超巨大惑星を旅する3つの知的種族の冒険譚〜『オマル-導きの惑星-』

■オマル-導きの惑星- / ロラン・ジュヌフォール

オマル-導きの惑星- (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

総面積は地球の5000倍にもおよぶ巨大惑星オマル。そこではヒト族、シレ族、ホドキン族の3種族が暮らしていた。何世紀にもおよぶ壮絶な抗争の末、65年前に結ばれたロプラッド和平条約により、いまはかろうじて平和が保たれていた。そんな3種族共同統治区プラットフォームジャンクションの大港に停泊中の巨大飛行帆船イャルテル号をめざし、今、種族も年齢も出自もまったく異なる6名の男女が向かっていた。彼らが手にするのは謎めいた卵の殻と22年も前に購入された乗船券。彼らの目的は?そしてイャルテル号の行く手には?フランス有数のSF賞、ロニー兄賞受賞に輝く壮大なSF叙事詩!

この間はイタリアSF『モンド9 (モンドノーヴェ)』を読んだばかりだったが、今回はフランスSFである。どちらも日本ではあまり紹介されていないヨーロッパ圏のSFなのだが、翻訳数の多い英米SFと比べると、世界観の成立の仕方に独特のものを感じることができて、そういった部分が新鮮で面白い。この『オマル-導きの惑星-』を読んで最初に思い浮かべたのはフランスのバンドデシネ諸作品だった。メビウスエンキ・ビラル、そしてブノワ・ペータースあたりのバンドデシネ作品、あるいはバンドデシネではないがローラン・トポールルネ・ラルーによるアニメ作品『ファンタスティック・プラネット』などは、英米SFに多く見られる実証主義的な空想科学作品というよりも、強烈なエキゾチシズムの溢れる非常に幻想味の強い異世界描写が中心となるが、この『オマル-導きの惑星-』でもそれは同工だ。
物語の舞台となるのは「総面積は地球の5000倍にもおよぶ」という謎の巨大惑星オマルである。要するに地の果てすら分からないほどに茫洋として広大な世界、ということである。そしてこの地には3種の知的種族が存在する。我々人類であるヒト族、身長2m40あるという甲殻類を思わせる姿のシレ族、爬虫類的な容姿のホドキン族がそれだ。この3種の知的種族は異種族間において長年に渡り抗争を続けてきたが、最近になって協定が成立し、現在は平和が保たれているらしい。しかしこの3種族においてもその棲息する既知空間は地球の550倍程度の土地であり、オマルのそれ以外の土地は未踏の謎とされているのである。彼らの1500年前に何らかの理由でこの地にやってきたとされているが、科学知識は幾つかの技術を残したまま遠い過去に忘れ去られ、その社会はいわゆるスチームパンク的なレトロフューチャーの様相を呈している。
物語はこのオマルのとある地から旅立つ飛行船に、お互いの素性すら知らぬ3種族6人が、何者かの導きで集められる所から始まる。彼らは22年前に発見された乗車券と、謎めいた細工の施された卵の欠片を持ち合わせており、この欠片を集めると一つの卵として完成するらしい。紆余曲折を経てやっと6人は顔を合わせ、次々にお互いの来歴を語ってゆく。そしてこのそれぞれに語られる彼らの物語が、オマルという惑星世界の全貌を少しづつ明らかにしてゆく、という構成になっているのだ。しかし彼らの乗った飛行船は海賊の襲撃により崩壊寸前となってまま航行しており、彼らが生きたまま目的の地とされる場所に辿り着けるのかすら分からない状況なのだ。
こうして物語は惑星オマルの全容を明らかにしつつ、6人の旅人たちが集められた理由をクライマックスで描くこととなるが、全体的に言うなら「オマルとは何か」というその世界観を説明することで終始する作品となっている。その為ひとつの物語としてのドラマチックなカタルシスには欠けるのだが、異質な世界をじっくりと俯瞰し、その世界の不可思議な有様を堪能させることがこの作品の目的になっているのだろう。だからある意味これは、長い長い物語の、その緒端のみを描いた作品だということもできるだろう。続巻の予定もされているので、新たな展開はそちらに期待するべきなのかもしれない。自分自身としては異世界冒険譚として非常に楽しむことができた。
それと思ったのは、やはりヨーロッパで書かれたSFらしいな、ということだ。広大な土地に散らばる様々な国家、様々な民族、様々な文化、それらが長い時間の中で対立し和合しまた分裂し、その紆余曲折の果てに今現在は取り敢えず均衡を保っている。そういった異質なものを全て飲み込みながら成立し、多様さの中でバランスの保たれている世界、といった部分で、この『オマル-導きの惑星-』はヨーロッパの歴史性とその重厚さの中で生きる者が、逞しき空想の中で垣間見せるヴィジョンであるように感じた。

オマル-導きの惑星- (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

オマル-導きの惑星- (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)