイジング・スパイダーマン2』は一途で前向きな物語だ。主人公ピーター・パーカーは明るく快活な青年だけれど、その彼の生い立ちには両親の死という暗い過去がある。しかし彼はその過去だけに拘って生きてはいない。恋人であるグウェンとは、彼女が危機にさらされることを畏れて一度は別れを決意するけれど、「でもやっぱり、君のことが大好きなんだ」と彼女のところに戻ってくる。自らの心に真っ直ぐであろうとする、そこに不安や悲嘆があっても、前を向いて生きようとする、それが主人公ピーターの生き方であり『アメイジング・スパイダーマン2』の物語の根幹なのだ。

そのピーターの生き方と対比を成すものとして登場するのがヴィランたちだ。電気技師のマックス(ジェイミー・フォックス)は野暮ったく地味な青年だが、心優しい素直さを持っていた。だが、嫉妬といびつな自己顕示欲から、彼はエレクトロという怪物となってしまう。ピーターの旧友であるハリー(デイン・デハーン)は、知性と何不自由ない生活を持ちながらも、死への恐怖が、彼をグリーン・ゴブリンへと変えてしまう。ある種の悲嘆や不安を抱える者として、ピーターと彼らは実は同等なのだ。しかし彼らは自らの抱える悲嘆と不安に飲み込まれてしまったがために、怪物と化す。ピーターが乗り越えようとし、乗り越えていった事柄を、彼らは乗り越えることができず、後ろ向きで暗い情念に絡め取られ、そして悲劇を生み出してゆくのだ。

そして彼らヴィランとスパイダーマンとの戦いは、真摯な生を全うしようとする者と、その障壁との戦いでもあるのだ。スパイダーマンが倒すべきもの、倒そうとしたもの、それはエレクトロでありグリーンゴブリンであると同時に、彼らの孕む負の情念だったのだ。そのメッセージ性はあの衝撃的なクライマックスにおいて顕著となる。あまりに重く悲嘆に満ちた事件の後にピーター・パーカー/スパイダーマンはどう生きようとしたか。そこにこそこの映画の全ての主題が込められていたと思う。

「前向きに生きる」ということは単なるお題目でもお気楽なライフハッキングでもない。それはある意味死に物狂いになってでも獲得しなければならない、生きる命題なのだ。『アメイジング・スパイダーマン2』は、そんな、死に物狂いで前向きに生きようとする、一人の青年の物語だったのだ。

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20140429(Tue)

[]物語るものと物語られるものの物語~『バーナム博物館』 物語るものと物語られるものの物語~『バーナム博物館』を含むブックマーク 物語るものと物語られるものの物語~『バーナム博物館』のブックマークコメント

■バーナム博物館 / スティーブン・ミルハウザー

バーナム博物館 (白水uブックス―海外小説の誘惑)

幻想の航海、盤上ゲーム、魔術、博物館…。最後のロマン主義者ミルハウザーが織りなす幻影と現実のモザイク模様。ときには『不思議な国のアリス』や『千夜一夜物語』を下敷きに、ときにはポーに敬意を表しつつ、想像力のおもむくままに紡ぎだされた十の物語。

記述に関する記述、言及に関する言及、引用に関する引用。現実に侵入する非現実、または現実と同時進行しながら次第にないまぜとなる非現実。記述するものと記述されるもの。そしてそれはやがて、どちらが現実で非現実なのか判断のつかない胡蝶の夢の如き様相を呈してゆく。ミルハウザーの諸作は、それを夢幻的に描くのではなく、現実と非現実の交差するまさにその瞬間を緊張感に満ちた筆致で描写してゆくのだ。

まず「シンバッド第八の航海」では現実には存在しないシンバッド8番目の航海の物語を通し、"物語るシンバッド"と"物語られるシンバッド"の乖離とその逆転が描かれる。「ロバート・ヘレンディーンの発明」では「完璧な女性」を夢想の中で構築しようとする少年が、その夢想の中に取り込まれる。「アリスは、落ちながら」はウサギ穴をただひたすら落下するアリス、というシュールな状況を通しながら、「不思議の国のアリス」という完結した物語を永遠の保留の中に押し止める。「青いカーテンの向こうで」はまさに映画という"非現実"に取り込まれてしまう少年の物語だ。

ミルハウザーの小説はメタ視点すら交錯する。「探偵ゲーム」ではボードゲームに高じる人々とそのボードゲーム内に登場する架空の人々の物語の両方が語られるが、一見現実の人々の内面をボードゲーム内物語に反映させているように見せながら、ボードゲーム内物語は独自の逸脱へと疾走し始める。「クラシック・コミックス#1」はT・S・エリオットの有名な詩をアメコミにした、という設定なのだが、さらにそのアメコミのコマ割りとグラフィックを文章でもって説明する、といった二重のメタ化を試みている。

しかしその中で表題作「バーナム博物館」は現実世界に拘泥することなく「バーナム博物館」という不思議に満ちた場所をきらびやかな描写で描いてゆく。そしてこれは妄想と空想に彩られた、作家ミルハウザーの脳内世界のメタファーと認識することも出来、想像力への圧倒的な凱歌ととらえることもできるだろう。映画化もされた「幻影師、アイゼンハイム」は尋常ならざる幻影を見せる天才的奇術師の一代記であるが、これもある意味読者の眼前に鮮やかな非現実を垣間見せる作家というものの想像力を題にとっているという見方ができるだろう。即ちこれら2作品は、物語るものと物語られるものの物語である、ということもできるのだ。

とはいえ、技巧を凝らしたそれら諸作よりも、「セピア色の絵葉書」、そして「雨」のシンプルで穏やかな陰鬱さが心和ませる作品集であった。

幻影師 アイゼンハイム [DVD]

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20140428(Mon)

[]内なる敵〜映画『キャプテン・アメリカ / ウィンター・ソルジャー』 内なる敵〜映画『キャプテン・アメリカ / ウィンター・ソルジャー』を含むブックマーク 内なる敵〜映画『キャプテン・アメリカ / ウィンター・ソルジャー』のブックマークコメント

■キャプテン・アメリカ / ウィンター・ソルジャー (監督:アンソニー・ルッソ/ジョー・ルッソ 2014年アメリカ映画)

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  • 強靭な肉体と強靭な盾を持つマーベル・ヒーロー、『キャプテン・アメリカ』のシリーズ第2作。前評判も高く期待して観に行ったが、面白く観られた部分が半分とタルかった部分が半分。
  • アクションは押しなべてよかった。キャプテン・アメリカは超人的な身体能力と最強硬度の盾を持つが、逆に言えばそれぐらいしかウリのないヒーローで、1作目『キャプテン・アメリカ/ザ・ファースト・アベンジャー』ではそれを「強烈な愛国心」で補ってはいたけれども、『アベンジャーズ』ではその存在が持てあまされ気味に見えた。しかしこの『ウィンター・ソルジャー』では盾のアクションを進化させることで、よりトリッキーかつ強力な戦闘描写を可能にしていた。肉体と盾だけで戦闘機一機撃墜するシーンなどはその真骨頂だろう。
  • ただやはり、「盾を拾いにいかないとどうにもならん」のは相変わらずで、この辺後半からまだろっこしく感じてしまった。そろそろ「なにものも突き破ることのできない盾」に合わせて「なにものも突き破る矛」ぐらい持たせてあげてもいいように思えた。
  • ポリティカル・サスペンス風味のストーリーにはあまり関心が持てなかった。
  • 「誰も信じるな」とは言いながら敵味方の区別はあからさまで、敵か味方か?といったグレイゾーンのキャラクターや敵だと思っていたら味方で、あるいはその逆で…みたいなシチュエーションがあるわけでもなく、そういったサスペンスは期待できない。
  • もう一つは現実のアメリカが抱える暗部をポリティカル・サスペンス寄りのアレゴリカルなシナリオで描こうとしたばかりに、SFXスーパーヒーローものの自由さ、荒唐無稽さが殺がれている、といった部分だ。これは個人的な趣味なのだろうが、もうちょっと馬鹿馬鹿しい部分、ヌケのある部分が欲しかった。例えばその点、空飛ぶ翼を持つファルコンの登場はその荒唐無稽さ、馬鹿馬鹿しさにおいて溜飲が下がるのだ。
  • 一番白けたのは「S.H.I.E.L.D.の内部に敵がいるってなんで今まで気づかなかったの?」という迂闊さだ。S.H.I.E.L.D.には内部監査というものが無いのだろうか。確かにS.H.I.E.L.D.高官が実は…ということにせよ、それまで数10年に渡り極普通に通常営業してきた筈のS.H.I.E.L.D.が今更のようにいや実はすっかり病根抱えてまして…というのもどうも理解しにくい。
  • 作品の中で「S.H.I.E.L.D.」の名前が出されるとき、それはすなわち「アメリカ」のことを暗喩していると取って間違いないだろう。では「アメリカの内部の敵とは何か?」となるとそれは一種の腐敗した構造、あるいは先鋭化した急進的な思想、ということになるのだろうが、この作品では1作目でキャプテンにナニされたアレである、ということになっていて、それだとあくまで外部因子になってしまうからテーマにブレが出てしまうし、今更それを持ち込むのか?と思えてしまった。
  • それとクライマックスのあの大破壊は、見た目も派手だしスペクタクルも十分ではあるけど「いろいろ事情もあるのはわかるが相当高くついてるんだろうし全部税金で作ってるんだろうしそれ勿体なくないか?」と妙な心配をしてしまった。まあアメリカ人の税金とはいえ、あんな莫大ともいえる損害出しちゃったら経済的にもいろいろ難儀するんではないのか?普通のアメコミヒーローものでどんなに戦艦やビルが破壊されてもなんとも思わないが、妙にシリアス路線だとそんなこともシリアスに気になってしまうのであった。

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20140425(Fri)

[]料理を通して描かれるイラン女性たちの今〜映画『イラン式料理本』 料理を通して描かれるイラン女性たちの今〜映画『イラン式料理本』を含むブックマーク 料理を通して描かれるイラン女性たちの今〜映画『イラン式料理本』のブックマークコメント

■イラン式料理本 (監督:モハマド・シルワーニ 2010年イラン映画

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インド料理やスペイン料理、トルコ料理など、日本では馴染の薄い食材やスパイスを使い独自の調理を施した各国料理って美味しいですよね。お財布と相談しなきゃいけないのでそんなにしょっちゅう食べられるわけでもないんですが、いろんな珍しい料理を食べるのは楽しい事です。さてこの間観た映画のタイトルは『イラン式料理本』、イランの料理ってどんななの?という興味と食い意地で観てみることにしました。そして実際観てみるとこの作品、イラン料理を通して現代イランの家族の在り方を描いたドキュメンタリーだったんですよ。

監督は1973年テヘラン生まれのモハマド・シルワーニ。主にドキュメンタリーや短編の製作に携わる監督さんなんだそうです。映画はこのモハマド監督のご家族を中心に描かれてゆくんですね。

母:主婦歴40年、作る料理はラマダンの豪華料理。

母の友人:14歳の時に40歳の夫に嫁いだ彼女、作る料理は豆のピラフ。

妻:現代女性代表。作る料理は…缶詰シチュー!?

友人の母親:9歳で結婚、もうすぐ100歳。今は料理はしておりません。

妹:双子を育てながら大学に通う彼女、作るのはナスの煮込み。

義母:主婦歴35年にして5人の子供あり。作る料理はドルテ(ブドウの葉包み)、クフテ(ジャンボ肉団子)。

こうして3世代に渡るイランの女性たちが、それぞれに料理を作り(または作らない)ながら、男社会であるイスラム圏において、何を感じ、何を考えているかを語ってゆくんです。

それは自分たちがどんなに長い時間料理作りに拘束されているかということであり、母や妻とはいいながら、結局は男たちから飯炊き女扱いされていることへの不満です。大家族、来客などから、彼女たちは殆ど一日料理作りをすることを余儀なくされています。作品内では触れられていませんが、料理と並行して他の家事も彼女たちはこなしているはずです。それと同時にこの作品では、3世代に渡る女たちを描くことにより、イラン社会における女性の立場、その意見と主張が世代を経て徐々に変化していることも描かれています。世代の古い女性ほど、夫や社会からの辛い女性蔑視に耐えてきたことを語りますが、これが若い世代の女性にもなると、夫の無茶振りなんかには聞く耳を持たず、夜中の突然の来客になど対応できないわ、とレトルト食品で済ませてしまいます。

こうして映画では、古い因習に囚われつづけてきた女性たちと、そこから境遇の変わりつつある女性たちとの両方の声を描き、現代イランの女性の立場とその変遷を浮かび上がらせるのです。イスラム圏における女性の立場、というのはオレの知識では生半可なことは言えないのですが、一見ガチガチに保守的に見えるこのイスラム圏ですらも、女性平等の機運が高まってきているのは世界の趨勢なのかな、と感じました。

そういった話は別としても、イラン料理(正しくは「ペルシャ料理」になるらしいのですが、イラン映画のレビューということであえてイラン料理とさせてください)という見慣れない料理が目の前で作られていくのを見るのはとても楽しいんですよ。イラン料理は豆とお米が中心らしく、そこにターメリックやミントなどのハーブが加えられるんですね。お米中心の食文化から、日本人の自分としても大いに親近感が沸いたのですが、イラン人の生活スタイルって案外欧米人、さらに中国・東南アジア圏なんかよりも結構日本に近いものがあるんではないのかな、という印象を受けました。それとこの作品で特に楽しかったのは、画面に登場している嫁姑が皮肉言ったり一言多かったりしながら、なんだかんだで女同士の強い絆をうかがわせている部分ですね。イスラム圏の男たちは相変わらず威張り腐っているのかもしれませんが、女たちは実はずっとしたたかにそんな男たちを操縦しているのかな、と思えました。

さて、この映画のDVDにはイラン料理レシピが付いていて、このレシピの一つを相方さんに作ってもらいました。料理の名前は「ショラケバーデムジャン」、茄子とラム肉の煮込みです。とても美味しかったですよ。あ、オレも相方さんに料理作ってもらってるけどちゃんと感謝してるんだからね!威張り散らしたりしてないから!食事終わったらオレが洗い物してるし!(いろいろ弁解している)

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イラン式料理本 [DVD]

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20140424(Thu)

[]エドガー・ライト製作総指揮による殺人カップル観光映画〜『サイトシアーズ 殺人者のための英国観光ガイド』 エドガー・ライト製作総指揮による殺人カップル観光映画〜『サイトシアーズ 殺人者のための英国観光ガイド』を含むブックマーク エドガー・ライト製作総指揮による殺人カップル観光映画〜『サイトシアーズ 殺人者のための英国観光ガイド』のブックマークコメント

■サイトシアーズ 殺人者のための英国観光ガイド (監督:ベン・ウィートリー 2012年イギリス映画)

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この『サイトシアーズ』、殺人カップルが次から次へと人ぶっ殺しながらイギリス観光名所を巡る!?というブラック・コメディなのだが、最初はオリバー・ストーン監督の 『ナチュラル・ボーン・キラーズ』みたいなキレキレのカップルが、ジョン・ランディス監督の『バーク・アンド・ヘア』みたいなイギリスらしい陰気な笑いに満ちた連続殺人を繰り広げる話なのか?と思っていたのだ。実は今挙げた両作とも個人的にはキツすぎてあんまり好きじゃない作品なものだから、どうしよっかなあとは思ってたんだが、エドガー・ライト製作総指揮ということで一応観ておくことにした。しかし実際観てみると、これが最初の想像とは違う、なんだかユルくてミョーな味わいのある作品だったのだ。

主人公となるのは付き合い始めたばかりのカップル、ティナ(アリス・ロウ)とクリス(スティーヴ・オーラム)。まず、この二人が果てしなくイケテない。華が無くて地味でセンスが悪くてビンボ臭くて多分アラサーで若さすらない、そんな魅力と呼べるものが何一つない、平凡だけがただ一つの取り柄のカップルなのである。そんな二人なのだけれども、なんだか楽しそうだし幸せそうだ。二人が幸せなのなら、それでいいんじゃないかと思う。そう、この物語の主人公たちは、血に飢えた狂人というわけでも、貧困や不幸などのルサンチマンにまみれた連中というわけでもない。何一つ特殊でもなく特徴もない、どこにでもゴロゴロ転がっているカップルなのだ。そんなごく普通である筈の二人が、なぜだか簡単に人殺しを始めちゃうのである。

この、それまで普通の人でしかなかったこの二人が、特に説明も無く唐突に殺人鬼になる、というのが奇妙なのだ。しかもこれらの殺人が、どうにも簡単な理由で、何の迷いも無く行われるのである。彼らが殺す相手はいわゆる「ムカツク奴」なのだが、その程度でぶっ殺さないだろう、といった程度の「ムカツク奴」なのだ。単なる短絡殺人ということなのだろうが、それにしても二人のキャラクターに短絡的殺人者という背景が描写されていないため、ごく普通の幸せそうなカップルが単純な理由で突然人を殺し、良心の呵責が一切無いまま次の観光名所へルンルンと旅立って行く、といったシュールな光景が繰り返されるのだ。そしてその観光名所というがまた、人気も少なく妙にショボイ名所、というのがビンボ臭いこの二人らしく、物語のしょーも無さをさらに引き立てる。

ある意味これらの殺人は「妄想の中の殺人」に近い。「死ね!」「ぶっ殺してやりたい!」と思うことはあっても、普通人は人を殺さない。しかしこの映画ではその「死ねばいいのに」とちょっとだけ思った感情をそのまま実行しちゃったら…という部分を描いたのだろう。そういった部分でこの作品は《殺人ファンタジー》ということができるかもしれない。だからこそ妙に軽く、悪びれることがないばかりか、ほんわかすらしているのだ。面白いのは、ティナとクリスの、男女の違いによる殺人の理由付けだ。クリスはモラルやメンツなど「男の社会的立場」から人を殺すが、ティナの理由は「クリスに自分だけ見てほしい」という女性的なコミニュケーション欲求からくる殺人だったりする。こういう区分けも上手いが、でも殺人は殺人だろ…としか思えなくて、それがまたこの作品の奇妙な可笑しさであったりするのだ。

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20140423(Wed)

[]今度は返り討ちだッ!!〜映画『サプライズ』 今度は返り討ちだッ!!〜映画『サプライズ』を含むブックマーク 今度は返り討ちだッ!!〜映画『サプライズ』のブックマークコメント

■サプライズ (監督:アダム・ウィンガード 2011年アメリカ映画)

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両親の結婚記念日の為、辺鄙なド田舎の一軒家に集まった複数の家族御一行様が、謎の襲撃者の皆さんに一人また一人とぬっ殺されてゆくという大量虐殺系ホラーであります。

このテの映画はもういいやあ、と思ってたんですが、予告編を観るとなんだか雰囲気が違う。どうやら登場人物の一人が襲撃者の皆さんに逆襲ぶっかましているようではありませんか。おお、これはいいかも。

確かに冒頭は正体不明の不気味な襲撃者に御家族の皆さんが一方的に屠殺されてゆくんです。しかーし!主人公女子のエリンさん(シャーニ・ヴィンソン)、「やられてるばっかりじゃ能がねえ!あのクソどもを返り討ちにしてくれるわ!」とばかり、逆襲の準備をはじめるんですね!いや〜ん頼もしい!そして映画はアリガチな大量虐殺系ホラーから襲撃者が勝つかエリンさんが勝つか、というサバイバル・ホラーに転じるんですよ!やんややんや!

それともう一つ、複数の家族が集まったこの物語、年齢の違う男女が集まっているため、襲撃への反応や対処がてんでバラバラなところが面白かったですね。年寄りは泣き喚いてうるせえし、あたふたしてるだけのヤツや腰の重いヤツ、私がなんとかする!と行動するヤツと様々なんですよ。キャラ分けが立ってるんですね。

襲撃者の皆さんも「超自然的な不死身の怪物」ってわけでもなくて、エリンさんにガッツリ打ち負かされたりする。その辺の力の拮抗が、「生きるか死ぬか」の緊張感を生んでいて、このテのホラーの「どうせみんな殺されてお終いなんだろ?ふへっ」という退屈さから上手に逃れることができている。

さらにこの物語、もう一ひねりしてあって、これは観てのお楽しみですが、「逆襲に転じる主人公」なだけではないホラーになっている。あのラストも好きだったなあ。

ホラーっていろいろ新しいことやらないとオレみたいな飽きてくる人間もいるわけだから、この『サプライズ』は面白く観る事ができましたね。「逆襲に転じる主人公」なホラーも探せば他にもあるんでしょうが(オレはコスカレリのTV短編『ムーンフェイス』を思い出しました)、この路線って小気味いいのでまた誰か作っているのがあれば観てみたいですね。もうさあ、やられてるばっかでギャアギャア言って逃げ回るだけのホラーとかホントつまんなくてさあ。

しかし「どうぶつのおめん」を被った襲撃者の皆さんを見て、「アフリカゾウとかイボイノシシとか八丈島のキョンとかのお面被ったヤツ出て来ねえかなあ」と思ってましたが、それは単にオレが山上たつひこが好きだからなだけです。

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wataruwataru 2014/04/23 20:45 これ面白かったですよねー、先日僕もブログの記事にしたところです。
マスターズ・オブ・ホラーのドン・コスカレリの短編を僕も思い出してたんですよー!もう一度観たくなりました。

globalheadglobalhead 2014/04/23 21:05 「お?お?いんじゃね?」って感じで身を乗り出して観てましたね。
主人公の仕掛けたあのワナがああしてああなっちゃうとこなんか「こっちか!」と躍り上がっちゃいましたよ。

20140422(Tue)

[]3バカ筋肉がバカ犯罪を起こす!〜映画『ペイン&ゲイン 史上最低の一攫千金』 3バカ筋肉がバカ犯罪を起こす!〜映画『ペイン&ゲイン 史上最低の一攫千金』を含むブックマーク 3バカ筋肉がバカ犯罪を起こす!〜映画『ペイン&ゲイン 史上最低の一攫千金』のブックマークコメント

■ペイン&ゲイン 史上最低の一攫千金 (監督:マイケル・ベイ 2013年アメリカ映画)

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ジムトレーラーやってる筋トレだけが生き甲斐の「脳筋バカ」、ダニエル君が、「こんなに筋肉のある俺はもっとビッグな男になっていい!なぜならビッグになるのはアメリカンドリームだから!」と一念発起したのはいいものの、何を勘違いしたか連続誘拐殺人に手を染めちゃう、という日本ではDVDスルーになっちゃったブラックなクライム・コメディです。ちなみにこれ、1994年にアメリカで実際に起こった実話なんだとか。

ダニエル君(マーク・ウォールバーグ)は「大金を手にしてウヒャヒャな生活」をしたいばかりに、トレーラー仲間のエイドリアン君(アンソニー・マッキー)、ム所帰りのポールさん(ドウェイン・ジョンソン)を仲間に引き入れ、身代金誘拐という「とっても綿密なスッゲエ完全犯罪」を遂行しちゃうんですね。でも誘拐したのはいいけれど、やることなすことグダグダのグズグズ、「スッゲエ完全犯罪」どころではありませんでした!なぜって…ダニエル君をはじめとするこの3人が"超"のつくほど【バカ】だったから…!まあ犯罪というのは概して愚か者がやるものですが、この『ペイン&ゲイン』のバカぶりは目も当てられない程です。それも自信たっぷりのバカなばかりに、そのイタさは呆れ返るのを通り越して腹が立ってくるほどです。

この映画は多分、3バカ筋肉の愚かな犯罪行為をブラックな笑いで描こうとしたのでしょうが、本人たちがあまりに頭が悪すぎる上に実話だってこともあって全然笑えず、犯罪それ自体の描き方もエグくて、むしろうんざりさせられるんですよ。物語を語る視点もころころ変わって鬱陶しい。しかもこの映画130分もありやがって無駄に長いんですよ!なんなのいったい。一応監督はあのマイケル・ベイさんなんですが(結構好きな監督さんなんですよ)、こういったジャンルは向いていなかったのでしょうか。むしろ実録ドラマにこだわらず、あくまでモチーフとして使用して、筋肉バカ犯罪コメディに徹したほうがよかったんじゃないのかな。

この映画でうんざりさせられたもう一つの要因はマーク・ウォールバーグの自信満々のサル顔が個人的にいけすかなかった、という部分でしょうか(どうもこのマークさんが苦手なもんですから割とオレの趣味範囲であろう『ローン・サバイバー』も観る気になれないんです)。しかし3バカ筋肉の中で一番ムキムキなドウェイン・ジョンソンはバカ演技に徹していてチャーミングでした。ドウェイン・ジョンソンの筋肉、いいじゃないですか。だいたい筋肉があろうがなかろうがバカはバカなわけで、「こいつら筋肉ばっかり鍛えてるから頭が疎かなんですよ!」という演出もなんだかいただけなかったなあ。ああ…オレも腹筋割れた体になりてえ…でも…努力したくねえ…。

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20140421(Mon)

[]オスマン帝国兵30万人対神聖ローマ軍5万人の戦いを描く歴史ドラマ〜『神聖ローマ、運命の日 オスマン帝国の進撃』 オスマン帝国兵30万人対神聖ローマ軍5万人の戦いを描く歴史ドラマ〜『神聖ローマ、運命の日 オスマン帝国の進撃』を含むブックマーク オスマン帝国兵30万人対神聖ローマ軍5万人の戦いを描く歴史ドラマ〜『神聖ローマ、運命の日 オスマン帝国の進撃』のブックマークコメント

■神聖ローマ、運命の日 オスマン帝国の進撃 (監督::レンツォ・マルチネリ 2012年イタリア・ポーランド映画)

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1683年――ハレー彗星が凶兆のしるし見せた翌年、神聖ローマ皇帝の居城にしてオーストリアの首都である城壁都市ウィーンを、30万のオスマン帝国軍が強襲した!狙いはオスマン帝国のヨーロッパにおける覇権を確固たるものにすること。絶対の包囲網を敷くオスマン帝国大宰相カラ・ムスタファ・パシャの軍勢に対し、神聖ローマ帝国の軍勢は僅かに6万、その勝算は限りなく低かった…。その後の中央ヨーロッパ諸国連合軍神聖同盟とオスマン帝国との趨勢すら決定付ける、「第2次ウィーン包囲」を描いた歴史巨編、イタリア・ポーランド合作映画『神聖ローマ、運命の日 オスマン帝国の進撃』である!

…とまあ、派手に盛り上げてみましたが、実の所大変残念な映画でありました…。物語の中心的な視点となるのはまず神聖ローマ帝国側を"奇跡を成す"と謳われるキリスト教修道士マルコ。このマルコさんを『アマデウス』のサリエリ役で有名なF・マーレイ・エイブラハムが演じております。そしてオスマン帝国側は大宰相カラ・ムスタファ・パシャの視点から描かれます。これをイタリアの国際俳優エンリコ・ロー・べルソという方が演じております。この二人、子供の頃になにがしかの因縁があった、ということで設定されておりますが、まあ実際、あってもなくてもいい設定です。そもそも神聖ローマ帝国側の視点が修道士ということで、キリスト教とイスラム教の信仰対決を盛り込みたかったのでしょうが、「神の名において!」と悲壮に盛り上げるマルコさんに若干うんざりさせられてしまいました。

なにより、これだけ大規模な戦闘を描く歴史映画にしては予算が相当少なかったであろう雰囲気が随所に見られます。総製作費16億円ということらしいですが、申し訳ないんだけれどもどこをとってもショボイんですよ…。30万とか6万とかいう軍勢を描くのに、寄った画面ではいつも2,30人ぐらいしか写っていないんです。引きの画面では見渡す限りの兵が描かれこそすれ、それがモロにCGと分かってしまう低クオリティで、なんだか映画作品というよりはTVの特番レベルなんですよね…。このCGのクオリティの低さはそこここで仇を成していて、砲弾飛び交い爆発と破壊が描かれる戦闘シーンですらなんだかプレステ2の画面を見せられているかのようなんです。

CGクオリティは置いといても、場面場面の構成と編集が急すぎて、あれよあれよと戦闘が続くのはいいとしても、予算の都合か細かい部分は無視してごり押しで派手に盛り上げようとしているように見えてしまうんですね。上映時間2時間程度の作品で、その短さの中に歴史の一コマとなった戦いを盛り込もうとしたのはある意味頑張ったとも言えるんですが、やはりどうしても大雑把になってしまっている。実際の戦闘は2か月間あったようなんですが、映画だと1週間ぐらいの時間経過にしか見えなかったりするんですよ。そういった部分でなにしろあれこれ残念な出来ではあるんですが、神聖ローマ帝国とオスマン帝国の長きにわたる戦いの一端を映像でこうして見るのはそれはそれでお勉強のひとつになりましたし、当時の兵士の甲冑などの美術を見るのは楽しかったですね。

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20140418(Fri)

[]謎と発見と驚きのファースト・コンタクトSF〜『宇宙のランデヴー』 謎と発見と驚きのファースト・コンタクトSF〜『宇宙のランデヴー』を含むブックマーク 謎と発見と驚きのファースト・コンタクトSF〜『宇宙のランデヴー』のブックマークコメント

■宇宙のランデヴー / アーサー・C・クラーク

宇宙のランデヴー 〔改訳決定版〕 (ハヤカワ文庫SF)

I.

2001年宇宙の旅』の原作者、SF界の巨匠アーサー・C・クラークが1973年に執筆し、ヒューゴー賞ネビュラ賞、ジョン・W・キャンベル賞、ジュピター賞、英国SF協会賞、ローカス賞星雲賞と、SF界の賞を総なめにした金字塔的長編作品、『宇宙のランデヴー』の改訳決定版である。

【物語】22世紀、人類は太陽系の各惑星に進出し《惑星連合》を設立していた。ある日、深宇宙から太陽目指して飛来する天体が発見されるが、実はそれが長さ50キロ、直径20キロの巨大シリンダー状金属製人工天体であることが判明する。探査に向かえる距離にあるのは〈太陽系調査局〉の調査研究船エンデヴァー号のみ。"ラーマ"と名付けられた謎の人工天体は既に金星軌道の内側に入り、近日点まで40日足らず、エンデヴァー号は太陽に最も接近するその時までにラーマの調査を終えねばならない。かくしてタイムリミットが迫る中、エンデヴァー号艦長ビル・ノートン中佐とそのクルーたちは、異星文明の建造した未知の世界とのファースト・コンタクトに赴くのだ。

II.

SF小説は若い頃から割と読んでいたが、なぜだかアシモフと、そしてこのクラークは相性が悪く、数えるほどしか読んだことがない。多分クラークは『2001年』絡みの諸作と、『幼年期の終わり』、『地球帝国』、そしていくつかの短編あたりだけだろうか。《SF3大巨匠》と呼ばれるネームバリューから、作品は手にとってはみるのだけれども、結構な数を積読していた。どうもその文章や作風と相性が悪くて、読み始めてもすぐ放り出してしまうのである。文章が淡泊で、引き摺り込むような手練手管にどうも欠けて見えるのだ。クラークには内容にしても登場人物にしても実に誠実なイメージがあるが、裏返すとはったりに乏しく、いびつだったりどろどろしていたりする人間の内面にはあまり興味が無さそうで、そういった部分に物足りなさを感じていたのだ。

その代りクラークにあるのは科学への信頼と、良心への信頼だろう。そしてそれは楽天的であるとか楽観主義とかいうのとはまた違うように思える。科学というものに長年かかわってきたクラークにとって、それは科学を通じて未来を築き繋げてゆく進歩主義であり、それを行う人間と人間性への期待であり希望であるのだろう。例えばこの『宇宙のランデヴー』と同様のファースト・コンタクト・テーマを得意とするスタニスワフ・レムの諸作品を思い浮かべてみるといい。レムの作品にあるのは徹底的な猜疑と不信とディスコミュニケーションだ。それによりレムの作品にはシリアスで陰鬱な寓意が盛り込まれることとなるのだが、これはレムが暮らしていた東欧社会主義国の政治状況を如実に反映したものであるともいえる。

III.

しかしクラークにそういったくびきがない分、『宇宙のランデヴー』におけるファースト・コンタクトはもっと純粋に《謎と発見と驚き》に満ちたものとなっている。そしてクラークはその《謎と発見と驚き》を、実に稚気溢れる筆致で描き出す。それはまるでクラーク自身が、自ら生み出したこの世界に好奇心と興奮とで目を輝かせているようにすら感じさせる。そしてこれは《冒険》の物語でもある。急ごしらえの探検隊は万全の装備を持って調査にあたることができず、その為どうにもアナログで人力頼りの装備でラーマを調査しなければならない、という部分がなにしろ面白い。それにより数々の危機が調査隊を襲うが、それに対し彼らは、確固たる科学知識でもって問題を解決していこうとするのだ。これが科学への信頼、ということだ。

探検隊はラーマの太陽系侵入の理由にも、ラーマ建造者である正体不明の異星人にも、警戒こそするが、はなから敵愾心を抱いたりはしない。またラーマそのものの設備も尊重しようとする。ハリウッド映画みたいにとりあえず敵対してどんぱちやらかしたりなどは決してしないのだ。なぜなら進歩主義者であるクラークにとってそれは「野蛮なこと」であり「遅れたこと」だからだ。これが良心への信頼、ということなのだろう。こうしてクラークは科学への信頼と良心への信頼に裏打ちされた謎と発見と驚きの冒険をここに導き出すのだ。そこには翳りは無く、未来を臆することなく見つめようとする態度がある。そういった部分で『宇宙のランデヴー』は実にクラークらしいファースト・コンタクトSFということができるのかもしれない。

蛇足

ところでこの『宇宙のランデヴー』にはちょっとした思い出がある(たいしたことではないが)。オレが中学生だった時に初めて買ったSFマガジンに、この『宇宙のランデヴー』が連載されていたのだ。しかしその連載は既に後半あたりに差し掛かっており、途中から読むわけにもいかず、読むことが出来なかったという経緯があった。しかもその後単行本化された時も、多分購入もしたような気がするが、積読の悪い癖が出てしまいそのままだった。だから今回の《改訳決定版》は積年の因縁に決着…なんて大袈裟なものではないのだが、回り回って30有余年、やっと読めた作品というわけである。

20140417(Thu)

[]神無き世界は地獄なんじゃあああ(どんつくどんとく)〜映画『悪の法則』 神無き世界は地獄なんじゃあああ(どんつくどんとく)〜映画『悪の法則』を含むブックマーク 神無き世界は地獄なんじゃあああ(どんつくどんとく)〜映画『悪の法則』のブックマークコメント

■悪の法則 (監督:リドリー・スコット 2013年アメリカ映画)

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『悪の法則』、劇場公開時にはリドリー・スコットが監督ということで若干注目はしていたんですが、予告編を観ても何の映画だかさっぱり分からない、というのと、脚本があのコーマック・マッカーシー(以下コマちゃん)、というのでなーんとなく観る気を無くしていたんですな。結局DVDで観ましたが、観始めて30分ぐらい経過してもやっぱり何の話だか分かんない!というのでびっくりしましたね!しかし、なんだべ、なんだや、と思っている内に段々登場人物たちの身辺が怪しくなってきます。で、どうやらこの映画、やっぱりまたぞろコマちゃんの《神無き世界》事例の焼き直しだということにようやく気付くというわけです。ボクって鈍いね、テヘ(はあと)。

コマちゃんっていうのは映画『ノーカントリー』や『ザ・ロード』の原作者としても知られている作家ですが、その作品に底流するテーマは「神無き世界は暗黒なんじゃあこの世は地獄じゃあ地獄なんじゃあ」とか言ってるような、いわゆるヨハネ黙示録的終末論者のモノの見方なんですよ。例えてみるならS・キング原作の映画『ミスト』に出て来る予言者ババアみたいなヤツで、青い目をキラキラさせた純情朴訥な欧米知識人あたりはそのとってもコワ〜イ宗教観倫理観に簡単にキンタマ握られてきゅううってなっちゃうわけなんですね。まあインチキ教祖がよく使う手です。

コマちゃんはよく荒野を舞台に選びますが、当然それはキリストが悪魔に誘惑されたというあの荒野です。荒野は魂の次元を推し量るメタファーなんです。コマちゃんの作品というのは万事が万事こんな調子なんですよ。そんなですから、信仰篤い欧米人に、なんか高尚な事を言ってると勘違いさせ、挙句の果てにピューリッツァー賞までとっちゃうってんですからたいしたタマだとは思いますが、こういう輩を有難がっちゃあいけません。

で、『悪の法則』ですが、この物語は一人のキチガイ(キャメロン・ディアス)と雑多な愚か者で構成されています。そしてこのキチガイとは反倫理の象徴であり、それはすなわち《反キリスト=悪魔》というわけです。キャメロン・ディアス扮する女がわざわざカトリック教会まで出向いて告解するふりしながら神父に「淫らなセックス」の話を持ち出し愚弄するシーンがありましたね。宗教性の薄い日本人には「ドスケベすぎて頭がクルクルパーなった婆さん」程度にしか見えませんが、欧米人にとってはあれは「涜神行為」なんです。ある意味ちょっと『エクソシスト』入っていると思ってください。信者でなく洗礼すら受けていない者が神父に淫らな言葉をかけるのってそういうことなんです。

そして愚か者たちというのは《反キリスト=悪魔》に誘惑された子羊という訳です。罪のあるなしは関係ありません。《反キリスト=悪魔》の誘惑に関わった者はみんな地獄に落とされる。それがこの物語の構造です。マフィアがどうとか麻薬取引がこうとか、実はカンケーないんです。逆に言えばただそれだけの話で、キリスト教とかやってねーしと思ってるもんとしてはどうでもいいお話ということでいいんです。さらにその《反キリスト=悪魔》を出し抜ける者、互角に相対することのできる者が一人もいないという点で、このお話はドラマですらなく、コマちゃんの陰気な訓戒が垂れ流されるというだけのお話なんです。なんなら《反キリストホラー》というジャンルということでホラーマニアの方が見るといいのだと思います。

またぞろ例によってひたすら救いの無いオハナシに見えますが、それはこの世が実際に救いの無い世界なのでは決して無くて、ただ単にこれを書いたコマちゃん自身がひたすら救いようのない性格の暗いヤツだからなので、皆さんはお気になされなくていいのだと思います。この世界を決して明るいとは言いませんが、救いようの無い地獄のようなものでもないでしょう。なんとなれば現実は、世界の諸相はそれを見る者によって決定される。それを神無き世界にとりつかれたコマちゃんはひたすら陰鬱に描くしかできない、ということです。全くうんざりさせられますね。こんな芸の無いコマちゃんって、ビチグソ野郎も甚だしいですね。やっぱり、えんがちょ切るのが正しい接し方でありましょう。

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uribonuribon 2014/04/18 04:11 うわあ、コーマック・マッカーシーを一刀両断!
「ザ・ロード」読んで夢見てうなされた私は、迷い(洗脳?)が溶けた感じです。
あまりにも残酷であるがために神聖でさえある、と感じていたんですが、勘違いだったのかも!ってこうやってコロコロ変わるヤツが一番洗脳されやすいんでしょうね。
今後は冷静に読めそうです。ありがとうございました!

globalheadglobalhead 2014/04/18 09:27 自分も『血と暴力の国』と『ザ・ロード』ぐらいしか読んでないんですが、2冊も読めば十分な作家でしたね。ホラーやサスペンスとして読めば面白い部分もあるんですが、なんかこう、「ジャンル小説なんかじゃなく文学なんだ」という気負いがあるのでしょうか、ラストで高尚ぶったこと言いたがるのが鼻につくんですよね。完膚無き残酷さを描くことが人間の真理や本質に肉薄するのだという表現態度は、露悪趣味をこじらせただけの貧相なリアリズムでしかないと思えるんですよね。

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20140416(Wed)

[][]全てが破格!抱腹絶倒の《ハエ》アクションムービー『マッキー』 全てが破格!抱腹絶倒の《ハエ》アクションムービー『マッキー』を含むブックマーク 全てが破格!抱腹絶倒の《ハエ》アクションムービー『マッキー』のブックマークコメント

■マッキー (監督:S・S・ラージャマウリ 2012年インド映画)

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「人間の魂が転生したハエ」、それがマッキー!嫉妬に狂った悪徳社長に殺された青年ジャニ!しかしジャニの魂はハエ=マッキーに転生した!?愛する人を守るため、そして悪徳社長に復讐を果たすため、マッキーは今日も飛ぶ!ブーンブーン!

いやあ笑った笑った!そのあまりにとんがった「有り得なさ」具合に笑い転げて観ていました。人間から転生したハエの復讐劇、というお話だけでも「なんじゃそりゃ?」というキワモノ感満載なんですが、これを本当に成り立たせちゃってるところが凄いんですよ。「いやしかし、ハエでしょ?しかもたった一匹で、いったいどうやって復讐するの?」と思われるでしょうが、そこがこの映画の見所なんです。ブンブンまとわりついて鬱陶しがらせ、夜も眠れないほど消耗させるなんてまだ序の口。商談中の社長の邪魔をして破談に持ち込んだり、運転中の社長を苛立たせて大事故に持ち込んだり、しまいにはブチキレた社長が部屋中で銃をぶっ放し部屋をメチャクチャにさせたりするんだからオソロシイ!

それだけじゃない!このマッキー、力を付けるためになんと筋トレするんですよ!ハエが筋トレってオイ…。さらに秘密兵器まで装着しちゃう!「いやちょっと待って!ハエだし!ハエだから!」と突っ込む間もあらばこそ、お話はどんどん有り得ない方向へと突き進むんですよ!しかも、インド映画お得意の踊りまで見せちゃう!「いやいやいや!ハエの踊りって!ハエが踊るって!」と、もう観ているほうはすっかりカオスの中に放り込まれ、笑いの坩堝状態です!そもそも「マッキー」というのがヒンドゥー語で「ハエ」という意味で、映画では「マッキー!マッキー!マッキー!」と主題歌が歌われるんだけど、これ要するに「ハエ!ハエ!ハエ!」と歌ってるってことじゃん!?この主題歌自体もスゲエよ!

「人間の魂が転生したハエ」ってヒンドゥー教の輪廻転生思想ってことで、この辺がインド映画らしいですね。しかしコレ、生前ハエみたいにしつこかったからその業を受けて生まれ変わったのもしつこいハエだった!ってことになるんですよ。確かに人間だった頃のマッキーことジャニ君、ヒロイン・ビンドゥちゃんへの恋のアタックはほとんどストーカー並みにしつこかったからうなずけるわ!あのアタック攻勢、観ていてちょっと引いたもの!で、ハエに生まれ変わった後のジャニ=マッキー君も、悪徳社長スディープへの絡み方がハンパなくしつこいんですよ!このしつこさが面白いんだけど、いくら復讐とはいえ、そもそもジャニ君自体がもともとアブナイヤツだったんではないか!?とも思えてしまって、だからゲラゲラ笑いながらちょっぴり「コエーこいつ…」とも思えるんですよ。

この映画、マッキーのこんなしつこさ熾烈さが笑いを生んでるんだけれども、この笑いというのが、ほとんどホラーと紙一重なんですね。この映画はそもそものテーマが「虫に生まれ変わった青年の復讐劇」である上に、描かれているのが「虫に取り憑かれて消耗し錯乱し、自滅してゆく男の物語」なわけで、そこだけ取り出すとこりゃもう全然ホラーじゃないですか。だけどそんな物語でありながら、暗さや怨念を描くのではなく、それらを全て奇妙奇天烈なアクションと、それが生む笑いに転化している。笑いと暴力は表裏一体だという話があるけれど、この映画ではその暴力をあろうことかちっぽけなハエが行使している(!)からこそ、復讐や暴力の陰惨さを微塵も感じさせることなく、どこまでも滑稽な笑いへと昇華しているんですね。

そしてマッキーことハエはCGで描かれているんですが、そのCG造形が普通にハエ!これがハリウッドのCGアニメだとなんだかふにゃふにゃとファンシーに可愛らしくデフォルメされ、グッズにもなり易いキャラに作るんでしょうが、マッキーは何の可愛げもなくハエ!そこはかとなくババッちさの漂うハエ!グッズになんか絶対ならねえ!という潔さもまたいい!そういった部分でこの『マッキー』、たかが一匹のハエでここまで話を大きく膨らませる、ここまで話を作り込んじゃう、そのぶっ飛び具合がなにしろ感心しちゃうほど面白い、楽しい、素晴らしい、そして大笑いできる、破格の映画として完成しているんですよ!是非ご鑑賞あれ!

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20140414(Mon)

[]ペールエールの海に溺れて、このまま破滅してしまいたい〜映画『ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う』 ペールエールの海に溺れて、このまま破滅してしまいたい〜映画『ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う』を含むブックマーク ペールエールの海に溺れて、このまま破滅してしまいたい〜映画『ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う』のブックマークコメント

■ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う (監督:エドガー・ライト 2013年イギリス映画)

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I.

一時期アイリッシュ・パブにはまっていた時期があった。パブで飲むエールが好きだったのだ。上面醗酵で醸造されるエールは、日本でよく飲まれる下面醗酵醸造のラガー・ビールと違い、泡立ちが滑らかで、フルーティーな甘みとコクがある。喉越し優先のラガー・ビールには無い、ビール本来の美味さを楽しめるビールなのだ。そしてエールはそのメーカーによって様々な味の違いがあり、それを飲み比べるのもまた楽しみの一つだった。今はアイリッシュ・パブという業務形態の店にこだわらず、国産も含めたエールタイプのクラフトビール、そしてベルギービールも置いてある店によく通っているが、こんなビール三昧の毎日を過ごすようになったのも、やはりアイリッシュ・パブの"発見"から始まったのだった。

II.

『ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う』は、そんなアイリッシュ・パブのハシゴ酒を目指す5人の男たちの物語だ。しかもこのハシゴ酒にはある因縁がある。今や40代に差し掛かったこの5人、20年前の若かりし頃に、一晩で12軒のパブを巡るという遠大な計画を立て、それを成し遂げられなかった、という経緯があったのだ。まあしかし、そんな昔の若気の至りの計画など、普通は忘れている。だが、主人公ゲイリーだけはそれを忘れることができず、乗り気じゃないかつての4人の友人たちを無理矢理招集し、このリベンジマッチを遂行することになったというわけだ。

しかし、わいわいがやがやとハシゴ酒を続けるこの5人は、いつしか異星人の地球侵略の陰謀に直面することになる。酔っぱらいたちは果たして地球を救えるのか!?というか酔っぱらいに救われる世界っていったいどうなのか!?というのがこの『ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う』だ。ちなみに「ワールズ・エンド」とは宇宙人侵略による世界の終り、という意味とは別に、この5人が最後に目指すパブの名称でもある。

監督は『ショーン・オブ・ザ・デッド』『ホットファズ -俺たちスーパーポリスメン!』『スコット・ピルグリムVS.邪悪な元カレ軍団』のエドガー・ライト。そしてサイモン・ペッグニック・フロストといういつものエドガー・ライト組の俳優が主演を務め、『ホビット』シリーズ、『SHERLOCK(シャーロック)』シリーズのマーティン・フリーマン、『007/ダイ・アナザー・デイ』『アウトロー』のロザムンド・パイクが共演、さらに『007 ゴールデンアイ』『マーズ・アタック!』のピアース・ブロスナンもちょっぴり顔を出している。

III.

物語では次から次にギャグが連発され、ゲラゲラ笑っているその瞬間にも次のギャグが繰り出されるものだから、一時たりとも目が離せないぐらいだ。さらに異星人に肉体を乗っ取られた「ブランク」との戦いもアクションの連続で、このギャグとアクションのスピード感はこれまでのエドガー・ライト映画でもピカイチだったのではないかと思う。そしてパブでビールを飲むシーンもふんだんに盛り込まれ、ビール好きの人間には観ていてビールを飲みたくなること必至だろう。ラストは少々とっちらかったのを無理矢理まとめた感もあるが、全体的に非常に満足のいく作品に仕上がっていた。

だが、この作品には最初の段階で疑問に思ったことがあった。それは、主人公ゲイリー・キングが、なぜ20年前の夢よもう一度と、疎遠になっていたかつての友人たちを集め、わざわざ今になってハシゴ酒をしようと思ったのか?ということだ。冒頭、ゲイリーがアル中のカウンセリングを受けているシーンがあり、その現在の風体や言動からも、ゲイリーがあれから20年経った今、単なる負け犬として過ごしてたことが分かる。彼の友人たちは誰もが皆お気楽な青春時代を卒業し、それぞれが家庭と仕事と責任を持つ大人として過ごしていたのにも関わらず、ゲイリーだけが、社会に馴染むことのできぬまま、落ちこぼれの人生を過ごしているのだ。ゲイリーにとって、人生で一番輝いていたのは、20年前の、あの友人たちとつるんでのハシゴ酒の時だけだったのだ。

IV.

アル中患者が、アルコールを止めなければ、そこには死が待っているだけである。しかし、ゲイリーはその禁を犯して、その人生で最も輝いていた時期のハシゴ酒をもう一度試みようとする。そしてそこに、多分ゲイリーの人生で、唯一友人と呼ぶことのできた4人を集めるのだ。それはなぜなのだろう?12軒のパブを回るハシゴ酒、それを貫徹して、よかったよかったそれでは皆さんまたお元気で、と彼は終えるつもりだったのか?しかしその後彼には何があるのだろう?いや、彼には何もないのだ。彼の人生に最初から何もなかったように、その後も、何もないのだ。それではこのハシゴ酒はなんだったのか?映画ではそれは描かれないけれども、多分彼は、そこでもう一度人生の頂点を再現して、そして、死にたかったのではないだろうか?彼は、全きの破滅こそを希求していたのではないだろうか?

ゲイリーは、ハシゴ酒貫徹という"有終の美"(劇中何度も出てくるビールの名前でもある。ここから既に死を予感させている)を飾ってその人生を終えたかった。異星人侵略の危機的状況が明らかになったにもかかわらず、それでもハシゴ酒を止めないというシチュエーションは、あまりに馬鹿馬鹿しくてそれ自体がギャグになっていたけれども、実は、ゲイリーのこうした破滅願望が、全ての危機よりも優先したからこそ、彼は頑なにパブを回り続け、そこで酒を飲み続けたのだ。

しかし、そんなゲイリーを破滅願望から救ったのは、皮肉にもこの異星人の侵略である。異星人に体を乗っ取られ、ロボットのような姿となって生きる人たち、というのは、エドガー・ライトの『ショーン・オブ・ザ・デッド』で描かれたゾンビたちと、その意味において一緒である。思考停止したまま日々生き、漫然と日課のようにショッピングモールに通う人々をゾンビとして描いた『ショーン・オブ・ザ・デッド』のように、この『ワールズ・エンド』でも、異星人に体を乗っ取られた市民たちというのは、思考停止したまま生きるつまらない一般人の暗喩なのだ。そしてゲイリーは、このロボットたちと相対することにより、自分自身が、己が自由さをまずその人生の第一義として生きてきたことに気づくのである。自分が決して負け犬でも落伍者でもなく、自らの欲することに忠実に生きてきた人間であるということを。

そう、映画『ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う』は、死と破滅の願望に取りつかれた男が、自らの人生の意味に気づく、再生の物語だったのである。

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20140411(Fri)

[]『TV Bros.TV』のDVDが出た。 『TV Bros.TV』のDVDが出た。を含むブックマーク 『TV Bros.TV』のDVDが出た。のブックマークコメント

TV Bros.TV [DVD]

TVはまるで観ないオレなのだが、TV雑誌TV Bros.は大好きで、毎回楽しみにして読んでいる。このTV Bros.、TVの時間表はあることはあるのだが、それよりも、いわゆる"サブカルチャー"方面*1の記事が満載で、これを読むのが好きなのだ。映画を観るとき、本を買うとき、たいていこの雑誌のレビューを参考にしているぐらいだ。そういった情報面だけではなく、紙面を賑わすコラムがまた楽しい。自分のブログを書くとき、こんな文章が書けたらいいのになあ、と思っていた時期があったぐらいだ。ちなみに好きなコラムは松尾スズキさん、岩井秀人さん、光浦靖子さん、掟ポルシェさん、天久聖一さん…とまあ挙げていけばきりがない。特に映画好きの方にお勧めしたいのは松江哲明さんのDVD未発売VHSの紹介で、読むと必ず「これは観てみたい…」と思わせる映画愛に満ちた素晴らしいコラムだと思う。

そんなTV BrosがDVDになった。正確には、以前WOWOWで企画され全6回放送された番組『TV Bros.TV』のDVD化である。内容はこの6回分の放送内容に特典映像が加えられ、DVD2枚組、全177分収録となっている。

テレビガイド誌でありながら、サブカルチャー誌として不動の地位を築く「TV Bros.」がついにDVDに! 創刊26周年を迎えた「TV Bros.」(東京ニュース通信社)。編集者が面白いと思うことにがっぷり四つで取り組み、“テレビ誌なのにバックナンバーが売れる"という秘密を少し解き明かす。また、豪華連載陣と作り出す企画コーナーが次々と登場し、祭りの夜店のように楽しめる“マガジン形式"テレビ番組として、WOWOWで放送された話題作が、早くもDVDに。もちろん、未放送特典映像や、隠し特典映像付き。

出演者・ナレーションはTV Bros.のお馴染みの面々だ。

■出演

光浦靖子、片桐仁(ラーメンズ)、掟ポルシェ、ありえ〜る・ろどん、松尾スズキ、清水ミチコ、蒼井そら、志摩遼平(ドレスコーズ)、スチャダラパー河井克夫、他ナレーション:清水ミチコ、Bose(スチャダラバー)、仲里依紗、箭内道彦、光浦靖子、ありえ~る・ろどん、森山直太朗研ナオコ、岩井秀人、ハマ・オカモト

■ナレーション

#1 清水ミチコ×Bose(スチャダラパー) #2 箭内道彦×仲里依紗 #3 光浦靖子×ありえ~る・ろどん #4 清水ミチコ×森山直太朗 #5 研ナオコ×岩井秀人 #6 清水ミチコ×ハマ・オカモト

イラスト:五月女ケイ子

内容はこんな感じ。

【収録内容予定】

本編 : 全6回放送分を収録。

掟ポルシェによる毎回変だけど気になる“オープニング"キャッチ

・片桐仁によるいろんなところに行ってみよう的な連載企画 「おしえて! 何故ならしりたがりだから! 」

・ありえ〜る・ろどんの占いコーナー 光浦靖子を占う

・松尾スズキひきいるママさん合唱団のシュールな曲の数々

・清水ミチコが一人二役を演じる 「大人の女のエレベーター」

スチャダラパーの面々が声で出演! 往年の名ドラマを想像させられる「ふぞろいの小道具たち」

・志摩遼平(ドレスコーズ)の「島散歩」

・蒼井そら の「中国語口座」

TV Bros.TVのアイドル、オオグソクムシの飼育日記

そしてこれらの企画の収録方法が面白い。それぞれが1〜3分程度の短い時間に細切れにされ、内容の中途でも次の企画、また次の企画へと切り替えられてゆく。いわゆるTVのザッピング視聴を真似たものらしいが、細かくて沢山のデータが目まぐるしく目の前を通り過ぎてゆく感じ、そしてなんだか腰の座らない落ち着きのない雰囲気、というのはいかにも"サブカルチャー"な情報誌のTV番組ならではと思わせる。

そしてなによりもよかったのは、「みんな楽しそうにやってるなあ」と感じさせる適度にお気楽でリラックスした様子だ。ヌケがよくて肩ひじ張らないのはもともとそういう雑誌だからなのだけれども、造形物やコマ撮りアニメなど妙なところで力が入っている所もこの雑誌らしいマニアックさだ。

個人的に楽しかったのはオオグソクムシの飼育日記かな。なんと、まず船に乗って海に出て、オオグソクムシの採集から始め、獲れたオオグソクムシを生態環境と同じ低温にできる冷蔵庫で飼い、しまいには氷を張ったお風呂に入れて一緒に入浴までしちゃうのである。アホっぽくもあるが愛がある。全体的に松尾スズキさんや清水ミチコさんによるお笑いの要素もあるのだけれども、そこだけに比重を置いてるわけではなく、それがどんなにくだらなくても、アンテナに引っ掛かったものをユルくユルく追及してゆく。その辺にTV Bros.らしいものを感じた。第2弾とか是非やってほしいなあ。またDVD買うから。

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TV Bros.TV [DVD]

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*1:しかしサブカルチャーってなんだか気恥ずかしい言葉だよな…

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20140410(Thu)

[]ちょっと面白かったCDジャケット / Heart & Soul: Strings & Nostalgia / Rising Sun ちょっと面白かったCDジャケット / Heart & Soul: Strings & Nostalgia / Rising Sunを含むブックマーク ちょっと面白かったCDジャケット / Heart & Soul: Strings & Nostalgia / Rising Sunのブックマークコメント

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ベルリンで活躍するDJ/プロデューサー、Steffen LaschinskiによるユニットRising Sun。そしてこの『Heart & Soul: Strings & Nostalgia』はドイツのレーベル「Kristofferson Kristofferson Germany」からリリースされたファースト・フルレングスになります。JUNOで購入したのですが、届いたCDのジャケットが手作り感満載の折り紙チックなもので、とても楽しかったからここで紹介してみます。CDはプレスされたものではなくCDR、そのCDRには何の書き込みも無く、ジャケット表紙もスタンプで押しただけのグラフィックで非常に簡素。あと小さなステッカーもついておりました。音的にはダウンテンポでダビーなアンダーグラウンド・ディープハウス。深夜や早朝に聴くとハマりそうですね。《試聴》

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[]最近聴いたエレクトロニック・ミュージック / Patten、Move D、James Grieve、Brandt Brauer Frick 最近聴いたエレクトロニック・ミュージック / Patten、Move D、James Grieve、Brandt Brauer Frickを含むブックマーク 最近聴いたエレクトロニック・ミュージック / Patten、Move D、James Grieve、Brandt Brauer Frickのブックマークコメント

◆Estoile Naiant / Patten

Warpからリリースされたロンドンで活躍する新鋭プロデューサーPattenのニューアルバム。エレクトロニカ〜ドローン、グリッチ、ヒップホップ、ジャズ、インダストリアル、サイケなど様々なジャンルが坩堝となったカラフルなアブストラクト・エレクトロニカ《試聴》

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◆Fabric 74 / Move D/Various

Fabric 74: Move D

Fabric 74: Move D

Fabricの74番目はドイツのベテランDJ、Move D。シカゴハウスを中心にミックスされたグルーヴィーな1枚。 《試聴》

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◆Addison Groove / James Grieve

Presents James Grieve

Presents James Grieve

50WeaponsからリリースされたJames Grieveのフルアルバム。ジューク、エレクトロ、アシッドなどの要素をたっぷり盛り込んだ、実にぶっとくごっついベース・ミュージック。 《試聴》

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◆DJ Kicks / Brandt Brauer Frick/Various

DJ-KICKS

DJ-KICKS

ドイツのDJトリオBrandt Brauer Frickがミックスした!K7によるミックスシリーズ『DJ-Kicks』の最新エディション。ボーダーレスな選曲が変幻自在に移り変わる。 《試聴》

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20140409(Wed)

[]タイプ早打ち大会に賭けるスポ根ロマンス!?〜映画『タイピスト!』 タイプ早打ち大会に賭けるスポ根ロマンス!?〜映画『タイピスト!』を含むブックマーク タイプ早打ち大会に賭けるスポ根ロマンス!?〜映画『タイピスト!』のブックマークコメント

■タイピスト! (監督:レジス・ロワンサル 2012年フランス映画)

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1958年〜1959年のフランスを舞台に、「タイプ早打ち大会」に打ち込む(タイプだけに)男女の根性とロマンス(!)を描いたスポ根・ロマンチック・コメディ。

主人公は田舎から職探しに都会に出てきたローズ。彼女はルイ・エシャールの経営する保険代理店の秘書になるが、タイプライターの腕を見込まれ「タイプ早打ち大会」に出場することに。猛特訓の甲斐あって勝ち進むローズだが、ルイに芽生えた恋心が伝わらずじれったい思いを募らせていた。主人公ローズ・パンフィルを演じるのは『メモリーズ・コーナー』のデボラ・フランソワ、彼女は「田舎から出てきた素朴な娘さん」という雰囲気が上手に出ていて非常にチャーミングだった。また、ローズをコーチするルイを『ムード・インディゴ うたかたの日々』のロマン・デュリスが演じているが、この男優さんはどうも口元に締りが無くてちょいと苦手だったかな。

実際にあったかどうかは別として、タイプ早打ち大会のスポ根ならぬタイプ根ドラマ、というのがユニーク。なんでだか次々に勝ち進んじゃうのはお約束っぽいし、他愛が無いと言えば他愛が無いのだが、汗臭いマッチョ男ではなく可愛い女子がお洒落して活躍してくれたほうがビジュアル的にも心和む。ロマンス展開もやはりお約束ぽくて、「特訓の為に僕の家に住まないか」だなんて、なにその分り易い展開とは思うが、話が早い分面倒臭くなくていい。タイプ早打ちがテーマだけにテンポも早くきっちり娯楽作として作られている。そして50年代フランスのレトロなファッションやライフスタイルが巧みに再現された美術が目を楽しませる。

ところで時代設定となった1958〜1959年のフランスというのは、それまで続いていた各地のフランス植民地独立運動がようやく終結の兆しを見せ始めた時期であり(劇中ルイが出征したというのはこの独立戦争なのだろう)、新憲法であるフランス第五共和憲法が制定され、シャルル・ド・ゴールが新大統領の任に就き、その強力なリーダーシップによりこれまで不安定だった政局が安定化し、高度経済成長を成し遂げることになるまさにその第一歩の年であった。この作品に横溢する奇妙な多幸感は、作品のテーマのみならず、実は当時のフランスの空気そのものだったのだ。

ちなみにこの映画は「アルフレッド・ヒッチコックビリー・ワイルダーダグラス・サークジャック・ドゥミフランソワ・トリュフォージャン=リュック・ゴダールミケランジェロ・アントニオーニ、50年代の小津のカラー作品『お早よう』などにオマージュを捧げて」いるらしく、そこここに名作映画のシーンが再現されているのだという*1。えーっとオレは全然気付かなかったんですが参考までに。

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20140408(Tue)

[]勝ったのは船長ではない、アメリカ海軍じゃ。〜映画『キャプテン・フィリップス勝ったのは船長ではない、アメリカ海軍じゃ。〜映画『キャプテン・フィリップス』を含むブックマーク 勝ったのは船長ではない、アメリカ海軍じゃ。〜映画『キャプテン・フィリップス』のブックマークコメント

キャプテン・フィリップス (監督:ポール・グリーングラス 2013年アメリカ映画)

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アデン湾からモンバサに向かう途中のコンテナ船マースク・アラバマ号がソマリア沖で海賊に襲われ、コンテナ船船長であるリチャード・フィリップスが身代金目的で拉致されたという実際にあった事件を映画化した作品である。映画はコンテナ船の救命ボートに乗り込みアジトを目指す海賊とフィリップス船長との4日間に渡る息詰まるやりとりを描くと同時に、現場へと急行するアメリカ海軍のフィリップス救出作戦が描かれる。主演はトム・ハンクス、監督は『ボーン・スプレマシー』『グリーンゾーン』のポール・"きな臭い映画好き"・グリーングラス。

この映画、「20人の乗組員を解放することと引き換えに自ら拘束され、たった1人でソマリア人の海賊と命がけの駆け引きを始めるフィリップス船長」を描く緊迫の人間ドラマみたいな言われ方をしていたが、観ていてまず「自ら拘束され」たというよりは運悪く海賊と一緒に救命ボートの乗って拉致られたとしか思えないし、「命がけの駆け引き」というよりは海賊たちの気を静め、危害を加えられないようにおっかなびっくり話しかけるフィリップス船長しか描かれていないように見えてしまった。要するにフィリップス船長はたまたま拉致されただけで、またフィリップス船長が何か働きかけたからといって海賊たちは何一つ懐柔なんかされていなかったというわけで、そういった意味ではフィリップス船長の能動的な活躍がこの物語にはほとんど存在しないといってもいいだろう。

こんな単なる被害者であるフィリップス船長がなぜ主人公なのか、というとこれは実際に拉致られた船長が出版した手記を基に製作されたからなのだろうが、それでは「拉致られてとっても怖い目に遭いました」だけのお話になってしまう。しかし本当の主人公は別にいた。それはアメリカ海軍と特殊部隊ネイビー・シールズだ。実際の所事件を解決したのはアメリカ海軍であり、真に称賛されるのもやはりアメリカ海軍なのだ。例えそれが東アフリカ沖の海域といえどもすぐさま駆逐艦を急行させ、さらには強襲揚陸艦、ミサイルフリゲート艦、哨戒機までをも使い、そして最強と言われる特殊部隊ネイビー・シールズまでも派遣する。アメリカの凄まじい国力・軍事力を垣間見せる作戦展開だ。

そしてこの作戦展開は人命救助という美しき建前のみのものではない。アメリカ籍の船と乗務員を保護しその航路を守るということは、世界全域におけるアメリカの経済活動を、すなわちアメリカの利益を守る、ということだ。強大な覇権と資本と国力があってこそできることであり、そしてそれが良くも悪くもアメリカという国なのだ。だからこの映画はヒューマン・ドラマでもなんでもない。アメリカの強大さ、強力さをただただ知らしめるためにこの物語はあり、「アメリカに生まれた者は幸福である」「アメリカに楯突く者は相応の報復を受ける」ことを描いた映画でしかないのだ。

それと、観ていて最初に思ったことは「ソマリア海賊が出没する海域でなぜ徒手空拳のままコンテナ船が航行していたのか?」ということだ。これは後で調べてみたところ「フィリップス船長が経費節約の為にあえて危険な航路とった」からなのだという。このため現在、フィリップス船長は乗組員から訴訟を起こされているのだという。さらにソマリア海賊だが、映画の中では「海外資本による乱獲により魚が取れなくなった為にソマリア漁民が海賊になった」ということはちょっとだけ触れられているが、それ以外にもヨーロッパ・アジア企業らの「ソマリア沿岸の海への毒物や放射性廃棄物の投棄」による海の汚染が魚を捕れなくしているのだという。そうして映画『キャプテン・フィリップス』はグローバル経済における弱者と強者の相克を描きながら強者の一方的な勝利で幕を閉じるのだ。

《参考》なぜソマリア人海賊がいるのかを説明しない『キャプテン・フィリップス』/ マスコミに載らない海外記事

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20140407(Mon)

[]拡張現実と遺伝子設計生物の未来〜『Gene Mapper -full build-』 拡張現実と遺伝子設計生物の未来〜『Gene Mapper -full build-』を含むブックマーク 拡張現実と遺伝子設計生物の未来〜『Gene Mapper -full build-』のブックマークコメント

■Gene Mapper -full build- / 藤井太洋

Gene Mapper -full build- (ハヤカワ文庫JA)

拡張現実が広く社会に浸透し、フルスクラッチで遺伝子設計された蒸留作物が食卓の主役である近未来。遺伝子デザイナーの林田は、L&B社のエージェント黒川から自分が遺伝子設計した稲が遺伝子崩壊した可能性があるとの連絡を受け原因究明にあたる。ハッカーのキタムラの協力を得た林田は、黒川と共に稲の謎を追うためホーチミンを目指すが―電子書籍の個人出版がたちまちベストセラーとなった話題作の増補改稿完全版。

進歩した拡張現実技術と遺伝子設計作物が可能にした未来――ということで、バチオ・バチガルピのSF小説『ねじまき少女』(傑作)に通じるものを感じ、読んでみることにした。

ただ、実際読み進めてみると、「SF小説」というよりは「未来産業小説」ないしは「海外出張小説」といった感触。海外プラントに発生した問題をフリーのエンジニアが解決しに行く、というプロットは、物語で描かれる未来的な科学技術を現代的なものに置き換えることが幾らでも可能で、センス・オブ・ワンダーな飛躍には残念ながら欠けている。まあこれは、SF小説ファンだけに限定しない裾野の広い読者マーケットを確立するという意味では間違いのないプロットなのかもしれない。個人的には最初SFを期待して読み始めてしまい、若干肩透かしを食ったのだが、物語自体は面白く出来てたからまあいっか、と。

作品の作りとしては処女長編ということもあってか若干難がある。物語を事件の発端から逐次的に語りすぎているためにテーマの孕むサスペンスがなかなか盛り上がらない。そのため事件の核心に触れる中盤までは退屈だった。これは事件の発生しているベトナム現地からいきなり始め、その後あらましをフラッシュバックの形で語ってもよかったのではないか。最も致命的に感じたのは主人公が普通の人過ぎてなんの魅力も感じさせないといった部分だろう。脇を固める登場人物がそれぞれに個性を感じさせる描写が成されていた分これは残念だった。

科学技術の進歩とその利用に対してもどこか無邪気というか楽観的すぎる感触があった。科学技術が及ぼす政治的な局面に触れられていないのも片手落ちに感じた。これは作者が技術畑の方だからだろうか。後半明らかになるXXXなども、出所が出所だけに実際であればもっときな臭くなる筈ではないか。

その代り冒頭から進歩した拡張現実技術により可能になるであろうことが余すところなく表現されている。ジャーゴンの踊るその描写は完全に理解できるものではないが、だからこそ逆にめくるめく未来像に胸躍らせることが出来る。そういったジャーゴンの多さから、「意味が分からない」などという書評も幾つか見受けられるが、至れり尽くせりの小説を期待した方の意見だろうから、全く無視して構わない。むしろ作品全体は相当に読みやすく書かれており、作者自身も「乗ってきた」であろう中盤以降は面白さも加速する。あれこれ手厳しく書いてしまったが作者の並々ならぬ意欲を感じさせる小説であることは確かだろう。

Gene Mapper -full build- (ハヤカワ文庫JA)

Gene Mapper -full build- (ハヤカワ文庫JA)

Gene Mapper -full build-

Gene Mapper -full build-

ねじまき少女 上 (ハヤカワ文庫SF)

ねじまき少女 上 (ハヤカワ文庫SF)

ねじまき少女 下 (ハヤカワ文庫SF)

ねじまき少女 下 (ハヤカワ文庫SF)

20140404(Fri)

[]ブリット・マーリングによるカルト教団潜入をテーマにしたミステリアスなドラマ〜映画『サウンド・オブ・マイ・ボイス/Sound of My Voice』 ブリット・マーリングによるカルト教団潜入をテーマにしたミステリアスなドラマ〜映画『サウンド・オブ・マイ・ボイス/Sound of My Voice』を含むブックマーク ブリット・マーリングによるカルト教団潜入をテーマにしたミステリアスなドラマ〜映画『サウンド・オブ・マイ・ボイス/Sound of My Voice』のブックマークコメント

■サウンド・オブ・マイ・ボイス/Sound of My Voice <未> (監督:ザル・バトマングリ 2011年アメリカ映画)

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ブリット・マーリング主演の映画『アナザープラネット』には大いに心掻き乱された。贖罪とSFテーマを組み合わせたこの作品は、実に美しく、そして切なさの溢れる映画だった。そして先ごろ日本公開を果たした『ザ・イースト』も、『アナザープラネット』同様、ブリット・マーリング自身が脚本、原案、出演、製作をこなしており、彼女の異才ぶりを遺憾なく発揮していた。彼女の作品をもっと観てみたい…と思いつつも、現在日本で公開/ソフト販売されているのはこの2作品のみだ。そこで他の過去作を調べ、輸入Blu-rayで1本の映画を視聴してみることに決めたのだ。作品のタイトルは『サウンド・オブ・マイ・ボイス/Sound of My Voice』。テーマはカルト教団。そしてこの作品でも、彼女は脚本、原案、出演、製作を務めているのだという。

物語の主人公はピーター(クリストファー・デナム)とローナ(ニコル・ヴィシャス)、二人はとあるカルト教団に信者になりすまして潜入し、そのドキュメンタリーを制作しようと画策していた。秘密主義を貫く教団にやっと潜入することに成功した二人は、信者たちにまぎれ教祖の登場を待った。そしてそこに現れたのは長い金髪の、まだうら若い美しい女性だった。マギー(ブリット・マーリング)と名乗るその女性は彼らにこう言った。「私は2054年の未来からきた」と。マギーを胡散臭い詐欺師と高を括っていたピーターとローナだが、一向に進まないドキュメンタリー制作に二人の間には次第に軋みが生じ始める。そんなある日、マギーに個別に呼び出されたピーターは、彼女からある指令を受けることになる。それは――。

やはりこの作品でもブリット・マーリングの存在感は格別だ。これまで観た2作品は彼女が主人公となる物語であり、彼女の主観で物語が進んでゆくが、この『サウンド・オブ・マイ・ボイス』での役柄は謎めいた教祖であり、その姿は心奪われるほどに美しいけれども、本心は杳として知れない。彼女の邪気の無い静かな語り口調や、穏やかで人を和ませる態度は、誰をも魅了させるものであるが、しかし「2054年から来た未来人」という話はあまりに突飛すぎる。映画を観る者の心は、主人公ピーターやローナと同じように、疑心暗鬼の中で揺れ動くことになる。だが、マギーが単なる詐欺師だとしたも、彼女の言うような未来人だとしても、その目的はなんなのか。そしてクライマックス、物語はあまりに衝撃的な結末を迎えることになるのだ。

こうして、「カルト教団への潜入ドラマ」という一見社会派作品のように始まった物語は、思いもよらない展開をみせることとなるが、これは『ザ・イースト』が、「環境テロ集団の潜入ドラマ」というやはり社会派めいた物語として始まりながら、次第に転調してゆくというシナリオと相似形を成しているといえるだろう。だが、『ザ・イースト』があくまで現実的なテーマに則ったシナリオを練り上げていたのと逆に、この『サウンド・オブ・マイ・ボイス』はシンプルながら、そのミステリアスな物語運びとインパクトという点で『ザ・イースト』を超えているのではないだろうか。少なくとも自分は『サウンド・オブ・マイ・ボイス』のほうがはるかに面白く観ることができた。低予算らしい簡素な映像と少ない登場人物、平凡な主人公らもこの作品の雰囲気を高めることとなっている。どちらにしろ、ブリット・マーリングの才能をまたしても見せ付けられる作品であったことは間違いない。だからせめて日本語字幕付いたソフト、どこかでリリースしてください…。

《参考》
〇映画|サウンド・オブ・マイ・ボイス|Sound of My Voice / ホラーSHOX〔呪〕
〇Sound of My Voice(2011)/ Tinker,Tailor,Soldier,Zombie

《Blu-ray》
〇Sound of My Voice (2012) / Amazon USA
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20140403(Thu)

[]『ゼルダの伝説 神々のトライフォース2』をなんとなくやっている。 『ゼルダの伝説 神々のトライフォース2』をなんとなくやっている。を含むブックマーク 『ゼルダの伝説 神々のトライフォース2』をなんとなくやっている。のブックマークコメント

ゼルダの伝説 神々のトライフォース2 - 3DS

PS4のゲームがやっと落ち着いたので、前から気になっていたニンテンドー3DSゲーム『ゼルダの伝説 神々のトライフォース2』を中古で購入、ちまちまプレイしています。ニンテンドー3DSはもう触らないと思ってたんですが、『神々のトライフォース』の正式続編と聞くと、なんだか気になっちゃいましてねー。

スーパーファミコン版の1作目は1991年発売と言いますからもう22,3年経つんですね。SFCからゲームを始めたオレとしてはまさに「懐かしのゲーム」ってやつですね。このSFC版は一般的な評価が非常に高くて、雑誌ファミ通(当時はファミコン通信かな)のクロスレビューで初めてレビュアー4人オール10点付けた満点ゲームだったんじゃなかったかな。

ただねー、このSFC版、オレ向きじゃなかったのかムズクてねー。一応クリアしましたが、終始イライラしてやってましたよ。初めて「激高してコントローラーぶん投げる」をやったのもこのSFC版だったなあ!その後ニンテンドー64で発売された『時のオカリナ』もやっぱり駄目だったなあ。こんなですから実はゼルダシリーズにはネガティヴイメージしかないんですよね。もちろんゲームの出来ではなくオレの腕のヌルさを思い知らされるという部分でね。

そんなオレがなぜこの3DS版をプレイしてみようと思ったかというとですね、3DSで続編が発売されると知ったときから、SFC版ゼルダゲーム・ミュージックやサウンド・エフェクトがフラッシュバックして頭の中で鳴り止まなかったんですよ。なんかこう書くと頭がアブナクなった人みたいですが、「あー、苦労したしムカついたりしたけれど、あのゲームはそれなりに思い出深いゲームだったんだなあ」ということだったんですね。

そんなわけで、あんまりクリアするつもりもなくハイラルの国をウロチョロしている最中であります。でもね、今回はSFCの時みたいにイライラしなくてね。以前よりユーザーフレンドリーになったのかな?それともオレが大人になったからだろうか(…それはどうだか)。ゲームオーバーしても「次こうすればいいんだ?」って分かるし次きちんとできるのね。まあまだ序盤だからねー、そのうちやっぱり「もう無理!」とか言って3DSぶん投げるかもしれないけど!

それにしても、後で攻略サイト見て気付いたんだけど、どうもそこに書いていある序盤やった覚えがないんですよ。このゲーム、中古で買ったって最初書いたじゃないですか。どうやらオレ、このゲームの元の持ち主の、序盤だけやったセーブデータから始めちゃったみたいなんですよね…。なんか妙にアイテム持ってたんだけど、てっきり「今回はこういう仕様なんだな」と思ってたんだよな…。あんまり序盤だったもんだから気付かなかったよ!でもその分楽になったからまあいいや!とそのままやっております。

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20140402(Wed)

[]『ビザンチウム』は雰囲気たっぷりだけど雰囲気だけの映画だったなあ 『ビザンチウム』は雰囲気たっぷりだけど雰囲気だけの映画だったなあを含むブックマーク 『ビザンチウム』は雰囲気たっぷりだけど雰囲気だけの映画だったなあのブックマークコメント

ビザンチウム (監督:ニール・ジョ−ダン 2012年イギリス/アイルランド映画)

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『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』の監督ニール・ジョーダンが、柳の下の泥鰌を狙ったんだかなんだかしてまたぞろ製作したヴァンパイア・ムービーであります。お話はざっくり申しますと、ヴァンパイア母娘の逃避行ってことになってます。

このヴァンパイア母娘、200年ぐらい前にヴァンパイアになったんですが、掟に逆らったがためにヴァンパイア組織に追われる身となっていたんですな。で、二人が辿り着いたのが海辺の寂れた避暑地。母ヴァンパイアはここで出会ったオッサン(なかなかにダメ男の雰囲気を醸し出していてナイスなオッサンです)をたらしこみ、オッサンの所有するアパートを娼館にしちゃいます。やり手ババアってことですな。で、このアパートの名前がタイトルのビザンチウムってことになっております。なんかアダマンチウムみたいな名前ですな。

一方、娘ヴァンパイアは難病患ってるもやしっ子セーネンと出会い、恋に落ちちゃうんです。この娘ヴァンパイアを演じてるのが『ハンナ』『ラブリー・ボーン』のシアーシャ・ローナンちゃんなんですな。いやあいいですなあシアーシャ・ローナンちゃん。今回も透き通るような美しさでオヂサン画面に釘付けですよ。そしてシアーシャちゃんと恋に落ちるセーネンをケイレブ・ランドリー・ジョーンズ君がやっております。このケイレブ君、『ソーシャル・ネットワーク』や『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』にも出演なさっておるようですが、オレ的にはむしろ、『アンチヴァイラル』で主演したなまっちろい顔したヘニョヘニョ野郎の印象強くて、この映画に出てきたときも「あ!『アンチヴァイラル』の変態君!」と思わず声に出しちゃいました。

でまあ、映画の出来はと言いますと、雰囲気たっぷりだけど雰囲気だけ、という雰囲気映画です。ヴァンパイア・ストーリーにつきものの孤独と漂泊と退廃と悲哀、そんなものを描きたかったんでしょうが、結局雰囲気だけで終わっているように見えます。この映画を観て思い出したのは、同様に孤独と漂泊を描いたヴァンパイア・テーマの作品『ぼくのエリ 200歳の少女』だったんですが、『ビザンチウム』には『ぼくのエリ〜』ほどの悲痛さや運命の過酷さを感じないんですね。生きるか死ぬかというぎりぎりの線が無い。それは『ビザンチウム』の母娘にそれなりの危機はありつつも、それが生死を分けるほどには逼迫したことのように思えないからなんですよ。

ドラマはあってもドラマチックさがないといいますか、予想通りの展開しか起こらず意外性に乏しく、どうにも盛り上がりに欠けるのは、この雰囲気頼りだった部分で災いしたのでしょう。ヴァンパイア母子愛っていうのがそもそも生きてない。むしろ主人公をシアーシャ・ローナン一人にしたほうが物語もまとまりよく出来たんではないでしょうかね。それだったら2時間ずっとシアーシャ・ローナンを愛でて楽しむ、実にオレ得な映画として出来上がってたんじゃないのかと思うんですけどねえ。

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20140401(Tue)

[]ゆるふわだけど殺し屋だもん(はあと)!〜映画『天使の処刑人 バイオレット&デイジー』 ゆるふわだけど殺し屋だもん(はあと)!〜映画『天使の処刑人 バイオレット&デイジー』を含むブックマーク ゆるふわだけど殺し屋だもん(はあと)!〜映画『天使の処刑人 バイオレット&デイジー』のブックマークコメント

■天使の処刑人 バイオレット&デイジー (監督:ジェフリー・フレッチャー 2011年アメリカ映画)

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主人公は二人組の殺し屋美少女。冒頭から二人は、あどけない顔をしながら二丁拳銃を構え、ターゲットを次から次へ血の海に沈めてゆくんですね!おお!これからこの美少女二人の、血と硝煙にまみれた超絶ハードボイルド・サスペンス・バイオレンスが展開してゆくんだね!と期待に大きく胸が膨らみます!しかーし!その後大きく展開が変わっちゃう!主演少女二人が、「お洋服欲しーい!」とか「お誕生日おめでとー!」とかなんだかキャッキャウフフしてるんです。ゆるいんです。ゆるふわなんです。そして新たに一人のオッサンを殺す仕事を請け負った二人、このオッサンのもとに行ったはいいけど、なぜだか同情心が湧いちゃって「いや〜ん!このオジサマのこと殺せな〜い!」と悩んじゃうんですね!そう、この映画、「血と硝煙にまみれた超絶ハードボイルド・サスペンス・バイオレンス」というよりは、実は「二人組のキュートなゆるふわ少女が織りなす、ちょっぴり危険でちょっぴりおセンチな殺し屋家業(はあと)」を描いたものだったんですよ!

そんなですからアクション・サスペンスを期待される方、肩透かしに遭っちゃいますから気を付けたほうがいいです。ゆるふわとかふざけんじゃねええ!って方も観ないほうが無難です。しかしそんなオレはどうだったかというと、確かに最初は「なんじゃこりゃ?」とお口ポカーン状態でしたが、段々ゆるふわ二人組のペースに負かされて、「まあこれもありかも」とお話に段々乗ってきてしまいました。まず、少女二人のターゲットになったオッサンは、実は自らを殺すように暗殺者を依頼していたんです。オッサンの死を望む理由が次第に明かされ、そしてオッサンの孤独な人生が浮き彫りになってゆきます。そんなオッサンの心の内を知ってしまった少女たちは、殺すのか殺さないのか?と悩みます。殺さなくとも、誰かが殺す。オッサンには別の刺客が迫っていて、少女たちはこれとも対決しなければならない。確かに撃ち合いなんかもありますが、全体的には夢見がちな少女のファンタジーをそのままお話にしちゃったような作品です。ある意味少女漫画っぽい展開とも言えるかもしれない。だからシチュエーションにリアルさは欠片も無いけれども、むしろ心の揺れ動く少女たちのキュートさを堪能する映画だと言えるかもしれない。

そしてこの映画の主演の一人が、『ラブリー・ボーン』『ハンナ』のシアーシャ・ローナンさんなんですね。当時16歳だったシアーシャ・ローナンさんが、もう透き通るような美しさなんですよ。このシアーシャさんのお姿眺めていられるだけでもこの映画観てよかったなあ、としみじみ思っちゃうんですね!一方もう一人の主演はアレクシス・ブレデルさん(『シン・シティ』のベッキー役)、ただしこのアレクシスさん、少女と呼ぶにはちょーっとお年を召した方で、Blu-rayの高画質で見るのには正直少々辛かったです…。また、悩めるオッサン役が先ごろ亡くなったジェームズ・ギャンドルフィーニさんが演じていて、これがとっても哀愁があっていいんです。さらになんと、オレの心の師匠ダニー・トレホ兄ィが出演なさってる、というのもポイント高いですね!というわけでこの『天使の処刑人 バイオレット&デイジー』、物凄く面白いとか超お勧めとかいうものでもないんですが、なんだか少女二人のゆるふわ振りにこちらもゆるっとふわっとなった映画でしたね。

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