Hatena::ブログ(Diary)

メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

20140829(Fri)

[][]腐った世の中はこのラジニカーント様が変えてやるぜ!〜映画『ボス その男シヴァージ』 腐った世の中はこのラジニカーント様が変えてやるぜ!〜映画『ボス その男シヴァージ』を含むブックマーク 腐った世の中はこのラジニカーント様が変えてやるぜ!〜映画『ボス その男シヴァージ』のブックマークコメント

■ボス その男シヴァージ (監督: シャンカール 2007年インド映画)

f:id:globalhead:20140623101734j:image

最近割とインド映画を観る機会が増えてきたのですが、そういえば何かを忘れているような気がして暫く「んー…」と考えていたんですよね。そして大変なことに気付きました。

スーパースター・ラジニカーント様の映画を忘れちゃいないか。

いえ、『ロボット』はきちんと観てるんですがラジニカーント様の映画というよりは「インドに変わったSFX映画があるらしい」という興味から観たまでだし、『ムトゥ 踊るマハラジャ』も話題になっていた頃に観たことは観たけれど遥か昔で記憶は遠く霧の中…。というわけで選んだのが2007年製作で日本でも公開された『ボス その男シヴァージ』。あの『ロボット』と同じ監督、さらに同じスタッフとキャストで作られているそうです。

物語の主人公は米国で一儲けしてインド・チェンナイに帰ってきた大資産家シヴァージ(ラジニカーント様)。彼は潤沢な資産を運用し、貧困層向けの無料病院や入学費無料の大学を建てようと夢見ていました。しかしそんなシヴァージのことを面白く思っていないのが地元を支配する悪徳経営者アディセーシャン。シヴァージの福祉など自分の既得権益の邪魔だとばかり、あらゆる役所に手をまわしてシヴァージの施設建設を邪魔します。真っ当な手続きで仕事を成したかったシヴァージは泣く泣く賄賂を使って許可を取りますが、アディセーシャンはさらに強硬な手段を取り、なんとシヴァージは無一文になってしまいます。「お前は乞食がお似合いだぜ?」哄笑を浮かべながら見下すアディセーシャンに、遂にシヴァージの怒りが爆発!「ワルにはワルで対抗するしかない!」そう心に決めたシヴァージは裏社会のボスとなり、アディセーシャンを叩き潰しにかかるのです!やれ!やったれシヴァージ!悪い奴らをいてこましたれ!!

『ロボット』はラジニカーント様の濃いいキャラよりもありえない着想とロボット主人公ならではの無茶振りしまくったアクションで楽しませてくれていた部分がありましたが、この『シヴァージ』ではもう全篇が徹頭徹尾ラジニカーント様の「俺色」に染まりまくった堂々「大ラジニカーント様祭り」として完成しております(ラジニカーント様の映画3本くらいしか観てないのに知った口をきくオレ)。恋あり笑いありアクションあり、そして歌あり踊りありと、インド映画の王道を行く展開なのですが、ラジニカーント様の出演により、さらにそれがたっぷりこってりスパイス山盛り、ゼンブマシマシチョモランマ状態となって観客の前にそびえ立っているわけなのでございますな!「濃いい」とか「王道」とか申しますが、このテンションとクオリティで上映時間の185分間、全く飽きさせないばかりかひたすらとことん楽しい時間をキープし続ける、という部分で凄まじいほどの映画力を持った作品なのでありますよ。

そしてこの作品をぐっと前のめりで観せてしまう最大の要素は、善意の人シヴァージの大いなる挫折とその復讐が物語のテーマとなっている部分でしょう。自らの全ての財を投げ打ち、多くの人に善きことを成そうと粉骨砕身しながらも、金と権力にしか興味の無いよこしまな男の企みにより、その全ての希望をずたずたに引き裂かれ、さらに嘲られ見下される、この血を吐くような怒りと口惜しさが、観る者の魂に紅蓮の如き炎を焚き付けるのですよ!希望に燃えながらも持てるもの全てを失い、落ちるところまで落ちたシヴァージ、ここまでが前半の展開となります。しかーし!シヴァージは絶望するそぶりさえ見せず、すぐさま次の一手に出るのです。それが「悪へは悪で」の戦法です。世の中を善くしたいならなりふり構っちゃいられない、どんな汚い手を使ったって最大の巨悪を倒す!とシヴァージは誓うんです。このひたむきさ、意志の強固さ、決して諦めない粘り強さ、こんなシヴァージのキャラクターが、観る者を魅了して止まないのですよ。決して変なオッサンってだけじゃないんだからね!

シヴァージが戦うのは悪徳経営者アディセーシャンだけではありません。汚職収賄に塗れた政府役人たちの鼻をあかし、さらにインド各地で裏金を蓄える悪徳資産家たちに鉄槌を下し、彼らの汚れた金を収奪、それを洗浄して国中に学校や福祉施設を建てまくりはじめるのです。そしてそれを、あてにならない国家や法律に頼ることなく、個人の超法規的手段、平たく言うと「ゲンコツによる暴力」で行ってしまうのです。「一人のヒーローが世直しをする」という、フィクションだから可能だけれどもどこか能天気な絵空事に見えなくもないこの物語、実はよく考えると「国家を超えた"法"を元に力付くで社会改革を行ってしまう行為」、要するに【革命】についての物語を描いてしまっているのですよ。そう、映画『ボス その男シヴァージ』は、スーパースター・ラジニカーントが、愉快痛快なアクションを通して、単なる娯楽にとどまらないアナーキーな寓話を描く作品だったのですよ!

D

ボス その男シヴァージ [DVD]

ボス その男シヴァージ [DVD]

ロボット 完全豪華版ブルーレイ [Blu-ray]

ロボット 完全豪華版ブルーレイ [Blu-ray]

ムトゥ 踊るマハラジャ[Blu-ray]

ムトゥ 踊るマハラジャ[Blu-ray]

20140828(Thu)

[][]インド最強のスパイ・ヴィノッド参上〜映画『エージェント・ヴィノッド 最強のスパイ』 インド最強のスパイ・ヴィノッド参上〜映画『エージェント・ヴィノッド 最強のスパイ』を含むブックマーク インド最強のスパイ・ヴィノッド参上〜映画『エージェント・ヴィノッド 最強のスパイ』のブックマークコメント

■エージェント・ヴィノッド 最強のスパイ (監督: シュリラーム・ラガヴァン 2012年インド映画)

f:id:globalhead:20140623102345j:image

ずっと英語字幕の輸入盤インド映画ばかり観ていたので、たまには日本国内で流通している日本語字幕の付いたインド映画も観たくなってきた(本当は英語物凄く苦手なのだ…)。しかし悲しいかな、日本で販売され、レンタルでも観ることのできるインド映画というのは本当に数少ないし、しかも、有名どころは殆ど観てしまっているのだ。そんな中あれこれ調べて、観てみようかな、と思ったのがこの『エージェント・ヴィノッド 最強のスパイ』。

物語:インドの諜報局RAWの“ヴィノッド”(サイフ・アリ・カーン)は、9つの名を使って、世界中を飛び回るスパイだ。アフガニスタンでの潜入捜査で捕われ、パキスタンの諜報局ISIに執拗な拷問を受けていた。だが、間一髪のところで同僚のラジャンに救出される。その後、ロシアの犯罪組織に潜入していたラジャンが、“242”という数字を言い残した後に殺害される。ヴィノッドは、仲間の死と“242”の正体を探る中で、モロッコの富豪・カザンが一連の案件に関わっているという情報を得る。偽名を使って、カザンの元を訪れたヴィノッドに監視役として謎の美女・ルビー(カリーナ・カプール)が近付いてきた。モロッコでの情報を基にパキスタンへと渡ったヴィノッドとルビーは、デリーにおける核爆発計画の存在を知る。ヴィノッドは核爆発の阻止に奔走し、ついに黒幕の正体を突き止めるが…。(公式HPより)

お話はざっくりまとめると「携帯可能な小型核爆弾の売買を巡りインド諜報局の腕利きスパイ、ヴィノッドが世界を駆け巡りワルモンをぶちのめす」といったもの。007やミッション・インポッシブルみたいな娯楽スパイ・アクションのインド版だ。インドのスパイ・アクションといえば以前サルマーン・カーン主演の『タイガー 伝説のスパイ』という作品を観た事があるが、サスペンスを交えながら途中ラブコメ展開なども交えインド映画らしい変化に富んだ娯楽作になっていた。しかしこちら『エージェント・ヴィノッド』は最初っから最後までシリアスに攻める直球勝負。

ヴィノッドを演じるサイフ・アリ・カーンは徹頭徹尾苦み走ったニヒルな顔で危険な任務を遂行する。サイフ・アリ・カーンで以前観た『Race2』では少々気取りすぎな印象があったが、こちらではもっと体を張った泥臭いアクションを見せていた。この『エージェント・ヴィノッド』自体、無茶なシチュエーションで盛り上げるとかハイテクを駆使した武器や戦略を見せるとかいうものではなく、むしろ仲間の裏切りなどでこまめに危機を作りだしていき、物語を二転三転させることで盛り上げていく、といったシナリオになっている。ただし、ちょっと裏切り者多過ぎ…と若干思ってしまったが。一方謎の女ルビーを演じるカリーナー・カプールは、シリアスな役どころを実にきっちり好演していた。

こういったシリアスでガチなスパイ・アクションだと、どうしてもハリウッドの同様作と比べてしまいがちだが、いわゆる欧米覇権国家のエージェントが金と物量と爆薬にモノを言わせ世界で派手に暴れ回る、といった展開とはやはり趣きが異なり、大国インドならではの実情が見え隠れする部分が興味深い。それはインド・パキスタンの政治的確執ということなのだが、それを軸にしながらも、娯楽作という配慮からだろう、決してパキスタンを悪として描かず、むしろ両者協力し合って真の敵を追いつめる、といった部分にこの作品ならではの展開がある。こうした「俺たちが世界を守ってるんだぜ!」というのとは違う押しつけがましさの無さが、ある意味この作品の魅力かもしれない。

D

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/globalhead/20140828

20140827(Wed)

[][]奥深き原初の森で繰り広げられる暴虐と破壊の神話的叙事詩〜『Raavanan』 奥深き原初の森で繰り広げられる暴虐と破壊の神話的叙事詩〜『Raavanan』を含むブックマーク 奥深き原初の森で繰り広げられる暴虐と破壊の神話的叙事詩〜『Raavanan』のブックマークコメント

■Raavanan (監督:マニ・ラトナム 2010年インド映画)

f:id:globalhead:20140604092139j:image

I.

物語は冒頭から酸鼻を極める残虐な殺戮シーンから始まる。警官ばかりを狙った大量虐殺が描かれるのだ。ある者は撲殺され、ある者は足を切り落とされ、ある者は生きながら焼き殺される。そして別のシーンに移り、一人の女が謎の集団に誘拐されるシーンが挟まれる。女はある警官の妻だった。誘拐したのは警察官大量虐殺犯の集団だった。妻を誘拐された警官は特殊部隊を組織し、犯罪者たちが立て籠もっているとみられる奥深い山を目指す。一方、山奥の滝壺では、犯罪者集団の頭と思しき男が、狂気に燃える目を輝かしながら誘拐した女に銃口を向けていた。しかし女は、殺されるよりは自ら死を選ぼうと滝つぼに飛び込む。そして――。

2010年にインドで公開されたタミル語映画『Raavanan』である。本作は、古代インドの大長編叙事詩『ラーマーヤナ』から一部を抜き出して脚色されており、その一部とはラーマ王子の妃、シーターが鬼神ラーヴァナにより誘拐され、それを奪還するまでの顛末を描いた部分であるという。とはいえ、自分は叙事詩『ラーマーヤナ』を読んでいるわけではなく、その文脈からこの作品のテーマを語ることはできない。そもそもこの物語は、決して難解なものではなく、エンターティンメント作品としても十分優れたものであるにもかかわらず、些細な部分でどこか伝わり難いものがあるように感じる。それはこの物語の内包する寓意が、背景となる文化背景が違うために容易に想像できないという部分にあるのだろう。だから今回は『ラーマーヤナ』から離れ、あくまで個人的な解釈として感想を書きたいと思う。

II.

警察官たちを惨たらしく屠り、その警察官の妻を誘拐した集団の長の名はヴィーラム(ヴィクラム)。彼はまず狂人として登場する。そして狂人は時として神の別名である。神に理由はない。少なくとも"人でしかないもの"が容易に理解できる理から神は行動しない。ただ生み出したいときに生み出し破壊する時に破壊する。ましてやそれが狂った神ならなおさらのことだ。妻を奪った狂える神を追う警官の名はデーヴプラカーシュ(プリトヴィラージ)。彼もまた憤怒と復讐の情念により狂おうとしている。しかし幾ら狂おうと彼は神に近づけない。なぜなら人が人であるゆえの心が彼を狂わすからである。こうして、暴虐と破壊の神に"人でしかないもの"が叛逆を企てる、これがこの物語かもしれない。しかし"人でしかないもの"は、結局は神の掌の上で踊らされる存在にすぎない。

さらわれた女の名はラーギニ(アイシュワリヤ・ラーイ・バッチャン)。彼女は狂える神への供物であり贄である。神の手慰みの玩具である。そして同時に神へ"人でしかないもの"の言葉を伝える巫女であり依り代である。巫女の口伝えにより"人でしかないもの"の言葉を耳に入れた狂える神は、その狂気の世界から浮上し現世へと戻ってくる。そして人が人でしかないことを憐れむ。自らもまた、かつて悲惨を抱えた人であったことを憐れむ。これは中盤以降の、狂える神ヴィーラムが、なぜ狂える神と化したを解題したシーンと呼応する。そして神=ヴィーラムは、憐れむことにより己の暴虐と破壊に終止符を打つことになる。だが、それにより力を失った神は、憤怒と復讐に憑かれ、魑魅魍魎と化した"人でしかないもの"と再びあいまみえた時、どう行動をとるのか。その顛末が、この物語のクライマックスとなるのである。このような神話的な寓意を持ったのがこの物語なのではないのかと思う。

III.

さてこの『Raavanan』、南インドで撮影されたと思しき自然の情景が何しろ美しい。鬱蒼と茂る森の木々、それを濡らす激しい雨、轟々と落ちてゆく滝の飛沫、せせらぐ川、豊かに水をたたえた湖、涅槃仏の横たわる草原、ごつごつとした岩、立ちはだかる山、ひび割れた土くれの広がる荒野。全てが荒々しくむき出しで、同時に豊潤な自然の息吹に満ちている。この文明を拒んだ地で、人々はようやくその片隅で生きることが許される。そんな場所で繰り広げられるこのドラマは、現実を超越した寓話を物語る舞台としてふさわしい。そしてこの物語はどこか『地獄の黙示録』を思い起こさせる。川を遡り奥深き原初の森へと分け入り、"人でしかないもの"が神の如き暴虐と破壊をもたらす男と対峙する、というのがこの物語だからだ。

この映画でも歌と踊りはあるが、これがまた身体中に泥を塗りたくって雨のそぼ降る川面で踊り狂うという実に野蛮かつプリミティヴ極まりないものでちょっと気に入った。土人の踊りだ!というのは簡単で、実は非常に現代的かつ高度なダンスメソッドによりこれらの踊りが演出されていることは忘れてはならない。また、アイシュワリヤ・ラーイ・バッチャンの踊りも素晴らしい。ダンスではなくきちんと インド舞踊なのだ。

D

20140826(Tue)

[]『ディアブロ III リーパー オブ ソウルズ アルティメット イービル エディション』をプレイ中。 『ディアブロ III リーパー オブ ソウルズ アルティメット イービル エディション』をプレイ中。を含むブックマーク 『ディアブロ III リーパー オブ ソウルズ アルティメット イービル エディション』をプレイ中。のブックマークコメント

ディアブロ III リーパー オブ ソウルズ アルティメット イービル エディション - PS4

誰も死を阻むことはできない

黒のソウルストーンに閉じ込められた究極の悪が、復讐と解放を求めて叫んでいる。

ソウルストーンが永久に封印され、すべてが解決するかに見えたそのとき、死の天使マルサエルが動いた。

彼の目的はただひとつ。石が秘める地獄の力を自らの意のままに使うこと。

かくして、すべての終わりが始まる…

ハック&スラッシュ・ゲームの最高峰ではないかと思われる『ディアブロ』シリーズですが、最新作『ディアブロ III』の拡張パックが発売されました。『ディアブロ III リーパー オブ ソウルズ アルティメット イービル エディション(D3:RoS)』というタイトルで、自分は今PS4版を購入してプレイしております。これは既に発売されている『ディアブロ III(D3)』に新たなエピソードを一つ、さらに新キャラクター「クルセイダー」を加え、他にも様々な追加・変更点を組み込んで発売されたものなんですね。

PS3版の『D3』もプレイしていたんですが、この『D3:RoS』、PS3からPS4にデータの引継ぎができるのが嬉しいですね(PS3同士も可)。PS4だと1080pの高解像度を60fpsでプレイできますから、より綺麗な画像とぬるぬる動くキャラを堪能できます。実は自分、『D3』のほうは「とりあえずチャッチャと終わらせちゃおう」と思って低難易度でやってたんですが、さすがに楽すぎて、この『D3:RoS』ではちょっと難易度上げてやってみることにしました。いやそしたら難易度高いほうが面白いじゃんこれ(とか言って最高難易度はやる気が起きないが)。

『D3:RoS』での変更点は最初に書いた新章・新キャラ追加の他に「レベルキャップの引き上げ」「好きなエリアからプレイできるアドベンチャーモード」「報酬クエスト」「ゴールドを稼げるステージ ゴールドポート」「アイテム特性を変える秘術師ミリアムの追加」「ランダム・ダンジョン ネファレム・リフト」などなどがあるそうなんですが…そもそも自キャラをそんなに強くしてないので活用するのはまだ先のような気が…。

といわけで、とりあえずPS3でプレイしていたキャラで新章を終わらせ、そのあと新キャラのクルセイダーでもう一回プレイしてみようかな、なんて思うております。

D

20140825(Mon)

[][]言葉がなくても伝わるもの〜映画『バルフィ!人生に唄えば』 言葉がなくても伝わるもの〜映画『バルフィ!人生に唄えば』を含むブックマーク 言葉がなくても伝わるもの〜映画『バルフィ!人生に唄えば』のブックマークコメント

■バルフィ!人生に唄えば (監督:アヌラーグ・バス 2012年インド映画)

f:id:globalhead:20140824140232j:image

『バルフィ!人生に唄えば』は聾唖の青年バルフィ、バルフィの恋した裕福な娘シャンティ、バルフィの幼馴染で自閉症の少女ジルミルの3人が織り成す笑いあり涙ありのヒューマン・ドラマだ。

【物語】インド北東部の町ダージリン。この町に、聾唖ながら明るく生きるひょうきん者の青年バルフィ(ランビール・カプール)が住んでいた。バルフィはある日この町で、裕福な生まれの美しい娘シュルティ(イリアナ・デクルーズ)と出会い、恋をする。バルフィの真っ直ぐな生き方に惹かれるシュルティだったが、彼女には既に婚約者がおり、結局彼女は婚約者と結婚してしまう。一方その頃、バルフィの父親が倒れ、その治療費を工面しなければならなくなるが家は貧乏、そこでバルフィの思いついたのが幼馴染の資産家の娘、ジルミル(プリヤンカー・チョープラ)の誘拐だった。しかし何故かジルミルは何者かに誘拐された後で、しかもひょんなことからそのジルミルを救いだしてしまう。だが自閉症のジルミルは家族から疎まれており、家に帰りたくないとぐずる彼女を、バルフィは仕方なく自分の家に置く羽目になってしまう。

こうして物語は、バルフィとシュルティの実らなかった恋とその行方を、そしてバルフィとジルミルの奇妙な共同生活から生まれる愛を、さらにジルミルの真の誘拐犯の謎を、時系列を行きつ戻りつして描いてゆく。これら幾つものドラマをミックスさせ時系列を弄りながら長丁場で見せてゆくのはインド映画ならではの手法だろう。

映画の冒頭でまず観客を楽しませるのは、チャールズ・チャップリンバスター・キートンらのサイレント喜劇を明らかに意識したとみられるスラップスティックなアクションだろう。主人公バルフィが聾唖である、といった設定から、これらサイレント映画のテイストはいやがうえにも増し、そしてこのドタバタは映画全体に一貫した笑いのトーンを生んでゆく。さらにそこにはチャップリン喜劇が持つペーソスが加味され、思う存分笑わせ後にしんみりとした悲哀が描かれ、物語に陰影を与えてゆくのだ。それと併せ、この映画からは往年のイタリア映画のテイストを感じた。…などと書きつつ、自分はたいして古いイタリア映画を観ているわけではないので、これはイメージなのだが。

さらにロケーションが素晴らしく美しい。一言でインドといってもそこはインド亜大陸、一般的にイメージされるような「暑い」だけの国では決してなく、この映画の舞台となるダージリンなどはヒマラヤに連なる尾根の上標高2134mに位置する避暑地で、年間最高気温16度という涼しいぐらいの土地であったりする。そしてそういった土地ならではの風光明媚さ、さらにイギリス植民地時代の名残りとなる建物が点在したヨーロピアンテイストの街並みが独特であったりするのだ。こういった映画としてのテイスト、ロケーションとしてのテイストから、インド映画でありながらインド映画臭さの希薄な部分がまたユニークな映画でもあるのだ。

さて物語としてはどうだろう。この『バルフィ!』、ハンディキャップを背負った者同士のドラマ、ということから懸念される「泣かせ」と「感動」を強要するような「あざとさ」と「甘さ」が確かにある。そして「泣かせ」と「感動」に持って行こうとするために説明過多となっている。「それは胸を打つ話だったのです」などとナレーションで説明してはアウトだろう。時系列を弄った物語はインド映画では多いとはいえ、この作品では少々やり過ぎに感じた。それと同時にシュルティの扱いが結局は酷いもののように思えた。しかしこのシュルティの「どうにもならなさ」にはインド的な一筋縄ではいかない「業」の存在を感じてしまう。

とはいえ、この映画で圧巻だったのはジルミル演じるプリヤンカー・チョープラの鬼気迫る演技だろう。自閉症という一歩間違うと忌避感を感じさせてしまうキャラクターを、重すぎず、かといって上っ面をなでるような軽さでもなく、絶妙のバランスで演じながら観客の心をつかんでしまう手腕には驚かされた。しかもこのプリヤンカー・チョープラ、ミス・インドにもなった超美人でありながらそれを野暮ったいルックスに封印し、演技一本で観る者を大いに納得させてしまうのだ。彼女の演じるジルミルの、その天真爛漫で破天荒な一挙手一投足に誰もが魅せられることだろう。だからこそ、この映画はジルミルとバルフィにクローズアップした物語として語られた方がより安定感があったように思えた。

(↓こんなジルミルさんですが実はこんなプリヤンカー・チョープラさんが演じてます)

f:id:globalhead:20140824163237j:image f:id:globalhead:20140824163236j:image

D

20140822(Fri)

[]フラれにフラれフラれまくって〜短編集『こうしてお前は彼女にフラれる』 フラれにフラれフラれまくって〜短編集『こうしてお前は彼女にフラれる』を含むブックマーク フラれにフラれフラれまくって〜短編集『こうしてお前は彼女にフラれる』のブックマークコメント

■こうしてお前は彼女にフラれる / ジュノ・ディアス

こうしてお前は彼女にフラれる (新潮クレスト・ブックス)

おおっと。これは今までオレの読んだ中でもかなりザクッと胸に刺さった"恋愛"小説かもしれない。

実際の所、作中で主人公はどれも完膚無きまで徹底的にフラれ、フラれにフラれフラれ続けて、暗黒の宇宙の果てかはたまた身も心も消し炭にする地獄の底まで落とされるのだが、それでもこの小説は、恋愛のある一端を描いた、"恋愛"小説であることに変わりはない。しかもその最たる原因というのが主人公のひたすらしょーもない飽くせぬ浮気癖のせい、だったとしてもだ。

作者の名はジュノ・ディアス。あのあまりにも凄まじい『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』を書いた作家だ(レヴュー「オタク青年は悲劇の歴史を乗り越えられるか〜小説『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』」はこちら)。作者はドミニカ共和国の生まれ、そして登場人物もドミニカ人。このドミニカの男というのは「彼女の2、3人ぐらいいて当たり前」という手当たり次第のかな〜り奔放な恋をしちゃう性癖を持っていることが作中で書かれている。『オスカー・ワオ』はそんなドミニカ人でありながら【全くモテない】オスカー君の悲惨な七転八倒ぶりが描かれるが、この『こうしてお前は彼女にフラれる』ではそんなオスカー君の友人で、「愛の散弾銃」をぶっ放すドミニカ人そのもののヤリチン男ユニオール君が主人公となった短編集なのだ。

そのヤリチンぶりは凄まじい。本命の彼女がいながらあっちこっちでつまみ食いは当たり前、なんとEメールには50人もの浮気相手のアドレスが入っているのだという。「なーんだ、いまいましい不誠実なクソジゴロが主人公か」と思われるかもしれない。女性なら「女の敵ナンバーワン、なますに引き裂かれ永遠に苦痛を味わい続けるのが妥当」と思われるかもしれない。しかしちょっと待ってくれ。このユニオール君、バカなのか迂闊なのか、そんな浮気がすぐにバレてしまう。そして当然の如く交際相手の怒りを買いフラれてしまう。しかもこのユニオール君、こうしてフラれたことをいつまでもグジグジ悩む。当然の報いでしょ、と思われるかもしれない。確かにそうなのかもしれない。

だけれどこの物語は恋愛の倫理とか浮気の是非とかについて書いてるわけじゃない。物語の本質にあるのは、愛の不確かさとその飢餓感と孤独感、そして空虚さだ。「ヤリチンで浮気者の孤独なんて知ったこっちゃねえ」と言わずにちょっと聞いてくれ。ここでのユニオール君の浮気は物語における【装置】なんだ。「ヤリチンの浮気者」という極端なシチュエーションを設定することにより、その極端さが生むコントラストによって「愛の不在」を浮き彫りにしようとしているんだ。分かってくれるかな?

収録作は9編、ユニオール君が主人公の作品とは別に浮気相手にされた女性視点の物語もある。そしてその多くは米国へのドミニカ人移民、という立場を持つ人々の物語だ。「愛の不在」を描くこの物語には「故郷の不在」、すなわち「故郷という寄る辺を喪うということの悲しみ」という背景が存在している。さらにそこには逃げた父親や病死した兄、といった「家族の不在」も存在している。その圧倒的なまでの「不在」と「喪失」が、ヤリチン浮気男のあまりにおマヌケな失恋騒動というドタバタに託されて描かれているのがこの物語なんだ。そしてユニオール君がおマヌケであればあるほど、喪った愛への身を切るような悲哀、といったペーソスが鮮やかに表現されてゆくんだ。

この短編集における文章はどれも短いセンテンスを繋ぎ非常にテンポよく書かれている。そしてこの文章には全く無駄が無い。書かれるべき事柄が書かれるべき場所にきちっとはまっている。これは驚くべきことだ。作者ジュノ・ディアスは「1ページ書くために30ページ下書きする」のだという。「巧い文章」というのはオレはよくわからないのだが、少なくともジュノ・ディアスのこの文章術は、選ばれた作家のみが会得する素晴らしいものだということは痛感できる。それは作品のクライマックスにおいて顕著だ。どの作品のクライマックスにも、【必殺の一行】が必ず紛れ込んでいる。これはドラクエでいうところの「痛恨の一撃」というやつだ。

この【必殺の一行】の破壊力は凄まじい。鋭利な日本刀で一刀両断にされてしまうような気分にさせられる。それだけ心を抉られるのだ。心を抉られ、オレ自身の恋愛における失敗や苦痛や孤独感が走馬灯のごとく頭をよぎってゆくのだ。こんなもの、もうすっかり忘れ去って呑気な毎日を生きていたのに、また思い出しちゃったじゃないか。この効果が凄まじかった。だからこそ「今まで読んだ中でもかなりザクッと胸に刺さった"恋愛"小説」だったのだ。「恋愛」の言葉にクオーテーション・マークが付くのは、それがどれも失敗した愛だったり恋だったりするから。そんなわけで、面白くてやがて悲しき、臓腑を抉るような"恋愛"小説を読んでみたい方には是非お勧めしたい。

20140821(Thu)

[]ハウス・ミュージック黎明期のクラブ・シーンを描くコミック〜『マシーンズ・メロディ パリが恋したハウス・ミュージックハウス・ミュージック黎明期のクラブ・シーンを描くコミック〜『マシーンズ・メロディ パリが恋したハウス・ミュージック』を含むブックマーク ハウス・ミュージック黎明期のクラブ・シーンを描くコミック〜『マシーンズ・メロディ パリが恋したハウス・ミュージック』のブックマークコメント

■マシーンズ・メロディ パリが恋したハウス・ミュージック / ダヴィッド・ブロ&マティアス・クザン

マシーンズ・メロディ パリが恋したハウス・ミュージック (マンガでわかるハウス・ミュージックの歴史)

2011年に発行された『マシーンズ・メロディ パリが恋したハウス・ミュージック(原題:Le Chant De La Machine)』は、ダフト・パンクの盟友であり、一緒に夜な夜な踊り明かしていたというダヴィッド・ブロとマティアス・クザンの2人によって描かれた、ダンスミュージックの歴史をつづった漫画だ。1960年代〜21世紀に至るまでのダンスミュージックが歩んだ変遷が網羅されていて、なおかつ書籍ではなく漫画という所が、これまでになかった斬新な1冊となっている。

序文はダフト・パンクが手掛けており、漫画にはラリー・レヴァンやフランキー・ナックルズ、ロン・ハーディーからデリック・メイまで、豪華レジェンドたちが登場する。NY〜シカゴ〜デトロイト〜マンチェスターといった世界中で発生したダンスミュージックとその背景を描いた内容は、その深い歴史を楽しみながら知ることができるだろう。さらに翻訳版には注釈と解説が付いているので、より音楽知識を深められるようにもなっている。

〇「ハウスミュージックの歴史が読める漫画「マシーンズ・メロディ パリが恋したハウス・ミュージック」が日本語化!」Ritto Music Magazine Web

ハウス・ミュージックはどのようにして始まったのか?」。パリに住むダヴィッドとマティアスが描く『マシーンズ・メロディ パリが恋したハウス・ミュージック』は、1977年アメリカのシカゴで生まれたアンダーグラウンド・ミュージック「ハウス」のその背景と、当時の艶やかな喧騒に満ちたクラブの様子を活写する。ハウスの歴史、その成り立ちとなった都市と社会の状況、数々の有名DJたちの伝説、ハウスが生み出し、そして失ったもの。さらにそのハウスがフランスに飛び火し、パリのクラバーたちがどのようなナイト・ライフを過ごしていたのか。

ここで描かれる多くはダンス・ミュージック・ファンには既知のことが殆どなんだろうし、自分はクラブ・ドキュメント映画『Manifesto』で見知ったことが多かったけれども、コミックという形で読むのもまた違った味わいがあっていい。作品前半にはこれら「ハウスの歴史」「パリのクラブ状況」と併せ、小編としてデトロイト・テクノの起源、当時クラブで大流行したドラッグ「エクスタシー」秘話、そして伝説の名曲「ブルー・マンデー」を生み出した当時のニュー・オーダー・メンバーの様子を描く作品が挟まれる。

しかし作品後半ではトーンが変わり、巨大産業と化したダンス・ミュージック・シーンへの幻滅と批判、そうしたシーンの只中にいることの焦燥が描かれてゆく。個人的には、この後半作品には懐疑的だ。安易に量産される"魂無き"エレクトロニック・ミュージックを拒否し、"魂の宿った"ソウル往年の名曲ばかりをクラブでかけて追い出されるDJを描いたフィクションはどうにも青臭いし、クラブ客に迎合した曲ばかりかけながら「新しい物なんて何もない」と呟くDJを描くフィクションは、「だったらお前が新しいものを生み出せばいい話じゃないか?」と思えてしょうがない。結局この後半は「昔みたいじゃない」ことに文句を垂れてるロートルファンの愚痴にしか聞こえない。

確かにヨーロッパではダンス/エレクトロニック・ミュージックは日本では考えられないほど一般化しており(風営法とかいったいどこまで時代錯誤なんだ)、アリーナを埋める世界的DJは数十億単位の巨額ギャラを貰い、オリンピックではテクノやトランスのDJが音楽監督を務め、ヨーロッパ王族の戴冠式ですらエレクトロニック・ミュージックが流される。しかしそういったオーバーグラウンドのダンス・ミュージック・シーンを拒否しアンダーグラウンドで活躍するDJは今も絶たない。そしてオレの愛するエレクトロニック・ミュージックは、そうしたシーンで活躍するDJたちの作品だ。そういう進化・変化の在り方にも目を向けるべきだったんじゃないのかな。

あとグラフィックは、前半がロバート・クラム風、後半はなんというか、崩れたヘタウマ?風で、クラブ・ミュージックに批判が高い分グラフィックもおざなりになっちゃった、ってな感が否めなかった。うーんなにしろ前半はいいんだけどね。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/globalhead/20140821

20140820(Wed)

[]WiiU買った。 WiiU買った。を含むブックマーク WiiU買った。のブックマークコメント

ニンテンドーのゲーム機「WiiU」を買いました。何故に今WiiU…と申しますと、実は9月20日発売のWiiU版「ベヨネッタ2」をプレイしたかったからで…。

Wii U ベーシックセット【メーカー生産終了】

Wii U ベーシックセット【メーカー生産終了】

「そのうちPS3とかPS4とか他機種で出るでしょ?」と思われるかもしれませんが、なにしろベヨ様ファンのオレはこの「ベヨネッタ2」をいち早くプレイしたいがため、こうしてわざわざ持ってなかったWiiUハードを先行で購入しちゃった、という訳なんですよ。それと、そもそも「ベヨ2」はどこのハードでも企画が通らなくて、やっとニンテンドー発売ってことで製作に入ることができた、という経緯があるもんですから、そんなニンテンドーに義理を感じるってェのもあるんですよ。ゲーム自体も当然WiiU独特のインターフェイスに対して最高のチューンナップされてるわけでしょうから、その他機種版というのは違うゲームになってるだろうし、まあ、他機種版が出たら出たらまたそん時買えばいいんだよ!ってことで。さらにWiiUと同時購入で「ベヨネッタ2」を予約すれば1000円引きだ!っちゅうキャンペーンがやってたもんですから(現在は終了かな?)、その1000円に負けてついついWiiUを先に買っちゃった、ということなんですな。

D

ただねー、こうしてWiiU触ってみると、う〜ん、やっぱりPS4やPS3、あとXBOX360あたりと比べても、なんかちょっとイマイチなハードなんだよなあ。3DSは持ってるんですが、あの「Mii」ってアバターとか作るの好きじゃ無いんだよなあ。あとミーバースとか言って他のMiiと繋がろう、なんてのがさあ。オレ現実でも誰とも繋がりたくない人間なので、わざわざゲーム世界で繋がったりもしたくないんですよ。ゲームもソロプレイ中心だしな。

インターフェイスがどことなくもっさりしてるのも嫌なんですが、購入してアレ?と思ったのはまず専用アダプター買わないとLAN繋ぐことできないのや、ベーシックセットを買ったら内蔵メモリーが8GBしかないとか、まあ買う前に調べろやタコってことなんですが、最初からそういう不満が出るわけなんですよ。あの独特のコントローラー、WiiUゲームパッドは良し悪しで、発想として面白いし、サブ画面として使うというのは画面切り替えない分ゲームへの没入度が高い、というのはあるかもしれませんね。あとこのWiiUゲームパッドでTVのコントロールできるのはいいかも。でもでかくて邪魔なんだよなあ…。

さてWiiUを買ったのはいいんですが、なにしろ「ベヨ2」の発売はまだ先なので遊ぶソフトがありません。「マリオカート」とか「ゼルダ無双」とかバーチャルコンソールレトロゲームとか全然興味無いし。で、買ったのが『ゾンビU』。

ZombiU(ゾンビU) - Wii U

ZombiU(ゾンビU) - Wii U

タイトル通りゾンビゲームなんですが、一人称視点のミッションクリアタイプのアクションゲームなんですね。で、これが実は面白い。ゲーム内容そのものは想像通りのものなんですが、WiiUゲームパッドをサブ画面としてゲーム進行する、ただこれだけのことが面白さを倍加させているんですよ。いわゆるゲームデザインの勝利ってことでしょうか。ただ最近のHDゲームと比べたらゲーム画像はイマイチだなあ。ここんところが実に惜しいんだよなあ。ただしあんまり売れなかったのか現在投げ売り状態で、オレはアマゾンで1000円で買いました。1000円だからいっか。

D

そんなわけで『ベヨ2』の発売を待ちながらシコシコ『ゾンビU』やってるところです。…え、XBOXONE?う〜〜〜んどうしよう…。そもそもこのWiiU買ったばかりにTVのHDMI端子足りなくなって分配器買ったばかりか、あとLANのポートも足りなくなってハブも買い直さなきゃならなくなってきてるんだよなあ…。

f:id:globalhead:20140816133021j:image

f:id:globalhead:20140816133020j:image

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/globalhead/20140820

20140819(Tue)

[][]まだ見ぬあなたへ〜映画『めぐり逢わせのお弁当』 まだ見ぬあなたへ〜映画『めぐり逢わせのお弁当』を含むブックマーク まだ見ぬあなたへ〜映画『めぐり逢わせのお弁当』のブックマークコメント

■めぐり逢わせのお弁当 (監督:リテーシュ・バトラ 2013年インド・フランス・ドイツ映画)

f:id:globalhead:20140816150312j:image

■映画のお話の前にダッパーワーラーとインドの弁当箱についてちょびっと。

『めぐり逢わせのお弁当』は配達された弁当箱の間違いから心の交流が始まる男女の話だ。しかしそういった物語の前に「弁当配達システム」というインドならではの文化の物珍しさが日本を含む他国の観客に興味を持たせるに違いない。

この「弁当配達システム」、約5000人のダッパーワーラー(お弁当配達人)が1日に20万個に及ぶ弁当を配達、さらに空き容器の回収・返却をしているのだという。仕出し弁当とか、食堂とか、(もしあるなら)コンビニの弁当でもいいじゃないか、と思われるかもしれない。しかしここにはインドならではのお国事情がある。インドでは宗教上の理由から肉食をしない者が多く、外食自体がままならないのだ。

「単に野菜を食べればいいんじゃない?」と思われるかもしれないが、ベジタリアンにも階層があり、乳製品はOKだったり、同じ野菜でも土の下から採れる野菜がダメだったりする。また、肉食であってもヒンドゥーとイスラムでは食べられる肉が違い、調理する器具についても肉を調理したものは使えなかったりとか、さらに低カーストの作った料理は食べないとか、非常に細かい区分けがある。結局、最も信用のおける調理人は家族であり、それで「自宅で作った弁当を配達してもらう」という文化が発達したのだという。

「じゃあ朝早く作って持たせれば?」とも思うのだが…これについては想像なのだが、ダッパーワーラーの文化はインドの大都市ムンバイに根付いたものらしく、都市部ならではの仕事の忙しさがこうした形に結び付いたのかもしれない。インドの他の地方では朝早く起きてお弁当を作っている主婦もいるだろう。また、特に禁忌がなくとも、この作品の主人公のように単なる「弁当屋の作った仕出し弁当」が便利だからとダッパーワーラーを利用している者もいるだろう。

もうひとつ、この映画で興味を持ったのは「金属の丸い容器が幾つもお重のように重なった弁当箱」だ。この弁当箱、やはりインド映画の『スタンリーのお弁当箱』(レビューはこちら)で見かけたが、実に合理的な作りだなあ、と思った。まず料理が別々に入るので味や匂いが混ざらない。詰め込む必要が無いから料理がべちゃっとくっつかない。そして汁物がOK。さらにタワー型なので携帯が楽。この辺、日本の弁当箱の不満を全てクリアしている。ただし金属なのでレンチンは厳しいかもしれない。

■という訳で『めぐり逢わせのお弁当』。

さて話を戻して『めぐり逢わせのお弁当』だ。この映画は「誤配達が600万分の1の確率でしか起こらない」ほど高度にシステム化されている筈のダッパーワーラーが、その600万分の1の確率で起こったお弁当の誤配達によって始まる物語だ。お弁当を作ったのはムンバイに住み、夫と一人の娘の家族がいる主婦イラ(ニムラト・カウル)。イラの作ったお弁当が誤って届けられたのは、保険会社の会計係で、既に妻を亡くし、自らも早期退職を考えている男やもめサージャン(イルファン・カーン)。

イラは最近自分のことを全然振り向いてくれない夫の気を引こうと、腕によりを掛けた弁当を作ったつもりだった。けれどもその弁当はどうやら見知らぬ人間に届いたのらしい。しかし、その弁当を残さずきれいに食べてくれた"誰か"へのお礼と、その人物への好奇心から、彼女は次に作るお弁当にこっそり手紙を仕込む。こうしてイラとお弁当を誤配されたサージャンとの間で、お弁当箱を通じた奇妙な文通が始まり、二人は次第にそれぞれの心情を吐露し始め、そしてお互いの気持ちは近づきつつあった。

この物語でイラとサージャンに関わる人物たちがまたユニークだ。イラにいつもアドバイスをよこす同じアパートの"おばさん"はいつも声だけで画面には全く姿を現さない。声だけだがこのおばさん、威勢がよく温かで、専業主婦であるイラの心の拠り所になっていることを伺わせる。一方サージャンの元には退職による後任としてシャイク(ナワーズッディーン・シッディーキー)という男が現れる。サージャンは最初このシャイクを鬱陶しげに扱うのだが、次第にその屈託の無さから、彼の結婚式に参列するまで仲が良くなる。

それぞれの人間関係はそれぞれの日常を浮き上がらせる。そしてそこで分かるのは、それぞれの印象が最初とは逆転している、ということだ。男やもめサージャンは最初孤独で人付き合いの苦手な男のように描かれるが、実際は後任の男ときちんとしたコミュニケーションをもち、妻の死も彼なりに受け入れて今日という日常を生きている。一方、 夫と娘に囲まれ何不自由ない家庭生活を送っているように見えるイラのほうが、実は専業主婦の逃げ場のない孤独におり、寝たきりの父とそれを介護する母、さらに夫の浮気の疑惑、という不安を抱えて日々生きていたことが明るみになるのだ。

一見孤独な男と甲斐甲斐しい主婦との心の交流のドラマに見えたこの作品は、実は一人の一般的な社会生活を営む男と接することで自らの心の空洞を見つけてしまった女の物語だったのである。妻に先立たれた味気ない人生を、寂しくはあっても諦観しながら生きていたサージャンよりも、イラの孤独と焦燥はまさに現在進行形のものであり、より切羽詰まったものだったのだ。だからこそ、「この状況を変えたい、新しい人生を生きたい」と強烈に希求するイラは、サージャンに「私たちは会うべきだ」と積極的に声を掛けるのだ。

こういった、一人のやもめ男と孤独に悩む専業主婦との出会いは、ともすれば「不倫」という背徳的な話へと流れていきそうだ。だがこの物語はそういった逸脱を決して善しとはしない。実はインド映画は性愛や背徳の描写に非常に厳しく、キス・シーンですら画面に現れることは殆どない。しかし、だからこそ人の精神性の在り処を純粋に描こうとすることに最大限腐心するのだ。この物語は一組の男女のプラトニックな心情の行く未を描くが、プラトニックであればこそ、自らの気持ちとどう対峙し、「自分は今、どう生きるべきなのか」を真摯に考えようとする。それがこの映画の美しさであり、そして切なさなのだ。

D

20140818(Mon)

[]カピバラに会いに市原ぞうの国とさゆりワールドへ カピバラに会いに市原ぞうの国とさゆりワールドへを含むブックマーク カピバラに会いに市原ぞうの国とさゆりワールドへのブックマークコメント

お盆休みは相方さんといっしょに千葉市原にある動物園「市原ぞうの国」、それと隣接する「さゆりワールド」に行ってきました。もちろんカピバラと会うためであります。

まずは「市原ぞうの国」へ。他の動物には脇目も触れずにカピの待つ舎に直行です。…そして…いた!

f:id:globalhead:20140817161750j:image

群れてます。相変わらず群れてます。そして相変わらず「ぬーん…」としてます。木陰では小カピが入園者に餌をねだっていました。

f:id:globalhead:20140817161959j:image

ひとしきり食べ終わって「ぬーん…」としている小カピ。そんなカピに鳥がちょっかい出しに来ていました。

f:id:globalhead:20140817161958j:image

一応「ぞうの国」なので象も見ました。いやそしたらこれが圧巻。日本でもこんなに沢山の象を見られる場所はそうそう無いんじゃないでしょうか。

f:id:globalhead:20140817162312j:image

一通り「市原ぞうの国」を見て次に「さゆりワールド」へ。同じ経営なんですが、飼育の形態が違っていて、この「さゆりワールド」は殆どの動物が放し飼いになっており、それと触れ合ったり餌をあげることができるんですよ。もちろんカピもいますッ!

入場そうそうあまりに近いキリンにびっくり。2階建てになった施設の上からキリンに餌をあげられるんですよ。

f:id:globalhead:20140817162724j:image

そして見よ!あまりにワラワラと群れる動物たちの群れ!これ、全部放し飼いなんですよ。

f:id:globalhead:20140817165134j:image

餌が欲しいとカピが膝に乗ってくるッ!!

f:id:globalhead:20140817163259j:image

動物に取り囲まれ餌をカツアゲされる相方さん!!「持ってんだろ?さっさと出せよ?」「は、はい…」

f:id:globalhead:20140817162934j:image

もう辺りはカピだらけで可愛らしくて悶絶しそうです…。

f:id:globalhead:20140817163146j:image

f:id:globalhead:20140817163144j:image

とりあえず手なずけました。

f:id:globalhead:20140817163145j:image

オレと相方さんに撫でられ気持ちよくなって昇天するカピの皆さん。

f:id:globalhead:20140817163541j:image f:id:globalhead:20140817163540j:image

相方さんはカピのハーレム状態です。都合4匹のカピが相方さんの周りに群れてます。これは天国ですね…。

f:id:globalhead:20140817164905j:image

あ、レッサーパンダもいました。放し飼いにはなっていませんが、直に餌あげられるんですよ。ただ、あんまり入園者が気付かなくて、「俺だよ俺!可愛いレッサーたんだよ!誰か餌よこせよコンニャロメ!」とアピールしまくっていました。

f:id:globalhead:20140817163950j:image

「さゆりワールド」ではこの時期、園外でバーベキューや食事ができます。動物たちを一通り見てこの日は相方さんと乾杯のビール!ぐはああ最高だった!

f:id:globalhead:20140817164353j:image

日も暮れた頃にはナイトズーも開催されていました。暗くて写真は撮れなかったけど、夜の動物たちも楽しかったですよ。

f:id:globalhead:20140817164400j:image

ところで、ここの園長である坂本小百合さんはかつてモデルとしても活躍されていた方ですが、動物プロダクションを経営していた前夫と再婚してから象を中心とした動物園を経営されます。それは実は、若くして亡くなった息子さんの夢を実現したかったから、という理由があったんです。(明日への言葉 / 坂本小百合(動物園長62歳)・象の楽園を作りたい

◎市原ぞうの国HP

◎SAYURI WORLD HP

lazy-daisy5113lazy-daisy5113 2014/08/18 21:42 男の膝にそっと手をおきおねだりをするカピ…。上手いこと教育されてますねぃ。裏ではカツアゲって(笑) ここって最高! 私も行ってみたいです。

globalheadglobalhead 2014/08/18 23:42 あんだけ放し飼いの動物がいるとは思わなかったですよ。で、どの動物も人馴れしていてグイグイ寄ってくるの。カピバラも可愛かったけど、鹿やカンガルーがあんなに手触りの良い生き物だったとは、もうこういうのは触んなきゃ絶対死ぬまで分かんないことだよな。いや、オレ、カンガルーと肩組んじゃったりしたんだよ…感激したなあ…。高速バスで東京からアクアラインくぐって1時間ちょっとです。レイジーは一人で行くのが怖い人だから今度相方誘って一緒に行きましょう。

paseyopaseyo 2014/08/22 12:43 行くよ!

20140817(Sun)

[]オレと手塚治虫〜『ブラック・ジャック創作秘話(5)』を読み終わって オレと手塚治虫〜『ブラック・ジャック創作秘話(5)』を読み終わってを含むブックマーク オレと手塚治虫〜『ブラック・ジャック創作秘話(5)』を読み終わってのブックマークコメント

■ブラック・ジャック創作秘話(5) / 宮崎克, 吉本浩二

二人の娘から見た父・手塚治虫。夜ごと印刷所に現れる“砂かけ男”。“ギャグの神様”赤塚不二夫の激白。そして最後のアシスタントが語る手塚治虫の仕事場の終わり…。 実録・手塚治虫伝説、堂々完結!!

オレは昔、手塚先生を一度だけこの目で見たことがある。あれはオレがまだ10代の上京間もない頃だった。都内のある大学の大学祭で、手塚先生と映画監督の大林亘彦氏との対談が催されたのだ。実は当時、個人的には手塚先生の漫画は見限っていて、むしろ『転校生』でヒットを飛ばして間もない大林亘彦氏を見に行きたかったのだ。しかし、やはり講堂に現れたホンモノの手塚先生の姿には感慨深かった。対談も、大林氏が手塚先生を立てる形で聞き役に徹していた。

どんな話をされていたかは殆ど忘れてしまったが、一つだけ、質問コーナーでの手塚先生のある話が耳に残っている。それは宮本輝原作・小栗康平監督による映画『泥の河』を全否定していたことだ。手塚先生が言っていたのは、ああいった形の、汚い現実だけをあからさまにするようなリアリズムは大嫌いだ、といったことだった。

オレは実は、その時手塚先生が何を訴えたかったのかよく分からなかったのだけれども、この話が妙に頭にこびりついて、長い間そのことについて考えていたのだ。そしていつしか、自分の物語というものに対するスタンスが、手塚先生のその時の言葉とシンクロしたことに気付いたのだ。自分も、露悪的な、いわゆる「汚い現実だけを取り出したフィクション」が大嫌いだった。そしてその時、手塚先生が自らの物語に何を籠めて描きたかったのかに気付いたのだ。

手塚先生は「夢と希望」の漫画家では決してないし、むしろどろどろした人間心理の奥底を暗く汚く描くこともあったけれども、しかしそれはあくまでフィクションとして、つまりはエンターティメントとしてきっちり昇華していた作品となっていたと思う。それは作家として、描くものをどう対象化するか、といった作法なのだと思う。それに気づいた時、手塚先生の手塚治虫たる片鱗を見たような気がしたのだ。たった一度だけだったが、あの時手塚先生の姿を見ることができたのは、オレにとって宝物のような素晴らしい思い出である。

さてさて、この『ブラック・ジャック創作秘話』はそんな手塚治虫伝説を描くコミックの第5巻だ。最近の巻は段々ネタ切れしてきてたんで、そろそろ潮時かなあ、と思ったらこの5巻で堂々完結。そして内容のほうはまず冒頭、「最終巻までとっといただろ!」と思わせる手塚治虫と二人の娘との交流を描いた感動編。子供から見た父・治虫といった視点はさすがにほろっとさせられちゃったじゃないかコノヤロ!途中は赤塚不二夫と手塚の絡みなどを描きながら、最終話は病床の手塚と手塚プロ最後の一人となった男とのドラマ。あー手塚先生死んじゃったのまた思い出しちゃったじゃないかオイ…。

[] 購入コミック覚書 / 『ギガントマキア三浦健太郎、『監獄学園(14)』平本アキラ  購入コミック覚書 / 『ギガントマキア』三浦健太郎、『監獄学園(14)』平本アキラを含むブックマーク  購入コミック覚書 / 『ギガントマキア』三浦健太郎、『監獄学園(14)』平本アキラのブックマークコメント

ギガントマキア / 三浦健太郎

ギガントマキア (ジェッツコミックス)

ギガントマキア (ジェッツコミックス)

数億年に一度繰り返される地球規模の大災厄の彼方。その変わり果てた世界を舞台に語られる生命群の激突。神話の巨人を擁する帝国に、ただ一組の男女が挑む。男の名は「泥労守(ルビ・デロス)」、女の名は「風炉芽(ルビ・プロメ)」。彼らの目的と、この世界の成り立ちとは…? 圧倒的な想像力と筆力で描かれたSFロマン開幕!!

ベルセルク』の三浦健太郎による超遠未来冒険活劇、1巻完結モノ。これが『ベルセルク』で溜まりに溜まったフラストレーションを吐き出さんが如き好き放題に描いたと思われる作品で、なんだかもう実に伸び伸びと描いていていっそ清々しいほどだ。主人公は遠未来なのになぜかプロレスラーみたいな格闘家で、これが単純明快な性格をしており『ベルセルク』におけるガッツのよじれまくった性格とは正反対。また、彼と旅を続ける少女は人間を超えた能力を持っていて実は…という存在なんだが、これもきっつい展開の『ベルセルク』に後半登場し、なんだかこれまでの展開とは似つかわしくないロリーな魔法少女を思わせ、作者の「こういう美少女思いっきり描きたいんだよおおお」という雄叫びが聞こえてきそうだ。ストーリーはB・オールディスのSF小説『地球の長い午後』のような黄昏の地球に『風の谷のナウシカ』みたいな異形の生物が闊歩し『グラップラー刃牙』みたいな拳闘が繰り広げられた後『進撃の巨人』みたいな巨人が『ウルトラマン』のザラブ星人みたいなバケモノと戦う、といったもの。ええじゃないか、三浦健太郎よ、『ベルセルク』は十分頑張った、たまにはこういうの描いてリフレッシュしてくれりゃいい、あと、お体に気を付けて。

■監獄学園(14) / 平本アキラ

監獄学園(14) (ヤンマガKCスペシャル)

監獄学園(14) (ヤンマガKCスペシャル)

東京都郊外にある私立八光(はちみつ)学園は由緒正しい全寮制の女子高・・・・だった。本年度から理事長交代によって教育方針が変わり、男子が入学することになったのだが、入ってきたのは主人公の藤野清志他、たったの5人。女子1000人に対して圧倒的少数の男子どもを待ち受けるのは、はたして天国か地獄か。男共の下心がうずきまくる仰天ハイスクールコメディ始業!!

美麗なグラフィックにより描かれた、どこまでもゲスく下らなくしょーもない下ネタ学園漫画第14弾。もうくどくど内容を書きたくない。相変わらずアホ極まってます。もうなにがなんでも下ネタに持って行こうとする作者の執念のようなものすら感じさせます。最高です。アゼッチさん、これを読んでいたらもう「子供に見つかったらやばいから」とかなんとか言ってないで全巻買いなさい。幸せが待ってます。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/globalhead/20140817

20140816(Sat)

[]最近聴いたエレクトロニック・ミュージック / Minus、Pinch/Mumdance、Scuba、Bleep Sampler、Wen、Anushka、Dave Aju、Fhloston Paradigm、Dalhous 最近聴いたエレクトロニック・ミュージック / Minus、Pinch/Mumdance、Scuba、Bleep Sampler、Wen、Anushka、Dave Aju、Fhloston Paradigm、Dalhousを含むブックマーク 最近聴いたエレクトロニック・ミュージック / Minus、Pinch/Mumdance、Scuba、Bleep Sampler、Wen、Anushka、Dave Aju、Fhloston Paradigm、Dalhousのブックマークコメント

◆Enter Ibiza 2014 / Bella Sarris/Apollonia/Matador/Matthew Hawtin/Various

Enter Ibiza 2014

Enter Ibiza 2014

Richie Hawtin率いるMinusクルーがDJとなりサマーシーズンのイビザで開催される「ENTER.」。4枚組になる本作はENTER.の各フロアを表現するコンセプトになっている。4組のレジデントDJはBella Sarris、Apollonia、Matador、Matthew Hawtinが務め、Minusらしいミニマル・テクノをプレイする。 《試聴》

D

◆Pinch B2B Mumdance / Pinch/Mumdance/Various

Pinch B2b Mumdance

Pinch B2b Mumdance

ブリストルのベース・ミュージック・プロデューサーPinchと若手DJ・Mumdanceがタッグを組み、バック・トゥ・バック形式(2人で左右のターンテーブルを交互に担当)でMixしたアルバム。ポスト・ベース、テクノ、ロウ・ハウス、インダストリアルなど先鋭的なダンス・ナンバーがソリッドかつアグレッシブに展開する様はスリリング。今回のお勧め。 《試聴》

D

◆Update / Scuba

Update

Update

ベース・ミュージック・プロデューサーScubaが2013年暮れにリリースしたアルバム。テクノとベース・ミュージックのクロスオーバーを推し進め、メロディックなダブステップ、ダークなインダストリアルなどバラエティーに富んだ1枚。 《試聴》

D

Bleep 2014 Mid-Year Sampler / V.A.

f:id:globalhead:20140718134542j:image

音楽配信サイトBleepが2014年中期までの要注目最新型エレクトロニック・アルバム10枚から1曲づつ曲を厳選したコンピレーション。バラエティに富みつつ、Bleepらしいエクスペリメンタルなトーンは統一されている。これをガイドに各アルバムを聴いてみるといいかも。 《試聴》

D

◆Signals / Wen

BEYOND THE PALE - LTD.EDI

BEYOND THE PALE - LTD.EDI

ベース・ミュージック/グライムを軸としながらアブストラクトな音響世界を構築する新鋭Wenのデビュー・アルバム。ダークでヘヴィーな音にシリアスなヴォーカルが被る。 《試聴》

D

◆Broken Circuit / Anushka

Broken Circuit

Broken Circuit

Gilles Petersonに見出されたUKのダンス・ポップ・デュオAnushkaのデビュー・アルバム。エレクトロニックな音をバックにソウルフルなヴォーカルが歌い上げるという組み合わせ。 《試聴》

D

◆Black Frames / Dave Aju

Black Frames

Black Frames

サンフランシスコ出身のプロデューサー/DJ、Dave Ajuの2年振りとなるサード・アルバム。ハウス/ソウル/ヒップホップを自在に組み合わせたファンキーな音造り。 《試聴》

D

◆The Phoenix / Fhloston Paradigm

名門ベース・ミュージック・レーベルHyperdubからリリースされたFhloston Paradigmの1st、なんとこれ20年のキャリアを持つレジェンダリー・ハウス・プロデューサー、King Brittによる別名義ユニットだとか。どおりでエレクトロニカ音の狭間にこなれたハウスのセンスを感じると思ったなあ。ベテラン・プロデューサーによるディープ・エレクトロニック/アンビエント・ワールド、お勧めです。 《試聴》

D

◆Will to Be Well / Dalhous

Will to Be Well

Will to Be Well

そのレーベル名通り暗黒のインダストリアル・テクノを展開するBLACKEST EVER BLACKレーベルからリリースされたスコットランド出身、Dalhousの2nd。ただし今作ではダーク展開は鳴りを潜め、むしろメランコリックなアブストラクト・アンビエント路線を推し進めている。 《試聴》

D

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/globalhead/20140816

20140815(Fri)

[]最近ダラ観したDVDなど〜ダニー・トレホ主演作2作 『バッド・アス ジャスティス・リターンズ』『闇金USA』 最近ダラ観したDVDなど〜ダニー・トレホ主演作2作 『バッド・アス ジャスティス・リターンズ』『闇金USA』を含むブックマーク 最近ダラ観したDVDなど〜ダニー・トレホ主演作2作 『バッド・アス ジャスティス・リターンズ』『闇金USA』のブックマークコメント

■バッド・アス ジャスティス・リターンズ (監督:クレイグ・モス 2014年アメリカ映画)

f:id:globalhead:20140723094017j:image:right

いい歳した爺さんが町のチンピラ懲らしめて大注目、世間からはヒーロー扱い!?というダニー・トレホ主演の『キック・アス』便乗映画『バッド・アス』にまさかの続編が登場であります(前作『バッド・アス』のレヴューはこちら)。

いやーオレ、ダニー・トレホって大好きなんですよ。あの鬼顔が。なんかこう、「ただならぬ人生を歩んできた」っていう物凄いコワイ顏してますよね。『マチェーテ』とか最高じゃないですか。フィギュアまで持ってるもん。そんなトレホ兄ィの新作、しかも主演作と聞いたら、こりゃ観ないわけには行きません。

そして今作ではトレホ兄ィ、なんと麻薬組織に喧嘩売ります!「マチェーテ」のトレホ兄ィならまだしも、今作みたいな単なるジジイに相手になるのか!?と思われるかもしれませんが、実は『バッド・アス』でのトレホ兄ィ、ベトナム帰還兵っていう設定なんですね。だから一見よぼよぼしててもやるときゃやる!ジジイのクセに相当強い!それでもやっぱりよぼよぼ戦いますが!

そして今作では心強い相方が登場します。これがなんと「リーサル・ウェポン」シリーズの名優ダニー・グローバー。いい味出してるんですよ。やっぱりよぼよぼなんですけどね。しかもダニー・グローバー演じる雑貨屋店主のバーニー、彼がまたジジイのくせに結構強い。なんでこんなに強いのか?というとホッケーやってたからなんですね!…ってなんだか説得力薄いんですが、よく分かんないけどなにしろ強いんです。そして雑貨屋店主バーニーが戦いに赴くときのコスチュームというのが上下黄緑のジャージ、というのがヘボくてカッコいい!

というわけでとっくに還暦を過ぎたジジイ二人がタッグを組み、「Wバッド・アス」となって加齢臭撒き散らしながら暴れ回る!というのが今作での醍醐味です。この二人がお互いをクソジジイだなんだと言い合い、減らず口叩きながら戦いを繰り広げてゆく、そんなバディ・ムービーとしての楽しさが今作にはありますね。ある意味トレホ兄ィがピンで戦ってた前作よりも面白く観られるんですよ。まあなにしろジジイ二人が主人公なだけに、お話の内容やアクションは結構グズグズでジジイ並みにヨタヨタしてるんですが、元気なジジイが暴れ回る様を観られるのはそれはそれで愉快でしたよ。

D

■闇金USA (監督:クリストバル・クルーセン 2010年アメリカ映画)

f:id:globalhead:20140721134006j:image:right

タイトルが『闇金USA』でダニー・トレホ主演、という謳い文句から「おおこりゃ闇金屋の悪夢のような借金取り立てがテーマになったとってもサスペンスフルなクライム・アクションに違いない」と思って観てみたらさにあらず。ダニー・トレホが闇金取り立て屋なのは間違いないが、主人公はトレホに借金取り立てを迫られる債権回収会社役員ロレンゾ(ゲイリー・レイ・ムーア)。トレホは最初と途中と最後にちょっと出て来るだけ。物語はこのロレンゾがどう借金の金を工面するか?が描かれるんだが、セットはセコイし役者は魅力ないし話の流れはどうにもユルイし、「あーまたババ掴まされたのかー」とかなり脱力気味に観ていた。

ところが、ロレンゾが教会の運営する「人生充実センター(LEC)」に集まる失業者に仕事をさせる事を思いついたところから話が突然面白くなるのだ。ロレンゾは職業訓練と称して失業者に無償で仕事させ、その浮いた金を横領して借金の返済に充てようとしたのだが、失業者たちは仕事を斡旋してくれたロレンゾに感謝し尊敬の念を抱き、おまけに業績がバリバリと上がってしまうのだ。単なるチンケな小悪党でしかなかったロレンゾが私利私欲でやったことが、結果的に多くの人の心に希望を宿してしまう。これ、なんかに似てないか?と思ったら、なんとこれ、『シンドラーのリスト』を換骨奪胎したシナリオってことじゃないか!?

そしてこの中盤ぐらいから魅力的な役者もちらほらあらわれ、ロレンゾの善悪の陰影に富んだ性格が物語に深みを加える。確かに低予算丸出しだし地味なことこの上ないし、誰にでもお勧めできる映画ってことは決して無いのだけれども、オレは少なくともこの映画、「この先どうなるんだろう?」と途中から結構興味津々で観てしまったのは確かだ。突出したものは無いにせよ、どこか非凡なセンスがキラッと光るシナリオだったのだ。苦い部分もあるが希望のあるラストの余韻もいい。多分世界でもこの映画を褒めるのはオレだけなような気もするが、ちょっとした掘り出し物を見つけた様な気はした。

D

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/globalhead/20140815

20140814(Thu)

[]最近ダラ観したDVDなど〜『LIFE!/ ライフ』『LEGOムービー』 最近ダラ観したDVDなど〜『LIFE!/ ライフ』『LEGOムービー』を含むブックマーク 最近ダラ観したDVDなど〜『LIFE!/ ライフ』『LEGOムービー』のブックマークコメント

■LIFE!/ ライフ (監督:ベン・スティラー 2013年アメリカ映画)

f:id:globalhead:20140806090634j:image:right

冴えない日常を送っていた男が、仕事で使わなければならない写真のネガを見つけるために冒険の旅に出る羽目になる、といった映画。監督・主演をコメディ俳優のベン・スティラーが務める。

観終わって、「見栄っ張りな男の話だなあ」と思った。主人公は妄想癖の強い男で、映画でもその妄想が派手なSFXで描かれるが、それはどれも「こうしたらカッコいいのに、自分の溜飲が下がるのに」といったものばかり。そう出来ない現実との対比ということなのだろうが、実の所単なる「ええカッコしい」にしか思えないのだ。

さらに主人公は「パートナー探しウェブサイト」の自己紹介に書くことが無い、と悩む。これが物語の経過を経てあれこれの冒険を経験することにより自己紹介欄が埋まってゆく、といった描かれ方をしているが、要するに「沢山冒険してハクの付いた自分」をアピールしているようにしか見えない。

しかしそもそも主人公がそれほどダメ人間として描かれているわけではない。彼は地味な人間なのかもしれないが、仕事はきちんとこなし、友人もおり、家族との関係も良好で、人間性も誠実に思える。ただ、それでは彼は満足できないのだろう。そして自己評価も低い人間なのだろう。だから「そうじゃない自分」を妄想し、「ステップアップしなきゃならない自分」という強迫観念に苛まれ、数々の冒険を通して「もう今まで通りじゃないない自分」を誇示しているのだろう。

それで主人公に自信が付き、以前よりも生き生きと生きられたのなら、「それはよかったですね」としか言いようがないのだが、結局それは「無い物ねだりをしたがる主人公の個人的な解決」としか感じることができず、結局「ま、かんけーねーな」で終わってしまう。そして「地味に生きているのはダメなことなのか?経験値が高いことだけが人間の価値なのか?」とすら思えてしまう。

主人公の勤めるフォトグラフ雑誌『LIFE』社のスローガンが「世界を見よう、危険でも立ち向かおう。それが人生の目的だから」で、この映画はそのスローガンを可視化したものなのかもしれないが、しかし物語の描かれ方はやはり主人公の個人的な問題と摩り替えられている。なんだか「自己啓発」とか「自分探し」とかの延長線にあるような映画だったなあ。

D

■LEGOムービー (監督:フィル・ロード、クリストファー・ミラー 2014年アメリカ/オーストラリア/デンマーク映画)

f:id:globalhead:20140806090653j:image:right

レゴブロックにはそれほど興味はないが、レゴで作られた様々な世界を眺めるのは実際楽しいものだ。この映画はそんなレゴブロックで出来た世界の危機を、レゴで出来た登場人物たちが救う、という物語だ。

小さなブロックを積み上げ、どんなものだろうと形作るレゴの世界が、さらに命を持ったように自在に蠢くさまは実に目を見張らせる。きっとこの映画を観た誰もが「これはCGなのか、それとも本物のレゴを使ったストップモーション・アニメなのか」と思うことだろう。

実際の所CGだということなのだが、素材がシンプルなブロックだけに、逆によくあるCGアニメよりも妙にリアルにブロックで作られたもののように感じさせる。特に特殊なパーツを使用したものよりも、単純なブロックを使って形造られ、うねうねと形を変えて動く煙や海の水面のうねりなどは感嘆してしまった。

ただし物語には難がある。この映画は「形のあらかじめ決まったものを作るよりも、自由な発想で自由な造形を形作るほうが楽しいのだ」というレゴブロック遊びの基本を物語に反映させたかったのだろうが、それを物語として成り立たせることには失敗しているように感じた。

主人公はマニュアル通りの生活を至高として生きるあまりに平凡なレゴ青年だが、そんな彼がある日世界を救う「選ばれ者」として祀り上げられ、邪悪な存在との対決を余儀なくされるのだ。しかしなにしろこの主人公、本当に何の取柄も無い退屈な凡俗でしかなく、観ていて苛立ってくるのだ。

そんな主人公が転換を迎える契機となる理由が、「なぜなら平凡だから」というのも拍子抜けしてしまう。つまりこの主人公は平凡であることから少しも成長することなく「選ばれし者」として活躍してしまうのだ。それはそれで一つのアイロニーともとれるが、この作品はアイロニーを目指したものではないだろう。

主人公の作ったトンチンカンなアイテムが仲間を救うシーンがあっても、それは「たまたま」であってなにがしかの創造性の発露とは思えない。そもそも主人公に創造性が無いからこそ危機を脱出するシーンもあるではないか。映画がクライマックスで提示するテーマが自由な創造性であるにもかかわらず、凡俗な主人公には創造性が無い。そういったシナリオのちぐはぐさが気になる作品だった。

D

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/globalhead/20140814

20140813(Wed)

[][]進撃のインド人出撃す!〜映画『バードシャー テルグの皇帝』 進撃のインド人出撃す!〜映画『バードシャー テルグの皇帝』を含むブックマーク 進撃のインド人出撃す!〜映画『バードシャー テルグの皇帝』のブックマークコメント

■バードシャー テルグの皇帝 (監督:シュリーヌ・バイトラ 2013年インド映画)

f:id:globalhead:20140810192515j:image

ニコ動の「シンクロムービー」で「キレッキレのダンスを踊るインド人」として知られるテルグ人俳優、「進撃のインド人」ことNTRジュニアの主演作が本邦初お目見えでございます。タイトルは『バードシャー テルグの皇帝』、「バードシャー」というのは「王の中の王」という意味で、決して猛禽類がシャーシャー鳴いているといった意味ではございません。この「王の中の王」、映画の中で犯罪組織の王として登場し、実は犯罪組織壊滅の王だったということが後に分かる主人公ラーマ・ラオの謂れであり、またテルグ映画の生え抜き俳優として知られるNTRジュニアのことも指しているのではないかと勝手に思っております。

(※これがシンクロムービー「進撃のインド人」だ!ただし映画は『バードシャー』ではありません)
D

お話はザックリ申しまして、東南アジアを中心に暗躍するマフィアのドンたちを潜入捜査官ラーマ・ラオが叩き潰す!といったウルトラスーパー・トンデモ系・バイオレンスアクションなんでございます。え?「トンデモ系」ってなんだって?いやほら、そこはインド映画だから。宙を舞い地を割り、もう力学とか重力とかそういう面倒臭いことは存在しない、むしろそんなものあって堪るか!ってことになっているトンデモないアクションが展開するんですよ!いや〜主人公がドガッ!と地面を踏みしめたら悪モンの車がポーン!と宙に放り出され(しかも4台ぐらい)あまつさえ大爆発するシーンなんて既に超常現象の領域ですよ!もはや「ス、スゲエ…」と絶句するしかない!絶句した後にちょっと笑っちゃいますが!

しかーし!この映画、実はそれだけではない!「ウルトラスーパー・トンデモ系・バイオレンスアクション」の合間に、「ラブコメ」と「お笑い」が盛り込まれている!というか実は「ラブコメ」と「お笑い」が「アクション」と同量と言っていい位たっぷりこってり盛り込まれている!そしてそれに追い打ちを掛けるように畳み込まれる歌とダンス!歌とダンス!歌とダンス!もうなんと言いますか油脂満タンの「ラーメンチャーハンステーキ定食」みたいなもんが山盛りになって「さあ食え全部食えたっぷり食え!!」とばかりにテーブルに並べられたようなものです。もうこうなったら胃袋も裂けよとばかりに全部食うしかない!ああ食うさ!食って食って食いまくってやるさ!そしてお腹いっぱい腹いっぱいになった時の多幸感といいますか体中の血液が全部胃のほうに行っちゃって朦朧とした状態の時にこそ得られる至福感、これが映画を観終った時、痺れるように脳髄を満たすのですよ!

まず「ラブコメ」部、これは前半になります。激しい(そして笑える)アクションのオープニングからなぜかバードシャーさん、イタリアで女口説き始めます。お相手はジャーナキさん(カージャル・アグルワール)、意識高い系の彼女の頓珍漢さも笑えますが、その彼女に「失恋した自殺願望男」の振りをして近づき、かくして恋の鞘当のドタバタが演じられる、という訳です。実は彼女に近付いたのも捜査の一環だった、という理由があるんですけどね。そして後半「お笑い」部は冴えない鬱屈オヤジを騙し、「『インセプション』って映画観たよね?あれと同じ夢に入れる機械があるから、あんたも夢の中に入って願望を叶えるがいいさ!」なーんてやっちゃうんですよ。冴えない鬱屈オヤジは夢の中だと思いこんで「オシ!俺はヒーローなんだ!」ととんでもないことを仕出かし爆笑展開を見せますが、これも実は捜査の一環でして…。

こんな具合にあれもこれもテンコ盛り、コテコテでドタバタ、踊りはキレッキレでアクションはトンデモ系バイオレンスという、夢のように楽しい映画、それが『バードシャー テルグの皇帝』なのでございます。ただしシナリオは相当とっちらかっている上に「聞いてないよー」「いくらなんでも無理あんだろ…」と言いたくなる唐突な仰天展開が差し挟まれ、細かいことが気になる方、食が細くて「う〜ん私サラダだけでいいの…あ…低血圧…」といったような方には決して無理強いはできない作品ではありますが、食の神髄食の快楽、すなわち映画の持つ快楽原則をとことんまで味わい尽くししゃぶり尽したい方にはまさに天啓ともなるべき至高のメニュー、それを知り尽して作られたテルグ映画がこの『バードシャー テルグの皇帝』なのでございますよ皆々様!

D

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/globalhead/20140813

20140812(Tue)

[]『アナと雪の女王』のシナリオがちょっとナニだったので勝手に改編を試みてみた 『アナと雪の女王』のシナリオがちょっとナニだったので勝手に改編を試みてみたを含むブックマーク 『アナと雪の女王』のシナリオがちょっとナニだったので勝手に改編を試みてみたのブックマークコメント

アナと雪の女王 (監督:クリス・バック、ジェニファー・リー 2013年アメリカ映画)

f:id:globalhead:20140811194541j:image

■シナリオに難がある『アナと雪の女王

ようやく『アナと雪の女王』を観た。でもオレ的にはこの映画、全然ダメだった。この映画で最初に「これじゃダメだな」と思ったのは「舞台となっているエルサとアナの王国が国家として成り立っていない」という点と「父母である王・王妃が異様な能力を持つ娘に対してなに一つケアしていない」という点だ。

まず国王亡き後の3年間、この国を執政していたのは誰か、というのが全く描かれていない。そしてエルサ・アナ姉妹の後見人の存在が見えない。これがなぜ重要かというと、仮であろうとも執政者がいるのであれば戴冠式における騒ぎを収められただろうし、そもそもエルサの能力がこういう騒ぎを起こすことを想定してなにがしかの予防策を講じられた筈ではないか。そしてエルサ失踪後にアナが他国の貴族の男に国を任せてしまうが、もうこの辺で有り得ない。戴冠直後に王女が失踪する、というある意味国家の存亡に関わることなのに、その混乱の中にある国家を他国の男に任せる、この段階でこの国には執政者がいなかったことになってしまう。

さらに他国の公爵という男が「女王を捕まえろ!」などとわめいていたが、そもそもこれは内政干渉で、他国の人間であるこの男にはそんな権限など一切無い。無いのはいいとしても、この男の無礼をたしなめ警告するような立場にいる人間が描かれない。エルサ追跡も他国任せで、なにがしかの兵員のような存在、つまりアレンデール王国にいるはずの警察も軍隊の姿も、いるかいないんだか分からない形でしか描かれない。これでは王亡き後国家を運営していたのは誰もおらず、さらに自治権も自衛権も存在しない国家だということになってしまう。もはやこれでは国家ですらない。そんなものがどうして3年も存続していたんだ?

次にエルサの父母が魔力を持つ娘に対してなに一つケアしていない、という点。エルサになぜこのような魔力が発現したのかが描かれていない、ということもあるが、そんな能力を持ってしまった娘に対して親のしたことは幽閉と箝口令だけである。この魔力がなぜ娘に現われたのか、この魔力を無くすことが出来るのか、といったことを考えようとせず、ただ閉じ込めただけの親。これ、相当愛情薄くないか?それと同時に、娘が王位継承者であり、国の将来に関わることなのだから、王様ならいったいどうすべきなのか普通考えないか?そしてこんなエルサの能力を知り、それをケアするために働く人間が一人もいなかったのか?結局この魔法を知るのはエルサとアナだけのような描かれ方ではないか。

こんな具合にごく最初のストーリー展開だけでシナリオは穴だらけだ。他にも「どこぞの王子が裏切ったから速攻クリストフに鞍替えするアナ」なんて描写は酷過ぎる。高い才能と経験を持つはずの(そして高給も取ってるはずの)ディズニーのシナリオライターがこの程度の瑕疵にすら気づかないとは思えない。監督の指導力が低かったか現場が相当混乱していたか、納期が迫って変更が利かなかったか、もしくは「どうせ子供向けでしょ?」とナメきっていたか。どちらにしろ酷いシナリオだ。

しかしこれらの瑕疵を正す簡単な方法がある。それはエルサとアナの後見人に【邪悪な宰相】を登場させればいいのだ。これだけで『アナと雪の女王』の説明の足りない部分は全て説明できてしまう。それでは【邪悪な宰相】が登場する、オレの思いついた《 改訂版『アナと雪の女王』 》をここで書き殴ってみよう。

■改訂版『アナと雪の女王

【邪悪な宰相】の名を例えばナムリスとしよう。ナムリスは王の側近であり、王の死後もエルサが王位継承するまで代理執政者として国の様々な業務を執り行い、あるいは指導していた。そしてエルサの魔法能力を周囲から隠すのもナムリスの仕事だった。ナムリスは王にエルサの能力を消し去る方法を探す、と約束し、全権を委任されていた。だがそれは嘘だった。実はナムリスはエルサの能力を利用し、アレンデール王国を乗っ取ろうと考えていたのだ。

そしてエルサの戴冠式の日、ナムリスは大勢の人々の前でエルサが魔法を使うように仕向け、そこでエルサを【悪魔の申し子】呼ばわりして国から追放する。かくして王国を手に入れたナムリス。アナはその企みを見ぬき、クリストフと協力してナムリスの陰謀を暴こうとするが、彼らはまだまだ非力すぎ、こっぴどくやられて城から逃走する。しかし彼らは知った。エルサに魔法の力をもたらしたのは実はナムリスであり、そしてナムリスもまた邪法を使う男であることを。さらになんと、王とその妃の命を奪ったのもまた、ナムリスの仕業だったのである。

ナムリスを倒すためにアナは山奥の氷の城に籠った姉エルサを頼らねばならない。しかし心傷付き絶望の虜となったエルサは誰一人近づけようとしなかった。そしてエルサによってもたらされた凍てつくような氷河は、国ばかりか世界全体を覆いつつあった…。世界に迫る危機。果たしてアナとクリストフはエルサを説得し、世界を救うことができるのか?

中盤からクライマックスまでの展開は映画と一緒にして、クライマックスは邪悪なナムリス対エルサ、アナ、クリストフ、トロール、雪だるまの壮絶なる戦いとなるんだ。ちょっと可愛そうだが「次々と命を落としてゆくトロール軍団」なんて描写を入れ、悲壮感を盛り上げてもいい。そして見事ナムリスを倒し、ラストはもちろん姉妹愛で締めくくられる。さらにこの改訂版では、戦いが終わった後エルサからは魔法の力が失われ、普通の女性へ戻ることができるようにしよう。エンディングのタイトルバックでは、エルサがアレンデール王国で足止めを食っていたとある王国の王子と知り合い、ちょっぴりロマンスの兆しが…といった描写を入れてお終い、というのもいいな。

どうっすかね?…え、オリジナルのほうが全然まし?あうー。

■Let It…

この作品は製作中に劇中歌「Let It Go」を聴きその素晴らしさに感嘆したアニメーション・スタッフたちが、最初悪役だったエルサをもう一人のヒロインに据えた、という経緯を知っている方も多いと思うが、逆にこの変更が当初あったストーリーを継ぎ接ぎだらけにし、あちこちをギクシャクしたものにしてしまったと言えるかもしれない。悪役不在の物語では締りがないと用意された新たな悪役が諸外国の王子だったり公爵だったのだろう。だが結局彼らとて小悪党どまりで、超絶的な魔法を使うエルサの敵ではない。しかもそんな魔法の力をコントロールするやっとみつけた方法というのが「真実の愛」というのも、どうにもとってつけた感が否めない。

配役の変更によるストーリー変更のみならず、「Let It Go」の歌詞に合わせたテーマに物語展開の変更もあっただろう。そもそも「Let It Go」の歌詞内容とその歌われるシチュエーションとには妙な違和感があるが、想定外に素晴らしい歌だった為に使わないわけにはいかなかったのだろう。こうして当初予定され構成された世界観を「Let It Go」の歌一つでもう一度再構成を余儀なくされたこの物語は、この曲のキャッチ―な親しみ易さが牽引する型で大ヒットとなったが、逆にこの歌のせいでちぐはぐな物語となった、とも言えるかもしれない。しかし基本的には低年齢層・家族連れをマーケットに作られたアニメであり、いい年したオッサンのオレがどうこう言う種類の映画ではない、ということなのだろう。

D

20140811(Mon)

[]ジャン=ピエール・ジュネミシェル・ゴンドリーの系譜を継ぐ新たなフレンチ・ファンタジー監督の誕生〜映画『ぼくを探しに』 ジャン=ピエール・ジュネ、ミシェル・ゴンドリーの系譜を継ぐ新たなフレンチ・ファンタジー監督の誕生〜映画『ぼくを探しに』を含むブックマーク ジャン=ピエール・ジュネ、ミシェル・ゴンドリーの系譜を継ぐ新たなフレンチ・ファンタジー監督の誕生〜映画『ぼくを探しに』のブックマークコメント

■ぼくを探しに (監督:シルヴァン・ショメ 2013年フランス映画)

f:id:globalhead:20140810160826j:image

シルヴァン・ショメといえばアニメ『ベルヴィル・ランデブー』で非常にユニークな才能を見せてくれた監督だ。ツール・ド・フランス参加中に謎のギャングに拉致された孫を救う為、一人の婆さんが八面六臂の大活躍を見せる、という風変わりなストーリーを持つ『ベルヴィル・ランデブー』は、デフォルメされたキャラクターとシュールでブラックな展開が奇妙な世界へと誘う個性的なアニメ作品だった。そのショメがアニメ『イリュージョニスト』、実写オムニバス『パリ・ジュテーム』を経て監督したのが実写作品であるこの『ぼくを探しに』である。

主人公の名はポール(ギョーム・グイ)彼は二人の伯母姉妹に育てられ、伯母姉妹のダンス教室を手伝いながらピアニストを目指していたが、とある理由から口がきけなかった。それはポールが幼い頃に死んだ両親の死のショックからだったが、ポールはその記憶を封印したままだった。しかしある日、同じアパートに住む不思議な女マダム・プルーストと出会うことで彼の生活は一変する。マダム・プルーストは自宅で栽培した得体の知れないハーブ茶をポールに飲ませ、彼の失われた記憶を呼び戻すことを画策する。次第に蘇ってくるポールの記憶。幼い日のポールの両親に、いったいなにが起こったのか?

一見して、「これはジャン=ピエール・ジュネミシェル・ゴンドリーの系譜を継ぐフレンチ・ファンタジー監督の誕生だ」と確信した。奇妙な登場人物たちと奇抜な映像、摩訶不思議な世界観とユーモラスであると同時にどこかブラックな物語。そしてジュネもゴンドリーもこのショメも、奇しくもフランス人監督。フランス人にもフランス映画にも詳しくないので「これがフランス人監督気質」などとは決して特定はできないのだけれども、そのガジェット感覚や粘着質な話法、奇妙なノスタルジックさなどにどうにも共通したものを感じてならないのだ。

『ぼくを探しに』の奇妙な面白さは粗筋を語っただけではなかなか伝わらない。主人公の伯母姉妹はあたかも双子のようにいつも同じ服を着る。伯母姉妹のダンス教室には変な人ばかりいる。マダム・プルーストの部屋はなぜか階段の途中にドアのある違法改築したような部屋で、そこは栽培するハーブでほとんど家庭菜園と化している。マダム・プルーストのハーブ茶を飲んだポールはそこで気を失い、3歳の頃の記憶の扉が開く。そこではプロレスラーの父が吠え、ビーチではTVプロデューサーがミュージカルを演じ、TVの中のカエルの楽団が現れてジャズを奏でる。記憶を呼び戻す必須アイテムが「音楽」である、というのも実にいじらしい。

ポール以外の物語を支える登場人物が伯母姉妹や中年女性など、「いい年をした女性」ばかりで、若い女性が殆ど現れない、というのもショメらしい。前述の『ベルヴィル・ランデブー』は主人公が婆さんでその婆さんを支えるのもまた3人の婆さんだ。ショメの初期短編アニメ『The Old Lady And The Pigeons』(DVD『CINEMA16 WORLD SHORT FILMS』収録)もタイトル通り老婦人が主人公だ。ショメ監督の原体験が影響しているそうだが、ここまで老婦人にこだわり彼女らが活躍する作品というのも一種奇異だし、それがまたこの作品を風変わりなものにしているのだ。

この作品のテーマを一言でいうならやはり「記憶についての物語」ということができる。映画はフランスの文豪マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』の引用から始まるが、ポールの記憶を呼び戻す役割を担うのがマダム・「プルースト」という名前なのは当然意識してのことだろう。そしてポールは蘇った記憶を辿るが、そこには当然悲惨な過去の事実が存在する。しかしその悲惨の記憶をもう一度幸福の記憶に読み変えようと試みるシナリオは、なんと先ごろ公開されたホドロフスキー監督の『リアリティのダンス』そのものではないか。こうしてショメはノスタルジックな映像の中にマジカルな一瞬を挟み込み、幸福の過去を未来の幸福へと繋げるのだ。

D

ベルヴィル・ランデブー [DVD]

ベルヴィル・ランデブー [DVD]

イリュージョニスト [Blu-ray]

イリュージョニスト [Blu-ray]

20140810(Sun)

[]普通の日記 普通の日記を含むブックマーク 普通の日記のブックマークコメント

〇某月某日

いつものようにドイツなビールを飲みまくっていた。

f:id:globalhead:20140810153330j:image

〇某月某日

北海道に遊びに行っていた同僚から、カピバラの缶バッジを貰った。旭川の旭山動物園に行っていたらしい。「カピバラ見た?」と聞いたら「寝てた」という答えだった。

f:id:globalhead:20140727173046j:image

〇某月某日

エスニックなチップスだった。

f:id:globalhead:20140810153513j:image

〇某月某日

某所からお香を頂いたのだが…やはり焚かねばならぬのだろうか…。

f:id:globalhead:20140810153225j:image

〇某月某日

知り合いと集まり韓国焼肉屋で肉食った。食って食って食いまくった。マッコリがまた美味かった…。

f:id:globalhead:20140727173223j:image f:id:globalhead:20140727173222j:image

〇某月某日

海外に遊びに行っていた知り合いから「コブラ酒」を貰った。中のコブラは玩具なのだろうけれども楽しい。

f:id:globalhead:20140727173420j:image f:id:globalhead:20140727173419j:image

〇某月某日

寿司食った!美味かった!

f:id:globalhead:20140810153246j:image

〇某月某日

インドなカレーを食った。ナンはおかわりだ!

f:id:globalhead:20140810153329j:image

〇某月某日

アスファルトに撒いた水の上に蝶が降りてきた。暑かったから水を飲みに来たのかもしれない。

f:id:globalhead:20140810205455j:image

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/globalhead/20140810

20140808(Fri)

[][]冥界の神をやりこめろ!〜『マッキー』『あなたがいてこそ』のS・S・ラージャマウリ監督による大ヒットSFXファンタジー映画『Yamadonga』 冥界の神をやりこめろ!〜『マッキー』『あなたがいてこそ』のS・S・ラージャマウリ監督による大ヒットSFXファンタジー映画『Yamadonga』を含むブックマーク 冥界の神をやりこめろ!〜『マッキー』『あなたがいてこそ』のS・S・ラージャマウリ監督による大ヒットSFXファンタジー映画『Yamadonga』のブックマークコメント

■Yamadonga (監督:S・S・ラージャマウリ 2007年インド映画)

f:id:globalhead:20140804114139j:image

現在絶賛公開中のマサラ・ムービー『あなたがいてこそ』の監督、S・S・ラージャマウリが2007年に製作し大ヒットしたSFXファンタジー映画『Yamadonga』です(『あなたがいてこそ』のレビューはこちら)。この『Yamadonga』、一度死んだ人間が冥界の神とやりあっちゃう!?という奇想天外な作品なんですが、しかも物語はそれだけじゃない!ということで紹介などを。

《物語》

◎主人公の名はラージャ。物語はまず彼の子供時代から始まります。孤児だったラージャはある日ひょんなことからマヒーという少女を助け、お礼にと神の力が宿るというメダルを貰います。こんなもの価値が無いと何度もメダルを捨てるラージャでしたが、不思議なことにその度メダルは彼の元に戻ってくるのでした。


◎成人したラージャ(ナンダムリ・タラーカ・ラーマ・ラオ・ジュニア=NTR.Jr)は詐欺やコソ泥をやって生活していました。ラージャは泥棒稼業の最中、ギャングから逃げる女性を助け出したましたが、その女性こそは幼い頃メダルをくれたマヒー(プリヤマニ)だったのです。


◎実はマヒーは孤児となり養父母に奴隷のように使われていました。その養父母はマヒーに偽装結婚させ、マヒーの莫大な遺産を奪おうとしていました。ラージャもマヒーの遺産を狙いますが、養父母の送ったギャングの手により命を落とします。


◎そして…ラージャが気が付くと、そこは死の神ヤマが地獄に落とす人間を振るい分ける冥界だったのです!しかしラージャは死の神ヤマを騙し、ヤマの神器を奪うことでヤマと同じ力を得ます。死の神が二人になったことで冥界は大混乱に落ちます。真の死の神はどっちだ!?かくして冥界で死の神同士の戦いが巻き起こるのです!

お話はこんな感じで、「主人公ラージャとマヒーの馴れ初め」「冥界に堕ちたラージャと死の神との対決」「現世に戻ったラージャがマヒーを悪者たちから救うまで」の3つのパートに分けて物語られていきます。こうしてこの物語は、不思議な縁で結ばれた一組の男女が、悪賢い養父母やギャングたちと大立ち回りを演じ、さらには冥界の神まで巻き込んだ、とんでもないスペクタクルとして展開してゆくんですよ!

見所は何と言っても冥界の描写です。古代インド美術を模したであろう冥界のセットは、どこもかしこも黄金と宝石だらけ、眩しくて目が潰れそうなくらいキンキンキラキラと輝きまくり、豪華なようなチープなような派手さに満ち満ちています。オレはこのキンキラの冥界、SF映画『フラッシュ・ゴードン』の悪役、ミン皇帝(暗黒皇帝の写真の人です)の謁見の広間を思い出しました!そしてこの冥界を司る死の神ヤマも、セットとおんなじぐらいキンキンキラキラしまくり、その周りを鬼の格好をした沢山のエキストラがわらわらと群れているというわけなんですね。

どことなく馬鹿馬鹿しさすら漂うこのセットの中で、死の神ヤマともう一人の死の神となった主人公ラージャ(この時ラージャもやっぱりキンキラキンの神様の姿をしてます!)が対決する、というわけなんですが、力勝負や冥界選挙などを経ながら、その戦いはなんとダンス対決へと持ち込まれるのです!ぐはああこれだからインド映画ってばもう!!死の神ヤマは妖艶な3人の天女を召喚しこの踊りが全ての者を魅了しますが、ラージャも負けずに抜群の踊りを披露します。ラージャ役のNTR.Jrさん、ちょっと太めながら物凄いキレのいい踊りを見せてくれますね。そしてラージャさんには「お爺ちゃん」と呼ばれる大迫力な助っ人ダンサーが登場しますが、これはひょっとしてNTR.Jrさんのお爺ちゃんでテルグ映画を代表するというあの大物俳優の方でしょうか!?

その後は現世に戻ったラージャがマヒーを悪者たちから救うまでの展開が描かれますが、ここでも死の神が人間に姿を変えて現われラージャを邪魔します。これがまた色っぽいオネーチャンの格好をしていて、もともとがヒゲ面のムサイ神様なもんですから、そのギャップに大いに笑わせてくれます。そしてクライマックスでは再び命の危機に瀕したラージャが八面六臂の凄まじい戦いを見せ、大いに盛り上がってゆくんです!こんな具合にひたすら濃いいセットとシチュエーションの中、ひたすら濃いい人たち(&神様)が大暴れしちゃうという『Yamadonga』、とっても濃くて頭クラクラするぐらいお腹一杯なれる超B級SFXアクション・ロマンス映画でありました!ちなみに主演のNTR.Jrさん、8月9日公開の『バードシャー テルグの皇帝』でも主役張ってます!こちらも楽しみですね!

D

20140807(Thu)

[]英米大バカ映画対決!『ジャッカス/クソジジイのアメリカ横断チン道中』『モンティ・パイソン ある嘘つきの物語〜グレアム・チャップマン自伝〜』 英米大バカ映画対決!『ジャッカス/クソジジイのアメリカ横断チン道中』『モンティ・パイソン ある嘘つきの物語〜グレアム・チャップマン自伝〜』を含むブックマーク 英米大バカ映画対決!『ジャッカス/クソジジイのアメリカ横断チン道中』『モンティ・パイソン ある嘘つきの物語〜グレアム・チャップマン自伝〜』のブックマークコメント

ジャッカス/クソジジイのアメリカ横断チン道中 (監督:ジェフ・トレメイン 2013年アメリカ映画)

f:id:globalhead:20140730112025j:image:right

命知らずのエクストリームなお騒がせ集団「jackass」による劇場版シリーズ第4弾です。今回はjackassメンバーであるジョニー・ノックスビルが老人に扮装し、またまた街中をパニックに陥れるというもの。

しかも今回はストーリー仕立てとなっており、ジョニー扮する86歳のアーヴィン爺さんが、生意気な孫息子ビリーを車で父親の元に届ける、というロードムービー仕立てになっています。つまり車でのアーヴィン爺さんとビリーの会話で物語を進行させ、途中に寄る町々でとんでもないドッキリのイタズラを披露する、といった形で進行してゆくんですね。まあ例によって自販機にチ〇コ挟んでみたりとかスーパーで万引きしたりとか遊具を暴走させてショーウィンドーをブチ破ってみせたりとか、ろくでもないことばかりしでかしてます。

ただし子供を主演させているからなのか、下ネタ下品ネタは若干抑え目になっていますね。まあカフェでビチグソぶっ放したりとか黒人男性ストリップ小屋に乱入して自分もチ〇コ御開陳したりとかはしてますけどね!ただこの辺のjackassにしてはちょっとソフトになったイタズラというのは、どんどんイタズラを派手にさせて止めなくインフレーション起こしてしまうことに対する方策なんじゃないのかな。ストーリー仕立てになっているのもそういう理由だからな気もします。そういった部分で隠微で耽美なデヴィッド・リンチが妙に暖かいロードムービーストレイト・ストーリー』を撮ったのと似ているかもしれませんね。

面白かったのはアメリカ貧困層の人々のレクリエーションが幾つか映し出されていたことですね。ビンゴ会場でイタズラを仕掛けるシーンがありましたが、会場はなんともいえない殺伐とした雰囲気を醸し出していましたし、先ほど書いた男性ストリップは、小さなパブみたいな所で行われていたんですが、観客の黒人女性たちが物凄く生き生きとしていて楽しげだったのが非常に印象に残りました。そして最後の子供美人コンテストの大暴れっぷりが本当に可笑しかった!

D

■モンティ・パイソン ある嘘つきの物語〜グレアム・チャップマン自伝〜 (監督:ビル・ジョーンズ、ジェフ・シンプソン、ベン・ティムレット 2012年イギリス映画)

f:id:globalhead:20140730112006j:image:right

モンティ・パイソンにはそれほど強い思い入れはないのだが、社会人なら当然知っておくべき一般常識であり一般教養だろうと思い「空飛ぶモンティ・パイソンDVD BOX」は購入済みなのである。DVD7枚もあって全部観れてないけど。社会人失格である。おまけにモンティ・パイソン・メンバーであるグレアム・チャップマンが88年に逝去されていることも知らなかったのである。常識の無い人間なのである。というわけで罪滅ぼしを兼ね、グレアム・チャップマンの自伝映画『モンティ・パイソン ある嘘つきの物語〜グレアム・チャップマン自伝〜』を観賞するることにしたわけなのである。

しかし自伝とはいえ相手はモンティ・パイソン、一筋縄ではいかない作りとなっているのである。まず全編アニメだ。しかも全編ふざけきっている上に非常にろくでもない内容なのである。まあ本人がろくでもなかったから、と言えないことも無いのだが、例え相手が故人だろうと徹底的におちゃらかして描く、という部分にモンティ魂を見るのである。死んでも弄られるグレアム・チャップマンは、きっと草葉の陰でキャッキャと喜んでいる事であろう。

全編アニメ、と書いたが、この作品のユニークな所はそのアニメのタッチがコロコロと変わってゆく、という部分だろう。複数のアニメ・アーティストを使い、イメージをあえて統一させずにエピソードをつぎはぎしている、ということだ。これが非常に面白い効果を上げており、観ていて常に新鮮で飽きさせないのだ。グラフィックは技巧を凝らしたものではなく、どことなくCGでチャッチャと作ったようなお手軽なものだが、ある意味「モンティ・パイソン」というアーチストから離れても、アニメ作品として秀逸なのではないか。少なくともオレは宮崎の『風立ちぬ』の10倍は愉快に観ることが出来た。

さて肝心の内容だが、こんな作りなのでどこまでが本当か嘘なのか分からない。なにしろモンティ・パイソンなので本当でも嘘でも構いはしないのだが、グレアム・チャップマンはケンブリッジ大学で医学を学んでいたそこそこにインテリな男だったのだという。その彼がコメディを志しモンティの面々と出会い成功の階段を上ってゆくのだが、それと同時にゲイだった彼のめくるめくような性遍歴と性妄想も同時に描かれてゆく。さらに深刻なアルコール中毒だったのらしく、禁断症状の悪夢がサイケデリックに画面を覆い尽くす。そして実際に執り行われた葬式も、やはりモンティらしいふざけたものだったという。けれども、そんな葬式こそがモンティ・メンバーや知人たちのチャップマンへの最大限の愛情表現だったのだろう。

D

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/globalhead/20140807

20140806(Wed)

[]ホドロフスキー原作によるカルト宗教狂騒曲〜『アラン・マンジェル氏のスキゾな冒険』 ホドロフスキー原作によるカルト宗教狂騒曲〜『アラン・マンジェル氏のスキゾな冒険』を含むブックマーク ホドロフスキー原作によるカルト宗教狂騒曲〜『アラン・マンジェル氏のスキゾな冒険』のブックマークコメント

■アラン・マンジェル氏のスキゾな冒険 / アレハンドロ・ホドロフスキー(著)、メビウス(絵)

アラン・マンジェル氏のスキゾな冒険

アラン・ザカリー・マンジェルはソルボンヌ大学の哲学教授。誰からも尊敬される教養人の彼だが、ある日を境に人生が一変。妻から離婚を言い渡され、家財一式を失い、学生たちからも小バカにされ…。そんな彼の目の前にエリザベスという名の若く美しい女学生が現れる。彼女は『新約聖書』を根拠に、2人は頽廃したこの世に再び洗礼者ヨハネを生み出す宿命なのだという呆れた妄想を語り、アランをさらに悩ませる…。やがて聖ヨセフの生まれ変わりだというヤクの売人のアラブ人と聖マリアを称するコロンビア・マフィアの愛娘が加わり、フランスと南米を股にかけた聖俗混濁の大冒険が繰り広げられる…。聖ホドロフスキーと聖メビウスによる福音書!

この『アラン・マンジェル氏のスキゾな冒険』は、先ごろ『リアリティのダンス』が公開されたばかりのアレハンドロ・ホドロフスキーによる原作、盟友でありバンドデシネの神とも呼ばれるメビウスがグラフィックを担当したバンドデシネ作品だ。さてこの『アラン・マンジェル氏〜』、これまでホドロフスキー&メビウスのタッグでリリースされてきたスペース・オペラSFとは全く毛色の違う作品として仕上がっている。一言でいうならこれは「カルト好きのホドロフスキーによるカルト宗教狂騒曲」といったところだろうか。

主人公は名門ソルボンヌの人気哲学教授アラン・マンジェル、彼は哲学者だけあって高邁なる理性と厳粛たる論理を重んじる男だ。しかしそんな彼は若く美しい狂信的キリスト教原理主義の女エリザベスと出会うことから全ての人生が狂ってゆくのだ。「新たなる預言者の誕生」を確信するこの女は、聖ヨセフの生まれ変わりだと嘯く男と協力し、精神病院に入院しているこれまた聖マリアの生まれ変わりと名乗る女ロザウラを拉致、彼女の導きを仰ぐことで救世主の生誕を目論むのである。ところがこのロザウラ、実は南米麻薬カルテル首領の娘でもあり、かくしてアラン・マンジェル一行と麻薬カルテル、さらにそれを追うCIAとのとんでもないドタバタ劇が繰り広げられてゆくのである。

奇跡も神の顕現にも否定的な理性の人アランが、カルト宗教に巻き込まれそれから抜け出られない、その理由の一つがエリザベスへの強烈な肉欲、という「非理性」であるところがまず皮肉だ。そんなアランが「こんなものまやかしだ」と思いながら胡散臭い秘教儀式に参加し、「こんなもの偶然だ」と思いながら度々起こされる奇跡に立ち会ってしまう、その【合理性と不合理の強烈な乖離】がこの作品の前半テーマとなっており、合理的精神を持っているであろう読者は次第に精神を攪乱され、アラン・マンジェルと同じく不可知の世界へと絡め取られてゆくのだ。

そしてこれは後半の、アラン・マンジェルが体験することになる【神秘体験】への下地作りとなっており、読者は否応なくホドロフスキーの用意したカルトの手の内に落ちてしまう、という構造を成している。ホドロフスキーさん、これって洗脳の常套手段っすよね…?つまり物語前半の中で巻き起こるドタバタは後半の【神秘体験】に説得力を与えるために巧妙に仕掛けられたドラマだということができるわけで、こういった構成力の高さにも括目すべき作品でもあると思う。しかし【神秘体験】だなんだといってもそこはホドロフスキー、山師の如き胡散臭さと、本気か嘘か分からない狡猾さは持ち合わせていて、エンターティメントとしても十分楽しめる。

この作品でメビウスはあくまで一介の絵師としての立場を通しており(作品内容自体には強烈に惹かれていたという)、これまでリリースされていたSF作品のような幻惑的な描線は垣間見られないにしても、逆にそれによりこれまで以上にホドロフスキーらしさがプンプンと漂う作品として完成している。意外と好きだなこれ。

L'INCAL アンカル (ShoPro Books)

L'INCAL アンカル (ShoPro Books)

天使の爪

天使の爪

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/globalhead/20140806

20140805(Tue)

[]ナチス高官暗殺作戦の行方〜『HHhH (プラハ、1942年)』 ナチス高官暗殺作戦の行方〜『HHhH (プラハ、1942年)』を含むブックマーク ナチス高官暗殺作戦の行方〜『HHhH (プラハ、1942年)』のブックマークコメント

■HHhH (プラハ、1942年) / ローラン・ビネ

HHhH (プラハ、1942年) (海外文学セレクション)

ナチにおけるユダヤ人大量虐殺の首謀者ハイドリヒ。〈金髪の野獣〉と怖れられた彼を暗殺すべくプラハに送り込まれた二人の青年とハイドリヒの運命。ハイドリヒとはいかなる怪物だったのか? ナチとはいったい何だったのか? 登場人物すべてが実在の人物である本書を書きながらビネは、小説を書くということの本質を自らに、そして読者に問いかける。「この緊迫感溢れる小説を私は生涯忘れないだろう」──マリオ・バルガス・リョサ

第2次世界大戦におけるナチス・ドイツ高官暗殺計画で唯一成功した「類人猿計画」を描く物語である。ターゲットの名はラインハルト・ハイドリッヒ。

ドイツの政治警察権力を一手に掌握し、ハインリヒ・ヒムラーに次ぐ親衛隊の実力者となった。ユダヤ人問題の最終的解決計画の実質的な推進者であった。その冷酷さから「金髪の野獣(Die blonde Bestie)」と渾名された。 Wikipedia:ラインハルト・ハイドリヒ

傀儡政権指導者としてチェコ駐留中のハイドリッヒを、ロンドンのチェコ亡命政府が送り込んだパラシュート部隊が狙う。そしてそこには、周辺諸国の及び腰により、あたかもナチへの供物のように蹂躙されたチェコの悲惨が背景にある。物語は前半にハイドリヒの狡猾さと残忍さを浮き彫りにさせ、後半に暗殺計画とその顛末を描くところとなる。

実を言うとラインハルト・ハイドリッヒもこの暗殺計画の存在も知らなかった自分は無学を恥じつつ大いにこの物語にのめりこむことができた。そこには更なるナチスの残虐が描かれ、それを阻止するために片道切符の暗殺計画に挑む男たちの悲痛なる戦いがあった。計画に臨んだ男たちは、最初から、帰還を想定せず死を覚悟してチェコへ飛んだのだ。膨大な資料を綿密に構成し、まさに目の前でそれが起こっているかの如く暗殺の経過を描くその筆力には驚かされるばかりだ。

しかもこの作品は単なるドキュメンタリーではない。いかに膨大な資料を積み上げたところで、そこから抜け落ちる「事実」は必ずある。その抜け落ちた「事実」を、作者はどう補うのか。それに対し作者は、それを想像や創作で補うのは「厳然たる事実」に対して不遜極まりないことなのではないか、と考える。同時に、資料と史実のみに奉仕した文章ならば、作者の存在=エゴは必要の無い物となる。

片方に客観的で正しい史実を描きたい、という想いがあり、片方にその歴史性に対して、今ある自分はどう考え、どう感じているのかを書き記したい、という想いがある。そのジレンマを、ジレンマのまま作者は書き進む。だからこそ、クライマックスの暗殺シーンにおいて、物語はドキュメンタリーでもなく創作でもない、作者の暗殺部隊に対する大いなる共感が、うねるような文体となった怒涛の展開を読者の目の前に突き付けるのだ。この「描く」ということに対する一筋縄のなさ、これこそが『HHhH (プラハ、1942年)』を素晴らしい作品として完成させているのだ。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/globalhead/20140805

20140804(Mon)

[][]家から出ちゃうと殺される!?〜映画『あなたがいてこそ』 家から出ちゃうと殺される!?〜映画『あなたがいてこそ』を含むブックマーク 家から出ちゃうと殺される!?〜映画『あなたがいてこそ』のブックマークコメント

■あなたがいてこそ (監督:S・S・ラージャマウリ 2010年インド映画)

f:id:globalhead:20140803161445j:image

I.

土地を相続してホクホク顔でその村に入ったら、遠い過去地元の豪族と血なまぐさい因縁があったことが分かってしまい、命を狙われてさあ大変!?というテルグ語のロマンチック・アクション・コメディです。監督はハエが主人公!?という前代未聞の大傑作コメディ『マッキー(2012)』(レビューはこちら)を撮ったS・S・ラージャマウリ。『マッキー』がとても素晴らしい作品だったので楽しみにしていました。ドキドキしちゃうシリアスな設定ながら、笑いとロマンス、歌と踊りもふんだんに盛り込まれた作品ですよ。

主人公は宅配業を営むサエないおっさんラーム(スニール)。仕事で使う自転車があんまりボロなもんですから配達は遅れてばかり、遂に仕事をクビになって万事休す。そんな時故郷の土地を相続していることを知り、これを売って仕事の立て直しだ!とばかりに意気揚々と生家に向かい、そして乗り込んだ電車で出会った美しい娘アパルナ(サローニ)に魅せられます。さて降りた村で自分の土地を訪ね、その土地を売るには地元の豪族ラミニドゥ(ナジ二ードゥ)を頼ればいいことを知ります。ラミニドゥの豪邸に入るとなんとそこはアパルナがいました。彼女はラミニドゥの娘だったのです。

ホクホク顔のラームでしたが、そこである大変なことが発覚!なんとラミニドゥ家とラーム家では過去血で血を洗う抗争が起こり、その因縁からラームはラミニドゥ家から「仇の息子」として命を狙われていたのです。ただしラミニドゥ家には「家にいる間にはどんな相手でも手厚くもてなす」という絶対の家訓があり、それにより家にいる間はラミニドゥ家の人間はラームに手がだせない!かくして、なんとしてでも家から出そうとするラミニドゥ家と、絶対家から出たくないラームとの、七転八倒のドタバタが開始されちゃうんですね!

II.

この映画を面白くしているのはまず主人公ラームのキャラクターです。小心者で何をやってもダメなおじさんラームは、いつもあっちで叱られこっちで睨まれ、散々な目に遭ってばかりいますが、根は美しい心を持った素直な正直者、そしてそんな性格だからこそラミニドゥ家の娘アパルナはラームに惹かれてしまうのです。このアパルナとラームとの、お互いがお互いを気に入っているのにそれに全然気が付かない、というじれったさが話を盛り上げ、そしてそんな二人の心のすれ違いが、クライマックスに用意された大スペクタクルをとんでもなく盛り上げる、という部分が実に心憎いシナリオです。さらにこのダメ青年ラームが、命を狙われていることを知り、非力なのにもかかわらず懸命に方策を練り、頓珍漢ながらあっと驚くアクションを繰り出してしまう、という部分がまた楽しさを盛り上げます。

一方ラームの命を狙うラミニドゥ家の面々は、簡単に人の命を奪うとってもコワ〜イ顔をした冷血漢として描かれながら、「家にいる間は手を出せない」というルールがあるばかりに何度もラームに裏をかかれ、毎回コワ〜イ顔しながら地団太を踏んでいる、というおマヌケさがとっても可笑しいんです。このラミニドゥ家の面々が、家と外を分かつ敷居の後ろに群れをなして立ち、「ラームが出て来るぞ!」と言われて「うお〜!」と気勢を上げ、「やっぱり出て来ない!」と言われて「グヌヌ!」と臍を噛む、この繰り返しが何度も描かれて笑いを誘うんですね。そしてこのラミニドゥ家の面々、確かにヤクザな連中ながら、礼節を重んじ地元を愛する、といった部分で、単なる冷徹残虐な暴力集団といった描かれ方は決してしていないんですね。

III.

さらにこの作品を面白くしているのは不思議な「喋る自転車」の存在です。この「喋る自転車」君は冒頭から持ち主であるラームの手荒な扱いにブーブー文句を言っているのが描かれるんですが、ラームはそんなことは気付いていないんですね。この「喋る自転車」君、ライトの部分がぶわぶわ動くCGが施されており、あたかも生きているようにすら見えます。この「喋る自転車」君とラームが後半どう関わるのか…がこの映画のもうひとつの見所です。しかしS・S・ラージャマウリ、『マッキー』でも単なるハエを生き生きとしたキャラクターとして動かしていましたから、こういった非現実的な不可思議さを物語に持ち込むのが大好きな監督のようですね。S・S・ラージャマウリ監督作品は『あなたがいてこそ』と『マッキー』しか観ていませんが、過去作を調べるとやはりファンタジックで大胆な作風の作品が並び、是非観てみたいと思わせました。

ヒロインのアパルナを演じるサローニさんは人懐こい顔した庶民的な美人ちゃんでした。このアパルナと幼馴染の青年との結婚話も、物語をややこしくさせて実に効果をあげていましたね。インド映画に付き物の歌と踊りはこの作品でも煌びやかで豪華、とっても楽しいものでしたが、テルグ映画だからなのでしょうか、ボリウッド作品よりも豪快でトリッキーな踊りが多くて、これも見所ですね。さてラームは生きて家を出ることができるのか?ラミニドゥ家の怒りは収まるのか?そしてラームとアパルナの禁断の恋の行方は?物語はクライマックスに向けて盛り上がってゆき、そして『あなたがいてこそ』という日本タイトルらしいロマンチックで胸を熱くさせる大団円へとひた進みます。

ところでこの作品、一見して、「あれ、なんか見たことがあるような…」と思ったんですが、これ、ちょっと前にDVDで観たボリウッド・ムービー『Son of Sardaar』(レビューはこちら)と同じプロットなんですね。実は2012年公開の『Son of Sardaar』が2010年公開のこの『あなたがいてこそ』のリメイクだった、ってことなんですね。しかし比べてみると『あなたがいてこそ』のほうが断然高い完成度を誇っており、『Son of Sardaar』は惜しいことに劣化コピーどまりの作品でした。しかもストーリーは若干改編されているんですが、改編前の『あなたがいてこそ』のほうがはるかに出来がよくその雰囲気も情緒豊かなんですよ。そんなわけで『Son of Sardaar』を観ていても全然楽しめる作品でした。

D

マッキ― [DVD]

マッキ― [DVD]

20140803(Sun)

[]最近ダラ観したDVDなど〜『大脱出』『フェイズIV 戦慄昆虫パニック』 最近ダラ観したDVDなど〜『大脱出』『フェイズIV 戦慄昆虫パニック』を含むブックマーク 最近ダラ観したDVDなど〜『大脱出』『フェイズIV 戦慄昆虫パニック』のブックマークコメント

■大脱出 (監督:ミカエル・ハフストローム 2013年アメリカ映画)

f:id:globalhead:20140709140245j:image:right

シルベスター・スタローンとアーノルド・シュワルツェネッガーが主演、「脱獄不可能」と言われる監獄を脱出できるか!?というアクション映画です。というかそもそもスタローンとシュワルツェネッガーが主演なんだから、ちょちょいのちょいで脱獄できるだろ、と普通思いますし、あとジェイソン・ステイサムとかドルフ・ラングレンとか呼んであたりを屍累々の瓦礫の山にすることなんざいとも簡単なことでありましょう(注:分かってると思いますがこの映画にエクスペンダブルズメンバーが出てきたりは勿論しません)。

そんなんですから物語の興味は「どんな暴れっぷりを見せてくれるのか?どんだけ殺戮と破壊を見せてくれるのか?」ということになると思うんですが、なんとこの映画ではスタローンもシュワもなんだかインテリ臭い役柄なんです。スタローンはセキュリティ・コンサルタントとかいう役柄で、要するにわざと監獄に入れられて脱獄して見せ「この監獄にはこんだけ穴があるぞ?」ということを教えてあげる、っていう仕事してるんですね。で、そのスタローンが難攻不落の監獄に入獄するんですが、実はある企みが進行していてスタローンは絶体絶命になるんですね。それを助けるのが監獄のボスであるシュワ、ってことなんですが、このシュワもシャバではサイバー犯罪系で相当畏れられてる男だった…んじゃなかったかと思います(うろ覚え)。

こんな具合に二人は一応「知的」な役柄設定になっており、監獄のセキュリティホールを知力を駆使して探索するんですね。だから意外とこの映画、頭使ってて面白いんですよ。いや、「スタローンとシュワ主演の映画にもかかわらず」ってことですけどね!まあ突っ込み所もないわけじゃないですが、そもそもスタローンとシュワの映画に突っ込みいれるのは野暮の極みだしね。そんなわけで緊迫感溢れる脱獄計画が進行し、最後にドッカーン!!と二人が大暴れして観客の溜飲を下げる、という作りになってます。まあしかし、やっぱり二人も老けたなーという印象は拭い切れず、もう「映画出ているだけでもありがたい」ぐらいの気持ちで観るのも大事かもしれません。

D

大脱出 [Blu-ray]

大脱出 [Blu-ray]

大脱出 [DVD]

大脱出 [DVD]

■フェイズIV 戦慄昆虫パニック (監督:ソール・バス 1974年アメリカ映画)

f:id:globalhead:20140709140244j:image:right

アリが人間を襲って大騒ぎさ!という映画です。凶暴なアリが人間を襲う映画というと子供の頃TVでよくやっていた『黒い絨毯』を思い出しちゃいますね。とみさわ昭二さんのサイト『人喰い映画祭』によると、アリが人を襲う映画だけで9作挙げられていました。

で、この『フェイズIV 戦慄昆虫パニック』、どんなおっかないパニック映画なのかと思ったら、実はどっちかというとSF寄りの作品なんですね。物語は米国のどことも知れぬ砂漠を舞台に、進化したアリたちと調査に当たった生物学者二人との知力を尽くした攻防が描かれているんですよ。不気味な幾何学形の巣を作ったり、その巣の反射面を利用して太陽光で攻撃したり、コンピューターに侵入して基板をショートさせたり、非常に巧妙なんですね。人間側もアリの言語を解析して攻勢に出ようとしますがいつも裏を書かれてしまうんですね。アリが出てくる文学やSFは沢山あるでしょうが、オレなんかは手塚治虫のマンガ『ミクロイドS』を思い出しちゃいました。

登場するアリも非常にテクニカルな近接撮影であたかも本当に意思があるかのごとく動いているように撮影されることで演出効果を上げており、また美術や特殊効果も一種独特なんですね。これ、映画タイトルデザインでも有名なグラフィック・デザイナーのソール・バスが唯一監督した劇場用映画である、という部分に負う所も大きいでしょうね。このソール・バスとアリ進化SF、といったテーマの関わりについては、「トラウマ映画館「フェイズIV 戦慄!昆虫パニック」(添野知生)」で非常に深く考察が成されていて面白かったです。

ただ、オレ的には「アリの撮影は凄いとは思うけど、やっぱり古い低予算映画だなあ」ぐらいしか感想がなくっていやどうもすいません。なんかこう、高尚な志と深淵なテーマよりも『ビッグ・バグズ・パニック』みたい馬鹿馬鹿しいB級作品のほうが好きだなあ。

D

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/globalhead/20140803

20140802(Sat)

MUSIC]最近聴いたエレクトロニック・ミュージック / Plastikman、Yagya、Martyn、Inigo Kennedy、Answer Code Request、Omar-S、Abdulla Rashim、Edit Select、Donato Dozzy, Neel MUSIC]最近聴いたエレクトロニック・ミュージック / Plastikman、Yagya、Martyn、Inigo Kennedy、Answer Code Request、Omar-S、Abdulla Rashim、Edit Select、Donato Dozzy, Neelを含むブックマーク MUSIC]最近聴いたエレクトロニック・ミュージック / Plastikman、Yagya、Martyn、Inigo Kennedy、Answer Code Request、Omar-S、Abdulla Rashim、Edit Select、Donato Dozzy, Neelのブックマークコメント

◆EX (Performed live at the Guggenheim, NYC) / Plastikman

Ex

Ex

Mute RecordsよりリリースされたRichie HawtinのPlastikman名義によるライブアルバム。ニューヨークのグッゲンハイム美術館にて行われた、ベルギー人ファッションデザイナーRaf Simonsが企画したパーティーで披露された音源を録音。Plastikman名義はほぼ11年振り。D/L版にはMixも収録。 《試聴》

D

◆Sleepygirls / Yagya

Sleepygirls

Sleepygirls

オランダの名門テクノレーベルDELSINからリリースされたアンビエント/ダブテクノDJ、YAGYAのニューアルバム。浮遊感溢れる美しいアンビエントダブ・サウンドにたゆたうような女性ボーカルが乗る。そしてこれが日本語の女性ボーカルで、予想外にいい。 《試聴》

D

◆The Air Between Words / Martyn

The Air Between Words

The Air Between Words

ベース/テクノ・ミュージックの名レーベル3024の主宰者であり、ポスト・ベース・ミュージックのDJ/プロデューサーとしても活躍するMartynによるニューアルバム。Four Tetや元Hype WilliamsのInga Copelandが参加。 《試聴》

D

◆Vaudeville / Inigo Kennedy

VAUDEVILLE

VAUDEVILLE

ベルギーの名門レーベルTokenよりリリースされたUKのベテランDJ、INIGO KENNEDYのニューアルバム。ダビーでファンキーな新時代のディープ・ミニマル・テクノ・トラックス。 《試聴》

D

◆Code / Answer Code Request

CODE

CODE

ベルリンの人気クラブ「Berghain / Panoramabar」によるレーベルOstgut TonからリリースされたAnswer Code Requestのファースト。疾走感のあるリズムと硬質なサウンドが鳴り響くベルリン・ディープ・ミニマル。 《試聴》

D

◆FXHE 10 YEAR COMPILATION MIX Part.2 / Omar-S

Fxhe 10 Year Mix Compiltion Mix#2

Fxhe 10 Year Mix Compiltion Mix#2

デトロイトの鬼才Omar-S率いる"FXHE"レーベルが10周年を記念してリリースするミックス・シリーズ第2弾。今回はOmar-SのトラックのみでMixされ、デトロイトテクノでもデトロイトハウスでも無い独自の「モータウンミニマル」サウンドを展開。そしてこれが、滅法イイ!! 《試聴》

D

◆Unanimity / Abdulla Rashim

f:id:globalhead:20140620145825j:image

スウェーデンのディープテクノ・アーティストABDULLA RASHIMによる待望のファースト・アルバム。ドローンやアンビエント色の強いヒプノティックでディープなミニマル・テクノが展開する。 《試聴》

D

◆Phlox / Edit Select

Phlox

Phlox

90年代から活動するグラスゴーのベテラン・テクノアーティストTony Scottが、Edit Select名義でリリースしたニューアルバム。 アンビエントやインダストリアル・テクノ、さらにヒプノティックなミニマルテクノが縦横に織りなされる多彩なアルバム。 《試聴》

D

◆Voices from the Lake / Donato Dozzy, Neel

Voices From The Lake  Donnato Dozzy&neel

Voices From The Lake Donnato Dozzy&neel

2012年にリリースされたシアトルとイタリア出身の2人組ユニット、Donato Dozzy, Neelのファースト。アブストラクトでトライヴァルなパーカッションが踊るディープなミニマル・ダブ・アンビエント・テクノ。 《試聴》

D

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/globalhead/20140802

20140801(Fri)

[][]タレサン口髭の怖いもの無し刑事(デカ)が帰ってきた!?〜『ダバング 大胆不敵』の続編『Dabangg 2』 タレサン口髭の怖いもの無し刑事(デカ)が帰ってきた!?〜『ダバング 大胆不敵』の続編『Dabangg 2』を含むブックマーク タレサン口髭の怖いもの無し刑事(デカ)が帰ってきた!?〜『ダバング 大胆不敵』の続編『Dabangg 2』のブックマークコメント

■Dabangg 2 (監督:アルバーズ・カーン 2012年インド映画)

f:id:globalhead:20140728160727j:image

タレサン口髭のウルトラ・スーパー・コップが帰ってきた!?そう、この『Dabangg 2』、タイトル通り現在日本で大好評上映中の『ダバング 大胆不敵』の続編なんですね。『ダバング 大胆不敵』は2010年にインド公開され大ヒット、そしてその続編が2012年に製作され、またもや♪だばんだばん…と歌って踊ってついでに悪モンぶちのめして大々ヒット、という作品なんです。

お話のほうはいたってシンプル。「怖いもの無し刑事("デカ"とお読みください)」ことチュルブル・"ロビンフッド"・バンデーさん(サルマーン・カーン)が大都会に引っ越し、そこでまたもや悪い奴らをけちょんけちょんに懲らしめちゃう、といったもの。例によってチュルブルさんはタレサンを襟元にひっかけ、ダバング・ダンスではベルトをふるふる揺らし、仕事中もくっちゃくっちゃなんか食ってます。けれどもいざ戦い!ともなると鬼神と化して(ついでにシャツも脱げて)ワルモノどもをバッタバッタとなぎ倒しちゃうんですな!

チュルブル家は円満になりました。ツンデレの嫁さんラジュー(ソーナークシー・シンハー)は御懐妊中、要所要所で旦那とのラブラブぶりを見せつけちゃってくれます。チュルブルさんの弟マッキー(アルバーズ・カーン)は相変わらずニートでバカ、前作ではそれでもチュルブルさんに反旗を翻しておりましたが、今回は単なるユルキャラ扱いです(シクシク…)。義父のプラジャーパティさん(ヴィノード・カンナー)はというとすっかり好々爺と化しており、チュルブルさんに女声のイタ電かけられてドキドキしたりしてるのが可愛いです(そしてチュルブルさん役のサルマーン・カーンがその後映画『Bodyguard』でイタ電掛けられる役になる、という所に運命のイタズラを感じます)。

チュルブルさんもすっかり丸くなりました。前作でのチュルブルさんは「正義漢でありながら倫理や道義は簡単に無視するアンビバレンツな男」として描かれており、それがチェルブルさんのキャラクターと物語を複雑なものにしていました。しかしこの2作目では前作にあったアンビバレンツが消滅し、彼の抱えるルサンチマンも存在しなくなったのです。親との葛藤が解消されたばかりか、汚職じみたこともしておらず、確かに悪者から賄賂は頂戴しても、その金を寄付に回したりするんですね。前作の「黒光りしたチョイ悪オヤジ」は今作では単なる「気は優しくて力持ち」な「いい人」になってるんですよね。

こうして人間関係とキャラクターから重苦しいバイアスが抜けてしまったこの2作目、じゃあつまらなくなったのかというとそうではなくて、逆にシンプルにアクションにフォーカスした娯楽作品として物語られ、これにより素直に楽しめるものとなっているんですよ。前作にあった臓腑をえぐるような悲劇や憤怒が物語を牽引することは無いにせよ、その分リラックスして観られる安心感があるんですね。前作で完成されたキャラクターを上手く活かし、その魅力を前面に押し出すことでフランチャイズに成功しているんですね。この辺の「キリキリした緊張感を持つ1作目」と「ほっこりした人間関係で和ませる2作目」の関係って、ちょっとメル・ギブソンの『リーサル・ウェポン』シリーズを思い出しました。

一方ワルモノの皆さんは前作と比べるとちょっと迫力不足かもしれません。前作のワルモノの皆さんはチュルブルとその家族を危機に陥れ、とことんきりきり舞いさせていましたが、今作のワルモノの皆さんはなんだかチュルブルさんに一方的にきりきり舞いさせられっぱなしです。しかしもし今作でワルモノのインフレーションを起こさせると、またしてもチュルブルさんの家族に惨禍を起こすシナリオになってしまうでしょうから、「ほっこり家族バンザイ」を物語の中心に持ってきた今作ではそぐわないと判断したのでしょう。ちなみに今回の悪役のボス、悪徳政治家のタークルを演じるプラカーシュ・ラージ、サルマーン・カーン主演の『Wanted』や同工のスーパー警官映画『Singham』でもワルモノを演じておりましたな。

こんな具合に安定と安心の完成度、『Dabangg 2』は『ダバング 大胆不敵』がお気に入りな方なら絶対楽しめますし、むしろ『ダバング 大胆不敵』を観ていて『Dabangg 2』を観ていない人は実はいないんじゃないかと思わせる様な楽しい作品でしたね。『ダバング 大胆不敵』を観て気に入った方、輸入DVDだけでなくiTunes Movieでも視聴できますのでよろしければどうぞ。

D